三枚のヘビの葉 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)重荷《おもに》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|枚《まい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)なきがら[#「なきがら」に傍点] -------------------------------------------------------  むかしむかし、ひとりのまずしい男がおりました。その男は、じぶんのたったひとりのむすこさえも、やしなえないようになってしまいました。そこで、むすこがいいました。 「おとうさん、だいぶくらしもくるしくなってきましたね。わたしはおとうさんの重荷《おもに》になるばかりです。いっそ、家をでて、じぶんでなんとかしてパンをかせぐようにしたいと思います。」  そこで、おとうさんはむすこのしあわせをいのって、胸《むね》のつぶれるようなかなしい思いで、むすことわかれました。  ちょうどそのころ、ある強い国の王さまが戦争《せんそう》をはじめました。若者《わかもの》はこの王さまにつかえて、戦場《せんじょう》にでかけました。若者が敵《てき》のまえまできたとき、ちょうどたたかいがはじまりました。そのあぶないことといったらありません。鉄砲《てっぽう》のたまが、豆《まめ》のようにバラバラふってきて、味方《みかた》のものはあっちでもこっちでも、ばったばったとたおれるありさまです。そのうちに、隊長《たいちょう》までも戦死《せんし》してしまいました。ですから、のこったものたちはあわててにげだしました。そのとき、若者がすすみでて、みんなに勇気《ゆうき》をつけて、大声によばわりました。 「おれたちの生まれた国をほろぼすな。」  それをきいて、ほかのものたちも若者《わかもの》のあとにしたがいました。若者は敵《てき》のなかにとびこんで、さんざんに敵をやっつけました。王さまは、たたかいに勝《か》つことができたのはこの若者ひとりのおかげだったときいて、若者をだれよりもとりたてて、たくさんの宝《たから》ものをあたえたうえ、国いちばんの家来《けらい》にしました。  王さまには、ひとりのお姫《ひめ》さまがありました。お姫さまはたいへん美しいかたでしたが、ただ、ひどくかわっていました。なにしろ、このお姫さまが結婚《けっこん》しようと思う相手《あいて》の人は、もしもお姫さまがさきに死《し》んだばあい、お姫さまといっしょに生きうめにされてもかまわないと約束《やくそく》できる人でなければだめだという、かたい誓《ちか》いをたてていたのですからね。 「あたしを心のそこからすいているのなら、あたしが死んだのち、どうして命《いのち》がいりましょう。」 と、お姫さまはいうのでした。  そのかわり、お姫《ひめ》さまもおんなじことをするつもりでした。つまり、もしご主人《しゅじん》のほうがさきに死ねば、お姫さまもいっしょにお墓《はか》のなかへはいる気でいたのです。いままでのところは、このかわった誓《ちか》いをききますと、お姫さまに結婚《けっこん》をもうしこもうと思っていた人も、みんなおそれをなしてしまうのでした。  ところがこの若者《わかもの》は、お姫さまの美しさにすっかり心をうばわれてしまって、ほかのことはなんにも考えず、お姫さまをいただきたい、と、王さまのもとにねがいでました。 「おまえは約束《やくそく》しなければならぬことがあるのだが、それも知っているのかね。」 と、王さまがたずねました。 「もしもわたくしがお姫《ひめ》さまよりあとまで生きておりましたら、お姫さまといっしょに墓《はか》のなかへはいらなければなりません。」 と、若者《わかもの》はこたえていいました。 「しかし、お姫さまをすきに思うわたくしの気持ちは、そのようなことはものともいたしませぬほどにふかいのでございます。」  これをきいて、王さまは承知《しょうち》しました。やがて、ご婚礼《こんれい》の式が、たいそうりっぱにおこなわれました。  それから、ふたりは、しばらくのあいだ、なに不足《ふそく》なく、しあわせにくらしておりました。ところがあるとき、ふと、わかいお妃《きさき》さまがおもい病気《びょうき》にかかりました。どんな医者《いしゃ》でも、お妃さまの病気をなおすことはできませんでした。  こうして、とうとうお妃さまがなくなりますと、わかい王さまは、まえにいやいやながらした約束《やくそく》のことを思いだしました。