ヘンゼルとグレーテル グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)貧乏《びんぼう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》の [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ききん[#「ききん」に傍点] -------------------------------------------------------  ある大きな森のはずれに、ひとりの貧乏《びんぼう》な木こりが、おかみさんと、ふたりの子どもといっしょに住んでいました。ふたりの子どもは、男の子がヘンゼル、女の子はグレーテルといいました。この木こりは、ふだんでもろくに食べるものがありませんでしたが、ある年、国じゅうに大《だい》ききん[#「ききん」に傍点]がおこったため、こんどは、まい日のパンさえ食べることができなくなりました。木こりは、晩《ばん》に寝床《ねどこ》へはいってからも、あれやこれやと考えると、心配《しんぱい》で心配でねむることもできず、ねがえりばかりうっていました。そしてそのあげくに、ため息《いき》をつきつき、おかみさんにいいました。 「これからさき、おれたちはどうなるんだ。かわいそうな、あの子らを、どうやってくわせていったもんだろう。おれたちだけでも、くうものがないんだからなあ。」 「じゃ、おまえさん、こうしたらどう。」 と、おかみさんがこたえました。 「あしたの朝、うんとはやく、子どもたちを森のなかへつれだして、いちばん木のたてこんでいるとこまでつれていくんだよ。そしたら、そこで、たき火をおこして、ふたりにパンをひときれずつやっておいてさ、わたしたちゃしごとにでかけて、ふたりはそのままおいてきぼりにしちまうんだよ。そうすりゃ、かえり道なんかわかりっこないんだから、それでやっかいばらいというわけさ。」 「そいつあ、いけねえよ、おめえ。」 と、木こりはいいました。 「そんなこたあ、おれにゃあできねえ。子どもらを森のなかにすててくるなんて、とてもそんな気にゃあなれねえ。そんなことをしようもんなら、すぐに森のけだものがとびだしてきて、あのふたりをずたずたにひきさいちまわあな。」 「おまえさんは、なんてばかなんだい。」 と、おかみさんはいいました。 「そんなことをいってりゃ、わたしたちゃ四人とも、ひぼしになって、死《し》んじまうじゃないか。まあ、棺《かん》おけの板でもけずっとくがいいさ。」  おかみさんはこういって、それからも、なんのかんのとうるさくいいたてますので、とうとう、木こりも承知《しょうち》してしまいました。 「だが、やっぱり子どもらがかわいそうだなあ。」 と、木こりはいいました。  ふたりの子どもたちは、おなかがすいてねむれませんので、いま、まま[#「まま」に傍点]母がおとうさんに話していたことを、のこらずきいてしまいました。グレーテルはしくしく泣《な》きだして、 「あたしたち、もうだめね。」 と、ヘンゼルにむかっていいました。 「しっ、だまって、グレーテル。」 と、ヘンゼルはいいました。 「だいじょうぶだよ。ぼくがきっとうまくやってみせるから。」  やがて、おとうさんとおかあさんがねてしまいますと、ヘンゼルはそっとおきあがり、じぶんの上着《うわぎ》をきました。それから、くぐり戸をあけて、こっそりとおもてにでていきました。ちょうど、お月さまが明るくてっていて、うちのまえにしいてある白い小石が、まるで銀貨《ぎんか》のように、きらきらひかっていました。ヘンゼルはそこにかがみこんで、その小石を上着《うわぎ》のポケットにいっぱいつめられるだけつめこみました。それから、うちにもどって、グレーテルに、 「もうだいじょうぶだよ。ゆっくりおやすみ。ぼくたちには、神《かみ》さまがついていてくださるよ。」 と、いいました。そして、じぶんも、また寝床《ねどこ》のなかにはいりました。  夜《よ》があけると、まだお日さまがのぼらないうちに、もうおかみさんがやってきて、ふたりの子どもをたたきおこしました。 「さあ、おきるんだよ。なんてなまけものなんだい、おまえたちは。みんなで森へいって、たきぎをひろうんだよ。」  