イーダちゃんのお花 ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)腰《こし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)下|唇《くちびる》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅰ ------------------------------------------------------- 「あたしのお花がね、かわいそうに、すっかりしぼんでしまったのよ」と、イーダちゃんが言いました。「ゆうべは、とってもきれいだったのに、今は、どの花びらも、みんなしおれているの。どうしてかしら?」  イーダちゃんは、ソファに腰《こし》かけている学生さんに、こうたずねました。イーダちゃんは、この学生さんが大好きでした。だって、学生さんは、それはそれはおもしろいお話を、たくさんしてくれますからね。それに、おもしろい絵も、いろいろ、切りぬいてくれるのです。たとえば、ハート形の中で、かわいらしい女の人たちがダンスをしているところだの、いろいろなお花だの、それから、戸のあいたりしまったりする大きなお城だのを。ほんとうに、ゆかいな学生さんでした! 「きょうは、お花たち、どうしてこんなに元気がないの?」と、イーダちゃんは、もう一度聞きながら、すっかりしおれている花たばを見せました。 「うん、お花たちはね、気持がわるいんだよ」と、学生さんは言いました。「みんな、ゆうべ、舞踏会《ぶとうかい》へ行っていたんで、きょうは、くたびれて、頭をぐったりたれているのさ」 「でも、お花は、ダンスなんかできやしないわ」と、イーダちゃんは言いました。 「ところが、できるんだよ」と、学生さんは言いました。「あたりが暗くなってね、ぼくたちみんなが寝《ね》てしまうと、おもしろそうにとびまわるんだよ。毎晩のように、舞踏会を開いているんだから」 「その舞踏会へは、子供は行けないの?」 「行けるとも」と、学生さんは言いました。「ちっちゃなヒナギクや、スズランだってね」 「いちばんきれいなお花たちは、どこでダンスをするの?」と、イーダちゃんがたずねました。 「イーダちゃんは、町の門の外にある、大きなお城へ行ったことがあるだろう。ほら、夏になると、王さまがおすまいになるところ。お花がたくさん咲《さ》いているお庭もあったじゃないの。あそこのお池には、ハクチョウもいたね。イーダちゃんがパンくずをやると、みんな、イーダちゃんのほうへおよいできたっけね。あそこで舞踏会があるんだよ。ほんとうだよ」 「あたし、きのう、おかあさんといっしょに、あのお庭へ行ったのよ」と、イーダちゃんは言いました。「でも、木の葉は、すっかり落ちてしまって、お花なんか一つもなかったわ。みんな、どこへ行っちゃったのかしら。夏、行ったときには、あんなにたくさんあったのに」 「みんな、お城の中にいるんだよ」と、学生さんは言いました。「王さまやお役人たちが町へ帰ってしまうとね、お花たちは、すぐにお庭からお城の中へかけこんで、ゆかいにあそぶんだよ。イーダちゃんに、そういうところを一度見せてあげたいねえ。いちばんきれいなバラの花が二つ、玉座について、王さまとお妃《きさき》さまになるの。すると、まっかなケイトウが、両側にずらりと並《なら》んで、おじぎをするよ。これが、おつきのものというわけさ。  それから、すごくきれいなお花たちが、あとからあとからはいってくる。さて、そこで、いよいよ大舞踏会のはじまりはじまり。青いスミレの花は、かわいらしい海軍士官の候補生《こうほせい》で、ヒヤシンスやサフランに、『お嬢《じょう》さん』と呼びかけては、ダンスにさそうんだよ。チューリップや大きな黄色いユリの花は、お年よりの奥《おく》さまがたで、みんなじょうずに踊《おど》って、舞踏会がうまくいくようにと、気をつけているんだよ」 「でもね、お花たちは、王さまのお城でダンスなんかして、だれにもしかられないの?」と、イーダちゃんはたずねました。 