「テーブルよ、ごはんの用意」と、金貨をうむロバと、「こん棒、ふくろから」 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)仕立屋《したてや》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)まい日|草原《くさはら》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)えさ[#「えさ」に傍点] -------------------------------------------------------  むかしむかし、ひとりの仕立屋《したてや》さんがおりました。仕立屋さんは三人のむすこと、それから、ただ一ぴきのヤギをもっていました。  ところでこのヤギは、そのお乳《ちち》でみんなをやしなっていたのですから、よいえさ[#「えさ」に傍点]をもらわなければなりません。それで、まい日|草原《くさはら》へつれだしてもらいました。むすこたちも、じゅんじゅんにこの役《やく》めをやっていました。  あるとき、いちばん上のむすこが、それはそれはみごとな草のはえている墓地《ぼち》にヤギをつれていって、草を食べさせたり、そこらをとびまわらせたりしました。  やがて日がくれて、家へかえるころになりましたので、いちばん上のむすこは、 「ヤギや、おなかはいっぱいかい。」 と、たずねました。  すると、ヤギはこたえていいました。 [#ここから4字下げ] おなかはいっぱいだ もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「それじゃ、うちへかえろう。」 と、むすこはいいました。  それから、むすこはヤギのつなをつかんで、ヤギ小屋《ごや》のなかへつれていき、そこにしっかりとつなぎました。 「どうだな、ヤギはえさをたくさん食べたか。」 と、年とった仕立屋《したてや》さんがたずねました。 「ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。」 と、いちばん上のむすこがこたえました。  けれども、おとうさんはそれをじぶんでたしかめようと思って、ヤギ小屋へおりていきました。そして、かわいいけものをなでながら、 「ヤギや、おまえは、ほんとうにおなかがいっぱいかい?」 と、きいてみました。  すると、ヤギはこたえました。 [#ここから4字下げ] なんでいっぱいになるもんかい お墓《はか》の上をとんでいただけで 葉っぱなんか一|枚《まい》もありゃあしなかった メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「なんてことだ。」 と、仕立屋《したてや》さんはさけびざま、かけあがっていって、むすこにむかって、 「やい、このうそつきめ、ヤギは腹《はら》がいっぱいだなんていいやがって、ひぼしにしたじゃないか。」 と、いいました。そして、仕立屋さんは腹だちまぎれに、壁《かべ》からものさしをとって、むすこをピシピシうって、家から追《お》いだしてしまいました。  そのつぎの日は、二ばんめのむすこの番《ばん》でした。このむすこは、庭《にわ》の生《い》け垣《がき》のところに、いい草ばかりはえている場所《ばしょ》をさがしだしました。ヤギはその草をきれいに食べてしまいました。夕がた、むすこは家へかえろうと思って、ヤギにきいてみました。 「ヤギや、おなかはいっぱいかい。」  するとヤギはこたえていいました。 [#ここから4字下げ] おなかはいっぱいだ もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「それじゃ、うちへかえろう。」 と、むすこはいいました。  それから、むすこはヤギを家へひっぱっていって、ヤギ小屋《ごや》のなかにいれて、しっかりつなぎました。 「どうだな、ヤギはえさをたくさん食べたか。」 と、年とった仕立屋《したてや》さんがたずねました。 「ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。」 と、二ばんめのむすこはこたえました。  仕立屋さんはむすこのいうことを信用《しんよう》しないで、じぶんでヤギ小屋《ごや》におりていって、たずねてみました。 「ヤギや、おまえは、ほんとうにおなかがいっぱいかい?」  すると、ヤギはこたえました。 [#ここから4字下げ] なんでいっぱいになるもんかい お墓《はか》の上をとんでいただけで 葉っぱなんか一|枚《まい》もありゃあしなかった メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「なんてえひどいやつだ。」 と、仕立屋さんがさけびました。 「こんな罪《つみ》もないけものをひぼしにするなんて。」  こういって、仕立屋《したてや》さんはかけあがると、ものさしでむすこをひっぱたいて、戸口から追《お》いだしてしまいました。  こんどは、三ばんめのむすこの番《ばん》です。むすこは、なんとかうまくやってやろうと思いました。そこで、それはそれはみごとに木の葉のしげっているやぶを見つけだして、そこでヤギにえさを食べさせました。やがて、日がくれましたので、三ばんめのむすこは家へかえろうと思って、ヤギにきいてみました。 「ヤギや、おなかはいっぱいかい。」  すると、ヤギはこたえていいました。 [#ここから4字下げ] おなかはいっぱいだ もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「それじゃ、うちへかえろう。」 と、三ばんめのむすこはいいました。  それから、むすこはヤギをヤギ小屋《ごや》につれていって、しっかりとつなぎました。 「どうだな、ヤギはたくさん食べたか。」 と、年とった仕立屋《したてや》さんがたずねました。 「ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。」 と、三ばんめのむすこがこたえました。  仕立屋さんはそのことばを信用《しんよう》しないで、じぶんでおりていって、ヤギにきいてみました。 「ヤギや、おまえはほんとうにいっぱいかい?」  すると、このよくないけものはこたえました。 [#ここから4字下げ] なんでいっぱいになるもんかい お墓《はか》の上をとんでいただけで 葉っぱなんか一|枚《まい》もありゃあしなかった メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「うそつきの悪党《あくとう》どもめ。」 と、仕立屋《したてや》さんはどなりました。 「どいつもこいつも、ばちあたりのなまけものばっかりだ。そうそう、きさまたちにばかにされちゃいねえぞ。」  かんかんにおこった仕立屋さんは、むちゅうで上にかけあがって、かわいそうなむすこの背中《せなか》をものさしでいやというほどなぐりつけましたので、むすこは家からとびだしてしまいました。  こうして、年よりの仕立屋《したてや》さんはヤギとふたりきりになりました。  あくる朝は、仕立屋さんがじぶんでヤギ小屋《ごや》へおりていって、ヤギをなでてやりながら、いいました。 「おいで、かわいいやつ、おれがじぶんでおまえを草原《くさはら》へつれてってやるよ。」  仕立屋さんはつなをとって、ヤギを青あおとした生《い》け垣《がき》のところや、〈ヒツジのあばら〉という草や、そのほかヤギのすきなもののはえているところへ、つれていってやりました。 「さあ、思うぞんぶん食べるがいい。」  仕立屋《したてや》さんはこういって、日がくれるまで、ヤギに草を食べさせておきました。そうして、日がくれたとき、 「ヤギや、おなかはいっぱいかい。」 と、きいてみました。  すると、ヤギはこたえていいました。 [#ここから4字下げ] おなかはいっぱいだ もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ [#ここで字下げ終わり] 「それじゃ、うちへかえろう。」 と、仕立屋さんはいいました。  それから、仕立屋さんはヤギをヤギ小屋《ごや》へつれていって、しっかりつなぎました。こうしておいて、仕立屋さんはでていきましたが、もういちどもどってきて、 「なあ、おまえも、これでやっとおなかがいっぱいになったろう。」 と、いいました。  ところが、ヤギのほうは相手《あいて》が仕立屋さんになってもおんなじことで、あいもかわらず、 [#ここから4字下げ] なんでいっぱいになるもんかい お墓《はか》の上をとんでいただけで 葉っぱなんか一|枚《まい》もありゃあしなかった メエ メエ [#ここで字下げ終わり] と、なきたてました。  仕立屋《したてや》さんはこれをききますと、あっけにとられてしまいました。そして、じぶんが三人のむすこを、なんの罪《つみ》もないのに追《お》いだしてしまったのだということが、はっきりわかりました。 