十二人兄弟 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)妃《きさき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)十二|枚《まい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#挿絵(fig59635_01.png、横424×縦341)入る] -------------------------------------------------------  むかしむかし、あるところに、王さまとお妃《きさき》さまとがおりました。ふたりはたいそうなかよくくらしていました。十二人のお子さんがありましたが、みんなそろいもそろって男の子ばかりでした。  さて、あるとき、王さまがお妃《きさき》さまにむかっていいました。 「こんど生まれる子どもが、もし女の子だったら、十二人の男の子はみんな殺《ころ》してしまおう。そして、その女の子の財産《ざいさん》がたくさんになって、この国がその子ひとりだけのものになるようにしてやろう。」  王さまは、ほんとうに、十二のお棺《かん》までもこしらえさせました。そのなかには、すでにかんなくずもつめてあって、ひとつひとつに、死人《しにん》のための小さなまくらまでもいれてありました。王さまはこれをひとつのへやにはこびこませて、かぎをかけました。そして、そのかぎをお妃さまにわたして、このことはだれにもいってはならぬ、といいわたしました。  けれども、お妃さまは、それからというものは、一日じゅうすわったきりで、かなしみにしずんでおりました。ですから、いつもお妃《きさき》さまのそばにばかりくっついているすえっ子の、ベンジャミンという子が、お妃さまにむかってたずねました。この子は、聖書《せいしょ》から名をとってベンジャミンとよばれていたのです。 「おかあさま、どうしてそんなにかなしんでいらっしゃるの。」 「ぼうや、ぼうやにはそのわけを話してあげることができないのよ。」 と、お妃さまはいいました。  けれども、ベンジャミンはいつまでもうるさくせがみます。それで、とうとう、お妃さまは立っていってそのへやをあけ、もうかんなくずまでつまっている十二のお棺《かん》を見せてやりました。 「かわいいベンジャミン、このお棺はね、おまえのおとうさまが、おまえと十一人のおにいさまたちのためにこしらえさせたものなのよ。というのは、もしこんど、女の子が生まれれば、おまえたちはみんな殺《ころ》されて、このなかにいれられて、ほうむられてしまうことになっているのよ。」  こう話しながら、お妃《きさき》さまはさめざめと泣《な》きました。すると、男の子はおかあさまをなぐさめて、いいました。 「泣かないでよ、おかあさま。ぼくたち、みんなでたすけあって、にげてしまうから。」  すると、お妃さまはいいました。 「十一人のおにいさまたちといっしょに、森へにげておいきなさい。そして、森のなかでいちばん高い木を見つけて、だれかひとりがかならずそこにのぼって、見はりをしているようになさい。そうして、このお城《しろ》の塔《とう》のほうをよく見ているんですよ。もしも男の子が生まれれば、白い旗《はた》をかかげますからね。そうしたら、みんなでかえっていらっしゃい。でも、もし女の子が生まれたら、赤い旗をかかげますよ。そしたら、できるだけはやくおにげなさい。ああ、どうか神《かみ》さまがおまえたちをおまもりくださいますように。あたしはまい晩《ばん》おきていて、おまえたちのためにおいのりをしていますよ。冬は、みんなが火にあたれるように、夏は、暑《あつ》さにくるしまないようにね。」  こうして、お妃《きさき》さまが子どもたちのためにおいのりをすませますと、みんなは森へでかけていきました。みんなはかわるがわる見はりにたち、いちばん高い木の上にすわって、塔《とう》のほうをながめていました。  十一日たって、ベンジャミンの番《ばん》になりました。見ると旗があがりました。しかし、それは白い旗ではなくて、赤い血《ち》の旗です。みんなが殺《ころ》されることにきまったというあいずです。にいさんたちはこのことをききますと、かんかんにおこって、いいました。 「ぼくたちは、女の子ひとりのために、死《し》ななければならないっていうのか。ようし、かならずこの復讐《ふくしゅう》はしてやるぞ。女の子は見つけしだい、かたっぱしから赤い血《ち》をながさせてやる。」  それから、十二人の兄弟《きょうだい》たちは、森のおくへおくへとはいっていきました。いつのまにか、森のまんなかのいちばんくらいところまできました。