わらと炭と豆 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)豆《まめ》 -------------------------------------------------------  ある村に、ひとりのまずしいおばあさんが住んでいました。おばあさんは豆《まめ》をひとさらあつめて、煮《に》ようと思いました。そこで、おばあさんはかまどに火をおこす用意《ようい》をしました。そして、火がはやくもえつくように、ひとつかみのわらに火をつけました。  おばあさんが豆をおなべにあけるとき、知らないまに、ひとつぶだけおばあさんの手からすべりおちました。その豆は、床《ゆか》の上のわらのそばに、ころころところがっていきました。すると、すぐそのあとから、まっかにおこっている炭《すみ》がかまどからはねだして、このふたりのところへやってきました。  すると、わらが口をきいて、いいました。 「おまえさんたち、どこからきたんだね。」  炭がこたえました。 「おれは、うまいぐあいに、火のなかからとびだしてきたんだよ。こうでもしなかったら、まちがいなしにおだぶつさ。もえて、灰《はい》になっちまうにきまってるもの。」  こんどは、豆《まめ》がいいました。 「あたしもぶじににげてきたわ。あのおばあさんにおなべのなかへいれられようものなら、ほかのお友だちとおんなじように、なさけようしゃもなく、どろどろに煮《に》られてしまうところだったのよ。」 「おれだって、にたりよったりのめにあってるのさ。」 と、わらがいいました。 「おれの兄弟《きょうだい》たちは、みんなあのばあさんのおかげで、火をつけられて、煙《けむり》になっちまったんだ。ばあさんたら、いっぺんに六十もつかんで、みんなの命《いのち》をとっちまったのさ。おれだけは、運《うん》よくばあさんの指のあいだからすべりおちたからいいけどね。」 「ところで、おれたちはこれからどうしたらいいだろう。」 と、炭《すみ》がいいました。 「あたし、こう思うのよ。」 と、豆《まめ》がこたえました。 「あたしたちは運よく死《し》なずにすんだんですから、みんなでなかよしのお友だちになりましょうよ。そして、ここでもう二度とあんなひどいめにあわないように、いっしょにそとへでて、どこかよその国へでもいきましょう。」  この申《もう》し出《で》は、ほかのふたりも気にいりました。そこで三人は、つれだってでかけました。  やがて、三人は、とある小さな流《なが》れのところにやってきました。見ると、橋《はし》もなければ、わたし板もありません。三人は、どうしてわたったものか、とほうにくれてしまいました。  わらがうまいことを思いついて、いいました。 「おれが横になって、ねころんでやろう。そうすれば、おまえさんたちは橋をわたるように、おれのからだの上をわたっていけるというもんだ。」  こういって、わらはこっちの岸からむこうの岸まで、からだを長ながとのばしました。すると、炭《すみ》は生まれつきせっかちだったものですから、このできたばかりの橋の上を、むてっぽうに、ちょこちょこかけだしました。ところが、まんなかまできて、足の下で水がざあざあながれる音をききますと、どうにもこわくなって、そこに立ちすくんでしまいました。もうひと足もすすむことができないのです。  そのうちに、わらはもえだして、ふたつに切れて、流《なが》れのなかへおっこちました。炭もあとから足をすべらせて、水のなかへおちました。そして、ジュウッといって、命《いのち》をうしなってしまいました。  豆《まめ》は用心ぶかく、まだこっちの岸にのこっていましたが、このできごとを見ますと、おかしくって、わらわずにはいられませんでした。ところが、そのわらいがいつまでたってもとまりません。豆はあんまりひどくわらったものですから、とうとう、パチンとはじけてしまいました。  ですから、もしもこのとき、旅《たび》まわりをしている仕立屋《したてや》さんが、運《うん》よく、この流れの岸べでやすんでいなかったなら、豆《まめ》もほかのふたりとおなじように、死《し》んでしまうところでした。  仕立屋《したてや》さんは、なさけぶかい人でしたから、さっそく針《はり》と糸とをとりだして、豆のからだをぬいあわせてやりました。豆は仕立屋さんに、あつくあつくお礼《れい》をいいました。けれども、仕立屋さんがつかったのは黒い糸でしたので、それからというものは、どの豆にも黒いぬいめがついているのです。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「わらと炭《すみ》と豆《まめ》」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2020年7月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。