歌をうたう骨 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)百姓《ひゃくしょう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|軒《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)けもの[#「けもの」に傍点] -------------------------------------------------------  むかし、ある国で、イノシシがお百姓《ひゃくしょう》さんの畑をあらしたり、家畜《かちく》を殺《ころ》したり、人間をきばで八つざきにしたりするので、たいへんこまったことがありました。  王さまは、だれでもこのわざわいから国をすくってくれるものには、たくさんのほうびをつかわす、と約束《やくそく》しました。ところが、そのけもの[#「けもの」に傍点]はものすごく大きくて、力が強いので、だれひとりそのけもののすんでいる森に近づこうとするものはありませんでした。  とうとうしまいに、王さまは、このイノシシをつかまえるか、殺すかしたものには、じぶんのひとりむすめを妻《つま》にやろう、というおふれ[#「おふれ」に傍点]をだしました。  さて、この国にふたりの兄弟《きょうだい》が住んでおりました。あるまずしい男のむすこたちでしたが、このふたりが名のってでて、このたいへんな冒険《ぼうけん》をやってみよう、ともうしでました。にいさんのほうは、ずるがしこい男で、思いあがった気持ちからこの冒険をやろうとしたのです。しかし、弟のほうはむじゃきな、おめでたい男なので、すなおな気持ちからやろうとしたのでした。  王さまは、ふたりにいいました。 「おまえたちは、それぞれ反対《はんたい》のがわから森にはいっていくがよい。そのほうが、いっそうたしかにけものを見つけることができよう。」  そこで、にいさんは西のほうから、弟は東のほうから森のなかへはいっていきました。弟がしばらく歩いていきますと、むこうからひとりの小人《こびと》がやってきました。小人は手に一本の黒い槍《やり》をもっていましたが、弟にむかって、 「おまえは、罪《つみ》のない、いい人間だから、この槍をあげよう。この槍をもって、安心《あんしん》してイノシシにむかっていきなさい。イノシシはおまえにわるいことをなんにもしやしないよ。」 と、いいました。  弟は小人《こびと》にお礼《れい》をいいました。そして、その槍《やり》を肩《かた》にかついで、なにものもおそれずに、ずんずん森のおくへはいっていきました。まもなく、弟はそのけものを見つけました。イノシシは弟めがけて、まっしぐらにとびかかってきました。弟はイノシシにむかって槍《やり》をつきだしました。と、イノシシはやみくもにそれにつっかかり、ぐさりとつきささって、心臓《しんぞう》がまっぷたつになってしまいました。  そこで、弟はこの怪物《かいぶつ》を肩《かた》にかついで、こいつを王さまのところへもっていこうと思いながら、かえり道につきました。  弟が森の反対《はんたい》がわからでてきますと、森のはいり口のところに一|軒《けん》のうちがあって、そこでおおぜいの人たちが、おどったり、お酒《さけ》をのんだりして、大さわぎをしていました。  ところで、にいさんのほうは、イノシシはにげっこないんだから、まず酒でものんで元気をつけてやれ、と考えて、このうちにはいりこんでいたのでした。  ところがそのとき、弟がえものをかついで森からでてきたのです。それを見ますと、にいさんは弟がねたましくなって、胸《むね》のうちによくない気持ちがむらむらとわきおこってきました。そこで、にいさんは弟によびかけました。 「おい、まあ、はいれよ。ひとやすみして、いっぱいのんで、元気をつけていけよ。」  弟は、わるだくみがあろうとは、夢《ゆめ》にも知りません。それで、うちのなかにはいっていって、しんせつな小人《こびと》が槍《やり》をくれて、その槍でイノシシを退治《たいじ》したことを、すっかりにいさんに話しました。  にいさんは、日がくれるまで弟をひきとめておいて、それから、ふたりでいっしょにでかけました。  ところが、ふたりがくらやみのなかを、とある小川にかかっている橋《はし》のところまできたときです。にいさんは弟をさきにいかせて、弟がちょうど川のまんなかにさしかかったところを見はからって、ガンとひとつ、うしろから弟をなぐりつけました。弟は川のなかへおっこちて、死《し》んでしまいました。  にいさんは弟の死がいを橋の下にうめました。それから、イノシシをかついで、じぶんが殺《ころ》してきたような顔をして、すまして王さまのところにもってでました。そしてそのほうびとして、にいさんはお姫《ひめ》さまを妻《つま》にもらいました。  弟は、いつまでたってもかえってきませんでしたが、にいさんは、 「弟は、イノシシのために八つざきにされたのでしょう。」 と、もうしました。それをきいて、だれもかれもがそうとばかり思いこみました。  けれども、神《かみ》さまのまえには、どんなことでもかくしておくことはできないものです。ですから、このひどいおこないも、いつかは明るみにでないはずはありません。  それから、何年もたってからのことでした。あるとき、ひとりのヒツジ飼《か》いがヒツジのむれを追《お》って、この橋《はし》の上をとおりかかりました。ヒツジ飼いは、橋の下の砂《すな》のなかに、雪のように白い骨《ほね》がひとつあるのを見つけて、これはいい笛《ふえ》の口になるぞ、と思いました。そこで、ヒツジ飼いはおりていって、その骨をひろいました。そうして、その骨をけずって、じぶんの角笛《つのぶえ》の口にしました。  ところが、その笛をヒツジ飼《か》いがはじめてふいてみますと、どうでしょう。おどろいたことに、小さな骨がひとりでに歌をうたいだしたではありませんか。 [#ここから4字下げ] ああ もし ヒツジ飼《か》いさん あなたがふくのはわたしの骨《ほね》 わたしはあにきに殺《ころ》されて 橋《はし》の下にうめられた あにきは わたしのイノシシと お姫《ひめ》さまがほしかった [#ここで字下げ終わり] 「ひとりでに歌をうたうなんて、まったくもって、ふしぎな笛《ふえ》だなあ。」 と、ヒツジ飼《か》いはいいました。 「こいつは、王さまにお目にかけなくっちゃ。」  ヒツジ飼いがそれをもって、王さまのまえにでますと、角笛《つのぶえ》はまたまた歌をうたいはじめました。王さまには、その歌の意味がよくわかりました。そこで、さっそく、橋《はし》の下の地面《じめん》をほりかえさせてみますと、殺された弟のがい骨《こつ》がのこらずでてきました。  こうなっては、わるもののにいさんも、じぶんのやったことをみとめないわけにはいきません。にいさんは、ふくろのなかにぬいこまれて、生きたまま水のなかにしずめられてしまいました。  いっぽう、殺された弟の骨《ほね》は墓地《ぼち》へはこばれて、りっぱなお墓《はか》のなかにうめられました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「歌をうたう骨《ほね》」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2022年1月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。