コメット・X ==シルクハットもギタアもくれる男== 佐藤春夫 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)X《エツキス》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)くさび[#「くさび」に傍点] -------------------------------------------------------  わたしはこの男にはとてもかなわぬと思いました。でもこの男は馬鹿で、それがためにまじりけのない芸術家でした。この男は、蝶は夜になったらどこで寝るだろうかということを苦にしていたし、ゴオルデンバットの箱にある二疋の蝙蝠は夫婦にちがいないのだが、それならどちらが雌だろうかという疑問を抱いていました。この男はアラビアンナイトの中から無駄を引抜いて、それを一千一秒間に語りつづけることも出来たし、アインスタインの法則に従って、第三半球を発見するのでした。誰もとても出来そうもないことをこの男は事もなげにやってのけました。というのも、神さまが特別にこの男に恵みを垂れて、この男の頭のなかからどこかのくさび[#「くさび」に傍点]を一本外してしまったからでした。この男の全体は神聖な発育不十分でした。二十五歳にもなってこの男の頭のある部分は今だに十五歳のままでした。そうしてすべての少年のように彼は新鮮極まる官覚を持っていて、それがしかも決して不老のものでした。そうして彼の変則な頭の山や川のなかには、だからフェアリィがたくさん住んでいました。彼は生れながらの童話作家でした。神さまのミスビルディングとしてはまあ無二の傑作の部門に属すべきもので、一口にいうと、天才的とでもいうのでしょう。ですから、誰しもこの男にはちょっと驚かされます――少くとも芸術のことが多少でもわかる人間なら。そのくせこの男を初めから大して尊敬する気にはなれないのです。そこがどうも少し不思議なので、わたしはしばらく気をつけてこの男とつき合っているうちに最後に、この男が前述のとおりの美的低能児だということを発見したわけでした。  それでわたしはこの男のことをゴオルドスミスとアダ名してやりました。このアダ名と一緒にその理由を――馬鹿であって美しい傑作を残した大作家のことを聞かせてやると、彼はおこったような恨めしいようなあわれみを乞うような全く特有の目つきをしてわたしをちょっと睨みました。  この男はしゃべらして置くと、いろいろ大議論をします。芸術や哲学や科学などについて、どこでひろい集めてくるものかなかなか豊富なフラグメントを得ています。そうしてそれらの断片を独得の立法でつぎはぎにして面白く馬鹿げていてしかもなかなか暗示的な議論をしでかします。思いがけない手軽なうまい比喩があります。感心した顔で聞いているときりがありません。しまいに少しうるさくなるので、こちらはあくびまじりに、わざと彼の説がひどくつまらないようなことを一喝すると、彼は急にキョトンとしてしまって、 「あきまへんか」  といったきり悄気てしまう。彼は神戸の生れであったが、こんな場合の上方弁はこの上なく脱俗したものに聞えました。 「おい、ゴオルドスミス君」  私がそんなことをいって呼びかけると、彼は慨然として答えました。 「今まで、そんなことをいわれたことはないのやがな――馬鹿だなんて。みんな驚いてまんが、どうや、あの科学と哲学を見! といって」  そこでまたしてもわたしは「あの科学と哲学とを見」という言葉を覚え、その後は彼が議論を長々とやり出すと、それにピリオッドを打つつもりで、わたしはいつも「あの科学と哲学とを見」といってやるのでした。  彼はわたしには尻尾をつかまれているから仕方がないと、よくいいました。それは古はプラトオから近代ではアンデルゼン、オスカアワイルドに至る哲人や芸術家の如く、この男もソドミストだということを、わたしが偶然に発見したからでした。  初めてわたしのところへ尋ねて来た時でした。夏の夕方わたしは彼をつれて銀座へ散歩に出ようと郊外の停車場へ出たのです。停車場はどうしたわけか、いつになく混雑していて、改札口で人が押合いました。わたしは自分の肩へそっと手を置いたものがあったので誰か知らない女でもわたしの後から押れているような気がして振りむいてみると、そこにはやはり彼がわたしに従って来ているだけでした。しかし、その時の彼の手の感触がわたしに妙に思えてなりませんでした。それは人込みのなかで男が男に触れる時のような、事もなげな自然なものではありませんでした。