いさましい ちびの仕立屋さん グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)仕立屋《したてや》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一本|裁《た》って [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#1段階小さな文字] -------------------------------------------------------  ある夏の朝のことです。ちびの仕立屋《したてや》さんが窓《まど》ぎわの仕立台《したてだい》にむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。  すると、ひとりのお百姓《ひゃくしょう》さんのおかみさんが通りをやってきて、 「じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。」 と、よばわりました。  この声が、ちびの仕立屋《したてや》さんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さんは小さな頭を窓《まど》からつきだして、よびとめました。 「ここへあがってきてくれよ、おかみさん、その荷《に》がからになるぜ。」  おかみさんはおもいかごをかかえて、階段《かいだん》を三つあがって、仕立屋さんのところへきました。そして、いわれるままに、ジャムのつぼをのこらずあけてみせました。仕立屋さんはそのつぼをみんなしらべて、いちいちもちあげては、鼻《はな》をくっつけてみました。そのあげくのはてに、こういいました。 「よさそうなジャムだね、おかみさん。四ロート[#1段階小さな文字](一ポンドの約三十分の一)[#小さな文字終わり]ばかりはかっておくれ。なに、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないよ。」  たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、仕立屋《したてや》さんのくれというだけをはかってわたしましたが、ぷんぷんおこって、ぶつぶついいながらいってしまいました。 「このジャムは、神《かみ》さまがおれにめぐんでくださったんだ。」 と、仕立屋さんは大きな声でいいました。 「これで強い力をさずけてくださるんだ。」  仕立屋さんは戸だなからパンをだしてきて、大きなパンのかたまりからひときれ切りとって、その上にジャムをぬりつけました。 「こいつはにがくはないだろう。だが、食べるまえに、このジャケツをしあげちまおう。」 と、仕立屋さんはいいました。  そこで、仕立屋《したてや》さんはパンをじぶんのわきにおいて、またぬいはじめました。けれども、うれしいものですから、つい、ぬいかたがだんだんあらくなってきました。  そのうちに、ジャムのあまいにおいが、ハエのたくさんとまっている壁《かべ》をつたっていきました。ハエはにおいにさそわれて、パンの上にいっぱいあつまってきました。 「やい、やい、だれがきさまたちにきてくれっていった。」  仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたお客《きゃく》さんたちを追《お》っぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツ語《ご》なんかわかりません。ですから、追《お》いはらわれるどころか、だんだんになかまの数をふやしては、なんどもなんどももどってくるのでした。  こうしているうちに、とうとう、仕立屋《したてや》さんのかんしゃくだま[#「かんしゃくだま」に傍点]が爆発《ばくはつ》しました。仕立屋さんは仕立台《したてだい》の穴《あな》から布《ぬの》きれをつかみだして、 「待《ま》ってろ、こいつをくれてやる。」 と、さけぶがはやいか、そのきれで思いきってハエをたたきました。  仕立屋さんがきれをとってかぞえてみますと、ちょうど七ひきのハエが目のまえに死《し》んで、手足をのばしています。 「なんて弱虫《よわむし》なんだ。」 と、仕立屋さんはいって、じぶんのいさましいのに、われながら感心してしまいました。 「こいつは、町じゅうに知らせてやろう。」  