白ヘビ グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)習慣《しゅうかん》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 -------------------------------------------------------  いまからずっと、むかしのこと、あるところにひとりの王さまが住んでおりました。その王さまのかしこいことは、国じゅうに知れわたっていました。とにかく、王さまの知らないことは、なにひとつないのです。どんなにないしょのことでも、空をつたわって、王さまのもとに知れるのではないかと思われるほどだったのです。  ところで、王さまにはかわった習慣《しゅうかん》がひとつありました。それは、まい日お昼の食事《しょくじ》がすんでからのことでした。食事のおさらがすっかりさげられて、その場《ば》にだれもいなくなりますと、ひとりの信用《しんよう》のあつい召使《めしつか》いが、いつもきまって、なにかもうひとさらもってくることになっていたのです。けれども、それにはふたがしてありますので、その召使いでさえも、おさらのなかになにがはいっているのか知りませんでした。それに、王さまはひとりきりにならないうちは、けっしてふたをあけて、食べようとはしませんので、だれひとりその中身《なかみ》を知っているものはありませんでした。  こうしたことが、長いあいだつづきました。ある日のこと、おさらをさげた召使《めしつか》いが、どうにも中身《なかみ》を知りたくなって、そのままそのおさらをじぶんのへやにもっていきました。召使《めしつか》いは扉《とびら》を注意《ちゅうい》ぶかくしめてから、ふたをとってみました。と、なかには一ぴきの白ヘビがはいっています。召使いはそれをひと目見ますと、どうしても食べてみたくなりました。そこで、白ヘビをほんのすこし切って、口にいれました。  ところが、どうでしょう、それが舌《した》にさわったとたん、窓《まど》のそとから、やさしい声で、ふしぎな、ひそひそ話をしているのがきこえてきたではありませんか。そばへいって、耳をすましてみますと、それはスズメたちがあつまって、野原や森で見てきたさまざまのことを、たがいに話しあっているのでした。つまり、この召使《めしつか》いはヘビを食べたおかげで、動物たちのことばがわかるようになったのです。  さて、ちょうどこの日に、お妃《きさき》さまのいちばん美しい指輪《ゆびわ》がなくなりました。ところでこの召使いは、どこへでも出入りをゆるされていましたので、この男がぬすんだのではないかといううたがいがかけられました。  王さまは召使《めしつか》いをよびだして、きびしくしかりつけました。そして、もしあしたまでに犯人《はんにん》の名をいうことができなければ、おまえを犯人と考えて罰《ばっ》するぞ、と、おどかしました。召使いが、じぶんに罪《つみ》のないことをいくらもうしたてても、どうにもなりませんでした。召使いは、しかたなくそのままひきさがりました。  召使《めしつか》いは、不安《ふあん》と心配《しんぱい》で胸《むね》をいためながら、中庭《なかにわ》におりて、どうしてこの災難《さいなん》をのがれたものだろうかと、いっしょうけんめい考えていました。そのとき、ふと見ますと、そばの小川の岸にカモたちがのんびりならんで、やすんでいました。カモたちは、くちばしで羽根《はね》をきれいにそろえながら、うちとけた話をしていました。  召使《めしつか》いは立ちどまって、その話にじっと耳をかたむけました。その話というのは、けさはどこをぶらつき歩いたとか、すてきにおいしいえさを見つけたとかいうようなことでした。そのとき、一|羽《わ》のカモが顔をしかめて、 「どうも腹《はら》のなかがおもくるしくてしかたがない。お妃《きさき》さまの窓《まど》の下にあった指輪《ゆびわ》を、あわてて、いっしょにのみこんじまったんだ。」 と、いいました。  それをききますと、召使《めしつか》いはすぐさまそのカモの首《くび》ったまをひっつかみ、台所《だいどころ》へもっていって、料理番《りょうりばん》にいいました。 「こいつを、ひとつ殺《ころ》してくれ。よくふとってるぜ。」 「よしきた。」 と、料理番は、手でカモのめかたをはかってみました。 「よくまあ、ほねおしみをせずにふとったもんだ。もうずいぶんまえから、焼《や》き肉《にく》にされるのを待《ま》っていたんだな。」  料理番がカモの首《くび》をちょんぎって、はらわたをだしてみますと、はたして、胃《い》ぶくろのなかにお妃《きさき》さまの指輪《ゆびわ》がはいっていました。  