日録 山本周五郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)百舌鳥《もず》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)木村|久邇典《くにのり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)やつ[#「やつ」に傍点] -------------------------------------------------------   ×月×日  今年もまた百舌鳥《もず》がやって来た。この仕事場を借りて以来、毎年こいつと喧嘩《けんか》である。もう十数年になるから、初めのころのやつ[#「やつ」に傍点]の曾孫《ひまご》くらいに当るだろう。代々「あそこへいってからかってやれ」と言い継がれているのではないか、「やつはかんしゃくを起こすから面白いぞ」とも言われているのではないかと思う。そのくらいしつっこく、仕事場のすぐ前にある灌木《かんぼく》林へやって来て、ぎゃあぎゃあぺちゃぺちゃ鳴き喚き、騒ぎたてるのである。癪《しゃく》に障るから縁側へ出ていって、「なんだ」とどなると「ぎゃあ」と答える、「なんの用だ」とどなると「ぎゃぎゃぎゃ」と答え、次に私がなにを言うかを待っている。まるで、さあ面白くなってきたぞと、ほくほくしながら手を擦り合わせているようすが見えるようだ。黙っているとまた、独りでやかましく喚きちらしはしゃぎまわって飽きない。こっちはそれでなくとも仕事がおそいほうで、いつも締切に追われているから、しだいにかんしゃくが起こってき、庭へおりて小石を拾い集めると、やつ[#「やつ」に傍点]をめがけて投げつける。やつ[#「やつ」に傍点]はそれを待ってでもいたように、いっそう陽気になり、枝から枝へとび移りながら、耳をつんざくような声で喚きたて、嘲弄《ちょうろう》する「当りませんよ、お気の毒さま、さあお投げなさい、そら外れた」そんなおひゃらかしを言っているようで、こっちは投げるべき小石が無くなってしまい、慰《い》やすことのできないかんしゃく[#「かんしゃく」に傍点]を背負ったまま、仕事場から逃げだしてしまう。つまり、また仕事がのびるというしだいなのである。どういうこんたんがあって神さまがやつ[#「やつ」に傍点]のような図太く恥知らずなやくざ者を創造されたのか、私はその精神を聞きたいと思う。今年は喧嘩をするのはよして、どうにかやつ[#「やつ」に傍点]とあいびあってゆきたいと思うが、それもやつ[#「やつ」に傍点]の出かたによってきまることである。   ×月×日  某映画社から或る短篇を「研究させてもらいたい」といって来た。この社は研究心の旺盛な気風とみえ、毎年一度はきまってそういう問い合せが来るし、今年はこれで春から三度めである。「研究する」ことは先方の自由であって、こちらには拒絶する権利はない。法的にも道徳的にも拒む理由はないが、うっかりするとこれを、契約した、というすり替えをやられるので、その点をはっきりさせておかなければならない。――というのもよけいなことだ、私のものなど映画になる気づかいはないのだから。   ×月×日  日課の外出で昼食にそば[#「そば」に傍点]をたべたあと、場末の映画館へはいった。古い外国映画の三本立であるが、うしろ側の古い三つめの席にいる客が、前の席の背板へ両足をのせて見ていた。私の掛けている席の右、中一つおいた席へ足がにゅっとでているわけで、その汚れた逞《たく》ましい足から、汗と膏《あぶら》が匂ってくるように思われた。まもなく、五十がらみの小柄な紳士が――というのは背広を着て革鞄《かわかばん》を抱えているということであるが――その「足の突出ている」シートへ腰を掛けた。紳士はむろんそのシートの背凭《せもた》れに、うしろから足がのせられていることは認めたであろう。自分が掛ければ足は引込められる、と信じていたようすであった。ところが足は紳士の頭が触れてもぴくりともしない。一ミリも動かないのである。紳士はさも不快そうに振返って、うしろの席にいる豪傑をにらみ、自分の頭を「その足」からそらし、咳《せき》をし、舌打ちをした。つまり、うしろの席にいてそこへ足をのっけているところの豪傑に対して、その足を引込めろ、という意味のデモンストレーションを行なったのであるが、うしろの豪傑は蠅《はえ》が触ったほどにも感じないらしく、その足をもっとぐあいよく置き直してみせた。そこでたまりかねたとみえ、紳士はその足を押しやりながら、振返って「おい君」と言いかけた。たぶん、うしろの豪傑はそれを待っていたのだろう、紳士がみなまで言い終らないうちに、殆《ほと》んど紳士の口から言葉が出たとたんに、がらがらした、凄《すご》みのある、やけくそなような声でどなり返した。 