三尺角 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)木樵唄《きこりうた》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)四|間《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)␼ ------------------------------------------------------- [#5字下げ]一[#「一」は中見出し] 「…………」  山には木樵唄《きこりうた》、水には船唄《ふなうた》、駅路《うまやじ》には馬子《まご》の唄、渠等《かれら》はこれを以《もっ》て心を慰《なぐさ》め、労《ろう》を休め、我《おの》が身を忘れて屈託《くったく》なくその業《ぎょう》に服するので、恰《あたか》も時計が動く毎《ごと》にセコンドが鳴るようなものであろう。またそれがために勢《いきおい》を増し、力を得《う》ることは、戦《たたかい》に鯨波《とき》を挙げるに斉《ひと》しい、曳々《えいえい》! と一斉に声を合わせるトタンに、故郷《ふるさと》も、妻子《つまこ》も、死も、時間も、慾も、未練も忘れるのである。  同じ道理で、坂は照る照る鈴鹿《すずか》は曇《くも》る=といい、袷《あわせ》遣《や》りたや足袋《たび》添えて=と唱える場合には、いずれも疲《つかれ》を休めるのである、無益《むえき》なものおもいを消すのである、寧《むし》ろ苦労を紛《まぎ》らそうとするのである、憂《うさ》を散《さん》じよう、恋を忘れよう、泣音《なくね》を忍ぼうとするのである。  それだから追分《おいわけ》が何時《いつ》でもあわれに感じらるる。つまる処《ところ》、卑怯《ひきょう》な、臆病な老人が念仏を唱えるのと大差はないので、語《ご》を換えて言えば、不残《のこらず》、節《ふし》をつけた不平の独言《つぶやき》である。  船頭、馬方、木樵、機業場《はたおりば》の女工など、あるが中に、この木挽《こびき》は唄を謡《うた》わなかった。その木挽の与吉《よきち》は、朝から晩まで、同じことをして木を挽いて居る、黙って大鋸《おおのこぎり》を以て巨材《きょざい》の許《もと》に跪《ひざまず》いて、そして仰いで礼拝《らいはい》する如く、上から挽きおろし、挽きおろす。この度《たび》のは、一昨日《おととい》の朝から懸《かか》った仕事で、ハヤその半《なかば》を挽いた。丈《たけ》四|間《けん》半《はん》、小口《こぐち》三|尺《じゃく》まわり四角な樟《くすのき》を真二《まっぷた》つに割ろうとするので、与吉は十七の小腕《こうで》だけれども、この業《わざ》には長《た》けて居た。  目鼻立《めはなだち》の愛くるしい、罪の無い丸顔、五分刈《ごぶがり》に向顱巻《むこうはちまき》、三尺帯《さんじゃくおび》を前で結んで、南《なん》の字を大《おお》く染抜《そめぬ》いた半被《はっぴ》を着て居る、これは此処《ここ》の大家《たいけ》の仕着《しきせ》で、挽いてる樟もその持分《もちぶん》。  未《ま》だ暑いから股引《ももひき》は穿《は》かず、跣足《はだし》で木屑《きくず》の中についた膝《ひざ》、股《もも》、胸のあたりは色が白い。大柄だけれども肥《ふと》っては居《お》らぬ、ならば袴《はかま》でも穿かして見たい。与吉が身体《からだ》を入れようという家は、直《すぐ》間近《まぢか》で、一|町《ちょう》ばかり行《ゆ》くと、袂《たもと》に一本|暴風雨《あらし》で根返《ねがえ》して横様《よこざま》になったまま、半ば枯れて、半ば青々とした、あわれな銀杏《いちょう》の矮樹《わいじゅ》がある、橋が一個《ひとつ》。その渋色の橋を渡ると、岸から板を渡した船がある、板を渡って、苫《とま》の中へ出入《でいり》をするので、この船が与吉の住居《すまい》。で干潮《かんちょう》の時は見るも哀《あわれ》で、宛然《さながら》洪水《でみず》のあとの如く、何時《いつ》棄《す》てた世帯道具《しょたいどうぐ》やら、欠擂鉢《かけすりばち》が黒く沈んで、蓬《おどろ》のような水草は波の随意《まにまに》靡《なび》いて居る。この水草はまた年久しく、船の底、舷《ふなばた》に搦《から》み附《つ》いて、恰も巌《いわお》に苔蒸《こけむ》したかのよう、与吉の家をしっかりと結《ゆわ》えて放しそうにもしないが、大川《おおかわ》から汐《しお》がさして来れば、岸に茂った柳の枝が水に潜《くぐ》り、泥だらけな笹の葉がぴたぴたと洗われて、底が見えなくなり、水草の隠れるに従《したご》うて、船が浮上《うきあが》ると、堤防の遠方《おちかた》にすくすくと立って白い煙を吐く此処彼処《ここかしこ》の富家《ふか》の煙突《えんとつ》が低くなって、水底のその欠擂鉢、塵芥《ちりあくた》、襤褸切《ぼろぎれ》、釘の折《おれ》などは不残《のこらず》形を消して、蒼《あお》い潮を満々《まんまん》と湛《たた》えた溜池《ためいけ》の小波《さざなみ》の上なる家は、掃除をするでもなしに美しい。  