死神の名づけ親(第二話) ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm 金田鬼一訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)貧《まず》しい |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)いたただく[#「いたただく」はママ] -------------------------------------------------------  ある貧《まず》しい男にむすこが生まれましたが、なにしろひどい貧乏なので、名づけ親になってやろうという人が、たれひとり見つかりません。一軒《いっけん》一軒《いっけん》あるいてみましたけれど、むだぼねおりでした。そこで、ことによると、だれか通《とお》りがかりの人が気のどくに思って承知してくれるかもしれないと、そんなことを当てにして、大通《おおどおり》へ腰をおろしました。  まもなくやってきたのは、けだかい服装《なり》をした美しい女です。びんぼう人《にん》が用事をたのんでみると、そういう御用ならやってあげましょうと、はっきりうけあってくれました。 「お名まえをおっしゃっていただきたいのですが」と、男が言いました、「あたくしは、みじめなくらしをしてはおりますが、あなたがどなたかうかがわないうちは、名づけ親になっていたただく[#「いたただく」はママ]わけにいかないので」  女は、金糸《きんし》で星がいくつもぬいとりしてある面《かお》ぎぬを、ぱっとはらいのけて、 「わたしは聖母《せいぼ》マリアです」と言いました。 「それでは、あなたには用がない」と、男がこたえました、「あなたのむすこさんは、正《ただ》しいことをしない、みんなを、えこひいきなく一様《いちよう》にあつかうことをしない。さもなければ、わたしにしても、こんなに貧乏で、ふしあわせなはずはないのさ」  聖母はとおりすぎました。それから間《ま》もなく来たのは、また女で、せい高《たか》の、おそろしい痩《や》せっぽち、黒い面《かお》ぎぬにつつまれていました。びんぼう人《にん》が例の用事をたのむと、女は、名づけ親になると約束しました。 「だが、あなたはどなたですか」と、男が言いました、「あたくしは他人《ひと》さまからさげすまれ、なさけないくらしはしておりますが、それだと言って、あなたが正《ただ》しいことをなさるかたでなければ、名づけ親にはなっていただけませんので」 「あたしは、死神《しにがみ》だよ」  へんなかたちをしたものは、こう返事をするなり、黒いヴェールを、ぱっとうしろへはねて、かさかさにひからびた骸骨《がいこつ》を見せました。 「あなたなら、大歓迎《だいかんげい》ですよ」と、びんぼう人が言いました、「あなたは、だれにむかっても正《ただ》しいかたで、だれかれの差別なく、おんなじに扱いなさるからね。是非いらしって、せがれの洗礼をやっていただきます」  死神は頼まれたとおりのことをして、それから男に言いました、 「おまえのむすこが大きくなったら、あたしが医者にしてやる。むすこが病人のところへ呼ばれるたんびに、あたしも出かけていく。あたしが病人のあたまのそばに立っていたら、病人は死ぬしるし、あたしが寝台のあしのほうに立っていたら、病人はまだ死なないというなによりの証拠《しょうこ》だから、むすこはそのつもりで手あてをすればいい」  そのとおりでした。青年《せいねん》はお医者さまになりました。そして、名づけ親が枕もとに立っているのが見えると、もう手おくれです、御病人はもうたすかりませんと言って、たち去ります。名づけ親が足のほうに立っていると、思いつきのいいかげんな処法《しょほう》をして、それで病人は、けろけろとなおるのでした。お医者さんはそこいらじゅうの評判になって、名医《めいい》ともてはやされ、お金も思う存分《ぞんぶん》とりこみました。  ある日のこと、お医者さんは、お金を石ころのようにざくざくもってる人のところへ呼ばれました。行ってみると、死神が枕もとに立っていたので、あなたは助からないと、あからさまに病人に知らせました。お金もちはおとこのなかで呻《うめ》きながらねがえりをうって、どうぞ助けていただきたいと言って、おいおい泣きました。それから、じぶんの命をすくってくださるなら、もってる財産をみんなさしあげます、家もあげます、地所《じしょ》もあげますと言ってきかないので、お医者さんも、とうとう、では、とにかくやってみましょうと約束しました。ちょうど召使《めしつかい》がそこいらに多勢《おおぜい》いましたので、お医者さんはその人たちに言いつけて、できるだけ早く寝台をぐるりとまわして、死神が足のそばに立つような向《む》きになおしました。死神は人さし指をぐいっとあげておどかしたまま消えてなくなりました。それから、お金もちはお医者さんに、ほしいだけ、お金やほかの財産をあげました。  その後《ご》はながい間なにごともありませんでしたが、ある時、お医者さんは、どこかのおじいさんのところへ呼ばれたことがあります。はいるとすぐに、死神が病人のあたますれすれのところに立っているのが目についたので、これはもう手おくれですと、きっぱりことわって、戸口から出ようとしました。そうすると、おじいさんの娘が戸の外にひれ伏して、両手を高くお医者さんのほうへさしだして、後生一生《ごしょういっしょう》のおねがいでございますとたのみました。お医者さんは、娘のうつくしい青い目をじいっと見つめると、胸の中《うち》がふるえたのですが、さすがに死神の顔をもう一|度《ど》つぶす気にはなりません。けれども、美しい娘のたのみはだんだんいじらしさを増《ま》して、お医者さんの心にしみわたり、老人は老人で、じぶんの命をたすけてくだされば、娘をさしあげますと言ってきかないので、お医者さんもやむをえず、もう一度、おもいきって無理なことをやりました。手ばやく、寝台をぐるりとまわしてもらったのです。死神は、また人さし指をあげて、 「三度めを気をつけろよ」と言いました。  お医者さんはうつくしい娘をおよめにもらって、なに不足《ふそく》なくしあわせな日をおくりむかえ、もうこれぎり死神をだしぬくことはよそうと、かたく心をきめました。  ところが、王さまからお使が来ました。行ってみると、病人は虫《むし》の息《いき》で、死神は、あたますれすれに立っており、いまわりでは、ごけらいたちが声をあげて泣き悲しんでいます。お医者さんが、王さまはどのみちおかくれになるのだと、きっぱり言いきると、ごけらいたちは、とにかくお手あてをしてみてくれとしきりに頼むのですが、こちらは、なんと言われても、ききいれません。そうすると、死にかかってる王さまが、むっくり起きあがって、わしが目をねむったら、時をうつさずこのお医者の首《くび》をはねろと、番兵《ばんぺい》に命令しました。  ごけらいたちはお医者さんをおさえつけました。その目にうつったのは、剣《けん》を抜きはなって、いつなんどきでもお医者さんの首をちょんぎろうと身がまえている鎧《よろい》をきた人の姿でした。お医者さんは胆《きも》をつぶしました。そして、これではどうしても死ぬことはさけられないと知って、どうせ死ぬときまっているなら、もう一|度《ど》名づけ親をためしてみようと腹をきめ、寝台をぐるりとまわしてもらいました。 [#ここから2字下げ] 〔ここで話はおしまいになっています。この話をした女の人は、王さまの命はすくわれた、お医者さんはいろいろずるいことを考えて死神の手からのがれた、それから王さまの後《あと》つぎにすえられたというだけで、これからさきのくわしいことは知らないのです。――訳者記〕 [#ここで字下げ終わり] 底本:「完訳 グリム童話集(二)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店    1979(昭和54)年8月16日改版第1刷発行    1989(平成元)年5月16日第15刷発行 ※表題は底本では、「四九ィ 死神の名づけ親(第二話)」となっています。 入力:かな とよみ 校正:noriko saito 2020年11月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。