こういって、おかみさんはふたりにパンをひときれずつやりながら、 「これはお昼のおべんとうだよ。だから、お昼にならないうちに、食べるんじゃないよ。あとは、もうなんにもないんだからね。」 と、いいきかせました。  パンは、ふたつともグレーテルがまえかけの下にしまいました。だって、ヘンゼルはポケットにいっぱい小石をつめこんでいましたからね。それから、みんなで森にでかけました。すこしいくと、ヘンゼルは立ちどまって、うちのほうをふりかえってみました。それからも、なんべんもなんべんも立ちどまっては、ふりかえってみました。それを見て、おとうさんがいいました。 「ヘンゼル、なにをそんなに立ちどまって、ながめているんだ。ぼんやりしないで、足もとに気をつけろよ。」 「ああ、おとうさん。」 と、ヘンゼルはいいました。 「ぼくの白ネコを見てるんですよ。あいつ、屋根《やね》の上にのぼって、ぼくにさようならって、いおうとしてるんですよ。」  すると、おかみさんが、 「ばかだね、あれはおまえのネコなんかじゃないよ。えんとつに朝日があたってるんじゃないか。」 と、いいました。  けれども、ヘンゼルは小ネコなんかを見ていたのではありません。立ちどまるたびに、あのぴかぴかひかる小石を、ポケットからとりだしては、道みちおとしていたのでした。  みんなが、森のまんなかまできたとき、おとうさんは、 「おい、ヘンゼルにグレーテル、おまえたちはたきぎをあつめておいで。寒くないように、おとうさんが火をたいてやるからな。」 と、いいました。  そこで、ヘンゼルとグレーテルは、小枝《こえだ》を山ほどもたくさんあつめてきました。小枝の山に火がついて、ぱあっともえあがると、おかみさんがいいました。 「じゃ、おまえたちはこのたき火のそばにすわって、やすんでおいで。わたしたちはもっとおくへはいっていって、木を切ってくるからね。しごとがおわったら、もどってきて、いっしょにつれてかえってやるよ。」  ヘンゼルとグレーテルはたき火のそばにすわって、あたたまっていました。お昼になると、めいめい、もらった小さなパンを食べました。そのあいだじゅう、ずうっと、木を切るおのの音がきこえていましたので、おとうさんはすぐ近くにいるものとばかり思っていました。ところがそれは、おので木を切る音ではなくて、おとうさんが枯《か》れ木《き》をしばっておいた枝《えだ》が、風にゆられて、あっちにぶっつかり、こっちにぶっつかる音だったのです。  こうしてふたりは、いつまでもおとなしくすわっているうちに、だんだんくたびれてきて、いまにもまぶたがくっつきそうになりました。そして、とうとう、ぐっすりとねむりこんでしまいました。やっと目がさめたときには、もう、まっくらな夜になっていました。グレーテルはしくしく泣《な》きだしました。そして、にいさんに、 「どうしたら、あたしたち、森からでられる?」 と、いいました。  けれども、ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、 「もうちょっとお待《ま》ちよ。お月さまがでてくれば、きっと道がわかるから。」 と、いいました。  そのうちに、まんまるいお月さまがのぼりました。それで、ヘンゼルは妹の手をとって、おとしておいた小石をたよりに、歩いていきました。小石は、あたらしい銀貨《ぎんか》みたいにぴかぴかひかって、ふたりに道をおしえてくれました。ふたりは、ひと晩《ばん》じゅう歩きつづけて、夜《よ》のあけるころに、やっとおとうさんの家にかえってきました。ふたりはトン、トン、戸をたたきました。おかみさんがあけてみますと、ヘンゼルとグレーテルでしたので、 「しょうのない子どもたちだねえ。いつまで森のなかでねこんでいるんだい。おまえたちは、もう、うちにかえってくるのがいやになったのかと思ってたとこさ。」 と、いいました。  けれども、おとうさんのほうは、ふたりをおきざりにしてきたのが、気になって気になってしかたがありませんでしたので、ふたりがかえってきたのを心からよろこびました。  それからまもなく、またくらしがこまって、どうにもならなくなりました。子どもたちは、ある晩《ばん》、おかあさんが寝床《ねどこ》のなかでおとうさんにむかって、こういっているのをききました。 「また、なにもかも食べつくしちまって、あとはパンが半きれのこってるだけだよ。