菖蒲湯 幸田露伴 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)天《そら》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)鯉|幟《のぼり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)匀 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)すが/\ -------------------------------------------------------  五月といつても陽暦と陰暦とでは一月ほど差がある。しかし五月といへば、たとへそれが今のは昔のの四月に当るにしても、木の芽は張りきれ、土の膏はうるほひ溢れ、天《そら》の色はあたゝかみと輝きとを増して、万物に生長と活動とを促がし命ずるやうな勢を示してくる、爽快な季節である。  新緑の間に鯉|幟《のぼり》のはためく、日の光に矢車のきらめく、何と心よいものではないか。檐《のき》の菖蒲こそ今は見えぬが、菖蒲湯のすが/\しい香り、これも一寸古俗に心ゆかしさを感じさせられる。しかし何も彼も更新の時である、菖蒲も煮くたしたやうになつては野暮だ、清らな新湯へ、さつと菖蒲を打込んだ其わづかの間に、湯烟の中から、すいとした、もたれつ気の無い匀《におい》に[#「匀に」はママ]浸されるところに嬉しい、新しみの強い、いき/\した、張りのあるいゝ気持をおぼえるのだ。[#地から1字上げ](昭和八年五月) 底本:「花の名随筆5 五月の花」作品社    1999年(平成11)年4月10日初版第1刷発行 底本の親本:「露伴全集 第三〇巻」岩波書店    1954年(昭和29)年7月 入力:浦山敦子 校正:noriko saito 2023年7月17日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。