飢餓の中から 中野鈴子 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)闘《こころ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)満|蒙《もう》 ------------------------------------------------------- 腹は凹んで皮ばかりのようだ 口はほせからツバも出ない 目はかすんでものが見えぬ 三分作なのに地主はおしかけて来た 来年の年貢をよこせと そして 手をあわせて拝むわたしらを尻目にかけ 一粒のこらず かっさらって行った 毎日毎晩 わたしらは夢中で外へ這い出た キョロキョロになって吹雪の中をかけまわった 木の根をむしった 草の芽をかんだ 見つけ次第 犬猫を殺し奪い合って食った 腹がキリキリした ゲイゲイ吐いた いまは 一匹の犬猫も見えぬ 一つの木ノ芽もない 娘らは小娘のからだで女郎に売られて行った その金は借金取がおさえた 息子らは満州へ×いやられた たくさんの息子らと一しょに箱づめにされ そして停車場へかけつけたわたしらを ホームへも入れなかった さし出す息子らのかおを押しこめ 汽車の窓を閉じた わたしらは地面に頭をおしつけて泣きくずれた じたばた踏んだ おお もはや 村中には 息子も娘も犬猫も木ノ芽もない そして 腹がひっついてしまい目が見えぬ だが このままでいると思うか なるほどヒョウも降った 雨も降り過ぎた けれども自作農は七分作だぞ わたしは肥料が買えなかったのだ 去年もおととしも このままでは 来年もさらいねんもズッとキキンだぞ おお わたしらの胸は煮えかえる わたしらを飢えにさらし 戦争を企て……… そいつらはなにか! 満|蒙《もう》事変とは何か! わたしらはスッパ抜いたぞ わたしらは起ち上がる 起ち上がり 奴らを×しかえす しぼりかえす わたしらは 心をあわせ 打って一丸となり 奴らめがけて やり抜いて見せるぞ ひもじい腹 かすむ目 こごえる寒さ その中で わたしの闘《こころ》志はたぎる 底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版    1980(昭和55)年4月30日初版発行 底本の親本:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部    1932(昭和7)年4月25日発行 初出:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部    1932(昭和7)年4月25日発行 ※初出時の署名は「一田アキ」です。 入力:津村田悟 校正:夏生ぐみ 2018年11月24日作成 2021年5月28日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。