「ちゃあんと、それを見た人がないからねえ」と、学生さんは言いました。「夜になると、ときどき、年とった番人が、見まわりにやってくるよ。大きなかぎたばを持ってね。だけど、そのかぎたばのガチャガチャいう音が聞えると、お花たちはすぐにひっそりとなって、長いカーテンのうしろにかくれてしまうんだよ。そして、カーテンのすきまから顔だけそっと出して、のぞいているの。そうすると、年よりの番人は、『おやおや、ここには花があるんだな。ぷんぷんにおうぞ』と言うけれども、なんにも見えやしないのさ」 「まあ、おもしろい!」と、イーダちゃんは手をたたいて、言いました。「じゃ、あたしにもお花は見えないかしら?」 「見えるさ」と、学生さんは言いました。「今度行ったら、忘れないで、窓からのぞいてごらん。そうすれば、きっと見えるからね。ぼくが、きょう、のぞいてみたら、長い黄色いスイセンが、ソファに長々と横になっていたよ。あれは、女官《にょかん》なんだねえ」 「植物園のお花たちも行けるの? 遠い道を歩いていける?」 「もちろん、行けるよ」と、学生さんは言いました。「行きたいと思えば、飛んでいけるんだからね。イーダちゃんは、赤いのや、黄色いのや、白いのや、いろんな色の、きれいなチョウチョウを見たことがあるだろう。まるで、お花のようだね。ところが、ほんとうは、あれもお花だったんだよ。だって、お花たちが、くきからはなれて、空に飛びあがり、ちょうど小さな羽を動かすように、花びらをひらひらさせると、舞《ま》えるようになるんだもの。そうして、じょうずに飛べるようになると、今度は、昼間でも、飛んでいいというおゆるしがもらえるんだよ。そうなれば、うちへもどって、くきの上にじっとすわっていなくてもいいの。こうして、花びらは、やがては、ほんものの羽になってしまうんだよ。イーダちゃんが見ているのは、それなのさ。  だけどね、ひょっとしたら、植物園のお花たちは、まだ王さまのお城へ行ったことがないかもしれないよ。いや、もしかしたら、毎晩、そんなおもしろいことがあるのを知らないかもしれないよ。  そうだ、イーダちゃんにいいこと教えてあげよう。きっと、あの人、びっくりするよ。ほら、おとなりに住んでる植物の先生さ。イーダちゃんも知ってるね。今度、先生のお庭へ行ったら、お花の中のどれか一つに、『お城で、大きな舞踏会があるわよ』って言ってごらん。そうすれば、そのお花がほかのお花たちにおしゃべりして、みんなで飛んでいってしまうよ。だから、先生がお庭へ出てきても、お花は一つもないってわけさ。でも、先生には、お花たちがどこへ行ってしまったのか、さっぱりわからないんだよ」 「でも、お花たちは、どうしてお話ができるの? 口がきけないのに」 「うん、たしかに、口はきけないね」と、学生さんは答えました。「だけど、お花たちは身ぶりで話せるんだよ。イーダちゃん、知ってるだろう。ほら、風がそよそよと吹《ふ》いてくると、お花たちがうなずいたり、青い葉っぱがゆれたりするじゃないの。あれが、お花たちの言葉なんだよ。ぼくたちがおしゃべりするのとおんなじなんだよ」 「植物の先生には、お花たちの身ぶりの言葉がわかる?」と、イーダちゃんはたずねました。 「むろん、わかるさ。ある朝のこと、先生がお庭に出ると、大きなイラクサがきれいな赤いカーネーションにむかって、葉っぱで身ぶりのお話をしていたんだって。イラクサは、こんなことを言ってたんだよ。 『きみは、とってもかわいらしいね。ぼくは、きみが大好きだよ』  ところが、先生はそんなことは大きらい。それで、すぐにイラクサの葉をぶったのさ。なぜって、葉は、ぼくたちの指みたいなものだからね。そしたら、ぶった先生の手が、ひりひりと痛くなってきたんだよ。だから、先生は、それっきり、イラクサにはさわらないことにしているんだってさ」 「まあ、おかしい!」と、イーダちゃんは笑いました。すると、そのときです。 「そんなでたらめを、子供に教えちゃいかん」と、ソファに腰をおろしていた、お客さまの、こ[#「こ」に傍点]うるさいお役人が言いだしました。この人は、学生さんが大きらいで、学生さんがふざけた、おもしろおかしい絵を切りぬいているのを見ると、いつもぶつぶつ言うのでした。