森のなかの三人の小人 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)死《し》なれた |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)朝|牛乳《ぎゅうにゅう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ままむすめ[#「ままむすめ」に傍点] -------------------------------------------------------  むかし、あるところに、おかみさんに死《し》なれたひとりの男と、だんなさんに死なれたひとりの女とがおりました。この男には、ひとりのむすめがありました。女にもひとりのむすめがありました。むすめどうしはおたがいに知りあいでした。  ある日、ふたりはいっしょに散歩《さんぽ》にいったかえりに、女のほうの家へよりました。すると、女が男のほうのむすめにむかっていいました。 「いいかい、あんたのおとうさんにこういっておくれ。わたしが、おとうさんのおよめさんになりたいってね。そうすりゃ、あんたにはまい朝|牛乳《ぎゅうにゅう》で顔をあらわせてあげるし、ブドウ酒《しゅ》ものませてあげるよ。といっても、うちのむすめには水で顔をあらわせて水をのませておくけどね。」  むすめはうちへかえって、女のいったことを、そのままおとうさんに話しました。すると、おとうさんはいいました。 「どうしたもんだろう。よめをもらうのはうれしいことだが、そのかわり、苦労《くろう》もあるからな。」  おとうさんは、どっちとも心をきめかねましたので、とうとう、じぶんの長ぐつをぬいで、いいました。 「この長ぐつをもってくれ。こいつには底《そこ》に穴《あな》がひとつあいている。こいつを屋根《やね》うらべやにもっていって、大きなくぎにかけて、なかに水をつぎこんでみてくれ。もし水がもらなかったら、もういちどよめさんをもらうことにしよう。だが、もしももったら、よめさんをもらうのはやめだ。」  むすめは、いいつけられたとおりにしました。ところが、水のために穴《あな》がちぢまってしまって、長ぐつのなかは上まで水がいっぱいたまりました。  むすめは、おとうさんにこのことを話しました。おとうさんがじぶんでそこへのぼっていってみますと、たしかにむすめのいうとおりです。そこで、さっそくその後家《ごけ》さんのところへいって、よめになってくれ、ともうしました。  こうして、結婚式《けっこんしき》があげられました。  つぎの朝、ふたりのむすめがおきてみますと、男のほうのむすめのまえには、顔をあらう牛乳《ぎゅうにゅう》と、のむブドウ酒《しゅ》がおいてありましたが、女のほうのむすめのまえには、顔をあらう水と、のむ水がおいてありました。二日めの朝には、男のほうのむすめのまえにも女のほうのむすめのまえにも、顔をあらう水と、のむ水がおいてありました。そして三日めの朝になりますと、男のほうのむすめのまえには、顔をあらう水と、のむ水がおいてありましたが、女のほうのむすめのまえには、顔をあらう牛乳と、のむブドウ酒《しゅ》とがおいてありました。そしてそれからは、ずっとそのままでした。  女は、ままむすめ[#「ままむすめ」に傍点]が、ヘビかサソリのように、にくくてなりません。なんとかして日ましにひどくいじめてやろうと、そんなことばかり考えていました。それに、ままむすめは美しくてかわいらしいのに、じぶんのほんとうのむすめときたら、それこそみにくくて、ぞっとするほどでしたから、なおさらねたましくてならなかったのです。  ある冬の日のことでした。地面《じめん》は石のようにかたくこおりついて、山にも谷にも、いちめんに雪がふりつもっていました。女は紙の着物《きもの》をこしらえて、ままむすめをよんで、こういいました。 「さあ、この着物《きもの》をきて、森へいって、かごにいっぱいイチゴをとってきておくれ。わたしは、イチゴが食べたいんだよ。」 「まあ、おかあさん。」 と、むすめはいいました。 「こんな冬に、イチゴなんかありゃしませんわ。地面はこおっていますし、おまけに雪がすっかりつもっていますもの。それに、どうしてこんな紙の着物をきていかなければいけないんですの。おもては、息《いき》もこおってしまうくらい寒いんですよ。こんな着物じゃ、風もすうすうとおりますし、イバラにひっかかってちぎれてしまいますわ。」 