赤ずきん グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)ブドウ酒《しゅ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)けだもの[#「けだもの」に傍点] -------------------------------------------------------  むかしむかし、あるところにちっちゃな、かわいい女の子がおりました。その子は、ちょっと見ただけで、どんな人でもかわいくなってしまうような子でしたが、だれよりもいちばんかわいがっていたのは、この子のおばあさんでした。おばあさんは、この子の顔を見ると、なんでもやりたくなってしまって、いったいなにをやったらいいのか、わからなくなってしまうほどでした。  あるとき、おばあさんはこの子に、赤いビロードでかわいいずきんをこしらえてやりました。すると、それがまたこの子にとってもよくにあいましたので、それからは、もうほかのものはちっともかぶらなくなってしまいました。それで、この子は、みんなに「赤ずきんちゃん」「赤ずきんちゃん」とよばれるようになりました。  ある日、おかあさんが赤ずきんちゃんをよんで、いいました。 「赤ずきんちゃん、ちょっとおいで。ここにおかしがひとつと、ブドウ酒《しゅ》がひとびんあるでしょう。これをね、おばあさんのところへもっていってちょうだい。おばあさんは病気《びょうき》で、よわっていらっしゃるけれど、こういうものをあがると、きっと元気になるのよ。じゃ、暑《あつ》くならないうちに、いってらっしゃい。それからね、そとへでたら、おぎょうぎよく歩いていくのよ。横道《よこみち》へかけだしていったりするんじゃありませんよ。そんなことをすれば、ころんで、びんをこわしてしまって、おばあさんにあげるものが、なんにもなくなってしまうからね。それから、おばあさんのおへやにはいったら、いちばんさきに、おはようございますって、あいさつするのをわすれちゃだめよ。そうして、はいるといっしょに、そこらじゅうをきょろきょろ見まわしたりするんじゃありませんよ。」 「だいじょうぶよ。」 と、赤ずきんちゃんはおかあさんにいって、約束《やくそく》のしるしに指きりをしました。  ところで、おばあさんのうちは、歩いて、村から半時間もかかる森のなかにありました。赤ずきんちゃんが森のなかへはいりますと、オオカミがひょっこりでてきました。でも、赤ずきんちゃんは、オオカミがわるいけだもの[#「けだもの」に傍点]だということをちっとも知りませんでした。ですから、べつにこわいとも思いませんでした。 「こんにちは、赤ずきんちゃん。」 と、オオカミがいいました。 「こんにちは、オオカミさん。」 「こんなにはやくから、どこへいくの。」 「おばあさんのとこよ。」 「まえかけの下にもっているのは、なあに。」 「おかしとブドウ酒《しゅ》。きのう、おうちで焼《や》いたのよ。おばあさんが病気《びょうき》で、よわっているでしょう。これをあがると、からだに力がつくからよ。」 「おばあさんのおうちはどこなの、赤ずきんちゃん。」 「もっともっと森のおくで、まだ十五分ぐらいかかるわ。大きなカシの木が三本立っているその下に、おばあさんのおうちがあるのよ。まわりには、クルミの生《い》け垣《がき》があるわ。あなた、知っているでしょう。」 と、赤ずきんちゃんはいいました。  オオカミは腹《はら》のなかで考えました。 (わかいやわらかそうな小むすめめ、こいつはあぶら[#「あぶら」に傍点]がのってて、うまそうだ。ばあさんよりゃうまかろう。よし、なんとかくふうをして、両方ともごちそうになってやれ。)  そこで、オオカミは、しばらくのあいだ赤ずきんちゃんとならんで歩いていきましたが、やがて、 「赤ずきんちゃん。まあ、そこらじゅうにさいているきれいな花を見てごらんよ。きみは、なんだって、まわりをながめてみないんだい。ほら、小鳥《ことり》があんなにかわいい声で歌をうたっているんだぜ。だけど、それもきみの耳にはまるではいらないみたいじゃないか。きみは、学校へでもいくように、まっすぐまえばかりむいて歩いているね。森のなかは、こんなにたのしいってのになあ。」 と、いいました。  いわれて、赤ずきんちゃんは目をあげてみました。すると、お日さまの光が木と木のあいだからもれてきて、あっちでもこっちでもダンスをしています。それから、あたりいちめんきれいなお花がいっぱいです。それを見て、赤ずきんちゃんは、 (おばあさんに、つんだばかりの花で花たばをこしらえて、もってってあげたら、きっとおよろこびになるわ。まだこんなにはやいんだから、だいじょうぶ、時間までにはいかれるわ。) と、思いました。  そして、横道《よこみち》にそれて、いろんな花をさがしながら、森のおくへはいっていきました。そうして、花をひとつおるたびに、もっとさきへいったら、もっときれいな花があるような気がするのでした。  こうして、花から花をさがして歩いているうちに、だんだん森のおくへおくへとはいりこみました。  ところが、オオカミのほうは、そのあいだに、まっすぐおばあさんの家へかけていって、トントンと戸をたたきました。 