花も刀も 山本周五郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)平手《ひらて》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)松平|和泉守《いずみのかみ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)揷 ------------------------------------------------------- [#3字下げ]みぞれの街[#「みぞれの街」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  道場からあがり、汗みずくの稽古着をぬいでいると、秋田平八が来て「おめでとう」と云った。 「みごとだった。平手《ひらて》、みごとだったよ」 「今日は調子がよかったんだ」 「そうじゃない、実力だ」 「いや、今日は調子がよかったんだ」と、幹太郎《みきたろう》は云った。 「しかし、なぜ先生は納屋《なや》さんとの勝負を一本で止《や》めたんだろう」 「一本で充分だったのさ」 「そうは思えないんだが」  幹太郎は首をかしげたが、「汗をながして来る」と云い、下帯《したおび》ひとつのまま手拭を持って裏へ出ていった。  掛札が筆頭《ひっとう》から五枚までの者は汗を拭くのにも、風呂場を使うが、平手幹太郎は六枚目なので、平《ひら》の門人と同じように、井戸端へ出なければならなかった。  ――彼が出ていったとき、そこには六七人いて、彼を見るなり、口ぐちに祝いを述べながら、半揷《はんぞう》[#1段階小さな文字](洗面用の盥《たらい》)[#小さな文字終わり]を持って来たり、水を汲《く》んだりした。  秋田平八が「おめでとう」と云い、そこにいる内門人《うちもんじん》たちが祝いを述べたのには、理由があった。  毎年十二月の試合は、単なる月例試合ではなく『稽古おさめ』の式を兼ねているし、その成績によって、次の一年の席次がきめられるのである。  その日の試合に、幹太郎はめざましい腕をみせ、掛札の五人の幹部をみんな打ち込んだ。筆頭であり代師範である納屋孝之助とは、一本だけで終った。師範の淵辺《ふちのべ》十左衛門が「それまで」と宣告したので、決勝には至らなかったが、しかしその一本は、紛れのないもので、つまり、彼は第一位の成績をあげたのであった。 「もうよせ、たくさんだ」と、幹太郎はかれらに云った。 「まだわかりもしない順位のことなんか口にするな、林や殿井などはそんなことより自分のくふうが大切だろう、今日は二人ともいいところがなかったぞ」  かれらは黙った。かれらは幹太郎をよく知っていた。彼はいつもまじめであり、修行の鬼とでもいいたいくらい、すべてを刀法にうちこんでいる。後輩に対しても極めて謙遜《けんそん》であるが、こと刀法に関する限り、一言《ひとこと》もゆるがせにしないというふうなので、どんなばあいでも不用意に云い返すようなことは決してしなかった。 「酒の席でも試合のことなんか云うなよ」  幹太郎はこう云って水をかぶった。  風はないが、十二月下旬の昏《く》れがたで、寒さはきびしかった。彼は半揷の水でなく、釣瓶《つるべ》で汲んで、ざっざっと肩から浴びた。五尺七寸たっぷりある、筋肉でこりこりした躯《からだ》が、きびしい寒さのなかでみごとに水をはじき、たちまち、若い健康な血の色に染まった。角ばってはいるが、北国人らしいおもながの、彫《ほり》のふかい顔には、堅い自信と張りきった力感があふれている。それがいま、こみあげてくる微笑のために、誇りとよろこびとで輝くようにみえた。  ――やった、おれはやった。  とうとうおれはやったぞ、と幹太郎は心のなかで叫んだ。  稽古おさめの祝宴は五時から始まった。  門人はぜんぶで八十七人いたが、主持《しゅもち》であるとか、その他の事情で出られない者もあり、その日集まったのは五十余人。それに、出稽古さきの諸家《しょけ》――松平|和泉守《いずみのかみ》、戸田内膳、堀田|信濃守《しなののかみ》、松平|備後守《びんごのかみ》、板倉伊賀守らから、その係りの人が出席した。  宴席は初め道場で行われた。  師範と招待客を正面にし、掛札の順に膳が並ぶ。給仕は内門人の少年五人と、新参の者たちが受持つのであるが、それは盃《さかずき》が一巡するまでのことで、まもなく上座の主客と、掛札五枚までの幹部は奥へ去ってしまう。そこにはべつに席が設けてあるし、素人ふうに拵《こしら》えた芸妓がいて、とりもちをするのであった。  師範の淵辺十左衛門は常陸《ひたち》の出で、笠間の近くに家があり、妻子はそっちに住んでいた。この道場では、十左衛門は独身生活であるが、毎月五日ずつ家に帰る。稽古おさめが済むと、正月の四日まで帰省する。内門人、特に年少の者たちには、それがはねをのばす好い期間になっていた。  その日――主客と幹部が奥へ移ったあと、道場ではみんなくつろいで飲みだした。幹太郎は飲まないので、隣りに坐った秋田平八と話しながら、彼に酌をしたり、肴《さかな》を摘《つま》んだりしていた。  平八は幹太郎より三つ年長《としかさ》の二十五歳で、いちじは掛札三席までいったが、三年まえに右足の脛《すね》を骨折して跛《びっこ》になった。それ以来ずっと道場の経理を担当しているが、刀法にはすぐれた鑑識をもっていて、幹太郎にとっては誰よりも――ときには師の十左衛門よりも、よき助言者であった。  主客を奥へ送っていった少年たちのうち、村上小次郎が戻って来て、幹太郎の耳へ、 「先生が外出しないようにと仰《おっ》しゃってます」と、囁《ささや》いた。  幹太郎はどきっとした。 「なにか御用でもあるのか」 「あとでお話があるそうです」  そう囁いて少年は去った。少年たちは道場の酒宴に加わることができない。かれらはかれらだけで祝いの膳に坐るのであった。 「なんだ――」  少年が去ると秋田平八が振向いた。幹太郎は少年の伝言を告げた。 「そうか、いよいよきたな」 「どうだかな」 「ほかにあるものか」  平八は微笑して云った。 「順位の更改《こうかい》にきまっている。あがるぞ」 「どうだかな」と、幹太郎は顔をひき緊めた。 「二席とはいえないかもしれないが、三席にあがることは確実だ。これまで六枚めにいたのが、おかしいくらいだったからな。おれはまず三席はまちがいないと思う」 「有難いが、低い声でたのむ」と、幹太郎は赤くなり、「取らぬなんとかの皮算用はよそう」と云った。平八は頷《うなず》いて、盃を口へもってゆきながら云った。 「明日は国へ知らせてやれるぞ」 「うん――」と、幹太郎は呟《つぶや》くように云った、「もしそうなったら、父はよろこんでくれるだろう」  彼はふと遠くを見るような眼をした。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  幹太郎は故郷をおもい、父をおもった。  父の弥七郎も剣士をこころざし、ずいぶん修行したようである。父の口からはなにも聞かないが、母親の話によると、若いころから幾たびも修行に出て、二年も三年も帰らないことがあった。そのため、田地や山林も売り、いまでは一町歩たらずの田畑と、同じくらいの山林が残っているだけである。  ――いま残っている分をなくすことはできない。  と、母親はよく幹太郎に云った。  ――これを手放すようでは、先祖に申訳がない。おまえもこれだけは守っていておくれ。  父はやがて、自分に才能のないことを認め、自分の夢を幹太郎によって実現しようとした。  幹太郎は六七歳から木剣を持たされ、十歳まで、父の手で基本的な『刀法の型』をみっちり教えられた。十二歳になると仙台城下へ出て、鈴木道之進という師範についたが、そこで彼は才分のあることを認められ、十八歳で江戸へ出て来たのであった。  ――これで田地を売らずに済む。  と、彼は思った。  ――経ってみれば案外早かった。  江戸へ来てまる四年。ここで三席になることができれば、(彼自身は『次席』だと思うが)道場でも毎月の手当は出るし、出稽古をするから、べつにかなりな収入があるので、こんどは母に送金することができる。  母からの手紙によると、今年は山の木を売ったそうであるが、これで母も安心するだろうし、父はもっとよろこんでくれるだろう、と彼は思った。  ――そうだ、それから妹たちの嫁入り支度もしてやれる。  彼には妹が二人あった。かやはもう十七歳になるし、その下のつやも十三歳である。田舎の十七歳はもう婚期に当るから、かやも良縁さえあれば、これでかたちだけの支度はしてやれるだろう。こう思うと、江戸へ来てから四年間の辛労も、あたたかく彼をあやすかのように思えた。  八時ちかくに、五人の客が帰った。  それを送りだすとまもなく、幹太郎は師範から呼ばれた。秋田平八は微笑しながら、立とうとする幹太郎に頷いた。 「あとで奢《おご》ってもらうぞ」 「そうありたいものだ」と、幹太郎は答えた。  淵辺十左衛門は居間で茶をのんでいた。彼は五十二歳になる。色の黒い、どこにも特徴のない平凡な顔だちであるが、躯《からだ》だけは逞《たくま》しく、力士のような肩を持っていた。剣客というよりも、農夫か樵夫《きこり》といった感じで、髪毛《かみ》もまだ黒かった。  幹太郎が坐ると、十左は静かな調子で、今日の(彼の)試合ぶりを褒め、腕の上達したことを褒めた。  幹太郎は顔がほてってき、胸がどきどきした。十左は言葉まで改め、これまで「平手《ひらて》」と呼びすてにしていたのを「そこもと」と云った。 「わしは教えるだけ教え、そこもとは会得するだけ会得した」と、十左は続けた、「四年間よく辛抱し、よく修行されたが、わしとしては、もはやそこもとに教えることはない。だが、この道に極まりはないのだから、他《ほか》にもっとよき師を選び、さらに修行を積まれるがよいと思う」  幹太郎には十左の云う意味がちょっとわからなかった。彼はおそるおそる訊《き》いた。 「と、仰《おっ》しゃいますと」 「つまり――」と、十左は云った、「もうこの道場を出て、他の師に就かれるがよいというのだ」 「お待ち下さい、それは」と、幹太郎は吃《ども》った、「それは思いもかけぬお言葉です。私はこの道場でもっと修行を致しとうございますし、それに、これまでの習慣によると、今日の試合で私の席次はあがり、代師範のなかにはいる筈だと思うのですが」 「いや、それはできない」と、十左は云った。 「なぜですか」 「そこもとはわが流儀に外れた技《わざ》を遣《つか》う、この道場では流儀外れの技を教えることはできない」 「どこがですか」  幹太郎はかっとなった。 「私のどこが流儀に外れているんですか」 「それは自分で考えることだ」 「いや仰しゃって下さい、私に悪いところがあれば、それを指摘して下さるのが貴方《あなた》の責任ではありませんか」 「それは師弟のあいだのことだ」 「師弟のあいだ!」と、幹太郎は息をのんだ。彼は殆んど息が詰りそうになった、「では私は、もうこの道場の門人ではないのですか」 「もういちど云おう、そこもとは会得すべきものはすべて会得した、これ以上わしの教えることはない、それだけだ」 「するとつまり、つまり、私に出てゆけというわけですか」 「私はそうは云わなかった」 「わかりました」  幹太郎は躯がふるえてきた。  ――おれが邪魔なんだな。  ――おれの腕が上達して、首席の代師範さえ打ちこんだ。師範の淵辺十左衛門も勝ちみはないかもしれない。それでおれを追放しようというのだろう、と彼は思った。 「要するに、私がいるとぐあいが悪いということですね」  彼はふるえながら云った。 「代師範を五人も総舐《そうな》めにし、どうやら貴方もこころもとないので、それで私を追い出そうというのでしょう」 「わしがこころもとないって」 「ほかに理由がありますか」  そのとき次の間で声をかけ、襖《ふすま》をあけて納屋孝之助がはいって来た。 「平手、道場へ出ろ」と、孝之助は云った、「いまの言葉は、先生ばかりでなくこの道場ぜんたいを侮辱するものだ、改めて勝負をするから道場へ出ろ」 「本気ですか納屋さん」と、幹太郎が振向いた。十左が、「よせ、無用だ」と制した。  幹太郎は冷笑した。 「本気ならどこへでも出ますよ、だがいざとなって逃げるんじゃないでしょうね」 「文句はあとだ、出ろ」 「望むところだ」と、幹太郎は立ちあがった。  十左が「よせ」と叫び、孝之助が、「大丈夫です」と云った。  幹太郎はそのまま廊下を道場へゆき、「みんな場所をあけろ」と喚いた。門人たちはさかんに飲みながら、話したり笑ったりしていたので、幹太郎の声がわからなかった。 「おい、場所をあけろ」  彼は道場のまん中に立って絶叫した。 「膳を片づけろ、もうひと勝負するんだ」  道場の中が急にしんとなり、みんなが幹太郎のほうへ振向いた。 「平手、どうしたんだ」と、秋田平八が呼びかけた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  幹太郎は自分の竹刀《しない》を取って戻った。 「どうしたんだ、平手」  平八が不自由な片足をひきながら、彼のほうへとんで来た。幹太郎は竹刀をぴゅっぴゅっと振りながら、平八を見て顔を歪《ゆが》めた。 「おれは放逐だ」 「なんだって」 「おれはこの道場から放逐されたんだ」 「平手、――」  秋田平八は口をあいた。  そこへ納屋孝之助と、淵辺十左衛門が出て来た。幹太郎は竹刀で二人をさし、平八に向って云った。 「置き土産におれがどれだけ遣うかみせてやる」 「待て平手、それはいかん」 「止めるな」  幹太郎は向き直った。 「試合はならん」と、十左が叫んだ。 「納屋、試合はならん、わしが許さんぞ」 「道場の面目のためです」  孝之助はそう云いながら、自分の竹刀を取り、道場の中央へ出て来た。  このあいだに、門人たちはめいめいの膳や徳利を持って、不安そうに隅のほうへ片寄った。十左と平八とは、なおその試合を止めようとしたが、二人はもう左右に別れ、相い正眼に構えて動かなかった。  幹太郎は、二度、三度と、大喝した。 「やるなら尋常にやれ」と、十左が叫んだ。 「乱暴はならんぞ」  幹太郎はまた一喝した。  二人とも道具を着けていない。そして、両者とも逆上していた。二人が逆上していることは、誰の眼にもわかった。  孝之助が絶叫し、床板を踏みならして打ちこんだ。  真向《まっこう》から左の胴へ切返すもので、彼のもっとも得意な手であった。だが幹太郎はその逆をいった。孝之助の竹刀が胴へ切返すより一瞬早く、幹太郎の竹刀の尖端《せんたん》が相手の額を突き、ついでその鍔《つば》を返し、火の出るような体当りをくれながら、相手の顎《あご》を突きあげた。  孝之助は仰向けに顛倒《てんとう》した。  殆んど丸太を倒すようで、床板を打つ後頭骨の音が、みんなの耳にぞっとするほどはっきりと聞えた。  孝之助の口から血がながれだし、起き直ろうともがいたが、そのまま動かなくなった。 「納屋!」と、十左が叫んだ。  平八が片足をひきながら倒れている孝之助の側へゆき、衿《えり》へ手をさし入れて胸をさぐった。  道場の中がしんと鎮まった。 「大丈夫です」と、平八が十左に云った。 「頭を打ったから失神したのでしょう。ほかに別条はないようです」 「その血はなんだ」 「歯です、歯が折れたから出たんです――村越と井野、納屋さんを部屋へ運んでくれ」  平八に呼ばれて、二人の門人が立っていった。  幹太郎は「先生」と云った。 「出てゆけ」と、十左が叫んだ、「きさまは破門だ」  幹太郎は頭を垂れた。  彼は全身から力がぬけ、気持がみじめに挫《くじ》けるのを感じた。道場ぜんたいを微塵《みじん》にしてやろうというくらいに燃えあがっていた怒りが、倒れて失神したまま口から血をながしている孝之助の姿を見たとき、まるで断崖《だんがい》から落ちでもするように、いっぺんに昂奮《こうふん》がさめ、心がちぢみあがった。 「いますぐに出ろ」と、十左はあびせかけ、「二度とその顔を見せるな」と云って、荒あらしく奥へ去った。  二人の門人が孝之助を運んでゆき、平八が幹太郎の側へ寄って来た。幹太郎のうなだれた顔に、涙がながれていた。 「おれの部屋へゆこう」と、平八が云った。  幹太郎ははっと顔をあげた。平八の声で初めてわれに返り、気がつくと門人たちが、不安そうな眼でこっちを見まもっていた。彼は身ぶるいをし、首を振って平八から離れた。  ――おしまいだ。  と、幹太郎は思った。 「平手、おれの部屋へゆこう」と、秋田平八が追って来た。 「おれに事情を話してくれ、先生にはおれから願ってみる」 「だめだ、万事終りだ」 「短慮はいかん、国のことを忘れたのか」  幹太郎は自分の部屋へはいり、黙って荷物をまとめた。  彼の体はふるえ、再び怒りがこみあげてきた。  平八が、「お父上のことを思え」と云った。  幹太郎は顔を歪め、まとめた荷物を手で叩いた。  ――だめだ、おしまいだ。  と、彼は思った。 「これを預かってくれ」と、幹太郎は立ちあがった、「事情は話さなくとも自然にわかるだろう、いろいろ世話になったが、出てゆくよりしようがないんだ」 「しかし出ていってどうする」 「わからない」幹太郎は刀を取って差した、「なんにもわからない、おれは人も世も信じられなくなった、おれは僅かに田地や山林を守り、親や妹たちに人並な暮しをさせたいと思った。それを第一の目的に修行し、そのため人の試みない技をくふうして来た、それが……それが、こんな結果になってしまった、なぜだ、おれには説明ができない、いまはなんにもわからない」 「神田の旅籠《はたご》町におれの知った家がある、そこへいっていないか」 「有難う、しかしなんとかやってみる」 「旅籠町の山源と聞けばわかる、おれと同郷の出で小さいが料理茶屋をやっているんだ、ひとまずそこへおちつかないか」と、平八が云った。 「先生が笠間へ帰省したら、自分もすぐ山源へゆく、そこでよく相談をしよう」と、平八は云った。 「そうするかもしれない」と、幹太郎は云った。 「いろいろ有難う、ではこの荷物を頼む」 「短気を起こさないでくれ」 「そうしよう」  幹太郎は顔をそむけ、「送らないでくれ」と云って、部屋を出ていった。  外へ出ると雨が降っていた。まだ降りだしたばかりらしい。こまかな弱い降りで、人どおりの絶えた、暗い麹《こうじ》町の往来を、ひっそりと濡らしていた。 「お母さん――」  幹太郎はそう云って立停った。  彼の喉《のど》へ嗚咽《おえつ》がこみあげてきた。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  幹太郎は空家の軒下に立っていた。  日昏れ刻《どき》で、みぞれが降っていた。さっきまで雨だったのが、いまは小さな白いものが混っている。鼠色の雲に掩《おお》われた空から、それはまっすぐに降って来て、板葺《いたぶき》のはしゃいだ屋根を叩き、すっかり朽ち割れている庇《ひさし》を叩いた。  そこは本所四つ目の路地裏であった。棟が波を打ち、柱の傾いた長屋が並び、それがほとんど空家らしい。隙間だらけで、乾割《ひわ》れた雨戸が閉ったままだし、夕餉《ゆうげ》どきだというのに炊《かし》ぎの煙も見えず、人の声もしなかった。 「どうしてみんな空家なんだ」と、幹太郎は呟き、そして、ふところ手をしたままで、がたがたと震えた。 「こんな裏長屋が、こんなに揃《そろ》って空家だなんて、おかしなことがあるもんだ」  彼は顔を歪めた。  空腹と、寒さと疲れとで、頭が痺《しび》れ、体が宙に浮いているような感じだった。 「ひどいことになったな」と、彼は呟いた、「なんとかしなければならない」  本当になんとかしなければならない。どうしよう。もう待ったなしだ。ぎりぎり結着だぞ、と彼は思った。  淵辺の道場を出てから二十余日、天保四年の正月も、中旬をもう過ぎていた。  僅か二十余日でどん詰りまで来た。もう五日も食事らしい食事をしないし、一昨夜からは木賃宿に泊る銭《ぜに》もなく、空家へ一と晩、ゆうべは石原町の、なんの神社とも知れない、小さな社殿の中にもぐりこんで、夜を明かした。 「旅籠町へゆこうか」  彼は足もとへ眼をおとした。  旅籠町の『山源』へゆけば、秋田平八に会えるだろう。彼に預かってもらった荷物もある。荷物といっても四五枚の着替えと、書物が二十冊ばかりだが――秋田は怒っているだろうな。あんなに云ってくれたのに、おれは『山源』を覗《のぞ》きもしなかった、と幹太郎は思った。  そのとき一人の子供が、この路地の中へはいって来た。  年は七つくらいだろう。襤褸《ぼろ》というより布切《ぬのきれ》を集めて体へ縛りつけたような、おそろしくみじめな恰好をしている。この寒さにはだしで、それでも頭には破れた油紙をかぶっていた。  子供は幹太郎を見てぎょっとし、逃げ腰になりながら、狡猾《ずる》そうな眼ですばやく彼を観察した。 「なんだ、坊や」と、幹太郎が云った。すると、その声で安心したように、子供が近よりながら云った。 「おじさん、雨宿りか」 「うん、まあそうだ」 「むだだぜ」と、子供が云った。 「この雨はやみアしねえ、待ってたってやむ雨じゃありアしねえ、雪になるぜ」 「そうらしいな」 「わかっているのかい」 「そうらしいと云ったんだ」 「ふん、――」  子供は幹太郎のようすを無遠慮に眺めた。ひどくませた、そんな年ごろの子供には似あわない眼つきだった。 「おじさん寒そうだな」と、子供が云った。幹太郎はそれをそらすように、両側の長屋へ顎《あご》をしゃくった。 「こっちも向うも、みんな空店《あきだな》のようだな」 「うん、不景気だからな」 「不景気で引越したのか」 「そうでなくってよ」と、子供は云って、水洟《みずっぱな》を横撫でにして、「人足《にんそく》に出たって仕事なんぞ、ろくにありやしねえ、番札で働きに出るのが五日に一度くれえだ、それで五合の米が百文するんだから、女房、子のある者は江戸じゃあ食えねえ、田舎のある者はみんな田舎へ帰っちまうさ」 「坊やの家では帰らないのか」 「おじさんはどうだい」  と、子供は云った。幹太郎は苦笑した。  ――おそろしくませた子供だ。  と、彼は心のなかで思った。子供は妙な咳《せき》をし、幹太郎の差している刀をちらちらと見ながら、ふと低い声で云った。 「こんな処《ところ》に立っていられちゃ困るんだがな、おじさん」 「どうして」 「どうしてでもさ、やまねえとわかってるのに、雨宿りをしていてもしようがねえ、どこかほかへいってくれねえかな」 「どうして此処《ここ》にいてはいけないんだ」子供は警戒するように幹太郎を見、それから、「おじさん町方《まちかた》じゃねえのかい」と云った。幹太郎は首を振った。  路地口に人の足音がし、なにか話しながら、どぶ板を踏んで人がこっちへ来た。幹太郎が振返ってみると、古い蛇ノ目傘をさした娘と、頭から半纒《はんてん》をかぶった男との二人づれで、それを見るなり、子供がまた幹太郎に云った。 「ほかへいったほうがいいよ、おじさん、あのあにい[#「あにい」に傍点]はちょっとうるさいぜ」 「長《ちょう》、客か」と、その娘がこっちへ来ながら云った。  長と呼ばれた子供はかぶっていた油紙をとり、鉢のひらいた頭を横に振った。 「雨宿りをしているんだ」 「雨宿りだって」と、伴《つ》れの男が云った。  二人はそこへ来て、敵意のある眼で、じろりと彼を見た。 「お武家さん、なにか用でもあるんですか」と、男が云った。  三十二三で、左の眼尻から頬へかけて、べったりと青痣《あおあざ》があり、眼に陰険な光がある。  色の褪《さ》めた紺の長半纒に、色鼻緒のぺしゃんこな女下駄をはいていた。 「いま子供の云ったとおりだ」と、幹太郎は答えた。 「すると本当に雨宿りですか」  幹太郎は頷いた。  男は笑いもせずに云った。 「じゃあ済みませんが、ほかへいって下さいませんか」 「此処では悪いか」 「だから頼んでいるんだ」と、男が嘲笑《ちょうしょう》するように云った。 「こんな処に立ってたって、この雨はやみアしねえ、表通りなら往来があるから、拾ってってくれるような茶人《ちゃじん》があるかもしれませんぜ」 「拾ってってくれる、――」  幹太郎は震えながら反問した。  長と呼ばれた子供が、「この人は顎を出しているらしいよ」と云った。  男は幹太郎に、「そうだよ」と云った。 「拾ったうえに、うどんの一杯ぐれえ、ふるまってくれるかもしれねえ」 「三公、喧嘩《けんか》はよしとくれ」と、娘が云った。 「無礼なことを云うな」  幹太郎がどなった。長が「おじさんよしなよ」と叫んだ。それが幹太郎をもっと怒らせた。二十余日このかた屈辱に満ちた明け昏れと、いま飢えと寒さとで、みじめにちぢみあがっている自分の姿を思うと、その男の卑しい嘲弄《ちょうろう》がどうにもがまんできなかった。  ――こいつ、と幹太郎は刀を抜いた。  娘が「三ちゃん」と叫び、男が怒号しながらとびあがった。幹太郎の足の下でどぶ板が割れ、彼は横ざまに転倒した。 [#3字下げ]なりわい[#「なりわい」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  幹太郎は天床《てんじょう》を眺めていた。  薄い古夜具にくるまって、仰向けに手足を伸ばしたまま、箱枕の当るところが、痛くなると、僅かに頭の位置を変えるほか、身動きもせずに、さっきからぼんやりと、天床を眺めていた。 「平手さん」  襖《ふすま》の向うで、低いしゃがれた声が云った。  お豊が眼をさましたのだろう、幹太郎は、「うん」といった。  こちらは六畳、隣りは四畳半、二た間きりの長屋の一軒で、お豊ひとりの住居《すまい》だった。家の中にはなにもない、食事は必要に応じて、四つ目橋の袂《たもと》にある『魚菊』からとりよせる。『魚菊』は仕出し魚屋と小料理を兼業し、店でも飲み食いをすることができた。  ――もちろん幹太郎は、起きるようになってからそれを知ったので、そのときはまだなにも知らなかったのだが。 「ねえ、平手さん」と、また眠たそうな声で、お豊が云った。 「あんた、おなかすいたでしょ」 「そうでもない」 「いま起きるから待っててね」 「そうすいてもいないよ」 「もうお午《ひる》ごろだわね」  そうっといって(夜具の中で)伸びをし、大きな声で欠伸《あくび》をするのが聞えた。  七日まえ――  幹太郎は三平という男に叩き伏せられ、みぞれの降る路地で気を失った。飢えと疲れとで、まいっていたことも事実だが、そうでなくても、そんな喧嘩となると、道場で修行した剣法などは、さほど役にはたたなかったかもしれない。――刀を抜いたとたんにどぶ板を踏み割り、三平の頭突《ずつ》きを胸にくらった。  幹太郎は刀をとばされ、みぞれで濡れた土の上へ、仰むけざまに転倒し、そのまま気を失った。そして、気づいたときには、この六畳に寝かされていた。  それから七日、彼は高熱と下痢が続いて、起きることができなかった。  初めの五日間は、女が付きっきりで看護をしてくれた。一昨日から熱だけはさがったので、女は夕方から稼《かせ》ぎに出はじめたが、下痢のほうは相変らずだし、食慾も殆んどなかった。  女の名はお豊、年は十七歳で『魚菊』のかよい女中をしているという。夕方から出ていって夜半に帰る。酒の匂いをさせ、折詰などを持って帰るので、かよい女中といっても、小料理のほうで客の相手をするのだろう。十七という年にしては、吃驚《びっくり》するほど伝法な、崩れたところがあるかと思うと、なにも知らない子供のように、あけっ放しで無邪気なところもあった。  お豊はやがて起きあがり、夜具を片づけたり、雨戸をあけたりした。  ――どうしよう。  幹太郎は惘然《もうぜん》と思いあぐねた。  もう七日も世話になっている。見も知らぬ娘一人の家に、いつまで厄介になっているわけにはいかない。だが、此処《ここ》を出ていってどうするか、旅籠町の『山源』へゆくという手はある。それが残された唯一の道だが、こんな状態で秋田平八に会いたくはない。  ――平八自身が不自由な躯《からだ》で、道場の経理などという、身につかぬ事務をやっているのに、五体満足なおれが心配をかけるのは不当だ。 「それはできない」と、彼は口の中で呟《つぶや》いた、「身のふりかたでもついてからでなければ、とうてい彼に会いにはゆけない」  幹太郎は眼をつむって、深い溜息《ためいき》をついた。  そのとき門口《かどぐち》に人の声がし、お豊が出ていった。三平という(いつかの)男らしい。暫《しばら》く低い声でなにか話していたが、そのうちに小さな子供の声がまじった。これもあのときの、こまっちゃくれた子供で――お豊の話によると、彼は親も兄弟もないし、身をよせる家もない浮浪児だそうであるが、――ひどくせきこんだ調子で「ねえちゃん、よしなよ、そんなことよしなよ」と云うのが聞えた。 