煙突 山川方夫 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)疎開先《そかいさき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)日々|空《から》っぽ [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)あさましさ[#「あさましさ」に傍点] -------------------------------------------------------  戦災で三田の木造校舎を全焼したぼくらの中学校は、終戦後、同じ私学の組織下の小学校に、一時同居することになった。昭和二十年十月一日から、だからかつて五反田の家から通っていた天現寺の小学校に、ぼくは今度は中学三年生として、疎開先《そかいさき》の二宮から片道二時間以上もかけて通学せねばならなかった。  だが、仮の寓居《ぐうきょ》にせよ、中学は復活しても、「勉強」はまだそこにかえってきたわけではなかった。三年生以上の全員は、こぞって大井町の被災工場の後始末に動員され、焼けたセメントや機械の破片をモッコで担いであたりを片づけねばならない。病弱のぼくは学校に残され、たまに連絡を命じられて大井町まで通うほかは、四、五人の同僚とともに、毎日、玄関脇《げんかんわき》の小部屋でポツンと無為《むい》の時間を過すのである。……だいたい、ぼくの中耳炎は全治していたのだ。勝利のために、一億玉砕、という錦《にしき》の御旗《みはた》が、握りしめていた手からすっぽりと引っこ抜かれ、がっちり両手で握っていたものの正体がじつは透明な空白だったことに否応《いやおう》なく気づかされたぼくは、いまさら健康を害してもバカバカしいというしらけた気持ちから、「居残れ」という教師の言葉に無感動に従ったのだが、しかし、この薄暗い小部屋での残留組とのつきあいのほうが、はるかに不健康なものであったことは、その最初の日のうちにわかった。  正面玄関の脇《わき》の、便所の隣りのその小部屋には、朝も昼も夕方も、まるっきり日が当らなかった。北東に面したただ一つの窓の前は、卒業したぼくらの植えた桜やケヤキや椿《つばき》などが、骨みたいな細い枝を縦横にはりめぐらせ、陰気なその部屋をいっそう薄暗くしている。そこに顔をそろえた総計五名のうち、ぼくのほかの男たちはいい合わせたようにかなり強度の胸部疾患者ばかしであり、陰気な咳《せき》ばかりつづけていた。それも、山口という同学年生をのぞいては、みなうっすらと髭《ひげ》が生えた顔にも見おぼえがない上級生であり、年長者である。たぶん、かれらはここ二、三年動員不参加のために落第をつづけて、いまさら中学生とは恥ずかしいが、ただ上級学校へ行く資格のために出席をカセごう、といった人びとだったのだろう。かれらは皆、おそるべく勤勉であり、おそるべく生真面目《きまじめ》であった。かれらに、それは友だちのいないせいだったかもしれない。  ぼくは、とにかくそのしばらく学校を遠ざかっていた人たちが見せる、へんに腰が低く、そのくせへんに年長者を誇示する、エゴイスティックで点取虫じみた応対がきらいだった。豪放でユーモラスで融通のききすぎる与太公《よたこう》みたいなのにも感動しないが、落第組はみんな官吏みたいにインギン無礼だった。要するにかれらは年下であり、かつ初対面のぼくらにフランクにうちとけられず、といってここ二、三年の「お留守」のためキャリアの古い上級生として威張ることもできず、ぼくらに接する態度をきめかねていたので、その距離の不安定さでよけいぼくらを気づまりにし、おたがいに関係を妙なものにしていたのだ。かれらはぼくと山口とだけを「さん」づけで呼び、かれらどうしではいかにもよそよそしく、「……クン」と呼んだ。『新生』や『世界』やらを仰々しくカヴァをつけて回覧したり、将棋でそれぞれの頭脳の優秀さを必死に競いあったり、(まったくそれはゲームと呼べる種類のものではなかった)また、かれらは性のことについては、極端なカマトトや極端な好奇心や極端な無関心やを気取る。……そのころ、ぼくは「女」に、ことさらの少年らしい伝説的なヴェールや空想をかぶせることはなかった。動員や空襲や疎開などのめまぐるしい明け暮れを送迎して、自分がなにかを欲したとき、すぐそれを直視し突貫するという能力とあさましさ[#「あさましさ」に傍点]に、ぼくは充分自信をもっていたし、自分がまだ女に特別な関心がないのを信じていたから、そのような「極端」のかたちであらわれる一種の羞恥《しゅうち》には、ぼくはまるで縁がなかった。――他人のことは他人のこと、腹がへれば躊躇《ちゅうちょ》なく芋俵に突進する。他人の目や腹や正義や幸福にはおかまいなく、ただ自分の関心事だけに忠実に行動すること。そういうあくまでも「個」としての自分への率直さは、混乱した当時の社会の中で、十五歳のぼくがぼくなりに獲得したただ一つの倫理だった。  部屋には、きっとさまざまの病気の黴菌《ばいきん》がみちていたことだろう。だが、色の青白い、まるでそれが仕事みたいにいつも咳《せき》こんでばかりいるそんな同僚たちの中で、老人のようにぼくも背をまるめて、一日じゅう手当りしだいに新聞や雑誌の活字をくりかえし舐《な》めるように読んだり眺めたり、また日独米英の飛行機の絵をいたずら書きしたりして日を送った。そのほかに時間のつぶしようがなかったのだ。ただ一人の級は別だが同学年生の山口を、だからぼくは話相手にしようと思った。  山口は、色白で顔が小さく、背丈と四肢ばかりがチグハグにひょろひょろとのびかかって、少年期から青年期への、あの不安定でヒレのつかない成長の過程にいた。それはたぶんぼくも同じだった。が、彼はひどく神経質で、無口で、可愛い兎《うさぎ》のような顔のくせに、おそろしく不愛想なのであった。……ある日、ぼくが便所で用を足していると、重い跫音《あしおと》が聞こえて、彼は冷たい風のように入ってきた。チャンスだ、とぼくは思った。 「この便器、児童用だな。……やはり、こんなものにでも小ささをかんじるほどでかくなったんだな、ぼくら」  下心のせいで、親しげにぼくはいうと、わざと破顔一笑という感じを誇張させて笑った。……が、彼は眉《まゆ》一つ動かさない。怒ったような目で白壁を睨《にら》んだまま、答えようともしない。 「みんな、どうも陰気な連中でね。……ときどき、ぼくは議論でもして、舌をペラペラと軽快に全廻転《ぜんかいてん》させてやりたくなるよ。はは」  下のほうから黄《き》っぽい小水《しょうすい》の湯気につつまれ、でも彼の表情は、微動だにしない。ぼくは呆《あき》れ、半ば感嘆して、でもボタンをはめながらウロウロとそこを離れたくなかった。 「君はでも、そうは思わないかい?」  そのとき、ガツンと顎《あご》を突き上げるみたいな、この上なくつっけんどんな彼の答えがきた。 「……思わないね」  彼はさも軽蔑《けいべつ》したように横目でちらりとぼくをながめ、フン、と鼻を鳴らした。そして戦闘的に右肩をそびやかすと、そのままぼくには目もくれず、さっさとそこを出て行ってしまった。……ぼくの、甘い下心は死んだ。  ぼくはそのときのやりとりに、まるでぼく自身の愚かしく卑屈な不安定さを相手にしたみたいな、ある不快な憤慨をおぼえて、もう二度と彼と口をきく努力はすまいと決心した。――気の合う友だちを残留組に勧誘しなかったことをぼくは悔んだが、もはやすべては後の祭りだった。休むことは落第することでしかなかったのだ。  かつて「白堊《はくあ》の殿堂」とさえ呼ばれた天現寺の鉄筋コンクリートの校舎は、完成してまだ十年にみたなかった。戦争まえまで、それは東洋一の設備と瀟洒《しょうしゃ》な美観を誇るものだといわれていた。が、対空擬装とやらで、ところどころ――といってもその半分以上を、純白のコンクリートの上に容赦なく迷彩の黒いコールタールを塗られてしまったので、幾何学的な線で白黒に染め分けられたその姿は、いまははなはだ異様なものであった。奇怪ともみっともないともいいようのない、みじめで情ない姿なのだ。中央部から屹立《きつりつ》する高さ二十メートルほどの煙突も、半分までを真黒に塗られていた。かつてそれはスチームの黒煙を濛々《もうもう》と吐きながら、白いキリンの首のように、優美に周囲を見下ろしつつ大空に鮮やかに直立していたというのに。……  茹《ゆ》でたジャガ芋二つの朝食を嚥《の》みこんで海岸の家を出ると、ぼくは六時二十九分の汽車で上京して、品川から四谷塩町行の都電に乗る。そして、いつも古川橋から渋谷川に沿って光林寺ちかく、冬の白じらと色の褪《あ》せた寒空のなかに、いまは空のしみほどの煙も出さない薄汚ない煙突をながめ、何故《なぜ》かかならずくる急激な空腹感といっしょに、寒風に裸の皮膚をさらしているその煙突のような孤立した冷えびえとした気持ちが、さらに暗澹《あんたん》としたものに深まって行くのをかんじる。……毎日の、その白黒の四角い壁の中での生活は、まさにその校舎の外観にふさわしく、陰鬱《いんうつ》で暗くてみみっちい、憂鬱《ゆううつ》でみすぼらしいそこの囚人じみたものであった。囚人――そういえば、その汚ならしい四角い白黒の校舎は、なにか刑務所じみた不気味な陰惨さもたたえていた。  そして、そんな囚人のような寒《さむ》ざむとした毎日をつみかさねているうち、いつのまにか、ぼくにもちょうど同僚と同じ病人としての感覚が生まれてきて、ひどく内省的で悲観的な、孤独な重症患者のような気分までが伝染してきた。