「悪霊物語」自作解説 江戸川乱歩 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)連歌《れんが》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、字下げの位置の指定 (例)[#1字下げ] ------------------------------------------------------- [#1字下げ]私のつけ句[#「私のつけ句」は太字]  連作とは連歌《れんが》俳諧《はいかい》の如《ごと》きものであろう。第一の発句《ほっく》は余り限定的でない方がよろしい。脇《わき》はこれをいかようにも受けとるであろう。第三はまたそれを別の方向に転化するであろう。そして、最後の揚句《あげく》と最初の発句とは似もつかぬ姿となることもあり得る。  私はこの連作の第一回を、ホフマンの「砂男」や、ワイルドの「ドリアン・グレイ」を連想しながら書いた。これをすなおに引きのばせば、幻想怪奇の物語となる。老人形師は人形に生命《いのち》を吹きこむ錬金術師《れんきんじゅつし》であろう。また、モデル女を誘拐し、監禁する色魔《しきま》であろう。小説家はこの老魔術師の心を知る人である。知りながら、その妖術のとりことなるのである。  彼はその女の、人間とも人形ともつかぬ妖美にうたれ、これを恋するであろう。この女は人間か、それとも老魔術師が造り出した人形か、この疑惑は物語の終りまで解けないであろう。  冷たい滑《なめら》かな蝋人の肌に惹《ひ》かれて、小説家は狂気する。老人形師は彼の恋がたきである。その狡猾《こうかつ》な術策と戦わねばならぬ。美女は彼を魅惑し、翻弄《ほんろう》し、あらゆる痴態《ちたい》をつくすであろう。その幾《いく》場面が語られる。  或《あ》る時は、むせ返る酒場の喧噪《けんそう》の中に、妖女は透き通るからだを酔いの桃色に染めて嬌笑《きょうしょう》するであろう。或る時は、廃園の森の奥深く、泉の水中に長いかみの毛を藻《も》となびかせて、もがきたわむれるであろう。真紅のビロウドのベッドを背景としてもよろしい。青空の風船の吊籠《つりかご》の別世界に、詩人と妖女と相抱《あいいだ》きながら、下界を嘲笑《ちょうしょう》してもよろしい。しかし、二人のうしろには、たえまなく、老魔術師の黒い影と、狡猾な悪念がつきまとっている。  さて、その『揚句』は美しき死であろうか。小説家はこの世のほかの妖美に酔いしれて、女と折り重なって息絶えるであろう。そして、美女の死体は、人肉ではなくて、永遠に変ることなき、透き通る蝋の肌なのである。 [#地付き](「講談倶楽部」昭和二十九年九月増刊) 底本:「江戸川乱歩全集 第17巻 化人幻戯」光文社文庫、光文社    2005(平成17)年4月20日初版1刷発行 初出:「講談倶楽部」講談社    1954(昭和29)年9月増刊 ※底本における表題「自作解説」に、作品名を補い、作品名を「「悪霊物語」自作解説」としました。 入力:植松健伍 校正:Juki 2019年7月1日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。