そこで、仕立屋《したてや》さんはおおいそぎで、帯《おび》を一本|裁《た》って、ぬいあげました。そしてそれに、大きな字で、「ひと打《う》ちで七つ」と、ししゅうをしました。  ところが、仕立屋さんは、 「ふん、町なんかなんだい。世界《せかい》じゅうに知らせてやるんだ。」 と、いいました。  仕立屋さんの心臓《しんぞう》は、うれしすぎて、まるで小ヒツジのしっぽみたいに、ぴくぴくうごいていました。  仕立屋《したてや》さんはその帯《おび》をこしにまきつけました。これから、世《よ》のなかへでていこうというのです。だって、こんなしごと場《ば》なんか、じぶんのいさましさにくらべれば、あんまり小さすぎますもの。  でかけるまえに、仕立屋さんは、なにかもっていけるものはないだろうかと、うちのなかをさがしてみました。けれども、古いチーズがひとかけらしか見つかりませんでした。それで、そのチーズを、仕立屋さんはポケットにつっこみました。  町はずれの門のところで、一|羽《わ》の鳥がやぶのなかにはいって、でられなくなっているのを見つけました。これもチーズといっしょに、ポケットにつっこみました。  それから、仕立屋さんは、いさましく、大またに歩いていきました。身《み》がかるくて、すばしこいので、ちっともつかれませんでした。  そのうちに、道は山へさしかかりました。てっぺんについてみますと、そこには雲つくような大男がすわっていて、いかにものんびりとあたりをながめていました。仕立屋さんは勇気《ゆうき》をだして、その大男のほうへ歩いていって、よびかけました。 「やあ、どうだね、きょうだい。おまえさんはそこにすわりこんで、ひろい世間《せけん》をながめているってわけかい。おれもちょうどそのひろい世のなかへでていこうってとこさ。運《うん》だめしでもしようと思ってね。おまえさん、いっしょにいく気はないかい。」  大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、 「きさま、どこの馬のほね[#「ほね」に傍点]だ。みっともない野郎《やろう》だな。」 と、いいました。 「なんだと。」  仕立屋《したてや》さんはこういって、上着《うわぎ》のボタンをはずして、大男にあの帯《おび》を見せました。 「こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。」  大男は「ひと打《う》ちで七つ」と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうち殺《ころ》したのは、てっきり人間だと思いました。それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、と腹《はら》のなかで思いました。そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。 「きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。」 と、大男がいいました。 「なんだ、たったそれっきりかい。おれにとっちゃ、そんなこたあ、お茶《ちゃ》の子《こ》だ。」  仕立屋《したてや》さんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。 「どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。」 と、仕立屋さんはいいました。  大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。 「さあ、ひよっこ野郎《やろう》、おれのまねをしてみな。」 「うまくほうったな。」 と、仕立屋《したてや》さんがいいました。 「だが、あの石は地面《じめん》へおっこってきたじゃあないか。おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。」  仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。  鳥は自由《じゆう》になったのをよろこんで、空へのぼっていきました。そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。 「おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。」 