爾時《そのとき》は船から陸へ渡した板が真直《まっすぐ》になる。これを渡って、今朝は殆《ほとんど》ど満潮だったから、与吉は柳の中で␼《ぱっ》と旭《あさひ》がさす、黄金《こがね》のような光線に、その罪のない顔を照らされて仕事に出た。 [#5字下げ]二[#「二」は中見出し]  それから日一日《ひいちにち》おなじことをして働いて、黄昏《たそがれ》かかると日が舂《うすづ》き、柳の葉が力なく低《た》れて水が暗《くろ》うなると汐《しお》が退《ひ》く、船が沈んで、板が斜めになるのを渡って家に帰るので。  留守には、年寄った腰の立たない与吉の爺々《ちゃん》が一人で寝て居るが、老後の病《やまい》で次第に弱るのであるから、急に容体の変るという憂慮《きづかい》はないけれども、与吉は雇《やと》われ先で昼飯をまかなわれては、小休《こやすみ》の間に毎日一度ずつ、見舞に帰るのが例であった。 「じゃあ行って来るぜ、父爺《ちゃん》。」  与平《よへい》という親仁《おやじ》は、涅槃《ねはん》に入《い》ったような形で、胴《どう》の間《ま》に寝ながら、仏造《ほとけづく》った額《ひたい》を上げて、汗だらけだけれども目の涼しい、息子《せがれ》が地蔵眉《じぞうまゆ》の、愛くるしい、若い顔を見て、嬉しそうに頷《うなず》いて、 「晩にゃ又《また》柳屋《やなぎや》の豆腐《とうふ》にしてくんねえよ。」 「あい、」といって苫《とま》を潜《くぐ》って這《は》うようにして船から出た、与吉はずッと立って板を渡った。向《むこ》うて筋違《すじっかい》、角《かど》から二軒目に小さな柳の樹が一本、その低い枝のしなやかに垂れた葉隠《はがく》れに、一|間口《けんぐち》二枚の腰障子《こししょうじ》があって、一枚には仮名《かな》、一枚には真名《まな》で豆腐と書いてある。柳の葉の翠《みどり》を透《す》かして、障子の紙は新らしく白いが、秋が近いから、破れて煤《すす》けたのを貼替《はりか》えたので、新規に出来た店ではない。柳屋は土地で老鋪《しにせ》だけれども、手広く商《あきない》をするのではなく、八九十軒もあろう百軒足らずのこの部落だけを花主《とくい》にして、今代《こんだい》は喜蔵《きぞう》という若い亭主が、自分で売りに廻《まわ》るばかりであるから、商に出た留守の、昼過《ひるすぎ》は森《しん》として、柳の蔭《かげ》に腰障子が閉まって居る、樹の下、店の前から入口へ懸《か》けて、地《じ》の窪《くぼ》んだ、泥濘《ぬかるみ》を埋めるため、一面に貝殻《かいがら》が敷いてある、白いの、半分黒いの、薄紅《うすべに》、赤いのも交って堆《うずたか》い。  隣屋《となり》はこの辺《へん》に棟《むね》を並ぶる木屋《きや》の大家《たいけ》で、軒《のき》、廂《ひさし》、屋根の上まで、犇《ひし》と木材を積揃《つみそろ》えた、真中《まんなか》を分けて、空高《そらだか》い長方形の透間《すきま》から凡《およ》そ三十畳も敷けようという店の片端が見える、その木材の蔭になって、日の光もあからさまには射さず、薄暗い、冷々《ひやひや》とした店前《みせさき》に、帳場格子《ちょうばごうし》を控えて、年配の番頭が唯《ただ》一人|帳合《ちょうあい》をしている。これが角屋敷《かどやしき》で、折曲《おれまが》ると灰色をした道が一筋《ひとすじ》、電柱の著《いちじる》しく傾いたのが、前《まえ》と後《うしろ》へ、別々に頭《かしら》を掉《ふ》って奥深《おくぶこ》う立って居る、鋼線《はりがね》が又|半《なか》だるみをして、廂よりも低い処《ところ》を、弱々《よわよわ》と、斜めに、さもさも衰《おとろ》えた形《かたち》で、永代《えいたい》の方から長く続いて居るが、図《ず》に描《か》いて線を引くと、文明の程度が段々|此方《こっち》へ来るに従《したご》うて、屋根越《やねごし》に鈍《にぶ》ることが分るであろう。  単に電柱ばかりでない、鋼線ばかりでなく、橋の袂《たもと》の銀杏《いちょう》の樹も、岸の柳も、豆腐屋の軒も、角家の塀も、それ等《ら》に限らず、あたりに見ゆるものは、門の柱も、石垣も、皆《みな》傾いて居る、傾いて居る、傾いて居るが尽《ことごと》く一様《いちよう》な向《むき》にではなく、或《ある》ものは南の方へ、或ものは北の方へ、また西の方へ、東の方へ、てんでんばらばらになって、この風のない、天《そら》の晴れた、曇《くもり》のない、水面のそよそよとした、静かな、穏《おだや》かな日中《ひなか》に処《しょ》して、猶且《なおか》つ暴風に揉《も》まれ、揺《ゆ》らるる、その瞬間の趣《おもむき》あり。