それを食べちまえば、もうおしまいさ。どうしたって、子どもたちを追《お》っぱらうよりほかないよ。こんどは、どうしてもかえり道がわからないように、もっと森のおくまでつれていこうよ。そうでもしなくっちゃ、わたしたちはたすかりようがないもの。」  おとうさんのほうはひどく心配《しんぱい》して、 (それなら、おれのさいごのぶんは、子どもたちとわけて食べるほうがましだ。) と、思いました。  ところが、おかみさんは木こりのいうことなどは、まるで耳にもいれません。ただ、がみがみどなったり、ののしったりするばかりでした。いったんやりだしたことは、どうしてもあとをつづけなければならないものです。この木こりも、さいしょにおかみさんのいうことをきいてしまったものですから、こんども、おかみさんのいうなりにしなければならなくなりました。  ところで、子どもたちはまだ目がさめていて、この話をぜんぶきいていました。おとうさんとおかあさんがねてしまいますと、ヘンゼルはそっとおきあがりました。また、このまえのときのように、おもてへいって、小石をひろおうと思ったのです。ところが、こんどは、おかみさんが戸にかぎをかけてしまったものですから、ヘンゼルはおもてへでることができませんでした。それでも、ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、いいました。 「泣《な》くんじゃないよ、グレーテル。いいから、ぐっすりおやすみ。神《かみ》さまは、きっとぼくたちをたすけてくださるよ。」  あくる朝はやく、おかみさんがやってきて、子どもたちを寝床《ねどこ》からつれだしました。ふたりはパンをひときれずつもらいましたが、それはこのまえのときのよりももっと小さいものでした。ヘンゼルは、森へいく道みち、それをポケットのなかで小さくちぎりました。そして、ときどき立ちどまっては、パンくずを地《じ》べたにおとしていきました。 「ヘンゼル、おまえは、なんだってそう立ちどまっちゃ、うしろをふりむいてばかりいるんだ。」 と、おとうさんがいいました。 「さっさと歩きな。」 「ぼくのハトを見ているんですよ。ほら、あいつ、屋根《やね》の上にとまって、ぼくにさよならっていおうとしているんですもの。」 と、ヘンゼルはこたえました。 「ばかだね。」 と、おかみさんがいいました。 「あれはハトなんかじゃないよ。朝日がえんとつにあたって、ひかってるんじゃないか。」  それでも、ヘンゼルは、すこしずつパンくずをおとしていって、とうとうすっかりおとしきってしまいました。  おかみさんは子どもたちを、もっともっと森のおくへ、生まれてからまだきたこともないほど森のおくまで、つれていきました。そこで、こんども、どんどん火をおこしました。そして、おかみさんは、 「おまえたちはここにおいで。くたびれたら、すこしねてもいいよ。わたしたちはおくへいって、木を切ってるからね。夕がた、しごとがおわったら、ここへもどってきて、いっしょにつれてかえってやるよ。」 と、いいました。  お昼になると、グレーテルはじぶんのパンをヘンゼルにもわけてやって、ふたりで食べました。だって、ヘンゼルはじぶんのパンを道にまいてきてしまいましたからね。食べおわると、ふたりはねむりました。  やがて、晩《ばん》になりましたが、このかわいそうな子どもたちのところへは、だれもきませんでした。ふたりは、まっくらな夜になってから、やっと目がさめました。ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、 「グレーテル、お月さまがでるまで待《ま》っておいで。お月さまがでりゃ、ぼくがおとしておいたパンくずが見えるからね。それについていけば、だいじょうぶ、うちにかえれるさ。」 と、いいました。  お月さまがのぼると、ふたりはでかけました。けれど、いくらさがしても、パンくずはどこにも見あたりません。それもそのはずです。森や野原をとびまわっている、何千ともしれない鳥たちが、きれいにひろってしまったんですからね。ヘンゼルはグレーテルに、 「道はきっと見つかるよ。」 と、いいましたが、どうしても見つかりませんでした。  ふたりはひと晩《ばん》じゅう歩いて、そのつぎの日も朝から晩まで歩きつづけましたが、それでも、森のそとにでることはできませんでした。