大戦乱後の国際平和 大隈重信 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)桑港《サンフランシスコ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)東|羅馬《ローマ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#1字下げ] ------------------------------------------------------- [#1字下げ]将来の世界の平和の予想[#「将来の世界の平和の予想」は中見出し]  今度スタンホルドのジョルダン博士が会長となって、桑港《サンフランシスコ》に於て平和会議が開かれる。日本からも是非《ぜひ》人を出してくれということであったから、誰かに行ってもらおうと思ったが、誰も行かれぬ。仍《よ》って向うに行っている服部宇之吉《はっとりうのきち》氏と海老名弾正《えびなだんじょう》氏、二人とも平和協会の会員だからこの二人に列席してもらうことにしたが、何か日本の会長として祝文でもやってくれということであった。そこで、後に掲げている祝文を送った。  実は、文明諸国の国内は既に平和だ。多少の争いはあるといっても、例えば日本でいえば、党派の争い、政友会とか同志会とかの争いであるけれども、これは平和の上の争いである。そうすると、今日の平和ということは国際間の問題である。そこで、今度の大戦乱も国際間の大競争であって、その根本には民族的競争が伏在するのである。この民族的競争と世界大戦争と国際平和との関係を説いて、将来の世界の平和を予想してみよう。まず古代の帝国主義、即ちすべての民族を集合する古代帝国主義、換言すれば、今日の民族的帝国主義に非ざる古代主義より説いてみよう。 [#1字下げ]古代の帝国主義[#「古代の帝国主義」は中見出し]  古代の帝国主義は、民族的観念を根本とせぬので、即ち種々雑多の異民族を征服集合するというのであった。例えば、希臘《ギリシャ》人は自国以外を野蛮国と呼び、これを征服するを主義としたのである。故に、かつてマセドニヤの使節は希臘《ギリシャ》の「エートリヤン」会議で他人種、即ち野蛮人バーバリヤンと我が希臘《ギリシャ》人とは永久に戦争すべしと叫んだ。  支那もまたその通りで、自国以外を東夷《とうい》、南蛮《なんばん》、北狄《ほくてき》、西戎《せいじゅう》といった。これは希臘《ギリシャ》人と同じである。漢武帝、成吉汗《ジンギスカン》等は、その眼中に映じ来る他国を一々民族の如何《いかん》を問わず征服するという、古代の帝国主義者であったのである。  羅馬《ローマ》に至りては、一層この古代主義を取ったのである。羅馬《ローマ》は民族の如何《いかん》を問わず、一切これをその配下に入れるために征服主義を取ったのである。今日の「パン・ジャーマニズム」の如き民族的統一ではなく、同民族以外の者でも一切侵略征服せんとしたのである。換言すれば、羅馬《ローマ》は世界的主権を握るべく主張したのである。従って、亜細亜《アジア》人でも、阿弗利加《アフリカ》人でも、皆これをその配下に入れて、その上に世界的主権を立てるべく主張し、且《か》つこれを実行したものである。この世界的主権の観念は一変して領土主権となり、終《つい》に東|羅馬《ローマ》帝国並びに羅馬《ローマ》日耳曼《ゲルマン》「ローマノ・ジャーマン・エムパイアー」の滅亡と共に、現今の欧州列国の基礎が出来て、ここに初めて羅馬《ローマ》の世界的主権の観念は亡《ほろ》びたのである。とにかく、この羅馬《ローマ》の世界帝国主義は今日の如き民族的統一主義とは異なる。この世界主義に代りて起りたるものが、いわゆる民族的統一主義である。  