誕生日 原民喜 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)恰度《ちょうど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅱ -------------------------------------------------------  雄二の誕生日が近づいて来ました。学校では、恰度《ちょうど》その日、遠足があることになっていました。いい、お天気だといいがな、と雄二は一週間も前から、その日のことが心配でした。というのが、この頃、毎日あんまりいいお天気ばかりつづいていたからです。このまま、ずっとお天気がつづくかしら、と思って雄二は、校庭の隅《すみ》のポプラの樹の方を眺めました。青い空に黄金色の葉はくっきりと浮いていて、そのポプラの枝の隙間には澄みきったものがあります。その隙間からは、遠い遙《はる》かなところまで見えて来そうな気がするのでした。  雄二は自分が産《うま》れた日は、どんな、お天気だったのかしら、としきりに考えてみました。やっぱり、その頃、庭には楓《かえで》の樹が紅《あか》らんでいて、屋根の上では雀がチチチと啼《な》いていたのかしら、そうすると、雀はその時、雄二が産れたことをちゃんと知っていてくれたような気がします。  雄二は誕生日の前の日に、床屋《とこや》に行きました。鏡の前には、鉢植《はちうえ》の白菊の花が置いてありました。それを見ると、雄二はハッとしました。何か遠い澄みわたったものが見えてくるようでした。 「いい、お天気がつづきますね」 「明日もきっと、お天気でしょう」  大人たちが、こんなことを話合っていました。雄二はみんなが、明日のお天気を祈っていてくれるようにおもえたのです。  いよいよ、遠足の日がやって来ました。眼がさめると、いい、お天気の朝でした。姉さんは誕生のお祝いに紙に包んだ小さなものを雄二に呉《く》れました。あけてみると、チリンチリンといい響《ひびき》のする、小さな鈴でした。雄二はそれを服のポケットに入れたまま、学校の遠足に出かけて行きました。  小さな鈴は歩くたびに、雄二のポケットのなかで、微《かす》かな響をたてていました。遠足の列は街を通り抜け、白い田舎路《いなかみち》を歩いて行きました。綺麗《きれい》な小川や山が見えて来ました。そして、どこまで行っても、青い美しい空がつづいていました。 「ほんとに、きょうはいい、お天気だなあ」と、先生も感心したように空を見上げて云《い》いました。雄二たちは小川のほとりで弁当を食べました。雄二が腰を下《おろ》した切株《きりかぶ》の側《そば》に、ふと一枚の紅葉《もみじ》の葉が空から舞って降りてきました。雄二はそれを拾《ひろ》いとると、ポケットに収めておきました。  遠足がおわって、みんなと別《わか》れて、ひとり家の方へ戻って来ると、ポケットのなかの鈴が急にはっきり聞えるのでした。雄二はその晩、日記帳の間へ、遠足で拾《ひろ》った美しい紅葉《もみじ》の葉をそっと挿《はさ》んでおきました。 底本:「原民喜童話集」イニュニック    2017(平成29)年11月15日第1刷発行 底本の親本:「定本原民喜全集Ⅱ」青土社    1978(昭和53)年9月20日発行    「新装版原民喜全集第三巻」芳賀書店    1969(昭和44)年10月5日発行 ※底本では「 大人たちが、」の段落の後に空行が一行はいりますが、誤植を疑い、親本の表記にそって、あらためました。 入力:竹井真 校正:砂場清隆 2021年4月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。