ブレーメンの音楽師 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)背中《せなか》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)かいば[#「かいば」に傍点] -------------------------------------------------------  ある人が一ぴきのロバをもっていました。そのロバは、長い年月のあいだ、しんぼう強く、背中《せなか》にふくろをしょっては、水車小屋《すいしゃごや》まではこんでいました。でも、そのうちに、力もなくなってきて、だんだんこのしごとができないようになりました。  そこで、主人《しゅじん》は、ここらで、ロバにかいば[#「かいば」に傍点]をやるのはやめるとしよう、と、考えました。  ところが、ロバのほうでも、じぶんにぐあいのよくないようすを見てとって、さっさと主人のうちをにげだしました。そして、ブレーメンという町にむかって歩いていきました。ロバの考えでは、その町にいけば、町の音楽隊《おんがくたい》にやとってもらえるかもしれないと、思ったのです。  しばらくいきますと、一ぴきの猟犬《りょうけん》が道にねころがって、口をあけて、ハア、ハア、やっていました。そのようすは、さんざん走りまわったために、すっかりくたびれてしまったとでもいうようでした。 「おい、あばれんぼう、きみはどうしてそんなに、ハア、ハア、やってるんだ。」 と、ロバはたずねました。 「いや、じつはね。」 と、犬がいいました。 「おれもすっかり年をとっちまって、からだが日ましによわってきたのさ。で、狩《か》りにでかけても、むかしのようにかけまわれやしない。だもんだから、主人《しゅじん》がおれを殺《ころ》そうとするんだ。それで、あわててにげだしてきたってわけなんだが、さてこれからさき、どうやってめしにありついたもんだろうなあ。」 「そんなら、どうだい。」 と、ロバはいいました。 「おれは、これからブレーメンへいって、あの町の音楽師《おんがくし》になろうと思っているところだが、きみもいっしょにいって、音楽隊《おんがくたい》にやとってもらったら。おれはギターをひくから、きみはたいこをたたきなよ。」  それをきいて、犬はすっかりよろこびました。そこで、二ひきはいっしょにでかけました。  すこし歩いていきますと、一ぴきのネコが道ばたにすわりこんで、三日も雨にふりこめられたような顔をしていました。 「おや、ひげなでばあさん、なにをそんなにこまってるんだね。」 と、ロバはたずねました。 「命《いのち》にかかわることだもの、のんきにかまえちゃいられないさ。」 と、ネコはこたえました。 「わたしゃ、このとおり年をとっちまったし、歯《は》もきかなくなった。それに、ネズミなんかを追《お》いまわすよりも、ストーブのうしろにでもすわりこんで、のどをゴロゴロやってるほうがすきなのさ。ところがそうすると、うちのおかみさんは、わたしを川のなかへぶちこもうっていう気をおこしたんだよ。それで、わたしゃ、いそいでとびだしてきたんだけど、といって、うまい知恵《ちえ》もなし、これからどこへいったらいいだろうねえ。」 「おれたちといっしょに、ブレーメンへいこうじゃないか。おまえさんは夜の音楽がおとくいだから、町の音楽隊《おんがくたい》にやとってもらえるよ。」  ネコは、それはいい考えだと思いましたので、みんなといっしょにでかけました。  にげだしてきたこの三びきのものたちは、やがて、とある屋敷《やしき》のそばをとおりかかりました。すると、門の上に一|羽《わ》のオンドリがとまっていて、ありったけの声でさけびたてていました。 「きみは、腹《はら》のそこまでジーンとひびくような声でないてるが、いったいどうしたんだ。」 と、ロバがききました。 「なあに、いいお天気だと知らせてるとこさ。」 と、オンドリはこたえました。 「なにしろ、きょうは聖母《せいぼ》さまの日だろう、聖母さまが幼子《おさなご》キリストさまの肌着《はだぎ》をせんたくして、かわかそうという日だからね。ところが、あしたの日曜《にちよう》には、お客《きゃく》さんがおおぜいくる。それで、なさけ知らずのおかみさんが、このぼくをスープにして食べちまえって、料理番《りょうりばん》の女にいいつけたのさ。だから、ぼくは、今夜、首《くび》を切られちまうんだ。それで、せめて声のだせるいまのうちにと思って、のどのやぶれるほどないているとこさ。」 「おい、おい、なにをいってんだ。」 と、ロバがいいました。 「それより、おれたちといっしょにいったらどうだい。おれたちは、ブレーメンへいくところだ。死《し》ぬくらいなら、それよりもましなことは、どこへいったってあるさ。だいいち、きみはいい声だ。おれたちがいっしょに音楽をやりゃ、たいしたもんだぜ。」  オンドリは、この申《もう》し出《で》がたいへん気にいりました。それで、こんどは、四ひきそろってでかけました。  けれども、ブレーメンへは、一日ではとてもいけません。やがて夕がたになったとき、とある森にはいりましたので、そこでみんなは夜《よ》をあかすことにきめました。  ロバと犬は、大きな木の下にごろりと横になりました。ネコとオンドリは、木の枝《えだ》にのぼって、やすみました。ことに、オンドリは木のてっぺんまでとびあがりました。たしかに、そこなら、オンドリにとっていちばん安全《あんぜん》です。  オンドリはねつくまえに、もういちど四方八方《しほうはっぽう》を見まわしました。すると、遠くのほうに、火がちらちらしているように見えました。そこで、なかまのものに声をかけて、そう遠くないところに家があるにちがいない、あかりがついているようだから、と、いいました。 「それじゃ、そこへいくとしよう。どうも、ここのねごこちはよくないからね。」 