麒麟 谷崎潤一郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)左丘明《さきゅうめい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)皆|長寿《ながいき》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)聃 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)いよ/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#ここから2字下げ] 鳳兮。鳳兮。何徳之衰。 往者不可諫。来者猶可追。已而。已而。今之従政者殆而。 [#ここで字下げ終わり] 西暦紀元前四百九十三年。左丘明《さきゅうめい》、孟軻《もうか》、司馬遷《しばせん》等の記録によれば、魯《ろ》の定公《ていこう》が十三年目の郊《こう》の祭を行われた春の始め、孔子《こうし》は数人の弟子達を車の左右に従えて、其の故郷の魯の国から伝道の途に上った。 泗水《しすい》の河の畔《ほとり》には、芳草が青々と芽ぐみ、防山《ぼうざん》、尼丘《じきゅう》、五峯《ごほう》の頂《いたゞき》の雪は溶けても、沙漠の砂を掴んで来る匈奴《きょうど》のような北風は、いまだに烈しい冬の名残《なごり》を吹き送った。元気の好い子路《しろ》は紫の貂《てん》の裘《かわごろも》を飜して、一行の先頭に進んだ。考深い眼つきをした顔淵《がんえん》、篤実らしい風采の曾参《そうしん》が、麻の履《くつ》を穿いて其の後に続いた。正直者の御者《ぎょしゃ》の樊遅《はんち》は、駟馬《しば》の銜《くつわ》を執りながら、時々車上の夫子《ふうし》が老顔を窃《ぬす》み視て、傷《いた》ましい放浪の師の身の上に涙を流した。 或る日、いよ/\一行が、魯の国境までやって来ると、誰も彼も名残惜しそうに、故郷《ふるさと》の方を振り顧《かえ》ったが、通って来た路は亀山《きざん》の蔭にかくれて見えなかった。すると孔子は琴を執って、 [#ここから2字下げ] われ魯を望まんと欲すれば、 亀山之を蔽《おお》いたり。 手に斧柯《ふか》なし、 亀山を奈何《いか》にせばや。 [#ここで字下げ終わり] こう云って、さびた、皺嗄《しわが》れた声でうたった。 それからまた北へ北へと三日ばかり旅を続けると、ひろ/″\とした野に、安らかな、屈托《くったく》のない歌の声が聞えた。それは鹿の裘に索《なわ》の帯をしめた老人が、畦路《あぜみち》に遺穂《おちほ》を拾いながら、唄って居るのであった。 「由《ゆう》や、お前にはあの歌がどう聞える。」 と、孔子は子路を顧みて訊ねた。 「あの老人の歌からは、先生の歌のような哀れな響《ひゞき》が聞えません。大空を飛ぶ小鳥のような、恣《ほしいまゝ》な声で唄うて居ります。」 「さもあろう。彼《あれ》こそ古《いにしえ》の老子《ろうし》の門弟じゃ。林類《りんるい》と云うて、もはや百歳になるであろうが、あの通り春が来れば畦に出て、何年となく歌を唄うては穂を拾うて居る。誰か彼処《あすこ》へ行って話をして見るがよい。」 こう云われて、弟子の一人の子貢《しこう》は、畑の畔《くろ》へ走って行って老人を迎え、尋ねて云うには、 「先生は、そうして歌を唄うては、遺穂を拾っていらっしゃるが、何も悔いる所はありませぬか。」 