「やい、待《ま》ってろ、恩知《おんし》らずのちくしょうめ。」 と、仕立屋さんはさけびました。 「てめえは、ただ追んだすだけじゃあたりねえや。てめえにしるし[#「しるし」に傍点]をくっつけて、ちゃんとした仕立屋なかまにゃ、二度と顔だしのできねえようにしてくれらあ。」  仕立屋《したてや》さんはおおいそぎで上にかけあがって、ひげそり用のかみそりをもってきました。そして、ヤギの頭に石《せっ》けんをぬりつけて、じぶんのてのひらとおなじように、つるつるにそってしまいました。  そして、ものさしではもったいないとでも思ったのでしょう、仕立屋さんはむち[#「むち」に傍点]をもちだしてきて、それでヤギをピシピシとうちましたので、ヤギは大またにとんでにげていってしまいました。  仕立屋さんは、こうしてほんとうにひとりぽっちですわっていますと、なんだかとてもかなしくなって、むすこたちをもういちどよびもどしたくなりました。ところが、そのむすこたちは、どこへいってしまったのか、だれひとり知っているものはないのです。  いちばん上のむすこは、ある指物師《さしものし》のところへ年季奉公《ねんきぼうこう》にいったのでした。そこで、むすこはいっしょうけんめい、うまずたゆまずしごとをおぼえました。  やがて年季《ねんき》があけて、いよいよ国ぐにをまわって修業《しゅぎょう》して歩こうというときになりますと、親方《おやかた》が小さなテーブルをこのむすこにくれました。そのテーブルは、見たところでは、べつにかわったところもなく、ありふれた木でできているのですが、ただそれには、たいへんつごうのいいことがありました。  それはですね、このテーブルをすえて、「テーブルよ、ごはんの用意《ようい》」といいますと、このありがたいテーブルには、すぐにきれいなきれがかけられるのです。そしてその上には、おさらが一|枚《まい》と、そのわきにはナイフとフォークがでて、それから、煮《に》たものや焼《や》いたものをいれた小さな鉢《はち》が、ずらりとならぶのです。しかもそればかりか、赤《あか》ブドウ酒《しゅ》のはいった大きなコップまでがきらきらとひかって、人の心をたのしませてくれるのでした。  わかい職人《しょくにん》は、 (これがあれば、一生《いっしょう》のあいだじゅうぶんだ。) と、考えました。  そして、いいごきげんで世《よ》のなかを歩きまわって、宿屋《やどや》がよくってもわるくっても、また、そこに食べものがあってもなくっても、そんなことはまるで気にもとめませんでした。  また気のむいたときには、宿屋なんかにはとまらずに、畑でも、森でも、草原《くさはら》でも、どこでもすきなところで、背中《せなか》からあの小さなテーブルをおろしては、それをじぶんのまえにすえて、「テーブルよ、ごはんの用意《ようい》」というのでした。すると、職人《しょくにん》のほしいと思うものは、なんでもでてきました。  職人は、こうしてあちこちと歩きまわっているうちに、とうとう、おとうさんのところへかえってみようという気になりました。もういまなら、おとうさんのいかりもおさまっているでしょうし、それに、この〈ごはんの用意〉のテーブルをもっていけば、よろこんで、またうちにいれてくれるだろうと思ったのです。  こうして、うちにかえるとちゅう、日がくれましたので、とある宿屋《やどや》にとまりました。宿屋はお客《きゃく》でいっぱいでした。お客たちは職人《しょくにん》をよろこんでむかえて、じぶんたちのほうへきていっしょに食べろとさそってくれました。さもないと、食べるものは、なかなか手にはいらないだろうというのです。 「いや、あなたがたの食べるものをすこしでもいただこうとは思いません。それよりも、あなたがたがわたしのお客におなりなさい。」 と、指物師《さしものし》はこたえました。  みんなはわらって、この男はじぶんたちをからかっているのだろうと思いました。けれども、指物師は小さな木のテーブルをへやのまんなかにすえて、 「テーブルよ、ごはんの用意《ようい》。」 と、いいました。  と、どうでしょう、またたくうちに、そのテーブルの上には、ごちそうがずらりとならんだではありませんか。それは、とてもこの宿屋《やどや》の主人《しゅじん》などにはだせそうもない、じょうとうのものばかりです。そのお料理《りょうり》からたちのぼるおいしそうなにおいが、お客《きゃく》たちの鼻《はな》にぷんぷんとにおってきました。 「みなさん、えんりょなくめしあがってください。」 と、指物師《さしものし》はいいました。  