と、ロバがいいだしました。  犬はおなかのなかで、そこへいけば骨《ほね》が二、三本あって、おまけに肉《にく》でもいくらかついているかもしれない、そうだとありがたいんだが、と思いました。  こうして、みんなはあかりの見えるほうにむかって、歩いていきました。歩いていくにつれて、だんだんその光がはっきりしてきて、ますます大きくなりました。やがて、みんなは、あかあかとあかりのついている家のまえまできました。  いちばん背《せ》の高いロバが、窓《まど》のそばへいって、なかをのぞいてみました。 「なにが見えるね、じいさん。」 と、オンドリがききました。 「なにが見えるかって。」 と、ロバがこたえました。 「うまそうな食《く》いものや飲《の》みものの、いっぱいならべてあるテーブルがあってな、そのまわりにどろぼうどもがすわって、ごきげんでいる。」 「そいつをいただきたいもんだ。」 と、オンドリがいいました。 「うん、うん、なんとかして、あそこへはいっていきたいなあ。」 と、ロバがいいました。  そこで、動物たちは、どろぼうどもを追《お》っぱらうには、どうしたらいいだろうかと、相談《そうだん》をはじめました。そして、いろいろ相談したあげく、うまい方法《ほうほう》が見つかりました。  つまり、ロバが前足を窓《まど》にかけ、犬がその背中《せなか》にとびのる、そのまた上にネコがのぼり、さいごにオンドリがとびあがって、ネコの頭の上にとまる、ということにしたのです。 [#挿絵(fig59847_01.png、横206×縦500)入る]  そのとおりのじゅんびができますと、みんなはあいずにあわせて、いっせいに音楽をやりはじめました。ロバはヒヒン、犬はワンワン、ネコはニャオニャオ、オンドリはコケッコーとなきさけびました。それから、窓《まど》をつきやぶって、四ひきがいっせいにへやのなかへどっととびこみました。窓ガラスはガラガラ、ピシャンと、ものすごい音をたてて、こわれました。  どろぼうどもは、このおそろしいさけび声をきいて、びっくりしてとびあがりました。てっきり、おばけがとびこんできたにちがいないと思いこんだのです。みんなはふるえあがって、森のなかへいちもくさんににげていきました。  そこで、四ひきはテーブルについて、のこっていたごちそうをうまそうに食べました。それこそ、これからひと月ぐらいは、なにも食べられないとでもいうように、腹《はら》いっぱいつめこみました。  四ひきの音楽師《おんがくし》はごちそうを食べおわりますと、あかりをけして、めいめいの生まれつきにしたがって、それぞれ寝《ね》ぐあいのいい場所《ばしょ》をさがしました。  ロバは、きたないわらのつみあげてある上に横になり、犬は戸のうしろにねころびました。ネコはかまどの上の、あたたかい灰《はい》のそばにまるくなり、オンドリは棟《むね》の横木《よこぎ》の上にとまりました。みんなは長いあいだ歩いて、つかれきっていたものですから、すぐにぐっすりねこんでしまいました。  ま夜中《よなか》すぎになって、どろぼうどもが遠くからながめますと、家のなかのあかりはもうついてはいませんでした。それに、いやにしずかなようすです。そこで、かしらがいいました。 「おれたちゃ、あんなにびっくりしなくてもよかったんだ。」  そして、ひとりの手下《てした》をやって、うちのようすをさぐらせました。手下がいってみますと、うちのなかはしーんとしずまりかえっています。それで、台所《だいどころ》へはいって、あかりをつけようとしました。ところがそのとき、この男は火のようにもえているネコの目を炭火《すみび》だとかんちがいして、その目にいきなりマッチをおしつけてしまいました。  けれども、ネコには、こんなじょうだんはわかりません。それで、いきなり、どろぼうの顔にとびついて、つばをひっかけたり、ひっかいたりしました。どろぼうは、びっくりぎょうてん、あわててうら口からにげだそうとしました。  ところが、そのとたん、そこにねていた犬が、どろぼうの足にかみつきました。ますますあわてたどろぼうが、庭《にわ》へとびだして、きたないわらのつんであるそばをかけぬけようとしますと、こんどはロバが、あと足でいやというほどけとばしました。おまけに、オンドリも、このさわぎに目をさまして、横木《よこぎ》の上から、 「コケッコー。」 と、さけびたてました。  それから、どろぼうは、あとをも見ずに、むちゅうになって、かしらのところへとんでかえって、いいました。 「ああ、あのうちには、おっそろしい魔女《まじょ》がいますよ。いきなり、あっしに息《いき》をふっかけたかと思うと、長い指であっしの顔をひっかきやがったんでさ。戸のまえには、ひとりの男が立っていて、小刀《こがたな》をあっしの足につきさしゃがる。庭にはまた黒い怪物《かいぶつ》がねこんでいて、こん棒《ぼう》であっしをぶんなぐりますのさ。おまけに、屋根《やね》の上には裁判官《さいばんかん》がいて、『そのわるものをつれてこい』と、どなりたてるしまつなんです。とにかく、あっしゃ、ほうほうのていで、にげてきたんでさ。」  それからというものは、どろぼうどもは、二度とこの家に近づこうとはしませんでした。いっぽう、ブレーメンの四ひきの音楽師《おんがくし》たちは、たいそうこの家が気にいって、もうここからでていこうとはしませんでした。  これは、じぶんで見たという人の口から、きいたばかりのお話なんですよ。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「ブレーメンの音楽師《おんがくし》」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2021年1月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。