ものの色もすべて褪《あ》せて、その灰色に鼠《ねずみ》をさした湿地も、草も、樹も、一部落を蔽包《おおいつつ》んだ夥多《おびただ》しい材木も、材木の中を見え透く溜池《ためいけ》の水の色も、一切《いっさい》、喪服《もふく》を着《つ》けたようで、果敢《はか》なく哀《あわれ》である。 [#5字下げ]三[#「三」は中見出し]  界隈《かいわい》の景色がそんなに沈鬱《ちんうつ》で、湿々《じめじめ》として居るに従《したご》うて、住む者もまた高声《たかごえ》ではものをいわない。歩行《あるく》にも内端《うちわ》で、俯向《うつむ》き勝《がち》で、豆腐屋も、八百屋《やおや》も黙って通る。風俗も派手でない、女の好《このみ》も濃厚ではない、髪の飾《かざり》も赤いものは少なく、皆心するともなく、風土の喪に服して居るのであろう。  元来岸の柳の根は、家々の根太《ねだ》よりも高いのであるから、破風《はふ》の上で、切々《きれぎれ》に、蛙《かわず》が鳴くのも、欄干《らんかん》の壊《くず》れた、板のはなればなれな、杭《くい》の抜けた三角形の橋の上に蘆《あし》が茂って、虫がすだくのも、船虫《ふなむし》が群《むら》がって往来を駆けまわるのも、工場の煙突《えんとつ》の烟《けむり》が遥《はる》かに見えるのも、洲崎《すさき》へ通う車の音がかたまって響くのも、二日おき三日置きに思出《おもいだ》したように巡査《じゅんさ》が入るのも、けたたましく郵便|脚夫《きゃくふ》が走込《はしりこ》むのも、烏《からす》が鳴くのも、皆何となく土地の末路を示す、滅亡の兆《ちょう》であるらしい。  けれども、滅びるといって、敢《あえ》てこの部落が無くなるという意味ではない、衰えるという意味ではない、人と家とは栄《さか》えるので、進歩するので、繁昌《はんじょう》するので、やがてその電柱は真直《まっすぐ》になり、鋼線《はりがね》は張《はり》を持ち、橋がペンキ塗《ぬり》になって、黒塀が煉瓦《れんが》に換《かわ》ると、蛙《かわず》、船虫、そんなものは、不残《のこらず》石灰《いしばい》で殺されよう。即《すなわ》ち人と家とは、栄えるので、恁《かか》る景色の俤《おもかげ》がなくなろうとする、その末路を示して、滅亡の兆を表わすので、詮《せん》ずるに、蛇《へび》は進んで衣《ころも》を脱ぎ、蝉《せみ》は栄えて殻《から》を棄《す》てる、人と家とが、皆|他《た》の光栄あり、便利あり、利益ある方面に向って脱出《ぬけだ》した跡には、この地のかかる俤が、空蝉《うつせみ》になり脱殻《ぬけがら》になって了《しま》うのである。  敢て未来のことはいわず、現在|既《すで》にその姿になって居るのではないか、脱け出した或者《あるもの》は、鳴き、且《か》つ飛び、或者は、走り、且つ食《くら》う、けれども衣《きぬ》を脱いで出た蛇は、残した殻より、必ずしも美しいものとはいわれない。  ああ、まぼろしのなつかしい、空蝉のかような風土は、却《かえ》ってうつくしいものを産するのか、柳屋に艶麗《あでやか》な姿が見える。  与吉は父親に命ぜられて、心に留めて出たから、岸に上《あが》ると、思うともなしに豆腐屋に目を注いだ。  柳屋は浅間《あさま》な住居《すまい》、上框《あがりがまち》を背後《うしろ》にして、見通《みとおし》の四畳半の片端《かたはし》に、隣家《となり》で帳合《ちょうあい》をする番頭と同一《おなじ》あたりの、柱に凭《もた》れ、袖をば胸のあたりで引き合わせて、浴衣《ゆかた》の袂《たもと》を折返《おりかえ》して、寝床《ねどこ》の上に坐《すわ》った膝《ひざ》に掻巻《かいまき》を懸《か》けて居る。背《うしろ》には綿《わた》の厚い、ふっくりした、竪縞《たてじま》のちゃんちゃんを着た、鬱金木綿《うこんもめん》の裏が見えて襟脚《えりあし》が雪のよう、艶気《つやけ》のない、赤熊《しゃぐま》のような、ばさばさした、余るほどあるのを天神《てんじん》に結《ゆ》って、浅黄《あさぎ》の角絞《つのしぼり》の手絡《てがら》を弛《ゆる》う大きくかけたが、病気であろう、弱々《よわよわ》とした後姿《うしろすがた》。  見透《みとおし》の裏は小庭《こにわ》もなく、すぐ隣屋《となり》の物置《ものおき》で、此処《ここ》にも犇々《ひしひし》と材木が建重《たてかさ》ねてあるから、薄暗い中に、鮮麗《あざやか》なその浅黄の手絡と片頬《かたほ》の白いのとが、拭込《ふきこ》んだ柱に映って、ト見ると露草《つゆぐさ》が咲いたようで、果敢《はか》なくも綺麗《きれい》である。  与吉はよくも見ず、通りがかりに、 「今日《こんにち》は、」と、声を掛けたが、フト引戻《ひきもど》さるるようにして覗《のぞ》いて見た、心着《こころづ》くと、自分が挨拶《あいさつ》したつもりの婦人《おんな》はこの人ではない。 [#5字下げ]四[#「四」は中見出し] 「居ない。」と呟《つぶや》くが如くにいって、そのまま通抜《とおりぬ》けようとする。  