しかし、老人は振り向きもせず、餘念もなく遺穂を拾いながら、一歩一歩に歌を唄って止まなかった。子貢が猶も其の跡を追うて声をかけると、漸く老人は唄うことをやめて、子貢の姿をつく/″\と眺めた後、 「わしに何の悔《くい》があろう。」 と云った。 「先生は幼い時に行《おこない》を勤めず、長じて時を競《きそ》わず、老いて妻子《つまこ》もなく、漸く死期《しき》が近づいて居るのに、何を楽しみに穂を拾っては、歌を唄うておいでなさる。」 すると老人は、から/\と笑って、 「わしの楽しみとするものは、世間の人が皆持って居て、却って憂として居る。幼い時に行を勤めず、長じて時を競わず、老いて妻子もなく、漸く死期が近づいて居る。それだから此のように楽しんで居る。」 「人は皆|長寿《ながいき》を望み、死を悲しんで居るのに、先生はどうして、死を楽しむ事が出来ますか。」 と、子貢は重ねて訊いた。 「死と生とは、一度往って一度|反《かえ》るのじゃ。此処で死ぬのは、彼処《かしこ》で生れるのじゃ。わしは、生を求めて齷齪《あくせく》するのは惑《まどい》じゃと云う事を知って居る。今死ぬるも昔生れたのと変りはないと思うて居る。」 老人は斯く答えて、また歌を唄い出した。子貢には言葉の意味が解らなかったが、戻って来て其れを師に告げると、 「なか/\話せる老人であるが、然し其れはまだ道を得て、到り盡さぬ者と見える。」 と、孔子が云った。 それからまた幾日も/\、長い旅を続けて、箕水《きすい》の流を渉《わた》った。夫子が戴く緇布《くろぬの》の冠は埃《ほこり》にまびれ、狐の裘は雨風に色褪せた。 「魯の国から孔丘と云う聖人が来た。彼の人は暴虐な私達の君《きみ》や妃《きさき》に、幸《さいわい》な教と賢い政《まつりごと》とを授けてくれるであろう。」 衛《えい》の国の都《みやこ》に入ると、巷の人々はこう云って一行の車を指した。其の人々の顔は饑《うえ》と疲《つかれ》に羸《や》せ衰え、家々の壁は嗟《なげ》きと愁《かな》しみの色を湛えて居た。其の国の麗しい花は、宮殿の妃の眼を喜ばす為めに移し植えられ、肥えたる豕《いのこ》は、妃の舌を培《つちか》う為めに召し上げられ、のどかな春の日が、灰色のさびれた街を徒《いたずら》に照らした。そうして、都の中央の丘の上には、五彩の虹を繍《ぬ》い出した宮殿が、血に飽いた猛獣の如くに、屍骸のような街を瞰下《みおろ》して居た。其の宮殿の奥で打ち鳴らす鐘の響は、猛獣の嘯《うそぶ》くように国の四方へ轟いた。 「由や、お前にはあの鐘の音がどう聞える。」 と、孔子はまた子路に訊ねた。 「あの鐘の音は、天に訴えるような果敢《はか》ない先生の調《しらべ》とも違い、天にうち任せたような自由な林類の歌とも違って、天に背いた歓楽を讃《たゝ》える、恐ろしい意味《こゝろ》を歌うて居ります。」 「さもあろう。あれは昔|衛《えい》の襄公《じょうこう》が、国中の財《たから》と汗とを絞り取って造らせた、林鐘《りんしょう》と云うものじゃ。その鐘が鳴る時は、御苑《ぎょえん》の林から林へ反響《こだま》して、あのような物凄い音を出す。また暴政に苛《さいな》まれた人々の呪と涙とが封じられて居て、あのような恐ろしい音を出す。」 と、孔子が教えた。 衛の君の霊公は、国原《くなばら》を見晴るかす霊台《れいだい》の欄に近く、雲母の硬屏《ついたて》、瑪瑙《めのう》の榻《とう》を運ばせて、青雲《せいうん》の衣《ころも》を纒い、白霓《はくげい》の裳裾《もすそ》を垂れた夫人の南子《なんし》と、香の高い秬鬯《きょちょう》を酌み交わしながら、深い霞の底に眠る野山の春を眺めて居た。 