忠義者のヨハネス グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)病気《びょうき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|歩《ぽ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#挿絵(fig59520_01.png、横388×縦515)入る] -------------------------------------------------------  むかし、あるところに、年よりの王さまがおりました。王さまは病気《びょうき》で、もう、この寝床《ねどこ》が、どうやらじぶんの臨終《りんじゅう》の床《とこ》になるらしい、と思っていました。  そこで王さまは、 「忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスをよんでまいれ。」 と、おそばのものにいいつけました。  忠義者のヨハネスというのは、王さまのいちばんお気にいりの家来《けらい》でした。この男は、一生《いっしょう》のあいだ、ずっと王さまに忠義をつくしてつかえてきましたので、こんなふうによばれていたのです。  ヨハネスがまくらもとへきますと、王さまはいいました。 「またとない忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスよ、いよいよわしのさいごのときがちかづいたような気がする。ついては、これといって心配《しんぱい》になることもないが、ただむすこのことだけが気がかりなのじゃ。あれは、まだ年もゆかないので、どうしてよいかわからぬこともあろう。ひとつ、おまえが親がわりになって、なにかにつけて、あれの知らなければならないことをおしえてやってはくれまいか。さもないと、わしは安心《あんしん》して目をつぶることができないのじゃ。」  これをきいて、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはこたえました。 「かならず、王子《おうじ》さまを見すてるようなことはいたしませぬ。わたくしの命《いのち》にかけましても、きっと忠義をつくしておつかえもうします。」  すると、年よりの王さまはいいました。 「それをきいて、わしも安心して、やすらかに死《し》んでゆける。」  それから、さらにことばをつづけて、 「わしが死んだら、王子に城《しろ》のなかをすっかり見せてやってくれ。へやも、広間《ひろま》も、穴《あな》ぐらも、またそこにある宝《たから》ものも、のこらず見せてやってもらいたい。だが、長い廊下《ろうか》のいちばんおくのへやだけは見せてやってはくれるな。あのなかには、金《きん》のお城の王女《おうじょ》の絵がしまってあるのだ。もしも王子が、その絵姿《えすがた》をひと目でも見れば、たちまちその王女へのはげしい愛《あい》を心に感じて、気をうしなって、たおれてしまうだろう。そしてその王女のために、おそろしい災難《さいなん》にあうことになろう。だから、そういうことのないように、ようく気をつけてやってもらいたい。」  そこで、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは、もういちど年とった王さまの手をにぎって、かならずそうすると約束《やくそく》しました。すると、王さまはそれきりものもいわず、頭をまくらにのせて、そのままなくなってしまいました。  年よりの王さまがお墓《はか》にはこばれてしまってから、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはわかい王さまにむかって、じぶんがまえの王さまのおなくなりになるときにお約束《やくそく》したことを話して、 「お約束は、かならずおまもりいたします。そして、お父上《ちちうえ》さまにたいするのとおなじように、あなたさまにも、命《いのち》をなげだして、忠義《ちゅうぎ》をはげみたいとぞんじます。」 と、もうしました。  やがて、喪《も》があけたとき、忠義者のヨハネスはわかい王さまにいいました。 「さて、いよいよ、あなたさまのおうけつぎになった財産《ざいさん》をごらんになるときがまいりました。お父上《ちちうえ》さまのお城《しろ》をご案内《あんない》いたしましょう。」  