新・水滸伝 吉川英治 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)人間界《にんげんかい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)五|穀《こく》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)罡 ------------------------------------------------------- [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 序曲、百八の星、人間界《にんげんかい》に宿命すること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  頃は、今から九百年前。――中華の黄土大陸は大宋国《だいそうこく》といって、首都を河南《かなん》省の開封《かいほう》東京《とうけい》にさだめ、宋朝歴代の王業は、四代の仁宗《じんそう》皇帝につがれていた。  その嘉祐《かゆう》三年の三月三日のことである。  天子は、紫宸殿《ししいでん》に出御《しゅつぎょ》して、この日、公卿百官の朝賀を嘉《よみ》せられた。そしてはや、楽府《がくふ》の仙楽と満庭の万歳のうちに式を終って、今しも袞龍《こんりょう》錦衣《きんい》のお人影が、侍座《じざ》の玉簪《ぎょくさん》や、侍従の花冠《はなかんむり》と共に珠《たま》の椅子《いす》をお立ちあらんと見えたときであった。 「あ、陛下。しばしのほど」  列を離れて出た宰相《さいしょう》の趙哲《ちょうてつ》、参議の文彦博《ぶんげんぱく》のふたりが、帝座に伏して奏上した。 「お願いにござりまする。――いにしえから、今日の上巳《じょうし》ノ祝節[#1段階小さな文字](節句)[#小さな文字終わり]には、桃花の流れにみそぎして、官民のわかちなく、和楽を共に、大いに愉《たの》しみ遊ぶ日とされております。ねがわくば、この佳《よ》き日にあたって、下々《しもじも》へも、ご仁政の実《じつ》をおしめしたまわらば、宋朝の栄えは、万代だろうとおもわれますが」  仁宗皇帝は、ふと、ふしんなお顔をされた。 「なに。こんなよい日和《ひより》なのに、人民は、何も愉しめずにいるというのか」 「さればで――」と、両名はさらに九拝して。「ここ数年、五|穀《こく》のみのりも思わしくありません。加うるに、この春は、天下に悪疫《あくえき》が流行し、江南江北も、東西二京も、病臭《びょうしゅう》に埋まっております。家々は飢《う》えにみち、病屍《かばね》は道に捨てられてかえりみられず、夜は群盗のおののきに明かすという有様でございますから」 「ふうん。そんなにひどいのか」 「そこで、検非違使《けびいし》の包待制《ほうたいせい》のごときは、施薬院《せやくいん》の医吏《いり》をはげまし、また、自分の俸給まで投げだして、必死な救済にあたっておりますが、いかんせん、疫痢《えきり》の猖獗《しょうけつ》にはかてません。このぶんでは、地上の人間の半分は、死ぬだろうと恐れられておりまする」 「それは、ゆゆしい事ではないか。さっそく、天下の諸寺院に令して大祈祷《だいきとう》をさせねばならん」  国土の患《わずら》いでも、一身の乱《らん》でも、なにか大事にたちいたると、すぐ、加持祈祷《かじきとう》へ頼むところは、わが朝《ちょう》の藤原時代の権門とも、まったく同じ風習だった。いや、それが文明社会に近づきつつまだ文明にほど遠かった当時の人智だったというしかない。  江西《こうせい》への旅は遥かだった。しかし、旅にはよい仲春《ちゅうしゅん》の季節でもある。禁門の大将軍|洪信《こうしん》は、おびただしい部下の車騎《しゃき》をしたがえて、都門《ともん》東京《とうけい》を立ち、日をかさねて、江西信州の県城へ行きついた。 「勅使のおくだりだぞ。粗略あるな」  と、州の長官以下、大小の諸役人から土軍はもちろん、土地《ところ》の男女僧俗まで、みな道に堵列《とれつ》して、洪《こう》大将を出迎えた。  その夜のさかんな饗宴《きょうえん》はいうまでもなかった。地方の吏《り》が中央の大賓《たいひん》に媚《こ》びることは、今も昔もかわりがない。わけて、丹紙《たんし》の詔書《しょうしょ》を奉じて来た勅使であるから、県をあげて、庁の役人は、そのもてなしに心をくだいた。  が、洪信は、さすが軍人である。豪放で、らいらくだ。かつ、朝廷の賜餐《しさん》には馴れ、街の銀盤《ぎんばん》玉杯《ぎょくはい》にも飽いているから、どんな歓待とて、彼の舌や眼を驚かすには足らない。 「まあ、まあ。杯《さかずき》は下におけ。そう酒ばかりすすめんでもよい。このたびの下向《げこう》は儂《み》にとっても、重大な勅《ちょく》の勤め。さきに飛脚しておいた下《くだ》し令状《ぶみ》も見たであろうが」 「しかと、拝見しております」と、州の長官は、急に、畏《かしこ》みを見せて、――「聖旨のおもむきは、さっそく、この地の奥、龍虎山《りょうこざん》上清宮《じょうせいぐう》につたえおきましたから、万端をととのえご参籠をお待ち申しあげておるはずで」 「そうか。では今夜は、不浄をつつしみ、明朝は沐浴《もくよく》して、上清宮へ登って行くとしよう。貴様たちも、はやく退《さ》がれ」  つぎの日、洪は暁天に旅館を立ち、州門から八十支里[#1段階小さな文字](六町=一里)[#小さな文字終わり]もある西南の大岳《たいがく》を望んで行った。案内の州役人らの次に、彼は山輿《やまごし》にゆられ、部下百騎は勅使旗をささげていた。  龍虎山《りょうこざん》一帯は、古来、全国の信仰をあつめてきた道教《どうきょう》の大本山だ。  唐代このかた、歴朝の帰依《きえ》ふかく、その勅額は、朱《あけ》の楼閣《ろうかく》にも仰がれる。渓谷《けいこく》の空には、苔《こけ》さびた石橋《しゃっきょう》が望まれ、山また山の重なる奥までも、十三|層塔《そうとう》が霞《かす》んで見えた。また、道士《どうし》たちの住む墻院《しょういん》、仙館は、峰谷々にわたり、松柏《しょうはく》をつづる黄や白い花は猿《ましら》や鶴の遊ぶ苑《にわ》といってもよいであろうか。  ところで、この仙境は、その日とつぜん、眼をさましたように、一山の鐘台《しょうだい》から鐘の音をゆり起した。木々は香露《こうろ》をふりこぼし、園の仙鶴は羽バタき、全山の禽獣《きんじゅう》も、一せいに驚き啼いた。――見れば、三清宮から大石橋《だいしゃっきょう》へかけて、院主《いんず》の大師以下、道士、稚児《ちご》、力士[#1段階小さな文字](寺侍)[#小さな文字終わり]などの群列が、彩霞《さいか》のごとく、香を煙らし、金鈴《きんれい》や小鼓《しょうこ》を鳴らしながら今し勅使の洪《こう》将軍を仙院へ迎える礼をとっているものだった。 「大儀である」  洪は、大きく目礼をほどこしながら、仙館へ入った。  えならぬ仙味の献茶《けんちゃ》一ぷくを、すずやかに服《の》み終ると、彼はただちに、勅の主旨を、院主《いんず》につたえた。 「――過ぐる日の上巳《じょうし》の祝節。わが仁宗皇帝におかれては、打ちつづく世の悪疫《あくえき》を聞こしめされ、いたく宸襟《しんきん》をなやませ給うた。そこで即日、大赦《たいしゃ》の令《れい》を発せられ、施薬《せやく》や施粥《せがゆ》の小屋を辻々におき、なおまた、かくは、臣|洪信《こうしん》を遠くにおつかわしあって、当山の虚靖天師《きょせいてんし》に、病魔|調伏《ちょうぶく》の祈りを、おん頼みあった次第である。その儀は、すでに心得おろうがな」 「うけたまわっておりまする」 「勅願の詔書《しょうしょ》は、すなわち、これなる錦のふくろに入れ、臣|洪信《こうしん》の胸にかけて奉じてまいった。――さっそく、龍虎山の大仙《たいせん》、虚靖天師にお会いして、おわたし申しあげねばならんが、天師はいずこにおらるるか」 「大仙は、ここにはおいでございませぬ。ここの俗塵《ぞくじん》すら嫌って、これよりさらに山ふかく、龍虎山のいただきも尽きるところに、一宇の草院を結び、つねに仙道ご修行のほか、他念もなくおわせられます」 「では、そこまで登らねば、天師にお会いできぬのか」 「それも、お使者ご一名のみ。……斎戒沐浴《さいかいもくよく》をとげた上ならでは」 「はて、不便なことだなあ。勅命なのに」 「いかに、ご勅使たりと、霊山《れいざん》の法規はまげられませぬ。まこと、仁宗皇帝が、万民の苦患《くげん》を救わんため、万民に代って、大仙のご祈祷《きとう》をおたのみまいらすなれば、ご代参の殿が、それしきの精進《しょうじん》をつとめるなどは、何ほどのことでもありますまい」 「いうな、たれが億劫《おっくう》だといった。ただ不便と感じただけのこと。よしよし、あす一日|潔斎《けっさい》して、われ一人、天師の仙家へまかるであろう」  彼の意気たるや旺《さかん》であった。その朝は、星の下に、水垢離《みずごり》をとり、白木綿《しろもめん》の浄衣《じょうえ》を着て、黄布《きぎぬ》のつつみを背中へ斜《はす》にかけて結んだ。内に宸筆《しんぴつ》の勅願をおさめたのだ。そして、銀の柄香炉《えこうろ》を片手に、折々、香《こう》を焚《た》いては、「六|根《こん》清浄《しょうじょう》」を口にとなえ、身に寸鉄を帯びるでもなく、白木の山杖一ツを力に、あまたの道士に見送られて、上清宮《じょうせいぐう》を出立した。  ――が、禁門軍の雄《ゆう》、洪《こう》大将ほどな男も、そこから奥の山ではまったくへば[#「へば」に傍点]ッた。第一夜は、樹海《じゅかい》の底の谷川を枕として寝《い》ね、第二夜は、斧《おの》の刃《は》のような天空の峰で身を横たえた。しかも、ゆくての千峰は、まだまだ嶮《けわ》しい。  やがて、降ればまた深い渓音《けいおん》水声、昼か夜かも、わからなくなっていた。猿になぶられ、狼に踵《かかと》を嗅《か》がれ、ただ蔦《つた》かずらの中の道標を捜《さが》しては、それをたよって行くしかない。やっと、太古の森林を出たと思うと、あ――と仰がれる絶壁だし、めぐれば、瀑布のしぶきに吹きとばされ、攀《よ》じれば、磊々《らいらい》の奇岩巨石に覗《のぞ》き下ろされる。  それのみか、彼は、牝雄《めすおす》二疋の大きな虎に出会って、あやうく、虎の餌食《えじき》にされかけたり、この世にはありえぬような大蛇の鱗光《りんこう》に胆を消したりして、そのつど、無我夢中で逃げまろんだ。いつか、杖も柄香炉《えこうろ》も、手になかった。生命《いのち》一つを大事に、よろ這《ぼ》い歩くのが、やっとであった。 「……おや、鉄笛《てってき》の音《ね》がする?」  幾日目かの、途中である。  彼は、はじめて、人間の香に吹かれた。 「おじさん、どこへ行くんだね」  童子《どうじ》の方から、声をかけた。  童子は、牛の背へ、横乗りに乗っている。手には、さっきから聞えていた鉄笛が持たれていた。 「や、小僧、おまえこそ、どこから来た」 「この先の、中院《ちゅういん》からさ」 「中院」 「おじさんの泊った三清宮が麓院《ろくいん》、この峰が中院、もッともッと天上にあるのが奥院だよ。……だけど、おじさん、そんなに苦労して登って行っても、ムダだろうぜ」 「どうして」 「天師さまは、お留守だもの」 「えっ、いない? ……。そ、そんなはずはあるまいが」 「いないよ。うそじゃないよ。十日も前に、鶴に乗って、都へお出ましになってしまったんだ。なんでも、天下に悪い病が大ばやりなので、皇帝から、道教大本山の老大仙へ、ご加持のお頼みがあったんだとさ。きっと、面倒だから、天師さまの方から、鶴に乗って、ちょっくら、開封《かいほう》東京《とうけい》の空へ、飛んで行かれたんだろう」 「はて。どうして、きさまは、そんなことを知っておるのか」 「知ってるさ。こう見えても、人里の草刈り小僧とはわけが違う。老大仙に仕えている侍童《じどう》だもの」 「さてはそうか。では、そこへ案内してくれい。たのむ、たのむ」 「疑いぶかいなあ。いないっていってるのに。――ぼやぼやしてると、虎か大蛇《おろち》の餌食《えじき》にされちまうぜ。はやくお帰りよ、おじさん」  童子は、憐《あわ》れむような一笑をくれて、あとも見ずに行ってしまった。  洪《こう》は、半信半疑の思いで、なお行くと、なるほど、ここはまだ龍虎山《りょうこざん》の七、八合目あたりだったのか、巍然《ぎぜん》として、古塔の聳《そび》えを中心に、一郭の堂廟伽藍《どうびょうがらん》が、望まれだした。  足をひきずって、辿《たど》りつくと、 「洪《こう》大将でおわすか」  と、羅漢《らかん》のごとき道衆《どうしゅう》と、仙骨そのもののような老真人《ろうしんじん》[#1段階小さな文字](道士の師)[#小さな文字終わり]が、門に出迎え、礼をあつく、いたわってくれた。  それはよいが、彼の蘇生《そせい》の思いも、すぐ打ち消された。ここの老真人もいうのであった。 「まことに、あいにくでしたの。われらも、今知ったのでござりますわ。――山上の虚靖《きょせい》天師がはやお留守ということを」 「そりゃ、まったくか」 「嘘か、ほんとかよりも、おん大将ご自身、なにか途中で、お気づきになりませんでしたかの」 「牛に乗った童子に出会ったが」 「やや。それは惜しいことをされましたな」 「え。可惜《あたら》とは、また何で?」 「その童子こそ、天師のご化身《けしん》だったにちがいありません」 「げっ、あれがか」 「お勅使にムダぼね折らせても、おきのどくと思われ、一瞬に、都から翔《か》け来たッて、はや立ち帰れと、おさとしなされたものでしょう」 「ああ……。そうとは、知らなかった」 「が、まあ。ご安心なさるがよい。そういう示顕《じげん》のあるからには、おん大将がご帰京ある頃には、もう天師の神妙力にて、かならず、ご勅願はかなえられているに相違ございません」  なぐさめられて、その晩は、霧深い一|古殿《こでん》で昏々《こんこん》と眠った。 「この上は、ぜひもない、勅願の詔《しょう》を、上清宮《じょうせいぐう》の本殿に納め奉って、一日もはやく、都へ帰ろう」  臍《ほぞ》を決めて、こう告げると、真人《しんじん》は、十人の道衆《どうしゅう》に命じて、 「お勅使を、元の上清宮まで、お送りしてあげよ」  と、いった。  洪《こう》は、十道士にかこまれて、石門を出た。歩むことやや半日。だが、これはどうしたことだ。あんなにも、幾昼夜の難所、虎や毒蛇にも襲われて登って来たものが、降《くだ》りとはいえ、坦々《たんたん》と平地を歩むような愉しさである。そして、またたくまに、宝塔仙館の甍《いらか》が霞む、以前の三清宮へついてしまった。  あくる日、詔《しょう》は、上清宮の神扉《しんぴ》深きところの、宸翰《しんかん》箱に祠《まつ》り封ぜられ、式を終って、夜は一山の大饗宴《だいきょうえん》に移った。精進《しょうじん》料理ばかりのお山|振舞《ぶるまい》である。――これで、つつがなく下山となれば、まずは無難だったのだが、軍官僚のつねで、酒がはいると、もちまえの肌が出はじめた。何か、このまま下山しては、こけん[#「こけん」に傍点]にかかわる気でもしたのだろうか。いやに威儀ぶッていたが、ふと、まわりの雑談に、小耳をはさみ、 「なに、なに。いま申した魔耶殿《まやでん》とは、いったい、どこの閣《かく》か」 「は。お耳にさわりましたか。やはり三清宮の深殿《しんでん》の一でございまする」 「ふウむ。霊域《れいいき》の広さは、なかなか一|眸《ぼう》には出来んのだな。またと、かかる山へ参ることもあるまい。ひとつ明朝は、ここの全堂閣を、遊覧させてもらおうぞ」 「かしこまりました。ぜひ、ご巡拝のほどを」  宮司《ぐうじ》、真人《しんじん》たちは、あくる日、彼の先導に立った。そして、上清観《じょうせいかん》の唐代、五代、宋代にわたる名刹《めいさつ》の建造物を見せてまわり、さいごに九天殿、紫微殿《しびでん》、北極殿《ほっきょくでん》の奥ふかい社廊をすすみ、 「右が、太乙殿《たいいつでん》、左が、昨夜申した魔耶殿《まやでん》にござります」  と、たたずんだ。  幽寂な陽《ひ》の翳《かげ》りも淡い四辺《あたり》には、どこやら谺《こだま》する小鳥の声があるだけで、何かぞく[#「ぞく」に傍点]と、薄ら寒く肌に刺してくるものがある。 「ははあ、ここはもう、上清観中《じょうせいかんちゅう》の奥処《おうしょ》だな」 「さようで。いちばん奥の古刹《こさつ》でございまする」 「あれなる石壁に、鉄鎖《てつぐさり》をもって、物々しい錠前《じょうまえ》をかけてある門が見えるが、あれは何だ?」 「開《あ》かずの祠《ほこら》と申しつたえております」 「開かずの門か」と、洪《こう》はずかずか歩き出した。なにか、抵抗を感じたらしく見える。仰げば大絶壁。そこの裾《すそ》をくりぬいた石窟《せっくつ》なのだ。近づいてみると、かたわらの石柱《いしばしら》には、 [#1字下げ]伏魔之殿《ふくまのでん》  と、四文字が彫られてある。 「おうっ、宮司。――開けて見せてくれい、この内を」  洪は、伏魔と読み、また、不開《あかず》の門と聞いて、たちまちその傲上慢《ごうじょうまん》を、むらむらと、胸に煽《あお》りたてられたらしい。 「め、滅相《めっそう》もない仰せを」  宮司や道衆は、青くなった。  彼らが、口をそろえていうには、 「――そもそも、ここに祠《まつ》られて、咒封《じゅふう》となっている魔ものは、ことごとく、世界の妖霊《まがつみ》どものみで、ございまする。仔細《しさい》を申せば、大唐《だいとう》の開山|洞玄《とうげん》国師このかた、代々の老祖|大仙《たいせん》が、魔ものを捕りおさえては、この石窟《せっくつ》へ封じ込めおかれたもので、みだりに開くことはなりません」 「はははは。ばかなことを」 「いやいや、お笑い沙汰ではございませぬ。もし、過《あやま》ちにせよここを開けば、窟中《くっちゅう》の魔王は、時をえたりと、人界へ躍りでて、世路《せろ》のみだれは申すもおろか、人間の智恵、内臓のうちにまで潜《ひそ》んで、長く取り返しもつくまいぞ、といわれておりまする。……されば、道法九代の間、また私も、住山三十年にもなりますが、かつてただの一度も、ここの鉄錠《てつじょう》に手をかけたためしなど、見たことはありません」 「だからこそだ。そう聞けば、なお内部へ入ってみたい」 「そ、それは、余りにも、ご無態《むたい》と申すもので」 「なにが、無態だ。なんじらの馬鹿げた迷妄を、儂《み》の勇をもって、醒《さ》ましてくるるのがなんで無態か。鍛冶《かじ》を呼んで、鎖《くさり》を切らせろ」 「どうか、その儀だけは、おゆるしを」 「ならん。いなやをいうなら、朝廷に奏聞《そうもん》して、魔霊《まりょう》を祠《まつ》るものと、公《おおやけ》にするぞ。なんじら、数珠《じゅず》つなぎとなって、上饒江《じょうじょうこう》の河原に、さらし首を、ならべたいのか」  言い出しては、決して、言をひるがえす洪《こう》大将ではない。都城の衛府《えふ》で、部下をが[#「が」に傍点]鳴ッている通りな彼になっている。  恐れわなないた宮司や道衆は、ぜひなくおろおろと、やがて秘門の扉へ、むらがり寄った。鉄槌《てっつい》から火バナが散り、石斧《いしおの》からは、異様な響きと匂《にお》いが立った。不気味な谺《こだま》、キ、キ、キ……と腸《はらわた》をしぼるような何かの軋《きし》み。――じっと、見ていた洪は、そこが開くやいな、洞然《どうぜん》たる暗やみの中へ、まっ先に躍り入って、 「どうだ、それ見ろ、何事もないではないか。なにが厳秘の門か、なにが咒封《じゅふう》か。わははは、みんな入れ」  と、両の手を、天井《てんじょう》へ突ッぱり、愉快きわまるものの如くであった。  ――が、余りの暗さだ、歩いてみても何も見えない。彼は、また大声で、奥でどなった。その声は、空洞にひびき、ひとつ言葉が、二つに聞えた。 「おういっ。松明《たいまつ》をとぼせ。一同、松明を持って、儂《み》のあとから進んで来いっ」  窟《あな》は、仏体の胎内《たいない》にでも象《かたど》ってあるのか、口はせまく、行くほどに広くなり、四壁には、諸仏、菩薩《ぼさつ》、十二神将などの像が、彫《ほ》りつけられてある。 「や。あぶない」  洪《こう》は、一石碑に、つまずいた。  松明を呼んでよく見ると、ここばかりが円い広場となっている。冥々昏々《めいめいこんこん》、幾百年もの間、太陽の寸光も知らない冷土なのだ。それに六尺ほどな板碑《ばんぴ》が、にょっきと建ち、台石となっている石彫りの大亀《おおがめ》は、碑を背に載せて、千古、眠りより醒《さ》めず、といったふうである。 「こりゃ読めん。石碑《いしぶみ》の表に、何やら細々と彫ってあるが、全文、神代文字らしい。なに、裏には、ただの楷書《かいしょ》があると。どれどれ」  彼は、赤い火にいぶされながら、なにげなく、碑《ひ》の裏へ廻って、顔を寄せた。  四つの大きな文字。それは、 [#1字下げ]遇洪而開《こうにあってひらく》  と、読まれた。 「や。洪《コウ》ニ遇《ア》ッテ開クだと? ……。はてな、洪とはおれ、おれに遇って開くとは」  なに思ったか、彼は、全身に瘤《こぶ》をこさえて、大きく唸《うな》った。そして、碑を仆《たお》せ、石亀をのぞいて、その下を掘り起せと、狂気じみた声を発した。  もちろん、人々は極力、その暴を諫《いさ》めぬいた。哀号泣訴《あいごうきゅうそ》、 「恐ろしや、恐ろしや。そのような、大それた儀は、ど、どうぞ、お見あわせ下さいませ」  と、地へ、へばッたまま、起《た》ちもしない。 「だまれっ」と、洪《こう》は大喝《だいかつ》した。「――なにが空恐ろしいのだ。見ろ、碑の文字を。……洪《コウ》ニ遇《ア》ッテ開ク、とあるではないか。すでに古《いにしえ》の神仙は、今日、儂《み》がこれへ参るのを、予言いたしておったのだ。いやだと申す者は、素首《すこうべ》をぶった斬るぞ」  剣把《けんぱ》をたたくと、人々は、もう顫《ふる》えあがって、唯々諾々《いいだくだく》と、彼の命のままうごくしかなかった。  大勢の力で、碑は仆《たお》され、石亀は数百年の眠りから揺り起された。そして、一転二転、腹を見せた石亀のまろぶ地響きと同時に、人々の足の裏から、ごうッと、大釜の湯でも沸《たぎ》るような音が聞えた。 「わッ、こりゃ深いっ」  亀を除いたあとに、大穴があいた。穴は深さ万丈、奈落《ならく》へ通じるかと思われた。いやいや、伏して覗《のぞ》いてもいられない。とたんに、地軸の底で、ぐわらぐわら、百雷に似た物音なのだ。洪《こう》大将も、人々も、 「あ――」と、耳をふさいで、のけぞッた。そも、なんであろう。すべて一瞬のことである。醒々冷々《せいせいれいれい》たる墨《すみ》のごとき濛気《もうき》が、ぶっ仆れた面々の上をかすめた。  無色無臭、濛気は見えない。が、穴の底から、噴き出しているのはたしかだ。魔の跫音《あしおと》、魔の笑い声、魔のどよめき、そういっても、まちがいではない。ごうごうの地鳴りは鳴りやまず、一|震《しん》四|壁《へき》を裂き、また、山を震《ふる》ッて、このため、龍虎山の全峰は吠《ほ》え、信江《しんこう》上饒《じょうじょう》の水は、あふれ捲いて、麓《ふもと》を呑むかと思われるほどだった。 「……ああ、これはまた、ど、どうしたことだ」  洪は、無我夢中で、石窟の外へ、逃げだしていた。いや、なにかに刎《は》ねとばされて、魔耶殿《まやでん》の橋廊《きょうろう》の下まで抛《ほう》り出されたといった方が真実に近い。  とにかく、やや気がついたときでも、なお石窟は揺れ鳴っている。そして一とすじの尾を曳いた黒雲が、中天に昇ってゆくのを仰いでいると、一|閃《せん》の赫光《かっこう》が眼《まなこ》を射、とたんに、無数の妖星と砕け散って、世間の空へ八方飛んでわかれてゆくのが見えた。  洪《こう》は、ただ、唖々《ああ》唖々《ああ》と、腑抜《ふぬ》けみたいに、手を振って、よろめき歩いた。一山の騒動はいうまでもない。だが、下手人が勅使では、罰することもならず、三清宮の院主《いんず》は、いとも嘆かわしげに、うつろな洪大将の顔へ、こう言いわたした。 「はやはや、ご下山くださいましょう。ぜひもなし、あとは虚靖《きょせい》天師のお帰りを待つのみです。したが、あの祠《ほこら》の窟《あな》には、三十六員の天罡星《てんこうせい》、七十二性の地煞星《ちさつせい》、あわせて百八の魔が封じられていたものを、あなたさまはまあ、恐ろしいことをなされたものでございましたな。物好きにも、護符《ごふ》の禁を破って、人の世の地上へ、百八の魔をばら[#「ばら」に傍点]撒《ま》いたからには、行く末、どんな世態を見ることやら、いまから身も縮む思いがされます。――せめて、以後は生涯、ご信心にでも身をお捧げなされませい」  道教では、この宇宙を、魔界と仙界の二元からなるものと観《み》て、北斗《ほくと》、太極《たいきょく》、二十八宿などの星座を崇《あが》め、それは人の世の治乱吉凶禍福の運行とも、密接なつながりがあるものとしている。  だから、天体中の徳星は、これを崇《あが》め、邪星妖星は、仙術の咒《じゅ》をもって、封じこめておく。――古来、龍虎山|上清宮《じょうせいぐう》の道祖代々が、そうして、せっかく人界平和のために、道行を積んできたのに、ついに今日、百八の魔星を歓呼させて、もとの世間へかえしてしまった。 「これが恐れられずにいられましょうか」  洪《こう》大将が、すごすごと下山する日も、院主《いんず》は、未来を予言して、くり返しくり返し、哀嘆してやまなかった。 「――百八の悪星とは、つまり熒惑星《けいわくせい》のことです。この宇宙幾万年、太陽の周《まわ》りには、億兆の星が、行儀よくめぐっていて、かりそめにもその法則をみだすことはありません。――が、熒惑星《けいわくせい》という奴は、例外です。常軌を行かず、申しわけに、太陽のまわりに、隠現明滅しているにすぎない。世間、人界の仕組みも、まったくその通りなのです。――それを、あなたさまには、好んで、もとの無軌道へ追ッ返しておしまいなすッた。なんとまあ、人間の業《ごう》とは、尽きない宿命のものなのか……。思うてもごらんなされ。五代の戦乱に懲《こ》りて、あんなにも、世は平和平和と渇望していたのに、その平和も、宋朝数十年、少し長つづきしてくると、もう平和に飽いているような昨今の世相ではおざらぬか。救いがたい人間性と申すべきか、平和の退屈さから、百八の魔星を甦《よみが》えらせて、ふたたび際限ない乱麻《らんま》の地上を眼に見たくでもなったものやらと思われますわい。……ああ。やんぬる哉《かな》、いくら嘆じてみても、もう追いつきませぬ」  それを聞くと、洪もさすが、戦慄を禁じえず、いくたびも耳をふさぎたくなった。勅使旗を巻いて逃ぐるがごとく帰路につき、やがて、首都|開封《かいほう》の汴梁城《べんりょうじょう》へもどって、仁宗帝のおん前に拝伏した。  帝は、彼をねぎらわれていった。 「洪信《こうしん》か。長途、大変であったろう。しかし、龍虎山の虚靖大仙《きょせいたいせん》は、勅をかしこみ、すぐ鶴に乗って都に見えた。そして、七日七夜の祈祷《きとう》を行うてくれたため、民間の疫病《えきびょう》は、たちまち熄《や》み、都府の市色も明るくなった。げに、天師の功力《くりき》のあらたかなこと、汝が帰るよりも早かったぞ。洪よ、安心せい」  思いきや、この御諚《ごじょう》である。  洪は、ひや汗をかいたが、龍顔の麗《うるわ》しさ、嘘とも思えない。もとより山で魔封を破った過ちなどは、おくびにも復命せず、自邸に退《さ》がった後は、ひとり密《ひそ》かに恟々《きょうきょう》と、身を慎んで、余生を終った。  幸いに、彼が存生《ぞんじょう》中には、たいした事件もなく、世間はいよいよ泰平と無事に狎《な》れ、この間に、宋朝の廟《びょう》も、仁宗から、英宗、神宗、哲宗《てつそう》と御代《ぎょだい》四たびの世代りを見た。嘉祐《かゆう》三年以来、いつか三十余年を経たことになる。  …………。  ――ここに、百八の熒惑星《けいわくせい》が、封を破って地上に宿命し、やがてその一星一星が人間と化《け》して、かの梁山泊《りょうざんぱく》を形成し、ついに宋朝の天下を危うくするという大陸的構想の中国|水滸伝《すいこでん》は、以上の話を発端として、じつに、この年代から物語られてゆくのである。  それを、日本の史に照らすと、わが朝《ちょう》では、鳥羽、崇徳《すとく》天皇の下に、不遇な武者どもを代表していた平|忠盛《ただもり》や清盛などが、やがての平家時代を招き興《おこ》そうとしていた時代の晨《あした》にあたっている。  東洋の風土、東洋の文物、東洋の人種、すでに遣唐使《けんとうし》このかたは、東洋一環の交流もあって、いわば一|葦《い》帯水《たいすい》の、遠からぬ大陸であったものの、時運の暗合は、なにか偶然でないものを覚えしめるではないか。  哲宗《てつそう》皇帝の寿隆《じゅりゅう》五年であった。  朝廟《ちょうびょう》のうちには、このところ、不穏なうごきが見えぬでもない。権臣の陰謀だの、皇后を廃して追うなど、咲き熟《う》れた花の腐《す》えが、そろそろ、自然の凋落《ちょうらく》を急ぐかに思われた。そんな爛熟《らんじゅく》末期の相は、汴梁《べんりょう》東京《とうけい》の満都の子女の風俗にさえ目にあまっていた。  だが、庶民は依然、太平楽だった。何が醸《かも》されていようと、宮廷の内事などは、隣家の夫婦喧嘩ほどな興味でもない。――それよりは、その日、彼らが踵《きびす》を次いで馳け出して行った先の方が、よほど大変な事件らしかった。 「なんだ、なんだ? 百|叩《たた》きか」 「そうらしい。笞《むち》を食ッて、所払いにされる悪党が、いま、役人に曳《ひ》かれて行った」  街城《がいじょう》の門は、人だかりで、まっ黒だった。  見ると二十五、六歳の遊び人|態《てい》の男が、刑吏に引きすえられ、一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イ……と数を読む青竹の下に、ビシビシ撲《なぐ》りつけられている。 「やあ、あれは高毬《こうきゅう》じゃないか」 「おお、ちげえねえ、高毬だ。かわいそうに、高《こう》も、とうとう年貢《ねんぐ》の納めどきに会いやがったぜ」  まだうら若い追放者だが、彼を知らぬ者はないらしい。  無職である。だが、この東京《とうけい》には、親代々からいた旧商家の息子で、姓を高《こう》、名を二郎という道楽者。――親に似て、家産は失っても、糸竹《いとたけ》の道に長じ、歌えば美声だし、書道、槍術、棒、騎馬、雑芸、何でも器用だった。わけて“賭《か》け蹴毬《けまり》”は名人といわれている。  表向き、狭斜《きょうしゃ》の巷《ちまた》で、幇間《ほうかん》[#1段階小さな文字](たいこもち)[#小さな文字終わり]めかした業をやっていたが、喧嘩出入りが好きで、一面、男だて[#「だて」に傍点]肌な風もある。もちろん、悪事の数々もやって来たろう。その積悪がバレた末、ついに今日のお仕置きの破目となったにちがいない。  ――で、さっきから、青竹を振ッて、 「八十っ、八十一っ。……九十っ、百ッ」  と、高《こう》の背なかへ、一打ちごとに、数を叫んでいた獄卒が、百をさいごに、ほっと身を退《ひ》きかけると、 「こらっ、待て。まだ百|打《だ》は打ッていないぞ。なぜサバを読むか。さては、なんじら皆、追放人の高《こう》から、賄賂《わいろ》をもらっておるな」  と、あたりで黙認している刑吏までを、こう叱咤《しった》した人がある。それは、禁軍の兵に、棒術の師範をしている王昇《おうしょう》という武士で、立会いのためこれへ臨んでいたものだった。  収賄《しゅうわい》は、刑吏のつねで、その方こそ正しい実収入《みいり》だとして、悪徳とは考えもせぬ彼らだが、こんな人なかで、白昼、面《めん》といわれては、いくら彼らでも立つ瀬はない。そこで、いくらかの抗弁はこころみたものの、相手は、役職も上だし、禁門の王《おう》師範とあっては、役人|面《づら》の権柄《けんぺい》も歯が立たなかった。 「じゃあ、王師範が、よしというまで、叩きましょう。お数えください」  結局、また四十幾つまで、青竹で高《こう》の五体を、打ちすえた。 「よしっ、追ッ放せ」  王昇がいうと、初めて、高の縄が解かれた。高毬《こうきゅう》は、よろめき起った。  街城《がいじょう》の門から追われると、四県を所払いされ、再び都の土は踏めない。高は、あちこちミミズ腫《ば》れになった肌を撫でながら、いまいましげに、王昇の姿を振りむいた。 「……覚えてろ。棒使いのでく[#「でく」に傍点]の棒め。てめえの前身だって、まんざら知らねえ高さんじゃねえんだぞ」  かくて彼は、身ひとつ、淮西《わいせい》の商市|臨淮《りんわい》[#1段階小さな文字](安徽《あんき》省)[#小さな文字終わり]へ流れてゆき、土地の顔役の柳世権《りゅうせいけん》の部屋で、およそ三、四年ほど、ごろついていた。  そのうちに、天下|大赦《たいしゃ》の令があった。  元々、軽罪なので、高毬も恩典に浴したが、そうなると、矢もたてもなく、東京へ帰りたくなった。が、帰っても、さっそくの職はなし、さて、どうしたものと、柳《りゅう》に相談すると、 「じゃあ、おれの親戚の董《とう》へ手紙を書いてやろう。それを持って帰んなさい」  と、いってくれた。  四年ぶりで、高は古巣へ舞い戻った。――さっそく、手紙を持って、城内|金梁橋《きんりょうきょう》の近くという宛名《あてな》の人をさがし歩いた。 「ははあ、この店だな、董将士《とうしょうし》の家は」  構えも立派な薬種《くすり》問屋である。  主《あるじ》の董《とう》に会って、柳の手紙をしめすと、董は彼の前身も問わず、ふたつ返事で、のみ込んだ。 「そうですかい。四年も臨淮《りんわい》においでなすっては、生れ故郷の王城でもご不案内におなんなすったはむりもない。てまえどもは、商売がら、諸方の官家へもお出入りしておりますから、そのうち、なんぞお勤め口でも心がけましょう。ま、ごゆっくりなすって下さい」  高《こう》は、好意を謝して、半月ほど逗留《とうりゅう》していた。その間に、彼の多芸や才気|煥発《かんぱつ》な質を見たものか、ある日、董《とう》が紹介状を書いて、 「どうです。いつまで、遊んでるのももったいないでしょう。ひとつ、これを持って、てまえの極くお親しくしている学士さまの所へ行ってみませんか」 「いやありがとう。職につけるものなら、ぜいたくは申しませんよ」  高は、小蘇《しょうそ》学士の門をたたいた。  だが、この学究は、ちょっと、眉をひそめた。学者暮らしは楽でない。わけて、話しこんでみると、自分とは肌合いの違う人間でもある。――といって、義理のある董の依頼では、断りもならず、といった顔つきで、 「むむ。まあ今夜は、邸《やしき》へお泊んなさい。そして何だな、明日、わしが紹介して進ぜるから、王晋卿《おうしんけい》さまのお館《やかた》へでも一つ伺ってみるんだな。先ごろ、ご近習《きんじゅ》の気のきいたのが一人欲しいようなことを仰っしゃっていたから、御辺《ごへん》の運がよければ、多分、採用になると思うがね」  すこぶる頼りない口吻《こうふん》だが、ともかく、次の日、高はその王晋卿を訪ねてみた。だが、その華麗な館門の前に立つと、さしも横着者の彼も、二の足をふんでしまった。  ここは宮家《みやけ》である。現天子の婿君《むこぎみ》で「王大将ノ宮」と、世間でいっているのが、すなわち当の晋卿らしい。 「はて、どうしよう。小蘇《しょうそ》学士め、ていよく俺を追っ払うため、寄りつけもしないこんな王家へなど、紹介したのかもしれねえぞ。……ええ、ままよ。物事は当って砕けろだ」  持ち前の度胸をすえて、高は、ずかずかと門内へ進み、わざと咎《とが》められるのを待った。そして番士に捕えられ、やがて出て来た公卿侍《くげざむらい》へ、蘇学士の書状を手渡して、ことばすずやかに、こう告げた。 「決して、怪しい者ではありません。職を求めに伺った者で、職能には自信があります。ご採否にかかわりなく、なにとぞご試験をたまわりますよう、よろしくお取次ぎを仰ぎます」  折ふし、大将ノ宮は、奥まった閣の内で、この春の日をしょざいもなく、生欠伸《なまあくび》をもよおしていらっしゃるときだった。これや、高毬《こうきゅう》の開運の目であったのである。取次の言を聞き、また、小蘇学士が、心にもなく認《したた》めた一書を見ると、 「ふウん。そりゃ面白そうな書生じゃないか。なに、書生とも見えぬと。……ま、どちらでもよろしい。退屈しのぎじゃ、ひとつ会って、試験してやろう。まろ自身、その人物を見てくれる。これへ伴《つ》れてこい」  と、横たわっていた美しい榻《とう》[#1段階小さな文字](細長い床几《しょうぎ》)[#小さな文字終わり]から身を起して、冠《かんむり》の纓《えい》[#1段階小さな文字](ひも)[#小さな文字終わり]を、ちょっと正した。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 毬使《まりつか》いの幸運は九|天《てん》に昇り、風流皇帝の徽宗《きそう》に会うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  世の才子肌にも、とかく鼻につく小才子風と、ことば少ない誠実型との、ふたつがある。  高毬《こうきゅう》ほどな男とて、そのへんの挙止《きょし》はさだめし心得ていたことだろう。王大将ノ宮から直々の試問をうけても、彼は、自己の才をすぐ喋々《ちょうちょう》とひけらかす[#「ひけらかす」に傍点]ようなまねはしなかった。あくまで初心《うぶ》で謹直な好青年のごとく、初対面の貴人へ印象づけた。 「なるほど、小蘇《しょうそ》学士の吹挙《すいきょ》だけあって、この書生なら、当家の近習《きんじゅ》に加えても恥しくはないな」  王大将ノ宮は、高《こう》を一見されるや、すっかり気に入ってしまったらしい。侍臣の列をかえりみては、 「どうだな。おまえたちはどう思う。この男、なかなかよい人相をしているではないか」  などと品評したりして、即座に、お召抱えと、事はきまった。  こうして、市井の一放浪児にすぎない高毬は、はしなくも現天子の駙馬《ふば》[#1段階小さな文字](天子の婿《むこ》たる人の官名)[#小さな文字終わり]王晋卿《おうしんけい》の館《やかた》に仕える身とはなった。  まことに“犬も歩けば棒にあたる”みたいな幸運というほかはない。しかし、幸運に会しても、よくその幸運を生涯に活《い》かしえない者はいくらもある。その点、彼は以後、水をえた魚のようなものだった。つつんでいた才気は徐々《じょじょ》に鋭鋒《えいほう》をあらわし、その多芸な技能は、やがて王大将のおそばには、なくてならない寵臣《ちょうしん》の一名となっていた。  そしてこの頃から、名も、高俅《こうきゅう》とあらためた。毬《きゅう》の毛偏《けへん》をとって、亻偏《にんべん》の俅《きゅう》に代えたのである。  そのうち、ある年のこと。――当主、王駙馬《おうふば》の誕生祝いとあって、ここの亭館には、華麗な車駕《しゃが》が門に市をなした。花の楼台《ろうだい》には、楽手《がくしゅ》や歌姫がならび、玻璃《はり》銀盤《ぎんばん》の卓には、珍味が盛り飾られて、朝野の貴紳があらゆる盛装を競ッていた。中でも、一きわ目につく貴公子は、どういう身分のお人なのか、 「九ノ宮、九ノ宮」  と、宴の上座にあがめられた。そして王大将の家族や来賓《らいひん》の男女から、下へもおかぬ侍《かしず》きをうけつつ、琥珀《こはく》のさかずきに紫府《しふ》の名酒が注《そそ》がれるたび、しきりに、酔をすすめられている様子だった。  その上、この君の眉目の麗《うるわ》しさは、金瓶《きんぺい》の花も、玉盤《ぎょくばん》の仙桃の匂いも、色を失うほどであった。だから、やがてのこと。教坊府《きょうぼうふ》の妓女《おんな》たちが、演舞の余興をすまし終ると、たちまち、彼女らの紅裙翠袖《こうくんすいしゅう》は、この貴公子のまわりへ争って寄りたかり、 「ま、端王《たんおう》さま。いつになく、お澄ましでいらっしゃいますこと」 「今日はご主客でしょうが、なにもそんなにまで、よそ[#「よそ」に傍点]行き顔をなさらないでも、およろしいでしょう。もすこし、お過ごしあそばしませな」  などと、牡丹《ぼたん》をめぐる蝶のように、戯《たわむ》れかかった。 「ははは。そうかね。そんなに澄まして見えるかなあ」  九ノ宮の端王《たんおう》は、上品な苦笑のうちに、ほどよく群蝶の攻勢をあしら[#「あしら」に傍点]ッておいでになる。だが、日頃の行状には、ずいぶん弱味がおありとみえて、彼女らの口封じには、ひと骨折られたご容子《ようす》だった。それをまた、陪席《ばいせき》の来賓はみな、おかしげに眺め合って、しばしば、楽堂《がくどう》の胡弓《こきゅう》や笙《ふえ》の音も、耳に忘れるばかりな歓声だった。  誕生祝賀の日から、まもない後のことである。 「高俅《こうきゅう》。――この贈り物をたずさえて、九ノ宮の御所へ、ちょっとお伺いしてまいれ」  王大将のいいつけで、彼はその日、端王の御所へ、使者として向けられた。  もとより、高俅は、何もかも、わきまえている。  過日の誕生祝いの折、端王が休息された書院で、ふとお目にとまった文房具がある。玉《ぎょく》の龍刻《りゅうこく》の筆筒《ふでたて》と、獅子の文鎮《ぶんちん》とであった。 「――そんなにお気に召したのなら、後日、お届けさせましょう」と、王大将がそのさい端王へお約束していたのを、高俅は側で聞いていたのである。  贈り物とは、その二た品に違いない。高俅は、この日の使いに、何か、会いがたき機会にめぐまれた思いと、晴れがましさを抱いて行った。  なにしろ、端王と申しあげる君は、先帝の第十一皇子で、今上《きんじょう》哲宗皇帝の弟君にあたられ、東宮《とうぐう》[#1段階小さな文字](皇太子)[#小さな文字終わり]のご待遇をも受けておられるお方なのだ。いや、高俅が内々、この君へ傾倒していたわけは、教坊の妓女《おんな》たちが、あんなに騒いだのを見てもわかる通り、たいへん粋《すい》な貴公子だと、かねがね聞いていたからでもあった。  琴棋書画《きんきしょが》の雅《みや》びは、もちろん、管絃の遊び、蹴鞠《けまり》、舞踊、さては儒仏《じゅぶつ》の学問も、つまびらかなうえ、市井《しせい》の人情にもつうじている風流子《ふうりゅうし》であるとは、この開封《かいほう》東京《とうけい》の都で、たれ知らぬ者もない評判なので、彼は、 「なんとか、いちど、とっくりお話をしてみたいものだ。その道にかけての極道《ごくどう》百|般《ぱん》を、この高俅から聞こえあげたら、かならず又《また》なき者と、お目をかけてくださるに違いないが」  と、こころひそかに、久しいこと、野望していたものだった。  東宮御所は、汴梁《べんりょう》城の一郭。つつしんで府門へさしかかると、衛兵が、 「いずれから?」  と、威厳もなかなか他《よそ》とはちがう。 「王大将のお使いとして、九ノ宮へ奉るおん贈り物をたずさえてまいった者です」  と聞いて、衛兵はすぐ門をひらいてくれた。で、彼は悠々と内へ進んでいったが、さらに中門《ちゅうもん》の侍郎《じろう》へむかって、訪れを再びした。  中門の役人は、ていちょうに、 「それはご苦労でした。したが唯今《ただいま》、殿下には、おん鞠場《まりば》へ出て、公卿輩《くげばら》を相手に、蹴まりに興じておられますゆえ、しばらく、その辺でお待ちくださらぬか」  と、いう。 「あ。鞠場でいらせられますか」  鞠とあっては、彼の特技、聞き捨てにならない。  高《こう》はつい、つばを呑むような顔して言った。 「蹴鞠《しゅうきく》は、それがしも、好む道でございますが、よそながらでも、御所のおん鞠場の景を、拝見できぬものでしょうか」 「おやすいこと。ならば、ご案内いたしましょう」  林苑《りんえん》を縫って行き、やがて、明るい広場へ出ると、はや快い鞠の音が耳につく。  いずれも鞠好きな、上流の貴紳や姫君や公達《きんだち》ばらに相違ない。広やかな鞠の坪《つぼ》をかこんで、ある一組は、榻《とう》や椅子《いす》に寄り、ある一群れは芝生に脚を伸ばしたりして、競技を観ているところであった。  高も、そっと、それらの薫袖《くんしゅう》のなかに立ちまじって、よそながら見物していた。  すると今、一と競技終ったらしく、次のどよめきの後から、端王の姿が“懸《かかり》ノ木”の下に立つのが見えた。――見るからに軽快な鞠装束《まりしょうぞく》である。薄紗《うすしゃ》の唐巾《とうきん》で髪をとどめ、袍《ほう》[#1段階小さな文字](上着)[#小さな文字終わり]は白地きんらんに紫の繍《ぬい》の華文《けもん》、袂《たもと》に飛龍《ひりゅう》をえがかせ、鳳凰靴《ほうおうか》[#1段階小さな文字](くつ)[#小さな文字終わり]を足にはいておられる。そして、相手方の備えを見て、 「よいか」  と、いったと思うと、いま、懸《かか》りの中央へ、侍者《じしゃ》が据《す》えた鞠へむかって、つかつかと進み出られた。  位階に従って、まず高貴な人から、第一を蹴り、以下順々に、二座三座四座と、八本の“懸《かかり》ノ木”に備えている敵手へ蹴渡してゆくのである。さすが、端王の技は、皇族らしくきれいで、しかも、受けにも渡しにもそつ[#「そつ」に傍点]がなかった。  ところが、どうした過《あやま》ちか、一人の靴先から外《そ》れた鞠が、いきなり見物の方へ飛んできた。 「ア。あぶない」  頭上に見舞われた人々は、群れを割って、こけ転《まろ》んだ。しかし、ちょうど近くにいた高俅《こうきゅう》は、得たりとばかり跳び寄って、ぽーんと、その鞠をはるか端王の方へ、蹴わたした。 「おっ、見事」  彼方《かなた》で谺《こだま》のように声がした。  つづいて、おなじ声のぬしが、高俅の姿に、すぐ目をつけたとみえて、こう呼んでいた。 「いまの鞠を蹴った者。これへまいれ」 「はい」――と、高俅は進み出た。 「なんじか」 「おゆるし下さいませ。日頃、好める技《わざ》とて、つい場所がらのわきまえも失って」 「いやいや。とがめるのではない。そちが蹴ったいまの手は、毬法《きゅうほう》十|踢《てき》の秘術のうちでも、もっとも難かしい鴛鴦拐《えんおうかい》の一ト手と見たが」 「さすが、お目が高くていらせられます」 「いったい、そちはどこの何者か」 「王駙馬《おうふば》さまの近習、高俅《こうきゅう》にござりまする。じつは、主人の御命《ぎょめい》にて」  と、さっそく、筥《はこ》の二品を、そこへ供えて、使いのおもむきを申しのべた。――が、端王は、贈り物のそれよりは、むしろ高俅の鞠《まり》の妙技に魅せられてしまった様子で、 「よしよし、委細は、後で聞こう。それよりは、そちの技《わざ》を、もう一ト渡りここで見せい」  と、たって望んだ。  求められるまでもない。高は、千載一遇のときと、思わず頬にのぼる紅を制しきれなかった。けれど、どこまでも謙譲《けんじょう》を装《よそお》って、再々辞退したが、端王のおゆるしがないので、 「では、ほんの素人技《しろうとわざ》の嗜《たしな》みに過ぎませぬが」  と、中央へすすみ出て、毬《まり》十法、ひと通りの型を演じてみせた。  肩技《かたわざ》、背技、膝技から、尖飛《せんぴ》、搭舞《とうぶ》ノ法などと呼ぶ五体十部の基本の上に、八十八法の細かい型があって、飛燕《ひえん》、花車《かしゃ》、龍鬂《りゅうびん》、搏浪《はくろう》、呑吐星《どんとせい》、などさまざまな秘術もある。――もとより高俅は、その道の達人であるばかりでなく、市井の間漢《かんかん》[#1段階小さな文字](定職のない遊び人)[#小さな文字終わり]だったころは、のべつ賭《か》け毬《まり》に憂《う》き身をやつして、高《こう》二郎と人は呼ばず、高毬《こうきゅう》というあだ[#「あだ」に傍点]名で通って来たほどな男なのだ。いわゆる堂上遊びの、甘い芸とは、鍛《きた》えがちがう。  端王初め、人々が、 「あな、みごと。神技よ、神技よ」  と、ただただ嘆声のほかなかったのは、当然すぎる当然なことだった。  毬《まり》の庭もいつか黄昏《たそが》れた。やがて、閣廊《かくろう》の灯おぼろなころである。高は、あらためて、端王の御前に召されていた。  奉呈の文房具に、端王が、よろこびを見せたのはいうまでもない。だが、言葉はすぐ、べつなほうへ移ってゆく。  またしても、毬の話なのだった。そして、とつぜん、こうも仰せられた。 「高俅《こうきゅう》。これからは朝夕に、まろの師となって、そちの妙技を教えてくれい」 「おそれいりまする。貴尊のお方に、師などと仰がれる身ではございませぬが」 「そして、今日以後は、この東宮《とうぐう》にいるがよい。もう王駙馬《おうふば》の館へは帰るに及ばん」 「や、それは困ります。私にとっては、大事なご主君。二君には仕えたくございません」 「いや、すでに先刻、王駙馬《おうふば》のおん許へ使いをつかわし、高俅をわが家の臣にゆずッてたまえと、ご諒解を願うてある。駙馬はまろが義兄、いわば一門と申すもの。そちの義心は尊いが、決して、義が欠けるわけではない」 「では、それほどに」  高俅は、感泣にふるえるがごとき姿をした。  かくて彼は、東宮付きの一員となりおわせ、日がたつほど、端王の重用《ちょうよう》いよいよ深かった。  元来、俗才に富み、諸芸百般通ぜざるなし、という道楽者上がりの高俅《こうきゅう》が、風流公子とはいえ、世間知らずのお若い東宮に侍《かしず》いたのであるから、これはいってみれば、彼が得意とする毬《まり》を掌《て》の上に乗せたようなものだった。  ところが。  この幸運の毬は、まだまだ、どこまで彼の掌《て》にその幸《さち》をもたらしてくることか。  ――それから僅か半年後。現皇帝の哲宗が崩御《みまか》られた。しかるに、じつの皇太子がおわさぬまま、文武百官の廟議《びょうぎ》は紛々《ふんぷん》をかさねたすえ、ついに端王を冊立《さくりつ》して、天子と仰ぐことにきまった。  じつに人の運はわからぬもの。これぞ、玉清教主《ぎょくせいきょうしゅ》微妙道君《みみょうどうくん》、宋朝八代の徽宗《きそう》皇帝とも世の申し奉った君だった。  徽宗は、東宮時代から、すでに風流公子たるの素行が見えていたように、帝位に即《つ》いてからも政治には関心が薄かった。  しかし、絵画、音楽、建築、服飾など一面の文化は、このとき一倍の絢爛《けんらん》を咲かせた。徽宗自身も、絵筆をもてば、一流の画家であり、宮中の宣和《せんな》画院には、当代の名匠が集められた。  また、印刷の術が進み、書籍の版行も普及され、街には、まだ雑劇の揺籃期《ようらんき》だが、演劇も現われ、すべて宋朝の特長とする文治政治はこの前後に或る頂点を示したといってよい。  けれど、文治のなかには、王安石《おうあんせき》一派の急進的な改革論をもつ者と、保守旧法にたてこもる朝臣とが、たえず廟《びょう》に争っていたので、徽宗の代には、もうその内面に分裂と自解の、ただならぬ危機を孕《はら》んでいたのである。――にもかかわらず、徽宗は依然、風流皇帝であった。  道教《どうきょう》をもって、国教とし、自分も教主となって、保護につとめた。全国から木石|禽獣《きんじゅう》の珍奇をあつめ、宮殿の工には、民の塗炭《とたん》もかえりみもしない。当然、苛税《かぜい》、悪役人の横行、そして貧富の差は、いよいよひどく、苦民の怨嗟《えんさ》は、四方にみちてくる。――時運は徐々におだやかでなく、遼《りょう》を亡ぼした金《きん》[#1段階小さな文字](満州族)[#小さな文字終わり]は、やがて太原《たいげん》、燕京《えんけい》を席捲《せっけん》して、ついに開封《かいほう》汴城《べんじょう》の都にせまり、徽宗《きそう》皇帝から妃《きさき》や太子や皇族までを捕虜として北満の荒野に拉《らっ》し去った。そして、徽宗はそこで、囚人同様な農耕を強《し》いられ、ついに帝王生活の悲惨な生涯を終えるにいたるのである。 [#ここから2字下げ] 徹夜ノ西風ハ破扉《ハヒ》ヲ撼《ユルガ》シ 蕭条《ショウジョウ》タル孤屋《コオク》、一|燈《トウ》微《カス》カ 家山、首《コウベ》ヲ回《メグ》ラセバ三千里 月ハ天南ヲ断《タ》チテ、雁《カリ》ノ飛ブ無シ [#ここで字下げ終わり]  これは、北満の配所で、徽宗自身が、皇帝たる自身の末路を詠《えい》じた一詩だ。  いや、おもわず、これは余りに、先の先をちと語りすぎた。  徽宗の終り、北宋《ほくそう》の崩壊《ほうかい》などは、ここでは、まだまだ二十五年も後のことである。水滸伝は一名を北宋水滸伝ともいわれるように、徽宗皇帝治下のそうした庶民世間の胎動《たいどう》をえがいた物語なので、前提として、時勢の大河がどんな時点を流れていたか、それだけを知ればよい。  さて。話を元へ返すとしよう。  ――新皇帝の即位とともに、高俅《こうきゅう》もまた、朝《ちょう》に入って、帝の侍座《じざ》となったのはいうまでもない。毬《まり》はついに九天にまで昇ったわけだ。  そして、帝の重用《ちょうよう》はいよいよ厚く、彼の上には栄進が待つばかりで、やがて幾年ともたたないうちに、殿帥府《でんすいふ》ノ大尉《だいい》[#1段階小さな文字](近衛の大将)[#小さな文字終わり]とまでなりすましてしまった。  ときに、その叙任《じょにん》を見てから早々のことだった。  高俅《こうきゅう》は、禁門八十万軍の軍簿《ぐんぼ》を検して、部班《ぶはん》の諸大将から、旗幟《きし》や騎歩兵を点呼するため、これを汴城《べんじょう》の大練兵場にあつめたが、その日、彼は、 「はてな」  と、巡閲中《じゅんえつちゅう》の駒をふと止めて、鉄甲《てっこう》燦然《さんぜん》と整列している諸将の面々を見つつ、何かいぶかしげな顔をした。 「軍書記」 「はっ」 「おかしいな。もういちど、その花簿《かぼ》[#1段階小さな文字](職階の名簿)[#小さな文字終わり]を読みあげてみい」 「はっ」  随身《ずいじん》の一名が、軍奉行から簿《ぼ》を取って、列将の姓氏をふたたび点呼してゆくと、簿名《ぼめい》にはありながら、ここには見えない一将があった。 「それみい、一名欠けておるではないか。今日の閲軍《えつぐん》に、あるまじき不届きな沙汰」 「何とも恐れいりまする」 「かかる軍紀の弛《ゆる》みが見ゆればこそ、皇帝も特にこの高俅へ重任を命ぜられたものではある。しかるに、出頭《しゅっとう》の簿《ぼ》へ名をのぼせながら、今日の馬揃《うまぞろ》えに、姿を見せぬやつがおるとは奇ッ怪千万。そも何者だ、そやつは」 「禁林軍の教頭《きょうとう》王進《おうしん》にござりまする」 「兵の師範たる職とあっては、なおゆるし難い。ただちにその者を召捕ってこい」 「いや、王師範は、日頃とて、決して懶惰《らんだ》ではございません。数日前から、何か病中にあるよしで」 「だまれっ。武将たる身が、いささかの病などに、大事な一日を欠くことがあろうか。もしこれが、まことの出陣だったらどうする。察するに、この高俅の就任をよろこばぬものか、あるいは軍命をかろんじておるものに相違ない。――すぐ行けっ。折りもよし、軍紀|振粛《しんしゅく》の要もある」  高俅は、こう激語して、馬蹄《ばてい》を蹴らせた。そしてすぐ副官や随身将校の騎馬をしたがえて、次の巡閲に移っていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 教頭の王進、追捕《ついぶ》をのがれ、母と千里の旅に落ちゆく事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  棒鎗術《ぼうそうじゅつ》の名人として、王進《おうしん》の名は遠近に高い。  父|王昇《おうしょう》の代から都軍《とぐん》に仕官し、兵へ武芸を教え、家は城下の一隅にあって、ただ一人の母とともに、何事もなく暮していた。  が、その日、病《やまい》で寝ていた彼の室へ、 「即座に出頭せよ」  という高俅《こうきゅう》の厳命が、つたえられた。  迎えに来た兵は、みな日頃の弟子である。否《いな》めば、彼らの立場がなかろう。王進《おうしん》は、病床を出て身じたくした。 「母上、ご心配くださいますな。こう起きてしまえば、さほどでもありません。新任の近衛《このえ》将軍のお怒りはごもっとも。よくおわびいたして戻りますれば」  兵に囲まれて出て行く子を、彼の老母は、憂れわしげに、門の外へ出て見送っていた。  近衛府では、閲軍式《えつぐんしき》も終わって、そのあと、高《こう》新将軍の就任祝いの酒が下賜され、営門や幕舎は沸《わ》いていた。 「申しわけがございませぬ」  王進は、高俅の前に伏して、こう詫《わ》びた。 「ほかならぬ日、病躯《びょうく》を押しても出仕をと存じましたが、何ぶん一人の母が余りにも案じますので、つい親心にほだされて、参列を怠りました。どうぞいかようにもご処分のほどを」 「いうまでもない。この高俅が禁門軍の上に臨むからは、昨《さく》のごとき、軍の弛緩《しかん》は断じてゆるさん。まずもって、汝のような軍を紊《みだ》す似而非《えせ》武士から糺《ただ》すのだ」 「あいや、似而非武士とは、ご過言でしょう。また、軍を紊《みだ》せりとは、何をもって」 「だまれっ。呼び出せば、こうして、歩いてもこられる体ではないか。それが仮病《けびょう》の証拠でなくてなんだ。また、かかる軍廷において、親の母のと、すぐ泣き落しの口実を構えおるが、そもそも、汝の父親が、前身何者かぐらいなこと、百も承知せぬ高俅ではないのだぞ」 「似而非《えせ》武士とは、それ故のご放言ですか」 「おおさ。汝の父王昇は、後には、棒術をもって、禁門兵の師範へお取り立てにあずかったが、それ以前は、都の路傍に立って、棒振り技《わざ》を見物に見せながら薬を売っていた者ではないか。その頃の汝は、薬売りの父のそばで、貧しい銭《ぜに》をかぞえていた小せがれだったわ。……こらっ、王進っ、面《つら》を上げろ。いつのまにか、旧《ふる》きを忘れて、近頃、思い上がっておったな」 「…………」 「はははは。二言とないざま[#「ざま」に傍点]は笑止千万だ。やよ、幕僚たち、諸人の見せしめに、こやつをすぐしばり首にしてしまえ」  猛《たけ》る高俅の前に、人々は王進をかばって、こもごもに、なだめたり、詫びたりした。 「まあ、お待ちください。せっかくのお慶《よろこ》びに、しばり首を見るのも、不吉ではございませぬか」 「罰は罰として、後日、きびしいお沙汰あればよいでしょう。ひとまず、今日のところは、ご猶予ねがわしゅう存じます。満庭の兵も、あのように、みな酔歌《すいか》して、ご就任を慶《けい》しておる時でもありますれば」 「うむ。それも一理はある……」  高俅は、ちょっと、うめいた。自分の慶事である。その就任日に、やはり不吉は見たくなかったらしい。  王進は、一時解かれて、帰ることをゆるされた。  もちろん、家の出入りには、番兵がつき、邸は「沙汰ある日まで」の囹圄《れいご》だった。  墨《すみ》のような夜気《やき》の真夜半。――王進はそっと室を這い出して、母の枕をゆり起した。 「……母上、ちょっと、お眼をおさまし下さい」 「オオせがれ。そなたも、夜ごと眠れないとみえますね」 「なんの、王進は元来の暢気者《のんきもの》ですよ。決して、これしきのことに腐りはしませぬ。けれど、母上のお悩みが察しられますので」 「わたしはいい。わたしのことよりは、どうかおまえ一身の助かる道を考えておくれ」 「ところが、どうもいけません。どう考えても、こんどは高俅《こうきゅう》に命を召し上げられそうです」 「そなたが死んだら、わたしも生きてはいません。けれど、たくさんな門人衆が、助命の嘆願をして下さるでしょうし、それに何も、死に値《あたい》するほどな大罪でもないんだから」 「いやいや。ふつうなら、そういえもしましょう。ところが、絶体絶命。この胸へ、どきんと来たことが一つあるのです」 「お、おまえは、まさか、反軍の陰謀などを企《たく》らんでいたんじゃないだろうね」 「とんでもない。そんな仔細ではございません。じつは、新しい近衛ノ大将軍高俅とは、どんな人物かと思っていましたら、なんと、彼の口から、私の父王昇のことが言いだされたのです。……はて、堂上人《どうじょうびと》のくせに、父王昇が巷《ちまた》で零落《れいらく》していた時代の姿を知っているのはいぶかしいと……拙者もじっと彼の面体《めんてい》を見てやりました」 「えっ、おまえのお父さんの前身を知っていたのかえ」 「知ってるはずですよ。拙者はまだ子供の頃でしたが、この開封の都で、名うて[#「うて」に傍点]な道楽者がおりました。そいつは蹴毬《けまり》の達人で、名も高毬《こうきゅう》といわれていた野幇間《のだいこ》の遊び人。……どうでしょう母上、それが今日の禁林八十万軍の新大将|高俅《こうきゅう》だったのです」 「まあ。そんな、ならず者がかえ」 「……しまったと、拙者はそのとき観念しました。というのは、当時のならず者高毬が、四県追放となって、街門《がいもん》の人中で百叩きになった折、父の王昇は、もう仕官の身でありましたから、刑吏について、立ち会っておりました。すると、街の噂では、そのときの父の処置に、高毬がたいそう父へ怨みをふくみ、いつかはこの仕返しをするぞと、捨て科白《ぜりふ》を吐いていったとか。もう……十何年も昔のことですが、その記憶がハッと戸胸《とむね》へきましたので、ああこれはいけないと、即座に、自分の死が見える気がしたのです」 「せがれよ、どうしようぞ。わたしも亡き良人《つま》から、むかし聞いていた覚えはあるが」 「あいや、うろたえ遊ばすな。幸い、一時家に帰されて、母上のお顔を見たので、拙者も、死んでたまるかと、心を持ち直して、一策を案じました。さ、さ……すぐお身支度にかかって下さい。父上からの思い出多い家ですが、邸《やしき》を捨てて、遠くへ落ちのびましょう」 「だ、だっておまえ、邸《やしき》の前後には、番兵もいるし、天下のお尋ね者になったら」 「番兵の頭《かしら》、張《ちょう》と李《り》の二人は、拙者の日頃の門下です。罪の軽くすむように、母上と共に、郊外の御岳《みたけ》の廟《やしろ》へ、祈願をこめに行って、夜明けぬうちに戻るからと頼めば、彼らもきっと、見ぬふりをしてくれるにちがいありません」  老母の分別としても、今は、いち[#「いち」に傍点]かばち[#「ばち」に傍点]かを賭《と》すしかない。目立つ物は何一つ身につけず、息子の背に負われて、裏門から忍びでた。  番兵|頭《がしら》の李《り》と張は、知らぬ顔して、見のがしてくれた。――王進は、深夜の底を走って、西華門へかかった。ここにも彼の弟子がいる。わけを偽《いつわ》って、通してもらい、そのうえ一頭の馬を借りて母を乗せて、自分もその鞍尻《くらじり》に跨《また》がった。 「ああうまくいった。母上、もう大丈夫です。まだ、追手も見えません」 「けれど、おまえ、これから何処をさして?」 