一面に於て正統主義なるものがあって、国内に民族の異なるものあること墺太利《オーストリア》の如くなるも、その国王の祖先がその領土を世襲すれば、その国王の正統なる後胤はこれを領有すべきもので、民族の異なるためにその国を分裂すべからずというのが正統主義である。この主義は維乙納《ウィーン》会議の際にメッテルニヒ等の主唱したる有力の主義であるが、今これについては別に話さぬ。ここには昔の帝国主義、即ち民族に拘《かか》わらずすべての民族を征服せんとした例の羅馬《ローマ》の世界統一主義、あるいは漢の武帝、成吉汗《ジンギスカン》、タメルラン、アレキサンダー等の採りたる主義より、今日の民族を根拠とせし帝国主義に変遷したる次第を話してみよう。 [#1字下げ]民族的観念の帝国主義[#「民族的観念の帝国主義」は中見出し]  東|羅馬《ローマ》帝国亡び、シャーレマーニュの羅馬《ローマ》日耳曼《ゲルマン》帝国亡びて、後に起ったものが今日の仏国とか西班牙《スペイン》とか英国とかである。これらの列国は一面領土によってその主権の及ぶ範囲を定めたが、他の一面に於ては国民主義により同民族を根本として結合したのである。それであるから、西欧諸王国の初代の王号を見ると、英国王といわずして英人の王「レックス・アングロルーム」といい、仏国王といわずして仏人の王「レックス・フランコルーム」というておる。これが民族的結合の観念を表明するものである。この民族的結合の観念は一時、正統主義に依り圧せられたが、欧米に於ては次第にその勢力を増したのである。伊太利《イタリア》の建国もこの民族的結合に基づくのである。かの有名なる国際法学者マスチニーが、国家は民族の異同に依りて結合または分離すべしと論じて、ついに伊太利《イタリア》人の結合を促し、その昔墺のメッテルニヒが「伊太利《イタリア》は単に地理的名称に過ぎず」と冷評したるところの土地に、伊太利《イタリア》民族の現|伊太利《イタリア》国を建設したるは全く民族主義の表現である。  次に、「パン・ジャーマニズム」もいうまでもなく、極端なる民族主義である。この民族的観念に基づける目耳曼《ゲルマン》統一主義なるものが、今度の世界の平和を破った民族的帝国主義なる武断主義である。「ミリタリズム」より更に一層強き言葉を以ていえば武断主義、露骨にいえば侵略主義なるものが、今度の大戦乱を起したのである。而《しか》して、この大戦乱の終局に於て真正の国際平和を回復せんとするには、この大戦乱の原因たる民族的僻見を除去すべきは言うまでもなく、最大必要である。換言すれば、大戦乱の大原因たる現今の帝国主義の根本に伏在する民族的僻見の除去によりて、大戦乱後の国際平和が成り立つのである。 [#1字下げ]民族的僻見の除去[#「民族的僻見の除去」は中見出し]  元来、すべての民族の心の底には、民族的競争というものが必然あるべきものである。歴史的に競争し来ったのである。そうして、その平和がどういう工合に発達して来たかというと、その心を利害関係から和らげたものである。一番初めは自己の家の中で争う。それから親族、更に村、同じ民族の隣りの村、隣りの部落、互いに争うた。ところが、一家に於て始終親子|喧嘩《げんか》をしてばかりおっては安眠が出来ぬから、夫婦、親子は平和にして争わぬようにしようじゃないか。そこで、今度は隣りと争う。けれども、隣り近辺、五人組が始終喧嘩をしておっては仕様がないから、近辺は仲よくしよう。近辺には自ずから親類も多い。そういう風にして、今度は部落が集合して他の部落と争う。他の部落との平和が成立って、部落が互いに連合して他の強い部落に当ろうというところから、段々大を成して国家というものになり、国家というものの上には最上の権力をもった元首を仰ぎ、それから、更に大規模の帝国主義も起れば、種々のものが起って来たが、ともかくも国家というものは、その国内に於ては大体に於て平和だ。