それから、ヨハネスはお城じゅうの階段《かいだん》をのぼったりおりたりして、わかい王さまを案内してまわりました。そして、宝《たから》ものも、りっぱなへやも、ひとつのこらず見せました。ただ、あの危険《きけん》な絵姿《えすがた》のあるへやだけはあけませんでした。  ところでその絵は、扉《とびら》をあけますと、まっすぐまえに見えるような場所《ばしょ》においてありました。その絵姿は、まことにみごとにできていて、それこそほんとうに生きているのではなかろうかと、しかも、これいじょうかわいらしい、美しいすがたは世界《せかい》じゅうさがしてもあるまい、と思われるほどだったのです。  ところがわかい王さまは、この扉《とびら》のところだけは、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスがいつもすどおりしてしまうのに気がつきました。そして、 「どうしてこの扉《とびら》はあけてくれないのかね?」 と、たずねました。 「そのなかには、あなたさまにとっておそろしいものがはいっているからでございます。」 と、ヨハネスはこたえました。  けれども、王さまはいいました。 「わたしはお城《しろ》のなかをのこらず見てしまった。だから、こんどは、このなかにどんなものがあるか、知っておきたい。」  こういうと、わかい王さまはその扉《とびら》のところへいって、むりやりに扉をあけようとしました。忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはそれをおしとどめて、もうしました。 「わたくしは、このへやのなかにあるものを、けっしてあなたさまにお見せしないと、お父上《ちちうえ》さまにお約束《やくそく》したのでございます。もしこの扉をおあけになりますと、あなたさまにも、わたくしにも、たいへんなわざわいがふりかかってまいりましょう。」 「いや、いや。」 と、わかい王さまはこたえていいました。 「もしこのへやへはいることができなければ、おそらく、わたしはだめになってしまうだろう。この目でそれを見ないうちは、夜も昼も心のおちつくことはあるまい。おまえがあけてくれるまで、わたしはこの場《ば》を一|歩《ぽ》もうごかぬぞ。」  さすがの忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスも、こうなっては、もうどうにもならないと思いました。そこで、おもおもしい心で、ふかいため息《いき》をつきつき、大きなかぎたばからその扉《とびら》のかぎをさがしだしました。そして扉をあけると、まずじぶんがさきにはいりました。ヨハネスとしては、じぶんがその絵のまえに立って、王さまに見えないようにしようと思ったのです。でも、そんなことがなんになりましょう。王さまはつまさき立って、ヨハネスの肩《かた》ごしにその絵を見てしまったのです。しかも、金《きん》と宝石《ほうせき》にひかりかがやく、世《よ》にも美しいおとめの絵姿《えすがた》を見たとたんに、王さまは気をうしなって、ばったりとその場《ば》にたおれてしまったのです。忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは、あわてて王さまをだきおこして、ベッドにつれていきました。しかし、 (ああ、たいへんなことになってしまった。これから、いったいどうなるのだろう。) と、思いますと、心配《しんぱい》で心配でたまりませんでした。  とにかく、ヨハネスは王さまにブドウ酒《しゅ》をのませて、元気をつけました。すると、王さまはようやくわれにかえりましたが、なによりもさきに、 「ああ、あの美しい絵姿《えすがた》のひとはだれだ。」 と、たずねました。 「あのかたは、金《きん》のお城《しろ》の王女《おうじょ》でございます。」 と、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはこたえました。  すると、王さまはまたいいました。 「あのひとをしたうわたしの気持ちは、かりに木ぎの葉がのこらず舌《した》であっても、とうていいいつくすことができないほどなのだ。わたしは一生《いっしょう》をかけても、あのひとをじぶんのものにしたい。おまえは忠節《ちゅうせつ》ならぶもののないヨハネスだ。かならず、わたしをたすけてくれるだろうね。」  この忠義《ちゅうぎ》な家来《けらい》は、いったいこれはどうしたらいいものだろうと、長いこと考えこみました。