ホノルル 中谷宇吉郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)さうである[#「さうである」はママ] -------------------------------------------------------  歸途、ハワイ大學に一寸用事があったので、ホノルルに立ち寄った。  ホノルルは、二十五年前に訪ねたことがあるが、その後の發展が目ざましく、まるで隔世の感がある。戰爭中、軍事基地として、政府がうんと金を入れたのと、戰後は引きつづいて、觀光地として繁昌しているので、たいへんな發展ぶりである。  小さい島で、しかも山が海の近くまでせまっているので、住宅地には、大いに困っている。丘陵地を段々に切って、ずっと山の上まで家が建て込んでいる。しかしどの家の庭にも、立木が多く、また家自身が、白、淡黄、褐色などの單色で、屋根も美しい色のものが多い。そういう家が、鮮かな緑の立木の間に點在しているので、風景をこわすというよりも、むしろ美しく手がはいったという感じである。  ワイキキの濱なども、立派なホテルが立ち並んで、まるで昔の面影もない。アメリカの金持客を相手にしているらしい、豪華なものばかり賣っている店が、海岸通りに、ずっと並んでいる。氣持のよいのは、海岸が非常に綺麗になっている點で、海水浴場に見られ勝ちな、紙屑や果物の皮などは、全然落ちていない。  この島の周圍全部の渚は、ハワイ政廳の所屬になっているそうである。それで海岸近くに大ホテルが建っても、そのすぐ前の渚は、ホテルの占有に出來ない。誰でも何處の渚にも、はいって行くことが出來る。いわば全海岸線は公園になっているわけである。現在の大産業の一つは、觀光事業であるから、政廳の方でも、街を綺麗にすることには大いに力を入れている。道路なども非常に立派で、米本土の道路よりもむしろ良いくらいになっている。  用事が早くすんだので、ハワイ大學の友人が、半日島の一部をドライヴしてくれた。ホノルルの街から西に一寸はなれたところに、因縁の深い眞珠灣がある。この灣は入口が非常に細く運河のような形になっているので、灣といっても、見たところは、まるで湖である。波は全然ない。鏡のような水面と、それにつづく低い平らな草原とは、どう見ても、北陸の海岸などによく見られる潟である。  灣に接した平地は、たいてい芝生になっていて、子供たちが、さんさんたる常夏の陽光の下で、ボール遊びをしている。すべてが、あまりにも平和な景色であって、この「湖面」に大きい軍艦が浮んでいる姿は、一寸考えられないくらいである。道路から見えるところには、軍艦らしいものは、一隻も見られなかった。  十二月八日の朝、この友人は、ホノルルの自宅であの爆音を聞いたさうである[#「さうである」はママ]。「日曜日の朝だったので、僕は寢ていた」と言っていた。 底本:「百日物語」文藝春秋新社    1956(昭和31)年5月20日発行 入力:砂場清隆 校正:木下聡 2026年8月19日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。