「延安《えんあん》ノ府[#1段階小さな文字](陝西《せんせい》省)[#小さな文字終わり]へまいりましょう」 「え、陝西の延安へ」 「そうです。あそこの府境の城に、経略《けいりゃく》[#1段階小さな文字](城代の官名)[#小さな文字終わり]として国防の任に当っているお人は、老种《ろうちゅう》と申されますが、その部下には、都で拙者が棒鎗《ぼうそう》を教えた者がたくさんおります。それに种《ちゅう》その人とも、よく文通などもしている仲ですから」 「さぞ、遠くであろうの。延安の空は」 「黄河の西、長安《ちょうあん》の古都の北、なにせい、旅はやさしくはありません。ご辛抱くださいませ」 「おお、どんな難儀とて、わが子と二人なら、忍べぬことはない」 「この王進も、母上を抱いているのが、百人力のここちです」  逃亡の旅は、風に追わるる如く、野に伏し山に伏して、かさねられてゆく。  まだ、駅路《うまやじ》も都から遠くないうちは、その後、高俅《こうきゅう》の激怒が、官布となって、諸道国々の守護へたいし、罪人王進の逮捕《たいほ》を督《とく》すこと頻りであるとも聞えていた。しかし、やがて大陸の渺々《びょうびょう》たる野路《のじ》山路は、いつか、旅の母子に、後ろの不安も、思い出せぬほどな遠くにしていた。 「……さて、日も暮れたが、ここは何という村か」  王進は、トボトボと疲れを見せてきた馬をあやして、あちこち、宿をさがし求めた。 「どうも、旅籠《はたご》はないようですな、母上。あそこの柳圃《やなぎばたけ》の奥に、四方|築土《ついじ》の門が見えますが、ひとつ、あそこへでも宿をたのんでみましょうか」 「村の大庄屋さまらしいが」 「かまいませんよ。私におまかせ下さい」  柳の一樹に、母の駒をあずけ、王進は門へ入って、一夜の宿をたのんだ。 「お。……えらい荘院《そういん》[#1段階小さな文字](御大家)[#小さな文字終わり]だな」  よほど、由緒《よし》ある旧家とみえる。  背後の岡には、草堂風な一|宇《う》が見え、道は楊柳を縫うて隠れ、渓水《たにみず》は落ちて、荘院の庭に一|碧《ぺき》の鏡をたたえている。  水に臨んでは、母屋《おもや》の亭館が建ちならび、山に倚《よ》っては、主《あるじ》の書楼が、窓を放って、いましがた、灯を挑《かか》げたらしく、新鮮なまたたきを見せていた。  ――取次の童《わらべ》は、奥へ入ったまま、なかなか出てこない。遠くに、たくさんな牛の鳴き声がするし、釜屋や下男の長屋には、炊《かしぎ》の煙がさかんで、何百人もの傭人《やといにん》が、がやがやいっているようでもある。いわゆる、負傭鶏犬《ふようけいけん》も食《しょく》に飽き、富戸《ふこ》は子孫に足《た》り、書庫には万巻の書を蔵す、といったような趣《おもむき》があった。 「……旅のお人。お待たせしました。さあ、どうぞ」  出てきた小僕の姿に。 「や。お泊め下さるとか」 「はい。おあるじへ、老母をつれて行き暮れた旅人ですと、申しあげたら、それはさぞかしお困りであろうと」 「かたじけない。では、ご好意にあまえて」  王進は、外へ馳け出して、すぐ母の手をひいてきた。小僕は、親切に、 「馬は、そのままにしておかっしゃれ。おらが、飼糧《かいば》をやっておくから」  家の者、みな、その小僕のように、あたたかであった。  湯浴《ゆあ》み、食事なども、終ってから、王進は、荘主《あるじ》の太公《たいこう》に会った。折《お》れ頭巾《ずきん》をかぶり、白髯《はくぜん》は膝にたれ、道服に似たものを着、柔かそうな革靴《かわぐつ》をはいている。 「延安へ行かっしゃるお商人《あきゅうど》と聞いたが、ご老母づれではたいへんじゃな」 「いや、都ではすっかり資本《もとで》を失いましたので」 「ははは。宿賃《やどちん》がないというご心配じゃろ。それくらいなら泊めはせん」 「あつかましゅうございますが、どうも年よりを連れては、野宿《のじゅく》もなりかねまして」 「遠慮はない。家も広い。こよいはご老母にも、ゆっくり手足を伸ばさせてあげるがよい」  しばらく、さりげない話に過ごした。しかし、やがて退きさがってゆく王進の物腰を、あるじの太公は、雪の眉から、何やらじっと、見送っていた。  翌朝。――太公は好きな茶を煮て、王進を待っていた。が、いつまでも、起き出てこないので、自身、房《へや》へ行ってみると、王進の母が、ゆうべ夜半《よなか》から持病をおこして、今朝もまだ、子の介抱にうめきを怺《こら》えている様子だった。 「なんじゃ、はやく告げて来ればよいに」  太公は、すぐ薬嚢《やくのう》をとりよせて、自身、煎薬《せんやく》を調《ちょう》じてくれた。のみならず、幾日でもここで養生するように――ともいってくれる。 「ご恩は、忘れませぬ」  七日ほどたった。持病もおさまり、母の顔いろもよくなった。で、今朝は早くここを立とうと、王進は、自分の馬を、厩《うまや》のほうへ見に行った。  すると、まだ早暁の靄《もや》、みどりの露、肺の中まで青々と染まりそうな柳ばやしのうちで、えいッ、おうッと、誰やらさかんな気合いを発している者がある。  王進は、ふと耳を打たれて、振り向いた。そして肉づきのよい真白な壮者の肉体らしい影を、青い靄の中に見た。  年ごろはまだ十八、九か。とにかく、筋骨《きんこつ》隆々たる美丈夫である。  もろ肌をぬぎ、顔から半裸身まで、流れる汗にうるおされ、その汗までが美しい。  さらに、王進が眼をみはったのは、その真白な半裸に画《えが》かれている刺青《いれずみ》だった。九ツの龍が汗に光って肌から浮くばかりに見える。そして、その若者の手には、長やかな樫《かし》の棒が持たれていた。棒はぶんぶん鳴って、彼自体の前後を、まるで車のように旋回《せんかい》して舞う。 「……ははあ、棒術をやっておるな」  わが道なので、王進は、しおらしさよと、思わずこなたで微笑していた。  すると、気がついたとみえ、ふと棒の手をやめた若者は、 「おい、人の芸を見て、なにを笑うんだ」 「いや、あざけりはしない。なかなかやるものだと、感心して眺めていたばかり……」 「なに。なかなかやるもンだって。きいた風な口をきくじゃねえか」 「ま、怒ンなさるな。お若いからむりもない。もすこし見物しようじゃありませんか」 「ふざけるな。おれの棒術は見せ物じゃない。おつ[#「おつ」に傍点]なことをいうからには、てめえも多少の心得はあるんだろう。さ、叩きのめすから、受けてみろ。受け損じたら、命はねえぞ」 「これは迷惑。お気にさわったのなら、平《ひら》に平に」 「いけねえ、いけねえ。その頬《ほ》ゲタか肋骨《あばら》の二、三本も、ぶち砕かねえうちは、おれの虫がおさまるものか」  ところへ、あるじの太公《たいこう》の声がした。 「これっ、史進《ししん》っ。お客人に何をする」 「あ。親父《おやじ》さまか」 「ひかえろ」と、太公は息子を叱って――「客人《まろうど》。……どうも伜《せがれ》めが、とんだご無礼をいたしましたが、このとおりな田舎《いなか》育ちじゃ、ま、堪忍してやってくだされい」 「いやご主人、こちらも悪かったのですよ。若いお人が一心不乱に、気を研《と》いでいるものを、思わずニヤニヤしたりしたものですから」 「これも、何かのご縁というものじゃろう。ひとつ、この伜への置き土産《みやげ》に、棒術の一手なと、お教えして下さらんかの」 「めっそうもない。てまえは、しがない落魄《おちぶ》れ商人《あきゅうど》、棒術などは」 「いやいや、わしにはあなたの五体のうちに、何かご一芸があるものと見える」 「よしなよ、父《とっ》さん。買いかぶるのは」  史進《ししん》とよばれた若者は、父の前から、いきなり王進の胸をつき飛ばして罵《ののし》った。 「おやじは今、おかしなことをいったが、おれは、てめえみたいな旅烏にご教授をねがうの、ご一芸がおありでなんてことは、おくびにもいわねえぞ。さ、そんな土性骨《どしょうぼね》か、食わせ者か、試してやるから受けてみろ」  跳び退いたのは、構えを作るためだった。いきなり彼の棒は、右手と一本のものとなって、ぶんっと、王進の首のつけ根へ落ちてきた。  どう取ったのか、王進は彼の棒の一端を、左の腋《わき》の下にしっかと挟み込んで、 「おあるじ。よろしいですか」  と、太公の顔を見て笑った。 「よろしいとも。うんと、こらしてくだされい。鳥なき里の蝙蝠《こうもり》とかで、自分以上な者はないと、何ともかとも、手のつけられん小伜《こせがれ》じゃ。ひとつその増上慢《ぞうじょうまん》の鼻を、折ッぴしょッてくだされば、いっそ、当人には倖《しあわ》せというもんじゃろ」 「承知しました。親御のお頼みとあれば」  聞くと、史進は、 「なにをっ」  と、全身九ツの龍に、ぱっと血を与えたような色を、みなぎらせた。  が、もとより田舎《いなか》仕込みの武技だ。たとえこの若者の肉体と血気に、どんな精根があろうと、王進の眼には、児戯にひとしいものだったのは、いうまでもない。  一|振《しん》一|撥《ぱつ》、また、眼もとまらぬ一|撃《げき》一|突《とつ》、すべて見事な肉体の空《から》演舞だった。史進は、声を嗄《か》らして、その喉《のど》から臓腑《ぞうふ》を吐かんとするほどに身も疲れてしまった。それでも、まいったとはいわなかったが、あ――と感じるまに、大空が自分の脚の上に見えた。でんと、投げとばされていたのである。 「ち、ちくしょうッ」  起《た》とうとするや、また投げとばされ、すでに手裡《しゅり》になかった棒は、王進の手に移っていた。そして、その棒の先に、九ツの龍の肌は、まるで竹箒《たけぼうき》に弄《もてあそ》ばれる蜘蛛《くも》のように、離されては伏せられ、逃げかけては絡みつけられ、果ては、死に絶えたかのごとく、へたばってしまった。 「どなたか、ご子息へ、水を持って来てあげてください」  言いながら、王進は、史進のそばへ寄って、その体を膝に抱えた。そして親の太公を振り仰ぎながら、気のどくそうな顔をした。 「……どうも、ちと図にのッて、お懲《こ》らしが過ぎましたなあ。しかし、どこもお怪我《けが》はしておりませんから、ご安心を」 「いやなんの。伜《せがれ》めには、よい薬でしたわい」  そうはいうものの、やはり親心か。太公は、われ知らず、額《ひたい》に滲《にじ》ませていた冷たい汗を、道服の袖でそっと拭いた。そして、 「お客人《まろうど》。あらためて、とくとお話し申したいことがおざる。茶なと煮て、わしの房《へや》でお待ちしておりますぞ。おそれいるが、伜めを連れて、あとよりお越しくださらぬか」  と、杖を曳いて、画中の人のように、彼方《かなた》の書楼へ向って立ち去った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 緑林《りょくりん》の徒《と》の涙を見て、史進《ししん》、彼らを再び野《や》へ放つこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここの山村は華陰県《かいんけん》の県ざかいで史家村《しかそん》とよばれている。戸数三、四百軒すべてが“史《し》”という氏《うじ》だった。  荘院《そういん》[#1段階小さな文字](庄屋)[#小さな文字終わり]の太公は、先祖代々、村のたばね役をしていたが、しかし自分もすでに老齢である。一日も早く息子の史進に跡目をゆずッて、隠居したいものと考えている。  そこで、彼はその日、客の教頭王進へ、こんな希望をうちあけた。――かりそめの旅人に過ぎない王進|母子《おやこ》へだが、ひとつ伜《せがれ》史進《ししん》のために、末長く師となって、村に永住してもらえまいかという相談なのだ。 「さあ? ご好意はまことにかたじけないが」  王進は、答えに窮して。 「今は正直に申しますが、じつは拙者は、ただの旅|商人《あきゅうど》などではありません。つい先頃まで、禁軍八十万の師範役をしていたものですが、新任大将軍|高俅《こうきゅう》と折合いのつかぬことがあって、無断で都門《ともん》を逃亡し、いわば天下のお尋ね者の身の上です。……せっかくですが、ここにとどまれば、お世話になったご当家へどんな禍いがかからぬ限りもない。それゆえ仰せなれど、その儀は、何ともおひきうけいたしかねる」 「なんのお客人。この年までたくさんな人間を見てきた老人の眼じゃ。はて凡人《ただびと》ではないぐらいなことは、とく感づいておりましたよ。今さら驚きはいたしません。ただただあなた様の人物に傾倒してのお願いなのじゃ。どうぞおきき届けくだされい」  老父の乞《こ》いにつれて、そばにいた息子の史進も、いまはまったく自分の独りよがりな棒術の未熟さを覚《さと》ったものか、ともども、すがるような眼《まな》ざしで引きとめた。 「いや、それほどまでの仰せなれば」  と、ついに王進も、父子の懇請《こんせい》を容《い》れて、その日の出立を見合せ、あらためて、師弟の約を、ここに結んだ。 「この上は不肖《ふしょう》ですが、武芸十八|般《ぱん》、知るかぎりの技《わざ》は、ご子息にお授けいたそう。ご子息の名は、史進といわるるか」 「はい。背に九ツの龍の刺青《いれずみ》をしているので、人は綽名《あだな》して、九紋龍《くもんりゅう》史進と私をよんでおります」 「棒術は誰からお習いかの」 「少年の頃、うちの食客[#1段階小さな文字](居候)[#小さな文字終わり]に打虎将《だこしょう》李忠《りちゅう》という浪人者がおりました。面白半分な稽古が病《や》みつきで、以後、村を通る旅の武芸者や浪人と見れば、片っぱしから当って試合してきましたが、ただの一度だって負けたことなどありゃしません。それが、どうも今日ばかりは」 「はははは、ちと勝手が違ったか。まあよいわさ、まだ十九か二十歳《はたち》のお身で倖せ、初心に返れば、どうにでも撓《た》め直しはきく」  かくて教頭王進の母子《おやこ》は、そのまま史家村に居着いてしまった。そして史家《しけ》の嫡男《ちゃくなん》九紋龍一人のために、かつての禁軍八十万の師範王進が、日々手をとって武芸十八般にわたる秘技を指南した。  武技十八というのは。  一に弓、二に弩《つよゆみ》、三に鎗《やり》、四に刀、五に剣、六に鍵矛《かぎほこ》、七に楯《たて》、八に斧《おの》、九に鉞《まさかり》、十に戟《げき》、十一に鉄鞭《てつべん》、十二に陣簡《じんのたて》、十三に棒、十四に分銅鎌《ふんどうがま》、十五に熊手《くまで》、十六に刺叉《さすまた》、十七に捕縄《とりなわ》、十八に白打《くみうち》。  ――それからというもの、史家の裏手の柳圃《やなぎばたけ》では、必死に教えをうける龍児と師範との「えいっ」「おうっ」の喚《おめ》きが聞えない日はなかった。雨の日は、荘院の広床《ひろゆか》で行われ、夜は夜で、燈火《ともしび》をはさんで兵書を講じる声がする。  若き史進は、めきめき上達をしめし、また何よりは王師範の人柄にも感化された。いや師範の都ばなしだの雑談の端にすら、ただならぬ興味をもって、元来、山家育ちの矇《もう》は、ようやく、自分の居るところの程度の低さを知ってきた。そして広い大きな世上へと、自然、その若さは疼《うず》きを擡《もた》げだしていた。  いつか、一年余の歳月はここに流れた。  王進は、この頃になって、つらつら思う。 「……これはいかん。九紋龍は稀に見る天才児で、わしの武芸十八般の秘奥までよく会得《えとく》してきたが、しかし親の太公《たいこう》の望みは、史進《ししん》に名主《なぬし》役の跡目をつがせて、早く老後の安心をえたいとするにあろう。生半可《なまはんか》、彼が世上慾に目をひらいて、先祖代々からの庄屋づとめや百姓仕事を嫌いだしたら、かえって、わしの仕込んだ道も、史家《しけ》にとってはあだ[#「あだ」に傍点]になる」  そう思いついたので、ある日のこと。 「長々お世話に相成ったが」――と、彼は急に、身の都合を言いたてて、あるじの太公へ、暇乞いを告げた。 「母が申すには、脚腰《あしこし》の達者なうち、どうしても先にこころざした延安府《えんあんふ》へ行って暮したいと望んでやみません。ご子息へはもう不肖《ふしょう》の武芸はのこりなくご教授申しあげた。……どうぞご一家にはこの先ともごきげんよく」  ふいの別れを述べられて、太公はおどろき、子の史進も悲しんだ。けれど、いかに引きとめても無駄だと知ると、さて惜別の宴には、銀子《ぎんす》や餞別《せんべつ》の品々を盛って、王進|母子《おやこ》に捧げ、かつ出立の日となると、馬や供人をも添えて、関西路《かんせいじ》へ向う隣県まで、ねんごろに送らせた。  ――だが、そのあと。  残された史進は、ぽかんと虚脱に落ちてしまった。たまらない寂寥《せきりょう》が彼をして毎日酒にひたらせて行った。いや、さらに大きな空虚は重ねて彼の一身を襲った。その秋、父の太公が、とつぜん病死したのである。  これも手つだってか、彼の放縦《ほうじゅう》は自暴の相を帯びだした。元々、百姓は性《しょう》に合わないといっている彼なのだ。家事はいよいよかえりみもしない。その荘院には、つねに百姓らしからぬ無頼《ぶらい》のみを寄せ集め、ただ武勇を誇っては、遠近に喧嘩の相手と機会を求めてばかりいた。されば史家村の九紋龍史進といえば、この頃、泣く子も黙る名となっていた。  山波の影は遠く望まれるが、人里からはどの辺かよく見当もつかない彼方《かなた》だ。ここに、華陰県《かいんけん》の山また山の奥、少華山《しょうかざん》とよぶ一峰がある。  天地は人間のもの、その人間は生きものだ。おれたちがここに山寨《さんさい》をむすんで、こう生きているのに、何の不思議があるか、と誇りでもしているように近づけば、その少華山の山腹にも、さかんな人煙人語があるのであった。 「おい楊春《ようしゅん》。どうもこの頃は、さっぱりじゃねえか。……陳達《ちんたつ》はまだ岩窟《いわや》の中で寝こけているのか」 「そうらしいて。なんでも奴あ三日ほど前から、蒲城県《ほじょうけん》の方へ降りていって、何かうまい仕事はねえかと、狼《おおかみ》のように嗅《か》ぎ歩いたっていうんだが、ゆうべおそく手ぶらで帰ってきやがった。よくよく下界も飢饉年《ききんどし》らしい」 「そうじゃあるめえ。おれたち山寨《さんさい》の六、七百人もが、ついこの春までは、下界の貢《みつ》ぎで悠々と王者みてえに食ッてられた世間じゃねえか。それが昨日今日、急に酒や肉にも干《ひ》あがるてえなあ、ふしぎだよ」 「陳達《ちんたつ》もぼや[#「ぼや」に傍点]いていたが、どう考えても、こいつあ、やっぱり華陰県の県城で、布令《ふれ》を廻しゃあがったせいだろうぜ。なんでも、おれたち三人の頭目《とうもく》の首に、銭《ぜに》三千貫の賞を懸けて、諸所の街道に高札《こうさつ》を立て、旅人の夜歩きを禁じたり、土民の自警隊を奨《すす》めたりしているそうだから」 「ばかにしてやがら。そんな金が役署《やくしょ》にあるならその金をこっちへそのままよこすがいい。半年ぐらいは山を出ずに、大人《おとな》しくしてやるものをよ。はははは」  夏ながら山は不断の霧が冷たい。巨大な寨《とりで》の柵門《さくもん》の内には、怪異な男どもの屯《たむろ》やら焚火《たきび》が諸所にけむっている。中にも岩戸の階《きざはし》、岩穴の一大殿堂をうしろに、酒を酌《く》みあっている一トかたまりがあった。それぞ少華山《しょうかざん》の山賊七百人の頭目《とうもく》、神機軍師《しんきぐんし》朱武《しゅぶ》や白花蛇《はっかだ》楊春《ようしゅん》らの車座だった。  するとなお、岩窟《いわや》の口から、また一人、 「なんの評議かとおもえば、また芸もなく飲んでいるのか」  大きな伸びをしつつ、のっそりと石階を降りて来た者がある。たった今、二人が噂していた跳澗虎《ちょうかんこ》陳達《ちんたつ》だ。これも三頭目の一人なのはいうまでもない。 「おう陳達か。――芸もなくといわれちゃあ面目ねえなあ。したが、三日も山寨《さんさい》を留守にしたおめえにしろ、やはりなんの土産もなかったじゃねえか」 「ちげえねえ。だが、ちょっと耳よりな土産はあるんだ」 「なんだい、耳よりたあ」 「帰る途中で、兎捕りの李吉《りきち》っていう猟人《かりゅうど》を捕《と》ッつかまえて聞いたことだが」 「はははは、かあいそうに、兎の皮はぎを捕《つか》まえて、そいつの皮をまたはいだのか」 「ばかいえ。この陳達が、そんなしがねえ猟人《かりゅうど》や百姓いじめをするものか。お互い三人が義の盃を交わしたとき、第一に誓ったのは、盗賊はしても弱い者泣かせはしまいぞということだった。李吉の手引きで、おれが目ボシをつけたのは、そんなケチな相手じゃねえ」 「ふウむ。猟師の李吉に手引きさせて、どこへ押込みに入ろうというのか」 「史家村の大荘院《おおじょうや》よ。あの旧家は見かけ以上な物持ちだそうだ」 「兄弟。そいつアよしねえ。史家村ときちゃあ鬼門だろうぜ」 「どうして」 「そこの名主《なぬし》といやあ、九紋龍の家だろう。とんでもねえ話だ。あいつに当って行けるものか。しかも県城の役署からおれたちの首に三千貫の賞金が懸っていることも承知だろうし、手具脛《てぐすね》ひいているものと覚悟もせざアなるめえが」 「ところが、李吉のいうにゃあ、なるほど九紋龍の腕前は、四県無敵ッてえ評判だが、なんたって、旧家のお坊ッちゃんだ。誰でも負けてやりさえすれば客にして、幾日でも泊めておき、酒を飲ませたり餞別《せんべつ》をくれたりだから、つまりは浪人者のいい食いもの。おそらく、ほんとうのとこは旦那芸ぐらいな腕だろうというんだが」 「あてにはなるめえ。李吉が試してみたわけじゃあるめえし」 「うんにゃ、そんなことアべつにしても[#「べつにしても」は底本では「ベつにしても」]、この陳達《ちんたつ》には自信がある。生れ故郷の鄴城《ぎょうじょう》では、長鎗《ながやり》の跳澗虎《ちょうかんこ》といわれたおれだ。二十歳《はたち》そこそこの青二才に、おれたち少華山の三頭目が、恐れをなしているといわれるのも我慢がならねえ。まして金持ちの荘院《しょうや》じゃねえか。なんで指を咥《くわ》えていられるものか」  陳達は豪語してやまなかった。朱武《しゅぶ》と楊春《ようしゅん》が、止めれば止めるほど、意地にもなって、 「よし、それじゃあ、おれ一人でもやってみせる。おめえたち兄弟は、酒でもくらっているがいいや」  とばかり、即刻、二百ほどの手下に、出触《でぶ》れを廻し、自分も戦陣へでも臨むような身支度にとりかかった。  そのいでたちを見るに、緋房《ひぶさ》のついた鉢兜《はちかぶと》、鋳物綴《いものつづ》りの鍍金《ときん》の甲《よろい》、下には古物ながら蜀江《しょっこう》の袖をちらつかせ、半月形《はんげつなり》の革《かわ》靴をはいた。そして、組糸の腰帯に、刃幅《ははば》の広い大剣を横たえ、山路に馴れた白馬のくらにりゅう[#「りゅう」に傍点]として乗りそびえた姿は、さすが少華山の賊将、われから豪語したほどなものはある。  手にかいこんだ長鎗《ちょうそう》を、一振り横に振って、西の麓《ふもと》を穂《ほ》先で指し、 「さあ、山を降りるまに、日が暮れよう。男と思う奴らは、おれにつづけ」  二百ぢかい手下が、銅鑼《どら》や太鼓を鳴らし、柵門《さくもん》で一度、わあっと気勢をあげた。そしてたちまち、一列の黒蛇《こくだ》となって麓の方へ沈んでいった。 「あぶねえもンだな。どうも近頃、陳達《ちんたつ》は少しあせり気味だぜ」 「三人の中では一番の年上だ。自分でも頭目《とうもく》ちゅうの頭目と任じているんで、ここンところの山寨《さんさい》のさびれを見ちゃあ、じっとしていられねえような気なんだろうよ」 「そうだとしたら、イヤなんとも、足も心も進まねえ相手だが、おれたち二人も、こうしちゃいられまいぜ」  朱武《しゅぶ》は元、定遠州《ていえんしゅう》の生れ、戦う場合は、よく両刀を使うが、得意はむしろ兵法と謀略にあるとは、彼自身がいうところだった。  また白花蛇|楊春《ようしゅん》は、蒲州《ほしゅう》解良《かいりょう》の人、大桿刀《おおなぎなた》の達人だった。腰は細く、臂《ひじ》は長く、綽名《あだな》のごとき妖蛇の感じのする白面青気の男である。  さきの陳達といいこの二者といい、いずれも元は江湖の処士《しょし》や良民だった者だろう。しかし宋朝《そうちょう》の治、徽宗《きそう》帝の奢《おご》り、ようやくその紊《みだ》れやら腐敗を世路《せろ》の辻々にまでただらしてきたので、いずれも正業に生きる馬鹿らしさを思って、野性の自由をほしいままに、この少華山などへ緑林《りょくりん》[#1段階小さな文字](盗賊)[#小さな文字終わり]の巣を構えたものにちがいない。  一|刻《とき》おいて、この二頭目もまた、大勢の手下をつれて、史家村へ降って行った。行くほどに夜は更けてゆき、やがて黒い夜霧の底に、ぼやっと赤い火光が見えだした。史家村の方角に間違いない。楊春は馬をとめ、後ろの朱武の影へよびかけた。 「やってるぞ。あの火を見ろ。陳達《ちんたつ》はもう九紋龍の家へ乗りつけている。兄貴の難を見捨ててはおけまい。急ごうぜ」  ところが、まだ麓《ふもと》へも出ないうちに、陳達の小頭《こがしら》や手下どもが、さんざんな態《てい》で逃げ走ってきた。 「――どうした?」と訊けば、村には備えがあり、警板《けいばん》や銅鑼《どら》を合図に、たちまち、九紋龍の家には小作人や荘戸《しょうこ》[#1段階小さな文字](村人)[#小さな文字終わり]の若者|輩《ばら》が、まるでよく訓練された兵隊のように集まってきて、たちまち守りを固めてしまったという。  しかし陳達の指揮下にある賊も、「なんの百姓|輩《ばら》が」と、門へ向って馬群をおめかせ、また脅《おど》しの早鉦《はやがね》だの銅鑼《どら》を打ち鳴らした。ところが、どうして相手は手強《てごわ》い。矢かぜや投げ火の下で、やがて大乱戦となっていった。そのうち九紋龍自身も打ッて出てきた。そして味方の陳達と一騎打ちになったので、互いに火を降らすことかと思っていると、呆ッ気なく、陳達は長鎗を叩き落され、苦もなく九紋龍のために手捕りにされてしまったというのである。 「ふウむ。強さのほどは察していたが、そんなにも強い九紋龍なのか」 「てんで、おはなしにも何もなりません」  と、手下どもはまったく闘志を失っていう。  けれど、朱武と楊春は、まさかここから逃げ戻れもしない。それこそ山寨《さんさい》七百人の手下の信望は地に墜《お》ちてしまう。といって、最初から九紋龍|史進《ししん》に立ち向えるうぬ[#「うぬ」に傍点]惚れもなかったのだ。楊春はその白面を一そう蒼白にして。 「どうする。兄貴」 「こうなっては、どうもこうもない。おれにまかせろ」  朱武が得意とする智略が、何かひらめいたものだろうか。朱武は、たちどころに、手下のすべてに足止めを命じ、自分と楊春の二人だけで、史家村の内へ近づいていった。  すぐ見つけた荘戸《しょうこ》の土兵《どへい》は、二人を取り囲んで門内へしょッ曳《ぴ》いた。――見ると、邸内の広い柳園《りゅうえん》では、諸所に篝《かがり》を焚《た》き、まん中の一樹に生け捕ッた陳達を縛りつけて、今しも、それを肴《さかな》に大ざかもりの最中だった。 「なに、朱武と楊春の二頭目が自分から縄目《なわめ》を望んでこれへ来たと。はてなあ。そいつはどうも眉ツバものだが」  史進は、陶《とう》の酒樽《さかだる》に腰かけていた。  鱗革《うろこがわ》に朱紅《あけ》の漆《うるし》やら摺《す》り金箔《はく》をかけた甲《よろい》を着、青錦《せいきん》の戦襖《じんばおり》に黄色の深靴をはいていた。そして側には一|張《は》りの弓を立て、腰には両刃《りょうば》三|尖《せん》の八|環刀《かんとう》を佩《は》いて、久しぶりな闘争の発汗に会ったためか酒の色か、いかにも快《こころよ》げな眉宇《びう》に見える。 「よし。とにかく二人を曳ッ張ってこい。たぶん偽者《にせもの》だろうが、どんな嘘をいうか、聞いてみるのも一興だ。もっと篝火《かがりび》を明るくして、おれの前に引きすえろ」  朱武、楊春の二名をまだ見ぬうちから、彼は充分に疑っていた。もし本ものだったら、これ幸い、三頭目を一ト束《つか》ねに首斬って、さらにもう一杯の酒のさかなにするつもりだった。  しかるに彼は、やがて朱武と楊春がこもごも述べたてるのを聞くうち、次第に酒の面《おもて》をさまし、果ては、涙すらこぼすのだった。――朱武はひとしお言葉に憐《あわ》れをこめて。 「どうぞ、われわれ両名も、兄貴の陳達とともに縄目として、県城の役署へつき出してください。聞くならく三名の首には、三千貫の賞がある由。その金をば近郷の窮民へお頒《わか》ちくださればなおのこと本望です。……もともと、陳《ちん》、楊《よう》、朱のわれら三名は、賊となるとも義賊たらんと誓い、死ぬ時も一つにと、血をすすって義兄弟の約束をした仲でした。いま兄貴の陳達が捕われた以上は、あとの両名も生きてはいられませぬ。またお手むかいをしてみたところで敵《かな》わぬあなた。いざ、どうなりとご処分を」  史進の純情はすっかりそれに打たれたらしい。山賊にもこんな義心があるかと思い、彼らが貧民の味方だというのも、大いに気に入った。かつは太ッ腹な史進なので、その寛度を大勢の荘戸の者の前で示すことも愉快でないことはなかったろう。 「おい、陳達の縄を解いてやれ。そしてこの三人へも杯をやるがいい」  史進は瞬間、声も出ずにいる三人へ、大容《おおよう》にまたいった。 「盗《ぬす》ッ人《と》にも三分の理、仲間同士では義理固いとも聞いたが、そこまで義に厚いのは感心だ。安心しろ。おれは腐れ役人の手先になんぞなるのは生れつき大嫌いだ。賞金なぞは手にもしたくない。さあ一杯飲んで、足もとの明るいうちに少華山へでも何処《どこ》へでも、とっとと消え失せろ。その代り、この近郷三県で百姓いじめをすると聞いたら、いつなんどき九紋龍が行って、その首をお貰い申すかしれねえぞ」  三人は地に這って、九紋龍を百拝した。あげくに酒と涙を一しょに呑んだ。たとえば恩を知る動物《いきもの》が人の手から放たれでもしたようである。やがて振り返り振り返り、暁《あかつき》まだき史家村から元の少華山へ立ち去った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 史進、家郷をすてて渭水《いすい》へ奔《はし》り、魯提轄《ろていかつ》と街に会うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  彼らの仲間うちでも“虎は平伏した餌食《えじき》は食わぬ”という諺《ことわざ》を知っている。「――九紋龍の度量はそれなんだ」と、楊春《ようしゅん》も陳達《ちんたつ》も、朱武《しゅぶ》も以来すっかり史進に心服してしまった。  史進の方では、そんなことなど、いつか忘れてしまっている。すると或る夜の宵《よい》の口、一|荷《か》の贈り物を担《かつ》いだ山賊の手下が、こっそり、史進の屋敷へやってきて、 「ご恩返しというほどな物でもござんせんが、てまえどもの志だけを、どうかお納めなすっておくんなさい。いや申し忘れましたが、山の三頭目からも、くれぐれよろしく申しました」  と置き捨てるように、おいて帰った。  あとで開けてみると、獣皮やら山の物の種々《くさぐさ》、それに三十両ほどな金ののべ棒も入っている。  史進は笑った。 「なんだか、余り貰い心地がよくねえな。だが、奴らにすれば、精いッぱいな善意だろう。まあいいや。金はまた何かいい折につかってやろう。取ッておけ取ッておけ」  ところがその後も何くれとなく、ちょいちょい山から贈り物が届けられる。時には見事な宝石などもよこした。  史進もまた、こう貰ってばかりいてはと思って、家に伝わる紅錦織《こうきんおり》を三|領《りょう》の袍《うわぎ》に仕立てさせ、脂《あぶら》ののッた美味《うま》い羊の焼肉を大きな盒《ふたもの》へいれて、日頃の礼にと、山寨《さんさい》へ届けさせた。  史家の奉公人|頭《がしら》に王四という男がいる。使者にはこの男に作男一人をつけてやった。二人が麓《ふもと》まで行くと、山賊の見張りに捕まった。しかし、 「九紋龍さまのお使いで」  と聞くや、彼らが先に立って、山寨へ案内した。なおまた、朱武たち三頭目も、王四の労をねぎらって、下へもおかない。酒や馳走を出して、 「一日も史進どののご恩は忘れていない」  といったりした。そして、使いの二人へ、帰りがけには十両の銀子《ぎんす》をくれた。  史進は、王四の復命をきいて、 「そんなに歓《よろこ》んだか。また、そんなにも、おれのことをいってたのか」  と、これも悪い気はしなかった。  こうして、彼らとのつきあいが深まるにつれ、史進は相手が山賊であるなどという念もなくなっていた。ただ男と男の交《まじ》わりとしていた。  そのうちに、秋もなかばの頃、史進は月見の宴を思い立った。ひとつ仲秋の名月に酒壺《しゅこ》を開いて、あの朱武、楊春、陳達らの三人と、思うさま飲んだり話してみたいものだと考えた。そこでまた、いつもの王四に、招待状を持たせて少華山へやった。  朱武たちが歓んだのはいうまでもない。 「――必ずまいる」  と返書をしたため、それに四、五両の使い賃をのせて、王四へ渡した。そのうえ十|碗《わん》あまりも酒を飲ませて帰したので、王四もすっかりごきげんになってしまった。  ひょろり、ひょろり、山路を千鳥足で降りてくると、日頃、顔見知りの山賊の手下に出会った。 「……よウ、大将」と王四が抱えこむと、その男も酔っていて、 「やあ、王サマか」と、ヒゲ面をこすってきた。そして漁樵《ぎょしょう》問答ならぬベロンベロン問答の果てである。頭と頭とを絡《から》み合った四本の脚が、またぞろ、麓《ふもと》の居酒屋へよろけ込んだ。  ――だいぶ飲んだに違いない。  その晩、相手の男と別れてから、王四は途中の芒原《すすきはら》で寝てしまった。事これだけなら、その一|睡《すい》は無上天国そのものだった。ところが折ふし通りかかった猟人《かりゅうど》がある。これなん兎捕りの李吉《りきち》で、さきに陳達を手引きして史進を襲わせたのもこの男だ。そのことでは思うつぼ[#「つぼ」に傍点]も外《はず》れてしまい、以来、村人からは白眼視されていたが、もともと狐《きつね》狸《たぬき》以上な狡《ずる》さを持つ李吉だった。今も今とて、蹴つまずいたとたんに、 「おやおや、こいつあ、史進の家の王四だぞ。はてな?」  酒臭い正体なしの体へ寄って、親切ごかしに胴巻を撫《な》で探っていた。すると銀子《ぎんす》と手紙が手に触れたらしい。李吉は狐のような眼をくばった。  ――翌朝。李吉がその手紙を持って、県城の役署へ密訴に馳《か》けこんでいたころ、一方の王四は、ひどく冴《さ》えない顔つきで、主人史進の前で、復命していた。 「行ってまいりました。――ご芳志にあまえて、ぜひ参上いたします、という三頭目のご返辞でございました」 「いま帰ったのか王四。たいそう遅かったじゃないか」 「どうもその、つい山寨《さんさい》でご馳走になっちまいましたので」 「酒を出されると目がねえンだろう。まあいいや、それよりも早く調理場へ行って、あしたの料理の支度やら倉の中の器物《うつわもの》などを出させておけ」  次の日は仲秋節《ちゅうしゅうせつ》。――史家《しけ》の小作や奉公人は、昼から莚席《えんせき》の支度に忙しかった。羊を屠《ほふ》り鶩《あひる》や鶏をつぶすこと、何十羽かわからない。前日から煮《た》きこめた百珍の料理は銀盤に盛られ、酒も家蔵の吟醸《ぎんじょう》を幾壺《いくつぼ》となく持ち出して、客の前において封を切るばかりに用意していた。  ――ほどなく、朱武、陳達、楊春の三人は、かねて史進から贈られた紅錦《こうきん》の袍《ほう》を具足の下に着て、時刻たがえずやってきた。  接待は土地の壮者《わかもの》や村娘《そんじょう》たちである。史進は、上座に三名をすえて、 「おお、よくぞお越しくだすった。昔から好漢《おとこ》は好漢を知るという。月もよし、桂《かつら》の花影、ひとつ今夜は、心ゆくまで語ろうじゃありませんか。さあどうぞ、おくつろぎなすッて」  と、盞《さかずき》をあげ合った。更《ふ》けるほどに、月は冴えを増し、露は珠《たま》を桂《かつら》にちりばめ、主客の歓は尽きるところがない。談笑また談笑の沸《わ》くごとに、一|壺《こ》の酒は空《から》になるやと思われた。  そのうちに、ふと、史進も客の三頭目も、何かへギョッとしたらしく口をつぐんだ。広い土塀の外を囲んで、潮《うしお》のような人馬の気配がひしひしとする。耳をすますと、こう聞えた。 「やあ史進、門を開けろ。開けねば蹴破るぞ。この荘院内《やしきうち》に、こよい少華山の賊どもが会合しておると、訴人《そにん》あって明白なのだ。四|隣《りん》八|隅《ぐう》、遁《のが》れんとて、遁るる道はない。賊を渡すか、踏み込もうか。いかにいかに」 「さては、訴人があって、県城の捕手が、襲《よ》せてきやがったか、花にあらし月に雲だが、こいつアちっと早過ぎる」  史進は、舌打ちして。 「お客人。なにも慌《あわ》てることはない。しばらく、そのまま飲んでおいでなさい」  彼は酒席から走り出していった。  梯子《はしご》をかけ、梯子の上から、門外の人馬へ何かどなった。おびただしい松明《たいまつ》のいぶりである。十文字鎗、五ツ叉《また》の戈《ほこ》、袖搦《そでがら》みなどの捕物道具、見るからにものものしい。 「おうっ、主《あるじ》の史進か。このほうは県城の県尉《けんい》であるぞ。汝の手で、賊をからめて突き出せばよし、さもなければ」 「まあまあ、お静かに願おう。せっかく、賊の三頭目を招いて、うまく酔いつぶさせようとしているところへ」 「では、賊と汝とは、同腹ではないと申すか」 「笑わしちゃあいけません。大口を叩くようだが史家村一の旧家、親代々からの大名主《おおなぬし》だ。山賊ばらとぐるになって、なんの徳があろう。それよりは、三千貫の賞金は下さるでしょうな」 「もとよりそれは公布にあること。ただし即座にここで突き出せばだが」 「だからよ、少し鳴《な》りをひそめて、ここを遠巻きにして待っていておくんなさい。酒を飲ませて奴らを数珠《じゅず》つなぎに引ッ縛《くく》り、そのうえで、ここの門を開けますから」  史進《ししん》は、もとの宴へ帰ってくると、家人若者に命じて、にわかに、家蔵《いえくら》にある金銀財宝の目ぼしい物をまとめさせ、女子供からそれらの荷物までを、数十人の屈強に担《にな》わせた。そして屋後《おくご》の藁《わら》ぶき小屋へ、火をかけろといいつけた。  驚いた三頭目は、 「な、なんでこのお屋敷を焼き払うので? ……まさか、われらを庇《かば》うためではございますまいな」 「いや、身の潔白をしめすためだ。こよいの出来事は、まるで貴公たちを罠《わな》にかけたようなものだから」 「ご冗談ではない。何が起ろうと、九紋龍どのが罠《わな》に陥《おと》したなどと思うわれらではありません。おうっ、待ってください、火をかけるのは」  一方へは絶叫しながら、彼らはみずから後ろへ両手を廻し、覚悟のほどを見せて言った。 「かばかり潔《いさぎよ》いあなたに、山賊|渡世《とせい》のわれらが、おつきあいを願って、こんなご迷惑をかけたかと思えば、手前どもこそ申しわけがない。さあ、年貢《ねんぐ》の納めどき、われわれに縄打って、県城の役人へ突き出しておくんなさい」 「ばかをいえ。そんなことをしたら、史進《ししん》一生の男がすたる。おれにそんな真似をしろというのは、おれに乞食をしろというのもおなじだ。……おお火の手はあがった。ともかく、ここは斬りひらいて、一時、おめえたちの山寨《さんさい》へ落ちのびようぜ」  邸内の火を見て、門外の喊声《かんせい》もまたあがった。すでに、史進が鎗を小脇に門の閂《かんぬき》を外《はず》して躍り出したので、朱武、楊春、陳達らもともに斬ッて出ざるをえなかった。  黒けむりはたちまち疾風雲《はやてぐも》の翔《か》けるに似、名月は血の色そのまま、剣光の雨と叫喚《きょうかん》を下に見ていた。――まもなく掃《は》かるる風葉《ふうよう》のごとく、県尉《けんい》の馬や捕手の群れは逃げ散ッた。  また一方。少華山へさしてヒタ走りに走った人影の列もある。そして、すべてが去った史家村の寂《せき》たる暁《あかつき》を、なおまだ、旧家百年の大棟木だの土倉だの四隣の木々は、ひとりバチバチと火をハゼつつ旺《さかん》な炎を狂わせていた。  おもえばおれも愚かしい。――と史進は自嘲して呟《つぶや》いた。――先祖はさだめし嘆くだろう。だが持って生れた性分ではしかたもない。あのとき、あの身代よりも、三人の賊に対する一片の義の方が重い気がしたのだから、こんな子を生んだ罪はやっぱり先祖にあるんだ、と。 「……だが、この山寨《さんさい》に、いつまで、なすこともなくいたところで始まらない。そうだ、今は家蔵《いえくら》もない身まま気ままの体、先年お別れした王ご師範を尋ねて、延安府へ行ってみよう」  少華山へ隠れてから約一ト月ほど後のこと。  九紋龍史進は、思い立った胸を三頭目に打ち明けて、 「すまないが、ここへ避難した奉公人や若者は、時をみて正業に返してくれ。持ってきた金銀は、その折り、皆で分けるがいい。おれは、師匠の王進先生を尋ねてこれから関西《かんせい》の旅につく」  もちろん、朱武、陳達らの賊頭も、村の人々も彼との離別を悲しんで、極力とめた。けれど、この流離《りゅうり》たるや、そもそも史進その人が、生れながらにして百八|星《せい》中の一星たる宿命だったことによるものだろう。――やがては、芦花《ろか》散る江頭《こうとう》の船べりに霜の戈《ほこ》をならべ、葭《よし》の葉かげに戦艇《せんてい》をしのばすなどの水滸《すいこ》の寨《さい》に、かの天罡地煞《てんこうちさつ》の諸星を会するにいたる先駆の第一星こそ、まさにこの人だったのである。  ――さて、少華山を去って。  飄《ひょう》としてここに旅へ吹かれ出た史進の姿は、いかにも宋朝時代の若人《わこうど》好みな粋《いき》づくりだった。  白羊羅紗《はくようらしゃ》の角を折った范陽帽子《はんようぼうし》には、薔薇《ばら》色の纓《ふさ》をひらめかせ、髪締めとしている紺の兜巾《ときん》にも卵黄《らんこう》の帯飾りをつけている。  あくどい原色は嫌いなのだろう、服地も白麻の裾《すそ》みじかな戦袍《せんぽう》で、紅梅織《こうばいおり》の打紐《うちひも》を腰帯とし、美しい長剣をつるし、青と白との縞の脚絆《きゃはん》という軽快さ。もちろん足拵《あしごしら》えは長旅に耐えうる八《や》ツ乳《ち》の麻沓《あさぐつ》だった。  だが、身なりは粋に好んでみても、旅の宿とか食い物は選べもしない。野に伏し山に寝《い》ねだった。それも二十日余りの旅路。ほどなく渭州《いしゅう》という一市街についた。 「ははあ、ここにも経略府《けいりゃくふ》[#1段階小さな文字](外夷の防寨関)[#小さな文字終わり]の一城があるのだな。ひょっとしたら、王ご師範の消息がわかるかもしれぬ」  歩いてみると、城内も六|街《がい》三|市《し》といった賑やかさだ。雑閙《ざっとう》の角《かど》に、茶舗《ちゃほ》が出ている。ずっと入って、床几《しょうぎ》から、 「おい、おやじ。泡茶《ほうちゃ》でも一杯くれ」 「はい、はい。……お客さまは、旅の衆でいらっしゃいますか」 「そうだ。おやじは知らんか。もと開封《かいほう》東京《とうけい》のお方で、王進師範と仰っしゃる人を尋ねてきたのだが」 「さあ、ここの経略府にも、王氏と名のるお方は幾人もおいでなのでなあ。どの王さんやら、それだけでは、どうも」  すると外から大股に、ぬっと入ってきた壮漢がある。かたぶとりな肉塊《ししむら》を濃緑《こみどり》の緞子《どんす》の戦袍《せんぽう》でくるみ、頭《かしら》には黒紗《くろしゃ》の卍頭巾《まんじずきん》、それには金色の徽章《きしょう》がピカと光っている。  さらに眼《まなこ》の光もただならず、丸ッこい赫《あか》ら顔を、もじゃもじゃした髯《ひげ》が取り巻いている。また腰なるは、太原風《たいげんふう》の帯ヒモとそして金環《きんかん》の飾りある剣。――問うまでもなくこれは軍装である。しかも身長《みのたけ》仰ぐばかりであり、腰まわりも普通人の倍にちかい。 「おおこれは、提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]さまで。……ちょうどよい折へ。そこなお客さま。お尋ねのお人とやらのことは、こちらのお方へ訊いてごらんなされませ」  史進は、床几《しょうぎ》を立って、ていねいに、 「ぶしつけですが、ものをお訊《たず》ねいたしますが」 「なんだ。なにかわが輩《はい》に用か」 「いえ。私は華州|華陰県《かいんけん》の者で、史進と申しますが、もしや当地に、もと東京《とうけい》におられた禁軍の師範王進というお方がおいでではございますまいか。或いはまた、なんぞそのお方のお噂でもご承知はありませんか」 「うんにゃ……」と、提轄《ていかつ》はヒゲ面《づら》を横に振ったが、ぎょろっと見つめて、 「王師範は当所にはおられんが、しかし、あんたは、もしや史家村の史進じゃないのか」 「えっ、どうしてご存知なんで」 「なるほど、聞きしにまさる者だ。貴公のことは、もうかねがね聞いておる。また、お訊ねの王師範も知らんではない」 「失礼ながらご尊名は」 「経略府に勤務する提轄で、姓は魯《ろ》、名は達《たつ》」 「魯提轄《ろていかつ》と仰っしゃるか。いや初対面とも思われない。こりゃどうも」 「そうだ、こんな縁を、かりそめごとにしてはすまん。どうだ、茶ではつまらん。どこぞで一|献《こん》あげたいと思うが」 「ありがとうございます。しかし王師範は、いったいどこにおいでなので」 「この渭州《いしゅう》の守護は、延安府の経略使|种閣下《ちゅうかっか》のご子息が当っておられる。貴公が会いたがっている王師範は、たしか、种《ちゅう》閣下をたずねていったお方だろう。たぶん今でも延安に居るよ」 「そう伺って、ひと安心した。では、おことばに甘えて、お供いたしましょう」 「おやじ」と、魯提轄は、憲兵らしい顔をきかせて「――茶銭《ちゃだい》はおれにつけておけ」  二人は肩を並べて往来へ出た。  魯達《ろたつ》の恰幅《かっぷく》も、史進の姿も、行きかう市《いち》の群集の中では群を抜いてみえる。  行くこと数百歩、ちょっと歯の抜けたような町中の空地に、何やら真っ黒に見物人がたかっていた。  気まぐれに、二人が人の肩ごしに覗《のぞ》きこんで見ると、どうやら香具師《やし》が口上《こうじょう》を述べたてているものらしい。  香具師もいろいろだが、ここの空地でシャ嗄《が》れ声を振りしぼッていたのは、三十がらみの痩《や》せ浪人といった風な男。垢《あか》びかりした黒い袍《ほう》に幅広な平帯の房を横に垂れ、反《そ》りの強い象牙柄《ぞうげづか》の刀を佩《は》いて、半月靴《はんげつか》の足の先をやたらに右や左と交互に刎《は》ね上げ、そして喋《しゃべ》る間に水洟《みずばな》をすすッたり、時にはチンと手洟《てばな》を放って、その雄弁をふるっている。  しきりに、飛躍させているのは、足ばかりではない。左手にも右手にも一本ずつの杖を持ち、言《げん》に応じ、気合いに応《こた》え、二本の杖を、二本の傘のごとく旋《まわ》して見せた。  ――それから、めッたに大道では公開しない秘術のかずかずを今日はごらんに入れよう――といっているような口上振れの最中だった。 「や、や。こいつあ奇遇だ」  とつぜん、史進が人中で呟《つぶや》いたので、魯提轄《ろていかつ》はその大きな眼を連れの顔へもどして。 「え、奇遇。あの香具師を、貴公はどこかで知っているのか」 「知ってるどころじゃありません。少年の頃、村で棒の手ほどきをうけた打虎将《だこしょう》ノ李忠《りちゅう》です」  そのとき、香具師《やし》の李忠の方でも、気がついていた。 「やあ、坊っちゃんじゃありませんか」 「やっぱり師匠だったね。何とこれは珍らしいところで」 「師匠なんて呼ばれちゃあ赤面します。お宅《たく》さまには長い間、居候していた厄介者の李忠に過ぎない」  魯達《ろたつ》が、横から口をはさんだ。 「そんなことあ、どうだっていいや。これから飲みに行く途中だ。貴様もこいよ」 「待ってください。いま見物へ膏薬《こうやく》を配ったところだ。その銭《ぜに》を集めてから、お供をする」 「なんだい、じれッたいな。効《き》きもせぬ膏薬などを売りつけやがって。早くしろよ」 「まあ待ってくださいよ、こっちは商売、先はお客、そう手ッとり早くはいきません。なンなら、先へ行って下さい。坊っちゃんも、提轄《ていかつ》さんも」 「こらっ、見物人ども」と、魯達は、たちどころに憲兵づらを作って。「――横着顔して、すッとぼけるな。はやく香具師へ銭を投げてやらんと、ぶん殴《なぐ》るぞ」  毛の生えている魯達の拳骨《こぶし》を見ては、もうおしまいだ。銭などはビタ一文も降らず、見物の男女は、クモの子みたいに一ぺんに逃げ散ってしまった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 晨《あした》に唄《うた》い女翠蓮《めすいれん》を送って、晩霞《ばんか》に魯《ろ》憲兵も逐電《ちくてん》すること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  渭州《いしゅう》でも街なかの州橋《しゅうきょう》橋畔《きょうはん》に、潘飯店《はんはんてん》という酒楼《のみや》がある。まず魯達《ろたつ》から先に入った。 「こら。空いてるか、二階の卓《たく》は」 「オオこれは提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]さまで。よくいらっしゃいました。さ、どうぞ階上《うえ》へ」  どこへいっても、魯提轄の職権と風貌とでは恐《こわ》もて[#「もて」に傍点]ときまっている。帳場のあいそもソラ耳に、彼は史進《ししん》と李忠《りちゅう》のふたりを伴《ともな》って二階へあがり、そこの一卓を繞《めぐ》って、三人|鼎《かなえ》のごとき大腰をおろし合った。 「おい。酒を早く出せよ。それから前菜《ぜんさい》はいうまでもないが、なんでも、美味《うま》い料理《もの》をどしどし持ってこい」  卓の賑わう間を、お互いに頬杖などして、四壁《あたり》を見ると、金箔板《はくいた》の聯《れん》[#1段階小さな文字](柱懸け)[#小さな文字終わり]に朱《しゅ》を沈めた文字で、 [#ここから2字下げ] 風ハ滞《トドコオ》ル柳陰《リュウイン》太平ノ酒旗《シュキ》 酒ハホドク佳人ノムネノ縺《モツ》レ 杏花《キョウカ》アマクシテ志《ココロザシ》イマダシ シバラク高歌《コウカ》シテ酔郷ニ入ラム [#ここで字下げ終わり]  などとある対句《ついく》が読まれる。  世事の慷慨《こうがい》、他愛もない談笑、三人はすっかりいい機嫌になりいい仲になった。酒も四角《よんかく》[#1段階小さな文字](四合入りの酒瓶《しゅへい》)[#小さな文字終わり]を何度卓へ呼んだことやらわからない。――だが時折、魯提轄の神経を針で突ッつくような興醒《きょうざ》めが洩れてきた。さっきから、どこかでシクシクいっている女の啜《すす》り泣きである。彼はついに持ち前の癇癪《かんしゃく》を起し、片足で床《ゆか》をどんどんと踏み鳴らしながら呶鳴《どな》った。 「やいこらっ。給仕人」 「へい。四角《よんかく》のお代りですか」 「ばか野郎、いくら飲んだって、そばからすぐ醒《さ》めてしまうわ。なんだい隣《となり》部屋の雨だれみたいなベソベソは」 「どうもその……。あいすみません。お耳ざわりになりましたか」 「あたりまえだ。貴様にだって神経も耳もあるだろうによ。お連れしたわが輩《はい》のお客にだって相すまん。女だろ、あの泣き声は」 「酒楼《さかば》あるきの歌唄いの親娘《おやこ》なんでございますがね」 「ふウん。では貴様が弱い者いじめして泣かせやがったな」 「ご、ご冗談を。……それどころじゃなく、まだ夕方の灯にも間があるしと、隣の部屋で点心[#1段階小さな文字](菓子)[#小さな文字終わり]などをやって宥《いたわ》っておいたんですよ。すぐ追ッ払ってまいりますから」 「待て待て。貴様でさえ可哀そうだと思ってるものを、追ッ払わせて、それでわが輩の酒が美味《うま》くなるもんか。連れてこいっ、ここへ」 「かまいませんか。親父付きの娘でございますぜ」 「たわけめ。色気などじゃない」  ――油じみた境の帳《とばり》を割って、やがて連れられてきた歌唄いの父娘《おやこ》を見ると、もちろん夜の町でよく見る貧しげな流シの芸人。おやじは四ツ竹を持ち、娘は胡弓《こきゅう》を抱えている。  うす寒げな白の袗衣《うわぎ》に、紅羅《あか》い裙子《はかま》の裳《も》を曳き、白粉《おしろい》痩せは、その頬に見えるだけでなく、肩にも弱々しげな翳《かげ》がある。だが、髪にとめた安|翡翠《ひすい》の釵《かんざし》一つが、さして美人でもないこの娘の可憐さを、いとど秋の蝶のように眺めさせた。 「……やりきれんなあ、またここでも泣かれちゃあ。頼むから、泣くのだけはよせ。それよりは、何を悲しむのか、その理由《わけ》をひとつ訊《き》かせないか」 「はい……」と、娘はやっと、嗚咽《おえつ》から袂《たもと》を離した。そして、さっきからただ、詫び入るばかりだった老人とともに、 「わたくしたちは、もと開封《かいほう》東京《とうけい》の者でございますが、重い税にくるしめられて、商売もなりたたず、この渭州《いしゅう》へ流離《さすろ》うてまいりました。ところが、心あての身寄りも今はいず、旅宿住居《はたごずまい》のうえに、母も長い病患《わずらい》で亡くなる始末で、もう売る物とて何一つございません。……で、つい人様の口に乗り、さるお方の世話になったのが、そもそもこんな苛責《かしゃく》と因果にしばられる間違いだったのでございました」  と、“街のダニ”ともいうべき悪辣《あくらつ》な男の罠《わな》にかかった始末を、ようやく恟々《おどおど》と打ちあけだした。  よくある手で。――途方に暮れていた宿屋|住居《ずまい》のこの父娘《おやこ》にも、まるで地獄に仏のような親切者があらわれた。  世の中にはこんな親切なお方もあるものか、と拝むばかりに信じさせておいたところで、男は宿屋の亭主をつかって、妾《めかけ》になれと、半ば脅迫じみた話をもちかけた。ぜひなく身をまかせると、次には、家に入れて家具衣装も揃えてやろうが、それにはお前という者の体に大きな資本《もとで》をかけることだ。身代金《みのしろきん》三千貫の証文を書けという。  ところが、身は引取ってくれたものの、本妻というのは老虎のような強い女で、三月《みつき》ともたたないうちに、その家からいびり[#「いびり」に傍点]出されてしまった。それのみか、衣服一枚くれるでなし、もちろん、先に書かされた証文の金など、鐚《びた》一文もくれはしない。  あまっさえ、その後となると、こんどは男が空証文《そらしょうもん》をたてにとって「――先に渡した身代金を返せ」という強談判《こわだんぱん》だ。宿の亭主も事が嘘なのは、百も承知のくせにして、ぐる[#「ぐる」に傍点]になってか、高利の日金貸《ひがねかし》みたいに日々、父娘《おやこ》を責めたてる。しかも父娘はこうして夜な夜な渭州《いしゅう》の紅燈街に、儚《はかな》い四ツ竹と胡弓《こきゅう》を合奏《あわ》せて、露命もほそぼそ凌《しの》いでいるありさまなのに、塒《ねぐら》に帰れば、稼《かせ》ぎの七分は、まず鬼の手に搾取《さくしゅ》されてしまう始末。「……もう死ぬよりほかには」と、つい狭い心につきつめられておりました、と語るのであった。 「……ふウム。ひでえやつがあるものだな。して、おやじさん、おまえの名は。また娘御はお幾ツだえ」  魯提轄《ろていかつ》は涙もろい。ぼつ然たる憤《いきどお》りの半面では、時々、瞼《まぶた》をぱちぱちさせていた。 「はい、てまえの苗字《みょうじ》は、金《きん》と申し、娘は翠蓮《すいれん》といって、十九になりまする」 「泊っていなさる宿屋ってえのは」 「東門内の魯家《ろけ》という安旅籠《やすはたご》でございますが」 「む。あの魯家か。いや、かんじんなのは、そいつよりも、親切ごかしに人の娘を弄《もてあそ》んで、その上にもなお、おめえたちのしがねえ[#「しがねえ」に傍点]夜稼《よかせ》ぎの小銭《こぜに》まで搾《しぼ》り奪《と》ろうとしている悪どい野郎のほうだった。いったい、そン畜生は、どこのどいつだ?」 「そんなことを喋《しゃべ》ると、あとでまた、どんな恐ろしい目に会わされるかしれません」 「ばかアいえ。わが輩は州の提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]で人も知る魯達だ。恐《こわ》がらんでもいい。わが輩がついている」 「じつは、そのお方というのは、鄭《てい》の大旦那さまでございます」 「鄭の大旦那?」 「はい、状元橋《じょうげんきょう》の西詰めで、大きな肉舗《にくみせ》を構えていらっしゃる関西《かんせい》きッてのお顔ききの……」 「えっ、あの鄭か」と魯提轄は、ベッと唾《つば》でもするように唇を鳴らして「――鄭の大旦那なんてご丁寧にいうから、どいつのことかと思ったら、あの豚殺しのデブ野郎だったのか。ようし、わが輩の耳に入った以上、ただではおかん」  魯達は、連れの史進《ししん》と李忠《りちゅう》へ向って。 「お二人とも、ここで飲んでいてくださらんか。一ト走り飛んでいって、その悪党めを一ツうんと懲《こ》らしてまいるから」  史進は、彼の短気なのに、呆《あき》れ顔だった。 「まあ、明日のことにでもなすったらどうです。せっかく今日は三人|邂逅《かいこう》の愉快な鼎座《ていざ》。酒も話もまだこれからなのに」 「なるほど。それもそうか――」魯達はやっと、思い直した態で。「……じゃあ、ここでわが輩が持ち合せの五両を出す。すまないが貴公たちも、この不愍《ふびん》な酒楼《さかば》芸人のために、一|夕《せき》の歌でも唄わせたと思って、餞別《せんべつ》をやってくれんか。……それを路銀に故郷へ帰してやりたいと思うが」 「おお、よいところへお気がついた」  史進はすぐ十両出した。だが、膏薬《こうやく》売りの李忠には、ちょッと辛い。しぶしぶ二両ほど卓の上へおくのを見て、魯達は爪の先で、それをぽんと弾《はじ》き返した。 「何だ、吝《しみ》ッたれやがッて、二両ばかしとは。――まアいいや、爺《とっ》さん、十五両もありゃあ、宿屋払いをして、あとを路銀に国へ帰れようが。……あれまた、シュクシュク始めやがったぜ。よせやい、湿っぽいのはわが輩、大の禁物だと断っているじゃないか。さあさあ、これを持って今夜は流シも休み、早く宿へ帰って身始末の算段でもしておきねえ。なアに宿の亭主が何と吐《ぬ》かそうと、そんな心配は一切するな。わが輩がまた明朝、宿屋の魯家《ろけ》を覗《のぞ》いてやるからな」  これで、さっぱりしたのだろう。金|翠蓮《すいれん》父娘《おやこ》が何度も伏し拝んで立ち去った後も、三人は灯ともる頃まで、快飲していた。そして蹌踉《そうろう》と夜の街へ歩き出ると、やがて四ツ辻で、 「――ではまた、いつか会おうぜ」  と史進、李忠、魯提轄《ろていかつ》、各〻帰る先へ袂《たもと》を別った。  翌朝のことである。――魯達はもう例の憲兵服を纏《まと》った偉躯《いく》を場末町にあらわして、安旅籠《やすはたご》の魯家の入口に立っていた。  見ると、軒下の手押し車に、小さい荷梱《にごり》や食器|籠《かご》やボロを包んだ一世帯が、積んである。「さては翠蓮|父娘《おやこ》が旅立ちの荷物だな」と、何か安心されたのもつかの間で、奥の方から亭主の喚《わめ》き声につづいて、翠蓮父娘の詫《わ》び声やら悲鳴などがガタガタ聞え出した。 「おいっ、金《きん》の父娘《おやこ》、なにしとるか。早く出かけろ、出かけろ」  魯達の声を外に聞くと、宿屋の亭主が飛びだしてきて、こんどは彼に食ッてかかった。「翠蓮には貸金の証文がある。その取立てを鄭《てい》旦那から依頼されているのに、このまま旅立たれてたまるものか。それともお前さんが代ッて三千貫をここできれいに払うとでもいうンですかい」と、血相もえらい凄《すご》文句である。 「ふざけるなッ、きさまも吸血鬼の一匹だな。このヤブ蚊《か》野郎」  靴を高く上げて、彼の胸いたを蹴るや、軽くやったつもりだったが、亭主の体は毬《まり》になって三ツ四ツ転がった。 「……ち、畜生っ」と起きあがってくるのを、二度目の靴先が、さらに一|蹴《しゅう》を与えると、亭主の影の見失われた溝《どぶ》から黒い泥飛沫《どろしぶき》がたかくあがった。 「この提轄《ていかつ》め、よくも家《うち》の旦那を溝に叩ッ込みゃあがったな」  ここに飼われている若い者の一人とみえる。けなげにも薪《まき》を持って撲りかかってきた。魯達は身もかわさず、その男のどこかをつかんだ。あッという声が宙をかすめたと思うと、男の体は廂《ひさし》の上に抛《ほう》り上げられ、廂を破って、どたんと大地へ回《かえ》ってきた。 「さあ、翠蓮も爺《とっ》さんも、早く手車を押してここを立て。何をぶるぶる慄《ふる》えているのか。わが輩がここで見送ってやる。かまわんかまわん、旅へ急げ」  ――あと振り返り振り返り、朝霧の中を、渭州《いしゅう》の場末から立ち退《の》いていく父娘《おやこ》の姿へ、魯達《ろたつ》もちょっと大きな手を振って見せた。そして彼自身はまた、やがて場末の辻から繁華な大通りのほうへ鈍々《どんどん》として歩きだしていた。 「おうっ、大将。いつも繁昌だな。肉の上等なとこを、十|斤《きん》、賽《さい》の目に切ってくれんか」  状元橋《じょうげんきょう》の橋だもと。精肉|卸《おろし》売小売と見える大きな店のうちへ、ずっと入っていった魯達は、そこの椅子《いす》の一つへ、でんと腰をおろした。そして十人からの店員が立ち働いている肉切り台だの、その後ろに吊《つ》ってある沢山な丸裸の豚だの、またそれとよく似ている主人の鄭《てい》が何か筆を持って屈《かが》みこんでいた帳場の辺までを、ジロと大きな眼で睨《ね》めまわした。 「ようっ、これは提轄《ていかつ》さまで」と、鄭は彼と見たので如才なく帳場を離れ――「おめずらしいじゃござんせんか。直々の御用なんてえのは」 「ベチャクチャいってくれんでもいい。今日はわが輩の主君、种経略使《ちゅうけいりゃくし》[#1段階小さな文字](种は名、経略は外夷防寨の城主)[#小さな文字終わり]の若殿のおやしきでご招待があるんだ。脂身《あぶらみ》などはちッとも交《ま》じらんとこを切れよ」 「かしこまりました。ヘイ、賽《さい》の目にね。おいよ店の衆、十|斤《きん》がとこ、極く上々《じょうじょう》を急いで」 「おっと待て。きさまあ肉屋の主人じゃないか。関西五路《かんせいごろ》の顔役とか何とかいわれて、こんな羽振りと繁昌を見ているのも、当地のご守護种《ちゅう》若殿のおひきたてによるものとは思わんか。自分で切れ」 「こいつアおそれ入りました。まったく、こんな時こそ、ひとつせいぜい……」と、鄭はさっそく、自身、肉切り台の前に立った。