こわいことを知りたくて旅にでかけた男の話 グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)夜中《よなか》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)六|頭《とう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)もの[#「もの」に傍点] -------------------------------------------------------  あるおとうさんが、ふたりのむすこをもっていました。にいさんのほうはりこうで、頭がよくて、なんでもじょうずにやってのけました。ところが、弟のほうときたら、まぬけで、なんにもわからないし、なにひとつおぼえることもできないというありさまでした。ですから、弟の顔を見るたびに、だれもかれもこういうのでした。 「こういうむすこがいたんじゃ、おやじさんはいつまでたってもたいへんだなあ!」  こんなわけですから、なにかすることのあるときには、いつもきまって、にいさんがやらされました。けれども、ときには、おそくなってからとか、どうかすると夜中《よなか》などに、なにかとってきてくれと、おとうさんからいいつかることもあります。そんなとき、墓地《ぼち》とか、あるいはどこかおそろしい場所《ばしょ》をとおっていかなければならないようなばあいには、にいさんはいつもこうこたえました。 「いやだ、いやだ、おとうさん。そんなところへはいかないよ。ぞっとする。」  なぜって、にいさんはこわくてたまらなかったのです。また、夜など、炉《ろ》ばたで身《み》の毛《け》のよだつような話がでますと、きいているものは「うわあ、ぞっとする」と、よくいいます。  弟はすみっこにすわって、じぶんもその話をきいているのですが、それがなんのことやら、さっぱり見当《けんとう》がつきません。 「みんな、しょっちゅう、ぞっとする、ぞっとするっていってるが、おれはちっともぞっとなんかしやしねえ。こいつは、きっと、おれにはわからねえことなんだろう。」  さて、あるときのこと、おとうさんが弟にむかってこんなことをいいました。 「おい、そのすみっこにひっこんでいる小僧《こぞう》、おまえは、もうそのとおり大きく、がっしりした男になった。おまえもなにかひとつ、ならいおぼえて、じぶんでくっていくようにしなくちゃいかん。みろ、にいさんはいっしょうけんめいやってるのに、おまえときたら、まるではしにも棒《ぼう》にもかからん。」 「うん、おとうさん、おれもなにかおぼえたいよ。そうだ、もしできたら、ぞっとするってことをおぼえたいな。そいつは、おれにはちっともわからねえもの。」  にいさんはこれをきいて、わらいだしましたが、心のなかでひそかに思いました。 (ああ、ああ、弟のやつは、なんて大ばかなんだ。あれじゃ、一生《いっしょう》かかったって、もの[#「もの」に傍点]になりゃしない。三《み》つ児《ご》の魂《たましい》百までっていうからなあ。)  おとうさんは、ため息《いき》をついていいました。 「ぞっとするか、そいつをおぼえるのもいいだろう。だがそんなことをおぼえたって、それではくっちゃいけないぞ。」  それからまもなく、お寺《てら》の役僧《やくそう》がこのうちへたずねてきました。そこでおとうさんは、じぶんの心配《しんぱい》を、この役僧に話して、弟むすこはなにをやらせてもだめで、なんにもわからないし、なにひとつ、ならいおぼえることもできないといいました。 「まあ、あなた、考えてもみてください。わたしが、なにをやってくっていくつもりだとききますとね、どうでしょう、ぞっとすることをおぼえたいなんて、とんでもないことをぬかすんですよ。」 「それだけのことなら、わたしのところでおぼえられますよ。」 と、役僧《やくそう》はこたえていいました。 「まあ、そのむすこさんをわたしのところへよこしてごらんなさい。きっと、しこんであげますよ。」  おとうさんは、あの小僧《こぞう》も、ちっとはしこんでもらえるかなと、考えましたので、すぐ役僧にたのむことにしました。  こういうわけで、役僧はむすこをうちにつれていきました。むすこはそこで鐘《かね》つきをすることになりました。  