と、仕立屋《したてや》さんがたずねました。 「ちょいとばかしなげるなあ、きさまも。」 と、大男がいいました。 「だが、こんどは、きさまにまともなものがかつげるかどうか、ためしてみようじゃないか。」  大男は仕立屋さんを、大きなカシの木が地《じ》べたにたおれているところへつれていきました。そして、 「きさまにほんとうに力があるんなら、おれに手をかして、この木を森のそとまではこびだしてくれ。」 と、さそいかけました。 「いいとも。」 と、ちびさんはこたえました。 「それじゃあ、おまえは幹《みき》のところをかつぎな。おれは大枝《おおえだ》を小枝ごとかつぐからな。なんてったって、こいつがいちばんほねのおれるしごとさ。」  こういわれて、大男は幹をかつぎあげました。ところが仕立屋《したてや》さんは、すましたもので、大枝の上にこしかけました。大男はうしろをふりむくことができませんから、大きな木をまるごと、おまけに仕立屋さんまでもいっしょにかついでいかなければなりませんでした。  うしろにのった仕立屋さんは、まことにごきげんで、陽気《ようき》なものでした。木をかつぐのなんか、まるで子どものあそびだとでもいうように、 [#ここから4字下げ] お馬にのった仕立屋《したてや》さん 三人そろって町からでていった [#ここで字下げ終わり] と、小唄《こうた》を口笛《くちぶえ》でふいていました。  大男はかなりのあいだおもい荷物《にもつ》をひきずっていきましたが、もうどうにもそれいじょうすすめなくなりましたので、 「おい、木をおとすぞ。」 と、どなりました。  仕立屋《したてや》さんはひらりととびおりて、両腕《りょううで》で木をかかえました。こうして、いままでずっとかかえていたような顔をして、大男にむかって、 「おまえさんは大きなずうたい[#「ずうたい」に傍点]をしているくせに、こんな木ひとつ、かつげないのかい。」 と、いいました。  ふたりは、それからまた、いっしょに歩いていきました。やがて、一本のサクラの木のそばをとおりかかりました。すると、大男はじゅくしきったサクランボのなっている木のてっぺんを、ひょいとつかんで、ひきおろしました。そしてそれを仕立屋《したてや》さんの手にもたせて、サクランボを食べるようにいいました。でも、ちびの仕立屋さんでは、とてもその木をおさえているだけの力がありません。ですから、大男が手をはなしますと、とたんに木ははねかえって、それといっしょに、仕立屋さんも空へはねとばされてしまいました。  それでも、仕立屋さんがけが[#「けが」に傍点]ひとつしないで、おちてきますと、大男はいいました。 「なんだ、きさまには、こんなほそい枝《えだ》をおさえているだけの力もないのか。」 「力がないんじゃない。」 と、仕立屋さんがいいました。 「おまえさん、ひと打《う》ちで七つもやっつけた男に、こんなことがものの数にはいるとでも思ってるのかい。おれはな、下で猟師《りょうし》がやぶんなかへ鉄砲《てっぽう》をうってるから、ちょいと木をとびこえただけなのさ。おまえさん、できるなら、おれのまねをしてとんでみな。」  大男はやってみましたが、木をとびこすことができないで、枝《えだ》のあいだにひっかかってしまいました。こんなわけで、こんどもまた仕立屋《したてや》さんの勝《か》ちになりました。  大男はいいました。 「おまえがそれほどいさましい男だというんなら、いっしょにおれたちの岩屋《いわや》へきて、とまってみろ。」  仕立屋さんは、待《ま》ってましたとばかりに、大男のあとについていきました。  岩屋についてみますと、そこには、ほかの大男たちが火のそばにすわりこんで、めいめい丸焼《まるや》きにしたヒツジを一ぴきずつ手にもって、むしゃむしゃ食べていました。  仕立屋さんはあたりを見まわして、 (こりゃ、おれのしごと場《ば》よりずっとひろいや。) と、思いました。  さっきの大男は、仕立屋さんに寝床《ねどこ》をひとつきめてやって、 「それにもぐりこんで、ゆっくりねろ。」 と、いいました。  でも、ちびの仕立屋《したてや》さんには、その寝床《ねどこ》は大きすぎました。ですから、仕立屋さんはなかへはもぐりこまずに、ほんのすみっこにはいこんでいました。  ま夜中《よなか》ごろ、大男は、仕立屋さんがもうぐっすりねこんでいるものと思いました。そこで、大男はそっとおきあがって、大きな鉄《てつ》の棒《ぼう》をひっつかみ、それで仕立屋さんのねている寝床をひとつ、ガンとなぐりつけました。