お客たちは、指物師の気持ちがわかりますと、二度もさそわれるまでもなく、すぐにテーブルのそばへよってきました。そして、めいめいじぶんのナイフをとりだして、ものすごいいきおいでごちそうにかぶりつきました。  みんなにとってなによりもふしぎに思われたのは、ひとつのおさらがからっぽになりますと、すぐまた山もりのおさらが、ひとりでにそのかわりにでてくることでした。宿屋《やどや》の主人はすみっこに立って、このありさまをながめていました。主人はあきれすぎて、なんといったらいいのかわかりませんでしたが、 (こういう料理人《りょうりにん》がいたら、ずいぶん役《やく》にたつだろうなあ。) と、心のなかで思いました。  指物師《さしものし》となかまの人たちは、夜《よ》のふけるまでにぎやかにさわいでいましたが、やがて、みんなはねむりにつきました。わかい職人《しょくにん》も寝床《ねどこ》にはいりました。あの魔法《まほう》のテーブルは壁《かべ》に立てかけておきました。  主人《しゅじん》はいろんなことを考えて、ちっともおちつくことができませんでしたが、そのうちに、ふと、がらくたべやのなかに、このテーブルにそっくりの古テーブルがあるのを思いだしました。そこで、主人はそうっとそれをもちだしてきて、魔法《まほう》のテーブルととりかえておきました。  あくる朝、指物師《さしものし》は宿賃《やどちん》をはらって、あのテーブルを背中《せなか》にしょいました。もちろん、にせものをもっていようなどとは夢《ゆめ》にも知らず、旅《たび》をつづけていきました。  お昼ごろ、指物師はおとうさんのところにつきました。おとうさんは、大よろこびでむすこをむかえました。 「ところで、せがれ、おまえなにをならってきた。」 と、おとうさんはむすこにたずねました。 「おとうさん、わたしは指物師《さしものし》になりました。」 「いいしごとだな。」 と、おとうさんはこたえました。 「だがおまえ、なにか旅のみやげをもってきたか。」 「おとうさん、わたしがもってきたもののなかで、いちばんいいのはテーブルですよ。」  仕立屋《したてや》さんはそのテーブルを四方八方《しほうはっぽう》からじろじろながめていましたが、 「これは、おまえがとくにうでをふるってつくったものとは思えないな。これは古くて、よくないものだぞ。」 と、いいました。 「ところが、これが〈ごはんの用意《ようい》〉のテーブルなんですよ。」 と、むすこはこたえていいました。 「わたしがこれをすえて、ごはんの用意をするようにいいますとね、すぐに、すばらしいごちそうがならぶんですよ。しかも、気ばらしのブドウ酒《しゅ》までもでてくるんですからね。えんりょはいりませんから、親類《しんるい》の人やお友だちをみんなよんでください。みなさんに思うぞんぶんごちそうしてあげましょうよ。なあに、このテーブルがみなさんのおなかをいっぱいにしてくれるんですから。」  よんだ人たちがみんなあつまりますと、むすこはテーブルをへやのまんなかにすえて、 「テーブルよ、ごはんの用意。」 と、いいました。  ところが、テーブルはぴくりともうごきません。まるで、人間のことばのわからない、ほかのテーブルとおなじように、いつまでたってもその上にはなんにもでてこないのです。  これを見て、かわいそうな職人《しょくにん》は、テーブルがとりかえられているのに気がつきました。そして、じぶんがまるでうそつきのようになったため、その場《ば》にいるのをはずかしく思いました。  親類《しんるい》の人たちは、むすこをあざけってわらいました。そして、みんなは、なにひとつのみも食べもしないで、かえらなければなりませんでした。  おとうさんはまた布《ぬの》をもちだして、仕立《したて》しごとをつづけました。むすこのほうは、ある親方《おやかた》のところにしごとにいきました。  二ばんめのむすこは粉《こな》ひきのところへいって、お弟子《でし》になりました。  年季《ねんき》がおわったとき、親方がいいました。 「おまえはひじょうによくはたらいたから、おまえにちょっとかわったロバをやろう。そいつは車もひかなきゃ、ふくろもしょわないんだ。」 「じゃ、いったい、そのロバはなんの役《やく》にたつんですか。」 と、わかい職人《しょくにん》がたずねました。 「金貨《きんか》をはきだすんだよ。」 と、親方がこたえました。 「おまえがそいつを布《ぬの》の上に立たせて、『ブリックレーブリット』っていうとな、この感心なけものは、まえにもうしろにも、金貨をはきだしてくれるのさ。」 「そいつはすばらしいですね。」 