ひばりの子 岡本かの子 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)婆《ばあ》や [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)きしゃご[#「きしゃご」に傍点] -------------------------------------------------------  今年八つの一郎さんと、六つのたえ子さんとを、気だての優しい婆《ばあ》やが、一人でお守りをしておりました。その婆やが或日のこと、お里へまいりました時、かわいいかわいいひばりの子を一つ袂《たもと》のなかへ入れてかえりました。それを見ると、一郎さんが、 「おやっ!」 と云って婆やのそばへ駈けよりました。 「あらっ!」 とたえ子さんも駈け寄ってのぞきこみました。  婆やはあまり二人の声が大へんなので、あとずさりをしながらにこにこして、 「まあ、ま、そんなにおさわぎになってはいけません。これはね、婆やが今日、西田甫《にしたんぼ》の細道をとおると、どこやらで、ちち、ちち、と可愛《かあい》い声がしますから、ふりかえって見ますと、すぐ道端の積藁《つみわら》のかげに、こんな小さなひばりの子がひとつ、淋《さび》しそうにうずくまって鳴いておりました。あんまり淋しそうでしたし、こんなに可愛いでしょう、ですから婆やも急にほしくなって、そっと抱いて来てしまったのですよ。ですがまだ、生れたばかりの赤ちゃんですから、あんまりおさわぎになるとびっくりいたしますよ」と申しました。  子ひばりはまた、急に見知らぬお座敷《ざしき》へつれて来られましたので、おどおどして、ちいちゃい茶色のからだを婆やの袂の中へ中へともぐらせようとしてあせるのでした。  その様子がまた、何とも云えないほど可愛らしいので一郎さんが、 「僕それをね、あの籠《かご》へいれて育てようや」 とお遊び場の方へ走せて行きました。そうかと思うと、たえ子さんも、 「あたしも、あの袋を持って来るわ」 とあとから、続いてまいりました。  やがて一郎さんは去年の夏、きりぎりすを飼った空籠を持って、たえ子さんは、きしゃご[#「きしゃご」に傍点]のはいっていたちいちゃな糸網《いとあみ》をさげて飛ぶようにして戻ってまいりました。そして、 「さ、婆や」 と両方から、一時にお手々が出てしまいました。  婆やは、はた[#「はた」に傍点]と困ってしまいました。たった一つしかない子ひばりを、どちらへ渡してよいものやらわからなくなったからです。婆やは、まごまごしておりますと、 「さ、僕に」と一郎さんが急ぎますし、 「あたしによ」とたえ子さんがせまります。 「早くさあ」と一郎さんがつめよると、 「よう、あたしに」とたえ子さんが手を出します。 「僕におくれ」 「あたしに頂戴《ちょうだい》」 「いやだ!」 「いやよ!」  とうとう二人は云い争って、一度にどっと泣き出してしまいました。泣き出しながらも、なお一生懸命に、たった一つのひばりの子を、争い合うのを止めません。日頃なかのよい兄妹がこのありさまですから、婆やはますますあわててしまいました。  その時、ちょうどそこへ、お母様がお見えになりました。婆やは大助りの思いで、お母様にこのわけを申し上げました。お母様は、お母様がふいにお出でになったので、びっくりして、ばったり泣きやんで、ぼんやりとしている二人を、しばらく見くらべていらっしゃいましたが、やがて婆やの袂のなかをのぞきこんで、しきりに子ひばりをお眺めになりました。子ひばりはすっかりあたりが静かになったのに安心してか、ごま粒のような眼をぱちぱちやりながら、頭を左右に振るのでした。 「お、お、お」 とそれをおいたわりになってからお母様は、 「だがね、これはまだ親のひばりのお乳をほしがっている赤ちゃんひばりですよ。誰のお手々でも育ちはしないのですよ」 とおっしゃいました。婆やもまた、 「さようでございますね、ですから、これは元の処へ置きに行ってやりましょう」 と申しますと、 「そうですとも、それがよい、それがよい、ね、一郎さん、たえ子さん」 とお母様は、優しく優しくおさとしになりました。一郎さんも、たえ子さんも、欲しい欲しいと思いつめていた心が、急にとけてしまいました。 「うん、返して来よう」 と一郎さんが機嫌よく云いますとたえ子さんも、 「それがいいわねえ」 とはっきり申しました。  それから間もなくでした。すみれや、たんぽぽが咲き乱れて、お日様の光がのどかに照りわたった西田甫の畔道《あぜみち》に、子ひばりを抱いた婆やのあとから、睦《むつま》しく声をそろえて唱歌をうたいながら行く一郎さんとたえ子さんの姿が見えました。  あくる朝、二人がふっと眼を覚しますと、枕元に、一郎さんの方のには真白な大きなごむ鞠《まり》が、たえ子さんの方にはそれより少し小さくて、絹の色糸でかがったきれいなきれいな鞠が一つずつ置かれてありました。二人は驚いて、眼をぱちぱちしておりますと、婆やが参りまして、 「この鞠はね、よく子ひばりをお返し下さいましたと云って親のひばりがお二人に置いてまいったのですよ」 と云って笑っておりましたが、やがてまた、 「ほんとうはね、お母様が、子ひばりの代りにといって、昨日お二人ともお聞きわけがよかったので御褒美《ごほうび》に下さいましたのでございますよ、あとでお礼をおっしゃりあそばせ」 と申しました。 底本:「岡本かの子全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1994(平成6)年1月24日第1刷発行 底本の親本:「良友」コドモ社    1920(大正9)年4月号 初出:「良友」コドモ社    1920(大正9)年4月号 入力:門田裕志 校正:いとうおちゃ 2022年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。