「天にも地にも、うらゝかな光が泉のように流れて居るのに、何故私の国の民家では美しい花の色も見えず、快《こゝろよ》い鳥の声も聞えないのであろう。」 こう云って、公は不審の眉を顰《ひそ》めた。 「それは此の国の人民が、わが公《きみ》の仁徳と、わが夫人の美容とを讃えるあまり、美しい花とあれば、悉く献上して宮殿の園生《そのう》の牆《かき》に移し植え、国中の小鳥までが、一羽も残らず花の香を慕うて、園生のめぐりに集る為めでございます。」 と、君側に控えた宦者《かんじゃ》の雍渠《ようきょ》が答えた。すると其の時、さびれた街の静かさを破って、霊台の下を過ぎる孔子の車の玉鑾《ぎょくらん》が珊珊《さん/\》と鳴った。 「あの車に乗って通る者は誰であろう。あの男の額は尭《ぎょう》に似て居る。あの男の目は舜《しゅん》に似て居る。あの男の項《うなじ》は皐陶《こうよう》に似て居る。肩は子産《しさん》に類し、腰から下が禹《う》に及ばぬこと三寸ばかりである。」 と、これも側《かたわら》に伺候《しこう》して居た将軍の王孫賈《おうそんか》が、驚きの眼を見張った。 「しかし、まあ彼《あ》の男は、何と云う悲しい顔をして居るのだろう。将軍、卿《おまえ》は物識《ものしり》だから、彼の男が何処から来たか、妾《わたし》に教えてくれたがよい。」 こう云って、南子夫人は将軍を顧み、走り行く車の影を指した。 「私は若き頃、諸国を遍歴しましたが、周の史官を務めて居た老聃《ろうたん》と云う男の他には、まだ彼《あ》れ程立派な相貌の男を見たことがありませぬ。あれこそ、故国の政に志を得ないで、伝道の途に上った魯の聖人の孔子であろう。其の男の生れた時、魯の国には麒麟《きりん》が現れ、天には和楽《わがく》の音《おと》が聞えて、神女《しんにょ》が天降《あまくだ》ったと云う。其の男は牛の如き唇と、虎の如き掌《てのひら》と、亀の如き背とを持ち、身《み》の丈《たけ》が九尺六寸あって、文王の容体《かたち》を備えて居ると云う。彼こそ其の男に違《ちがい》ありませぬ。」 こう王孫賈が説明した。 「其の孔子と云う聖人は、人に如何なる術を教える者である。」 と、霊公は手に持った盃を乾して、将軍に問うた。 「聖人と云う者は、世の中の凡べての智識の鍵を握って居ります。然し、あの人は、専ら家を斉《とゝの》え、国を富まし、天下を平げる政の道を、諸国の君に授けると申します。」 将軍が再びこう説明した。 「わたしは世の中の美色を求めて南子を得た。また四方の財宝を萃《あつ》めて此の宮殿を造った。此の上は天下に覇《は》を唱えて、此の夫人と宮殿とにふさわしい権威を持ちたく思うて居る。どうかして其の聖人を此処へ呼び入れて、天下を平げる術を授かりたいものじゃ。」 と、公は卓を隔てゝ対して居る夫人の唇を覗《うかゞ》った。何となれば、平生公の心を云い表わすものは、彼自身の言葉でなくって、南子夫人の唇から洩れる言葉であったから。 「妾は世の中の不思議と云う者に遇って見たい。あの悲しい顔をした男が真《まこと》の聖人なら、妾にいろ/\の不思議を見せてくれるであろう。」 こう云って、夫人は夢みる如き瞳を上げて、遥に隔たり行く車の跡を眺めた。 孔子の一行が北宮《ほくきゅう》の前にさしかゝったとき、賢い相を持った一人の官人が、多勢の供を従え、屈産《くっさん》の駟馬《しば》に鞭撻《むちう》ち、車の右の席を空けて、恭《うや/\》しく一行を迎えた。 