……病人どもには(ぼくを含め)おしなべて活気がなく、たまに見たり聞いたりする土方《どかた》仕事の同級生たちの、サボったり、喧嘩《けんか》したり、映画を見たりダンスを習ったりするその余剰なエネルギーを、ぼくはふと、別世界のもののように遥《はる》かなものにおもう。さらに、それを想《おも》うたびに、まるでショウ・ウィンドウの向うの一皿料理を見るみたいな、それに手のとどかぬ焦躁《しょうそう》と猛烈な嗜欲《しよく》と絶望とをかんじるのだ。無気力で、つねにそれぞれのタコ壺《つぼ》のような沈黙のなかにとじこもった残留組の中で、同じような沈黙の日常をくりかえしながら、ぼくはいつもそういった抽象的な空腹感と、現実の腹を刺すそれとを、ほとんど絶え間なく交互に味わいつづけていた。  ぼくはそして、ときどきこんなことを思うようになった。何故《なぜ》、こんなにまでして通学せねばならないのか。このような毎日をつづける意味は、要するに「大学出」になることでしかない。でも、ぼくはこれからの生活は、いったいどうして行くつもりなのか?  腕に職のない「大学出」の悲劇を、疎開先での生活のうちに、数かぎりなく見聞したせいもあった。一年まえに父を亡くした個人的な家庭の事情もあって、早く「大学出」になり、一人前に金をカセがなければならない。しかし、そうしてただ卒業を焦り、落第をおそれた通学をつづけながら、ぼくはようやく経済的にも多大の出血を要求する通学、相模湾《さがみわん》べりの海岸の中央部に位置する漁師町からの、毎日往復五時間弱を要する通学に――また、そんなぼくが、日々|空《から》っぽの貨物列車みたいな、単調で無意味なただ時間を消すだけの義務的な往復しかくりかえしてはいないことに、はじめてある不安と疑問とが萌《きざ》してきたのだった。おそらく、それはぼくが、残留組の病人たちと同様、無内容なくりかえしにしか生きてはいず、そしてそのくりかえしが、すでにぼくに無内容としか思えなくなったことの証拠であり、自覚だった。  でも、だからといって学校に通わないわけにはいかなかった。なんのよろこびも、生甲斐《いきがい》もないまま、ぼくには、すでにはっきりと無意味だとわかったその日常をくりかえすことのほかに、できることがなかった。休むにせよ、止《や》めるにせよ、ぼくには天現寺への往復に替えうる生活の目安がなかったのだ。新しい生甲斐のある生活をつくることに、ぼくは懶惰《らんだ》であり、不信であり、自分の体力を考え、絶望してもいたのだ。だから、ぼくは依然として時計の振子のように正確な同じ毎週だけをくりかえした。他《ほか》の生き方の手がかりを想像することもできぬ自分を、ぼくはその他に処理する方法を知らなかった。まさに他の同僚たちと選ぶところのない、陰湿なカビのようなその一員でしかない自分に気づいた。  ぼくは、残留組の病人たちから、あらゆる意味で自分を隔離しようと思い立った。――これ以上、かれらに影響されたくなかったし、とにかくかれらとは違うぼくを守り、育てようと考えたのだ。できるだけ建設的ななにかに、自分を集中させよう。この空白の時間を、自分の預金にするか、またいたずらに消費してしまうか、それはこのぼく次第なのだ。……そこでぼくは亡父の古本をもとでに、毎日曜日、二宮の貸本屋に行き七冊ずつ本を借りた。一日一冊がぼくの日課で、自分にぼくはそれを強制した。それは、ぼく自身でのぼくの生活の規定であり、目安であり、いわば、法則でさえもあった。……ともあれ、同僚の中で自慰的に消極的な孤独におちいるより、ぼくは生きている充実を自分なりにつくりだしたい願望から、あえて積極的にかれらから孤立[#「孤立」に傍点]することを選んだのだ。が、それは案外、生きることの充実感を喪失した影響[#「影響」に傍点]でしかなかったのかもしれない。  小学生や中学の低学年生たちの授業時間に、ぼくはだから玄関脇《げんかんわき》の小部屋から脱《ぬ》け出し、一人で屋上に出ると、その白い平面に特大のマッチのような形で突出した出入口の、それもやはり半分から上を黒く塗られている壁に、ボールをぶつけて遊んだ。授業中の校舎は森閑《しんかん》としていて、ときとして屋上にはりめぐらされた金網の向うに、校庭で体操をしている幾組かの騒音や、号令や小さな叫びや、霞町《かすみちょう》のほうからゴトゴトと走ってくる小型の都電の軋《きし》むような車輪の響きまでが、アブクのように空《うつ》ろに浮かびあがってくる。人気《ひとけ》のない、平坦な白い石の砂漠のようなしずかな屋上に、ボールはポクンと壁に当って、ぼくの足もとに転げてかえってくる。  同じ音程でくりかえす、奇妙な呟《つぶや》きに似たボールのその手ごたえのある響きこそが、つまりはぼくの孤独を確証するこだま[#「こだま」に傍点]だった。そして、それは比較的、青空のように澄んだ一途《いちず》な気分になれる、ぼくの好きな遊びだった。「汗をかきたい」という衝動が起こるたびに、だからぼくはボールを握り、こっそりと一人で屋上にかけ上った。  壁には、ちょうどストライクのあたりに、黒いしみ[#「しみ」に傍点]があった。ぼくはそこを目がけて、投げる。――えい、打たしちまえ、インサイドだ。レフト、バック、などと呟きつつ、一人でカウントをとり、ぼくはそうして六大学のリーグ戦を挙行したのだ。無意識のうちに手加減をしてしまうのか、どうしても母校のケイオーは敗《ま》けなかった。ぼくは熱心に敵方のときも大真面目《おおまじめ》で投げているので、それが不思議でならなかったが、それでも相手方をシャット・アウトに抑えたときの気分は、なんともいえず嬉《うれ》しかった。  屋上には、たいてい初冬の荒い風がひとりで居丈高《いたけだか》に駈《か》けめぐっていたが、閑静でもあったし、晴れた日には日当りがよかった。だれ一人あらわれない授業時間に、ぼくがそこで過す時間は多くなった。秘密のそこはぼくのホーム・グラウンドであり、ぼくはその壁の直角になった隅に背をもたせて本を読んだり、弁当をたべたりもした。――同僚は、たいてい磨かれたように白く光っている白米のぎっちりつまった豪華な弁当をひろげていたが、ぼくのはたいていフスマのパンか、粟飯《あわめし》のパラパラなのを防ぐためにそれを小さなお握りにしたやつであった。ぼくは我慢をして、一人だけ、五時間目の終るころにたべた。さもないと、帰りの汽車の中で目が廻《まわ》るほど空腹になるのだ。  しかし、ぼくは元気だった。その日の分にきめた一冊を読み終えたときなど、ぼくは激しい速度感をためしてみたいような健康へのうずうずした心の傾斜に[#「傾斜に」は底本では「斜傾に」]敗け、人ひとりいないのを幸い、一人で気違いのように叫びながら、屋上を疾走してまわったりする。……なにか、それでも物足りはしない。全身全霊をうちこんで、という表現がピッタリするような感覚に、たしかに、いつもぼくは渇いていた。  年が変っても、同級生らの動員はいっこうに解除されなかった。しぜん、ぼくは居残りの一員としての毎日をつづけねばならなかったが、かえってそれがぼくには好都合に思えた。リーグ戦が、あと三ゲームほど残っていたのだった。  一月の中旬が過ぎるころ、あと残された試合はワセダとの決勝戦だけになった。双方とも勝点四ずつをあげ、ことにケイオーは、この試合に連勝すればかがやかしい無敗の完全優勝の「壮挙」になる。  よく晴れた午後であった。その日の慶早両軍のそれぞれの秘策を練るのに夢中なまま、ぼくが弁当の風呂敷包《ふろしきづつ》みとボールとを持ち階段を駈けあがると、屋上の金網に幽霊のような姿勢で両手の指を突っこみ、じっと広尾《ひろお》方面の焼跡を見下ろしている一人の先客の背が目にはいった。山口であった。ご機嫌で自分が「若き血」の口笛を吹いていたことに、ぼくは秘事をあばかれた羞恥《しゅうち》を平手打ちのように頬《ほお》にかんじて、口をとがらせて立ち止った。  不愉快ははなはだしかった。が、いまさら階下へ降り、同僚の不健康で有毒な口臭や、無気力でしみったれた笑い声や空咳《からせき》、「年ごろ」の会話をぎこちなくこねまわしている暗い物置のような詰所で、同じようなくすんだ仏頂面《ぶっちょうづら》をならべて黙りこくる気分には、とうていもどりたくなかった。ボールをポケットにねじこみ、ぼくは中断した応援歌の口笛をふたたびわざと高らかに吹き鳴らして、屋上の中央へと歩きだした。  ぼくと同様、山口も一瞥《いちべつ》しただけでぼくを黙殺した。黒い手編みの丸首のセーターが、薄っぺらな学生服の襟《えり》からはみ出し、むこうを向いた色白な秀才タイプの彼の首を、よけい繊弱《せんじゃく》に、かぼそく見させていた。ゲートルをつけていない彼の宮廷用ふうの細長い二本のズボンの下には、不釣り合いなほど巨大な、足枷《あしかせ》をおもわせる赤い豚革の編上靴《あみあげぐつ》が、まるで彼を風に吹き飛ばされないための錘《おもり》のようにならんでいた。  ぼくは、頑《かたく》なに背を向けたままのその山口に、ある敵愾心《てきがいしん》をかんじた。彼に目もくれず、だからぼくも一人で壁に向かい、自分だけの慶早戦をはじめた。真向《まっこう》から吹きつけてくる青く透きとおった風を感じながら、耳のなかに、かつて通った神宮球場の歓声や選手たちの掛声をよみがえらせ、怒ったように力いっぱいぼくは投げつづけた。  彼を無視する強さ[#「強さ」に傍点]を、ぼくは獲得しようとしていたのだ。