それから二、三日たった、ある晩《ばん》のことです。ま夜中《よなか》ごろ、とつぜん役僧《やくそう》がむすこをおこしました。そして、すぐに寝床《ねどこ》からおきて、塔《とう》にのぼって、鐘《かね》をついてこい、といいつけました。 (ぞっとするっていうのがどんなことか、きっとおぼえさせてやる。)  役僧はこう考えて、じぶんはむすこよりもひと足さきに、こっそりでかけました。  むすこが塔《とう》にのぼって、くるりとむきなおって、いざ鐘《かね》のつなをにぎろうとしたときです。ふと見ますと、ひびき穴《あな》にむかいあった階段《かいだん》の上に、なにやら白いものが立っているではありませんか。 「そこにいるのはだれだ。」 と、むすこがさけびました。けれども、その白いものはうんともすんともいわず、身動《みうご》きひとつしません。 「へんじをしろ。」 と、むすこがまたもやどなりました。 「さもなきゃ、きえてうせろ。この夜中に、こんなところに用はないはずだ。」  けれども役僧《やくそう》は、若者《わかもの》におばけだと思いこませようと思って、なおも身動きひとつせず、じっと立っていました。それを見て、若者はまたまたどなりました。 「きさま、ここでなにをしようってんだ。まともな人間なら、口をきけ。さもなきゃ、階段からつきおとすぞ。」  しかし役僧《やくそう》は、なあに、口さきだけで、そんなことはできまい、と考えて、あいかわらずだまりこくったまま、まるで石ででもできているように、つっ立っていました。  若者《わかもの》はもういっぺんどなりつけました。しかし、それでもなんのききめもありません。そこで、こんどはいきおいよくおばけにおどりかかって、おばけを階段《かいだん》からつきおとしてしまいました。おばけは十段ばかりころがりおちて、すみっこにのびたまま、うごかなくなってしまいました。  それから、若者は鐘《かね》をついて、役僧のうちにかえりました。そして、なんにもいわずに、さっさと寝床《ねどこ》にもぐりこんで、またねむってしまいました。  役僧《やくそう》のおかみさんは、ご主人《しゅじん》のかえりを長いこと待《ま》っていましたが、いつまでたっても、ご主人はもどってきません。それで、とうとう心配《しんぱい》になって、若者をおこして、きいてみました。 「あんた、うちのひとがどこにいるか知らない? あんたよりもさきに、塔《とう》にのぼったんだけどね。」 「知りませんねえ。」 と、若者《わかもの》はこたえました。 「だけど、あそこのひびき穴《あな》のむかいがわの階段《かいだん》の上に、だれだか立っていましたよ。おれがいくらよんでもへんじもしないし、おりていこうともしないから、おれはどろぼうかなんかだと思って、つきおとしてやりましたよ。まあ、いってごらんなさい。そうすりゃ、坊《ぼう》さんかどうかわかりますからね。もし坊さんだったとすりゃ、気のどくなことをしたなあ。」  いわれて、おかみさんがとんでいってみますと、やっぱりご主人《しゅじん》です。役僧《やくそう》は、すみっこにへたばって、うんうんうなっていました。むりもありません。かたっぽうの足の骨《ほね》がおれてしまったのですからね。  おかみさんは役僧をかつぎおろしますと、すぐその足で、若者《わかもの》のおとうさんのところへどなりこみました。 「おまえさんとこのむすこはね。」 と、おかみさんはわめきたてました。 「えらいことをしでかしてくれたよ。うちのひとを階段《かいだん》からつきおとしてさ、おかげでうちのひとは、かたっぽうの足をおっちまったんだよ。あんなろくでなし[#「ろくでなし」に傍点]は、さっさとうちからつれてっとくれ。」  おとうさんはびっくりぎょうてんして、すぐさまとんでいって、むすこをしかりとばしました。 「なんてえばちあたりのいたずらをするんだ。おまえは悪魔《あくま》にでもとっつかれたにちがいない。」 「おとうさん、まあ、きいとくれよ。」 と、むすこがいいました。 「おれはちっともわるかあないんだぜ。坊《ぼう》さんたら、まるでわるだくみでもするやつみたいに、ま夜中《よなか》にそんなところにつっ立ってたんだ。おりゃあ、だれだかわからねえから、三べんも注意《ちゅうい》してやって、口をきくなり、おりてくなりしろっていったんだもの。」 