とびくらべ ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)顧問官《こもんかん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅲ -------------------------------------------------------  あるとき、ノミと、バッタと、とび人形(注)[#「(注)」は行右小書き]が、われわれの中で、だれがいちばん高くとべるか、ひとつ、ためしてみようじゃないか、と言いました。そこで、さっそく、世界じゅうの人々に招待状を出して、このすばらしいとびくらべを見たいと思う人は、だれでも、呼んであげることにしました。  さて、いよいよ、この三人の高とびの選手たちが、そろって部屋の中にはいってきました。 「では、いちばん高くとんだものに、わしの娘をやることにしよう」と、王さまが言いました。「せっかく、高くとんでも、ほうびがなにもないのでは、かわいそうだからのう」  ノミが、いちばんさきに出てきました。ノミは、礼儀作法をちゃんと心得ていて、あっちへもこっちへも、ていねいにおじぎをしました。むりもありません。ノミのからだの中には、お嬢さんの血が流れているのですからね。それに、ノミがいつもおつきあいしているのは、人間ばかりですしね。これも、忘れてはならない、たいせつなことです。  二番めに、バッタが出てきました。ノミよりも、ずっと重たそうなからだつきをしていましたが、それでも、からだの動かしかたなどは、なかなかじょうずなものでした。そして、緑色の制服を着ていましたが、これは生れたときから、身につけているものでした。それに、自分で話しているところによると、なんでも、エジプトという国の、たいへん古い家がらの生れだそうで、その国ではみんなからたいそう尊敬されている、ということでした。でも、ほんとうのところ、このバッタは、おもての原っぱから連れてこられて、三階だての、トランプの家の中に入れられたのです。そのトランプの家というのは、トランプのカードの絵のあるほうを、内側へむけて、作ったものでした。戸や窓もちゃんとついていて、ちょうど、ハートの女王のからだのところにありました。 「ぼくがうたいますとね」と、バッタは言いました。「じつは、この国で生れたコオロギが、十六ぴきいるんですが、その連中ときたら、小さいときから、ピーピー鳴いているのに、いまになっても、まだトランプの家に入れてもらえないものですから、ぼくがうたうのを聞くたびに、しゃくにさわって、まえよりも、もっともっとやせてしまうんですよ」  こうして、ノミとバッタのふたりは、自分たちが、どういうものであるかを、かわるがわる、しゃべりたてました。そして準備もじゅうぶんにして、自分こそ、お姫さまをお嫁さんにもらうことができるものと、思いこんでいました。  とび人形は、なんにも言いませんでした。でも、かえって、それだけ考えぶかいのだと、人々は言いました。それから、イヌは、ただにおいをかいだだけで、このとび人形は生れがいいと、うけあいました。また、だまってばかりいるので、そのごほうびに、勲章を三つもいただいた年よりの顧問官《こもんかん》は、このとび人形はたしかに予言の力をもっております、と申したてました。その背中を見れば、ことしの冬はおだやかなのか、それとも、きびしいのか、そういうことも、わかるというのです。だけど、そんなことは、こよみを書く人の背中を見たって、とてもわかるものではないんですがね。 「そうか、わしは、なにも言わんでおこう」と、年とった王さまは言いました。「だが、わしには、自分のやりかたもあるし、自分の考えもあるのじゃ」  いよいよ、とびくらべが、はじまりました。  ノミは、あんまり高くはねあがったものですから、どこへ行ったのやら、だれにもわかりませんでした。ですから、みんなは、ちっともとびはしなかった、と言いはりました。でも、それでは、ずいぶんひどいですね。  バッタは、その半分くらいしか、とびませんでした。ところが、ぐあいのわるいことに、ちょうど王さまの顔にぶつかってしまったので、王さまは、 「これは、けしからん」と、言いました。  とび人形は、長いあいだ、じっとして、静かに考えこんでいました。それで、とうとうしまいには、みんなも、こいつはとぶことができないんだろう、と思うようになりました。 「気持でも、わるくなったのでなければいいが」と、イヌは言って、またそばへよって、においをかぎました。と、そのとたんに、パン、と、とび人形がはねあがりました。ちょっとななめにとんで、低い金の椅子に腰かけていたお姫さまの、ひざにとびこみました。  そのとき、王さまが言いました。 「いちばん高くとぶということは、つまり、わしの娘のところまで、とびあがるということじゃ。そこが、なかなかだいじ[#「だいじ」に傍点]なところだ。しかし、それを思いつくのには頭がいる。ところが、いま見ていると、このとび人形は、頭のあることを見せてくれた。頭に骨があるというわけじゃ」  こういうわけで、とび人形は、お姫さまをいただきました。 「なんてったって、ぼくがいちばん高くとんだんだ」と、ノミは言いました。「だが、そんなことは、もうどうだっていいや。お姫さまには、木の切れっぱしと、マツやにのついたガチョウの骨でもやっておきゃいいのさ。なんてったって、ぼくがいちばん高くとんだんだ。だけど、世の中でみとめてもらうのには、だれにでも見える、からだがいるんだなあ!」  その後、ノミは、外国に行って、軍隊にはいりましたが、人の話では、戦死したということです。  バッタは、外のみぞの中にすわって、世の中ってもののことを、じっと考えていました。そして、ノミと同じように、 「からだがいる! からだがいる!」と、言いました。そして、この虫だけがもっている、独特の、悲しげな歌をうたいました。いましているお話は、その歌からかりてきたものなのです。といっても、このお話は、こんなふうに印刷されてはいますけれども、うそかもしれませんよ。 [#ここから1字下げ] (注)とび人形というのは、原書では、とびガチョウとなっています。つまり、ガチョウの骨で作ってある子供のおもちゃのことで、それにさわると、とびあがるしかけになっています。 [#ここで字下げ終わり] 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)」新潮文庫、新潮社    1967(昭和42)年12月10日発行    1981(昭和56)年5月30日21刷 入力:チエコ 校正:木下聡 2020年9月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。