そして、さすが手練《てな》れた大きな肉切り包丁を鮮やかに使って見せ、肉も吟味に吟味して、やっとのこと、 「どうも、お待たせ申しあげました」  と、大きな蓮《はす》の葉にくるんで差しだした。魯達は、うなずいて。 「そこへ置け。次には脂身《あぶらみ》ばかりのとこを、もう十斤」 「へえ。脂身ばかしなんて、何になさるんで」 「よけいな詮索《せんさく》するな。それも賽《さい》の目だぞ」 「むずかしいなあ。が、ようがす」  また小半刻《こはんとき》もかかって、鄭がこれをも、包んで出すと、今度は豚の軟骨ばかりを十斤、同様に切れと魯達が命じた。  これには鄭も、むっとした顔つきだったが、笑いに紛《まぎ》らして。 「旦那あ、人が悪いや。お嬲《なぶ》ンなすっちゃいけやせんぜ」 「洒落《しゃれ》たことをぬかすな。自体、きさまの面《つら》は嬲《なぶ》りものにできとるじゃないか」 「何をっ」と、鄭《てい》のこめかみに、太い青筋がムラッと燃えあがった。「――おい、もう一ぺんいってみな。州の提轄だと思えばこそ、さっきから虫を怺《こら》えていたんだぞ」 「そうか。わが輩もきさまが本性をむきだすのを待っていたんだ。もう一皮むいてみせろ」  いうやいな魯達は、蓮《はす》の葉包みの二た包みの肉を、ばっと鄭の顔へ投げつけた。肉の雨を浴びたとたんに、鄭《てい》も鋭利な骨削《ほねけず》り包丁を持って、肉切り台を躍りこえ、 「うぬ。やりゃあがったな」  一|閃《せん》、ずんぐり丸い巨体を低めて、魯達のふところへ体当りしてきた。  ぴしゃッと、大きな響きがしたのは、魯達の平手が瞬前に彼の横顔をはたきつけたものらしい。よろっと、泳ぎかけるその弱腰へ、もひとつ、 「今日の相手は、ちと違うぞ。この豚めが」  蹴足をくれて、店先から街上へ吹ッ飛ばした。  鄭は火の玉になって起き上がる。だが、立つやいな魯達の鉄拳《てっけん》に眼じりを一つ見舞われて「げふっ」と奇妙な叫びをもらした。――ところは状元橋《じょうげんきょう》の目抜き通り、たちまちまっ黒な見物人の弥次《やじ》声が周《まわ》りをつつむ。関西五路《かんせいごろ》の顔役としては、いまさら、逃げもできなかろう。執念ぶかく魯達の大腰にしがみついて離れない。 「ええい街のダニめ。よくも憐《あわ》れな歌唱いの父娘《おやこ》を、骨の髄《ずい》までしゃぶりやがったな。この味はその利息だ」  振りほどいて突き上げた鉄拳は、鄭の顎《あご》を砕いたとみえ、仰向けにぶったおれた顔は血を噴いて、完全に伸びてしまったようすである。 「ざまア見さらせ」と、魯達はなおも彼の胸いたを踏ンづけて見得《みえ》を切ったが、鄭の反抗はそれきりだった。ひょいと見ると、片眼は眼窩《がんか》から流れ出し、歯は舌を噛んでいる。「……しまった、こいつはいけねえ、死んじまった」  魯達は、ちょっと後悔の色を見せた。そしてすぐ見物の群れを割って去りかけたが、一|顧《こ》するや、わざと後ろへこんな捨て言葉を抛《なげう》った。 「ち。口ほどもねえ空つかいめ。くたばった振りなどしやがって」  ――状元橋を渡るやいな、彼の歩速はだんだん早くなっていた。「つい、大変なことをしてしまった。人民の安寧《あんねい》を守る提轄《ていかつ》が、人民を撲り殺した。こいつは、ただですむはずはない」と、心中の自責に追ッかけられている風だ。  彼は、自分の下宿へ帰るやいな、そそくさと持ち物や小費銀《こづかいがね》をふところにし、その月の下宿代だけを部屋に残して、ぷいとどこへやら飛びだした。手には一|振《しん》の棒をかいこみ、斉天大聖《せいてんたいせい》孫悟空《そんごくう》が、雲を翔《か》けるにさながらの態《てい》だった。  時もあらせず同日の午後には、州の王観察《おうかんさつ》なる役人が、同心捕手あまたを連れてここの下宿屋へ殺到したが、すでに魯提轄《ろていかつ》は風を食らってしまったあと。  さはいえ五路《ごろ》の顔役、鄭の遺族や乾分《こぶん》には財力もある暴力もある。また旅籠《はたご》の魯家からも、同時に大げさな訴えが州役署へ出されていた。当然、府尹《ふいん》もこれは捨ておけなかった。――逃亡した提轄《ていかつ》魯達にたいしては、天下の随所《ずいしょ》、いついかなる土地なりと、見つけ次第に逮捕《たいほ》処分構いなし、の令が出された。わけて特徴いちじるしい彼の風貌|背丈《せたけ》などの詳細な人相書がともに諸県へわたって配付されたのはいうまでもない。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 蘭花《らんか》の瞼《まぶた》は恩人に会って涙《なんだ》し、 五台山の剃刀《かみそり》は魯《ろ》を坊主とすること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  食う箸《はし》には腕力の要がない。豪傑も案外、職を失うと世間に弱い。逐電《ちくてん》の後の魯達《ろたつ》は、野に伏し山に寝《い》ね、今は、空き腹も馴れッ子のような姿だった。  漂泊《さすら》うことも幾月か。彼の姿はほどなくここ代州《たいしゅう》雁門県《がんもんけん》[#1段階小さな文字](山西省北部)[#小さな文字終わり]の街中に見出される。街は周《しゅう》八|支里《しり》の城壁にめぐらされ、雁門山《がんもんさん》に拠《よ》る雁門|関《かん》は、つねに、北狄《ほくてき》の侵略にそなえていた。しかも古来たびたび、匈奴《きょうど》の南下に侵された歴史の古い痍跡《きずあと》は、今とて、どこかここの繁華に哀しい陰翳《いんえい》を消していない。 「おや、ここでもまた、掲示に人だかりがしてやがる。この辺まで落ちてくれば、もう、よもやと思っていたのになあ」  辻の人混みにまじって、魯達は暢気《のんき》そうに、逮捕《たいほ》告示と、自分の人相書を眺めていた。 [#ここから2字下げ] ――代州|雁門《ガンモン》県署、コレヲ告示ス。 渭州《イシュウ》ニオケル殺人犯ノ軍籍者、提轄《テイカツ》魯達ナル凶徒、コノ地方ニ立廻ラバ即刻、官ヘ[#「官ヘ」は底本では「官へ」]速報スベシ。庇護《ヒゴ》行為ノ者ハ同罪タルベシ。モシ又、上告ノ善ヲ為《ナ》スアラバ、即チ、賞一千貫|文《モン》ヲ降《クダ》サルル者也 [#ここで字下げ終わり]  魯達のすぐ耳のそばで、声を出して読んでいる男や、杖の上に白髯《はくぜん》の顎《あご》を乗せている老翁や、心|憶《おぼ》えに筆写している書生風なのや、女や労働者や物売りやら、なんとも雑多な陽溜《ひだま》りの匂《にお》いが蒸《む》れ立っている。  それを他人《ひと》事みたいな顔で眺めていた魯達は、 「……お、おい。なにをするんだ、なにを」  しきりに、自分の袂《たもと》を引ッ張る後ろの老爺《ろうや》を振り向いて、眼にかどを立てたが、 「おや、おぬしは翠蓮《すいれん》の」 「しっ。……ま、こちらへ」  老爺は遮《しゃ》二|無《む》二、彼を人なき所まで引っ張っていった。そしてさて、大きな吐息を一つあらためてほっとついた。 「さっきから、よう似たお方と見ていたら、やはり恩人の魯達さまでございましたな。てもまあ、なんたる大胆な……」 「おや金《きん》の爺《とっ》さんだったのか。こいつあ意外だ。故郷《くに》へ帰ったものとばかり思ってたら」 「じつはあれからの旅路で、この地方の趙《ちょう》と仰っしゃる分限者《ぶげんしゃ》に行き会い、その方のお情けに囲われて、今では娘の翠蓮も、この土地で一戸を持っておりますので」 「オイオイ。また口のうまい豚野郎に、ころりといかれているんじゃないか」 「いえもう恩人さま。その人は鄭《てい》などと違って真面目《まじめ》なお方。翠蓮もあなたのお蔭だと朝夕口癖のように申しております。何よりは今の暮しを見ていただくのが一番。さ、どうぞおいでくださいまし」 「ど、どこへ連れていくんだわが輩を。……なに妾宅。そいつア苦手だナ」 「ま、そう仰っしゃらずに」と、金老爺《きんろうや》は無理に娘の家へ伴《ともな》って帰った。それと聞いて、奥から走りでた金|翠蓮《すいれん》が、 「まあ。……魯達《ろたつ》さま」  と、蘭花《らんか》の瞼《まぶた》にすぐ涙をうかべ、この零落《れいらく》の恩人を遇《ぐう》するに、細やかな心かぎりを見せたのはいうまでもない。 「ともあれ、お湯浴《ゆあ》みでも」  と風呂をすすめ、その間に、下男女中を督《とく》して、鮮魚、若鶏《わかどり》、酢《す》の物などの手早い料理、さて杯やら銀の酒瓶《ちろり》やら、盆果《ぼんか》、点心《てんしん》[#1段階小さな文字](菓子)[#小さな文字終わり]なども取揃えて、席も卓の上席にあがめ。 「さ、どうぞお一杯《ひとつ》。そして心からおくつろぎくださいまして」 「眼が眩《くら》みそうなご馳走だな。どうも近頃のわが輩には、もったいない」 「恩人さまに、こんな流浪のお苦しみをかけたのも、思えば全く私ども父娘《おやこ》のためで」 「よしてもらいたいな、いちいち恩人さま恩人さまといわれちゃあ、なんだか酒も美味《うま》くなくなるじゃないか」 「はいはい。もう申しませんが、もひとつだけ、いわせていただきます。あれ以来は、紅紙《べにがみ》のお牌《ふだ》にお名前をしるし、朝夕お線香を上げて娘と拝んでおりました。ですから今日のご縁も、神仏の巡り合わせと思わずにおられません。のう翠蓮、おまえもこんな欣《うれ》しいことはあるまい」 「なんといっていいんでしょう。私はもう、何だか、泣けて泣けて……」 「こりゃあいかん。お志は万々うれしいが、翠蓮のシュクシュクだけは、わが輩、ご馳走にいただきかねる」 「ま、ごめんなさい。ほんに涙はお嫌いでございましたのにね。もう欣《うれ》し泣きもいたしませんから、陽気にお過ごしあそばして」  ところが、やがて黄昏《たそが》れ近い頃、戸外《そと》でがやがや人騒ぎが聞えだした。風の音にも心をおく身、魯達が窓から下をさし覗《のぞ》くと、手に手に棍棒などを持った若者二、三十人をひき連れて、馬に乗った長者《ちょうじゃ》風の一人物が、しきりと妾宅の内外《うちそと》を窺《うかが》っている。 「来たな」と、でも直覚したのか、魯達が裏屋根へ躍りでようとしたので、金|老爺《ろうや》はあわててその腰帯をつかまえた。 「魯達さま、お待ちください。外へ来たのは、翠蓮がお世話になっている趙家《ちょうけ》のお主《あるじ》でございます。趙《ちょう》の長者も、かねがね娘の話を聞いて、いたくあなたさまの義侠に感じておいでだったのに、なにか勘違いでもなすったに違いございません。ま、ちょっとこの老爺《ろうや》がわけをお告げしてまいりますから」  あたふたと、金《きん》は階下へ馳け下りていった。ほどなく、事は氷解したものとみえ、若者たちは追い返され、趙の長者一名だけが、老爺に伴《ともな》われて上がってきた。 「はははは。どうも変な気を廻して、とんだご無礼におよぶところでした。わしが翠蓮を世話しておる趙という者ですが、そこもとがかねて聞きおよぶ魯達どのか」 「いや、お互い危ないところだった。いかにもわが輩が提轄《ていかつ》くずれの魯達です。どうもお留守ちゅうにうかがって」 「なんのなんの。事、さように分ったらこれも一つの奇縁。翠蓮、こよいはお前の恩人を交じえて大いに楽しく飲もう。酒肴《さけさかな》もすっかり新たにかえるがいい」  長者の風《ふう》というか、趙《ちょう》は五十年配だが頗る大容《おおよう》な人柄に見える。あるいは義心の人に報ゆるに義心をもって接しようと努めているのかもわからない。灯は闌《た》けて酒興も酣《たけなわ》に入ると、 「どうです、魯達どの。こんな街中では気もゆるせません。ひとつ私の田舎へきて、ゆっくりご逗留《とうりゅう》なさいませぬか」 「かたじけない。して田舎のお屋敷というのは」 「わずか十里の郊外、七|宝《ほう》村《そん》と申す静かなところですが」 「なんらのあて[#「あて」に傍点]もない身空《みそら》。甘えるようだが、そいつは一つご厄介をねがおうか」  この話には、翠蓮|父娘《おやこ》もわがことのようによろこんだ。かくて趙の長者と馬を並べて、魯達が山紫水明な七宝村へ入ったのは次の日のことだった。  長者の邸は富に飽《あ》かせたものである。魯達には窮屈なほど下へもおかない。彼の恐縮を、趙は笑って、 「なにもそうお固くなるにはおよびませんよ。四海みな兄弟という言葉がある」  げにもそうだが、世間はそうではない。余り長居も――と十日目ごろには暇乞《いとまご》いをと思っていると、その晩の酒宴で、趙がこんな相談の口をきりだした。 「へんなおすすめだが、これも宿世《すくせ》の約束ごとやらも知れぬ。……とお考えなすって、ひとつ僧籍にお入りになってみるお気持はありませんか」 「えっ坊主に。……これは驚いた、わが輩に坊主になれと勧めたのは、ご主人、貴公が初めてだな。元来、みじんの仏性もないわが輩に」 「無理にともおすすめできませんが、じつは先日、あなたを怪しんで、街の若者をかたらい、翠蓮の家の前へ押しかけさせたため、あれが噂の因《もと》になって、その後ちらちら油断のならぬ風説を巷《ちまた》で耳にいたします。万一があってはと、私もひそかに自責を覚えておるものですから」 「いや、この上ご迷惑をかけては、魯達こそ申しわけない。すぐにも退散するとしよう」 「いやいや。その前に、いま申した僧侶に転化《てんか》する生き方もあるということを、ここでご一考なすってみては、どんなものかな。……もしお気があるなら万端の手続き費用、また五|花《か》ノ度牒《どちょう》[#1段階小さな文字](官印のある僧籍免許状)[#小さな文字終わり]などもさっそく調《ととの》えるが」 「いったい、寺入りするといえば、どこの寺へなので」 「ここより三十里|彼方《かなた》に、五|台《だい》山《さん》という名山がある。一山の大道場は文殊院《もんじゅいん》といって、結構《けっこう》壮麗、七堂の伽藍《がらん》と多宝塔《たほうとう》の美は翠色に映《は》え、七百の出家たちの上にある碩学《せきがく》は智真《ちしん》長老といって、私とは兄弟分ともいえる仲でして」 「ほ。なんだか悪くない気もしてくるな」 「しかも、父祖代々からの大檀越《おおだんおつ》でもあり、寺の造立《ぞうりゅう》や行事には、寄進はもちろん、なにごとにも座主《ざす》の相談にあずかっておる次第。ただひとつ、願望として欠けているのは、わが家から有縁《うえん》の一僧も寺籍に加わっていないことだけです。どうでしょうな、魯達どの」 「やってみるか、ひとつ」 「はははは。やってみるでは困りますがね」 「いや、発心《ほっしん》しよう。この辺で魯達《ろたつ》も大人しく人なみに返れという亡母亡父のおさとしかも知れん。お願い申すといたしましょう」  彼にとっては一大転機にちがいない。ちょっと淋しげな顔もしたが、話はきまった。  なにかの準備に、数日は要した。さて入寺《にゅうじ》登山の日となれば、二|挺《ちょう》の山轎《やまかご》の荷持ちの男どもが五台山へさしていった。すでに一山の長老や僧衆とも、得度《とくど》の式、贈物《ぞうもつ》の施入《せにゅう》、あとの祝いなど、諸事しめし合せはついている。  轎《かご》は山僧大列の中を通って、方丈の前で降り、まず、喫茶《きっさ》一|碗《わん》の施《せ》を拝し裏の井泉《せいせん》で垢穢《くえ》を洗う。……ほどなく梵鐘《ぼんしょう》いんいんと鳴る中を導師《どうし》に引かれて、長い廊をうねり曲がり、三尊の灯華《ちょうか》おごそかな本堂へ進む。  見ると、一つの禅椅《ぜんい》[#1段階小さな文字](寺|椅子《いす》)[#小さな文字終わり]が空《あ》いていたので、魯達は澄ましこんでそれに腰かけた。すると趙《ちょう》の長者は、大いにまごついて、坐りかけた身を起し、禅椅に倚《よ》っている魯達のそばへきて、彼の耳へ口をよせてささやいた。 「あなたは、ここへきて出家を願う身、一山の長老と差し向って腰かけたりしてはなりませんよ」 「あ。なるほど」  魯達は後へ退がって、長者の趙とともに、新入生のように立った。  正面には長老、首座《しゅそ》、以下順に東西二列となって、紫金紅金《しきんこうきん》の袈裟《けさ》光りもまばゆく立ち流れて見えたのは、維那《いの》、侍者《じしゃ》、監寺《かんす》、都寺《つうす》、知客《しか》、書記らの役僧たちか。――いずれも大きく口を結び、眸を澄まし、見るがごとく、見ぬがごとく、新入りの魯達をひそかに凝視の態《てい》だったが、どの顔つきにも「……はてな?」と、いいたげな怪訝《いぶか》りが甲乙なく漂《ただよ》っていた。  そうした心のうちで、誰も彼もが密かに思うらく。「……どう眺めても、いかにもぶっそうな人相だな」「あれで出家|発心《ほっしん》とは?」「……趙檀越《ちょうだんおつ》のご推薦だが、あの気味わるい居ずまいの不遜《ふそん》さといったらない」「……だが、長老もおひきうけとあれば」などと、声なきものも、自然、並いる姿の目鼻には妙な微風となって現われずにいなかった。だが、どこ風吹くかの魯達は、この森厳《しんげん》さと山冷えに、嚔《くさめ》でも覚えてきたか、しきりと鼻に皺《しわ》をよせて、鼻をもぐもぐさせていた。  なにを感じ入ってしまったのか、まるで棒を呑んだように魯達は直立のままでいる。趙の長者はふと気づいて、また隣の袂《たもと》をそッと引っ張って注意をあたえた。 「合掌《がっしょう》です……合掌|作礼《さらい》しなければいけませんよ。あなたのために、いよいよ上人《しょうにん》さまが、お剃刀《かみそり》の式をとるのですから」 「あ、そうなんで?」  魯達も慌《あわ》てて掌《て》を合せる。――見れば長老の上人は、払子《ほっす》を払って、やおら禅椅《ぜんい》に倚《かか》った様子。大|香炉《こうろ》は薫々《くんくん》たる龍煙《りゅうえん》を吐き、この日長者が供えたお香料《こうりょう》の銀子《ぎんす》、織物、その他の目録にまずうやうやしく敬礼《きょうらい》をほどこす。そこで咳《がい》一|声《せい》、魯達が発心《ほっしん》による出家|得度《とくど》の願文を高々と読む。  ……終ると、香煙の渦の中にある上人《しょうにん》の顔は、そのままいつのまにやら定《じょう》に入ったすがただった。膝に印《いん》を結び、趺坐瞑目《ふざめいもく》することしばらく、やがてのこと、何かが憑《の》り移ったようにこういった。 「――善哉《よいかな》、善哉。この漢《おとこ》はこれ、天の一|星《せい》につらなる宿性《しゅくせい》。元の心は剛にして直なり。粗暴乱行はしばし軌道を得ざるがためのみ。ゆくゆくは悟りに会《あ》って、非凡の往生、必ずや待つあらん。……喝《か》ッ」  とたんに、法鼓《ほうこ》がとどろき、再びの梵鐘《ぼんしょう》が鳴ると、二人の稚子僧《ちごそう》が進んできて、魯達のかぶっている帽子をとらせ、彼の手をとって上人の法座の下へ、ひざまずかせた。  役僧の維那《いの》が、お剃刀《かみそり》を持って立つ。侍者《じしゃ》は耳盥《みみだらい》を捧げ、都寺《つうす》は櫛《くし》をとって、魯達の髪の毛を九|筋《すじ》に梳《す》いて束《つか》ね分ける。……剃刀はジャリジャリと、彼の横びんから頂天の方へお月さまでも描くように剃《そ》り上げてゆく。 「……?」  魯達はへんな気持ちである。自分の容貌がどんな珍しいものに変ったろうかと気味わるかった。が、頭が急に寒々と剃り終って、その剃刀が髯《ひげ》のところへくると、彼は慌てた。 「あ。待ってくれい。ここらは、ちッとぐらい残しといておくんなさいよ」  衆僧は、どっと笑う。――それを鎮《しず》めるように、法座の智真《ちしん》上人が、大喝《だいかつ》で偈《げ》をとなえた。 「――寸草《スンソウ》留《トド》メズ、六|根《コン》清浄《ショウジョウ》ナリ。汝ノタメ剃ッテ除キ、争競《ソウキョウ》ヲ免《マヌ》ガレ得《エ》セシム。……咄《ト》ツ、ミナ剃リ落セ」  魯達はもうベソもかけない。ここで首座《しゅそ》は、長者に代って九花の度牒《どちょう》を法座にささげ、新発意《しんぼち》魯達のために、願わくば“法名”を与えたまえと請《こ》う。  上人は、おごそかにまた、次の一|偈《げ》をくだして、度牒を書記にわたし、書記は筆を取って「法名」をそれに書きこむ。偈《げ》にいわく。 [#ここから2字下げ] 霊光《れいこう》一点    価値《かち》千|金《きん》 仏法広大    賜名智深《ちしんとなをたもう》 [#ここで字下げ終わり]  すなわち、新発意の僧名は“智深《ちしん》”と名づけられたのだ。――書記からその度牒を手渡されると、これで彼も形だけは出家|並《なみ》の一人となったわけである。それから、長老は、彼の青いテラテラな頭上へ手をのせて“戒《かい》”を授けた。 「一に仏法に帰依《きえ》、二に正法《しょうぼう》に帰奉《きほう》、三に師友に帰敬。これを三|帰《き》という。……次の五戒とは、殺生、偸盗《ぬすみ》、邪淫、貪酒《どんしゅ》、妄語のことじゃ。守るか」 「はい。守ります」  魯智深《ろちしん》が答えると、なぜかまわりでまた笑った。禅の宗門では、ただ「応《おう》」とか「否」とか一語で答えるのが作法だからで、智深はことごとに顔を赤くするばかりだった。  晩には雲堂《うんどう》で大饗《たいきょう》[#1段階小さな文字](斎《とき》の馳走)[#小さな文字終わり]が行われた。趙の長者から祝いの品々や心づけが端から端まで配られた。――こうして長者は、翌日、下山にさいして、魯智深を一人、選仏場《せんぶつじょう》の木蔭へ呼んで、しんみりと言い残した。 「馴れぬ生活で、初めのほどはお辛いでしょうが、どうかみッしり修行して下さいよ。長老にも、くれぐれお願いしてありますから」 「どうも、えらい厄介《やっかい》になりましたな。が、ご安心してください。もうこの頭では、生れ変って大人しくなるしかありません」  と、彼は青い頭を叩いてみせた。  だが、趙の山轎《やまかご》を見送って、叢林《そうりん》の一房に帰ってくると、彼はもう長者の言も忘れ顔に、ごろりと仰向けに寝ころんでいた。  すると、禅床《ぜんしょう》で修行中の二、三名が覗《のぞ》きにきて。 「おい、新発意《しんぼち》。なぜ坐禅でもしないのか」  むくむくと身をもたげると、魯智深《ろちしん》の方こそ、なんとも不審そうに、両手で頬杖したままいう。 「三|帰《き》のうちにも、五戒の中にも、寝ころんじゃいけないという“戒《かい》”はなかったぜ」  修行僧は呆れて、首座《しゅそ》に訴えたが、首座も手がつけられないとみたか。 「いや、あの方外人《ほうがいじん》は、長老にいわせると、なんでも天の一星の宿性をうけた者とかであるそうな。当分はまあ放《ほ》ッといてみるしかあるまい」  智深の起居は、まるでところを得た猛獣のようなものである。誰も干渉の仕手がないのをいい気にして、眠れば雷のごときいびき、醒《さ》むれば、仏殿の裏、浄林《じょうりん》の蔭、ところ嫌わず放尿《ほうにょう》もするといった態《てい》たらく。  ――かくて早くも五台山の夏から秋の四、五ヵ月も過ぎ、季《とき》は紅葉の燃ゆる晩秋の頃となった。  なんとなく里恋しく、魯智深は墨染《すみぞめ》の衣に紺の腰帯《ようたい》をむすび、僧鞋《くつ》を新たにして、ぶらと文殊院《もんじゅいん》から麓道《ふもと》のほうへ降りていった。 「……はてな。こいつはたまらぬぞ。ぷウんと、久しく忘れていた香が、どこからともなく風にのってくるが?」  それは秋草の花の香ならぬ酒の匂いだった。  数歩のうちに、下のほうから一|荷《か》の酒桶をかついで登ってくる男が見えた。魯智深は、はからずも巡り会った恋人にでも引かれるように、 「おい、ちょっと待った」  と、男の担《にな》い棒へ手をかけて押しとどめた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 百花の刺青《いれずみ》は紅《くれない》の肌に燃え、 魯《ろ》和尚の大酔に一山《いっさん》もゆるぐ事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  荷担棒《にないぼう》の酒桶は、男の肩の両端でブランと揺れた。もちろんフタの隙からこぼれ出た少しの酒が男の膝や地へ沁みこんで芳醇な香をふんだんに放ったのはいうまでもない。 「あっ。も、もったいねえ」  抑《おさ》えていた棒先の片手をそのままに、魯智深《ろちしん》がこぼれた酒を鼻で追っていくような恰好を見せたので、酒屋男はなおぎょっとして怪しんだ。 「な、なんでござんすか、お坊さま。いったいなんの御用でてまえをお留めなすッたんで?」 「酒だろう桶の中は。どうも、たいした酒だな。どこへ持っていくんだ」 「山上の仁王門にご修理がございますので、そこに泊りこみで働いている塗師《ぬし》、瓦師《かわらし》、仏師《ぶっし》などの職人方へ売りにいきますんで」 「ふウむ……」と、智深は絶えず鼻うごめ[#「うごめ」に傍点]かせながら「畜生。うまくやってやがるなあ」  ――そこで彼はもう一言《ひとこと》、おれにもそれを売ってくれい、と喉《のど》の辺までは出しかけたが、ぐっと唾《つば》をのむ音をさせて。 「どうも坊主はまことに不便だな。が、まあ……出家の身だ、死んだと思ってあきらめようかい。……やい酒屋」 「へい」 「こぼさずに担《かつ》いでいけよ。石コロ坂に飲ませたって、坂道がいい色になって嬉しがりはせんぜ」 「どうもご親切さまに」 「ふざけるな、わが輩は泣きてえんだ。いまいましい奴に出ッくわしたわえ。早く行ッちまえ」  眼をつむって、そこは大股に馳け去った。そしてやがてのこと。麓《ふもと》の明媚《めいび》な風光が展《ひら》かれてきたと思うと、また下のほうから、いとものどかな鼻唄調子が聞えてきた。  この辺は、漢《かん》の高祖《こうそ》が楚《そ》の大軍をやぶった古戦場である。またかの有名な項羽《こうう》と虞美人《ぐびじん》が最期の悲涙を濡らして相|擁《よう》した烏江《うこう》の夜陣《やじん》のあとも近い。だから附近の牧童や里人《さとびと》も今にそれを俚謡《りよう》として歌う。 [#ここから2字下げ] 九里|山《さん》の草木は知ってるとサ、戦場のあとだとサ おらも拾ったよ、サビ刀、土になった槍 烏江《うこう》の水は風に捲かれて、アレ見せる 虞姫《ぐき》と項羽《こうう》の、別れともない身もだえを [#ここで字下げ終わり] 「おや、また何か担いできやがったぞ。ほほう。やってくるのはまたぞろ酒屋男だわえ。どうも今日はよくよく運の悪い日とみえるな」  おそらく、うさん臭い大坊主と先に恐れたのだろう、酒屋男は鼻唄をぷつんとやめた。そっとスレ違おうとしたのである。だが、あいにくな山坂である。ばしゃッと桶のうちから少し揺りこぼしたからたまらない。魯智深はぐらっと目眩《めまい》にくるまれて。 「おッと、と、と、と。……こら待て酒屋、どうも貴様は不量見なやつだな。なぜこぼす」 「ど、どうかご勘弁のほどを。……お法衣《ころも》でも穢《けが》しましたか」 「うんにゃ、さに非ず。穢されたいのだ。その桶の酒をわが輩に売れい」 「めッそうもない。沙門《しゃもん》のお方に酒を売るのは御本山の法度《はっと》なんで、そんなことしたら、てまえはこの土地に住めなくなります」 「かまわん。もう我慢ならぬ」 「かまわんたって、こっちには妻子もおりまする。お売りするわけにゆきません」 「えい、七面倒な」 「あ痛ッ」  軽くやったつもりだが、酒屋男は天秤棒《てんびんぼう》から肩をはずして、もんどり打ッた。  一|荷《か》は倒れ、一荷は無事だった。――智深はあわてて倒れた桶から先に救いあげ、また一方も持って、軽いのと重い桶とを、両手に引ッ提げたまま彼方《かなた》の見晴し台の亭《ちん》へ走りこんだ。 「ほうれ、値《あたい》はとらすぞ」  何を投げたのか、腰をさすッている酒屋男のほうへ、物代《ものしろ》をほうるが早いか、彼はもう桶のフタをとっていた。そして渇《かわ》いた巨獣が流れに鼻を沈めるような姿で、がぼ……がぼ……がぼ……。  ぷるん、と時折、首を上げて舌なめずりをし、顔を横に顎《あご》の雫《しずく》を振って切る。 「う、うっ。たまらぬ」  重いほうの桶は、まず片づけた。さすがに少し骨が折れるらしい。 「てへへへ。まだ底に残っておるな。ようしっ」  墨染《すみぞめ》の法衣《ころも》を刎《は》ねて、諸肌《もろはだ》ぬげば、ぱッと酒気に紅《くれない》を染めた智深が七尺のりゅうりゅうたる筋肉の背には、渭水《いすい》の刺青師《ほりものし》が百日かけて彫ったという百花鳥のいれずみが、春らんまんを、ここに集めたかのように燃えていた。 「……ううい。ああ、なんとよい眺めだ、絶景絶景。腹の虫も雀踊《こおど》りしおるわ。……待て待て、まだまいるぞ」  軽いほうの桶の耳を両手でつかんだ。毛の生えている丹田《たんでん》[#1段階小さな文字](下腹)[#小さな文字終わり]がぐうっとそッくり返ったと思うと、桶の中から滝を呑むように飲みだした。もちろん、その何分の一かは、あだかも岩肌を伝う小さい渓水《たにみず》みたいに彼の胸毛や法衣《ころも》をビシャビシャにして地に吸われている。 「むむ、これで、まずご満足、ご満足――」と、智深はたちまち混沌たる愉快にくるまれてきたらしい。天地万物、すべて我れのためにあるかのような心地とみえる。ふと、ころがッている足もとの酒桶を、つくづくと見すえて、 「……はてさて、貴さまも空ッぽになってみるとつまらんやつだな。智深和尚の引導《いんどう》を、せめてこの世の冥加《みょうが》と思えや。喝《か》ッ」  と、麓へ向って二つとも蹴放った。一個は空天に躍って森へ沈み、一個はすぐ下にいた牛の群れの中に落ちた。びっくりした牛が跳び別れて、やがて後から、のろまな啼き声が長く聞えた。智深は手をたたいてうち笑い、蹌々踉々《そうそうろうろう》、どろんこになって、ほどなく五台山へもどってきた。 「ちイ、このなめくじ野郎め、な、な、なんでこの魯智深《ろちしん》を、通さんとぬかすのか」 「とんでもない仏弟子《ぶつでし》だ。こら智深、ここは山門だぞ、山門だぞよ」 「なアるほど、文殊院五台山の山門らしい」 「葷酒《クンシュ》山門ニ入ルヲ許サズ。とそこにそんな大きな制札も立ってある。もし破戒飲酒の僧あらば、青竹で四十|打《ぶ》ッ叩いて寺域追放の掟《おきて》だぞ」 「おもしれえ。ちょうど按摩《あんま》代りになる。おい番僧、いっちょうやってくれい」  ところへ、騒ぎを聞きつけて、監寺《かんす》、提点《ていてん》、蔵主《ぞうす》、浴主《よくす》などの役僧などから、工事場の諸職まで、まっ黒になって様子を見にきた。たちまち門の番僧らと一つになって、 「やあ言語道断。破戒堕落の外道《げどう》など、一歩も不浄者を入れることはならんぞ、水でも浴びせろ」  とばかり智深を拒《こば》んで、その大きな図《ず》ウ体《たい》を突きもどし、さらに山門前の石段へ突きころがした。  さあたまらない。「――やったな」と智深は四つン這いになって上を睨《ね》めあげた。一段一段、大象《だいぞう》のようにゆっくり登ってくる。恐ろしさに役僧どもも職人もタジタジと後退《あとず》さりした。智深はいよいよおもしろくなった。まるで彼の遊戯のお相手のために大勢そこへ出揃ってきたようなものだった。 「そうれっ。片っ端から摘《つま》ンで捨てるぞ」  躍り立つやいな、事実、彼の左右の腕、両の足から、さながら塵芥《ちりあくた》みたいに人間が刎《は》ね飛んだ。――わあっと逃げるを追って、彼はなお、伽藍《がらん》、堂院、いたるところで地震のような音響と悲鳴をまき起し、あげくのはて蔵殿《ぞうでん》の一室へ入ると、大の字なりに寝てしまった。その鼾《いびき》たるやまた山谷《さんこく》を揺するがごときものであった。  それに呆れているどころか、後の始末やら物議こそまた一と揉《も》めだった。番僧たちは、監寺《かんす》、提点《ていてん》などを先に立てて、智真長老の座下へ迫った。 「かかる例《ためし》は、わが文殊院五台山の開山以来ありますまい。霊域に魔獣を飼えとは釈尊《しゃくそん》の法《のり》にも聞きおぼえぬところ。よろしく即時ご追放あッてしかるびょう存じまする」 「まあ、まあ。そういわんで、こんどだけは慈悲の眼で見てやれんかのう」と、智真長老は慰撫一方のていで努めていう。 「――大|檀家《だんか》の趙大人《ちょうたいじん》のお顔もあることじゃし、明日ともなれば、わしから智深にきびしく諭戒《ゆかい》を加えて、以後きっと、慎ませようで」  囂々《ごうごう》たる不平はたいへんなものだったが、長老の鶴の一と声。ぶつぶつ引き退《さ》がるしかなかった。  翌朝。――智深はむっくり起きに、蔵堂《ぞうどう》裏の竹林へ出て、こころよげに放尿していた。そこへ上人のお召しときたので、彼は大慌《おおあわ》てに後へついていき、畏《おそ》る畏るその座下にうずくまった。 「これっ智深。おまえはどうも困ったやつ。察するに病持《やまいも》ちだな」 「いいえ、体はこの通り人一倍丈夫ですが」 「何をいうぞ忘れッぽいという一病があると申すのじゃ。得度《とくど》のさい授けた五つの戒《かい》と、三|帰《き》を忘れたの」 「あ。病《やまい》とはそのことで」 「さればじゃ。昨夜の大酒乱行はそも何事ぞ。山門の清規《せいき》を破って、あのざま[#「ざま」に傍点]は」 「もう、しません」 「きっとか。以後忘れないか」 「つつしみまする。はい。きっと、つつしみまする」  しおしおと、智深は禅床《ぜんしょう》へ引き退がった。もう人の耳こすりや潮笑にも、めったには怒らないぞと、顔に錠前《じょうまえ》をかけたような無口に変った。  だが、その年も暮れて、待つに長い山上の春がやっと訪れ初めた翌年の三月初めの頃、智深はぽかんと麓《ふもと》の空を眺めやっていたが、そのうちにふと、トンカン、トンカン、鍛冶屋《かじや》の鎚音《つちおと》が風にのって聞えてきた。――と、なに思ったか、ありあう銀子《ぎんす》をふところにねじこんで、ぷいと僧堂をとびだし、今日は少し道をかえて“五大福地”と額《がく》にみえる大鳥居をくぐり、東の参道坂をどんどん降りていった。 「おや、こりゃあ何とも賑やかだわえ。こんな聚落《じゅらく》があったとは今日までまったく気もつかなかったぞ。あほう、どうしてわが輩はいままで五台山下に門前町があるべきことを思わなかったのか。だがまアいいや、遅いにしても帰命頂礼《きみょうちょうらい》――」  彼は、にわかにうきうきとあるいた。眼もキョトキョトとせわしなかった。肉屋がある、酒屋がある、女の嬌声《きょうせい》、赤ン坊の泣き声、さてはなつかしい大道芸人の音楽だの、古着屋、八百屋、旅人宿、うどん屋の婆アさんまで、かつての日の渭水《いすい》の場末も思い出されて、どれもこれも悪くない。 「ああやっぱり人間界はいいなあ」  その人間臭い街のなま温いものに久々でくるまれながら、ぼんやり通り過ぎかけて、 「おっと。ここだっけ」  と、一軒の鍛冶屋《かじや》の土場《どば》へのっそりと入った。  山上にまで、テンカン、テンカン、谺《こだま》してきたのはここの鎚音《つちおと》と鉄台《かなしき》の響きにちがいない。手を休めた三人の鍛冶工は、鼻の穴から目ヤニまで炭《すみ》にした真っ黒けな顔を揃えて、智深の姿を見まもった。いや見上げたというほうが当っている。 「やあ親方、こんちわ。……どうだね、極く質のいいはがねはあるかい」 「へえ、お坊さまに、はがねの御用がございますかね」 「ばかにするな。坊主とはがねと、無縁という法もあるまい。錫杖《しゃくじょう》を一本|鍛《きた》えてもらいたいんだ。ちょっと、手ごろのな」 「なるほど。ですがお坊ンさん、誂《あつら》えちゃあお高くつきますぜ。出来合いじゃいかがです」 「ところがわが輩の手に合う出来合い物なんて見たことないので持たなかったのだ。ひとつ急いでこさえてくない。重サ百|斤《きん》ほどなのを」 「冗談じゃない。百斤なんて錫杖は人間の持ち物にゃありませんぜ。三国時代の豪傑|関羽《かんう》さまの偃月刀《えんげつとう》だって八十一斤でさ」 「では、関羽公と同格の八十一斤としておこうか」 「へへへへ。無理するこたアありませんぜ。なにもお坊ンさんは、三国の劉備《りゅうび》玄徳の忠臣でも親類でもねえんでしょ。およしなさいよ不恰好だから。それより飛びきり上等のはがねがございますから、水磨《すいま》仕立てで六十二斤ぐらいなところはどうです」 「むむ、その辺で折り合ってやるか。相談《はなし》はついた。おいいっしょにこんか、親方」 「へ。どちらへでござんす」 「韛火《ふいご》祝いに、一杯飲ませてやる。どこか馴じみの家へ案内しなよ」 「ま、どうかお気楽にお一人で。――それよりはお坊ンさん。錫杖《しゃくじょう》は五両かかります。どうかお手付の銀でも、ひとつ」 「け。ケチなことをいうな」  なにがしかの小粒銀を投げ与えて、智深はゆらりと鍛冶の軒を煙といっしょに外へでてくる。そして街をぎょろぎょろ見廻した。  酒屋の軒を覗《のぞ》き廻ること二、三軒。どこでも例外なくお断りを食った。そこでついに街はずれまででてしまい、ふと見ると破れ廂《びさし》から、酒と書いた旗をだしている一軒がまたあった。立ち寄れば、牛の屎《くそ》まじりの土墻《どべい》に、誰のいたずらか“李白《りはく》泥酔ノ図”といったような釘描《くぎが》きの落書がしてある。 「……いや、おもしろい絵だな。いや、おれも一つ、あれくらい酔ってみたい」と、智深は独りごとをもらしながら、内へ入った。 「こら亭主。わが輩は五台山の坊主ではないぞ。だから心配はいらん。酒を一ぱい飲ませてくれ」 「へいへい。どちらからお越しで」 「廻国|行脚《あんぎゃ》の途次で通りかけた者。といって乞食坊主でもない。ほうら銀子《ぎんす》もある。それ、そこの大碗《おおわん》で早くよこせ」  むさぼるごとくがぶがぶ飲んで、たちまち碗を代えること十数杯。こんどは自分から立っていって薄暗い厨房《ちゅうぼう》の調理台にあった兎の股《もも》みたいな烙《あぶ》り肉を右手に一本つかみ、それを横へ咥《くわ》えかけた。 「あっ、雲水《うんすい》さん。そいつあだめです。坊さま向きじゃございませんよ」 「亭主。なぜ止めるのか」 「犬の肉でございますよ。なんぼなんでも」 「なに犬肉だと。いや、よろしい。犬だからとて賤《いや》しむことはない。わが輩の腹中はすなわち弥勒《みろく》だ、猿であろうが鹿であろうが一視平等。豈《あに》、差別すべけんやだ、けっこう。いけるじゃないか、おやじ」  にんにく[#「にんにく」に傍点]味噌《みそ》を付けてたちまち骨だけを足もとへ投げ捨て、さらに次の一本を持って、 「肴《さかな》ばかりじゃしようがないな。おい、そこの瓶《かめ》ぐるみ持ってきてここへおけ。そいつあ黄米酒《あわざけ》だろう。むむ、珍重珍重《ちんちょうちんちょう》」  ――やがて。陽もすでに黄昏《たそが》れごろ、智深は、天雲を降りて天雲へ帰るがごとく飄々《ひょうひょう》とひょろけつつ五台山へもどっていく。途中でぶつかりかける男女を見ると、彼らの逃げまどう姿へ、哄笑《こうしょう》を撒《ま》きちらして。 「わはははは。さあ、智深さまのお通りだぞお通りだぞ。酔いどれには天子さまも道を避けるという諺《ことわざ》があるのを知らんか。さあ、退《の》いたり退いたり」  翌朝のことである。――といっても、五台山五|峰《ほう》の西にはまだ影淡き残月が見え、地には颯々《さっさつ》の松原がやっと辺りを明るみかけさせて来た頃だった。 「うう寒い。……おや、おやおや。わが輩はどうしてこんなところに眠っていたのか」  智深はわれを疑って、むっくりと起きた。寒いはず、石だたみの上で寝ていたらしい。しかも自分が抱いて眠っていたのは、自分の二倍もある巨《おお》きな仁王像だった。山門の仁王様に相違ない。  ふと仰ぐと、日ごろ見なれたそこの仁王門は颱風《たいふう》の跡みたいに、見るも無残に破壊されており、もう一体の仁王像も、常に居るところには見えなかった。だんだんそこらが白んでくるにつれて、仁王の手やら首やらまた瓦《かわら》だの玉垣の破片などが、惨《さん》として、智深をつつんでいることがわかった。  すると、そこへ、番僧の一人がきて叫んだ。 「おう智深。やっと眼がさめたか。長老以下が待っておられる。すぐ大講堂の廊までまいれ」  彼はまだ頭がはっきりしないらしい。ふらふらと歩いていった。見ると智真|上人《しょうにん》以下、大講堂の廊には、常ならぬ威儀で役僧全部で並んでいた。彼を見るやいな、まず都寺《つうす》が起坐《きざ》して、 「こら智深、よくうけたまわれ。なんじ、昨夜は、またもや麓《ふもと》にでて飲酒の戒を破って大酔のまま帰山せしのみならず、山門において、例のごとく暴勇をふるい、番僧|雑人《ぞうにん》十数名を殺傷し、あまっさえわが文殊院の至宝たる仁王像を引きずり下ろして微塵《みじん》となし、それに尿《ぬい》を放って、快を叫ぶなど、沙汰の限りな狼藉の果て、今暁までその場に眠りおったとのこと。――すべて言語道断な次第じゃ。じゃによって、一山|大衆《だいしゅ》の名をもって、上人《しょうにん》の裁可を仰ぎ、即刻、わが浄域《じょういき》より追放を申しつくるものである」  と、怒りをふくんで申し渡した。  智深は、半分ぐらいまで、他人事《ひとごと》みたいに聞いていたが、自分が当人かと、やっと気づいて、 「えっ。そんなことをしましたか。この智深が」  すると監寺《かんす》、書記、首座《しゅそ》、提点《ていてん》らの役僧も一せいに口を揃えて罵《ののし》った。 「ぬけぬけと、ようそんな顔ができたものだ。彼方《かなた》の僧房を覗いてみよ、汝のために手足を挫《くじ》かれた怪我《けが》人が、枕を並べて呻《うめ》いておるわ」 「それのみか、門前町から山上の途中でも、見晴らしの亭《ちん》を打ちこわし、附近の娘どもを見れば、狼が鶏《にわとり》でも追うように、追っかけ廻して歩いてきたとか」 「いちいち挙げればきりがない。さほどな痴態《ちたい》悪業におよびながら、いまさらなんぞ、その白々《しらじら》しさは」  智深は二の句も出なかった。やがて悄々《しおしお》とその場を退《さ》がると、智真長老から再度よばれて、 「さても是非ない仕儀。このうえ、当山にとどめおかば、そちの恩人たる趙《ちょう》の長者にもいっそうご迷惑をかけることになろう。そこ思って神妙に退散せよ」  藍《あい》の脚絆《きゃはん》手甲《てっこう》、一重の僧衣、それに鞋《くつ》一足、銀子《ぎんす》十両ほどの恩施《おんせ》が、前におかれていた。  智深は、ぽろりと涙をこぼした。そして、猫のように。 「どうも、なんともかとも、申しわけございません。われながら今はわが身を持てあましまする。といって首を縊《くく》る気にもなりませんが、いったい、この魯智深はどう生きていったらいいんでしょうか。ね、お上人さま」  智真長老は、胸のうちで、心易《しんえき》でも立てているのか瞑目《めいもく》久しゅうして、一|偈《げ》をつぶやいた。 「……林ニ遇《オ》ウテ起リ、山ニ遇《オ》ウテ富ミ、水ニ遇《オ》ウテ興《オコ》リ、江《コウ》ニ遇《オ》ウテ止《トド》マラム。……四|遇《グウ》ノ変転ハ身ニ持テル宿星ノ業《ゴウ》ナリ。魯智深、まずは生きるままに生き、行くがままに行け」 「はい。じゃあ、そういたしましょう」 「さし当って、身の落ちつく先もなくては困ろう。わしの弟弟子《おととでし》は昨今、開封《かいほう》東京《とうけい》の大相国寺《だいそうこくじ》にあって、智清禅師《ちせいぜんじ》と衆人にあがめられておる。この添書《てんしょ》をたずさえて、大相国寺へまいり、よう禅師にすがってみるがよい」 「どうも何からなにまで、ありがとうぞんじます。……ではお名残り惜しゅうございますが」  と、彼が神妙に頭をさげると、侍座《じざ》の役僧たちはみな笑った。「……なにがお名残り惜しいものか」と、彼の退散に、胸撫で下ろしていたからだろう。  さて。――その日。智深は悄然《しょうぜん》と麓町《ふもと》へ降りていった。そして、鍛冶屋の隣の旅人宿へ泊りこんだ。さきに鍛冶屋へ誂《あつら》えておいた錫杖《しゃくじょう》が出来上るのを待ったのだ。そしてやがて半月ほど後に、その出来|栄《ば》えが見られた。重さ六十二斤|水磨《すいま》作りの錫杖は上々なものだった。 「ようし、この一|杖《じょう》さえあれば、天下の山川草木《さんせんそうもく》は、みなわが従者」  彼はたちまち、ここ数日の鬱《うつ》を眉に払って、大満悦な態《てい》となり、すぐさま開封《かいほう》東京《とうけい》へさして出立した。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 花嫁の臍《へそ》に毛のある桃花《とうか》の郷《さと》を立ち、 枯林《こりん》瓦罐寺《がかんじ》に九紋龍《くもんりゅう》と出会いのこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  奇異なる旅の子|魯智深《ろちしん》は、幾度も山に臥《ふ》し、野に枕したが、野獣|猛禽《もうきん》も恐れをなしてか、彼の寝姿と鼾声《かんせい》のあるところは、自然一夜の楽園と化し、なんの禍いも起らなかった。  もっとも智深は身に一トかたき[#「かたき」に傍点]の食糧を持つではなし、金銀は元より帯ぶるところにあらずだから、これを襲ってみたところで、得るものは何もありはしない。――その夕べも、腹をぺこぺこにして、やっと山中の一村に辿《たど》りついた彼だった。 「おうこの辺は、たいそう桃の多いところだな。今や桃の花ざかり。そうだ、今夜は一つそこらの桃林に寝て、武陵桃源《ぶりょうとうげん》の夢とでも洒落《しゃれ》ようか」  ――すると、鶴のごとき一人の老人。彼が立ち入りかけた桃林の傍らから出てきて。 「もしもし、お旅僧。こよいは当家にちと取り混み事がございますし、それに不慮のお怪我《けが》でもなさるといけませんから、ほかへ行ってお休みくださらんか」 「おぬしは誰だ」 「この桃花村《とうかそん》の旧家で、劉家《りゅうけ》のあるじでございますが」 「……どうしたのだ、いくら老人にせよ、まるで粘土《ねんど》のような顔いろをして、いまにも泣きだしそうなその容子《ようす》は」  問われると劉老人は、もうさめざめと本当に泣き出していた。「……じつは」と打ち明けるのを聞いてみると、今夜は愛娘《まなむすめ》の婚礼の晩だという。 「なに、一人娘の婚礼だと?」  いよいよ、おかしい。好奇心も手つだって、なお仔細《しさい》を聞きほじってみた。  そこで老翁が語り出すのを聞けば、この地方の青州《せいしゅう》の県軍でも手を焼いている匪賊《ひぞく》の一団がこれから奥の桃花山に住んでいる。  愛娘の聟《むこ》というのは、その賊将の弟分と称する周通《しゅうつう》という者で、もとよりこっちから、嫁《や》るといったわけではない。 「桃の花が咲いたら、聟入りにいくぜ。前もって、山から使いを出しておくが、聟入りの夜には、花嫁を磨いて、酒肴《さけさかな》の支度はいうまでもなく、万端、華やかにしておきねえ」  と、すでに周通の前ぶれを受けていたものだとある。そしてもし、それに逆らえば、桃花村は一夜に焼き払われるか、みなごろしの目に遭うであろうと顫《わなな》くのだった。 「あはははは、いまどき、古手なやつもあるもんだ。よろしい。じゃあ真夜半に、その桃花山の賊が押しかけ聟に来るんだな。劉《りゅう》じいさん、心配するな」 「……と、仰っしゃってくだすっても」 「じつは、わが輩はもと渭水《いすい》で提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]をしておった魯《ろ》という者だ。そういう裁きには手馴れている。わが輩を娘御《むすめご》の部屋へ案内するがいい」 「娘は昨日から泣き沈んでいて、人さまにお会いするどころではございません」 「会わんでもいいよ。娘御は早くどこかへ隠してしまえ。そしてわが輩が花嫁になり代って、寝台の帳《とばり》を垂れて寝ておるから、賊の周通がきたら、盛大な祝宴と見せて、たっぷり酒を飲まして連れてこい。……いや、それまでの間、わが輩も独りで閨《ねや》に待つのは退屈で堪らん。花嫁の部屋にも酒を忘れるなよ」  劉老人は、ためらうより恐れ気味だった。しかし、一族大勢がやってきて、だんだんに智深の説得を聞き、盲亀《もうき》の浮木《ふぼく》で、ついに彼の策にすがった。  そこで智深は、宵《よい》のまに、花嫁の部屋に隠れこみ、そこの帳《ちょう》を垂れて、寝台に横たわった。もちろん彼にも饗膳《きょうぜん》と酒が供されたので、鱈腹《たらふく》たべて、寝こんでいる……。  が、ときどき眼がさめた。もう何刻《なんどき》ごろか。表の方では、花聟の列でも着いたのか、銅鑼《どら》や太鼓の音。そして“聟迎えの俚歌《さとうた》”などが賑やかに聞えだしている。 「……ははあ、そろそろ祝宴が始まったな」  その辺までは知っていたが、またいつかぐっすり寝入ってしまったらしい。夜は森沈《しんちん》と更け沈み、赤い蝋燭《ろうそく》の灯にみちびかれて、魔王のごとき影がゆらゆら室の外まできたらしいのも、彼は全然知らなかった。  劉老人らしいのが、そこで声をひそめて、 「……では花聟さま。てまえは、ここで失礼を」  やがてコトコト戻っていった。遠ざかるその跫音《あしおと》をたしかめてから、賊の周通は、すうっと部屋へ入ってきた。 「おや、真っ暗じゃねえか。……ははあん、さては羞《はず》かしがっているのか」  独りごとをもらしながら、周通は手さぐりで花嫁の寝台へ近づいてきた。そしてまた、おや? とでも思ったのか。 「ひどく酒|臭《くせ》えなあ。むむそうか。花嫁の部屋でも、身内の宵《よい》酒盛りとかやるのが慣《なら》いだからそのせいだな。……これよ、娘、いや嫁御。なにもそう羞《はず》かしがるにはおよばぬよ」  じつは、周通のほうこそ少してれ[#「てれ」に傍点]気味である。柄《がら》にもなく、そろっと、帳《ちょう》の内へもぐり込んで、花嫁の衣裳の下へ手を入れた。すると、ヘンなものが彼の手にジャリッとした。どうも臍《へそ》らしいが毛が生えていた。 「あっ。代え玉を食わせやがったな」  どたんと、彼が寝台から転《ころ》び落ちたので、智深は初めて眼をさました。ばっと刎《は》ね起きざま、花嫁衣裳を被《かず》いたまま、 「待てっ、聟どの。逃げるとは薄情な」と裏手の桃林へと追ッかけた。  周通は柳の木につないであった馬を解くやいな、柳の枝をムチにして一散に逃げだした。智深もまた、手下の馬の一頭に跳《と》び乗って追ッかけていく。――それはいいが、さあ、劉家の後の騒動といったらない。  残された手下どもは、変だと知って、劉老人を縛りあげ、これを曳いて、翌朝、桃花山の匪賊《ひぞく》の木戸へ帰ってきた。  ところが、なんぞはからん、そこでは、賊の頭目と魯智深とが、仲よく笑いながら酒|酌《く》みかわしている。そしてまた、昨夜の押しかけ聟――すなわち頭目の弟分の周通は、悄《しお》れ返って、そのそばで首うなだれている始末ではないか。 「やあ、劉じいさん、可哀そうに、捕まってきたのかい。おい花聟、早く縄を解いてあげろ」  魯智深はげらげら笑って、仔細を話した。  昨夜、相手を追いつめて、この木戸まできてみると。弟分の助太刀に出てきた頭目というやつは、なんと、渭水《いすい》の街の膏薬《こうやく》売り――あの打虎将《だこしょう》ノ李忠《りちゅう》であった。 「……ばかなやつらだ、こんなところでケチな山賊などしてやがって。まだ、膏薬売りのほうが、どれほどましな商売か知れめえに」  と、今も、意見していたところだとある。  だが、打虎将李忠も、その弟分の周通と名のる男も、これが天性彼らには性にあっている生態なのかも知れなかった。表面は神妙に服して。「……いやもう、以後は決して、劉の娘になぞ手出しはしません」  と、誓っていたが、どうも本気とは思われない。  智深が少し白い歯を見せると、李忠は図にのッて言った。 「おれが渭水《いすい》の土地を売って旅へでたのも、智深、ほんとは、おぬしのせいだぞ。おぬしが関西五路《かんせいごろ》の顔役|鄭《てい》をなぐり殺したため、おれたちにまで、役人の手が伸びて、片っぱしから牢へぶちこみ始めやがった。そのため、おればかりでなく史進も渭水を捨てて、どこへともなく姿を消してしまったじゃねえか」 「そうか。いわれてみれば、わが輩にも責任があったことか。だがもう古手な素人《しろうと》脅しの生娘漁《きむすめあさ》りやケチな悪事はよしたがいいぜ。やるなら男らしい大望を持ったがいいよ。でっかい夢をよ」  とはいえ、智深も長居は無用と見たのであろう。ふたたび劉家や桃花村には仇《あだ》をしないという誓いを二人に立てさせ、二人が矢を折ッて、悪党仁義の金打《きんちょう》をしたのを見ると、劉《りゅう》老人を里へ帰し、自分もまた、飄《ひょう》としてここを立ち去ってしまった。  そしてふたたび、東京《とうけい》さしての旅また旅をかさねてゆくうち、はからずも、ここ瓦罐寺《がかんじ》と呼ぶ奇峭《きしょう》怪峰《かいほう》の荒れ寺に、一夜の雨露《うろ》を凌《しの》がんと立ち寄って、彼は、世にあるまじき人間のすがたを見た。 「はあて……。これが建立《こんりゅう》された時代は、天子の勅使、一山の僧衆、香煙、金襴《きんらん》、さぞ目ざましいものだったろうに。よくもこうまで、荒れ果てたものだ」  瓦罐寺《がかんじ》の地内へ、一歩入った智深は、その荒涼たる景に、さしもの彼も、唖然《あぜん》とした。  鐘楼《しょうろう》や堂宇は崩れ放題、本堂のうちも雀羅《じゃくら》の巣らしい。覗《のぞ》いてみれば、観音像はツル草にからまれ、屋根には大穴があいている。そこらの足痕《あしあと》は、狐のか狸のか、鳥糞獣糞《ちょうふんじゅうふん》、すべて異界のものだった。 「おういっ。人間はいねえのか。だれか住んでる奴はいないのか」  すると奥のほうから骨と皮ばかりな老僧が、ひょろりと立ち現われて、 「おお……お旅僧か。ここには人をお泊めする糧《かて》もないぞよ。早う行かっしゃれ、行かっしゃれ」 「なに、糧《かて》もないと。あの庫裡《くり》で炊《た》いている煙はなんだ。どうせ貴様たちの食物も里で貰ってきたお布施《ふせ》だろう。おれも腹が減《へ》っている。お斎《とき》にあずかりたいものだ」 「めっそうもない。わしたちですら、露命をつなぎかねているのじゃ。そんな大声だしているとご僧の身の皮も剥《は》がれちまうぞよ。さ、早く立ち退きなされ」 「ていよく追っ払おうというのか。それとも誰かに気がねしてそういうのか」 「ここには、崔道成《さいどうせい》という悪僧と、丘《きゅう》小《しょう》一という行者《ぎょうじゃ》の悪いのが、わがもの顔に住んでおる。……わしらはその二人に寺を奪われて、やっと粟粥《あわがゆ》をすすって生きているばかりなのじゃ」 「ふウむ。崔《さい》と丘《きゅう》。そんなものが恐ろしいのか。とにかく、もうすこし話をきかせてくれ。その代りあっちで粟粥を一杯ご馳走になるぜ」  庫裡《くり》へ廻ってみると、まるで隠亡窯《おんぼうがま》みたいな赤い火を薄暗い中に囲んで、ここにも骸骨《がいこつ》みたいな痩せ法師が、がつがつ粥《かゆ》を喰べあっているところだった。  智深が鍋《なべ》へ手を出したので、彼らは隅へ竦《すく》んでしまった。そして智深が二、三杯もすすりかけると、恨めしそうに、ぽろぽろ涙をこぼしては見つめている。いかな智深も、これでは喉《のど》に通らない。腹は減《へ》っていたが、いまいましげに、中途で欠け碗《わん》をほうりだした。  ――と、外の方で、田舎唄《いなかうた》だが、粋《いき》な声がふと聞えた。見ると、行者ていの若い男が、天秤《てんびん》で一|荷《か》の荷をかついで通った。その竹籠の中には、蓮《はす》の葉にのせた桃色の牛肉や酒や野菜などをのせている。智深は眼を光らせた。 「あいつか。この寺に巣を作って、おまえらには物も食わせないというやつは」 「そうです、あれが飛天夜叉《ひてんやしゃ》とアダ名のある丘《きゅう》小《しょう》一で」 「ほかにもう一匹、崔道成《さいどうせい》とかいう化道《げどう》がいるわけだな。ようし、いま見た牛肉はわが輩が食ってやるぞ」 「およしなさい。そ、そんな真似をなすったら、すぐご一命はありませぬ。のみならず、私たちまでどんな目にあうか知れません」 「わはははは。なにをガタガタ慄《ふる》えるのだ。まア見ておれ。おまえらにも、今夜は肉の一片ずつをお布施《ふせ》してやるから」  豹《ひょう》のごとく、智深は跳びだして行った。手には鍛《きた》えてまだ日の浅い錫杖《しゃくじょう》が、はがねの匂いも立つばかり光っていた。  とも知らず行者の丘小一は、むかし方丈の庭でもあったらしいところまでくると、荷を下ろして、待っていた二人の者と、なにか笑って話している。――見れば、大きな槐《えんじゅ》の下に、一|卓《たく》をすえ、崔《さい》坊主は、一人の若い女を擁《よう》して腰かけていた。  女を中に挟んで、すぐ酒もりにでもかかるつもりか。陶《とう》の器、杯などを、卓の上へ並べだした。ところへ、のっそり魯智深が近づいてきたので。 「やっ。雲水じゃねえか、てめえは。誰に断わってここへ来た」 「来てはいけないのか。あっ待った。そこの女子《おなご》。いずれおまえは、里から攫《さら》われてきた人妻か娘だろう。あぶないよ、退《の》いていな」 「なに、あぶねえと」  そこは悪と悪。眼《がん》を読むのは迅《はや》かった。  崔《さい》が起《た》ったと見えたとたんに、その手から水の走るような一刀が智深の胸先三寸の辺を横に通った。かわすまでのことはない。智深の錫杖は傍らの丘小一へ向って一つぶんと旋《まわ》る。丘は退《さ》がって、これも腰の一刀を見事に抜いた。気合い、眼光、いずれも智深に劣る者とは見えない。  だが、恐いもの知らずの智深である。また、かつて一度でも不覚をとったためしはない。「おううっ」と彼の満身が吠えたのも久しぶりだ。――ござんなれという構え。  じりじり、その彼を挟《はさ》んで、二刀の切ッ先は寸地を詰めつつ迫ってくる。まるで刀の先に眼がついているかのごとく、智深の毛ほどな動きも見のがさない。「……はてな?」智深は少し汗を吹きはじめた。「腹のへッているせいか?」いや、そうでもなかった。剣気というのか、一種の精気が呪縛《じゅばく》をかけてくるのだった。智深はやっと自重しだした。 「南無三《なむさん》、こいつは、いけねえ。めずらしく手強《てごわ》いらしいぞ」  破陣の勢いで錫杖を一|振《しん》すれば、[#「すれば、」は底本では「すれば、、」]丘小一の影は宙へ躍って新月の刃《やいば》をかざし、崔道成は低く泳いで颯地《さっち》の剣《けん》を横に払う。一上一下、叫喚《きょうかん》数十|合《ごう》、まだ相互とも一滴の血を見るなく、ただ真っ黒な旋風をえがいては、またたちまちもとの三すくみ[#「すくみ」に傍点]の睨《ね》め合いとなった。  やがて疲れたのは、魯智深のほうである。事実、腹もへっていたが、しかし、かつて出会ったことのない強敵にも違いなかった。たじたじと押されつつある。そのうちさすがの彼も、今は自己の限界を知ったとみえる。やにわに後ろを見せて逃げだした。その図ウ体が大きいだけに、その逃げざま[#「ざま」に傍点]こそおかしかった。  まるで転がりやまぬ火達磨《ひだるま》みたいに、山門を跳びだし、道を走り、石橋《しゃっきょう》を渡って、ほっと大息ついて振り向くと、そこを関門としてか、追って来た崔《さい》と丘《きゅう》の二人は、石橋の欄干《らんかん》に腰をかけて、 「さあ雲水。ひと息いれたら、もいちどおいで」  と、いわぬばかりに涼しい顔で休んでいる。  智深は物蔭からそれを眺めて、 「さて世の中は広いもんだな。あんな化け物もいるからには、わが輩もちと反省せねばなるまいて。残念だがここはまア負けておけ。戻ってゆけば犬死にだ。……だが、待てよ。これはしまった」  わが姿に気づいてみると、大事な頭陀袋《ずだぶくろ》を掛けていない。落したかと慌《あわ》てたが、よくよく考えてみると、さっきの庫裡《くり》で、粟粥《あわがゆ》をふうふう吹いて食ううちに、粥をこぼしたので、脱いでおいた覚えがある。 「こいつは困った。あの中には大相国寺《だいそうこくじ》の智清《ちせい》禅師へ宛てた智真《ちしん》長老のお手紙が入っている。取りに帰れば、石橋《しゃっきょう》でふんづかまるし。……といって、あれ持たずには東京《とうけい》へ行く意味もない」  彼は石橋を渡らずに戻れる道はないかとうろつきだした。すると渓谷《けいこく》へ降りる道があった。そこを沈んで彼方《かなた》へ登ると、瓦罐寺《がかんじ》の北へ出た。あたりは赤松林である。行けども行けども赤松ばかりと思われた。ところがやがて忽然《こつぜん》と、こんどは死の林みたいなところへ出た。おそらく一院の古い焼け跡でもあろうか。見みかぎり一点の緑もない枯れ木林だ。しかも今、彼の跫音《あしおと》に、ふとその辺の岩蔭から、すっと起って、こっちを振り向いた白衣《びゃくえ》の人影があった。人馴《ひとなつ》っこく智深のほうへ近づいてでもくるのかと思うと、白い人影は、彼を見て、 「ちっ。くそ坊主か」  唾《つば》でもするような舌打ちして、後も見ずに、枯れ木の間を縫い去ってゆく。智深は彼の「……べっ」と唾《つば》を吐いた唇鳴《くちな》らしが気にくわなかった。一|跳足《ちょうそく》に追いすがって、錫杖《しゃくじょう》を横構えに。 「やいっ、待て。なんでいま、きさまアおれをあざ笑ったか」 「笑いはしない、くそ坊主かといったまでだ」 「ここには、ほかに人間はいない。おれのことをいったと思う」 「思うように思っておけ。たぶん当っているだろう。ほんとの坊主なんてものは、近ごろ世間に見たこともないからなあ」  言語は爽《さわ》やかだし、姿もすっきりした男である。白衣は行者姿のもの。或いは、丘小一の仲間かもしれない。  陽は沈みかけている。男は彼方《かなた》の廃院へでも急ぐのか、ふンとまた、鼻で笑いすてて歩き出した。その虚《きょ》や狙うべしと思ったか、智深は突嗟《とっさ》に、 「かッ」  丹《たん》のごとき口を開いた。振り込んだ錫杖の下、白衣は朱《あけ》と思いこんだ。ところが男は、ついと、横に移っていた。静かに腰の戒刀《かいとう》へ手をかけて、 「坊主、見違えるな。おれはなにも死神じゃねえぜ。命をもらっても仕方がない」 「な、なにを、生意気な」  相手も次の錫杖《しゃくじょう》は待たなかった。抜く手も見せぬ迅《はや》さである。振りかけた錫杖がもし斜めに魯智深の眉間《みけん》を防がずにいたら、彼はきれいに割られた瓜《うり》みたいになっていたかもしれない。智深は跳び退《の》いて、錫杖を持ち直した。  すると、夕闇を透《す》かしていた眼と、キラとも動かない戒刀《かいとう》のみねから、落ちついた声が通ってきた。 「おいっ、待った。ちょっと待て」 「怯《ひる》んだか行者」 「いや、さっきから少し考えていたことがある。もしやあんたは魯提轄《ろていかつ》じゃあるまいか」 「えっ。