「ああ、おまえのおかげで、おれはとんでもないめにばかりあっている。おまえはどこかへいっちまってくれ。おまえの顔なんかもう二度と見たくない。」 と、おとうさんがいいました。 「いや、おとうさん、そいつはありがたいよ。だけど、夜《よ》のあけるまで待《ま》っておくれ。夜があけたら、どこかへでかけていって、ぞっとするってやつをおぼえてくるよ。そうすりゃ、おれもそいつでめしをくってくことができるってもんだ。」 「なんでもおまえのすきなことをならうがいい。」 と、おとうさんはいいました。 「わしにとっちゃ、なんだっておんなじことだ。それ、この五十ターレルをおまえにやる。これをもって、ひろい世《よ》のなかへでていくがいい。だが、生《う》まれ故郷《こきょう》やおやじの名まえを口にするんじゃないぞ。わしがはじをかくことになるからな。」 「わかったよ、おとうさん、だいじょうぶ、それくらいのことなら、よく気をつけてわすれねえようにするよ。」  やがて、夜があけますと、若者《わかもの》は五十ターレルをポケットにつっこんで、大通りにでていきました。そして、歩きながら、ひっきりなしに、 「ああ、ぞっとしたいもんだ。ぞっとしたいもんだ。」 と、ひとりごとをいっていました。  そこへ、ひとりの男がやってきました。男は、若者《わかもの》がひとりでしゃべっていることばを耳にしました。それから、こんどは、ふたりでしばらく歩いていきますと、むこうに首《くび》つり台《だい》が見えてきました。すると、男は若者にいいました。 「おまえさん、ほら、あそこに木があるだろう。あそこで、七人の男が(1)[#「(1)」は行右小書き]なわ屋《や》のむすめと結婚《けっこん》したとこなんだ。やっこさんたち、いまはブランブランととぶけいこをしているのさ。おまえさん、あの下にすわって、夜まで待《ま》っていてみな。きっと、ぞっとするってことがおぼえられるだろうよ。」 「たったそれっくらいのことなら――」 と、若者《わかもの》はこたえました。 「なんでもねえや。だが、ぞっとするってことが、そんなにあっさりとおぼえられるんなら、このおれのもってる五十ターレルはおまえさんにやるよ。まあ、あしたの朝、もういちどおれんとこへきな。」  そこで若者は、首つり台のところへいき、その下にすわって、夜まで待っていました。からだはこごえそうに寒くてたまりません。そこで、若者はたき火をはじめました。けれども、ま夜中《よなか》ごろには、風がばかにつめたくなってきて、いくら火をたいても、ちっともあたたかくなりませんでした。風にふかれて、首つり台にぶらさがっている死《し》がいが、たがいにぶっつかりあっては、ユラリユラリとゆれました。それを見て、若者は、 (おれなんか、このたき火のそばにいても寒いんだ。あんな高いところにいるやつらは、さぞ寒くて、がたがたふるえているだろうなあ。) と、思いました。  若者《わかもの》は、もともと思いやりぶかいたち[#「たち」に傍点]でしたので、さっそくはしごをかけて、のぼっていきました。そして、ひとりずつじゅんじゅんにつなをほどいて、七人の男をみんな下におろしてやりました。それから、火をかきたてては、プウプウふいて、からだがよくあたたまるように、みんなを火のまわりにすわらせてやりました。ところが、みんなはすわったきり、身動《みうご》きひとつしません。そのうちに、着物《きもの》には火がついてしまいました。それを見て、若者は、 「気をつけろよ。でないと、もういちど上へぶらさげるぞ。」 と、いいました。  ところが、死人《しにん》は耳がきこえません。うんともすんともいわず、ぼろ着物はもえほうだいです。若者《わかもの》はぷんぷん腹《はら》をたてて、いいました。 「おまえたちがじぶんで気をつける気がないんなら、たすけてやることはできねえよ。おれは、おまえたちのおつきあいで焼《や》け死《し》ぬのはごめんだぜ。」  そこで若者は、死人どもを、またもとのようにじゅんじゅんにつるしあげました。それから、たき火のそばにすわって、ぐうぐうねこんでしまいました。  あくる朝になりますと、きのうの男がやってきて、五十ターレルをもらうつもりで、こういいました。 「どうだい、ぞっとするってのは、どんなことだかわかったかい?」 「とんでもねえ。」 