編輯室より (一九一四年三月号) 伊藤野枝 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)併《しか》し [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)もつと/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] □今月号の従妹に宛てた私の手紙は実におはづかしいものだ。私はあのまゝでは発表したくなかつた。もう少ししつかりしたものにして発表したかつた。併《しか》し日数がせつぱつまつてから出さうと約束したので一端書きかけて止めておいたのをまた書きつぎかけたのだけれどもどうしても気持がはぐれてゐて書けないので、胡麻化してしまつた。本当にいけないことだと自覚はして居る。この償ひとして来月号には本当に一生懸命に書くつもり。何《ど》うか皆様あしからず。 □時間が欲しい。もつと/\確《しっか》りした智識が欲しい。中島氏訳の「サアニン」をよんだ。すつかり引きつけられたやうな気持がする。感想を書きたいけれども充分に断片的に浮んで来る一つ/\の考へを統一するに要する丈《だ》けの時間を持たない。一々しつかりした断定を下すに躊躇しなくてもいゝ程の自信ある根底の智識を持たないのがはづかしいと思ふ。まだあんなものを批評するに充分な資格は自分にはないのだ。本当に立派な智識が欲しい。 □「新婦人」の一月号に私の談話が載せてある。然しそれは私がその雑誌の記者と称する人に話したことゝは大変に相違した事柄である。下等な愚劣な向不見《むこうみず》なそして軽率な鼻持ちのならないことばかり並べてある。私は到底それを読んで憤怒を覚えずにはゐられなかつた。又、多数の人たちに自分の談話としてそれが読まれるのだと思つたとき私は涙がにじむ程の恥かしさを感じた。私はあの記者が手前勝手なことばかりを考へて私の思想を表現する談話に何の尊敬も注意も加へないでとりあつかつたと云ふことが不快でならない。私は矢張り物を言はないで書いてゐたい。もうほんとにおはなしなんかするもんぢやないとしみ/″\思ふ。 [#ここで字下げ終わり] [#地付き][『青鞜』第四巻第三号、一九一四年三月号] 底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林    2000(平成12)年5月31日初版発行 底本の親本:「青鞜 第四巻第三号」    1914(大正3)年3月号 初出:「青鞜 第四巻第三号」    1914(大正3)年3月号 ※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。 入力:酒井裕二 校正:雪森 2016年9月9日作成 2022年8月26日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。