そして、これで、あのバッタみたいなちびすけの息《いき》の根《ね》をとめたつもりでいました。  朝はやく、大男たちは森へでかけましたが、仕立屋《したてや》さんのことなんか、もうすっかりわすれていました。ところがそこへ、ひょっこり、仕立屋さんがいかにもゆかいそうに、へいきな顔をしてやってきましたので、大男たちはびっくりぎょうてんしました。そして、仕立屋さんがじぶんたちみんなをなぐり殺《ころ》すのではないかと思うと、こわくなって、おおあわてでにげていきました。  仕立屋さんは、じぶんのとんがった鼻《はな》のむくほうへ、ずんずん歩いていきました。長いあいだ歩いたのち、とある王さまのお城《しろ》の庭《にわ》にはいりこみました。仕立屋さんは、ひどくくたびれていましたので、草のなかにねころんで、そのままねむりこんでしまいました。  こうしてねているあいだに、お城の人たちがやってきて、四方八方《しほうはっぽう》から仕立屋さんをながめまわしました。そして、帯《おび》に「ひと打《う》ちで七つ」と書いてあるのを読みました。 「はてと、こんな平和《へいわ》なときに、この大力《だいりき》の豪傑《ごうけつ》はここでなにをしようというのだろう。」 と、みんなは口ぐちにいいました。 「これはきっと、えらいさむらいにちがいない。」  みんなは王さまのところへいって、このことを話しました。そして、 「もし戦争《せんそう》でもはじまりますと、これは、きっとたいせつな、役《やく》にたつ人になると思います。ですから、どんなことをしても、よそへおやりにならぬほうがよろしゅうございます。」 と、意見《いけん》をもうしあげました。  王さまも、この忠告《ちゅうこく》をきいて、もっともなことだと思いましたので、仕立屋《したてや》さんのところへおつきのものをひとりやりました。その男は、仕立屋さんが目をさましたら、さむらいになって、王さまにつかえるようにすすめろ、といいつかったのです。  使《つか》いのものは、ねむっている仕立屋さんのそばに立って、待《ま》っていました。やがて、ようやくのことで、仕立屋さんが、うんとひとつのび[#「のび」に傍点]をして、目をあけました。そこで、使いのものは、王さまからいいつかってきたことをもうしでました。 「いや、そのためにこそ、わたしはこの国へまいったのです。いつでもよろこんで、王さまにおつかえいたします。」 と、仕立屋さんはこたえました。  こうして、仕立屋さんはうやうやしくむかえられました。そして、とくべつの住まいをひとついただきました。  ところが、ほかのさむらいたちにとっては、仕立屋さんがじゃまでなりません。みんなは、こんなちびすけはどこか千マイルも遠くへいっちまえばいいのに、とひそかに思っていました。 「いったい、どうなるんだ。」 と、みんなはいいあいました。 「おれたちがあいつとけんかをはじめるとする。あいつが切りかかる。すると、ひと打《う》ちで七人やられてしまう。それじゃ、とてもかなわん。」  そこで、みんなはかくごをきめて、そろって王さまのまえにでて、おいとまごいをしました。 「わたくしどもは、ひと打ちで七人もうちたおすような男とは、とてもいっしょにはおられません。」 と、みんなはもうしました。  王さまは、たったひとりのために、忠義《ちゅうぎ》な家来《けらい》をのこらずうしなってしまうのをかなしく思いました。そして、 (いっそのこと、こんな男が目にとまらなければよかったのだ。できることなら、ひまをやりたいものだ。) と、考えました。  でも、王さまには、思いきってひまをやるだけの勇気《ゆうき》もありませんでした。なぜって、もしそんなことをしようものなら、この男が家来《けらい》もろとも王さまをうち殺《ころ》して、かわりに王さまの位《くらい》につきはしないかと、それが心配《しんぱい》でならなかったのです。  王さまは、長いこと、ああでもない、こうでもないと考えぬいたすえ、ようやくうまいくふうを思いつきました。そこで、仕立屋《したてや》さんのところへ使《つか》いをやって、こういわせました。 「あなたが世《よ》にもすぐれた豪傑《ごうけつ》であるのを見こんで、ぜひたのみたいことがある。じつは、この国のある森のなかに、大男がふたり住んでいて、ものはぬすむし、人は殺《ころ》すし、火はつけるし、とにかくひどい悪事《あくじ》ばかりはたらいているのだ。この男たちに近づくと、どんなものでも命《いのち》があぶない。