ネコとネズミのいっしょのくらし グリム Grimm 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)承知《しょうち》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ぶち[#「ぶち」に傍点] -------------------------------------------------------  ネコがネズミと知りあいになりました。ネコはネズミにむかって、これからきみをうんとかわいがって、なかよくしてあげるよ、と、さかんにうまいことをいいたてました。それで、とうとうネズミは、ネコとおなじうちにすんで、いっしょにくらすことを承知《しょうち》してしまいました。 「だが、わたしたちは、冬になってもいいように、用意《ようい》をしておかなくちゃならないよ。さもないと、ひもじいめにあうからね。」 と、ネコがいいました。 「ネズミくん、きみはそこらじゅう、むやみに歩きまわることはできないだろう。ネズミとりにでもひっかかるとこまるものねえ。」  このしんせつな忠告《ちゅうこく》どおりにして、ふたりはヘット[#1段階小さな文字](料理《りょうり》につかう牛の脂肪《しぼう》)[#小さな文字終わり]のはいった小さなつぼをひとつ買いこみました。でも、そのつぼをどこへおいたものか、どうもふたりにはよくわかりません。それで、長いこと考えぬいたあげくに、とうとう、ネコがこういいました。 「こいつをしまっておくのにいい場所《ばしょ》といったら、まず教会《きょうかい》のほかにはないだろうよ。あそこなら、まさかぬすみだすやつもいまいからね。祭壇《さいだん》の下においといて、入り用なときがくるまでは、手をつけないでおくことにしよう。」  これで、つぼはだれにもぬすまれる心配《しんぱい》はなくなりました。ところが、いくらもたたないうちに、ネコはヘットがなめたくてしようがなくなりました。そこで、ネズミにむかっていいました。 「きみに話したいことがあるんだがね、ネズミくん。じつは、わたしはおばさんから名《な》づけ親《おや》になってくれってたのまれているんだよ。おばさんがね、白と茶色《ちゃいろ》のぶち[#「ぶち」に傍点]のむすこを一ぴき生んだもんだから、その子の洗礼《せんれい》にたちあってくれっていうのさ。だから、きょうはひとつ、わたしをでかけさせて、おまえさんひとりで、うちのことをやっていてくれないかね。」 「いいですよ、いいですよ。」 と、ネズミはこたえました。 「えんりょなくいってらっしゃい。あなたがなにかおいしいものでもめしあがるときには、あたしのことも思いだしてくださいな。産婦《さんぷ》さんののむ、あまい赤《あか》ブドウ酒《しゅ》のようなものなら、あたしもひとしずくぐらい、いただきたいですよ。」  ところがこれは、ぜんぶでたらめなんです。だって、ネコにはおばさんなんてひとりもないんですからね。ですから、名づけ親にたのまれたなんて、とんでもない話なのです。  ネコは、そのまままっすぐ教会《きょうかい》へいって、あのつぼのところへしのびこむと、さっそくピチャ、ピチャなめはじめました。そしてまもなく、ヘットのどろんとした上皮《うわかわ》を、きれいになめてしまいました。それから、町の家いえの屋根《やね》の上を散歩《さんぽ》して、あたりのようすをながめてから、こんどは日なたに長ながとねそべりました。そして、さっきのヘットのつぼのことを思いだしては、そのたびに、ひげをこすっていました。  日がくれてから、ネコはやっとうちへかえってきました。 「おや、おかえりになったのね。きょうは、さぞかしたのしかったでしょう。」 と、ネズミがいいました。 「うん、うまくいったよ。」 と、ネコがこたえました。 「赤ちゃんにはどんな名まえがつけられましたの。」 と、ネズミがたずねました。 「〈皮《かわ》なめ〉さ。」 と、ネコは、そっけなくこたえました。 「皮なめですって。」 と、ネズミは思わず大きな声でいいました。 「それはまた、きみょうな、かわった名まえですのね。あなたがたのおうちでは、そういう名まえがよくつけられるんですの。」 「こんなのは、なんでもないさ。きみの名《な》づけ子《ご》の〈パンくずどろぼう〉なんてのよりは、わるかあないぜ。」 と、ネコはいいました。  それからまもなく、ネコはまたまた、ヘットがなめたくてたまらなくなりました。そこで、ネコはネズミにいいました。 「ほんとに、きみにはすまないけど、もういっぺん、うちのことをひとりでやってもらわなきゃならない。じつは、また名《な》づけ親《おや》にたのまれちまったんだよ。なにしろ、こんどの赤んぼうの首《くび》のまわりにゃ白い輪《わ》がついてるってことだから、どうしてもことわるわけにゃいかないのさ。」  