わたしなら婦人にでも触らねばならない時にだけ、あんなにためらい勝ちにそっとぶっつかるでしょう。そんなことをわたしが感じ出すと、まだ彼に会わなかった以前、彼から貰った手紙にある親愛の調子がやはりどうも、一種変調なもののような気がして来たのです。そのころわたしは弟夫婦の家に厄介になっていたので、彼もやはりそこにいることになりました。二週間ほどのうちに彼は一度外泊して来たのです。弟はそこで冗談に、昨晩はどの方面でおたのしみでしたとからかうと彼は狼狽をして、 「いや、違いま、違いま。僕は派違いです」  と答えたそうです。「派違い」という面白い言葉を一つ覚えて、それが問題になったのです。わたしはその言葉の意味を、この間の自分の空想と結びつけてすぐに、彼のことをソドミストだと断定したのです。そうしてその晩次のように彼に尋ねてみました。 「時に、君は衆道のたしなみがあるそうで――結構なことで」  彼はわたしの言葉を聞いた一瞬じっとわたしの笑顔を見ていましたが、そのうち泣きそうな苦笑をして眼を外してしまいました。「おそれ入った、」「こわいな」「どうして判ったろう」「不思議やな」この衆道家は一しきりそんな言葉を繰返していました。そうして彼はわたしには何もかくすことは出来ないといいました。実際わたしは彼のことなら大ていのことは見抜くことが出来ました。というのは鎌をかけておびき出しさえすれば、彼はひとりでに自分のことをしゃべり出し、そうして置いて自分で語るに落ちたことは気づかずに、みんなわたしが見抜いたものとして驚歎するのでした。傍にいる人が彼に彼が用もない自己告白を自分でしていた結果だと注意をすると、彼はしたしげ[#「したしげ」に傍点]に答えるのでした。 「そんなことはわかっているさ。でもこうして、人に見抜かれたように花を持たせますのやがな。それが社交の要訣や。何もかもわかっているのや」  負け惜みのようでもあったし本当に人を食っているようでもありました。多方面にいろいろと趣味のあるわたしだが、そのわたしもまだ衆道の趣味だけはない。それで折角こんな衆道家が出現してもこの点では用はなかったが、この男の面白いことは実に尽きませんでした。わたしは友人の息子の十五になったのをひとり、彼に紹介をして事のなりゆきを観察することにしました。わたしはその少年には予め彼には用心すべきことを含めて置きました。この少年の方が彼よりもずっと悧巧であったから、別に間違いの生じないことは信じましたが、わたしはそれでも少年の保護を名として、いつも衆道家の企ての邪魔をしていました。わたしは少年とそんな交わりを結ぶためには、一体どんな風に持ちかけるものか、彼に聞いてみました。 「おもしろい秘密の倶楽部があるのや。そこの会員になるとおとなしくなって、人に好かれるようになる」  と、いうのだそうです。無論、少年は逃げまわって何事もありませんでした。ただ困ったことには、彼は少年がほしいというものがあると、わたしが物好きで集めて置いたちょっとしたものなどを、どんどん少年にくれてやってしまうのでした。ロシヤの大学生の制帽だの、ポスタアだの、珍らしい煙草のあき箱だの、いずれはそんな、無論、大したものでもなく、わたしにとってももう飽きてしまって持っていたのを忘れていたようなものばかりだったから大して差支えもありませんでしたが。  こんなことをして一年半ばかりもわたしは彼と同じ家にいました。このおもしろい天分を持った男は、そのうちに本を出したり、なかなかいい童話を発表したりしました。わたしはこの男に今まで知らなかった新らしい天分を一つ発見しました。というのは、この男は一面では原稿を人に売り込むことがなかなかうまいらしいのです。彼の書いたものの特色はそうすぐ誰にでも理解できるものではなかったのに、彼の原稿が売れたのは彼に別方面の特別な才があったらしいのです。彼がどことなく愛嬌があり、しかも割合に品がよく、又一見して才気煥発――「あの科学と哲学とを見!」と思われたからかも知れません。彼はそんなことで得た金があると酒ばかりのんでいました。それから時々、ひどく感傷的になると、それに負けまいとするらしく彼は極端にニヒリステックになりました。  彼は時々わたしにいろいろな忠告をしました。例えば、いやしくもH・Sともあるものが銀座を歩く時には山高帽をかぶるべきである、などの種類の忠言であります。また彼は、文章を書くなどは馬鹿馬鹿しい話だから、そんなことはやめて寄席の芸人になるのだといい出しました。尤もその寄席というのはきっと、例のフラグメントとして覚えて来たパリあたりの見世物か何かから暗示を得たらしいのです。