もしこのふたりの大男をやっつけて、殺してくれれば、王さまのひとりむすめを妻《つま》にあげるし、国の半分《はんぶん》を持参金《じさんきん》としてあげよう。なお、馬にのったさむらいを百人あなたにつけてやって、すけだちさせる。」 (こいつは、おれのような男にとって、やりがいのあるしごとだぞ。) と、仕立屋さんは心に思いました。 (美しいお姫《ひめ》さまと国を半分か、そうざらにあるしごとじゃあないな。)  そこで、仕立屋さんはへんじをしました。 「いいですとも。大男どもは、かならずわたしがやっつけておめにかけます。百人のさむらいはいりません。ひと打《う》ちで七つをやっつける男には、ふたりぐらい、ものの数ではありません。」  ちびの仕立屋さんは、のこのこでかけていきました。百人のさむらいたちは、馬にのって、あとからついていきました。森のはずれまできますと、仕立屋さんはおともの人たちにいいました。 「いいから、ここで待《ま》っていてくれ。おれひとりで、かならず大男どもをかたづけてみせるから。」  それから、仕立屋《したてや》さんは森のなかにとびこんで、右や左を見まわしました。しばらくたったとき、ふたりの大男のすがたが目にとまりました。大男どもは、とある木の下にねころんで、ねむっています。ところが、そのものすごいいびき[#「いびき」に傍点]のために、木の枝《えだ》が上下にゆれています。  それを見て、仕立屋《したてや》さんは、すばやく両方のポケットに石をいっぱいつめこんで、その木によじのぼりました。木のなかほどまでのぼりますと、するすると一本の大枝《おおえだ》をつたって、ちょうどねむっている大男たちのま上のところまできて、そこにこしをおろしました。そして、かたいっぽうの大男の胸《むね》の上に、石をつぎつぎとおとしはじめました。  その大男は長いこと気がつきませんでしたが、それでもとうとう目をさまして、なかまをつっついて、いいました。 「なんでおれをなぐるんだ。」 「おまえ、夢《ゆめ》でも見たんだろう。おれはなぐりゃあしねえもの。」 と、相手《あいて》の男はこたえました。  それから、ふたりはまたぐうぐうねこんでしまいました。仕立屋さんは、こんどは、もういっぽうの大男をめがけて、石をひとつおとしました。 「なにをしやがる。」 と、その大男がどなりました。 「なんでおれに石をぶっつけるんだ。」 「おれはなんにもぶっつけやしねえよ。」 と、さいしょの大男がこたえて、なにかぶつぶついいました。  ふたりはちょっとのあいだ口げんかをしていましたが、つかれきっていましたので、まもなくなかなおりをして、またまたねこんでしまいました。  そこで、仕立屋《したてや》さんはまたもやいたずらをはじめました。こんどは、いちばん大きい石をえらびだして、そいつをさいしょの大男の胸《むね》をめがけて、力いっぱいぶっつけました。 「なんてえひでえことをするんだ。」  大男はこうわめきざま、気がくるったようにとびおきて、なかまの大男をどんと木のほうへつきとばしました。そのとたん、木はぐらぐらっとゆれうごきました。  相手《あいて》もおなじようにしかえしをしました。それから、ふたりはいかりくるって、木をひっこぬいて、なぐりあいをはじめました。こうして、あばれまわったあげく、とうとう、ふたりともいちどきに地《じ》べたにぶったおれて、死《し》んでしまいました。  さてそこで、ちびの仕立屋《したてや》さんは地べたにとびおりました。 「こいつらが、おれののっかってた木をひっこぬかなかったのは、いやはや、もっけのさいわいというもんだ。」 と、仕立屋さんはいいました。 「さもなきゃ、リスみたいに、ほかの木へとびうつらなきゃあならないとこよ。もっとも、おれみたいなやつは、身《み》がかるいからなあ。」  仕立屋《したてや》さんは刀《かたな》をぬいて、ふたりの大男の胸《むね》に二度、三度、ずぶりずぶりとつきさしました。それから、馬にのったさむらいたちのところへでていって、いいました。 「しごとはすんだぞ。ふたりとも、おれが息《いき》の根《ね》をとめてきた。だが、ちょいとほねがおれたぞ。やつらは、くるしまぎれに木をひっこぬいて、むかってきたからな。だが、おれみたいに、ひと打《う》ちで七つもやっつけるものにむかっちゃ、歯《は》もたたん。」 「それであなたは、おけがもなさらなかったんですか。」 と、さむらいたちはたずねました。 「うん、うまいぐあいにいったんだ。」 