天国へいった仕立屋さん グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)神《かみ》さま |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二|枚《まい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)くず[#「くず」に傍点] -------------------------------------------------------  ある晴れわたった日のことでした。神《かみ》さまは天国《てんごく》のお庭《にわ》を散歩《さんぽ》なさろうとお思いになって、使徒《しと》や聖者《せいじゃ》たちをみんなおつれになりました。そのため、天国には聖《せい》ペテロさまがひとりしかのこっていませんでした。  神さまは、ごじぶんのるすのあいだは、だれもいれてはいけない、と、聖ペテロさまにおいいつけになりました。それで、聖ペテロさまは門のところに立って、番《ばん》をしておりました。  すると、まもなく、だれかが門をトントンとたたきました。ペテロさまは、 「だれかね。なんの用事《ようじ》だね。」 と、たずねました。 「わたくしは、まずしい正直《しょうじき》な仕立屋《したてや》でございます。どうかおいれくださいまし。」 という、やさしい声がしました。 「なるほど、正直か。」 と、ペテロさまはいいました。 「首《くび》つり台《だい》にのぼったどろぼうのようにな。おまえは指を長くして、ひとの布地《ぬのじ》をはさみとったではないか。おまえは、天国《てんごく》にはいれはしない。神《かみ》さまがそとにでかけていらっしゃるあいだは、だれもなかにいれてはいけないとお申《もう》しつけをうけているのだ。」 「どうかおなさけをおかけくださいまし。」 と、仕立屋《したてや》さんが大きな声でもうしました。 「ひとりでに仕立台からおちるくず[#「くず」に傍点]のつぎきれなぞは、ぬすむというほどのものではございません。ごらんくださいまし、わたくしは足がわるいのです。それに歩いてまいりましたので、足にまめ[#「まめ」に傍点]ができてしまって、もうひきかえすことができません。どうかなかにいれてくださいまし。どんなひどいしごとでもいたします。お子さんがたをだっこもいたしますし、おむつのせんたくもいたします。お子さんがたのあそんだこしかけをきれいにして、ぞうきんがけもいたしますし、お子さんがたのやぶけた着物《きもの》のつくろいもいたします。」  聖《せい》ペテロさまはかわいそうになって、仕立屋《したてや》さんのために、門をほんのすこしあけてやりました。仕立屋さんは、そのすきまから、やせほそったからだをすべりこませました。  仕立屋さんは門のうしろのすみっこにこしをおろして、そこでだまってじっとしているようにいいつかりました。だって、神《かみ》さまがおかえりになったとき、仕立屋さんを見つけて、おいかりになるとこまりますからね。  仕立屋さんはそのとおりにいたします、といいましたが、聖ペテロさまがちょっと門のそとへでているあいだに、立ちあがりました。そして、ものめずらしさから、天国《てんごく》のすみずみを歩きまわって、あちこちを見物《けんぶつ》しました。  いちばんおしまいにやってきたところには、美しいりっぱないすがたくさんあって、そのまんなかには、ぴかぴかかがやく宝石《ほうせき》をちりばめた、金《きん》の安楽《あんらく》いすがおいてありました。この安楽いすは、ほかのいすよりもずっとたけが高くて、そのまえには金の足台《あしだい》がおいてありました。  これは、神《かみ》さまがうちにいらっしゃるとき、いつもおかけになるいすだったのです。そしてここから、神さまは地上《ちじょう》におこるすべてのことを、ごらんになることができたのです。  仕立屋《したてや》さんはそこにじっと立って、このいすをかなり長いことながめていました。だって、このいすがほかのどれよりも気にいったからです。とうとう、仕立屋さんはがまんができなくなって、上へあがって、その安楽《あんらく》いすにすっぽりこしをおろしました。すると、地上でおこっていることが、なんでも見えました。ちょうどそのとき、小川でせんたくをしていたみにくいばあさんが、ベールを二|枚《まい》こっそりごまかしたのが、目にとまりました。  仕立屋さんはこれを見ますと、かんかんに腹《はら》をたてて、金の足台をひっつかむがはやいか、天国から地上のどろぼうばあさんめがけてなげつけました。けれども、仕立屋さんにはその足台をひろいあげることができません。そこで、仕立屋さんは、安楽《あんらく》いすからそっとすべりおりて、門のうしろのもとの場所《ばしょ》にかえって、すました顔をしてすわっていました。  神さまは、天国の人びとをおともにつれてかえっていらっしゃいましたが、門のうしろにいる仕立屋《したてや》さんにはお気づきになりませんでした。けれども、安楽《あんらく》いすにこしをおかけになりましたところ、足台《あしだい》が見えません。  神さまは聖《せい》ペテロさまに、足台はどこへいったのかと、おたずねになりました。しかし、もちろん、聖ペテロさまは知りません。  そこで、神さまはなおもことばをつづけて、ではだれかなかにいれたか、と、おたずねになりました。 「足のわるい仕立屋のほかは、だれもはいらなかったはずでございますが、その仕立屋は門のうしろにおります。」 と、聖ペテロさまはこたえました。  そこで、神さまは、仕立屋さんにでてくるようにおいいつけになりました。そして、 「おまえが足台をとりのけたのかね。そして、その足台をどこへやったね。」 と、おたずねになりました。 「ああ、神さま。」 と、仕立屋《したてや》さんはうれしそうにこたえました。 「わたくしは、地上《ちじょう》で、ばあさんがせんたくをしているとき、ベールをふたつこっそりぬすむのを見ましたものですから、かっとなって、そのばあさんめがけて、足台をぶっつけたのでございます。」 「おう、おまえはけしからん男だ。」 と、神《かみ》さまはおっしゃいました。 「おまえがさばくように、わしがさばきをするとすれば、どうじゃ、おまえなどは、とっくに罰《ばつ》をうけていると思わんか。わしは、ここにあるいすも、こしかけも、安楽《あんらく》いすも、いや、暖炉《だんろ》の火かきさえも、つぎつぎと罪《つみ》あるものになげつけて、ここにはとっくになにひとつなくなっておったろう。  こんご、おまえは天国《てんごく》にいることはならん。門のそとへでていきなさい。そのうえで、どっちへいくかよく考えてみなさい。この天国では、わしひとり、つまり、神のほかは、だれにも罰《ばっ》する権利《けんり》はないのじゃ。」  聖《せい》ペテロさまは、仕立屋《したてや》さんをもとのように、天国の門のそとにつれていかなければなりませんでした。  仕立屋さんはくつはやぶれ、足はまめだらけでしたから、つえを手にもって、むじゃきな兵隊《へいたい》さんたちが陽気《ようき》にさわいでいる〈ちょい待《ま》ち屋《や》〉へいきました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「天国《てんごく》へいった仕立屋《したてや》さん」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2022年11月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。