心のすなおなネズミは、すぐに承知《しょうち》しました。ところがネコのほうは、町の石べいのうしろをとおって、教会《きょうかい》のなかへしのびこみました。そして、あのヘットのつぼを半分《はんぶん》ほどもたいらげてしまったのです。 「まったく、このうまさは、ひとりで食べてみなくちゃわからんて。」 と、ネコはいいました。そして、きょうはうまいことをやったもんだと、すっかり満足《まんぞく》していました。やがて、ネコがうちにかえってきますと、ネズミがたずねました。 「こんどの赤ちゃんは、なんて名まえをつけてもらいましたの。」 「〈半分《はんぶん》ぺろり〉。」 と、ネコはこたえました。 「半分ぺろりですって。なにをおっしゃるのよ。そんな名まえは、あたしまだきいたこともありませんわ。だいいち、そんな名まえ、人名簿《じんめいぼ》にだってのっちゃいませんよ。」  ネコは、まもなく、またおいしいごちそうが食べたくなって、しきりに口のなかにつばきがたまってきました。 「いいことは三度あるっていうがね。」 と、ネコはネズミに話しました。 「じつは、また名《な》づけ親《おや》になってくれっていわれているんだよ。こんどの子はまっ黒でね、足だけが白いんだよ。そのほかは、からだじゅうどこにも白い毛《け》なんて一本もはえていないのさ。こんなのは、二、三年に一ぴきぐらいしか生まれないんだよ。だから、どうかわたしをもういちどいかしておくれ。」 「皮《かわ》なめだの、半分《はんぶん》ぺろりだのって、ずいぶんおかしな名まえなのね。考えてみると、なんだかへんだわ。」 と、ネズミはこたえました。 「きみは、そのネズミ色のあらっぽい毛の上着《うわぎ》をきこんで、長い毛をおさげにして、いつもうちのなかにばかりひっこんでいる。おまけに、年がら年じゅう、くよくよしている。昼まそとへでないもんだから、そんなふうになっちまうんだね。」 と、ネコがいいました。  ネズミは、ネコのるすのあいだにうちのなかをきれいにかたづけて、きちんとしておきました。ところが、くいしんぼうのネコは、つぼのなかのヘットをすっかりたいらげてしまいました。 「みんなたいらげちまうと、やっと安心《あんしん》できるもんだ。」  ネコはこうひとりごとをいって、夜《よ》がふけてから、ようやく、大満腹《だいまんぷく》でうちにかえってきました。ネズミは、さっそく、三ばんめの赤んぼうにつけられた名まえをきいてみました。 「こんどの名まえも、きみには気にいらないだろうよ。」 と、ネコがいいました。 「こんどのは、〈みんなぺろり〉というのさ。」 「みんなぺろりですって。」 と、ネズミは大声をあげました。 「そんな名まえが印刷《いんさつ》されてるのは、まだ見たこともないわ。みんなぺろり。いったい、なんのことだろう。」  ネズミは頭をふりましたが、からだをまるくして、そのままねてしまいました。  それからは、もうだれも、ネコに名《な》づけ親《おや》になってくれとたのむこともありませんでした。しかし、やがて冬がちかづいてきて、そとに食べものがなんにも見つからなくなりました。すると、ネズミはたくわえのことを思いだして、いいました。 「ねえ、ネコさん、ふたりでしまっておいたヘットのつぼのところへいきましょうよ。きっとおいしいわよ。」 「よしきた。」 と、ネコはこたえました。 「きっと、きみのそのうすっぺらな舌《した》を、窓《まど》からだしたときのような味《あじ》がするだろうぜ。」  そこで、ふたりはでかけました。むこうへついてみますと、たしかに、つぼはもとのままの場所《ばしょ》においてありました。ところが、その中身《なかみ》がからっぽです。 「まあ。」 と、ネズミがいいました。 「いまこそ、あたしにも、よっくわかったわ。すっかりわけがのみこめてよ。あなたは、たいへんなお友だちだったのね。なにもかもきれいに食べちまってさ、名《な》づけ親《おや》になるなんていっちゃあ食べて、はじめは上皮《うわかわ》をなめ、それから半分《はんぶん》ぺろりとやって、そのつぎには……」 「だまらないか。」 と、ネコがどなりつけました。 「もうひとこといってみろ、おまえをくっちまうぞ。」 「みんなぺろり」と、あわれなネズミが、舌の上まででかかっていたことばを、口にするかしないうちに、ネコはネズミめがけてひととびにおどりかかりました。そして、ネズミをひっつかむがはやいか、ぐうっとのみこんでしまったのです。  いいですか、世《よ》のなかってこんなものなんですよ。 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社    1980(昭和55)年6月1刷    2009(平成21)年6月49刷 入力:sogo 校正:チエコ 2019年8月30日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。