なぜって、王女《おうじょ》のまえにでることだけでも、とってもむずかしいことなのですから。ヨハネスは、やっとのことである方法《ほうほう》を思いついて、王さまにもうしました。 「あの王女の身《み》のまわりにありますものは、テーブルでも、いすでも、おさらでも、さかずきでも、おわんでも、そのほかすべての家具類《かぐるい》がぜんぶ、金《きん》でできております。ところで、あなたさまの宝《たから》もののなかには、五トンの金がございます。そのなかの一トンを、国じゅうの金細工師《きんざいくし》においいつけになって、いろいろなうつわや、道具《どうぐ》や、またありとあらゆる種類《しゅるい》の鳥や、けものや、めずらしい動物のかたちにこしらえるようになさいませ。そうすれば、きっと王女のお気にめしましょう。わたくしどもは、それをもって、船《ふね》にのってまいり、運《うん》だめしをすることにいたしましょう。」  そこで、王さまは金細工師《きんざいくし》という金細工師を、ひとりのこらずよびあつめさせました。金細工師たちは夜も昼もはたらきつづけて、とうとう、世《よ》にもみごとな品《しな》じなをつくりあげました。 [#挿絵(fig59520_01.png、横388×縦515)入る]  その品物をすっかり船につみおえたところで、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは商人《しょうにん》の身なりをしました。王さまも、身分《みぶん》を知られないようにするため、おなじ身なりをしました。それから、ふたりは海をわたって、長いながい旅《たび》をつづけました。そうして、やっとのことで金《きん》のお城《しろ》の王女《おうじょ》の住んでいる都《みやこ》につきました。  忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは、王さまに、 「船《ふね》にのこって待《ま》っていてください。」 と、おねがいしました。そして、 「もしかすると、王女《おうじょ》を船におつれするかもしれません。ですから、なにもかもきれいにかたづけて、金《きん》のうつわをならべさせ、船もりっぱにかざりつけるようにさせておいてくださいませ。」 と、いいました。  それからヨハネスは、まえかけのなかに金で細工《さいく》したいろいろの品物《しなもの》をつつんで、陸《りく》にあがりました。そして、まっすぐ王女のお城《しろ》へむかっていきました。ヨハネスがお城の庭《にわ》にはいりますと、井戸《いど》のそばにひとりの美しいむすめが立っていました。むすめは手にふたつの金の手おけをもって、それで水をくんでいました。むすめはきらきらひかる水をはこんでいこうとして、なにげなくうしろをふりむきました。と、そこに知らない男が立っていましたので、 「どなたですか。」 と、たずねました。  すると、ヨハネスは、 「わたくしは商人《しょうにん》でございます。」 と、こたえながら、まえかけをひろげて、なかを見せました。  とたんに、むすめは思わず大きな声をあげて、 「まあ、なんてきれいな金細工品《きんざいくひん》でしょう。」 と、いいました。そして、手おけを下において、ひとつひとつの品《しな》を、穴《あな》のあくほど見つめました。それから、 「これはぜひ王女《おうじょ》さまにおめにかけましょう。王女さまは金細工品がとってもおすきですから、きっと、みんな買いあげてくださいますよ。」  むすめはこういって、ヨハネスの手をとり、お城《しろ》のなかへ案内《あんない》していきました。このむすめは、王女のおつきの侍女《じじょ》だったのです。  王女《おうじょ》は品物《しなもの》を見ますと、それはそれはよろこんで、 「とてもきれいにできていますこと。みんな買いとってあげましょう。」 と、もうしました。  けれども、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはいいました。 「じつは、わたくしは、ある金持《かねも》ちの商人《しょうにん》の番頭《ばんとう》にすぎないのでございます。わたくしがここにもってまいりましたものなどは、主人《しゅじん》が船《ふね》においてありますものにくらべますと、まったくとるにたらないものばかりでございます。船《ふね》にありますものは、金細工品《きんざいくひん》といたしましては、もっともじょうずにできておりまして、またと手にいれることのできない、りっぱなものばかりでございます。」  