それに、おなかがすいてたまりません。なにしろ、地《じ》べたにはえている野《の》イチゴを、二つ三つ口にしただけなんですからね。それで、ふたりはくたびれきって、もうどうにも歩くことができなくなりました。そこで、一本の木の下に横になって、そのまま、ぐっすりねむってしまいました。  こうして、ふたりがおとうさんの家をでてから、もう三日めの朝になりました。ふたりはまた歩きだしましたが、ますます森のおくへまよいこむばかりでした。このようすでは、もしだれかが、たすけにきてくれなければ、ふたりはつかれはてて、死《し》ぬよりほかはありません。  ちょうどお昼ごろのことでした。雪のようにまっ白な、美しい一|羽《わ》の小鳥《ことり》が、木の枝《えだ》にとまって、それはそれは美しい声で歌をうたっていました。ふたりは思わず立ちどまって、うっとりときいていました。小鳥はうたいおわると、はばたきをして、ふたりのさきにたって、とんでいきました。ふたりがその小鳥《ことり》のあとについていきますと、やがて、かわいいうちのまえにでました。小鳥はそのうちの屋根《やね》にとまりました。ふたりがそのすぐそばまで近づいてみますと、おどろいたことには、そのかわいいうちはパンでつくってあって、屋根はおかしでできているではありませんか。おまけに、窓《まど》はすきとおるようなおさとうです。 「さあ、食べようよ。」 と、ヘンゼルはいいました。 「ごちそうになるんだ。ぼくは屋根をすこし食べるぜ。グレーテル、おまえは窓を食べるといいよ。あれはあまいから。」  ヘンゼルは手をぐっと高くのばして、屋根をすこしかきとり、どんな味《あじ》がするか、食べてみました。グレーテルは窓ガラスにからだをくっつけて、ポリポリかじりだしました。すると、へやのなかからかすかな声がしました。 [#ここから4字下げ] ポリポリ モリモリ かじるぞかじる わたしのうちをかじるな だれだ [#ここで字下げ終わり]  子どもたちは、 [#ここから4字下げ] 風だよ 風だよ 天の子だよ [#ここで字下げ終わり] と、こたえておいて、おかまいなしに、どんどん食べました。ヘンゼルは、屋根《やね》がとってもおいしかったので、大きいのをひとつそっくりかきとりました。グレーテルも、まるい窓《まど》ガラスを一|枚《まい》そっくりはずして、すわりこんで、食べはじめました。  そのとき、ふいに戸があいて、なかからよぼよぼに年をとった、ばあさんが、つえにすがって、よちよちでてきました。ヘンゼルとグレーテルは、びっくりして、両手にかかえていたごちそうを、思わずとりおとしてしまいました。ばあさんは頭をゆすりながら、 「おお、かわいい子どもたちだ。ここまでだれにつれてきてもらったんだね。さあ、さあ、なかへおはいり。いつまでもここにおいで。そうすりゃ、心配《しんぱい》なことはなんにもないからね。」 と、いいました。  ばあさんはふたりの手をとって、小さいうちのなかへつれていきました。へやのなかへはいると、ばあさんは、ミルクだの、さとうのついたおかしだの、リンゴだの、クルミだの、おいしそうなごちそうを、テーブルの上にいっぱいならべました。ごちそうを食べおわると、かわいい、きれいなふたつのベッドに白い敷布《しきふ》をかけてもらって、ふたりはそのなかに横になりました。ふたりは、まるで天国《てんごく》にでもいるような気持ちでした。  このばあさんは、見たところは、いかにもしんせつそうでしたが、ほんとうはわるい魔法使《まほうつか》いで、子どもたちがくるのを待《ま》ちかまえていたのでした。それで、ふたりをおびきよせるために、パンの家もこしらえたというわけです。ばあさんは、子どもならだれでもつかまえたがさいご、その子を殺《ころ》して、煮《に》て、食べてしまうのです。ですから、そういう日は、ばあさんにとってはおまつりのようにたのしい日になるのでした。  魔法使《まほうつか》いというものは、赤い目をしていて、遠くのほうは見えません。そのかわり、けもののように鼻《はな》がよくきくので、人間がそばへくると、すぐにそれをかぎつけます。ヘンゼルとグレーテルが近くへきたときも、いじわるそうにわらって、 「あのふたりはつかまえたぞ。にげようったって、にがすもんか。」 と、あざけるようにいったのでした。  