と、若者《わかもの》はこたえていいました。 「いったい、どうしたらそいつがわかるんだろうなあ。あそこにぶらさがってるやつらは、口をききもしねえし、それに、とんでもねえあほう[#「あほう」に傍点]ときてやがる。なんしろ、じぶんのきているぼろ着物《きもの》がもえたって、そのままほっとくんだからなあ。」  相手《あいて》の男も、このようすでは、とてもきょうは五十ターレルをもらえそうもないとみてとって、そのままいってしまいました。けれども、 「あんなやつには、まだあったことがない。」 と、いいました。  若者《わかもの》もふたたび歩きだしましたが、またまた、 「ああ、なんとかしてぞっとしたいもんだなあ。ああ、ぞっとしたいもんだ。」 と、ひとりごとをいいはじめました。これを、若者のうしろから荷馬車《にばしゃ》をひっぱってきた運送屋《うんそうや》が耳にはさみました。そして、 「おめえさんはだれだい。」 と、たずねました。 「知らねえよ。」 と、若者《わかもの》はこたえました。 「おめえさん、生まれはどこだい。」 と、運送屋《うんそうや》がなおもたずねました。 「知らねえよ。」 「おやじさんは、なんてんだ。」 「そいつあいえねえよ。」 「おめえさん、なにをしょっちゅうぶつぶついってんだ。」 「うん、そいつなんだ。」 と、若者《わかもの》はこたえていいました。 「おれは、ぞっとするってことをおぼえてみてえんだが、だれもおしえてくれねえんだ。」 「ばかなことをぬかすなよ。」 と、運送屋《うんそうや》がいいました。 「さあ、おれといっしょにきな。どっか、いいとこへ世話《せわ》してやるぜ。」  そこで、若者は運送屋といっしょに歩いていきました。日がくれてから、ふたりはとある宿屋《やどや》につきました。ふたりはここにとまることにしました。若者は、へやへはいろうとして、またもや大声で、 「ああ、ぞっとしたいもんだ。ぞっとしたいもんだ。」 と、いいました。  宿屋《やどや》の主人《しゅじん》はそれをきいて、わらいながらいいました。 「そんなことがおのぞみなら、ここにゃおあつらえむきのことがありますよ。」 「まあ、だまっといでよ。」 と、そばから宿屋のおかみさんが口をだしました。 「いままでだって、ものずきな人たちがずいぶんおおぜい、命《いのち》をうしなってしまったんじゃないか。こんなきれいな目が、二度と日のめをおがめないようにでもなったら、それこそかわいそうだよ。」  ところが、若者《わかもの》はいいました。 「どんなにむずかしいことでも、おれはおぼえてみたいんだ。そのために、こうして旅《たび》にでかけてきたんだから。」  若者はなおも主人に、話してくれとせがみました。それで、とうとう主人は、ここからあまり遠くないところに魔法《まほう》にかけられているお城《しろ》があって、そこで三日三晩《みっかみばん》、寝《ね》ずの番《ばん》をすれば、ぞっとするというのがどんなことだかわかるでしょう、といいました。そして、さらに話をつづけて、寝ずの番をするだけの勇気《ゆうき》のあるものには、王さまがごじぶんのお姫《ひめ》さまをおよめにくださるというのです。ところが、そのお姫さまというのが、おてんとさまのてらすこの世界《せかい》で、いちばん美しいかたなのです。それから、お城《しろ》のなかにはたくさんの宝《たから》ものもあって、それを悪魔《あくま》どもが番をしています。けれども、うまく寝《ね》ずの番《ばん》をやりとおせば、その宝《たから》ものも手にはいって、貧乏人《びんぼうにん》でもたちまち大金持《おおがねも》ちになれるのです。いままでにもずいぶんおおぜいの人たちがお城《しろ》にはいっていきましたが、まだひとりとしてかえってきたものはありません、と話してきかせました。  若者《わかもの》は、あくる朝、さっそく王さまのまえにいって、 「もしおゆるしくださいますなら、わたくしはその魔法《まほう》のかけられているお城で、三日三晩《みっかみばん》、寝《ね》ずの番《ばん》をいたしとうございます。」 と、もうしました。  王さまは若者をじっと見つめていましたが、若者が気にいりましたので、こういいました。 「おまえは、なんなりと三つのものをねがいでるがよい。それらのものを城《しろ》のなかにもちこむことをゆるす。だが、生きものであってはならぬぞ。」  