王女はその金細工品をみんなもってくるようにとのぞみましたが、ヨハネスは、 「そういたしますには、ずいぶん日にちがかかります。それに、たいへんな品数《しなかず》でございますから、ならべるだけでもたくさんのおへやがいりまして、こちらさまのお城《しろ》ではとてもそれだけの場所《ばしょ》はございません。」 と、もうしました。  この話で、王女のめずらしいものを見たい、それを手にいれたいと思う気持ちは、ますますあおりたてられました。そしてとうとう、王女はこういいました。 「では、あたしを船まで案内《あんない》しておくれ。じぶんでいって、おまえの主人の宝《たから》ものを見せてもらうことにしましょう。」  そこで、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは王女《おうじょ》を船《ふね》に案内《あんない》して、たいへんよろこんでいました。王さまは王女を見ますと、あの絵にかかれているすがたよりもはるかに美しいかたなので、いまにも胸《むね》がはりさけそうな思いでした。  さて、王女が船にのりこみますと、王さまがなかへ案内しました。いっぽう、忠義者のヨハネスは舵取《かじと》りのところにのこっていて、船を陸《りく》からはなすようにいいつけました。 「帆《ほ》という帆をみんなはって、空とぶ鳥のように走らせるのだ。」  船のなかでは、王さまが金《きん》の道具《どうぐ》をひとつひとつ、王女に見せていました。おさらだの、さかずきだの、おわんだの、さては、鳥や、けものや、ふしぎな動物などを。王女がそれらをひとつのこらず見ているあいだに、何時間も何時間もたってしまいました。けれども、ながめるのにむちゅうになっていた王女は、船が走っているのにはすこしも気がつかなかったのです。いよいよ、いちばんおしまいの品《しな》を見おわったとき、王女は商人《しょうにん》にお礼《れい》をいって、かえろうとしました。ところが、船《ふな》べりへでてみますと、なんということでしょう。船は陸地《りくち》を遠くはなれて、ひろいひろい海のまっただなかを、帆《ほ》をいっぱいにふくらませて走っているではありませんか。 「ああ!」 と、王女はびっくりしてさけびました。 「あたしはだまされたのだ。あたしはさらわれて、商人の手におちてしまったのだ。これなら、いっそ死《し》んでしまったほうがいい。」  けれども、王さまは王女《おうじょ》の手をとって、いいました。 「わたしは商人《しょうにん》ではなく、じつは、王なのです。あなたにおとらぬ生まれのものです。あなたを、はかりごとでつれだしたのも、あなたをおしたいするあまりにやったことなのです。あなたの絵姿《えすがた》をはじめて見ましたとき、わたしは気をうしなってたおれたほどなのです。」  金《きん》のお城《しろ》の王女は、これをきいて、ようやく安心《あんしん》しました。そして、王さまがすきになり、お妃《きさき》さまになることをよろこんで承知《しょうち》しました。  さて、船《ふね》の人たちが大海の上をすすんでいるときのことでした。忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスが船のへさきにすわって、音楽をかなでていますと、三|羽《ば》の鳥が空をとんでくるのが見えました。そこで、ヨハネスはひく手をやすめて、鳥たちの話に耳をかたむけました。だって、ヨハネスには鳥たちのことばがわかるのですからね。 [#挿絵(fig59520_02.png、横481×縦329)入る]  一|羽《わ》の鳥がさけびました。 「やあ、あいつ、金のお城《しろ》の王女さまをつれてかえるぜ。」 「そうだな。」 と、二ばんめのがこたえました。 「だが、王女さまは、まだあいつのものじゃないさ。」  すると、三ばんめのがいいました。 「だって、あいつのものじゃないか。船《ふね》のなかに、ふたりでならんですわっているもの。」  すると、さいしょの鳥がまた口をだして、さけびたてました。 「そんなことは、なんにもなりゃあしない。いいか、あいつらが陸《りく》につくとだ、キツネ色の馬が一ぴきとんでくる。すると、王さまはそれにとびのろうとする。ところが、のろうもんなら、馬のやつは王さまをのっけたまま走りだして、空中にかけのぼるのさ。で、王さまは二度とふたたびあのむすめにはあえないってわけよ。」 