と、仕立屋《したてや》さんはこたえました。 「あいつらに、おれの髪《かみ》の毛《け》一本おらせやしなかったさ。」  さむらいたちは、どうしてもそれを信《しん》じようとはしませんでした。そこで、みんなは森のなかに馬をのりいれました。すると、たしかに、仕立屋さんのいったとおり、大男どもが、じぶんたちのながした血《ち》のなかにひたっています。しかも、あたりには、ひっこぬかれた木がごろごろしているではありませんか。  ちびの仕立屋さんは、王さまから約束《やくそく》のごほうびをいただこうとしました。ところが、王さまは、まえにした約束のことを後悔《こうかい》して、どうしたらこの豪傑《ごうけつ》を追《お》いはらえるだろうかと、またまた考えていたところでした。 「おまえは、わしのむすめと国を半分《はんぶん》もらうまえに、もうひとつ、いさましい手なみを見せてくれねばならぬ。」 と、王さまは仕立屋《したてや》さんにいいました。 「じつは、森のなかを(1)[#「(1)」は行右小書き]一角獣《いっかくじゅう》がかけまわっておって、ひどい害《がい》ばかりしておる。まず、こいつを生けどりにしてもらいたい。」 「一角獣《いっかくじゅう》の一ぴきぐらい、大男ふたりにくらべれば、なんでもありません。なにしろ、ひと打《う》ちで七つというのが、わたしの手なみなんですからね。」  こういって、仕立屋さんはなわを一本と、おのを一ちょうもって、森にでかけていきました。そして、こんどもまた、おともの人たちには、そとで待《ま》っているようにいいつけました。  長いことさがすまでもなく、まもなく、その一角獣《いっかくじゅう》があらわれました。まるで、その角《つの》で仕立屋さんをあっさりつきさしてくれようとでもいうように、仕立屋さんめがけて、まっしぐらにおどりかかってきました。 「しずかに、しずかに。」 と、仕立屋さんはいいました。 「そうあっさりとはいかんぞ。」  仕立屋さんはそこにじっと立って、待《ま》っていました。けものがすぐ近くまできたとたん、ひらりと身《み》をかわして、木のうしろへまわりこみました。  一角獣《いっかくじゅう》は、力いっぱい木につっかかっていったものですから、その角《つの》をぐさっと木の幹《みき》につきさしてしまいました。そして、もういちどそれをひきぬく力もなく、そのまま生けどりにされてしまったのです。 「それ、小鳥《ことり》をつかまえたぞ。」  仕立屋《したてや》さんはこういって、木のうしろからでてきました。そして、まず一角獣《いっかくじゅう》の首《くび》になわをかけ、それからおのでもって角《つの》を幹《みき》からひきはなしました。こうして、すっかりしまつがついたところで、そのけものをひっぱって、王さまのところへつれていきました。  王さまは、こうなってもまだ約束《やくそく》のほうびをやるつもりはありません。いよいよ、三つめの注文《ちゅうもん》をだしました。仕立屋さんは、婚礼《こんれい》のまえに、森のなかでものすごくわるいことばかりしているイノシシをつかまえなければならない、もっとも、それには狩人《かりゅうど》たちに手つだわせるが、というのでした。 「けっこうですとも。」 と、仕立屋さんはこたえました。 「そんなことは、子どもだましみたいなものですよ。」  仕立屋さんは、森のなかまで狩人《かりゅうど》たちをつれていきはしませんでした。もっとも、狩人たちにしてみれば、そのほうが、ありがたかったわけです。なぜって、狩人たちはこのイノシシのためにはもうなんどもひどいめにあっていましたから、イノシシを追《お》いかけるなんてことは、ごめんだったのです。  イノシシは仕立屋《したてや》さんのすがたをひと目見るなり、口からあわをふき、きばをといで、仕立屋さんめがけてとびかかってきました。仕立屋さんを地《じ》べたにつきたおそうというのです。  けれどもそれよりはやく、このすばしっこい豪傑《ごうけつ》は、そばにあった礼拝堂《れいはいどう》にとびこんで、すぐまた上の窓《まど》からピョンとひととびでそとへとびだしました。  イノシシのほうは、仕立屋さんのあとを追《お》って、なかにとびこみました。ところが、仕立屋さんはそとがわをピョンピョンとびまわって、イノシシのうしろから扉《とびら》をピシャンとしめてしまったのです。  なかでは、イノシシがさかんにあばれまわりましたが、からだがおもすぎるうえに、無器用《ぶきよう》なものですから、窓《まど》からとびだすこともできず、とうとう生けどりにされてしまいました。  