「私は霊公の命をうけて、先生をお迎えに出た仲叔圉《ちゅうしゅくぎょ》と申す者でございます。先生が此の度伝道の途に上られた事は、四方の国々までも聞えて居ります。長い旅路に先生の翡翠《ひすい》の蓋《がい》は風に綻び、車の軛《くびき》からは濁った音が響きます。願わくは此の新しき車に召し替えられ、宮殿に駕を枉《ま》げて、民を安んじ、国を治める先王の道を我等の公《きみ》に授け給え。先生の疲労を癒やす為めには、西圃《さいほ》の南に水晶のような温泉が沸々と沸騰《たぎ》って居ります。先生の咽喉を湿《うる》おす為めには、御苑の園生に、芳《かん》ばしい柚《ゆず》、橙《だい/\》、橘が、甘い汁を含んで実って居ります。先生の舌を慰める為めには、苑囿《えんゆう》の檻の中に、肥え太った豕《いのこ》、熊、豹、牛、羊が蓐《しとね》のような腹を抱えて眠って居ります。願わくは、二月も、三月も、一年も、十年も、此の国に車を駐《と》めて、愚な私達の曇りたる心を啓《ひら》き、盲《し》いたる眼を開き給え。」 と、仲叔圉は車を下りて、慇懃に挨拶をした。 「私の望む所は、荘厳な宮殿を持つ王者の富よりは、三王の道を慕う君公の誠であります。萬乗の位も桀紂《けっちゅう》の奢の為めには尚足らず、百里の国も尭舜の政を布くに狭くはありませぬ。霊公がまことに天下の禍を除き、庶民の幸を図《はか》る御志ならば、此の国の土に私の骨を埋めても悔いませぬ。」 斯く孔子が答えた。 やがて一行は導かれて、宮殿の奥深く進んだ。一行の黒塗の沓は、塵も止めぬ砥石の床に戞々《かつ/\》と鳴った。 [#ここから2字下げ] 摻々《さん/\》たる女手《じょしゅ》、 以て裳《しょう》を縫う可し。 [#ここで字下げ終わり] と、声をそろえて歌いながら、多数の女官が、梭《おさ》の音たかく錦を織って居る織室《しょくしつ》の前も通った。綿のように咲きこぼれた桃の林の蔭からは、苑囿の牛の懶《ものう》げに呻る声も聞えた。 霊公は賢人仲叔圉のはからいを聴いて、夫人を始め一切の女を遠ざけ、歓楽の酒の沁みた唇を濯《そゝ》ぎ、衣冠正しく孔子を一室に招じて、国を富まし、兵を強くし、天下に王となる道を質《たゞ》した。 しかし、聖人は人の国を傷け、人の命を損《そこな》う戦の事に就いては、一言も答えなかった。また民の血を絞り、民の財を奪う富の事に就いても教えなかった。そうして、軍事よりも、産業よりも、第一に道徳の貴い事を厳《おごそか》に語った。力を以て諸国を屈服する覇者の道と、仁を以て天下を懐《なず》ける王者の道との区別を知らせた。 「公がまことに王者の徳を慕うならば、何よりも先ず私の慾に打ち克ち給え。」 これが聖人の誡《いましめ》であった。 其の日から霊公の心を左右するものは、夫人の言葉でなくって聖人の言葉であった。朝には廟堂《びょうどう》に参して正しい政《まつりごと》の道を孔子に尋ね、夕には霊台に臨んで天文四時《てんもんしじ》の運行を、孔子に学び、夫人の閨《ねや》を訪れる夜とてはなかった。錦を織る織室の梭の音は、六藝《りくげい》を学ぶ官人の弓弦《ゆづる》の音、蹄の響、篳篥《ひちりき》の声に変った。一日、公は朝早く独り霊台に上って、国中を眺めると、野山には美しい小鳥が囀り、民家には麗しい花が開き、百姓は畑に出て公の徳を讃え歌いながら、耕作にいそしんで居るのを見た。公の眼からは、熱い感激の涙が流れた。 