いたずらっ子 ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 矢崎源九郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)部屋《へや》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅲ -------------------------------------------------------  むかしむかし、ひとりのおじいさんの詩人がいました。とてもやさしいおじいさんの詩人でした。  ある晩、おじいさんが、家の中にすわっていたときのことでした。表は、すさまじいあらし[#「あらし」に傍点]になりました。雨が、たきのように降ってきましたが、おじいさんの詩人は、部屋《へや》の中のだんろのそばで、気持よく暖まっていました。だんろでは、火が赤々と、燃えていました。リンゴが、ジュージュー、おいしそうに焼けていました。 「こんなあらしのとき、外にいるものはかわいそうだなあ。着物も、びしょぬれになってしまうだろうに」と、おじいさんの詩人は言いました。こんなに、心のやさしい人だったのです。  すると、そのときです。戸の外から、 「あけてください。ぼく、びしょぬれで、寒くてたまんないの!」とさけぶ、小さな子供の声が聞えました。子供は、泣きながら、戸をドンドンたたいています。そのあいだも、雨はザーザー降り、窓という窓は、風のためにガタガタ鳴っています。 「おお、かわいそうに!」と、おじいさんの詩人は言って、戸をあけに行きました。  表には、小さな男の子が立っています。見れば、まっぱだかで、雨水が長い金髪から、ぽたぽたと、したたり落ちているではありませんか。おまけに、寒くて、ぶるぶるふるえているのです。もしも家の中へ入れてやらなければ、こんなひどいあらし[#「あらし」に傍点]の中では、死んでしまうにちがいありません。 「おお、かわいそうに!」と、おじいさんの詩人は言って、男の子の手をとりました。「さあ、さあ、中へおいで。暖かくしてあげるよ。ブドウ酒と焼きリンゴもあげような。おまえは、かわいい子だからねえ」  男の子は、ほんとうに、かわいい子でした。目は、明るい、二つのお星さまのように、キラキラしていました。金色の髪の毛からは、まだ雨水がたれてはいましたが、でも、それはそれはきれいにうねっていました。まるで、小さな天使のようでした。ただ、寒さのために、まっさおな顔をして、からだじゅう、ぶるぶるふるえていました。手には、りっぱな弓を持っていましたが、それも、雨のために、びしょびしょになって、だめになっていました。矢にぬってあるきれいな色も、すっかりにじんでしまっていました。  おじいさんの詩人は、だんろの前に腰をおろして、ひざの上に男の子をだきあげました。そして、髪の毛の水をしぼってやったり、ひえきった男の子の手を、自分の手の中で、暖めてやったりしました。それから、あまいブドウ酒も作ってやりました。やがて、男の子は元気をとりもどしました。頬《ほお》に、赤みがさしてきました。すると、さっそく、床にとびおりて、おじいさんの詩人のまわりを、ぐるぐる踊りはじめました。 「元気な子だねえ」と、おじいさんは言いました。「おまえは、なんという名前だい?」 「ぼく、キューピッドっていうの」と、男の子は答えました。「おじいさん、ぼくを知らない? ほら、そこにあるのが、ぼくの弓。その弓で、ぼく、矢を射《い》るんだよ。あっ、天気がよくなったよ。お月さまも出た」 「だが、おまえの弓は、ぬれて、だめになっているじゃないか」と、おじいさんの詩人は言いました。 「弱っちゃったなあ!」と、男の子は言うと、弓をとりあげて、しらべました。「だいじょうぶ、もう、すっかりかわいてる。どこも、わるくなってないよ。つるだって、ぴいんとしてるよ。ぼく、ためしてみる」  男の子は、弓を引きしぼって、矢をつがえました。そして、やさしいおじいさんの詩人の心臓《しんぞう》をねらって、ピューッと、射ました。 「ほうら。ね、おじいさん。ぼくの弓は、だめになっていないよ、ね」  こう言ったかと思うと、男の子は、大声に笑って、どこかへとび出していきました。なんてひどい、いたずらっ子でしょう! こんなやさしいおじいさんの詩人を、弓で射るなんて。暖かい部屋に入れてくれたり、上等のブドウ酒や、すてきな焼きリンゴまで、ごちそうしてくれたおじいさんを、射るなんて!  やさしい詩人は、床の上にたおれて、涙を流しました。ほんとうに、心臓を射ぬかれてしまったのです。おじいさんは、言いました。 「チッ! あのキューピッドというのは、なんといういたずらっ子だ! どれ、よい子供たちに話しておいてやろう。ひどいめに会わされんように、あいつには気をつけて、いっしょにあそばんように、とな」  よい子供たちは、この話を聞くと、女の子も男の子も、みんな、いたずらもののキューピッドに気をつけました。それでも、キューピッドは、たいへんずるくて、りこうでしたから、やっぱり、みんなをだましていました。  学生さんたちが、学校の講義がおわって、出てきますと、キューピッドが、いつのまにか、本を腕にかかえて、いっしょにならんで歩いているのです。おまけに、黒い制服を着こんでいますので、だれにも見わけがつきません。ですから、自分たちの仲間だと思いこんで、腕をくんで歩きます。ところが、そうすると、胸を矢で射られてしまうのです。それから、娘さんたちが、教会のお説教からもどってくるときも、教会の中にいるときも、キューピッドは、いつも、そのうしろにつきまとっているのです。いや、それどころか、いつどんなときにも、人々のあとを追っているのです。  劇場の大きなシャンデリアの中にすわりこんで、明るく燃えあがっていることもあります。そういうときには、人々は、あたりまえのランプだと思っています。ところが、あとになって、そうではなかったことに気がつくのです。そうかと思うと、お城の遊園地の、散歩道を歩きまわっていることもあるのです。いやいや、それどころか、あなたのおとうさんやおかあさんも、胸のまん中を、射られたことだってあるんですよ。おとうさんやおかあさんに、きいてごらんなさい。きっと、おもしろい話を聞かせてもらえますよ。  まったく、このキューピッドというのは、いたずらっ子です。こんな子にかまってはいけませんよ。この子ときたら、だれのあとをも追っているんですからね。なにしろ、年とったおばあさんでさえ、矢を射られたことがあるんですよ。もっとも、それは、ずっとむかしの話で、もう、すんでしまったことですがね。でもおばあさんは、そのことを、けっして忘れはしませんよ。  いやはや、しようのないキューピッドです! でも、あなたには、この子がわかりましたね。では、キューピッドが、すごいいたずらっ子だということを、忘れないでくださいよ。 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)」新潮文庫、新潮社    1967(昭和42)年12月10日発行    1981(昭和56)年5月30日21刷 入力:チエコ 校正:木下聡 2020年6月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。