つぎの朝はやく、まだ子どもたちが目をさまさないうちに、ばあさんはもうおきだしました。そして、ふたりが、まんまるの、赤いほっぺたをして、かわいらしく、すやすやとねむっているすがたを見ますと、 「こいつは、いいごちそうにならあね。」 と、つぶやきました。  それから、ばあさんはやせこけた手でヘンゼルをつかまえると、小さい小屋《こや》のなかにつれていって、格子戸《こうしど》をピシャンとしめてしまいました。ですから、ヘンゼルがいくらわめいても、なんにもなりませんでした。それから、ばあさんはグレーテルのところへいって、ゆりおこしました。そして、 「さっさとおきるんだ、なまけものめ。水をくんできて、おまえのにいさんに、なんかうまいものでもこしらえてやんな。あいつは、そとの小屋《こや》にいるがな、せいぜいふとらせてやるんだ。ふとったところで、このあたしがごちそうになるのさ。」 と、どなりつけました。  グレーテルは、わあっとはげしく泣《な》きだしました。でも、いまとなっては、どうしようもありません。グレーテルは、わるい魔法使《まほうつか》いのいうとおりのことをしなければなりませんでした。  こうして、かわいそうなヘンゼルは、いちばんじょうとうのごちそうをもらいましたが、それにひきかえ、グレーテルのほうは、ザリガニのこうら[#「こうら」に傍点]をもらったきりでした。まい朝まい朝、ばあさんは小屋《こや》のところへいって、 「ヘンゼル、指をだしな。ぼつぼつ、ふとってきたかどうか、さわってみるんじゃ。」 と、わめきました。  いわれて、ヘンゼルは、食べのこしの骨《ほね》を一本、ばあさんのほうへつきだしました。ところが、ばあさんは目がかすんでいましたので、骨とは気がつかずに、それをヘンゼルの指だとばかり思いこみました。そして、ヘンゼルはどうしてふとらないのかと、ふしぎでふしぎでなりませんでした。  それから、四週間たちましたが、ヘンゼルはあいかわらずちっともふとりません。それで、ばあさんもかんしゃくをおこして、もうこれいじょう、がまんができなくなりました。 「やい、グレーテル。」 と、ばあさんは小さい妹にむかってどなりつけました。 「とんでって、水をくんできな。ヘンゼルのやつめ、やせていようと、ふとっていようと、あしたは、あいつをぶち殺《ころ》して、煮《に》てしまうんだ。」  ああ、かわいそうに、小さい妹は、水をくみにやらされたとき、どんなになげきかなしんだことでしょう。そして、ほおの上を、どんなにたくさんの涙《なみだ》がながれおちたことでしょう。 「ああ、神《かみ》さま、どうかあたしたちをおたすけください。」 と、グレーテルは大声にさけびました。 「こんなことなら、いっそのこと、森のなかでけものに食べられるほうがよかったわ。だって、そんなら、おにいさんといっしょに死《し》ねたんですもの。」 「うるさい。さわぐんじゃない。いくらわめいたって、なんにもなりゃしないんだぞ。」 と、ばあさんはいいました。  つぎの朝はやく、グレーテルはおもてへでて、水をいっぱいいれたおかまをつるし、火をたきつけさせられました。 「さきにパンを焼《や》くんだ。」 と、ばあさんはいいました。 「かまどには、もう火がはいっているし、それに、パン粉《こ》もねってあるんだから。」  ばあさんは、かわいそうなグレーテルを、パン焼きかまどのほうへつきとばしました。かまどからは、もう、ほのおがめらめらともえでています。 「なかにはいこんで、火がよくまわっているかどうか、見るんだ。よかったら、パンをいれるからな。」 と、魔法使《まほうつか》いはいいました。  もしグレーテルがなかにはいったら、ばあさんはかまどのふたをしめてしまうつもりでした。そうすれば、グレーテルはなかで焼《や》き殺《ころ》されてしまいます。そこで、ばあさんはグレーテルをも、ぺろりと食べてしまう腹《はら》だったのです。 「どうやってなかにはいるんですか。」 と、グレーテルはいいました。 「ばかやろう。かまどの口は、こんなに大きいじゃないか。ほれみろ、このわしだってはいれるくらいだ。」  ばあさんは、こういいながら、よちよち歩いていって、かまどのなかに頭をつっこみました。このときとばかり、グレーテルは、どんとばあさんをつきとばしましたから、ばあさんはかまどのずっとおくのほうへとびこんでしまいました。