「おまえは黙っといで、幸坊」と、お豊が云った、「おまえが心配しなくっても、あたしは自分で気の向かないことはしやあしないよ、――三ちゃん、もういちど、はっきり云うけれどね、いやだと云ったらあたしはいやなんだ、思わせぶりや勿体《もったい》ぶってるんじゃない、いまのおかみさんに暇をやって、あたしを河内屋《かわちや》の正妻にしてくれるならともかく、あんなじじいの囲い者になるなんて、骨が腐ったってまっぴら御免だよ、二度とそんな話は聞きたくないって、はっきりそう云っておくれ」 「たいそう、はばな口をきくな」と、三平の云うのが聞えた、「ひとが温和《おとな》しく出ればつけあがりやがって、そんなごたいそうな口をきいていいと思うか」 「いいとも悪いとも思やしない、いやなことをいやだと云ったまでさ、それもおまえさんに云ったんじゃない、河内屋へそう返辞をしてくれって」 「うるせえや」と、三平がどなった。それまでとはがらっと変った、凄《すご》みのある高調子で彼は云った。 「ばいたのくせにえらそうな口をききゃあがって、うぬをなんだと思ってやがるんだ、てめえ、おれに向ってそんな口をきけた義理じゃあねえ筈だぞ」 「おや、乙なことを聞くね、あたしがおまえになにか義理でもあるというのかい」 「白ばっくれるな」 「それはこっちで云うせりふだ」  お豊の声も高くなり、幸坊という子供が「よしなよねえちゃん、よしておくれよ」と、とめにかかった。お豊はひどく棄てばちな口ぶりで、ずけずけとやり返した。  あたしがばいたならおまえはなんだ、あたしの稼ぎのうわまえをはねて、やっとおまんまにありついているおまえはなんだ、ときめつけた。口惜《くや》しかったらどうとでもしてみろ。ぬかしたなあま。云ったらどうした、あたしの躯に傷でもつけたら、おまえの口が乾《ひ》あがるんだよ。くそ、このあま、と三平の逆上した声が聞え、幸坊が、 「危ない、逃げなよねえちゃん」という叫びに続いて、平手打ちでもくれたらしい高い音とお豊の「ひっ」という悲鳴が起こった。 「畜生、殴りゃあがったな」 「ぶち殺してくれるぞ」  殺してみろ、と叫びながら、お豊が、六畳へとびこんで来た。  幹太郎は夜具の上に半身を起こしていたが、お豊はとびこんで来るなり、壁際にあった彼の脇差を取って、それを抜こうとした。幹太郎は、はね起きて「ばかなことをするな」と云い、お豊を抱き止めて脇差を取り返した。 「あいつあたしを打ちゃあがった」  お豊は身をもがいた。 「放して、あいつを殺してやるんだ、その刀を貸して」 「なんだ、――」と、あいている襖から三平がこっちを覗き、毒々しい口ぶりで嘲笑《ちょうしょう》した。 「なんだ、あのゆき倒れはまだいたのか」  幹太郎は脇差を持ち直した。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  三平はうしろへとび退いた。  幹太郎が脇差を持ち直すのを見て、ぱっと四畳半のほうへとび退いたが、怖れているようすはなかった。それは、つい七日まえにも同じような事があり、難なく勝った経験があるからだろう。三平は右腕の袖を捲《まく》って、拳骨を突きだしながら喚いた。 「ほっ、おめえ、それを抜く気か」 「いいから帰れ」 「それを抜く気かって訊《き》いてるんだ」 「黙って帰れ」と、幹太郎は云った、「詳しいことは知らないが、この人はいやだと云っている、それで用は済んだ筈だ、一人暮しの娘を威《おど》して、力ずくでいうことをきかせようなどとは、男いっぴきのすることじゃあないだろう」 「やかましいや、食い詰めたあげくの行倒れが、洒落《しゃれ》たことをぬかすな」  三平は、平べったい顔に嘲笑をうかべてどなると、突然、ふところへ手を入れて九寸五分を抜き、「出てうせろ」と喚いた。 「このお豊はおれの息のかかっている女だ、この家はおれが頼んで、河内屋の旦那から借りてやった家だ。おめえこそ、とっとと出てうせろ」 「なにを云やがる、この野良犬め」と、お豊がとびかかりそうにした。幹太郎はそれを引止め、うしろにかばいながら、「出てゆけばいいのか」と云った。三平は「出てゆけ」と喚き返した。 「けがのねえうちに出てゆくのが身のためだ、へんにきいたふうなまねをすると、生きてこの土地は出られねえぞ」 「お豊さん、ゆこう」  幹太郎はそう云って、脇差をそこに置き、壁に掛っている着物を取った。  どうするの、平手さん、とお豊が訊いた。いっしょにゆこう、と幹太郎が云った。そうね、それがいいかもしれないわ。早く支度をするがいい。支度なんてありゃあしない、着たきり雀ですもの、あんたのを手伝ってあげるわ、とお豊が云った。 「やいやい、なんだと」と、三平がまた六畳を覗いた、「おめえ、お豊を伴《つ》れてゆこうってのか」  幹太郎は「そうだ」と云った。 「ふざけるな」 「ふざけてはいない。出てゆくだけだ」 「うせるなら一人でうせろ、その女にちょっかいを出すな」 「それはこっちで云うことだ」  幹太郎は大小を差すと三平に向って静かに云った。 「きさまの云うとおり、おれは食いつめて飢え死にするところを助けられた、お豊さんは命の恩人だから、いっしょに伴れてゆく、きさまこそへたに騒ぐと後悔するぞ」 「やれるものなら、やってみろ」  三平は九寸五分を構えた。 「お豊を伴れて、無事に出てゆけたらおなぐさみだ、やってみろ」  幹太郎はお豊に振向いた。  お豊は頷《うなず》いた。なにも持ってゆく物はないな。ありません。よし、私のうしろからおいで、と幹太郎が云った。  三平はうしろへさがった。 「ねえちゃん」と、土間で幸坊が云った。  幹太郎は四畳半へ出ると、お豊をうしろに、三平のほうへ向き直り、お豊を手で押しやりながら、 「幸坊、ねえちゃんと先へゆけ」と云った。どこへゆくの、と幸坊が訊いた。辻《つじ》橋だ、北辻橋で待っていろ、と幹太郎が云った。  三平は腕捲りをした手に、九寸五分を逆手に持って、壁を背に身をかがめた。 「お豊、てめえゆく気か」と、三平は叫んだ。  幹太郎は刀の柄に手をかけた。三平はまたどなった、「お豊、てめえ、おれに煮え湯を飲ませるつもりか」そして、頭をさげながら、さっと幹太郎にとびかかった。幹太郎は左へひらきざま、抜き打ちに(刀のみねで)三平の肩を、痛打した。  平手さん、とお豊が戸口の外で叫んだ。  三平は隣家との仕切り壁へ突当り、悲鳴をあげて倒れながら、左の手で肩をつかんだ。脆《もろ》くなっている壁が割れて、倒れた三平の上にばらばらと壁土がこぼれた。 「やりゃあがったな」  斬りゃあがったな、と三平が叫んだ。幹太郎は「動くな」と云った。いま医者を呼んでやる、動かずにじっとしていろ。殺しゃあがれ、と三平が泣き声でどなった。傷に触るな、と幹太郎は土間へおりながら云った。手で押さえて静かにしていろ、動くと出血して死ぬぞ、医者の来るまでじっとしているんだ。畜生、ちきしょう、さあ殺せ、と三平は泣きだした。ひとおもいに殺しゃあがれ、うう、おらあ、もう眼が見えねえ。  幹太郎は刀にぬぐいをかけ、鞘《さや》に納めながら外へ出た。  さいわい、長屋は空家ばかりで、これだけの騒ぎに出て来る者もなかった。三人は路地をぬけて堀端へ出ると、いま、『北辻橋』と云ったのとは逆に、東へいって千間川のほうへ曲った。 「おらも伴れてってくれっか」と、走りながら、幸坊が訊いた。  いいだろう、と幹太郎はお豊を振返った。お豊は手拭を出して、あねさんかぶりにしながら、幹太郎を見て「あんた、あてがあるの」と反問した。ない、だがどうにかするさ。あたし一文なしよ。わかってる、だが幸坊は伴れていってやるほうがいいか。そうね、置いてはゆけないわねえ、とお豊が云った。でも平手さんしだいだわ、足手まといなら返しましょう。大丈夫だよ、ねえちゃん、と幸坊が云った。いそぎ足にゆく二人におくれまいとして、まっ赤な顔をして走りながら、彼はお豊の袂をぎゅっと握った。 「おら、厄介はかけねえよ、ほんとだよ、ほんとに厄介はかけねえから、ねえ」 「わかった、いっしょに伴れてゆくよ」と、幹太郎が云った。  幸坊はお豊の袂を引きながら、お豊の許可を求めるようにふり仰いだ。お豊はそれに頷いてみせ、幹太郎に向って、 「あんた本当に三公のやつをやったの」と訊いた。  幹太郎は苦笑して、なに峰打ちだ、と答えた。あらいやだ、だって三公はいまにも死にそうな声をあげてたし、平手さんもおどかしてたじゃないの、とお豊が云った。医者を呼んでやるからじっとしてろ、動くと出血して死んじまうぞなんて。峰打ちだ、と幹太郎が云った。毛ほどの傷もありはしない、自分で斬られたと思いこんだだけだ。あらいやだ、まあ呆《あき》れた、とお豊は笑いだした。それなのにもう眼が見えないなんて、泣いていたじゃないの、こんなことってあるかしら、お豊はそう云ってなお声をあげて笑った。  ――旅籠町の『山源』だ、と幹太郎は考えていた。  二人を抱えた以上、そうするよりしかたがない。秋田に心配させるのは悪いが、事情がこうなっては、やむを得ないだろう。思いきって『山源』へゆくことにしよう、と幹太郎は心をきめた。  ――二人を背負ったことが、却《かえ》って道のひらける機会になるかもしれない。  幹太郎はそう思った。 「おじさん、追っかけて来るぜ」と、幸坊が云った。  振返ってみると、いま来た河岸っぷちを、二人の男たちの走って来るのが見えた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  幹太郎はお豊に振返った。 「あいつのなかまか」  お豊は眼をしかめ、走って来る男たちを、たしかめようとしたが、「あたし、ちか眼だから、わからない」と、首を振った。 「長には、わかるよ」と、幸坊がじだんだを踏んだ。 「てっぽう安《やす》に本野のやつだよ、ねえちゃん、早く逃げなくっちゃだめだよ」 「よし、あの橋を渡れ」と、幹太郎が云った、「天神さまの裏門のほうに、島屋という茶屋がある。そこへいって待っててくれ」 「裏門のほうで、島屋ね」  お豊は頷き、幸坊といっしょに走っていった。  幹太郎は道のまん中に立って、待った。  二人の男は近づいて来た。あんまり気負いこんだ走りかたなので、往来の人たちは吃驚して、道を除《よ》け、路傍の家からは、とびだして来て眺める者があった。  一人は五|分《ぶ》月代《さかやき》の肥えた男で、洗いざらしの印半纒《しるしばんてん》で作った長半纒を着、尻切れ草履をはいていた。他の一人は三十歳ばかりの、御家人くずれだろう、色の褪《あ》せた木綿の黒紋付にようやくそれと判別できる雪駄をはき、腰に刀を一本だけ差している。まるで病みあがりのように顔色が悪く、月代も髭《ひげ》も伸び、角張った顔の頬は、そいだようにこけていた。 「女を返せ」と、肥えたほうの若者が喚いた、「洒落《しゃれ》たまねをすると、生かしちゃあおかねえぞ、うぬはいってえなんだ」 「そこをどけ」  と、もう一人がいった。  二人とも息せききっていて、はっはっと苦しそうに、喘《あえ》ぎながらの叫びだから、凄みもなし、威しもきかなかった。幹太郎は刀を差している男に向って「貴方が本野という人か」と訊いた。男は「そうだ」と答えた。 「御浪人のようですね」と、また幹太郎が訊いた。 「要らぬ詮索《せんさく》だ」と、本野が叫んだ。  幹太郎は振返って、お豊と幸坊の姿が、見えないのをたしかめると、左手でぐっと刀をそらしながら、自分も浪人同様の身の上だ、侍と侍で話をしよう、と云った。 「この野郎なめるな」と、肥えた若者が喚いた。  おれは『てっぽう安』というちっとは顔を売った男だ、相手はおれだ、なめるな、とその若者は喚きたてた。幹太郎はちょっと見ただけで、また本野という浪人者に云った。 「私はあのお豊という娘に恩があるのです、それを三平という男が難題をふきかけるものだから、些《いささ》か恩返しのつもりで伴れて出たのです」 「うるせえ、そんな御託は、たくさんだ」と、安が、脇からどなった、「きれいな口をききゃあがって、ほんとのところはお豊をかどわかしてゆき、どこかのしまへでも叩き売るつもりだろう、銀流しみてえな面あしやがって、わかってるぞ、こん畜生」 「まあ待て」と、本野という浪人が云った、「貴公は、お豊の素性を知るまい、いまどういう事が起こっているかも知らぬだろうが、あの女にはいろいろわけがあり、いまは仕合せになれる運がまわって来ているのだ」 「仕合せですって」 「さよう、またとない幸運と云ってもよかろう、だからここで」 「もうよそう、むだな問答だ」と、幹太郎が云った、「私は三平の云うことを聞いた、あんな若い娘ひとりを、みんなが食いものにしようとしていることも、見当がつく、もう充分だ」 「貴公は、信じないのか」 「私は、お豊をもらうよ」 「待ちゃあがれ」  安が喚いた。  幹太郎は歩きだした。安は匕首《あいくち》を抜き、うしろから幹太郎にとびかかった。  安が匕首を抜くと同時に、本野という浪人も刀の柄に手をかけた。幹太郎は川岸のほうへ大きく跳び、二度、三度と突っかけて来る安の匕首を躱《か》わしながら、さっと相手のきき腕を取ると、足搦《あしがら》みをかけて投げとばした。安は妙な声をあげ、足をばたばたさせながら、千間川の中へ頭から落ちこんだ。  幹太郎は振向いた。  本野という浪人は、刀の柄にかけていた手を放して、顔を歪めながら「後悔するぞ」と云い、そろそろと、うしろへさがった。 「もし貴公が正直な人間なら、あとできっと後悔するぞ」  そして、安を助けるために、川の岸のほうへ走っていった。  幹太郎は大股《おおまた》にそこを去った。千間川は浅いが底は泥で、『てっぽう安』は頭から泥まみれになり、本野に助けてもらいながら、岸へ這《は》いあがった。幹太郎は歩きながら三度ばかり振返って、そのようすを見てふきだしそうになった。左右の岸にも(ずっとはなれて)かなりな人が立って眺めている。這いあがった安が、その人たちに向って、なにか悪態をついているようであった。  ――貴公が正直な人間なら後悔するぞ。  本野という浪人者の言葉が、ふしぎに幹太郎の頭に残った。  ――どういう意味だろう。  娘ひとりを食いものにしようという人間ではないか、なんの意味があるものか、そう否定しながら、しかも、ふしぎにその言葉は彼の頭に残った。  天神橋を渡って、河岸ぞいにゆくと、右手に太宰府天満宮《だざいふてんまんぐう》の裏門が見え、門に向って曲る左右に、茶屋が並んでいる。なかには二階造りの、料理茶屋を兼ねた家もあって『島屋』というのもそういう家であった。――淵辺《ふちのべ》の道場にいたころ年に二度か三度は、他の門人たちと来ていた。参詣《さんけい》は名目でみんな飲み食いや遊ぶのがめあてであり、酌に出る女のなかには、いかがわしい者もいるようであった。幹太郎は酒を飲まないし、悪くふざけるようなこともないので、お兼という女主人や、女中がしらのお杉などに好かれ、  ――こんどは一人でいらっしゃいな。  などと、よく云われたものであった。  門のほうへ曲ると、右手の茶屋の軒下に、お豊と幸坊がより添って立っていた。『島屋』へ行ったが、家が大きいので、はいりそびれたらしい。幹太郎を見ると、二人ともほっとしたように駈けだして来た。 「どうした……」と、お豊がさぐるような眼で、彼を見た。幹太郎はそれには答えず、歩きながら向うを指さして、「あの家だ」と云った。 「二人ともやっちゃったかい、おじさん」と、幸坊が訊いた。  幹太郎はそれにも答えず、おまえ長という名もあるのか、と訊いた。あるさ、と子供は歩きながら云った。いっぱし遊び人なら二つ名前のあるのが本当じゃあねえか。ほうおまえ遊び人か、と幹太郎が笑った。そうでなくってよ、と幸坊は小さな肩をそびやかした。  幹太郎は突然、はっとしたようにそこへ立停った。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  急に立停って、幹太郎は向うを見た。 『島屋』から三人の侍が出て、互いになにか話したり笑ったりしながら、こっちへ来る。おそらく昨夜は泊ったのだろう、三人とも赤い顔をしているし、まん中の一人はひょろひょろするほど酔っており、左右から支えられて、ようやく歩いていた。  ――悪いやつに会ったな。  幹太郎は舌打ちをした。  左にいるのが納屋孝之助、右が掛札五枚めの村田市之丞、まん中にいるのは次席師範代の川地東吾である。川地はふだんは温和《おとな》しいが、ひどく酒癖が悪くて、酔うと手のつけられないようなことがよくあった。  除《よ》けるには、まにあわない。  距離があまりに近かったし、こちらと同時に、向うの三人も気づいていた。  納屋孝之助は、どきっとしたらしい。あのときの(傷はもう治ったのだろう)勝負が肝に銘じているとみえ、さっと顔色を変え、躯を硬《こわ》ばらせた。 「よう、珍しいな」  川地東吾が呼びかけた。  それを聞いて、お豊と幸坊は幹太郎のうしろへ隠れた。納屋は危険を感じたようで、村田市之丞に眼くばせをし、東吾を黙らせようとした。東吾は黙らなかった。 「このまえは、だいぶ勇壮だったそうじゃないか、あとで聞いて吃驚したよ」と、彼は云った。両者の間隔は、もう九尺ばかりにちぢまってい、幹太郎は構わず歩いていった。 「おれがいたら、そうはさせなかったんだ、納屋さんも加減したんだろうがね」と、東吾は云った。 「おれは飲みに出ちゃったんだ、飲みに出なければ逆に肋骨《あばらぼね》の二三本は叩き折ってやったんだが」 「悪く思わないでくれ」と、村田市之丞が云った。 「このとおり酔っているんだ」 「おれは酔っても腕まで酔いはしないぞ、おい平手」 「よせ川地!」と、納屋が制止した。  幹太郎は(お豊と幸坊を伴れたまま)かれらの脇を通りすぎた。  ――ばかな酔いどれだ。  幹太郎はそう思った。  そのとき、うしろで「やい、野良犬」と喚くのが聞えた。その女はなんだ、野良犬、と東吾が喚き続けた。きさまは女衒《ぜげん》でも始めたのか、きさまは女で食うほどおちぶれたのか、と喚くのが聞えた。 「なにさ、あのさんぴんは」と、お豊は立停った。 「いいよ、酒乱なんだ」云わせておけ、と幹太郎はお豊に云い『島屋』の店へはいった。  店には誰もいなかった。  いま三人を送りだして、みんな奥へひっこんだところらしい。幹太郎は二度、三度、声をあげて呼んだ。すぐ右手にある帳場にも人のいるようすはなく、どこかで、はたきをかける音が聞えた。 「もっと、大きな声じゃなければだめよ」  お豊がそう云い、自分で大きく叫んだ。  すると向うの階段の上で答える声がし、ばたばたと人がおりて来た。お千代という若い女中で、幹太郎を見ると、 「まあしばらく」とにこにこ笑った。しかし、幹太郎が「あがってもいいか」と訊くと、突然なにか思いだしたようすで「いま、お杉ねえさんを呼んで来ます」と云い、はたきを持ったまま、ばたばたと奥へ走っていった。 「あんた大丈夫なの」  と、お豊が囁《ささや》いた。  幸坊も不安そうに、片手でお豊の袂を掴《つか》みながら、あたりを眺めまわした。おそらく女あるじと相談でもしていたのだろう、ややしばらくして女中頭のお杉が出て来た。 「いらっしゃいまし、しばらくでございますね」  お杉は挨拶をしながら、無遠慮に幹太郎のみなりを見、それからお豊と幸坊を見た。  ――おれのことを聞いたな。  淵辺道場から放逐されたことを聞いているに違いない、幹太郎は屈辱で躯がふるえた。かつて「こんどお一人でいらっしゃいな」と幾たびも囁いたときのあの親しみや好意は、いまの彼女からは微塵《みじん》も感じることができなかった。けれどもほかに当てはない。幹太郎は彼女に頼んだ。  秋田平八に預けた物がある。それを取って来るまでこの二人を置いてもらいたい。夕方までには必ず戻るから、と幹太郎は云った。お杉はしぶった。お豊や幸坊をちらちらと見やりながら「困りましたね」と眉をしかめ、今日は日本橋のほうの旦那がたの寄合があるので、どの座敷も塞《ふさ》がっている、平手さんのことだからなんとか都合したいが、今日だけはぐあいが悪いのだとお杉は云った。  ――これが人情というものか。  幹太郎は「出ちまえ」と思った。  だがお豊は狙われている。また三平たちにみつかっては面倒だ。そう気がつき、恥ずかしさを忍んで頼んだ。  座敷でなくてもいい、蒲団部屋でもなんでも、ただ半日だけ置いてくれればいい、食事もみんなと同じもので結構だし決して迷惑はかけない、と幹太郎は云った。お杉はようやく承知した。さすがに、それでもだめだとは断われなかったのであろう、「では汚ない部屋でよければ」と頷いた。 「では頼んだからね」幹太郎は、ほっとして、お豊に云った、「私は日の昏《く》れるまえに戻る、長は裏へいって、足を洗ってからあがるんだ、おとなしくするんだぞ、いいか」  幸坊はこくっと頷いた。  お豊はこころぼそげに、肩をすぼめながら幹太郎を見た。彼は「大丈夫だ」と微笑し、きっと昏れがたまでに戻ると云って、逃げるように外へ出ていった。  ――怒るな、向うだってしょうばいだ。  と、幹太郎は自分に云った。  道場にいるときとは違う、こんなにおちぶれた恰好で、おまけに(みなりの悪いのを)二人も伴れている。しょうばいとなれば、こころよく迎える筈はない。道場にいたとき親切にしたのはいい客だったからだろう。それを自分だけ特に好かれている、と思ったのは、うぬ惚《ぼ》れだ、こう思って彼は唇を歪《ゆが》めた。 「みんな、なりわいだ、こいつを忘れるな」と、幹太郎は呟いた、「淵辺十左がおれを逐《お》いだしたのも、おれのあみだした手が自分の流儀の邪魔になるからだ、これ以上おれの腕があがったら、自分がやってゆけなくなると思ったからだ」  みんな、それぞれが生きてゆくためだ。幹太郎は自分を説きふせるようにそう思い、そう思うことによって、「生きゆく」ということの困難さにふさがれたような、重苦しい気分におそわれた。  まったく一銭もないので、神田の旅籠町まで歩きとおした。  旅籠町へはいって『山源』を訊こうとしていると、うしろから名を呼ばれた。振返ってみると秋田平八であった。 「ようやく来る気になったね」  平八は不自由な片足を曳《ひ》き曳《ひ》き、明るく笑いながら、こっちへ近づいて来た。 「いい話があるんだ、待ってたんだよ」 [#6字下げ]五[#「五」は中見出し]  幹太郎は夜の十時を過ぎてから亀戸へ戻った。  もう『島屋』は寝ていた。  表も雨戸が閉っているし、脇の勝手口《あがりぐち》へゆく木戸にも鍵《かぎ》が掛っていた。道のまん中へ出て見あげたが、二階も戸が閉っていて、客のいるらしいけはいもなく、しんかんと寝しずまっていた。  彼はまた軒先へはいり、雨戸を静かに叩いた。  ――おうよちよちと爪で戸を叩き  川柳点《せんりゅうてん》にそういう句がある。  夜半に乳貰いにいった父親が、赤児をあやしながら、時刻がおそいので寝ている先方に遠慮をし、拳《こぶし》ではなく、指の爪先でそっと戸を叩くというのであろう。――その哀《かな》しい姿を幹太郎はいま自分の身にひき比べ、やりきれなくなって乱暴に叩き続けた。  やがて家の中で返辞が聞え、戸の隙間から灯の色が見えた。 「平手だ、平手幹太郎だ」彼は殆んどどなった。  くぐりがあいて「どうぞ」という、お杉の声がした。彼女はまだちゃんと着物を着ていたし、その息は酒臭かった。幹太郎がはいると、あとを閉めながら「日の昏れまでに戻るって云ったくせに」と口の中で聞えよがしに呟いた。 「済まなかったな」と、幹太郎は云った、「二人はどこにいる」  お杉は「こっちです」と云い、あがり框《がまち》に置いた手燭《てしょく》を持って、先に歩きだした。  二人は本当に蒲団部屋にいた。  そこは階下の女中部屋と、家人たちの厠《かわや》に挾《はさ》まれていて、昼でも陽のさすことはないし、壁をとおして厠の匂いのするような、陰気でじめじめした部屋であった。  畳は三畳敷きだが、蒲団が積んであるため、まん中に二畳ぐらいしか空いていない。お豊と幸坊とは(着たなりで)一枚の古蒲団にくるまったまま、ごろ寝をしていた。  お杉が「行灯《あんどん》をいれますか」と訊いた。 「部屋を替えてくれ」と、幹太郎は云った、「いくらなんでも、これじゃあひどい、いまじぶん店を閉めるくらいだから、ほかの座敷がぜんぶ塞がっているわけでもないだろう」 「大きな声をしないで下さい」 「なんだって」 「蒲団部屋でいいと云ったのはあなたじゃありませんか」  お杉の甲高い刺すような声に、幹太郎は、がまんを切らした。しかし、彼が叫びだすより先に、お豊がはね起きて「平手さん」と呼びかけ、片手で幹太郎の袂をつかんだ。 「よして、平手さん、ここで結構よ」と、お豊が云った、「寝られるだけでも有難いじゃないの、ねえさん済みません、もう行灯は要りませんわ」 「しかしこれでは、おれの寝るところがないよ」 「いいじゃないの、幸坊を挾んで寝ましょうよ。そのほうが温かくていいわ」  お豊は作り声で、 「ねえさんもう結構、済みませんでしたわね」と、お杉に云った。  お杉は黙って、いかにも邪慳《じゃけん》に、廊下を去り、二階へあがっていった。部屋はまっ暗になった。 「寝ましょう、平手さん」お豊が彼の手を握った。 「済まなかった、こんなことをされようとは思わなかったんだ、堪忍してくれ」 「もうたくさん、そんなことわかってるわよ」とお豊は彼の手をひきよせ「ここへおはいんなさいよ」と云って、蒲団の端を捲った。  彼は「まあ待て」と云った、「いい話があるんだ」 「寝て話せばいいわ」 「おれは扶持《ふち》にありついたんだ」と、幹太郎は云った、「今日はもと道場で友達だった、秋田平八という男に会ったのだが、仙台藩の品川屋敷で師範を捜している、扶持はごく少ないが、いまいる正師範がやめれば、五|石《こく》くらいにはあがるらしい」  お豊は彼の手を片方で握ったまま、片方の手でやさしく愛撫《あいぶ》した。お豊の手は熱くて、握り合わせたほうは、じっとり汗ばんでいた。  幹太郎の生国は陸前《りくぜん》のくに桃生郡《ものうごおり》で、伊達家《だてけ》の領分に属してるのが好都合であった。  伊達家には北辰《ほくしん》一刀流の千葉周作が出稽古をしているが、本邸と品川とに、常雇いの師範が置いてある。品川下屋敷には、佐藤市郎兵衛というのがいるが、もう年が六十七歳で、稽古にも精彩がなくなった。そこで、名目《めいもく》は佐藤の代師範ということで、扶持も三人扶持という低額なものであるが、佐藤はまもなく辞職するらしいし、そうなれば待遇もよくなる、仮にいちじ凌《しの》ぎとしてでもどうか、と平八にすすめられたのであった。 「よければ支度金も五両もらえるというので、おれは即座に承知して来た」 「よかったわね」と、お豊は云った。 「でもあたしは淋しいわ」 「どうして……」 「どうしてでも……ねえ」  お豊は「もう話をやめて寝ましょう」と云い、突然、力まかせに彼を引きよせた。  あんまりの突然だったので、幹太郎は彼女のほうへのめった。すると、お豊は両手で彼の躯に絡《から》みつき、両方の手で彼の頸《くび》をはさんだ。そして、さらにすばやく、幹太郎の唇へぴったりと自分の唇を押しつけた。  幹太郎は強引に顔を反らせた。 「お願い、お願いよ」と、お豊は喘ぎ、幹太郎の頬へ、額へと、ところ構わず唇を押しつけながら、手と足で彼を緊めつけ、そうして狂ったような声で囁いた。これが最後だから、あした別れてしまえば、この世で二度と会えないのだから、ねえ平手さん、ごしょう一生、たったいちど、お願いよ、とお豊は喘いだ。 「待て、それは思い違いだ」  幹太郎は彼女の両手を掴み、それを左右にひらいて押えつけると、半身を起こして彼女の上へ(暴れることのできないように)のしかかった。幸坊は身動きもしなかった。おそらく眼をさましているのだろうが、じっと蒲団にくるまったまま息をひそめていた。 「よくお聞き、お豊、私はおまえたちと別れやしない、そんなことはないんだ」と、彼は喘ぎながらいった。 「それは、いっしょに住むことはできない、私は下屋敷のお小屋に寝泊りをする、けれども、半月にいちどずつは、泊りに帰るんだ」  硬く緊張していた、お豊の躯から、そのときすっと、力のぬけてゆくのが、感じられた。 「私は支度金の中から、おまえたち二人の住む家を借りる、それまでは、さっき話した友達の、知り合いの家に置いてもらうことにして来た、わかるか」  お豊は静かに泣きだした。  幹太郎は彼女からはなれ「三人で立直ろう」といった。 「私もしっかりやる、おまえも女ひととおりの稽古事を始めようし、幸坊も世間なみの子供らしく育てよう、わかるな」  闇の中で顔は見えなかった。しかし、幹太郎は手さぐりでお豊の手を握った。――お豊はあまく、酔ったように、忍び泣いていた。 [#3字下げ]新粧[#「新粧」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  三月中旬の或日――  淵辺道場《ふちのべどうじょう》の秋田平八のところへ女の客が訪ねて来た。 「会えばわかるといって、名前を云わないんです」  少年の村上小次郎がにやにやしながら云った、「どうなさいますか」 「だらしのない顔をするな、口をむすべ」  と、平八は叱った。  ――お豊だな。  彼はそう思った。訪ねて来て名を告げない、しかし女客とすれば、ほかに思い当る者はなかった。彼は「内接待《うちせったい》へとおしておけ」と云い、やりかけの事務を続けた。  この道場で『内接待』というのは、門人たち用の客間のことで、脇玄関のすぐ次にあった。  事務にひと区切りつけて、平八がその座敷へはいってゆくと、旅姿の娘が一人、脇に小さな荷包を置いて坐っていた。 「私がおたずねの秋田平八です」と彼は坐って云った。  見知らぬ娘は顔をあげた。極めて色が白く、肌のこまやかな瓜実顔《うりざねがお》で、薄くひき緊った唇が紅をさしたように赤く、黒眼の大きな双眸《そうぼう》は、いかにも賢そうな、澄んだ光を湛《たた》えていた。  ――どこかで見た顔だな。  平八はそう思った。 「わたくし平手幹太郎の妹でございます」と、娘は云った。  平八はああと声をあげ「ではかやさんですね」と云った。娘はそうだと頷《うなず》き、自分の名を知っていてくれたことが、さも嬉しいというように、眼と唇とで微笑した。 「平手からいつも聞いていたんですよ」と、平八も微笑した、「もう一人のつやさんという妹さんは、たしかまだ十三だったでしょう、だから貴女《あなた》は、かやさんだと思ったんです」 「妹は十四になりました」 「ああそうか、年が明けましたからね」と、平八は笑った。  一人で来たのですか、と平八が訊《き》くと、商用で江戸へ来る知人があって、その人といっしょに来た、とかやは答えた。なにか用があったのですか。はい、兄に会いたいと思いまして。平手が此処《ここ》にいないことは御存じでしょう。はい、いちど手紙がまいりました。では伊達家へはいったことは、と平八が訊いた。かやはかぶりを振った。 「事情があって道場を出た、住居《すまい》が定まったら知らせる、という手紙がまいったきりでございます」 「それで私を訪ねて来られたんですね」 「はい、じつは父が急に亡くなったものですから」 「お父上が――」 「この正月の二十三日でございました」と、かやは顔を俯向《うつむ》けた。  かれらの父の弥七郎は、その朝はやく、瀬越《せごし》九郎兵衛という旅の剣客と、庭さきで木剣試合をした。もちろん型をこころみたのであるが、その中途でとつぜん吐血をし、あっというまに死んでしまった。医者は「心臓が弱っていたところへ過激なことをしたからだ」と、診断したそうである。  試合のあやまちではなかったのか、と平八が訊いた。そしてその瀬越という人はどういう人ですか。父が伴《つ》れて来て、五日ばかり泊っていました。刀法修行の旅をしているというほかに、わたくしたちはなにも存じません。けれど父の急死がその人のためでないことは慥《たし》かだと思います、とかやは云った。  だが、弥七郎が死んだために、借財の取立てがきびしくなり、家屋敷も土地も残らず取られそうである。それで母ではどうにもならないから、兄にいちど、ぜひ帰って来てもらいたい、とかやは云うのであった。  ――困ったことになった。  平八は当惑した。 「じつはこの二月から、平手は伊達家の下屋敷の道場へ助教にはいったのです、師範はいるのですが、老齢のために役に立たない、平手が一人で稽古をつけているんです」 「それで――」 「そういうわけで、まだはいったばかりでもあるし、稽古をぬけるわけにはゆかないだろうし、彼もちょっと困ると思うんです」 「でも――ほかのことではなく父が死んだのですから」  かやは平八を縋《すが》るように見た。  平八は頷いた。慥かにそのとおりである、だが平手の帰国が許されるとは思えない。伊達家ではおそらく他《ほか》から人を雇うだろう。扶持《ふち》を与え始めてから一と月そこそこだし、稽古をやめて待つほどの好意をもつまい。おまけに人は余っている。伊達ほどの大藩が求めるといえば、いくらでも即座に集まるに相違ない――平八はこう思った。 「とにかく」と、彼は云った、「下屋敷は品川のさきで遠すぎますから、私がいって平手に話すことにしましょう」 「わたくしでは、いけないのでしょうか」 「ところが遠すぎるし、話の都合で平手を伴れて来ます、そのほうが好便《こうびん》ですから」  平八はそう云うと、すぐに座を立った。  彼は親類の者が来たからといって、外出の許しを乞い、かやといっしょに道場を出た。  四辻《よつつじ》のところまで、駕籠《かご》をひろいにゆく途中、かやは平八の足を見て「どうなすったのか」ときいた。そのときの気遣わしげな眼の色と、いかにもいたわしそうな表情とは、平八の心に強くあたたかく、そして深い印象を与えた。彼はそうなった理由を語りながら、彼女から与えられる印象に感動し、一種の幸福感に包まれるように思った。 「兄もよく秋田さまのことを手紙に書いてくれました」と、かやが柔らかい声で云った。そして「ですから」とちょっと云いよどんだが、すぐにまた、平八を見ながら続けた。 「ですから、秋田さまのことは詳しく存じていましたし、おめにかかったとき、やっぱり想像したとおりの方だったので、ちょっとびっくり致しましたけれど、でも……おみ足のことは、兄がいちども書いてくれませんので、わたくし少しも存じませんでした」 「私のことをそんなに書いたんですか」と、平八もかやを見た。  かやは「はい」と云って、ふと頬を染めた。平八は自分の動悸《どうき》が高くなるのを感じた。かやは戸惑いしたように「どちらへまいるのですか」と、話を変えた。  神田にこころやすい家がある、そこで待っていて下さい、と平八が云った。  駕籠で、旅籠町の『山源』へゆき、そこへかやを預けてから、平八はまた駕籠をひろって品川へ向った。 「ふしぎだ、ふしぎな気持だ」と、彼は駕籠の中で呟《つぶや》いた、「こんな気持は初めてだ」  平八は眼をつむった。  あたたかな、深い幸福感が(いまははっきりと)彼を包むようであった。彼は眼をあけたりつむったりしながら、あまやかな気持で、ずっとものおもいに耽《ふけ》っていた。  伊達家の下屋敷は、品川の宿《しゅく》を出はずれた荏原郡《えばらごおり》大井村《おおいむら》にある。その門前へ近づいたとき、駕籠舁《かごか》きが「旦那、伊達さまのお屋敷になにかありますぜ」と云った。  平八は駕籠の垂れをあげ、向うを見るなり「おい、おろしてくれ」と云った。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  秋田平八は駕籠から出て、駄賃を払い、いそぎ足に、下屋敷のほうへいった。  表門の中からとびだして来た(伊達家の)侍たちが十四五人邸内のほうに向って輪をつくり、なにか声高《こわだか》に喚いたり、手を振ったりしていた。  ――なにごとだろう。  道の片方は竹藪《たけやぶ》と雑木林《ぞうきばやし》で、疎《まば》らに酒屋とか、八百屋、雑貨屋などが並んでいる。それらの家の軒先にも、人が出て、その騒ぎを眺めていた。  平八が十二三間のところまで近よったとき、門前の侍たちがさっと崩れたち、邸内から一人の侍が走り出て来た。  その侍は抜刀を持っていた。  彼は道の左右を見、それから抜刀をふりあげ、坂道(平八のいる)のほうへと、走りだした。しかしそのとき、稽古着のままの平手がとびだして来、六尺棒を持って、その侍の前に立塞《たちふさ》がった。 「どけ、邪魔をするな」と、その侍が叫んだ、「どかぬと斬るぞ」「お戻りなさい」と幹太郎が叫び返した、「どうせ逃げられはしない、みれんなまねはおよしなさい」  その侍は歯をむきだした。  幹太郎は棒を斜めに構えた。侍は絶叫し、刀を脇から上段へもってゆき、大きく踏みこみながら斬りおろした。平八の眼にはそう見えた。しかし、上段へもっていって斬りおろしたとみた刀は、三転して――たぶん燕返《つばめがえ》しとでもいうのだろう、ぎらっと逆に返ったとみるや、幹太郎の棒をほぼ半ばから切断した。  かっ! という音と、切れて飛ぶ棒の半分が見え、築地塀《ついじべい》の武者窓の下へ、幹太郎の追い詰められるのが見えた。  ――あ、平手。  と、思わず平八は前へ出た。  幹太郎は棒の半分を青眼に構え、背中は殆んど築地塀にふれていた。頭上すれすれに、格子の嵌《はま》った武者窓があり、その侍の刀は三尺ほどの間隔で、幹太郎の胸さきに突きつけられていた。  伊達家の他の侍たちは、これを遠巻きにしたまま、一人として、幹太郎に助勢しようとはしなかった。  ――この足、この足が……。  と、秋田平八は歯噛《はが》みをした。  足が不自由でなかったら、どうにかできる。この足が使えたら、そう思うと胸が沸き返るようだった。せめて声でもかけてやりたいが、声をかけて幹太郎が眼でもそらせば、相手の刀は幹太郎の胸を即座に刺しとおすだろう。その侍は(明らかに)相当な腕をもっている。あの刀さばきは凡手では不可能だ。  ――平手、あせるな。  と、平八は心のなかで叫んだ。  幹太郎は微動もしない。その侍も動かなかった。およそ呼吸十五ばかり、二人は睨《にら》みあったまま機を計っていたが、突然、両者の口から叫び声があがり、幹太郎が体《たい》を沈め、侍が突きを入れた。そして幹太郎は脇へとびのき、その侍はがくんと頭を仰向けに振り、築地塀へのめりかかったが、そのままずるずると塀に凭《もた》れたまま横に倒れた。  築地塀には(突き刺さって)折れた刀が残って、冷たい光を放っていた。  遠巻きにしていた他の侍たちは、にわかにざわめきたち、倒れた侍のほうへより集まった。 「平手――」  平八は幹太郎のそばへいった。  幹太郎は稽古着の袖で、顔の汗を拭きながら振返った。彼の額はまだ蒼《あお》く肩で息をしていた。 「胸を突きやぶられた」と侍たちが云いあっていた、「着物越しに突きとおった、即死だ、あの棒で、すさまじいな」などと云うのが聞えた。  幹太郎は侍たちの一人になにか断わり、「お小屋にいるから」と云って、平八に頷き、門のほうへ歩きだした。  門をはいってすぐ右にゆき、生垣《いけがき》についてまわると、材木を置く木小屋があり、そのさきに、車井戸を挾んで小さな家士住宅が並んでいた。幹太郎はその一軒に平八を案内し、まず「ちょっと汗をながして来る」と、着物を持って厨《くりや》へいった。 「いまの騒ぎはなんだ」  部屋の中を見まわしながら、平八が訊いた。幹太郎は厨から「わけはよく知らないが、刃傷沙汰《にんじょうざた》だ」と答えた。いまの侍が同僚を一人斬り、これは即死らしいが、止めにはいった二人に傷を負わせた。なんとかしてくれ、と道場へ知らせに来たので出ていったんだ。しかし、と平八が云った、「かなり腕の立つ男らしかったな」うん、と、幹太郎が云った。 「菱川《ひしかわ》なにがしといって、この下屋敷では第一のつかい手なんだ」  そうらしいな、あの塀へ追い詰められたときは、見ていてどきっとしたよ。うん、相当なもんだ、と幹太郎が云った。 「少しまえに本邸から移って来た男で、本邸では千葉周作に仕込まれたそうだがね、おかげで北辰一刀流の手を見たように思う」そして、なにか用があるのか、と訊いた。 「まあ坐ってから話そう」と、平八は答えた。  部屋は六畳二つに玄関が三畳。ほんの一坪の庭に面した六畳は床の間付きであるが、古ぼけた茶箪笥《ちゃだんす》と火鉢、炭取などのほかには、家具らしい物はなにもなく、床の間には刀架《かたなかけ》があるだけだった。 「いま火だねを貰って来る」 「茶ならたくさんだ、それより道場のほうはいいのか」 「道場のほうは断わった」  そう云いながら、幹太郎が厨から出て来て、平八と向きあって坐った。  彼はやや肥えていた。血気もよく、ひき緊った肥えかたで『山源』で会ったときからみると、人が違ったかと思うくらい、健康と精気に満ちた感じだった。 「あのときの女や子供はどうしている」と、平八が訊いた。  芝の金杉橋の近くにいる、と幹太郎は答えた。恩のある女だから、堅気《かたぎ》になるまで面倒はみてやるつもりだ。うん、その話は聞いたよ、と平八が云った。しかし、二人の生活をみるのはたいへんじゃないか。なに、どうにかなるさ。ときどきゆくのか。うん、月に二度、稽古休みがあるから……そう云って、もうこの話はよそう、とでもいいたげに「用事はなんだ」と平八を見た。  平八はわけを話した。  幹太郎は「あ」といった。平八はかやから聞いたことをすべて話し、そのあとで「いま帰国することは無理だと思う」という、自分の意見も述べた。  幹太郎は黙って頭《こうべ》を垂れた。 「父の一生は失意に終った」と、彼は呟くように云った。 「剣士になろうとして、家も妻子も忘れて修行したが、ついに故山《こざん》へ帰って鍬《くわ》を握り、自分の夢をこのおれに托《たく》した、おれには父の胸中がよくわかった、一日も早く一流の剣士になって、父によろこんでもらおうと思った、しかし、もうそのときは来ない」 「旅の修行者と試合をしながら亡くなったというのは、いかにも御尊父らしいと思う」 「父は純粋な人だった」と、幹太郎は云った、「才能はなかったかもしれないが、純粋に刀法へうちこみ、刀法のほかにはなんにも眼もくれなかった、おれは、まだ死なせたくなかった、もう少し生きていてもらいたかったよ」  彼の眼から激しく涙がこぼれ落ちた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  玄関に人の声がしたのを、二人は気がつかなかった。 「先生、平手先生」と、玄関で高く呼んだ。  幹太郎は答えながら立った。道場の監事をしている白川久三郎で、 「遠藤老職が呼んでいる」という知らせだった。 「すぐにですか」 「だと思いますね」と、久三郎が云った、「よろしければ、私が案内します」 「では暫《しばら》く」  幹太郎は戻って、平八にその旨を告げ「待っていてくれ」と云った。いいとも、と平八は頷いた。いまの件についてだな。うん、たぶんそうだろうと云いながら、幹太郎は納戸から袴《はかま》を出してはいた。 「遠藤とはどういう人だ」 「この下屋敷の年寄役だ、名は帯刀《たてわき》と云って、なかなか頑固でむずかしいじいさんだよ」 「いい話に相違ないぞ」 「どうだかな」  幹太郎は顔をそむけた。  平八も口をつぐんだ。去年十二月の「おさめ試合」のときのことを思いだしたのである。幹太郎が筆頭代師範まで勝ちぬいて、まちがいなく出頭と思い「おめでとう」と祝った。幹太郎も「捕らぬ狸《たぬき》の皮算用はよそう」といいながら、むろんそれを期待していた。ところが実際はまったく逆で、彼は淵辺道場を追われる結果になった。いま平八が「いい話だぞ」と云ったとき、幹太郎もそれを思いだしたのであろう。顔をそむけた彼の態度で、平八もそのことに気づき、なにやら悪い前兆のように感じて、口をつぐんだのであった。  出て行った幹太郎は、四|半刻《はんとき》[#1段階小さな文字](三十分)[#小さな文字終わり]あまりで戻った。 「済まなかった」  幹太郎の声は明るかった。  平八は不吉な予感に捕えられていたので、幹太郎の明るく力のある声を聞いてほっとした。幹太郎は微笑さえしていた。 「秋田のいったとおりだ」と、彼はすわりながら云った。 「菱川を逃がせば藩の面目にもかかわり、あとにいろいろ面倒が残る、よくやってくれた、と云って上機嫌だった」 「それだけか」 「うん、まあそうだ」  幹太郎はあいまいに言葉をそらした。  ――なにかもっと具体的な話があったな。  そう思ったが、平八はそのことには触れず、坐り直して、「じつは」と話を戻した、「これは、私が単純に考えたことなんだが、どうだろう、御尊父が亡くなられたのを機会に、御家族をこちらへよんであげたらと思うのだが」 「それは無理だ」と、強く云って、幹太郎は自分で慌てた。赤くなりながらその意味を弁明した。  父が亡くなっても、残った田地で、田舎なら三人は食ってゆける。江戸は諸式が高いから、いまの自分の扶持では、とうてい満足な生活はさせてやれない。不自由だろうが、もう少しのあいだ田舎にいてもらうよりしかたがない、と云うのであった。  平八は不審そうな眼で彼を見まもった。  ――お豊や幸坊をやしなっているのに、家族を呼べないというのはどういうことだ。  と、思ったのである。 「しかし――」  と、平八は云った。 「もしあれなら、金杉にいるという二人のことは、私がなんとか考えてもいいぜ」 「なんとかとは」 「お豊という女は――私はいちど会っただけでよくわからないが、水しょうばいをしていたらしいじゃないか、よければ『山源』に頼んで、女中に使ってもらうという法もある」 「それは、できない」  幹太郎は首を振った。  他人には理解できないかもしれないが、お豊から受けた恩は大きい、と幹太郎は云った。単に飢《うえ》を救われただけでなく病中の面倒までみてもらった。それも楽な生活をしているわけではなく、お豊は料理茶屋のかよい女中で稼《かせ》いでいた。年もゆかない娘が、そんな稼ぎをしながら男一人を救ってくれたのである。また、お豊をくいものにしようと覘《ねら》っている男たちが数人いるから『山源』のような店で働いていればその男たちにみつかって、伴れ戻される危険もあるだろう。自分としてはお豊を堅気な女に立直らせ、まともな生活のできるようにするか、適当な相手と結婚させるか、どちらかにおちつくまで世話をするつもりだ、と幹太郎は云いきった。  ――彼はお豊を好いているな。  平八はそう思った。  幹太郎の言葉には、単に「恩を返す」というだけでなく、もうひとつ、強い愛情が含まれていた。彼はお豊を愛している。平八はそう直感し、いまは好きなようにさせておくよりしかたがあるまい、と思った。 「ではかやさんをどうする」 「ここへよこしてくれ」と、幹太郎は云った、「いちど会って、それから国へ帰らせよう、話せば妹もわかってくれるだろう」 「いま『山源』にいるのだが、出て来るわけにはいかないか」  幹太郎は「出られない」と首を振り、それから平八を見た。 「家族を江戸へ呼ぶというのは、妹が云いだしたのか」 「いや、いやそうじゃない」  平八は眼をそらし「自分の思いつきだ」と云った。そう云いながら、平八はふと自分にうしろめたさを感じた。  ――平手のことを臆測したが、自分もかやを好きになり、かやに身近にいてもらいたいために、あんなことを云ったのではないか。  こう反省したのであった。 「ではそうしよう」  これから帰ってかやさんをこちらへよこそう、だが帰国されるようなら、自分が二日ばかり暇をもらって、江戸見物をさせてあげたい。なお、なにか相談することがあったら、使いをくれればすぐに来るから、そう云って平八は立ちあがった。 「面倒ばかりかけて、済まない」と、幹太郎は低頭した。  平八は微笑しながら「よしてくれ、お互いさまだよ」と云った。  幹太郎は道場から少年を伴れて来、坂の下へいって駕籠を呼んで来るように命じた。それから平八を門の外まで送って駕籠が見えなくなるまで見送った。  その午後になってかやが来た。  幹太郎は係りへ届け、自分の住居へいれておいて、その日の稽古を済ませたのち、夕食をともにし、夜の更けるまで語りあった。  ――父が死んだのに、帰りたくても帰れない、という事情を、かやはよく了解した。おそらく秋田平八から云い含められたのであろう、土地や家屋敷まで借財のために取られそうだ、ということは話さなかった。 「もし必要なら、残った山林のほうは売ってもいいだろう」と、幹太郎は云った。 「ええ、なんとか致します」  かやは俯向いて「母と相談してどうともするから、そんなことは心配しなくてもいい」と云い、弱よわしく微笑した。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  かやは、二た晩だけ泊って帰った。  商用で来たという伴れは、同じ村にいる父の碁敵《ごがたき》だそうで年は六十歳。江戸に五日滞在して、国へ帰る。かやもそのとき同行する約束であるが、そのまえに、秋田平八が江戸見物の案内をするということで、旅籠《はたご》町の『山源』へ戻ったのであった。  ――秋田ならいい。  平八なら、妹を預けても、大丈夫だ。そう思って、幹太郎は好きなようにさせた。  四日めに妹から手紙が来た。  ――秋田さまに、楽しく江戸見物をさせてもらった。  という書きだしで、家のほうの問題についても、いろいろ心配をかけたし、力になってもらったから、会ったときよく礼を云ってくれるように、また、久しぶりで兄上の元気なようすを見ることができてうれしかった、という意味の文面であった。  ――家のほうのことも心配をかけ、力になってもらった。  幹太郎はその文句が気にかかった。  かやが、じつは(平八に口止めをされたからであるが)詳しいことを話さなかったので、父の死後、借財のために土地や家屋敷まで取られそうになっているという事情は知らなかったのである。 「家のほうの問題とは借財のことだろう」  彼はそう呟いた。そのくらいの見当はついたが、それほど切迫しているということは、想像がつかなかった。 「まあいい、よほど困ればそういって来るだろう」  そう呟いて、彼は妹の手紙を巻いた。  その月の末――  師範の佐藤市郎兵衛が辞任し、幹太郎が正師範になった。  市郎兵衛が老齢であったからでもあるが、幹太郎が菱川なにがし(菱川重兵衛といい大番頭を勤めていたという)を仕止めたことで、交代が早くなったもののようであった。  品川屋敷の道場は十日と二十五日が稽古休みであった。  正師範の任命は二十七日で、三日間の休暇がさがったから、幹太郎は『山源』へいって、秋田平八に使いを出した。  平八は「少しおくれる」という返辞をよこし、午後五時すぎに駕籠で来た。 「今日は祝ってもらうことがあるんだ」  幹太郎は平八の顔を見るなり云った。  平八はすぐ察したらしく「師範になったんだな」と云った。 「まあ坐ってくれ」と幹太郎は、平八に上座を示した。そこには、すでに席が設けてあり、二人が坐るとすぐに、酒肴《しゅこう》の膳がはこばれた。 「今日は私も一と口だけ飲もう」と、幹太郎も盃《さかずき》を取った。  坐ろうとした女中を断わり、二人だけで一|刻《とき》ばかり話した。幹太郎は飲まないので、平八に酌をしながら、まず妹が世話になった礼を述べ、それから、正師範にあげられたこと「二十五両三人扶持」もらえること、お小屋をひきはらって、道場附属の住居に移れること、などを語った。 「少し薄給のようだな」と、平八は云った。 「二十五両三人扶持とは、大藩にしては案外、けちじゃないか」 「いや、ほかに幾らか手当が出るらしいよ」と、幹太郎は云った。 「そうでなくっても、私には充分だ、まだ正式に免許を取っていないんだし、いつまでも二十五両三人扶持というわけでもないだろうからね」 「それはそうだ」 「もう一つ――これは云わないほうがいいんだが」と、幹太郎は云った、「秋になると本邸で総試合がある。年に一度きまってやるらしいが、本邸のほうは千葉周作が指導している、そこでおれの念流と、北辰一刀流とを比べてみたいんだ」 「千葉周作とやるつもりか」 「それはむろん不可能さ、だがおれのくふうした技《わざ》をみっちり仕込んで、北辰一刀流にぶっつけてみるんだ、いま三人ばかり有望なやつがいるからね」  幹太郎は眼を耀《かが》やかせた。 「藩公が在府のときは、臨席するそうだが、そんなことより、おれは千葉周作に舌を巻かせてみたいんだよ」 「いいだろうね――」と、平八が穏やかに云った、「しかしあまり無理をしないように頼むよ」 「まあ見ていてくれ」と、幹太郎は云った、「おれにそう云うだけの自信があるんだ」 「むろんそうだろうがね」  しかし自重するように、と平八は繰り返して云った。  幹太郎は平八といっしょに『山源』から駕籠で別れ、そのまま芝の金杉三丁目にある、お豊の家へいった。  そこは本通りから浜手へぬける横丁で五戸建ての長屋造りではあるが、格子戸をはいったところが三畳、ほかに六畳と四畳半という間取りで、すぐ裏に井戸があった。  本通りの角で駕籠をおりた幹太郎が、横へ曲ってゆくと、近所の子供たちと遊んでいた幸坊がみつけ、「お、平手さんのおじさん」と走って来た。 「幸坊の長《ちょう》か」  幹太郎が云った。  幸坊は走りよろうとしたが、なにを思ったかふいに立停り「ねえちゃんにそう云って来る」と云いざま、ひどく慌てて駈けだした。  お豊は格子戸のところまで出迎えていた。 「お帰んなさい」と云って、お豊は彼から刀を受取り、六畳へはいりながら「どうなすったの」と訊いた。二十五日に来なかったことをいうらしい。幹太郎は「いい知らせがあるんだ」と云って、座蒲団を長火鉢の前からはなして坐った。  しかし、坐るとたん、その座蒲団に、いままで人が坐っていたかのような、ほのかなぬくみのあるのが感じられた。  長火鉢のそこは彼の席であり、その座蒲団は彼の専用のものであった。お豊のは向う側にあるが、彼女は座蒲団が嫌いで、自分のがあっても敷いて坐ったことはなかった。 「誰か来ていたのか」と、幹太郎が訊いた。 「いいえ、どうして」と、お豊は振向いた。  きれいに澄んだ眸《ひとみ》にも、薄く化粧をした顔つきにも、なにか隠しているような感じはまったくなかった、幹太郎は「いやなんでもない」と首を振り「夜になってから幸坊を外で遊ばせないほうがいいな」と云った。ええ、そういって叱るんですけれど、と、お豊が茶の支度をしながら云った。この辺は九時ごろまで子供を外で遊ばせるから、幸坊だけ云ってもなかなかきかない。「それでもこっちへ来てからよくなったほうよ」と云った。  幹太郎は正師範になったことを話した。 「まあ――」と、お豊は眼をみはった。 「すごいじゃないの、一と月に二十五両も下さるの」 「一と月じゃない一年にだ」 「一年に――」と、お豊はがっかりしたような顔をした。 [#6字下げ]五[#「五」は中見出し]  幹太郎はちがった意味で失望しながら、「月づきの手当が、べつに少し出るらしい」と云った。 「もちろん、たいしたことではないだろうがね、しかし、それだけあれば、僅かずつでも、故郷へ送ることができると思う」 「それはそうね」 「もちろん、倹約してのはなしだがね」 「それはそうよ」と、お豊は立ちあがった、「とにかくお祝いに一杯飲みましょう、いそいでなにか、みつくろって来るわ」 「私は、いいんだぜ」  自分は済ませて来た、と云おうとしたが、お豊は聞きながしにし、「お勝手が汚れているから見ないでね」と云って出ていった。 「――まあいいさ」と、幹太郎は独り言を云った。  二十五両が一と月分でなく、一年分だと聞いたときの(お豊の)あからさまにがっかりした顔が、幹太郎にかなしい失望を与えた。それはたいした報酬ではないかもしれない。特に故郷の家へ補助しなければならないのだから、にわかに生活が楽になるわけではない。  ――だが、せめて正師範にあげられたことだけでも、よろこんでもらいたかった。  正直にいって、それが幹太郎を失望させたし、不満でもあり、かなしかった。 「まあいいさ、お豊は育ちが違うんだ、お豊のように暮して来た者に、金がなにより頼りだということはやむを得ないかもしれない」  彼はそう呟いて、自分をなだめた。  お豊が出てゆくと、すぐに、幸坊が帰って来た。幹太郎は(『山源』での)ほんのひと口の酒が、まだきいているとみえ、体がだるいし喉《のど》が渇いていた。 「夜遊びをしてはだめだな」と、幹太郎は幸坊に云った。  幸坊は「うん」と頷いたが、悪かったという顔ではなく、なにかもの云いたげな眼つきだった。 「寺小屋へは、きちんとかよっているか」 「うん、いってるよ」 「清書《せいしょ》があったら見せてくれ」  幸坊は聞えないふりをして「平手さんのおじさん」と話をそらし、増上寺の山内の欅《けやき》へ登って、雀の卵を取ったことや、金杉橋の下流で魚がよく釣れることなどを、能弁に語りだした。まあ待てよ、と幹太郎は遮《さえぎ》った。まあちょっと待て、おれはまだいちども聞かなかったが、おまえ、どこで生れたんだ。親やきょうだいはどうしたんだ、と幹太郎は訊いた。 「知らねえよ」  と幸坊はそっぽを向いた。 「知らないって――自分の生れた処《ところ》も、親きょうだいのことも知らないのか」  幸坊は「ああ」と云った。 「でたらめでよければ云えるけれど、平手さんのおじさんに嘘はつけねえから――」  幹太郎はじっと幸坊を見た。  ――本当なんだな。  