ト日があたって暖《あたた》たかそうな、明《あかる》い腰障子《こししょうじ》の内に、前刻《さっき》から静かに水を掻廻《かきまわ》す気勢《けはい》がして居たが、ばったりといって、下駄《げた》の音。 「与吉さん、仕事にかい。」  と婀娜《あだ》たる声、障子を開けて顔を出した、水色の唐縮緬《とうちりめん》を引裂《ひっさ》いたままの襷《たすき》、玉のような腕《かいな》もあらわに、蜘蛛《くも》の囲《い》を絞《しぼ》った浴衣《ゆかた》、帯は占《し》めず、細紐《ほそひも》の態《なり》で裾《すそ》を端折《はしょ》って、布の純白なのを、短かく脛《はぎ》に掛けて甲斐甲斐《かいがい》しい。  歯を染めた、面長《おもなが》の、目鼻立《めはなだち》はっきりとした、眉《まゆ》は落《おと》さぬ、束《たば》ね髪《がみ》の中年増《ちゅうどしま》、喜蔵の女房で、お品《しな》という。  濡《ぬ》れた手を間近《まぢか》な柳の幹にかけて半身《はんしん》を出した、お品は与吉を見て微笑《ほほえ》んだ。  土間《どま》は一面の日あたりで、盤台《はんだい》、桶《おけ》、布巾《ふきん》など、ありったけのもの皆濡れたのに、薄く陽炎《かげろう》のようなのが立籠《たちこ》めて、豆腐がどんよりとして沈んだ、新木《あらき》の大桶の水の色は、薄《うす》ら蒼《あお》く、柳の影が映って居る。 「晩方《ばんがた》又《また》来るんだ。」  お品は莞爾《にっこり》しながら、 「難有《ありがと》う存じます、」故《わざ》と慇懃《いんぎん》にいった。  つかつかと行懸《ゆきか》けた与吉は、これを聞くと、あまり自分の素気《そっけ》なかったのに気がついたか、小戻《こもど》りして真顔《まがお》で、眼を一ツ瞬《しばだた》いて、 「ええ、毎度難有う存じます。」と、罪のない口の利きようである。 「ほほほ、何をいってるのさ。」 「何がよ。」 「だってお前様《まえさん》はお客様じゃあないかね、お客様なら私《わたし》ン処《ところ》の旦那《だんな》だね、ですから、あの、毎度難有う存じます。」と柳に手を縋《すが》って半身を伸出《のびで》たまま、胸と顔を斜めにして、与吉の顔を差覗《さしのぞ》く。  与吉は極《きまり》の悪そうな趣《おもむき》で、 「お客様だって、あの、私は木挽《こびき》の小僧だもの。」  と手真似《てまね》で見せた、与吉は両手を突出《つきだ》してぐっと引いた。 「こうやって、こう挽いてるんだぜ、木挽の小僧だぜ。お前様《まえさん》はおかみさんだろう、柳屋のおかみさんじゃねえか、それ見ねえ、此方《こっち》でお辞儀《じぎ》をしなけりゃならないんだ。ねえ、」 「あれだ、」とお品は目を睜《みは》って、 「まあ、勿体《もったい》ないわねえ、私達に何のお前さん……」といいかけて、つくづく瞻《みまも》りながら、お品はずッと立って、与吉に向い合い、その襷懸《たすきが》けの綺麗《きれい》な腕を、両方|大袈裟《おおげさ》に振って見せた。 「こうやって威張《いば》ってお在《いで》よ。」 「威張らなくッたって、何も、威張らなくッたって構わないから、父爺《ちゃん》が魚を食ってくれると可《い》いけれど、」と何と思ったか与吉はうつむいて悄《しお》れたのである。 「何《ど》うしたんだね、又余計に悪くなったの。」と親切にも優しく眉を顰《ひそ》めて聞いた。 「余計に悪くなって堪《たま》るもんか、この節《せつ》あ心持《こころもち》が快方《いいほう》だっていうけれど、え、魚気《さかなっけ》を食わねえじゃあ、身体《からだ》が弱るっていうのに、父爺はね、腥《なまぐさ》いものにゃ箸《はし》もつけねえで、豆腐でなくっちゃあならねえッていうんだ。え、おかみさん、骨のある豆腐は出来まいか。」と思出《おもいだ》したように唐突《だしぬけ》にいった。 [#5字下げ]五[#「五」は中見出し] 「おや、」  お品は与吉がいうことの余り突拍子《とっぴょうし》なのを、笑うよりも先《ま》ず驚いたのである。 「ねえ、親方に聞いて見てくんねえ、出来そうなもんだなあ。雁《がん》もどきッて、ほら、種々《いろん》なものが入った油揚《あぶらあげ》があらあ、銀杏《ぎんなん》だの、椎茸《しいたけ》だの、あれだ、あの中へ、え、肴《さかな》を入れて交《ま》ぜッこにするてえことあ不可《いけ》ねえのかなあ。」 「そりゃ、お前さん。まあ、可《い》いやね、聞いて見て置きましょうよ。」 「ああ、聞いて見てくんねえ、真個《ほんと》に肴ッ気が無くッちゃあ、台なし身体《からだ》が弱るッていうんだもの。」 「何故《なぜ》父上《おとっさん》は腥《なまぐさ》をお食《あが》りじゃあないのだね。」  与吉の真面目《まじめ》なのに釣込《つりこ》まれて、笑うことの出来なかったお品は、到頭《とうとう》骨のある豆腐の注文を笑わずに聞き済ました、そして真顔《まがお》で尋《たず》ねた。 