然《しか》るに、その平和を害するものは国際間の競争である。この国際間の競争の下《もと》に潜んでおるものは、民族的競争である。その民族間に於て、東洋人は白人から区別されて普通の待遇を受けない。然《しか》るに、平和思想は何から起ったかというと、人道から起った。祖先がこれをやった。夫婦喧嘩を止《や》め、親子喧嘩を止め、兄弟喧嘩を止め、転じて来たのが今日の平和思想なんである。即ち一方に人道、道徳が進んで来て、一家の平和、一族の平和、一郡の平和、一国の平和、これが進んで世界の平和、それに宗教的思想が結付いて来たのであるから、その平和の下《もと》には人種の区別は存在しない。  然《しか》るに、亜米利加《アメリカ》では、平和を唱えながら却《かえ》って日本人排斥をやるが、我輩はこういう議論だ。今度の大戦は何から起ったかというと、民族的|僻見《へきけん》が根本になっている。それは即ち独逸《ドイツ》の武断主義である。英国、仏蘭西《フランス》、露西亜《ロシア》は、それに応ずるの用意を怠っておったからやられた。東洋人もその用意をやらなかったから、欧羅巴《ヨーロッパ》の軍国主義、侵略主義、火薬の力を以てひどい目に遭った。それ故に、人道の上から平和を実現しようというには、人種的区別という僻見を除かなければ、到底《とうてい》平和は来らぬ訳である。  ところが、今度の終局はどうなるか。何方《どっち》が勝っても、負けたものは非常な打撃だけれども、勝ったものは得るところがあるか。何も得るところはない。今日までは列国共に現代の文明を進め、富の発達を図ったのである。富を蓄積したのである。而《しか》して盛んに大学を拵《こしら》えた。教育そのものが現代の文明、独逸《ドイツ》人をして言わしむれば、独逸《ドイツ》の文化、日耳曼《ゲルマン》の文化は優越なものである、その優越なる文化を世界に及ぼそう、世界を侵略して民族的国家を土台として羅馬《ローマ》帝国を造ろう。そこで、国際法学者も、歴史家も、芸術家も、宗教家も、哲学家も皆「ミリタリズム」の渦中に投じて社会と一緒になってかかった。しかしながら、独逸《ドイツ》の為すところを見れば、あたかも自己の武器を以て自己の命を叩《たた》き潰《つぶ》そうという発狂、瘋癲《ふうてん》の境遇である。自己が先祖から伝えられた宝を石の上で叩き壊してしまって、自己の家に火をつけて焼き、最後にその中へ飛込で死ぬという発狂、瘋癲の境遇だ。ちょうど今やっているところはそういう訳である。今後|如何《いか》になるか知らぬが、独逸《ドイツ》が勝ったとしても、優秀な人間は死んでしまって、後に残る民は破壊されてしまう。縦《よ》し多少得るところがあっても、失ったところの十分の一も補うことは出来ない。日耳曼《ゲルマン》文明の優秀なるものは破壊され、過去の思想家は勿論《もちろん》、現在の思想家オイケンの如きも何処《どこ》かへ吹飛されてしまった。この先生は「ミリタリズム」の渦中に投じて働いた先生だ。そうすると得るところは何か。得るところは何百万人という人間を殺した悲惨なる歴史の外《ほか》はない。而《しか》して、戦いそのものの根本は民族的の過《あやま》てる僻見から来たのである。この教訓に依って、将来かくの如き禍《わざわい》を避けんとすれば、何としても人道の上から四海《しかい》兄弟という理想を実現しなければならぬ。然《しか》らざれば、真の平和は来らぬのである。それ故に、亜米利加《アメリカ》の如きも桑港《サンフランシスコ》に万国平和会議があるならば、まずカリホルニアその他に於ける民族的僻見を一掃してしまえというのである。  今度の戦争くらい人を殺したことはない。有史以来初めてである。毎日一万人以上を殺している。何百台の「ギロチン」を備えてもなお足らぬほどである。支那人の文学的口調を以て言えば、血は流れて杵《きね》を漂わす、血が流れて四十二|吋《インチ》の臼砲《きゅうほう》が漂う、血の洪水、屍《しかばね》の山を築く。