大きな火事や洪水《こうずい》があれば、親きょうだいに死なれ、親類の所在もわからないような孤児の出ることがずいぶんある。これらの多くは『ところ預け』となって、町内の負担で養育されるのだが、うまく成長する例は稀《まれ》で、浮浪者、乞食などにおちるのが大部分のようであった。おそらく幸坊もそういう孤児の一人だろう、そう思うと、幹太郎は心に痛みを感じた。 「よし、勉強するんだ」と、彼は幸坊に云った。 「ちゃんと寺小屋へかよって勉強すれば、いまに立派な人間になれる、自分でそのつもりになれば、親きょうだいがなくっても立派な人間になれるからな」  幸坊は黙っていた。  幹太郎は水が飲みたくなったので、立ちあがって勝手へゆこうとした。すると幸坊が「いけないよ」と、とびあがって袖をつかんだ。どうして、喉が渇いたから水を飲むんだよ、と幹太郎が云った。ここにあるじゃないか、と幸坊は長火鉢の湯沸しを指さした。  幹太郎は幸坊の眼をみつめた。  ――汚れているから勝手を見ないでくれ。  お豊もそう云った。  なにかあるな、幹太郎はそう思ったので、幸坊の手をふり放してゆき、障子をあけた。勝手は(お豊の言葉どおり)ひどくちらかっていた。喰べたあとの器物がちらかっているだけで、べつに変ったこともなかった。しかし幹太郎はその器物が多いのと、この家《や》のものでなく、丼《どんぶり》や皿小鉢がてんや物であり、燗徳利《かんどっくり》や盃まであるのに気がついた。  ――誰か来ていたな。  さっき座蒲団に、人の坐ったらしい余温《よおん》のあったことを思いだしながら、幹太郎は水瓶《みずがめ》から柄杓《ひしゃく》で水を飲み、それから長火鉢の前へ戻った。 「客があったのか」と、彼は幸坊に訊いた。  幸坊はそっぽを向いたまま首を振った。そこへお豊が帰って来、「おそくなってごめんなさい、ちょっと顔をなおして来たの」と云いながら、長火鉢の向うへ坐った。  幹太郎は眩《まぶ》しそうな眼をした。  お豊は着物も帯も(さっきのとは)違うものを着ていたし、白粉《おしろい》や口紅も濃く、そしてつよく香料を匂わせていた。上品とはいえないが、縹緻《きりょう》もめだってよくなった。体や手足などもまるみと艶《つや》を増し、胸や腰のあたりが、ずっとゆたかに肉づいていた。 「どう――きれいでしょ」と、お豊は微笑しながら、ながし眼で幹太郎を見た。  男の表情で、自分が美しくみえたことを認め、それがさも満足だという微笑である。  幹太郎は頷いた。 「うん、きれいだ」  だが危険な美しさだ、どう危険であるか、ということはわからないが――たとえば、道傍《みちばた》に咲いた大輪《たいりん》の牡丹《ぼたん》が、たやすく誰かに折り取られるような、一種の危うい脆《もろ》さをもっている、というふうに彼は思った。 「あんたが来たから、お静さんのところへ寄って、着物も帯も白粉も紅も、みんな借りちゃって、直して来たの、――気にいって」 「きれいだよ」と、幹太郎は云った、「だが、お静さんというのは誰だ」 「近所の人、平手さんの知らない人よ」  そのとき勝手口で「お待ち遠さま」という声がし、お豊が活溌に立っていった。  勝手で器物の音がし、お豊がなにか囁《ささや》くのが聞えた。幹太郎は溜息《ためいき》をついた。なにか自分の力に余るものを背負いでもしたような、重くるしさと、だるいような感じにおそわれたのであった。  お豊は幸坊を呼び、膳を二つ出して、そこへ酒と肴を(勝手から運んで)並べた。刺身があり汁椀があり、塩焼、甘煮《うまに》、香の物まであった。長火鉢の火をかきおこして、酒の燗をつけながら、 「今夜はあたしが、お祝いしてあげるのよ、今夜だけ飲んでね」と、幹太郎にせがんだ。 「あたしも酔うわ」と、お豊はみだらな眼つきで、幹太郎を斜交《はすか》いに見ながら云った、「酔ってあんたを困らしてあげるわ、今夜こそあんたを困らしてあげる、いいこと、覚悟してちょうだい」  幹太郎は眩しそうに眼をそらした。 [#6字下げ]六[#「六」は中見出し]  幹太郎はその夜はじめて、金杉の家に泊った。  仙台屋敷は門限が厳しいのと、お豊にせがまれて、盃に三つほど飲んだ酒に酔ったのとで、つい動くのが億劫《おっくう》になり、休暇が三日あるのを幸い、泊る気になったのであった。 「二人は広いほうで寝てくれ、おれは一人だから四畳半でいい」と、幹太郎は云った。  お豊は幸坊が四畳半で、自分と幹太郎が六畳に寝るのだと云い、幸坊を蒲団屋へ走らせた。お豊はすっかり酔って、幹太郎にからみつき、ところ構わず吸いつこうとしたり、袖や衿《えり》から手を入れて、彼の肌に触ろうとしたりした。 「よせ、おれは酔って気持が悪いんだ」  幹太郎はお豊を押しのけた。 「うるさくすると帰るぞ」 「あらいやだ、あたしなんにもしやしないじゃないの、なにをそんなに怒るの」 「おれは気持が悪いんだ」 「だから、介抱してあげるんじゃないの、そんなに邪慳《じゃけん》にするもんじゃなくってよ」  お豊はまたからみつこうとし、幹太郎は立ちあがった。お豊は体をふらふらさせながら、充血した眼で彼を見あげた。 「怒ったの、平手さん」 「頼むから構わないでくれ」 「薄情ねえ、いいわよ」  お豊は横坐りになり、片手を畳に突いて、ぐらっと頭を垂れた。  髷《まげ》の根がゆるんで揺れ、釵《かんざし》がばたっと落ちた。 「苦しいんじゃないのか」と、幹太郎が訊いた、「水をやろうか」 「苦しいわ……でも酔ったから苦しいんじゃない、酒に酔ったくらいで、苦しくなんかなりゃあしないわ、でもあんたにはわからないわね、平手さんには」  そして体から力がぬけてしまったように、くたくたと横に寝ころんだ。  幹太郎はその寝姿をしばらく見まもっていたが、やがて勝手へいって、水瓶の水をなん杯も飲んだ。勝手はきれいに片づいている。彼がそこで見た皿小鉢や徳利は、さっき来た仕出し屋の者が持ち去ったのであろう。  ――いったいどんな人間が来ていたのか。  幹太郎はこう思いながら溜息をついた。  幸坊といっしょに蒲団屋が貸し蒲団を背負って来た。貸し蒲団という商売のあることは、このまえにお豊から聞いたことがある。  幹太郎は借り賃を払って、蒲団屋を帰し、自分のを四畳半に敷いた。――それから、幸坊にてつだわせて、食膳をざっと片づけ、六畳へ二つ寝床を敷いたのち、お豊を揺り起こした。  幸坊は「起きやしないよ」と云った。そのまま寝かしとけばいいよ、お酒を飲むといつもごろ寝をしちゃうんだ。風邪をひくじゃないか、寝床へ入れてやればいいさ、いつもは、放《ほう》っておいても独りではいるんだ、と幸坊は云った。  幹太郎はお豊を抱いて、寝床の中へ移した。 「うーん、いやだ」  と、お豊は手を振った。触っちゃいやだ、あたし眠いんだから触らないでよ、そう云って寝返りをうち、そのまま眠ってしまった。  幹太郎は行灯《あんどん》を暗くし、幸坊が寝るのを待って四畳半へゆき、唐紙《からかみ》を閉めた。  お豊が寝てしまったので、寝衣《ねまき》にするものが出せない。彼は肌着だけになり、着物や袴を片づけてから、横になった。――疲れと酔いとですぐ眠れたらしい、深い眠りのなかで、誰かに押えつけられ、苦しくなって眼をさますと、夢ではなくて、本当に誰かがしっかりと抱きついていた。 「抱いて、ねえ、抱いて平手さん」と、お豊が囁いた。  あらあらしく熱い呼吸《いき》と囁きを聞いて、幹太郎は強引に起き直った。お豊は彼にとびつき、両手でつかみかかって、彼を押し倒そうとした。幹太郎は、「よせ」と云いながら、お豊の腕を逆に取り、ひき伏せて、上からぐっと押えつけた。 「いや、いやいや、放して」  お豊は狂気のように暴れた。 「よく聞いてくれ、お豊」と、幹太郎は、押えつけたまま、云った、「初めによく云ったろう、おれはまだこれから修行しなければならない人間だ、おれには野心があるし、おまえにだって将来がある、おまえもこれから女ひととおりの芸事作法を身につけて、良い縁があったら結婚しなければならない、そうだろう」  お豊は嗚咽《おえつ》し始めた。  緊張していた体から、力がぬけて、ぐったりと手足を伸ばし、俯伏《うつぶ》せになったまま、声をころして嗚咽した。 「あたしが嫌いなのね」と、お豊が泣きながら云った、「あたし、人のお嫁になんかならないわ、好きなのはあんただけよ、死にそうなくらい、あんたが好きだわ、でも平手さんはあたしが嫌いなのね」 「おれが嫌っていないことは自分でよく知っている筈じゃないか」 「じゃどうしてあたしを可愛がってくれないの、嫌いじゃないっていうのが本当なら、可愛がってくれないわけがないじゃないの」 「それとこれとはべつだ」 「べつなもんですか、男と女が好きあっていれば、お互いに可愛がるのがあたりまえじゃありませんか」と、お豊は云った。  幹太郎は言葉に窮した。自分の肌でじかにたしかめるほかに、男の愛情を信ずることができない。お豊の気持はあまりに単純で「それだけではない」と説得する言葉が、彼にはみつからないようであった。 「もうおそいから寝よう」 「あたし平手さんのおかみさんにしてくれっていうんじゃない、そんなこと夢にも思いやしないわ」  お豊が云った、「平手さんは修行して、江戸一番の先生になる、ええ、きっとなるわ、平手さんが出世して偉い先生になるってこと、あたしにはちゃんとわかってるわ、あたしなんか、生れも育ちも卑しいし、体だってきれいじゃないんだから、おかみさんにしてくれとか、一生お側にいたいなんて思やしない、――ただ、いっしょにいられるうちだけ、こうして逢えるあいだだけでいいから」 「その考えは違う、それは違うぞ」と、幹太郎は云った、「おまえの身の上のことはよく知らないが、人間は生れや育ちは問題じゃない、そんなことをいえば、おれだって田舎の貧乏|郷士《ごうし》の伜《せがれ》だし、豊臣秀吉という人は、水呑み百姓から太閤《たいこう》殿下といわれるまでになった、生れや育ちよりも、いまなにをするか、これからなにをしようとしているか、ということが大事なのだ、よく聞いてくれお豊、おれも若いしおまえも若い、おれたちはこれからの人間だ」 「わかったわ、もうなんにも云わないで」と、お豊が云った、「ただ一つだけ聞かせてちょうだい、平手さんはお豊が好きなの、それとも嫌いなの」 「好きだよ」 「ほんとのことを聞かして」 「好きだよ」と、幹太郎は声を強め、「だからお豊に、良い娘になってもらいたいんだ」と云った。 「ありがと、うれしいわ」と、お豊は云った、「本当に好きだと云ってもらえるなら、あたし、それだけで本望よ」  そう云って、まるでうたうように泣きつづけた。  ――幹太郎は憫然《びんぜん》と、天床を見あげていた。 [#3字下げ]その人[#「その人」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し] 「待て野口!」と、幹太郎が云った、「もう一本だ」  野口重四郎は肩で息をし、竹刀《しない》を取り直したが、もう力を出しつくしたとみえ、竹刀は大きく揺れていた。  夏六月の下旬、陽はすでに落ちて、広い道場の(みがきこんだ)床板が、武者窓から斜めにさしこんで来る残照をうつして冷たく鋼色《はがねいろ》に光っている。道場の一隅に、上村《うえむら》弥兵衛と伊勢《いせ》万作の二人が、幹太郎と重四郎の稽古を見ていた。 「どうした野口」と、幹太郎が云った。  すると、重四郎は竹刀を構えたままよろめき、どしんと尻もちをつくなり、面《めん》を外して、いまにも死にそうに喘《あえ》いだ。  幹太郎は竹刀をおろした。彼は籠手《こて》だけ着けた素面《すめん》であるが、稽古着は汗がしぼれるほど濡れていた。彼は近よっていって、重四郎の肩をやさしく叩き、上村と伊勢のほうを見返りながら、「みんなきついらしいな」と云った。 「どうだ伊勢、上村」と、彼は二人を見た。 「そんなにこたえるか」 「こたえますね」と、伊勢万作が云った。幹太郎は頷《うなず》いた。 「本邸の総試合まで、あと一月あまりだ」と、彼は云った。 「出るのは七人だが、勝負はこの三人だと思う、そこもとたち三人は上位《じょうい》までゆく、ことによると勝ち抜くかもしれない。いや、おそらく一人は勝ち抜くだろうと信じている」  伊勢も上村も眩《まぶ》しそうに眼を伏せた。かれらには、確信がなかった。上村は三人のなかの年長者で二十三歳になり、総試合にも二回出ている。二十一歳の伊勢は一度、今年はじめて出るのは野口重四郎だけであった。そして、上村も伊勢も、中位《ちゅうい》までこぎつけるのが精いっぱいだったし、本邸や中屋敷の者で、ずばぬけた腕を持っている者が、少なくとも十人以上いることも知っていた。 「経験にこだわってはだめだ」と、幹太郎は云った、「経験からまなぶのはいいが、経験にとらわれてはいけない、上村は二度、伊勢は一度、それぞれ総試合の場を踏んでいる、しかし、いまの二人は去年までの二人ではない、特に私のくふうした切尖《きっさき》はずしの技《わざ》は効果がある、あの呼吸をものにすれば、派手ではないが勝ち味は充分だ、そう思わないか、上村」 「そう思います。思いますが、しかし」 「しかしは、よけいだ」と、幹太郎は遮《さえぎ》った、「勝負には勝つという確信が大切だ、互角の腕なら勝つという確信をもつ者に分《ぶ》がある、慢心はいけないが、自分を信ずる気力を失うことはみずから負けることだ、――あと僅かな日数だから、きついかもしれないが、奮発してくれ、たのむぞ」  上村と伊勢は頷いた。幹太郎は「ではあがろう」と云い、重四郎の肩をもういちど叩いて、 「野口はあとで私の部屋へ来てくれ」と云った。  水を浴びて着替えをし、蚊遣《かや》りの焚《た》いてある縁側で涼をいれていると、野口重四郎が廊下づたいにやって来た――道場に附属したこの住居《すまい》は、十畳と八畳の客間が並び、ほかに居間、寝所、納戸という広い間取で、べつに掃除や炊事をする六兵衛という下僕夫婦の小屋が付いていた。客間が二つ並んでいるのは、道場の行事が行われるとき、襖《ふすま》を外して広く使うためで、十畳のほうは、書院造りになっていた。  幹太郎は六兵衛を呼んで茶を命じ、八畳の客間のほうへ重四郎を招いた。  重四郎は目付役野口雄策の三男で、家格は『代々召出《だいだいめしだし》』といい、伊達家では中位の下に当る。去年、十九歳で下屋敷詰の小姓組にあげられたということであるが、道場での成績は群を抜いており、上村、伊勢よりも上を使うのではないかと思われるほどであった。――二十歳という年にしては体も小柄だし骨も細く、顔だちもととのいすぎていて、ぜんたいがひどくきゃしゃにみえた。それが竹刀を取って道場に立つと、人が変ったように精悍《せいかん》になり、体までひとまわりも大きくなるように思われる。そして、太刀は地味であるが、その的確さと鋭さは水際立っていた。 「なにか心配ごとでもあるのか」  茶を啜《すす》ってから、幹太郎は穏やかな調子で訊いた。  重四郎はすすめられた団扇《うちわ》も取らず、固く坐ってうなだれたまま、黙っていた。 「半月ほどまえから調子が落ちるばかりだ、この四五日はもっともひどい、いったいどうしたというんだ」 「私はだめです」と、重四郎が俯向《うつむ》いたままで云った。幹太郎は団扇を止めて次の言葉を待った。しかし重四郎があとを続けないので、「どうしてだ」と促した。すると重四郎は、私は道場をさがります、と云った。幹太郎は、しばらく黙っていたが、やがて「わけを聞こう」と、少し強い口ぶりになった。 「いつかも云ったとおり、おれは野口をたのみにしている、上村も相当やるだろうが、勝負まで勝ち残るのは野口だと思う。稽古をきびしくしたのもそのためだ、それを知っている筈ではないか」 「私はだめです、だめな人間です先生」と、重四郎は云った、「どうか、私のことをそんなふうにお考えにならないで下さい、私は本当にだめなんです、そして、今日限り稽古もやめさせて頂きたいんです」 「それは本気なのか」  本気です、と重四郎は答えた。  この問答のあいだ、彼は頭を垂れたままで、いちども幹太郎を見ようとしなかった。 「理由《わけ》も云えないのか」と、幹太郎が云った。  重四郎は両手をついて「どうかおゆるし下さい」と云い、低頭して立ちあがった。  ――尋常なことではないな。  去ってゆく重四郎の、うしろ姿を見送りながら、幹太郎は大きく溜息《ためいき》をついた。  夕食のあとで、白川久三郎が碁を打ちに来た。道場の監事である彼は、幹太郎より三歳年上で、妻と二人の子があり、酒も強く、つきあいのひろい男であった。碁を二局打ったあと、幹太郎は六兵衛に酒の支度を命じた。久三郎が碁を打ちに来る目的の半分は『酒』にあるらしい、三人の妻子を抱えていては、なかなか酒まで手がまわらない、などとよく云うので、彼が来れば酒を出すようにしていたのであった。  燗徳利が三本あいたころ、幹太郎はふと思いついて、重四郎のことを訊いてみた。  久三郎は「へえ」とけげんそうな顔をし、それから、急にぐったりしたような声で、「するとやっぱり事実ですかな」と云った。 「なにか仔細《しさい》があるんですか」 「いやな話でしてね、――」と、久三郎は渋い顔をした。  人の蔭口だからよくわからないが「老職の若い妻と重四郎が密通している」という噂《うわさ》がある、と久三郎は云った。その若い妻というのは、良人《おっと》と三十も年が違い、これまでにもしばしば、いやな評判があった。いつかの(幹太郎が仕止めた)菱川なにがしの刃傷沙汰もそれが原因で、重四郎はおそらくその女に誘惑されたのだろうと思う、と久三郎は語った。  幹太郎はぐっと唇を噛《か》んだ。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  久三郎が帰ったあと、幹太郎は縁側へ出て、ながいこと、もの思いに耽《ふけ》った。  ときどき団扇を動かすのが、いかにも重たく、もの憂げであった。  ――野口が重職の妻と密通している。  本当だろうか、と幹太郎は、まだ信じかねる気持で、暗い庭の向うへ眼をやった。  武家屋敷の生活は規矩《きく》がきびしく、男女のつきあいなどには、特に厳重な制約があった。もちろん厳重な制約があればあるほど、お互いに惹《ひ》きあう気持は激しくなるだろうし、どんなに、厳重に結った垣にも、必ずぬけ出る隙はあるものだ。  ――事実とすれば、捨ててはおけない。  白川久三郎は重職の若い妻だというだけで、その姓も名も云わなかった。  だが、重四郎との不倫は、かなり評判になっているというし、相手の女は淫奔らしい。このまえ起こった菱川なにがしの刃傷沙汰も(仔細はわからないが)その女のことが原因だとすれば、おそらく重四郎は、女に誘惑されたものだろうし、女のために身をほろぼす危険が充分にある。  ――早くしなければならない。  早くどうにかしなければ、彼は破滅してしまうだろう、と幹太郎は思った。 「まず話してみよう」  そう呟《つぶや》いて、幹太郎は立ちあがった。  いちどは「明日でもいいじゃないか」と思ったが、事が事なので、一刻も待てず、脇差だけ差して住居を出た。  独身者のお小屋はべつになっていて、表門に近く、小者長屋と生垣を隔てた一劃《いっかく》にあった。もう十時をかなりまわったらしい、曇っている空には星も見えず、あたりはまっ暗闇で足もとも危ないくらいだった。 「――提灯《ちょうちん》を持って来ればよかったな」  そう呟いて、五棟並んでいる武庫《ぶこ》を右に、杉林のある道を曲ろうとしたが、そこで向うから来た者と危なくぶっつかりそうになった。  こちらも驚いたが、相手はもっと吃驚《びっくり》したらしく「あっ」と、声をあげて、棒立ちになったとみると、すぐ、幹太郎の脇を走りぬけてゆこうとした。幹太郎は反射的に、さっと相手の肩を掴《つか》んだ。殆んど無意識に手が伸びたのであるが、強い香料の匂いと、小柄な体つきとで「女だな」と直感し、それが、そんな行動をとらせたのだろう。掴んだ肩は小さく柔軟で、温かかった。  相手は身をふり放そうとした。 「お待ちなさい」と、幹太郎は相手の腕を取った。  すると相手は向き直り、幹太郎へ自分の体を押しつけようとした。彼は危険を感じて身を捻《ひね》り、伸びて来た相手の利腕《ききうで》を掴んだ。その手は懐剣を持っていた。 「無法なことをする」と、幹太郎が云った、「なに者だ。賊か」  そう云いながら利腕を逆にし懐剣をもぎ取った。  この争いは呼吸五つばかりの、ごく短い時間のことだったが、幹太郎が相手の懐剣を奪い取ったとき、うしろから人の襲いかかるけはいを感じた。  幹太郎は女を突き放し、「私は道場の平手幹太郎だ、はやまるな」と、叫んでとびさがった。  襲いかかった人間は踏み停り、黙って身を跼《かが》めてこっちをうかがった。刀を抜いているらしく、闇の中に白く刃のゆれるのが見えた。幹太郎は、「よせ」と、低い声で云った。  女はすでに逃げ去っていた。 「よせ、誰だかわかっているぞ」と、幹太郎は云った。  相手は激しい呼吸をし、なお黙ったまま、じりじりとうしろへさがりだした。幹太郎は前へ出ながら、「待て、話すことがある」と云った。 「おちつけ、野口――」と、呼びかけたとき、向うは身をひるがえして、鼬《いたち》のようにすばやく、闇の中へ逃げ去っていった。  幹太郎は持っている懐剣を、無意味にゆらゆら振りながら、やや暫《しばら》くどうしようかと迷っていたが、これから追っていっても、すなおに話は聞かぬだろうと思い、諦《あきら》めて住居へ引返した。  明くる朝――時刻になっても野口重四郎は稽古に来なかった。少年の門人を迎えにやると「昨夜《ゆうべ》から姿が見えない」という返辞だった。幹太郎は上村と伊勢に道場のことを頼み、監事の白川久三郎を自分の居間へ呼んだ。  幹太郎は昨夜のことを話し、懐剣をそこへ置いた。 「前後の事情から判断すると、たしかに野口とその婦人だったように思う」 「おそらくそうでしょう」と、久三郎も頷いた。  幹太郎は「困った」と呟き、重四郎が帰るまで、夜中脱出したことを隠す法はないだろうか、と相談した。久三郎は頭を傾けて、 「そんなふうだとすると、戻って来ないのではないかと思うが」と答えた。 「婦人のほうはどうだろう」  幹太郎が訊いた。  久三郎も同じことを心配していたらしい。 「わかりません」と、首を振り「とにかくたしかめて来ます」と云って立っていった。  久三郎はすぐに戻った。  はっきりわからないが、どうやら女も出奔したらしい、と久三郎は云った。重職だから、うっかり公表はできないだろう。その家の召使に訊くと、早朝から家士が幾人も市中へ出ていった、と告げたそうであった。 「では二人はいっしょだろうか」 「そうでしょうね」と、久三郎は頷いた、「昨夜お会いになったとき、二人で出奔するところだったのじゃありませんか」 「ばかな男だ」幹太郎は発止と膝《ひざ》を打った、「まだ二十《はたち》という年で、才能も将来もあるのに、人の妻と駈落ちなどしてどうするつもりだ、これで一生がめちゃくちゃじゃないか、ばか者」  ばか者と叫んだとき、幹太郎の眼から涙がこぼれおちた。  久三郎は「野口の友人と相談してみます」  と、座を立ち、なにかあったらすぐに知らせる、と云って去った。幹太郎は懐剣(それは備前物のよろいどおしを直したものらしかった)を包んでしまいながら、  ――こうなったら逃げのびてくれるように。  と、心のなかで祈った。  その翌日の午後、総試合へ出る者だけ六人が、道場に残って稽古をしていると、一人の見知らぬ侍が、久三郎といっしょにはいって来て、道場の隅に立ったまま、稽古のようすを見まもった。  生麻《きあさ》の帷子《かたびら》に袴《はかま》、黒い紗《しゃ》の羽折をかさね、右手に刀を持っていた。肉の厚いひき緊った体つきも、眉が濃く、額が高く、穏やかではあるがするどい光をたたえた眼つきなどにも、際立って高い風格があらわれていた。  幹太郎は、伊勢万作に稽古をつけていた。そのため、その侍のはいって来たことは気づかなかったが、気がつくと同時に、それが千葉周作だということを直覚した。 「おい、伊勢――」と、幹太郎はすばやく囁いた、「お玉ヶ池の先生だぞ」 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  ――お玉ヶ池の先生。  千葉周作と聞いて、伊勢万作もはっとし、まわりこみながら、すばやくそっちを見、そして幹太郎に頷いた。 「今日はあの技を使うな」と、幹太郎は囁いた、「みんなにもそう云ってくれ、それから、向うで言葉をかけぬ限り、知らぬつもりでやるんだ」  万作は頷いた。  幹太郎は昂奮《こうふん》する気持を抑え、平生《へいぜい》どおりの稽古をしようと努めた。しかし、当代第一流の剣士に見られているという意識からはぬけることができず、ついすると衒気《げんき》が出そうになり、緊張のあまり冷汗がながれた。  ――こんな筈ではなかった、と、彼は唇を噛んだ、――まだ未熟なんだな。  万作は次つぎと相手を変えながら、幹太郎の意を伝えたらしい。幹太郎が稽古をつけながら見ると、誰も「切尖《きっさき》はずし」の手をこころみる者はなかった。  上村弥兵衛が幹太郎に「願います」と云って来た。幹太郎は頷いて「木剣を持て」と云った。 「木剣ですか」 「そうだ、おれは竹刀でいい」  と云ってしまってから、彼は顔が熱くなるように思った。稽古のとき相手に木剣を持たせるのはよくやることで、決していまが初めてではないのだが、やはり「千葉周作にみせてやろう」という無意識の衝動に駆られたらしい。くそっと、自分に腹が立ち、それが逆に闘志となった。 「思いきってかかれ」と、幹太郎は云って位取《くらいどり》をした。  弥兵衛が木剣を取ったので、他《ほか》の五人は稽古をやめた。それも従来の習慣で、門人に木剣を持たせるときは、幹太郎が充分に技《わざ》を使うからであった。――五人の者たちは隅へさがって、見学のために坐った。  間合は約二間、弥兵衛は青眼《せいがん》に構えた。幹太郎は下段、弥兵衛が第一声を放ち、第二声を放った。  ――踊るなよ、と、幹太郎は心のなかで弥兵衛に云った。  彼が常に戒めているのは『踊るな』ということであった。少し腕ができてくると、つい知らず派手な動きかたをする。 「それは舞踊に等しい」と彼は云う。刀法はもっとも単直でなければならない。受けるにも斬るにも、刀はつねに最短最直の線をとる。一分一厘でもその線からそれれば負けるというのが幹太郎の主張であった。  ――上村、そこだ、と、幹太郎が思った。  同時に弥兵衛が絶叫し、大きく跳躍しながら打ち込んだ。幹太郎は動かなかった。体当りになるかとみえたが、その刹那《せつな》に幹太郎が半身を捻った。弥兵衛の手から木刀が飛ばされ彼は激しくのめって、それでも危うく踏み止《とど》まった。そのとき、落ちて来た木剣の、床板を打つ高い音が聞えた。 「もう一本――」と、幹太郎が云った。  すると「願います」と伊勢万作が叫んだ。  幹太郎は弥兵衛を見た。弥兵衛は膝をついて礼をし、面を外しながらさがった。しかし、いまの一手で満足したものか、千葉周作(と思える人物)は、こちらへ軽く目礼《もくれい》をし白川久三郎を伴《つ》れて、道場から出ていった。  幹太郎は万作に、やはり木剣を取らせて稽古をつけ、それが済むとひと休みした。 「やっぱり千葉先生です」と、弥兵衛が道具を外しながら、近よって来て云った。 「あの岡島主馬が本邸で見たそうです」 「踊りはしないかと思って心配したぞ」と、幹太郎が云った、「自分でもそんな気がしました、いけないぞと思ってひき緊めたんですが、打ち込んだときは眼が眩《くら》みそうでした」 「正直に云うとおれもあがったらしいよ」と、幹太郎は苦笑した。  なんのために来られたんでしょう、と稽古着の袖で汗を拭きながら、弥兵衛が訊いた。さあ、と幹太郎は口ごもった。総試合のための下検分でしょうか。どうだかな、それならそう通告がある筈だ。しかし、ほかに理由はないと思いますがね。うん、なにか噂が聞えたのかもしれませんよ。まあいい、気にするな、と幹太郎は云った。事前に見られたところで勝負に変りがあるわけじゃない。勝負を実力いっぱいにやればそれでいいんだ。  そう話していると、白川久三郎が引返して来た。  久三郎はひどく慌てたようすで、走って来たのだろう。荒い息をしながら、幹太郎のそばへ来るなり「野口が捉《つか》まった」と云った。千葉周作の話かと思ったので、幹太郎はちょっと訝《いぶか》しそうな眼をしたが、すぐにその言葉の意味を悟り、われ知らず立ちあがった。 「野口が、捉まったって」 「猿若町の芝居茶屋に隠れているところを踏みこまれ、女といっしょに捉まって、たったいま伴れ戻されたということです」 「ばかな、なんという――」  幹太郎は思わず舌打ちをした。  ――捉まれば切腹ものだ。  だからこそ、逃げのびてくれるようにと祈ったのに、芝居茶屋といえば、その婦人のゆきつけの店だろうし、女の浅智恵でそこを選んだのであろうが、そんな場所では「此処《ここ》へ来い」と手招きをするようなものではないか。なんというばかなことを、と幹太郎は心のなかでどなった。 「部屋で待っていてくれ」  幹太郎は、白川にそう云った。  弥兵衛にあとを頼み、体を拭くためにまず井戸端へいった。  彼は久三郎と半刻の余も相談した。  その女が、下屋敷年寄の富原惣兵衛の後妻であること。年は二十五歳で、名はあさ、実家は日本橋通り二丁目にある海産物問屋、渡島屋八郎兵衛という、藩の御用商人であること、惣兵衛は七年まえに妻を亡くし、それから三年めにあさを娶《めと》ったこと。惣兵衛には前の妻にも、あさにも子がなく、もう五十四歳になるので、去年の十月に養子を迎えたこと、などを、幹太郎は初めて白川から聞いた。 「富原さんは、妻女をどうするだろう」と、幹太郎が訊いた。 「見当がつきませんね」と、久三郎は首を振った。  惣兵衛が三十も若い妻におぼれているのはたしかである。この春の菱川の騒ぎのときも、そのもとはあさのふしだらから出たことであって、それはかなりひろく知られているのだが、惣兵衛はなんの処置もしなかった。だから、こんども妻に関する限り、うやむやに済ますのではないか、と久三郎は云った。 「それならいい、――そうだとすれば、野口の罪も軽く済むかもしれないからな」 「どうですかね」と、久三郎はまた首を振った、「三十も年の違う妻をもった老人の気持というやつはべつですからね、それに二人は駈落ちをして、芝居茶屋などで寝込をみつかったんですから、おそらく老人は逆上していると思いますがね」  幹太郎は唸《うな》った。それから屹《きっ》と久三郎を見て云った。 「富原さんにすぐ会えるようにしてくれないか」 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  白川久三郎は明らかに当惑の色をみせた。  問題が『密通』という醜聞であるし、女の良人は、下屋敷の重職である。これに対して、平手幹太郎は単に『新任の剣法師範』にすぎない。伊達藩にとっては外部の人間だから、こんな問題で、しかも当事者の重職が面会するとは思えないのであった。  幹太郎もそれを察した。 「野口は私の門人だ、とすれば、私にも責任がないとはいえない」と、幹太郎は云った、「そのためにも、ぜひお眼にかかってお詫《わ》びを申上げたい、というふうに云ってもらったら、どうだろうか」  久三郎は不得心らしかったが、ともかくやってみましょう、といって立ちあがった。幹太郎は呼びとめて「ついでに野口がどこに預けられているか聞いて来てくれ」と頼んだ。  白川が去ったあと、幹太郎は道場へいって「稽古を終るように」と云い、上村と伊勢の二人を自分の部屋へ呼んだ。  二人は汗を拭き、着替えをしてきた。  幹太郎は野口重四郎の件を話した。二人とも噂を知っており、野口が女といっしょに捉まって、伴れ戻されたことも、(さっきの白川久三郎の態度で)察していたらしい。だが「なんとか救う法はないだろうか」という幹太郎の問いには、まったく否定的であった。  ――そういう不倫な問題にはかかわりたくない。  という気持をはっきり示し、たとえ自分たちが奔走するにしても、野口を救う手段は絶対にあるまい、ということをほのめかした。 「そうでなくとも」と、伊勢万作が云った、「富原老職は頑固でわからずやでおまけに強慾な人ですから、もし先生が詫びでもなさるお考えならおやめになるほうがいいと思います」 「どうしてだ」 「必ず先生にとばっちりがきますよ、富原という人はそういう人なんです」  幹太郎は二人に「帰っていい」と云った。  久三郎は半刻《はんとき》ほどして戻って来た。富原惣兵衛は面会を承知した。 「夕食のあとで来い」と云ったそうである。また野口は目付役の渡辺又兵衛に預けられている、と報告した。 「女はどうしている」 「わかりません。富原さんが引取ったそうですが、それからどうしたか誰も知らないようです」  久三郎はそう答えたが、富原老職がその若い妻を咎《とが》めないだろうこと、女の罪は不問に付されるだろうことは(まえからの)彼の口ぶりで明らかであった。  幹太郎は「野口に会いたい」と云った。惣兵衛と面会するまえに野口と会い、野口が女から誘惑された、という事実を確かめておきたかったのである。幸い、久三郎は渡辺又兵衛と親しそうで「頼めば便宜を計らってくれるかもしれない」と云った。しかし、それには早いほうがいい、というので幹太郎はすぐに袴をはき、久三郎といっしょに渡辺の住居を訪ねた。  又兵衛は三十歳ばかりで、躯《からだ》つきの小柄な、実直そうな男だったが、久三郎の話を聞くと、ちょっと難色をみせただけで「よろしい」と頷き、幹太郎とはほとんど言葉を交わさずに「では、こっちへ」と案内に立った。  重四郎は暗い二畳の部屋に坐っていた。  廊下に面して障子があり、三方は壁で、行灯《あんどん》部屋といった感じだった。もちろん刀は取上げられているし、髪毛《かみのけ》も乱れ、一夜みないうちに驚くほど痩《や》せやつれていた。  又兵衛は引返してゆき、幹太郎は障子を閉めて、重四郎の前に坐った。すると、重四郎はいきなり、 「なにも仰《おっ》しゃらないで下さい」と云った。おちくぼんで充血した眼が、恍惚《こうこつ》ともとれる虚脱の色に掩《おお》われ、白く乾いた唇は緊りを失って、歯の見えるほど垂れていた。 「私は自分のしたことを知っています、こうなることも覚悟していました、お願いですから私のことを放《ほう》っておいて下さい」 「死んでもいいというのか」 「いいと思います」と、重四郎は云った、「先生には、たぶんおわかりにならないでしょう、誰にもわからないだろうと思いますが、死んでも惜しくないだけの経験をしました、逃げるつもりがあれば逃げられたでしょうが、私はもう逃げる気にもなれませんでした、私はよろこんで死にます」  幹太郎は、その言葉をそのままには信じられなかった。  ――まだ夢中なんだ。  こんなばかげた、夢でも見ているようなことを云うほど深く騙《だま》されたのか、と幹太郎は思った。 「しっかりしろ野口、おれの眼を見ろ」と、幹太郎は云った。  彼は半刻ちかく話した。しかし、反応はまったくなかった。重四郎には彼の云うことも聞えず、そこにいる彼の姿さえ眼に入らぬようすだった。放心したような眼は、ぼんやりと宙をみつめ、唇はいつまでも垂れたままであった。  ――だめだ。  幹太郎は怒りに駆られ、相手の弛緩《しかん》した顔を、力いっぱい殴りつけてやりたくなった。殆んど手をあげそうになり、辛うじて、それを抑えると、立ちあがってその部屋を出た。  障子を閉めようとして、振返ると、重四郎がゆっくりと、もの憂そうにこちらを見、にっと唇で微笑した。暗い部屋の中で、仄《ほの》かな片明りに浮いて見えたその微笑は、まるで幽鬼の笑いのように思え、幹太郎はわれ知らず総毛立った。  夕食のあと、白川久三郎に案内を頼んで、富原惣兵衛に会いにいった。よく話してみれば、野口を助けることができるかもしれないと思ったからである。――惣兵衛は色が黒く、痩せて、角張った顔で、眉毛は白いが、髪毛はまだつやつやと黒く、柔和そうな眼つきをしていた。  幹太郎は就任のとき顔は見たが、口をきくのはこれが初めてで、まず挨拶を述べてから、野口のことを話しだした。  惣兵衛は左右の手の、指の尖端《せんたん》を交互に揉《も》みながら聞いていた。指の尖端をつまんで、静かに揉み、次つぎとそれを繰り返すのである。こちらの云うことを聞いているのかどうか、柔和そうな眼にも、その表情にも、平静な無関心さのほかには、なにもあらわれてはいなかった。 「そこもとは何歳になられるか」  幹太郎が話し終ると、惣兵衛はこちらを見ずにそう訊いた。幹太郎は自分の年を告げた。惣兵衛は「うん」と頷き、やはりそっぽを向いたままで、「妻女はおられるか」と訊いた。幹太郎はちょっと黙った。話がまったくそれてゆくので、どういう意味の質問か見当がつかなかったのである。 「妻はおりません」と、彼は答え、すぐに云い直した、「まだ私は独身です」  惣兵衛は「ほう」といい、揉んだ手指の先を眺めながら、 「金杉橋の近くに自宅があるようだな」と云った。 「はい、仮住居があります」 「そこにいる女は……そこもととどういう関係があるのか」  幹太郎はどきっとした。惣兵衛は初めてゆっくりと眼をあげて、こちらを見た。 [#6字下げ]五[#「五」は中見出し]  金杉に仮住居のあることは届けたが、お豊や幸坊のことには触れなかった。届けるには詳しいゆくたてを説明しなければならない。それは面倒なばかりでなく、誤解されるおそれがあるように思えたからだ。  ――それに、これはまったくの私事だ。  剣法の師範として扶持は貰う、だが伊達家の家臣ではない。したがって、私生活のことまで届ける必要はない、とも考えたのであるが、いま、 「どういう関係の女だ」と、訊かれてみれば、やはり、ちょっと返答に困った。 「少し、いりくんだ事情がありますので、それは改めて申上げたいと思います」幹太郎はそう云った、「今宵お伺いしたのは野口のことをお願い申したいためで」 「それは断わる」と、惣兵衛はさえぎった、「これは家中《かちゅう》の問題であって、たとえ野口がそこもとの門人であろうとも、道場以外のことで御心配は無用です、それよりも私は、そこもとの仮住居にいる女がどういう関係の者かいまここで聞いておきたいと思う」 「しかし、事情がちょっとこみいっておりますし」 「時間はいくらでもある、まさか一と晩で話せないほどこみいっているわけでもないだろう」  穏やかな調子ではあるが、するどい棘《とげ》と皮肉が隠されているようであった。幹太郎は当惑し、同時にむっとした。 「野口の事が御家中の問題で、私に口出しをする資格がないとするなら、これは私の個人的なことですからお答えする必要はないと思いますが」  惣兵衛は「ほう」といった。 「それでは訊くが、女に隠し売女《ばいた》をさせているような人間を、家中の剣法師範に抱えるなどという藩があるだろうか」 「それはどういう意味ですか」 「そのままの意味だ」と、惣兵衛は柔和な眼で幹太郎を見た、「そこもとはいま、私事について答える必要がないと云われた、しかし、若者たちの師範には、師範たる資格のある人物が選ばれなければならない、そうではないか」 「もちろんそう思います」 「まだ若年の野口が、こんな忌《いま》わしい過失を犯したについて、師範のそこもとに忌わしい評があるとすれば、重職の立場としていちおう取糺《とりただ》すのは私の責任だと思う」 「では、私に忌わしい評があると仰しゃるのですか」 「単に評判だけではない。私は人を遣わして事実を慥《たし》かめてある」  幹太郎は、またどきっとした。  なにかやったな。  お豊は粗野に育っているし、云うことも、することもあけっぱなしで遠慮がない。その性質を知らない者には、誤解されるようなことを平気でやってのける。なにか、しくじったのではないか、と不安になった。 「あの女は貧しい生れで、親きょうだいもない不憫《ふびん》な育ちです」と、幹太郎は云った、「私は或る事情で、あの女に恩義があり、まじめな人間にたち直れるまで、面倒をみてやりたいと思っています」 「隠し売女をさせながらか」と、惣兵衛は反問した。  幹太郎は相手を見た。惣兵衛の云う意味がすぐにはわからなかったし、わかると同時に苦笑し、 「それはお豊のことですか」と云って首を振った。 「そこもとには可笑《おか》しいか」 「あんまりばかげています、もっとも野育ち同様で、することに遠慮がありませんから、なにか誤解されたかもしれませんが」 「では、自分で慥かめてみるがいいだろう」 「お望みなら慥かめます」 「私には、その必要はない、私のほうはもうわかっているので、慥かめるのは、そこもと自身のためだ」  惣兵衛の声は静かで、むしろ温情がこもっているといったふうだった。だが、幹太郎にはそれが冷酷な嘲笑《ちょうしょう》のように聞えた。 「これから、でかけてもいいでしょうか」 「ゆくなら門鑑を出させよう」と、惣兵衛は云った。 「誰か証人を一人付けて下さいませんか」 「無用だろうね」 「いけないのですか」 「いけなくはない、無用だろうと云うのだ」  惣兵衛はそう云って「又次郎」と次の間へ声をかけた。  非常用の門鑑をもらって、富原家を出た幹太郎は、待っていた白川に道場のことを頼み、 「ことによると帰りは朝になるかもしれない」もし帰りがおくれたら、伊勢と上村で稽古をみるように、そう云って、その足で下屋敷を出た。 「ばかなことになったものだ」  坂の下で駕籠《かご》に乗ってから、幹太郎はそう呟いて苦笑した。  野口を助けようとして訪ねたのに、こちらが訊問《じんもん》されるはめになった。惣兵衛は自分の若い妻の不倫に肚《はら》を立て、野口の師範であるこっちにまで八つ当りをしたに相違ない。しかし「隠し売女をさせている」とは、誤解としてもひど過ぎる。  それに、金杉の家のことを誰がさぐりだしたのか、仮住居として届けてはあるが、門人たちを伴れていったこともないし、訪ねて来た者もない。だいたいそんな住居に興味をもつような者があろうとは思われなかった。  けれども、やがて幹太郎は妙な声をあげた。彼は「う」といって、駕籠の中で身を起こし、にわかにその表情を硬くした。  ――いつかお豊は、なに者かを呼んで、酒肴《しゅこう》を取ってもてなしていたことがあった。  彼はそのことを思いだした。  彼の姿を見て、それを知らせに幸坊が走っていったこと、座蒲団に人のぬくみが残っていたこと、そして勝手に皿小鉢や燗徳利があり、それがすぐあとで片づけられたことなど、――彼はそのときは深く疑わなかった。近所の女房でも呼んで奢《おご》ったのだろう、ぐらいにしか考えなかった。 「なにかあったんだな」と、幹太郎は呟いた、「富原老は確信ありげだった、証人を同伴する必要もないと云った、たしかに、そう云うだけの根拠があったに相違ない」  彼はおちつかなくなり、気持が苛立《いらだ》ってきた。  駕籠をいそがせたが、高輪にかかると疲れたようすなので、辻《つじ》駕籠をみつけて、乗り替え、駄賃を増すから、「とばしてくれ」と云った。時刻はまだ九時まえだろう。  一丁ばかり手前で駕籠をおり、もし、また幸坊が外で遊んでいはしないかと、用心しながら、できるだけ家並の軒下を伝うようにして、その横丁へ曲っていった。  横丁には遊んでいる子供もなく、表を閉めた家々の、窓の障子にうつる灯火の色が、まるで深夜ででもあるように、ひっそりと道に光を投げていた。  あたりは、そんなに静かなのに、彼の住居では賑《にぎ》やかに人声が聞えていた。  お豊の高い声に、男の声がまじっている。幹太郎は格子口へ近づいて、かれらの酔っているらしい声をたしかめてから、黙って格子をあけてはいった。 [#3字下げ]よせる波[#「よせる波」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  奥の声はやまなかった。  幹太郎が格子戸をあけ、障子をあけてあがっても、無遠慮に笑ったり話したりする奥の声はやむようすがなかった。  彼は刀を腰から脱《はず》し、左手に持って、六畳の唐紙《からかみ》を手荒くあけた。  行灯《あんどん》が一つ、燭台《しょくだい》が一つ、お豊のほかに男が二人、酒肴の膳をそれぞれ前に置いて、浴衣の裾を捲《まく》り、腕捲りをし、一人は片肌ぬぎになって、二人とも大あぐらをかいて飲んでいた。  唐紙をあけたとき、初めにお豊がこっちを見た。男たちはこちらに背を向けていて、気づかなかったらしい。お豊もすぐには幹太郎がわからず「誰、又さんかえ」と云いかけ、それから「あ」と口をあいた。  幹太郎はお豊をにらんだ。  派手な柄の浴衣を着て、片膝《かたひざ》を立て、立てた膝頭へ肱《ひじ》をつき、その手に盃《さかずき》を持っていた。立てた膝前が割れて、水色のけだしがこぼれ、すんなりと白い脛《はぎ》が見えている。――嬌《なまめ》かしいというよりは、伝法な、じだらくな恰好で、幹太郎はかっとなった。 「この男たちは、なんだ」と、彼は静かに云った。  お豊の(吃驚《びっくり》した)表情に気づいた男たちは、幹太郎の声で振返った。振返って、幹太郎を認めたとたん、男の一人が「げっ」といって腰を浮かせ、その手から盃を落した。 「これはなに者なんだ」と、幹太郎がまた云った。  お豊は吃《ども》り、いま浮腰になった男を指さして、その手に持っている盃に気づき、慌てて盃を置き、坐り直しながら「三ちゃんよ」と云った。男は浮腰のまま、ぺこりとおじぎをしたが、いまにも逃げだしそうなようすだった。お豊は「三平さんよ」と云った。幹太郎には三平の記憶がなかった。彼はその男をみつめた。男はまたおじぎをし「その節はどうも」と口ごもった。 「ほら、四つ目にいたとき会ったでしょ」と、お豊が云った、「あのとき世話になった、あの三平さんよ」  幹太郎はようやく思いだした。しかし、世話になった、という意味はわからなかったし、そのときの怒りだけが、まず胸へ、つきあげてきた。お豊はもう一人の男を見て「それからこっちは、河内屋さんの番頭さんで松どんっていう人よ」と云った。 「帰してくれ」と、幹太郎はお豊に云った、「話すことがあるんだ、二人とも帰してくれ」 「だって平手さん」 「出てゆけ」と、幹太郎は男たちに云った。 「待って、平手さん、待ってよ」 「おまえは黙れ」  幹太郎はお豊にどなり、それからずっと六畳へはいった。男たちは「へっ」といって立ち、隅へいっておろおろと着替えをした。  ――こんな浴衣が用意してあるんだな。  幹太郎はそう思った。  富原惣兵衛の(隠し売女をさせているという)言葉と、穏やかではあるが冷笑と皮肉に満ちたその顔が思いだされた。  そんなに怒らないでちょうだい、わけがあるのよ、とお豊が云った。三ちゃんにはまえにも世話になったし、こんどもあたしのために来てくれたのよ、河内屋の松どんは旦那の使いで、旦那はあたしの世話をしようっていうので、それで三平さんが伴れて来てくれたのよ、とお豊が云った。幹太郎は耳もかさず、男たちに向ってするどく云った。 「早くしろ――」  二人はとびあがった。 「聞いて下さらないの」と、お豊が云った。幹太郎は男たちのほうを見たまま「幸坊はどうした」と訊いた。 「遊びにいってるわ」 「この時間にか」 「ねえ、お願いよ平手さん、わけを話せばわかることなんだから、ちょっとあたしに話させてよ」 「黙れ、おまえは黙れ」と、幹太郎が叫んだ。  お豊は彼を見た。顔が硬《こわ》ばり、唇がきゅっと曲った。いいわよ、とお豊は云って、ふらふらと立ち、着物の衿《えり》をかいつくろった。 「いいわ、そんならあたしも出てゆくわ」 「なんだと」 「出てゆくっていうのよ」と、お豊が云った、「子供じゃあるまいし、そんなにがみがみどなられちゃ、たまらないわ、そんなにどなられるような覚えはないんだから、なによ、わけも聞かずにえばりくさって」 「おまえ酔っているな」 「酒を飲めば酔いますよ」 「お豊――」 「あんたなんか嫌いよ、平手さんなんか、三ちゃんいっしょにゆこう」  お豊は男たちのほうへいった。  幹太郎は黙って見ていた。なんとも云いようもない感情で胸の奥が燃えるように思え、刀をさげている手がふるえた。  ――みんなむだだった。  お豊をまじめな女にしようという努力、そのために故郷への仕送りも削ったこと、そしていまは、「女に隠し売女をさせている」とまで云われ、ことによると師範の地位も危なくなるかもしれないこと、しかもお豊は平然として「出てゆく」と云い、現に出てゆこうとしていること。それらが幹太郎の頭の中で閃光《せんこう》のように明滅し、忿《いか》りとも絶望とも、悲しみともつかない、激しい感情のために、口をきくことさえできなかった。  男たちは支度を終り、卑屈におじぎをしながら、なにやら詫《わ》び言を云い云い、すばやく上り框《がまち》のほうへ出ていった。 「お豊、おまえは本当に出てゆくのか」と、幹太郎が云った。 「出てっちゃ悪いの」 「おちつけ、おちついて考えてみろ、おまえが四つ目裏から逃げだしたときのことを忘れたのか」 「そこを、とおしてよ」と、お豊が云った、「あのとき逃げだしたのは間違いだったんだわ、あたし平手さんのこと思い違いをしたの、平手さんがあたしを好きで、いっしょに逃げればおかみさんにしてくれるかと思ったのよ、でもあんたはあたしが好きじゃないし、いつまで経っても固っ苦しいことばかり云うし、あたしにゃ、もう辛抱ができなくなった、あんたと逃げたのが間違いだったってことが、はっきりわかったのよ」 「おまえは酔ってるんだ」 「あたしをとおしてちょうだい」 「とにかく、今夜は待て」と、幹太郎はお豊の肩を押えた、「出てゆくにしてもよく考えてからにしろ、今夜は寝て酔いをさましてから」 「あたしに触らないでよ」 「お豊、私の云うことを聞け」  お豊は「うるさいわよ」と叫び、いきなり幹太郎の頬を打った。ぴしっという高い音がし、幹太郎はお豊の肩から手を放した。お豊も自分のしたことに自分で驚いたらしい、眼をみはり、口をあけ、硬ばって蒼《あお》くなった自分の頬を(いま幹太郎を打った手で)ぐっと押えながら、喘《あえ》いだ。 「可哀そうなやつだ」  幹太郎は口の中で呟《つぶや》き、脇へ身をよけながら「さあ」と手を振った。  お豊は顔をそむけて逃げるように出ていった。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  幹太郎は惘然《もうぜん》とそこへ坐った。  ――お豊は戻って来るだろう。  彼はそう思った。  食い荒し、飲み荒した三つの膳が、蝋燭《ろうそく》の短くなった燭台と、行灯の光の下で、彼をあざけり笑っているようにみえた。  幹太郎は眼をそらした。  すると、部屋の隅に新しい茶箪笥《ちゃだんす》があるのをみつけた。このまえには、古道具屋で買った鼠不入《ねずみいらず》があったのに、いまそこにあるのは、桑材らしいしゃれた茶箪笥である。 「どうしたんだ」  幹太郎はそう呟いて、立とうとして、まだ左手に刀を持っていたことに気づき、刀を置いて立ちあがった。  彼は家の中を見てまわった。  納戸に見馴れない着物が二枚、袖だたみにもせず、脱いだなりまるめて突込んであった。一枚は上布《じょうふ》、一枚は鳴海絞《なるみしぼ》り、どちらも新しいし、安い品ではないようである。ほかにはこれといって眼につく物もなかったが、勝手へいってみると、けんどんや岡持や、皿小鉢、丼《どんぶり》、酒徳利などが乱雑につくねてあり、板の間の上に、勘定書が四五枚もちらばっていた。  ――隠し売女をさせている。  富原惣兵衛の言葉が、また錐《きり》でも揉《も》み込まれるように、するどく、耳の奥で聞えた。  幹太郎は六畳へ戻って坐った。 「おれから渡す金だけではこんなまねはできない、なにかの方法で金を作ったのだ、なにか金になることをやって……」  彼は頭を振った。  近所で訊いてみようか、そうすれば事実がわかるかもしれない。同じ町の三丁目に手習いの師匠がいる。そこでは縫い針も教えていて、お豊は毎日かよっていた筈だ。それもちゃんとかよっていたかどうか、たしかめてみなければなるまい。彼はそう考えながら、また「そんなことをしてもむだだ」と、思うのであった。 「訊いてまわる必要はない。おそらく恥をかくだけだろう」と、幹太郎は呟いた。  向島の『島屋』という茶屋で一度、この家で一度、お豊はまるで狂ったように彼に迫った。女に経験のない彼にも、そのときの情熱の激しさは異常に思えたが、幹太郎はいまそのことを思いだして、「こんなふうになるのは」やはり生れつきの性分かもしれないし、まともな女に立ち直らせようなどというのが、初めから不可能なことだったかもしれない、と思った。  ――戻って来ればよし、さもなければこれで打切るとしよう。  彼はそう心をきめた。  お豊は戻って来なかった。遊びにいっていると云った幸坊も、たぶんお豊たちが伴れていったのだろう。やはり帰っては来なかった。幹太郎は自分で寝床を延べて寝、夜明けを待って起きると、差配を訪ねて家のことを頼んだ。  ――お豊が来たら荷物を渡してやるように、それまでは閉めきって鍵《かぎ》を掛けておくように、店賃《たなちん》は自分が払うから。  と、彼は念を押して云った。  差配は承知した。お豊についてなにか知っているとみえ、なんの質問もせず、まるでこうなるのを待ってでもいたように「承知いたしました」と云った。  幹太郎は駕籠をとばせて下屋敷へ帰った。  道場の稽古をちょっと覗《のぞ》き、それから顔を洗い直したり着替えをしたりして、すぐに富原家を訪ねた。すると「役所へあがるから夜にしてくれ」と断わられたので、門切手《もんきって》だけ返して道場へ戻った。  朝食を済ませてから、道場へ出ることは出たが、どうしても稽古をつける気になれない。それで伊勢と上村に代理を頼み、住居《すまい》へ引込んで横になった。  ――まさか売女などはしなかっただろうが。  と、彼は横になって考えた。  ――万一そんなことがあったにせよ、自分には関係のないことだ、お豊とのかかわりを詳しく話せば、わかってくれるに違いない。  そんなことを思いめぐらしているうちに、幹太郎はいつか眠ってしまった。  気持の疲れと、前夜よく眠れなかったためだろう。白川久三郎に呼び起こされたときはすでに、午《ひる》まぢかな時刻だった。 「柴田さんがお呼びです」と、久三郎が云った。  幹太郎は「待ってくれ」と云い、顔を洗って来て「柴田さんだって」と訊いた。そうです、若年寄の柴田|頼母《たのも》さんです、と、久三郎が云った。富原さんではないんだな、と念を押しながら、幹太郎はふと不安な予感におそわれた。  柴田頼母は、道場師範としての幹太郎の支配役である。助教として入藩したときも、正師範に直ったときも、頼母からその旨を伝えられた。――したがって、頼母が呼ぶということは、用件がなんであるか、殆んどきまっているといってもよかった。  久三郎は「私が御案内します」と云った。幹太郎は着替えをし、袴《はかま》を着けて出た。  案内されたのは柴田家でなく、役所の御用部屋であった。頼母は四十歳ばかりの、痩《や》せて色の黒い、能面のように表情のない顔つきの人だったが、幹太郎が坐ると、側にいた書役をさがらせ、二人だけになって、静かにこちらを見た。  用件は「辞任してもらいたい」というのであった。 「やめろと仰《おっ》しゃるのですか」幹太郎は思わず問い返した。おそらく顔色が変ったであろう。彼は屹《きっ》と頼母の顔をみつめながら、云った、「理由は金杉の家のことですか」 「いや、そうではない」  頼母はさりげなく云った。 「お勝手向の都合で、本邸のほうから千葉先生門下の上位者を、師範として呼ぶことになったのだ」 「金杉の家のことなら釈明させてもらいたいのです」と、幹太郎は云った、「私も富原さんからうかがうまでは知りませんでした、話を聞いてすぐにゆき、噂《うわさ》の虚実をたしかめようとしたのですが、女は家を出ていってしまいました」 「そのこととは無関係だ」 「いや、どうぞ聞いて下さい」と、幹太郎は云った。  彼はお豊のことを詳しく、残らず話した。頼母はしまいまで聞いていたし、その眼には同情の色さえあらわれたようであった。それに力を得て、幹太郎は自分の身の上も語った。不遇に死んだ父のこと。仕送りをしなければならない故郷の母や妹たちのことまで――そこまで話すのは苦痛であり恥ずかしかったが、事実、母や妹たちのためにも、現在の扶持《ふち》から放れたくなかったのである。 「私は秋の総試合に相当いい成績をあげる自信があります、ことによると二人は勝ちぬくかもしれません」と、彼は云った、「どうしても辞任がやむを得ないとしたら、秋の総試合の済むまで待って下さい、総試合が済んでからならよろこんで辞任します」  どうかお願いします、と云って幹太郎は両手をついた。  頼母は暫《しばら》く黙っていた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  頼母は黙って、あけてある障子の向うの、中庭のあたりを眺めていたが、やがて、扇子で袴の襞《ひだ》を撫《な》でながら、静かな眼で幹太郎を見た。 「事情はよくわかったが、辞任の件はどうしようもない」と、頼母は云った、「そこもとが不承知なら、こちらから解任することになると思う」 「では、総試合までというお願いもだめですか」と、幹太郎は訊いた。柴田頼母はそれには答えずに、また中庭のほうへ眼をそらした。  ――よせ、卑屈になるな、幹太郎は自分に云った。  彼は自分が『歎願《たんがん》』しそうだということを感じた。淵辺の道場を逐《お》われたあと、飢えて巷《ちまた》を放浪したときの、野良犬のような姿が頭にうかび、故郷で僅かな仕送りを待っている、母や妹たちの顔が見えるようであった。いま扶持に放れることはできない。なんとかこの扶持を放さずにいたい。そういう願望が、危なく口をついて出かかったのである。 「ではこれで――」と、幹太郎は云った、「すぐに荷物を纒《まと》めてひきはらいます、いろいろお世話さまでした」 「さぞ不本意だろうが」と、頼母は云いかけて、しかし、あとは云わずに、紙に包んだ物をそこへさし出し「些少《さしょう》ではあるが謝礼だから」と云った。  ――手を触れるな、幹太郎はそう思ったが、受取らないわけにはいかなかった。彼は赤くなりながら、それを取り、会釈して座を立とうとしたが、ふと頼母を見た。 「野口重四郎の処分はどうなるでしょうか」  頼母は首を振った。 「私には、わからない」 「彼はきまじめな好い青年です」と、幹太郎は云った、「相手の女は、これまでにも不倫なことがあったそうで、若いし、一本気な野口は女に誘惑されたに相違ありません、なんとか助けてやって頂きたいのですが」  頼母は不審そうな眼つきで、幹太郎をじっとみつめたのち、自分にはどうしようもない、と無感動に云った。 「野口は二十歳です。酒もあまり飲まないようですし、ほかの者のように女あそびも知りません、しかし二十歳という年齢が、どんなに動揺しやすい時期であるかは、貴方にも御経験があると思う」  と、幹太郎は云った。 「きまじめで、世間知らずな者ほど、誘惑に脆《もろ》いばあいがあります。まして相手がそういう淫奔な女だとすれば」 「そこもとはどうだ」と、頼母が遮《さえぎ》った。幹太郎は口をつぐんだ。頼母は静かに云った。 「そこもとの話によると、お豊というその女も尋常な性分ではないようだ。私の聞いたところでは、そして、これはかなりたしかなことらしいが、お豊はしばしば近所の男をひきいれて、いかがわしい行いをしていたという、そこもとは、二十歳ではないかもしれない、だが、酒も飲まず遊蕩《ゆうとう》もしないそうだ、それでもお豊とは、かかわりがなかったというではないか」 「もちろん、そんな関係はありません」 「どうしてだ」 「それは――しかし、私のばあいは違います」 「ではそこもとが、野口の立場にいたとしたら、やはり誘惑に負けると思うか」  幹太郎は口をつぐんだ。 「人間は条件によって、左右されるものではない」と、頼母は続けた、「こんどの辞任についても同じことが云えると思う、師範の地位を去るということは、さぞ不本意であろう、私にもそれはわかる、だが、この地位にとどまろうと去ろうと、そこもとの本質には関係はないだろう、もしこれによって、そこもとが失望したり、自暴自棄になったりするとしたら、それは辞任という条件のためではなく、そこもと自身の本質によるのだ」  幹太郎は唇を噛《か》んだ。 「野口のばあい、女が悪いと云うことに間違いはない、誰でも知っていることだ」と、頼母は云った、「だが、彼は男であり、侍だ、誘惑したのは女だという条件を楯《たて》に、責任を女にかぶせるようなことは、彼が男であり、侍である以上できないだろうと思う」  幹太郎は頷《うなず》いた。そして「わかりました」と云った。頼母は調子を変えて「これはよけいな差出口かもしれないが」と云った。 「千葉先生が、そこもとの稽古を見て、非凡な質だと褒めておられた、もし、そのつもりがあるならお玉ヶ池を訪ねてみてはどうか」 「はあ――」と、幹太郎は頭を垂れた。  頼母はなお、なにか云おうとするふうだったが、頭を振って、「自分で役に立つことがあったら相談にのろう、困ったことがあったら云って来るように」と云った。  幹太郎は、礼を述べて立った。  彼は、頼母の言葉に、深く感動した。人間は条件に左右されてはならない、師範の地位にとどまろうと解任されようと、自分の本質には無関係である。そうだ、と幹太郎は思った。たしかにこんな事は重大ではないし、お豊のために、こうなったと思うのもみれんだ。  ――千葉先生が非凡だと云われたそうではないか。  当代屈指の剣士から『非凡な質だ』と認められたのだ。大名の下屋敷の師範などで、いい気になっている年ではない。親きょうだいに仕送りしたり、お豊の面倒をみたりすることは、平手幹太郎自身にとって第一義ではないんだ。 「そうだ、こんな、なまぬるいことをしていて、第一流の剣士になれる筈がない。飢えることなどは問題ではないじゃないか、この道を極めることが困難だということは、初めからわかっていた筈だぞ」  彼はそう呟いて、力づよく額をあげた。  幹太郎はその足で道場へゆき、稽古を中止させて「自分が辞任する」ことを話し、なお、秋の総試合をしっかりやるように、と激励した。かれらも辞任のことは聞いていたのだろう。かくべつ驚いたようすはなく、ただ(いかにも気の毒そうに)黙って頭をさげていた。 「本邸から私の代りが来るそうだが」と、幹太郎は云った、「試合には、これまで私の教えた技をくふうするほうがいいと思う、伊勢と上村の二人は頼みにしていい、みんなが立派にやってくれるものと信じている」  そして、上村弥兵衛と伊勢万作とに、「頼む」と云った。二人は頷いたが、二人とも、幹太郎の顔を見ようとはしなかった。  住居へ戻ると、幹太郎はすぐに荷物を纒めにかかった。すると、白川久三郎が来て「本邸から平手先生の代りが来るというのは、なにかの間違いでしょう」と云った。 「私は柴田さんから聞いたんだ」 「それは違います」と久三郎は云った、「代りには佐藤市郎兵衛どのが復任するそうですよ」 「佐藤――」と云って、幹太郎は振返った。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  佐藤市郎兵衛は、幹太郎の前任者で、幹太郎は彼に代って師範になったものであった。  幹太郎が任命されたのは、菱川なにがしの出来事が、一つのきっかけになったけれども、市郎兵衛が老齢で、すでに師範の役を充分にはたせなくなっていた、ということのほうが、もっと直接な理由であった。  ――その市郎兵衛が復任する。  師範の役がはたせない、と認められて解任された者が、どうしてまた復任するのか。 「これで事情は御想像がつくと思います」と、白川久三郎は云った、「もっと早くわかっていれば、われわれにも、なんとか手段があったでしょうけれど」 「では、佐藤どのの告げ口か」 「富原さんとは昵懇《じっこん》のようですから」  幹太郎は頷いて「わかった」と云った。  いい年をして、ひとの私生活を嗅《か》ぎまわったり、それを密告したりするとはひどい人だ。そう思ったが、すぐに思い返した。  ――いや、そうではない、いい年だからこそだ。  おそらく老人は、師範の地位にとどまりたかったのだろう。佐藤老には、佐藤老の生活がある。ここの師範だからこそ扶持が貰えるので、ここを解任されては、生活ができないのかもしれない。  ――おれにとっても、佐藤老にとっても、生きてゆくということは辛いものだ。  幹太郎は、そう思い返し、白川久三郎に向って「ほかの者には黙っているほうがいいな」と云い、微笑してみせた。  彼は麻裃《あさがみしも》に改めて、辞任の挨拶にまわった。久三郎は「門下の者たちが別宴を設けたいと云って来た」と告げたが、幹太郎は「おちついたら自分のほうで招こう」と答え、誰にも会わずにひきはらった。  金杉の家へ着いたときは、もう日が昏《く》れていた。そして、差配の家へ寄ると「お豊が来て荷物を持っていった」と告げた。  幹太郎は無関心に頷いたが、お豊にもういちど平手打ちをくわされでもしたような、怒りとも、悲しみとも分ち難い、淋しさと失望を感じた。自分では「別れるほうがいい」と思い「荷物を取りに来るだろう」とも思った。だが、そんなに早く来るとは予想しなかったし、心のどこかでは「詫びをいれに戻るだろう」という期待さえあった。  ――これでいい、このほうがいいんだ。  幹太郎は自分で自分にそう云いふくめた。しっかりしろ平手、みれんだぞ、と心のなかで自分にどなった。  差配がなにも云わないところをみると、お豊は伝言ものこさず、自分のいどころも云わなかったらしい。幹太郎は鍵をあけて、家へはいり、荷物を投げだしたまま、灯をつける気にもなれず、ややながいこと、六畳の暗がりでぼんやりと坐っていた。  頼母から渡された包には、金十五両と、頼母の手紙が入っていた。  ――もし、金杉の家から移転するようなら、おちついた先を白川久三郎まで知らせてもらいたい。かくべつ理由はないが。  手紙はそういう簡単なもので、なお「不自由なことがあったら遠慮なく云って来るように」と書き添えてあった。十五両という金額も思いがけなかった。故郷の家へその半分を送っても、倹約をすれば一年は生活することができる。そのうえ「困ったら相談に来い」と繰り返していう頼母のしんせつな気持が、彼には胸にしみて嬉しかった。 「柴田さんは、おれを認めているんだな」と、彼は声に出して云った、「人間は自分ひとりということはないんだ、柴田さんは解任の事情も知っているし、おれの話も信じてくれた、おれには秋田平八がいるし柴田さんという人もいる、千葉先生もおれの腕を認めてくれたというじゃないか、そうだ、おれは孤独じゃあない」  幹太郎は眼をつむり「やるぞ」と口の中で云った。  ――謙遜《けんそん》になろう。  と、彼は思った。  彼は千葉周作を尊敬してはいたが、なに負けるものかという意地もあった。頼母に「訪ねてみてはどうか」と云われたときも、剣士として対等に会うなら会おう、いまは会いたくはないと思った。  ――教えを受けるなら浅利又七郎もいるし、斎藤弥九郎、伊庭《いば》軍兵衛、大石進などもいる。なにも千葉周作には限らない。  そう考えたのである。  自分の稽古を見られたこと、秋の総試合で千葉の北辰《ほくしん》一刀流と、自分のあみだした技とを、ぶっつけてみようと思った対抗意識が、そんなふうに考えさせたのであろう。だが、幹太郎はいま「謙遜になろう」と思った。  いちど秋田に相談したうえで、千葉道場を訪ねてみよう。そしてその結果によっては、入門してみっちり修行し直すのもいい。そう心をきめた彼は、翌日すぐに旅籠町の『山源』へゆき、秋田平八に使いをだした。  平八は午後おそく来た。  辞任のいきさつを聞いたとき、平八は咎《とが》めるような眼つきで幹太郎を見た。彼は幹太郎がお豊の面倒をみることに反対だったし、なにか悪いことが起こるような予感があったので、辞任の驚きよりも、怒りのほうを強く感じたようであった。  だが、口ではなにも云わなかったし、幹太郎の話を終りまで聞くと、表情をやわらげ、千葉道場を訪ねることにも賛成した。 「国もとへは知らせないほうがいいと思う」と、平八は云った、「また、その金も持っているほうがいいだろう、かやさんからの手紙では、どうやら無事にやっておられるようだ」 「妹から手紙があったのか」 「ようすを知りたいので、私からときどき問い合せるんだ」と、平八は眩《まぶ》しそうな眼をした、「つい四五日まえにも返事をもらったのだが、いままでの送金でやってゆける、と書いてあったよ」 「おれのほうへはなんの便りもない」 「それは私が注意したからだろう、もう少しおちつくまでは、手紙を出さないほうがよかろう、相談があったら私に云って来るようにと、このまえ江戸から帰るときに念を押しておいたんだ」  幹太郎は暫く平八を見ていて、「そうか」  と、云いながら眼を伏せた。 「国のことまで、心配をかけていたんだな、済まない」 「よしてくれ」平八は手を振って、「じつは、私にも、話したいことがあるんだが」  と云いかけ、だがすぐ思い返したように、いやまだいい、あとのことにしようと云った。  幹太郎はかくべつ気にもせず、夕食を共にしてから彼と別れた。  翌日、幹太郎は神田お玉ヶ池の千葉道場へゆき、周作に面会を求めた。  名を通じると、千葉定吉という人(周作の弟だという)が出て、接待へ招じ、用件を聞いた。  そして、周作は夕方でないと帰らないから、改めて来るように、用件は伝えておくと答えた。  彼は夕方に出直した。  周作は帰っていた。名声の高いにもかかわらず、すべてが簡明率直で、威を張るようなふうはどこにもなく、周作その人も――その厳しく重厚な風貌《ふうぼう》はべつとして、幹太郎の希望をこころよく聞き、 「腕はみなくともわかっている」  と、云って入門を許した。  幹太郎はその翌日、道場へ移った。 [#3字下げ]暦日[#「暦日」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  四年経った。  幹太郎は二十七歳になり、名も深喜《みき》[#1段階小さな文字](註、彼の名は一般に『造酒《みき》』として知られているが、高倉テル氏の考証によると『深喜《みき》』が正しいそうで、作者もそれに従った)[#小さな文字終わり]と改めた。  ――平手深喜。  千葉道場での彼の立場は、やや別格であった。  夜明け前、周作に稽古をつけてもらうと、あとは午前と午後の二回、中級の門人に稽古をつける。そのほかには、なんの役も付かなかった。  千葉周作は、そのとき四十五歳。岐蘇《きそ》太郎、栄次郎という二人の男子があって、次男の栄次郎は異才といわれる腕をもっていた。  門下では、塚田孔平、稲垣定之助、海保帆平《かいほはんぺい》、庄司弁吉、大羽藤蔵、井上八郎などが第一級であった。  周作は自分では道場へおりなかった。  栄次郎や他《ほか》の上位者に稽古をつけさせ、自分は見ていて注意を与える。ごく稀《まれ》に道場へおりることがあっても、木剣で型を示すくらいのもので、自分で打ちあうなどという例は殆んどなかった。  だが、深喜には稽古をつけた。  周作は稽古着に胴だけつけ、深喜は面もつけるのであるが、周作のほうから打込むことはない。深喜に打込ませるだけだし、口では何も云わない。  ――技《わざ》を使うな。  というのが鉄則であって、特に深喜の『切尖《きっさき》はずし』『籠手返《こてがえ》し』などの技は厳重に禁じられた。  深喜の稽古は懸命だった。  周作に教えられるときは、云うまでもなく、栄次郎や、他の上位者の稽古ぶりを見ると、自分の腕が自分で考えていたほどでないことを痛感した。  これは彼にとって、深い驚きであった。  もちろん腕が段ちがいというのではない、塚田や海保たちとも竹刀《しない》を合せてみたが、勝負はたいてい五分と五分であった。ただ、彼は自分がもっと上を使うと信じていたので、無技巧にちかい、かれらの刀法が、無技巧のままに強い点で驚いたのである。  ――技を使うな。  と、周作はきびしく戒めた。  栄次郎には(深喜の眼には)特異な技があるようだった。しかし、他の人たちは師の教えを厳守していたし、その上に各自が会得すべきものを会得していた。  彼は自分の眼がひらいたように思った。  これまで感じたこともなく、彼の眼から隠されていた道が、幕を切って落しでもしたかのように、彼の前にひろく大きく展開したように感じられた。  たしかに、彼は自分の視界がひろがったと思った。  ――よし、やるぞ。  と、彼は自分に云った。  仙台藩を出たことはよかった。あのままでいたら生活は安穏《あんのん》かもしれないが、結局は下屋敷の師範として、小さく固まったにちがいない。そうだ、淵辺《ふちのべ》道場を逐《お》われたこともよし、伊達家から逐われたこともよい。不幸や不運は、それに屈しさえしなければ、人を成長させ新しい力を与える。そうだ、と深喜は思った。  ――おれは、ここで第一位になってみせるぞ。  彼の日常は稽古と技のくふう以外になにもなかった。  夜半、ひそかに道場へ出て、昼のうちに思いついた手を試みてみたり、また、しばしば、夢のなかに妙手をみてさめ、寝衣《ねまき》のまま道場へいって、その(夢にみた)手をためしてみたりした。  或日、――それはほぼ一年くらい経ったときのことであるが、道場へ他流試合を申込んで来た者があった。 「筑後柳河《ちくごやながわ》藩の大石という者だ」と、その男はいった。  道場の人たちは、いろめき立った。大石進はそのとき三十二歳、豪放な太刀さばきで知られていたし『道場やぶり』をすることでも評判が高かった。  ――もしここへ来たら。  と、千葉道場の人たちは云いあっていた。ここへやって来たら『道場やぶり』などというしゃれたまねはさせないぞ。そういいあっていたので、その人が来たと聞くと、みんな『すわこそ』と眼を見交わした。  ちょうど周作の留守であった。  ――誰が出る。  栄次郎を中心に人選をした。みんな自分が出たいらしい、平手深喜は新参なので黙っていると、気の早い海保帆平がとびだした。  だが帆平は負けた。  次に井上八郎が出、稲垣定之助が出た。そして二人が簡単に負けると、初めて深喜が立ちあがり、「お願いします」と栄次郎に云った。まだ庄司弁吉と大羽藤蔵がいる。最後には栄次郎が自分が出るつもりだろう。だが、彼は深喜に頷《うなず》いて「むりをするなよ」と囁《ささや》いた。  大石は意気軒昂《いきけんこう》だった。  三人と勝負したのに、少しも疲れたようすがないし、呼吸も変ってはいない。口でこそなにも云わないが、すでに、千葉道場を呑んでかかっていることは明らかであった。  礼を交わして間合《まあい》をひらくと、深喜は切尖さがりの青眼につけた、大石は初め青眼につけて、すぐ八双に構え直した。  ――やるな。  と、深喜は思った。  青眼から八双に変えたとき、深喜には大石がどういう手に出るか、およそ見当がついた。それですばやく左へ半歩まわり、切尖を少しあげた。  どちらも無言。  やがて、大石は八双から上段へ変った。そのとき深喜が間《ま》を詰め、切尖を相手の喉《のど》に向けた。大石の呼吸が止った。  ――しまった。  という色が大石の眼にあらわれた。上段の構えは、そのまま釘付《くぎづ》けにされでもしたようだし、深喜の竹刀の尖端は、大石の喉に向って微動もしなかった。  呼吸五つばかり、突然、両者の口から絶叫がとび、深喜は竹刀を振りながら、大きくうしろへとびのいた。  大石の竹刀ははねとばされて、道場の隅まで飛んでゆき、乾いた音を立てて床板の上へ落ちた。  大石は茫然としていた。 「いかが――」と、深喜が云った。すると大石は眼がさめたように「もう一本」と云いながら、竹刀を拾って向き直った。  だが、千葉周作があらわれて「それまで」ととめた。ちょっとまえに戻って二人の試合を見ていたらしい。大石に向って「こんど立合えば貴方の勝ちは明白である。御教授かたじけない」と、鄭重《ていちょう》に一礼し、おちかづきに一盞《いっさん》さしあげたいと云って、自分から奥へ案内した。  大石進はらいらくに、饗応《きょうおう》を受けたうえ、深喜が「神妙な技を使う」と褒めた。 「ふしぎな刀法だ」と、彼は繰り返した、「失礼ながら御流儀とは違うようだし、これまでかつてみたことのない太刀筋だと思う、いい御門人をおもちで楽しみでしょう」  周作はそらすように、ただ微笑するだけであった。  その夜、深喜は周作に烈しく叱られた。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  大石進が去ったあと――  周作は塚田や海保ら(栄次郎も含めて)七人の者を呼びつけて叱った。  他流の剣士と試合をするばあいは、必ず周作の許しを得なければならない。それが千葉道場の規則である。にもかかわらず、周作の留守にその禁をやぶったのは、二重の罪である。  ――七人とも三日間の謹慎だ。  と、怒った。  平手深喜は謹慎はまぬかれた。  だが、その夜、一人だけ周作に呼びつけられて「どうしてあんな技を使ったか」と責められた。 「やむを得なかったのです」と深喜は答えた。 「なにがやむを得なかった」 「明らかに道場やぶりに来たようでしたし、海保さんたち三人が負けたものですから、道場の名聞《めいぶん》のためにどうしても勝たなければならなかったのです」 「私は技を使うなと云ってある」 「それは、――他流との試合だからいいと思いました」  深喜はそう答えた。  周作は黙って、ややしばらく深喜の顔をみつめ、それから嘆息するように「わからないやつだ」と云った。 「おまえには、まだわが流儀の精神がわからないのだな」  深喜は頭を垂れた。 「海保ら三人もばかだが、おまえは未熟だ、おまえは本当に三人が負けたと思うのか」と、周作は云った。  思いがけない言葉なので、深喜は顔をあげて周作を見た。周作は続けた。 「かれらが試合をしたのはばかだが、負けたのはまだしもましだ、おまえには、それさえもわかっていない」 「お待ち下さい」と深喜が反問した、「私の眼には、海保さんも、井上、稲垣さんも負けたとしか見えませんでした、勝負は紛《まぎ》れのない、はっきりしたものだったと思うのですが」 「それは打つ打たれるの問題だ」 「しかし勝負は」 「私は打つ打たれるを問題にしてはいない、そんなことは少しも重要ではない、面《めん》籠手《こて》をつけた竹刀の勝負など、勝っても負けてもさしたることはないし、それは剣の道の末節にすぎない」と周作は続けて云った。  伊達家本邸におけるあの年の総試合で深喜の教えた門人たちはよく勝った。特に『切尖はずし』の一手は勝負手としてすぐれていたし、伊勢万作は第二位まで勝ちぬいた、と周作は云った。  深喜は初めてそれを聞いた。  師範を辞して以来、自分のことにとりまぎれていたし、もはや『総試合』の結果などに関心をもつ暇もなかった。いま聞くのが初めてであるが、伊勢万作が二位になったというのは、深喜にとってさすがに嬉しかった。  だが、周作はそうではなかった。 「伊勢がそこまで勝ちぬいたのは、剣の道によるのではなく技のおかげだ、平手の教えたあの技が勝ったので、伊勢万作それ自身が勝ったのではない、これは邪道だ」  深喜は屹《きっ》と目をあげた。 「技によって勝つ者は、技によって必ず負ける、技はくふうすればあみだせるし、くふうは一人だけのものではない、平手のあみだす技が神妙だとすれば、平手のあとに、もっと神妙な技をくふうする者が出るだろう、それは道の精神に反するし、まったくの邪道だ」 「お口を返すようですが、勝負は技の優劣できまるのではないでしょうか」 「私はそんなことを云ってはいない」 「しかし、勝敗は常にあります」 「私の流儀にはない」と、周作は云った、「刀法がおのれを守り、敵を討つ手段だったのは過去のことだ、戦場は云うまでもなく、敵を討ち倒すなら、鉄炮《てっぽう》のほうが早いし確実だ、平手の技がどんなに神妙でも、鉄炮の弾丸《たま》に勝つことはできない、そうではないか」  深喜はまた頭を垂れた。 「私の流儀は不退転《ふたいてん》の精神を躰得《たいとく》することにある、生死に惑《まど》わず、大事に処して過《あやま》たない金剛心《こんごうしん》、それを会得することが目的なのだ、口で云うのは易いが、私は稽古のなかから感知してもらいたかった、繰り返して云う、勝敗に拘泥《こうでい》するな、技は末節にすぎない、この二条をよく思案して修行するがいい」  そして周作は「さがってよい」といった。  ――本当にそうだろうか。  深喜は自分で反問した。  刀法はどこまでも刀法であり、勝負があれば『勝つ』ほうがいい。生死に惑わず、大事に処して過たない金剛心などというものは、刀法の修行でなくとも得られる。禅家《ぜんけ》の修行などは、もっと直接にそのことに向けられているのではないか。  ――精神的な求道や、勝敗を度外視した刀法などというものこそ、むしろ剣の本道からそれたものではないだろうか。  鉄炮は刀より強い。だが一発の弾丸は必ず敵に命中するとは限らないし、その一発が絶対に避けられないともいえない。  ――第一発を仕損じて、第二発を充填《じゅうてん》する暇に、とび込んでいって斬ることもできる。  深喜はそうも思った。  自分は自分の道をゆこう。千葉周作には彼の道があるし、自分には自分の道がある。刀法で身を立てる以上、すぐれた技法をくふうして『勝つ』ことが第一だ。『技』とは奇巧ではなく、敵を討つための正確な太刀さばきをいうのだ。  ――勝つことは正しい。  正しいことが邪道である筈はない。  深喜はそう信じた。そして、周作にはもちろん、誰にも知れないように、ひそかに必勝の技のくふうを続けた。  その四年のあいだ、ほかにはあまり変ったことはなかった。故郷のほうも、同じようなぐあいらしく、妹のかやが婚期におくれそうなので「良縁があったら嫁がせてはどうか」と手紙をやったが、母からの返事によると「かやにその意志がない」ということであった。婚資《こんし》のないことも、理由の一つだろうし、おちぶれた郷士の娘では、ちょっと縁がないかもしれない。  ――おれが第一流の剣士になり、道場でも持つようになれば、いい縁談もあろう。  そうなれば、妹たちにも、それ相応の縁談があるだろう。それまで辛抱してもらうよりしかたがない。深喜はそう思って、そのことは考えないようにした。  秋田平八とは、月に二度くらいずつ会った。淵辺道場はうまくゆかなくなり「門人も減るばかりだ」などという話を聞いた。 「私も、身のふりかたを考えなければならないらしいよ」 「なにか思案があるのか」 「ないこともないが、いずれそのときになってから相談するよ」  そんな話も出たが、しかし、すぐにどうということもないらしく、天保八年の二月を迎えた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  天保八年二月、大坂で大塩平八郎の乱が起こった。  数年まえから、全国の各地に、凶作や不作が続き、その地方には餓死者も出たし、江戸でさえ(甚《はなは》だしい米価の騰貴で)饑餓に迫られる者が多くなった。  幕府では『米価抑制』と『貧民救済』についていろいろ手を打った。  だが、今も昔も、政治が、実際の必要に応じて行われる例は少ない。米価を抑制すれば、商人たちは米を隠してしまう。当時は封建政治だから、まだ『幕府の権力』をもちいることができた。しかし現実には、その『権力』も『経済力』の支えなしには存在することができなくなっていたし、むしろ『力』は逆になっていたといってもいいので『御布令《おふれ》』なども、殆んど形式以上の効力はなかった。  貧民救済のほうも同様である。  一年まえから、市中の数カ所に『お救い小屋』が設けられ、またしばしば施米《せまい》や施粥《せがゆ》が行われた。それは、そのとおりであるが、規定どおりに行われることはなかった。  施米のばあい、男に対して一日三合、老人や女子供が二合と定まっても、当人たちに渡されるときは三合が二合になり、二合がまた削られる。一区劃百人の窮民がいるとすれば、その条件に難癖をつけて、三分の一人の数をはねてしまう。今も昔も、役人たちのすることは似たようなものらしい。こういう事実を知っている窮民たちは、せっぱ詰ると暴徒になった。  大塩平八郎が乱を起こしたのも、これらの状態を座視するに忍びなくなったからで、その檄文《げきぶん》の中には、 [#ここから1字下げ]  ――四海困窮いたし候えば、天禄ながく絶えん。小人《しょうじん》に国家を治めしむれば、災害ならび至る。 [#ここで字下げ終わり]  という書きだしで、  天皇が足利《あしかが》氏このかた、政治や賞罰の権を失われたため、下民に不平や恨みがあっても訴えるところがなく、その怨恨《えんこん》はただ天道にすがるよりほかにない。近年、天災|饑饉《ききん》の続くのは、これら下民の怨恨が天に通じ、天が為政者に戒告を与えたものである。にもかかわらず、上にある人々は、その点を反省することなく、依然として小人奸者《しょうじんかんじゃ》に大切な政治を任せ、ただただ下民を悩ませ、金穀《きんこく》を取立てる手段ばかり講じている、とか。  廻し米の世話もしないでいて、五升一斗ぐらいの米を買いに来た窮民を召捕り、とか。  三都の富豪どもが、諸大名へ貸付けた金の利子で、未曾有《みぞう》の富を積み、町人の身をもって大名の家へ用人格におさまったり、おびただしい田畑新田などを持って、なに不自由なく暮しながら、餓死に迫られている貧民乞食を救おうともしない、とか。  かれら富豪どもは、大名の家来とか役人などに賄賂《わいろ》を使い、揚屋茶屋で饗応し、さし迫った天下の難事をよそに、妾宅《しょうたく》で歓をつくしたり、堂島で相場を争ったりするばかりだが、これを取締るべき役人が、かれらに買収されているので、如何《いかん》ともなし難い、とか。  こういうありさまでは、堪忍なり難いから、天下のためと思って、血族に禍いのかかるのを承知のうえ、有志の者と計って事を挙げる。