「あなたは、何を其のように泣いていらっしゃる。」 其の時、ふと、こう云う声が聞えて、魂をそゝるような甘い香が、公の鼻を嬲《なぶ》った。其れは南子夫人が口中に含む鶏舌香《けいぜつこう》と、常に衣に振り懸けて居る西域《せいいき》の香料、薔薇水《しょうびすい》の匂であった。久しく忘れて居た美婦人の体から放つ香気の魔力は、無残《むざん》にも玉のような公の心に、鋭い爪を打ち込もうとした。 「何卒《どうぞ》お前の其の不思議な眼で、私の瞳を睨《にら》めてくれるな。其の柔い腕《かいな》で、私の体を縛《しば》ってくれるな。私は聖人から罪悪に打ち克つ道を教わったが、まだ美しきものゝ力を防ぐ術を知らないから。」 と、霊公は夫人の手を拂い除けて、顔を背けた。 「あゝ、あの孔丘と云う男は、何時の間にかあなたを妾の手から奪って了った。妾が昔からあなたを愛して居なかったのに不思議はない。しかし、あなたが妾を愛さぬと云う法はありませぬ。」 こう云った南子の唇は、激しい怒に燃えて居た。夫人には此の国に嫁《とつ》ぐ前から、宋の公子の宋朝《そうちょう》と云う密夫《みっぷ》があった。夫人の怒は、夫の愛情の衰えた事よりも、夫の心を支配する力を失った事にあった。 「私はお前を愛さぬと云うではない。今日から私は、夫が妻を愛するようにお前を愛しよう。今迄私は、奴隷が主に事《つか》えるように、人間が神を崇《あが》めるように、お前を愛して居た。私の国を捧げ、私の富を捧げ、私の民を捧げ、私の命を捧げて、お前の歓《よろこび》を購《あがな》う事が、私の今迄の仕事であった。けれども聖人の言葉によって、其れよりも貴い仕事のある事を知った。今迄はお前の肉体の美しさが、私に取って最上の力であった。しかし、聖人の心の響は、お前の肉体よりも更に強い力を私に与えた。」 この勇ましい決心を語るうちに、公は知らず識らず額を上げ肩を聳《そび》やかして、怒れる夫人の顔に面した。 「あなたは決して妾の言葉に逆うような、強い方ではありませぬ。あなたはほんとうに哀《あわれ》な人だ。世の中に自分の力を持って居ない人程、哀な人はありますまい。妾はあなたを直ちに孔子の掌《て》から取り戻すことが出来ます。あなたの舌は、たった今立派な言を云った癖に、あなたの瞳は、もう恍惚《うっとり》と妾の顔に注がれて居るではありませんか。妾は総べての男の魂を奪う術《すべ》を得て居ます。妾はやがて彼《あ》の孔丘と云う聖人をも、妾の捕虜《とりこ》にして見せましょう。」 と、夫人は誇りかに微笑《ほゝえ》みながら、公を流眄《ながしめ》に見て、衣摺れの音荒く霊台を去った。 其の日まで平静を保って居た公の心には、既に二つの力が相鬩《あいせめ》いで居た。 「此の衛の国に来る四方の君子は、何を措いても必ず妾に拝謁を願わぬ者はない。聖人は礼を[#「礼を」は底本では「礼をを」]重んずる者と聞いて居るのに、何故姿を見せないのであろう。」 斯く、宦者の雍渠《ようきょ》が夫人の旨を伝えた時に、謙譲な聖人は、其れに逆うことが出来なかった。 孔子は一行の弟子と共に、南子の宮殿に伺候して北面稽首《ほくめんけいしゅ》した。南に面する錦繍《きんしゅう》の帷《まく》の奥には、僅に夫人の繍履《しゅうり》がほの見えた。夫人が項を下げて一行の礼に答うる時、頸飾の歩揺《ほよう》と腕環の瓔珞《ようらく》の珠の、相搏つ響が聞えた。 「この衛の国を訪れて、妾の顔を見た人は、誰も彼も『夫人の顙《ひたい》は妲妃《だっき》に似て居る。