横浜伊勢佐木町 山本周五郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)洒落《しゃれ》た |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)戦前|伊勢佐木《いせざき》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  戦前|伊勢佐木《いせざき》町へはごくときたま、それこそ二年に一度くらいしか立寄ったことはないが、それもオデオン座へ行くときとか中華料理を食べた帰りなどにただ素通りをする程度であったが、そのたびに「なんて田舎臭い街だ――」と思ったものである。誇張ではない。  三つの大きな百貨店があり、洒落《しゃれ》た喫茶店のビルがあり、東京からも客の来るオデオン座があるのに、ぜんたいの感じは無性格で、やぼったくて、田舎くさかった。少くともその程度の感想しかもたないくらいに、私は縁がなかったともいえる。戦後の伊勢佐木町は戦前よりさらに無性格でやぼったい上にとらえどころがなくなった。大きな建物をほとんど接収されたし、自動車プールや飛行場などが出来たので、ひところは連合軍将兵の町のようになり(これは横浜市ぜんたいといってもいいだろうが)土産物店と酒場とキャバレーだけが幅をきかして日本人相手の店は端の方へ追いやられてしまった。街上は兵隊ときらびやかな、あるいは見るも無残な姫たちで占められ――それもいいが、その両者ともどこかの田舎から迷い出してきたあんちゃんや令嬢たちで、西部や濠州の牛追いなまりと東北なまりのアメリカ語の氾濫《はんらん》だから、昔のような異国情緒のよさなどはなく、ますますその「やぼったさ」と「田舎くささ」に輪をかけるばかりであった。  いま伊勢佐木町は復興しつつある。接収された建物も返還されるそうで(現にその一部は実現している)なにがし堂建築用地などという板囲いが多くなった。商店の多くも、日本人の客のために少しずつサービスを変えて来たが、いちど入り込んできた弁天通り趣味は抜けそうもない。復興するにしたがって元の田舎くささがしだいに現れてくるという感じである。六大都市のメイン・ストリートのなかで、このくらいやぼったい無性格な町もないが、またこんなに人情の淳朴《じゅんぼく》なわる賢こさの少い町も珍しいだろうと思う。 [#地付き](発表誌紙と執筆年月は不明) 底本:「暗がりの弁当」河出文庫、河出書房新社    2018(平成30)年6月20日初版発行 底本の親本:「雨のみちのく・独居のたのしみ」新潮文庫、新潮社    1984(昭和59)年12月20日発行 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:noriko saito 2026年8月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。