で彼の空想はといいますと、自らコメットXと名告ってその小屋で彼独得の小咄を三つ四つして、最後に彼の作った歌詞と歌曲とをギタアで発表するというのである。その歌詞というのは例えば次の如し―― [#ここから2字下げ] むらさき深く   暮れなやむ 春の夕べの   かなしみを 我ならずして   誰れか知る ――星の数   タラン、タラン。 [#ここで字下げ終わり]  そうしてコメットXたるものの衣裳は勿論、そのチョッキには金で星や箒星や三日月を縫い、燕尾服でシルクハットでなくてはならないというのでした。そうして聞けば彼はもうシルクハットは手に入れてあるそうで、それは上からおさえると板のようにつぶれるシルクハット――つまりオペラハットだそうです。(道玄坂の夜店で十五銭だったことはあとから聞いたのです。)彼は自分の空想をどこまで実現するつもりなのか、今度はギタアを手に入れました。――わたしは見たことはありませんでしたが、それを手に入れて友達のところへ預けてあって、その友達は音楽が出来るからそこでそれを習うという話でした。 「一つ、よろしくやってくれ給え」  わたしは、そんなことには別に興味をもってやらないという表現には、いつもそういうのが常なのです。  彼とわたしとのいた前の家は解散することになってしまって、わたしはその機会にかねて考えていた上海への旅行をすることにしました。わがコメットXは当然どこかへ下宿をしなければならないわけなのです。しかしこの男は着のみ着のままと三枚の蒲団の外と無数の空想との外には何一つ持っていませんでした。机一つなしでは下宿するにも困るだろうと思って、わたしは自分の古机をこの男にやることにしました。その序に、わたしの荷物をいくらか彼に預けることにしました。放浪のような生活をしていたわたしにも満足な荷物はありませんでした。大部分は売ってしまったり質屋へあずけたりしました。その残りの彼にあずけたものというのは、蒲団が五枚――上下二枚ずつと、夏蒲団が一枚。その外には、売りたくない本が三四十冊あったでしょう。十年来読みなれて書き入れをしたものやら、少しは珍らしい本やら、また二三の友人が時折の記念にくれたりしたものも五六冊はありました。わたしはそのわけをよくいって彼にそれを頼むことにしました。  一年ほどしてわたしは旅から帰って或る下宿に落ついた。早速、彼に荷物をとどけてくれるようにハガキを出した。とどいた荷物を見ると蒲団がたった三枚しかありません。わたしは彼を呼んで外の荷物のことを聞くと彼は明日とどけるというのです。どうして一度にとどけなかったかというと、口のなかで何かむにゃむにゃといっているのです。よく聞くと一枚の掛ぶとんは、赤いきれいな更紗模様があまりに美しいので、朝眼がさめた時にあれを見ているとあじきない気持が救われるから、拝借して自分で掛けさしてもろうています、という。どうやら自分のは売るか質に置くかしてわたしのを代用しているらしいのであります。 「で、外のもの――本やなにかは」 「あります、あります。あした、拝借している掛蒲団と一緒におとどけします」  翌日になって蒲団が一枚とどいただけでした。使が手紙を持っていて、本は今日都合があっておとどけし兼ねるが、蒲団は一日も早く上げなければ寒いだろうと思って、これだけ先ずとどけます、と書いてある。二三日すると彼は自分で来ました。本はしかし持って来ませんでした。何でも、彼自身のところよりも別の友人のところの方が安全なのでそこへ預けてあるのだが、その友人が生憎と留守で持出すことが出来なかったのだそうです。 「それで夏蒲団はどうした」 「あれ、今お入りになりますか」 「いや、今はいらないけれど、序に一緒にとどけさせてくれればよかったじゃないか」 「は。それやったら今度持って来ます」 「今度って、一たいどこに置いてあるのだね」 「へ。あれはB君がかけて寝ていま」 「B君が。――あの肺病のB君がか、あの夏のふとんを?」 「へ。B君がこの頃また血を吐いて体が悪いので、寒がってしょうがありまへん。大きなふとん三枚やったら重いいうし、先生のあのふとんが丁度ええいいまんね」 「あきまへん」――冗談の口調でしたが少し腹が立って来ました。 「それやったら今度持って来ま、なんて、持って来られちゃ困るじゃないか。そんな血を吐いたような人の着ているものを黙って持って帰ってどうするのだい。そんなものは持って来なくてもいい、B君にくれてやるよ」 「へ」 「その代り、本はきっと頼むよ。――君、本は大丈夫なくなりはしないのだろうね」 「あります、あります。ちゃんと今も見て来ましたが。留守やから、宿の神さんが持ち出させませんのや。S先生の本やいうて友達は大切に、みんなに見せびらかして置いてあります」 「そうか。