ソ連關係の記事 中谷宇吉郎  アメリカの最大關心事は、もちろんソ連である。したがって毎日の新聞には、大なり小なりソ連に關する記事が出る。  今日のシカゴ・デイリイ・ニュースのトップ記事は、アメリカの農業關係者のソ連視察記である。ウクライナからシベリヤにおよぶ九千マイルの農業地帶を、かなり自由に見て回り、寫眞を撮ることも許されたので、アメリカ人にとっては、大きいニュースである。というわけは最近のソ連のいわゆる微笑外交は、ソ連の食糧不足に由來している、というふうに一般に思われていたからである。  しかし今度の視察團の報告第一聲では「ソ連には食糧危機の兆しはない」というのが、重要項目になっている。ソ連が從來重視して來た集團農業が、豫期したほどの成果を上げなかったのは事實らしい。それで農家の個人經營を奬勵する傾向が出て來たといっているが、いずれにしても、ソ連の食糧危機というのは、一種のデマであったことになる。  この數ヵ月來、米ソ間の氣分が、大分やわらいで來ているが、この記事なども、國際緊張の緩和の方に、一役買う記事とも見られよう。  ところで面白いことには、米ソ間に友好的感情が釀されて來ると、それに對して文句をつける國が出て來たことである。同じ新聞の他の面に、ロンドン特派員の「モスコー平和政策、他國の共産黨員を怒らす」という記事が出ている。  英國の共産黨機關紙は、公然と書いているそうである。もしクレムリンの今度の平和共存政策が本氣であったとしたら、共産黨の世界政策はもうおしまいになってしまうであろう、というのである。  同じようなことをビルマ、イラン、インド、ユーゴースラビアなどの共産黨でも、いっているそうである。今度の政策が一時的なものであるか、あるいは政略的なものであるなら、それはよい。しかしもし永久的な政策だったら、今一度カール・マルクスを墓の中から呼び戻して來なければならないだろう。というのであるから、だいぶ引っ込みがつかない恰好である。事實、インドでは、ジュネーヴ會議のお蔭で、せっかく有望だった共産黨員が、選擧に落ちたという騷ぎもあった。  米ソ間に妥協がもし成立したら、一番困るのは、ソ連以外の共産黨である。というのであるから、世の中のことは、全く分からない。もっとも昔から、振り上げた拳固のやり場がないという言葉が日本にあるが、いささかその傾きが無くもない。いずれにしても、外國の態度だけで、簡單に左右されるようなことでは、一寸困るであろう。 底本:「百日物語」文藝春秋新社    1956(昭和31)年5月20日発行 入力:砂場清隆 校正:木下聡 2026年7月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。