「なんだようこの野郎」  その声はやけくそのようであり、凄みのあるがらがらしたもので、とうていその五十がらみの紳士の交際慾を唆《そそ》るものではなかったらしい。紳士は背を跼《かが》めて席を立ち、背を跼めたまま他の席を求めるべくたち去った。私はその豪傑に拍手しようとは思わなかった。むしろ怒りを感じた。怒りのために胸が痛んだ。けれどもすぐに、私はその怒りをねじ伏せたのである。――この春、私は北国へ旅にいって来たが、急行列車の一等車室で、同じような例を見たのだ。一等車内で紳士とみえる乗客が、前の席の背凭れに足をのっけているのである。そして、その前の席にいる客は、うしろからのせられてある足をよけるために、頭を左へずらせて凭れているのが見えた。私は同行した若い友人の木村|久邇典《くにのり》に向って、その紳士の無耻《むち》と無礼をならし、往き来する車掌がこれに注意しようという眼つきさえしないことについて、軽侮と罵倒《ばとう》をあびせかけ、憐愍《れんびん》を投げつけた。なんたる同胞とともに生きていることか。「困りましたですねえ」と久邇典は言った。「しかし前の客もやっているようですがね」。さよう、よく見ると、うしろの客の足から頭をよけているところの当の客もまた、自分の前のシートの背凭れへ自分の足をのっけていたのである。いまさら、場末の映画館の豪傑を責める理由はない、と思ったしだいであった。   ×月×日  雨が降っている、静かな、いかにも秋の雨らしい降りかただ。雨の降るのを見ていると、まだ自然が生きているということを思う。海水は腐り、川水は汚濁し、樹は伐《き》られ山や岡は崩され、日本の国土は荒廃するばかりだ。ぶざいくなビルディング、団地アパートがむやみに建ち並び、道という道は(狭いのも広いのも)各種の自動車が押しあい犇《ひし》めいている。まっぴるまハニーバケットが往来に臭気を撒《ま》きちらしながら威風堂々と行進し、首都の銀座でもちょっと裏へはいると塵芥《じんかい》の山だ。これでオリンピックをやろうというのだから、いかにわが民族が楽天的であるか明白にわかるだろう、これがわが国の文化の実体なのだ。昨日は町で赤い羽根の行事を見たが、「みなさまの僅かなお志でみんなの幸福な生活を築きましょう」というアナウンスを聞き、失笑すべきか泣くべきか少なからず迷った。毎年のことながら、動員される学生諸君が気の毒でたまらない。  雨よ降れ、おまえは自然の生きていることを感じさせてくれる。   ×月×日  この数日、仕事が少しも進まない。作中の人物がみんなそっぽを向いてしまい、梃《てこ》でも動かないばかりか私に反抗しようとしているのである。原稿の終りでは沖也という主人公が、「――だらしがないぞ、きさまはまた人の助けによって窮地を脱した、自分でやったんじゃないぞ」と自責しているのだが、いまその主人公は私からそっぽを向き、「おれはそんなことは言わないぞ」とうそぶきたがっている、「そんなことを言うもんか、まっぴらだ」とも言いたそうなのである。ほかの登場人物も同様に、みんなそらを使って、よそ見をして、作者である私にさっぱり寄りつかない。与六という馬子がいるのだが、いっぱし偉ぶってつん[#「つん」に傍点]としているのである。よし、そうしていろ、きさまたちなんか一人残らずかき消してやることもできるんだぞ、と威してみるが、私が原稿料を欲しがっていることをかれらは知っているので、そんな威しには決して乗らない。癪に障るがそっとしておいて、かれらの気の変るのを待つより致し方がないのである。こんなときは仕事机へ近よらないに限る、この日記もほかの立机で書いているので、仕事机のほうへは眼も向けてやらない。結局のところ、かれらのほうで折れて出ることは明白なのだから。   ×月×日  A紙に連載する「季節のない街」の下書が二十回分まとまったので、十五字詰の原稿用紙に清書し始める。原稿の清書をするのは初めてであるが、一回分が四百字詰で約三枚だから、推敲《すいこう》するのはたのしい仕事である。この小説が仕上るまで生きていたいものだと願う。   ×月×日 「それからさ、おめえ」と市電の中で客同志が話していた、「野郎はあのとおり温和《おとな》しいだろう、いつもそうだからさ、なんにも言やしめえとにらんでた、さす[#「さす」に傍点]の野郎もたかをくくってたろうさ、ところが野郎いきなりとびかかってさ、それから上へあがって、二人でつかみあい[#「つかみあい」に傍点]の喧嘩さ」  温和しい男、というのと、つかみあい[#「つかみあい」に傍点]の喧嘩、というのが符を合わせたようで印象に残った。殴りあいでなく「つかみあい[#「つかみあい」に傍点]」というのは、いかにも気の弱い男に似合うようだ。   ×月×日  週刊A誌へ「私の健康法」というのを書けと求められた。賑《にぎ》やかな席であり酔ってもいたので、やりましょうと承知をしたが、それから六日めの今日になって思いだした。枚数も聞いたのだが、それはすっかり忘れていて、その代りに池部|鈞《ひとし》さんのことが記憶にうかんだ。もはやずいぶん以前のことになるが、どこかの新聞か雑誌で、やはり「私の健康法」という質問を発し、それを受けた人たちの答えの中に、池部鈞さんのものもあり、それにはおよそ次のようなことが書いてあった。  ――朝は早く起きて散歩をし、腹八分めに喰べ、よく仕事をし、ほどよく体操をし、乱酔せず、夜は早く寝ること。以上を守れば健康を保つことは慥《たし》かである。但し、頭がばかになることも疑いなし[#「ばかになることも疑いなし」に傍点]。  これを読んだころ(当時)、私は大いにわが意を得たりと思った。躯《からだ》が丈夫で頭がいいなんてやつはいない、頭か躯か、精神か肉体か。われわれはどちらか一つを選ぶよりしかたがないのだ。そう思って池部さんに拍手を送ったものである。――現在、私は健康に注意しようと自戒しながら、反面、不摂生な生活から脱することができない。池部さんがいまでも同意見なら、週刊A誌へ書くのは断わろうと思うが、こんなことを問い合わせるわけにもいかないので迷っている。   ×月×日  庭のジンジャーがへたばってしまった。第二室戸|颱風《たいふう》のとき海水を含んだ風にやられ、ちょうど咲き盛りのところだったのに、花も蕾《つぼみ》もへたばったかにみえた。それがようやく立ち直り、また活き活きと咲きはじめたのだが、二十四号颱風で再たび叩かれたのである。ジンジャー君としては肚《はら》の立つことだろう、私は空襲中のことを思いだした。科学の粋を集めたB二十九の空襲に対して、われわれ一般国民は濡れ莚《むしろ》と火叩きだけを武器にたたかったのである。私は大森の馬込町に住んでい、荏原町にまたいとこ[#「またいとこ」に傍点]の秋山青磁がいたから、空襲のあとではしばしば、互いに安否を問うために往来した。そのとき焼け野と化した街を通り、また焼けずに済んだ街を通るのであるが、火叩きと濡れ莚で、三度まで焼夷弾《しょういだん》から守りぬいた街も、四たびめにはきれいに焼きはらわれてしまうのを見た。そういう或る日、K社のF誌編集長が、若い記者と防空服装であらわれ、「いま陸軍当局(東部防衛なんとかいったのであろう)と話して来たんですが、昨日の空襲では初期防火活動がよくなかった、と言ってました」こう言いだしたので、私は些さか逆上し、テーブルを叩いて、「ばかなことを言うものじゃない」とどなり返した。「戦争をするのは軍隊じゃないか、あのB二十九の大編隊が襲いかかっているのに、昨日は高射砲もろくにうたず、戦闘機は一機も飛びゃしない、われわれは濡れ莚と火叩きしか持っちゃいないんだぜ、高射砲や戦闘機を抱えこんでいて、それを使いもしないで、一般国民の初期防火活動がよくないもくそもあるか、昨日やられた荏原町の一部は三度まで焼夷弾とたたかったんだ。しょせん濡れ莚と火叩きで、B二十九の大編隊といつまでたたかえますか、ばかなことを言いなさんな」F誌編集長は私のけんまくに吃驚《びっくり》したらしく、「尤《もっと》も、尤も」と頷《うなず》くだけであった。ジンジャー君も私のようにどなりだしたいのではないか、と思ったのだが、そこでまたふっと考えた。一般国民の防火活動をいましめた軍部の妄言は、いまなお、位置を替えてわれわれの上に振りおろされていはしないか。われわれから絞りあげた超巨額な税金を抱え、法と権力を両手に握った政府が、事毎に「国民諸君の自立心と政治への協力」という、砂糖の衣をかけた恫喝《どうかつ》的要求をする。――無力なジンジャーの花に対して、「こんど颱風が来たらしっかり身を守れよ、海水を含んだ風ぐらいがなんだ、そんなことでいちいち他力を頼むようではたる[#「たる」に傍点]んでるぞ、しっかりしろ」と言うようなものではないか、と思う。 [#地付き]「日本読書新聞」(昭和三十六年十一月) 底本:「暗がりの弁当」河出文庫、河出書房新社    2018(平成30)年6月20日初版発行 底本の親本:「雨のみちのく・独居のたのしみ」新潮文庫、新潮社    1984(昭和59)年12月20日発行 初出:「日本読書新聞」    1961(昭和36)年11月 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:noriko saito 2026年5月9日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。