山口は、だが、なにもいわず、そうかといってそのぼくを眺めるでもなく、散歩するでもなく降りて行くでもなく、ただじっと金網越しの下界を眺めつづけている。そしてぼくは、しだいにその彼の存在を忘れ、空想の慶早戦に熱中しだしていた。  四対零。ケイオーのリードで三回は終った。さあ、飯をたべよう。  振りかえって、ぼくは自分の強さの確認と、専心していたスポーツに一段落のついた爽快《そうかい》で無心な気分から、ほがらかに山口を見て笑った。すると、彼は意外にも、偶然ぼくと目を合わせたのを恥じるように、山肌に淡く雲影が動くような、無気力な微笑をうかべた。……彼の、そんな微笑なんて、ぼくには初めての経験であった。その笑顔には、いわば秘密の頒《わか》ちあいめいた暗黙の連帯と、それを恥じながら認める感情の手ごたえとが、たとえ力無くではあろうと含まれていたのだ。  ――友人になれる。そんな無邪気な直観が、ぼくを陽気にした。ぼくはボールをポケットに押しこみ、拾った弁当箱を片手に、まっすぐに山口のほうに歩み寄ろうとした。  そのとき、弱《よわ》よわしく視線を落した山口の目が、ぼくの弁当にふれると、急にそれを滑りぬけて流れた。はっと、はじめてぼくはあることに気づいた。そうだ、彼はいつも昼食をたべてないのだ。――昼休みのはじまるころになると、彼はいつでもスーッと部屋を出て行ってしまう。なんの気なしにその姿勢を憶《おぼ》えていながら、その理由にいままで気づかなかったぼくは、なんてバカだ。……だが、はたしていま、彼に弁当を半分すすめたものだろうか?  じつをいえば、そのときぼくを躊躇《ちゅうちょ》させたものは、ほかならぬ自分自身の昼食が半分に減ること、そんな自分の空腹の想像などではなかった。そんなことは、まったくぼくの頭にはなかった。――それは、恥ずかしいことだが、「善《よ》いこと」をするときの、あの照れくささであり、奇妙な後ろめたさだった。  つづいて、ぼくに弁当をつくるために昼食を抜いている、母への罪悪がはじまる予感がきた。気の弱いぼくのことだ、一度それをしたら、おそらく習慣にせざるをえなくなってしまうだろう。すると、帰途の汽車の中での、あの疼痛《とうつう》に似たせつない空腹感、やがて空《す》ききってそれが痛みかどうかさえわからなくなり、ただ、どこにも力の入れようのない苛立《いらだ》たしさがからだ全体に漂いだし、遠くのものがかすみ、近いものが揺れて見えはじめる、あのその次の状態が、なまなましくぼくによみがえった。……だが、結局ぼくが弁当を分けることを中止しようと思ったのは、神経質で孤高で傲慢《ごうまん》なほどプライドのつよい山口が、そのぼくの押売りじみた親切に、虚心にこたえてくれっこないという判断であり、おそれだった。ぼくは、自分の弱さをそのまま投げかえされ、嘲笑《ちょうしょう》されるのは、もうたくさんだと考えたのだ。  ぼくは思った。ぼくは、一人でほがらかに弁当を食おう。それはぼくの権利のフランクな主張であり、彼のプライドへのフランクな尊敬である。あたりまえのことをするのに、あたりまえの態度でしよう。人間どうしのつきあいでは、けっして触れてはいけない場所に触れるのは、いくらそれが好意・善意・親切からであっても、あきらかに非礼なのだ。……しかし、ぼくの足はもう、金網から手を放した彼のすぐ横にまで、自分を運んできてしまっていた。 「あすこ、日当りがいいな。……行こう」  独り言のようにいうと、ぼくは晴れた冬の日がしずかにきらきらと溜《たま》っている、屋上の片隅にあるいた。返事はなかったが、山口はなにを考えてか、おとなしくぼくにつづいてきた。へんに反抗して、見透かされたくないのだろうか? ぼくは、彼の不思議な素直さに、そう思った。  その片隅に腰を下ろしても、ぼくは黙っていた。同様に坐りながら、山口も無言だった。黙ったまま、ぼくが弁当の風呂敷包《ふろしきづつ》みを解き終ったとき、異様なほどの大きさでぼくの腹が、ク、ルル、ル、と鳴った。はりつめた気がふいに弛《ゆる》み、ぼくは大声をあげて笑った。……それがいけなかった。アルマイトの蓋《ふた》をめくり、いつものとおり細いイカの丸煮が二つと、粟《あわ》の片手にぎりほどの塊《かたまり》が六つ、コソコソと片寄っている中身を見たとき、ぼくの舌は、ごく自然にぼくを裏切ってしまっていた。 「よかったら、たべろよ。半分」  山口は奇妙な微笑をこわばらせて、首を横に振った。それは、意志的な拒否というより、まだ首の坐《すわ》らない赤ん坊が見せるような、あの意味もなにもないたよりない反射的な重心の移動のように、ぼくの目には映った。 「たべなよ。いいんだ」  山口は振幅をこころもち大きくして、もう一回首を振った。膠着《こうちゃく》した微笑が消え、なにか、うつけたような茫漠《ぼうばく》とした表情になって、目を遠くの空へ放した。……激昂《げっこう》が、ぼくをおそった。せっかくの先刻の思慮分別や後悔の予感も忘れはてて、恥をかかされたみたいに、ぼくの頭と頬《ほお》に血がのぼった。  ぼくは、くりかえし低く、強くいった。 「ぼくは素直な気持ちでいってるんだ。お節介なことくらい、わかってる。でも、腹がへってるんだったら、だめだ、食べなきゃ、食べなきゃ……、食べたらいいだろう? 食べたかったら」  絶句して、やっとぼくは昂奮《こうふん》から身を離すべきだと気づいた。ぼくは握り飯の一つを取り、頬張って横を向いた。もうどうにでもなれ、と思った。こん畜生。もう、こんなバカとは、ツキアイきんない。……そのとき、山口の手が、ごく素直な態度で、弁当にのびた。 「――ありがとう」  と、彼はぼくの目を見ずにいった。そして、握り飯をまっすぐ口にほうりこんだ。  まるで、ありえないことが起こったように、ぼくは目の隅で山口が食べるのを見ていた。一口で口に入れて、彼は、わざとゆっくり噛《か》んでいるようであった。  ある照れくささから、相手の目を見たくない気持ちはぼくにもあった。無言のまま、ぼくらは正確に交互に弁当箱に手をのばした。当然の権利のように、彼はぼくがイカの丸煮をつまむと、ちゃんと残った一つをつまんだ。……だんだん、ぼくはかれが傷つけられてはいないこと、あるいはそう振舞ってくれていることに、ある安堵《あんど》と信頼を抱《いだ》きはじめた。それは、最後に残った山口の分の一つに、彼の痩《や》せた青白い手が躊躇《ちゅうちょ》なくのびたのを見とどけたとき、ほとんど、感謝にまで成長した。――ぼくは、彼が狷介《けんかい》なひねくれた態度を固執せずに、気持ちよくぼくにこたえてくれたことがむしょうに嬉《うれ》しかった。  ぼくと山口とは、それからは毎日屋上を密会の場所と定めて、いつもぼくの弁当を半分こ[#「半分こ」に傍点]するようになった。  ――ぼくらはどうしてわざわざ空《から》っ風《かぜ》のさむい屋上などを密会所に定めたのだろう? その小学校には、かなりひろい赤土の運動場も、動員で空っぽのままの教室もあったし、また、運動場のうしろのくすんだ濃緑の林におおわれた小丘には、秘密の面会所には好適の場所がいくらでもあり、さらにその向うには、ほとんど常時|人気《ひとけ》のない草|茫々《ぼうぼう》のこの私学の創立者のF氏邸の敷地が、なだらかにつづいていたのだ。  しかし、ぼくと山口とは、それから毎日、午後の授業がはじまるときまって玄関脇《げんかんわき》の小部屋から脱《ぬ》けだし、別々の階段から屋上でおちあい、そこで最初にぼくが自分の気の弱さから予測したとおり、母の苦心の弁当を半分ずつたべるのを習慣にするようになった。屋上。――ぼくらが最初のその出逢《であ》いの場所をはなれなかったのは、しかし、たんなる習慣というより、その下界を見下ろし、自分と同じ高さにはただ空漠たる冬空しか見えない位置の感覚に、地上の現実をきらうぼくと彼との趣味が一致したことのせいではないだろうか? ……じじつ、ぼくらはときどき地上を見て、焼け爛《ただ》れた一面の廃墟《はいきょ》の中をうごめく人間たちを虫けらのようだといい、戦争や原爆まですべてをアリの世界の出来ごとに見立てて笑い声を重ねた。すくなくともぼくにとって人間たちの世界は、そんないじましい、見えない巨人の足が一踏みすればたちまちあらゆる秩序も正義も美しさも跡形もなくなり、ただの瓦礫《がれき》に化してしまう、インチキなその場その場のウソのお城だとしか考えられなかった。ぼくらは、いわばこれから自分たちがその中で生きるために、ある残酷な決意に似たものが必要なことを、暗黙のうちに確かめあっていたのだ、という気もする。――  雨の日など、ぼくらは屋上への階段の、てっぺんの一段に足をのせて、階下に向かってならんで腰を下ろした。そして二人の中央のコンクリートにじかに置いた風呂敷包《ふろしきづつ》みの弁当から、無言でそれぞれの分だけをたべる。ぼくは、そんな二人の少年|乞食《こじき》のような姿でわずかな食事をわけあうぼくと山口とに、まるで人目をしのぶ泥棒ネズミのような、ある隠微な、みすぼらしい友情がつながっているのをかんじる。おそらく山口にしても、同じか、またはもっと惨めな気持ちだったろう。すべての人間たちを、自分らの足の下にうごめくものとして感じること、それはそんなぼくらの感情の、せめてもの代償だったのかもしれなかった。  しかしぼくは、自分と山口との関係を、より親しいものにしようとはつとめなかった。意識的にそれを避けた。