「ええ、その何だって、物をこそ言わねえけれど、目もあれば、口もある、それで生白《なまじろ》い色をして、蒼《あお》いものもあるがね、煮られて皿の中に横になった姿てえものは、魚々《さかなさかな》と一口《ひとくち》にゃあいうけれど、考えて見りゃあ生身《なまみ》をぐつぐつ煮着《につ》けたのだ、尾頭《おかしら》のあるものの死骸《しがい》だと思うと、気味が悪くッて食べられねえッて、左様《そう》いうんだ。  詰《つま》らねえことを父爺《ちゃん》いうもんじゃあねえ、山ン中の爺婆《じじばば》でも塩したのを食べるッてよ。  煮たのが、心持《こころもち》が悪けりゃ、刺身《さしみ》にして食べないかッていうとね、身震《みぶるい》をするんだぜ。刺身ッていやあ一寸試《いっすんだめし》だ、鱠《なます》にすりゃぶつぶつ切《ぎり》か、あの又《また》目口《めくち》のついた天窓《あたま》へ骨が繋《つなが》って肉が絡《まと》いついて残る図なんてものは、と厭《いや》な顔をするからね。ああ、」といって与吉は頷《うなず》いた。これは力を入れて対手《あいて》にその意を得させようとしたのである。 「左様《そう》なんかねえ、年紀《とし》の故《せい》もあろう、一ツは気分だね、お前さん、そんなに厭がるものを無理に食べさせない方が可いよ、心持を悪くすりゃ身体のたしにもなんにもならないわねえ。」 「でも痩《や》せるようだから心配だもの。気が着かないようにして食べさせりゃ、胸を悪くすることもなかろうからなあ、いまの豆腐の何よ。ソレ、」 「骨のあるがんもどきかい、ほほほほほほ、」と笑った、垢抜《あかぬ》けのした顔に鉄漿《かね》を含んで美しい。  片頬《かたほ》に触れた柳の葉先を、お品はその艶《つや》やかに黒い前歯で銜《くわ》えて、扱《こ》くようにして引断《ひっき》った。青い葉を、カチカチと二ツばかり噛《か》んで手に取って、掌《てのひら》に載せて見た。トタンに框《かまち》の取着《とッつき》の柱に凭《もた》れた浅黄《あさぎ》の手絡《てがら》が此方《こっち》を見向く、うら少《わかい》のと面《おもて》を合わせた。  その時までは、殆《ほとん》ど自分で何をするかに心着《こころづ》いて居ないよう、無意識の間にして居たらしいが、フト目を留めて、俯向《うつむ》いて、じっと見て、又|梢《こずえ》を仰いで、 「与吉さんのいうようじゃあ、まあ、嘸《さぞ》この葉も痛むこッたろうねえ。」  と微笑《ほほえ》んで見せて、少《わか》いのがその清《すずし》い目に留めると、くるりと廻《まわ》って、空《そら》ざまに手を上げた、お品はすっと立って、しなやかに柳の幹《みき》を叩《たた》いたので、蜘蛛《くも》の巣の乱れた薄い色の浴衣の袂《たもと》は、ひらひらと動いた。  与吉は半被《はっぴ》の袖を掻合《かきあ》わせて、立って見て居たが、急に振返って、 「そうだ。じゃあ親方に聞いて見ておくんな。可いかい、」 「ああ、可いとも、」といって向直って、お品は掻潜《かいくぐ》って襷《たすき》を脱《はず》した。斜めに袈裟《けさ》になって結目《むすびめ》がすらりと下《さが》る。 「お邪魔申しました。」 「あれだよ。又、」と、莞爾《にっこり》していう。 「そうだっけな、うむ、此方《こっち》あお客だぜ。」  与吉は独《ひとり》で頷いたが、背向《うしろむき》になって、肱《ひじ》を張って、南《なん》の字の印が動く、半被の袖をぐッと引いて、手を掉《ふ》って、 「おかみさん、大威張《おおいばり》だ。」 「あばよ。」 [#5字下げ]六[#「六」は中見出し] 「あい、」といいすてに、急足《いそぎあし》で、与吉は見る内《うち》に間近《まぢか》な渋色の橋の上を、黒い半被《はっぴ》で渡った。真中頃《まんなかごろ》で、向岸から駆けて来た郵便|脚夫《きゃくふ》と行合《ゆきあ》って、遣違《やりちが》いに一緒になったが、分れて橋の両端《りょうはし》へ、脚夫はつかつかと間近に来て、与吉は彼《か》の、倒れながらに半ば黄ばんだ銀杏《いちょう》の影に小さくなった。 [#5字下げ]七[#「七」は中見出し] 「郵便!」 「はい、」と柳の下で、洗髪《あらいがみ》のお品は、手足の真黒《まっくろ》な配達夫が、突当《つきあた》るように目の前に踏留《ふみと》まって棒立《ぼうだち》になって喚《わめ》いたのに、驚いた顔をした。 「更科《さらしな》お柳《りゅう》さん、」 「手前どもでございます。」  お品は受取って、青い状袋の上書《うわがき》をじっと見ながら、片手を垂れて前垂《まえだれ》のさきを抓《つま》んで上げつつ、素足に穿《は》いた黒緒《くろお》の下駄を揃えて立ってたが、一寸《ちょっと》飜《かえ》して、裏の名を読むと、顔の色が動いて、横目に框《かまち》をすかして、片頬《かたほ》に笑《えみ》を含んで、堪《たま》らないといったような声で、 「柳ちゃん、来たよ!」