グレーテルはすばやく、鉄《てつ》の戸をバタンとしめて、かけ金《がね》をかけました。ううっ、と、ばあさんはほえだしました。それはそれはものすごいうなり声でした。けれども、グレーテルはどんどんかけていきました。こうして、ばちあたりの魔法使《まほうつか》いは、むごたらしく焼《や》け死《し》んでしまったのです。  グレーテルはすぐにヘンゼルのところへとんでいって、小屋の戸をあけるなり、 「にいちゃん、あたしたち、たすかったわ。魔法使《まほうつか》いのばあさんは、死《し》んじゃったのよ。」 と、さけびました。  戸があいたとたんに、ヘンゼルは、鳥がかごからとびだすように、ぱっととびだしてきました。そのとき、ふたりは、どんなにうれしかったことでしょう。たがいに首《くび》にだきついて、そこらじゅうをかけまわっては、キッスをしあいました。  いまはもう、こわいものはなんにもありません。ふたりは、魔法使《まほうつか》いのうちのなかにずんずんはいっていきました。うちのなかには、真珠《しんじゅ》や宝石《ほうせき》のいっぱいつまった箱《はこ》が、あっちのすみにも、こっちのすみにも、ごろごろしていました。 「これは、小石なんかよりずっといいや。」 と、ヘンゼルはいいながら、ポケットというポケットに、つまるだけつめこみました。すると、グレーテルも、 「あたしもすこし、おみやげにもっていこうっと。」 と、いって、まえかけにいっぱいいれました。 「だけど、もういこうよ。」 と、ヘンゼルはいいました。 「ぼくたち、はやく魔法使《まほうつか》いの森からでるんだ。」  ふたりが二、三時間歩いていきますと、大きな川のほとりにでました。 「これじゃ、むこうへいけやしない。」 と、ヘンゼルがいいました。 「橋《はし》らしいものがなんにもないもの。」 「このへんは、小舟《こぶね》もとおらないのね。」 と、グレーテルはこたえました。 「でも、あそこに、白いカモが一|羽《わ》およいでいるわ。たのんだら、きっとわたしてくれるわよ。」  そこで、グレーテルはカモにむかってよびかけました。 [#ここから4字下げ] かわいい かわいい小ガモさん ここにきたのは ヘンゼルにグレーテル だけどわたれる橋がありません あなたの白いお背中《せなか》に のせてわたしてちょうだいな [#ここで字下げ終わり]  小ガモはすぐにきてくれました。そこで、ヘンゼルがまずその背中にのって、それから、小さい妹にもいっしょにのるようにいいました。けれども、グレーテルは、 「いいえ、そんなにのっちゃ、この小ガモさんにはおもすぎるわ。ひとりずつ、つれてってもらいましょうよ。」 と、いいました。  しんせつな小ガモは、そのとおり、ひとりずつはこんでくれました。こうして、ふたりがぶじにむこう岸にわたって、それから、すこし歩いていきますと、だんだん、見おぼえのある森にきたような気がしてきました。そして、とうとう遠くのほうに、おとうさんのうちが見えはじめました。そのとたんに、ふたりはいっさんにかけだしました。へやのなかへとびこんで、いきなりおとうさんの首《くび》にかじりつきました。  この木こりは、子どもたちを森のなかにすててきてからというものは、ただのいっときも、たのしい気持ちになったことはありませんでした。おかみさんのほうは、すでに死《し》んでいました。  グレーテルがまえかけをふるいますと、真珠《しんじゅ》や宝石《ほうせき》がへやじゅうにころがりでました。つづいて、ヘンゼルもポケットに手をつっこんで、つぎからつぎへと、真珠や宝石をつかみだしては、そこらじゅうにばらまきました。  こうして、心配《しんぱい》なことは、すっかりなくなってしまいました。それからは、みんなで、ほんとうにたのしく、なかよくくらしました。  これで、わたしのお話はおしまいです。ほら、ほら、そこをハツカネズミが一ぴき走っていきますよ。だれでもあのハツカネズミをつかまえた人は、あれで大きな、大きな毛皮《けがわ》のずきんをこしらえてもかまいませんよ。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正:チエコ 2021年8月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。