下民を苦しめ候《そうろう》諸役人をみな誅伐《ちゅうばつ》いたし、ひき続いて驕《きょう》に長じ居候市中金持の町人どもを誅戮《ちゅうりく》に及び申すべく、とか。  極めて率直に、政治の悪いことや、金持と役人の不正不義を怒り、これらを『誅戮』すると宣言しているのである。  平手深喜もこの檄文を読んだ。  それは大坂の騒擾《そうじょう》があっけなく揉潰《もみつぶ》されたあとのことで、その檄文も大塩の書いたものの写しだから、原文どおりであるかどうかは、わからないが、字句の裏におどっている平八郎の、不正不義に対する烈火のような忿《いきどお》りだけはなまなましく、するどく彼の心を突き刺した。  ――こういう人間もいるのか。  と、深喜は思った。  そのすぐあと、彼は海保帆平と口論をした。月例試合のあった日で、その夜は道場で小酒宴がひらかれる。周作は門下の者の日常にきびしい規則を課し、粗衣粗食は云うまでもないし、飲酒|遊蕩《ゆうとう》は固く禁じてある。ただ月に一度、月例試合のあとでだけ、質素な膳に酒が付くのであった。  その席には、上座下座の差別がなく、千葉栄次郎を中心にするかたちで、門下の上位者が十七人ほど並ぶ。――小酒宴といっても、常の一汁一菜に焼魚が一皿加わるだけだし、酒も一人に二本あてしかないので、金まわりのいい者たちは手早く片づけて(よそで飲むために)さっさと退散し、残るのはたいてい七八人で、その顔ぶれも殆んど定まっていた。  深喜は飲まないから、いつも先に座を立つ組であるが、そのときは『大坂騒擾』の話が出、海保帆平が奇矯なことを云いだしたので、食事の済んだ膳を前に、じっと坐って聞いていた。 「大塩は当代の義人だ」と、帆平は云った。  大塩平八郎とその同志たちは、世の不正不義を糺《ただ》すために身命をなげうった。自分のためではない、一身一族の栄辱《えいじょく》を捨て、最大多数の民百姓のため、天下の政道をよくするために、あえて賊名を負って死んだのだ。  大塩の先祖は、岡崎時代から徳川氏に仕え、彼の祖父は尾張家の家臣であって、さらに大坂城代付きの与力に転じた。いわば、徳川恩顧の士であるのに、そのうえ陽明学者として高い識見があるのにしかもなお、彼は断乎《だんこ》として幕府に矢を引いた。 「おれたちは、この事実を正視しなければならない」と、帆平は云った。  大塩は政治の腐敗と、世道の紊乱《びんらん》が、なんに由来するかを檄文で書いている。「――天子は足利家以来、別して御隠居御同様、賞罰の柄《へい》を御失い候につき」これである。かつて明和のころ、山県大弐《やまがただいに》はその著『柳子新論《りゅうししんろん》』のなかで位禄を分つことが天下の乱れるもとである、と云った。朝廷は諸臣に位階を与えるだけ、政治の実権は幕府の手にある。これではやがて天下は崩壊するだろう、というのであった。  大弐は刑死し、大塩もまた同様に死んだ。両者とも、その所論は『天子に政権を還せ』というにある。さもなければ道義の紊乱も政治の頽廃《たいはい》も防ぐことはできない、と主張しているのだ。 「おれたちは、これを傍観していてはならない、おれたちもなにごとかを為《な》さなければならない、みんなそう思わないか」と帆平は、みんなの顔を順に見まわした。 「私は、そうは思いません」と、深喜が云った。  みんなが一斉に深喜を見た。帆平は「よし」といい膝《ひざ》へ両手を突いて云った。 「よし、平手の意見を聞こう」 「人には、それぞれの生きかたがあります」と、深喜は云った、「私は、大弐の説を知りませんが大塩という人の気持はわかります。けれども、政治や道義の頽廃を、暴挙によって改革しようとすることには反対です」 「反対する理由はなんだ」 「破壊や殺戮によって事を行うことが、承服できないのです」 「ほかに手段のないときでもか」 「いかなる場合にもです」 「平手は臆病者だ」と、帆平は声をあげていった。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  深喜は口をつぐんだ。 「平手は臆病者だ」と、帆平は繰り返した。 「それは海保さんがそう云うだけのことですよ」と、深喜は静かに答えた、「大塩という人が騒擾を起こしたのは、その人自身そうせずにいられなかったからで、私が暴動や破壊を嫌うのは私の生きかたです、それをもし、臆病者だと云うのなら、私はそうですかと答えるだけです」 「侍が臆病者と云われて、そうですかで、済むと思うのか」 「海保さんがそう云いたいものを、私が止めることはできませんからね」 「臆病のうえに卑怯《ひきょう》者だ」と、帆平は罵《ののし》った。 「どうして、そんなにどなるんですか」と、深喜が云った、「貴方が、もし大塩という人に続こうと思うのなら、他人の意見を訊くこともなし、私などに喧嘩《けんか》を売ることもない、さっさと思うようになすったらいいでしょう」 「おれが喧嘩を売るって」 「天下とか、政治とか道義とか、口でいきまくくらいのことはたやすいですからね、また臆病者だとか卑怯者なんていうことも、口で云うぶんには、たやすいものですよ」  帆平が「こいつ」と云った。  井上八郎が「二人ともよせ」と云った。千葉栄次郎は黙って酒を飲んでいた。塚田、稲垣、大羽たちは、栄次郎が黙っているので、これも知らぬ顔で聞いているし、庄司弁吉などは、にやにやしながら、もっとやれもっとやれ、とでもいいたげな眼で深喜を見た。  海保帆平は腕も立つが、向うっ気が強く、口が荒く、喧嘩っ早いので、平生みんなからけむたがられている。井上もいちどは「よせ」と云ったが、栄次郎はじめ、ほかの者が知らん顔をしているので、それ以上とめようとはしなかった。 「こいつ、おれを侮辱したな」  帆平は片膝を立てた。 「なにが侮辱です」 「いまの言葉は侮辱だ」 「臆病者とか卑怯者とか云うよりもですか」 「こいつ新参者のくせに」と、帆平はとびあがって叫んだ、「勘弁ならん、道場へ出ろ」 「それはよしましょう、貴方は酔っている」 「道場へ出ろ」  と、帆平は絶叫し、大股《おおまた》に近よって、深喜の肩を小突いた。  深喜は躯《からだ》を捻《ひね》ってその手をよけたが、静かに立ちあがって、「皆さんお聞きのとおりです」と云った、やむを得ないと思いますが、いいでしょうか、――だが、誰もなにも云わなかった。  栄次郎はそっぽを向いているし、庄司弁吉は「やれやれ」と云わんばかりに、深喜に向って顎《あご》をしゃくっていた。  帆平は「来い」と叫んで、いさましくとびだしてゆき、深喜もそのあとからついていった。  すると、二人のうしろから庄司弁吉が、手燭《てしょく》を持って追いつき、道場の要所要所へ灯を点じながら「よさないか」とか「穏やかに話したらどうだ」などと、制止するよりも、けしかけるような調子で、うわのそらなことを、せかせかと云った。  帆平は袴《はかま》の股立《ももだち》も取らず、木剣を持って道場のまん中へ出た。  深喜も同様にした。 「おい、それはいかんぞ」と、庄司が云った。それではけがをする、道具を着けて竹刀でやれ。よけいな口を出すな、と帆平がどなり返し「さあ来い」と云って高正眼《たかせいがん》に構えた。  深喜は少しさがって、帆平の眼をみつめながら、やはり高正眼に構えた。  庄司は羽目までさがり、両手を擦り合せながら「面白くって堪《たま》らない」とでも云いたげな、うきうきした眼で二人を眺めていた。  帆平が声を放って打ち込んだ。  床板がびんと鳴り、深喜が一間ばかりとびのいた。  帆平はすばやく間《ま》を詰めていった。深喜は静かに左へまわり、停ったと思うと、木剣の切尖をあげた。帆平は上段に変えた。  それが、勝負どころだったらしい、帆平が上段に変るとたん、深喜の木剣が微《かす》かに動いた。  見ている庄司には眼にもとまらなかったが、帆平は絶叫しながら打ち込んだ。  しかし『かん』という音がし、帆平の木剣がはね飛ぶと同時に、帆平自身は大きくつんのめって、まっさかさまに転倒し、転倒したままで一間あまり床板の上を辷《すべ》った。  深喜は静かに立っていた。 「こいつ、しゃれたまねを」と、帆平ははね起き、走っていって木剣を拾うと「もういちど来い」と喚いて、深喜のほうへゆこうとした。  そのとき「それまでだ」と云いながら、栄次郎が帆平の前へ出て来た。  うしろに塚田孔平と井上八郎がいた。 「しかし、若先生、いまのは勝負になっていません」と、帆平が云った、「私は酔っているものだから、足が滑って自分で転んだのです」 「ばかなことを云うな、いいからもうよせ」 「すると、若先生は私が平手に負けたと仰しゃるんですか」 「勝ち負けのことを云ってるんじゃない」と、栄次郎が云った、「酒に酔って暴言を吐いたり、人に木剣試合を強いたりするのも程度がある、けがのないうちやめろと忠告しているんだ」 「私が暴言を吐きましたか」 「その話は酔いがさめてからにしよう」と、栄次郎は云った。  井上が「平手、木剣をしまって来い」と云い、栄次郎のあとから塚田といっしょに去っていった。 「大義名分を知らぬ俗物ども」と、帆平がどなった、「天下は大きく動きだすぞ、沿岸には外国船が迫っている、夷狄《いてき》はわが国土にいつ侵入して来るかわからない、国内は饑饉、政治は乱れ、民の心は幕府をはなれている、眼のある者なら大政を朝廷に還し、国内を統一し国土を挙げて外敵に当るべき時期だということがわかる筈だ」  深喜は木剣を片づけて道場を去った。うしろではなお帆平がどなっていた。 「こんな剣術の修行など、なんの足しになるか、神州男児たるものは、いまこそ天下国家のために、起《た》ってその身命を……」  深喜にはそこまでしか聞えなかった。  その翌日から、海保帆平は道場へ来なくなった。気になるので、そっと庄司弁吉に訊いてみると、 「追っぱらわれたのさ」と、云った。  その夜の暴論が千葉周作の耳にはいって、破門されたのだともいうし、他の説では、「千葉先生の推挙で水戸家へ抱えられたのだ」ともいわれた。 「――あの晩のことで破門されたのだとすると、自分も咎《とが》められるかもしれないぞ」  深喜はそう思って、四五日心がおちつかなかった。  だが、そういうこともなかったし、六月になると海保帆平が水戸家にいることもわかって、深喜はようやく安心した。 [#3字下げ]秋あらし[#「秋あらし」は大見出し] [#6字下げ]一[#「一」は中見出し]  九月中旬の或る夕刻――  稽古を終った深喜が、汗をながしていると、面会者があると知らせて来た。 「長《ちょう》の幸助《こうすけ》だといっていますよ」と、内門人の少年は云った。 「侍ではなく、職人かなにかのようで、まだ十か十一くらいのちびです。御存じですか」  深喜は「うん」と頷《うなず》き、おれの部屋へとおしておけ、と云った。長の幸助といえば幸坊に違いない、金杉で別れたまま、四年以上も音沙汰がなかった。  ――まだお豊といっしょか。  ――なんの用で来たのか。  深喜は一種なつかしいような気持で、手早く着物を着、自分の部屋へいった。  それは『幸坊』であった。  四年経ったが、たいして躯は育っていない。青梅縞《おうめじま》の筒袖の着物に、三尺をしめて、窮屈そうに坐っていたが、深喜を見ると、にこっと笑って「こんちは」と云った。 「此処《ここ》にいることがよくわかったな」 「まえから知ってましたよ」と、幸助は云った。  深喜が千葉道場へはいったあとで、金杉を訪ねて差配に聞いたのだそうである。深喜は小箪笥《こだんす》から菓子を出して、 「喰べろ」と、幸助の前へ押しやった。 「いま、なにをしている」と、深喜が訊《き》いた。幸助は菓子には、手を出さず、小さなすばしっこい眼で深喜の表情をうかがいながら「お豊さんが会いたがっている」と云った。  深喜は顔をひきしめた。 「お豊さんのねえさんは病気なんだよ」と、幸助はいそいで云った、「病気が重くって、ずっと寝ているんだ、本当なんだよ」 「なんの病気なんだ」 「知らない、聞いたけど覚えてないよ」 「病気というのは、嘘だろう」 「嘘なんかつかないよ、本当に病気なんだ、河内屋の旦那が湯治にゆけっていうんだけど、どうせ死ぬものなら江戸で死にたいって、医者もずいぶん云うんだけども、どうしてもきかないんだよ」 「寝たっきりなのか」 「寝てなければいけないのに、すぐ起きちゃうんだ、二度も血を吐いたんだよ」  深喜は、じっと幸助の顔をみつめた。  ――嘘ではないらしいな。  二度も血を吐いた、というのがあまりに突然で思いがけなかったし、そこまで嘘を拵《こしら》えるとも考えられなかった。 「いまどこにいるんだ」 「深川の佐賀町だよ」 「河内屋の旦那と云ったが、その人の世話になっているのか」 「うん、旦那はいい人だよ」  幸助は口早に説明した。  河内屋は、本所緑町に店のある質両替商の老舗《しにせ》で、富十郎という隠居が、道楽に一中節の稽古所を持っている。もちろん、ちゃんとした師匠が定った稽古日に来て教えるのだが、その他の日は隠居が教えている。お豊も本所にいたじぶん、気まぐれにしばらく稽古所へかよった。  お豊はほんの気まぐれだったが、隠居の富十郎はすっかり乗り気になった。  ――声も、調子もいい。  女には珍しく、声も調子もこの浄瑠璃《じょうるり》にまん向きだと、隠居はすっかり惚《ほ》れこみ、本式に教えるから女師匠になれ、と云いだした。  お豊は信じなかった。  ――うまくまるめて、あたしを妾《めかけ》にでもするつもりなのよ。  そう云って稽古所へもゆかなくなった。 「お豊さんのねえさんは、すっかりぐれちゃったからね」と、幸助はおとなびた口ぶりで云った、「女師匠だなんて、固っ苦しいことをするよりも、あんなふうに客を取って、みんなに奢《おご》ったり小遣いをやったりして、いばっているほうがよかったんだよ」 「みんなというのは、あの三平という男もか」 「本野さんていう、御家人くずれもいたし、てっぽう安っていう、いつか平手さんが亀戸でやっつけた、あにきとかさ」  深喜は「支度をしよう」と云って立ちあがった。 「来てくれるんだね、平手さん」 「幸坊の顔をつぶしては、悪かろう」と、深喜は云った。  外出の許しを得て、二人はまもなく道場を出た。晩秋の日は昏《く》れるのが早く、街には、もう灯がつきはじめていた。駕籠《かご》でゆこうと思ったが、自分だけということにはいかないし、二|梃《ちょう》雇うには銭《ぜに》が惜しかった。 「歩きながら話を聞こう」と、深喜は云った。  幸坊は話しつづけた。――河内屋の隠居は諦《あきら》めなかった。そして、本野や三平などに「お豊を稽古場へかよわせてくれ」と頼んだ。そうすれば、かれらにも手当をやろう、というのである。そこでかれらは「おまえの身のためだから」と、しきりにお豊をくどいた。  だが、お豊は信用せず「あんなじじいの囲い者になんかなるもんか」とはねつけていた。  そのとき、平手さんが長屋へ来たのさ。  と、幸助は云った。  お豊は深喜が好きになった。それで、うるさい隠居や、三平たちから逃げたくなり、深喜といっしょに長屋を立退いたのであった。 「すると――」と、深喜は訊いた、「あの三平や御家人くずれの本野などは、まんざら悪い人間でもなかったんだな」 「だらしがねえだけだよ」と、幸助は鼻をしかめた。  女が一人で、そういうしょうばいをしていれば、地回りなどがすぐ因縁をつけるか、しょうばいの邪魔をする。それで、三平たちはお豊の用心棒のようになり、彼女の稼《かせ》ぎから割を貰うのであった。  それもお豊の機嫌しだいで、「客が幾人あったから幾ら」ということはなく、お豊の気が向いて、呉れるだけしか貰わなかった。  ――それであのとき、お豊はあんな啖呵《たんか》を切ったのだな。  裏長屋の一と間で、お豊と三平が喧嘩《けんか》になったとき、お豊は「あたしのおかげでやっとおまんまにありついている」と罵った。あれはそういうわけだったのか、と深喜はようやく合点《がてん》した。  河内屋の隠居は、その後もお豊のことを心配し、人を使って行方を捜させていた。――半年あまりも根気よく捜させ、ようやく金杉にいることがわかり、三平を遣《や》って「本所へ戻るように」とすすめた。二度、三度。番頭の松造まで三平に付けてやった。 「それはね、お豊さんのねえさんが、金杉でまたぐれだしたからなんだよ」と、幸助が云った。  ぐれだしたのは、平手さんのためだぜ。平手さんが薄情だったからさ。お豊さんのねえさんはそう云ってた。平手さんがそんなに薄情なら、あたしはあたしで、勝手にするってさ。そして、ぐれだしちゃったんだ、と幸助は云った。 「そのくせ、平手さんが来て帰ったあとは、半日くらいも泣いていたんだ、ほんとだぜ、おれが見ていても、辛そうだったぜ」 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し]  深喜は顔を歪《ゆが》めた。  どこかが痛みでもするように、顔を歪めながら幸助から眼をそむけた。金杉の家へ、彼がいって帰ったあと、半日くらいも泣いていたという、平手さんがそんなに薄情なら、あたしはあたしで勝手なことをする、そういってぐれ始めたという。  ――おれは薄情なつもりではなかった。  彼はお豊をまじめな女にしようと思い、そのために努力した。  ――そこが、くいちがっていた。  お豊は、ただ深喜を求めていたのである。深喜がもっと、お豊の気持を理解していたら、お豊の求めに応ずるか否かはともかく、もう少しあしらいようがあったであろう。だが、彼には、そんな気持のゆとりはなかった。彼には目的があり、その目的を達成することのほかは、少しでも心を労することを嫌った。 「では、金杉を出てからずっと、おまえもその河内屋の世話になっていたのだね」と、深喜が、幸助に訊いた。少年は「そうじゃねえさ」と首を振った。だが、そうでないわけをすぐに説明しようとはせず「平手さんは、まだお豊さんのねえさんのこと怒っているのかい」と訊き返し、それから独り言のように、おれたちと平手さんとは人間が違うからなあ、と呟《つぶや》いた。  深喜は唇を噛《か》んだ。  ――人間ではなく、世界が違うんだ。  彼は、心のなかでそう答えた。  本野という浪人、三平、てっぽう安、かれらも深喜が思っていたほど、悪い人間ではないらしい。お豊とかれらの関係も、堕《お》ちた者どうしの特殊な支えあいで、実際に悪いのは「かれらの追いつめられた生活の条件」であるかもしれない。自分は、自分の生きかたと、考えかたでかれらを非難した。  それは海保帆平が、彼の立場で深喜を罵倒《ばとう》したのと同じことではないか。 「おれは、三平のあにいといっしょにいるんだよ」と、幸助は云った。 「なにをしているんだ」 「云えないよ、云ったって平手さんにはわからねえからな」と、幸助は云った。  佐賀町の家は、大川端から中ノ橋の袂《たもと》を回ったところで片隣りに『船八』という船宿があり、片隣りには『箱文』という小さいが、しゃれた料理屋があった。お豊の家は、黒板|塀《べい》をまわした二階造りで、狭い庭から(塀の上へ)百日紅《さるすべり》と赤松が枝を伸ばしている。一中節の稽古所というより、誰かの隠宅か、囲い者の住居という感じだった。  幸助は深喜を格子口《こうしぐち》へ案内し「おいらは、こっちからのお出入りはできねえのさ」と云って、入口の脇を裏のほうへまわっていった。  取次に出たのは十三歳ばかりの小女《こおんな》で、すぐに深喜を二階へ導いた。  二階は四畳半と八畳で、お豊は四畳半のほうにいた。寝ていたのを、深喜の声が聞えて起きたらしい。派手な色の長襦袢《ながじゅばん》の上に、男物のような唐桟縞《とうざんじま》の半纒《はんてん》をひっかけ、鴇色《ときいろ》のしごきを前で結んでいた。 「うれしいわ」と、お豊は深喜の顔を見るなり云って、あざやかに、眼のまわりをぼっと染めた。 「来て下すったのね、あたし来て下さらないかと思っていたのよ、うれしいわ」  たて続けにいいながら、長襦袢の袖口で眼を押えた。  お豊は夜具の上に坐っていた。その夜具は大きく厚く、嬌《なまめ》かしい色のもので、脇に小さな茶箪笥と長火鉢があるため、深喜は坐り場に困った。お豊もそれに気がつき、あらごめんなさいと、立って夜具を裾のほうからたたみ、納戸から座蒲団を出して、長火鉢の横へ置いた。 「あのときのことは堪忍して下さい」  深喜が坐ると、お豊は手をついていった。 「済んだことは忘れよう」と、深喜が云った、「幸坊からあらまし聞いたが、起きていていいのか」 「いまお医者さんが来て帰ったところなんです、寝ていろってうるさく云われるんですけれど、どこも痛くもなんともないのに寝ているなんて辛いんですよ」 「どこが悪いんだ」 「労咳《ろうがい》でしょ、医者はそう云わないけれど、あたしにはわかっているんです」 「いけないな――」  深喜は、呟くように云った。  お豊は、ずっとおとなびている。顔色もいいし、痩《や》せたようにもみえない。ただ、皮膚の色が陶器のように白く冴《さ》えてきたのと、ひっ詰めにうしろで束ねた漆黒の(少し多すぎる)髪毛《かみ》とが、その病気の特徴をあらわしているようであった。  唇は傷口のように赤く、眼はまえよりも大きくなり、黒眼が濡れたようなうるみを帯びていた。 「久しぶりで晩の御飯をいっしょに喰べたいんだけれど、あがって下さる」 「ながくはいられないんだ」 「きみが悪ければいいんですよ」 「病気なんかは平気だが、おそくなると道場がやかましいんだ」  お豊は「そんなに手間はとらせない」と云って、手を叩いた。  あがって来た小女(お光という名であった)に、符牒《ふちょう》のような言葉で註文《ちゅうもん》を命じてから「あなたはまだ酒は飲まないのか」と訊いた。深喜は頷《うなず》いた。「相変らずね」と云って、お豊は小女を去らせ、いたずらそうな上眼づかいに深喜を見て「それじゃあまだ遊びにもいらっしゃらないんでしょ」と云った。身分が違うよ、と彼は眼をそらした。遊びにゆくような時間もなし、金もありやしない。あら、千葉道場の四天王でもですか。ばかな、四天王なんていうものがあるものか。知ってますよ、三羽烏に四天王、千葉道場ではその七人が柱石だって、世間では云ってますわ、とお豊が自慢そうに云った。  ――世評なんてばかなものだ。  深喜は苦い顔をして黙った。  お豊は自分の病気のことを話した。男の弟子に稽古をつけているとき、とつぜん血を吐いた。銅《あか》の鬢盥《びんだらい》へ殆んど一杯ほども吐き、そのまま気を失ってしまった。お豊のは咳《せき》も痰《たん》も出ず、躯が痩せるというのでもなかった。ときたまひどくだるかったり、肩が凝ったりするくらいで、そんな病気があろうとはまったく気がつかなかった。  ――こういうのは、性《たち》がよくない。  と、医者は云い、症状がおさまると、どこか山の湯治場へでも養生にゆくのがいいとすすめた。河内屋の隠居はすぐに「草津へ行こう」と云いだしたが、お豊は頑強に拒んだ。 「だって、草津へゆけばあぶないと思ったんですよ」と、お豊は深喜を見た、「まわりに眼があるから、これまでは大丈夫だったけれど、そんな処《ところ》へいっしょにゆけば、無事におさまりっこないんですもの」 「と、いうと――」  深喜も、お豊の眼を見た。 「これまで、その隠居とはなんでもなかったのか」 「あたりまえじゃないの」と、お豊は云って、きらきらするような眼で深喜をみつめた、「あたしには、平手さんしかいやあしないわ」 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し]  深喜は顔をそむけた。 「ほんとよ」と、お豊は云った、「あたしには、平手さんしかいやあしないの、そうでなくったって、誰があんなお爺さんの妾なんかになるもんですか」 「ずっと、世話になっていてもか」 「あの人の道楽なのよ」とお豊は、力なく笑って云った、「あたしが、あの人の稽古所へいったのは、からかい半分だったけれど、あの人は、あたしの声や三味線の手筋がいいって、それで身を立てるまで面倒をみよう、いやらしい気持はちっともないって、いまでも口癖のように云うのよ、――あたし、平手さんのほかには男なんて信用してやしないわ、だから河内屋の隠居だって同じことだと思ってたのよ」  それで、草津ゆきは拒みとおして来たのであるが、このごろになって、ふと気持が動き始めた。  ――こっちが、しっかりしていればいい。  相手はとしよりだし、まさか手籠《てご》めにするようなこともないだろう。いっそ暫《しばら》く閑静なところで養生してみようか。  ――そうすれば、これまでのからだのよごれも浄《きよ》められるかもしれない。  そう思うようになった。 「それでお別れに、平手さんに逢いたくなったの、あのときあんな義理の悪いことをしたから、怒って来ては下さらないかと思ったんだけれど……入口で声が聞えたとき、うれしくって、息が詰りそうだったわ」  そのとき階段の下で、「おっしょさん、まいりましたよ」と云う小女の声がした。  持って来ておくれ、とお豊が云った。小女と幸助が岡持を運びあげて来ると、夜具を隣りの八畳へ片づけ、長火鉢の脇へ膳立てをした。深喜は幸助に向って「幸坊もいっしょに坐れ」と云った。幸助は眼を輝かしてお豊を見たが、お豊は首を振った。だめよ、今日はお別れなんだから、あんたは下でお光と喰べるの。ちえっ、と幸助は軽く舌打ちをした。なにさ、とお豊がにらんだ。なんでもねえさ、舌の畜生がはねやがったんだ。そんな躾《しつけ》の悪い舌は抜いちまうがいいわ、さあ、下へいっておくれ。へえ、合点でござんすときた、と幸助は云って、小女といっしょに出ていった。  お豊が燗徳利《かんどっくり》を長火鉢の銅壺《どうこ》へ入れるのを見て、深喜は「おれはだめだぜ」と云った。 「お別れだもの、まねぐらい、いいでしょ」 「まねだけだよ」 「心配しなくっても大丈夫よ」  と、お豊は頷いた。  もう外はすっかり昏《く》れて、小窓の障子が行灯《あんどん》の光を明るく映していた。燗がつくまで、お豊はうきうきした口ぶりで、休みなしに話し続けたが、深喜と自分とで盃《さかずき》を持つと、急にしんと黙ってしまった。ほんの一と口の酒を飲むと、深喜は「では馳走になるよ」といって、食事を始めた。お豊は給仕をしたが「あたしは、もう少し飲むわ」と、自分で自分の盃に酒を注いだ。 「約束が違うぞ」と、深喜が云った。 「ほんの少しよ」 「その病気には、酒はいけないんだろう」 「あたしは大丈夫」と、お豊は微笑した、「ほんとのこと云うと、あたしずっと朝昼晩と飲んでるの、朝とお午《ひる》は一本ずつだけれど、晩には二本飲んでるのよ、そのほうが、躯の調子もいいんだもの」 「自分でそう思うだけだ、病気を持っていて酒がいいなんていう理窟《りくつ》があるか」 「平手さんにはわからないのよ」 「そんな理窟は誰にだってわかるものか」 「そうよ、わかりやしないわ」  お豊はいきなり汁椀の蓋を取り、しずくを払うと、それでたて続けに二杯|呷《あお》った。深喜は箸《はし》と茶椀を膳の上に置いた。 「そういうことをするんならおれは帰る」 「平手さん」  深喜は立ちあがった。  お豊は「いいわ」と云った。どうせ、あたしなんか見たくもないんでしょ、いいわよ。お豊はそう云いながら、角樽《つのだる》を取って、その口から冷《ひや》のまま飲もうとした。深喜は近よってその手を捉《とら》え、角樽を奪って脇へ置いた。 「いいかげんにしないか、どういうつもりなんだ」  お豊は顔をあげて深喜を見た。  ひきつるように硬《こわ》ばったお豊の顔が、深喜の眼の下で静かに蒼《あお》ざめてゆき、大きくみはった双の眼から、みるみる涙があふれ落ちた。お豊は両手で深喜の腕にすがりつき、深喜の腕に顔を押しつけ、そして、くくと喉《のど》で嗚咽《おえつ》した。深喜はその片腕を預けたまま坐り、片手でそっとお豊の背中を撫《な》でてやった。 「そんなことは、もうやめなくてはいけない」と、深喜は云った、「おまえは飲みたくって飲むんじゃない、気負っているだけだ、本野という浪人や、三平や幸坊たちを、自分の腕で食わせてやっているなどと思う、その姐御《あねご》気取りが重荷になって、精根を疲らせ病気のもとになったんだ、――飲みたくもない酒を、気負って飲んで、ありもしない力をあるようにみせかける、もうそんなことはやめにするんだ」  お豊は静かに泣いていた。 「こんどは、河内屋に引取られて、これだけの暮しができるんだし、病気を治すために保養もさせてもらえるんじゃないか、これまでのような姐御気取りはやめて、すなおな気持になるんだ、わかるだろう」  お豊は泣きながら頷いた。 「わかったんだな」  お豊は「ええ」と頷き、「ああ、遠い」と呟いた。 