もっとも、その絵というのは、たいへんなもの。たとえば、心のどろぼうというわけで、ひとりの男が首つり台にぶらさがって、手に心臓を持っているところとか、年とった魔女《まじょ》がほうきの上にまたがって、だんなさんを鼻の上に乗っけているところ、といったようなものでした。  お役人は、こういうものが大きらいでした。それで、さっきのように言うのでした。 「そんなでたらめを教えちゃいかん。そんなばかばかしい、ありもしないことを!」  けれども、イーダちゃんには、学生さんのしてくれたお花の話が、とってもおもしろく思われました。それで、お花のことばかり考えていました。お花たちは、頭をぐったりたれています。それというのも、ゆうべ一晩じゅう、ダンスをして、つかれきっているからです。きっと、病気なのでしょう。  そこで、イーダちゃんはお花を持って、ほかのおもちゃのところへ行きました。おもちゃたちは、きれいな、かわいいテーブルの上にならんでいましたが、引出しの中にも、きれいなものがいっぱいつまっていました。お人形のベッドには、お人形のソフィーが眠《ねむ》っていました。でも、イーダちゃんはソフィーにむかって、こう言いました。 「ソフィーちゃん、起っきしてちょうだい。あなた、お気の毒だけど、今夜は、引出しの中で、がまんしてねんね[#「ねんね」に傍点]してちょうだいね。かわいそうに、お花たちが病気なのよ。だから、あなたのベッドに寝《ね》かせてあげてね。そしたら、きっとまた、よくなってよ」  こう言って、イーダちゃんはお人形を取り出しました。けれども、お人形はすねたようす[#「ようす」に傍点]をして、ひとことも言いません。なぜって、お人形とすれば、自分のベッドを取りあげられてしまったものですから、すっかりおこっていたのです。それから、イーダちゃんはお花たちをお人形のベッドに寝かせて、小さな掛《か》けぶとんを、かけてやりました。そして、 「おとなしくねんねするのよ。いまに、お茶をこさえてあげましょうね。そしたら、すぐによくなって、あしたは起っきできてよ」と、言いきかせました。  それから、朝になっても、お日さまの光が目にあたらないように、かわいいベッドのまわりに、カーテンを引いてやりました。  その晩は、学生さんのしてくれたお話のことが、イーダちゃんの頭から、一晩じゅうはなれませんでした。そのうちに、イーダちゃんの寝る時間になりました。イーダちゃんは、寝るまえに、窓のまえにたれているカーテンのうしろをのぞいてみました。そこには、おかあさまのきれいなお花がありました。ヒヤシンスやチューリップです。イーダちゃんは、お花たちにむかって、そっとささやきました。 「あなたたち、今夜、舞踏会へ行くんでしょう。あたし、ちゃんと知ってるわよ」  ところが、お花たちのほうは、なんにもわからないようなふり[#「ふり」に傍点]をして、葉っぱ一まい動かしません。でもイーダちゃんは、自分の言ったとおりにちがいないと思いました。  イーダちゃんは、ベッドにはいってからも、しばらくのあいだは、寝たまま、きれいなお花たちが、王さまのお城でダンスをしているところが見られたら、どんなにすてきだろう、と、そんなことばかり考えていました。 「あたしのお花たちも、ほんとに、あそこへ行ったのかしら?」  けれども、イーダちゃんは、いつのまにか眠ってしまいました。夜中に、目がさめました。ちょうど、お花たちのことや、でたらめなことを教えるといって、お役人からしかられた学生さんのことを、夢《ゆめ》にみていました。イーダちゃんの寝ている部屋は、しーんと静まりかえっていました。テーブルの上に、ランプがついていました。おとうさまとおかあさまは、よく眠っていました。 「あたしのお花たちは、ソフィーちゃんのベッドに寝ているかしら?」と、イーダちゃんは、ひとりごとを言いました。「どうしているかしら?」  そこで、イーダちゃんは、ちょっとからだを起して、ドアのほうをながめました。ドアは、すこしあいていました。そのむこうに、お花だの、おもちゃだのが、置いてありました。