もぐらとコスモス 原民喜 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)駄目《だめ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅱ -------------------------------------------------------  コスモスの花が咲き乱れていました。赤、白、深紅、白、赤、桃色……花は明るい光に揺らいで、にぎやかに歌でも歌っているようです。  暗い土の底で、もぐらの子供がもぐらのお母さんに今こんなことを話していました。 「僕、土の上へ出てみたいなあ、ちょっと出てみてはいけないかしら」 「駄目《だめ》、私たちのからだは太陽の光を見たら一《いっ》ぺんに駄目になってしまいます。私たちの眼は生《うま》れつき細く弱くできているのです」 「でも、この暗い土の底では、何にも面白いことなんかないもの。それなのに、ほら、このコスモスの白い細い根っこが、何かしきりに近頃たのしそうにしているのは、きっと何か上の方で、それはすばらしいことがあるのだろうと僕思うのだがなあ」 「ああ、あれですか、コスモスに花が咲いたのですよ。夜になるまでお待ちなさい。今夜は月夜《つきよ》です。夜になったら、お母さんも一寸《ちょっと》上の方まで行ってみます。その時、ちょっと覗《のぞ》いてみたらいいでしょう」  もぐらの子供は、夜がくるのをたのしみに待っていました。 「お母さん、もう夜でしょう」 「まだ、お月さんが山の端《は》に出たばかりです。あれがもっとこの庭の真上に見えてくるまでお待ちなさい」  しばらくして[#「 しばらくして」は底本では「しばらくして」]、お母さんは、もぐらの子供にこう云《い》いました。 「さあ、私の後《あと》にそっとついて、そっと静かについてくるのですよ」  もぐらの子供はお母さんの後について行きましたが、何だか胸がワクワクするようでした。 「そら、ここが土の上」  と、お母さんは囁《ささや》きました。  赤、白、深紅、白、赤、桃色……コスモスの花は月の光にはっきりと浮いて見えます。 「わあ」  もぐらの子供はびっくりしてしまいました。 「綺麗《きれい》だなあ、綺麗だなあ」  もぐらの子供は、はじめて見る地上の眺めに、うっとりしていました。  すると、コスモスの花の下を、何か白いものが音もなく、ぴょんと跳《は》ねました。これは月の光に浮かれて、兎小屋《うさぎごや》から抜け出して、庭さきを飛び廻《まわ》っている白兎《しろうさぎ》でした。 「あ、また兎が庭の方へ出てしまったよ」  と、このとき誰か人間の声がしました。それから足音がこちらに近づいて来ました。すると、もぐらのお母さんは子供を引張《ひっぱ》って、ずんずん下の方へ引込《ひっこ》んで行きました。 「綺麗《きれい》だったなあ。いつでも土の上はあんなに綺麗なのかしら」  もぐらの子供は土の底で、お母さんにたずねました。 「お月夜《つきよ》だから、あんなに綺麗だったのですよ」  お母さんは静かに微笑《わら》っていました。 底本:「原民喜童話集」イニュニック    2017(平成29)年11月15日第1刷発行 底本の親本:「定本原民喜全集Ⅱ」青土社    1978(昭和53)年9月20日発行    「新装版原民喜全集第三巻」芳賀書店    1969(昭和44)年10月5日発行 ※誤植を疑った箇所を、親本の表記にそって、あらためました。 入力:竹井真 校正:砂場清隆 2022年10月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。