「どなたですかね。」 「赤ずきんよ。おかしとブドウ酒《しゅ》をもってきたの。あけてちょうだい。」 「取《と》っ手《て》をおしておくれ。」 と、おばあさんが大きな声でいいました。 「おばあちゃんはね、からだがよわっていて、おきられないんだよ。」  オオカミが取っ手をおしますと、戸がいきおいよくあきました。オオカミはなんにもいわずに、いきなりおばあさんの寝床《ねどこ》のところへいって、おばあさんをひと口にのみこんでしまいました。  それから、おばあさんの着物《きもの》をきて、おばあさんのずきんをかぶって、おばあさんの寝床《ねどこ》に横になって、寝床のまわりにあるカーテンをひいておきました。  いっぽう、赤ずきんちゃんは、あいかわらず花をさがして、かけまわっていました。そして、あつめるだけあつめて、これいじょうもう一本ももてなくなったとき、やっとおばあさんのことを思いだしました。そこで、いそいでおばあさんのところへいくことにしました。  赤ずきんちゃんが家のまえまできてみますと、おばあさんの家の戸があいています。それで、赤ずきんちゃんはへんだと思いながら、おへやにはいりました。すると、なんとなく、なかのようすがいつもとちがっているような気がします。赤ずきんちゃんは、 (あら、どうしたんでしょう。きょうは、なんだかきみがわるいわ。いつもなら、おばあさんのおうちへくれば、とってもたのしいのに。) と、思いました。  それから、大きな声で、 「おはようございます。」 と、よんでみましたが、なんのへんじもありません。  そこで、寝床《ねどこ》のところへいって、カーテンをあけてみました。すると、そこにはおばあさんが横になっていましたが、ずきんをすっぽりと顔までかぶっていて、いつもとちがった、へんなかっこうをしています。 「ああら、おばあさん、おばあさんのお耳は大きいのねえ。」 「おまえのいうことが、よくきこえるようにさ。」 「ああら、おばあさん、おばあさんのお目めは大きいのねえ。」 「おまえがよく見えるようにさ。」 「ああら、おばあさん、おばあさんのお手ては大きいのねえ。」 「おまえがよくつかめるようにさ。」 「でも、おばあさん、おばあさんのお口はこわいほど大きいのねえ。」 「おまえがよく食べられるようにさ。」  オオカミはこういいおわるかおわらないうちに、いきなり寝床《ねどこ》からとびだして、かわいそうな赤ずきんちゃんを、ぱっくりとひとのみにしてしまいました。  オオカミは、おなかがいっぱいになりますと、また寝床にもぐりこんで、ねむってしまいました。そうして、ものすごいいびき[#「いびき」に傍点]をかきだしました。ちょうどそのとき、狩人《かりゅうど》が家のまえをとおりかかりました。そして、 (ばあさんが、おっそろしいいびきをかいてるが、どうしたのかな。見てやらにゃなるまい。) と、思いました。  そこで、狩人《かりゅうど》は、へやのなかへはいりました。そして、寝床《ねどこ》のまえまでいってみますと、そこにはオオカミがねているではありませんか。 「この野郎《やろう》、とうとう見つけたぞ。よくも長いあいださわがせやがったな。」 と、狩人《かりゅうど》はいいました。  そして、すぐさま鉄砲《てっぽう》をむけようとしましたが、そのときふと狩人は、オオカミがばあさんをのんでいるかもしれない、そして、もしかしたら、ばあさんの命《いのち》はまだたすかるかもしれないぞ、と、思いつきました。それで鉄砲をうつのはやめにして、そのかわり、はさみをだして、ねむっているオオカミのおなかを、ジョキジョキ切りはじめました。  ふたはさみばかり切りますと、赤いかわいいずきんが、ちらと見えてきました。もうふたはさみばかり切りますと、女の子がピョンととびだしてきました。そして、 「ああ、びっくりしたわ。オオカミのおなかのなかって、まっくらねえ。」 と、大きな声でいいました。  それから、おばあさんもまだ生きていて、オオカミのおなかのなかからでてきました。でも、おばあさんはよわりきって、やっと息《いき》をしていました。  赤ずきんちゃんは、すばやく大きな石をたくさんもってきて、それをオオカミのおなかのなかにつめこみました。  やがて、オオカミは目をさまして、とびだそうとしましたが、石があんまりおもたいので、たちまちその場《ば》にへたばって、死《し》んでしまいました。  これを見て、三人は大よろこびです。狩人《かりゅうど》は、オオカミの毛皮《けがわ》をはいで、それをうちへもってかえりました。  おばあさんは、赤ずきんちゃんのもってきてくれたおかしを食べ、ブドウ酒《しゅ》をのみました。それで、またすっかり元気になりました。  でも、赤ずきんちゃんは、 (これからもう二度と、ひとりっきりで、森のなかの横道《よこみち》にはいっていくようなことはよそうっと。おかあさんがいけないとおっしゃったんですもの。) と、考えました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正:チエコ 2020年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。