いわれて、若者《わかもの》はこたえました。 「それでは、火と、旋盤《せんばん》と、それから小刀《こがたな》のついた細工台《さいくだい》をおねがいいたします。」  王さまは、昼まのうちに、それらのものをのこらずお城のなかにはこびこませておきました。さて、日のくれかかったころ、若者はお城にでかけていきました。そして、なかのひと間《ま》にはいりこんで、火をかんかんおこし、小刀《こがたな》のついた細工台《さいくだい》をそばにおいて、じぶんは旋盤《せんばん》の上にこしをおろしました。 「ああ、ぞっとしたいもんだなあ。だが、ここでもやっぱりだめだろう。」 と、若者《わかもの》はいいました。  ま夜中《よなか》ごろ、若者はもういちど火をかきたてようと思いました。そして、火をプウプウふいていますと、だしぬけにすみっこのほうから、 「ウウ、ニャオ。おれたちゃ寒くてたまらん。」 と、さけんだものがありました。 「ばかだな、おまえたちは。」 と、若者がどなりました。 「なにをいってんだ。寒かったら、ここへでてきて、火にあたって、あったまったらいいじゃねえか。」  若者《わかもの》がこういいおわったとたん、大きな黒ネコが、ものすごいいきおいで、とびだしてきました。そして、若者の両わきにすわったかと思うと、火のような目玉をぎらぎらさせて、若者の顔をぎゅっとにらみつけました。  しばらくして、からだがあたたまってきますと、そのネコどもが、 「おい、きょうだい、トランプをやらないか。」 と、さそいかけました。 「やらなくってどうする。」 と、若者《わかもの》がこたえました。 「しかし、そのまえに、ちょいとおまえの足を見せてくれよ。」  こういわれて、ネコどもは足のつめをのばして見せました。 「いよう、なんて長いつめをしているんだ。ちょいと待《ま》ちなよ。まず、こいつを切ってからにしなくっちゃ。」  若者はこういいながら、ネコの首《くび》ったまをつかんで、細工台《さいくだい》の上にのせると、四つ足をぐっとねじ[#「ねじ」に傍点]でしめつけてしまいました。 「おまえらの指を見たら、トランプをする気がなくなった。」  若者はこういうがはやいか、ネコどもをたたき殺《ころ》して、おもての水のなかへほうりこんでしまいました。  こうして、若者《わかもの》が二ひきのネコをかたづけて、ふたたびたき火のそばにもどって、すわろうとしたときです。とつぜん、あっちのすみからも、こっちのすみからも、もえる火のくさりにつながれた黒ネコや黒犬が、とびだしてきました。しかも、その数はあとからあとからふえるばかりです。とうとうしまいには、若者が身動《みうご》きひとつすることができないほどになってしまいました。そして、そいつらは世《よ》にもおそろしいうなり声をあげて、若者のたき火をふみつけ、ふみにじって、その火をけそうとするのです。  そのようすを若者はしばらくのあいだじっとながめていましたが、あんまり腹《はら》がたちましたので、いきなり細工刀《さいくがたな》を手にとって、 「とっととうせやがれ、こんちくしょうめら。」 と、さけびながら、そいつらめがけて切ってかかりました。なかにはにげてしまったのもありましたが、のこったやつらはうち殺《ころ》して、おもての池のなかにほうりこみました。  それから、若者《わかもの》はたき火のそばにもどってくると、かすかにのこっている火種《ひだね》から火をふきおこして、あたたまりました。こうして、すわっているうちに、たまらないほどねむくなってきて、もうどうにも目をあいていることができなくなりました。そこで、あたりを見まわしますと、かたすみに大きなベッドがありました。 「こいつはちょうどいいや。」  若者はこういいながら、そのベッドのなかにもぐりこみました。ところが、目をつぶろうとしたとたん、ベッドがひとりでにうごきだして、お城《しろ》じゅうをぐるぐるまわりはじめました。 「うまいぞ、うまいぞ、もっと走れ、もっと走れ。」 と、若者《わかもの》がいいました。  するとベッドは、まるで六|頭《とう》の馬にでもひかれているように、敷居《しきい》をこえ、階段《かいだん》をのぼったりおりたりして、ごろごろとうごきつづけました。そのうちとつぜん、ベッドがくるっとひっくりかえったかと思うと、いきなり若者の上に山のようにのしかかってきました。