「また口ごたえをする気かい。」 と、まま母がいいました。 「さっさといっといで。このかごにイチゴがいっぱいになるまでは、二度ともどってくるんじゃないよ。」  それから、まま母はかたいパンをひときれわたして、 「これだけあれば、一日は食べられるよ。」 と、いいました。でも心のなかでは、 (そとへでれば、こごえて、うえ死《じ》にするだろうから、もう二度とわたしの目のまえにすがたをあらわすことはないだろうさ。) と、思っていました。  むすめはおとなしくいうことをきいて、紙の着物《きもの》をき、かごをもってでていきました。おもては見わたすかぎり雪ばかりで、みどりの草などはどこにも見えません。  むすめが森のなかにはいっていきますと、一|軒《けん》の小さな小屋《こや》が見えました。そのなかから、三人の小人《こびと》がのぞいていました。むすめは、こんにちは、といって、おずおずと戸をたたきました。すると、小人たちは、おはいり、といいました。そこで、むすめはへやにはいって、暖炉《だんろ》のそばのいすにこしをおろしました。そして、からだをあたためて、朝ごはんを食べようと思いました。  それを見て、小人《こびと》たちがいいました。 「ぼくたちにもすこしくださいな。」 「あげますとも。」  むすめはこういって、パンをふたつにわって、半分《はんぶん》をみんなにわけてやりました。 「この冬のまっさいちゅうに、きみはそんなうすい着物《きもの》をきて、この森のなかでなにをするつもりなの。」 と、小人《こびと》たちがたずねました。 「それがねえ、このかごにいっぱいイチゴをさがさなけりゃならないのよ。」 と、むすめがこたえていいました。 「イチゴをもっていかなくっちゃ、うちへもかえれないのよ。」  むすめがパンを食べおわりますと、小人たちはむすめにほうきをわたして、いいました。 「これでうら口のところの雪をはいておくれ。」  むすめがそとへでてしまいますと、そのあとで、三人の小人《こびと》たちは相談《そうだん》をしました。 「あのむすめは、あんなにおとなしくして、しんせつで、それに、パンもぼくたちにわけてくれたんだ。なにをやったらいいだろうなあ。」  すると、ひとりがいいました。 「ぼくは、あのむすめが日ましに美しくなるようにしてやろう。」  二ばんめの小人がいいました。 「ぼくは、あのむすめが口をきくたびに、口から金貨《きんか》がとびだすようにしてやろう。」  三ばんめの小人はこういいました。 「ぼくは、どこかの王さまがやってきて、あのむすめをお妃《きさき》さまにするようにしてやろう。」  むすめは、小人《こびと》たちにいわれたとおり、ほうきで小さな家のうしろの雪をはきのけました。ところでみなさん、このとき、むすめはなにを見つけたと思います? それこそ、じゅくしたイチゴの実《み》ばっかり、もうすっかり赤黒《あかぐろ》くうれているのがいっぱい、雪のなかからあらわれてきたではありませんか。 [#挿絵(fig59639_01.png、横375×縦375)入る]  むすめは大よろこびで、さっそくイチゴをかごにいっぱいつみとりました。そして、小人たちにお礼《れい》をいって、ひとりひとりに握手《あくしゅ》をしました。それから、まま母にのぞみのものをもっていってあげようと、走ってかえりました。  むすめがうちのなかにはいって、ただいま、といったとたんに、金貨《きんか》が一|枚《まい》、口のなかからとびだしました。それから、むすめは森のなかでおこったできごとを話しましたが、むすめがひとこというたびに、口のなかから金貨がとびだして、たちまちのうちに、へやじゅうが金貨でいっぱいになってしまいました。 「見てやってよ、あの高慢《こうまん》ちきを。」 と、まま母のつれてきたむすめが大きな声でいいました。 「あんなにお金《かね》をまきちらしたりしてさ。」  けれども、心のなかでは、ほんとうはそれがうらやましくてたまらず、じぶんも森へいって、イチゴをさがしてこようと思っていたのです。 「およしよ、おまえ。こんなに寒くっちゃ、こごえちまうよ。」 と、まま母はいいました。  けれども、むすめがあんまりうるさくせめたてるものですから、とうとうまま母もまけてしまって、りっぱな毛皮《けがわ》の着物《きもの》をぬって、それをきせてやりました。それから、とちゅうで食べるように、バターパンとおかしももたせてやりました。  