ちびの仕立屋《したてや》さんは狩人《かりゅうど》たちをよびよせて、このえものをよく見せてやりました。それから、この豪傑《ごうけつ》は王さまのところへもどっていきました。こうなっては、さすがの王さまも、まえにした約束《やくそく》を、いやでもおうでもまもらないわけにはいきません。そこで、仕立屋さんにじぶんのむすめと国の半分《はんぶん》をやりました。  もしも王さまが、じぶんのまえに立っている男は、豪傑《ごうけつ》どころか、ただの仕立屋にすぎないことを知ったなら、きっと、もっとくやしがったことでしょうよ。  そこで、婚礼《こんれい》はたいそうりっぱに、といっても、みんなからは、あまりよろこばれもせずに、とりおこなわれました。こうして、仕立屋《したてや》さんからひとりの王さまができあがったのです。  しばらくたってから、わかいお妃《きさき》さまは、夜中《よなか》に夫《おっと》が夢《ゆめ》を見て、こんなねごとをいっているのをききました。 「小僧《こぞう》、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ、やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。」  これをきいて、お妃さまには、わかい王さまがどんな横町《よこちょう》の生まれのひとか、よくわかりました。そこで、あくる朝、おとうさまにこのなやみを話して、 「あのひとは仕立屋《したてや》にちがいありません。どうかおとうさまの力で、あのひとからあたしをすくってくださいませ。」 と、おねがいしました。  王さまはお妃《きさき》さまをなぐさめて、いいました。 「今夜はおまえの寝室《しんしつ》の扉《とびら》をあけておきなさい。わしは家来《けらい》たちをそとに立たせておく。あの男がねこんだら、ふみこんでいって、しばってしまい、船《ふね》にのせて、遠くへつれていかせよう。」  お妃さまは、これで満足《まんぞく》しました。ところが、王さまの刀持《かたなも》ちがそばでこの話をのこらずきいていたのですが、この男はわかい王さまがすきでしたので、このたくらみをわかい王さまにすっかり知らせてしまったのです。 「よし、そんならじゃましてやれ。」 と、ちびの仕立屋《したてや》さんはいいました。  夜になりますと、仕立屋さんはいつもの時間に、お妃《きさき》さまといっしょにベッドにはいりました。  お妃さまは、仕立屋《したてや》さんがぐっすりねこんだころを見はからって、そっとおきあがりました。そして、へやの扉《とびら》をあけてきて、またもとのようにベッドに横になりました。  ちびの仕立屋さんは、ねむっているようなふりをしていただけだったのですから、ふいに、はっきりした声でどなりだしました。 「小僧《こぞう》、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ。やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。おれさまはな、ひと打《う》ちで七つをやっつけ、大男をふたりも殺《ころ》したんだ。そればかりか、一角獣《いっかくじゅう》をひっぱってきたこともあるし、イノシシを生けどったこともあるんだ。そのおれさまが、なんでそとにいるやつらをこわがるものか。」  仕立屋さんがこういうのをききますと、みんなはすっかりこわくなって、まるで魔王《まおう》の軍勢《ぐんぜい》に追《お》われてでもいるように、われさきにとにげだしました。そしてそれからは、もうだれひとり、仕立屋さんに手むかおうというものはありませんでした。  こうして、ちびの仕立屋さんは、一生《いっしょう》のあいだ、ずうっと王さまでいました。 [#ここから1段階小さな文字] (1)一角獣《いっかくじゅう》というのは、馬のかたちをした、ひたいに角《つの》が一本ある、伝説上《でんせつじょう》の動物のこと。 [#ここで小さな文字終わり] 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「いさましい ちびの仕立屋《したてや》さん」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2019年12月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。