けれども、若者もまけてはいません、ふとんやまくらをはねとばして、その下からぬけだしました。そうして、 「もう、だれがのるもんか。」 と、いいすてて、こんどはたき火のそばにねころぶと、夜《よ》のあけるまでねむりこんでしまいました。  あくる朝、王さまがやってきました。王さまは、若者《わかもの》が床《ゆか》の上にねているのを見ますと、おばけのために殺《ころ》されてしまったのだろうと思いました。それで、王さまは、 「りっぱな男なのに、おしいことをしたものだ。」 と、いいました。  若者はこれをききますと、むっくりおきあがって、 「まだやられちゃおりませんよ。」 と、もうしました。  王さまはびっくりしましたが、でも心のそこからよろこんで、いったいどんなめにあったのだ、とたずねました。 「うまくいきましたよ。」 と、若者《わかもの》はこたえていいました。 「これで、まずひと晩《ばん》はすんだわけですが、あとのふた晩もなんとかなるでしょう。」  若者が宿屋《やどや》の主人《しゅじん》のところへかえってきますと、主人もびっくりして目をまんまるくしました。 「わたしゃ、あんたの生きた顔を二度と見ようとは思いませんでした。」 と、主人《しゅじん》はいいました。 「どうです、ぞっとするってことが、どんなことだかわかりましたかね。」 「だめさ。なにもかもむだだ。ああ、だれかおしえてくれる人はないかなあ。」  二日めの晩《ばん》も、若者《わかもの》はその古いお城《しろ》にでかけていきました。そして、たき火のそばにすわって、またいつものように、 「ああ、ぞっとしたいもんだ。」 と、口ぐせになっていることばをいいはじめました。  ま夜中《よなか》ちかくになりますと、ガタガタ、ドンドンというもの音がしだしました。さいしょのうちはおだやかでしたが、それがだんだんはげしくなるのです。そのうちに、ちょっとしずかになりましたが、さいごにはものすごいさけび声とともに、人間のからだが半分《はんぶん》、えんとつをつきぬけて、若者の目のまえにおちてきました。 「おい。」 と、若者がどなりました。 「もう半分いるぞ。これじゃたりないじゃないか。」  すると、またもやあたりがさわがしくなって、ドタバタ、ギャアギャアやったあげく、あとの半分もおちてきました。 「ちょっと待《ま》ってろよ、もうすこし火をおこしてやるからな。」 と、若者《わかもの》がいいました。  若者が火をふきおこして、ふりかえってみますと、どうでしょう。さっきの半分《はんぶん》ずつのからだが、いつのまにかつながって、おそろしい男が若者の席《せき》にがんばっているではありませんか。 「おい、じょうだんはよせ。そのこしかけはおれのだぞ。」 と、若者はいいました。  すると、その男は若者をつきのけようとしましたが、若者もだまってはいません。しゃにむにその男をおしのけて、またもとの席にすわりました。と、こんどは、あとからあとから、たくさんの人間がおちてきました。そいつらは死人《しにん》の骨《ほね》を九つと、されこうべをふたつもってきて、金《かね》をかけて、九柱戯《きゅうちゅうぎ》[#1段階小さな文字](ボーリングににたあそび)[#小さな文字終わり]をはじめました。若者もやってみたくなって、 「どうだね、おれもいれてくれないかい。」 と、たずねました。 「いいとも、金があるんならな。」 「金ならうんともってるぜ。だが、その球《たま》はまんまるくないな。」 と、若者はこたえました。  そうして、若者はされこうべをとって、旋盤《せんばん》にかけ、まるくけずりました。 「さあ、こんどは、ずっとよくころがるぜ。そうれ、うまくいく。」 と、若者はいいました。  それから、若者《わかもの》はその男たちといっしょに九柱戯《きゅうちゅうぎ》をやって、金《かね》をすこしそんしました。ところが、十二時の鐘《かね》がなったとたん、なにもかもが目のまえからきえてなくなってしまいました。そこで若者は、ねころんで、ぐっすりとねむりました。  あくる朝、王さまがやってきて、ようすをきこうとしました。 「こんどは、どんなぐあいだったな。」 と、王さまがたずねました。 「九柱戯《きゅうちゅうぎ》をやって、銅貨《どうか》を二つ三つそんしました。」 と、若者《わかもの》はこたえました。 