というが疾《はや》いか、横ざまに駆けて入《い》る、柳腰《やなぎごし》、下駄が脱げて、足の裏が美しい。 [#5字下げ]八[#「八」は中見出し]  与吉が仕事場の小屋に入ると、例の如く、直《す》ぐそのまま材木の前に跪《ひざまず》いて、鋸《のこぎり》の柄《え》に手を懸《か》けた時、配達夫は、此処《ここ》の前を横切って、身を斜《ななめ》に、波に揺られて流るるような足取《あしどり》で、走り去った。  与吉は見も遣《や》らず、傍目《わきめ》も触《ふ》らないで挽《ひ》きはじめる。  巨大なるこの樟《くすのき》を濡《ぬ》らさないために、板屋根を葺《ふ》いた、小屋の高さは十|丈《じょう》もあろう、脚の着いた台に寄せかけたのが突立《つッた》って、殆ど屋根裏に届くばかり。この根際《ねぎわ》に膝《ひざ》をついて、伸上《のびあが》っては挽き下ろし、伸上っては挽き下ろす、大鋸の歯は上下《うえした》にあらわれて、両手をかけた与吉の姿は、鋸よりも小さいかのよう。  小屋の中《うち》には単《ただ》こればかりでなく、両傍《りょうわき》に堆《うずたか》く偉大な材木を積んであるが、その嵩《かさ》は与吉の丈《たけ》より高いので、纔《わずか》に鋸屑《おがくず》の降積《ふりつも》った上に、小さな身体《からだ》一ツ入れるより他に余地はない。で恰《あたか》も材木の穴の底に跪いてるに過ぎないのである。  背後《うしろ》は突抜《つきぬ》けの岸で、ここにも地《つち》と一面な水が蒼《あお》く澄んで、ひたひたと小波《ささなみ》の畝《うねり》が絶えず間近《まぢこ》う来る。往来傍《おうらいばた》には又《また》岸に臨んで、果《はて》しなく組違《くみちが》えた材木が並べてあるが、二十三十ずつ、四ツ目|形《なり》に、井筒形《いづつがた》に、規律正しく、一定した距離を置いて、何処《どこ》までも続いて居る、四ツ目の間を、井筒の彼方《かなた》を、見え隠れに、ちらほら人が通るが、皆黙って歩行《あるい》いて居るので。  淋《さみし》い、森《しん》とした中に手拍子《てびょうし》が揃《そろ》って、コツコツコツコツと、鉄槌《かなづち》の音のするのは、この小屋に並んだ、一棟《ひとむね》、同一《おなじ》材木|納屋《なや》の中で、三個《さんこ》の石屋が、石を鑿《き》るのである。  板囲《いたがこい》をして、横に長い、屋根の低い、湿った暗い中で、働いて居るので、三人の石屋も斉《ひと》しく南屋《みなみや》に雇われて居るのだけれども、渠等《かれら》は与吉のようなのではない、大工と一所《いっしょ》に、南屋の普請《ふしん》に懸《かか》って居るので、ちょうど与吉の小屋と往来を隔てた真向《まむこ》うに、小さな普請小屋が、真新《まあたらし》い、節穴《ふしあな》だらけな、薄板で建って居る、三方《さんぽう》が囲ったばかり、編んで繋いだ縄《なわ》も見え、一杯の日当《ひあたり》で、いきなり土の上へ白木《しらき》の卓子《テエブル》を一脚|据《す》えた、その上には大土瓶《おおどびん》が一個、茶呑茶碗《ちゃのみぢゃわん》が七個《ななつ》八個《やつ》。  後《うしろ》に置いた腰掛台の上に、一人は匍匐《はらばい》になって、肱《ひじ》を張って長々と伸び、一人は横ざまに手枕《てまくら》して股引《ももひき》穿《は》いた脚を屈《かが》めて、天窓《あたま》をくッつけ合って大工が寝そべって居る。普請小屋と、花崗石《みかげいし》の門柱《もんばしら》を並べて扉が左右に開いて居る、門の内の横手の格子《こうし》の前に、萌黄《もえぎ》に塗った中に南と白で抜いたポンプが据《すわ》って、その縁《ふち》に釣棹《つりざお》と畚《ふご》とがぶらりと懸《かか》って居る、真《まこと》にもの静かな、大家《たいけ》の店前《みせさき》に人の気勢《けはい》もない。裏庭とおもうあたり、遥か奥の方《かた》には、葉のやや枯れかかった葡萄棚《ぶどうだな》が、影を倒《さかしま》にうつして、此処《ここ》もおなじ溜池《ためいけ》で、門のあたりから間近な橋へかけて、透間《すきま》もなく乱杭《らんぐい》を打って、数限《かずかぎり》もない材木を水のままに浸《ひた》してあるが、彼処《かしこ》へ五本、此処《ここ》へ六本、流寄《ながれよ》った形が判で印《お》した如く、皆三方から三ツに固《かたま》って、水を三角形に区切った、あたりは広く、一面に早苗田《さなえだ》のようである。この上を、時々ばらばらと雀《すずめ》が低《ひく》う。 [#5字下げ]九[#「九」は中見出し]  その他《た》に此処で動いてるものは与吉が鋸《のこぎり》に過ぎなかった。  余り静かだから、しばらくして、又しばらくして、樟《くすのき》を挽《ひ》く毎《ごと》にぼろぼろと落つる木屑《きくず》が判然《はっきり》聞《きこ》える。 (父親《ちゃん》は何故《なぜ》魚を食べないのだろう、)とおもいながら膝《ひざ》をついて、伸上《のびあが》って、鋸を手元に引いた。