むすめは森へはいって、まっすぐ、あの小さなうちをめざして歩いていきました。こんどもまた、三人の小人《こびと》たちがなかからのぞいていましたが、むすめはあいさつひとつしませんでした。そして、小人のほうなどは見むきもせず、ひとことのことばもかけないで、どんどんへやのなかにはいりこみました。そして、さっさと暖炉《だんろ》のそばにこしかけて、バターパンとおかしを食べはじめました。 「ぼくたちにも、すこしくださいな。」 と、小人《こびと》たちがいいましたが、むすめは、 「あたしひとりでもたりないんだよ。ひとになんか、わけてやれるもんですか。」 と、こたえました。  まもなく、むすめがパンを食べおわりますと、小人たちがまたいいました。 「そのほうきで、うら口のそとのところをきれいにはいておくれ。」 「なにいってんのよ、じぶんたちでおはき。あたしはおまえたちの女中《じょちゅう》じゃないんだよ。」 と、むすめはこたえました。  むすめは、小人たちがなんにもくれそうにないと見てとりますと、戸口からそとへでていきました。すると、小人たちは相談《そうだん》しました。 「あのむすめはあんなにぎょうぎがわるいし、ひとにものもやらない根性《こんじょう》まがりのねたみやだから、なにをやったらいいだろう。」  すると、ひとりがいいました。 「ぼくは、あのむすめが日ごとにみにくくなるようにしてやろう。」  二ばんめの小人がいいました。 「ぼくは、あのむすめが口をきくたびに、口のなかからヒキガエルがとびだすようにしてやろう。」  さいごの小人《こびと》はいいました。 「ぼくは、あのむすめがみじめな死《し》にかたをするようにしてやろう。」  むすめはそとでイチゴをさがしましたが、ひとつも見つかりませんので、ぷんぷんおこって、うちにかえりました。そして、口をひらいて、森でおこったできごとをおかあさんに話そうとしました。ところが、ひとこというたびに、ヒキガエルが一ぴきずつ口のなかからとびだしてきました。そのため、みんなは、このむすめをたいそういやがるようになりました。  こんなことがありますと、まま母はますます腹《はら》がたってきて、ただもうなんとかして、男のほうのむすめをひどいめにあわせてやりたいと、そのことばかり考えていました。ところが、このむすめの美しさは、日ごとにましてくるばかりです。  とうとう、まま母はおかまをもちだして、火にかけました。そして、より[#「より」に傍点]糸《いと》をぐつぐつ煮《に》ました。糸が煮えますと、それをかわいそうなむすめの肩《かた》にかけて、それから一ちょうのおのをわたしました。そして、 「これをもって氷《こおり》のはった川へいってね、氷に穴《あな》をあけて、このより糸をすすいでおいで。」 と、いいつけました。  むすめはおとなしくいわれたとおりに川へいって、氷に穴をあけました。こうして、むすめが氷をわっているさいちゅうに、王さまののっているりっぱな馬車《ばしゃ》がとおりかかりました。王さまは馬車をとめて、むすめにたずねました。 「おまえはだれだね。そこでなにをしているのかね。」 「あたくしはあわれなむすめでございまして、より糸をすすいでいるところでございます。」  これをきいて、王さまはむすめをかわいそうに思いました。しかも、見れば、たとえようもないほど美しいむすめです。  そこで、王さまはいいました。 「わしといっしょにいく気はないかね。」 「ええ、よろこんでおともいたします。」 と、むすめはこたえました。むすめにとっては、まま母や義理《ぎり》の妹の顔を見ないですむだけでも、うれしかったのです。  そこで、むすめは馬車にのって、王さまといっしょにいきました。やがて、お城《しろ》につきますと、小人《こびと》たちがこのむすめにおくりものとしてきめてくれたように、ご婚礼《こんれい》の式が、それはそれはりっぱにおこなわれました。  それから一年たって、わかいお妃《きさき》さまは男の子を生みました。まま母はこのむすめがたいそうしあわせになっていることをききますと、じぶんのほんとうのむすめをつれて、あいさつにたずねてきたような顔をして、お城《しろ》へいきました。  ところが、ある日、王さまがよそへいって、ほかにはだれもいないときのことでした。このわるものの女は、お妃《きさき》さまの頭をつかみ、むすめには足をつかませて、ふたりがかりでお妃さまを寝台《しんだい》からひきずりだしました。そして、窓《まど》からそとをながれている川のなかへ、いきなりほうりこんでしまいました。  