「では、ぞっとしなかったのかね。」 「とんでもない、すっかりゆかいにあそんでしまいましたよ。ぞっとするってのが、どんなことだか知りたいんですがねえ。」 と、若者がいいました。  三日めの晩《ばん》も、若者はまた旋盤《せんばん》にこしかけて、いかにも腹《はら》だたしそうに、 「ああ、なんとかしてぞっとしてみたいもんだ。」 と、いいました。  夜《よ》がふけたころ、六人の大男が棺《かん》おけをひとつかつぎこんできました。すると、若者は、 「ははあ、これは、きっと二、三日まえに死《し》んだおれのいとこだな。」 と、いいながら、指であいずして、よびかけました。 「おい、こっちへこいよ、こっちへこいよ。」  大男たちは棺《かん》を床《ゆか》におろしました。若者《わかもの》はそのそばへいって、ふたをとってみました。すると、なかにはひとりの死人《しにん》がねていました。顔にさわってみますと、まるで氷《こおり》のようにつめたいのです。 「待《ま》ってなよ、いまちょっとあっためてやるぜ。」  若者《わかもの》はこういうと、火のそばへいって、じぶんの手をあたためてから、その手を死人の顔の上にのせてやりました。けれども、死人はあいかわらずつめたくて、ちっともあたたかくはなりません。そこで、若者は死人を棺《かん》からだして、火のそばへつれていきました。そして、じぶんがそこにすわって、そのひざに死人をのせました。そうして、血《ち》がめぐりだすように、死人の両腕《りょううで》をこすってやりました。しかし、それでも、なんのききめもなさそうです。そのとき、ふと、 「ふたりでいっしょに寝床《ねどこ》にねれば、おたがいにあったまるもんだ。」 と、思いつきましたので、死人をベッドのなかにねかして、ふとんをかけてやりました。それから、じぶんもいっしょにならんでベッドのなかにはいりました。  しばらくすると、死人もあたたまってきて、うごきだしました。 「そうれ、みろよ、あっためてやってよかったろう。」 と、若者はいいました。  ところが、その死人《しにん》がむっくりとおきあがって、 「やい、こんどは、きさまをしめ殺《ころ》してやるぞ。」 と、どなりました。 「なにっ、それがおまえの恩《おん》がえしか。さっさと棺《かん》おけのなかにもどりゃあがれ。」  若者《わかもの》はこういうといっしょに、死人をもちあげて、棺のなかにほうりこみ、ふたをしてしまいました。すると、さっきの六人の男がでてきて、またその棺をどこかへはこんでいきました。 「ぞっとしそうもないなあ。」 と、若者はいいました。 「ここにいたんじゃ、一生《いっしょう》かかったって、おぼえられやしない。」  そのとき、またひとりの男がはいってきました。その男はほかのだれよりも大きくて、みるからにおそろしい顔つきをしています。もう年をとっていて、白い長いひげをはやしています。 「おい、小僧《こぞう》、ぞっとするってのがどんなことか、いますぐおれがおしえてやる。きさまの命《いのち》はもらったからな。」 と、その男が大声にいいました。 「そうあっさりとやられてたまるか。おれだってだまっちゃいねえぞ。」 と、若者がいいました。 「よし、ふんづかまえてくれるぞ。」 と、その怪物《かいぶつ》がいいました。 「おっと、あわてなさんな。そんな大きな口をきくんじゃねえよ。おれにだって、おまえぐらいの力はあるんだぜ。いや、もっと強いかもしれねえ。」 「そのお手なみを見せてもらいたいもんだ。」 と、じいさんがいいました。 「もし、きさまがわしよりも強かったら、きさまをゆるしてやる。さあ、こっちへこい、力くらべだ。」  じいさんはくらい廊下《ろうか》をいくつもとおって、かじ場《ば》の火のそばへ若者《わかもの》をつれていきました。そして、そこにあったおのをにぎって、たったひと打《う》ちでかなしき[#「かなしき」に傍点]を地面《じめん》のなかにめりこませてしまいました。 「そんなことなら、おれのほうがもっとうめえ。」  若者はこういって、べつのかなしき[#「かなしき」に傍点]のところへいきました。じいさんは見物《けんぶつ》するつもりで、若者のそばにならんで立っていました。白いひげは長くたれていました。