夫人の目は褒姒《ほうじ》に似て居る。』と云って驚かぬ者はない。先生が真《まこと》の[#「真の」は底本では「真に」]聖人であるならば、三王五帝の古から、妾より美しい女が地上に居たかどうかを、妾に教えては呉れまいか。」 こう云って、夫人は帷を排して晴れやかに笑いながら、一行を膝近く招いた。鳳凰《ほうおう》の冠を戴き、黄金の釵《かんざし》、玳瑁《たいまい》の笄《こうがい》を挿して、鱗衣霓裳《りんいげいしょう》を纒った南子の笑顔は、日輪の輝く如くであった。 「私は高い徳を持った人の事を聞いて居ります。しかし、美しい顔を持った人の事を知りませぬ。」 と孔子が云った。そうして南子が再び尋ねるには、 「妾は世の中の不思議なもの、珍らしいものを集めて居る。妾の廩《くら》には大屈の金もある。垂棘《すいきょく》の玉もある。妾の庭には僂句《るく》の亀も居る。崑崙《こんろん》の鶴も居る。けれども妾はまだ、聖人の生れる時に現れた麒麟と云うものを見た事がない。また聖人の胸にあると云う、七つの竅《あな》を見た事がない。先生がまことの聖人であるならば、妾に其れを見せてはくれまいか。」 すると、孔子は面《おもて》を改めて、厳格な調子で、 「私は珍らしいもの、不思議なものを知りませぬ。私の学んだ事は、匹夫匹婦《ひっぷひっぷ》も知って居り、又知って居らねばならぬ事ばかりでございます。」 と答えた。夫人は更に言葉を柔げて、 「妾の顔を見、妾の声を聞いた男は、顰《ひそ》めたる眉をも開き、曇りたる顔をも晴れやかにするのが常であるのに、先生は何故いつまでも其のように、悲しい顔をして居られるのであろう。妾には悲しい顔は凡べて醜く見える。妾は宋の国の宋朝と云う若者を知って居るが、其の男は先生のような気高い額を持たぬ代りに、春の空のようなうらゝかな瞳を持って居る。また妾の近侍に、雍渠と云う宦者が居るが、其の男は先生のように厳《おごそか》な声を持たぬ代りに、春の鳥のような軽い舌を持って居る。先生がまことの聖人であるならば、豊かな心にふさわしい、麗かな顔を持たねばなるまい。妾は今先生の顔の憂の雲を拂い、悩ましい影を拭うて上げる。」 と、左右の近侍を顧みて、一つの函《はこ》を取り寄せた。 「妾はいろ/\の香を持って居る。此の香気を悩める胸に吸う時は、人はひたすら美しい幻の国に憧れるであろう。」 かく云う言葉の下に、金冠を戴き、蓮花の帯をしめた七人の女官は、七つの香炉を捧げて、聖人の周囲を取り繞《ま》いた。 夫人は香函《こうばこ》を開いて、さま/″\の香を一つ一つ香炉に投げた。七すじの重い煙は、金繍の帷を這うて静に上った。或は黄に、或は紫に、或は白き檀香《だんこう》の煙には、南の海の底の、幾百年に亙る奇《く》しき夢がこもって居た。十二種の鬱金香《うっこんこう》は、春の霞に育《はぐゝ》まれた芳草の精の、凝ったものであった。大石口《だいせきこう》の沢中に棲む龍の涎《よだれ》を、練り固めた龍涎香《りゅうぜんこう》の香《かおり》、交州《こうしゅう》に生るゝ密香樹《みつこうじゅ》の根より造った沈香《じんこう》の気は、人の心を、遠く甘い想像の国に誘う力があった。しかし、聖人の顔の曇は深くなるばかりであった。 夫人はにこやかに笑って、 「おゝ、先生の顔は漸く美しゅう輝いて来た。妾はいろ/\の酒と杯とを持って居る。香の煙が、先生の苦い魂に甘い汁を吸わせたように、酒のしたゝりは、先生の厳《いかめ》しい体に、くつろいだ安楽を与えるであろう。」 