耳をすますと、その部屋の中から、ピアノの音が聞えてくるようです。たいそう低い音でしたが、今までに聞いたことがないくらい、美しいひびきでした。 「きっと今、お花たちがみんなで、ダンスをしているのね。ああ、ちょっとでいいから、見たいわ」と、イーダちゃんは言いました。でも、起きあがるわけにはいきません。だって、そんなことをすれば、おとうさまとおかあさまが、目をさますかもしれませんもの。 「みんな、こっちへはいってきてくれればいいのに」と、イーダちゃんは言いました。しかし、お花たちは、はいってきませんし、音楽はあいかわらず美しく鳴りつづけています。あんまりすばらしいので、とうとう、イーダちゃんはがまんができなくなりました。小さなベッドからすべりおりると、音をたてないように、そっとドアのほうへしのんでいきました。むこうの部屋をのぞいてみました。と、まあ、なんというおもしろい光景でしょう!  その部屋には、ランプは一つもついていませんでした。けれども、お月さまの光が窓からさしこんで、部屋のまんなかまで照らしていましたので、部屋の中はたいへん明るくて、まるでま昼のようでした。  ヒヤシンスとチューリップが、一つのこらず、ずらりと二列にならんでいました。窓のところには、お花はもう、一つもありません。はちが、からっぽになって、のこっているだけです。床《ゆか》の上では、お花たちが、みんなでぐるぐるまわりながら、いかにもかわいらしげにダンスをしています。そして、くさりの形を作ったり、くるりとまわって、長いみどりの葉っぱをからみあわせたりしていました。  ピアノにむかって腰かけているのは、大きな、黄色いユリの花です。このお花は、まちがいなく、イーダちゃんがこの夏見たお花にちがいありません。なぜって、あのとき、学生さんが、「ねえ、あのお花は、リーネさんによく似ているじゃないの」といった言葉まで、はっきりと思い出したのですから。あのときは、学生さんはみんなに笑われましたが、今、こうして見ますと、この長い、黄色いお花は、ほんとうに、どこから見てもリーネさんにそっくりです。おまけに、ピアノのひきかたまで、よく似ているではありませんか。長めの黄色い顔を一方へかしげるかと思うと、今度は、反対側へかしげたりして、美しい音楽に拍子《ひょうし》を合せているのです。  イーダちゃんがいるのには、だれも気のついたものはありません。  さて今度は、大きな青いサフランが、おもちゃの置いてあるテーブルの上に飛びあがりました。そして、お人形のベッドのところへ行って、カーテンをあけました。そこには、病気のお花たちが寝ていました。  お花たちは、すぐにからだを起して、下にいるお花たちにむかって、いっしょにダンスをしたいというように、うなずいてみせました。すると、下|唇《くちびる》のない、おじいさんの煙《けむ》出し人形が立ちあがって、このきれいなお花たちにむかって、おじぎをしました。お花たちは、もう、病気らしいようす[#「ようす」に傍点]は、どこにもありません。それどころか、ほかのお花たちの中へ飛びおりていって、いかにもうれしそうなようすをしていました。  そのとき、なにか、テーブルから落ちたような音がしました。見れば、謝肉祭《しゃにくさい》のむちが、ちょうど飛びおりたところでした。これも、やっぱり、お花たちの仲間の気でいたのです。ですから、たいそうおしゃれをしていました。頭のところには、小さなろう[#「ろう」に傍点]人形が、あのこ[#「こ」に傍点]うるさいお役人の帽子《ぼうし》にそっくりの、つばの広い帽子をかぶって、すわっていました。謝肉祭のむちは、赤くぬった、木の三本足で、お花たちの中を飛びまわって、トントンと、床をふみ鳴らしました。こうして、マズルカというダンスを踊《おど》ったのです。でも、このダンスは、ほかのお花たちにはできません。だって、ほかのお花たちは、からだが軽すぎて、トントンと、床をふむことなどはできませんからね。  むちの頭のところにすわっていたろう[#「ろう」に傍点]人形が、みるみる、大きく、長くなりました。そして、紙で作ったお花の上を、くるくるまわりながら、 「そんなでたらめを、子供に教えてはいかん。