わが輩の前身を知っているおぬしは誰だ」 「やれ、あぶないところ……」  行者はすぐ戒刀を鞘《さや》にして、つかつかとその顔を近づけてきた。 「史進《ししん》ですよ。渭水《いすい》でお別れした九紋龍《くもんりゅう》史進《ししん》でさ。てまえもこんな風態だが、いや、あんたの変りようではぶつかっても分りッこはない。提轄から坊主とは、どうもえらい化けかたですな」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 菜園番《さいえんばん》は愛す、同類の虫ケラを。 柳蔭の酒莚《しゅえん》は呼ぶ禁軍の通り客 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「やあ、これは奇遇だった。さても人間てやつ、どこで別れ、どこで会うやら知れぬものだな」  魯智深《ろちしん》はいった。――九紋龍《くもんりゅう》史進《ししん》もまたこの奇遇を尽きない縁と興《きょう》じてやまない。そして相携《あいたずさ》えつつ、もとの瓦罐寺《がかんじ》のほうへ歩きだした。  ――途々《みちみち》、智深は、にわか出家の花和尚《かおしょう》となった身のいきさつを友に語り、九紋龍は渭水《いすい》を去ってのち、延安《えんあん》や北京《ほっけい》をさまよい、いまだに尋ねる師の王進《おうしん》先生にも巡り会えず、こうして枯林《こりん》の廃寺に一時|雨露《うろ》を凌《しの》いでいたわけだ、と話す。 「そうか。お互いどッちも、風の間《ま》に間《ま》に、浪の間に間に、まア似たり寄ッたりの身の上だな。しかしわが輩はこれから、東京《とうけい》の大相国寺《だいそうこくじ》へ行くんだが、史進、あんたはどうする?」 「こんなところで行者めかしていたのも、いわば一時の身過ぎ世過ぎ、当座のあてもないから、少華山《しょうかざん》にいると聞く、朱武《しゅぶ》のところでも訪ねていこうかと考えていたところだが」 「それもいいかもしれぬ。どっちみち、今のような腐爛《ふらん》した末期の世では、もともと、旋毛《つむじ》まがりにできているお互いは、真面目にもなれず、いよいよ住みにくくなるばかりだろうし……。や、や、ちょっと待ってくれ。まだいやがる」 「なんだ花和尚《かおしょう》」 「あれ、あの石橋《しゃっきょう》の欄干に腰かけて、さっき散々《さんざん》、わが輩を苦しめやがった崔《さい》坊主と行者の丘《きゅう》小《しょう》一が、まだ執念ぶかく見張っている」 「はははは。瓦罐寺に住むあの悪党か。和尚、こんどは何も怯《ひる》むことはあるまい。ここに九紋龍という助太刀がいるからには」  いううちにも、すでに彼方の石橋の上では、丘《きゅう》行者と崔《さい》坊主が、こなたの二人を見つけたか、遠目にも巨眼|熒々《けいけい》、いまにも斬ッてかかってきそうな構えを示していた。  しかしこんどは、前《さき》に智深一人が相手だった場合とはわけが違う。あわれ浅慮《あさはか》にも、やがて、われから挑《いど》みかかッて来た彼らは、たちまち逆に、九紋龍の戒刀《かいとう》と、智深の錫杖の下に、お粗末な命の落し方を遂げてしまった。 「さあ、こいつらを片づけたら、さっそく、庫裡《くり》におき忘れた大事な頭陀袋《ずだぶくろ》を取りにいかねばならん。史進、ここで待っていてくれるか」 「いや、おれも一しょにいく」  ――戻ってみると、幸いに頭陀袋はそのままあった。けれど、ここに細々露命をつないでいた老僧らも、身の上の分らぬ一人の女も、みな梁《はり》に首を縊《くく》って死んでいた。おそらく先刻、智深が崔と丘に追われて、いちど負けて逃げたのを知り、次には自分たちが、どんな目に遭《あ》わされるやらと、恐怖の余り、また今のような世を生きるにも絶望して、死をえらんだものかと思われる。 「ああ揃いも揃って。……こいつは何とも不愍《ふびん》なことをした。だが仏さんたち、迷うなよ、これはわが輩のせいでないぞ」  めずらしく智深は奇特《きとく》な合掌をして、うろ覚えなお経《きょう》をとなえた。それを見て、九紋龍もそばからいう。「――寺院が寺院の役を果しえず、悪党ばらの巣に恰好《かっこう》な魔所となっているからこんなことにもなる。いッそのこと、焼いてしまったほうが後々のためであろう」と。 「そうだ、一切を荼毘《だび》に附《ふ》して、亡者《もうじゃ》の霊をなぐさめ、おれたちは、ここを下山としよう」  つい先刻、亡者どもがあばき合っていた粥鍋《かゆなべ》の窯《かまど》には、まだ鬼火のようなトロトロ火が残っていた。智深はその薪《まき》の火を持って、庫裡《くり》に火を放った。――そして両人、宵の山路を、どんどん麓《ふもと》へ降りていった。 「おお花和尚。あの山上の紅蓮《ぐれん》を見ないか」  二人は振り向いた。――満天は美しい焔《ほのお》の傘から火の星を降らせている。宋朝《そうちょう》初期のころには、紫雲《しうん》の薫香《くんこう》、精舎《しょうじゃ》の鐘、とまれまだ人界の礼拝《らいはい》の上に燦《かがや》いていた名刹《めいさつ》瓦罐寺《がかんじ》も、雨露《うろ》百余年、いまは政廟《せいびょう》のみだれとともに法灯《ほうとう》もまた到るところ滅《ほろ》びんとするものか、惜しげもない末期の光芒《こうぼう》を世の闇に染めだしていた。  智深と九紋龍は、それから二日|路《じ》ほどの旅をともにし、やがて華州と開封路《かいほうじ》の追分けにかかるや、再会を契《ちぎ》って、袂《たもと》を別《わか》った。  ――さて。一方は日ならずして、時の花の都、開封《かいほう》東京《とうけい》にたどり着き、さっそく大相国寺《だいそうこくじ》の智清大禅師《ちせいだいぜんじ》をその山門に訪《おとの》うて、 「拙僧は智深と申す五台山の一弟子ですが、当山の禅師がおんもとにて修行を積めいと、師よりお添状《そえじょう》をいただいてまいった者。よろしくお取次のほどを」  と、頭陀袋から智真《ちしん》長老の手紙を取出して、役僧に渡し、一堂に座してその沙汰を待った。 「はて。五台山の智真《ちしん》長老も、えらい者を、当山へさし向けてきたもんじゃな」  大相国寺の智清《ちせい》は、手紙の中にある智深の経歴を読んで、ちょっと、うんざり顔だったが、また禅家《ぜんけ》特有なとでもいうか、へんな興味も覚えぬではなかった。  坊主の前身には、ずいぶん変ったのもあるが、智深のごときはまず珍らしい。――渭州《いしゅう》経略府《けいりゃくふ》の憲兵あがり。侠気はあるが、喧嘩好き、酒好き。しかも人殺しの前科のため、剃髪《ていはつ》した男だとある。 「おそらくは、五台山でも持て余した者だろうが、智真はわしの昔からの道友、置けぬといったら、気が小さい禅家よと、嘲《わら》うであろうし。……さて、どうしたものか」  全役僧を集めて、衆議にかけると。 「来訪の一|行脚《あんぎゃ》は、どう見ても出家とは受けとれません。なんとも魁偉《かいい》な人物です」 「第一人相もよろしくない。どことなく凄味《すごみ》がある。また、知客《しか》が迎えたとき、禅家の作法もよくわきまえぬものか、たずさえている香具《こうぐ》、座具《ざぐ》、袈裟《けさ》などの使い方にも、まごまごしおった」 「ていよく、お断りあったほうが、当山のためかと存じますが」  衆口|紛々《ふんぷん》である。一人も歓迎はしていない。智清禅師は、ほとほと困った。――すると、都寺《つうす》[#1段階小さな文字](僧職)[#小さな文字終わり]が、うまい一案を提出した。 「馬鹿と鋏《はさみ》はなんとやら、そのような人物も、当山附属の野菜畑の管理所へやっておくには、案外、適任ではおざるまいかの」 「なるほど、なるほど。野菜畑の目付《めつけ》ならいいかもしれぬ」 「なにせい、あの酸棗門《さんそうもん》外の菜園ときては恐ろしく広い。のみならず、附近の兵営からは兵隊どもが荒らしに入るし、もっと厄介なのは、門外にある無頼漢街《ごろつきまち》じゃ。年中、墻《かき》を破ッて、瓜や菜根は大びら[#「びら」に傍点]に盗んでゆくし、農耕の馬や牛も、いつのまにか食ってしまう。……といって、番人も山僧どもも、なにもいえん。なにしろ奴らは凶悪なので」 「それや妙案。いかがでしょう禅師。風来の魯智深《ろちしん》とやらには、試みにまず、その菜園目付役でもやらせて御覧《ごろう》じあっては」 「むむ、衆意同案とあれば」  一山の断《だん》により、さっそく首座《しゅそ》[#1段階小さな文字](僧職)[#小さな文字終わり]がその旨を、智深にいいわたす。智深は、ふくれ面《つら》だった。たとえ、化主《けす》、浴主《よくす》の末僧でも、なにか僧職の端にはと期待していたらしい。 「まあまあ、やがてはだんだんに、茶頭《ちゃとう》、殿主《でんす》、蔵主《ぞうす》、監寺《かんす》などの上職にも、修行次第でと申すもの。が、当座はひとまず菜園のほうで」  おだてられて不承不承、智深は酸棗門《さんそうもん》外の畑へ移されていった。管理所だの菜園目付のといえば聞えはいいが、来てみればただの大きな畑番の番小屋。「……ふざけやがって。ようし、わが輩をこんな所の案山子《かがし》に使おうというなら、おれの起居にも干渉はさせんぞ。そんなら、いッそ気楽でいいが」と、ここに花和尚魯智深は、ここの大地主にでもなったような気で持ち前の“野性の自適”をきめこみだした。  日ならずして、近所のごろつき[#「ごろつき」に傍点]街の空気には異変が起っていた。いつもの調子で畑荒らしに入った奴が、巣へ帰って言いふらしたのだ。 「おいおい、行ってみや。番人が代ったぜ。こんどの奴ア八頭芋《やつがしら》みてえな面をした凄え坊主だ。おまけに、墻門《かきもん》に何やらむつかしい掲示《けいじ》なんぞ貼りだしやがる」 「なに代ったって。どれどれ、どんな野郎か、面《つら》を見ようぜ。それに掲示たあ何だい?」  与太《よた》もンどもはつながって、掲示の杭《くい》を取り巻いた。文にいわく。 [#ここから2字下げ] ――爾今《ジコン》、当山ノ僧人|魯智深《ロチシン》ヲシテ菜園ヲ管理セシム。耕夫《コウフ》ノ令、厨入《チュウニュウ》ノ百|菜《サイ》、スベテ右ノ者ニ任ズ。  猶又《ナオマタ》、無用ノ者、入ルベカラザル事。犯《オカ》サバ、懲《コラ》シメニ会ワン。悔《ク》ユル勿《ナカ》レ。 [#地から2字上げ]大相国寺宗務所 [#ここで字下げ終わり] 「なンでえ、きまり文句じゃねえか。ひとつその、魯智深て野郎のほうへ、見参《げんざん》におよぼうじゃねえか。……いるかい、番屋の中に」 「いるいる。なにしてやがるんだろう、臍《へそ》を出して、ぼやっと、嘯《うそぶ》いている面《つら》つきだぜ」 「ふ、ふ、ふ。野郎、恐《こわ》いンだよ俺たちがね。こうして、ぞろぞろ、いやに静かに近づいていくもんだから、わざと知らん顔しているに違えねえ」 「だが、一度はお土砂《どしゃ》をかけておかねえと、俺ッちを甘く見損なうッてこともあらあ。どうだい、番人の代るたびにやる、あの手を野郎にも食わせておいちゃあ」 「むむ肥溜《こえだめ》の行水《ぎょうずい》か。あの手を一ぺんご馳走申しておきゃあ、どんな奴も毒ッ気を抜かれてしまうからな。よし、やろう。みんなぬかるな」  ごろつきたちが、胸に一|物《もつ》の揉《も》ミ手腰で、うようよ近づいてきたのを、知るか知らぬか、智深は大欠伸《おおあくび》をして、床《ゆか》の高い番所の梯子段《はしごだん》を降りたと思うと、のっそり畑のほうへ歩いてきた。 「あっ、もしもし。こんどお代りになったご番僧さんじゃござんせんか」  青草蛇《あおだいしょう》ノ李四《りし》と、迂路鼠《うろねずみ》ノ張三《ちょうさん》は、二、三十人の仲間を後ろに控えさせて、智深の前に小腰をかがめた。そして凄味をきかすため、相手かまわぬ博奕《ばくち》渡世の仁義をきって。 「ええ、てまえどもは皆、ついご近所に住む気のいい野郎どもでございますが、ご掲示を拝見するッてえと、番所の和尚さんがお代ンなすったとのことで、お顔つなぎに伺いました。どうか、ひとつ、よろしくご懇意に」 「なんだい、まア」と、智深は眼をまろくして。 「おれはまた、どこか裏店《うらだな》の葬式《とむらい》が、道を間違えて入ってきたのかと思ったよ」 「へッ、へへへ。おもしろいことを仰っしゃるなあ。おいみんな。こんどのご番僧さんは話せそうだぜ。さ、こっちへ出て、ご挨拶をしろ、ご挨拶をよ」 「いらん、いらん。そう安ッぽいお辞儀などはいらん。が、顔つなぎなら、酒でも提《さ》げてきたろうな」 「こいつア恐れいりやした。渡りをつけるってえご定例《じょうれい》は、ほんとのとこは、そちらから、こち[#「こち」に傍点]徒《と》らへしていただくのが作法でござんすがね。野暮をいうなあ止しやしょう。――おいっ、眼《め》ッ跛《ぱ》」と、張《ちょう》は仲間の一人へどなって。「――どうでえ、粋《いき》な和尚さんじゃねえか。さっそく一しょに飲んでくださるってんだ。一ッ走り飛んでいって、街の酒屋と肉屋へ、御用を仰せつけてこねえか」 「あいよ」と、すぐ二、三人は飛んでいった。  それを合図に、眼くばせ交《か》わしたごろつき連は、智深をとり囲んで、なんのかんのと、次第に彼を大きな肥溜《こえだめ》のある畦《あぜ》のはずれへ誘いだした。――智深は、これが彼らの計略だとも、また、自分の立ったすぐ後ろが糞の池とも気づかなかった。また、ちょっと見たのでは溜《ため》の表皮一面、蠅《はえ》の上に蠅がたかって、まるで黒大豆でも厚く敷いたような密度だから糞色《ふんしょく》も見えず肥《こえ》の匂いもしないのである。で智深はただ、彼らの愛相《あいそう》や馬鹿ばなしに退屈を忘れ、他愛もなく一しょに興じあっていた。  すると、与太《よた》もンの一人が、すッ頓狂な声を発して、 「あッ、和尚さんのくろぶし[#「くろぶし」に傍点]に、大きな虻《あぶ》が」  と、いきなり彼の脚元へ身を這わせ、虻を打つと見せて、片脚を拯《すく》いかけた。拯《すく》われたら後ろの溜《ため》へもんどり[#「もんどり」に傍点]は知れたこと。智深は無意識に体をねじッた。そして、そいつをぽんと蹴放し、また、とたんに、も一つの脚へ搦《から》んできたチンピラの横びんた[#「びんた」に傍点]へ向っては、 「ちょめ!」  と、童《わっぱ》の頬でも撲《は》るような平手の一|擲《てき》を食らわせた。なんでたまろう、二つの体は仲よく躍ッて溜《たま》りの中へ飛んでいった。刹那。うわあん……鐘の鳴るような唸《うな》りが起って、満天満地に蠅が舞い立ち、ために、一天の陽もなお晦《くら》いほどだった。 「それっ、たたんじまえッ」  とは声ばかり。智深の体にたかッたと見えたものは、みなそれ、一|颯《さつ》に目を眩《まわ》す蠅の旋舞《せんぶ》といささかの違いもない。――智深は早くも番所小屋の高床《たかゆか》に戻って、 「あははは、わはははは」  と、独りで腹を抱えている。  溜《ため》に沈没した仲間のチンピラを、どうやって救いあげて帰ったろうか。想像してみるだけでも智深にはおかしい。どうもこの畑番、至極退屈な役と思っていたが、とんだよい景物が近所に見つかった。愉《たの》しい哉《かな》、世の生きものども。ちょいちょい野菜泥棒にも這い込むがいい。時により、智深にも仏心なきに非《あら》ずだぞ――と、彼はそれからというもの毎日、むしろ彼らの現われるのが、心待ちに待たれた。  だが、ごろつき街の連中にすれば、それどころかは、額《ひたい》を集めての、薄暗い密議まちまち。 「さあ、みんな、しッかりしろやい。こんどの番所坊主は、いままでの瓜頭《うりあたま》とは瓜の恰好も違うと思ったら、ちょっと中身も違うらしいぜ。なんとか一度、ぶッ砕いてやる思案はねえか」  十数日の後である。練りに練った一計を秘したものか、蛇李《だり》と鼠張《そちょう》の二人が、番所の小屋に謝罪《あやま》りにやってきた。「……先日は乾分《こぶん》どもの悪戯《わるさ》。なんとも、お見それ申しやして」と、いとも神妙に、三拝九拝して、一|献《こん》差し上げたいという申しいでなのである。  下地《したじ》はよし、折ふしの炎暑に、智深も茹《うだ》ッていたところであるから、一も二もなく、誘いにまかせた。そして彼らについて出て見ると、園の蓄水池《ちくすいち》の畔《ほと》り、涼しげな楊柳《ようりゅう》の木蔭に、莚《むしろ》をのべ、酒壺《さかつぼ》を備え、籃《かご》には肉の料理やら果物《くだもの》を盛って、例の与太もン二、三十が恐れ畏《かしこ》んで待っている。彼らは頭《ず》を揃えて、 「へえい。以後は決して、こち[#「こち」に傍点]徒《と》ら一同、畑荒らしはいたしませんし、ご菜園の御用とならば、どんなことでもいたしますから、どうかひとつ、今後はお手下の耕夫《こうふ》同様におぼしめして」 「えらく今日は行儀がいいなあ。なあに、寺でも食いきれない菜園だ。適度には持ってゆけ、持ってゆけ。その代りちょいちょい、わが輩へのお年貢《ねんぐ》を忘れるなよ」  智深は遠慮なく飲み大いに食らった。ちんぴらどもは彼の酒量に驚き呆れ、三度も酒屋へ馳けつけた。 「……おや、なんだこれは?」  彼はやっと気がついた。彼の肩や頭へ何か時々、楊柳《ようりゅう》の上からポトと落ちてくるものがあった。手で撫《な》で廻したのは不覚である。鷺《さぎ》やら烏《からす》やら、とにかく鳥の糞《ふん》にはちがいない。 「ちイっ……。対手《あいて》にならぬやつほど恐い対手はないぞ」  智深は呟《つぶや》いて少し座の位置をかえた。歌う者、手拍子《てびょうし》を叩く者、与太もンどもは、浮かれ騒ぐ。するとまた、頭上の柳の葉隠れでも、烏がガアガア啼《な》き騒いだ。のみならず、智深の襟《えり》くびから杯の手に、またぞろ、ワラ屑みたいなものがこぼれた。  智深は癇癪《かんしゃく》をおこして、突っ立った。 「ええい、やかましいっ。この化けもの柳には、烏の巣があるとみえるな」 「相すみません。和尚さん、いま梯子《はしご》を持ってきて、巣を落しますから、お待ちなすって」 「そんな手間暇《てまひま》がいるもんか。ここの烏も畑荒らしの一族だ。こうしてやる」  あっと、ごろつきどもは思わず嘆声をあげた。智深が法衣《ころも》の諸肌《もろはだ》を脱いだからだ。そしてその酒身《しゅしん》いっぱいに繚乱《りょうらん》と見られた百花の刺青《いれずみ》へ、思わず惚々《ほれぼれ》した眼を吸いつけられたことであろう。  いや、驚倒したのは、それだけではない。智深が大きな柳の幹を抱くようにして、半身をやや逆さにしたと思うと、むくりと根廻りの土が揺るぎだした。ううむっ、と智深の半裸から陽炎《かげろう》が立ち、大樹の親根が見え、毛根《もうこん》が地上にあらわれ、どうっと、大樹は根コギになって仆れた。 「……どうだ、拙僧の余興は」  智深は洒落《しゃれ》のつもりらしい。だが彼はがっかりした。気がついてみると、あたりのチンピラは、烏の群れより迅《はや》く、逃げ散っていた。舌を巻いたどころの驚きでなく、恐怖に駆られ、その日の計略《はかりごと》も忘れて街へ逃げ去ってしまったものらしい。  さすが、それからは仕返しも断念し、腹の底から慴伏《しょうふく》したものに相違ない。以後はコソコソ影を見せても、花和尚《かおしょう》さまだの、花羅漢《からかん》さまのと、遠くから平蜘蛛《ひらぐも》になって、めったに側へ近づこうともしなかった。 「こりゃ、淋しい」と、彼は喞《かこ》った。 「それに、やつらの馳走になりっ放しなのも心苦しい。よし、こんどはこっちで招いてやろう」  或る日、彼は酒肉を調《ととの》えて、逆に彼らを園の一|莚《えん》に招いた。大よろこびで、彼らはやってきた。こうなると、日ごろのゲジゲジも迂路鼠《うろねずみ》も青草蛇《あおだいしょう》も、案外、天真|爛漫《らんまん》なもので、飲む、踊る、唄うなど、百芸の歓《かん》を尽して飽くるを知らない。 「ところで、花羅漢《からかん》さま。今日は一つ、一同におねだりがござんすが、お聞き届けくださいましょうか」 「なんだ貧乏人の拙僧に」 「たいそうお見事な錫杖《しゃくじょう》をお持ちでござんすが、いかがなもンで、ひとつその、花和尚さんのお腕前を一度拝見したいって、みんなが申しておりますが」 「なに。おれの武芸をみせろというのか。そんなことなら無料《ただ》ですむ。おやすい頼みだ」  さらぬだに、久しく振ってみなかったかの鋼鍛《はがねぎた》え重さ六十二斤の鉄の愛杖《あいじょう》。それを取るや、酒の莚《えん》を離れていった。まず片手振りを試み、また八|相《そう》、青眼《せいがん》、刺戟《しげき》の構えを見せ、さらに露砕《ろさい》、旋風破《せんぷうは》、搏浪《はくろう》、直天《ちょくてん》、直地《ちょくち》の秘術など、果ては、そこに人なく、一|杖《じょう》なく、ただ風車《ふうしゃ》の如き唸《うな》りと、円をなす光芒《こうぼう》がぶんぶん聞えるだけだった。  すると何者か。近くの破れ土塀の崩れの辺で、 「ああ、見事。……すばらしい!」  とわれを忘れて、つい発したような声がした。  その声に、智深はつい気合いを外《はず》してしまい、しんとしていた与太《よた》もンたちの群れへ。 「誰だい? あんなところから覗《のぞ》いて、いま妙な気合いをかけおったのは」 「お。……ありゃあ花羅漢さま。武芸のほうじゃあ、たいしたお方でござんすよ。汴城《べんじょう》八十万の禁軍ご指南役の一人、林冲《りんちゅう》と仰っしゃるお武家で」 「なに、林《りん》師範だって。そいつあ、えらいもンに見物されたな。ごあいさつせずばなるまい。おい、誰か行って、丁重《ていちょう》にお呼びしてこい」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 鴛鴦《えんおう》の巣は風騒《ふうそう》にやぶられ、 濁世《じょくせ》の波にも仏心《ぶっしん》の良吏《りょうり》はある事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  林冲《りんちゅう》には、通り名がある。豹子頭《ひょうしとう》といい、あわせて豹子頭林冲とよぶ。  生れつきなる豹《ひょう》のごとき狭い額《ひたい》、琥珀《こはく》いろの眸《ひとみ》、また顎《あご》の鋭さは燕のようなので、そんな綽名《あだな》がつけられたものか。  見るからに都の武人風。装いは洒落《しゃれ》ていた。緑紗《りょくしゃ》の武者羽織は花団模様《はなまるもよう》の散らし、銀帯《ぎんたい》には見事な太刀。また、靴も宮廷ごのみな粋《いき》なのを履《は》いていた。年ごろは三十四、五か。……やがて、こなたへ歩いてくる背丈《せたけ》もまた抜群といっていい。  智深《ちしん》は、その人を莚《むしろ》に迎え、名乗りあってから、一|盞《さん》を献《けん》じた。漢《おとこ》は漢《おとこ》を知り、道は道に通ずとか。二人はたちどころに、肝胆《かんたん》相照《あいて》らして、 「花和尚《かおしょう》、以後はあんたを義の兄と敬《うやま》おう。武芸からも、年齢の順からいっても、あんたが上だ」  と林冲《りんちゅう》がいえば、智深もまた、 「この魯智深には、ちともったいない弟だが、そういってくれるなら、ここで義兄弟の杯を」  といったわけで、時のたつのも忘れ顔に、緑蔭の清風《せいふう》は、この二人のためにそよめくかとばかり爽やかだった。  するとどこかで「――旦那さま、旦那さま」と、しきりに林冲を探すらしい女の声がする。彼はすぐ莚《むしろ》をつっ立ち、そしてさっきの崩れ土塀の辺に、チラと見えた小間使い風の女の姿へ、 「おうい、錦児《きんじ》。拙者はここだここだ。なにか急用でも起ったのか」 「……あっ、だ、だんなさま、たいへんでございますよ、奥さまが」  侍女の錦児は、心も空な口走りをつづけ、馳け寄りざま何ごとかを、泣き泣き主人に告げだした。――聞くうちにも、林冲はその豹額《ひょうびたい》にするどい敵意と不安を掻き曇らせていたが。 「……ま、泣くな。よしっ」と錦児をなだめてから、酒もりの莚《むしろ》のほうへ。 「妻の身にちと心配が起ったので、今日はこれで失礼する。花和尚、いずれまた会おう」 「やあ豹子頭《ひょうしとう》。俄に酒もさめた顔いろじゃあないか。御夫人がどうかしたのか」 「いや、侍女の錦児をつれて、この先の東岳廟《とうがくびょう》へ参詣にいった帰り途、なにか殿帥府《でんすいふ》の若い武士どもに搦《から》まれて悪戯《わるさ》に困っているとのこと。捨ててはおけぬ。――ご免!」  いうやいな林冲の姿は、もう彼方の崩れ土塀を跳び越えていた。なにさま、豹身《ひょうしん》が風をきって跳ぶかの如く、それは見えた。  無理はない。林冲にとっては、多年の恋が結ばれて、つい先ごろ、家庭を持ったばかりの新妻なのだ。――来てみれば、東岳廟《とうがくびょう》と並ぶ五|岳楼《がくろう》の廻廊の欄干に、それらしき武家風の若者十人ばかりが、腰かけている。手に手に吹矢の筒《つつ》、弾弓《はじきゆみ》、鳥笛などをもてあそび、べつの一組は、階《きざはし》の口を立ちふさいで、通せンぼをしているとしか思われない群れである。 「や、や。あれや高俅《こうきゅう》の養子、高御曹司《こうおんぞうし》の近侍《きんじ》たちだな」  よもやと思ったが、やはりそれだった。廻廊の下には、日ごろ見覚えのある白馬に見事な金鞍《きんあん》がすえてある。――そもそも、現|宋朝《そうちょう》の徽宗《きそう》皇帝のもとに、いまや禁門|汴城《べんじょう》における勢威第一の寵臣は誰なりやといえば、馬寮《ばりょう》の走卒でもすぐ「――それは殿帥府《でんすいふ》ノ大尉《だいい》[#1段階小さな文字](近衛大将)[#小さな文字終わり]高俅さまだ」と答えるであろう。――高ノ御曹司《おんぞうし》とは、つまりその人の養子なのだ。もとは高家の叔父、高三郎の子であるが、貰われて、時めく近衛大将軍家の公達《きんだち》とはなったのである。  ところが、この御曹司、養父の権力をかさ[#「かさ」に傍点]にきて、ろくなことはして遊んでいない。取巻きの近侍たちも皆、上流子弟の愚連隊といったような連中で、街の人々もこの悪貴公子の群れを“花花猟人《おんなかりゅうど》”などと称していた。また中には「……血筋はあらそえないもの……」と、いう蔭口もなくはない。  都民のうちには、現朝廷の寵臣高俅も、むかしは、無頼な一遊民にすぎず、喧嘩、賭けごと、書画、遊芸、何にでも通達していて、いつか権門に取入り、蹴毬《けまり》の妙技から、ついに、徽宗《きそう》帝に知られ、鰻《うなぎ》のぼりの出世をとげた法外な成上がり者なることを今でも覚えている者が少なくなかった。――だから養子の高《こう》御曹司が、よその娘、人の女房にもすぐ眼をつけての女狩りなどと、高家のお家芸よと、怪しみもしないわけかと思われる。  が、それはさておき。  林冲《りんちゅう》の新妻はいま、五|岳楼《がくろう》の御堂扉《みどうとびら》にしがみついて、執拗《しつよう》な高御曹司と、争っていた。 「いやですっ。私は人妻です。見ず知らずのあなた方に誘われて、そんな御堂内《みどうない》などへはいかれません。お放しくださいませ。放してッ」 「まあ、いいじゃないですか。あなたは見ず知らずというが、麿《まろ》はもう夢に見るまであなたを前々から恋していた。ここでお会いしたのは、東岳廟《とうがくびょう》のおひきあわせだ。ああ、そのお唇《くち》、そのおん眼」 「ええ、けがらわしい。何をなさるンですかっ」 「女はみんな、初めは柳眉《りゅうび》を逆だてて、そういうが、ひとたび、ほかの男を知ってごらんなさい。わが身のうちに潜《ひそ》んでいた泉の甘美に驚きますから」 「ばかっ。色きちがい」 「あ痛ッ。よろしい。あなたはその美しい繊手《せんしゅ》で、麿《まろ》の頬を打った。麿も暴力をもって報いますよ。火のごとき愛情の暴力で」 「あれッ。……たれか、助けてっ」  そのとき階《きざはし》の口に通せんぼしていた高《こう》の近侍たちを刎《は》ねとばして、馳け上がってきた林冲が、 「悪戯《いたずら》者。人の妻へ、なんの真似《まね》だ」  と、いきなり高御曹司を突き飛ばした。そして、彼らが呆《あ》っ気にとられた刹那に、妻の体を引っ抱えて、さっと廻廊の角まで身を避け、次に彼らがどんな陣容《じんよう》を盛り返してかかってくるかと、身構えをとって睨んでいた。  しかし、相手の群れは、事の不意に度胆《どぎも》を抜かれてしまッたか、ただちに復讐に出てきそうもない。 「……や。林師範だぞ」「豹子頭《ひょうしとう》か」と、小声をかわしていたと思うと、たちまち、どどどっと階段を降りて、高御曹司を、白馬《はくば》金鞍《きんあん》の上に奉《ほう》じ、まるで落花を捲いた埃《ほこり》のように逃げ去った。  新家庭の林家《りんけ》には、あれからというもの、何か気味のよくない暗影に忍び入られて、あわれ鴛鴦《えんおう》の夢も、しばしば姿の見えぬ魔手に脅《おびや》かされ通していた。  それみな、高《こう》御曹司の陰険な迫害と、執拗な横恋慕とはわかっている。が、わかっているだけになお恐ろしい。相手は殿帥府《でんすいふ》の最高官の部屋住み。こちらは軍の一師範。どうにもならぬ。 「女房。気をつけてくれよ、わしの留守にも、外出にも」 「いいえ、この頃はもう、買物にも錦児《きんじ》ばかりやって、私は外へも出たことはありません」  林冲《りんちゅう》とその若き妻は、家にあっても声をひそませ、垣の物音にも、すぐ心を研《と》ぐような習性にまでなっていた。というのも、しばしば妻の身が襲われかけたり、林冲《りんちゅう》が友人の家で酔っている間に、不慮な事件が留守中に起ったり、何度となく、謎《なぞ》のごとき怪《かい》に呪《のろ》われていたからだった。 「……狙われているのは、私の身だけではございませぬ。私を愛してくださるなら、あなたもご自身に気をつけてくださいませ。禁軍へご出仕の行き帰りにも」  彼の妻は、林冲が門を出てゆくたびに、うるんだ眼で、良人に言った。男は出ないわけにはゆかない。林冲は笑ってみせる。 「案じるな、おれは大丈夫だよ。こう見えても、武術では豹子頭《ひょうしとう》の前に立ちうるほどな敵はない」  ――が、或る日、閲武坊《えつぶぼう》の辻で、ひょっこり魯智深《ろちしん》と行き会った。彼とは、あれからも数回飲みあって、いよいよ交友|密《みつ》なるものがあったが、 「どうしたんだ豹子頭、会うたび顔いろがよくないぜ。そろそろ秋風に枯葉《こよう》は舞うし、拙僧もなんだか淋しい。ひとつそこらで飲《や》ろうじゃないか」  と、その日も誘わるるまま、居酒屋の軒をくぐった。  花和尚《かおしょう》と語っていると、彼は何もかも忘れえた。しかし、妻のことなどは、話もしないし、相手も訊こうとはしない。  二人は、夕明りのころ、閲武坊《えつぶぼう》の酒屋を出て、ぶらぶら街を歩いた。――すると誰やら後ろのほうから、妙な売り声で、呼ばわるともなく、呟《つぶや》くともなく、ぼそぼそ言いながら、くッついてくる男があった。 「――ああ狭い狭い、世間は狭い。この都に人間は多いが、眼のある人間は一匹もおらんじゃないか。……こんなすばらしい銘刀《めいとう》を見てくれる者もないとは情けなや」  先に行く智深と林冲は、ちょっと、耳うるさげに振り向いたが、すぐ話に夢中な様子だった。  するとまた、後ろで。 「大道商人の刀売りとは、わけが違う。仔細あってぜひなく手放す物。買い逃がしたら二度とかかる宝刀には、生涯出会うことはあるまいに」  ――そのとき、先の二人は、いつもの四つ角で袂《たもと》をわかっていた。「……また会おう。近いうちに」といって去る魯智深の後ろ姿を見送って、林冲はふと呟《つぶや》きをもらしていた。 「いいもんだなあ。真《しん》の友達というものは」  そしてふとまた、歩きかけると、藍木綿《あいもめん》の浪人服に、角頭巾《つのずきん》をかぶった四十がらみの男が、手に見事な宝刀を捧げ、それに“売り物”とわかる草標示《くさじるし》を提《さ》げ、つと、林冲のそばへきて。 「どうです、安いもんでしょう。三千貫とは」 「刀か。刀は腰にもある、家にもある。いらないよ」 「そうか。お武家もお盲《めくら》さんか」 「なに」 「そんな、ざらにある駄刀《だとう》とはちと違う。眼があるなら、抜いて見さッせ」 「なるほど、拵《こしら》えは良さそうだな」 「ちっ。素人《しろうと》くさい。柄拵《つかごしら》えや鞘《さや》作りを売るんじゃねえぜ。いらんか」 「まア、待て」――つい好きなので手をのばし、刀の鯉口下《こいぐちした》三寸の辺をぐっと握ってみた。男は手を放す。林冲《りんちゅう》は思わず、むむと心で唸った。  持ち味、たまらない触感と重みである。鞘《さや》を払ってみれば、夕星《ゆうずつ》の下、柄手《つかで》に露もこぼるるばかり。  ためつ……すがめつ……彼の眸《ひとみ》は稀代《きたい》な銘刀《めいとう》の精に吸いつけられ、次第に放しともない誘惑に駆られていた。 「浪人、どうしてこんな神品《しんぴん》を手放す気になったのか」 「どうしてって。……この襤褸《ぼろ》姿を見てくれればわかるだろう。飢《う》えた妻子が待っている。それ以上、訊くのは罪だ」 「訊くまい。いくらだ」 「昨日今日、三千貫とわめいてみたが、売れない。御辺《ごへん》を眼のあるお人と見て、半分に負けてやる」 「欲しい。だが少々、金が足らん」 「一千貫。あとはビタ一文も引けない。それでよければ」 「よし、わが家の門《かど》まできてくれい」  ついに林冲は手に入れた。妻もよろこんだ。  ――単に家宝を得ただけでなく、銘刀は魑魅魍魎《ちみもうりょう》も払うという。そんな心づよさも抱いたのである。  ――と。三日ほどたって。  殿帥府《でんすいふ》の副官|陸謙《りっけん》から使者が来た。その書面をひらいてみると、 [#ここから2字下げ]  聞説《キクナラク》。貴下ハ先頃、稀代《キタイ》ナ宝刀ヲ入手セラレシ由。武人ノ御心ガケ神妙ナリト、高大尉《コウダイイ》閣下ニオカセラレテモ、御感《ギョカン》斜《ナナ》メナラズ、マコトニ御同慶ニ堪エナイ。 [#ここで字下げ終わり]  という祝辞の次に、こう結んである。 [#ここから2字下げ] ……ツイテハ、高家《コウケ》御秘蔵ノ宝刀ト、貴下ノ愛刀トヲ、一|夕《セキ》、較《クラ》ベ合ッテ鑑賞ヲ共ニシタシトノ高閣下ノ御希望デアル。依ッテ、明日改メテ迎エノ使者ヲ出ス故、御携来《ゴケイライ》ヲ希《ネガ》ウ。 [#地から1字上げ]虞候陸《グコウリク》 百拝 [#ここで字下げ終わり] 「……はアて。誰が、いつのまに刀のことなど知って、喋《しゃべ》ったのか。もっとも大道で買った物。誰も見ていなかったとは限らないが」  林冲も、ちょっと怪しみ、妻もなにか動悸《ときめき》を感じたが、しかし、殿帥府副官の名では、公式な召しも同様で応じぬわけにもゆかない。もしまた、文面の通りなら光栄とも考えられる。何が待つか、ともかくもとその翌日、林冲は正装して宝刀をたずさえ、迎えの者とともに、大尉《だいい》の公邸に出向いた。  衛兵の見える公邸の門を入ると、林冲を伴った迎えの者は、 「あれなる中門を通って、東の殿廊《でんろう》を進んでいかれい。そこの階《きざはし》に、召次《めしつぎ》の者か副官がお越しを待っておいでになろう」  教えられるまま、彼は奥へ進んだ。けれどそこには誰も立ち迎えていない。 「はてな?」  振り返ると、彼方で見知らぬ衛兵が、黙って、北廊《ほくろう》を指さしている。さては教え違いか聞き違いかと、北へ進むとまた一門があった。すでに禁苑《きんえん》の一|劃《かく》とおぼしく、美々しい軍装の近衛《このえ》兵が戟《げき》を持って佇立《ちょりつ》していたが、林冲《りんちゅう》を見ると、唖《おし》のごとく黙礼した。禁軍師範の林冲も、まだかつて、こんなところまでは来たこともない。  だが弱った。いったいどこを訪《と》うたらよいのか。壮麗なる一閣の階《きざはし》を上って、内を窺《うかが》うと、さらに中庭が見え、彼方に緑欄《りょくらん》をめぐらした一堂があるのみだった。 「……あれかな? なにやら人の気配もするが」  橋廊《きょうろう》を渡って、一房の珠簾《すだれ》内をそっと覗《のぞ》いてみた。すると、正面の欄間《らんま》の額《がく》に、墨の香《か》も濃く読まれたのは、 [#1字下げ]白虎節堂《びゃっこせつどう》  とある四大字。林冲はぎょッと、立ち竦《すく》んで、 「や。これはいかん。節堂は軍の機密を議するところで、枢機《すうき》に参《さん》ずる高官のほか立入りならぬところと聞いておる。えらいところへ迷い込んだもの」  慌《あわ》てて後へ戻ろうとしたのである。が、時すでに遅かった。靴音たかく、さっと一方の扉を排《はい》して現われた将軍がある。これなん、かつての毬使《まりつか》い高毬《こうきゅう》、いまでは殿帥府《でんすいふ》ノ大尉《だいい》にして徽宗《きそう》の朝廷に飛ぶ鳥落す勢いの高俅《こうきゅう》であった。 「こらっ、なにやつだ。節堂《せつどう》を窺《うかが》う曲者《くせもの》は」 「あ。高《こう》閣下ですか。お召しによって伺うた師範林冲にござりますが」 「なに、お召しによってだと。いつ汝を呼んだか。そんな覚えはないッ。怪しい言い抜けを」 「いや、いや。確かに陸《りく》副官のお使いをうけ申して」 「陸謙《りっけん》、居るかっ。この者を召捕れっ。わしを暗殺せんと近づいた者があるぞ」 「あっ! なんで拙者が」  すでに彼の四方は鉄桶《てっとう》のごとき兵士で取り囲まれていた。その中には、顔もよく知っている副官陸謙の姿も見える。林冲は、それへ向って、 「使いをよこしたのは、貴公じゃあないか。家にある貴公の手紙が何よりの証拠だ。なんで拙者をこんな目に会わすのか。おいっ、笑いごとじゃあない。返事をしたまえ」  怒りをこめて叫んだものの、陸謙はてんで[#「てんで」に傍点]受けつけない。 「はははは。ばかな血迷い言《ごと》を。……なんで一師範の汝を、高閣下がお召しになろうぞ。敵国のため、軍の機密を盗みに忍び込んだか、または、高閣下に怨みをふくんで、お命を窺《うかが》いおったか。いずれかに相違あるまい。――それっ、あの手に持っている宝剣を用いさせるな」  兵士らは、どっと喚《おめ》きかかり、林冲の体を圧《お》ッ伏せ、高手小手に縛り上げて、その日のうち獄へ下げてしまった。  獄は、開封《かいほう》奉行所の構内にある。時めく高家から下げられた罪人だし、罪状|云々《しかじか》とあっては、ただ、首斬れといわぬばかりな囚人だ。しかし府尹《ふいん》の職として、そうもならない。奉行はこれの調べを、与力役の孫《そん》に命じた。そして、一応の証拠|固《がた》めをなすまでの時日を藉《か》した。  これは、林冲にとって、受難中にも一つの幸いだったといえよう。はたまた、彼がこの世に果すべき人間|業《ごう》のいまだつきざるところだったか。  与力の孫は、名を定《てい》といい、囚人からも世間からも、慈悲心のある良吏として、慕われていた。綽名《あだな》といえば良いほうにはつけないものだが“仏孫子《ほとけのそんさん》”といえば知らぬものはない。  孫は、日ごろから林冲《りんちゅう》の人となりを知っているし、また、節堂事件が、高家の捏《で》ッち上げくさいことは、すぐ感づいたので、われから進んで、いきさつを洗ってみた。  その結果、高《こう》御曹司の横恋慕が泛《う》かびあがった。そして彼をめぐる取巻き連の陸謙《りっけん》、富安《ふあん》などという阿諛佞奸《あゆねいかん》な輩《やから》が、巧みに林冲を陥穽《かんせい》に落したものとわかってきた。――またそれは林冲が奉行|白洲《しらす》で訴えた寃罪《むじつ》のさけびとも合致していた。 「これまでの謎も、すべて私には解けています。この林冲をなきものとし、私の妻を奪わんとする高御曹司の執拗《しつよう》な呪咀《じゅそ》が、さまざまな形となって、わが妻と家庭を悩まし脅《おびや》かし通してきたものに違いありませぬ」  ――それは主席の奉行も認めた。けれど、奉行にしろ高家の睨みは恐い。たとえ寃罪《むじつ》の証拠証人をならべ得ても、無罪にするわけにゆかず、死罪以外の処刑もどうかと、ためらわれた。 「じゃあ、お奉行に伺いますが……」  と、孫《そん》与力は、処刑判決のさい、日ごろの仏の孫さんにも似ず、色をなして詰めよった。 「この奉行所は、朝廷と民とのためにあるのでなく、高《こう》大将家のためにあるものでしょうか」 「孫定《そんてい》、なにを申すか。それはちと過言だろうが」 「でも、お奉行のごとき憚《はばか》りをもてば、あだかも、高家の私設奉行所のごとき観を、庶民に与えるのではございませんか。……さなきだに、高家の専横と、高御曹司の非行などは、口には出さねど、開封《かいほう》の都民はみな見て知っておりますからな」 「では、林冲の処刑は、どう裁いたらいいと申すのか」 「とにかく、死刑はいけません。死罪だけは、断じていけない。といって、軽罪では、高家の父子もおさまりますまい。死一等を減じて、辺疆《へんきょう》の地へ流刑《るけい》にされてはいかがでしょう」 「さ。どうだろう、そんな処分では」 「大丈夫です。高家の側《がわ》にも、手ぬかりがありました。副官|陸謙《りっけん》の手紙が林家にあったのを、てまえが握っています。あれを陽なたに出せば、奸策《かんさく》歴然ですから、いかに高家たりとも文句は噫《おくび》にも出せないはずと、てまえは固く信じまする」  末期|宋朝《そうちょう》の濁世《じょくせ》にも、なおこの一良吏があったのである。即日、流刑と決まり、林冲は白洲《しらす》で宣告をうけた。  当時の慣わし、半裸にして、二十ぺんの棒打ちを背に食らわせ、その顔に刺青《いれずみ》する。また、護送となっては、鉄貼《かねば》りの板の枷《かせ》が首にはめられ、その錠前《じょうまえ》に封印がほどこされた。  流刑先は、滄州《そうしゅう》[#1段階小さな文字](河北省)[#小さな文字終わり]の牢城《ろうじょう》だった。――牢城とはつまり諸州から集まる罪囚の大|苦役場《くえきば》の名。  また、その聴許《ちょうきょ》を要請された殿帥府《でんすいふ》の高家でも、司法法廷の裁判には抗《あらが》いかねたものだろう。だまって、その公文書に裁可の官印を捺《お》して下げてきた。  さて。いよいよ罪人|押送《おうそう》の日となって、開封《かいほう》奉行所の門を一歩出てきた林冲の姿は、もうこの一と月ほどで肉落ち頬骨あらわれて、足もとすらもなよなよしていた。その日、往来に群れなしていた街の男女や縁故の見送り人たちも。「……これが昨日までの林師範か」と、涙を催さずにいられなかった。  人目を浴びつつ、やがて州橋を越え、都関《とかん》も出ると、また一群れの人々が待っていた。すると中から林冲《りんちゅう》の妻と、妻の父が走り出てきて、 「おお聟《むこ》どの。……待っていた。しばしの別れを、あすこの酒店で」  と、馬子茶屋みたいな店の奥へみちびいた。もちろん、これにはお定まりの賄賂《わいろ》が充分とどいていること。で。そこでの限られた寸時の別れをお互いに泣いて惜しみあう機会はえたが、しかし、妻は身も世もなく、林冲の胸に涙の顔を埋めて離れない。すでに「――時刻、時刻」と、戸外《おもて》の護送役人が喚《わめ》き立てても、離れようともしなかった。  林冲は、眦《まなじり》をふさぎ、ここに観念の臍《ほぞ》をきめて、わざと酷《むご》くいった。 「いつまで、嘆きあっていても、別れはつきない。また、深く考えてみれば、恋々《れんれん》と泣き濡れているだけが愛情でもない。おそらく、この林冲がいなくなれば、高《こう》御曹司が、そなたの身や、お舅《しゅうと》の上に、またあらゆる毒手を加えてくるだろう。……早くどこかへ身を隠せ。そして、そなたはまだ若い身そら、良縁があったら他家へ縁づいて、わしのことは忘れて幸福に暮しなさい」  彼は即座に、酒店の老爺《ろうや》から、筆と硯《すずり》を借りうけ、離縁状を書いて、岳父《がくふ》にあずけた。 「お情けないっ。……あなたは私を、そんな女と思っていらっしゃるんですか。いやですっ。……死んでもそんなことは」  妻は悶絶《もんぜつ》せんばかり、なお良人《おっと》の膝にしがみついて慟哭《どうこく》する。その間にも、護送の役人は、軒を叩いて、 「早くしろ、早く」  と急《せ》く。ついに舅は泣き狂うむすめを無理にもぎ[#「もぎ」に傍点]離し、ともに擁《よう》して泣き死んだように丸まってしまった。それを見捨てて、林冲の姿を急《せ》く腰鎖《こしぐさり》は、遠い流刑地の途《と》へ仮借《かしゃく》なく彼を追いたてていった。  押送《おうそう》役の刑吏は、端公《たんこう》[#1段階小さな文字](端役人のこと)[#小さな文字終わり]の董超《とうちょう》と薛覇《せっぱ》という男だった。当時、宋《そう》代の習慣では、囚人をつれた端公の泊りには、道中の旅籠屋《はたごや》でも部屋代無料の定めだった。だから彼ら小役人は、旅籠へつくなり自身で火をおこし、粟《あわ》を炊《た》き、出張費|稼《かせ》ぎの小金を浮かせるのを役得《やくとく》としていたから、囚人の食物などは、ただ露命を保たせておけばいいとしているに過ぎない。  東京《とうけい》城の関外へ出てから二日目、小さな宿場町へ黄昏《たそが》れ頃つくと、とある田舎酒館《いなかぢゃや》の前に馬を駐《と》めて、彼らを待っていた男がある。黒紗《くろしゃ》の袍《ほう》を着て、卍頭巾《まんじずきん》、黄革《きがわ》の膝行袴《たっつけ》ばきに、馬乗り靴という扮装《いでたち》。そして鞭《むち》を逆手に、 「おお端公たち、いまついたか、ご苦労ご苦労」  と、何かすでに、ここでの会合を東京で諜《しめ》し合せておいたことらしく、眼くばせくれると、端公らは、ただちに附近の旅籠《はたご》へいって、林冲の腰鎖を部屋の柱に縛りつけ、そして早速、以前の田舎酒館《いなかぢゃや》へ引っ返してきた。  卍《まんじ》頭巾の男はもう、卓に酒肴《さけさかな》を並べさせて待っていた。そして、銀子《ぎんす》二十両ずつ、二た山にして、彼らの卓の鼻先においてある。 「さあ、遠慮なく飲まんか。これから滄州《そうしゅう》まで何百里の道のりだが、途中にはもうろくな酒肴には出会わんぞ」 「へい。どうも恐れいります。……が、なんともはや、殿帥府《でんすいふ》副官ってえお偉い方の前じゃ、ついその、かたくなっちまいやしてね」 「なにも公《おおやけ》ではなし、そう恐れいらんでもいい。こちらも人目をはばかることだからな。そこで開封《かいほう》奉行所を立つ前日、そのほうどもの私宅へ、そっと使いをやっといた例の件だが、心得たろうな」 「……そ、それがですよ旦那。弱りやしたな。こう二人で、首つき合せて相談してみたんですが、なにしろ奉行所のほうじゃ、必ず囚人の生命だけは無事流刑地まで押送《おうそう》せよ、万一あらば端公《たんこう》もまた、罰せらるべし……とございますんでね」 「そんなことはわかっとる。わかっとるからこそ貴様たちに密々こうして高家よりお頼みとしてお吩咐《いいつけ》がくだったのじゃないか。それができんとあっては、この副官|陸謙《りっけん》もただでは帰れん。いやか」 「と、とんでもない。てまえどもみたいな端《は》役人に、ご大官さまから内々のお頼みときちゃあ、是も非もなく、お引受けは否《いな》めませんが、なにしろ、日ごろは薄給な身分ですし、家には女房子年寄まで、うようよ腹を空《す》かしているような暮しなのでもし職にでも離れますと、その、その日から」 「だから申しておるじゃないか。……そのほうたちの手で、滄州《そうしゅう》までの途中において、あの林冲をうまく殺しおおせたら、褒美《ほうび》の金はもちろん、生涯、高家の庭番にでも何にでも使って面倒はみてやる、食うには困らせはせんと……」 「へい。そこはまことに、ありがたいお話で、一生仕事だぜと、こいつにも言ったんですが」 「どうも煮えきらんやつらだな。何をまだ、そんなに思案投げ首をしているのか」 「ただの囚人なら、一も二もござんせんがね、なにしろ豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》といっちゃ、禁軍のご師範、やり損なったら」 「たわけめ。なんのための首カセや腰グサリだ。人なき山中で一棒をくれてもよし、谷添い道で突き落し、あとから息の根《ね》とめてもいいではないか。……ただしだぞ、林冲を殺したという証拠には、彼の顔から金印《きんいん》[#1段階小さな文字](いれずみ)[#小さな文字終わり]の皮膚をはがし、それを証拠に持ち帰れよ。よろしいか。さあ合点がついたら、元気をだして大いに飲め。――そしてそれなる銀子《ぎんす》二十両は、当座の手付け金として渡しておくから収めておくがいい」  賄賂《わいろ》は彼ら端《は》役人の端公には、日ごろも収入《みいり》に数えている常習のものだが、こんどのことは相手も違うし、ケタも違う。一生涯の運のつかみどころかとも思われた。  そこで、陸謙と別れた翌朝、彼ら端公二人は、またも片手に水火棍《すいかこん》[#1段階小さな文字](三尺の警棒)[#小さな文字終わり]をひッ提げ、林冲の背をしッぱだき、しッぱだき、峨々《がが》たる山影の遠き滄州《そうしゅう》の長途へ、いよいよ腹をきめて立っていった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 世路は似たり、人生の起伏と。 流刑《るけい》の道にも侠大尽《きょうだいじん》の門もある事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  俗に、滄州《そうしゅう》までの道は二千里[#1段階小さな文字](一里ヲ六町ノ支那里)[#小さな文字終わり]といわれている。  道々は難所|折所《せっしょ》。護送役の端公《たんこう》[#1段階小さな文字](獄役人)[#小さな文字終わり]二人は、毎日|林冲《りんちゅう》の縄ジリをとって追いたてながら、 「さて、どこでこいつを殺《ばら》したもんだろう。ただの囚人なら雑作《ぞうさ》もねえが、なにしろ禁軍八十万の師範だ。いくら首枷《くびかせ》がはめてあるからって、もしやり損なったらこっちの首がすぐ失《な》くなる」  ついつい、十数日はいつか歩いてしまった。殺意もこう念入りでは、機会もなかなかつかめない。 「オイ、薛《せつ》」と、端公の一人が、もう一人の董《とう》へささやいた。 「毎日毎日、これじゃあ容易にラチはあかねえぜ。なんとか、そろそろ手を下さねえと」 「わかったよ。いちどに息の根をとめようとするから難しいんだ。あしたからは、林冲の足をあの世へ向けて、冥途《めいど》の旅の一里塚を一ツ一ツ踏ませてくれる。そのあげく、ばッさりやりゃあ、なんの仕損じることがあるもんか」  その晩。――山の旅籠《はたご》につくと、端公の薛《せつ》は、いち早く、裏口へ廻って湯玉のたぎるような熱湯をたたえた洗足|盥《だらい》を抱えてきた。 「おい、林師範《りんしはん》、これで足を洗うがいいぜ。疲れた足は、よく湯に浸《ひた》すに限るんだ。夜もよく眠れるからな」 「や。これはどうも」 「なんだい。ははあ、首カセが邪魔になって、うまく体が屈《かが》めねえんだな。よしよし、おれが草鞋《わらじ》を解いてやる」 「とんでもない。お役人が囚人の足の世話なんぞを」 「いいってことさ。まア出せよ足を。……都じゃそうもいかねえが、長途の道づれ、なんの遠慮がいるもんかね」  親切ごかしについ乗って、林冲は、それが熱湯とも知らず、うッかり盥《たらい》のなかに足を突っこんだ。あッ――と退《ひ》くまもおそし、足くびはやけただれ、彼は足くびを抱えて、悶絶《もんぜつ》せんばかり転がった。 「てへッ、なんでえ、大げさな」  端公二人は、見向きもしない。彼らは、木賃《きちん》の定例どおり、例の自炊《じすい》にとりかかり、寝酒を飲んではしゃぎ[#「はしゃぎ」に傍点]合った。もちろん林冲へも馬の飼料《かいば》でもくれるように木鉢に盛った黄粱飯《こうりょうめし》が、首カセの前に置かれはしたが……。  けれど火傷《やけど》のくるしさ、食欲も出ず、夜すがら彼は眠れもしなかった。あげくに、翌朝は新しい草鞋《わらじ》を穿《は》かせられたので、数里も行くと、草鞋の緒《お》は血にまみれ、乾いた血と土とが、終日、足の皮膚を破った。 「おいおい林師範。どうしたんだい。そんな足つきじゃ滄州までは半年もかかっちまうぜ。早く歩けよ、早くよ」 「むむ、どうにも歩けぬ。これでもあぶら汗なのだ」 「なに、歩けねえと」  薛が、水火棍《すいかこん》[#1段階小さな文字](獄卒棒)[#小さな文字終わり]を振り上げるのを、董《とう》は止めて、 「まあまあ、そう短気を起すなよ。そのうち足も癒《なお》るだろう。さあ、歩いたり歩いたり」  棒の先で、軽く林冲の背や腰を小突いてゆく。撲られるより、このほうがはるか辛い。  それから三日目。有名な野猪林《やちょりん》という原始林へかかった。夜ごとの睡眠不足と疲労に、さしもの林冲《りんちゅう》も、折々、立ち居眠りをもよおすらしく、混沌《こんとん》とよろめいていた。眼顔を見合せた端公《たんこう》の二人は。 「ああ、くたびれたな。どうだい、ちょっと一と昼寝していこうじゃないか」 「よかろう。だが、縄ジリをどうする? おれたちがとろりとしている間に、もしや林師範に逃げられちゃあ大変だが」  林冲も休みたかったので、つい言った。 「どうか、ご心配のないように、拙者の体を、木の根へ、厳重に縛って下さい」 「いいかい。じゃあ、すまねえが、ちょんの間《ま》、そうしてもらおうか」  林冲は、彼らのなすままに委せていた。彼らは、その手|頸《くび》足頸まで、がんじ[#「がんじ」に傍点]がらみにして、林冲を大樹の幹に縛《くく》し終ると、やにわに、 「よしっ。もう、こッちのもんだ」  と、躍り上がった。その打って変った形相に、 「あっ。なにをなさる」と、林冲は叫んだものの、もう遅い。彼らは左右から水火棍を振り上げて、 「やい林冲、おれたちを恨むなよ。おめえにとっては、ここまでがこの世の定命《じょうみょう》。また、おれたちには出世の門だ。――林冲を殺して面皮《めんぴ》の金印《きんいん》[#1段階小さな文字](刺青)[#小さな文字終わり]をはぎ取って帰れば、生涯安楽にしてやるとは高《こう》大将軍家のおさしがね。あの陸謙《りっけん》っていう副官の命令さ。恨むなら、そっちを恨め」  いうやいな、林冲の頭蓋骨もくだけろとばかり、二つの棒が風を呼んだ。ところが、一棒はカンと異様な響きを発して宙天に飛び、一棒は腕ぐるみ捻《ね》じ曲げられて、とたんに端公二人は大地へ叩きつけられていた。  ここに現われた者は、林冲の難を聞いて、都門《ともん》開封《かいほう》から後を追ってきた花和尚《かおしょう》の魯智深《ろちしん》だった。 「さあ、わが輩が追っついたからには、もう、てめえたち邏卒《らそつ》は、召使いも同然だぞ」  智深はそこらの立ち木へ向って、禅杖《ぜんじょう》を振るい、一撃二撃してみせた。およそ、どんな生木も巨象にヘシ折られたように肌を裂いて砕けた。端公二人は、慄えあがって声も出ない。 「師範。情けないお姿になられたなあ」  花和尚は涙もろい。こう労《いた》わりつつ、林冲を木の根から解いて、さて。 「……どうする豹子頭《ひょうしとう》[#1段階小さな文字](林冲)[#小さな文字終わり]。おぬしはここで逃げたいか。それとも滄州《そうしゅう》の流刑地まで曳《ひ》かれてゆく気か」 「おお花和尚……」と、林冲は再会のよろこびに咽《むせ》びながら「拙者も男だ。おのれ一人助かってはいられない。逃げれば、東京《とうけい》に在るいとしい妻や舅《しゅうと》などに、この大難の身代りをさせるような結果になろう。やはり拙者は刑地にいって、苦役に服すよ」 「そうか。……ぜひもないなあ。ならばせめて、滄州の近くまで、わが輩が送っていこう。さあ、この和尚の背に、おンぶするがいい」 「冗談じゃない。囚人《めしゅうど》の身が」 「なんの遠慮だ。大相国寺の菜園で、おたがいは義の杯を交わした仲じゃないか。きさまはわが輩の弟分だぞ。さあ兄貴のいうことをきけ」  こうして、数日の旅は、花和尚が彼を背に負って歩き、端公らは、荷持ち、走り使い。また旅籠《はたご》旅籠では、下男のごとく、追い使われた。  おかげで林冲《りんちゅう》の足はすっかり癒《い》え、毎日の食養も充分にとられたから、以前にもます健康に復してきた。しかも道づれは刎頸《ふんけい》の友、端公は従者のかたち。――行くてに待つ運命も長途の苦も忘れて、思わず数十日は愉しく歩いた。 「兄弟。名残りは尽きないが、明日はもう滄州《そうしゅう》でまえの近県に入るそうだ。今夜はひとつ、別れの思いを酌《く》み合おう」  花和尚は、その夜の木賃宿で、鄙《ひな》びた別宴を設けさせた。お互い心ゆくまでと、酌《さ》しつ酌されつはしていたが、さて離愁の腸《はらわた》、酔いもえず、 「……豹子頭《ひょうしとう》。おぬしの心がかりは、おそらく都にある愛妻や舅《しゅうと》の身の上だろうが、智深はまだ当分、大相国寺の菜園にいるつもりだ。よそながら見ているから案じなさんなよ。それとここに持ち合せの銀子《ぎんす》がある。地獄の沙汰もなんとやら、これを持って」と、二十両ほど、彼に渡し、また傍らの端公たちにも、小粒の銀子を投げ与えて、 「やい、牛頭《ごず》馬頭《めず》」 「へい」 「あしたから、この花和尚がいねえからって、またぞろ師範に酷《むご》いまねをしやがると、きかねえぞ。どうせてめえたちも、お役がすめばすぐ開封《かいほう》東京《とうけい》へ帰るンだろう。よくわが輩の顔を覚えておけよ」 「わ、わかり過ぎるほど、わかっておりまする」  翌朝、木賃の軒を出ると、智深はかさねて、林冲に別れをのべ、風のごとく、開封|東京《とうけい》の空へ引っ返していった。  その日、一行は滄州の県内に入った。  次の日である。はや何となく、部落も郊外のさまを思わせ、道に見る村娘《そんじょう》の姿やら童《わらべ》の群れも、人里くさい賑わいが濃くなっていたが、やがて、村の用水川らしい石橋の附近まで来ると、 「おお、おお。柴家《さいけ》の大旦那が、狩猟《かり》からお帰りとみえる」と、そこらの河畔で川魚をとっていた男女も、畑の物を手車に積んでいた百姓も、みな道の端によって、なにやら地頭《じとう》の行列でも迎えるようなさまだった。  端公の一人が、土地《ところ》の者に訊いていた。 「そこの石橋の彼方に、豪勢な長者屋敷の門が見えるが、あれが柴家というのかね」 「へえ。おまえさん、柴進《さいしん》さまを知らないのかい。滄州通いの囚人《めしゅうど》送りの役人がよ」 「つい、聞いていないが、この界隈《かいわい》で、そんな有名なお人なのかね」 「この界隈だけじゃないよ、柴進はお名だが、通り名は小旋風《しょうせんぷう》、貧乏人にはお慈悲ぶかく、浪人無宿者なども、何十人となく、いつも食客《いそうろう》として置いているほどでさ。たとえば、お前さんたちみたいな流刑者でも、ご門前へ寄れば、きっと施し物をくださるか、一晩泊めて、労《いた》わってやるとか、とにかく、たいそうな侠客大尽《きょうかくだいじん》さまなのさ」 「ああ、思い出した。それじゃあ、なんでも滄州の近郊には、宋《そう》の太祖《たいそ》武徳皇帝のお墨付《すみつき》を伝来の家宝に持っているどえらい[#「どえらい」に傍点]名家があると聞いたが」 「それさ。それが今いった、小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》さまというこの土地の侠客お大尽。……あっ、もうおいでなすった。あのお馬の上のお方がそうだよ」  ――見ればなるほど、一団の人馬が、上流の川添い道から下ってくる。  狩猟の帰りとは、ひと目でわかった。大勢の従者のうちには獲物《えもの》の猪《しし》、鹿、尾長鳥などを担っている小者もある。さらに柴進その人は、巻毛の白馬に覆輪《ふくりん》の鞍をすえて跨《また》がり、かしらには紗《しゃ》の簇花巾《ぞっかきん》、袍《ほう》[#1段階小さな文字](上着)[#小さな文字終わり]はむらさき地に花の丸紋、宝石入りの帯《たい》、みどり縞《じま》の短袴《たんこ》に朱革《しゅがわ》の馬上靴といういでたち。  年ごろは三十四、五か。龍眉《りゅうび》鳳目《ほうもく》、唇あかく、いかにも洒々《しゃしゃ》たる侠骨の美丈夫。背には一|壺《こ》の狩矢、手に籐巻《とうまき》の弓をかいこんでいた。 「やっ。……ちょっと待て」  すでに行き過ぎんとしたせつな、柴進《さいしん》は急に振り向いて、従者の一人に、こういった。 「――あの道端に見える滄州行きの首枷《くびかせ》人を、護送の端公に断って、ちょっとこれへ呼んでみい。……どうも、ただ人とも思われぬ骨柄《こつがら》だ。日々、滄州送りの囚人を見ぬ日はないが、あれなる男のような人態《にんてい》は見たことがない」  従者はすぐ走って、林冲と端公を、彼の前に連れてきた。  この一機縁が、やがて豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》の運命を大きく変えたものとは、後にこそ知られる。――しかしその場では、名乗り合ったすえ、 「さては、わが目にたがわず、あなたは先ごろまで、禁軍ご師範役として、武林に名の高い林冲どのでおざったか。――わしのもとにいる食客《いそうろう》や若い者でも、都にありし日、あなたの教導を受けたという話はかねがね何度も聞いている。……ともあれ、ぜひ今夜は、てまえの屋敷に一泊していただきたい」  と、伴《ともな》われて、柴家《さいけ》の門を、何気なく潜《くぐ》ったまでのことにすぎない。  いや、その夜の歓待の宴でも、一挿話はある。  大勢の家人食客の中で、皆から「洪《こう》先生、洪先生」と呼ばれていた傲岸《ごうがん》な一武芸者があった。  彼もしきりに、飲んではいたが、柴進がひたすら礼をつくして、林冲を敬《うやま》い、その骨柄《こつがら》を賞め、あまっさえ洪より上席にすえているので、洪先生たるもの、内心甚だよろこばない風なのである。  とも気づかず、柴進は上機嫌で、 「これこれ、二人の端公にも、杯をやれ。そして銀子《ぎんす》、反物《たんもの》など、なんでも欲しい物を与えるがいい。その代り、こよい一夜は、柴進の責任において林冲どのの身はあずかる」  などといっている。もちろん、それらの賄賂《わいろ》は、首枷《くびかせ》を脱《と》らせる鍵代《かぎだい》なのだ。端公にしても、恐い眼にあうよりは、ふところに実入《みい》りのあるほうがいいのはいうまでもない。  だからこの夜ばかりは、林冲《りんちゅう》も首枷なく、心から馳走になった。ところが、それも、洪《こう》先生にはおもしろくない。「……林冲の武芸とて何ほどのことやあろう。しかも流刑の囚人ではないか」と、蔑《さげす》みきッている眼《まな》ざしだ。 「……ははあ。洪先生、ひがんでいるな」  宴も酣《たけなわ》となるにつれ、柴進《さいしん》もやっと気づいた。