どちらかといえばぼくはすぐ夢中になりやすい人なつっこい甘えん坊で、ちょっとタガを弛《ゆる》めるとすぐに流れ出し、全身で相手にもたれかかってしまう。ざっくばらんな話のできるそんな相手がひどく欲しかったのだが、山口が、食餌《しょくじ》を提供される引きかえのように、そのぼくの態度をいい気な「強制」と取るのがいやであった。だからぼくは、弁当を二等分するときだけ、別人のような親密な会談を交わしながら、それ以外はまったくそれまでと変わらない無関心で冷淡な表情で押しとおした。……どうやら、それは山口のほうでも望んでいた。他の年長の同僚たちと、ときどきぼくは活気のないピンポンなどをつきあったが、彼は絶対にそれにも加わろうとはせず、そんな場所に近づくこともしない。詰所の陰気な空気の中で、彼はいつも一人だけ離れた場所に坐り、ぼくとも目を合わさず、もちろん毎日一つの弁当を食うことなど、忘れ果てたような顔をしている。そのくせ子供っぽい敏捷《びんしょう》な目を鋭くすばしこく光らせ、いつもほの白く冴《さ》えた顔で黙りこくっている彼を見ると、ぼくはときどき、彼はぼくとの間に無言で協定した約束を、内心どう感じているのかと思った。一種の、絶対にひとまえにあらわせない屈辱として、こんな顔のまま、やつは一生ぼくを恨み、憎み、ぼくを仇敵視《きゅうてきし》するのではないだろうか? それとも、彼もここでの無為で陰鬱《いんうつ》な日常に退屈して、あんなお芝居じみた暗黙の協定、おたがいの秘密を、内心、ひまつぶしの遊びみたいに愉《たの》しんでいるのか?  いずれにせよ、山口の表情からは、そのどちらの答えも読めなかった。青カビの色をした表紙の微積分の本に目を落していたり、またさも他人たちがうるさそうに、新聞紙で顔をかくして睡《ねむ》ったふりをしている山口を眺めるたび、ぼくはよく子供ぎらいの老人を連想した。彼の動作にはいつもそんな片意地な、エネルギーのない匂《にお》いがした。一度、彼が机に置いたまま(そんな不用意は、めったに見せなかったのだが)の文庫本の表紙を見て、あんまりその題名が彼にピッタリしているので、一人で失笑した記憶がある。それはたしか、『隠者の夕暮』というのだった。  彼は青山の邸《やしき》のあとに建てたバラックから、かなりの道のりを歩いて通学していた。が、それもべつに口に出さず、彼は自分の生活や家族たちについては一言もいわなかった。ただ、屋上での食後に、彼は黙っているのも退屈だからという調子で、おもに工場に動員されていたあいだの同級生たちの話を、ポツリポツリと語った。中耳炎でその終戦直前の動員をサボっていたぼくに、そのころの話はほとんど未知の領域のことであった。ぼくは、男色についての一応の知識を、同じ十五歳のその彼からはじめて得たりもした。 「……しかしね」と山口はいった。「ぼくはあの戦争中のほうが、なんとなく毎日にハリがあったね。――からだも、丈夫だったし」 「そりゃそうさ」と、ぼくも心から同意して答えた。「なんといってもあのころは、ぼくらはもうすぐ死ぬんだときめていたんだしね。その、目の前の『死』に行き着くにきまっている残り少ない日を、一日ずつ生きていたさ。……毎日、糸がピンと張ったような気分だったね」 「もう間もなく自分が死ぬんだっていう確信、それがぼくたちに充実をあたえてたんだろうな。そんな気がする」 「そうさ、もうゴール・インだって気持ちでぼくたちは張り切って生きてたんだ。ところが、そのかんじんのゴールが終戦でどこかに消えちゃってさ。迷惑な話さ。生きるために生きるなんて、こりゃ撞着《どうちゃく》だよ」 「いま思うと、あのころは気がらくだったな。もうすぐ死ぬんだと思うと、なにか、いっさいがやけにカンタンで、気が軽くなってね」 「ほんと。気がらくだったね」  山口は煙草《たばこ》が好きだったが、ぼくはきらいだった。当時のぼくら――動員中に工員なみにその配給を受けたりしたぼくたちには、大人《おとな》たちに憧《あこが》れ、その真似《まね》をして無理に煙草を吸わねば、と考えたかつての子供たちとは違って、その煙草を拒否する大人なみの権利さえも、同時に配給されていたのだ。ぼくらは、代用品[#「代用品」に傍点]にはちがいなかったがちゃんと一人の「大人」として待遇され、だから「大人」を軽蔑《けいべつ》する資格があると信じてもいたのだった。家からそっと盗んできたという手巻き煙草をうまそうにふかしながらの山口と、ぼくは毎日のようにそんな結論を交換しあって日を送っていた。いまから見ればいささか滑稽《こっけい》とも思われようが、しかし、ぼくらは大真面目《おおまじめ》だった。――ぼくらは、たぶん大人でも子供でもなかったのだし、おたがいにそれを自覚していた。  彼は、髪をぼくに一カ月ほど先《さき》んじてのばしはじめていた。その粗悪な黒いスフの制服の胸は薄っぺらで、色の生白い小さな顔は、まだどう見ても、「思い出の若き日の写真」ふうの少年のそれであった。髭《ひげ》になる生毛《うぶげ》の最初の兆しもなく、蝋《ろう》のように青白くなめらかな削《そ》げた頬《ほお》に、唇だけが染めたように赤く分厚いのだ。そして、そんな子供っぽい全体のなかで、睫毛《まつげ》の深い目だけが、まるで人生の裏ばかりをながめ暮してきた大人のそれみたいに、ときとしてこの上なくいやらしくかがやく。……ぼくは、へんにこの眸《ひとみ》がきらいだった。陰険で、狡猾《こうかつ》で、皮肉で、気のゆるせない人間、だれにも愛されず、だれも愛さないその不幸を、まるで武器だとしか考えていないようなその目が。……山口も、あるいはその目のいやらしさを意識していたのか、話をしていてもけっして相手とまともに目を合わそうとはしないようであった。  ところで、空腹はたえがたいほどになった。――いくら説得しようと努力しても、餓《う》えきった胃はいっかな満足せず、薄氷《うすらい》のような疼痛《とうつう》だけをみなぎらせて、全身に力を供給しようとはしない。ちょうど四日にいっぺんの割で、ぼくは目がくらみ、どうにも動く気力さえ出せなくなる。朝、駅の階段がのぼれないのだ。途中でへたれこむ自分が可笑《おか》しくなり、笑うと、その笑いすら半分ほどで消えて、いつのまにかぼくは目を据《す》えたまま短い吐息をくりかえしているのだ。……  やむをえず、ぼくは毎週水曜日か木曜日かの一日は通学を休んで、家で寝てすごした。(山口さえいなければ、ぼくはもっとたくさん休んだろう。あの昼食の半分を供給する習慣の消失が、山口にはどんなに苦痛だろう。しかもこの習慣は、ぼくのほうからつくったのだ、――そんな責任の意識が、あとの日々をぼくに休ませなかったのだ)でも、ぼくは一日一冊の読書をする日課は、欠かしたわけではなかった。岩波文庫のうしろの目録の、あのぎっしりとならんだ古今の名著の題の上を、読了したしるしのマルで埋めて行くことに、ほとんどぼくは憑《つ》かれていたといえる。読書した冊数は、もう七十冊に間近かった。  校庭の裏手へ行くと、そこだけは厳冬の寒風もいじめにやってこない日当りのいい窪地《くぼち》が、林の終るあたりから緩やかなスロープをつくっていた。そのうちにときどきぼくはそこに行って、枯れた芝の斜面を、一人で横になり、ゴロゴロところげ落ちてたのしむのをおぼえた。  てっぺんで、ぼくはまず横ざまに倒れて、「気をつけ」の姿勢で硬直する。それからからだにはずみをつけ、思い切って斜面をころげだすと、空がまわる。世界がまわる。そして日向《ひなた》くさい枯草の匂《にお》いが、粗い土の匂いが、ぼくの鼻の穴いっぱいにつまってくる。――それは、力を極度に倹約して、しかも快適な速度感を味わうことができる、不思議なほど面白いあそび[#「あそび」に傍点]だった。……ぼくの回転は徐々に急速となり、めまぐるしく、意識が遠心分離機にかかって遠くへ振り飛ばされるみたいに、二、三回、胆《きも》の冷えるような夢幻的な思いがはしって、やがて力無く、ぼくのからだは一箇《いっこ》の死体のように停《とま》る。そのまま、たいていはぼくは鼻を斜めに枯芝か地面に押しつけ、しばらくは呼吸を殺している。――とくに、ぼくは最後の、「死体のように」停止し、静止する寸前の感覚を好んだ。そのとき、ぼくは人間のかたちをした、一箇の完全な「物」になりきっているのだ。「物」のみがもつ無心の静謐《せいひつ》、確乎《かっこ》たる不動の感覚、言葉のない、しかし有限な一つの暗い充溢《じゅういつ》、無責任な物質の充溢だけに任しているのだ。……  だから、ぼくはまた斜面を這《は》いあがると、横ざまに倒れ青空の奥をみつめたまま、ちょうど山から伐《き》り出されてきた材木のような姿勢をとり、またしてもころげ落ちる。――「野球」をするほどのエネルギーもすでに持ち合わせてはいないぼくは、飽きるまでそれをつづけたあと、よく膝小僧《ひざこぞう》をかかえて、生暖かい日射《ひざ》しを正面から浴びながら、放心したような時間にはいった。  ぼくが山口に、二人でいるときよりもさらに深い、あたたかい友情をかんじるのは、そんなときであった。彼はぼくの邪魔をしない。ぼくも彼の邪魔をしない。二人の倫理感、他人についての理解は一致しているのだ。ぼくは彼が好きだ。彼もきっと、ぼくを好きだ。……突拍子もなく、鋭くそうぼくは思ったりした。自分の空腹をしのんで、毎日ぼくが彼と弁当を半分わけにし、そのときしか話しあわないぼくら二人の連帯を、ぼくは、だからこそ[#「だからこそ」に傍点]気らくで、貴重なのだ、と思った。いくら腹がへっても、ぼくはだからその習慣を変えたくはなかった。