「たすかる方法《ほうほう》はないのかい?」 と、二ばんめのがいいました。 「あるとも。だれかほかのものがすばやくその馬にとびのるんだ。そして、くらのわきについている鉄砲《てっぽう》をとって、そいつで馬をうち殺《ころ》せば、わかい王さまはたすかるのさ。だけど、そんなことは、だれも知りゃあしない。それに、知っていたって、それを王さまにいおうものなら、そいつはひざこぞうから足のつまさきまで石になっちまうんだ。」  そのとき、二ばんめの鳥がいいだしました。 「おれはもっと知ってるぞ。たとえその馬が殺《ころ》されたって、わかい王さまは花よめをひきとめておくわけにゃいかないんだ。あのふたりがそろってお城《しろ》につくと、仕立《した》てあがった婚礼用《こんれいよう》のシャツが鉢《はち》のなかにおいてある。そいつは、ちょっと見たところでは、金《きん》と銀《ぎん》とで織《お》ってあるみたいだが、ほんとうはイオウとチャン[#1段階小さな文字](コールタールなどを精製《せいせい》したときのこる黒《こっ》かっ色《しょく》のかす)[#小さな文字終わり]とでできているんだ。もしも王さまがそれをきようものなら、王さまのからだは骨《ほね》のずい[#「ずい」に傍点]まで焼《や》けただれちまうのさ。」 「で、たすかる方法《ほうほう》はないのかい?」 と、三ばんめの鳥がいいました。 「そりゃあ、あるさ。」 と、二ばんめのはこたえました。 「だれかが手ぶくろでそのシャツをつかむんだ。そして、火のなかにほうりこんで、もやしちまえば、わかい王さまはたすかるんだ。しかし、どうにもなりゃあしないさ。それを知っていたって、王さまにいやあ、その男は心臓《しんぞう》からひざこぞうまで、からだの半分《はんぶん》が石になっちまうんだからな。」  そのとき、三ばんめの鳥がいいだしました。 「おれなんか、もっと知ってるぞ。たとえその婚礼用《こんれいよう》のシャツが焼《や》かれたとしたって、まだまだあのわかい王さまは花よめをじぶんのものにしたとはいえないんだ。結婚式《けっこんしき》のあとでおどりがはじまって、わかいお妃《きさき》がおどりだすと、きゅうにお妃はまっさおになって、死《し》んだようにぶったおれる。そのとき、だれかがお妃をだきおこして、右の乳房《ちぶさ》から血《ち》のしずくを三てきすいとって、それをはきださなけりゃ、お妃は死んでしまうんだ。しかし、だれかがこのことを知っていて、つげ口でもすれば、その男は頭のてっぺんから足のつまさきまで、からだぜんたいが石になっちまうんだ。」  鳥たちはこんなことを話しあいながら、とびさっていきました。忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスには、この話がすっかりわかりました。ですから、このときからというものは、ヨハネスは口もきかなくなって、かなしそうにしていました。むりもありません。じぶんのきいたことを主人《しゅじん》にだまっていれば、主人がふしあわせになりますし、もしそれをうちあければ、じぶんの命《いのち》をうしなわなければならないのですもの。でも、とうとうヨハネスは、 「ご主君《しゅくん》をおすくいしよう。たとえ、そのために、この命をうしなっても。」 と、ひとりごとをいいました。  いよいよ、一同《いちどう》のものが陸《りく》にあがりますと、鳥のいったとおりのことがおこりました。キツネ色のりっぱな馬が一|頭《とう》、まっしぐらにとんできました。 「ようし、あれに城《しろ》までのせていってもらおう。」  王さまはこういって、馬にとびのろうとしました。ところが、そのときいちはやく、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは、ひらりと馬にとびのるがはやいか、くらのわきから鉄砲《てっぽう》をとって、いきなりその馬をうち殺《ころ》してしまいました。しかし、まえから忠義者のヨハネスのことをよく思っていなかったほかの家来《けらい》たちが、口ぐちにさわぎたてました。 「王さまをお城《しろ》までおのせするはずの、あんなりっぱな馬を殺すとは、ふとどきしごくのやつだ。」  けれども、王さまはいいました。 「だまって、あの男のやるとおりにさせておけ。忠義《ちゅうぎ》このうえもないヨハネスのことだ。それに、これがまた、なんの役《やく》にたつかもしれぬ。」  