折ふし庭上には、冬の月が鏡のごとく冴えていた。彼はそこに壮烈な一図を描きだしてみたい思いにそそられだしたらしい。 「――どうです洪先生。日ごろは宅の若いもんや田舎剣者《いなかけんじゃ》ばかりがお相手で、せっかくの神技も振う折はありますまい。ここに禁軍の前師範林冲どのが見えられたこそ、もっけの倖《しあわ》せ、一手の試合をおためしあってはいかがです」 「むむ。それは面白そうな」  待ってましたと言いたいところらしいが、洪先生は重々しく構えこんで、じろと林冲のほうを見た。 「異存はござらんが、なにぶん、それがしの剣たるや、仮借《かしゃく》の相成らぬ強剣だ。それご承知の上なれば」 「林冲どの。洪先生はああいうが、あなたの方は」 「さ。拙者の棒術は、お見せするほどの妙技ではありませんが」 「では、庭上に出て、願おうか」  ここで、よろこんだのは、二人の端公だった。洪先生が大剣を払って、月下の庭に立ったのを見たからである。もしその大剣の一|颯《さつ》の下に林冲が敗れ去れば、手濡らさずで自分たちの目的も達しられる。――そう考えて、満場の人々の興味とはべつな固唾《かたず》をのんでいるていだった。  ところが、月下の試合は、一瞬にして、林冲の勝利に帰してしまった。  彼は、棒をとって、立ち向ったのだが、戛然《かつぜん》、白刃と棒が相|搏《う》ッたと思うやいな、どこをどうして打ち込んでいたのか、誰の眼にもとまらなかった。明白なのは、腕を折られた洪先生が、地にヘタ這《ば》っていた姿だけである。 「いや、さすがさすが。聞きしにまさる見事さではある。かかる技をお持ちしていながら、牢城の苦役につかれねばならぬとは、さても何たる運命のいたずらか」  柴進はひとしお同情を深めたらしい。――次の日、彼が立つ折には、日ごろ親しくつきあっている滄州の長官、牢城の管営《かんえい》[#1段階小さな文字](獄営奉行)[#小さな文字終わり]、また差撥《さはつ》[#1段階小さな文字](牢番頭)[#小さな文字終わり]などへ宛てて、それぞれ添書《てんしょ》を書いた上、大銀《たいぎん》二十五両二|封《ふう》をも、あわせ贈って、 「まあ、おからだを大事に勤めてください。いずれ冬着も届けさせましょう」  と、力づけた。さらに、また、二人の若者を付けて、牢城門外まで送らせるという親切気のかぎりであった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 氷雪《ひょうせつ》の苦役《くえき》も九死に一生を得《え》、 獄関《ごっかん》一|路《ろ》、梁山泊《りょうざんぱく》へ通じること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「……ああ、ここが以前からよく、この世の外のように聞いていた滄州《そうしゅう》牢城の大苦役地《だいくえきち》か」  死者の肌《はだ》を思わす凍《い》てきッた大陸の線。飛んでゆく鴻《こう》の影も、それの生きていることが、不思議に見える。 「こんなところで、苦役につこうとは」  林冲《りんちゅう》は、いくたびも憮然《ぶぜん》とした。  それにしても、柴進《さいしん》の添書《てんしょ》や銀《かね》が、ここでは、どんなにものをいったかしれない。就役者はまず、百ぺんの殺威棒《さついぼう》で打ちのめされ、いちどは気絶して“地獄への生れ代り”をやらせられるのが掟《おきて》だったが、それものがれた。  また、管営《かんえい》の面前で裸体にされ、四つン這いにされ、肛門《こうもん》を金棒でほじられ、やれ舌を出せの、前の物の毛を剃《そ》れのと、あらゆる非人間的な侮辱《ぶじょく》と翻弄《ほんろう》に会うものが通例なのだが、それもまずお目こぼしにあずかった。  そして、登簿《とうぼ》、金印調べまで、すっかり終って、これで労役につく仕事場がきまれば、まず地獄|人口《じんこう》の一員に数えられて、果て知れぬ苦役生活が始まるわけだ。 「おい新入り、こっちへきな。――てめえの仕事は、獄神堂《ごくじんどう》の番人ときまった。おなさけだぞ。ありがたいと思いねえ」  差撥《さはつ》は彼を拉《らっ》して、途方もなく広い刑務区域をぐんぐん歩いていき、やがて閻魔《えんま》大王の祠《まつ》ってある古い一堂を指さした。 「ここはな、おい。天王堂ともいうが、掟《おきて》に服さねえ獄囚は、片ッぱしから、しょッ曳《ぴ》いてきて、この前で土埋め、のこぎり引き、耳削《みみそ》ぎ鼻削ぎ、いろんな重刑に処す流刑地の内の死刑場だ。だがよ、おめえは朝晩、線香を上げ、掃除などして、番人役を勤めていればいいわけだ」 「それは、何とも倖《しあわ》せでした。他の服役者にくらべれば」 「そうよ。よっぽど恩にきなくては罰が当るぜ」 「その上にもですが、なんとか、お計らいをもって、首枷《くびかせ》をおゆるし願われませぬかなあ」 「除《と》ってくれというのか。ふふん、そりゃあ、だいぶ物費《ものい》りになるがね」 「銀子《ぎんす》なら、なおこれに所持する限りのものは、いといませんが」 「そうかい。もっとも、おめえのところには、まだ柴家《さいけ》からの差入れもあるだろうしな。むむ、まかしておきな」  差撥《さはつ》は、銀をうけとって戻ったが、やがてその夕きて、首枷をはずしてくれた。  冬は深まる。  大陸の氷地《ひょうち》はかんかんに凍《い》てきても、数万の服役者には一日の休みもない。ボロ布《きれ》と垢《あか》と水洟《みずばな》と眼ヤニにまみれた骨ばかりの人々が、朝は暁天から蟻《あり》のごとくゾロゾロ出てゆき、夕には疲れた煙のように、どんよりと簇《むらが》り戻ってきて、やがて眠る。  苦役場は三十里四方もあろうか。農耕、土木、鍛冶《かじ》、木工、染色、皮革《ひかく》なめし、車輛《しゃりょう》作り、牧畜、酪農《らくのう》、機織《はたおり》など、その生産は、あらゆる部門にわたっている。だが、ここでの消費物資ではない。ほとんどが都へ輸送され、宋朝の贅《ぜい》と権門の奢《おご》りと、軍事面に費やされる。  が、林冲は、柴進《さいしん》のおかげで、苦役だけは舐《な》めずにすんだ。柴進からの差入れ物はすべて、獄吏たちに分け与えていたから、彼だけには、別扱いの自由が黙許されていたわけだった。  時折、買物などしに、街へも出かける。  すると、ある日である。後ろのほうから「……もし、もし」としきりに呼ぶ声がする。そして、ひょいと振り返った彼の前へ、 「おっ、やっぱりそうだった。林《りん》師範さま、李小二《りしょうじ》でございますよ。……いったいまあ、どうしたわけで、こんなところへ」  飛びつくように寄ってきた町人姿の男があった。 「やあ、これは恥かしい。そちは以前、開封《かいほう》の家の近所にいた酒屋の手代ではないか」 「どうも、あのせつは、まことにご恩にあずかりました。今もって、女房ともよくお噂などして、忘れてはおりません」 「はて。なにか世話でもしたことがあったかなあ」 「若気《わかげ》とは申しながら、とんだ費《つか》いこみをやりまして、あぶなく主人から役所へ突き出されるところを、お助けいただいたことがございます。そのせつお立て替えくだすったお金すらまだお返ししてもおりませんで」 「なんだい、ずいぶん古い話じゃないか」 「まあ、それはともあれ、ちょっと手前どもまでお越しくださいませんか。その後、面目なさに、主家を離れ、流れ流れて、この滄州《そうしゅう》くんだりまで来てやっと落ちつき、いまでは、小さい飲み屋をやっておりますんで。へい、きっと女房も、びっくりするに相違ございません」  これが縁で、その日を皮きりに、彼は街へ出るごとに、李小二の店へもよく立ち寄った。  裏街の小料理屋で、女房と小僕《しょうぼく》を使って、李小二は厨房《いたまえ》も自分でやっている。牢役所の獄吏にも馴じみが多いので、役所へきたついでには、天王堂へもきて、林冲《りんちゅう》の洗濯物や縫物《ぬいもの》を見てくれたり、肉饅頭《にくまんじゅう》をおいていったり、とにかく気心のいい夫婦なので、林冲もとんだいい知人をえたと、よろこんでいた。  すると、その年も越えて、或る日のこと。 「た、たいへんですぜ、林冲さま」 「なんじゃ李小二。顔色を変えて」  箒《ほうき》を手に、そこらを掃いていた林冲は、彼があたふたと求めるまま、急いで、堂内に入り、そこの一房の扉を、内からぴったりと閉めた。  李小二が店をすてて告げにきたのを聞けば、なるほどこれは、林冲の身にとって、容易ならぬ凶変を思わす予報にちがいなかった。  今日の午《ひる》下がり頃だという。  ぶらりと、彼の店へ入ってきた二人づれの横柄《おうへい》な来客があった。  一人は、色の生ッ白い小づくりなにやけ[#「にやけ」に傍点]男。もう一人は軍人らしい体つきの赤っ面《つら》。ともに、年は三十がらみだ。何気なく「いらっしゃいまし……」といったとたんに、李小二はぎょっとした。どうも都で見た顔だと思ったら、その赤っ面のほうは、たしかに高《こう》大将軍家の副官|陸謙《りっけん》。  はて、こいつア何か? ――と直感したので、女房を客のおあいそに出し、酒、料理などの註文を聞いたり、それとない雑談を、厨房窓《いたまえまど》からきき耳たてて窺《うかが》っていると、やっぱり開封弁《かいほうべん》だし、またしきりに高将軍だの、高家だのという囁《ささや》きが飛びだしてくる。  それはまだいい。ところが、そのうちにだ、 「――おい、店のおやじ、途中から使いは出してあるが、やがてほどなく、牢城営の管営《かんえい》[#1段階小さな文字](奉行)[#小さな文字終わり]と差撥《さはつ》[#1段階小さな文字](牢番長)[#小さな文字終わり]がこれへ見えるんだ。そしたら、後の客は、入れてはならんぞ。店は買切りにしてやるからな」というご託宣《たくせん》。  果して、まもなく、管営と差撥がやってきた。  料理を増し、酒を加え、しばらくは、さり気なく飲んでいる様子だったが、そのうち笑い声もやみ、急に、ひっそりしてしまった。  李《り》小二は、女房の尻を突ッついて、耳打ちした。彼女は眼でうなずいて、そっと、料理場と店の境にたたずんで、聞き耳を澄ました。奥では李小二が、眼を凝《こ》らしている。そのうちに、女房の腰から足の辺がわなわな慄《ふる》えだしてきた……。なにかよほど恐ろしいことでも聞いたに違いない。  卓《たく》に首をよせあっていた四つの顔は、胸を上げて笑い合っていた。陸謙の手から、管営と差撥の両名へ、莫大な銀が手渡された。  ――そしてまた、酒飯《しゅはん》に移り、やがて帰り去ったのは、ついさっきで、まだ街の屋根を夕陽が赤く染めていたころだった――とある。  ここまでの話を聞いて、林冲《りんちゅう》も驚いた。 「では、陸謙《りっけん》と一しょのにやけ[#「にやけ」に傍点]男は、富安《ふあん》という野幇間《のだいこ》だろう。やつは、高家の御曹司の腰巾着《こしぎんちゃく》といわれている佞物《ねいぶつ》。だがその二人が遥々《はるばる》、なにしにこの滄州《そうしゅう》へやってきたのか」 「あなたを殺しにきたんですよ。……と聞いたんで、女房のやつは、ぞうッと、背すじが寒くなって、竦《すく》ンじまったわけなんで」 「銀《かね》と権力で、ここの管営と差撥を、買収しにきたわけなんだな」 「そうでしょう。なにしろ、大変なことになりましたぜ。なんとか、ご要心をなさらなくっちゃあ」 「まあいいよ。どっちみち凶状《きょうじょう》持ちとなった身だ。李小二、女房にもいってくれ、心配するなと」  しかし、さすがに、李小二が帰った後は、なんとなく安からぬものがある。その夜の夢見もよくはなかった。 「ようし。それほどまで、執念ぶかく、この林冲の一命を狙うとあるならば、いっそ、それもおもしろい。この命、こっちもただではくれてやれん」  かねて何ぞの場合にはと、ひそかに買い求めて閻王像《えんおうぞう》の壇下《だんか》に隠しておいた朱房《しゅぶさ》のついた短槍《たんそう》と短剣。その短剣だけをふところに呑むと、彼は用事をよそおって、ぷいと街へ出ていった。  そして、広くもない滄州の街、やつらの姿を見かけたらただ一突きにと、逆に刺客を狙って、その影を探し求めていた。  数日は、何事もない。相手の危害が見えないのと同時に、彼らの姿にも出会えなかった。  妙なもので、自然、研《と》げていた気もゆるむ。しばらく李小二の店へも寄らなかったが、十日目ごろの午後、ちょっと覗《のぞ》いて、 「変だなあ、あれきりだが?」  と囁《ささや》くと、夫婦とも、ほっとした顔で、 「それはまあ、なによりでございますよ。このままで何事もなければ……。ま、ひと口、召しあがっていらっしゃいませな」 「そうしようか」  と、久しぶり、一|酌《しゃく》して、夕刻前に、営へ帰っていった。  ――すると、点視庁《てんしちょう》からの呼び出しで、 「明日から、刑務場十五里先の東門外にある馬糧廠《ばりょうしょう》へ転務を命ずる。起居は中央の飼糧《まぐさ》小屋の一つにとること」  という職場がえの命令である。  そこも割りのいい役らしい。飼料《かいば》の出し入れには袖の下も多いとかで、囚人仲間では、羨望《せんぼう》の職場だ。 「承知しました。さっそくに移ります」  多くもない荷物を持ち、彼はその夜のうちに、東門外へ引っ越した。折から颷々《ひょうひょう》たる朔風《さくふう》の唸りが厳冬の闇を翔《か》け、空には白いものが魔の息吹《いぶ》きみたいにちらつきだしていた。  ――見れば、荒れ崩れた長い黄土の土塀、曲がりかけた観音開きの木戸。入って、まん中の一番大きなまぐさ小屋が、番人の住む台所付きの建物らしい。  黄ばんだ寒灯《かんとう》の洩れてくるところから、先任の老番人が、彼の跫音《あしおと》に首を出した。 「ほう、おまえかね、こんどのまぐさ番は。昼、わしのほうへも、天王堂の者と入れ代れというお差紙がきていたが」 「やあ、遅く来て申しわけない。食器や雑器など、天王堂へ置き残してきたがらくた[#「がらくた」に傍点]もあるが、よかったら使ってください」 「そうかい。ここにも、おらの使っていた酒瓢箪《さけふくべ》やら、鍋や欠け茶碗なぞもころがってるよ。よかったら使うがいいぜ。それとな、夜具はこの隅に。もっと奥には、あんなに炭俵が山と積んである。なにしろ寒いから、冬中は炉《ろ》に火は絶やされねえでの」 「買物はどこへ出ますか」 「そうそう、西の藪道《やぶみち》を二、三里行くとな、ちょっとした酒屋や肉屋の用は足りる。ただ、馬糧廠《ばりょうしょう》は、まぐさ盗ッ人がよく狙うところだから、それだけは用心しなよ」  小屋の家主は、かんたんに入れ代った。  天王堂とちがって、板屋葺《いたやぶき》の古い建物。寒いことおびただしい。なるほど、大きな炉やら炭俵の山があるわけだとうなずかれる。  馴れぬせいか、最初の一夜は、寒さでガクガクと熟睡もできなかった。  明けてみると、外は大雪。しかも終日降りやむ気色もない。  林冲《りんちゅう》は退屈をおぼえた。  すると夕方。差撥《さはつ》の部下らしい巡邏《じゅんら》が、小屋の隙間から内を覗いていった。その跫音も、吹雪の吠えにすぐ掻き消え、小屋の灯はまたすぐもとの寂寞《せきばく》に返ってゆく。 「ああこんなとき、酒の買い置きでもあれば少しは愉しめるんだが」  味気ない炉に、しきりと、李《り》小二の店が恋しくなる。だが街は遠すぎるし……と、ふと壁を見ると、風流な恰好をした酒瓢箪《さけびょうたん》がかかっている。 「そうだ、西の藪道《やぶみち》を二、三里行けば酒屋もあるとかいっていたな。どれ、一と走り行ってくるか」  その瓢箪《ひょうたん》を、朱房《しゅぶさ》のついた短槍の先にくくりつけ、羅紗《らしゃ》張りの笠に、蓑《みの》を着込み、がらと吹雪の戸をあけて外へ出た。  ――が、気にかかったらしく、また内へ戻って炉《ろ》の火へ厚く灰をかぶせ、灯を消し、洞然《どうぜん》たる屋根裏まで見通して、 「まず、こうしておけば、間違いなかろう?」  呟《つぶや》きながら、小屋の錠《じょう》をおろして出ていった。  大陸特有な魔の白夜《びゃくや》。  積雪は沓《くつ》をうずめ、朔風《さくふう》は横なぐりに地を掃いて、咫尺《しせき》もわからない。息はつまるし、睫毛《まつげ》には雪片が氷りつく。 「おや、何の古廟《こびょう》だろう?」  半里ほどきて、ふと息を休めた道の傍ら。道祖神やら何の廟《びょう》やら知れないが、林冲《りんちゅう》の心に、ふと仏心でもうごいたのだろうか。ひたと、雪中に額《ぬか》ずいて、 「そも前世の宿業《しゅくごう》にや、林冲、罪のおぼえもなきに、この獄地に流され、かくのごとき、生ける醜骸《しゅうがい》となっております。あわれ、なにとぞご加護あらしめたまえ。遠き都にあるわが妻をも護らせたまえ」  と、口のうちで祈念して、やがてまた、歩きだした。  やっと辿《たど》りついた小部落の酒屋で一ぱいひっかけ、さらに瓢箪《ひょうたん》には酒、ふところには焼肉の包みを抱き、やがて帰り道についたころは夜も更《ふ》けていた。雪はいよいよ烈しく、風は足に逆《さか》らい、満身これ飛雪の姿で、笠のつば[#「つば」に傍点]を抑えつつ、もとの馬糧廠《ばりょうしょう》まで馳けもどってきた。  そして何気なく、例の観音開きの木戸口を蹴開き、内へ入ってみると、こはいかに、他のまぐさ小屋は無事なのに、自分の寝小屋の一棟は、雪の重さに圧《お》し潰《つぶ》されたのか、見事、ぺしゃんこになっている。 「はアて。これは弱った。……これじゃあ、飯も炊《た》けねば、寝場所もない」  途方に暮れたとはこのことか。 「こうしていては、この身まで、雪の中に埋められてしまう。そうだ、今夜はさっきの古廟《こびょう》に寝て、夜が明けてからの思案としよう」  板屋根の一部をめくッて、心覚えのところから蒲団《ふとん》だけを引っ張り出し、それを担《かつ》いで、村道の古廟まで返ってきた。  廟の中は案外広い。ひょいと見ると、金色《こんじき》の鎧甲《よろいかぶと》をつけた恐ろしい武神像と、二匹の小鬼が祠《まつ》ってある。また壇には、供物《くもつ》だの蝋燭《ろうそく》の燃え残りだのたくさんな色紙などが散らばっていた。彼は、その前に夜具をのべて、 「やれ、一寸先はわからぬもの。妙なところで夜を明かすことになったもんだな。だがまあ、瓢箪に酒のあるのが何よりの倖せ」  さっそく焼肉の包みを解いて肴《さかな》とし、瓢《ひょう》の口から冷や酒を仰飲《あお》っていた。 「ああ、いいあんばいに酔ってきた。これでぐッすりできれば」  ごろと、身を横ざまに、手枕となったが、やはりいけない。着ている白木綿の服や肌着を透《とお》して雪水がジミジミと沁《し》みてくる。――のみならず、どこか遠くで、バチバチと妙な響きが、雪風にまじって聞えてくる。それがまた耳について、寝つかれなかった。 「や、や。変に明るいぞ」  ぎょっとして、彼は飛び起きた。廟《びょう》の破れ壁の隙間から、赤い夜空が見えたのだ。 「しまった! まぐさ小屋の方角だ」  彼のあたまには、すぐ小屋の炉《ろ》の火がその原因と考えられていた。まぐさ小屋は一棟ではない。たちまち馬糧廠《ばりょうしょう》一面の火の海となるやもわからない。 「すわ、こうしては居られぬわえ」  枕もとに立てかけておいた朱房の槍を持ち、すぐその消火のために馳け向おうとしたときである。彼はギクと足を立ち恟《すく》めた。  廟のすぐ前で、なにやら人声がしているのだ。聞くともなく、耳をすましていると。 「うまくいったなあ、管営《かんえい》。……やあ、差撥《さはつ》もご苦労だった。これで林冲《りんちゅう》も、こんがりと、黒こげになったろう」  ――声には都で覚えがある。高《こう》大将家の副官、陸謙《りっけん》にちがいない。  それに答えているのは、これも紛《まぎ》れない管営と差撥だ。もう一人いるのは、陸謙の連れの富安《ふあん》だろう、かなたの猛火を眺めあいながら、しきりにげらげら笑っている。 「まったく、管営さんや差撥さんの大手柄でしたな。この大雪を幸いに、部下に命じて、林冲の寝込みを計り、小屋の腐れ柱を一気に除《と》らせたというんだから堪りませんや。大雪の重さはあるし、やつは、屋根裏の梁《はり》に圧《お》されて、寝たまんまのお陀仏《だぶつ》となったに相違ありません。林冲にとれば、まあいい往生でさあね」 「いやいや、それだけではまだ、完全とは思われんので、われわれ両名が、ここへ来がけに、あの潰《つぶ》れた屋根へ、さらに松明《たいまつ》十本ばかり投げ捨ててきたのでござる。これならばもう万に一つも彼奴《きゃつ》の生きのびるおそれはない」 「さすが管営。ご念の入ったことだ」  ほめそやしている陸謙の声はつづいて。 「――これで、身どもも主家の使命を見事仕遂げ、面目をもって都へ帰ることができる。いずれ帰府のうえは、高家より足下《そっか》たちへご褒美《ほうび》の沙汰もあろうが、では、これで」 「はや、お立ち帰りで」 「むむ、人目については、相互のためによくないからな。旅舎へ戻って、早暁に出立しよう。富安、まいろうか」  別れ去ろうとする刹那。――林冲は、内から廟の扉を蹴開いて、 「待てっ、下種《げす》ども!」  いきなりまず、手近にあった差撥を短槍の先に引ッかけて、びゅっと、黒い血しぶきとともに刎《は》ね飛ばした。 「や、や、や。なんじは?」 「腰が抜けたか。林冲《りんちゅう》はここにいる」 「ぎゃっ。た、たすけろ。助けてくれ」 「卑怯者っ。なにをほざくか」  すでに、林冲の豹眉《ひょうび》は、彼本来のものに返っている。豹身《ひょうしん》低く、短槍の一|閃《せん》また一閃、富安を突き刺し、あっというまに管営の大きな図う体も串刺《くしざし》にしてしまい、つづいて雪の中を逃げまろぶ陸謙《りっけん》の影へ向って、 「佞物《ねいぶつ》。どこへ行く気か」  びゅんと、手の槍を征矢《そや》のように投げつけた。槍は彼方の背に立ち、異様な絶叫をツンざいて、夜目にも鮮《あざ》らかな血の色がぱッと四方を大きく染めた。 「ああ、ついにおれは四人の軍官吏を殺した。宋朝《そうちょう》のもとでは、いまは身を容《い》るるところもない犯人となった」――林冲はみずから慄然《りつぜん》としたが、身を翻《ひるがえ》して廟《びょう》の前に額《ぬか》ずき、武神の像に礼拝して独り何度もいっていた。 「思うに、もう宵のうち、まぐさ小屋が仆れていなかったら、この林冲は彼らの悪計どおり、梁《はり》の下に圧し殺され、さらに焙《あぶ》り殺されていたかもしれません。それが助かったのは、廟の神意と存ぜられる。まさに、天のお助けだ。この先とも、林冲を護らせたまえ」  そして、朱房《しゅぶさ》の短槍を持ち直すやいな、夜の明けぬまにと、雪を蹴立てて、その場から姿をくらました。  馬糧廠《ばりょうしょう》の火の手も、この積雪で、まもなく下火にはなったらしい。しかし一時は、警板《けいばん》や警鐘の乱打に、刑務場から附近の村々でも、みな起き騒いで、非常の夜警についていた。  そのため、林冲はまったく逃げ道を封じられ、あっちこっちを、袋の鼠《ねずみ》のように走り廻ったが、ままよとばかり、ついに街道口の大|焚火《たきび》を見て、その仲間へ割りこんでいった。 「うう寒い。すみませんが、すこし焙《あた》らせておくんなさい。皆さんも、ご苦労さまで」 「さあさあ、ぬくもるがいい」と、四、五十人の村民たちは、何気なく譲ってくれたが「――おや、おめえは村の者じゃあないな。面《つら》に刺青《いれずみ》があるじゃねえか?」 「へい、牢城営の使いのもんでございますよ」 「牢営のお使いだって、おいおい、いやだぜ、そう側へ寄ッてくれるなよ。おめえの着物は血だらけじゃないか」 「あ、この血ですか。なあにこれは牛を屠殺《とさつ》したときの汚れでさあ。じつあ昨晩、管営《かんえい》さまと差撥《さはつ》さんの官邸でお客のご招待があったんで、牛やら羊やらの屠殺をいいつけられたものでございますから」 「そうかね。それにしちゃあ、いやに生々《なまなま》しいが」  大勢の村民たちはみな、不気味な顔をしあったものの、流刑囚の兇悪さは日ごろ見ているので、それ以上は何も問わない……。また林冲も、ひそかにこれはまずいと警戒しだしたが、ふと見ると、大|焚火《たきび》のそばには、村民たちが寒さしのぎに飲んでいた酒瓶《さかがめ》が幾つも開けてある。それを見てはもう矢もたてもなかった。 「すみませんが、そいつを一杯、振舞ってくれませんか」  ――しかし、誰も黙っている。うんともいわず、すんともいわない。  林冲《りんちゅう》は「えい、面倒な」と勝手にそこらの器を取って二、三杯飲んでいた。  ところが、その間に、古廟《こびょう》の方から走ってきた者が、後ろの方で、なにやらコソコソ耳打ちし合っていたのだった。やがて林冲のそばへ来て、 「おまえさん、よっぽど酒に渇《かつ》えていなさるんだろう。さあ、こんなときだ、飲むさ。存分、飲んでいくがいいや」  と、こんどは頻りにすすめだした。  もうこの辺でと、酒の碗をおきかけていたが、つい林冲はまた手に取った。そしてたちまち半壺《はんこ》を飲みほし、さて、礼を言いながら起ちかけようとしたときである。向う側にいた一人の男が、ぱっと林冲の頭から投網《とあみ》をかぶせた。 「それっ獲《と》ったぞ」  とたんに、彼の上へ、棍棒《こんぼう》、鈎棒《かぎぼう》、鳶口《とびぐち》、刺叉《さすまた》、あらゆる得物《えもの》の乱打が降った。そして、猪《しし》の亡骸《むくろ》でも担《かつ》ぐように、部落の内の籾干場《もみほしば》へかつぎ入れ、 「こいつはおそらくただものじゃねえぞ。夜明け次第、管営さまのお役所へ届け出ろ。ひょっとしたら、ご褒美ものかもしれねえぞ」  と、わいわい、どよめき合っていた。  するとほどなく、村長《むらおさ》が飛んできて、 「たいへんだぞ皆の衆、たったいま、柴進《さいしん》さまのお屋敷の壮丁《わかもの》が飛んできて、捕《つか》まえた男は、手荒にするな、侠客大尽《きょうかくだいじん》の柴進さまが、以前、世話をなすった男だというこった。――いますぐこれへ、柴家《さいけ》の衆が引き取りにくるそうだ」 「えっ、柴の大旦那の知り人だって。そ、そいつは飛んでもないことをしてしまったわい」 「いや、何もお叱りはねえよ。だが決してこのことは口外するな、もし口外したやつは、村にはおかぬぞというお達しだぞ。村長《むらおさ》のわしの立場もなくなる。みなの衆、頼んだぞ。牢城営へはいっさい唖《おし》になっててくれよ」  ――さて。この夜の騒ぎも七日、十日と過ぎていつか噂も下火となっていたころ。  村の名望家、例の小旋風《しょうせんぷう》柴進のやしきの奥まった一室で、あるじの柴進の前に、その懇情にたいし、心からな礼と、別れの辞をのべていたのは、余人ならぬ豹子頭《ひょうしとう》林冲であった。  あの夜。この柴家の内へ、助けられてきて、さまざまな手当をうけたことも、そのときは全く覚えもなく、翌日、聞かされたことだった。  ここには、数十人の屈強な壮丁《わかもの》や食客もたくさんにいる。だから馬糧廠《ばりょうしょう》の火災と同時に、古廟の前の兇変も、たちどころに柴進の耳へ聞えてきたし、柴進もそれを知るやいな、 「さては、林《りん》師範へ何か危害がかかったところを、逆に師範のため、都の刺客も管営《かんえい》も差撥《さはつ》も刺し殺されたにちがいない。日ごろから悪評しきりな管営や差撥だった。命を落したのもいわば天罰……。ただ、林師範こそお気のどくな身の上だ。あの人を見殺しにしてはならぬ」  と、たちどころに手分けを命じて、その結果、瞬時に、邸内へ助け入れたものだった。  ――その柴進《さいしん》は今、すっかり体も恢復した林冲《りんちゅう》を見て、いとも満足そうに、また、名残り惜しげにこう告げていた。 「できることなら、長くわが家にいていただきたいが、いまはそうもなりません。といって、あれ以来牢城役所では四|道《どう》の街道口に関所を結び、蟻《あり》も通さぬ検問《あらため》のきびしさとか。しかしまあ私にまかせて、ひとまず山東《さんとう》のほうへ落ちのびてください。計略《はかりごと》はこの柴進の胸にありますから」 「まこと親身もおよばぬお情け、生涯忘れはいたしません。すでになかったはずの後《あと》半生、いかようとも、おさしずに任せまする」 「では、これに紹介状をしたためておきましたから、山東《さんとう》の梁山泊《りょうざんぱく》へ行って、よい時節をお待ちなされるがいい」 「ほ。……梁山泊とは」 「まだご存知ないか。――山東は済州《さいしゅう》の江《こう》に臨んだ水郷《すいごう》で、周《まわ》り八百里の芦荻《ろてき》のなかに砦《とりで》をむすぶ三人の男がいます。――頭目《かしら》を王倫《おうりん》といい、その下には宋万《そうまん》、杜選《とせん》と申して、いずれも傑物。部下、七、八百をもち世に容れられぬ輩《やから》ばかり。また伝え聞いて、宋朝《そうちょう》治下の世に、身のおき場のないような者どもも、次第にそこへ難を避けていくというありさまで、いわば自然にできた日蔭者の別天地でもある。……その首領三名とは、てまえもよく知っている間柄。あなたがお越しあれば、粗略にはいたしますまい」 「それは、願ってもない場所。ぜひ行ってみたいが、しかしどうして、滄州《そうしゅう》の街道口をうまく脱出できましょうか」 「ご心配あるな。今日はもうその手筈《てはず》もできていますから、途中までこの柴進もお送り申しあげる。いざ、お身支度を」  促《うなが》されて彼は柴家から贈られた衣服に着かえ、また餞別《せんべつ》の銀子《ぎんす》、旅の用具なども、肌身に持った。  柴進みずからは、華奢《かしゃ》な狩猟扮装《かりいでたち》を、この日は一ばい派手やかに、馬上となって、門前に出る。そこには、すでに従者食客など数十人が、旗をささげ、鷹《たか》をすえ、また狩犬をつれ、手には槍、勢子《せこ》棒などを持って勢揃いしていた。  林冲の身は、巧みにこの中の同勢の一人に偽装されたのだった。――かくて堂々と、滄州の街道はずれを行けば、路傍の土壁には、林冲の人相書が貼ってあるのが、しばしば見えたし、辻には“林獄囚逮捕令”の立て札が、いたるところで眼についた。 「見ましたか?」  柴進が馬の上から、後ろの林冲を見て笑えば、林冲もまた、無言のままニヤリと笑う。  まもなく、東街道口の新関《しんぜき》の柵門《さくもん》と番所小屋が見えてきた。たたたたと、同勢|小早《こばや》めに足なみを迅《はや》めて、そこの前にさしかかると、 「待て、待てっ」わらわらと躍り出してきた関守の番将、番卒たちが、 「おう、これは柴家の大旦那でしたか。今日もまた、狩猟《かり》へおでましで」  と、俄に態度をかえて、お愛相を言い囃《はや》した。  柴進《さいしん》も、うららかな顔をして。 「やあ、牢城の兵隊さんたちか。先頃からどうもご苦労なこったなあ。まだ捕まらんかね、人相書の野郎は」 「かいもく手懸りがねえんですよ。災難なのはわれわれで、夜も日も番屋に常詰《じょうづめ》で、ここんとこ街の灯も見ておりませんやね」 「そうだろう。だが夕方の帰りがけには、しこたま猪《しし》の肉や鳥を土産に置いてくからな。酒も届けさせておこうよ」 「そいつは愉しみだ。お願いしますよ旦那」 「心得た。だが役目は役目だ。一応、供の連中を一人一人調べてくれ」 「御法度《ごはっと》の明るい旦那のこと。そんな必要はありませんや。さあお通ンなすって」 「でも、万一お供の中に、お尋ね者の人間が紛《まぎ》れこんでいたらどうする」 「わはははは。ご冗談を」 「はははは。じゃあ、ご免っ――」  同勢三十余人。まんまと、こうして馳け通ってしまったのだった。  やがて十里も行ったところで、林冲《りんちゅう》一人が、その中から途《みち》をかえて別れ去ったのはいうまでもない。以後、彼の旅路は二十日あまりの山野をいそぎ、やがて朔風《さくふう》肌を切るような雪もよいの或る日、見わたす限り蕭条《しょうじょう》として葭《よし》や枯れ芦の江岸《こうがん》にたどり着いていた。  渡船場《とせんば》らしい水際に、酒屋の旗をかかげた茶店が見える。そこで、一杯ひっかけているうちに、一と癖ありげな茶店のおやじが、じろと林冲を眼で撫でまわして。 「旅人。あんたアこれから、山東《さんとう》のどこへ行こうって、おつもりだね」 「そいつアこっちから聞きたいところさ。亭主、ここの渡舟《わたし》はどこへ行くのか」 「ここは渡し場じゃねえわさ。たまに魚を漁《と》りに出る舟が着くだけでね」 「では、梁山泊《りょうざんぱく》へ渡してもらうわけにもゆかんか。はて、弱ったな」 「梁山泊《りょうざんぱく》へおいでのつもりかい」 「そうだ」 「ふうん……?」と、おやじはいよいようさんな眼をして。 「どこで聞いたか知らねえが、梁山泊へというからにゃあ、おめえはお上《かみ》の目明《めあか》しか、それとも何かべつな目あて[#「あて」に傍点]でもあってのことか。あそこへ渡ったがさいご、ただごとじゃあ帰られねえぜ」 「そこは合点だ。じつはな亭主。その梁山泊の頭領あてに、こんな添え状をもらってきた者なんだが……」と、柴進の手紙を示すと、おやじはその上《う》わ書《がき》と彼の姿をじっと見くらべ、急に物腰をあらためてこう言いだした。 「いや、お見それ申しやした。滄州の柴《さい》旦那のご手蹟に間違いはねえ。どうもとんだご無礼を。……ようがす、いますぐ迎えの舟を呼びますから、もう一杯、そこで寒さ凌《しの》ぎを飲《や》っていておくんなさい」  茶店の亭主とは、そも何者ぞ。これもまた山東梁山泊の耳目《じもく》として、ここに仮の生業《なりわい》をしている手下《てか》の一員には相違あるまい。  小屋の奥へ隠れたと思うと、彼は一張りの弓を持って現われ、大きな鏑矢《かぶらや》をつがえて、はるか水面遠き芦荻《ろてき》の彼方へ向って、びゅっんと、弦《つる》をきった。矢うなりは水に響いて長い尾を曳き、その行方に、一群の鴻《こう》がバッと舞い立ったと思うと、やがて一|艘《そう》の早舟が、芦荻の波間をきって、こなたへ漕《こ》ぎすすんでくるのが見えた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 無法者のとりで梁山泊《りょうざんぱく》の事。なら びに吹毛剣《すいもうけん》を巷《ちまた》に売る浪人のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  梁山泊《りょうざんぱく》は正確に周《まわ》り何百里とも見きれず、号して当時八百里[#1段階小さな文字](支那里)[#小さな文字終わり]といわれている。風浪の日はおそろしいが、晴れた日は、山をめぐる白雲、太古の密林、そして、目路《めじ》のかぎりな芦の州《す》から葭《よし》の汀《なぎさ》とつづいて、まるで唐画の“芦荻山水《ろてきさんすい》”でも見るような風光だった。  ところが、ここには、宋朝《そうちょう》の世に容《い》れられぬ反骨の徒《と》、不平の輩《やから》などいつか何百人群れよって山寨《さんさい》をきずき、公然、時の政府に抗して義盗ととなえ、舟行《しゅうこう》や陸の旅人などをなやましていた。従来しばしば取潰《とりつぶ》しにかかった官軍といえど、生きて還った例《ためし》がない――と、までいわれている巨大な“無法者地帯の浮巣《うきす》”だったのだ。 「――なるほど、これでは」  その日、朱貴《しゅき》[#1段階小さな文字](茶亭の亭主、実は山寨の一員)[#小さな文字終わり]が呼んだ早舟に乗せられて、対岸の金沙灘《きんさたん》で舟を下りた林冲《りんちゅう》は、行く行く、その要害には舌を巻いた。  芦荻《ろてき》と芦荻の間は舟の迷路をなし、陸の道は迷宮を行くにひとしい。賽《さい》の河原にも似て、蕭条《しょうじょう》たる水辺、幾ツもの洞門、谷道、また密林の中など、忽ち帰る方角もわからなくなる。  かくて、山腹の断金亭《だんきんてい》までたどりつくと、そこで彼は、首領の王倫《おうりん》に会った。  王倫はもと、都でまじめに学問を志し、進士《しんし》の試験勉強に励んでいたが、官府の腐敗を見たり、世間の裏表を知ると、勉学が馬鹿らしくなった結果、試験にも落第してしまったので、ついに自暴《やけ》ッぱちの放浪をつづけたあげく、この梁山泊へ来て宋万《そうまん》、杜選《とせん》、朱貴《しゅき》などの仲間を得、いつか七、八百人の頭目にまつりあげられていた者だった。 「おう、滄州《そうしゅう》から柴進《さいしん》どのの添え状を持ってきたという豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》とは、あんたのことか。まあ、おかけなさい」 「これは王倫どのですか。それがしは、もと禁軍の師範、林冲という者、天地、身の容《い》れるところなき人間です。ここに置いてはくださるまいか」 「ご事情は、柴進どのの添え状にも、つぶさに見える。あの方には、以前、恩義をうけているので、お身柄は万々ひきうけた――と申しあげたいところだが、実はだナ」  王倫は、ちょっと、左右にいる宋万や杜選の顔を憚《はばか》りつつ、 「……正直にいうと、この梁山泊《りょうざんぱく》には、現在でも、七、八百人もいるので、いつも食糧が不足がちなのだ。申し難いが、銀子《ぎんす》十両を、草鞋銭《わらじせん》にさしあげる。身の振り方は、ほかへ行って考えてくれないか」  林冲《りんちゅう》は、憤然として、断わった。 「せっかくだが、物乞いに来たわけではない。では柴《さい》旦那の手紙を返してくれ。引き退《さ》がろう」  すると、宋万と杜選《とせん》の両名は、あわてて彼を引き止め、また一方の王倫《おうりん》を説き始めた。 「頭目。その扱いは、ちとどうかと思うぞ。第一には、柴の大旦那の顔をつぶ[#「つぶ」に傍点]すし、第二には、梁山泊の人間は、義を知らぬ忘恩の徒だといわれるだろう。おれたちの仲間は、恩と義でもっている世界だ。それでいいのか」 「でも、山寨《さんさい》の仲間には、めったな者は加盟《かめい》させられない。万一という惧《おそ》れもある」 「それは口実《こうじつ》にすぎまい。疑わしく思うなら、仲間の誓約を立てさせればよかろう」 「誓約。ふウむ……じゃあ、やらせてみようか。おい林冲とやら、誓文《せいもん》なんざ、書けとはいわんよ。その代りに、この王倫の命じることを、三日のうちに、きっとやってみせられるか」 「ここへ置いてくださるなら、いかなることでも」 「よし。じゃあ、もいちど梁山泊を出て、対岸の山東《さんとう》街道に潜《ひそ》み、三日以内に、人間の首を一つ取ってきて、これへ見せてもらおうか。――それも百姓漁夫の首ではいけない。役人なり然《しか》るべき武士の首だぜ」 「心得た」  夜は山寨の宛子城《えんしじょう》で、彼は客としての歓宴に囲まれた。けれどその酒宴中でも、王倫の態度はどこかよそよそしい。林冲も彼の人物を観《み》て「……ははあ、この人は嫉妬《しっと》ぶかくて、狭量らしい。自分のごとき前歴の人間をここに置いて、将来、首領のお株を奪《と》られでもしてはと、惧《おそ》れているに相違ない。そんな小人《しょうじん》の下にはいたくもないが、さて、天下ほかに身のおくところもない身だし……」と、独り愉《たの》しまぬ色をつつんで、三日以内の約束を、観念していた。  次の日、彼は身仕度して、長巻《ながまき》の野太刀を一本ひッ提《さ》げ、道案内の雑兵に舟を漕《こ》がせて、山東済州《さんとうさいしゅう》街道に渡った。  第一日は、人にも会わなかった。  二日目は雪晴れの好晴で、「――今日こそは」と、路傍に潜《ひそ》んだり、林の中をカソコソと彷徨《さまよ》っていたが、見かけたのは、黄昏《たそが》れごろ、家路へ帰ってゆく貧しげな漁夫と、子供づれの百姓夫婦だけだった。 「限られた日は、あと一日きりだが」  疲労と焦躁《しょうそう》に、林冲の眼は、すっかり獣《けもの》じみていた。すると昼少し過ぎ、その眼にとまった一個の旅人がある。――やや勾配《こうばい》の急な雑木山の道を、大きな旅梱《たびごり》を担《かつ》いで、こなたに降りてくる人影なのだ。「しめたッ」とばかり、よくも見さだめず、走り寄って、その眼の前へ、 「待てっ、旅の者」  長巻の石ヅキを、とんと地に突いて見せた。すると、相手の男は、仰天して、荷物もそこへうッちゃッたまま、 「ひっ、人殺しっ」  と、盲《めくら》滅法、谷そこ目がけて逃げ転げていった。その悲鳴といい逃げる恰好も、役人でもなし、武士でもない。林冲《りんちゅう》はがっかりして、 「ちいっ。もう三日目は暮れそうだし。……はアて、よくよく運のない俺だとみえる」  そして、何気なく、道に捨てられてある荷物へ眼を落していると、どこからともなく、一陣の殺気が、さっと彼のその横顔を吹いてきた。  はっと、振り向くと、 「盗賊っ。その荷を拾って、生命《いのち》は落してもいいつもりか」  怒気と嘲笑をまぜて、言葉そのものが、すでに刃《やいば》のような声だった。  見れば、先に逃げた荷持ちの男の主《あるじ》だろうか。  まだ三十がらみの壮者だが、顔いちめんの青痣《あおあざ》へもってきて赤いまだら[#「まだら」に傍点]髯《ひげ》を無性《ぶしょう》に生やし、房《ふさ》付きの范陽《はんよう》笠を背にかけて、地色もわからぬ旅袍《たびごろも》。それへ白と青との縞短袴《しまばかま》をはき、牛皮の毛靴《けぐつ》を深々と穿《うが》って、腰には、業刀《わざもの》らしい見事な一振りを横たえてもいる。 「あははは」と、男は林冲《りんちゅう》が、硬直したのを見て笑った―― 「生命《いのち》は惜しいし、荷は欲ししか。やい盗賊、荷物の男に代ってその荷を担《かつ》ぎ、町のあるところまで、身どものお供をして行くなら、そこは人情、酒の一杯ぐらい、飲ませてやらぬ限りもないぞ。ばかめ、どっちを撰《えら》ぶのだ」 「むむ、見受けるところ、貴様はただの素町人《すちょうにん》ではないな。武士だな」 「おおさ、いまでこそ浪々の身だが、昨日までは、五|侯《こう》の一人|楊令公《ようれいこう》の末裔《まつえい》として、徽宗《きそう》現皇帝の旗本にも列せられた武士中の武士だ。もしそれだったら、どうだというのか」 「よしっ、その首、もらった」 「なにッ。ふざけるな」  ほとんど同時。白光《はっこう》を噴いた双龍《そうりゅう》にも似る二人のあいだに、鏘々《しょうしょう》として、火花が散った。しかし彼の長剣も、林冲の長巻も、幾十|合《ごう》となくその秘術を尽しあったが、どっちも、相手の一髪すら斬ってはいない。果ては鍔《つば》ゼリとなり、相互ともに息あらく、ただ鬂《びん》の毛を汗にするばかりだった。  すると小高い所から、突然、声がかかった。 「やあ、待ち給え。林冲の三日の約はそれでいい。旅のお武家にも、どうぞ刃をお引きください」  誰かと見れば、日限切ッての約束した林冲の様子いかにと、それとなく見にきた白衣秀士《びゃくえしゅうし》王倫《おうりん》、杜選《とせん》、宋万《そうまん》、そのほか梁山泊の手下《てか》数十人の群れだった。 「豪傑、ぜひ今夕は、われわれの寨《とりで》まで来てくださらんか。仔細はその上でお詫《わ》びするし、また、お身の上も伺いたい」  たって、梁山泊の寨《さい》、聚議庁《しゅうぎちょう》までつれてきて、その夜、盛大な宴を設けた。  王倫の考えでは、林冲一人を置くのでは、自分の地位も惧《おそ》れられるが、彼に対して、もう一名の互角な人物を配下におけば、自然、相互が牽制《けんせい》し合う形になり、御《ぎょ》すには御しやすいし、わが将来も安泰なものと、すぐ胸算用してのことだった。  で、しきりに、酒をすすめ、礼を低くして、 「どうです、浪々のお身の上と伺いましたが、ひとつここに足を留めて、存分、男の一生を愉しんでみる気はありませんか」  それとなく、水を向けてみた。 「いや、お志はかたじけないが、じつはまだ開封《かいほう》の都には、屋敷もあり、身寄り一族も残してあるんで、どうしても一度は立ち帰らねばなりません。――その身が、何故、かかる浪々にあるかといえば、じつは面目ない次第だが」  彼は、ぐっと杯を干して、自嘲をうかべた。その青痣《あおあざ》のような顔面は、酔うほど一そう青く見える。 「――わが家は代々、宋朝《そうちょう》の旗本なので、殿司制使《でんすせいし》の役にあり、かねてまた、高《こう》大将軍閣下直属の親衛軍の一将校でもあった。……ところが昨年のこと、徽宗《きそう》皇帝が、万歳山《ばんざいさん》の離宮にお庭作りを営まれるに当って、制使十名を、西湖《せいこ》へご派遣になり、西湖の名石《めいせき》をたくさん、都へ運ばせることになった」 「なるほど……」 「拙者も制使の一人だった。そこで西湖の花木竹石《かぼくちくせき》の珍《ちん》を大船に積み、黄河《こうが》を下ってきたところが、運悪く、途中でひどい暴風《しけ》に遭《あ》い、ついに役目も果し得ず、面目なさに、そのまま田舎に身を隠しておるうち、やっとこのたび赦免《しゃめん》の令が出たというわけでな……」 「いや分った。それで都へ帰る途中でしたか」 「いかにも、都へ帰って、もいちど以前の官職につき、家名を復さなければ先祖にすまん……と思って、要路の大官どもに贈る賄賂《わいろ》の品々を荷物となし、これまで来ると、いきなりそれに居る林冲《りんちゅう》とやらに斬りつけられ、二つとない首を、あぶなく進上してしまうところであった。はははは」  聞いて、林冲も初めて、口を開いた。 「申しおくれたが、自分も以前は、近衛ノ将軍|高俅《こうきゅう》の下にいて、禁軍師範の職にあった豹子頭《ひょうしとう》林冲と申す者。……だんだん伺ってみれば、貴公とは、以前の同僚のようなものだが、もしや御辺《ごへん》は、あだ名を“青面獣《せいめんじゅう》”と呼ばれていた楊志《ようし》殿ではないのか」 「おお、いかにも手前はその、青面獣楊志だが、林師範ともいわれたお方が、どうしてかかるところに居られるのか」 「ま。この刺青《いれずみ》を見てください……」と、林冲は、わが額《ひたい》の刺青を指して、苦々と笑いながら、逐《ちく》一、都から滄州の流刑地に追われた仔細や、またその大|苦役場《くえきば》からのがれて、ここへ落ちて来たまでのいきさつを語って―― 「悪いことは申さぬ。この林冲の例を見てもわかること。しょせん、高俅《こうきゅう》将軍はあて[#「あて」に傍点]にならぬ佞奸《ねいかん》なお人だし、またそれをめぐる軍人、役人、徽宗《きそう》朝廷のすべても、腐敗堕落している現状では、たとえ貴公が都へ帰ったところで、とても長く安穏《あんのん》に暮すことはできますまい。……それよりは、頭領|王倫《おうりん》のおすすめにまかせ、われらとともに、この別天地で、男と男の義を生きがいに、存分生きてみる気はありませんか」 「どうも何やら心も惹《ひ》かれるが、先にも言ったような次第で」 「いや、それまでに仰っしゃるなら、無理にお引き止めもいたすまい」  王倫もあきらめたが、 「……では今夜は、歓《かん》を尽して、青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》の前途を祝うとしよう。ただ、他日でもよい。梁山泊の一天地には、かかる男どもが集まって、宋朝の腐敗に抗し、こんな生き方をしているということは記憶にとどめておいてください。そして何かの時は、お力になっていただければ倖《しあわ》せというもの」 「一|河《が》の流れ、一|樹《じゅ》の縁《えん》。それはいうまでもありません」  あくる朝も、楊志は山寨から餞別《せんべつ》を貰うやら、また、王倫以下の盛大な見送りを受けなどして、一|舟《しゅう》の上から手を振りつつ、梁山泊を離れて行った。  ――さて、ここで物語は、長身|青面《せいめん》の壮士、楊志の旅とともに、開封《かいほう》東京《とうけい》の都へ移って行くことになる。  都へ移った楊志《ようし》は、さっそく持ち帰った荷を解《と》いて、地方で蒐《あつ》めた珠玉《しゅぎょく》、名硯《めいけん》、金銀の細工物など、とにかく金目な物を惜しみなく、大官たちへの賄賂《わいろ》に使った。そしてようやく、復職のめど[#「めど」に傍点]もつき、あとは殿帥府《でんすいふ》最高の大官、高《こう》大将の一|印《いん》が書類に捺《お》されれば……というところまで漕《こ》ぎつけて、 「まずは、これでつつがなく、家名を持ち直すことができたわ」  と、希望のその日を待ちぬいていた。  やがて数日の後、殿帥府から「――出頭せよ」との達しが届いた。晴れの日なので、殊に身ぎれいに慎み、府の一閣に控えていると、やがて帳《ちょう》を払って現われた近衛《このえ》ノ大将軍|高俅《こうきゅう》が、椅子《いす》に倚《よ》るやいな、傲然《ごうぜん》とこういった。 「楊志とは、そのほうか」 「はっ、前《さき》の制使十名の一人楊志にござりまする」 「どの面《つら》さげて、これへ来たか。履歴、上申《じょうしん》の書などを一|眄《べん》するに、汝は元来、宋家《そうけ》代々の重恩をうけたる家柄の身でありながら、昨年、帝の御命《ぎょめい》にて、西湖石《せいこいし》の運搬にあたった折には、途中、船を難破させたのみか、そのまま行方をくらまして、自首もせず、今日まで隠れおッた不届き者ではないか」 「あいや、事情は、上申書にも逐《ちく》一したためた通りでござりまする。かつはまた、ご赦免《しゃめん》の沙汰も聞えましたので、出府いたした次第、なにとぞご寛大をもちまして」 「ばか者、黙れっ。――赦免の令は、汝のために出したものではない。十名の制使中、あらましは任務を全《まっと》うしているが、なお二、三西湖に戻って、罪を待つ者もあるゆえ、それへ赦免を申しつかわしたまでだ。汝のごときは、その場から逐電《ちくてん》して今日《こんにち》にいたった不届き者、復職などは罷《まか》りならん。もってのほかな願い。とッとと退《さ》がりおろう」  楊志は暗憺《あんたん》となった。絶望に打ちのめされて、以来、怏々《おうおう》の悶《もだ》えを独り抱きつづけた。 「……いまにして、林冲《りんちゅう》のことばも思い当ってくる。先祖からの家名、父母の形見といえるこの体、それらを汚《けが》すに忍びぬまま、王倫《おうりん》が引き止めるのも断って、なお夢を都につないで帰ってきたが……、ああ、やはり高俅《こうきゅう》が権を振うこの都府《とふ》は、俺のような人間の住めるところではない」  今はなすこともなし、ほかに職を探す意志も出ない。すでに復職の運動や賄賂《わいろ》のため、売る物は売りつくしていたし、明日の食にも困る窮状に追われてきた。 「そうだ、ここに祖先から伝わる一腰の名刀だけが残っている。これを売って、身寄りの老幼に頒《わ》け与え、あとを路銀として、どこか遠い他県へ行って、身の振り方でもつけようか」  その日。――彼は一剣を持ち出して、それに売り物の“草標児《くさじるし》”をさげ、馬行街《ばこうがい》の四ツ辻に立っていた。  しかし、なかなか値段を訊いてくれる者さえない。そこで楊志は、午《ひる》過ぎから天漢州橋《てんかんしゅうきょう》のにぎやかな橋|袂《たもと》に河岸を変え、 「名刀の売り物だ。この稀代な宝刀。たれか眼のある人に譲りたいが」  と、道行く人々に、呼びかけていた。  すると、胸毛もあらわな大男が、ずかずかと彼の前へ近づいてきた。ぷウんと、酒気と油を交ぜたような体臭が鼻を衝《つ》く。――それを見るや往来の者はすぐ、 「そら、無毛虎《むもうこ》が何か刀売りへ突っかかっていったぞ」 「毛無シ虎の牛二《ぎゅうじ》が、またなにか、因縁を付けるんじゃねえか」  と、囁《ささや》き合って、もう辺りは人立ちの様子だった。  案の定《じょう》。――無毛虎の牛二といわれる街の悪《わる》は、のッけから、楊志を見くびッて、からみ始めた。 「なに。こんな古刀《ふるがたな》が三千貫だと。……やいやい人を盲《めくら》にするのもいい加減にしろよ、いい加減に」 「はははは。酔っているな。おぬしに買ってくれとはいわぬ。退《の》いてくれ。さあ、通ってくれ」 「大きなお世話だ。おれには買う力がねえとでもぬかすのか」 「弱るなア、どうも。刀はわが家の宝刀なので、子供に別れるような気持ちなのだ。お前さん方の持ち物にはさせたくない」 「よしっ、買ッた。そう見くびられちゃあ、こッちも意地だ。買わずにゃおかねえ。だがよ、おい。まさか鈍刀《なまくら》じゃアあるめえな」 「しつこいなア。お前さんには売らないと申すのに」 「ふざけるな、売り物の“草標児《くさじるし》”を下げてるじゃねえか。さあ、買ってやるから、切れ味を見せろ。それとも、尻込みする気かよ、ええおいっ。……さては、汝《うぬ》ア騙《かた》りだな」 「この人なかで、騙りとは聞きずてならん」 「そうよ、三十文の刀だって、豆腐や蓮根ぐらいは切れらア。三千貫の宝刀なら、いったい何が斬れるというのだ」 「聞くがいい。銅や鉄を斬っても刃こぼれ一つしない」 「ふん。それだけか」 「髪の毛を吹きかければ、毛も斬れる。――名づけて吹毛《すいもう》ノ剣という」 「洒落たことを言やアがる。それで生きた人間は斬れねえときては、なンにもなるめえ」 「斬ッても、刃《やいば》の肌に血の痕《あと》をとどめぬというのが、この宝刀の鍛えだ。さあ、それだけの説明で充分だろう。退《の》いてくれい」 「いや、おもしれえ。そんならこれを斬ッてみろ」  牛二《ぎゅうじ》は、一トつかみの銅貨を、州橋の欄干《らんかん》の上に、塔みたいに積み重ねて。 「さあ、そこの騙《かた》り野郎。ここへきて、この銭《ぜに》を見事斬ッてみろ。斬ッたら、三千貫くれてやるが、斬れなかったら、ただではおかねえぞ」  群集はわッと輪をひらいた。名うてな街のゲジゲジと、刀売りの大言壮語。どうなるやらと、往来はいよいよ山をなすばかりである。 「……よしッ、見せてやる」  楊志《ようし》はついに欄干の前へ寄っていった。じっと、銭《ぜに》の一点を見ていることしばし、抜く手を見せずとは、その間髪のことか。――二つに斬れた銭の数枚が、刃《やいば》の両側へバッと飛び、しかも欄干には傷痕《きずあと》も残さなかった。 「やあ、斬れたっ。ほんとに、斬れたわ」  どよめく見物人の喝采《かっさい》を尻目に、毛無シ虎は、なお躍起だった。いきなり自分の鬂《びん》の毛を一とつかみほど、毮《むし》り抜いて、 「おッと、待ちねえ浪人。そんな手品は、大道芸人もやるこッた。さア、これをいう通りに斬ってみろ」  いよいよ、かさ[#「かさ」に傍点]にかかって吠《ほ》えかかった。 「おおさ。性根をすえて見るがいい」  楊志は左の手に、それを受けた。そして晃々《こうこう》たる宝刀の刃《やいば》に向って、掌《て》の髪の毛を、ふッと静かな息で吹き起すと、 「あら、見事……」  見物たちは一瞬に、うつつを抜かした。――見れば楊志の息にかかった髪の毛は、あたかも宝刀の精に吸いついてゆくように、彼の掌《て》を離れるや飛毛《ひもう》の舞を描きながら、ハラリ、ハラリ、みな二つに斬れて落ちるのだった。  眼をすえていた毛無シ虎は、 「うるせえや、見物人めら。まだまだ、おれの負けじゃアねえ。第三には、人を斬っても、刃の肌に血の痕を残さねえと、吐《ほ》ざいたはずだ。さあ浪人、証拠を見せろ」 「見せてやる。犬を曳いてこい」 「犬をどうするッてんだ?」 「いわれなく、人は斬れぬ」 「たいがい、そういうだろうと思った。騙《かた》り者の逃げ口上はきまっていらア。出来ねえなら出来ねえと、ご見物に向って謝罪《あやま》れ」 「おぬしに刀は売らぬのだ。まアこのくらいで勘弁せい」 「いや、ならぬ」と毛無シ虎は、楊志の手頸《てくび》をムズとつかんで、 「――この刀は、おれが買う。買主との約束どおり、人間を斬っても血の曇りを残さぬといった証《あかし》を立てろ」 「それほどいうならば、金を出せ」 「金はいまねえが、後金《あとがね》ということもあるんだ。とにかく生きた人間を斬ッて、この通りだという値打ちを先に見せるがいいや。それとも、四つン這いに手をついて謝罪《あやま》るか」  ほとほと持て余した楊志は、ここにいたって、ついに堪忍の緒を破ったらしい。しかしその青い面色に一|抹《まつ》の凄気《せいき》は見せたものの、依然、言葉はしずかに。 「……さて、お立会い」  と見物人へ向って言った。 「ごらんの通り、この無頼者《ならずもの》めが、先刻より私にさまざまな難癖をつけ、なんとなだめても収《おさま》りがつきません。その上にも、生きた人間を斬って見せろと申してきき入れませんが、いったい、どうしたものでございましょうか」  すると、見物の群れから、弥次馬が、 「斬ッちまえ! 斬ッちまえ。――そういう毛無シ虎に、斬れ味を見せてやるがいい」 「その野郎がいなくなれば、第一、街が明るくならあ。よろこぶ者はあっても、悲しむ奴はたれもねえよ」 「ご浪人、頼むから、やッてくれい」  わいわいと、四方から声の礫《つぶて》だった。  こう聞いては堪らない。毛無シ虎は、その本性をなお剥《む》き出しにいきまいた。いきなり楊志《ようし》の胸いたを、どんと一ト突きして、その手にある宝刀をつかみとろうとかかったらしい。――が、彼の上半身は、ひょろと、空を泳いでいた。と見えたのも一瞬である。見物人の眼には、一|朶《だ》の血の霧が、バッと、大輪の花みたいにそこで開いたかのように映った。 「わああっ……。やった!」  まさかと思っていたのだ。呻《うめ》きに似た群集の声には戦慄がこもッていた。すでに見る楊志の足もとには、真二つとなった毛無シ虎の巨体がピクともせずぶっ仆れている。そして彼が垂直にして持ち捧げていた長剣には、なるほど、血脂《ちあぶら》の曇りもとどめていなかった。 「街のみなさん」  彼はそのままな姿勢で群集へ向って告げた。 「――おしずまりください。あなた方にご迷惑はおかけしません。見られたような仔細で、てまえはついに白昼、この天漢州橋の大道で人を殺《あや》めました。法罰、のがれ得るところでない。あなた方が生き証人だ。これから奉行所へ自首して出ます。そこを開いてお通しください」  彼の態度は立派だった。群集はそれにも感動をうけたらしい。聞き伝えて、彼が入った奉行所の門前には、庶民が群れをなして、 「毛無シ虎が悪いんだ。牛二《ぎゅうじ》はふだんから街の者を泣かせ、なに一つろくな真似《まね》はしていない。刀売りを助けてください」  と、口々に叫んだ。――以来、毎日のように、嘆願書やら差入れ物やら、楊志のためにはと、義金まで募《つの》ッて、あらゆる助命運動が、街の有志によってつづけられた。  六十日間の留置期間に、彼の処分もほぼきまった。官辺でも、折紙付きの毛無シ虎には、手を焼いていたところだし、吟味役人から牢番にいたるまでが、ことごとく楊志の同情者であったことも、情状の酌量《しゃくりょう》を容易にしたらしく、 「――北京《ホッケイ》ノ地へ流罪《ルザイ》トナシ、大名府《ダイミョウフ》留守司《ルスシ》ノ軍卒ニ貶《オト》スモノ也」  これが、罪の判決であった。同時にまた、 「所持ノ宝刀ハ、是ヲ官ニ没取ス」  とも、言い渡された。  定法どおりに、額《ひたい》に金印《きんいん》[#1段階小さな文字](刺青)[#小さな文字終わり]を打たれたのはやむをえない。だが、追ッ払いの背打ちの棒もかろく、やがて護送使の手で、はるか北京《ほっけい》の空へ差し立てられていった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 青面獣の楊志《ようし》、知己にこたえて神技の武を現すこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  北京《ほっけい》は、当時、大名府《だいみょうふ》ともいい、五代各国の首府としても名高い。 “河北《カホク》、治レバ天下治リ。河北、乱ルレバ天下乱ル”  唐《とう》の世代から、すでにそんな言葉があるとおり、西に太行《たいこう》山脈、東に遠く渤海《ぼっかい》をひかえ、北方に負う万里ノ長城は、北夷《ほくい》の襲攻にそなえ、不落の名がある。  しかし、近年では、満州の女真《じょしん》[#1段階小さな文字](金)[#小さな文字終わり]や遼《りょう》の侵攻も油断がならぬため、徽宗《きそう》の宋《そう》朝廷でも、ここを重視して、その留守司《るすし》[#1段階小さな文字](北京軍司令官、兼、守護職)[#小さな文字終わり]には、特に大物の人物を配していた。  世傑《せいけつ》梁中書《りょうちゅうしょ》は、その人である。  彼は、都の太師《だいし》[#1段階小さな文字](太政大臣)[#小さな文字終わり]蔡京《さいけい》閣下の女婿《にょせい》であり、この北京《ほっけい》では、軍権、民政、その一手にゆだねられている留守司の重職なので、その羽振りのよさは、言をまたない。 「おや、東京《とうけい》の楊志《ようし》が、平《ひら》軍卒に貶《おと》されてきたのか」  或る日、梁中書は、護送者から届け出ていた書類の一片を見て、こう呟《つぶや》いた。  楊志ももとは名家の出なので、その人柄も薄々は知っていた。――で、護送使の者に、身柄受取りの官印をあたえて帰すと、さっそく、自邸に楊志を呼んで、 「そちはいったい、どんな罪を犯して、平《ひら》の軍卒などに貶《おと》されてきたのか」  と、事情を問いただした。そして、彼の口から委細を聞くと、 「なあんだ、そんなわけだったのか。よろしい、折を待ちたまえ。君ほどな人物、いつまで、一兵卒にはしておかん」  大いに慰めて、当座は梁中書の邸内の兵卒に飼われていた。  だが、いかに彼の権威でも、理由なく楊志を取り立てるわけにはゆかない。そこで、城外の大練武場で、一日、北京総軍の大演習が行われるときを待って、楊志の武技を試し、もし彼に抜群の業があったら、それを称《たた》えて、大いに登用してやろうと考えた。  頃は、春めき始めた二月の頃。  大演武場は、北京三軍の旗と兵馬で埋まった。時刻となれば、貝が鳴り、鉦鼓《しょうこ》がとどろき、軍楽隊の演奏とともに、梁中書は副官その他、大勢の軍兵をしたがえて、式場へ臨んだ。  厳かな閲兵《えっぺい》の後、李天王《りてんのう》李成《りせい》、聞大刀《もんだいとう》聞達《ぶんたつ》、二将の号令のもとに、全軍、中書台《ちゅうしょだい》に向って、最敬礼をささげ、また、三たびの諸声《もろごえ》を、天地にとどろかせた。  たちまち、全軍は二陣にわかれ、紅旗、白旗が打ち振られる。鼓《つづみ》を合図に、両軍それぞれの大兵が、鶴翼《かくよく》、鳥雲《ちょううん》、水流《すいりゅう》、車輪《しゃりん》、陰陽《いんよう》三十六変の陣形さまざまに描いてみせ、最後にはわあああっ……と双方起って乱軍となり、そこかしこで、凄まじい一騎討の競武が展開された。  中でも、紅軍の副牌《ふくはい》[#1段階小さな文字](部将)[#小さな文字終わり]周謹《しゅうきん》の働きは目ざましく、彼の槍の前に立ちうる者はなかった。 「周謹。