何の目的でやっているか。先祖から辛苦経営して蓄積した富、何百億というものを煙にして人を殺している。目的が分らぬ。これ遺伝的に、先祖から猛獣の如き猛烈なる民族的競争の念が伝わっている。それが何処《どこ》かに潜んでおったのが、機に触れて現われて来たのである。これは独逸《ドイツ》の侵略主義、武断主義、あるいは軍国主義、品よく言えば現代の帝国主義というものである。こういう事が、平和の上に非常に害がある。過てる帝国主義、軍国主義、侵略主義、これが武装的平和となった。それで今日までやって来たが、やり方が悪かったから、一たび破裂すると非常なる惨毒を流して、戦乱は何時《いつ》まで続くか分らぬが、この教訓に依って、人類がいわゆる罪悪を自覚して、ここに初めて平和の端《たん》を開くのである。 [#1字下げ]戦争と平和[#「戦争と平和」は中見出し]  今もいうた如く、人類が罪悪を自覚する時、即ちその理性を回復する時に平和の端が開かるるのである。試みに歴史的に戦争と平和との関係を話してみよう。  今日|吾人《ごじん》の尊重する赤十字条約は、ソルフェリノー戦争の惨禍を見て、欧州人の反省した結果に外ならぬ。巴里《パリ》宣言もクリミヤ戦争の結果だ。かのウェストファリヤの平和によりて、今日の欧州列国組織が出来たことを考えて見れば、戦乱の大なるほど、それだけ、大いなる平和が来るのである。かの三十年戦争の惨禍は実に莫大なるもので、歴史家のいうところに依れば、ハイデルベルグ大学の学生はただ二人となり、他の学生は「マキャベリズム」に感染せる残酷なる兵隊の群に入りて掠奪を事としたのである。ドレスデンの如きは、戦争に伴う悪疫にて住民の半分を失い、欧州の人民は殺人者より一転して食人種となり、刑場に推寄せて死刑に処せられたる囚人を食し、甚《はなは》だしきは寺院の新仏を掘出して食するという始末となった。そこで、欧州は上《かみ》元首より下《しも》輿丁《よてい》に至るまで、戦争の禍害を自覚することとなった。グロチウスが平戦条規を出して天下を風靡し、ついにウェストファリヤの平和会議も開かれて、今日の欧州列国組織の基《もとい》が出来たのである。また那翁《ナポレオン》戦争に依り欧州協調が出来て、ウェストファリヤ条約に依りて作られたる列国組織を一層|鞏固《きょうこ》にすることとなったのも、要するに大戦争の結果である。そこで、今回の大戦乱の如き古来無類の大戦争が、一層意味ある国際平和を生じ出すことは吾人の疑わぬところである。一層意味ある国際平和とは、前にもいった如く民族的の僻見を止め、列国相和するという国際平和である。要するに、世界大戦乱は主として独逸《ドイツ》の軍国主義、侵略主義、今一層正確にいわば民族的僻見に基づく帝国主義によりて起ったものである。この民族的僻見を一掃することによりて、世界将来の国際平和は維持せらるるのである。而《しか》して、米国の如きもこの種の僻見を一掃して日本人を待遇することは、今回|桑港《サンフランシスコ》の平和会議の催さるる機会に於て一言せざるを得ざるところである。 底本:「大隈重信演説談話集」岩波文庫、岩波書店    2016(平成28)年3月16日第1刷発行 底本の親本:「大隈侯論文集 世界大戰以來」大觀社    1919(大正8)年6月28日発行 ※底本巻末の編者による語注は省略しました。 ※本文冒頭の編者による解題は省略しました。 ※見出し「将来の世界の平和の予想」の第一段落の最後に「後に掲げている祝文を送った。」とありますが、底本では省略されています。親本には「大隈伯の桑港萬國平和會に贈らる祝文」という表題で掲載されています。 入力:フクポー 校正:門田裕志 2019年7月30日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。