海の小品 原民喜 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)蹠《あしうら》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#1字下げ] ------------------------------------------------------- [#1字下げ]蹠《あしうら》[#「蹠」は中見出し]  あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。 [#1字下げ]宿かり[#「宿かり」は中見出し]  じつと砂地を視てゐると、そこにもこゝにも水のあるところ、生きものはゐるのだつた。立ちどまつて、友は、匐つてゐる小さな宿かりを足の指でいぢりながら、 「見給へ、みんな荷物を背負はされてるぢやないか」と珍しげに呟く。その友にしたところで、昨夕、大きなリツクを背負ひながら私のところへ立寄つたのだつた。 [#1字下げ]渚[#「渚」は中見出し]  歩いてゐると、歩いてゐることが不思議におもへてくる時刻である。重たく澱んだ空気のとばりの中へ足が進んで行き、いつのまにか海岸に来てゐる。赤く濁つた満月が低く空にかゝつてゐて、暗い波は渚まで打寄せてゐる。ふと、もの狂ほしげな犬の啼声がする。波に追はれて渚を走り廻つてゐる犬の声なのだ。ふと、怕くなつて渚を後にひきかへして行くと、薄闇の道路に、犬の声は、いつまでもきこえてくる。 底本:「原民喜全詩集」岩波文庫、岩波書店    2015(平成27)年7月16日第1刷発行 底本の親本:「野性」    1950(昭和25)年9月 初出:「野性」    1950(昭和25)年9月 入力:村並秀昭 校正:竹井真 2021年7月8日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。