冠松次郎氏におくる詩 室生犀星 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)劔《つるぎ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)冠|松《まつ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ウジ長《ちよう》[#ルビの「ちよう」はママ] ------------------------------------------------------- 劔《つるぎ》岳、冠|松《まつ》、ウジ長《ちよう》[#ルビの「ちよう」はママ]、熊《くま》のアシアト、雪渓《せつけい》、前|劔《つるぎ》 粉《こな》ダイヤと星《ほし》、凍つた藍の山《やま》々、冠|松《まつ》、ヤホー、ヤホー、 廊下《らうか》を下《さ》がる蜘蛛《くも》と人間《にんげん》、 冠|松《まつ》は廊下《らうか》のヒダで自分のシワを作つた。 冠|松《まつ》の皮膚《ひふ》、皮膚《ひふ》に沁みる絶壁《ぜつぺき》のシワ、 冠|松《まつ》の手《て》、手《て》は巌《いは》を引《ひ》ッ掻《か》く。 冠|松《まつ》は考《かんが》へてゐる電車《でんしや》の中《なか》、 黒部峡谷《くろべけふこく》の廊下《らうか》の壁《かべ》、 廊下は冠|松《まつ》の耳《みゝ》モトで言ふのだ、 松《まつ》よ 冠|松《まつ》よ、 冠|松《まつ》は行《ゆ》く、 黒部《くろべ》の上《うは》廊下、下《した》廊下、奥《おく》廊下、 鐵《てつ》でつくった[#「つくった」はママ]カンヂキをはいて、 鐵《てつ》できたへた友情《いうじやう》をかついで、 劔《つるぎ》岳、立山《たてやま》、双六|谷《たに》、黒部《くろべ》、 あんな大きい奴《やつ》を友《とも》だちにしてゐる冠|松《まつ》、 あんな大きい奴《やつ》がよつてたかつ[#「たかつ」に傍点]て言《い》ふのだ、 冠|松《まつ》くらゐおれを知《し》つてゐる男はないといふのだ あんな巨《きよ》大な奴《やつ》の懐中で、 粉《こな》ダイヤの星《ほし》の下《した》で、 冠|松《まつ》は鼾をかいて野営《やえい》するのだ。 底本:「紀行とエッセーで読む 作家の山旅」ヤマケイ文庫、山と溪谷社    2017(平成29)年3月1日初版第1刷発行 底本の親本:「読売新聞」    1930(昭和5)年8月17日 初出:「読売新聞」    1930(昭和5)年8月17日 入力:富田晶子 校正:雪森 2020年1月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。