千葉海岸の詩 原民喜 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)千葉《ここ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)今|千葉《ここ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅲ ------------------------------------------------------- [#1字下げ]a[#「a」は中見出し] 我れ生存に行き暮れて 足どり鈍くたたずめど 満ち足らひたる人のごと 海を眺めて語るなり [#1字下げ]b[#「b」は中見出し] あはれそのかみののぞき眼鏡に 東京の海のあさき色を 今|千葉《ここ》に来て憶ひ出すかと 幼き日の記憶熱をもて妻に語りぬ [#1字下げ]c[#「c」は中見出し] ここに来て空気のにほひを感じる うつとりと時間をかへりみるのだ ひなげしの花は咲き 麦の穂に潮風が吹く [#1字下げ]d[#「d」は中見出し] 青空に照りかがやく樹がある かがやく緑に心かがやく 海の近いしるしには 空がとろりと潤んでゐる [#1字下げ]e[#「e」は中見出し] 広い眺めは横につらなる 新しい眺めは茫としてゐる 遠浅の海は遠くて 黒ずんだ砂地ばかりだ [#1字下げ]f[#「f」は中見出し] 暗い海には三日月が出てゐる 暗い海にはほの明りがある 茫として微かではあるが あのあたりが東京らしい [#1字下げ]g[#「g」は中見出し] 外に出てみると月がある そこで海へ行つてみた 舟をやとつて乗出した やがて暫くして帰つた [#1字下げ]h[#「h」は中見出し] 夜の海の霧は 海と空をかくし 眼の前に闇がたれさがる 闇が波音をたてて迫る [#1字下げ]i[#「i」は中見出し] 日は丘にあるが 海はまだ明けやらぬ 潮の退いた海にむかつて 人影は一つ進んで行く 底本:「原民喜全詩集」岩波文庫、岩波書店    2015(平成27)年7月16日第1刷発行 底本の親本:「定本原民喜全集Ⅲ」青土社    1978(昭和53)年11月30日発行 入力:村並秀昭 校正:竹井真 2022年2月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。