と、職人はいいました。  それから、職人《しょくにん》は親方にお礼《れい》をいって、世《よ》のなかへでていきました。お金がいるときには、職人はじぶんのロバにむかって、「ブリックレーブリット」といいさえすれば、それでいいのです。そうすると、金貨《きんか》が雨のようにふってきます。ですから、職人《しょくにん》のほうでは、それを地面《じめん》からひろいあげるだけで、なんの苦労《くろう》もいらないのでした。  職人にとっては、どこへいっても、いちばんじょうとうのものがよかったのです。値段《ねだん》が高ければ高いほど、それが気にいりました。それもそのはずです。職人はいつも、お金《かね》でいっぱいのさいふをもっているようなものなんですからね。  職人は、しばらく世《よ》のなかを見物《けんぶつ》して歩いてから、こう考えました。 (おとうさんのところへいってみなきゃならない。この金貨《きんか》をはくロバをもっていきゃ、おとうさんもまえに腹《はら》をたてたことはわすれて、おれを気持ちよくうちにいれてくれるだろう。)  ところが、この二ばんめのむすこも、にいさんがテーブルをとりかえられた、あの宿屋《やどや》にとまることになったのです。  職人《しょくにん》はロバをひっぱっていきました。宿屋の主人《しゅじん》が職人の手からロバをとって、つなごうとしますと、わかい職人はいいました。 「ほっといてください。わたしのロバは、わたしがじぶんで馬屋《うまや》につれていって、つなぎますよ。だって、ロバのいるところを知っておかなくちゃなりませんからね。」  それをきいて、宿屋《やどや》の主人はふしぎに思いました。そして、ロバの世話《せわ》をじぶんでしなければならないような男は、どうせ飲《の》み食《く》いする金もそんなにもっちゃいまい、と考えました。ところが、このお客《きゃく》が、ポケットに手をつっこんで、金貨《きんか》を二|枚《まい》とりだして、これでなにかうまいものを買ってきてくれというではありませんか。主人《しゅじん》はびっくりして、目をまんまるくしました。主人はそこらじゅうをかけずりまわって、手にはいるかぎりでいちばんじょうとうのものを見つけてきました。  食事《しょくじ》のすんだあとで、お客《きゃく》は、 「どのくらいたりないかね。」 と、主人にたずねました。  主人は、こいつからうんとしぼりとってやれと思って、 「金貨《きんか》を二つ三つ、いただかなくちゃなりません。」 と、いいました。  職人《しょくにん》はポケットに手をつっこみましたが、あいにく、金貨はすっかりおしまいになっています。 「ご主人、ちょっと待《ま》っておくれ。すぐにいって、金貨をもってきますから。」  職人はこういって、テーブルかけをもっていきました。主人には、なんでそんなことをするのか、さっぱりわけがわかりません。でも、そのわけを知りたくなって、職人のあとからこっそりついていきました。  お客は馬屋《うまや》の戸に、なかからかんぬきをおろしてしまいました。そこで、主人は節穴《ふしあな》からのぞいてみました。  すると、お客はロバの下に布《ぬの》をひろげて、「ブリックレーブリット」と大声にいいました。と、そのとたんに、ロバはまえにもうしろにも金貨《きんか》をはきだしはじめました。それこそ、まるで雨でもふるように、金貨がバラバラ、バラバラ地面《じめん》におちました。 「なんてえこった。」 と、主人《しゅじん》はいいました。 「これじゃあ、ドゥカーテン金貨《きんか》がたちまちできらあ。こういうさいふならわるかあないぞ。」  お客《きゃく》は勘定《かんじょう》をはらって、ねにいきました。ところが主人は、夜のうちに、馬屋《うまや》へしのびこんで、この金貨をうむロバをつれだして、そのかわりにべつのロバをつないでおいたのです。  つぎの朝はやく、職人《しょくにん》はロバをつれてでかけました。もちろん、じぶんでは金貨をうむロバをつれているつもりだったのです。  お昼ごろ、職人《しょくにん》はおとうさんのところにつきました。おとうさんはむすこがかえってきたのを見ますと、たいそうよろこんで、気持ちよくむかえいれてくれました。 「せがれ、おまえはなんになったのだ。」 と、おとうさんがたずねました。 「粉《こな》ひきですよ、おとうさん。」 と、むすこはこたえました。 「なにか旅《たび》のみやげをもってきたかい。」 「ロバを一ぴきだけもってきました。」 「ロバならこのへんにもいくらだっている。どうせなら、ヤギのいいやつをもってきてくれればよかったなあ。」 