斯く云う言葉の下に、銀冠を戴き、蒲桃《ほとう》の帯を結んだ七人の女官は、様々の酒と杯とを恭々しく卓上に運んだ。 夫人は、一つ一つ珍奇な杯に酒を酌んで、一行にすゝめた。其の味わいの妙《たえ》なる働きは、人々に正しきものの値《あたい》を卑しみ、美しき者の値を愛《め》づる心を与えた。碧光《へきこう》を放って透き徹る碧瑶《へきよう》の杯に盛られた酒は、人間の嘗て味わぬ天の歓楽を伝えた甘露の如くであった。紙のように薄い青玉色の自暖《じだん》の杯に、冷えたる酒を注ぐ時は、少頃《しょうけい》にして沸々《ふつ/\》と熱し、悲しき人の腸《はらわた》をも焼いた。南海の鰕《えび》の頭《かしら》を以て作った鰕魚頭《かぎょとう》の杯は、怒れる如く紅き数尺の鬚《ひげ》を伸ばして、浪の飛沫《しぶき》の玉のように金銀を鏤めて居た。しかし、聖人の眉の顰みは濃くなるばかりであった。 夫人はいよ/\にこやかに笑って、 「先生の顔は、更に美しゅう輝いて来た。妾はいろ/\の鳥と獣との肉を持って居る。香の煙に魂の悩みを濯《そゝ》ぎ、酒の力に体の括《くゝ》りを弛《ゆる》めた人は、豊かな食物を舌に培《つちか》わねばならぬ。」 かく云う言葉の下に、珠冠《しゅかん》を戴き、菜莄《さいこう》の帯を結んだ七人の女官は、さま/″\の鳥と獣との肉を、皿に盛って卓上に運んだ。 夫人はまた其の皿の一つ一つを一行《いっこう》にすゝめた。その中には玄豹《げんぴょう》の胎《はらゝご》もあった。丹穴《たんけつ》の雛《すう》もあった。昆山龍《こんざんりゅう》の脯《ほしにく》、封獣《ほうじゅう》の蹯《あしにく》もあった。其の甘い肉の一|片《ひら》を口に啣《ふく》む時は、人の心に凡べての善と悪とを考える暇《いとま》はなかった。しかし、聖人の顔の曇は晴れなかった。 夫人は三度にこやかに笑って、 「あゝ、先生の姿は益立派に、先生の顔は愈美しい。あの幽妙な香を嗅ぎ、あの辛辣な酒を味わい、あの濃厚な肉を啖《くろ》うた人は、凡界の者の夢みぬ、強く、激しく、美しき荒唐な世界に生きて、此の世の憂と悶とを逃れることが出来る。妾は今先生の眼の前に、其の世界を見せて上げよう。」 かく云う終るや、近侍の宦者を顧みて、室の正面を一杯に劃《しき》った帳《とばり》の蔭を指し示した。深い皺を畳んでどさりと垂れた錦の帷《まく》は、中央から二つに割れて左右へ開かれた。 帳の彼方は庭に面する階《きざはし》であった。階の下、芳草の青々と萌ゆる地の上に、暖な春の日に照らされて或は天を仰ぎ、或は地につくばい、躍りかゝるような、闘うような、さま/″\な形をした姿のものが、数知れず転《まろ》び合い、重なり合って蠢《うごめ》いて居た。そうして或る時は太く、或る時は細く、哀な物凄い叫びと囀《さえずり》が聞えた。ある者は咲き誇れる牡丹の如く朱《あけ》に染み、ある者は傷《きずつ》ける鳩の如く戦《おのゝ》いて居た。其れは半《なかば》は此の国の厳しい法律を犯した為め、半は此の夫人の眼の刺戟となるが為めに、酷刑を施さるゝ罪人の群であった。一人として衣を纒える者もなく、完き膚の者もなかった。其の中には夫人の悪徳を口にしたばかりに、炮烙《ほうらく》に顔を毀《こぼ》たれ、頸に長枷《ちょうか》を篏《は》めて、耳を貫かれた男達もあった。霊公の心を惹いたばかりに夫人の嫉妬を買って、鼻を劓《そ》がれ、両足を刖《た》たれ、鉄の鎖に繋がれた美女もあった。