そんなばかばかしいことを!」と、どなりたてました。そういうろう人形のようすは、つばの広い帽子をかぶったお役人にそっくりです。それに、顔の黄色いところも、おこりっぽいところも、ほんとうによく似ています。ところが、紙で作ったお花が、ろう[#「ろう」に傍点]人形の細い足をぶつと、すぐまたちぢこまって、もとどおりのちっぽけなろう[#「ろう」に傍点]人形にもどってしまいました。  ほんとうに、なんておかしいんでしょう! イーダちゃんは、思わず、ふき出してしまいました。  謝肉祭のむちは、なおも踊りつづけました。ですから、お役人はいやでも、いっしょに踊らなければなりません。大きく長くなって、いばってみても、大きな黒い帽子をかぶった、ちっぽけな黄色いろう[#「ろう」に傍点]人形にもどってみても、なんの役にもたちません。このようすを見ていたほかのお花たちが、かわって、謝肉祭のむちにたのんでやりました。なかでも、お人形のベッドに寝ていたお花たちが、いっしょうけんめいたのんでやったのです。それで、謝肉祭のむちも、やっと、踊るのをやめにしました。  そのとき、引出しの中で、トントンと、強くたたく音がしました。そこには、イーダちゃんのお人形のソフィーが、たくさんのおもちゃといっしょに寝ていたのです。煙出し人形が、さっそく、テーブルのはしまでかけていって、腹ばいになって、引出しをほんのちょっとあけました。すると、ソフィーは立ちあがって、びっくりしたような顔で、きょろきょろ見まわしました。 「ああら、舞踏会ね。どうして、あたしには、だれも話してくれなかったの」と、ソフィーは言いました。 「わしと踊ってくださらんかね?」と、煙出し人形がたずねました。 「ふん。おまえさんと踊ったら、さぞかしすてき[#「すてき」に傍点]でしょうよ」  ソフィーは、こう言うなり、くるりと背中を向けてしまいました。そして、引出しの上に腰をおろして、お花たちのだれかが、自分のところにやってきて、ダンスのお相手をおねがいします、と言うだろうと思って、待っていました。ところが、だれもやってこないのです。そこで、オホン、オホンと、せきばらいをしてみました。それでも、やっぱり、だれひとり、きてはくれません。見ると、煙出し人形は、ひとりで踊っていました。けれども、どうしてどうして、なかなかうまいものでした。  ソフィーは、どのお花も、自分のほうを見てくれないような気がしましたので、思いきって、引出しから床の上に、ドシンと、飛びおりました。大きな音がしました。今度は、お花というお花が、すぐにかけよってきて、ソフィーのまわりをとりまいて、 「どこか、おけが[#「けが」に傍点]はありませんか?」と、口々にたずねました。みんなは、たいそうやさしくいたわってくれました。わけても、ソフィーのベッドに寝ていたお花たちは、親切にしてくれました。けれども、ソフィーは、どこもけがしてはいませんでした。イーダちゃんのお花たちは、 「きれいなベッドを貸してくださって、ありがとう」と言って、なにかとやさしくしてくれました。そして、お月さまの光がいっぱいさしこんでいる部屋のまんなかへ、ソフィーを連れていって、いっしょにダンスをはじめました。そうすると、ほかのお花たちも、みんなそばへよってきて、ソフィーをとりまいて輪をつくりました。さあ、こうなると、ソフィーは、うれしくてたまりません。 「あなたたち、もっとあたしのベッドに寝ていてもいいのよ。あたしは、引出しの中で眠ってかまわないんだから」と、言いました。  けれども、お花たちは言いました。 「まあ、ご親切にありがとう。でも、あたしたち、もうそんなに長くは生きていられませんわ。あしたになれば、死んでしまいます。どうか、イーダさんに言ってくださいな。あたしたちを、お庭にある、カナリアのお墓のそばにうめてくださいって。そうすれば、あたしたち、夏にはまた大きくなって、今よりも、もっときれいになりますわ」 「いいえ、死んじゃいけないわ」と、ソフィーは言って、お花たちにキスをしました。  すると、そのときです。