日ごろの猛練習も思われて、今日の働き、見事だったぞ」  梁中書《りょうちゅうしょ》は、輝《かがや》くばかりな銀色の椅子《いす》から、彼を賞《ほ》めて、また言った。 「ところで、もと東京《とうけい》の殿司《でんす》制使|楊志《ようし》が、流されて一兵卒に落され、今日も余の供として後《しりえ》に来ておる。彼は近衛《このえ》の一将として、武芸十八般に秀《ひい》でた男。――彼とここにて、槍術を競べてみせい」 「おそれながら……」と、周謹は口をとがらせた。 「流され者の一兵卒と、試合せよとは、余りにも」 「なにをいうか」梁中書は、わざと、声を高めて一喝した。 「いまや諸国に盗賊はびこ[#「はびこ」に傍点]り、国境には、遼族《りょうぞく》、女真《じょしん》の賊の窺《うかが》うもあって、今日ほど国家が人材を求めているときはない。まこと神技の武術を身に持つ者なら、一兵卒たりとも、これを用いぬは、国家への不忠である。それを周謹は不服だというのか」 「いや、決して、さような意味では」 「なればこれへ、楊志を呼べ」  召し出された楊志は、かねがね梁中書の好意のあるところを覚《さと》っている。もとより異存のあろうはずもない。  両人は、黒ずくめの戦袍《せんぽう》[#1段階小さな文字](よろい)[#小さな文字終わり]と黒駒を与えられた。使用の武器は、たんぽ槍[#1段階小さな文字](穂先を羅紗でくるんで玉とした物)[#小さな文字終わり]で、それにたっぷり石灰がふくませてある。 「いざ」  と、将台を前にして、両人、馬上の槍を戦わせた。  真槍でないから、ちょっと、勝負の判定は難しいようだが、しかし、腕前の差は歴々とあらわれた。馳け合うことしばし、周謹の体や黒馬の肌には、白い痕《あと》が斑々《はんぱん》と描き出されたのにひきかえ、楊志の五体や駒には一点の痕もついていない。  勝負あった! の銅鑼《どら》が鳴る。  すると、兵馬|都監《とかん》の李成《りせい》が進み出て、将台へ訴えた。 「周謹は無念そうです。彼の得意は、弓にあるので、弓を持たせて、もう一度の勝負をご覧願わしゅう存じまする」 「楊志。よろしいか」 「心得ました」  ふたたび、指揮台で青旗が打ち振られ、金鼓《きんこ》一声、馬は馬を追ッて、演武場の南の方へ、パッと馳け出た。  逃げていくのは、楊志だった。  周謹は、三|矢《し》を放って、三矢とも、見事、楊志の片手の楯《たて》で払われてしまった。  こんどは、楊志が追う番に廻った。――楊志は、弓を引きしぼって周謹の背に迫ったが、わざと急所を射はずして、その肩を射た。しかし、たとえ肩でも何かはたまろう。あっと、相手は馬上からころげ落ちた。 「さすが楊志の武技は中央の武技の一流だった。――周謹はしょせん敵でない。しばらく周謹の現職を楊志にゆずらせ、今日以後は、楊志をもって副牌《ふくはい》[#1段階小さな文字](部の将校)[#小さな文字終わり]に取り立て得さす。――管軍《かんぐん》書記、さっそく辞令を彼に授けろ」  梁中書《りょうちゅうしょ》が、かく命じると、突如、軍列の一端から躍り出ていう偉丈夫があった。 「今のおことばは、この索超《さくちょう》には、大不服です。周謹《しゅうきん》が拙者の弟子だからとて申すのではありませんが、楊志の武技は中央一流との御意《ぎょい》は、聞きようでは、北京《ほっけい》総軍には、人もなきかの如く聞ゆる。それほどなご賞辞ならば、この索超を打ち負かしたうえにて、彼へおさずけ願いたい」 「はははは。誰かと思えば、急先鋒とアダ名もある正牌軍《せいはいぐん》[#1段階小さな文字](一軍の大将)[#小さな文字終わり]の索超か。よからん、よからん! 望みとあれば勝負してみよ」  いよいよ、事は物々しくなった。両者にはあらためて、本格的な武装を命じ、試合場所も、将台の欄《らん》まぢかに移されたので、梁中書は白銀の椅子を欄前にまで進め、折から北京七門の楼門上には、大きな日輪が夕雲に落ちかけてきたので、縁飾《ふちかざ》り美しい蓋傘《おいがさ》は、彼の冠の上に瑶々《ようよう》として翳《かざ》されていた。  開始の軍楽《ぐんがく》。――それがやむと、両側の柵《さく》内で、金鼓《きんこ》が鳴り、楼の上では用意! の黄旗が早や振られている。  どかんと、はるか馬場の末のほうで、烽火《のろし》用の爆音が、夕空に谺《こだま》した。見れば、西の門旗《もんき》の下からは、急先鋒|索超《さくちょう》、東門からは、青面獣|楊志《ようし》。各〻さんぜんたる鎧《よろい》、甲《かぶと》のいでたち。さながら戦陣そのままな猛気を飾って、静々、こなたへ相寄って来るのが見える。 「おうっ……」  たちまち、二騎の姿は、魚紋を描いて、もつれ繞《めぐ》った。  索超は、雪白《せっぱく》の馬上に、金色《こんじき》の焔《ほのお》を彫った大斧《おおおの》をひッさげ、楊志はするどい神槍《しんそう》を深くしごい[#「しごい」に傍点]て、とうとうと馳け巡りながら虚《きょ》をさぐる。  この戦いは、見事だった。両者の威風といい、その技といい、見ているにさえ息づまった。――大斧《だいふ》の閃々《せんせん》、槍尖《そうせん》の電光、おめき合うことも幾十合か。馬も汗するばかりなのに、どうしても、勝敗はつかない。満場は声なく、巨大な落日の紅炎は、西の空へ、刻々に沈んでゆく。しかもまだ、相互ともに意気|旺《さかん》なのだった。まさに不死身の人間の戦いかとも怪しまれている。 「ああ。みごと」  梁中書は、いつか夢中で、その銀|椅子《いす》から立っていた。彼は満足した。大名府に両雄を得たり、といってよろこんだ。  彼のそばから伝令が走った。引分けの銅鑼《どら》が鳴る。索超の部下は、万雷のような勝鬨《かちどき》をあげたが、楊志の方には、歓呼もない。  しかし二名は、台下に並んで、ともに、同等な賞を拝領した。そして夜は演武庁の楼上で、盛大な祝賀の宴に誉《ほま》れを謳《うた》われ、その席上ではまた、 「以後、索超、楊志ともに、相並んで、軍の提轄使《ていかつし》[#1段階小さな文字](憲兵の長)[#小さな文字終わり]たるべし」  と、任命された。  何が不幸か幸か、げにも人の運命はわからない。これからというもの、楊志は、梁中書に気に入られ、楊志もまた、恩に感じて、心からその人に仕えていた。  いつか夏も近づいて、五月の声を聞くと、その日は、端午《たんご》の節句《せっく》だった。  佳節《かせつ》の客もみな帰って、梁中書は蔡《さい》夫人と二人きりで、やっと私室にくつろいだ。そして夫人の杯に、菖蒲酒《しょうぶざけ》を注《つ》いでやりながら、 「どうも、こう忙しい重職になると、めったに、そなたの笑顔を見ることもできんなあ」  と、わざと妻のよろこびそうなことをいった。  蔡夫人は艶《えん》な姿態《しな》のうちに、つんと、いつものお実家《さと》自慢を匂わせて、 「でも、こんな栄誉と福貴は、万人の羨《うらや》むものではございませんか。勿体ない」 「とんでもない。愚痴をこぼしたわけではないよ。それどころか、そなたの父、蔡《さい》大臣のお引立ては、夢寐《むび》の間にも、忘れてはおらん」 「そういえば、あなた、やがてもう、父君の誕生日も間近でございますよ。お忘れですの」 「なんの、忘れてなろうか。岳父《おしゅうと》のお誕生日、七月十五日。ことしこそは、去年のような失敗をせぬようにと、内々心をくだいておる」 「去年はまあ、とんでもない抜かりでしたわね。お父君のお祝にと、あんなにまで、おびただしい金銀珠玉を東京《とうけい》へ送らせてやったのに、その途中で群盗のため、すべて強奪されてしまったことではございませんか」  まるで良人の落度でも責めるように、蔡夫人の眸《ひとみ》が、耳輪の瑠璃《るり》より細い鋭い光で、梁中書の横顔を射ていた。それには彼も二の句がなく、今年もまた、早くから頭を悩ませている風だった。 「ねえ。どうなさるおつもりですの。……今度は」 「だからさ、今年もすでに、心がけて、すでに十万貫に価する珍器|重宝《ちょうほう》は、この北京《ほっけい》の古都を探って、ひそかに庫に蒐《あつ》めてあるわさ」 「いいえ。それよりも、その高価な宝を、どうして無事に、東京《とうけい》のお父さまのもとまで届けさすことができるか。そのご要意のほうが、かんじんではございませぬか」 「それには、人だな。なんといっても、よほど信用のおける人物でのうてはかなわぬし、さらには、いかなる賊と出会っても、断じて負けをとらぬ勇者でもなければならぬ」 「この北京何十万の軍には、それに適《かな》う一人の人物もいないのですか」 「いや、そんなことはない……」と、あわてて彼は言い消した。 「――勇者はいる。武術の達人も少なくはない。だが考えてみい。十万貫の重宝といったらたいへんな富だ。いかにわしの蓄《たくわ》えと俸給でも、そんな多額な金目の物を、一私人としては、都の岳父《おしゅうと》に贈りうるはずのものではないからな。……腕ぶし[#「ぶし」に傍点]ばかり強くても、腹ぐろい人間には、このことは打明けられぬし、使いにも差向けられんというわけだ。それでこの人選には、わしも全く慎重にならざるを得んのじゃよ……」 「ほんに、そう伺うと、人はないものかも知れませんね。けれど今年こそは、お父君に糠《ぬか》よろこびをおさせしては、あなたとしても、申しわけがないでしょう」 「……まあ待て。まだ幾十日の間もあること。全然、心当りの人間がないわけでもない。充分、信用がおける人間かどうか。ま、もう少しみていよう」  いま、梁中書の腹にあるただ一人の人物――その候補者とは、いうまでもなく、かの青面獣《せいめんじゅう》の楊志以外な者ではなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 風来の一怪児、東渓村《とうけいそん》に宿命星《しゅくめいせい》の宿業を齎《もたら》すこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  近ごろ。山東は済州《さいしゅう》の鄆城県《うんじょうけん》に、あたらしく赴任して来た県知事がある。  姓は“時《じ》”名は“文彬《ぶんぴん》”。県民の評判はたいへんよかった。現下世は腐敗の極といわれているものの、なお多くの中には良吏もいたのである。非理曲直《ひりきょくちょく》すこぶる公明で、私の暇《いとま》には蘭《らん》を愛し琴《きん》を奏《かな》で書《しょ》もよく読むといったような文彬だった。 「――自分がこの地へ着任いらい、まだ何も見るべき行政はしていないが、まず県下の治安を第一に確立したい」  彼は或る日、県[#1段階小さな文字](県は日本の郡単位)[#小さな文字終わり]の庁堂《ちょうどう》の壁に、民治の主旨をかかげて、その日、公庭に集まった全吏員にこう告げていた。 「これまでどこに赴任してみても、およそ吏《り》として、民を安んじ民と和楽をともにするということはじつに難かしい仕事だと痛感しておるが、わけてこの県は難治な地方と思われる。なぜなれば、大盗の巣窟《そうくつ》、梁山泊《りょうざんぱく》などの水郷《すいごう》もあって、旅途はさびれ、土民の気風も荒く、そのうえ日々聞ゆる兇悪な犯行にさえ、従来、官の実績は何もあがらず、官は無力なものと、民からも悪党からも見くびられておる」  全員はしいんとしていた。みな面目ないふうである。が、列の中ではそれが不服らしく満面をムズムズ燃やし、耳を押ッ立てて聞いていた巨漢二人の顔があった。  いずれも、庁《ちょう》の与力《よりき》、つまり捕手頭《とりてがしら》である。  その一人は、騎兵捕手の与力で、名を朱同《しゅどう》といい、あだかも関羽《かんう》のような髯《ひげ》をもっているので“美髯公《びぜんこう》”という綽名《あだな》があった。  また、もう一名の歩兵与力は、これも身の丈《たけ》七尺をこえ、人なみはずれな腕力に加えて、およそどんな土塀もちょっとした小川も一跳躍にとびこえる特技のあるところから、県中、この人を“挿翅虎《そうしこ》”ともアダ名している雷横《らいおう》という者だった。  こう二人は、新知事の訓令にもどこか反撥的な面構《つらがま》えをみせていたので、文彬《ぶんぴん》はその眼気を感知し、微笑を見せながらすぐ次へ移っていた。 「――だが、過ぎたことはぜひもない。ただ、今後はお互いの協力で県下の治安に尽していこう。そこで捕手頭の雷横と朱同に命じるが」  二名は列の中で、ちょっとその直立をただした。 「ご苦労だがさっそく部下をひきいて、一方は西門道から村々を巡邏《じゅんら》してゆき、また一方は、東門街道を出て県下を巡り、途々《みちみち》賊あらば捕え、民の難あらば助け、そして二た手の巡警隊は、東渓村《とうけいそん》の山上で落ち合い、相互の情報を交わし合うがよい」 「心得ました。では、すぐさま」 「いや待て。――東渓村の山上には、天下の奇樹《きじゅ》といわれる有名な大紅葉《おおもみじ》がある。あの葉は他に類のないものだ。おのおのは、相違なく巡邏した証《しるし》として、そのもみじ葉を持って帰れ。よろしいな、怠れば罪に問うぞ」  文彬《ぶんぴん》新知事。抑えるところは抑え、厳しいところは、なかなか厳しい。  その夕、朱同《しゅどう》は西門を立ったが、彼の方はしばらく措《お》き、まず雷横《らいおう》の行く手を見よう。  捕手二十余人をつれた雷横は、べつに東門街道を出て、村々を巡邏し、翌日も県下を歩いてから、約束の東渓山へのぼっていき、例の大紅葉の下に立った。そしてさて、待つま程なく、一方の朱同組もやって来たので、ここで情報交換しあった後、二人は思わず哄笑《こうしょう》した。 「いやどうもご苦労さまだ。こんな時にかぎって、小泥棒一ぴき見当りはしねえ。なんのことはねえ紅葉狩《もみじが》りにきたようなものさ――」  帰路は夜にかかった。お互い逆に道を換《か》えて、松明《たいまつ》を振りつつ山を降ッたのである。  すると、その雷横組のほうが、麓《ふもと》ぢかい霊官廟《れいかんびょう》のほとりまで来たときだった。ひょいと見ると、廟《びょう》の扉が、魔の口みたいに開けッ放しになっている。 「おや、廟守《びょうもり》もいねえのに、おかしいぜ」  雷横はふと立ち止まった。多年の直感が何か異臭《いしゅう》をそこに嗅《か》ぎつけたものらしい。 「やいやい。念のためだ。松明《たいまつ》を持って、踏み込んでみろ」  雷横の一と声に、部下の捕手たちは、どやどやと廟のうちへ躍りこんだ。  するとそこには蜘蛛《くも》の巣だらけな暗闇を天国として、一人の大男が、お供え物の卓《つくえ》の上に、まっ裸な体を載せ、丸めた着物を枕に、高いびきで熟睡していた。 「ほう、凄げえ面《つら》して寝ていやがる……。眼も覚まさねえぜ」  と、捕手もあきれた。  毛脛《けずね》、胸毛、まっ黒な肌。裸足《はだし》に馴れた足は象の皮みたいだし、顔は赤痣《あかあざ》だらけで、眉毛などあるかないかである。おまけに厚い唇から涎《よだれ》をたらして、正体もない寝ざま[#「ざま」に傍点]なのだ。 「……ははあ、兇状持ちの股旅者《またたびも》ンだな。叩けば何か出るだろう。なにしろ、紅葉の葉ッ端《ぱ》じゃ土産《みやげ》にもならねえからな」  呟《つぶや》くやいな、雷横は、そこの卓《つくえ》を蹴って、男のからだもろとも、引っくりかえし、 「縄をかけろ。四の五をいわすなッ」  と、不意にその男を搦《から》め捕《と》らせた。  もちろん、赤痣《あかあざ》の若者も、吠えたり暴れたり、抵抗はしたが、二十余人の捕手に会ってはどうしようもない。手負い猪《じし》のように東渓山の麓へと曳きずられていった。  そもそも、この山|裾《すそ》には、一すじの渓川《たにがわ》を境として、西渓村《せいけいそん》と東渓村《とうけいそん》との、二|聚落《じゅらく》がある。  かつて、その西渓村のほうでは、白昼でも妖怪が出るという噂がたち、事実、そこの淵《ふち》で理由なく村の男女が溺れたり、牛馬が引き込まれたり、怪異な変が多かった。  すると或る年。一人の旅僧が、 「わしが鬼魂《きこん》を鎮《しず》めて、供養してあげる」  と、大きな青盤石《せいばんせき》に経《きょう》を刻《きざ》ませ、妖怪退散の法要を行なって去った。  それからというもの、西渓村には無事がつづいた。――西渓村の幽鬼はみな、東渓村へ逃げていったのだ――と言い囃《はや》された。  怒ったのは、東渓村の名主《なぬし》、晁蓋《ちょうがい》である。 「化けものなんざ、いくらでもこいだが、おれが名主でいる以上、そんなケチをつけられちゃあ黙ってはいられねえ。西渓村の奴らめ、明日の朝になって、腰を抜かすな」  晁蓋は、深夜、ひとりで渓川《たにがわ》を渡って行き、西岸の供養塔を担《かつ》いで帰った。そして東渓村の見晴らしのいいところへ、それをでん[#「でん」に傍点]と据えこんで、澄ましていた。  以来、この庄屋さんに、あだ名がついた。  ――托塔天王《たくとうてんのう》。  その名のほうが、有名になった。 「おいっ、誰か起きてみねえのか。さっきから表門を、どんどん叩いている奴がいるじゃあねえか。どいつもこいつも寝坊だな」  晁蓋はさっきからどなっていたが、ついには自身寝室を出て、表門へ出ていった。  その朝。いや、夜はまだ明けてもいなかった頃である。 「うるせえな。だれだい、今頃」  開けてみると、黒々とたいへんな人影だ。松明《たいまつ》の火光の中には、大の男の縄付《なわつき》が見えるし、顔見知りの雷横もいる。 「やあ、どなたかと思ったら、県の与力さまじゃあございませんか。いったい、どうなすったんで」 「おう晁蓋。こんな大勢して甚だすまんが、部下の者に朝飯をとらせたい。暫時、屋敷のすみを貸してくれんか」 「おやすいこッてすが、何か大きな捕物でも」 「なあに、そんな仰山《ぎょうさん》な獲物《えもの》でもねえが、霊官廟《れいかんびょう》の内に、うさん[#「うさん」に傍点]な野郎が寝込んでいたので、引ッ縛《くく》ってきた帰り途だ。あそこも村の内、おぬしに声をかけないのも悪いからな」 「それは、どうも……ま、ずっとお通ンなすってください。いま雇人どもを起して、さっそく朝飯の支度でもさせますから」  まもなく荘院《しゃうや》の内は、大賑《おおにぎ》わいになった。県のお役人衆とあって、下へもおかず、酒飯《しゅはん》はもちろん、風呂まで沸《わ》かす騒ぎだった。  そのすきまに晁蓋は、門長屋の暗い一戸を覗いてみた。庄屋として、縄付の男を一見しておく義務を感じたからであろう。  見ると、鳶《とび》色の体に無数な傷を負った若者が、両手を梁《はり》に吊り上げられたまま、爪先だちに立っていた。大火傷《おおやけど》でもした痕《あと》か、赤痣《あかあざ》いちめんな顔を歪《ゆが》め、苦痛を歯がみで耐えている。 「はて。村じゃ見たことのねえ男だな。おい、どこのもンだ、おめえは」 「遠方から来た者です、へい、この地方に、お訪ねしたいお人があったのに。……そ、それを理不尽《りふじん》にも、いきなり縄目にかけやがッて。……あ痛《い》て、アててて」 「なんだい。いい若いもンがよ。して、訪ねるお人ってえのは?」 「東渓村の托塔天王《たくとうてんのう》だ」 「えっ、なんの用で」 「そいつア言えねえ。だが晁蓋《ちょうがい》さんは、村名主だとか。……旦那、この村は何村ですえ」 「東渓村だよ。そしてこういう俺が、その晁蓋だ」 「あっ、だ、旦那がですかい。……じゃあ、聞いておくんなさい。あっしゃあ、東潞州《とうろしゅう》の生れで」 「あ、たれか来た。早く用向きだけ、ひと口にいえ」 「じつア、ひょんな早耳から、ど、どえらい儲《もう》けぐちを知ったんで、それをお報《し》らせに来たんでさ。旦那なら相談になると思って」 「よしっ、後で聞こう」 「後でッたって、この縄目じゃあ」 「助けてやる。――俺の甥《おい》になれ、甥によ。五ツ六ツの年に村を離れていたが、風の便りを聞いて尋ねてきたという風にな。……いいか、うまくばつ[#「ばつ」に傍点]を合わせろよ。場面は俺が仕組んでおく」  なに食わぬ体《てい》で、晁蓋はその足で、離亭《はなれ》に休んでいる雷横《らいおう》の席へ顔を出した。 「おや、もうご出立のお仕度で」 「やあ晁《ちょう》旦那。時ならぬ時刻に、えらい厄介をかけて、すまなかったな。夜も白んできたから、ぼつぼつ出かけようと思う」 「ご苦労でございますなあ。またどうぞ、近くへお越しのせつには」  門のほうでは、はや部下たちが、槍、棒、刺叉《さすまた》などの捕具《ほぐ》を持って勢揃いし始めている。雷横もまた、颯爽《さっそう》と出ていった。  見送りにかこつけて、晁蓋はその後についていき、そして、門長屋から曳きズリ出された縄付《なわつき》を見て、 「ほ、ほう……。凄い大男ですな」  と、わざと目をみはって呟いた。  ――この時、と合点したらしく、縄付の男は、不意に大声で呼びたてた。 「あっ、おじさんだッ。おじさん、助けてください」 「な、なんだって?」  晁蓋は、わざと怪訝《けげん》な顔してから、ややしばらく、じっと相手を見すまして。 「や、や。おまえは王小三《おうしょうさん》じゃないのか」 「そ、そうですよ、叔父さん。……ああ、叔父さんは、それでも、この小三を、覚えていてくれたんですね」  びっくりしたのは捕手たちである。わけて、雷横は、ぎょッとした。 「えっ、甥御《おいご》ですか、この男は……。はアて、こんな股旅者《またたびもの》が」 「なんともはや、面目もありません。恥をいやあ、てまえの姉夫婦の子です。これがまだ六ツ七ツの洟《はな》タレごろに、夫婦とも南京《なんけい》へ夜逃げしたきり音沙汰なし。その後、この小三《しょうさん》の奴ア、いたずらして頭に大火傷《おおやけど》をこさえ、それが十四、五のころで、親とともに一時は村へ舞い戻っていましたが、都の風に染んだ怠け者、またすぐ出ていってしまいました。……以来、姉夫婦も不運つづきで、赤痣《あかあざ》の小せがれは、やくざに誘われて、家にも居つかず、親不孝を売り歩いているたア薄々聞いていましたが、まさか、雷横さまのお縄を頂戴しようとは」 「ふうむ……意外なこともあるもンだな」  晁蓋《ちょうがい》は、はッたと、偽《にせ》の甥《おい》をにらんで。 「やいっ小三。なぜ、故郷の村へまで来て、悪事をしやがったか」 「ちがいます、叔父さん、あっしゃあただ、腹はへるし、塒《ねぐら》もないので、霊官廟《れいかんびょう》で寝ていただけです」 「悪事もせぬのに、なんで召捕られたんだ」 「わかりません。夢みたいなもンで、あっと気がついたら縛られていたんで」 「嘘をつけッ」  激怒を作って、晁蓋は捕手の棒をひッたくり、いきなり男の肩を二ツ三ツなぐりつけた。 「野郎、ほんとをいえ、ほんとを」 「だって叔父さん、ほかに言いようはありませんよ。……仰っしゃる通り、身を持ちくずし、親不孝をかさねましたから、ひとつ叔父さんにこの悪い性根を叩き直してもらおうと、空《す》き腹を抱えて尋ねて来たんです。だからこそ、盗みもせずに、夜が明けたら、叔父さんとこへ辿《たど》りつけると思っていたのに」 「こいつが、ひとを泣き落しにかけようと思やがって。そんな手に、俺がのるかっ」  また振り上げる棒を、こんどは、雷横が慌《あわ》てて止めた。小三に同情したわけではないが、元々、不審の程度で捕えたに過ぎないのだから、と宥《なだ》めに廻って、 「当家の甥御《おいご》とわかれば、仔細はない、はやく、その縄目を解いてやれ」  と、部下へも命じた。 「ちぇッ、運のいい奴だ。小三、このご恩をわすれるな」と、晁蓋は彼をシリ目に措《お》いて―― 「どうもせっかくのお役儀を、なんだかこう、ムダ骨折らせたような恰好になって、申しわけございません。ひとつ、もいちど奥で、お口直しをしてからお引揚げくださいませんか」  強《た》って、雷横をねぎらい直し、またそっと、銀子《ぎんす》何枚かを心づけた。部下へもまた、それぞれの物を与え、どうやら彼の画策は上々で、まもなく雷横一行は、そこの門を立っていった。  あとの荘院《しょうや》の奥では、それからのことだった。  真新しい衣服頭巾をめぐまれ、朝飯もたべて、すっかり元気を取り戻したかの股旅者は、晁蓋を前にしてその素姓《すじょう》を明らかに語っていた。 「もとより手前はやくざ、生れ故郷は東潞《とうろ》州でござんす。苗字《みょうじ》は劉《りゅう》、名は唐《とう》、と申しましても、それは顔も知らないうちに死に別れた親のくれた名。人さんからは、この赤面《あかづら》のため、赤馬だの赤髪鬼《せきはつき》などとアダ名されております。どうか今後とも、お見知りおきのほどを」  と、型どおりな、初対面の仁義をきって。 「――ご高名は、とうに伺っておりますんで、いちどはご縁をえたいと存じておりましたところ、つい先ごろ、山東《さんとう》、河北《かほく》の密貿易《ぬけがい》仲間の者から、耳よりな儲《もう》けぐちをチラと聞きこみ、こんな大ヤマを張れる相談相手は、托塔天王《たくとうてんのう》、いや晁《ちょう》旦那よりほかに、誰があろうと、お見込み申して、やってまいったような次第で」 「いやよくわかった。だがその、大ヤマを張る儲け仕事たあ、いったいなんだね」 「ようござんすか、ここで申しあげても」 「あ。ちょっと待ちな」と、晁蓋《ちょうがい》も念を押されて立たざるを得なかった。扉《と》に鍵《かぎ》をかけ、窓の帳《とばり》も垂れて――「さ。安心して、話すがいい」 「じつあ、近いうちに、北京《ほっけい》は大名府《だいみょうふ》の梁中書《りょうちゅうしょ》が、十万貫てえ金銀珠玉|骨董《こっとう》を、開封《かいほう》東京《とうけい》へ、密々に送り出すはずですが、よも、ご存知でござんすまい」 「知らぬ。それはまた、なんのために」 「梁中書の女房の親父、いま宋皇帝の朝廷では最高の地位にある蔡《さい》大臣への、誕生日祝いに贈るッてえわけなんです」 「まあ、閥族《ばつぞく》同士の公然な大|贈賄《ぞうわい》というわけだな」 「そうですよ、それにきまってまさアね。いわばみんな、庶民の汗や膏《あぶら》や、よからぬからくり[#「からくり」に傍点]で作った不義の財。そいつをこちとらが、狙ッてぶんどったところで、天道《てんとう》様も、よもやこち徒《と》だけを悪いたア仰っしゃるめえて考えますがね」 「去年は、途中で賊のために、盗《や》られたとかいう噂だったが」 「ですからさ、旦那。他人《ひと》にやらせちゃもったいねえじゃござんせんか。――世間の噂にゃ、托塔《たくとう》旦那は、男|伊達《だて》だ、槍や棒も旦那芸じゃねえ。しかも、不義には強いお方だと聞いております」 「よしてくれ。俺あ、おだてには乗らねえよ」 「ご免なすッて。そんな気もちで申したわけじゃございません。ただ、なんぼ北京軍《ほっけいぐん》の総帥でも、この干乾《ひから》びたご時勢に、年々十万貫もの財宝を、女房の実家《さと》へ貢《みつ》いでるってえなあ、たいした大泥棒でございますぜ。ようし、それならこっちも上わ手をいって、横奪《よこど》りしてやろうというわけ。……どうですえ、旦那、ご分別は」 「先にゃあ、去年の失敗《しくじり》がある。よもや今年は、のめのめ掠奪《かす》められるような凡《ぼん》くら[#「くら」に傍点]を警固としては出かけまい」 「なんの、この劉唐《りゅうとう》だって、腕には覚えがあるつもりだ。まして托塔《たくとう》天王様に、うんといって、一つ乗り出していただければだ」 「なるほど、話はすばらしいや。ちょっと、食指が動くな」 「だからさ、お譲り申しますよ。この儲け口を」 「ま。……よく考えようぜ。おぬしも、客間で一杯やって、ゆっくり休んでいなさるがいい。やるかやらぬか、おれも思案の腹をきめ、その上での相談としようじゃないか」  ぜひなく、赤髪鬼の劉唐《りゅうとう》は、一応、客間へ引きさがり、あてがわれた酒の膳について、独りがぶがぶ飲んでいた。  ――だが、どうにも彼は、おもしろくない。晁蓋の生返辞《なまへんじ》が気にくわないのだ。「ははアん。俺をただの与太《よた》もンと見て、相棒には不足と考えたに違いねえ」そう思うと、酒が業腹《ごうはら》を焚《た》きつけて、我慢がならなくなってきた。  ふと窓外を睨むと、一頭の裸馬が、裏門につないである。なに思ったか、劉唐は「……ようし」と独り呟いた。そして壁の槍掛《やりかけ》から一本の野太刀をつかみ取って、 「与力の雷横《らいおう》もまだ遠くへはいっていまい。――そもそも、あいつのために、縄目にあい、ぶざま[#「ぶざま」に傍点]な弱音《よわね》を吹いたので、晁蓋までが、この俺を、だらしのねえやつと、見くびッたのだ。雷横に追ッついて、野郎の詫《わ》び証文か片腕でも奪《と》ってきて見せたら、晁蓋もおれを見直すだろう」  どんな自信があるのか、赤髪鬼はヒラとそこを跳び出すやいな、荘院《しょうや》の裏門から県の街道を馬で矢のごとくすッ飛んでいった。――時に、陽はゆらゆらと牧場《まきば》の朝露を離れて高く、木々には百鳥の囀《さえず》り、遠山には丹霞《たんか》のたなびきが美しい。これで地に人間の争いがなく、宋朝《そうちょう》の政《まつり》に腐爛《ふらん》さえなければ、この世はそっくり天国なのだが。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 寺小屋先生「今日休学」の壁書《かべがき》をして去る事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  どうせ、急ぐ道でもない県下|巡邏《じゅんら》の捕手たちだった。  すき腹に朝酒の振舞いをうけ、雷横以下、なおさらブラブラ歩きにもなっていた。そして彼方の石橋《しゃっきょう》一つ渡れば、次の隣村という村境でのことである。 「おおうい、待てえっ。雷横、待てっ」  突然な後ろからの声に、ぎょっとして振り向くと、なんと例の赤痣《あかあざ》が、ひらと飛び降りた裸馬を楊柳につないで、野太刀に反《そ》りを打たせて向ってくる。 「やっ、きさまは、さいぜん縄目を解いてやった、荘院《しょうや》の甥《おい》だな。なにしに、この雷横を追ってきたのか」 「詫び証文を貰いにきた。さあ書け。――昨夜はなんの咎《とが》もない人間に、理不尽《りふじん》な縄目をかけ、まことに相すまぬ落度であった――と、詫び状一札書いて渡せ」 「ふざけるな。こちらの慈悲も忘れやがって」 「慈悲が聞いて呆《あき》れらあ。叔父御からは、銀子《ぎんす》何枚かを、袖の下に貰っていたろう。ええ、面倒くせえっ。詫びの一枚をよこさねえなら、その片腕をぶった斬って、貰って帰るぞ」 「こいつがッ……」と、雷横は憤《いきどお》ッて「――晁蓋《ちょうがい》の甥というので、ゆるしておけば、よくも、いい気になりゃあがッて」 「おおさ! 俺をなんだと思ってやがる。霊官|廟《びょう》じゃあ、寝込みで是非もなかったが、いまはちッと俺さまが違うぞ。いわれもねえ縄目の返礼だ、雷横、覚悟っ」  振りかぶってきた野太刀の迅《はや》さ――。雷横はかわすひまもなく、腰の官綬刀《かんじゅとう》を抜いてバシッと受けた。そのまま打々発止《ちょうちょうはっし》と火花の間《かん》に斬りむせび合うこと数十合――。  わっと騒ぎ廻る捕手たちが、横から手を出す一瞬のすきもない。 「こんな小僧っ子」――雷横は闘いつつ、まわりの部下へ、豪語した。「――おれ一人でたくさんだ。手を出すな。遠巻きに見物していろ」  しかし、結果は、彼の大言の通りにゆくかどうか、なんともいえぬ形勢に見える。  雷横の刀術に、鳳《おおとり》の概《がい》があれば、赤髪鬼の野太刀にも、羽を搏《う》つ鷹の響きがあった。赤髪の影が旋風《つむじ》に沈めば、迅雷《じんらい》の姿が、彼の上を躍ッて跳ぶ。――いずれにも、流儀があり、技があり、法にかなった秘と秘の術競べとはなったので、この勝負、いつ果てるともみえなかった。  だが、雷横の部下たるもの、もう見ては、いられない。 「――あっ、お頭《かしら》があぶないッ」  誰かが叫ぶ。  同時に、どっと助太刀にうごきかけた。  ところが、すでにその寸前、街道わきの緑蔭静かな一|戸《こ》の垣の網代戸《あじろど》から、さッと走り出てきた田鶴《たづる》のごとき人品のひとがある。 「まあ、待たっしゃれ」  と、その者は、手に持っている分銅《ふんどう》付キの細鎖《ほそぐさり》で、双互の間を分けへだて、 「お二人とも、刀をお引きください。どうした仔細か、わしに任せてくださらんか。わしの家の前で、こんな芸をやられては、まさかただ、見物しとるわけにもいかんじゃないか」  事に迫らず、からからと笑っての扱い。雷横と劉唐《りゅうとう》も、思わず太刀を収めて、その人を見た。これなん、この片田舎には過ぎた童塾《どうじゅく》[#1段階小さな文字](寺小屋)[#小さな文字終わり]の先生、智多星《ちたせい》の呉用《ごよう》で、道号|加亮《かりょう》、あざ名が学究。略して、呉学人《ごがくじん》とも、呉用先生とも、よばれている者だった。  黒縁《くろべり》の麻ごろもに、学者頭巾をかぶり、髯《ひげ》長やかだが、さりとて、腰の曲がった老人ではない。白皙《はくせき》にして、なお紅唇《こうしん》の精気若々しく、眼《まなこ》すずやかな底に、知識人の何かがある。  学人《がくじん》は、代々土着の家柄の人で、世評に聞けば、書は万巻に通じ、胸に六韜三略《りくとうさんりゃく》をきわめ、智は諸葛孔明《しょかつこうめい》に迫り、才は陳平《ちんぺい》にも比肩《ひけん》し得よう、とある。そのうえ済州《さいしゅう》の地方、この人あって、童歌の清きを失わず、また能《よ》く、読書《ふみよむ》の声を野に保つ……とまで賞《ほ》めそやされているほどだった。 「退《の》いてくれい、寺小屋先生。怪我《けが》をするぞ」  劉唐は、なお息まき。雷横もいうまではなく、官の与力、估券《こけん》にかかわる。 「学人。ほうッといてください。用捨はならん」 「盗賊ですか。この男は」 「いや、荘院《しょうや》の甥ッ子とかだが」  劉唐が、横から吠えた。 「盗《ぬす》ッ人《と》でもねえ俺を、盗ッ人と間違えて、縄をかけやがッた凡《ぼん》くら[#「くら」に傍点]与力だ、そいつは」 「まだ吐《ほ》ざくか」 「いうとも、詫び状よこせ」 「うぬっ。もいちど、縄目を見たいのか」  ばッと、両人の踵《かかと》が、砂を蹴って、またもや、と見えた一刹那、どこかで、 「ばか者っ、なにをしている!」  と晁蓋の声がした。  息せき切って、あとからここへ馳けつけてきた彼は、馬の背から飛び降りるやいな、二人を割って、まず雷横にあやまった。 「どうも、はや、とんでもねえ奴です。お腹立ちでもございましょうが、どうかご勘弁なすって下さい」  そしてまた、劉唐の肩を、一つ突き飛ばして、 「この酒|食《く》らい野郎め、ちょっとの間に、もう酒をくらった揚句、なにを考えて、飛び出したかと思えば」  いきなり、彼の手から、野太刀をひッたくって、刀背打《みねう》ちに撲りかけた。驚いて、その手もとを抑え、 「あっ。そうまあ、ご立腹なさらずとも」  と、止めたのは呉学人である。 「いま、聞いてみれば、他愛もない間違いの意趣返しだとか。それに酒気があるなら、なおさらのことだ。雷横どのも、お役儀の途上、ゆるせまいが、ここは晁蓋さんと、わしに免じて、ひとつ堪忍してあげてくださらんか」  ふたりの詫びでは、雷横も渋《しぶ》れない。それを機《しお》に、雷横は部下をまとめて去り、劉唐は、晁蓋から「先に屋敷へ帰っていろ」といわれて、これもまた、裸馬にまたがり、ニヤニヤしながら戻っていく。  あとは、呉用と晁蓋の、二人だけだ。 「いや今日は、えらいものを見せられたよ。――あなたが来たからよかったが、さもなければ、野太刀と官刀の勝負、さあ、どっちとも分らなかったな。雷横は有名な刀術の使い手だが、どうして、あの赤痣《あかあざ》もなかなか強い。ひょっとしたら、達人雷横も、やられたかもしれん」 「へえ? ……そんなでしたか、あの赤馬が」 「ハハハハ、赤馬はよかったな。まさに後漢《ごかん》の呂布《りょふ》の愛馬|赤兎《せきと》を思わす風がある。甥御さんと伺ったが」 「いやいや、先生、それには深いわけあいがあること。いかがでしょう、折入ってご相談申しあげたい儀があるのですが」 「折入ってとは、よくよくのことか?」 「まったくの、よくよくごとで、どうにも、自分の思案には余りましたので」 「待たっしゃい。あいにく、授業の日だが、壁書を残しておくから」  呉用は、一たん家の内へ入った。婆やに何かいいつけ、また、筆を取って、サラサラと書いた一紙を、学童の眼にふれやすそうな教室の壁に貼《は》りつけておいて、 「これでよし。これでよし。さあ、晁蓋どの、同道しようか」  と、外へ出てきた。  晁蓋が、ふと、立ちよどんだのは、呉用が壁に残した貼り紙の文句に、気をとられていたからだった。子供にも読みやすいように、それにはこう書かれてあった。 [#ここから2字下げ] 先生ハ今日 急用デ、オ留守 素読《ソドク》ハ オ休ミスル オ習字ハ 家デヤルコト 遊ブ者ハ 蛙ト遊ベ 河ヘ落チルナ [#ここで字下げ終わり]  相談事も、事によりけり、というものだ。  北京の梁中書《りょうちゅうしょ》から、都の蔡《さい》大臣へ、誕生日祝いに送る時価十万貫のものを、「奪うべきか。見のがすべきか?」また。「――奪うとしたら先生には、どんな奇策がありましょうか?」とは、いかに、今孔明《いまこうめい》の称ある智多星《ちたせい》呉用先生でも、おいそれと、返辞ができたものではあるまい。  人を遠ざけた晁《ちょう》家の書楼《しょろう》の一室。 「……じつは」  と、声をひそめて、主《あるじ》の晁蓋《ちょうがい》から、今暁の事の次第、劉唐《りゅうとう》の本体、またその劉唐が持ちこんだところの情報などを、審《つまびら》かに打ち明けられて、さすがに呉学人も黙考、久しい体《てい》だった。  それへ答える前に、彼がひそかに思うには。  これはみな、宋朝《そうちょう》腐爛《ふらん》の悪世相が、下天《げてん》に描きだしつつある必然な外道《げどう》の図絵だ――。これを人心の荒《すさ》びと嘆くも、おろかであろう。  単に、悪を悪と見なすなら、悪の密雲は、上層ほど濃い。上層ほど、大きい。しかも、政治にかくれ、権力にものをいわせ、公然と合理づけた悪を行って、恥ずるを知らない。  それに反して、民土の悪は、おおむねが小悪だ。生きるために。また、いささか生命《いのち》を愉しむために。共通の人間欲のために。あるいは、反逆のために。  わけて今は、反逆の徒が多い。虫のわくごとく地にこれをわかせたものは、宋朝自体の腐土《ふど》ではないか。“この世をば我が世”と思い上がっている貴紳《きしん》大官ではないか。  梁中書、蔡夫人。蔡大臣。それらも、驕慢星《きょうまんせい》の二タ粒三粒だ。  それにたいし、地にはいつか、上層の驕慢星に闘わんとする反逆星が、宿命したのはぜひもない。  この地煞星《ちさつせい》[#1段階小さな文字](まがつぼし)[#小さな文字終わり]はもとより庶民の土《ど》を藉《か》りて住み、悪行いたらざるなき悪戯星《いたずらぼし》の性は持つが、しかし、いささかの道義は知り、相憐れむの仁を抱き、弱きはこれを虐《しいた》げず、時に、漢《おとこ》と漢《おとこ》とが、ほんとに泣き合うことも知っている。  単純むしろ愛すべく、野性、憐《あわ》れむべきであるが、なお人間らしき人間たる、真性だけは失っているものではない。  これを捨てず、これを刑せず、もし愛情と同鬱《どううつ》の友となって、よく用い、また善導しつつ、いまの糜爛《びらん》社会に何らかの用途と生きがいをも与えて、ともに、世を楽しむ工夫はないものか。……あれば、宋朝治下の塗炭《とたん》の民土に、一|颯《さつ》の清風と、一望の緑野《りょくや》を展《てん》じるものと、望みをかけ得られないこともないのだ。 「……晁蓋《ちょうがい》どの」  やっとその沈思から面《おもて》をあげた呉学人は、 「おやんなさい。智恵も貸しましょう」  ぼつんとだが、一語は明晰《めいせき》に、また断《だん》の力がこもっていた。 「えっ。ではお智恵も貸してくださいますか。じつは昨夜、妙な夢を見ましてね」 「どんな夢を」 「北斗七星が、てまえの屋敷の棟へ堕《お》ちてきた夢です。変な、と思っていたら今暁の出来事……吉か凶か、判断に迷っていましたが、先生のおことばで、力をえました」 「だが、わしがやめろといっても、怖らく思い止まるまい」 「ご明察どおりです。この晁蓋にすれば、なにも危ない橋は渡らずとも、家代々の荘院《しょうや》、食うにも着るにも困る身じゃございません。けれど、いまの世を見渡して、どうにも、腹から愉しめぬものが、日ごろ、もやもやしていたもンです。そこへ持ってきてのこの話でさ。正直申せば、欲と義憤の二タ道かもしれませんがね」 「しかし、梁中書も、今年は去年の轍《てつ》はふむまい。難かしいぞ」 「覚悟の前です。……が、先生のご意見としては」 「どうしても、粒ヨリな人間七、八人の結束は要《い》る。お宅の雇人や壮丁《わかいしゅ》など、何十人いても、役には立たん」 「ゆうべ見た夢は、北斗七星。……まず先生と、てまえと、赤馬の劉《りゅう》と、ここにゃあ三人しかいませんが、うまく星の数だけ揃いませんかね」 「さアて」と、呉学人は、ふたたび何か眉を沈めていたが、 「いや、ないこともない、はからずも思い出した者がある」 「えっ。先生がそんなにまで、力をこめて、頼もしそうにいう人物というのは」 「三人兄弟。しかも三人とも、義に厚く、武技に秀で、事に当ったら、水火も辞せぬ男たち」 「はて、今時どこに、そんな勿体ない男が、どこに埋もれていたでしょうか」  と、晁蓋は、思わず膝を前へすすめた。  呉学人《ごがくじん》は、一気に言った。 「その三兄弟とは、阮小二《げんしょうじ》、阮《げん》小五、阮小七といって、血をわけた真の同胞《はらから》。――済州《さいしゅう》は梁山泊《りょうざんぱく》のほとり石碣村《せっかそん》に住んで、日ごろは、江の浦々で漁師《すなどり》しているが、水の上の密貿易《ぬけがい》も、彼ら仲間では、常習とされている。……もとより、文字はない男たちだが、その義心と武には、わしも見込んでいた者だ。会わぬこともう両三年になるが、よも、わしのことは忘れてはおるまい」 「ああ、阮の三兄弟でしたら、薄々、噂には聞いていました。石碣村といやあ、わずか二日道、使いをやって、ひとつこれへ呼んでみましょうか」 「来るものか、あの兄弟たちが。この呉用が出向いて、相談をもちかけても、よほど三寸|不爛《ふらん》のこの舌で口説《くど》かぬことには」 「なるほど。それほどな男とあれば、なお頼もしい。先生、お出かけくださいますか」 「行ってもよい。……が、学童《こども》らの授業休みの貼《は》り紙に、もいちど、日延べを書いて来ねばならぬ」 「今夜立っても、明後日《あさって》の午《ひる》には着きます。その前に、赤馬も加えて、一杯さしあげたいし、その上でのご出立でも」 「おおそうしよう。さてさて、人生の朝暮《ちょうぼ》、なにが起るか知れんものだな」  彼は一度、童塾へ帰って行き、夕方からまた見えた。そのときは、赤馬の劉唐《りゅうとう》も同席し、詳しい話は、もうあるじの晁蓋《ちょうがい》から聞いている容子《ようす》だった。  三人は、二|更《こう》の頃まで、飲んでいた。――時々、声がひそまるのは、密議らしい。北京《ほっけい》から東京への道すじを、例の時価十万貫の生辰綱《しょうしんこう》[#1段階小さな文字](誕生祝いの荷梱《にごり》)[#小さな文字終わり]が行くとすれば、その通路は、どの辺に当るか? 去年と道すじを変えるか否か?  これらはまだ未知数というしかない。今は、五月初め。誕生祝いは七月十五日とか。――なお七、八十日の間は、たっぷりある。 「準備に日は欠《か》かぬ。だが、三兄弟の誘いこみは、早いに限る」  呉用は、酒もほどほどに、さっそく旅支度にかかりだす。外は、ぬるい夜靄《よもや》の夜だし、陽気にはまず申し分もない。 「じゃあ、わざとお見送りもしませんが」 「むむ、人目は避けよう。劉唐《りゅうとう》さんも、わしの帰るまでは、おとなしく客間に籠《こも》っていてもらいたいな」 「もうご心配はかけません。吉左右《きっそう》をお待ちしております」  門《かど》を立って行く呉学人の影は、すぐ模糊《もこ》たる夜靄《よもや》のうちに淡《うす》れ去った。  一日おいて。翌々日の午《ひる》じぶん。  早くも彼の姿は、水郷《すいごう》石碣村《せっかそん》のほとりに見られた。  かつて、何度も遊んだ土地だ。阮小二《げんしょうじ》の家も、探すまでのことはない。芦汀《ろてい》に臨み、山に倚《よ》り、数隻の小舟をもやっ[#「もやっ」に傍点]た棒杭から、茅屋《あばらや》の垣にかけて、一張りの破れ網が干してあった。 「おいでですか、どなたか」  廂《ひさし》を、覗《のぞ》くと、昼寝でもしていたか。 「だれだね」  むっくり出てきた若者がある。  これが阮小二だった。腰切りの漁衣《ぎょい》、はだけた胸。その大胸毛は珍しくないが、石盤のような一枚|肋骨《あばら》は、四|川《せん》の絶壁を思わすに充分である。 「やあ、……これは」  濃い眉毛も、大きな口も、一時に、あどけなく相好《そうごう》をくずして、 「お珍しいなア、先生じゃございませんか。いったい、どうした風の吹き廻しで」 「急な頼みごとができたのでな」 「へえ、どんな御用で」 「さる知人の富家《ふか》で、お祝いごとがある。それで、めかた十四、五斤の金鯉《きんごい》を、どうしても十匹ほど入用と、折入っての、頼まれごとさ。弱ったな」 「まア、お上がンなすって。いや、いっそ、江《え》の向う浦へ行きましょうや。ちょッとおつ[#「おつ」に傍点]な旗亭《のみや》がありますぜ」  裸足《はだし》で飛び出した阮《げん》小二は、すぐ杭《くい》の小舟を解き放して、呉用の体を拯《すく》いとり、櫂を操《あやつ》ッて漕《こ》ぎだした。  江を行くこと、さながら自分の足で颯々《さっさつ》と歩くにひとしい。  まもなく、江のまん中を、斜めに過《よ》ぎるうち、芦《あし》の茂みを透《す》いて、チラとべつな一隻が見えた。すると、こっちから阮小二が呼んだ。 「おうい、小七。……小五はどうしたい、小五はよ」  水谺《みずこだま》して、向うからも答えてくる。 「オウ、小二|哥《あに》いか。……小五|哥《あに》いに、なにか用かね」 「大ありだ、呉先生が、おいでなすったぜ」 「なんだア? 呉用先生だって。うそいえ」 「ほんとだ、てめえも来いよ。先生を誘って、これから一杯|飲《や》りに行くところだわ」 「こいつはいけねえ、与太をとばして、そいつアとんだ失礼をしちまった」  芦むらを漕ぎ分けて、さっそく近づいてきたのを見ると、これなん、村では活閻羅《かつえんら》ともアダ名のある末弟の阮《げん》小七。  釣でもしていたか、竹ノ子笠に、碁盤縞《ごばんじま》のツツ袖|水着《みずぎ》、笠の翳《かげ》ながら、大きな出目《でめ》は、らんと燿《かがや》き、筋骨はさながら鉄《くろがね》といえば言い尽きる。ひたと、舷《ふなべり》そろえつつ。 「ごめんなさい、先生。あんまりお久しぶりなもんで」 「行くかね、いっしょに」 「ぜひ、お供を。……ちょっくら、おふくろの家へ寄って、小五|哥《あに》いも誘いましょうや」  近くの岸へ寄る。ここにも、水を繞《めぐ》らした小部落があった。その一軒へ、舟の上から。 「おふくろ。小五|哥《あに》いは、いますかい」 「いないよ」と、膠《にべ》もない返辞。 「――漁師の親のくせにして、あたしゃあ、ここ幾日も、魚の顔を見たことがないよ。あの子ときたら、毎日、ばくちばくちの追い目でさ。あきれたよ。たった今も、あたしの簪《かんざし》を引ッたくって、消えて行ったばかりだよ」  小二は、頭を掻いて、逃げるように、また漕ぎだした。 「どうも先生、いやなことを、ついお聞かせしちゃって、どうぞお気を悪くなさらないように」 「はははは。そんな内輪ごと、なにも、初めて知ったわしではないよ」 「でもネ、折がまずいや。……小五|哥《あに》いも、目が出ねえらしいが、どうも早や、あっしら兄弟は、みんな、ばくち好きの、ばくち下手ってやつでしてね」 「近ごろ、いけませんかな」 「近ごろなら、先生、まだいいんですがね、もう一年以上も、取られっ放しの、素寒貧《すかんぴん》つづきですよ。魚をとったぐらいじゃ、いくらとったって、間にあわねえ」 「小二|哥《あに》い、およしよ」と、小七が横からいった。「つまらねえことを、お耳に入れたって、頭を掻いたくせに、自分からまた、シケたぼやき[#「ぼやき」に傍点]をお聞かせするたあ、どんなわけだい」 「ちげえねえ。先生、笑ってください」 「はははは」と、呉学人は、彼らの註文どおり大いに笑って、「――いつも、おまえ方は、明るくていいな。運は時のものだ。時が来れば、あっち向きの花も、こっち向きに咲き変る朝もある」  言いながらも、じつは心のうちで、これは脈がある、わが計なれりと、ほくそ笑んだ。  漕《こ》ぎゆくほどに、村の漁師町が望まれてきた。旗亭《のみや》の旗も見える。橋畔の家々の洗濯物《ほしもの》も見える。舳《みよし》はずんずん岸へ寄せていた。 「ああ先生。いい都合だった。ちょうど、小五がいましたよ」 「ほう、どこに」 「ほれ、あんなところに」  小七が指さすところを見ると、なるほど、いま橋袂《はしたもと》から降りてきた一人の男が、舟のもやい[#「もやい」に傍点]を解きかけている。  手頸《てくび》に提《さ》げたのは、どうも、縄を通した二タ差しの銅銭らしい。  どこか殺気のただよう眉間《みけん》は、ばくち窶《やつ》れのせいだけでなく、異名《いみょう》も、短命二郎といわれているほどだから、独自な人相というものだろう。喧嘩に俊敏なのは、その尖《とが》り肩や脛《すね》の長さでも察しられ、ボロの漁着《りょうぎ》の胸もとからは、青ずんだ豹《ひょう》の刺青《いれずみ》が見え、その凄味を消すよりは、むしろ増すかのように、頭上斜めにかぶった刺子頭巾《さしこずきん》の横鬢《よこびん》に、一枝の柘榴《ざくろ》の花を挿《さ》していた。  相見ながら、漕ぎ近づくと、 「よう小五さん」――呉学人から、声をかけた。 「どうです、いい目が吹いてきそうかね」 「誰かと思ったら……」と、小五はやっと、怪訝顔《けげんがお》を解いて笑い出した。 「――先生たあ、思わなかった。さっきから、あの橋の上で、見てたんだがね。どこへ行くんだ、小二|哥《あに》い」 「この先の旗亭《うち》よ。来ねえかい」 「橋際《はしぎわ》にもあるぜ。妓《おんな》もいるし」 「いや先生の馳走には、妓《おんな》よりは風景だろ。これから夕陽が沈む頃あいまで、芦《あし》と水と、帰る帆と、それからあの梁山泊の山々が、紅い瑠璃《るり》色からだんだん紫色になっていったり、おれたちでも、恍惚《うっとり》するほどな景色に変る。あれがご馳走だ。もう一ト漕《こ》ぎして、水っ端《ぱた》の旗亭《うち》まで行こうや」 「よかろう、三艘、舳《みよし》を揃えて繰《く》りこむか」  小五の柘榴《ざくろ》頭巾も、自分の小舟へ、ひらと跳び下り、たちまち、櫂音《かいおと》たかく追いついてきた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 呉用先生の智網《ちもう》、金鱗《きんりん》の鯉を漁《と》って元の村へ帰ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「ああ酒も美味《うま》いが、空気までがまた美味い。お互いこんな日に会うのも、生きてこそだな。おまえ方、三人兄弟と一しょに、こうして杯を持つのもまことに久々だし」 「先生、よほどここの旗亭《うち》がお気に召しましたね」 「ム。貧しい漁村の一杯|飲屋《ぢゃや》も、時によれば岳陽楼《がくようろう》の玉杯《ぎょくはい》にまさるというもんじゃ。……江《え》の畔《ほとり》には柳や槐《えんじゅ》のみどりが煙るようだし、亭の脚下《きゃっか》をのぞけば、蓮池《はすいけ》の蓮《はちす》の花が、さながら袖を舞わす後宮《こうきゅう》の美人三千といった風情《ふぜい》」 「はははは、先生のこんな上機嫌は初めて見たぜ。なあ弟」  兄の小二《しょうじ》がいうと、弟の小五、小七も口を揃えて、 「よかったなあ、せっかく、ご案内してきても、どうかと思ってたンだが。……ところで兄哥《あにき》」  と、ここで小五が、口をはさみ、 「おれだけまだ聞いていないが、呉用先生がとつぜん村へ現われたッてえのは、いったい、どういう御用向きなんだね」 「それがサ」と、長兄の阮小二は、ちょっと自分の頭を叩いて――「目方《めかた》十四、五斤の金鯉《きんごい》を十|尾《ぴき》ほど揃えてくれと仰ッしゃるんだが……近ごろの漁場じゃ、おいそれとは、とれそうもねえや。……でも、先生の知人《しりびと》のお大尽が、婚礼に使うんだから是非にと、先生も頼まれちゃったというんだよ。弱ッたもんだな」 「ふウむ、そいつはご難題だぞ。……が、まアいいや、先生、もひとつ、いかがです」 「もうだいぶ酩酊《めいてい》ぎみだよ。日も靉靆《あいたい》と暮れかかるし、心気《しんき》は朦朧《もうろう》だ」 「先生、とにかく今夜は、汚《むさ》い小屋じゃございますが、てまえどもの家へお泊りくださいませんか。ここの一杯屋も、晩まではやっておりませんので」 「おう、ご厄介だが、世話になるよ。とにかく十|尾《ぴき》の金鯉《きんごい》を持たなければ、友人のてまえ帰れんからのう」  これは口実、呉学人《ごがくじん》の思う金鯉とは、もとより金色《こんじき》の鱗《うろこ》をもった魚なのではない。兄弟三人を網中《もうちゅう》の獲物《えもの》として、首尾よく、晁蓋《ちょうがい》一味の大仕事の味方にひき入れて帰ることだったが――しかし、その真実を言いだすのは、場所もまずい、と考えて、 「じゃあ、ぼつぼつ立とうか。おいよ。旗亭《ここ》の亭主、勘定をしてくれい」 「とんでもない、先生に金をつかわせるなンて……。ここの払いは、手前ども兄弟にまかせておくんなさい」 「よかろう。では、わしは手土産《てみやげ》でも提《さ》げるとしよう。亭主、大|甕《がめ》一|壺《こ》に酒を詰め、牛肉二十斤、鶏一トつがい、あの小舟のうちへ積んどいておくれ」  呉用《ごよう》は銀子《ぎんす》一両を亭主に渡して頼んでいる。  阮《げん》の三兄弟も、それぞれ小舟にもどり、やがて呉用をのせて、夕波の江《え》を漕《こ》ぎ渡って、家路についた。 「さアお上がンなすって」  案内してきたのは、昼、行きがけにちょっと寄った阮小二の家である。兄弟三人中、女房持ちは長兄の彼一人らしい。さっそく持って帰った肉や鶏を、女房と漁場の餌採《えと》り小僧にいいつけて、料理にかからせ、 「先生、ここなら夜ッぴて飲み明かしたっていいんですから、どうぞ今夜は帯紐《おびひも》解いたおつもりで召上がっておくんなさい」  と、水に臨んだ裏部屋の破れ簾《すだれ》を捲いて、映《さ》し入る月の光を囲んだ。  料理もできる。杯も巡《まわ》りはじめる。  江上《こうじょう》でいちど醒《さ》めた酔いがぱっと出て、話はすぐ弾《はず》みだした。 「なア兄弟がた。またしても、気がかりを言いだすようだが、十|尾《ぴき》の金鯉を揃えるぐらいなことが、どうしてそんなにむずかしいのか」 「それやあ先生が、学問や兵法には通じていても、世事にはお晦《くら》いからでございますよ」 「ふウむ……こいつは一本参ッたかな。しかし、どういう仔細か、そこを聞こうじゃないか」 「入江や海なら、どんなところにも、どんな魚でもいると思うのが、そもそも世間知らずでサ。――打ち明けて申しますと」 「なんだか、ひどく物々しいのう」 「まったく、物々しいお話ですがね、あっしどもの漁場としているこの石碣湖《せっかこ》なンてえのは、猫のひたえみたいなもンで、一|尾《ぴき》十斤もする大鯉を揚げるにゃあ、どうしても向うに見える梁山泊《りょうざんぱく》の辺まで漕ぎださなくちゃ採《と》れません」 「それ、そこがおかしいじゃないか。梁山泊なら水つづき、しかも彼方に見えている。どうして、そこで採《と》ってこられんのか」 「鬼門《きもん》ですよ。梁山泊ときては」 「鬼門。いよいよ変だな。どういうわけで」 「イヤ、お話にも何もなりゃあしません」 「まさか、殺生《せっしょう》禁制の禁漁区でもなかろうに」 「殺生禁断どころか、ヘタに近よれば、こちとら、人間さまのお命があぶねえんですよ。――ずっと以前は、梁山泊の沖こそ、あっしども兄弟の稼《かせ》ぎ場でしたのに、イヤひでえことになったもんで、お蔭ですっかり貧乏つづきのこの落ち目、忌々《いまいま》しいが、どうにも仕方がありやしません。なあ弟」  と、兄弟顔見あわせての嘆息《ためいき》だった。  呉用は心ひそかに、しめたと思う。どうやらこの辺に、兄弟の本心を引き出す鍵《かぎ》がありそうである。――と見たので、杯も下において、 「ほ。……それが落ち目の原因《もと》とは一生の大事ではないか。あんた方三名、人なみ以上な五体と若さを持ちながら、なんでそんな運命に負けて指をくわえていなさるやら。……はて、わからんな、もすこし打明けたところを聞かせてくださらんか」  せまくても石碣村《せっかそん》の浦人《うらびと》仲間では、男名《おとこな》を売っている兄弟三人が、「――なんでそんな運命に負けて指をくわえているのか」といわれたのだから、少々口惜しかったにちがいない。――そこで兄弟こもごも、憤然とじつ[#「じつ」に傍点]を訴え始めたが、それこそは、加亮《かりょう》先生|呉用《ごよう》の思うツボであったであろう。 「……なにしろ、先生。その梁山泊ッていうのは、群盗の根城《ねじろ》なんです。いってみればまア天下に恐《こわ》い者なしの無法者の巣ですからね、かなやあしません」 「それは初耳だな。いったい、どんな人間どもが寄っているのか」 「白衣秀士《びゃくえしゅうし》の王倫《おうりん》ていうのが大将株でしょうか。こいつはなんでも、東京《とうけい》の役人試験に落第した書生くずれだそうで、以下、摸着天《もちゃくてん》の杜選《とせん》とか、雲裏金剛《うんりこんごう》の宋万《そうまん》とか、旱地忽律《かんちこつりつ》の朱貴《しゅき》なんてえ手輩《てあい》がおもだッたところで、手下六、七百人もいるんですから、いくら歯がみをしてみたって、こちとら兄弟じゃ手も出せませんや」 「むむ……それじゃあムリもない。そんな豪勢な賊寨《ぞくさい》か」 「おまけに、近ごろその仲間へ落ちていった、もと宋朝《そうちょう》の禁軍の師範、豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》というのがまた、めッぽう腕の冴《さ》えた男とかで、いよいよ梁山泊と聞いたら泣く子も黙るくらいなもんです」 「が。妙だナ、それも」 「先生、なにを首を傾《かし》げなさるんで」 「だって、いかに今は、濁世《じょくせ》のどん底とはいえ、上《かみ》には宋朝《そうちょう》の政府があり、地方には各省の守護、管領。田舎には郡司《ぐんじ》、県吏《けんり》もいるものを、そんな大それた群盗が、天もおそれず、山東の一角を占《し》めておるなど、信じられんことではないか」 「さ、それがですよ先生。このごろの役人ときたら、賄賂《わいろ》には弱く、人民には強く、検地や事件で村へ来ようもンなら、豚、羊、鶏、家鴨《あひる》まで食らいつぶしたあげく、晩には娘を伽《とぎ》に出せの、帰りには土産を馬に着けろなンて吐《ぬ》かしゃあがって、そのくせ、ちょっと手強《てごわ》い山賊や無頼漢《ならずもの》にでもぶつかると、逃げまわるのが関の山で、たとえ、盗難や乱暴者があって、訴え出たって、間に合う頃に来たためしなどありやしません」 「ひどいな。本当かな、それは」 「嘘だと思ったら、先生もちと、この辺へ住んでごらんなさいよ」 「そりゃ見てはおれまい。幸い、わしの住んでいる土地には、晁蓋《ちょうがい》というなかなか肯《き》かない荘院《しょうや》がおる。そのせいか、それほどでもないが」 「だから奴らには、金力か腕か、どッちかでなけりゃあ応対もできません。弱い土地の、素直な土民と見るほど、権柄《けんぺい》を振り廻すのが、いまの役人ですからね」 「貧土《ひんど》こそわが世の春といったような振舞だな。これや何とかせずばなるまいて」 「そうですよ、先生。なにもさもしい[#「さもしい」に傍点]根性で、役人暮らしの垣の内を覗《のぞ》くわけじゃあねえが、大ゲサに言やあ、金銀は秤《はかり》で分け取り、衣裳は好み放題、食い物は贅沢《ぜいたく》ざんまい。それがみンな、人を泣かせてせしめ[#「せしめ」に傍点]ているものだから、業腹《ごうはら》でたまりません。こちとらなど、働いても働いても、どうしてあいつらの真似《まね》もできねえのかしらと、稀《たま》にゃあ、情けない気もしてきますぜ」 「なんだ、漢《おとこ》たるものが!」――と呉用《ごよう》智多星《ちたせい》は、ここぞと、語気を入れて、叱るように、兄弟の顔を、らんと睨《ね》め廻した。 「あんた方は今、いう口も穢《けが》れるように、腐れ役人を嘲《わら》ったじゃないか。その口ですぐ、役人暮らしの真似もできぬとは、なんたる意気地のない愚痴か、みッともないぞ、いい漢《おとこ》が」 「先生、ごめんなさい、つい、つまらねえ愚痴をこぼし、面目次第もございません」 「いや、あやまるには及ばんさ。だが、わしはおまえ方の、兄弟|贔屓《びいき》で言いおるんじゃ。どうして、これほど立派な漢《おとこ》三|疋《びき》が、食うや食わずでいなければならぬかと……」 「ありがとうございます。そう仰っしゃってくださるなあ先生だけだ。もし先生みてえなお方があって、こんな漢《おとこ》どもでも、腕と根性ッ骨を、気前よく束《たば》で買っておくんなさる人でもあれやあだが……まずねえなア、今の世じゃあ」 「いやある」 「ありますかえ、先生」 「なきにしもあらずだ。――いッそ、梁山泊へ行ってみたらどうだ」 「だめ、だめ」  兄弟三名、三人ともに、鼻っ先で笑いながら、手を振った。 「そんな智恵なら、なにも先生に教えられねえでも、朝夕に眺めている梁山泊、とうに、そッちへ転げ込んでいますが、あそこには、白衣秀士《びゃくえしゅうし》王倫《おうりん》ていう気に食わねえ野郎が首領《かしら》に坐っているでしょう。気の小《ち》ッけい、侠気も義もねえ男だと聞いています。いくら飢《ひも》じいッからって、そんな泥臭《どろくせ》え野郎の下にゃあ付きたくありませんからね」 「よく言った。その背骨を失ったらもう漢《おとこ》はない。では何か、もしここに、腹から心服できる者があって、かりにおまえ方の漢《おとこ》を見込んだうえ、買うといったら、どうなさる?」 「あははは。ありッこねえや。そんな人は」 「いやさ、もしあったらば」 「それや、いわずと知れている。漢《おとこ》が漢《おとこ》とゆるしあうことでしょ」 「そうだ」 「そんなら、水火も辞しません」 「ならば改めて、君たち三兄弟に、ひきあわせたい人がここにある。