こうして、召使《めしつか》いは、じぶんに罪《つみ》のない証拠《しょうこ》を、王さまにわけもなく見せることができました。王さまはじぶんのあやまっていたことをつぐなうために、なんでも願《ねが》いをもうしでるがよい、と召使いにいいました。そして、この宮中《きゅうちゅう》でいちばん名誉《めいよ》のある位《くらい》につきたければ、それもかなえてやろうと約束《やくそく》しました。  召使《めしつか》いはそれをみんなことわって、ただ一|頭《とう》の馬と、旅行《りょこう》のためのお金《かね》とをおねがいしました。世《よ》のなかを見物《けんぶつ》して、しばらく世間《せけん》を歩きまわってみたいと思ったのです。この願いがききいれられますと、召使いは旅《たび》にでかけました。  ある日のこと、とある池のそばをとおりかかりました。ふと見ますと、三びきの魚《さかな》がわなにかかって、水をほしがって、さかんにぱくぱくやっていました。  世間の人たちは、魚は口がきけないのだといいますが、召使いの耳には、魚たちがこんなみじめな死《し》にかたをしなければならないのを、なげきかなしんでいるのがきこえました。召使いはなさけぶかい男でしたから、すぐに馬からおりて、つかまっている三びきの魚を、水のなかへはなしてやりました。魚たちはよろこんでピチピチはねまわり、頭を水のおもてにつきだして、 「あなたのことは、けっしてわすれません。かならず、たすけていただいたご恩《おん》がえしはいたします。」 と、召使いにむかってさけびました。  召使《めしつか》いはまた馬をすすめていきました。しばらくすると、足もとの砂《すな》のなかで、なんだか声がするような気がしました。耳をすましてみますと、それはアリの王さまがぶつぶつ不平《ふへい》をいっているのでした。 「なんとかして、人間どもがのろまな動物のからだをふみつけないようにしてくれないものかなあ。そうれ、またまぬけな馬のやつが、あのおもいひづめで、なさけようしゃもなく、わしの家来《けらい》どもをふみつぶしおるわい。」  それをきいて、召使《めしつか》いがわき道へよけてやりますと、アリの王さまは召使いにむかって大きな声でいいました。 「あなたのことはわすれません。きっと、ご恩《おん》がえしをいたします。」  それから、また道をすすんでいきますと、やがて森のなかへはいりました。ふと見ますと、おとうさんガラスとおかあさんガラスが巣《す》のそばに立っていて、子ガラスたちを巣からほうりだしているではありませんか。 「でていけ、このろくでなしども。」 と、おとうさんガラスとおかあさんガラスがどなりました。 「もうこれいじょう、おまえたちに腹《はら》いっぱい食べさせることはできない。おまえたちは、もうそんなに大きくなっているんだから、じぶんたちで食べていくことぐらい、できるはずだ。」  かわいそうな子ガラスたちは地《じ》べたにころがって、小さなつばさをばたばたやりながら、泣《な》きさけびました。 「ぼくたちなんか、まだどうすることもできない子どもだのになあ。ひとりで食べていけなんていわれたって、まだとぶこともできやしないや。ああ、このままうえ死《じ》にするよりほかはない。」  これをきいた人のいい召使《めしつか》いの若者《わかもの》は、馬からおりて、剣《けん》をぬいて馬を殺《ころ》し、それを子ガラスたちのえさにやりました。子ガラスたちはすぐにピョンピョンとんできて、おなかいっぱい食べました。そして、 「あなたのことは、けっしてわすれません。きっと、ご恩《おん》がえしをいたします。」 と、さけびました。  こうなっては、召使いの若者はじぶんの足で歩くよりほかはありません。さんざん歩いたあげく、ようやく、とある大きな町へやってきました。町なかの往来《おうらい》は、おおぜいの人で、ごったがえすようなさわぎでした。そこへ、ひとりの男が馬にのってやってきて、こうふれまわりました。 「お姫《ひめ》さまがおむこさまをさがしていらっしゃる。だが、お姫さまに結婚《けっこん》をもうしこもうと思うものは、むずかしい問題《もんだい》をひとつとかねばならぬ。もしもそれがうまくゆかぬばあいには、命《いのち》はないのじゃ。」  いままでも、たくさんの人たちがこれをやってみたのですが、ただいたずらに命をうしなうばかりでした。ところが、この若者は、お姫さまをひと目見るなり、そのすばらしい美しさに目がくらんでしまいました。そして、あぶないこともすっかりわすれて、王さまのまえにすすみでて、お姫《ひめ》さまをいただきたい、と、もうしでました。  若者《わかもの》は、さっそく海べにつれていかれました。そして、若者の目のまえで金《きん》の指輪《ゆびわ》が海のなかにほうりこまれました。