みつばちの 女王 グリム兄弟 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)王子《おうじ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|羽《ば》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)とう[#「とう」に丸傍点] -------------------------------------------------------  むかし むかしのことです。ふたりの王子《おうじ》が、ぼうけんのたびに でかけました。  ところが、王子《おうじ》たちは、すきかってなくらしを はじめてしまって、家《いえ》へかえろうとはしませんでした。  そこで、おばかさん という名前《なまえ》の、いちばん下のおとうとが、兄《にい》さんたちをさがしにでかけました。おばかさんは、やっとのことで 兄《にい》さんたちをみつけました。  ところが、兄《にい》さんたちは、おとうとをばかにして、 「おまえみたいなまぬけが、世《よ》の中でくらしていくのは たいへんなことだぞ。おれたちは、おまえよりも ずっと りこうだが、そのおれたちでさえ、うまく やっていくことが できないんだからなあ。」と、いいました。  それから、三人で そろって でかけました。  やがて、ありのとう[#「とう」に丸傍点]の あるところへ、やってきました。 「どうだい、この ありのとうを、ほじくりかえしてやろうじゃないか。そうすりゃ、ちっちゃい ありのやつらは、びっくりして、はいまわったり、たまごをはこびだしたりするぞ。そいつをけんぶつしてやろうぜ。」と、兄《にい》さんたちがいいました。  ところが、おばかさんはいいました。 「生《い》きものは、そっと しておいてやってよ。兄《にい》さんたちが、ありをいじめたりするのを、ぼく みちゃいられないよ。」  それから、三人は、また さきへあるいていきました。やがて、みずうみにでました。みると、みずうみには、それはそれは たくさんのかもがおよいでいます。 「ようし、あいつらを二、三|羽《ば》 つかまえて、やき鳥《とり》にしてやろう。」 と、兄《にい》さんたちが、また いいだしました。  けれども、おばかさんは しょうちしません。 「生《い》きものは、そっと しておいてやってよ。兄《にい》さんたちが かもをころすのを、ぼく みちゃいられないよ。」と、いいました。  とうとう 三人は、みつばちの巣《す》のあるところへ、やってきました。みれば、巣《す》のなかには みつがいっぱいあって、それが、木のみきをつたわって ながれています。 「そうだ、あの木の下で 火をたこう。そうすりゃ、はちのやつは、いきがつまって 死《し》んでしまうから、みつがとれるぞ。」 と、兄《にい》さんたちは、しきりに いいました。  けれども、おばかさんが、またまた 兄《にい》さんたちをとめて、いいました。 「生《い》きものは、そっと しておいてやってよ。兄《にい》さんたちが、はちをやきころしたりするのを、ぼく みちゃいられないよ。」  とうとう しまいに、三人のきょうだいは、しらないおしろへ やってきました。  ところが、このおしろには、馬《うま》やにも 石の馬《うま》しかおりません。それに、人間《にんげん》のすがたも、どこにもみえないのです。  三人は、広間《ひろま》を、つきつぎと とおりぬけて、いちばんおくの とびらのまえにきました。とびらには、じょうが三つ さがっていました。とびらのまんなかには、小さなよろい戸《ど》があって、そのよろい戸《ど》から、へやのなかがみえました。  みると、灰《はい》いろの小人《こびと》がひとり、テーブルについています。  三人は、小人《こびと》をよんでみました。一ど、二ど。でも、小人《こびと》にはきこえません。もう一ぺん、よんでみました。すると ようやく、小人《こびと》はたちあがって、じょうをあけて でてきました。  しかし、小人《こびと》は、ひとことも 口をききません。だまって 三人を、ごちそうのたくさんならんでいる テーブルのところへ、つれていきました。三人は、たべたりのんだりしました。  すると 小人《こびと》は、こんどは、ひとりずつ、べつべつのしんしつに つれていきました。  あくる朝《あさ》、灰《はい》いろの小人《こびと》が、いちばん上の王子《おうじ》のところへ やってきました。小人《こびと》は手《て》まねきして、王子《おうじ》を、石の板《いた》のあるところへ つれていきました。  