メランコリア 三富朽葉 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)砂鐵《さてつ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一寸|臂《しり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)壘の[#「壘の」はママ] ------------------------------------------------------- 外から砂鐵《さてつ》の臭《にほひ》を持つて來る海際の午後、 象《ざう》の戯《たはむ》れるやうな濤《なみ》の呻吟《うなり》は 壘の[#「壘の」はママ]上に横たへる身體《からだ》を 分解《ぶんかい》しやうと揉《も》んでまわる。 私は或日珍らしくも無い原素《げんそ》に成つて 重《おも》いメランコリイの底《そこ》へ沈《しつ》[#ルビの「しつ」はママ]んで了ふであらう。 えたひの知れぬ此ひと時の衰へよ、 身動《みうご》きも出來ない痺《しび》れが 筋肉《きんにく》のあたりを延びて行く………… 限りない物思ひのあるような、空しさ。 鑠《や》ける光線《くわうせん》に續《つな》がれて 目まぐるしい蠅《はい》のひと群《むれ》が旋《めぐ》る。 私は或日、砂地《すなぢ》の影《かげ》へ身を潜《ひそ》めて 水月《くらげ》のやうに音《おと》もなく溶《と》け入《い》るであらう。 太陽は紅《あか》い、紅いイリユージヨンを夢みてゐる、 私は不思議な役割をつとめてるのでは無いか。 無花果樹《いちじく》の蔭の籐椅子《とゐす》や、 まいまいつむりの脆《もろ》い殼《から》の邊《あたり》へ 私は蠅の群となつて舞ひに行く、 壁《かべ》の廻《まは》りの紛《まぎ》れ易い模樣にも 一寸|臂《しり》を[#「臂を」はママ]突《つ》き出して止つて見た。 窓《まど》の下《した》に死にゆくやうな尨犬《むくいぬ》よ。 私は何時《いつ》しかその上で渦卷《うづま》き初める、 ………………………… ………………………… 砂鐵の臭の懶《ものう》いひとすぢ。[#1段階小さな文字](八月)[#小さな文字終わり]     ○ 午後の薄明《うすあか》りの中で、 奇妙《きめう》な睡《ねむ》りに落ちて行く 影を曳《ひ》く安樂椅子《あんらくゐす》の 病の身を搖る儘に。 懶《ものう》げな雨の線條《すぢ》は 音も無く若葉の匂を煙らす 姿《すがた》を見せぬ鳥の囀《さへづ》りの 壞《くづ》れた胸に響くことよ! 永い間の疲勞《つかれ》が 重く夢を壓《お》す時に 鳥は青い叫《さけ》びを殘《のこ》して翔《かけ》る。 春は微笑んでゐるのかも知れないけれど 欝《くら》い蔭《かげ》を搖る安樂椅子の さけ難《がた》い睡《ねむ》りに包《つゝ》まれる………… [#地から2字上げ][#1段階小さな文字](四月)[#小さな文字終わり] 底本:「複製版 創作第一期(日本大学三島図書館蔵本)」臨川書店    1973(昭和48)年10月20日発行 底本の親本:「創作 第一卷第七號」東雲堂書店    1910(明治43)年9月1日発行 初出:「創作 第一卷第七號」東雲堂書店    1910(明治43)年9月1日発行 ※「やうな」と「ような」の混在は、底本通りです。 入力:きりんの手紙 校正:The Creative CAT 2023年7月17日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。