書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月七日 一信) 伊藤野枝 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)室《へや》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地から1字上げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)ずん/\ ------------------------------------------------------- [#地から1字上げ]宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 [#地から5字上げ]発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館  停車場を出ると、前の支店でしばらく休んで、それから宿に帰へりました。帰つてからも室《へや》にゆくのが何んだかいやなので、帳場で話をして、それから室にはいると直ぐあの新聞を読んで、中央公論を読んで仕舞ひました。思つたほど何んでもなかつたので、すつかりつまらなくなつて室中を見まはしました。何も彼も出かけた時のままになつてゐます。座蒲団が二つ、それからたつた今まであなたが着てゐらしつた浴衣。それを見てゐると急にさびしくなりました。  枕を引きよせてもう何にも考へまいと思つて横になると、五時頃まで眠りました。それから起されてお湯にはいつて、子供を寝かして、御飯をすませて、今煙草を一本のんだところです。それから菊池(幽芳)さんに手紙を書かうと思つてペンをとりますと、先《ま》づやつぱりあなたに書きたいので書き初めたのです。今時分は四谷(堀保子)のお宅にでもゐらつしやるのでせうね。  あなたが行つてお仕舞ひになると、私の気持もさびしく閉ぢ、天気も曇つて風が出てまゐりました。潮の遠鳴りが一層聞えます。でも、大変静かな、落ちついた気持でゐられます。この分では仕事もずん/\進むでせう。 [#地付き][『大杉栄全集』第四巻、大杉栄全集刊行会、一九二六年九月] 底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林    2000(平成12)年5月31日初版発行 底本の親本:「大杉栄全集 第四巻」大杉栄全集刊行会    1926(大正15)年9月8日 入力:酒井裕二 校正:雪森 2016年1月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。