縁まで水のはいったコップを捧げもつみたいに、ぼくはただそれだけの友情、ただそれだけの山口との関係を大切に守りつづけた。休んだ日には、山口へというよりも、その友情への危惧《きぐ》と申しわけなさとで胸がいっぱいになった。  二月の初めころだろうか。ぼくら残留組にあてられた小部屋で、ときどき教師からたのまれるガリ版刷りの試験用紙の作製に、ぼくが蝋紙《ろうがみ》に鉄筆で字を書いているときであった。同僚たちはそれぞれ手分けをして、のろのろと全員でその仕事を手つだっているのに、山口の姿だけが見えなかった。 「あいつ、どこ行っちゃったのかな」  疲れたので交替してもらうつもりでそうぼくがいうと、ローラーを押していた最年長の一人が、皮肉な顔でいった。 「山口さん? あの人は、こういうときはいつでもどこかで昼寝ですよ」 「あの人は、ナマケモノってんじゃなくて、ケチなんだね」と、するともう一人が陰気な顔のままでいった。「舌を出すのも惜しい、ちょっとのエネルギーを使うのも惜しい……」  そして人びとは、あわれな咳《せき》の音をまじえながら笑った。 「でも、ムリはないよ。カレの家は、はやくバラックじゃない家を建てるために、家族全員でお金を貯《た》めているところなんだってさ。だからカレ、電車にも乗らずにここにくるし、昼食だって抜いてるんだ」 「どうして知ってんですか? そんなこと」  とぼくはいった。山口について、ぼくは家を建てる資金を貯める目的で彼が家族に協力して昼食を抜いてるなどとは、考えてみたこともなかった。 「ぼく?」と、するとその一人が答えた。「ぼくはカレの兄貴と同級生だったんですよ。こないだ道で会ってね、聞いたの。この夏にはもう、なかなかリッパな家が建つらしいよ」  一人がいった。 「あの人の家は、どこか下町のほうの大きな地主でしょ? もう相当に貯めこんでるんじゃないかな。だいいち、土地をちょっと手離せばいいのにね。べつに全員で食事まで倹約しなくても……」 「でも、土地は持ってれば持ってるほど値段が上りますよ。そこが、いかにも山口さんのお家らしいところじゃない?」  ローラーを持った同僚がいった。人びとはまた無気力な笑い声を合わせた。  ぼくは黙っていた。――やはり、それはショックだった。父が死に、家には金がなく、おまけに未帰還の夫を待つ母の妹である叔母が、五つと三つの男の子をつれて同居している。ぼくの弁当のみすぼらしさは、だから、やむをえないことだ。が、山口の家は、その気になれば、らくに闇米《やみごめ》でも買えるだけのお金があるのらしい。では、ぼくのしていることはいったいなんだろうか? ぼくは、彼がぼくの勝手に信じこんでいたような「仲間」ではないのだと思った。金のないぼくがただでさえ貧しい弁当をわけてやって、金のある彼は、そのぼくの好意を利用しながらすっぽりと「リッパな家」におさまろうとしている。ぼくのお節介はなるほどコッケイだが、彼のやり口もずいぶん不正直でアクドイのではないだろうか?  そのショックが激怒に変化しなかったのは、案外、ぼく自身にもはやそれほどのエネルギーがなかったせいかもしれない。ぼくはバカバカしく、自分の人の善《よ》さと愚かしさに呆《あき》れながら、結局、ぼくは山口の家族たちが建てる新居の、一畳か二畳分くらいの協力をした計算になるかなと思った。さすがに、すぐ鉄筆を握り、気を取り直して仕事にかかる気分にはなれなかった。  ようやくぼくに反省が来たのは、その日、やはり午後の授業がはじまり、習慣どおり弁当をもって屋上への階段を上りかけた途中だった。もちろん、ぼくは山口に詰問し、噂《うわさ》が事実ならば習慣[#「習慣」に傍点]は中止するつもりでいた。が、その詰問の予習をしているうち、ぼくは山口には、ほとんどなんのいい分もない自分に気づいたのだ。  まず、ぼくは山口のほうの事情とは関係なく、ほとんど強制のように強引にぼくの弁当の半分こをすすめたのだ。山口はたんにそれに応じてくれたにすぎない。彼を不正直だとなじるのもいいが、だいいち、ぼくは彼が正直に彼の家の事情を語るのを条件[#「条件」に傍点]に、食事の二等分を申し出たわけではない。だから、彼には落度はない。落度、非、手ぬかり、それらはすべてぼくの側にあって、彼がぼくをダマしたのではなく、ぼくが勝手に彼にダマされていたのでしかない。……  ぼくの怒りは、しだいにぼく自身への嫌悪にかわってきた。そうなのだ。すべてはぼくの一人相撲《ひとりずもう》なのだ。不意に半分たべろといい、今度は急に何故《なぜ》黙って半分たべたのだといって怒って絶交する。こんな理不尽こそ、山口にぼくの得手勝手だ、有害なわがままだと糺弾《きゅうだん》されてもしかたがない。  ――そして、ぼくは気づいた。だいたい、ぼくは一度だって彼を自分の本当の「仲間」だと信じたことがあったろうか? ぼくはぼく、彼は彼で、ぼくはその離ればなれの場所でべつべつに生きている二つの「個」が、わずかに触れあったり、ひとときの連帯を感じられたりするからこそ、あの屋上での食事の習慣を、積極的に習慣[#「習慣」に傍点]としようとしたのではないのか? ……山口という一人の他人、一つの「個」を、ぼくにはわけのわからない「個」だと思っているからこそ、あの食事どきだけのおたがいのつながりを「貴重」視し、それに甘えてもとも子もなくさないようなつきあいを屋上での時間だけに限定して、水のいっぱいはいったコップみたいに、大切にそれを守りつづけようとしたのではなかったのか? ……たとえ、あの連帯感、あの友情が、ぼくの一人よがりな錯覚にすぎず、その錯覚から織りなした幻影であるとしても、すべての連帯感、すべての友情が、じつはそれぞれの同じような錯覚によってのみ成立すること、しかしこの事実は、その連帯感や友情をウソだとする根拠にはならないこと。それらについては、すでにぼくはいやというほど、戦争中の経験で思い知ってきたはずではないのか?  考え、わからなくなり、思い迷いながらぼくはいつもの屋上の隅《すみ》にきていた。と、そこにどこからともなく山口が姿を見せ、いつものように弁当の風呂敷包《ふろしきづつみ》をはさんで、ぼくの隣りに坐《すわ》った。――そうだ、たしかに彼はこの場所に坐り、ぼくの弁当の半分を要求する権利がある、とぼくは思った。何故なら、ぼくがその権利を彼に押しつけたのだから。  つまり、現実のこのおたがいの関係には、なんの変化もないのだ。さっきの噂《うわさ》はたとえ事実であれ、それはぼくの「知っちゃいない」ことの一つ[#「一つ」に傍点]にすぎない。いま、彼にその真偽をたしかめるのは、女々《めめ》しいイヤミの意味しかもちはしない。……すると、ぼくにはなにもいうことがなかった。  寒い日だった。黙ったままいつものとおり山口はぼくの弁当の半分を正確にたべた。それから、その日の天候の話をし、突然、ぼくは毎日ハエを二十匹ずつ殺すことにしている、といった。彼の顔は赤く、目がうるんで、どうやら彼は発熱している様子だった。 「……いままで、医務室で寝ていたんだ」と、彼はいった。「そして、思いついたんだけどね、ぼく、生物ってやつは、毎日なにかを殺さずには生きて行けない、っていう気がするんだ。……人間だって生物だろ。日本人なんて、人口が三分の一ぐらいになるまで、みんな殺しちまえばいいのさ。ことに病人たちなんてね。とにかく、強いものが勝つのさ」  彼が、なにを考えていたかは知らない。が、へんにこの言葉があざやかに印象に残っている。そして、そのときぼくが、赤い頬《ほお》で屋上の石をみつめながらこの言葉をしゃべった山口に、強い感動をうけた記憶も。――  ぼくがなんと答え、正確になんとしゃべったかは忘れた。が、いつのまにかぼくは興奮し、例によって夢中でたしかに生物は生物を食ってしか生きては行けないこと、強いものが勝つということ以外に、絶対的ななんの法則も生物界にはないと思う、という彼のその言葉への同感を、熱心にしゃべっていた。――ぼくは、その日聞いた彼の家のことについては、結局なにもいわなかった。いう必要がなかった。あらためて、ぼくはいままでと同じ連帯・友情を錯覚させるこの習慣がつづくのを、心からのぞんでいたのだった。  山口は、ぼくがそんな噂《うわさ》を聞いたのを知っていただろうか? たぶん、知らなかった、とぼくは思う。ついに、ぼくらはそのことについては一言も触れないままで終った。  でも、たとえまず家を建てようという一家の方針とはいえ、胸を病んでいる十五歳の少年にまで昼食を抜かせるとは、ぼくの「常識」にはなかった。そこにはなにか特別の事情があるのかもしれないし、山口は山口で、またべつの考えからそうしていたのかもしれない。  ぼくがあえてそのことに触れずにすませたのは、はっきりいって、そういう山口の一家、あるいは山口個人の特別な不幸につき、知りたくも感じたくもなかったせいだ。他人のどうしようもない不幸は、そのぼくにはどうしようもない[#「どうしようもない」に傍点]ということじたいで、ぼくを重苦しくいやな気分に沈める。ぼくは他人には、ぼくをはじきだす幸福な壁[#「幸福な壁」に傍点]のほかは、なにひとつ見たくはなかったのだ。  だから、ぼくは、とにかく山口の家のその家風は、ぼくなどには遠く思い及ばぬおそろしい個性をかくしているのだ、とだけ思って、それから先のことは考えないことに決心した。ぼくはそれを実行した。  こうして、山口との秘密の習慣には、なんの変化も起きなかった。が、往復五時間弱――いや、ときにはもっと長くなってしまう――もかかる寒中の汽車通学は、けっして安楽なものではなかった。  