クラム・ベーク 中谷宇吉郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)東部《イースト》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#傍点] -------------------------------------------------------  米國の東海岸、ニュー・イングランド地方には、流石に古い傳統が殘っていて、ジャズの國アメリカでは一寸考えられないような料理がある。「クラム・ベーク」というのが、その一つであって、今度の會議の懇親會で、初めて食べてみたが、なかなか風趣のある料理である。これは東部《イースト》でも、海岸地方にだけ殘っているもので、日本でも珍しい料理の一つであろう。  料理は野外でやるので、廣々とした草地の中に、まず大きい石塊を並べて、四角形の場所を作る。その中は六尺に九尺くらいあって、その中で太い丸太をどんどん燃やす、下の地面も周圍の石塊も、それですっかりやける。丸太が燃え切った頃には、眞赤な[#傍点]おき[#傍点終わり]が、この六尺と九尺の區劃の中に一杯並ぶ。この[#傍点]おき[#傍点終わり]と燒け石との上に、[#傍点]ひじき[#傍点終わり]のような褐色の海藻を、厚さ二寸くらいに一杯に敷きつめる。これは生の海藻をそのまま[#傍点]おき[#傍点終わり]の上に載せるのであるから、湯氣がもうもうと立って、なかなか壯觀である。  この海藻の上に、蝦《ロブスター》と玉蜀黍と野菜とを載せ、その上にまた海藻を敷く。そしてその上にクラムという貝を並べて、上からテント用のズックですっかり蔽ってしまう。そして何時間か待っていると、海藻から出る蒸氣で全部のものがすっかり蒸される。その頃を見はからって、ズックをあけてみると、まず貝が丁度いいくらいに蒸されている。それを取り出してまたズックで蔽っておくと、貝を食べているうちに、次の蝦だの玉蜀黍だのが、いい工合に蒸される。  クラムという貝は、烏貝のような形で、大きさは、四分の一くらい、色は[#傍点]あさり[#傍点終わり]に似ている。この邊の海岸の砂濱のところで、いくらでもとれるものの由である。見たところ、下等な貝であるが、こういう蒸し方だと、肉も軟くなり、海藻の匂いが浸み、また海藻から出る鹽味が丁度いい工合について、なかなか美味い。  これを錢湯の洗い桶くらいの大きさのものに、一杯入れてくれる。別に味は何もつけないで、液状バターに浸しながら食べるのであるが、磯のかおりがあって、食通には大いに喜ばれそうな味である。  ビールを飮みながら、このクラムを一桶食べた頃には、蝦と野菜が丁度いい加減に蒸されている。蝦も、アメリカでは、このあたりの海のものが一番良いので、普通シカゴの料理店などで出すアフリカ海岸の蝦とは、格段のちがいである。それに海藻の匂いと鹽味とが、適當について、なかなか風趣のある味である。  考えてみれば、人件費の高いアメリカでは、これはたいへん贅澤な料理であろう。生の海藻を採って、運んで來るだけでも大仕事である。こういう料理が、現在でも珍重されて殘っているところを見ると、アメリカ人にも、ものの味のわかる人が相當いるらしい。 底本:「百日物語」文藝春秋新社    1956(昭和31)年5月20日発行 入力:砂場清隆 校正:木下聡 2025年10月15日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。