すると、そこに魔法《まほう》をかけられた小さな小屋《こや》がたっていました。家のなかには、だれもいませんでした。そこで、みんなはいいました。 「ぼくたちはここに住むことにしよう。それから、おい、ベンジャミン、おまえはいちばん小さいし、それに力もいちばんよわい。おまえはうちにのこって、うちのなかのしごとをやっていておくれ。ぼくたちほかのものは、みんなそとへいって食べものをとってくるから。」  こうして、にいさんたちは森のなかへはいって、ウサギだの、野ジカだの、小鳥《ことり》だの、かわいいおすのハトだの、食べられるものはなんでもうって、それをベンジャミンのところにもってきました。ベンジャミンの役《やく》めは、それを料理《りょうり》して、おにいさんたちのぺこぺこのおなかをいっぱいにしてあげることでした。  それから十年というあいだ、兄弟《きょうだい》たちはこの小屋《こや》でいっしょにくらしましたが、みんなはそれほど長いとも思いませんでした。  さて、兄弟たちのおかあさまになる、お妃《きさき》さまの生んだ女の子は、いまではすっかり大きくなりました。気だてのやさしい、美しいお姫《ひめ》さまでした。ひたいの上には、金《きん》の星をひとつつけていました。  ある日のこと、せんたくものがたくさんありましたが、お姫さまがふと見ますと、そのなかに男もののシャツが十二|枚《まい》あります。それで、ふしぎに思って、お妃さまにたずねてみました。 「この十二枚のシャツはだれのもの。おとうさまのにしては小さすぎますもの。」  すると、お妃《きさき》さまは心もおもく、こうこたえました。 「姫や、これはねえ、おまえの十二人のおにいさまたちのですよ。」 「その十二人のおにいさまって、どこにいらっしゃるの。あたし、おにいさまのことなんて、まだいちどもきいたことないわ。」 と、お姫《ひめ》さまはいいました。  すると、お妃《きさき》さまはこたえました。 「どこにいるかごぞんじなのは、神《かみ》さまばかりよ。きっと、ひろい世《よ》のなかを、あっちこっちとまよい歩いているでしょう。」  それから、お妃さまはあのへやにむすめをつれていって、扉《とびら》をあけて、かんなくずと、死人《しにん》のためのまくらまでもはいっている十二のお棺《かん》を見せました。 「このお棺はね、おまえのおにいさまたちのものにきまっていたのよ。でも、おまえの生まれるまえに、みんなこっそりにげていってしまったの。」 と、お妃《きさき》さまがいいました。  こういって、お妃さまは、あのときのことをのこらず話してきかせました。  それをきいて、お姫《ひめ》さまはいいました。 「おかあさま、泣《な》かないで。あたしがいって、おにいさまたちをさがしてきますから。」  そこで、お姫さまはその十二|枚《まい》のシャツをもって、お城《しろ》をでますと、まっすぐ大きな森のなかへはいっていきました。お姫さまは、その日一日じゅう歩きつづけて、日のくれるころ、魔法《まほう》のかけられているあの小屋《こや》のまえにきました。お姫さまが小屋のなかにはいっていきますと、ひとりの男の子がいて、 「きみは、どこからきたの。そして、どこへいくの。」 と、たずねました。  男の子は女の子があんまり美しくて、おまけに、お姫《ひめ》さまのきるような着物《きもの》をき、ひたいには金《きん》の星をつけているので、びっくりしました。  すると、お姫さまはこたえていいました。 「あたしは王女《おうじょ》です。いま十二人のおにいさまたちをさがしているところです。おにいさまたちを見つけだすまでは、青いお空のはてまでもいってみるつもりです。」  こういって、お姫さまはおにいさまたちの十二|枚《まい》のシャツを見せました。  そこで、ベンジャミンはこれがじぶんの妹だとわかりましたので、 「ぼくがベンジャミンだよ。おまえのいちばん小さいにいさんだよ。」 と、いいました。  これをきいたとたん、お姫《ひめ》さまはあまりのうれしさに、わっと泣《な》きだしました。ベンジャミンも泣きました。そして、ふたりはなつかしさのあまりだきあって、キッスをしあいました。それから、ベンジャミンがいいました。 「でもねえおまえ、まだ安心《あんしん》できないんだよ。なぜって、ぼくたちは、女の子にあったら、だれでもかまわないから殺《ころ》してしまおうって約束《やくそく》がしてあるんだもの。だってそうだろう。ぼくたちは女の子のために、国を追《お》われてしまったんだからね。」  それをきいて、お姫《ひめ》さまはいいました。 「十二人のおにいさまたちをおたすけできるのなら、あたし、よろこんで死《し》ぬわ。」 「いけない、いけない。」 と、ベンジャミンはこたえました。 「おまえを死《し》なせたりするものか。