往《い》きはまだよかった。うまく行くと二宮からでも坐《すわ》ることができたし、また列車の前部に乗り目を光らせてさえいれば、平塚でどっと降りる労務者のあとに席をみつけ、そのまま品川まで読書にふけるのも可能だった。が、帰途はすさまじかった。学生定期は品川からだったが、まず、乗れないことがあるのを覚悟せねばならない。だからといって東京駅にまで行って席を取れば、どうしても三列車か四列車は遅れて、泣きたいようなひもじさがつのってくる。文字通り殺人的な混みよう(デッキにぶら下がった一人が、線路わきの電柱で頭を打って顛落《てんらく》し、即死したのを目撃したこともあった)の上に、横浜あたりからさらにラッシュ・アワーにぶつかり、同じハンガー・コンプレックスに目を血走らせた進駐軍労務者たちが、まるで戦争のような勢いで窓やら連結器やら、あらゆる車内への侵入場所をめがけてなだれこんでくるのだ。ぼくの帰る汽車は、だから二宮着がたいてい五時半から七時までのどれかとなり、毎日三時すぎに学校を出るのに、どうしても一定しないのだった。  冬の日は暮れるのがはやかった。山口と学校の前で別れ、一人で品川行の都電を待っていると、もうぼくの想《おも》うのは夕食のことぐらいしかなかった。空腹感をそそるかにあたりは黄昏《たそが》れはじめ、気ばやな家々に灯がともりはじめて行く。そんなときの読書はただの気休めにすぎない。なかなかやってこない都電も、くれば満員にきまっている。そんな中で肩をせまく、捧げるようにしてその日の分の本を無理に読みつづけるうち、ほんとに、何故《なぜ》こんなにまでして授業のない学校に通わねばならないのか。いや、生きて行くことにつとめねばならないのか。生きるということは、こんなにも面倒でつまらないものだろうか。ときどき、ぼくはそう心の底から冷えびえと思った。すると、氷のような風に裸身をさらしているみたいな、そしてその寒さが、空洞でしかないぼくを内側からむしばんで行くみたいな、するどい刺すような痛みが――いや、そんな痛みに似た無意味で無資格なあてもない悲しみのようなものが、全身に煙のように漂いだす。ひととき、ぼくは生きるということの意味を考えるのを忘れる。ただたのしげに明朗に、充実した生活を送っている人びとの才能を、まったくぼくの理解を越えたものだと思う。そんな人びとの健康さを、エネルギーを、ヴァイタリティを、別世界のもののように思う。……そして、気がつくとぼくの意識はあわてて「日課」の本にかえる。  要するにぼくの欲したのは、若い弾力のある頬《ほお》がまるまると張ったような、明朗な健康であり、その充実感だったのだと思う。つねにそれはぼくには異国の彼方《かなた》にしかなく、せめて自家製の「充実」をかんじたいがために、ぼくはつねになにかに熱中[#「熱中」に傍点]していたいと思った。それは、しじゅうつきまとって離れない飢餓感から、気をまぎらわせるという副次的な効果もそなえているのだった。  ぼくは、そういう明るくかがやかしい健康[#「健康」に傍点]な幸福以外のもの――たとえば弱よわしく衰弱した悲哀感とか、星やスミレを追う少女的な感傷とか、悲嘆とか苦悩だとか、そういう結局は暗い内視にしかおちいらない傾斜を、極端に危険視し、きらっていた。たとえ現在が暗く、みじめで、苦しくてつらいものだったら、どうしてそんなものにさらに深入りしたり、たしかめたりする必要があろう。無意識のうちに、おそらくぼくはそんな自分の現在から気をそらせる種類の熱中をもとめていた。しぜん内容や種類を問わなかった。そのころのぼくにとって、読書は、ただ読むだけのことに意味のある、熱病じみた充実感への偏執なのであった。  だが、帰途はその本も読めなかった。人間たちのラッシュと、疲労と、適度の震動と、車内の薄暗さから、毎日のようにぼくは居睡《いねむ》りをするのだった。……客車には、品川ではほとんど乗りこむ余地がなかった。で、ぼくの乗るのは、たいてい、当時一列車に三台ぐらいはかならずはさみこまれていた、有蓋貨車《ゆうがいかしゃ》の代用客車だった。――それは、床に桟《さん》があって、脚の安定が危かったが、割れたままのガラス窓から吹きこむ縮みあがるような隙間風《すきまかぜ》もなく、暗くても戸を閉ざしたら人いきれで暖かかったし、座席の設備がないかわりに、立ったままどこまでも鮨詰《すしづ》めになるため人がたくさんつまり、ウンウン前のやつの背を押しているうちにかならずいつのまにか自分も乗りこめているので、もっぱらぼくが愛用した客車だった。ただ、まだ背の伸びきっていないぼくは、人びとの肩までの高さしかないのでそのままでは呼吸がつまる。だから車内にはいり列車が動きだすと、ぼくは尺取虫のように必死に背のびをくりかえして、顔を人びとの肩の上に出す。もちろん靴の底は宙に浮いているが、もうしめたものだ。居睡りをしコックリしても、全身の力を抜いても、周囲にびっしりつまった人びとがいやでもぼくを支える。ムッとする人いきれにはせめて鼻の穴を天井に向けるのが関の山で、密集した人間たちの不断の圧迫で顔の向きを変えることはおろか、ろくに身動きさえできなかったが、同じ理由から、寒気もしのびこめない。……一口でいえば、それはぼくにとって、もっとも安楽な客車だった。  ――一度など、ぼくの着ていた父のお古の外套《がいとう》に、婦人用の赤革のガマグチがはいっていた。もちろん内身《なかみ》はからっぽだったが、二宮の駅を出て何気なくポケットに手を入れ、それを発見したときの不思議なお伽噺《とぎばなし》じみた快感と驚愕《きょうがく》とを、ぼくはいまだに忘れることができない。スリの御用ずみの贓品《ぞうひん》をひそかに所持していることに、ぼくは共犯者のそれのような、あの疚《やま》しげなスリルと、秘密の悪事に荷担する奇怪な歓《よろこ》びをおぼえたのだ。……だから、ぼくはだれにもそれを知られないよう、そっと一週間ほどそれをポケットの中であたためつづけてから、その感動がからっぽになったあくる日、一人でコッソリとそれを海へ棄《す》てた。  いくら居睡《いねむ》りをしていても、不思議に、ぼくは二宮を乗り越したことはいっぺんもなかった。ぼくの毎日はそのようにしてつづいた。  それは、三月になろうとするある朝のことだ。玄関をまわってぼくがいつもの小部屋のドアをひらくと、年長の同僚の一人が、 「やあ、……知ってる? 動員が終るんだってさ」  とほがらかに声をかけた。ぼくはびっくりした。 「ほんとですか? じゃ、みんな、帰ってくるんですか? ここに」  最年長の同僚が、いつもながらのいささかシニックな微笑とともに答えた。 「本当ですよ、来月の一日から、だからみんなもこっちへやってきますよ。先生もね」  ぼくは、同僚たちがにわかに日が射してきたみたいに、そろって明るくはしゃいでいるのが、まるで理解できなかった。……いま思えば、かれらはたぶん、動員されていた中学生らといっしょに、勉強が――つまり、具体的には「試験制度」が学校にかえってくるのを歓迎していたのだ。かれらの欠陥は学問ではなく肉体にあったのだし、それは、ほんらい学生としてのそれより工員としてのそれだとして、むしろかれらは自負をさえ抱《いだ》いていたのだから。  だが、ぼくはあたえられていたこの孤独で気ままな休暇と、そこにあるていど構築し、安定しかけていた自分なりの秩序の消滅とに、ひとつも愉快な気分にはなれなかった。……ぼくには、いままでの数カ月は、友だちのハチの巣をつついたような復校により開始される、あのガサツで非精神的なそうぞうしさと、ぼくにとりはなはだ非衛生的な、健康なかれらの生命力の氾濫《はんらん》という繁忙で多事な季節に処するための、ぼくの孤独のいかにも不充分なトレーニングの期間、きっといささか長すぎ、そのせいでいまは短かすぎるとしか感じられない、ひどく中途半端な準備期間だったような気がしてきた。でも、もう安閑とのん気に一人だけの時間にひたってはいられない。これからは土方人足《どかたにんそく》としてのキャリアをへた同級生たちの、めまぐるしい無数の「健康」という名の暴力の渦のなかで、まるで混雑した都会の十字路で立ち往生したボロ・リアカーみたいに、ぼくは自分の非力さと非適合を、かれらの活躍に小突きまわされながら嘆かねばならなくなる。……ぼくはまるで詰所での最初の一日のような暗澹《あんたん》とした気分のまま、それからだれとも口をきかず沈鬱《ちんうつ》に二時間ほどを過すと、思いついて、久しぶりに硬いゴムの冷たいボールを手にして、ゆっくりと屋上へとのぼった。  もう一度、リーグ戦でもはじめてやろうか。……ぼく一人だけの東京六大学の野球リーグを、おっぱじめてやろうか。  ――むろん、ぼくはそれが自分の不安をごまかす果敢《はか》ない強がりであるくらいは、充分に承知していた。「率直」という、戦時中に得ていたはずのただ一つのぼくの倫理は、いまはぼくのなかで、鞘《さや》を失《な》くした鋭利な短剣でしかなかった。すでにそれはぼくを支える力ではなく、ぼくの生身を、その自己|欺瞞《ぎまん》を、裏面からするどい尖端《せんたん》で突つきつづけて止《や》めない。……「率直」な実行力とは、健康の同義語なのだ、とふいにぼくは思った。いま、自分はそれを失くしている。いつのまにか、ぼくはホンモノの病人になってしまったのだ。  そうなのだ。