やがて、みんながお城《しろ》のなかにはいりますと、広間《ひろま》に鉢《はち》がおいてあって、そのなかに仕立《した》てあがった婚礼用《こんれいよう》のシャツがはいっていました。ちょっと見たところでは、どうしても金《きん》と銀《ぎん》とで織《お》ってあるとしか見えません。  わかい王さまは、つかつかとそのそばにあゆみよって、それを手にとろうとしました。ところが、忠義者のヨハネスは王さまをおしのけて、手ぶくろでそれをひっつかみ、すばやく火のなかへほうりこんで、もやしてしまいました。  それを見て、ほかの家来《けらい》たちがまたぶつぶつもんくをいいはじめました。 「みろよ、あいつ、こんどは、王さまの婚礼用《こんれいよう》のシャツまでもやしているぞ。」  けれども、わかい王さまはいいました。 「これがまた、なんの役《やく》にたつかわからないのだ。あの男のするとおりにさせておけ。忠義《ちゅうぎ》このうえもないヨハネスのことだ。」  まもなく、ご婚礼《こんれい》のおいわいがありました。おどりがはじまって、花よめもそのなかにはいりました。忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはじっと気をつけて、花よめの顔ばかり見まもっていました。と、とつぜん、花よめはまっさおになって、死《し》んだように、床《ゆか》にうちたおれました。とみるや、ヨハネスはいそいでかけよって、花よめをだきおこし、ひとつのへやにはこびいれました。そして、花よめをそこにねかしますと、じぶんはかたわらにひざまずいて、花よめの右の乳房《ちぶさ》から三てきの血《ち》をすいとって、はきだしました。すると、たちまち、花よめは息《いき》をふきかえして、元気をとりもどしました。  わかい王さまは、そばからこのありさまを見ていました。けれども、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスがどうしてこんなことをするのか、わけがわからないものですから、すっかり腹《はら》をたてて、 「あの男を牢《ろう》にいれてしまえ。」 と、どなりました。  そのあくる朝、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは罪《つみ》をいいわたされて、首《くび》つり台《だい》にひきだされました。そして、高いところにあがって、いよいよおしおき[#「おしおき」に傍点]をうけることになりました。そのとき、ヨハネスはいいました。 「死《し》ぬときまりましたものは、だれでも死ぬまえに、ひとことだけいうことがゆるされております。わたくしにもそれをゆるしていただけましょうか?」 「よろしい、ゆるしてつかわす。」 と、王さまはこたえました。  そこで、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスはいいました。 「わたくしは、身《み》におぼえのない罪《つみ》をいいわたされたのでございます。わたくしは、いつなんどきも、忠義をつくしてまいりました。」  そしてヨハネスは、海の上で鳥たちの話をきいたこと、王さまをすくうために、ああしたことをどうしてもしなければならなかったこと、などをものがたりました。  それをきいて、王さまはさけびました。 「おお、忠節《ちゅうせつ》ならぶもののないヨハネスよ、ゆるすぞ。ゆるすぞ。あのものを下へおろせ。」  ところが、忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスは、さいごのことばをいいおわるといっしょに、息《いき》がたえて、ころがりおちました。ヨハネスは、もう石になっていたのです。  王さまとお妃《きさき》さまは、たいそうこれをかなしみました。王さまは、 「ああ、このようなりっぱな忠節《ちゅうせつ》にたいして、わたしはまた、なんというむくいかたをしたものだ。」 と、いいました。それから、その像《ぞう》をひきおこさせ、じぶんの寝室《しんしつ》のベッドのそばに立てさせました。そして、それを見るたびに、王さまは涙《なみだ》をながしていいました。 「ああ、おまえをもういちど生かしてやりたいものだ。忠節《ちゅうせつ》ならぶもののないヨハネスよ。」  それから、時はたって、やがてお妃《きさき》さまはふた子を生みました。ふた子は、どちらも王子《おうじ》でした。すくすくと大きくなって、いまでは、王さま、お妃さまのよろこびのたねとなりました。  