広間のドアがさっとあいて、美しいお花たちが、それはそれはたくさん、踊りながらはいってきました。いったい、どこから来たのでしょうか。イーダちゃんには、さっぱりわかりません。きっと、みんな、王さまのお城から来たのでしょう。いちばん先にはいってきたのは、二つの美しいバラのお花です。頭に、小さな金のかんむりをかぶっていました。これは、王さまとお妃《きさき》さまです。おつぎは、見るもかわいらしいアラセイトウとカーネーションです。あちらへもこちらへも、おじぎをしました。  今度は音楽隊です。大きなケシの花と、シャクヤクの花が、顔をまっかにして、エンドウのさやを吹《ふ》きならしていました。青いフウリンソウと、小さな白いマツユキソウとが、まるで、鈴《すず》でも持っているように、チリンチリンと音をたてながらはいってきました。ほんとうにゆかいな音楽です。そのあとから、まだまだたくさんのお花がはいってきました。そして、みんなでいっしょに、ダンスをしました。青いスミレの花や、赤いサクラソウも、ヒナギクやスズランも、やってきました。みんなは、おたがいにキスをしあいました。そのありさまは、なんともいえないほどかわいらしいものでした。  そのうちに、とうとうお花たちは、「おやすみなさい」と、言いあいました。そこで、イーダちゃんも、そっと、自分のベッドの中へもどって、いま見たことを、のこらず夢に見ました。  あくる朝、イーダちゃんは、起きるとすぐに、テーブルのところへ行ってみました。お花たちが、ゆうべ置いたとおりになっているかどうか、見ようと思ったのです。小さなベッドのカーテンを引きあけました。と、たしかに、お花たちはみんな、そこに寝ています。けれども、きのうよりは、ずっとしおれています。ソフィーも、イーダちゃんが入れておいた引出しの中に、ちゃんと寝ています。でも、ずいぶん眠たそうな顔をしています。 「おまえ、なにか、あたしに言うことがあるんじゃない?」と、イーダちゃんはたずねました。ところが、ソフィーときたら、ひどくぼんやりしていて、ひとことも言わないのです。 「いけない子ねえ。みんなが、いっしょにダンスをしてくれたじゃないの」  こう言うと、イーダちゃんは、きれいな鳥の絵がかいてある、紙でできた、かわいい箱《はこ》を取り出しました。そして、その箱をあけて、中に死んだお花たちを入れました。 「これを、あなたたちのきれいなお棺《かん》にしてあげるわね。いまに、ノルウェーの、いとこのおにいさんたちがきたら、手伝ってもらって、お庭にうめてあげてよ。そのかわり、あなたたち、夏になったら、また大きくなって、今よりもっときれいになってちょうだいね」と、イーダちゃんは言いました。  ノルウェーのいとこのおにいさんたちというのは、ヨナスとアドルフといって、元気のいい、ふたりの男の子でした。ふたりは、おとうさまから、あたらしい石弓を一つずつ買ってもらいましたので、それをイーダちゃんに見せに、持ってきました。イーダちゃんは、ふたりに、死んだ、かわいそうなお花たちのことを話しました。それから、みんなは、かわいそうなお花のお葬式《そうしき》をしてやってもいいというおゆるしをいただきました。  ふたりの男の子が、石弓を肩《かた》にかついで、先に立ってすすみました。そのあとから、イーダちゃんが、きれいな箱に死んだお花たちを入れて、ついていきました。みんなで、お庭のすみに、小さな穴をほりました。イーダちゃんは、お花たちにキスをして、それから、箱に入れたまま、土の中にうめました。あいにく、お葬式のときにうつ、鉄砲《てっぽう》も大砲もありません。そこで、アドルフとヨナスとが、お墓の上で石弓を引きました。 底本:「人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ」新潮文庫、新潮社    1967(昭和42)年12月10日発行    1989(平成元)年11月15日34刷改版    2011(平成23)年9月5日48刷 入力:チエコ 校正:木下聡 2020年7月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。