おりこうハンス グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)針《はり》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|頭《とう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#挿絵(fig59837_01.png、横450×縦283)入る] -------------------------------------------------------  ハンスのおかあさんが、 「ハンスや、どこへいく。」 と、たずねます。  すると、ハンスがこたえます。 「グレーテルんとこさ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスに針《はり》を一本やります。ハンスは、 「さよならっ、グレーテルさん。」 と、いいます。 「さよなら、ハンスさん。」  ハンスはその針をとって、ほし草の車へつきさして、じぶんはその車のあとからかえっていきます。 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」 「グレーテルがおまえになにをくれたの。」 「針《はり》をくれたよ。」 「その針はどこにあるの、ハンス。」 「ほし草の車へさしといた。」 「ばかなことをしたねえ。ハンスや、針はそでにさしとくもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」 「ハンスや、どこへいく。」 「グレーテルんとこさ、おっかあ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスにナイフを一ちょうやります。 「さよならっ、グレーテルさん。」 「さよなら、ハンスさん。」  ハンスはナイフをそでにさして、うちへかえっていきます。 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」 「グレーテルがおまえになにをくれたの。」 「ナイフをくれたよ。」 「そのナイフはどこにあるの、ハンス。」 「そでにさしといた。」 「ばかなことをしたねえ。ナイフはふくろにいれとくもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」 「ハンスや、どこへいく。」 「グレーテルんとこさ、おっかあ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスに子ヤギを一ぴきやります。 「さよならっ、グレーテルさん。」 「さよなら、ハンスさん。」  ハンスはそのヤギをうけとって、足をしばって、ふくろのなかにおしこみます。うちへかえったときには、ヤギは息《いき》がつまって死《し》んでいました。 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」 「グレーテルがおまえになにをくれたの。」 「ヤギをくれた。」 「そのヤギはどこにいるの、ハンス。」 「ふくろんなかへおしこんどいた。」 「ばかなことをしたねえ。ヤギはつなへつなぐもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」 「ハンスや、どこへいく。」 「グレーテルんとこさ、おっかあ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスにベーコンをひときれやります。 「さよならっ、グレーテルさん。」 「さよなら、ハンスさん。」  ハンスはそのベーコンをうけとって、つなにしばりつけ、それをじぶんのうしろからずるずるひきずっていきます。犬があつまってきて、それをきれいにたいらげてしまいます。ハンスがうちにかえってきたときには手につなだけもっています。つなには、もうなんにもくっついていません。 [#挿絵(fig59837_01.png、横450×縦283)入る] 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」 「グレーテルがおまえになにをくれたの。」 「ベーコンをひときれくれた。」 「そのベーコンはどこにあるの、ハンス。」 「つなにしばって、もってきたら、犬にとられちゃった。」 「ばかなことをしたねえ、ハンス。ベーコンは頭にのっけてもってくるもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」 「ハンスや、どこへいく。」 「グレーテルんとこさ、おっかあ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスに子牛を一|頭《とう》やります。 「さよならっ、グレーテルさん。」 「さよなら、ハンスさん。」  ハンスはその子牛をうけとって、頭にのせます。子牛はハンスの顔をふみにじります。 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。むこうでくれたよ。」 「グレーテルがおまえになにをくれたの。」 「子牛をくれた。」 「その子牛はどこにいるの、ハンス。」 「頭にのっけたら、顔をふみにじった。」 「ばかなことをしたねえ。ハンスや、子牛はひっぱってきて、かいばかけ[#「かいばかけ」に傍点]のとこへ立たせておくもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」 「ハンスや、どこへいく。」 「グレーテルんとこさ、おっかあ。」 「うまくやるんだよ、ハンス。」 「ああ、うまくやるとも。あばよ、おっかあ。」 「あばよ、ハンス。」  ハンスはグレーテルのところへきます。 「こんちわあ、グレーテルさん。」 「こんちは、ハンスさん。なにかいいものもってきてくれて。」 「なんにももってきやしないよ。なんかくれるものない。」  グレーテルはハンスにいいます。 「あたし、あんたといっしょにいくわ。」  ハンスはグレーテルをつかまえて、つなにしばりつけて、グレーテルをひっぱっていきます。そして、かいばかけのまえにつれていって、そこにしっかりつないでしまいます。それから、ハンスはおかあさんのところにいきます。 「ただいまあ、おっかあ。」 「おかえり、ハンス。どこへいってたの。」 「グレーテルんとこへいってた。」 「おまえ、なにをもってってやったの。」 「なんにももってきゃしない。」 「グレーテルはなにをくれたの。」 「なんにもくれやしない。いっしょにきた。」 「おまえ、グレーテルをどこへおいてきたの。」 「つなでひっぱってきて、かいばかけのまえにつないで、草をやっといた。」 「ばかなことをしたねえ。ハンスや、グレーテルにゃやさしいめ[#「め」に傍点]をなげてやるもんだよ。」 「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」  ハンスは家畜小屋《かちくごや》へいって、そこにいる子牛やヒツジの目玉という目玉をみんなほじくりだして、それをグレーテルの顔へなげつけます。グレーテルはぷんぷん腹《はら》をたてて、つなをひきちぎって、にげだします。せっかく、ハンスのおよめさんになるつもりでしたのにねえ。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※本文28行目の「どっちだっていいや。こんだあ、うまくやるよ。」と29行目の「ハンスや、どこへいく。」の間に空行がないのは、底本通りです。 入力:sogo 校正:チエコ 2022年1月28日作成 2023年9月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。