「そりゃあそうですがね、こいつはふつうのロバとはちがって、金貨《きんか》をうむロバなんですよ。わたしが『ブリックレーブリット』っていいますとね、この感心なやつは、布《ぬの》にいっぱい金貨をはきだすんですよ。さあ、えんりょなく親類《しんるい》の人たちをみんなよんでください。わたしがみんなを金持《かねも》ちにしてあげますよ。」 「そいつはうれしいな。そうなりゃ、おれも針《はり》をもって、めんどくさいしごとをしなくてもいいわけだ。」  仕立屋《したてや》さんはこういうと、じぶんでとびだしていって、親類《しんるい》のものをよびあつめてきました。  みんなそろったところで、粉《こな》ひきは、ひとつ場所《ばしょ》をあけてください、といいました。それから、そこに布をひろげて、ロバをへやのなかへつれこみました。 「さあ、よく気をつけていてください。」  粉《こな》ひきはこういって、「ブリックレーブリット」と、さけびました。  ところが、おちてきたのは金貨《きんか》ではありませんでした。これで、このけものが金貨をはきだすわざ[#「わざ」に傍点]をすこしもこころえていないことがわかりました。だって、そうでしょう、どんなロバにでも、そんな芸当《げいとう》ができるわけではありませんからね。  かわいそうに、粉ひきはすっかりしょげかえってしまいました。そして、じぶんがだまされたことを知って、親類《しんるい》の人たちにあやまりました。親類の人たちは、きたときとおなじように、貧乏《びんぼう》のままでかえっていきました。  しかたなく、おとうさんはふたたび針《はり》を手にとりました。むすこのほうは、ある粉《こな》ひきのところにやとわれました。  三ばんめの弟は、ろくろ細工師《ざいくし》のところへ弟子《でし》入りしました。これは手のいりこんだしごとですから、ならうのにいちばん長くかかりました。  ところで、ふたりのにいさんたちは、この弟に手紙《てがみ》をやって、じぶんたちがひどいめにあったこと、それも、いよいよさいごという晩《ばん》になって、あの宿屋《やどや》の主人《しゅじん》に、じぶんたちのすばらしい宝《たから》ものをうばいとられたことを知らせました。  さて、ろくろ細工《ざいく》の職人《しょくにん》がしごとをならいおぼえて、いよいよ修業《しゅぎょう》の旅にでかけようというとき、親方《おやかた》は、おまえはたいへんよくはたらいたからといって、ふくろをひとつくれました。そして、 「このなかには、こん棒《ぼう》が一本はいっているよ。」 と、いいました。 「ふくろは肩《かた》にひっかけられますし、それにいろんな役《やく》にたつでしょう。しかし、なかにはいっているこん棒《ぼう》はなんになるんです。ふくろがおもたくなるばかりですよ。」 「そこだよ、いまおれがいおうと思ってたのは。」 と、親方《おやかた》がこたえました。 「だれかおまえによくないことをするやつがあったら、『こん棒《ぼう》、ふくろから』っていいさえすりゃいいんだ。そうすると、こん棒がおまえに加勢《かせい》して、ふくろのなかから相手《あいて》のやつらのなかへとびだしていって、そいつらの背中《せなか》で、おもしろおかしくおどるんだ。おかげで、やつらはたっぷり一週間は身動《みうご》きひとつできないようになる。おまえが、『こん棒、ふくろへ』っていうまでは、けっしてやめはしないんだ。」  職人《しょくにん》は親方にお礼《れい》をいって、そのふくろを肩《かた》にひっかけました。そして、職人のことをばかにしたり、手だしをしようとするものがありますと、そのたびに、職人は「こん棒《ぼう》、ふくろから」といいました。  すると、すぐさまこん棒がとびだして、上着《うわぎ》といわず、ジャケツといわず、つぎからつぎへと相手の背中《せなか》をぽかぽかなぐりつけるのでした。  しかも、そのこん棒《ぼう》は、職人《しょくにん》がふくろからひきだすまで待《ま》っているのではありません。そのすばやいことといったら、お話にならないのです。だれでも、あっと思うまに、もうなぐりつけられているのでした。  わかいろくろ細工師《ざいくし》は、日のくれるころに、にいさんたちがだまされた、あの宿屋《やどや》につきました。ろくろ細工師は背中《せなか》のふくろをじぶんのまえのテーブルの上において、いままでに世《よ》のなかで見てきた、いろんなめずらしい話をはじめました。 「そう、そりゃあ、〈ごはんの用意《ようい》〉のテーブルだとか、金貨《きんか》をうむロバだとか、そのほかにもいろんなものがある。