木屑は極めて細かく、極めて軽く、材木の一処《ひとところ》から湧《わ》くようになって、肩にも胸にも膝の上にも降りかかる。トタンに向うざまに突出して腰を浮かした、鋸の音につれて、又|時雨《しぐれ》のような微《かすか》な響《ひびき》が、寂寞《せきばく》とした巨材の一方から聞えた。  柄《え》を握って、挽きおろして、与吉は呼吸《いき》をついた。 (左様《そう》だ、魚の死骸だ、そして骨が頭に繋がったまま、皿の中に残るのだ、)  と思いながら、絶えず拍子にかかって、伸縮《のびちぢみ》に身体《からだ》の調子を取って、手を働かす、鋸が上下して、木屑がまた溢《こぼ》れて来る。 (何故だろう、これは鋸で挽く所為《せい》だ、)と考えて、柳の葉が痛むといったお品の言《ことば》が胸に浮ぶと、又木屑が胸にかかった。  与吉は薄暗い中に居る、材木と、材木を積上げた周囲は、杉の香《か》、松の匂《におい》に包まれた穴の底で、目を睜《みは》って、跪《ひざまず》いて、鋸を握って、空《そら》ざまに仰いで見た。  樟の材木は斜めに立って、屋根裏を漏《も》れてちらちらする日光に映って、言うべからざる森厳《しんげん》な趣《おもむき》がある。この見上ぐるばかりな、これほどの丈《たけ》のある樹はこの辺《あたり》でついぞ見た事はない、橋の袂《たもと》の銀杏《いちょう》は固《もと》より、岸の柳は皆|短《ひく》い、土手の松はいうまでもない、遥《はるか》に見えるその梢《こずえ》は殆《ほとん》ど水面と並んで居る。  然《しか》も猶《なお》これは真直《まっすぐ》に真四角に切《きっ》たもので、およそ恁《かか》る角《かく》の材木を得ようというには、杣《そま》が八人五日あまりも懸らねばならぬと聞く。  那《そん》な大木のあるのは蓋《けだ》し深山《しんざん》であろう、幽谷《ゆうこく》でなければならぬ。殊《こと》にこれは飛騨山《ひだやま》から廻《まわ》して来たのであることを聞いて居た。  枝は蔓《はびこ》って、谷に亘《わた》り、葉は茂って峰を蔽《おお》い、根はただ一山《ひとやま》を絡《まと》って居たろう。  その時は、その下蔭《したかげ》は矢張《やっぱり》こんなに暗かったか、蒼空《あおぞら》に日の照る時も、と然《そ》う思って、根際《ねぎわ》に居た黒い半被《はっぴ》を被《き》た、可愛《かわい》い顔の、小さな蟻《あり》のようなものが、偉大なる材木を仰いだ時は、手足を縮めてぞっとしたが、 (父親《ちゃん》は何《ど》うしてるだろう、)と考えついた。  鋸は又動いて、 (左様だ、今頃は弥六親仁《やろくおやじ》がいつもの通《とおり》、筏《いかだ》を流して来て、あの、船の傍《そば》を漕《こ》いで通りすがりに、父上《ちゃん》に声をかけてくれる時分だ、)  と思わず振向いて池の方、うしろの水を見返った。  溜池《ためいけ》の真中《まんなか》あたりを、頬冠《ほおかむり》した、色のあせた半被を着た、脊《せい》の低い親仁が、腰を曲げ、足を突張《つッぱ》って、長い棹《さお》を繰《あやつ》って、画《え》の如く漕いで来る、筏は恰《あたか》も人を乗せて、油の上を辷《すべ》るよう。  するすると向うへ流れて、横ざまに近づいた、細い黒い毛脛《けずね》を掠《かす》めて、蒼い水の上を鴎《かもめ》が弓形《ゆみなり》に大きく鮮《あざや》かに飛んだ。 [#5字下げ]十[#「十」は中見出し] 「与太坊《よたぼう》、父爺《ちゃん》は何事もねえよ。」と、池の真中《まんなか》から声を懸けて、おやじは小屋の中を覗《のぞ》こうともせず、爪《つま》さきは小波《ささなみ》を浴《あ》ぶるばかり沈んだ筏《いかだ》を棹さして、この時また中空《なかぞら》から白い翼を飜《ひるがえ》して、ひらひらと落《おと》して来て、水に姿を宿したと思うと、向うへ飛んで、鴎の去った方《かた》へ、すらすらと流して行く。  これは弥六といって、与吉の父翁《ちちおや》が年来の友達で、孝行な児《こ》が仕事をしながら、病人を案じて居るのを知って居るから、例として毎日今時分通りがかりにその消息を伝えるのである。与吉は安堵《あんど》して又《また》仕事にかかった。 (父親《ちゃん》は何事もないが、何故《なぜ》魚を喰《た》べないのだろう。左様《そう》だ、刺身《さしみ》は一|寸《すん》だめしで、鱠《なます》はぶつぶつ切《ぎり》だ、魚《うお》の煮たのは、食べると肉がからみついたまま頭に繋《つなが》って、骨が残る、彼《あ》の皿の中の死骸に何《ど》うして箸がつけられようといって身震《みぶるい》をする、まったくだ。そして魚ばかりではない、柳の葉も食切《くいき》ると痛むのだ、)と思い思い、又この偉大なる樟《くすのき》の殆《ほとん》ど神聖に感じらるるばかりな巨材を仰ぐ。  