そうしておいて、こんどは、みにくい顔のむすめが寝床《ねどこ》のなかにもぐりこみました。まま母は、その頭まですっぽりとふとんをかぶせておきました。  王さまがかえってきて、お妃《きさき》さまに話しかけようとしますと、まま母があわてていいました。 「おしずかに、おしずかに。ただいまは、お話しなさってはいけません。ひどい寝汗《ねあせ》をかいていらっしゃいますから。きょうは、そっとやすませておいてあげなければいけません。」  王さまは、わるだくみがあろうなどとは夢《ゆめ》にも考えてみませんでした。ですから、あくる朝になってからようやく、またお妃さまのところへやってきました。  ところが、王さまがお妃さまと話をして、お妃さまがそれにこたえますと、ひとことこたえるごとに、まえには金貨《きんか》がとびだしましたのに、こんどは、ヒキガエルがとびだしました。そこで王さまは、 「これはどうしたことなのか。」 と、たずねました。  するとまま母は、 「これはひどい汗《あせ》のためですから、すぐおなおりになりましょう。」 と、もうしました。  ところがその晩《ばん》のことです。料理番《りょうりばん》のわかいものが、台所《だいどころ》の流《なが》し口《ぐち》から、一|羽《わ》のカモがおよいではいってくるのを見ました。ところが、そのカモがこんなことをいいました。 [#ここから4字下げ] 王さま あなたはなにしていらっしゃる おやすみですか おめざめですか [#ここで字下げ終わり]  わかいものがなんともへんじをしませんので、カモがまたいいました。 [#4字下げ]あたしのお客《きゃく》はなにしているの?  それをきいて、わかいものがこたえました。 [#4字下げ]お客はぐっすりねているよ  すると、カモがなおもききました。 [#4字下げ]あたしのぼうやはなにしているの?  わかいものはこたえていいました。 [#4字下げ]ゆりかごで すやすやねているよ  すると、カモはお妃《きさき》さまのすがたになって、あがっていきました。そして、ぼうやにお乳《ちち》をのませ、小さな寝台《しんだい》をゆすって、ふとんをよくかけてやりました。それから、またカモのすがたになって、もとの流《なが》し口《ぐち》からきえていきました。  こんなふうにして、カモはふた晩《ばん》やってきましたが、三日めの晩に、料理番《りょうりばん》のわかいものにむかっていいました。 「王さまのところへいって、こういってくださいな。王さまが剣《けん》をぬいて、敷居《しきい》の上で三度ほど、あたしの頭の上でふってくださるようにって。」  そこで、料理番のわかいものは王さまのところへ走っていって、このことを話しました。すると、王さまは剣《けん》をもってやってきて、このあやしげな鳥の上で三度ほどふりました。  と、三度めをふりおわったとたんに、お妃《きさき》さまがすぐ目のまえにあらわれたではありませんか。しかも、まえとおなじように、いきいきとした元気なすがたをしているのです。  王さまは、心のそこからよろこびました。けれども、赤ちゃんが洗礼《せんれい》をうけるはずになっている日曜日《にちようび》まで、お妃さまをひとへやにかくしておきました。そして、洗礼がすんだところで、王さまはいいました。 「ひとを寝台《しんだい》からひきずりおろして、川のなかへほうりこむような人間は、どんなめにあわせたらよかろう。」 「そんなわるいやつは――」 と、まま母がこたえていいました。 「たるのなかにおしこめて、それをくぎづけにして、山の上から川のなかにころがしおとすのがいちばんでございますよ。」  それをきいて、王さまはいいました。 「おまえはじぶんをさばいたわけじゃ。」  そうして、そういうたるをもってこさせて、まま母とむすめとをそのなかにいれさせてしまいました。それから、たるのふたをくぎづけにして、山の上からゴロゴロころがしおとしましたので、とうとうたるは川のなかへころがりこんでしまいました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「森のなかの三人の小人《こびと》」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2020年11月27日作成 2023年9月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。