其の光景を恍惚と眺め入る南子の顔は、詩人の如く美しく、哲人の如く厳粛であった。 「妾は時々霊公と共に車を駆って、此の都の街々を過ぎる。そうして、若し霊公が情ある眼つきで、流眄《ながしめ》を与えた往来の女があれば、皆召し捕えてあのような運命を授ける。妾は今日も公と先生とを伴って都の市中を通って見たい。あの罪人達を見たならば、先生も妾の心に逆う事はなさるまい。」 こう云った夫人の言葉には、人を壓し付けるような威力が潜んで居た。優しい眼つきをして、酷《むご》い言葉を述べるのが、此の夫人の常であった。 西暦紀元前四百九十三年の春の某の日、黄河と淇水《きすい》との間に挟まれる商墟《しょうきょ》の地、衛の国都の街を駟馬《しば》に練らせる二輛の車があった。両人の女孺《にょじゅ》、翳《は》を捧げて左右に立ち、多数の文官女官を周囲に従えた第一の車には、衛の霊公、宦者雍渠と共に、妲妃《だっき》褒姒《ほうじ》の心を心とする南子夫人が乗って居た。数人の弟子に前後を擁せられて、第二の車に乗る者は、尭舜《ぎょうしゅん》の心を心とする陬《すう》の田舎の聖人孔子であった。 「あゝ、彼の聖人の徳も、あの夫人の暴虐には及ばぬと見える。今日からまた、あの夫人の言葉が此の衛の国の法律となるであろう。」 「あの聖人は、何と云う悲しい姿をして居るのだろう。あの夫人は何と云う驕《たかぶ》った風をして居るのだろう。しかし、今日程夫人の顔の美しく見えた事はない。」 巷《ちまた》に佇《たゝず》む庶民の群は、口々にこう云って、行列の過ぎ行くのを仰ぎ見た。 其の夕、夫人は殊更美しく化粧して、夜更くるまで自分の閨《ねや》の錦繍の蓐に、身を横えて待って居ると、やがて忍びやかな履《くつ》の音がして、戸をほと/\と叩く者があった。 「あゝ、とうとうあなたは戻って来た。あなたは再び、そうして長《とこし》えに、妾の抱擁から逃れてはなりませぬ。」 と、夫人は両手を擴げて、長き袂の裏《うち》に霊公をかゝえた。其の酒気に燃えたるしなやかな腕《かいな》は、結んで解けざる縛《いまし》めの如くに、霊公の体を抱いた。 「私はお前を憎んで居る。お前は恐ろしい女だ。お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」 と、霊公の声はふるえて居た。夫人の眼は悪の誇に輝いて居た。 翌くる日の朝、孔子の一行は、曹《そう》の国をさして再び伝道の途に上った。 「吾未見好徳如好色者也《われいまだとくをこのむこといろをこのむがごとくなるものをみざるなり》。」 これが衛の国を去る時の、聖人の最後の言葉であった。此の言葉は、彼の貴い論語と云う書物に載せられて、今日迄伝わって居る。 底本:「潤一郎ラビリンスⅠ ――初期短編集」中公文庫、中央公論新社    1998(平成10)年5月18日初版発行    2012(平成24)年7月10日3刷発行 底本の親本:「谷崎潤一郎全集 第一卷」中央公論社    1981(昭和56)年5月25日初版発行 初出:「新思潮 第四号」    1910(明治43)年12月1日発行 ※表題は底本では、「麒麟《きりん》」となっています。 ※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。 入力:砂場清隆 校正:岡村和彦 2025年7月1日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。