もはやそういった「健康」を喪《うしな》ってしまったぼくは、復校してくる連中のひきおこす活動的な混乱、喧騒《けんそう》にいやでも巻きこまれて、きっとやつらのその健康に、つねに引目《ひけめ》をかんじていなくてはならない。……ぼくはそんな毎日が確実に襲来する予感に、窒息死するみたいな、せっぱつまった圧倒的な恐怖をかんじて、よし、ではぼくは連中に、ぼくの読んだ本の名前と量をひけらかして、それでぼくを尊敬させ、別物視させてやろうか、と苦しまぎれに考えたりした。みずから「日課」としたあの読書にでも救ってもらわなければ、いったいなにがぼくを救い、やつらに対抗できる力になるというのだ。そうだ、じゃ、これからはひとつ、日に二冊を「日課」にしてやろうか?  ……だが、そんな独白の無内容も、ぼくにはわかっていた。それは、いわばぼくの恐慌《きょうこう》が吐き散らした無意味な悲鳴でしかないのだ。無数の健康という暴力の接近から目をそらすためだけの、そう、たとえば海底で吹くカニの泡のように、口を出たとたんにふらふらと頭上にのぼって行き、やがてポツンと水面に消えてしまうような、空《うつ》ろで架空なただの不機嫌やおびえの排泄《はいせつ》にすぎない。  ――思いながら、ぼくは壁にボールをぶつけつづけていた。と、突然ぼくはいま、ただの惰性で腕を振り動かし、壁とボールの受け取りっこをくりかえしている自分が、まるで屋上の強い風にいいようにおもちゃ[#「おもちゃ」に傍点]にされているたよりない風船のような気がしてきた。……そのとき、たしかにぼくは紙風船のように軽やかで、索漠としたやけに風とおしのいい自分のなかの空洞、ぼくのなかの空白な充実だけを抱きつづけて風のまにまに漂う、一個のただの無内容な袋でしかなかった。  バカバカしく、ぼくはもはやボールを投げつづけるだけのハリも持てなかった。ころげてきたボールを拾おうともしないで、ぼくはしょんぼりといつも食事をする隅にあるいた。すこし休むつもりだった。だらしなく気力を喪失したみじめな自分を軽蔑《けいべつ》して、ぼくにはでも反抗するだけの力もなかった。 「山川」  じっと屋上の白い石の平面をみつめて膝《ひざ》をかかえていたぼくに、どれくらいの時間がたったころだろうか、不意に、屋上への出口からのそんな山口の甲高《かんだか》い声が曲がってきた。無気力に目をあげたぼくのほうへ、彼は例の黒い丸首のセーターに、冷たく白い表情をのっけたまま、まっすぐに重たい靴の音をひびかせて歩いてきた。  その目を見たとたんに、ぼくは自分と共通の感情が、彼にものしかかっているのがわかった。やつも今日知らされた未来に、つまり来月一日から開始される新しい毎日に、きっとぼくと同じ嫌悪と恐怖をかんじているのだ。思いつめたような彼の目は真向《まっこう》からぼくをみつめ、貼《は》りついたような頬《ほお》の青白い翳《かげ》りが、唇の赤さを際立たせてふだんよりも濃かった。  彼は膝をかかえたぼくの前で立ち止った。なにもいわず、ぼくには彼の指をかたく握りしめた右の手首だけが見えた。 「……みんなが、かえってくるんだってな」と、ぼくはいった。 「フン。同じことだよ」 「いや。同じことじゃないよ、きっと」 「いや。同じことだよ」  ぼくを見下ろすような姿勢のまま、山口はなぜか不遜《ふそん》な、傲岸《ごうがん》な、まるで狂信者みたいな態度で、肩口ではねかえすようにそうくりかえした。  同感を予定していたぼくの言葉は、しぜん乱れ、ぼくはどぎまぎした。 「そうかな。ずいぶん違ってきちゃう、根本的に、なにかこう、ぼくらの毎日が混乱しちゃう気がするんだがな、ぼく。……」 「フン、ぼくは思わないね。結局、ぼくらはいままでどおりの病人さ。なにひとつ、変える必要はないんだ」  ぼくは、ぽかんと彼を見上げた。視線をぼくの右後方の空に固定させて、まるで屈辱にでも耐えているみたいに、唇を固く結び、彼の表情は化石していた。――ぼくには、何故《なぜ》彼がそんなにムキになっているのかよくわからなかった。だいいち、「なにも変わらない」というのだったら、彼はまず、なんの用でいまごろわざわざ屋上までやってきたのだ? いつもの食事までにはまだ二時間もある。やつは食事どき以外はぼくに会いに来たことのない男じゃないか。……色褪《いろあ》せた曇り日の光を背負い、頑固に肩をいからせ目を虚空に向けて突っ立っている彼の貧弱なからだを見上げ、急にぼくは少年航空兵募集の、あの戦時中のポスターを思い出した。ハチマキでもしめていたら、それは、まったくポスターと同じ健気《けなげ》な少年の「勇姿」なのだ。  ぼくは遠慮なく笑った。……笑うと、ぼく自身余裕が生まれたのか、それとも、それまでなんとなく気圧《けお》されていた彼に、やっと同等の生真面目《きまじめ》な「少年」を発見したことのせいか、ぼくに元気が恢復《かいふく》してきた。すっかり気がらくになってぼくはいった。「いまごろ、じゃあ君、どうして屋上になんかきたの?」 「………」 「もしほんとにそう思ってるのなら、なぜ、なにも変わらない、変える必要はないなんて、わざわざここまでいいにきたんだ?」 「………」  山口は無言だった。が、ふっとその蒼白《そうはく》な冴《さ》えた顔に、動揺とまで行かないにせよ、ある気弱なものが滑ったのをぼくは見逃さなかった。山口は、腹がへってここへ来たのだろうか、とぼくは反射的に考え、ふとあることに思い当った。  山口は、これから弁当を二分するぼくらの習慣がなくなるのを心配して、それを確かめるためにぼくに会いに来たのか? なにひとつ、変える必要はない。それは彼の、あの習慣を変えてくれるな、という意味を裏にかくした言葉なのか?  山口をみつめながら、ぼくはそれをはっきりとたしかめよう、と思った。腰をのばし、ゆっくりと立ち上がった。 「そうだね、なにも変わりゃしない。……君のいうとおりだ。ぼくは、いままでどおりの君とぼくの関係を、変えるつもりはないんだ。……心配することはないよ」 「………」  答えは聞けなかった。ぼくは山口を見た。……呼吸を止めたように、みるみる山口の頬《ほお》は紅く染まり、はげしいものが顔に、目に充満した。しかし、怒りというよりそれが羞恥《しゅうち》であり、ある屈辱の我慢であり、外側にむかって爆発し挑みかかるなにかではなく、内側へのそれであることは明瞭《めいりょう》だった。  中空をつよく睨《にら》みつけて、顔じゅうを真赤《まっか》にしたまま彼はじっと動かなかった。  なんだやっぱりそうか。――ぼくに、しらけた納得が来ていた。気がつかないふりをし、ぼくはそのまま屋上への出入口のほうへ歩きかけた。なんとなく、これ以上彼と話したくなかった。 「……山川」  五、六歩ぼくが彼を離れたときであった。思いがけないほど晴れやかな山口の声が、ぼくを呼んだ。 「山川。……二人でこの煙突にのぼってみないか?」  ぼくが立ち止ったのは、だが、彼のその言葉の内容に気をとられたせいではなかったのだ。  じっさいは、はじめて急激にうちとけてきた山口がめずらしかったから、びっくりして態度を変更したのにすぎなかった。  振りかえると、彼はニコニコしながら、半身をねじって右手で煙突を指さしていた。 「のぼってみようよ。この煙突に。ね?」 「エントツ?」  だが、山口は本気だった。突飛なその思いつきが、唐突に彼を占拠してしまったみたいに、彼は別人のような子供っぽい一途《いちず》な顔になって、無邪気に指で合図すると、なんの躊躇《ちゅうちょ》もなくするすると巧みに金網を乗り越え、煙突の細い鉄梯子《てつばしご》を器用にのぼりはじめた。 「……わあっ、つめたい!」彼は梯子にかけた手に片方ずつ白く息を吐きかけると、首をねじまげてぼくに笑いかけた。「うへえ、高いぞ……」風で彼の黒い上着は巨大なコブのようにふくらみ、つづいて彼はさも痛快そうに叫んだ。……  そのときぼくのかんじたはげしい願望の正体がなにか、それは知らない。  とにかく、マストの上の水夫みたいに、颯爽《さっそう》と愉快そうに煙突にとりついている彼を見たとき、ぼくには凍るような寒さの高空に、冬のきびしく酷烈な風をうけてさらされてみたい激しい衝動が、ふいに胸をタワシでこすられたように湧《わ》いてきたのだ。 「よーし。行くぞ」  なにを考える余裕もなかった。ぼくは吸い寄せられるように金網に駆けより、身がるにそれを越えた。そして、スリルとも歓喜ともつかぬ奇妙な感動の綱渡りをかんじながら、軽業師《かるわざし》の足つきで煙突に移ると、五メートルばかり上をのぼる山口と声を合わせて笑い、そのままある快適なリズムにのり鉄梯子《てつばしご》をのぼりはじめた。――煙突は、屋上への出入口の四角いコンクリートの箱にくっつき、まっすぐに天にそびえている。  ぼくはすぐにその黒く染められた部分を越え、風雨にさらされてヒビのきれたあざとい素肌をむきだしにした白い上半部へとかかった。そのとき、すでに山口は頂上に達していた。  頂上は、直径一メートル強の広さしかなかった。不気味に地上から突出した暗黒の洞穴《ほらあな》をめぐり、円周は幅二十センチほどであった。いちめんの埃《ほこり》と煤煙《ばいえん》とで、ぼくらの掌《て》は、まるで黒人兵のように指の間だけをのこして真黒に染まった。……が、しばらく焚《た》かないためか、煤煙はそれほどでもない。山口とぼくとは並んで縁に腰を下ろすと、ぶらぶらさせた靴のかかとで、煙突の外側を二、三度蹴ってみたりもした。 「ちぇっ。海が見えるかと思ったのに」 「見えないかな」 「ちぇっ。汚ねえ街だな。