おくさま狐の御婚礼 ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm 金田鬼一訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)尻尾《しっぽ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一番めの話[#「一番めの話」は中見出し]  むかしむかし、あるところに尻尾《しっぽ》の九本ある古狐《ふるぎつね》がいました。古狐は、じぶんのおくさまが心がわりしたのではないかとうたぐって、おくさまを試《ため》してみることにしました。ふるぎつねは、腰かけ台の下へ大《だい》の字《じ》なりになって、ぴくりとも動かず、まるでぶち殺された鼠《ねずみ》のように、死んだふりをしていたのです。  おくさま狐《ぎつね》は、じぶんのおへやへ行って、とじこもりました。おくさま狐のお女中《じょちゅう》のおじょうさん猫は、おへっついの上にすわって、ぐつぐつ、煮ものをしていました。  やがて、ふる狐の死んだことが知れわたると、おくさま狐をおよめさんにほしいという者が、いくたりも会《あ》いにきました。お女中は、だれだか、戸口に立って、こつこつと戸をたたいているのを聞きつけました。立って行って、戸をあけてみると、としの若い狐《きつね》が一ぴきいて、こう言いました、 [#ここから3字下げ] 「なにしてらっしゃるの? おじょうさん猫ちゃん、 ねてらっしゃるの? おきてらっしゃるの?」 [#ここで字下げ終わり]  おじょうさん猫が、へんじをしました、 [#ここから3字下げ] 「あたしなら、ねてやしないわ、おきてるわ。 なにしているのか、知りたいの? ビールをぐつぐつ煮えたてて、バタを、なかへ入れてるの、 あなた、あたしのお客になって?」 [#ここで字下げ終わり] 「いや、ありがとう、おじょうさん」と、狐が言いました、「おくさまぎつねは、どうしていらっしゃるの?」  お女中はへんじをしました、 [#ここから3字下げ] 「おくさま狐は、おへやにおいで、 かなしかなしと泣きはらす かわいいお目《め》え目《め》は紅絹《もみ》のように紅《あか》い、 お狐のふるとのさまがお逝去《かくれ》じゃもの」 [#ここで字下げ終わり] 「おじょうさん、どうかおくさまにおっしゃってください、わかい狐がまいりましたってね、その狐が、おくさまに、およめさんになっていただきたいのですってね」 「おわかさま、かしこまりました」 [#ここから3字下げ] ぴたり、ぱたりと猫が行く、 とたん、ぱたんと戸があいた、 「おきつねおくさま、いらしって?」 「いるわよ、ねこちゃん、いることよ」 「おくさまを、およめにほしいというかたが」 「あらまあ、そうお、どんなごようす?」 [#ここで字下げ終わり] 「そのかたもね、おかくれになった殿《との》さま狐《ぎつね》みたように、黄《き》いろいような青いようなみごとなしっぽが、九本あること?」 「どういたしまして」と、猫がへんじをしました、「しっぽは、たった一本でございます」 「では、そのかたは御免《ごめん》だわ」  おじょうさん猫はおへやを出て、おむこさんになりたい狐をかえしました。  それから間《ま》もなく、また戸をたたくものがありました。出てみると、別の狐が戸口にいて、おくさま狐をおよめさんにほしいと言うのです。これは、しっぽが二本でしたけれども、まえのと似《に》たりよったりの目にあいました。それからも、つづいてほかのが来て、尻尾《しっぽ》も一本ずつふえていましたが、どれもこれも、追っぱらわれました。ただ、いちばんおしまいに来たのだけは、ふるとのさまのお狐《きつね》とそっくり、九尾《きゅうび》の狐《きつね》でした。