みんな、なかなかいいものばかりで、わたしだってそれをばかにしようとは思わないよ。しかし、わたしが手にいれて、このふくろのなかにもって歩いている宝《たから》ものにくらべれば、そんなものは問題《もんだい》にもならないな。」  主人《しゅじん》は両方の耳をとんがらして、考えました。 (いったいぜんたい、なんだろうな。あのふくろには、きっと宝石《ほうせき》ばかり、ぎっしりつまっているんだろう。こいつもちょうだいしなくちゃなるまい。いいものは、なんでも三つそろうっていうからな。)  ねる時間になりますと、お客《きゃく》はこしかけの上に長ながとねころんで、ふくろをまくらのかわりにして、頭の下にあてがいました。  主人は、お客がもうぐっすりねこんだと思うころにやってきました。そして、ふくろを、用心しながら、そっとうごかしたり、ひっぱったりしてみました。こうして、このふくろをぬきとって、うまくほかのとすりかえられるかどうか、やってみていたのです。  ところが、ろくろ細工師《ざいくし》のほうは、もうずっとまえからこれを待《ま》ちかまえていたのです。それで、主人が思いきってぐいとひっぱろうとしたとたん、「こん棒《ぼう》、ふくろから」と、どなりました。すると、その声といっしょに、こん棒がふくろからとびだして、主人の背中《せなか》にとびかかり、めちゃめちゃになぐりつけました。  主人《しゅじん》は、あわれなほど泣《な》きさけびました。けれども、主人が大きな声でさけべばさけぶほど、こん棒《ぼう》はその泣き声に調子《ちょうし》をあわせて、ますます力をいれてなぐりつけるのです。とうとう、主人はくたくたになって、床《ゆか》の上にぶったおれてしまいました。  そこで、ろくろ細工師《ざいくし》がいいました。 「きさまが、〈ごはんの用意《ようい》〉のテーブルと、金貨《きんか》をうむロバをかえさなければ、もういっぺんおどりをおどらせるぞ。」 「ああ、とんでもない。」 と、主人はきこえるかきこえないくらいの、ひくい声でいいました。 「みんな、みんなおかえしいたします。どうか、そのいまいましいばけものだけは、ふくろのなかへもどしてくださいまし。」  それをきいて、職人《しょくにん》はいいました。 「おなさけをもってゆるしてやる。だが、二度とひどいめにあわないように、気をつけるんだぞ。」  それから職人は、「こん棒《ぼう》、ふくろへ」と、さけんで、こん棒をやすませてやりました。  ろくろ細工師《ざいくし》は、あくる朝、〈ごはんの用意〉のテーブルと、金貨《きんか》をうむロバをつれて、おとうさんのうちにかえりました。仕立屋《したてや》さんは、むすこがふたたびかえってきたのを見て、よろこびました。そしてこのむすこにも、 「おまえは、よそへいって、なにをならってきた。」 と、たずねました。 「おとうさん、わたしはろくろ細工師《ざいくし》になりました。」 と、むすこはこたえました。 「手のかかるしごとだな。」 と、おとうさんがいいました。 「旅《たび》のみやげになにをもってきた。」 「ものすごくめずらしいものですよ、おとうさん。ふくろにはいったこん棒《ぼう》ですよ。」 と、むすこはこたえていいました。 「なんだと。」 と、おとうさんは思わずさけびました。 「こん棒だって。そいつは、ご苦労《くろう》な話だな。こん棒なら、木を切りさえすりゃあ、いくらでもできるじゃないか。」 「ところが、そんなこん棒《ぼう》とはちょいとちがうんですよ、おとうさん。わたしが、『こん棒、ふくろから』っていいますとね、こん棒がとびだしてきて、わたしになにかわるいことをしようと思ってるやつを相手《あいて》に、ひどいおどりをやらかすんですよ。しかも、そいつが地《じ》べたにぶったおれて、どうかよいお天気になりますようにってお願《ねが》いをしないうちは、けっしてやめやしないんですからね。ごらんなさい、このこん棒《ぼう》でね、宿屋《やどや》のどろぼうおやじが、にいさんたちからとりあげておいた〈ごはんの用意《ようい》〉のテーブルと、金貨《きんか》をうむロバを、とりもどしてきたんですよ。さあ、にいさんたちをよんでください。それから、親類《しんるい》の人たちもみんなよんでください。みなさんに腹《はら》いっぱい食べたりのんだりしていただいて、そのうえ、ポケットを金貨でいっぱいにしてあげますよ。」  年よりの仕立屋《したてや》さんは、そのことばをほんとうに信用《しんよう》しようとはしませんでしたが、それでもとにかく、親類の人たちをあつめました。  