王さまは若者に、この指輪を海の底《そこ》からひろってくるようにといいつけて、さらにつけくわえて、こういいました。 「もしもおまえが、指輪をもたずにあがってきたら、波《なみ》のなかで命《いのち》をおとすまで、なんどでもつきおとされるのだぞ。」  みんなはこの美しい若者を気のどくに思いましたが、やがて、若者をたったひとり海べにのこして、いってしまいました。  若者《わかもの》が岸べに立って、どうしたものかと考えこんでいますと、とつぜん、三びきの魚《さかな》がこっちへむかっておよいできました。見れば、それは、まぎれもなく、いつかたすけてやった魚たちです。まんなかの魚は口に貝をくわえていましたが、それを若者の足もとの波うちぎわにおいていきました。若者がその貝をとりあげて、あけてみますと、そのなかに、金の指輪《ゆびわ》がはいっているではありませんか。  若者はよろこびに胸《むね》をはずませて、それを王さまのところへもっていきました。そして、約束《やくそく》のごほうびがいただけるものと思って、待《ま》っていました。  ところが、気ぐらいの高いお姫《ひめ》さまは、若者がじぶんとおなじ身分《みぶん》のものでないことをききますと、若者をさげすんで、そのまえに、二ばんめの問題《もんだい》をとかなければならない、と、注文《ちゅうもん》しました。お姫《ひめ》さまは庭《にわ》におりていって、キビのいっぱいはいっているふくろを、十ふくろも草のなかにまきちらしました。 「あの男に、このキビを、あしたの朝、日がでるまでに、すっかりひろいあつめさせなさい。ひとつぶでもたりなかったら、だめですよ。」 と、お姫さまはいいました。  若者《わかもの》は庭にすわりこんで、どうしたらこの問題《もんだい》をやりとげることができるだろうかと、いっしょうけんめい頭をひねりました。けれどもなにひとつうまい考えがうかんでこないのです。若者はすっかりしょげかえって、夜あけに死刑《しけい》の場所《ばしょ》へひかれていくのを待《ま》っていました。  ところが、朝のさいしょの光が庭にさしこんだときには、どうでしょう、十のふくろがひとつのこらず、すっかりいっぱいになってならんでいるのです。しかも、ただのひとつぶもかけてはいないのです。それはこういうわけでした。いつかたすけてやったアリの王さまが、夜のうちに何千というアリの家来《けらい》をひきつれてやってきたのです。そして、この恩《おん》をわすれない動物たちは、キビのつぶをせっせとひろいあつめては、ふくろのなかにつめてくれたのでした。  お姫《ひめ》さまはじぶんで庭へおりてきて、若者がいいつけられたことをすっかりやりとげているのを見ますと、びっくりしました。けれども、お姫さまの高慢《こうまん》ちきな気持ちはこれでもまだおさまらず、こんどはこんなことをいいだしました。 「あの男は、たしかにふたつの問題はときました。でも、〈命《いのち》の木〉からリンゴをひとつとってこないうちは、あたしの夫《おっと》にはなれません。」  若者《わかもの》には、命の木がどこにあるのか、見当《けんとう》もつきません。とにかく、旅《たび》にでて、足のつづくかぎり、どこまでも歩いていこうと思いました。といっても、その木を見つけるめあては、まるっきりないのです。  若者は、はやくも三つの国をとおりすぎました。ある晩《ばん》のこと、とある森のなかにはいりこんで、木の下にこしをおろしてねようとしました。そのとき、枝《えだ》のなかでガサガサいう音がしたかと思うと、金《きん》のリンゴがひとつ、若者の手におちてきました。それといっしょに、カラスが三|羽《ば》まいおりてきて、若者のひざにとまって、いいました。 「わたしたちは、うえ死《じ》にしそうになっていたところをたすけていただいた三羽の子ガラスです。大きくなって、あなたが金のリンゴをさがしていらっしゃることをききましたので、海をわたって、命《いのち》の木のはえている世界《せかい》のはてまでとんでいき、そのリンゴをとってきたのです。」  若者《わかもの》は、よろこびいさんでかえりました。美しいお姫《ひめ》さまのところへ金のリンゴをもっていきますと、さすがのお姫さまも、こんどばかりはいいのがれることができなくなってしまいました。  ふたりはその命《いのち》のリンゴをふたつにわけて、いっしょに食べました。すると、お姫さまの心は、若者をすきに思う気持ちでいっぱいになりました。こうして、ふたりは、つつがなくしあわせに、たいそう長生きをしました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正:チエコ 2020年7月27日作成 2023年9月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。