やもめさんはこれを聞くと大喜びで、猫に言いました、 [#ここから3字下げ] 「さあ、門をあけて、戸をあけて! おっぽりだすのよ、ふるとのさまのおきつねを」 [#ここで字下げ終わり]  ところが、いざ御婚礼のお式が挙げられるという時になって、ふるとのさまのお狐が、腰かけ台の下で、もぞもぞ動きだして、めしつかいのものどもを、一ぴきのこらず、ぴしぴしひっぱたき、おくさま狐といっしょに家《うち》から追《お》んだしてしまいました。 [#7字下げ]二番めの話[#「二番めの話」は中見出し]  ふるとのさまのお狐《きつね》が死んでから、おくさま狐をおよめさんにほしいと言って、狼がやってきて、こつこつと、戸をたたきました。おくさま狐にお女中奉公《じょちゅうぼうこう》をしている猫が戸をあけました。狼は猫に挨拶して、口をきりました、 [#ここから3字下げ] 「こんにちは! ケーレウィッツのおねこさま、 なんとして、ひとりぼっちでござるぞえ? ごちそうは、なあに?」 [#ここで字下げ終わり]  猫が、へんじをしました、 [#ここから3字下げ] 「上等のこむぎのパンを粉《こな》にして、おちちのなかへ入れてるの、 あなた、あたしのお客になる?」 [#ここで字下げ終わり] 「ありがとう、おねこさま」と、狼がこたえました、「おくさまぎつねは、お在宅《うち》じゃないの?」  猫が言いました、 [#ここから3字下げ] 「おくさまぎつねは二階のおへや、 かなしかなしと、おいおい泣いて、 どしたらよかろと泣いてござる、 おきつねのふるとのさまがおかくれじゃもの」 [#ここで字下げ終わり]  狼がこたえました、 [#ここから3字下げ] 「おくさまぎつねが、も一|度《ど》だんながほしいなら、 ここまでおりて来やしゃんせ」  猫は階段かけあがり、 なれた小廊下《ころうか》いくまがり、 やがて行きつく長ひろま、 五つの黄金《きん》のゆびわで、とんとんとんと、戸をたたく。 「狐のおくさま、いらしって? おくさまが、も一度だんながほしいなら、 下までおりて行かしゃんせ」 [#ここで字下げ終わり]  おくさま狐がたずねました、 「そのかたは、赤いズボンをはいてらっしゃるの? とがったお口をしてらっしゃるの?」 「いいえ」と、猫がへんじをしました。 「それでは、わたしの役《やく》にはたたないわ」  狼が肘鉄砲《ひじでっぽう》をくわされてから、犬だの、鹿だの、兎だの、熊だの、獅子《ライオン》だの、あとからあとから、森のけだものが一つのこらずやってきました。けれども、どれもこれも、お狐のふるとのさまがもっていたいろいろの良《い》い性質のうち、一つだけはきまって持ちあわせていなかったので、猫は、そのたんびに、おむこさんになりたいものに帰ってもらわなければなりませんでした。  やっとのことで、わかい狐が一ぴきやってきました。おくさま狐が言うことには、 「そのかた、赤いズボンをはいてらっしゃること? とんがったお口をしてらっしゃる?」 「そのとおりでございます」と、猫が言いました。おくさま狐は、 「そんなら、そのかたを、上へおとおししてね」と言って、女中に御婚礼のしたくをいいつけました、 [#ここから3字下げ] 「ねこちゃん、おへやをそうじして、 じじい狐《ぎつね》は、窓からすてておしまいな。 脂肪《あぶら》の乗ったふとった鼠を、ときどきもってきたけれど、 じじいときたら、いつでも、ひとりでたべちゃって、 あたしにゃひとつもくれなんだ」 [#ここで字下げ終わり]  それから、わかとのぎつねとの御婚礼のお式が挙げられて、めでたいめでたいと言いながら、おどりをおどりました。やめていなければ、今でもおどっていますよ。 底本:「完訳 グリム童話集(二)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店    1979(昭和54)年8月16日改版第1刷発行    1989(平成元)年5月16日第15刷発行 ※表題は底本では、「四三 おくさま狐の御婚礼〈KHM 38〉」となっています。 入力:かな とよみ 校正:山本洋一 2021年10月27日作成 2022年3月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。