「遠いわねえ」 「なにが」 「え、ええ、草津がよ」  と、お豊は嗚咽した。  ――平手さんとあたしのあいだは遠い。  お豊は心のなかで呟いた。  ――ずいぶん遠いわ、こんなに遠くっては、とても、この気持はわかってもらえないわ、どうしたってわかってもらえやしないわ。  そして、また啜《すす》りあげた。  お豊はおとなしくなり、深喜に給仕しながら、自分も飯を喰べた。草津で病気も治すし、躯もきれいになって来る、とお豊は云った。そうしたら平手さんも遊びに来てくれるわね。来てもいいが、河内屋に悪いだろう。悪いことがあるもんですか、お顔を見るだけなんですもの平気よ。そういう云いかたはよせ。あらどうして、お顔を見るって云ってもいけないの。そういう云いかたはいやだ、と深喜は云った。そう、平手さんって、むずかしいのね。いいわ、それじゃあ、もう云わないわ、とお豊は淋しそうに眼をそむけた。 「さっき云ったことを忘れないでくれ」食事のあとで深喜が云った、「医者や、河内屋の云うことをすなおに聞いて、早く丈夫になって帰るんだ」 「ええ、そうするわ」 「それでいい、道中の無事を祈っているよ」  お豊は頷いて頭を垂れた。  お玉ヶ池へ帰った深喜は、いつものとおり夜半に道場へ出て、独りで技のくふうを始めたが、少しも精神が集中せず、ともすると木剣を構えたまま、――草津へ旅立ってゆく、お豊や、幸助の姿をそっと眼の裏に描いてみるのであった。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し]  お豊が草津へ立ってからまもなく、秋田平八が道場へ訪ねて来て思いもよらない告白をした。  その日、彼はいやな話を聞いた。  ――井上さんが、伊達《だて》家の招待試合に、千葉道場の代表として出る。  江戸在住の定評ある剣士を招いて、伊達家[#1段階小さな文字](宇和島十万石)[#小さな文字終わり]の上屋敷で試合が行われる。こういう催しは、藩士はもちろん、その知縁の諸侯も出席するので、剣士たちには、師範に招かれたり、家臣として召抱えられたりする機会が、しばしばあった。  ――どうして、おれではいけないんだ。  と深喜は思った。  井上八郎は、すでに出稽古先を二|家《け》も持っていた。井上だけではない、塚田孔平も、稲垣定之助も、庄司、大羽など、上位者のほとんどがそうであった。道場の門人だけを教えるのは、千葉栄次郎と深喜くらいである。  ――栄次郎どのは、道場の後継者だからさもあろうが、自分が(いつも)選に漏れるのはどういうわけか。  深喜はそう思って、ひどく不愉快な気持になった。  平八が訪ねて来たのは、そういうときであった。稽古を終って自分の部屋へ入り、夕飯を運ばれるまでの一|刻《とき》、小机に凭《もた》れて、鬱陶しいもの思いにとらわれていると、少年が彼の来訪を告げに来た。 「それは珍しい」と、深喜はすぐ立った。  平八とは暫く会わないし、彼のほうで道場へ訪ねて来たのは初めてである。ちょうど気持がくさっていたところなので、自分で脇玄関まで出迎え「客膳を頼むぞ」と少年に命じていっしょに部屋へ戻った。  秋田平八は、おちつかないようすで、坐ってからも話がはずまず、深喜の云うことを、聞き違えたり、取って付けるように笑ったりした。そうして、やがて「今日は、ちょっと話したいことがある」と云いだした。 「いま飯が来る。食べてから聞こう」と深喜は云った。  食事は一汁一菜と定っているが客膳には、なにかほかに一と皿付く、そのとき平八の膳には、なにかの切身の照焼が付いていた。  淵辺道場のほうはどうだ、と深喜が話しかけた。相変らずだ、やっぱり思わしくない。そうか、それはいけないな。うん、いちじはもち直すかと思ったが、このごろは淵辺さんも投げているようだ、と平八は云った。おれもいよいよ本当にどうかしなければならないらしいよ。 「だが――」と平八はそこで自嘲《じちょう》するように唇を歪《ゆが》め、足がこれではね、と低い声で笑った。  食後の茶が終ってから「話を聞こう」と深喜が云った。 「かやさんを嫁にもらいたい」と、平八は深喜を見た。 「それは有難いが――」と、深喜はちょっと云い淀《よど》んだ。  秋田平八はいい人間だし、深喜はいろいろ世話になっている。しかし、彼は片足が不自由で(剣術のために、そうなったとはいえ)淵辺道場の経理しかやれないし、その職もいまあぶないという。  ――結婚して、どう生活するつもりなのか。  深喜は、まずそれを考えた。  また、自分としては、かやをしかるべき家柄の者にやりたい、自分が第一流の剣士として立てば、相当な縁組ができる筈である。かやにはずいぶん苦労をさせたから、もう少し辛抱してもらって、幸福な結婚をさせてやりたい、深喜はそう思っていたので、平八の言葉にはすぐ返辞ができなかった。 「断わられるかもしれないと思った」と、平八は云った、「それで、今日はゆるしを得るために来たのだが、怒らずに聞いてくれるか」 「おれが怒るって――」 「怒られるだろうと思うし、怒られるのが当然かとも思う、しかし、正直にうちあけるから怒らずに聞いてくれないか」 「いいとも」と、深喜は頷いた。 「じつは、おれはもう、かやさんと結婚しているんだ」 「結婚だって――」 「今年の二月だ」  深喜には、まるでわけがわからなかった。 「それはどういう意味だ」 「このまえ会ったとき、おれは淵辺道場がだめだということを話した、実際そのとおりだったし、現在では没落はもう時間の問題だといってもいい、おれはこんな体で、淵辺にいるから食ってもゆけるが、あの道場からはなれれば生活ができない」  深喜は眼をそらした。  彼が道場を持つようになったら、秋田に経理をやってもらうつもりだった。しかし、いまそれを云ったところで、慰めにもなりはしないだろう、と深喜は思った。  平八は続けて「それで、おれは、まえから自活する手段を考え、毎月の手当の中から、いくばくの銀《かね》を貯めていた」と云った。そうして今年の二月、下谷の黒門町で、小さくはあるが中通りの表に店を借り、小間物屋をはじめた。それには自分がまだ道場に勤めているので、誰か店をやる者がなければならない。そこで、かやに来てもらい、彼女がずっと店の経営をしている、というのであった。 「田舎のお母さんの承諾は受けている、平手にはそのまえに相談したかったのだが、反対されることはわかっていたし、事情がいろいろ切迫していたものだから、怒られるのを覚悟のうえでそうしてしまったんだ」 「おれが不承知だとわかっていたって」 「平手は望みが高い、かやさんを小商人《こあきゅうど》の嫁などにくれるわけがないからな」  深喜は顔を歪めた。  それから「かやは承知したんだな」と云いかけて、ふとするどい眼つきになり、じっと平八の眼をにらんだ。 「かやとはまえからなにかあったのか」 「このまえ出府されて帰ってから文通はしていた、そのほかにはなにもない」 「そして二人だけで、結婚をしたんだな」 「もちろん、形だけだが式も挙げたし、田舎から油屋六兵衛という人とつやさんが来た、仲人は黒門町の店の家主夫婦に頼んだ」 「つやも来たのか」 「いま店で手伝ってもらっているんだ」  深喜はさっと立ちあがった。  ――これはどういうことだ。  妹と平八が結婚したことも意外だが次妹のつやまでが来て、いまでも江戸にいるというのに、自分にはなにも知らされていないとは、どういうことだ。おれはそんなに不用な人間か、そんなにも、おれは邪魔な人間なのか、と深喜は思った。 「そこまで事がおさまっているなら、いまさらおれに話すまでもないじゃないか」と、深喜は立ったまま云った、「つやまで来ているとすると、田舎の母はどうしているんだ」 「その相談で来たんだが」と、平八は静かに云った、「じつはお母さんにも出て来て頂くことになったんだ」 「田舎の土地やなにかをどうする、あれは借財のかたになっているかもしれないが、平手家にとって父祖伝来のものだぜ」 「それは、――おれの口からは云えない」と、平八は眼を伏せた。 [#6字下げ]五[#「五」は中見出し]  深喜は、平八を(上から)睨《にら》みつけた。  ――自分の口からは云えない。  その一と言が事情を説明している。要するに土地も屋敷も手放したのであろう。ことによると、それらを売って、小間物店を開業する資金にしたかもしれない。  ――こいつ。  と、深喜は拳《こぶし》をにぎった。  もちろん、そんなことは口には出さなかったし、すぐにその想像もうち消した。平八がそんな卑しいこと、――少なくとも自分の利益のために、そんなことをする人間でないことは、深喜がよく知っていたからである。 「いいよ、およそ見当はつく」と、深喜は云った。 「母が出府するとすれば、いつごろなんだ」 「十月初旬には、来られるだろうと思う」 「みんな黒門町に住むのか」 「そういうことになる」と、平八は云った。 「狭くて御不自由だろうが、平手が独立するまでのことだし、他人がはいるわけではないですからね」 「話はそれだけだな」 「いちど黒門町へ来てもらいたいんだ」と、平八は深喜を見た。 「私は今月限りで、淵辺道場を出るつもりだ、そうなれば、店でいっしょに暮すことになるから、そのまえに、いちど来てもらって」 「いやだね」  深喜はさえぎった。 「秋田には、ずいぶん世話になっている、その点では、いまでも有難いと思っているが、世話になったことと、この問題はべつだ」 「たしかに」 「おれも正直に思うことを云うが、ここまで無視されればもう充分だ」  平八は頭を垂れた。 「父が死んだあとは、たとえ形式だけにしろ、おれは平手の家長だ、そのおれに無断で、そこまで事をはこんだとすれば、もうおれの出る幕はないだろう」 「しかし、こうするには、やむを得ない事情があったんだよ」 「たくさんだ」と、深喜はどなった、「その不自由な足を、そう売り物にしないでくれ」  平八は「平手」と云い、その眼に怒りをあらわした。跛《びっこ》を売り物にするな、という言葉に屈辱を感じたのだろう。平手と呼びかけて、するどく深喜を見あげたが、すぐにぎゅうと唇をひき緊め「わかった」と低い声で云った。すべておれが悪いのだ、また改めて頼みに来よう「だが、どうかお母さんや、かやさんを悪く思わないでくれ」そう云って平八はまもなく立ちあがった。  深喜は彼を見送らなかった。  ――おれは、のけ者だ。  平八が去ったあと、深喜はそこへ坐ってながいこと、もの思いに耽《ふけ》った。  ――千葉先生もそうだ。  みんなが、出稽古先を持っているのに、自分だけには与えてくれない。こんどの招待試合にも、順序からいえば自分を選んでくれるのが当然だ。それを(もうその必要もない)井上などに振当てている。実力ならおれのほうが上だということは、先生の眼には、わかっている筈なのに、と深喜は思った。 「――これはどういうわけだ」と、深喜は呟いた、「おれのどこが悪いんだ。どうして、おれだけが、のけ者にされるんだ、どうしてだ」  彼は小机に肱《ひじ》をつき、両手で頭を抱えた。  ――故郷も無くなった。  彼がそこで生れ、そこで育った故郷には、もう家もなく、土地もない。それらは家長である筈の彼に無断で他人の手に渡され、妹たちや、母までが、江戸へ出て来てしまう。 「なぜ、ひとこと話してくれなかったのだ、秋田は事情があったと云っている、秋田には相談したのだろう、他人には相談をしたのに、どうしておれには黙っていたんだ」  頭を抱えたまま、彼はそこに妹たちでもいるかのように問いかけた。「なぜだ――」母と子、兄と妹であるのに、ひとこと相談するだけの値打もないのか。 「――わからない」  彼は手の指で眼を押え、それを軽く押しつけながら「おれには、わからなくなった」と呟いた。飲んでやろうか「飲むぐらいの銀《かね》はある」そうだ、もう母に仕送りをしなくともよくなった。これからは、毎月の手当を好きなように遣うことができる。これまでは唯一の目的のために、あらゆる欲望を抑えて来た。切り詰めるだけ切り詰めて、故郷へ仕送りもしたし、修行の妨げになるような事には眼もくれなかった。  ――だが、そうしてもなにも得られなかった。  千葉道場の掟《おきて》は厳格だが、みんな道場の外では適当にやっている。酒も飲むし、美味《うま》い物も食べるし、遊廓《ゆうかく》などへもゆくようだ。しかも道場では代師範をし、大名諸家へ出稽古をする。 「これが世の中か」と、深喜は呟いた、「これが世の中なら、おれのして来たことは道化に似ているぞ」  彼は眼から手を放した。  深喜の顔が自嘲《じちょう》に歪み、眼がするどく、苛立《いらだ》たしげに光った。彼は立って納戸をあけ、手文庫の中から紙入れを出した。中に一分と、少しあった。 「いいだろう」  と、彼はそれをふところへ入れて着ながしのまま刀を取って廊下へ出た。  当番の門人に「買物をして来る」と断わって、潜《くぐ》り門から外へ出たが、どこへゆくというあてはなかった。時刻はまだ八時まえだろう、あまり商家がないので、町は暗く、ひっそりとした道の上にかなり強く風が吹いていた。  ――どこへゆこう。  ぼんやりと一丁ばかりいったとき、うしろから辻駕籠《つじかご》が来て声をかけた。お安くまいりましょう、と云われ、ついそのまま乗ってしまった。どちらまでと訊かれたので、賑《にぎ》やかなところでおろしてくれと答えた。 「なか[#1段階小さな文字](吉原)[#小さな文字終わり]はいかがです。なかへやっておくんなさいな旦那、お安くまいりますぜ」 「そんな金はない、一杯飲むだけだ」 「一杯めしあがるお金があるんなら、結構なかで遊べますぜ、旦那はもちろん御存じだろうが、通《つう》な遊びは小格子《こごうし》ってえますからね、大店《おおみせ》は田舎者の遊ぶところだから、ばかな金をふんだくられるだけでさ、そこへいくと小格子はちょくで情があって――」  深喜は心が動いた。  駕籠舁《かごかき》の言葉をそのまま信じたわけではないが、全然でたらめだとも思わなかった。かれらは廓《くるわ》の事情に通じているだろうし、自分たちの駕籠へ乗せた以上は客である。まさか客を騙《だま》すようなことはあるまい。「そうだ、いっそ、そこまでいってみるか」と、深喜は自分をけしかけた。 「一分で遊べるか」 「一分ですって――遊べるどころじゃあねえ、飲んで食って遊んでお釣《つり》が来ますぜ」 「本当だな」 「御存じのくせに、旦那はお人が悪いや」 「よし、やってくれ」と、深喜は云った。 [#6字下げ]六[#「六」は中見出し]  廓などへゆくのは初めてで、深喜にはなにもわからなかった。  駕籠舁の云うままに、裏通りの、それが小格子というのだろう、『菱岡田《ひしおかだ》』という店へあがった。遣手《やりて》の女が駕籠舁になにか訊き、彼を奥の部屋に案内した。狭くて薄暗くて、ごたごたした陰気な家だったし、まだ客も少ないとみえ、どの部屋もしんとしていた。 「おれは初めてでなにもわからない」と、深喜は遣手の女に云った、「金も一分しか持っていないんだ。それで足りるようにやってくれ」 「わかってますよ、お口がうまいのね」  と、遣手の女は深喜の肩を叩き、そんなことを云っても、遊び馴れた人だということは、すぐにわかる、隠してもだめですよと云った。  深喜は「一分しかない」と念を押した。  遣手の女は承知をし「お見立ては」と訊いた。  妓《おんな》たちは張店《はりみせ》をしていて、客はそれを見て選ぶということは、話に聞いて知っていたが、深喜は妓たちを見もしなかったし、そのときはもう妓などはどっちでもよくなっていた。  遣手の女は「では、あたしに任せて下さいますか、いいのをお世話しますよ」と云い、すぐに妓を伴《つ》れて来た。  ひどく肥えた、背の低い女で、顔はそう醜いほうではないのだが、ふてたような眼つきをしていた。  深喜は殆んど妓を見なかった。  酒が来、台の物が運ばれ、深喜は盃を持たされた。遣手の女は勝手に(自分で)盃を取り、その妓――松山という源氏名の妓と、活溌に饒舌《しゃべ》りだした。松山もよく飲み、よく饒舌った。肥えた躯つきとは反対に、しゃがれた声でひどく辛辣《しんらつ》な、毒のある口をきき、絶えず鼻でせせら笑いをした。  深喜は黙って飲んだ。  仲どんと呼ばれる若者が、酒を次つぎに持って来、さらに広蓋《ひろぶた》やけんどんを運んで来た。妓は、仲どんを坐らせ、盃を持たせ「御馳走になんなさいよ」と云って、酒を飲ませたり、肴《さかな》を食べさせたりした。  深喜は独りで飲んでいた。  仲どんが去ると、松山の友達だといって、妓を二人呼び、彼女たちにも飲んだり、食べさせたりした。遣手の女が、ときどき深喜に酌をするが、あとはまったく無視したままで、しかも、酒や肴は殖えるばかりであった。  約一|刻《とき》――殆んど一刻ちかく、そんなふうに時間が経った。  それは深喜の怒りが頂点に達したときであったし、かれらはみなそれを知っていて、その『とき』の来るのを待っていたようであった。深喜は盃を置いて『勘定』と云おうとしたとき、遣手の女が、すばやく云った。 「さあ、おひらきにしよう」  ずいぶん旦那に御馳走になってしまった。みんなも、おひらきにして、残った物はあちらで頂きましょう、と遣手の女が云った。 「おれは、もう帰る」と、深喜が云った。かなしいことに声がふるえだし、顔の硬《こわ》ばっているのが、自分でよくわかった。 「帰るから、勘定をしてくれ」 「ああいやだ、なにを仰《おっ》しゃるんですよ」  遣手の女が大仰にいった。  あたしたちが、邪魔をしたようだが、松山の花魁《おいらん》はうぶで、初会《しょかい》のお客には、すぐには馴染《なじ》めない。それであたしたちが助けにはいったのだが、花魁は旦那にすっかり岡惚《おかぼ》れしてしまったと云っている。初心《うぶ》な花魁がこんなことを云うのは珍しいことで、旦那にたんと可愛がってもらうつもりでいる。 「それを、お帰りになるなんて、あたしたちが花魁に怨まれてしまいますよ」  と、遣手の女は云った。人間がそこまで、そらぞらしくなれるものか、疑いたくなるほど、そらぞらしく、人をなめきった口ぶりであった。 「わかった、勘定をしてくれ」と、深喜は云った。 「あんた怒ったの」と、松山が云い、その肥えた躯で深喜に凭《もた》れかかろうとした。深喜は躯をそらし、ふところから紙入れを出した。遣手は「ふん」と鼻を鳴らし「どうせ、そうでしょうよ。旦那はいい男でいらっしゃるからね」と云った。 「いいじゃないのおばさん、どうしてもお帰りになるっていうんだもの、お好きなようにしてあげなさいな」 「そうだわね、それほど花魁がいっても、お帰りになるっておっしゃるんならしようがないわね」 「ああ縁起くそが悪い」と、松山は乱暴に云った、「口あけからけちがついちまった、あたし奢《おご》るからみんなで飲み直そうよ」  深喜は眼をつむった。  ――自分で掘った穴だ。  と、彼は心のなかでいった。かれらが悪いのではない、こういうやりかたが、かれらの生活なのだ。知らずに来たおれが悪い、怒ると恥の上塗りだ。  妓たちは劣等なあてつけをいいながら、どかどかと廊下へ出ていった。深喜はかたく眼をつむり、首を振り「これで画竜点睛《がりょうてんせい》だ」  と呟いた。招待試合から始まり、秋田平八の告白を聞き、そして、ここまで卑劣な穴へ落ちこんだ。彼は『のけもの』であるばかりか、ここまで道化者にされてしまった。 「まさに画竜点睛だ」と、彼は声に出して呟いた。  遣手の女が戻って来た。勘定は一分二朱であった。彼は、ほっとした。ばかげて高価だし、こちらをみくびっていることはたしかだが、ふところをはたけば払える額だった。  勘定を払い、刀を受取って、深喜は外へ出た。  遣手の女が「お近いうちに」とうしろでいい、妓たちの笑うのが聞えた。深喜は肩をすくめ、ぞめきの客で賑わいだした道を、いくたびも曲ったり戻ったりして、ようやく大門までたどり着いた。  彼はすっかり汗をかいていた。そこへたどり着くまで、左右の妓楼から呼びかける声や、ゆきちがう、ぞめきの客たちの眼が、みな彼を辱《はずか》しめ、嘲弄《ちょうろう》するもののように感じられたのである。  深喜は「ああ」と呻《うめ》いた。  ――この豚ども。  この汚れた豚ども、と彼は土堤《どて》へ出ながら思った、「こいつらを斬ることができたら、さぞ胸がすくことだろう、斬ってくれようか、喧嘩をふっかけて、二三人斬ってくれようか」と思った。  そのとき三人伴れの、職人らしい男たちが、馬道《うまみち》のほうから来かかり、端《はし》にいた一人が深喜に肩をぶっつけた。かれらは酔って上機嫌で、鼻唄などうたっていた。肩がぶつかったとき、深喜はさっと躯をひらき、反射的に刀の柄へ手がいった。 「無礼者――」という叫びが、口を衝いて出、知らぬまに手が刀を抜いた。  叫んだのも、刀を抜いたのも、殆んど無意識であり、刀が相手を斬った手ごたえで「あっ」と思った。  斬られた男と、その伴れの二人は、悲鳴をあげて逃げだした。同時に深喜もかれらとは、反対のほうへ走りだした。土堤には、かなり往来《ゆきき》の人がいて「あの侍だ」とか「人を斬りゃアがった」とか「人殺しだ」などと叫ぶのが聞えた。  刀を持ったまま、深喜は暗いほうへ、人通りのないほうへと、けんめいに走った。 [#6字下げ]七[#「七」は中見出し]  それは悪夢にうなされているような気持だった。 「これは夢だ、おれは夢をみているんだ」と、走りながら深喜は呟いた。  そう呟きながら「捉まったら破滅だぞ」と思い「逃げるんだ、逃げるんだ」と自分をせきたてた。  暗い街をゆき当りばったりに曲り、横丁や路地をぬけて走った。いくら走っても、うしろから人が追って来るようだし「あの侍だ」とか「あいつが人殺しだ」とか叫ぶ声が聞えるようであった。  ――抜身を持ったままだぞ。  と、深喜は気がついた。  刀をしまわなければならない。そう気がついたとき、少しおちついて、足を緩めた。どこだか見当もつかないが、道幅の狭い街筋で、軒の低い左右の家並は、みな雨戸を閉め、ひっそりと寝しずまっていた。彼は立停った。追って来る人もなく、叫び声も聞えない。すると急に激しい呼吸困難を感じた。そこまでは『逃げる』ことで夢中だったが、もう大丈夫とわかったとき(初めて)走りどおしに走った苦しさが感じられたのであった。  立停ったまま少し息をしずめているとすぐ近くで囁《ささや》くような、水の流れる音が聞えた。その音をめあてにゆくと、家並が切れて、右側に広く空地がひらけ、細い田川が流れていて、川沿いに枯草の茂みがあった。  深喜は草の上に坐り、刀を拭くために、ふところを探ったが懐紙も紙入れも無かった。  走って来る途中で落したのだろう――彼は刀をあげ、刀身に眼を近づけて、血のりの痕《あと》を見た。血は付いていなかったし、指で撫《な》でると、刃先のほうに僅かぬるとした膏《あぶら》が感じられた。 「深くは斬らなかったな」  軽く肉を裂いた程度だ、と彼は思った。  殺すつもりがなかったのだから当然だ。しかし、よかった。深喜は気がゆるみ、恐怖が消えてゆくのを感じた。指で刃先を撫で、その指を小川の流れで洗い、濡れた指を袖で拭いて、また刃先を撫でた。幾たびもそれを繰り返してから、刀を袖口の裏で丹念に拭きながら、彼はくくと嗚咽《おえつ》し始めた。  腰から鞘《さや》を脱《はず》して、刀をおさめると、それを頭のうしろに当てて、深喜は仰向けに寝ころんだ。そうして、彼は、ながいこと泣いていた。  風が渡るたびに、身のまわりで枯草が揺れ、かさかさと乾いた音をたてた。遙《はる》かに遠いところで人声がし、犬の咆《ほ》える声が聞えた。 「どうなるんだ」と、泣きながら彼は云った、「お母さん、私はどうなるんですか、これからどうしたらいいんですか、私の一生はこれでもう終ったのですか」  彼の頬を枯草が擦《こす》った。  深喜は自分の一生がもう終ったように感じた。自分は『是《ぜ》』と信ずるとおりに生き、努力してきた。そうして来たつもりである。だが、その努力からはなにも酬われなかった。父が失意のうちに山村で空《むな》しく死んでしまったように、自分もむだな努力に疲れはて、なにも酬われることなしに、どこかでのたれ死にでもするのではないか。――彼には、のたれ死にをした自分の姿が見えるように思いそれが逃れることのできない『自分の運』だという気がした。 「そこの人、どうなすった」と、呼びかける声がした。深喜ははね起きて振返った。道の上に人が立停って、提灯《ちょうちん》をこちらへ向けている。半纒《はんてん》に股引《ももひき》をはき、もうろく頭巾をかぶっていた。 「躯のぐあいでもお悪いか」 「いや、なんでもない」  深喜は立ちあがった。 「悪酔いをしたので醒ましていたところだ」 「それならいいが」と、男は云った。深喜は道へあがった。男は老人で、深喜が近よると「お武家さまですね」と云い、足もとが暗いから、そこまでお供をしましょうと云った。 「いましがた日本堤で、人を斬ったお侍があったそうでな」と、老人が云った、「木戸や辻番に触《ふれ》が廻ったようですから、一人でいらっしゃると疑われるかもしれません、よろしかったら私の家へ寄って、夜明けまで休んでゆかれたらいかがですか」 「人を斬った――」と深喜が訊いた。 「詳しいことは知りません、腰とか太腿《ふともも》とかを斬られたそうで、命には別条はないということでしたが、このところ二三回そんなまちがいがあったそうで、みんな騒いでいるらしゅうございます」 「此処《ここ》は入谷あたりだな」 「へえ、金杉上町《かなすぎかみまち》でございます」 「爺さんはこの近くか」 「もうちっと向うの、箪笥《たんす》町の裏店《うらだな》ですが、いかがですかな、夜の明けるまで休んでおいでになりませんか」  深喜は眼がじーんと熱くなるのを感じた。 「今夜は、私の甥《おい》の初七日でございましてな」と、老人は歩きながら云った、「腕のいい指物師《さしものし》で、年は二十八でしたよ、男っぷりがいいもんですから、ずいぶん娘っ子に騒がれたもんですが、仕事のほうに夢中でいろごとなんぞには見向きもしませんでした、それが貴方、ぽっくり死んだんですから、ええ、仕事をしていて、いきなり血を吐いて、えらく吐いたそうですが、医者が来たときには、もう息がなかったってえ始末で……親たちは、おふくろというのが私の末の妹なんで、今夜なんぞも、まだばかのようになってました」  老人は咳をし、頭巾のぐあいを直した。 「妙なもんです、まったく妙なもんですよ」と、老人は続けた、「死んだ甥の友達で飲む打つ買うの、しようのない極道者が、いたんですが、これがまた、どうしたはずみか、町内の金持の娘に惚《ほ》れられましてな。嘘のような話ですが、二年前にその家へ婿《むこ》におさまりました、その後のことは知りませんがな……甥のほうは仕事一本槍、酒も飲まず女あそびもせずで、そんなふうにぽっくり死んじまう、友達の極道者は、さんざっぱら好きなことをしたあげく、ひょいと金持の婿におさまる――こんなふうなことは、この年まで生きていると、数えきれないほど見たり聞いたりして来ました、妙なもんだ、しかし、これが世の中だ……いまではそう思うようになりました、枯れる木は枯れるってな、しかし妙なもんだと思いますよ」  老人の言葉には、なんの意味もなかった。深喜に聞かせるためではなく、独り言を云っているようであった。  だが、深喜は、しだいに気がおちつき、昂奮《こうふん》が、しずまるのを感じた。老人の淡々とした話しぶりを聞いているうちに、 「おれはこれからだ」と、心のなかで思った。 「枯れる木は枯れるか」  そうかもしれない。しかし枯れるまで生きているのだ。どんな木も、いつかは枯れるし、人間もいつかは死ぬ。だが、死ぬまで生きるのだ。おれの一生も終ったのではなく、始まったばかりだ。おれは、まいらないぞ、このくらいのことで、まいるような人間じゃないぞ。  もっと悪い事が起これ、どんな困難にも、耐えぬいてみせるぞ、と深喜は心のなかで叫び、老人に振返って「その提灯を持とう」と云い、提灯を受取ると、明るい調子で云った。 「せっかくだから休ませてもらうよ、爺さん」  二人は暗い街を歩み去った。 底本:「山本周五郎全集第五巻 山彦乙女・花も刀も」新潮社    1983(昭和58)年7月25日発行 初出:「税のしるべ」大蔵財務協会    1955(昭和30)年1月〜7月 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 ※「髪毛」に対するルビの「かみのけ」と「かみ」の混在は、底本通りです。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:北川松生 2020年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。