その石の板《いた》には、三つのもんだいがかいてありました。そのもんだいを うまくとくと、このおしろにかかっているまほうが、とけることになっていたのです。  さて、一ばんめのもんだいは、 「森《もり》のなかのこけの下に、王《おう》さまのおひめさまのしんじゅが、千《せん》 かくしてある。それをさがしだしなさい。ただし、お日さまがしずむときになって、まだ、ひとつぶでもたらなければ、それをさがしたものは 石になってしまう。」と、いうのでした。  いちばん上の王子《おうじ》は、森《もり》にでかけていって、一日じゅう さがしました。けれども、日がしずむときまでに みつけたのは、たった百《ひゃく》つぶきりでした。そのため、石の板《いた》に かいてあったとおり、王子《おうじ》は石にされてしまいました。  あくる日には、二ばんめの兄《にい》さんが、このぼうけんをやってみました。  けれども、この兄《にい》さんも、いちばん上の兄《にい》さんより、そんなに うまくやることはできませんでした。一日かかって みつけたしんじゅは、二|百《ひゃく》つぶだけだったのです。それで、この兄《にい》さんも 石にされてしまいました。  いよいよ、おばかさんの番《ばん》です。おばかさんは、こけのなかをさがしました。しかし、しんじゅをみつけるのは、とてもとても むずかしい仕事《しごと》です。なかなか、おもうようにはいきません。とうとう おばかさんは、石にこしかけて なきだしました。  こうして、なきながら すわっていると、まえに、おばかさんが いのちをたすけてやった ありの王《おう》さまが、ありを五|千《せん》びきもつれて、やってきました。この小さなありたちは、しばらくするうちに、みんなで しんじゅをみつけだして、その場《ば》へ 山のようにつみあげてくれました。  これで、おばかさんは、だい一のもんだいをときました。  そのつぎのもんだい というのは、 「王《おう》さまのおひめさまの しんしつのかぎを、海《うみ》のなかからとってきなさい。」 と、いうことでした。  おばかさんが 海《うみ》へいきますと、まえに、いのちをたすけてやったかもが、いく羽《わ》もいく羽《わ》も およいできました。かもたちは 水《みず》のなかへもぐっていって、海《うみ》のそこから、かぎをとってきてくれました。  さいごにのこったもんだいが、いちばん むずかしいもんだいでした。 「ねむっている三人のおひめさまのなかから、いちばん下の、いちばん かわいいおひめさまを、さがしだしなさい。」と、いうのです。  ところが、このおひめさまたちは、なにからなにまで そっくりなのです。ただ、ちがっているところは、ねるまえに、めいめいが、べつべつの あまいものをたべる、ということでした。  いちばん上のおひめさまは、おさとうをひとかたまり たべます。そのつぎのおひめさまは、シロップをすこしばかり たべます。そして、いちばん下のおひめさまは、はちみつをさじに一ぱい たべるのです。  さて、そこへ、まえに、やきころされそうに なっているところを、おばかさんにたすけてもらった、みつばちの女王《じょおう》がとんできました。みつばちの女王《じょおう》は、三にんのおひめさまたちの口を、つぎつぎと なめてみました。  いちばんさいごに、はちみつをたべた口の上にとまると、そのまま、じっと していました。それで、王子《おうじ》には、その人が、じぶんのさがしている おひめさまだということが、わかりました。  これで、まほうはとけたのです。いろいろなものが、みんな ながいながい ねむりから さめました。石にされていたのは、もとの人間《にんげん》のすがたに もどりました。  おばかさんは、いちばん下の いちばん かわいらしいおひめさまを、およめさんにもらいました。そして、おひめさまのお父さまが なくなったあとは、王《おう》さまになりました。  それから、ふたりの兄《にい》さんたちは、あとのふたりのねえさんを、およめさんにもらいました。 底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版    2000(平成12)年10月20日第1刷発行    2014(平成26)年8月20日第14刷発行 底本の親本:「グリム童話全集 3 おおかみと七ひきの子やぎ」実業之日本社    1963(昭和38)年 ※表題は底本では、「みつばちの 女王《じょおう》」となっています。 入力:sogo 校正:木下聡 2024年1月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。