とにかく、十一人のにいさんたちがかえってくるまで、このおけの下にかくれておいで。にいさんたちがかえってきたら、ぼくがうまく話をするからね。」  お姫《ひめ》さまはいわれたとおりにしました。やがて、夜になりますと、ほかのにいさんたちが狩《か》りからかえってきました。食事《しょくじ》のしたくは、ちゃんとできていました。みんながテーブルについて、食べているとき、にいさんたちがベンジャミンにたずねました。 「なにかかわったことはないかい。」  すると、ベンジャミンが、 「にいさんたちはなんにも知らないの。」 と、いいました。 「うん。」 と、にいさんたちはこたえました。  そこで、ベンジャミンはことばをつづけて、 「にいさんたちは森へいって、ぼくはうちにのこっていたんだけど、ぼくのほうがずっといろんなことを知ってるよ。」 と、いいました。 「じゃあ、話してくれよ。」 と、にいさんたちは口ぐちにいいたてました。 「それなら、ぼくたちがいちばんはじめにあう女の子だけは殺《ころ》さないって約束《やくそく》してくれる?」 と、ベンジャミンがいいました。 「いいよ、いいよ。」 と、みんな声をそろえていいました。 「その子だけはゆるしてやろう。だから、さあ、話してくれよ。」  そこで、ベンジャミンがいいました。 「妹がここにいるんだよ。」  こういって、ベンジャミンがおけをあげますと、りっぱな着物《きもの》をきて、ひたいに金《きん》の星をつけたお姫《ひめ》さまがあらわれました。それは、世《よ》にも美しく、やさしい上品《じょうひん》なすがたでした。みんなは大よろこびで、お姫さまの首《くび》にだきついて、キッスをしました。そして、心のそこから妹をかわいいと思いました。 [#挿絵(fig59635_01.png、横424×縦341)入る]  それからは、お姫さまはベンジャミンといっしょにうちにいて、ベンジャミンのしごとの手つだいをしました。十一人のにいさんたちは森にはいって、けものや、シカや、鳥や、小バトなどをつかまえてきました。これがみんなの食べものになりました。それをいろいろに料理《りょうり》するのが、ベンジャミンと妹の役《やく》めなのです。  妹は煮《に》たきをするたきぎや、野菜《やさい》がわりにつかう草葉《くさば》をさがしてきたり、おなべを火にかけたりしました。そうして、十一人のにいさんたちがかえってくるころには、いつでも食事《しょくじ》のしたくができているようにしておきました。そればかりか、妹はうちのなかをきれいにかたづけたり、寝床《ねどこ》に白いきれいな敷布《しきふ》をきちんとかけたりしました。ですから、にいさんたちはいつも満足《まんぞく》しきって、妹といっしょになかよくくらしていました。  あるときのことです。ふたりはうちにおいしいごちそうをこしらえておきました。みんながあつまりますと、それぞれ席《せき》について、食べたりのんだりしました。みんなは大よろこびでした。  ところで、この魔法《まほう》をかけられている小屋《こや》には小さな庭《にわ》があって、そのなかにユリのような花が十二さいていました。この花は、またの名をシュトデンテンともいいます。妹は、この十二の花をおりとって、食事《しょくじ》のあとでにいさんのひとりひとりにこの花をひとつずつあげようと思いました。こうして、にいさんたちによろこんでもらおうと思ったのです。ところが、どうしたというのでしょう、妹が花をおりとったとたん、十二人のにいさんたちのすがたは十二|羽《わ》のカラスにかわってしまって、みんなは森のはるかかなたへととびさってしまったではありませんか。しかもそれといっしょに、うちも庭《にわ》も、あとかたもなくきえうせてしまったのです。  かわいそうに、女の子はおそろしい森のなかにひとりぼっちになってしまいました。あたりを見まわしますと、そばにひとりのおばあさんが立っていました。おばあさんは、 「これ、これ、おまえはいったいなにをしたのだね。どうして、十二の白い花をそっとしておかなかったのだい。あれは、おまえのにいさんたちだったのさ。にいさんたちは、いまじゃカラスになっちまって、もう永久《えいきゅう》にかわることはないよ。」 と、いいました。  女の子は泣《な》くなくいいました。 「ほんとうに、にいさんたちをたすける方法《ほうほう》はないんでしょうか。」 「だめだねえ。」 と、おばあさんはいいました。 「その方法は、たったひとつあるにはあるけど、むずかしすぎるから、とてもそれでにいさんたちをすくうことはできなかろうよ。なにしろ、七年というあいだ、おまえはひと言《こと》もしゃべらずにとおさなければならないんだからね。口をきいてもいけないし、わらってもいけない。