幸福が遅く来たなら 生田春月 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)巷《まち》 ------------------------------------------------------- 『幸福』よ、巷《まち》で出逢《であ》つた見知らぬ人よ、 お前の言葉は私に通じない! 冷たい冷たいこの顔が、私の求めてゐたものだらうか? お前の顔は不思議な親《したし》みのないものに見える、 そんなにお前は廿年、遠国をうろついてたんだ、 お前はもはや私の『望』にさへ忘れてしまはれた! よしやお前が私の許嫁《いひなづけ》であつたにしても、 あんまり遅く来た『幸福』を誰が信じるものか! 私は蒼《あを》ざめた貧しい少女の手に眠る、 少女よ、どんなにお前は軟《やはら》かく、枕《まくら》のやうに 夜毎《よごと》痛む頭《かしら》をさゝへてくれるだらう! 少女よ、お前の名前は何と云ふ? もしか『嘆き』と云やせぬか? そんなら行つて『幸福』に言つてくれ、 お前さんの来るのがあんまり遅《おそ》いので もはや私があの人のお嫁になりましたと! 底本:「日本の詩歌 26 近代詩集」中央公論社    1970(昭和45)年4月15日初版発行    1979(昭和54)年11月20日新訂版発行 底本の親本:「霊魂の秋」新潮社    1917(大正6)年12月15日発行 入力:hitsuji 校正:The Creative CAT 2022年4月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。