そこで、ろくろ細工師《ざいくし》は布《ぬの》をへやのなかにひろげて、金貨《きんか》をうむロバをつれてきました。そしてにいさんにむかって、 「さあ、ロバとお話しなさい。」 と、いいました。  粉《こな》ひきは「ブリックレーブリット」といいました。と、またたくうちに、まるで夕立《ゆうだち》のように、金貨《きんか》の雨がばらばらと布の上にふってきました。そしてロバは、みんながこれいじょうはもうとてももちきれないというくらいまで、金貨をはきだすのをやめませんでした。 (あなたも、そこにいたかったなあ、というような顔をしていますね。)  そのつぎに、ろくろ細工師《ざいくし》は小さなテーブルをもちだして、いいました。 「にいさん、さあ、テーブルとお話しなさいよ。」  指物師《さしものし》が、「テーブルよ、ごはんの用意《ようい》」といいおわるかおわらないうちに、はやくもテーブルの上には布《ぬの》がかかって、すばらしいお料理《りょうり》のおさらがずらりとならびました。そこで、ごちそうがはじまりました。それこそ、仕立屋《したてや》さんがじぶんのうちではまだいちども食べたことのないようなごちそうです。  親類《しんるい》の人たちも、みんな夜《よ》のふけるまであつまっていて、だれもかれも大よろこびで、たのしんでいました。  仕立屋さんは、針《はり》も、糸も、ものさしも、アイロンも、戸だなにしまって、かぎをかけてしまいました。そしてそれからは、三人のむすこといっしょにたのしいまい日をおくりました。  ところで、あのヤギは、いったいどこへいってしまったのでしょう。あのヤギのおかげで、仕立屋さんは三人のむすこを追《お》いだしてしまったのですがね。では、これから、そのお話をしてあげましょう。  あのヤギは、はげ頭になったのをはずかしく思って、キツネの穴《あな》にかけこんで、おくにもぐりこんでしまいました。  キツネがうちにかえってきますと、おくのくらやみから、大きな目玉がふたつ、ぴかぴかひかっているではありませんか。キツネはびっくりぎょうてんして、またにげもどっていきました。  すると、クマがキツネにであいました。クマは、キツネがすっかりどうかしてしまっているらしいようすを見て、こういいました。 「おい、どうした、きょうだい、なんて顔をしてるんだ。」 「ああ。」 と、キツネがいいました。 「おっそろしいけものが、おれの穴《あな》んなかにすわりこんでてよ、火のような目玉でおれをぐいとにらみつけやがったんだ。」 「そんなやつは、すぐ追《お》っぱらっちまおう。」  クマはこういって、いっしょにキツネの穴《あな》へいって、なかをのぞきこみました。  ところが、クマも、火のような目玉を見ますと、やっぱりキツネとおなじように、ぞっとしてしまいました。クマは、こんなおそろしいけものを相手《あいて》にする気はありませんので、そのままにげだしました。  すると、ハチがクマにであいました。ハチは、クマがなんだか気分《きぶん》のわるそうなようすをしているのを見て、こういいました。 「おい、クマ公《こう》、いやにきげんのわるい顔をしてるじゃないか。いつもの陽気《ようき》な調子《ちょうし》はどこへやっちゃった。」 「大きな口をききゃあがるな。」 と、クマがこたえました。 「ギョロギョロ目玉のおっそろしいけものが、キツネのうちんなかにすわりこんでて、おれたちにゃそいつを追いだすことができねえんだ。」  すると、ハチはいいました。 「かわいそうになあ、クマ公《こう》。おれなんざ、あわれな、ひょろひょろした虫けらなもんだから、おまえたちなんかおれに目もくれねえだろうが、これでも、おまえたちの手だすけぐらいはできると思うぜ。」  ハチはキツネの穴《あな》へとんでいって、毛《け》をそられて、つるつるしているヤギの頭の上にとまって、いやっというほどさしました。ヤギはとびあがって、メエ、メエなきながら、気がくるったようになって、遠くへにげていってしまいました。  このヤギがどこへかけていったものやら、いまのところでは、だれひとり知っているものはありません。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「「テーブルよ、ごはんの用意《ようい》」と、金貨《きんか》をうむロバと、「こん棒《ぼう》、ふくろから」」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2023年8月14日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。