すると、生きたままお墓《はか》のなかにはいるのが、たまらなくこわくなってきました。といって、いまさらのがれる道もありません。なにしろ、王さまが門という門を番兵《ばんぺい》ですっかりかためさせてしまったのですから、この運命《うんめい》からのがれることはとてもできなかったのです。  いよいよ、お妃《きさき》さまのなきがら[#「なきがら」に傍点]を王家《おうけ》のお墓《はか》にほうむる日がきました。わかい王さまは、いっしょにお墓のなかへつれていかれました。やがて、門にかんぬきがさされ、錠《じょう》がおろされました。  お棺《かん》のそばに、机《つくえ》がひとつありました。その上にあかりが四つと、パンのかたまりが四つ、それにブドウ酒《しゅ》が四本のせてありました。これだけのたくわえがおしまいになれば、わかい王さまはうえ死《じ》にするほかはありません。  わかい王さまはかなしみにうちしずんで、そこにすわっていました。くる日もくる日も、パンをほんのひと口食べ、ブドウ酒をほんのひとしずくのむだけでした。それでもやっぱり、じぶんの死ぬときが、刻一刻《こくいっこく》とせまってくるのがわかりました。  こうして、わかい王さまがぼんやりまえのほうを見つめていたときです。墓穴《はかあな》のすみのほうから一ぴきのヘビがはいだしてきて、お妃《きさき》さまのなきがら[#「なきがら」に傍点]のほうへ近よっていきました。わかい王さまは、ヘビがなきがらをかじりにきたのだろうと思いましたので、剣《けん》をぬいて、いいました。 「わたしの生きているかぎりは、妃のからだにはふれさせぬぞ。」  こういって、わかい王さまはそのヘビを三つに切りすてました。しばらくすると、もう一ぴき、べつのヘビがすみからはいだしてきました。けれども、まえのヘビが三つに切られて、そこに死《し》んでいるのを見ますと、そのままひきかえしていきました。けれども、すぐにもどってきました。みれば、こんどは、みどりの葉を三|枚《まい》、口にくわえています。  そのヘビは、三つに切られているまえのヘビのからだを、ちゃんともとのようにおしつけて、傷口《きずぐち》の上にその葉を一|枚《まい》ずつのせました。と、きれぎれになっていたからだの部分《ぶぶん》が、たちまちつなぎあわさったかと思うと、ヘビはピクピクうごきだして、生きかえったではありませんか。そして、ヘビは二ひきそろっていってしまいました。  葉は地面《じめん》におちたままになっていました。  ふしあわせな王さまは、このありさまをすっかり見ていましたが、いまヘビを生きかえらせたこの葉のもっているふしぎな力が、もしかしたら人間にもききはしないだろうかと、ふと思いつきました。そこで、わかい王さまはその葉をひろいあげ、一|枚《まい》を死《し》んだ人の口の上におき、あとの二枚を目の上にのせてみました。と、どうでしょう、葉っぱをのせたとたんに、はやくも血《ち》が血管《けっかん》のなかをめぐりだして、それがまっさおな顔にのぼって、ふたたび顔に赤みがさしてきたではありませんか。お妃《きさき》さまはそれから息《いき》をして、目をぱっちりとあけて、いいました。 「あらまあ、あたしはどこにいるのでしょう。」 「おまえはわたしのそばにいるのだよ。」 と、わかい王さまはこたえました。  そして、いままでのできごとをのこらずものがたって、じぶんがお妃さまを生きかえらせたことを話しました。それから、わかい王さまはお妃さまにブドウ酒《しゅ》とパンをすこしずつやりました。  やがて、もとのようにからだに力がつきますと、お妃さまは立ちあがりました。そうして、ふたりで扉《とびら》のところへいって、ドンドンたたいて、大声にさけびました。番兵《ばんぺい》がそれをききつけて、王さまにもうしあげました。  王さまはじぶんでおりてきて、扉《とびら》をあけました。すると、ふたりが元気なじょうぶなすがたで立っています。王さまはふたりといっしょによろこびあいました。これで、苦労《くろう》はすっかりなくなってしまったわけです。  さて、あの三|枚《まい》のヘビの葉は、わかい王さまがもってきて、ひとりの家来《けらい》にわたして、いいました。 「これはたいせつにして、いつも肌身《はだみ》はなさずもっていてくれ。またどんなことで、これがわたしたちの役《やく》にたつかもしれぬからな。」  ところで、お妃《きさき》さまのほうは、生きかえってからというもの、心のなかがすっかりかわってしまったのです。じぶんの夫《おっと》を愛《あい》する気持ちなどは、お妃さまの胸《むね》のなかからあとかたもなくきえてしまったようでした。  