ある日、お妃さまが教会《きょうかい》へでかけてしまって、ふたりの子どもがおとうさまのそばであそんでいたときのことでした。王さまは、またいつものようにかなしい思いで石の像《ぞう》をながめながら、ため息《いき》をついて、思わず大きな声でこういってしまいました。 「ああ、おまえを生きかえらせることができたらなあ。忠節《ちゅうせつ》このうえもないヨハネスよ。」  と、どうでしょう、その石が口をききはじめて、 「はい、あなたさまのいちばんだいじなものを犠牲《ぎせい》にしてくださいますなら、わたくしはもういちど生きかえることができます。」 と、いうではありませんか。  これをきいて、王さまはさけびました。 「わたしがこの世《よ》にもっているものなら、なんなりとおまえのためにささげるぞ。」  すると、石はなおもことばをつづけて、 「もしもあなたさまが、ごじぶんの手でふたりのお子さまの首《くび》をはねて、その血《ち》をわたくしにぬってくださいますなら、わたくしは命《いのち》をとりもどします。」  王さまは、じぶんのいちばんだいじな子どもをじぶんの手で殺《ころ》さなければならないときいたとき、思わずはっとしました。けれども、すぐに、ヨハネスのあのりっぱな忠義《ちゅうぎ》を思い、しかもそのヨハネスはじぶんのために死《し》んだことを考えますと、つるぎをぬきはなって、じぶんの手でふたりの子どもの首《くび》をはねました。そして、その血《ち》を石にぬりつけました。すると、たちまち、ヨハネスは命《いのち》をとりもどして、あの忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスが、むかしどおりの元気な、いきいきとしたすがたで、王さまのまえにあらわれました。  ヨハネスは、王さまにいいました。 「あなたさまのこのまごころは、むくいられぬはずはございません。」  こういうと、ヨハネスは子どもたちの首をとって、胴《どう》の上にのせ、傷口《きずぐち》に血をぬりつけました。と、みるみるうちに、子どもたちは生きかえりました。そして、まるでなにごともなかったように、元気にはねまわって、あそびつづけました。  王さまの心は、よろこびでいっぱいになりました。やがて、お妃《きさき》さまがこちらへくるのを見ますと、王さまは忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスとふたりの子どもを大きな戸だなのなかにかくしました。  お妃さまがへやのなかにはいってきますと、王さまは、 「教会《きょうかい》でおいのりをしたのかね?」 と、たずねました。 「はい。」 と、お妃《きさき》さまはこたえました。 「でもあたしは、あの忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネスが、あたしたちのためにこんなふしあわせになったことばかり、ずっと考えておりましたの。」  それをきいて、王さまがいいました。 「妃《きさき》よ、わたしたちは、ヨハネスをもういちど生きかえらせてやることができるのだよ。しかし、それにはふたりの子どもが必要《ひつよう》なのだ。わたしたちは、あのふたりを犠牲《ぎせい》にしなければならないのだ。」  お妃さまはまっさおになりました。心のなかでふかくおどろいたのです。けれども、 「あのりっぱな忠義《ちゅうぎ》のことを思えば、それもいたしかたございません。」 と、もうしました。  これをきいて、王さまは、お妃《きさき》さまもじぶんとおなじ考えであることを知って、心からよろこびました。そこで戸だなのところへつかつかとあゆみよって、戸だなをひきあけました。そして、子どもたちとヨハネスをつれだしてきて、こういいました。 「ありがたいことだ。ヨハネスはすくわれたぞ。子どもたちも、もとのままだ。」  そこで、王さまは、お妃さまにいままでのことをのこらず話してきかせました。  こうして、この人たちは、この世《よ》をさるまで、みんなでいっしょに、しあわせにくらしました。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「忠義者《ちゅうぎもの》のヨハネス」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2019年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。