高い屋根は、森閑《しんかん》として日中《ひなか》薄暗い中に、ほのぼのと見える材木から又ぱらぱらと、ぱらぱらと、其処《そこ》ともなく、鋸《のこぎり》の屑《くず》が溢《こぼ》れて落ちるのを、思わず耳を澄まして聞いた。中央の木目《もくめ》から渦《うずま》いて出るのが、池の小波のひたひたと寄する音の中に、隣の納屋の石を切る響《ひびき》に交って、繁った葉と葉が擦合《すれあ》うようで、たとえば時雨《しぐれ》の降るようで、又無数の山蟻《やまあり》が谷の中を歩行《ある》く跫音《あしおと》のようである。  与吉はとみこうみて、肩のあたり、胸のあたり、膝《ひざ》の上、跪《ひざまず》いてる足の間《あいだ》に落溜《おちたま》った、堆《うずたか》い、木屑の積ったのを、樟の血でないかと思ってゾッとした。  今までその上について暖《あたたか》だった膝頭《ひざがしら》が冷々《ひやひや》とする、身体《からだ》が濡《ぬ》れはせぬかと疑って、彼処此処《あちこち》袖《そで》襟《えり》を手で拊《はた》いて見た。仕事最中、こんな心持《こころもち》のしたことは始めてである。  与吉は、一人谷のドン底に居るようで、心細くなったから、見透《みす》かす如く日の光を仰いだ。薄い光線が屋根板の合目《あわせめ》から洩《も》れて、幽《かす》かに樟に映ったが、巨大なるこの材木は唯単《ただたん》に三尺角《さんじゃくかく》のみのものではなかった。  与吉は天日を蔽《おお》う、葉の茂った五抱《いつかかえ》もあろうという幹に注連縄《しめなわ》を張った樟の大樹《たいじゅ》の根に、恰《あたか》も山の端《は》と思う処《ところ》に、しッきりなく降りかかる翠《みどり》の葉の中に、落ちて落ち重なる葉の上に、あたりは真暗《まっくら》な処に、虫よりも小《ちいさ》な身体で、この大木の恰もその注連縄の下あたりに鋸を突《つき》さして居るのに心着いて、恍惚《うっとり》として目を睜《みは》ったが、気が遠くなるようだから、鋸を抜こうとすると、支《つか》えて、堅く食入《くいい》って、微《かす》かにも動かぬので、はッと思うと、谷々、峰々、一陣《いちじん》轟《ごう》! と渡る風の音に吃驚《びっくり》して、数千仞《すうせんじん》の谷底へ、真倒《まっさかさま》に落ちたと思って、小屋の中から転がり出した。 「大変だ、大変だ。」 「あれ! お聞き、」と涙声《なみだごえ》で、枕も上《あが》らぬ寝床の上の露草の、がッくりとして仰向《あおむ》けの淋《さびし》い素顔に紅《べに》を含んだ、白い頬に、蒼《あお》みのさした、うつくしい、妹の、ばさばさした天神髷《てんじんまげ》の崩れたのに、浅黄《あさぎ》の手絡《てがら》が解《と》けかかって、透通《すきとお》るように真白《まっしろ》で細《ほそ》い頸《うなじ》を、膝の上に抱いて、抱占《かかえし》めながら、頬摺《ほおずり》していった。お品が片手にはしっかりと前刻《さっき》の手紙を握って居る。 「ねえ、ねえ、お聞きよ、あれ、柳ちゃん――柳ちゃん――しっかりおし。お手紙にも、そこらの材木に枝葉がさかえるようなことがあったら、夫婦に成って遣《や》るッて書いてあるじゃあないか。  親の為《ため》だって、何だって、一旦《いったん》他の人に身をお任せだもの、道理《もっとも》だよ。お前、お前、それで気を落したんだけれど、命をかけて願ったものを、お前、それまでに思うものを、柳ちゃん、何だってお見捨てなさるものかね、解《わか》ったかい、あれ、あれをお聞きよ。もう可《い》いよ。大丈夫だよ。願《ねがい》は叶《かな》ったよ。」 「大変だ、大変だ、材木が化けたんだぜ、小屋の材木に葉が茂った、大変だ、枝が出来た。」  と普請小屋《ふしんごや》、材木納屋の前で叫び足らず、与吉は狂気の如く大声で、この家《や》の前をも呼《よば》わって歩行《ある》いたのである。 「ね、ね、柳ちゃん――柳ちゃん――」  うっとりと、目を開《あ》いて、ハヤ色の褪《あ》せた唇《くちびる》に微笑《ほほえ》んで頷《うなず》いた。人に血を吸われたあわれな者の、将《まさ》に死なんとする耳に、与吉は福音《ふくいん》を伝えたのである、この与吉のようなものでなければ、実際また恁《かか》る福音は伝えられなかったのであろう。 底本:「化鳥・三尺角 他六篇」岩波文庫、岩波書店    2013(平成25)年11月15日第1刷発行    2015(平成27)年5月15日第2刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第四巻」岩波書店    1941(昭和16)年3月15日 初出:「新小説 第四年第一巻」    1899(明治32)年1月1日 ※表題は底本では、「三尺角《さんじゃくかく》」となっています。 入力:日根敏晶 校正:門田裕志 2016年6月18日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。