しばらくたったとき、わかい王さまは海をこえて、じぶんの年とったおとうさまのところへいこうと思いたちました。そこで、お妃《きさき》さまとふたりで船《ふね》にのりこみました。ところが、ひどいことに、お妃さまは、わかい王さまがまごころからじぶんをかわいく思っていてくれるということも、またそのおかげで死《し》なずにすんだということも、すっかりわすれてしまって、船頭《せんどう》がすきになってしまったのです。  そしてある日、お妃さまは、わかい王さまが横になってねむっているのを見すまして、その船頭をよびよせました。そして、じぶんはねむっている王さまの頭をつかみ、船頭《せんどう》には両足をつかませて、ふたりでわかい王さまを海のなかへほうりこんでしまいました。こういうひどいことをしてから、お妃《きさき》さまは船頭にいいました。 「さあ、これからひきかえして、わかい王さまはとちゅうでなくなったともうしあげよう。あたしはおとうさまに、おまえのことをうんとほめたてて、あたしとおまえが夫婦《ふうふ》になって、やがては、おまえが王さまの位《くらい》につけるようにしてあげるよ。」  ところが、あの忠義者《ちゅうぎもの》の家来《けらい》が、このようすをのこらず見ていたのです。家来は、ひとに気づかれないように、親船《おやぶね》からそっと小舟《こぶね》をおろすと、すぐさまそれにのりこんで、主人《しゅじん》のあとを追《お》ってこいでいきました。うらぎりものたちののっている船は、そのままいってしまいました。  忠義な家来は、死《し》んだわかい王さまをすくいあげますと、肌身《はだみ》はなさずもっていた、あの三|枚《まい》のヘビの葉を、わかい王さまの両方の目と口の上にのせました。すると、そのおかげで、わかい王さまはふたたび生きかえりました。  わかい王さまと忠義《ちゅうぎ》な家来《けらい》は、ふたりで、夜を日についで、力のかぎりこぎました。ですから、小舟はとぶように走って、ほかのものよりもさきに、年とった王さまのもとへつきました。王さまはふたりきりでかえってきたのを見ますと、ふしぎに思って、どうしたのかとたずねました。王さまはむすめのやったというひどいおこないのことをききますと、 「わしには、あれがそのようなひどいことをしたとは信《しん》じられん。しかし、まもなく、ほんとうのことがわかろう。」  王さまはこういって、ふたりに、ひとに見られないへやにはいって、だれにも気づかれないようにしろ、といいつけました。  それからまもなく、親船《おやぶね》がかえってきました。この人でなしの女は、いかにもかなしそうな顔つきをして、王さまのまえにやってきました。  王さまはいいました。 「どうしておまえはひとりでかえってきたのだね。おまえの夫《おっと》はどこにいる。」 「ああ、おとうさま。」 と、わるものの女がこたえていいました。 「あたしは、ほんとうにかなしい思いをしながら、もどってまいりました。夫は、航海《こうかい》のあいだに、きゅうに病気《びょうき》になりまして、死《し》んでしまいました。もしこの感心な船頭《せんどう》が手をかしてくれませんでしたら、あたしはとんだめにあうところでした。この人は夫の最期《さいご》のときに、いあわせましたから、なにもかもすっかりお話しすることができます。」 「わしが死んだものを生きかえらせてみせよう。」  王さまはこういって、あのへやをあけて、ふたりにでてくるようにいいつけました。女は夫のすがたをひと目見るなり、まるでかみなりにうたれたようにひざをついて、 「どうかおゆるしください。」 と、おねがいしました。  王さまはいいました。 「ゆるすことはできん。この男は、おまえといっしょに死《し》ぬかくごをして、おまえの命《いのち》をすくったのだ。それなのにおまえは、この男のねているときをねらって、殺《ころ》したではないか。おまえは、じぶんにふさわしいむくいをうけねばならん。」  こうして、女は、手つだいをした男といっしょに、穴《あな》をあけた舟《ふね》にのせられて、海につきだされました。ふたりは、まもなく波間《なみま》にしずんでしまいました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「三|枚《まい》のヘビの葉」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2020年6月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。