それじゃ頼むよ」  その次にまた一週間ほどして彼は遊びに来たが本は来ません。何でも、その友達というのはただ留守になっているのではなく、国元に用事があって二週間ほど帰っているということが、今日になってわかったのだそうです。それだからもう一週間ほど待たなければならないというのです。わたしはもうよほど怪しいものだと思ったからいいました。 「君、もし質にでも入れてあるならそういいたまえ。いくらでもあるまい。精々十五円も借しはしないだろう。金なら何でもないよ。あれは君、僕にだけ大切なものなんだからね」 「わかってます。大丈夫、質になど入れません。だれがS先生の本やと知ってそんなことするものですか。あとがおそろしいやありませんか」  同じような問答が何でも七八へんつづいたのです。いつも大同小異で、申しわけはだんだん細かくなるくせに、だんだん嘘らしくなって来たのです。わたしはもう本は二度と手もとには返らないと、ぼつぼつ覚悟をしていましたが、ただ意地になって、どうにかしてこの男に本当の話をさせたくなりました。そこでわたしはわざとくどく、しつっこくいいました。 「ね、君。あの本はほんとうにどうしたのだろう。僕は外のものならもうあきらめるが、あれだけはどうしてもあきらめ兼ねるのだ。それに君は決してあれをなくしたとはいわない。一たい僕がどうすればいいのだ。僕は本を失ったばかりじゃない。今では、本やなんかもうどうでもいい。この心理的な不快の方がずっと大きいのだ。だから、わたしは君に今までも何度も本当を打明けてもらいたいばかりに、いろいろと頼んだじゃないか。今更、君にはもういい訳は残っていまい。だからいわないことじゃない、嘘はなるべくあっさりしたうちが、ばら[#「ばら」に傍点]しやすいじゃないか。今になってなくしましたといったところが、僕はもう承知は出来ないのだからね」 「先生。そんなにいわんと置いて下さい。」 「いいや、僕はもっというつもりだよ」 「もう、よして下さい。先生、シルクハットでもギタアでも――何でもあげます」  わたしは彼のこの言葉を聞くと思わず吹き出してしまったのです。わたしはこの男がいよいよ出でていよいよ面白いのを見ると、もうここらであきらめてしまおうと思ったのが、もう一度、何かいわずにはいられなくなりました。 「君は卑怯な男だ。今になって、そんなことはいってみたところで、僕は君をゆるすわけには行かないのだ。シルクハットやギタアなどは、お断りだ。それよりも本を持って来てくれたまえ。しかしなくなったものなら仕方がない。けれども君としては、今もいうとおり、はい、なくなりましたといえた義理はあるまい。君の立場の窮状も大に同情するよ。それでこういう約束にしようではないか。今度来る時こそ、君、本を持って来てくれ給え。もし今度この部屋へ来た時、本を抱えていなかったら、僕はもう何もいわないで、君をここの梯子段のところへ引っぱって行って、いきなり下へ突きおとすよ。一ぺんではどうも気がすみそうにもないから、もう一度引ずり上げて、また突き落す。大丈夫死にはしないだろう。こうして梯子から二度突きおとした後は、僕ももうすっかりきげんを直して、本のことなどおくびにも出さずきれいに忘れて、君とまた新らしく交際をしようじゃないか。どうだね」 「は」彼は例の特有のおこったような恨めしいような憫みを乞うような目つきをしていった「そうして下さい」  しかし、それっきり後は半年ほどわたしのところへは来ませんでした。――本当に梯子段から突き落されると思ったらしいのですよ。  後に人から聞くと、本は彼自身が売ったのではなくて、彼の悪友が盗み出したのだったそうです。そんなことは一口もいいませんでしたが、そんなわけで彼が私に本当を告げなかったとわかってみると、これはわたしにとってもいい気持です。彼も馬鹿であって只の馬鹿でない所以でしょう。 底本:「たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集」平凡社ライブラリー、平凡社    2015(平成27)年7月10日初版第1刷 底本の親本:「定本 佐藤春夫全集 第7巻」臨川書店    1998(平成10)年9月10日初版発行 初出:「サンデー毎日 第八年第十三号」    1929(昭和4)年3月20日発行 ※初出時の表題は「コメット・X《エツキス》」です。 入力:持田和踏 校正:noriko saito 2026年7月18日作成 青空文庫作成ファイル: 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