そのとき、若者はおのをにぎって、ただひと打ちにかなしき[#「かなしき」に傍点]をうちわり、じいさんのひげもそのわれめにいっしょにはさみこんでしまいました。 [#挿絵(fig59519_01.png、横357×縦490)入る] 「さあ、どうだ、死《し》ぬのはおまえだぞ。」 と、若者はいいました。  それから、若者《わかもの》は鉄《てつ》の棒《ぼう》をつかんで、めちゃめちゃにじいさんをうちのめしました。さすがのじいさんも、とうとう泣《な》きだして、どうかうつのはもうやめてください、そのかわりお金《かね》をたくさんさしあげますから、としきりにたのみました。そこで若者はおのをひきぬいて、じいさんをはなしてやりました、すると、じいさんは若者をつれて、またもとのお城《しろ》にもどり、地下室《ちかしつ》にはいって、金貨《きんか》のぎっしりつまった三つの箱《はこ》を見せました。そして、 「このうちのひとつは貧乏人《びんぼうにん》に、もうひとつは王さまにあげますが、あとのひとつはあなたのものです。」 と、いいました。  そうこうしているうちに、十二時の鐘《かね》がなりました。と、そのとたんに、ばけもののすがたがきえうせてしまい、若者《わかもの》はまっくらやみのなかに、ただひとりとりのこされました。 「なんとかぬけだせそうだぞ。」  若者はこういって、手さぐりしはじめました。そのうちに、ようやく道を見つけだしました。それから、もとのへやにもどって、またたき火のそばでねむりこんでしまいました。  つぎの朝になりますと、王さまがやってきて、 「ぞっとするというのがどんなことか、こんどはおぼえたろうな。」 と、いいました。 「いいえ、とんでもございません。」 と、若者《わかもの》はこたえていいました。 「死《し》んだわたしのいとこがまいりました。それから、長いひげをはやした男もまいりました。そいつは、地下室《ちかしつ》でたくさんの金《かね》を見せてくれました。でも、ぞっとするというのがどんなことかは、だれもおしえてはくれませんでした。」  それをきいて、王さまはいいました。 「おまえはこの城《しろ》の魔法《まほう》をといてくれた。わしのむすめを、妻《つま》としておまえにやるとしよう。」 「それはまことにありがたいことですが。」 と、若者《わかもの》はこたえました。 「しかし、ぞっとするというのがどんなことか、わたしにはいまもってわかりません。」  こうして、金貨《きんか》が地下室《ちかしつ》からはこびだされて、ご婚礼《こんれい》の式があげられました。  わかい王さまは、お妃《きさき》さまをたいそうかわいがり、心から満足《まんぞく》していました。けれども、あいもかわらず、 「ああ、ぞっとしたいものだ。ぞっとしたいものだ。」 と、口ぐせのようにいっていました。しまいには、お妃さまは、これをきくのが、いやでいやでたまらなくなりました。  ところが、お妃づきの侍女《じじょ》が、 「いいことがございます。あたくしが、ぞっとするということを、王さまにおしえてさしあげましょう。」 と、もうしました。  侍女《じじょ》は、お城《しろ》の庭《にわ》をながれている小川のところへでていきました。そして、おけにドジョウをいっぱいとってこさせました。夜になって、わかい王さまがねむっていますと、お妃《きさき》さまは侍女にいわれたとおり、王さまのかけぶとんをそっとはいで、ドジョウのはいっているおけいっぱいのつめたい水を、王さまの頭からザアッとかけました。とたんに、たくさんのドジョウが王さまのからだのまわりをピチャピチャはねまわりました。すると、王さまは目をさまして、さけびました。 「うわあ、ぞっとするわい。ぞっとするわい。これではじめてわかったよ、ぞっとするということが。」 [#ここから1段階小さな文字] (1)なわ屋《や》のむすめと結婚《けっこん》したというのは、首《くび》つりの罰《ばつ》をうけたことです。 [#ここで小さな文字終わり] 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 ※表題は底本では、「こわいことを知りたくて[#改行]      旅《たび》にでかけた男の話」となっています。 入力:sogo 校正:チエコ 2019年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。