戦争にゃ、敗《ま》けるもんじゃありませんね」 「うん」  平衡を失うおそろしさで、ぼくは首をめぐらせては、はるかな品川や芝浦の方角に顔を向けることすら、できなかった。真正面の広尾方面しか、だからぼくの目にはいらなかった。調子よくとたんに返事をかえしながら、ぼくの頭の中には、リンリンと銀鈴の鳴りつづけているような興奮しかなかった。 「……面白くない風景だね。まったく」  しばらくの沈黙のあと、山口がいった。すでに彼は、ふだんの陰気な声音に戻っていた。ふと、ぼくも後頭部に冷たさをおぼえた。――案外、その陶酔のさめた速度の差は、彼とぼくの五メートルの差であったのかもしれない。ちょうどそれくらいの違いで、ぼくは頂上に到達し、そして、同じほがらかで律動的な快い煙突のてっぺん。――さっきのわけのわからない願望の頂点であったそこは、めざしていた幸福の存在した位置から、いまは味気ない充足の終点に変わっていた。寒風が、音をたてて耳たぶをかすめていた。  両手で左右の縁をおさえたまま、白っぽい冬の靄《もや》につつまれた視界いっぱいのバラックや安建築や未整理の焼跡の、なにか寒ざむとした荒涼たる景色を眺めわたし、ぼくは、なぜ自分が、こんな危険な高みにまで這《は》いあがったのか、いまさらのようにわからない、見当もつかない、と思った。……ただ、まるで自分がどんよりと曇った不透明な冬空の一部に化したような、見下ろしている下界とは距離のある不思議なほど爽快《そうかい》な気分が、いまにも落ちるのではないかという本能的な恐怖心といっしょに、ぼくにつづいていたし――いや、ことによると、ぼくのなかで確実に生きていたのは、その二つだけだったかもしれない。ぼくは、地上とは別世界にいるその一種|凜烈《りんれつ》な感覚を、忘れていた宝石に見入るように、鋭く眩《まぶ》しい光の矢のように胸にかんじていた。  そしていま、ぼくは天に居を移しているのだ。地上から去ることを『死』と呼ぶのだとしたら、間違いなく、いま、ぼくは『死』の世界にいるのだ。『死』の世界から、『生』の世界をながめている。  ……でも、ぼくはふとそれは戦時中、米軍の艦載機の銃撃などを受けながら実感した、あのなつかしい「生きている」感覚と同じものであるのを直感した。つまり、これはあのころの経験と同じ、死と隣りあわせになったときの緊張感、快いその戦慄《せんりつ》ではないだろうか。死を目の前にしたときの、あの生の充実感ではないのだろうか。……そしてぼくは、あのころ、自分が一つの『死』のなかからすべてを見ていたこと、依然としてその自分が『死』のなかに位置せずには『生』を充分に感じとれなくなったままでいるのをおもった。  でも、いずれにせよ、とにかく煙突の上でのその感覚は、自分が生きていることの実感には違いなかった。 「寒いな。風がすごくつめたい」 「うん、寒いな」  答えて、やっとぼくは山口に目だけを向けた。山口の鼻は、寒さのためすこし赤く染まっていた。――と、彼がいった。 「……こうしてみると、地上って、ほんとに魅力ねえなあ」  なるほど、たしかにぼくらの見ているのは「地上」なのだ――抽象的なそんな言葉での会話が、ごく自然な位置だという発見にぼくは有頂天になった。 「地上」は、苔《こけ》むしたようなすすけた緑の斑点《はんてん》を、校舎の裏の赤土の上にひろげ、ところどころ地面に凸凹《でこぼこ》の影をつくりながら、眼下から渋谷川のほうにかけて裸の空地をつづけている。さらにそのむこうには瓦礫《がれき》の焼跡が焦土のあとを見せて、遠くからカブト虫のような車や都電が近づき、まばらに疲れた足どりで指人形ほどの人間が、のろのろと歩いていた。 「まったくだな。魅力ねえなあ」 「人間って、どうしてこんな地上の生活を愛せるんだろう。……愛せるやつなんて、よっぽど幸福なバカだと思うね」 「まったくだ。ぼくはあんな地上を軽蔑《けいべつ》する」 「フン。……とび下りてやろうか」 「とび下りて大地に抱きつこうってのか。ぼくは、それほどの執着なんて、まったくこの下界にはかんじないね」 「生きていたいか? やっぱり」 「さあ……、べつにそうも思わないがな」  いって、はじめてぼくは、何気ないこの一見冷静なような彼との会話が、重大な意味を含んでいることに気づいた。 「とび下りたら、ペシャンコだね。いずれにせよ、ひと思いだ」  と、重ねて山口はいった。ぼくは質問した。 「……君、とび下りるの?」 「とび下りるんだったら、どうする?」  からかうような声音で、しかし山口のその語尾の余韻は、彼が本気なのを語っていた。彼はぼくをみつめた。  とび下りるつもりなんだ、山口は、とぼくは思った。  ぼくは困惑した。 「……しかたないだろう。ぼくは、どうもしないよ」  やがて、ぼくは真面目《まじめ》にそう答えた。そのとき山口はぼくにとって、牛肉屋の店先に吊《つる》された赤い肉塊のような物質、ぼくにどうすることもできない、「他人」の一人でしかなかった。いくらとめようとしたって、とめることはできない。下手をすればぼくまでいっしょに墜落する。……ぼくは思った。死んだり生きたりは彼の自由なので、お節介にぼくが容喙《ようかい》する余地はないのだ。ぼくがすべての能力をあげても、結局は山口という他人は、それが他人である以上、どうすることもできない。  ぼくが彼を、彼と二人きりでの隠密な関係を、そのときの連帯をかりに愛しているとしても、要するにそれはぼくの勝手だろう。山口の生きたり死んだりは、つまり彼の自由でしかないのだ。 「ねえ。とび下りるなら、とび下りたって、いいんだよ」  くそ真面目にぼくはもう一度、そう彼にいった。山口は、頬《ほお》にこわばった微笑をつくりつけて、その微笑は、すでにぼくの手のとどくものではなかった。ぼくは、ぼくの理解を絶する彼の家の「方針」を思い出した。きっとそれなりの理由があるのと同じように、いくらぼくにわけがわからなくても、彼には彼の理由があるだろう。だから、もし彼がどうしてもとび下りたいのだったら、ぼくにはそれをとめる能力も資格もない。彼が突き落してくれといっても、ぼくにはそれを扶《たす》けて突きとばしてやるだけの理由も必要もないのと同じように。……ぼくにできることは、山口の邪魔をしてやらないこと、それ一つだ。生きるなり、死ぬなり、彼の勝手を、そうして尊重してやることだけだ。  べつに、彼の自殺が恐《こわ》かったのではない。くどくどと思いつづけながら、突然、それとは無関係な、全身のひきしまるようなある理解がきた。そうだ。孤独とは、だれも手を下して自分を殺してはくれないということの認識ではないのか。……そして、ぼくはぼくの孤独だけを感じた。  そのとき、やっとぼくに恐怖がきた。それは山口という一人の他人には無縁な、ぼくだけの恐怖だった。いわばぼく自身の生命を、最後までぼく一人の手で始末せねばならないという、冷厳で絶対的な人間のさだめへの恐怖だった。  ――十分とも、三十分とも思える時間が過ぎ、その間、ぼくらは無言で化石したみたいに煙突の上を動かなかった。やがて、ぼくがそろそろと腰をずらせ、山口がすぐそれにつづいた。  指が凍《こご》え、硬直して、しかもその指で鉄梯子《てつばしご》をつかむと、まるで氷の棒をじかにつかむように、鉄棒はさらにつめたく冷えきっているのだった。……  屋上に着いたぼくらは、おたがいに笑いの消えた顔で、いいあわせたように首を上げ、いま下りてきたばかりの煙突を仰いだ。  煙突は、白黒に塗り分けられた姿のまま、不透明に白濁した冬の寒空のなかに、いつものとおりただ茫洋《ぼうよう》と無感動にそびえていた。  背景の白い雲がゆっくりと泳いでいて、一瞬、その煙突の姿は軍艦の司令塔みたいに、ぼくらとともにどこかへ進んでいるような気がした。――だが、そのとき、たぶんぼくと山口には、自殺未遂者の敗北感も、また、下界とはなれた鮮烈な生命を実感したという、感動の記憶もなかった。ぼくらには、ただ、それぞれ勝手なスポーツを真面目《まじめ》にやり終えたあとの、あの疲労だけがあった。  しばらくのあいだ、ぼくは同じ姿勢のまま、いちめんに死んだ魚の目玉の白さをむきだしにしている、どんよりと曇った冬の日のその天の魚を見ていた。低く垂れた雲のむこうに、かすかにB29[#「29」は縦中横]らしい爆音が一つ、いつまでも聴こえていた。やがて、気がついたとき、山口の姿はすでに屋上にはなかった。ぼくは一人だった。風が急につめたく、おそろしいような、しびれるような、ヒリヒリする痛みとも哀しみともつかぬ感傷的な寒さを、ぼくはその風にもてあそばれている頬《ほお》のあたりにかんじた。いったい、ぼくはなにをしているのだろう。なにをしようとしているのか、とぼくは思った。そうだ。とにかくなにかをはじめなければならない。――  ぼくはふらふらと落ちていたボールを拾うと、そのままいつもの壁に向かい、突然、わざと晴れやかな大声で「プレイ・ボール」と叫んだ。 底本:「夏の葬列」集英社文庫、集英社    1991(平成3)年5月25日第1刷    1991(平成3)年11月15日第3刷 初出:「文學界」    1964(昭和39)年11月号 ※底本巻末の小田切進氏による語注は省略しました。 ※誤植を疑った箇所を、初出誌を底本に用いた「山川方夫全集 5 最初の秋」筑摩書房の表記にそって、あらためました。 入力:kompass 校正:toko 2022年3月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。