もしもおまえが、たったひとことでも口をきこうものなら、そうしてまた、七年にほんの一時間だけたりなくっても、なにもかもがむだになってしまうのさ。しかも、そのたったひとことのために、おまえのにいさんたちは殺《ころ》されてしまうんだよ。」  これをきいて、女の子は心のなかでいいました。 (あたし、きっと、にいさんたちをたすけてみせるわ。)  それから、女の子は歩いていきました。一本の高い木を見つけますと、その上にすわって、糸をつむぎはじめました。でも、もちろん、口もきかなければ、わらいもしませんでした。  さて、あるときのこと、ひとりの王さまがこの森で狩《か》りをしました。王さまは一ぴきの猟犬《りょうけん》をつれていましたが、その犬が女の子ののぼっている木のところへ走ってきて、そのまわりをとびはねては、しきりに木の上にむかってほえたてました。  そこで、王さまが近よってみますと、おどろいたことに、ひたいに金《きん》の星をつけた美しいお姫《ひめ》さまが、木の上にすわっているではありませんか。お姫さまのあまりの美しさに、王さまはうっとりとして、じぶんの妃《きさき》になる気はないかとよびかけました。お姫さまはなんともへんじをしませんでしたが、ほんのちょっとうなずいてみせました。  それを見た王さまは、じぶんでその木にのぼって、お姫さまを木からおろしました。それから、じぶんの馬にのせて、いっしょにお城《しろ》へつれかえりました。  やがて、ご婚礼《こんれい》の式が、めでたく、りっぱにとりおこなわれました。けれども、花よめはひとことも口をききませんし、わらいもしませんでした。  ふたりはいく年かのあいだたのしいくらしをつづけました。ところが、王さまのおかあさまは、もともとたち[#「たち」に傍点]のよくないひとでしたので、ぼつぼつわかいお妃《きさき》さまのわる口をいいはじめました。そして、王さまにこうつげ口をしました。 「おまえがつれてきたのは、いやしい身分《みぶん》のむすめですよ。かげでは、こっそりどんなわるいことをしているか、わかったものではありません。口がきけないにしても、いちどぐらいはわらいそうなものです。とにかく、わらわない人は、心のよくない人ですよ。」  王さまは、さいしょのうちは、そんなことを信《しん》じようとはしませんでした。けれども、年よりがいつまでもそのことをいいはりますし、それに、いろいろとわるいことをお妃《きさき》さまのせいにしますので、とうとう、王さまもいいまかされてしまって、お妃さまに死刑《しけい》をいいわたしました。  こうして、お城《しろ》の庭《にわ》で大がかりな火がたかれました。この火のなかで、お妃さまが焼《や》き殺《ころ》されることになったのです。王さまは二|階《かい》の窓《まど》ぎわに立って、涙《なみだ》ながらにこのありさまをながめていました。だって、王さまはいまでもなお、お妃さまがかわいくてならなかったのですもの。  いよいよ、お妃さまが柱《はしら》にしばりつけられました。火がはやくも赤い舌《した》をチョロチョロさせて、お妃さまの着物《きもの》をなめはじめました。  ちょうどそのとき、七年という年月のさいごの瞬間《しゅんかん》がすぎさったのです。と、空にバタバタという羽《はね》の音がして、十二|羽《わ》のカラスがとんできて、地面《じめん》にまいおりました。そして、その足が地面にふれたかと思うと、たちまち、十二人のにいさんたちのすがたになりました。みんなは、妹のおかげですくわれたのです。にいさんたちはすぐさま火をかきちらし、ほのおをもみけして、かわいい妹をたすけだして、キッスをしたり、だきしめたりしました。  さて、いまこそ、お妃《きさき》さまは口をひらいて、話すことができるのです。そこで、どうしていままでひとことも口をきかず、またいちどもわらわなかったか、そのわけを王さまに話しました。王さまは、お妃さまになんの罪《つみ》もないことをきいて、それはそれはよろこびました。そして、この人たちは、死《し》ぬまで、みんないっしょになかよくくらしました。  心のよくないまま[#「まま」に傍点]母のほうは、裁判《さいばん》にかけられて、煮《に》えくりかえった油《あぶら》と、毒《どく》ヘビのいっぱいはいっているたるにいれられて、むざんな死にかたをしました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「十二|人《にん》兄弟《きょうだい》」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2020年6月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。