どうだ会ってみないか」 「だれです、それは」 「ここからわずか数十里、東渓村《とうけいそん》の名主《なぬし》をしている晁蓋《ちょうがい》だが、これは山東|河北《かほく》きッての人物とわしは平常、観《み》ておるが」 「あ。托塔天王《たくとうてんのう》とアダ名のある荘院《しょうや》さんですか」 「知っているのか」 「いや、聞いているだけです。――義に厚く、侠につよく、たいそう金ばなれもきれいな人とは伺っておりますが」 「なにを隠そう、じつは今度のわしの用向きというのは、その晁蓋から頼まれて、或る一用を帯びて参ったわけじゃが」 「では、なんですかい。金鯉十|尾《ぴき》ご入用とかって仰っしゃったのは、嘘なんですか」 「方便じゃよ。方便はゆるしてくれい。なんとなれば、君たち兄弟の腹の底を見とどけぬうちは、めッたに口を割れぬ秘密なのだ。しかし、いまはもう寸分、君たち三名の義を疑ってはいない」 「どういうご相談事なので」 「くわしくは、その晁蓋と君たちが、義の杯を結んだうえで打合せるが、かいつまンでいえば、一世の大金儲けと、悪政府の大官を膺懲《ようちょう》しようという快事だ。つまり、その二つを、一挙に併《あわ》せてやろうという目企《もくろ》みだが、ぜひ君ら三兄弟にも、その仕事にのッてもらいたいという晁蓋《ちょうがい》の切なる望み。……で、かくいう呉用が誘いだしに参った次第だ」 「ほんとですか、先生」  兄弟は、眼をかがやかした。短命二郎の阮小五《げんしょうご》などは、感激のあまり、自身の首すじを平手で叩いて、 「待ってました。この首は、この漢《おとこ》の値打を知って買ってくれる人のためにあるようなもンでした。なあ哥《あに》き」 「そうだとも。この漢《おとこ》一匹、もし先生が買うと仰っしゃるなら、いつでもと思っていたのに、そのうえ、晁蓋さんまでが、あっしどもを見込んで、力を借りたいというのなら、一も二もありやしません。早速ここで誓いましょう。どんな秘密でも打明けておくんなさい。こう見えても、裏切るような下種《げす》どもじゃござんせん」 「じつは、こうだ。――この七月十五日、朝廷最高の顕官《けんかん》蔡《さい》大臣のもとへ、その人の誕生祝いとして、値《あたい》十万貫におよぶ金銀|珠宝《しゅほう》が北京《ほっけい》からひそかに送りだされる。――贈りぬしは北京の大名府《だいみょうふ》に君臨する梁中書夫妻。――もとよりその財貨宝玉は、すべて悪政の機関《からくり》から搾《しぼ》りとった民の膏血《こうけつ》にほかならぬ。……これを奪うのは天の誅罰《ちゅうばつ》といえなくもあるまい。途中、その輸送を襲うて、これをせしめる手だてなどは、晁蓋やほかの同志と同席のうえでなお仔細に密議せねばならんが、要はそういう目的だ。すぐわしとともに東渓村まで行ってくれぬか」 「いきますとも」  小二、小五も二つ返辞で、 「おい小七。いつもおめえが、夢みたいにいってたことがよ、なんと、夢ではなくて、ほんまに来たぜ」  と、三兄弟、手の舞い足の踏むところも知らず、といった風なよろこびだった。  ――明ければ、早朝から、兄弟いそいそと二日三日の旅立ち支度。呉学人を先にして、東渓村へさして行った。  月はまだ五月初旬の爽涼《そうりょう》、若者の心そのままな薫風《くんぷう》が袂《たもと》を打つ。  東渓村へ入ったのは翌々日の午《ひる》さがり。さすが荘院《しょうや》の示しがよいせいか、石碣村《せっかそん》などとはくらべものにならない村道のきれいさ、村の土倉《どそう》や、屋根もどことなく落ちついて見える。――と、彼方の一ト構えの土塀門の外、槐《えんじゅ》の下の木蔭に「今日もや着く?」と待ちうけていた晁蓋その人と、食客の赤髪鬼|劉唐《りゅうとう》のすがたが、はやそこに見いだされてきた。  双方、すでに遥かより相見ながら、 「やあ」「やあ」  と、手を振り上げつつ相寄って行った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 六星、壇《だん》に誓う門外に、また訪《おとず》れる一星のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  その夜の酒宴のさまなどは、くどくどしい。  呉学人《ごがくじん》は、兄弟三人のつれ出しに、苦心はしたが、わが功は多くをいわず、 「これが、わしのすすめた阮《げん》兄弟だ。まず見てくれ」と、いったあんばい。  晁蓋《ちょうがい》は、一見すっかり気に入った。また三人の兄弟のほうでも、晁蓋の重厚で、そしてさっぱりした人柄のうちにも、情義の厚そうなところを見て、 「こういう人とのつきあいなら、かねて望んでいた漢《おとこ》づきあい。一生|賭《か》けても、悔いはない」  と、はやくも惚れこんでしまった様子である。  赤馬赤馬と呼ばれている赤髪鬼|劉唐《りゅうとう》は、呉先生や晁蓋のあいだにあっては、見劣りすることぜひもないが、これも精悍《せいかん》にして邪悪ではない。短命二郎小五とは、よい組合せだ。  飲み明かし、語りあかして、さて一睡もつかのまの、翌早朝。  同志六名は、嗽《うが》い手水《ちょうず》の身清めしたうえ、晁家《ちょうけ》の奥の間にある祭壇に向って立ちならんだ。――壇の道教神《どうきょうじん》のまえには、紅蝋燭《べにろうそく》赤々と燃え、金紙の銭《ぜに》、色紙の馬、お花、線香、羊の丸煮《まるに》などの供え物が、種々《くさぐさ》、かざり立てられてある。  誓いの儀式だ。土器《かわらけ》を取って、羊の生血をそそいだ神酒《みき》をすすりあい、やがて呉学人が案文した起誓文《きしょうもん》を受けて、晁蓋が壇にむかって読みあげた。 [#ここから2字下げ] ――聞説《キクナラク》。 宋朝《ソウチョウ》ノ管領《カンリョウ》、梁中書《リョウチュウショ》、北京《ホッケイ》ニアリテ、民ヲ毒シ、権《ケン》ヲ用イ政《マツリ》ヲ恣《ホシイママニ》シテ富財ヲ私《ワタクシ》スルコト多年。然《シカ》ノミナラズ、夫人|蔡氏《サイシ》ノ岳父、蔡大臣ノ都ノ邸ヘ向ッテ、連年、生辰綱《ショウシンコウ》[#1段階小さな文字](誕生祝いの金品)[#小さな文字終わり]ヲ贈ルコト実ニ巨額ニノボル。  茲《ココ》ニ、今年七月十五日ノ生辰《ショウシン》ヲ期シ、又モ十万貫ノ不義ノ財貨ヲ密《ヒソ》カニ都門|東京《トウケイ》ヘ輸送セントス。天冥《テンミョウ》、豈《アニ》コノ不義ヲ許スベケンヤ。  即チ、ワレ等六名、天ニ代ッテ、懲罰《チョウバツ》ヲ下シ、以テ侫吏《ネイリ》ノ肝胆《カンタン》ニ一|颯《サツ》ノ腥風《セイフウ》ヲ与エントスル者ナリ。モシ盟《メイ》ヲ破リ、異端ヲ抱ク者アラバ、ソレ天ノ冥罰《ミョウバツ》ヲ受クルモ恨ミナキコトヲ天地ニ誓ウ。――神明、照覧アラセ給エ。 [#ここで字下げ終わり] 「……いざ、ご順に」  おのおの、紙の銭《ぜに》を焚《た》き、代る代る礼拝する。 「さあ、これで誓いはすんだ」  お供え物を下げて、一同また、客間で飲み直していた。  すると何となく、物騒がしい声が門外の方で聞え出した。はてと、晁蓋が耳をすましていると、そこへ家人のひとりが来て、さも持て余し気味に訴えた。 「旦那、旦那。ご酒宴中、なんとも相すみませんが、ちょっと、おいでなすって」 「うるせえな、お客さまの席へ。いったい、なにをがやがや騒いでいるんだ」 「それがその……なんとも手のつけられねえ強情ッ張りな山伏《やまぶし》なんでして」 「山伏だと。よくねえなあ、この頃の行者って奴あ、装《なり》恰好だけは、もっともらしく拵《こしら》えて歩きゃあがって、作法も経文もろくそッぽ知らねえようなのが、ただ食い稼ぎに村へも時々入って来やがる。うるせえから、粟《あわ》の一升もやって追っ払え」 「ところが、てんでそんなものア眼もくれねえんです。へい」 「じゃあ、なにを施せと、ねだっているんだ」 「旦那に会わせろって、ごねるんですよ」 「ふざけるな。そんな物乞いに、いちいち会っている暇はねえ。それよりは、てめえたち若いもンが大勢ガン首を揃えてやがって、そんな者一人を持て余してるたあ、なんてえざまだ」 「そう仰ッしゃいますが、ま、ちょっと来てごらんなすってください。――自分は一清道人と申す者――とか何とか吐《ほ》ざいて、ちょっと触ろうものなら、すぐ人を手玉にとって、ぽんぽん投げつけてしまやあがるし」 「なに、手むかいするのか」 「そいつア向うでいってる文句でさ。手出しをすると用捨はせぬぞ。晁蓋《ちょうがい》に会わせぬ以上はここは動かん……なんて啖呵《たんか》を切りゃあがって、四人や五人タバでかかっても、あっさり片づけられちまう始末なんで。なんともはや、私たちじゃあ手におえません」  晁蓋はやっと、腰を上げた。 「先生、お客人にも、失礼ですが、ちょっと中座させていただきます」  彼が門前へ出ていってみると、なるほど、荘丁《いえのこ》大勢、ただ遠巻きにだけして、恐れおののいている様子だ。中には、手脚を傷《いた》められて凄愴《せいそう》な面《つら》をしている連中も少なくない。 「どこにいるんだ、そいつは」 「ほれ、そこの槐《えんじゅ》の木の下に、悠々と、憎《にく》ていな笑い顔して、腰かけておりますよ」 「あ、あれか」  晁蓋は、つかつかと、彼の前へ歩いていった。  彼のほうでも、晁蓋を見るや、すっくと同時に起ち上がっている。  山行者《やまぎょうじゃ》の着る裾《すそ》みじかな白衣《びゃくえ》に、垢《あか》じみた丸グケの帯。笈《おい》は負わず、笈の代りに古銅づくりの一剣を負っている。八《や》ツ乳《ち》の麻鞋《あさぐつ》は、これも約束の行者|穿《ば》きのもの。さてまた、年ごろはといえば四十を出まい。黍色《きびいろ》の容貌に、腮《あご》だけの羊髯《ひつじひげ》をバサとそよがせ、口大きく、眉は少し八の字、どこか愛嬌さえある顔だが、身の丈《たけ》ときたら一|幹《かん》の松のごとく、すッくと見え、さらに憎ていなのは、手に鼈甲紙《べっこうがみ》の団扇《うちわ》などを持って、ふところに風を入れていたことだった。 「道士《どうし》、えらいごけんまくだな」 「騒いでいるのは、こッちではない。勝手にここの雇人どもが、自分で瘤《こぶ》をこしらえておるまでのこと」 「布施《ふせ》は何がお望みなのか」 「またいうか。物乞いじゃおざらん」 「では、なんでお動きなさらぬ」 「あるじの晁氏《ちょうし》に会いたいのみ」 「その晁蓋は、じぶんだが」 「や。あなたか」 「用を聞こう。手ッとり早く」 「ここでは申せぬ。折入ッての儀だ。どこぞ二人だけで話したい」 「じゃあ、こっちへおいでなさい。一|樹《じゅ》の縁だ、茶でも上げよう」  軽い気もちで、門内へ入れたのである。といっても、奥の客間ではない。間に合せの小部屋だったのはもちろんだ。  通されて椅子《いす》によると、さすが礼儀はただしく道士はすぐみずから名のった。 「お騒がせして申しわけないが、拙者は公孫勝《こうそんしょう》、道号《どうごう》を一清《いっせい》と呼ばるる者。生れは薊州《けいしゅう》の産です。申してはお笑いぐさかもしれんが、幼少より武芸が好きで、あちこちの道場歩きなどで多少名を鳴らしたため、公孫勝《こうそんしょう》ノ太郎とか、入雲龍《にゅううんりゅう》ノ太郎などと少しは恐れられたものです。――かつまた、いささか方術《ほうじゅつ》[#1段階小さな文字](道教の法術)[#小さな文字終わり]に通じ、自在に風雨を呼び、隠遁《いんとん》飛雲の法も行うが、それも決して広言ではありませぬ。――ところで」  と、公孫勝の一清は、その羊ヒゲを掌《て》のひらで何度も逆さに撫《な》でつついう。にんまりと人を射てくる眼《まな》ざしには、なるほど方術師らしい底冷たい眼光があった。「――当村の名主|晁氏《ちょうし》のお名は、久しく耳にするのみで、御見《ぎょけん》は今が初めてだが、初対面の手みやげに、じつは軽少なれど、金銀十万貫に値する儲け仕事を持参いたした。なんとお受けとりたまわるまいか」  聞くと、晁蓋はつい笑いだした。 「そいつあ、北方から都へ行く生辰綱《しょうしんこう》[#1段階小さな文字](誕生祝いの荷)[#小さな文字終わり]じゃございませんか」 「あっ――?」  愕然《がくぜん》と、一清道人《いっせいどうじん》は、相手の顔を、穴のあくほど見まもって、 「ふしぎだ。誰知るはずもないものを、どうして晁どのには、ご存知なのか」 「はははは。なにをいわっしゃる、こっちがびっくりしましたわい」 「それはまた、どうしてです」 「だって、当てずッぽうに、出たらめをいってみたまでですよ」 「いや、それこそ神感と申すもの。あなたは受けなくてはいけません。取るべきを取らずんば何とやら、しかも、密送の生辰綱《しょうしんこう》は、不義の財だ、なんで、奪うに憚《はばか》りがありましょうや」  こう、説き伏せんとして、一清道人がその弁をふるいかけたときだ。突如、扉《と》を排《はい》して顔を現わした者が、いきなり彼の頭へ大喝《だいかつ》をくらわせた。 「不敵な密談、みな聞いたぞっ」 「やっ?」  せつな、一清道人は、さッと椅子《いす》を跳び離れたが、とたんに、晁蓋とそこへ入ってきた呉用学人とが、声を合せて、哄笑していた。 「いやいや、公孫《こうそん》先生、おあわてなさるな。――ご紹介いたしましょう。このお方は」  言いかけるのを引き取って、呉用は、自分から加亮《かりょう》智多星《ちたせい》と名のりを告げ、そして、 「こんなところで、ふとお会いできようとは、じつに意外。一清道人、公孫勝のお名は、夙《つと》に江湖《こうこ》[#1段階小さな文字](世間)[#小さな文字終わり]で伺っていました」 「さては、貴殿が呉学究|加亮《かりょう》先生でございましたか。さても、広いようで世間はせまい。しかし、さすが晁家《ちょうけ》のお知り合いは違ったもんですな」 「奥にはまだ、今日しも、心をゆるしあった幾人かが寄っていますが。……ご主人、ひとつ公孫勝氏も、その座へおひきあわせしようではないか」 「先生のおゆるしとあれば」  晁蓋は先に立って、奥なる客間へあらためて、また新しい一人を加え、阮《げん》の三兄弟と、食客の劉唐《りゅうとう》を交じえ、ここに一堂に会する者七名となった。 「思えば、不思議な」  晁蓋はやがて言った。 「先頃てまえは、わが家《や》の棟《むね》に、北斗七星が落ちると夢見て、眼をさましました。ここに偶然、七人の顔が揃ったのも、夢の知らせ、事|成就《じょうじゅ》の吉兆でもありましょうか」 「げにも」  と、呉学人は、うなずいた。 「これこそ晁氏の積善の報いだろう。かえすがえす幸先《さいさき》はよい。さっそくにも、劉《りゅう》君は、北京府《ほっけいふ》へ潜行して、生辰綱《しょうしんこう》の輸送路を、どの道にとるか、護送の人員はどれほどか、またその宰領《さいりょう》は何者なるかなど、密々探って、その都度《つど》知らせてもらいたいものだが」 「いやいや、その儀ならば――」と、公孫勝が口をさしはさんだ。「わざわざ、ヘタな密偵などは止めたがよい。それらのことは、すでに拙者があらかじめ調べ取ってある」 「えっ。おわかりか」 「間道をとらず、わざと今年は、黄泥岡《こうでいこう》の本街道を行くらしい」 「ならば、それももっけの倖せ。黄泥岡の東一里の辺に、白日鼠《はくじつそ》とアダ名のある知り人がある。足溜《あしだま》りには、もってこいだし」  そこで、晁蓋の意見も出た。 「決行には、手強《てごわ》にやりますか。すんなりと、おとなしくやりますか」 「臨機応変――」と、呉用がいう。「相手が腕ずくなら腕でゆく。先が智恵で来るなら智恵で挑む。……細かなことは、その場でないと、決め手には出られませんな。さきも、さる者。裏の裏でも掻かれたらたまらない」 「仰っしゃる通りだ」と、晁蓋も公孫勝も、異口同音に、 「妙計と信じたことも、敵の応変によっては、みずからの死地ともなる。余り計《けい》に凝《こ》って、策士策に溺るなどのことがないように、おのおの、自在身を持って神出鬼没といきましょうや」  ここでほとんど手打ちはできた。夜に入るまで、飲み興じ、あくる早暁には、すでに阮《げん》の三兄弟は、もとの石碣村《せっかそん》へ、飄《ひょう》として立ち帰るべく、朝飯をいそいでいた。 「時が来たら、そッと急報する。そのさいには、抜からぬように」 「ご安心なすって」  三兄弟はニコと笑って鞋《くつ》を穿《は》いた。路銀だといって銀三十両を晁蓋が贈ったが、どうしても受けとらない。呉先生は、その物固さを笑って、 「痩せ我慢しなさんな。銀子《ぎんす》のちょっとやそっと、受けても辞しても、晁家としては、おなじこった。まず、それは貰って、旗亭《のみや》の借金でも返しておくほうが上策というもんじゃよ」  かくて。――三兄弟は別れ去り、公孫勝と劉唐《りゅうとう》とは、晁蓋《ちょうがい》の名主《なぬし》屋敷に、食客としてとどまった。さらに呉用のほうは、つい近所の住居のこと。家塾《かじゅく》に帰って、あいかわらず村童相手の寺小屋先生になりすまし、折を見ては、ちょくちょく荘院《しょうや》の奥を訪ねて、茶ばなしの間に、世間たれも知らぬ密事の打合せをすましては、また何くわぬ顔で、塾の学童の中へもどっていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 仮装《かそう》の隊商十一|梱《こり》、青面獣《せいめんじゅう》を頭《かしら》として、北京《ほっけい》を出立する事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここは北京《ほっけい》大名府の梁中書《りょうちゅうしょ》の官邸だ。  後房の園には、黄薔薇《きばら》の香が蒸《む》れ匂い、苑廊《えんろう》の欄《らん》には、ペルシャ猫が腹這《はらば》っていた。猫は眠った振りして、中央アジア産の白い狆《ちん》がいま蜂《はち》を捕えて嬲《なぶ》っているさまを薄目で見ている。すべてこれらは、有閑な蔡《さい》夫人の物ずきが蒐《あつ》めた愛玩《あいがん》の誇りらしい。 「あら、また水がない! 誰です! 私がいつもいつもやかましくいっているのに、また鸚哥《いんこ》の餌水《えみず》が切れてるじゃないの」  いま、鸚哥《いんこ》の籠《かご》の下に立った蔡夫人は、鸚哥に負けぬカン高い声をして、後房の侍女をよびつけていた。すると、 「うるさいなあ、ちと静かにしてくれんか」  と、書院窓の帳《とばり》をあげて、良人の梁《りょう》の顔が、舌打ち鳴らした。 「おや、そこにおいでだったんですか。なにをなすってらッしゃるの」 「なにをって、調べものさ。書類調べだよ」 「お手すきなら、ちょっと、この苑廊《えんろう》の榻《とう》[#1段階小さな文字](長椅子)[#小さな文字終わり]までお出ましくださいませんか」 「やれやれ、根気がつきるなあ。茶でも運ばせてもらおうか」 「ま、そこへおかけ遊ばせな。ちと内々のおはなしですから、侍女は遠ざけました。すんでからお茶にいたしましょう」 「なんだね、急に事ありげに」 「だってあなた、今日はもう幾日だとお思いなさいますの。空をごらんなさいませ、もう夏雲ではございませんか」 「そういえば、初蝉《はつぜみ》が聞えだしたな」 「なにをいってらッしゃるの。蝉なんか、二十日も前から啼《な》いていますわ。いったい、東京《とうけい》へ送り出す父の誕生祝いの品々は、荷拵《にごしら》えばかりなすっておいて、どうなさるおつもり?」 「もちろん、万全を期して、七月十五日までに着くよう、輸送せねばならん。……だがね、誰を輸送使として遣《つかわ》すか、その宰領の人選に、頭を悩ましておるんじゃよ」 「それには、お心あたりがあるなんて、いつか仰っしゃっていたではございませんか。そのお胸の人間ではいけないんですか」 「いけないか、適任か、使ってみなければわからんさ」 「使ってみての上なら、誰にだってわかることじゃありませんか。ばかばかしい」 「おいおい、そう頭ごなしに、大声でいうなよ。中門の外には、衛兵が立っておるんじゃ。聞えたらこの梁中書《りょうちゅうしょ》、まるで赤面ものじゃないか」 「そうそう。兵隊で思い出しましたわ。兵隊上がりの提轄《ていかつ》、青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》とやらでは、いかがなんですの」 「その楊志なら、武芸十八般、腕なら北京軍《ほっけいぐん》十万の中でも、屈指の者だが、いかんせん、ここへ来てからの日も浅い、第一心情いかんという点が、まだ充分には信用しかねる。……それで大いに迷っておるのさ」 「そんなことをいったら、どんな人間でも疑えば限《き》りがありませんわ。それにもう日がないじゃございませんか。楊志を召して、お命じになったら、どうですの」 「そなたさえ承知なら、楊志でよかろう。いや、いくら熟考しても、結局は楊志だな。あの青面獣《せいめんじゅう》のほかにはあるまい」 「じゃあ、すぐそれをお鳴らししてください」と、蔡《さい》夫人は、廊廂《ろうびさし》に吊ってある喚鐘《かんしょう》を指して、良人へ命じた。  梁《りょう》は、この妻の父|蔡《さい》大臣のお蔭で立身した者であるから、平常も夫人にはとんと頭が上がらない。唯々《いい》として、立って喚鐘《かんしょう》を打ち鳴らした。と――すぐ中門外の衛兵が、姿をあらわして庭上に敬礼した。 「青面獣楊志に、すぐ参れと申せ」 「はっ」  衛兵が退《さ》がる。まもなく入れ代って、階《きざはし》の前に来てぬかずいたのは、これぞかの北京城《ほっけいじょう》の大演武場で十万のつわものの眼をそばだたしめた青面獣その人だった。 「楊志。――そのほうを見こんで、このたび、重大な使命をさずくるが、身命を賭《と》して、やってくれるかどうか」 「ご恩のあるお方の仰せ、いやとは申しません。けれどこの楊志にできることか否か、その辺も伺ってみぬことには」 「わが夫人《つま》蔡氏の父蔡大臣の誕生祝いの品を護って、東京《とうけい》までつつがなく送り届けてほしいのじゃ。もちろん、軍兵《ぐんぴょう》は望み次第に付けてやる」 「出発はいつでしょうか」 「ここ三日のうちとする」 「して、お荷物は」 「角な荷梱《にごり》十箇。それには、大名府の役署に命じて、十|輛《りょう》の太平車《うしぐるま》を出させる。また軍兵のほか、軍部から力者十人を選ばせて、一輛一人ずつを配して付ける。……さらに車輛一台ごとに立てる黄旗の文字には――献賀蔡大臣生辰綱《さいだいじんのたんじょういわいのにもつ》――と書く。まずもって、威風堂々と、山野の魔気を払うて行くがいいとおもう」 「どうも、せっかくですが」 「いやだと申すのか」 「なにとぞ、ほかの者に、お命じ給わりとう存じます。なんとなれば、去年は十万貫に値する高貴な品々を、ことごとく、途中賊難のため、掠奪《りゃくだつ》されたと伺っておりますので」 「だからこそ今年は、なんじを見込んで命じたのではないか。それもだ……」  と、梁《りょう》はいささか昂奮して、唇を乾かし、眼に赤い濁りを見せて、説得にこれ努めた。 「余は汝を愛しておる。故にだ、どうかして、そちを出世してやりたく思う。それがわからんか」 「かたじけなくは存じますが」 「煮えきらんやつだな。――蔡《さい》大臣宛ての献上目録にさしそえて、べつにわしの直書《じきしょ》一封のうちに、そちの立身の途をも推薦しておく考えなのだ。――途中つつがなく、生辰綱《しょうしんこう》をお送りすれば、それでもう汝の栄達のみちも開けるのではないか。なにを迷うか」 「しかし、長途の道中には、紫金山、二龍山、桃花山、傘蓋山《さんがいざん》、黄泥岡《こうでいこう》、白沙塢《はくさう》、野雲渡《やうんと》などという有名な野盗の巣やら賊の出没する難所があります。楊志も犬死にはいたしたくございませんので」 「まだ、のみ込めんのか。軍兵はいくらでも召しつれて行けばいいのだぞ」 「いやいや、たとえ何百の兵でも、一朝、それ賊が現われたぞと聞けば、あらまし木ノ葉の如く逃げ散ッてしまいましょう」 「なにを申す。ではまるで、生辰綱《しょうしんこう》を送るなと、余に諫《いさ》めているようなものではないか」 「はい。まったくは、切《せつ》にご諫止《かんし》申しあげたいところです。しかし今さら、お取り止めもなりますまい。……どうも是非なき次第、楊志《ようし》も観念して参ることにいたしましょう」 「や。臍《ほぞ》を固めて、行くと申すか」 「けれど条件がございます。――物々しき官用の太平車《うしぐるま》や旗などは廃し、お贈り物は、すべて人の担げるほどな行嚢《つつみ》にあらため、護衛兵の力者もみなただの強力《ごうりき》に仕立てなければいけません」 「まるで山東の行商隊だな」 「それです。それがしも一個の隊商の長《おさ》に化け、なるべく野盗の眼を避けて、お引きうけした以上は、東京《とうけい》の蔡《さい》大臣がご門前まで、無事、おとどけ申したい存念にございますれば」 「まかせる。ただちに出立の準備をせい」  ――準備期間の二日は経《た》った。  するとまた、こんどは楊志のほうから、梁中書《りょうちゅうしょ》へ拝謁《はいえつ》を願い出た。そしていうには、 「いけません。どうも拙者には、不向きな役です。東京行《とうけいこう》はご辞退申しあげまする」 「なぜまた、そんなことをごねり[#「ごねり」に傍点]出すか」 「でもお約束が違うようです。――洩れ聞けば、ご予定の行嚢《にもつ》のほか、またぞろ、夫人《おくがた》さまから先の大臣邸の女家族のかたがたへ、種々《くさぐさ》な贈り物がふえ、そのため執事の謝《しゃ》という人物とその他の家来二、三が付いてゆくことになったとか伺いますので」 「ははあ、足手まといだと申すのだな」 「のみならず、夫人《おくがた》直々の執事とか、家来などですと、途々《みちみち》、それがしの命令に服さぬ惧《おそ》れが多分にあります。賊の出没に加え、難行千里、あらゆる難苦を覚悟せねば相成りませぬ」 「それはそうだ。もちろん、難行苦行だろう」 「一行の者に対しては、あえてムチを振るッて克己《こっき》させ、時には夜立ち暁《あかつき》立ち。また折には草に伏し、熱砂を這い、もし服さぬ者は、これを斬るぐらいな権《けん》は持っていませんと、到底、列を曳きずッてはいけません。しかるに、夫人《おくがた》の執事や家来とあっては」 「いや、その者どもも、他の力者《りきしゃ》同様に、一切その命に絶対服従いたすように申しつける。もし、汝の命に服さず、楯《たて》をついたら、斬りすててもよろしい。……夫人《おく》にも、その由はよく申しておこうわい」 「ならば、行ってまいります。願わくは、ただ今のおことばの旨を、お墨付として、一|札《さつ》賜わりおきとう存じまする」 「よろしい。汝もまた、余に対して、重宝十一|荷《か》の預り状をしたためて差出せ」 「心得ました。この上は、明早朝に北京《ほっけい》西門を出立つかまつりますれば……左様おふくみのほどを」  翌朝の中書《ちゅうしょ》官邸は、暁天もまだ暗いうちから騒《ざわ》めいていた。  強力《ごうりき》に化けた軍の護衛兵は、いずれも屈強な猛者《もさ》ぞろいだ。それらがおのおの、一個ずつの重い行嚢《こうのう》をかついで勢揃いしたさまはいかにも物々しくまたたのもしい。――梁中書も蔡《さい》夫人も、廊《ろう》の階欄《かいらん》に立ち出てこれを見送っている。  夫妻は、念のためと、執事の謝《しゃ》を呼びつけて、くれぐれ、楊志の命に服すように、喧嘩せぬように、途中病まぬようになど、かさねがさね言いふくめた。 「ご案じくだされますな。てまえは一行中の最年長者。あんばいよく仲を取ってゆきまする。楊志どの。どうぞよろしく」  夫妻の階前で、両名は手を握って、出立した。  同勢すべてで十七名だった。多くは一様な強力《ごうりき》姿だが、楊志と謝は隊商の長《おさ》といった装《よそお》い。山東笠《さんとうがさ》を日除けにかぶり、青紗《あおしゃ》の袖無し、麻衣《あさごろも》、脚絆《きゃはん》、麻鞋《あさぐつ》の足ごしらえも軽快に、ただ腰なる一腰《ひとこし》のみは、刀身《なかみ》のほども思わるる業刀《わざもの》と見えた。  はやくも朝霧の街へ出て、西の城門街の出口へかかる。楊志一人は、手に籐《とう》のムチを携《たずさ》えていたが、それを小脇に、山東笠のひさしへ手をかけて、城門の鼓楼《ころう》を仰ぎ、 「梁中書の御使《みつかい》の者ども、都をさして、ただいま、ご城門を通ります」  と、呼ばわると、上の鼓楼で「おおいっ」という答《いら》えが響く。と同時に、門側の番卒隊が不時の開門なので、とくに総勢でそこに立ち現れ、 「お通ンなさい!」  と、巨大な鉄扉《てっぴ》をギイと左右へ押し開いた。  時は五月も過ぎて早や大陸の砂は灼《や》けていた。夏雲はぎらぎらと眸《ひとみ》を射るばかり地平線を踏まえて高く、地熱は鞋《くつ》の底をとおして、足の裏を火照《ほて》らしてくる。  行嚢《こうのう》を負う蟻《あり》のごとき列は、早くもポタポタと汗のしずくを地に見つつ喘《あえ》ぎあるいた。日頃ひと口に、開封《かいほう》東京《とうけい》とやさしく呼び馴れてはいたが、いざ一歩一歩を踏み出してみた千里の輸送路となれば容易ではない。――いやいや、それらの炎日灼土《えんじつしゃくど》の苦熱は、まだしも克服できようというものか。  やがての行くてに聳《そび》える雲の峰の彼方、手に唾《つば》して待つ稀代《きたい》な七斗星のまたたきがあろうなどとは、青面獣も知らず、喘《あえ》ぎ喘ぎな強力《ごうりき》たちも、ゆめにも思ってはいなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 七人の棗商人《なつめあきんど》、黄泥岡《こうでいこう》の一|林《りん》に何やら笑いさざめく事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  強力すがたの兵十五、六人。それが日々、大陸の熱砂を這うごとく行く影は、炎日の労働蟻《ろうどうあり》が蜿蜒《えんえん》と、物を運んで行く作業にも似て、憐《あわ》れにもまた遅々《ちち》として見えた。  おのおのが負う十一箇の行嚢《こうのう》は、そのどれ一つといえ、軽そうなのはない。――すべて蔡《さい》大臣の誕生祝いに送られる値《あたい》十万貫もする貴金属やら珠玉で充《み》たされている荷物なのだ。――彼らの流す毎日の汗も、その中の珠の一粒にすら値するものではなかった。 「なんだ、意気地のないやつらめ。行くてはまだ千里の彼方。今頃からヘタばってどうするか。歩け歩け。しぶるやつは尻を腫《は》らすぞ」  宰領《さいりょう》の青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》の手には、籐《とう》のムチが握られていた。腰の業刀《わざもの》もだて[#「だて」に傍点]ではない。――梁中書《りゅうちゅうしょ》から絶対の権を附与され、途中、もし命に反《そむ》く者あらば斬りすててもかまわん、といわれてきたのだ。もう一名の付添い人、執事の謝《しゃ》といえど、こんどの旅では楊志にむかって一切不満も愚痴も言いだせるものではなかった。  とまれ、北京《ほっけい》の城門を出てから、はや十数日。この間、雨を見たのは、たった二回だけで、それも物凄い雷雨をともなった一瞬の大夕立だけでしかない。あとは来る日も来る日も、炎天の道中だった。  楊志はその晩、旅籠《はたご》に着くと、兵の強力《ごうりき》と、執事の謝、あわせて十六人へ、言い渡した。 「さあ、旅はこれからが本旅だ。――北京は遥か後になり、行くての都はまだまだ遠い。――風流にいえば千山万水だが、いよいよ彼方には二龍山、桃花山、傘蓋山《さんがいざん》、黄泥岡《こうでいこう》、白沙塢《はくさう》、野雲渡《やうんと》などという難所《なんしょ》切所《せっしょ》やら野盗の名所が、行く先々にひかえている。……そこで、こちらも腹をすえなくてはならん。ただの荷運びだけが能《のう》ではないぞ」  不気味な警告を、こう浴びせて、 「だから、明日からは、寝坊してよろしい。朝は朝寝して、ゆっくり立つ。その心得で休養をとれ」  と、つけ加えた。  だが、兵たちは、うれしそうな顔でもなかった。その日旅の寝小屋で枕につくと、耳こすりで騒《ざわ》めき始めた。 「おい、用心しろよ。青痣《あおあざ》がまた、ヘンなことを言いだしたぜ。小便する間もオチオチしていられねえほど、歩け歩けと急《せ》かついている奴がよ」 「変だな。七月十五日、七月十五日と、都へ着く日を、呪文《じゅもん》みたいにいってるかと思うと、急に、朝寝の遅立《おそだ》ちとは」 「なんでもいいや。寝ている間だけがこち[#「こち」に傍点]徒《と》の極楽だ。なんとか生命《いのち》だけ保《も》って、開封《かいほう》東京《とうけい》に着きさえすれば、まさか帰りはこんなこともあるめえ。もうもう来世は金輪際《こんりんざい》、兵隊にはなるめえぜ」  翌日からは、朝は遅く、夕は早着き。日盛りの旅だけが、以後十数日もつづいた。  これだけなら、彼らのぼやき[#「ぼやき」に傍点]も減《へ》っていただろうが、楊志の思案は、野盗山賊の出現を避けるにあり、七月十五日までの期日に、余裕が出来たわけでもないから、日中の間に、それだけの足稼《あしかせ》ぎを生みだすべく、前にもまして、苛烈《かれつ》なムチをふるったのはいうまでもない。 「なに、水が呑みたいと。我慢しろ、我慢しろ。水は汗を多くするばかりだ。口に梅の実《み》を噛《か》んでいると想え」 「そいつア無理だ。いくら梅の実を想ったッて、唾《つば》は出ねえ」 「これでも出ないか」  楊志は、籐《とう》のムチで、風を切って見せた。 「きさまらは、毎夜、寝飽きるほど寝かしてあるじゃないか。贅沢《ぜいたく》をいうな」 「だって、こう休みなしじゃあ、息もつづきません。どこか木陰で、一ト息つかせておくんなさい。焦死《やけし》にます」 「だまれ、どんな夏の旅だろうと、人間の乾物《ひもの》ができた例《ため》しはない」 「うへッ。もう眼がまわる。楊《よう》輸送使」 「なんだ」 「どうか、弁当でも解かせておくんなさい。もう足が前へ出ません。ふらふらして」 「ちッ。きさまらは、木陰を見るたび、きまッて何か弱音を訴え出しゃあがる。今日はもう幾日だと思う」 「ほら、始まった。わかってますよ」 「わかっていたら、弁当などは、歩き歩き食え、七月十五日が一日遅れても、蔡《さい》大臣のお誕生祝いには間に合わなくなる。千日の萱《かや》も一日で焼くというもんだ」 「もう欲も得《とく》もなくなりました」 「じゃあ、死にたいか」 「情けないことを。これでも、女房子がありゃこそ、塩気のない汗までポタポタ垂らしているんですぜ」 「ならば、四の五をいわずに歩け歩け。やがて都へ着いたら、たらふく、飲んで食って、逆立ちでも何でもやるがいいや」 「……ああ、雨でも降ってくれ!」  ところが、あいにくな旱天《かんてん》つづき。大夏の太陽は火龍《かりょう》というもおろかである。満天すべて熱玻璃《ねつはり》のごとく、今日も一片の雲さえ見あたらない。  道は、その日の午後、やっと一つの山の小道へかかったが、木々の葉は萎《な》えて、風は死し、谷はあるが、水は涸《か》れ、岩は干割《ひわ》れして、滴《したた》る清水の一ト雫《しずく》もない。 「おお、ここらはもう、太行《たいこう》山脈の一|嶺《れい》だな」  空身《からみ》の楊志にしてさえ、息がきれた。  峨々《がが》たる山容は、登るほど嶮《けわ》しくなり、雨の日に洗い流された道は、河底をなしている。万樹はあだかも刀槍《とうそう》を植えたようで、虎豹《こひょう》の嘯《うそぶ》きを思わせる。  なにげなく足をとめて、ここまでの旅、またこれからの道のりなどを考えていた楊志が、ふと気づくと、謝《しゃ》執事以下、十一|梱《こり》の強力《ごうりき》やほかの兵も一つの峰の背へ取ッつくやいな、 「もう、だめだ。勝手にしろ」 「八ツ裂きにされても、うごけねえぞ」 「さあ、どうなとしてくれ」  とばかり、おのおのの荷を背から下ろして、ぐた[#「ぐた」に傍点]と伸びるやら、仰向けに寝てしまうやら、ここへきてはもう自暴《やけ》のやん[#「やん」に傍点]八をきめこンでテコでも動かぬ態《てい》だった。 「あ。げて[#「げて」に傍点]者めら」  楊志《ようし》は振返って、彼らのやけくそな態度に気づくやいな、そこへ飛んでいって、例のごとくムチを鳴らした。 「だれの許しを得て休むのだ。こいつら、一寸《ちょっと》の間も、眼が離せぬ」 「まあまあ」と、宥《なだ》め役に立ったのは、梁家《りょうけ》の執事の謝《しゃ》であった。 「なんぼなンでも、この酷熱《こくねつ》に、昼休みも与えぬのは、余りにむごい。楊志どの。そうカンカンにお怒りなさるな」 「執事。貴公が休めとゆるしたのか」 「許すも許さぬもない、これへ登りつくなり、自然にヘバッてしもうたのじゃ。わしにせよ、これ以上の我慢は、口から臓腑《ぞうふ》を吐くような苦しさだ。まあ、半刻《はんとき》ぐらいここで休んだところで、まさかお誕生日に間に合わぬこともあるまいが」 「分別者のあんたからして、そう仰っしゃるなら、なんでこの楊志のみ、一同の怨嗟《えんさ》をうけつつ無理な道中を好もうか。……したが、ここはどこかご存知か」 「されば、はや太行《たいこう》山脈の一|嶺《れい》にかかってきておる。ここさえ越えれば」 「なにを、暢気《のんき》な」 「違うか」 「いやさ、あんたのいう通りだから、馬鹿馬鹿しくなるんだ。さっきから、あたりの地勢を見るに、こここそ、黄泥岡《こうでいこう》といって、世間に不気味がられている盗賊の出没場所。……こんなところで気をゆるしたら、魔の砂塵の一ト吹きと見舞われぬとも限るまいぞ」  すると、もう度胸をすえて、太々《ふてぶて》しくなっていた強力《ごうりき》の兵たちが、 「あはははは。また楊《よう》輸送使のおかぶ[#「おかぶ」に傍点]が始まったぜ。毎日毎日ああいっちゃあ嚇《おど》かされてきたもンだ。この真ッ昼間に、そんな幽霊が出るもんなら、おもしれえ。なにも経験だ、お目にかかってみようじゃねえか」 「馬鹿野郎っ」  楊志は、怒りの一歩を、そっちへ移して呶鳴りつけた。 「きさまらは、泣き言まじりの口癖にさえ、こんな苦役も、女房子のためだと吐《ほ》ざいているではないか。もし厄難《やくなん》に出あったらどうするか。褒美はおろか一命もおぼつかないぞ。――このほうは宰領《さいりょう》として、万が一にも、そのような不覚を踏ませてはと、しいて心を鬼にしておるのだ。わからんか。慈悲のムチが」 「へへん。……わかりませんねえ、慈悲のムチなんてえ文句は」 「こやつ!」  楊志《ようし》が本来の形相を現わして、腰なる山刀を抜きかけると、執事の謝《しゃ》は仰天して、あわてて彼の前を阻《はば》めた。 「待った! 楊君もいいが、どうもお若い。そのご短気は、みずから事を破るものだ」 「いや、お放しなさい。こいつらは、拙者がほんとに怒ッたら、どんなものか知らんのだ。見せしめのため、どいつか一匹、素ッ首をぶち落して見せてくれる」 「そしたらその先、一人分の行嚢《こうのう》は、いったい誰が、背負って歩くのか。わしは真ッ平ごめんじゃが」 「一箇の荷ぐらいは、どうにでもなる。それよりは全体の士気を厳《げん》に保って行くほうが肝腎《かんじん》だ。老人は、黙ッていなさい」 「いや、見ていられん。血気いちずで、十五人もの心の束《たば》ねがなるものか。和もなくてはならぬ。いかんせん、楊君はご苦労知らずじゃ」 「ばかをいえ。拙者にはいささか流浪の経験もある。四川《しせん》・広西《かんしい》・広東《かんとん》の旅もした」 「ただの旅なら、誰もするわ」 「なんの、世は今や、いずこも暗黒同様な末世だ。その穏やかならざる乱麻の世間に、流浪の艱苦《かんく》もなめたつもりだ」 「おい、楊《よう》輸送使」 「なんです?」 「人なき山中だからいいようなものの、余りな放言は慎むがよい。梁中書様のご恩になり、北京府《ほっけいふ》の禄《ろく》を食《は》みながら、いまが末世とは何事だ。泰平の世でないとは、なんたる言か。その舌を抜かれるなよ」  これには楊志もハッと答えに詰った。  日ごろ、胸にあるものは、何かの弾《はず》みには、我れともなく、つい口に出るものではある。――と、悔いられたが、もう追いつかない。せっかく、蔡《さい》大臣の生辰綱《しょうしんこう》輸送の大役を果たしえても、後日、謝《しゃ》の口からそんな讒訴《ざんそ》を堂上《どうじょう》の耳に入れられたらすべては水の泡だろう。――しまった、と臍《ほぞ》を噛んだ容子《ようす》が、突嗟《とっさ》だったが、楊志の面《おもて》をやや弱いものにした。  ――すると。  彼の眼惑《めまど》いに、ふと鳥影のようなものが、遠くを過《よ》ぎッた。すぐ先の、松林の蔭にである。 「あっ? うさんな男が」  楊志は不意に、そこへ向って、こう叫んだ。  謝《しゃ》との問答で、後味わるくきめ[#「きめ」に傍点]つけられた破目も、一切のその場の感情も、この一ト声で、消し飛んだ形だった。――楊志にとっては、いい機《しお》であったのかもわからない。何を見たのか、途端に、彼の姿はぱッと迅い足を見せて、彼方の松林のうちへ隠れこんだ一個の男の影を追ッかけていた。  松と松との木《こ》の間《ま》を、野兎《やと》のごとく逃げ走ッていった男の影は見失ったが、その代りに、楊志は、思いがけない一トかたまりの旅商人《たびあきんど》の仲間に出会った。  彼らは、松林の涼やかな平地に陣どッて、桶《おけ》を載せた七|輛《りょう》の江州車《こうしゅうぐるま》[#1段階小さな文字](手押し車)[#小さな文字終わり]をあちこちに停め、老若七人、胡坐《あぐら》やら、寝転《ねまろ》びやら、また木の根や車の梶《かじ》に腰かけている者など、思い思いな恰好だった。そして何か戯《ざ》れ口《ぐち》おもしろ気に、この日盛りの汗を拭きあっているものらしい。 「やッ?」  彼らは一せいに跳ね起きた。楊志《ようし》の姿に、びッくりしたもののようである。 「何者だっ、きさまらは?」  馳け寄りざま、楊志が問うと、 「だれだい? お前さんこそ」  と、先も鸚鵡《おうむ》返しにいう。 「いやさ、きさまらは、どこのどいつかと訊いておるんだ」 「ふん。こちらも、お前さんはどこの馬の骨かと訊いてるんだよ。ははん……黄泥岡《こうでいこう》によく出ると聞いたがその悪者か」 「ふざけるな。きさまらこそ、それではないのか」 「えらい者《も》ンに買いかぶられたなあ。あいにくこっちは、若いのや老いぼれやらの、しがない小商人《こあきんど》だ。ところで、お前さんの方は?」 「わしもじつは開封《かいほう》の商人だ。胡北《こほく》で仕入れた毛皮などの商品を、強力《ごうりき》に担《にな》わせて、都へ行く途中だが、この附近は物騒と聞いて来た折も折、いま松林の蔭から、へんな男が、うさんな眼つきで、わし達を窺《うかが》っていたので、さてはと、追ッかけて来たわけだが」 「はははは」 「アハハハハ」  七人は、どよめき笑って、 「そいつア、とんだ鼬《いたち》ごッこだ。こっちも、ここで涼ンでると北の方の麓《ふもと》から物凄い野郎ばかりが十六、七人も、何か担いでやってくるというわけさ。さあ大変だ、黄泥岡《こうでいこう》の名物がおいでなすッたぜと、胆《きも》を冷やして、仲間の一人が、まず様子を探りにいったわけだ。……ところがよ、どうも、悪者でもなさそうだというんで、なアンだとばかり、涼み直していたわけさ」 「ふウむ」と、楊志もつい釣り込まれて、ニヤつきながら、 「じゃあ、お互いは、商人同士だったわけだな。まアまアそいつは倖せだった。して、おぬしたちは、何商売か」 「この桶をごらんなせい」 「あ。棗漬《なつめづけ》だね。棗商人《なつめあきんど》かい」 「田舎《いなか》じゃあ、珍しくもねえが、都へ持ち出すと通《つう》がッた呑み助が、酒のお肴《つまみ》には、これに限るなんていうものでね、仲間七人、申し合せて、濠州から出てきたんだが、イヤこの暑さじゃ、桶の棗《なつめ》も茹《うだ》りそうだ。おたがい金儲けは楽じゃあないね」 「まったくだ。金がかたきの何とかさ」 「どうです旦那、お好きなら、ちょぴり棗をあげやしょうか」 「いや、いらん。せっかくだが」  楊志はニガ笑いを見せながら、もとの自分たち仲間の屯《たむろ》のほうへ戻ってきた。  謝《しゃ》執事は、彼の姿を見ると、すぐ皮肉った。 「楊《よう》輸送使。――ご自慢の刀の斬れ味はどうでしたな」 「いや、賊かと思ったら、なんのこッた、つまらん小商人の仲間だった」 「へえ。あんたの口癖から推《お》すと、この界隈《かいわい》には真人間《まにんげん》は現われないはずなんだが」 「そうチクチク苛《いじ》めッこはなしにしましょう。老人は執念ぶかいなあ」 「何さ何さ。それでこそ、われわれも先ず祝着《しゅうちゃく》と申すもの。どうじゃな。わしはつい食べ残しの弁当を解《と》いてしまった。あんたも、どうせのことに、一ト涼みなさらんか」 「ままよ、きょうは雨に逢ったとしてしまえ。おうい、一同も休め、休んでよろしい」  これは少々|楊志《ようし》としてはまずかった。てれ[#「てれ」に傍点]隠しの気味がある。すでに兵どもは謝《しゃ》執事との狎《な》れ合いで勝手休みをきめこんでいたのだから、楊志のムチもついに衆の結束と横着には、負けの恰好というしかなかった。  さらにまた、折も折だったといってよい。どこからか、田舎唄《いなかうた》が聞えてきた。男の声である。ひょイ、ひょイ、ひょイ……と唄の節には、担《にな》い腰の足拍子が巧くのっていた。兵たちは皆、後ろの坂道を振り向いた。一人の男が、桶をかついで来るのが見える。……ぷうんと、焼酎《しょうちゅう》の匂いが彼らの鼻をついた。 「おッと、待ちなよ」  つい出てしまった言葉である。  男は、荷を下ろした。 「へい、なにか御用ですかい」 「焼酎《しょうちゅう》らしいなあ、そいつは」 「お察しどおりで」 「どこへ持っていくんだい」 「山向うの村へね、あさっては、そこの夏祭でさ」 「売れないのか」 「売り物なりゃこそ担《かつ》いでいくんで。へい。値段によっちゃあ差上げますよ」 「いくらだ、一桶《ひとおけ》」 「五貫とお負けしておきましょう。ここはまだ半道だから、足賃なしに」  兵たちはコソコソ首を集めあった。鼻のさきに餌《え》を置かれた餓鬼《がき》の眼つきといった形である。喉《のど》が鳴る。鼻がピクつく。とうとう小銭《こぜに》の音をさせ始めた。懐中《ふところ》を合せて、買おうという相談になったらしい。  さっきから、じろと睨んでいた楊志は、いきなり山刀を鞘《さや》ぐるみ腰から抜いて、ずかずかと立っていき、刀の鐺《こじり》で、桶を叩いた。 「こら、きさまらは、これを買う気か。――買って呑む気か」 「銭《ぜに》はわしたちのものですぜ」 「金はともかく、誰のゆるしを得たというのだ。ツケあがるな、こいつら」 「ツケあがるわけじゃありませんが、旦那も人間なら、お察しなすっておくんなさい。もう意地にも我慢にも……。これを見て飲まねえじゃあ、妄念《もうねん》が残って、腰も上がりませんや」 「ふざけるな、がつがつと、哀れな餓鬼声《がきごえ》を出しゃがって、よく耳の穴をほじッて聞けよ。道中売りの酒なぞは、ただの旅でも、滅多に意地汚ねえ涎《よだれ》など垂らすものではないわ。そんな浅ましい欲心のために、まんまと、しびれ薬で根こそぎ懐中《ふところ》を抜かれたなどの例が、どれほど多いか、知らぬのか。心得のない奴らだ」  すると、叱られた兵よりは、酒売りの男の方が、きッと、眼にカドを立てた容子《ようす》だった。ふン……と鼻先で冷笑を見せたと思うと、すぐ担荷《にない》の天秤《てんびん》へその肩を入れかけていた。 「おい、邪魔だよ、桶のそばを退《ど》いてくんなよ。くそおもしろくもねえ! この炎天に、しびれ薬を売りにいく粋狂《すいきょう》がどこにあるッてんだ、ばかばかしい」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] “生辰綱《しょうしんこう》の智恵取《ちえど》り”のこと。 並びに、楊志、死の谷を覗《のぞ》く事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  酒売りの捨て科白《ぜりふ》は、もとより楊志《ようし》への面《つら》アテだったが、兵たちの妄念《もうねん》を、一そう煽《あお》り立てたふうでもあった。 「待てよ。おい。せっかく銭《ぜに》を集めたのに」 「いやだ、いやだ。もう売らねえよ。あばよ」 「ま、そう怒らねえでもいいじゃねえか。ああ言っても、おれたちの宰領《さいりょう》は、とんだ話のわかる人で、人情もろいところもあるのさ」 「勝手にしやがれ。人の売り物にケチをつけやがって、話のわかるお人かい。これが市《いち》や村でのことなら、ただはおかねえところだぞ」  よほど腹が立ったらしい。次第に威猛高《いたけだか》となっていた。――と、彼方の松林の蔭から、さっきの棗商人《なつめあきんど》の連中が、どやどやと馳けよってきた。そして口々に、 「なんだ、なんだ?」  と、いう弥次声《やじごえ》。事こそあれと、どの眼も、好奇心みたいなものにかがやいている。 「おッと、あぶねえ。なにを怒ったんだよ酒屋さん。まア桶を下へおきねえな」 「おう、ゆうべ麓《ふもと》でお泊ンなすった商人衆《あきんどしゅう》でございますね。まあ、聞いておくんなさい。癪《しゃく》にさわるのなんのって」 「ほう。この衆たちとの口喧嘩かい、おれたちはまたあっちで聞いて、そら、今度こそ、ほんものの泥棒が出やがッたかと思ってさ、びっくりして飛んできたんだ。……が、口喧嘩ぐらいなら、よかったよ。よしねえ、よしねえ、喧嘩なんざあ」 「仰っしゃるまでもありませんや。誰もいさかいなぞしたかねえが、あんまり人を舐《な》めたことを言やがるんで、つい業腹《ごうはら》が喚《わめ》いたんですよ。……人の売り物に、しびれ薬が入れてあるなんて吐《ぬ》かしゃあがるんで」 「誰がよ、誰がそんな、べら棒な因縁をつけたのさ」 「そこにシャチこ張っている、青唐辛子《あおとうがらし》みてえな人相の旦那ですよ。親代々の正直酒屋で通っているあっしだが、こんなに気の腐ッた日はないね」 「いいじゃねえか、もう止せよ。そうムキにならなくっても、相手は黙ってしまったんだから、多分、言い過ぎだったと、腹じゃあ後悔していなさるに違えねえよ。……それよりは、ちょうど俺たちも、喉《のど》がひッついていたところだ、みんなに一杯ずつ飲ましてくれ」 「お断りだよ、まッぴらだ」 「なぜさ。おめえもまた、因業《いんごう》だな。無料《ただ》で飲ませろッていうんじゃねえぜ」 「そんなことアわかッてら。でも元々、こんなところで商《あきない》はしなくても、親からのお花客《とくい》に、事は欠かねえ酒売りだよ。ばかにしてやがる」 「冗談いうなよ。なにも俺たちがケチをつけたわけじゃねえぜ。おめえもよほど、おかしな男だ。さ、機嫌直しに売ってくれ。酒売りなんてえ商売は、気合いものだろうじゃねえか」 「お前さん方から、機嫌を直せなんていわれると、おらはまた、馬鹿者だから、つい差上げたくもなってくるがね。だが、あいにく、器《うつわ》がないや」 「よしきた。器《うつわ》なら、あっちにある」  棗《なつめ》商人の仲間の二人が、車のほうへ馳けていった。持ってきたのは、二ツの椰子《やし》の実の椀《わん》であった。一人は両の掌《て》のひらに、お手のものの棗漬《なつめづけ》をいっぱい盛ってきた。  それを、桶のふたの上へ開けて、 「ほい、肴《さかな》はここだよ」  七人は、酒桶を取り囲んだ。かわるがわるに椰子椀《やしわん》に焼酎《しょうちゅう》を汲みあげ、さも美味《うま》そうに飲みはじめる。そしては棗《なつめ》をポリポリつまむ。たちまち、一ト桶の焼酎は底になってしまった。 「ああ、こたえられねえ。こんな山路で思いがけなくぶつかッたせいか、甘露とも何とも言いようがねえな。暑さもすッかり忘れたぜ」 「やいやい。機嫌ばかりよくしやがって、焼酎の値段もまだ訊いていねえじゃねえか。酒屋さん、一ト桶|干《ほ》したよ、いくらだい」 「一|荷《か》十貫さ。片桶だから五貫だよ」 「よしきた。そら五貫文」  一人が銭《ぜに》を渡していると、べつの一人が、 「――もう一ト椀《わん》、負けときな」  と、片荷の桶の蓋《ふた》を取って、すばやく中へ椀を突っ込み、一ト口がぶ[#「がぶ」に傍点]と飲みかけた。ひょいと、振り向いた酒売りは、 「あっ、いけねえッたら!」  まだ半分残っている椀の酒を、いきなり、引ッたくろうとする。ところが、椀を持った小商人は、くるッと、巧く身を外《はず》し、そのまま松林のうちへ逃げこんで行った。それをまた、酒売り男も、片意地らしく、 「畜生ッ」  とばかり、追っかけていったものである。すると、後に残っていた連中はまた、その隙をいいことにして、これまた、も一つの椰子椀《やしわん》で、明《あ》き巣の桶にたかりだした。ふと、振り向いた酒売りは、さらに仰天した姿で、 「泥棒っ」  馳け戻るやいな、遮《しゃ》二|無《む》二に、椀を奪《と》りあげた。そして、逃げる彼らの背へ向って、 「阿呆《あほう》。親切ごかしの、屁《へ》ッたくれ商人《あきんど》め。野たれ死にでもしてしまえ」  と悪たい[#「たい」に傍点]吐《つ》いた。  さっきから見物していた兵たちは、笑いも出ずに、ただ生唾《なまつば》をのんでいた。食い物の恨みは元々深刻なもの。いわんや、焦《や》くがごとき暑熱に渇《かわ》いている鼻先で、舌つづみを打たれたのでは堪るまい。――しいんと、陰気な沈黙におちて、彼方に腰かけている楊志《ようし》の背を、いとも恨めしげに見ていたが、ついにもう我慢ならじと、声をそろえて、謝《しゃ》執事に訴えてきた。 「執事さん。ご恩にきますぜ。ひとつ、楊《よう》輸送使へお縋《すが》りなすっておくんなさいな。――これからもまだ、山坂ですし、峠まで行ったところで、飲み水などありッこはねえ。どうか、あの残りの片桶をわれわれどもが買って飲むことを、ゆるすと、いわせてくださいませんか。もう腹の虫がグウグウ鳴って、おさまりがつきません」  執事の謝《しゃ》も、内心、意欲はおなじものだった。しかし、おいそれとは、同調顔《どうちょうがお》もできないので、いかにも、彼らの哀訴を持て余したかのごとく、歩《ほ》を楊志の前へ移してきた。そして、彼らの代弁にこれ努めた。厭《いや》なら、見て見ぬ振りしていてくれと、いわぬばかりな口吻《くちぶり》である。 「ちイ。なんてえ土根性《どこんじょう》だろう」  楊志は、にがりきったが、しかし、この老執事にも、兵どもにも、さっきの自分の失言を、行く先の都へ着いてから、尾ヒレを付けて吹聴《ふいちょう》されたりなどしたら始末がわるい。かたがた、これ以上の遺恨を含まれるのも、あとの道中に良策でないとは考えられる。  それもあったし、また、さいぜんから眺めていたところでは、二た桶の焼酎《しょうちゅう》にも、怪しまれる点はなかった。で、不承《ふしょう》不承な面色だったが、 「……仕方がない。あんたまでが、そういうなら、今日かぎりのこととして、眼をつぶっていよう。その代り、渇《かつ》を癒《いや》したら、元気よく、ここを出発するように」 「や。ご承知くだされたか。さぞ兵どもも、雀《こ》躍りすることでしょう。一同よろこべ。おゆるしがあったぞ、おゆるしが」  なんのことはない、老執事の謝《しゃ》自身が、雀躍りの態《てい》だった。兵と酒桶のあるところへ、舞い戻るなり、歓声を揚げていた。 「いやだ、いやだ。おめえらには、売りたくねえよ」  兵は歓声をわかしたが、酒売りはまた、ごねだした。 「こんな、おもしろくもねえ道草を食ってるよりは、村へ行って、祭りの衆に、よろこんでもらったほうが、よっぽど増しだ。さあさあ退《ど》いてくんな、退いてくんな。きょうはろくな日じゃねえようだ」 「まだ怒ッてるのかい。もう勘弁しなよ、謝《あやま》るからさ」 「うるさいよ。お前さん方に謝ってもらう筋はないんだ」 「依怙地《えこじ》だな、ひどく」 「ああ依怙地だよ。悪かったね」 「あれだ。……こんなに、銭《ぜに》を集めて、拝むように頼んでるのに、罪だぜ、このまま置いてきぼりは」 「離さねえのか。困ったな。ええい、もう、そんなに飲みたけれやあ、勝手にさらせ」 「そうはいかないよ、銭《ぜに》五貫、それ、ここへおくぜ」 「五貫じゃないよ」 「えっ、値上げか」 「ばかにするない。残りの桶は、さっきの棗商人《なつめあきんど》が、幾|椀《わん》か手込めにして、飲んだらしいから、減《へ》った分だけ、値引きするしかしようがないじゃないか。四貫でいいよ。一貫文だけ銭を引ッ込めなよ」 「なるほど、正直もンだな、おめえさんは。いや見上げたよ」  近くに転がッていた椰子椀《やしわん》を拾って、兵たちはさあ順番だと、桶のぐるりに真剣な顔を集めた。  ――舌つづみが鳴る。喉《のど》がキュッという。礼讃、嘆声、随喜《ずいき》のよだれ。まさに亡者《もうじゃ》に囲まれた天泉の図であった。 「やい、やい。先のやつは、もういい加減にしろ。執事さまをお後《あと》に廻しておくやつがあるもんか」 「ほい、こいつは、どうも……さあ、執事さまも一杯おやんなすって」 「いかさま、これはよい焼酎《しょうちゅう》だな。むむ美味《うま》い。楊《よう》輸送使にも、一椀すすめてみよう」  しかし、楊志はいッかな飲もうとはしなかった。もともと、彼はそう飲み手ではない。だが、喉の渇《かわ》きは、彼とて同じだった。そこでつい、もう桶も空《から》となりかけたころとなって、 「ひと口、飲《や》るか」  と、わずか半杯ほど飲んだ。 「ありがとう。……おかげで今日は、もとの麓《ふもと》へ舞い戻りとござアい。はははは。じゃあ、皆さん、ごきげんよう」  酒売りの男は、愛想をいうと、空桶《からおけ》担《にな》って、もと来た坂道の方へ、すたすたと、足早に立去ってしまった。  このとき、やや離れた松林の一端には、さきの棗商人《なつめあきんど》七名の顔が、まさに眼《め》じろぎもせぬ七体の石像みたいに、じっと、こっちを見すましていたのである。  ――と、遥か坂下の方で、もう姿の見えぬ酒売りの男の田舎唄《いなかうた》が聞えていた。それが合図だったのだろう。とつぜん、七人は爆笑の声もひとつに手を打ち叩いた。 「どんなもんです! この首尾のよさ」 「さすが今孔明《いまこうめい》の智多星《ちたせい》呉用先生だ、先生が書いた筋書どおりよ」 「ざまアみろ、悪官府の召使いどもめ」 「くたばれ、くたばれ。心おきなく」 「どりゃ、さっそく、お仕込みに、とりかかろうぜ」  たちまちに見る七名の影は、松林の下蔭《したかげ》から、それぞれが江州車《こうしゅうぐるま》[#1段階小さな文字](手押し車)[#小さな文字終わり]の七輛を押し出し、なんの憚《はばか》りもなく、楊志《ようし》、執事以下、十七名の者が、現にいるところへ、どやどやと寄ってきた。  そしてすばやく、車の上の棗漬《なつめづけ》をみな谷底へぶち撒《ま》けだした。そして、それへ代るに、さきに強力《ごうりき》の兵が、地へ下ろして並べておいた十一箇の行嚢《こうのう》を、一台に二箇、或いは三箇と積んでしまい、すっぽりと布覆《おおい》をかぶせるやいな、 「さあ、すんだ。あとは野となれ」 「あとは烏と野獣のお供えもの」 「おさらば、おさらば!」  まるで凱歌の調子である。そのはず、梁中書《りょうちゅうしょ》夫妻から蔡《さい》大臣へ贈らるべき金銀珠玉は、ここに道をかえてしまったのだ。それにしても、江州車七輛の布覆《おおい》の下、十万貫の宝財は、そもどこへ運び去られていくのだろうか。 「あ? ……あ……。ああ」  楊志《ようし》は、みすみすそれを、眼に見ていた。しかも、どうにもならないのである。どぼんと、頭は空《から》ッぽの音がする。眼にはそれを知っても、視覚神経は、脳髄《のうずい》までも届いてゆかない。爪は、草の根をつかんでいたが、その手の甲へ、ダラダラ涎《よだれ》が垂れるだけだった。腰は鉛の如く重く、満身に悪寒《さむけ》だけが、走り抜ける。口が歪《ゆが》む、声は声のみで言葉となって出てこない。 「執事は? 兵どもは?」  かすかに頭の泡ツブが思考する。  いちど、俯《う》ッ伏《ぷ》せた額《ひたい》をあげて、どろんとした眼で見廻した。  どれもこれも、干潟《ひがた》にのた[#「のた」に傍点]打つ死魚の恰好だ。一人として、満足なざま[#「ざま」に傍点]はない。「ああ! ああ!」と、ときどき、唖《おし》のような奇声と奇異な身うごきが四辺《あたり》を埋めているきりだった。 「む、むねん……」  空《くう》をつかんで、楊志は起《た》ったが、とたんに、どたと仆れてしまった。昏々《こんこん》として、それ以後は意識の欠《か》けらも彼になかった。――かくて一刻《ひととき》やら二《ふ》た刻《とき》やら、ふたたび、ふと我れにかえったときは、太行山脈の一角に、七月二日の月が、魔の牙《きば》とも見える冴《さ》えを研《と》いでいた。  かの七人の棗商人《なつめあきんど》は、そも何者の化身《けしん》だったのか。もう、ここで説くまでもあるまいが、一応いっておくなれば、それなん別人に非ずである。――東渓村の晁蓋《ちょうがい》、居候《いそうろう》の赤髪鬼|劉唐《りゅうとう》、同村の呉用先生および、その呉先生が一味に引き入れた石碣村《せっかそん》の江の漁夫、阮《げん》の三兄弟とかの公孫勝《こうそんしょう》の一清《いっせい》、以上あわせての七人にほかならない。  いや、もう一人、番外の加盟者があった。  これがなかなかの役者だった。すなわち、酒売り男に扮《ふん》して好演技を見せた男で、この黄泥岡《こうでいこう》の近村に住む白日鼠《はくじつそ》の白勝《はくしょう》という遊び人なのである。日頃、晁蓋《ちょうがい》に目をかけられていた縁から、一味の足溜《あしだま》りとして、白日鼠の家が選ばれ、彼も一ト役買ってでたというわけ。  そこで、次には。――麻痺薬《しびれぐすり》の使われた手順だが、これがまた、すこぶる手のこんだ筋書だった。  事の初め、まず七人が、一つの桶を、空にした。そして、銭を払った。  その隙に、べつの、も一ツの桶のフタを開け、無断で椀《わん》に半分飲んだのが、赤髪鬼の劉唐《りゅうとう》だ。  劉唐が逃げる、酒売りの役の白日鼠が追ッかける。  その留守に、  残る組が、また無断で、あとの桶の分を、争ッて飲みかける。或いは、飲んでみせる。  酒屋の白日鼠、仰天して戻るやいな、絡《から》み合いの争いと見せ、それを潜《くぐ》って、呉用先生が、すばやく、麻痺薬《しびれぐすり》を椀に入れ、その手で、桶の酒を汲もうとする。――この瞬間、手品のごとく、毒はすでに桶じゅうの酒に、掻き廻されていたものだった。  あとは、同勢わッと逃げる。奪った椀を、酒屋が投げつけて罵《ののし》り散らす。これで計略の筋は終っていたもので、後世、名づけてこの一|場《じょう》の劇を“生辰綱《しょうしんこう》の智恵取《ちえど》り”といったものだった。       ×         × 「おや? ……。おれは?」  ふと我れに返り、自分の姿を見廻した青面獣|楊志《ようし》は、二日月の影を、凄い空に仰いで、 「そうだった。計《はか》られたのだ。計られじ、計られじ、と思いつつ、ついに俺も、不覚な罠《わな》に」  慚愧《ざんき》にたえぬもののように、両の手は、髪の根をつかんでいた。潸然《さんぜん》として、無念の涙が頬をくだる。 「なんで生きて北京《ほっけい》へ帰れよう。さらばとて、都にはなお容《い》れられぬ身、そうだ、断崖から谷へ身を投げ、黄泥岡《こうでいこう》の鬼となって、世々の旅人に、こんな馬鹿者があったと、語り草になるのが、せめてもの身の始末。それしか、とるべき道はない」  蹌踉《そうろう》と、彼は、鬼影《きえい》を曳いて歩きだした。  ほか十六名の影は、寂《せき》として、まだ地に伏したままである。彼が、いちはやく、気を取りもどし得たのは、あの毒酒を、彼のみは、椀《わん》の半分ほどしか飲んでいなかったためだろう。――が、それも今や、死の岩頭に立った身には、何の僥倖《ぎょうこう》と思われるはずもない。 「生れて、三十余年。これで死ぬのか。いったい何しに、生れてきたのか」  死の谷を見おろした刹那、楊志の胸には、過去三十年の自身の絵巻が、いなずまの如く振返られた。  父母の面影が映る。弟妹《ていまい》の声が聞える。武芸の師、読書の師、およそ、この身を育《はぐく》んでくれた天地間のもの、ありとあらゆる生命の補助者が、ひしと、彼の袂《たもと》をつかまえて、「なぜ、死ぬのか」「死は易《やす》いが、生は再びないぞ」と、引き留めているような気がした。 「ああ、恐《こわ》い。意味のない死は、こんなに恐いものか。やはり俺は死にたくないのだ。意味を見つけたいのだ、死の意味か、生の意味かを」  彼は急に、岩頭から後ろへ跳んだ。死神の口から遁《のが》れたように、以前のところへ戻ってみると、そこには醜い十六個の影が、まだ眼を白黒させたり口ばたに泡を吹いている。 「ばッ、ばか野郎っ」  満身の声が、ひとりでに衝《つ》いて出た。すると急に、気がからッとしてきて、 「ようし、おれは死なんぞ。こんなやつらと心中してたまるものかい。そんな安ッぽい一命じゃなかったはずだ。後日、今日の匪賊《ひぞく》どもを捕えるのも一使命だし、あとの命は、どう使うか。そいつも、生きてからの先の勝負だ」  ふと気づけば、あたまに失《な》くなっていた自分の一剣が地におちていた。拾い上げて、腰に横たえ、空を仰ぐと、夜鳥《よどり》の一群が、斜めに落ちていくのが見える。その方向を天意が示す占《うらない》と見て、楊志は、何処《いずこ》の地へ出る道とも知らず、やがてよろよろ麓《ふもと》の方へ降りていった。  その夜も、かなり更《ふ》けてから、  黄泥岡《こうでいこう》の一端では、ようやく、執事だの強力《ごうりき》の兵どもも、夜露の冷気に甦《よみがえ》って、ごそごそ這い起き、 「さあ、どうしよう?」  と、今さらな不覚を喞《かこ》ちあっていた。 「楊《よう》は、逃げたな」  執事の謝《しゃ》は、身の不始末を棚に上げ、何よりそれを罵《ののし》った。 「いま思うと、あいつは薄々、毒酒を感づいていたのかも知れんぞ。いやいや、なんでもかでも、この場のことは、そういうことにしてしまおう。よいか者ども」 「こち徒《と》の落度にゃなりませんかね」 「有てい[#「てい」に傍点]にいったら、みんな首だ。だから先《せん》を越して、夜明け次第に、まずこの地方の役署へ訴えを出しておく。よろしいか」 「へい、どんなふうに」 「なにもかも、楊志《ようし》の仕業と、彼奴《きゃつ》におっかぶせてしまうのだ。黄泥岡《こうでいこう》の匪賊《ひぞく》と気脈を通じ、ことば巧みに、われわれどもへ毒酒を飲ませ、あげくの果て生辰綱《しょうしんこう》の宝はみな、横奪《よこど》りして、消え失せましてござりますと。わかったろうな。どこで調べられても、口を合せて、押し通すのだぞ」 「わかりました。野郎には、遺恨|骨髄《こつずい》、どうでも、そういうことにいたしましょう」 「お前らは、生き証人、場合によっては、当地の役署に残されるかもしれん。しかし、わしは夜を日についで、北京府《ほっけいふ》に立ち帰り、かよう云々《しかじか》と、梁中書《りょうちゅうしょ》閣下にお告げする。当然、烈火のお憤《いか》りは知れたこと。ただちに、閣下から都の蔡《さい》大臣へ、お飛脚は飛ぶし、また済州《さいしゅう》奉行所へも、賊徒|逮捕《たいほ》の厳令が下ッてくるに相違ない」  ――ところで、一方の楊志はどうしたか。彼は自分の去った後において、こんな腹黒い相談が成っていたとは、夢にも知らない。  半ばまだ、ぼうとして、その夜は、どこをどう歩いたやら――。しかし、夜が明けてみれば、彼は黄泥岡《こうでいこう》を南へ降り、さらに道を南へと、あてどもなく歩いていた。 「さアて。しまった」  いったんは死ぬ気であったため、官の路銀、関手形《せきてがた》、送り状、それらの一ト包みも、抛《なげう》ったまま、身には一銭も持っていなかった。 「生きていれば、腹が減《へ》るものと、いま気がつくなんざ、滑稽だな。ま、どうにかなるだろう。乞食まではしなくても」  部落へかかった。いよいよ腹の虫が泣きせびる。で、盲目的に、 「ごめんよ」  とばかり、つい入ってしまったのだった。よくある田舎の飲屋である。愛相《あいそ》のいい女が出て来て註文を訊く。  肉を炒《や》かせ、飯をあつらえた。小酒屋へ入って、飲まないのも悪いと考えてか、その間に、 「酒も少し……」  と、飲めるような顔でいった。女は世話女房ふうの女だが酌《しゃく》の仕方は馴れている。  飲めぬ口なので、青面獣《せいめんじゅう》が炎面獣《えんめんじゅう》のような火照《ほて》りになりだした。肉を食い、飯をつめこみ、やおら野太刀を持ち直して腰をあげた。いささか、夜来の自失を取りもどし、足どり、眼づかい、ようやく本来の彼に立ち返っていた。 「あら、お客さん。お忘れじゃあ、困りますよ」 「なに。なにがよ」 「お勘定を、どうぞ」 「なるほど。そうだったな」 「ご冗談を」 「じつは、文《もん》無しだ。だが、おれも男だ、きっといつか来て払うよ」 「とんでもない、旅の人なぞに」  楊志《ようし》は、耳もかさない。女は叫ぶ。そして、しつこく、どこまでもと、追いすがって来る姿を、 「うるさい」  と、一ト睨みに、ねめすえて、また、 「はははは」と、大声で独り笑った。 「おばさん、おばさん。この男一匹を、そうみじめに追い詰めるなよ。これでも、もとはしかるべき家柄に生まれ、ちょっぴり肩書などもあった者だよ。いまにきっと返しにくるから、今日のとこは、貸しておきなよ」  すると、女の背後から、 「ふざけるな。うぬは、食い逃げの常習だろう。おおいっ、みんな来て、この浮浪人を、叩きのめせ」  と、若い男の声がした。  これが女の亭主かもしれない。刺叉《さすまた》を持って、火事場へでも出てきたような威勢である。彼の声に応じて、近隣の朋輩だの百姓だの、いずれも得物《えもの》を持ったのが、たちまち、楊志の前後をおっとり囲んで、口ぎたない罵声《ばせい》を浴びせかけた。 「おやおや。たいそう集まったぞ」  楊志の酔眼は、辺りを見て、事の大げさな展開に、われながら、あきれ顔だった。 「一杯の朝飯が、えらい騒ぎになったもんだな。これもまた、生きていく勘定のうちに、つい入れ忘れていたようだ。どれ、こうなったら仕方がない。体で勘定をつけてもらおうか」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 二|侠《きょう》、二|龍《りゅう》山下《さんか》に出会い、その後の花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》がこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「あっ、待て待て。――みんな後ろへ退《の》いていろ」  女の亭主らしい男は、なに思ったか、急に大勢の村人《むらびと》をこう制して、相手の風態《ふうてい》を、足の先から天《て》っぺんまで見直して言った。 「おい、食い逃げの大将。――どこかでおめえは見たことがある気がするな」 「おう、名のってもいいが」 「聞こうじゃねえか」 「名は騙《かた》ったことのねえ人間だ。あからさまにいうから聞け。青面獣《せいめんじゅう》の楊志《ようし》という者だ」 「えっ、青面獣だって」 「おおさ、なんで急に変な面《つら》をするのか」 「……と、仰っしゃるなら、もしや以前は、開封《かいほう》東京《とうけい》の殿帥府《でんすいふ》にお勤めの」 「そうよ。その楊制使《ようせいし》のなれの果てさ」 「やっ、こ、これはどうも……」と、男は手の刺叉《さすまた》も抛《ほう》り出して「知らぬことじゃあございましたが、なんとも、とんだご無礼をいたしました」 「おや、おや。変な風向きになったな」  と、楊志も古い以前の身素姓《みすじょう》までいわれては、ちょっと赤面を覚えたのだろう。自然その真面目《しんめんもく》を見せずにいられなかった。 「して、そういうお前さんは?」 「てまえも、じつあ開封《かいほう》の町家の生まれで、親代々の肉問屋のせがれ、曹正《そうせい》という者でございます」 「そうかい。道理で田舎者《いなかもの》にしちゃあ、歯切れのいい啖呵《たんか》をきりなさるがと思ったよ」 「いやお恥かしゅう存じます。都にいたころは、近衛軍《このえぐん》のご師範、林冲《りんちゅう》先生に弟子入りしてちょっぴり棒術の真似《まね》ごとなどして、人さまから“操刀鬼《そうとうき》の曹正《そうせい》”なんて綽名《あだな》され、いい気になっておりましたンでね。……その後、おやじに代って山東へ商用に下り、資本《もとで》をつかいはたして、つい極道《ごくどう》へすべりこみ、今じゃあこんな百姓居酒屋の亭主。今あなたへ食ってかかったのが、つまりてまえの女房なんで」 「おや、そうだったのか。そいつアなんとも悪かったな」 「ともかく、手前どもまでお引っ返しくださいませんか。このままじゃ女房にしても、後味が悪くっていけませんや」  曹正とその妻とが、楊志を誘って、わが家の居酒屋へ入ってしまったので、騒ぎに集まった近隣の者も、やがて何処《いずこ》ともなく潜《ひそ》んでしまった。  はからずも、楊志は、曹正《そうせい》夫婦の世話になって、つい数日を、村酒屋の一間《ひとま》で過ごした。で、その間に、彼が黄泥岡《こうでいこう》で遭《あ》った一代の大難をも、そして今は世に身のおき場もない窮地にあることなども、一切打ち明けていたのもいうまではあるまい。 「……ああ、そうでしたか。いや、値十万貫もする“生辰綱《たんじょういわい》”なんてものを、このガツガツと飢えている世に、北京《ほっけい》から都まで、無事に送ろうなどという目企《もくろ》みからして、自体無理なはなしでござんすよ。まア、ご心配なさいますな、どんなことをしても、夫婦でお匿《かくま》い申しますから、当分はまあ、ここでご養生でもなすっておいでなさいまし」 「ありがとう。だが、賊に奪われた落度は落度だし、北京《ほっけい》の梁中書《りょうちゅうしょ》も、都の蔡《さい》大臣も、或いは、この楊志に、もっと悪い嫌疑をかけているかもしれん。なにしろ、天下のお尋ね者だ。――そのお尋ね者を匿《かくま》ッたといわれて、お宅へ禍いをかけては申しわけがない」 「ま。そんなご遠慮はなさらないで」 「いやいや、恩をアダで返したら、男が立たぬ。明日にでも、お別れしよう」 「といって、どこか行くあて[#「あて」に傍点]がおありですか」 「こんな時にゃあ、あの梁山泊《りょうざんぱく》が思い出されるがなあ」 「あそこなら、林冲《りんちゅう》先生もおいでになるとか」 「ところが、イヤな奴が一匹いる。王倫《おうりん》という頭領《とうりょう》だ。小心者で邪推ぶかくて、ちとばかりな学識などをひけら[#「ひけら」に傍点]かす野郎でな。どうも、そいつが気に食わんのだ」 「じゃあ、梁山泊を小《ち》っちゃくしたようなもんですが、二龍山の宝珠寺《ほうじゅじ》へ行ってみませんか」 「ふウむ、そんな恰好な隠れ家《が》があるのか」 「そこにも、三、四百人は立て籠《こも》っておりましょう。山は青州《せいしゅう》の南です。頭《かしら》の名を、金眼虎《きんがんこ》の鄧龍《とうりゅう》といいますがね」  楊志《ようし》は、よろこんだ。――すでに黄泥岡《こうでいこう》で仮死状態にまで陥《お》ちた毒も体から一掃されていた容子《ようす》である。次の日、夫婦が情けの旅装《たびよそお》いに、少々の路銀までもらって、青州へさして立っていった。  かくて、旅路の彼は、ほどなく一座の群を抜いた山を、青州の空の一角に仰いだ。「……これが、音に聞く二龍山だナ」と、さらに麓《ふもと》へ迫り、その夕べ、どこか一夜の寝場所はないかと、吹き渡る松風の中を、あちこち歩き廻っていた。  すると、とある松の根がたから、突然、 「気をつけろッ。盲《めくら》か、きさまは」  と、彼の背へ、どなりつけた者がある。 「おや、人間でもいたのか」  と、楊志は振り向いた。  見ると、むっくり起き上がった酒臭い大坊主が、いま楊志の足が、ふと躓《つまず》いたらしい錫杖《しゃくじょう》を拾い上げて大地にそれを突っ立てていた。 「やい、きりぎりす。なんとかいえ」 「なにっ」 「えらそうに、野太刀なぞ横たえやがって、なんで、いい気持でわが輩《はい》が寝ているところを、この大事な禅杖《ぜんじょう》を足蹴《あしげ》にしながら澄ましていくか」 「枯れ木でも踏んだのかと思ったら、坊主の禅杖だったのか。天下の大道に、寝ている馬鹿もねえもんだ」 「ふざけるな。ここは二龍山の木戸の下、めッたな人間が通る場所じゃない。あやまれ」 「あいにく、頭を下げるのは、大ッ嫌いな性分だ。ははん、この乞食坊主、難クセつけて、端《はし》た金《がね》でもセビろうっていうんだな」 「ほざいたな。乞食坊主かどうか、この錫杖《しゃくじょう》を食らってみろ」  とたんに、一|颯《さつ》の風が楊志のいるところをびゅっと通り抜けた。――もし寸前に身を跳び開いていなかったら、楊志の形はもうなかったにちがいない。 「――あッ」  と、楊志《ようし》も腰の野太刀を噴射するように抜き払っていた。そしてすぐもう一度、 「……あっ?」と、驚きをあらたにしていた。  相手の大坊主が、せつなに、法衣《ころも》の諸肌《もろはだ》を脱ぎ、その肌一面の花の如き刺青《いれずみ》が、ばっと眼に映ったからだった。 「やあ、花和尚《かおしょう》。鉄杖を引け」 「怯《ひる》んだか、腰抜け」 「そう毒づくなよ。まんざら、縁のない仲でもなかった」 「巧く言やがる。どこのどいつだ」 「おれもおぬしも、ともに開封《かいほう》東京《とうけい》にいた者同士よ。まずこの面《つら》の金印《きんいん》[#1段階小さな文字](額の刺青)[#小さな文字終わり]を見てくれ。高俅《こうきゅう》一味の悪官僚のため、むじつの罪に貶《おと》されて、北京《ほっけい》の卒《そつ》に追いやられた楊志という者」 「じゃあなにか。都の天漢州橋《てんかんしゅうきょう》へ、伝家の名刀を売りに立ち、あの雑閙《ざっとう》中で絡《から》んできた無頼漢《ならずもの》の牛二《ぎゅうじ》を、一刀両断にやッてのけた、当時評判だった、青面獣《せいめんじゅう》の楊志というのは」 「お。かくいう拙者だ。――そのころ、おぬしは郊外の大相国寺《だいそうこくじ》で、野菜畑の番人を勤めていた花和尚|魯智深《ろちしん》であろうがの」 「や、や。こいつア思いがけない出会いだ。どうして、わが輩をご存知か」 「その刺青《ほりもの》は、都の名物と、三ツ児でさえも花和尚の名とともに知っていたもの。……その花和尚がどうしてまた、こんなところに」 「いや話せば長いことになる。……どうだ、そこまで歩いてくれないか。あれに見える馬頭|観音《かんのん》の祠《ほこら》に酒がおいてある。一つ聞いてももらおうし、そっちの身の上も聞きたいし……」  魯智深は先に歩きだした。折もよし、楊志も今夜の塒《ねぐら》をさがしていたところ。夜もすがら、二人は祠《ほこら》の濡れ縁で語りあかした。  ――以後の魯智深の境遇に、大変動がおこっていたのは、当然なはなし。  まず、彼から、そのいきさつを、こう語った。  さきに、兄弟の義を結んだ林冲《りんちゅう》が、あえなく滄州《そうしゅう》の大|流刑地《るけいち》へ流されていったさい、彼が途中までついていって、護送の端公《たんこう》[#1段階小さな文字](獄卒)[#小さな文字終わり]を、逆に召使いのごとくこき[#「こき」に傍点]使い、ついに彼らが林冲を途中で殺そうとした目的を遂げさせなかった始末は、やがて都へ帰った端公の口から、輪に輪をかけて、高《こう》大臣へ讒訴《ざんそ》されていた。  で、たちどころに、「――花和尚《かおしょう》召捕れ」の令がくだり、大相国寺の菜園は、数百の捕手で囲まれた。  この晩の騒動たるや大変だった。一箇の魯智深を逮捕《たいほ》するのに、開封|東京《とうけい》の王城下は震駭《しんがい》して、都民も寝られなかったほどである。しかも当の智深は、菜園小屋を焼き払い、大相国寺の大屋根を踏み渡り、街中へ隠れ、また暁のころ、城門の警戒線に現われて、あまたの兵隊を手玉にとり、あッというまに鼓楼《ころう》の甍《いらか》から城壁を跳び渡って、それきりどこかへ姿を没してしまった。 「――それからはまた、流浪の旅さ。より以前には、延安府《えんあんふ》で提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]をつとめていたころ、ふと持ち前の腕力をふるッたのがもとで、五台山へ登って頭をまろめ、以後心を入れ代えますと、仏さまにも亡母にも誓ったけれど、どうもいけない。何がわが輩をこうさせるのか、元来、わが輩の持つ業悪《ごうあく》なのか。おとなしく飲んで眠って、太平楽に構えていようと思うのだが、何かが来ては、それを突ッつき起してしまうらしい」  魯智深《ろちしん》の述懐のあとで、楊志はいった。 「せっかく、まともに立ち返ろうとしている者を、突ッつき起す奴は、世の悪役人だ。いや、拙者の場合は、やや事情も違うが」  彼もまた、ここに至るまでの、逐一《ちくいち》を打明けて、二龍山を目あてに落ちてきたわけを話した。 「そいつは、偶然な一致だったな」  と、智深は手を打って、 「じつはわが輩も、二龍山の宝珠寺《ほうじゅじ》こそ、世を忍ぶにはもってこいな場所と考え、山寨《さんさい》の頭、鄧龍《とうりゅう》に会わんものと、訪ねていった」 「じゃあもう、山寨にお住居《すまい》なので」 「ところが、鄧龍《とうりゅう》のやつ、どうしても顔を見せん。ただ、麓《ふもと》で試合をしたうえ、おれに勝ったら、客分と敬《うや》まって、山寨《さんさい》へ迎えようと、手下に伝言させてきた。そこで、そいつを信じて降りて来たところが、卑怯にも、すぐ三つの砦門《とりでもん》を鎖《くさり》で戸閉《とざ》してしまい、うん[#「うん」に傍点]ともすん[#「すん」に傍点]ともいってこない。……ぜひなく村から酒を買ってきて、ここで待つこと今日で四日目というわけだ。しかしどうやらこの勝負は、まんまと、こっちが一ぱい騙《たばか》られたらしい」 「和尚は人がいい。口惜しくはないのか」 「なんとも業腹《ごうはら》さ。そこでだ、三つの砦門《とりでもん》を踏み潰《つぶ》してくれようかと、考えてみるが、こいつがまた、なんとも頑丈で、いくらわが輩にせよ、あんな関門とは取ッ組めん。また、取ッ組んでも馬鹿らしい」 「ならば、智をもって、乗っ取るしかありますまい。“生辰綱《しょうしんこう》の智恵取《ちえど》り”を食った拙者が、そんなことをいうのはおかしいが」 「思案があるなら聞かして欲しいな。このままじゃ、この麓から引き退《さ》がれん」 「いや、ここは一度引き退がって、いま拙者が話した居酒屋の曹正《そうせい》の家まで戻ろう。二龍山を教えたのも曹正だから、彼に計《はか》れば何かいい智恵が出るかもしれない」  花和尚を連れて、楊志は数日の後、また村の居酒屋曹正の店へ帰ってきた。 「三人寄れば文殊《もんじゅ》の智恵」  その晩、鼎座《ていざ》の小酒盛りの果てに、どういう妙計が成り立ったか、三名は声を合せて笑っていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 目明《めあか》し陣《じん》、五里霧中のこと。 次いで、刑事頭《けいじがしら》何濤《かとう》の妻と弟の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  かつての名刹《めいさつ》、二龍山の宝珠寺《ほうじゅじ》も、いまは賊の殿堂と化して、千僧の諷誦《ふうしょう》や梵鐘《ぼんしょう》の声もなく、代りに、豹《ひょう》の皮をしいた榻《とう》の上に、赤鬼のごとき大男が昼寝していた。 「おや、なんだ! 遠くの人声は。――もしや砦門《とりでもん》のほうじゃねえか。やいっ、誰か見てこい」  眼をさまして、伽藍《がらん》の奥から階段の上へ出てきた鄧龍《とうりゅう》は、虎のような口を開いて、そこらにいる手下の者へ、一ト声|吠《ほ》えた。 「おうっ」  と五、六人が起ちかけると、下の道から賊の小頭《こがしら》と数名が登ってきて、 「おかしら、近郷の百姓どもが、こないだの大坊主をふン縛ッてまいりましたが、どうしたもんでございましょう」  と、階の下に並んで告げた。 「なんだと」――鄧龍《とうりゅう》は、意外な顔して「――おかしいじゃねえか、いつぞやの大坊主といえば、五台山を騒がせ、大相国寺の菜園を荒らし、おまけに開封|東京《とうけい》から姿をくらましたお尋ね者の花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》だろう。……だからていよくここも追ッ払ったが、しかし百姓なんぞの手に捕まるはずはねえ。よく眉に唾《つば》をつけて取次いでくるがいいや」 「ところがお頭《かしら》、百姓どもに質《ただ》してみると、まんざら嘘でもねえんです」 「どういう仔細だ、嘘でもねえとは」 「野郎、ここを追い返されて、食うに困ったものとみえ、村の曹正《そうせい》っていう男のやっている居酒屋へ、あれからのべつごねり[#「ごねり」に傍点]に行っていたらしいんで」 「それがどうしたてンだ」 「酔っ払っちゃあどこの家へも這入《はい》りこんで、宿を貸せの、小費《こづか》いを出せの、文句をいえば、暴れ廻るし、いやもう手古《てこ》ずり抜いたものとみえまさ。――そればかりか、梁山泊《りょうざんぱく》へ渡りをつけて、二龍山の鄧龍などは、いまにおれの手下に付けてみせる。なんて脅《おど》し文句を触れ歩いていたというから笑わせるじゃありませんか」 「野郎、そんな寝言をほざき廻ッていやがったのか」 「で、居酒屋の曹正と村名主が首を寄せて、一ト晩、あの大坊主を上座にすえ、ご機嫌をとると見せて、酒の中へ麻痺薬《しびれぐすり》をいれて飲ませたというんでさ。こいつア大出来じゃあござんせんか」 「ふウむ。そいつアでかした。ふン縛ってきたのか」 「がんじ絡《がら》めに荒縄をかけたうえ、麻痺薬《しびれぐすり》が醒《さ》めたところを、また寄ッてたかッて蹴るやら撲るやらしたもんでしょう。坊主頭も見られたざま[#「ざま」に傍点]じゃありません。そいつをまた、猟師《りょうし》が猪《いのしし》でもしょッ曳くように、大勢して、わいわい山まで持ってきたわけでござんす。自分たちの手で、息の根を止めるのは不気味だとみえ、お頭《かしら》の鄧龍さまに、ご処分を願いますッて、口を揃えての嘆願なんで」 「そうか。いまの騒ぎはそれだったのか。よしっ、料理してやろう。これへ連れてこい。……が、待て待て、縄付きにしても厳重に取り囲んでこいよ」  やがてのこと。  石弩《いしゆみ》、針縄、逆茂木《さかもぎ》などで守られた柵門《さくもん》を三つも通って、一群の百姓と縄付きの大坊主が、大勢の賊に前後をかこまれて登って来た。――そして来るやいな、魯智深《ろちしん》は、いきなり背を小突かれて、階の下に膝をついた。百姓たちも揃って、鄧龍《とうりゅう》の姿を仰いでぬかずいた。 「お頭《かしら》でございますか。この大坊主のためにゃ、わしら村の者は、どんなに泣かされたか知れません。どうかご存分に、八ツ裂きにでもしてやっておくんなさいまし」 「むむ。よくやった。きさまが居酒屋の曹正か」 「うんにゃ、ちげえますだ」と、その百姓は、クスンと鼻皺《はなじわ》を寄せて、隣に控えていた、もひとりの百姓の顔を見た。これなん、百姓姿に化けた青面獣の楊志であったとは夢にも知らず、鄧龍はジロとその巨眼を、曹正のほうへ移して。 「こらっ、なんだ、きさまの横に置いてある物は」 「はい、はい。これはこの坊主から奪《と》り上げた禅杖《ぜんじょう》と戒刀でございまする」 「坊主の得物《えもの》か。これへ持ってこい」 「へい、ただいま」  やっと持ち上げるような重さを見せながら、曹正はその二品を、階段の真下においた。いやそれはちょうど魯智深の鼻の先へ供えたようなものだった。 「たわけめ!」と、鄧龍はどなった。「――持って上がれと申すのだ。なんでそんなところにおくか」  すると、それまで首を垂れていた魯智深が、 「いや、そこでいい」  といったから、鄧龍は跳び上がって驚いた。 「なんだと、この曳かれ者が」 「鄧龍。おまえの首は、もう横を向く間もないぜ」  いったと思うと、魯智深は後ろに廻していた縄目をばらッと解《と》いて、禅杖へ手を伸ばすやいな、猛吼《もうく》一|声《せい》、階を躍り上がって、のけ[#「のけ」に傍点]反《ぞ》る鄧龍の真眉間《まみけん》を打ちくだいていた。  縄目は偽《にせ》結びにしてあったのだ。智深の行動とともに、楊志や曹正なども、慌《あわ》てふためく賊の手下どもへ立ち向っていたのはいうまでもなく、また、彼らが手もなく慴伏《しょうふく》してしまったのは勿論だった。  ここに、宝珠寺の賊寨《ぞくさい》は、たちまちその主《あるじ》を代えてしまった。――花和尚、青面獣の二人を新たな頭目《とうもく》として仰ぎ、四百の配下は、義を盟《ちか》って、その晩、庫裡《くり》の酒をみな持ち出して、大盛宴を張った。  曹正は、ほかの百姓をつれて、あくる日、村へ帰っていき、二龍山一帯は、その翠《みどり》の色も里景色も、なんとなく革《あらた》まった。弱者いじめな極悪非道は仲間|掟《おきて》としていましめ、賊は賊でも、時の宋朝《そうちょう》治下の紊《みだ》れと闘う反骨と涙に生きる漢《おとこ》同士であろうと約したものである。  さて。――楊志《ようし》の落ちつき先は、ひとまず二龍山宝珠寺と、ここに先途《せんど》を見とどけることはできたが、なおまだ、黄泥岡《こうでいこう》事件の後始末は、なにも目鼻はついていない。  いや。この怪事件の詮議《せんぎ》は、まだ五里霧中の序の口だ。――江州車《こうしゅうぐるま》七|輛《りょう》にのせて、風のごとく奪い去った重宝十万貫はどこへいったか。その犯人は何者か。天下騒然と、噂はみだれ飛んでいる。 「いまさら、なんとお詫《わ》びも、面目もございませんが、憎《に》ッくき下郎《げろう》は、お手飼いの青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》。――彼奴《かやつ》のために謀《はか》られて、途中、輸送に従っていた十六名の者、みな毒酒を呑まされて……かくのごとき始末にござりまする」  黄泥岡《こうでいこう》から、夜昼なしに、都へ舞い戻った梁《りょう》家の執事の謝《しゃ》は、下手人は、楊志と狎《な》れ合いで、道に待ち伏せしていた七人の匪賊《ひぞく》であると、主君の前に讒訴《ざんそ》した。  仰天したのは梁中書《りょうちゅうしょ》である。  老いの涙を垂らしていう謝《しゃ》執事の言に、嘘があろうとは思えない。怒髪《どはつ》天を衝《つ》く、とはまさにこれを耳にしたときの彼の形相といってよい。 「なに、なに。楊志が途中で賊と狎《な》れ合い、きさまらに毒酒をのませて、あの重宝を持ち逃げしたとな。……むむ忘恩の犬畜生め、よくもわしを裏切りおったな。きっと逮捕《たいほ》して、切り刻《きざ》まずにおくべきや」  また、一方。  開封《かいほう》東京《とうけい》の大臣邸では、蔡《さい》大臣の誕生日となっても、梁家《りょうけ》から祝賀品は、ついにその日になっても届かない。 「さあ、どうしたのか?」と、気が気でなく、朝野の賓客《ひんきゃく》を集めた招宴も一こう栄《は》えず、蔡《さい》大臣の不機嫌はなはだしいうちに終っていたが、やがてその夜も深更のこと。北京《ほっけい》からの早飛脚だった。 「あっ⁉ また今年もか」  梁中書《りょうちゅうしょ》の詫び状と、また事態の顛末《てんまつ》を報じてきた一状をも併《あわ》せ読んで、蔡《さい》大臣は、身をつき抜ける憤怒とともに、自己の誕生日が、二年もつづいて、賊に呪《のろ》われた不吉感《ふきつかん》に、身の毛をよだてた。  夜明けも待たず、彼は腹心の心ききたる家臣を呼んで、 「黄泥岡《こうでいこう》は、済州《さいしゅう》管下だな。すぐ済州奉行所へ下《くだ》っていけ。そして下手人どもを召捕えるまでは、余の目付《めつけ》として、奉行所にとどまり、与力どもを督励しておれ」  と、厳命した。  目付役をうけたまわった家臣は、即夜、馬にムチを打って済州《さいしゅう》へ急いだ。  来てみれば、土地《ところ》の奉行所は、いまやごッた返している。  それもそのはず、北京《ほっけい》大名府からは、管領職《かんりょうしょく》の名をもって、矢つぎ早の犯人|逮捕令《たいほれい》、公文書、叱咤《しった》の伝令、また早馬と、夜も日もなく責め立てられていた折である。ところへ、またもや、 「ただいま、蔡《さい》大臣閣下の御命により、直々のお目付役がお着きです」  と、報ぜられたので、奉行は、目を廻すどころではない。寝不足のうえにも畏怖《いふ》を加えて、対座の間も、まったく錯乱《さくらん》のていだった。 「はるばるのご下向《げこう》、なんとも恐れ入りまする。偵察局、刑事部、目明しどもまで、全能力をあげて、はや事件の追求にかかり、必死を誓って、もし勤務に怠慢の者あらば、罷免《ひめん》、減俸《げんぽう》などの罰則まで立てて事に当っておりますれば、日ならずして、目鼻もつくやと存じおりまする次第。……何とぞ、ここしばらくのご猶予をば」 「あいや、お奉行」と、目付は、きびしい顔をして言った。 「――日ならずして、などという生《なま》ぬるさでは心もとない。蔡《さい》大臣が、この身を目付役として、差し向けられた一事でもおわかりだろう。黄泥岡《こうでいこう》に出没したと聞く七人の棗商人《なつめあきゅうど》、一人の酒売り、また梁家《りょうけ》の裏切り者、青面獣|楊志《ようし》。それらの悪徒を、一人のこらず、十日以内に、縛《から》め捕《と》って、東京《とうけい》へ押送《おうそう》せいとの厳達でおざるぞ」 「えっ。十日のご期限ですと」 「万が一にも、十日を過ぎるときは、お気のどくだが、お奉行自体に、沙門島《しゃもんとう》[#1段階小さな文字](流刑の孤島)[#小さな文字終わり]までお出かけ願う仕儀と相成るかもしれん。もとより此方もまた、のんべんくらりと、手ぶらで都へ帰る面《つら》もない。どの道、あなたと生死はともにする気でまいったから、左様ご承知おきありたい」  奉行は青くなった。  それ以前とて、やってはいたが、さあこうなると、一|刻《こく》が気が気でない。 「刑事部屋の室長、何濤《かとう》を呼べ」  即刻、役室へ移って、彼は自分にかかった重いものを、部下の精鋭に押しつけた。 「何濤《かとう》。何をしておるんだ、毎日なにを」 「お奉行。お奉行には手前どもの働きが、まだ鈍《にぶ》いとでも仰っしゃるんですか」 「口ごたえいたすな。そのほう自身とて、寸刻たりとも、刑事部屋で悠長そうな顔していられる場合ではあるまいが」 「冗談いっちゃあ困ります。配下の目明し何百人を、夜昼なく、蜘蛛手《くもで》に分けて、犯人のホシを嗅《か》ぎ歩かせているんですぜ。そのうえ刑事|頭《がしら》の自分がただ眼いろを変えて、ほッつき歩いても始まりますまい。こう腕ぐみに顔を埋めて、苦心しているのが、おわかりないのか」 「だまれ。それくらいな経験は、わが輩も舐《な》めておる。進士《しんし》の試験を通って、一郡の奉行となるまでには、あらゆる難に当り、なまやさしいことではなかった。どうでも、十日以内に、犯人全部を挙げてみせろ」 「そいつあご無理だ。神わざじゃアあるめえし」 「いや是が非でも、蔡《さい》大臣のご厳命だ。お目付も来ておられる。もし、そのほうが十日以内に、犯人を検挙しえぬなら、わしの奉行職も馘《くび》だが、きさまもただは措《お》かんぞ。まず遠島だ」 「べら棒な。いくら大臣のお目付が督励にきたからって」 「そう申すのは、なおまだ、必死の捜査が足らん証拠だ。よしっ、この上命が、ただならんものであることを、その肉体に刻んで、寝る間も、忘れることのないようにしてつかわす。書記! 刺青《いれずみ》職人をこれへ呼べい」  奉行もいささか逆上気味だ。――左右に命じて、やにわに、何濤《かとう》の両腕を捉《とら》えさせ、その額《ひたい》に“○州へ流罪”と、一字空けの流人彫《るにんぼり》を刺《い》れさせたのだ。まるで、値段未定の半罪人の札を貼りつけたようなものである。 「オオ痛え。永年、甘い汁を吸っていた報いか知らねえが、こうなると、奉行所勤めも辛いもンだな」  額《ひたい》の血を抑えながら、何濤《かとう》は刑事|頭《がしら》の一室へ下がってきた。ふと見ると、黄昏《たそが》れかけた向う側の目明し溜《だま》りでは、連日の奔走で、草臥《くたび》れてはいるのだろうが、わいわいと馬鹿話に笑いどよめいている。何濤は、むかっとして、そこの扉口《とぐち》から呶鳴りつけた。 「やい、てめえたちはみんな本職を罷《や》めて隠居の身分にでもなったのか」 「オヤ、室長。お顔をどうなすったんですえ?」 「見やがれ、おれの面体《めんてい》を」 「あっ、たいへんだ」 「他人《ひと》事みていにいうない。いいか、十日以内に、黄泥岡《こうでいこう》の一件のかた[#「かた」に傍点]をつけなけりゃあ、おれは遠島と言い渡されたんだ。なんでえ、てめえたちの暢気《のんき》さは」 「へい、申しわけございません。といったって、こち徒《と》も、足を棒にして、そこらじゅうを、クルクル嗅《か》ぎ歩いちゃいるんですが」 「それでゲラゲラ笑っていられるのか。べら棒め、真剣|真味《しんみ》に苦労してるなら、草の根を分けても、野の末、山の隅々まで、狩り立ててみろ、常日ごろにゃ、やれ飲ませてくれの、家《うち》に病人があるから助けてくれのと、そんな時ばかり、人に男泣きを見せやがってよ」 「おいおいみんな。ひと休みしたら、また手分けして出かけようぜ。室長の額《ひたい》を見たら、ぐッと応《こた》えてしまったよ。今夜は一つ夜どおしだ。仕方がねえや、蟋蟀《こおろぎ》になった気で、当分、草の根を分けて歩くんだな」  ――そんな声を背に聞き流して、何濤《かとう》は気分が冴えないまま、その晩は、家へ帰ってしまった。  彼の妻は、晩酌の膳にも浮かない良人《おっと》を見て、 「どうしたのよ、あなた。……そのお顔の刺青《いれずみ》はさ」 「例の一件さ。刑事|頭《がしら》の女房が、そんなこと、クドクド訊かねえでもわからねえのか」 「と、察してはいますけれどさ。なんぼなんでも」 「是が非でも、十日以内に挙げろッてんだ。しかもまだ、下手人どものホシは五里霧中、なあ女房、わが家の灯を、こうして見るのも、あと十日限りかも知れねえぜ」 「よしておくれよ、心ぼそい」 「だって仕方があるめえじゃねえか。お奉行だけの一量見でもなし、こんどのことあ、蔡《さい》大臣|直々《じきじき》のご厳達ときていやがる。過《あやま》ったなア、俺も一生の道を」 「……おや、誰か玄関へ。お客かしら?」 「なアに何清《かせい》だろ。……弟の何清が、また博奕《ばくち》で摺《す》って、不景気な面《つら》を見せにきたにちげえねえ。今夜は、俺は会いたくねえな」 「よござんす。わたしが、お酒でも飲ませて、上手に帰しておきますから」  廊を馳け出していった先で、彼女の愛相《あいそ》がいつもより弾《はず》んで聞えた。何濤《かとう》の弟|何清《かせい》は訪ねてきた兄が風邪《かぜ》気味だと聞かされて、ぜひなく、嫂《あによめ》ひとりを相手に、美味《うま》くもなさそうに、出された杯を渋々手に取りはじめた。 「姉さん。いやに今夜あ、陰気じゃねえか。どうも姉さんの顔まで湿《しめ》ッぽいや」 「だって清《せい》さん。おまえだって、ご存知のはずだろうに」 「なにがよ」 「うちの良人《ひと》の心配事さ。あれ、あんな顔してるわ。兄弟|効《が》いのないおひとね」 「だって、知らねえもの。なに不自由なしの刑事|頭《がしら》でよ、しょっちゅう、裏口からは甘い収入《みいり》があるし、世間さまにはこわ[#「こわ」に傍点]持てされ、そのうえ姉さんみてえな水もしたたる美人を女房に持ち、いったい何の心配事があるのか、おれには不思議さ」 「おふざけでないよ。ちゃんと、ほんとは知ってるくせに。黄泥岡《こうでいこう》の一件を、清《せい》さんが耳にしていないはずないわ」 「あ。あれかあ」 「それごらんな」 「はははは」 「いやな笑い方をするわねえ。いい気味だとでも思っていなさるのかえ」 「邪慳《じゃけん》なことを言いなさんな。おれだって、兄貴あっての弟だ。だがネ、兄貴も悪い弟を持ったもんで、ときどき、風邪も引きたくなるだろうな」 「まあ、へんだよ今夜の清《せい》さんは。なんでそんな嫌味をいうのさ」 「イヤしみじみと、時にゃア懺悔《ざんげ》がしたくなるのさ。こうして、姉さんの、心ならずものお酌《しゃく》なんかしていただくと、なおさらのことだ」 「もう、してやらないからいい! 変に絡《から》んでばかりきてさ。――今日もお役署には、蔡《さい》大臣のお目付とかが来て、十日以内に挙げなければ、お奉行も馘《くび》、うちの良人《ひと》も遠島だなんて、顔に金印《きんいん》[#1段階小さな文字](いれずみ)[#小さな文字終わり]まで打たれて帰ってきたんだよ。お酒はいいが、悪ふざけは、やめてくださいよ」 「へえ、そいつあ初耳だな。そんなことなら、もちッと早く来れやよかったが、またやくざ[#「やくざ」に傍点]な弟めが、いつものでん[#「でん」に傍点]で、銭《ぜに》でもセビリにきやがったかと思われるのも辛いと思って、つい閾《しきい》を高くしていたが」 「ちょっと待ってよ。清さん、いまいったのは、何のこと?」 「なあに。こんなやくざ[#「やくざ」に傍点]な弟野郎でも、ひょんなことから、ひょんな役にも立つもんだということさ」 「じれッたいねえ、清さんてば。……もしやおまえ、黄泥岡《こうでいこう》の一件のことで、なにか、心当りでも持ってるんじゃないの」 「まアねえ。どうせ兄貴があて[#「あて」に傍点]にしているなあ、日ごろよく小費《こづか》い銭《せん》を撒《ま》いている組下の目明しだろうから」 「だから、話せないとお言いなのかえ」 「でもないがね。兄貴が、よくよくのッぴきならぬ破目とでもなりゃあ、そりゃ俺だって、見ちゃいないさ。……だが、兄貴は腕ッこきの目明し頭《がしら》だ。てめえなぞ、出る幕じゃねえよと、鼻ッ先であしらわれるかも知れねえからな。……いや姉さん、どうもご馳走さまになりましたね、またそのうちに」 「あっ、待ってよ。そう、せかせか帰らなくってもいいじゃないの。いま、うちの良人《ひと》も呼んでくるからさ」 「だって、お風邪なんでしょう。へへへへ」 「あなた。あなた!」  妻に呼び立てられるまでもなく、何濤《かとう》はさっきから、部屋境《へやざかい》の廊で、耳をすましていたのである。それへ顔を見せるやいな、何清《かせい》の手を握りしめて言った。 「悪かった。まあ、気を悪くしないで、もう一杯《ひとつ》飲み直してくれ」 「おう、兄さんか。酒はたくさんだよ。なるほど、ひどい顔になんなすったな」 「日ごろはつい、おめえの身持ちを案じるあまり、つれない顔も見せたろうが、この兄が一生の頼みだ。知っているなら打明けてくれ」 「ふン。黄泥岡《こうでいこう》の小泥棒のことですかい」 「小泥棒! おめえ勘ちがいしちゃあいけねえぜ」 「だってさ、兄さん。あんな者あ、知れきっていらあ」 「げッ。ほんとか」  何濤《かとう》は、奥へ馳けこんで、手文庫の内から、銀子《ぎんす》十両を持ってきて、弟の膳のそばへ、ぽんと置いた。 「少ないが、当座の褒美だ」 「兄さん、すまねえが、おれはツムジ曲がりだ。こう横を向くぜ」 「どうしてだ、弟。不足なのか」 「よしてくれ、鼻薬なんぞ嗅《か》がされると、なお言いにくいや。やくざな弟、ろくでなしな弟。そいつが、たんだ一ぺん。こう兄貴に向って、ちょっぴり威張った顔がしていられるんだ。こいつあ、銭金《ぜにかね》に代えられねえ」 「じゃあ、どうしたら、うんというんだ」 「ああいい気分だ。兄貴、嫂《あによめ》、二人を並べて、こう反《そ》ッくり返っている味は」 「じらすなよ、金はお上《かみ》が出すご褒美。それでも不足というんなら、そうだ、頭を下げる。清《せい》、この兄貴が、頭をさげて、こう頼む」 「むむ! 教えてもいい」 「ありがたい。どこだ? 賊の巣は」 「ここだよ」  何清《かせい》は、自分のふところを、ぽんと叩いた。 「ぬすッとどもは、みんな一ト束《たば》に、おれの鼻紙|挟《ばさ》みに収まっている。逃げッこはねえ、安心しなよ、兄さん」 「えっ、おめえの鼻紙挟みだと」 「手品師じゃねえが、まずご一覧に入れやしょう、たねも仕掛けもございませんとね。……証拠はこれさ」  両手を深く懐《ふところ》に差し入れて、何清は、鼻紙挟みを取り出した。薄べッたい革《かわ》財布とともに、一冊の手帖が折畳んである。その手帖だけを、掌の上に残して。 「さて、これにはちょっと、いわく来歴の説明がなくッちゃおわかりになりますまいて。姉さん、そこの窓も後ろの扉も、みんな閉めておくんなさいな。壁にも耳、灯取り虫にも油断はならねえ。……よござんすかい、じつアねえ兄さん、こういうわけだ」 「……もう二た月ほど前。あれやあ六月の半頃《なかごろ》ですがね」  何清《かせい》は、声を沈めて語り出した。 「ごぞんじの安楽村に、王《おう》っていう安宿《やすやど》がありまさ。宿屋掟《やどやおきて》のご定法《じょうほう》で、毎晩の泊り客には、行く先、職業、住所、年齢をちゃんと書かせる。――戸を卸《おろ》して寝る時刻にゃ、そいつを帳場が書き写し、七日目ごとに、村名主に届けに行く。名主はまた、そいつを纒《まと》めて、月に一回、お役署へ届け出る。……ま、兄さんにゃ、こんな話は余計ごとだが、そういった手順でござんしょう」 「む、む」 「ところが、宿屋の王のおやじは、夏の初めごろから、病気で寝こんでしまッたし、若い雇人たちも、字盲《じめくら》ばかりときていやがる。……そんなとこへ、ちょうど安楽村の賭場《とば》で、すっからかんになったあっしが、銭《ぜに》無しだったが、ままよと思って、泊りこんだものだ。……よござんすか。さア立つ日となったが、払いはできねえや。そこでふてぶてしく腹を割って、またの日に来て払うぜ、てえと、機嫌よく二つ返事さ。おかみが出てきて、その代りに、半月ばかり帳場の帳付けをしてくださいませんか。そのうちには、亭主も起きられましょうからという相談。物好きたア思ったが、面白半分、つい二十日ほど、安宿の手代になって、泊り客の送り迎えをやっていたんでございますよ」 「へえ、おめえがねえ」 「するッてえと、忘れもしねえ、あれは七月に入ったばかりのこと」 「え。七月三日?」 「そうです。七人の棗売《なつめう》りが七輛の江州車[#1段階小さな文字](手押し車)[#小さな文字終わり]を揃えて、ぞろぞろと、夕方の店さきに草鞋《わらじ》を脱いだじゃございませんか」 「…………」  何濤《かとう》の喉《のど》の肉が、ごく[#「ごく」に傍点]と鳴った。 「――あっと、あっしゃあ、とたんにその中の一人に眼をみはった。いや、眼のやりばを反《そ》らして、いっそう旅籠《はたご》の手代らしく、気をつけましたよ。というなア、七人のうちでも、どうやら頭《かしら》だった無口な男に、見覚えがあったんでさ。ちょっと思い出せなかったが、寝てからよくよく考えてみると、もう数年も前に、やくざ仲間の者に連れられて、頼って行った先がある。――なんと、その時ちらと見た、そこの主人にちげえねえ。鄆城県《うんじょうけん》は東渓村《とうけいそん》の大名主《おおなぬし》、たしか晁蓋《ちょうがい》という男でさあね」 「ふウむ、そして」 「はてな。夕方、なんと宿帳につけたかしらと、翌朝、念入りに調べてみると、七人みんなが、どれも李姓《りせい》だ。李春、李長、李達、李周といったあんばいに。……それで国もとも濠州の同村、行く先は東京《とうけい》、商売は棗売り。つまり東京へ売り捌《さば》きに行くとある。……おかしいなあ、名主が交《ま》じって、とは思ったが、その朝はまア、ご機嫌ようと見送ったのさ。そして一日たった次の日だ、やくざの仲間が誘いにきて、行かねえかッてんで、ふところは淋しいが、村のばくち場を覗きにいき、夜になったら、取られたやつと二人で、ぼんやり帰ってくると、村の三《み》ツ叉《また》道《みち》を、妙な野郎が、二つの空桶《からおけ》を担《かつ》いで素っ飛んできやがった」 「なるほど」 「連れの男が、オヤ今のは白日鼠《はくじつそ》の白勝《はくしょう》らしい。おういっ白兄哥《はくあにい》って、呼んだけれど、返事もしなけりゃあ、振返りもせず消えちまった。なんのこッた、人違いだぜと、こっちも笑って、そこでは連れの男と何気なく別れて帰って来たが、さてその次の日、黄泥岡《こうでいこう》のあの一件が、安楽村へも、ばっと聞えてきたじゃあございませんか。――七人の棗売《なつめう》りと、一人の酒売りが、うまく狂言をかいて、あの道へさしかかった十七名の生辰綱《しょうしんこう》輸送の兵に毒酒を食らわせて、十万貫の重宝を、一瞬に掻《か》ッ攫《さら》っていってしまったという騒ぎ。いやもう、村じゅう寄ると触《さわ》ると、四、五日はその話で夢中でさ。……ははアんと、こっちはその間に、宿帳の名前をズラと自分の手控えに書き写しておいたという次第でございますよ。さ、兄さん、証拠のこれは進上する。どうか手柄にしてください」 「おお、かたじけない。貰っておくぜ」  何濤《かとう》は、狂喜した。すぐ何清《かせい》を連れて、奉行所へ馳けつけていく。ただちに一室を閉じて、奉行との密談しばらく、二人はまたすぐ腕ききの捕手十名ほどを選《よ》りすぐッて、安楽村へ急行した。  村へついたのは、すでに夜半過ぎだ。遊び人|白日鼠《はくじつそ》の家は、岡ッ引きには、日ごろからもう眼の中のものだった。トントントントンと叩いてみる。寝巻き姿の女房が顔を出す。あっと、逃げ込むのを追い込んで、 「白日鼠《はくじつそ》。早《は》ええもんだな。もう黄泥岡から、お迎えときたぜ」  何濤《かとう》が、一|喝《かつ》くれると、白日鼠《はくじつそ》は、夜具の中から転がりだして、 「だ、だん那《な》。なにをとんでもねえこと仰っしゃって。あっしゃあ、ごらんの通り、この夏の暑気《しょき》あたりで、うんうん、高い熱で唸って寝ている始末じゃござんせんか」 「そうかい。病人ならなおのこと。悪足掻《わるあが》きはしねえがいいぞ。お手当をしてやるから、素直にお縄をいただいて見物していろ」  たちまち、女房と二人を、後ろ手に縛《くく》しあげ、天井裏、床下と、手分けして家探しにかかる。贓品《ぞうひん》は彼の寝台の下、地下数尺の下から掘り出された。一つかみほどな、金銀宝石の入った麻袋《あさぶくろ》だ。  がたがた骨慄《ほねぶる》いしている女房と、満面蒼白な白日鼠に目隠しをさせ、馬の背に乗せて引っ返した。奉行所の門に入って、白洲《しらす》にひきすえると、夜は明けていた。――しかし二人とも、頑強に口は開かない。  一応、休息に入って、本格的な白洲開きになる。拷問《ごうもん》は、半日もつづいた。女房のほうは耐えきれない。で、良人の白日鼠も、ついに口を割って、白状におよんだ。 「もう、こうなっちゃ意地も約束もございません。申しあげます。へい……一件の主謀者は、東渓村の名主、晁蓋《ちょうがい》に相違ございません。てまえは、むかしお世話になった縁故から、酒売りの一ト役を頼まれて、筋書どおりに、働いたまででございます。ほかのことも、ほかの六人の衆も、いったい誰と誰なのやら、いっこうに存じませんので」 「よしっ、それだけで充分だ、あとの六人なざ、芋蔓《いもづる》でしょッ曳《ぴ》ける」  何濤《かとう》は、奉行の手から一札の公文を授けられた。管轄《かんかつ》ちがいの他県へ出るので、役署と役署の交渉が要《い》る。  といって、そんな手つづきに手間どって、こっちの手配が漏れたら取り返しはつかぬ。――この間《かん》、何濤の苦心たるや容易ではなかろう。それに、なお、犯人の面通《めんどお》し[#1段階小さな文字](容貌の鑑定)[#小さな文字終わり]のためには、さきに生辰綱《しょうしんこう》輸送の行に加わり、その後、証人として奉行所に居残っていた強力《ごうりき》の兵三名を現地へ同伴して行くなどの用意もあった。 「まずは、おれ一人で、鄆城県《うんじょうけん》へ急ぎ、県の役署と万端を打合せておく。大勢の捕手組その他は、面通《めんどお》しの者を帯同して、後からこい」  何濤《かとう》は、部下にこう言い残して、その夜半にはもう単身で、馬を県外に飛ばしていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 耳の飾《かざ》りは義と仁《じん》の珠《たま》。宋江《そうこう》、 友の危機に馬を東渓村《とうけいそん》へとばす事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  どこの役署前も似たような風景だが、ここの鄆城県《うんじょうけん》城の大通りにも、代書屋、弁当屋、腰かけ茶屋などが、町に軒先を並べていた。 「おいおい、菜《さい》などは何でもいいが、大急ぎで朝飯を食わせてくれないか。……なに、もう午《ひる》近いッて。ははあ、おれには朝飯だが、人には午飯だったのか」  夜どおし隣県から馬をとばしてきた刑事|頭《がしら》の何濤《かとう》は、とにかくと、役署前の一軒へ入って、腹ごしらえにかかっていた。 「へい。どうもお待ち遠さまで」 「ああ腹が減《へ》ったよ。ところで、亭主」 「へい」 「さっきから、こう役署の正門を見ているんだが、べつだん休日でもねえのに、妙に今日は、ひッそり閑《かん》としているじゃあねえか。なにかい、県の知事さんは、午過ぎでもねえと、役署へは出ないのか」 「いいえ旦那。お役署の混雑は、午まえに一ト片づきして、訴訟人や役人方も、今はみんな昼休みってえとこでございますがな」 「ははは、ちげえねえ。こっちの頭が、時間をとッ違えて見ていたわけか。……じゃあ、ちょっと訊くが、この県の押司《おうし》[#1段階小さな文字](県城の書記長)[#小さな文字終わり]は、なンてえお人だね?」 「旦那旦那。……ほら、ちょうどいま、そこへおいでなすったお方が、県の押司《おうし》さんでございますよ」 「え。どこに」  床几《しょうぎ》を立って、何濤は、亭主の指さす方へ眼をやった。  ――見ると、なるほど、押司の制服を着た一名の県吏が、今し役署の広庭をよこぎッて正門から出てくるところだった。  その人は、均整のとれた体つきで、背も余り高くなく、年のころは三十がらみか。色は黒いが、眉目すずやかで、両の耳に珠をかけ、歩々《ほほ》の風《ふう》にもおのずからな人品が見られ、どことなく、ゆかしい人柄だった。 「あっ、もしっ……」  何濤《かとう》は、さっそく往来へ飛び出していって、こう頭を下げていた。 「押司。恐れ入りますが、ちょっと、そこの茶店までお顔をかしてくださいませんか」 「や……」押司は、いかにも不意を食ったような様子で―― 「貴公は、どこの者か?」 「てまえは隣県|済州《さいしゅう》の刑事|頭《がしら》で、何濤《かとう》と申しますが、折りいってのおはなしは……お茶でも差し上げながらと存じまして」  何濤は、しいて彼を、茶店の内へ誘ってきた。そしてまず、挨拶の初めに訊ねた。 「失礼ですが、押司のご尊名は?」 「これはつい申しおくれた。私は姓を宋《そう》、名を江《こう》といって、近くの宋家村《そうかそん》から日々この県役署に通勤しておる一押司です」 「えっ、じゃああの有名な、及時雨《きゅうじう》ノ宋江《そうこう》と世間でいわれているお人は、あなたさまで」 「はははは。そんな大それた者ではありません。まあお手をお上げなすってください」 「いやいや。どうぞ、上座のほうへ」 「とんでもない。それよりあなたこそ、遠来のお客だ。いったい、隣県の刑事|頭《がしら》が、いかなる御用で、これへご出張なされましたか」 「じつは、その……」と、何濤は刑事特有な鋭い眼をあたりに配ッて、声を低めた。 「ご配下の当県内に、ぜひ召捕らねばならぬ数名の犯人がおりますんで」 「ははあ。では、その手続きのために」 「さようです。――済州《さいしゅう》奉行所からの公文を持参いたしました。ひとつ、お計らい願いとう存じますが」 「承知しました。……しかし一応、どんな事件か、内容を伺ってみねば、この宋江《そうこう》の係か、ほかの者の係となるか、わかりませんが」 「すでにもう、世間の噂で、ご承知とはぞんじますが、例の黄泥岡《こうでいこう》の一件なので」 「あ。北京《ほっけい》の大名府から、蔡《さい》大臣へ輸送した値《あたい》十万貫の生辰綱《しょうしんこう》[#1段階小さな文字](誕生祝いの金銀殊玉)[#小さな文字終わり]が、途中、賊難に遭《あ》ったと聞き及んでいるが、その大事件に、なんぞ手がかりでもあったのですか」 「そうなんです。……従犯の白日鼠《はくじつそ》夫婦は、すぐ召捕りました。ところがなんと、ほかの正犯七人は、鄆城県《うんじょうけん》の者だと、自白におよんだのです。……で、昨夜、捕手の勢《せい》を揃えて手順にかかり、まずてまえがその先駆として、ご当所の諒解を得にまいったような次第。……すみやかに、ひとつ、ご内許のお運びのほどを」 「わかりました。して、その犯人七名とは、何者でしょう?」 「共犯全部の名は、まだわかっておりません。が、張本人は知れています。その主謀者は、ご当地の東渓村《とうけいそん》の名主《なぬし》、晁蓋《ちょうがい》という人物。……もしや、ご存知はございませんか」  このとき宋江《そうこう》の眉に、一瞬の驚きがサッと掠《かす》めたのを、何濤はつい気がつかなかった。また、気づきもさせぬほど、宋江《そうこう》その人の姿は静かだった。 「……さあ、晁《ちょう》という村名主は、いるかも知れぬが、つい覚えていませんなあ。自分は常に、役署内の事務ばかりみていて、近郷の名主などとは、とんと交際《つきあ》い一つしておらぬ。しかしそこまで突きとめているとあれば、甕《かめ》の内の泥亀《すっぽん》を捕るようなもの。なんの造作《ぞうさ》もありますまい」 「ご面倒でも一つこの公文は、さっそくあなたから知事のお手許へ」 「いや、それは困る。公文書の封は、知事ご自身でないと、開封はできんし、手続き上、私からでは、工合が悪い。……いまはちょうど昼休みで、知事閣下は官邸でご休息中だから、後刻、あなたの手から直接、お差出しなされたがいい」 「では、恐れ入りますが、後ほどご同道願えましょうか」 「それならおやすいこと。ご案内いたそう」 「なんとも、お手数をかけますが、くれぐれも、よろしくどうぞ」 「当然な勤めです。さように恐縮なさるにはおよびません。……が、知事閣下には、たった今、ご休息に入ったばかり、私もこれからちょっと、自宅へ忘れ物を取りに帰るので、暫時《ざんじ》の間、あなたもここで休みながら、お待ちうけくださらんか」 「結構です。どうぞ、そちらの御用ずみの上で」 「では、後刻また」  宋江は、そう約束して、往来へ出ていった。  ところが、近くの辻を曲がると、彼は役署の裏門へ行って、小使を呼び出していた。そして、 「やがて、知事閣下が官邸から役署へお戻りだろうが、そしたらお前はすぐ、正門前の茶店へ行って、済州《さいしゅう》奉行所の何濤《かとう》という者に会い、宋押司《そうおうし》が見えるまでは、そこを動かず待つようにと、よく言伝《ことづ》てしておいてくれい。よろしいか」  と、念を押して立ち去った。  いや、それのみではない。宋江は、官の厩《うまや》から一頭の馬を曳《ひ》き出して跳《と》び乗るやいなや、いずこともなく、馬に鞭《むち》を打ッて急いでいた。怪しむべし、その姿は、またたくまに、名主《なぬし》晁蓋《ちょうがい》の住む東渓村《とうけいそん》の村道へ向って近づきつつあるではないか。  ここで宋江《そうこう》その人の、人となりを、もすこし詳しくいっておく必要があろう。  彼の家は代々、鄆城県《うんじょうけん》宋家村《そうかそん》の医者で、宋江は三人兄弟の二番目だった。親には孝行で、人には義が厚いところから、村の衆は、彼を呼ぶに、孝義の黒《くろ》二郎などといった。  色が黒いところからきた別名で、またの名を“黒宋江《こくそうこう》”とも呼ばれたが、ほかになお“及時雨《きゅうじう》ノ宋江《そうこう》”という異名もある。  綽名《あだな》には愛称《あいしょう》、嘲称《ちょうしょう》、蔑称《べっしょう》などはあっても、敬称は稀れなものだが、宋江の場合は、すべてに衆人の畏敬がふくまれていた。  及時雨《きゅうじう》――というのは、雨が欲しいときに雨を降らせてくれるようなありがたい人――という意味である。これだけでも、日ごろの彼が、いかに人々から慕われているかが知れよう。貧しきを宥《いたわ》り、弱きを助け、また世の好漢《おとこ》どもとの交《まじ》わりも厚く、兼《かね》て剣技に達し、棒をよく使うが、そんな武力沙汰は、まだ一度も表にひけら[#「ひけら」に傍点]して人に示したことはない。押司《おうし》としては、役署向けの評判もよく、この人に限っては、吏員《りいん》にありがちな汚職めいた蔭口も聞かれなかった。  ――その宋江《そうこう》は今、東渓村《とうけいそん》に馳け入るやいな、荘院《しょうや》の門前の槐《えんじゅ》ノ木に、乗り捨てた馬をつないで、 「晁君《ちょうくん》はおいでか」  と、息も忙しげに、訪れていた。  荘丁《いえのこ》の取次に、すぐ顔を現わした名主の晁蓋《ちょうがい》は、彼の姿を迎えるなり、日ごろのように、 「やあ、どなたかと思えば、宋押司《そうおうし》さまでしたか。さあ、どうぞ」 「いや今日は、客間へなど通ってはいられない。晁君、どこか人なき小部屋でちょっと話したいのだが」 「えらくお急ぎですな。……さ、ここなら誰もまいりません。して、お急ぎの件とは」 「晁蓋どの!」  宋江はじっと眸《ひとみ》を澄まして、彼を見つめた。思いなしか、その眼底には涙があった。晁蓋も、胸をつかれて、思わず、 「はいっ」  と、あらたまった。 「あなたは、えらいことをしてくれたなあ」 「えっ?」 「常々、私はあなたを、親身の兄のように思っていた。あなたもまた、よく人のお世話をし、村の公益を計り、東渓村《とうけいそん》の旧家としても荘院《しょうや》としても、恥かしくないお人として、諸人の信頼をうけておられたのじゃないか。……どうして今、私があなたを、見殺しにできようぞ」 「ど、どういうことです。仰っしゃる意味は」 「たった今、済州《さいしゅう》奉行所からの出張命令で、刑事|頭《がしら》の何濤《かとう》なる者が、晁蓋以下六名の共犯者を召捕る手続きを県役署へ内申《ないしん》に来ておるのだ」 「あッ。では、ばれ[#「ばれ」に傍点]ましたか」 「黄泥岡《こうでいこう》の一件は、白日鼠《はくじつそ》の自白により、済州奉行所では、悉皆《しっかい》、証拠固《しょうこがた》めもつかんだと申しておる。……晁君《ちょうくん》」  宋江《そうこう》は、突然、彼の手をかたく握って、 「――なに不自由もないあなたが、どうしてそんな大胆な兇行を敢てやったのか、私にも、その心事が、まんざらわからぬことはない。がしかし、いまは何をいってる暇《いとま》もありません。蔡《さい》大臣の厳命から北京《ほっけい》大名府の手配まで、蜘蛛手《くもで》に行き渡っているといいます。なんとて、遁《のが》れえましょうや」 「押司《おうし》っ。……覚悟しました。ほかならぬ御仁《ごじん》の手にかかれば本望だ。さ、お縄をいただきましょう」 「なにを仰っしゃるのだ。あなたを縄目にしていいほどなら、宋江はここへは来ません。私は役人としてでなく、一個の庶民宋江として、日ごろの誼《よしみ》を捨てがたく、宙《ちゅう》を飛んでまいったのです。いざ、一刻も早く、お逃げなさい」 「げっ。で、ではこの晁蓋をそれほどまでに」 「おう、私の親から縁者まで、年来、あなたのご温情には一方ならぬお世話になってきた。かつは私もまた、兄弟同様な交《まじ》わりをしてきた仲です。なんでその義を捨てられようか。……というまにも、済州《さいしゅう》奉行所の捕手もはや当地に入り込んでいるはず。それと茶店に待たせてある何濤が、直々《じきじき》知事に面接して、公文|手交《しゅこう》の手続きをとれば、もう万事は休すです。……即刻、ここはお立ち退きあるがいい」 「かたじけない」  晁蓋は、友の手をかたく握りしめて、男泣きの涙をホロリと頬に流した。 「このご恩は忘れますまい。……生涯にかけて、このご恩は」 「さ、さ。そんなことは、どうでもいい。私もすぐ立ち帰らねばなりません。くれぐれ、ご猶予なさるなよ」  こう言うやいな、宋江はもう帰りかける。その袂《たもと》を惜しむかのように、晁蓋もともに裏庭の廊を渡ってきながら、離亭《はなれ》へ向って、三名の者の名を呼んだ。  声を聞いて、そこから庭面《にわも》へ出て来たのは、呉用学人《ごようがくじん》、公孫勝《こうそんしょう》、劉唐《りゅうとう》の三名だった。――晁蓋は彼らを指さして、 「押司《おうし》に対しては、何事もつつみ隠しはできません。あれが一味の者です。ほかに阮《げん》の三兄弟も加わっておりましたが、その者たちはすでに、十万貫の内の分け前を受取って、石碣村《せっかそん》のわが家へ帰ってゆきました。……おいっ、みんな、県の宋江さまだ、ごあいさつして、おのおのの名を名のれ」  それに対して、宋江もまた、廊からちょっと会釈を返した。そして身を翻《かえ》すと、門外へ走り出て、ふたたびその馬上姿を、県城の町のほうへ、燕《つばめ》のごとく小さくしていった。  後ろ姿を見送ってから、その足で裏庭へ廻ってきた晁蓋は、心のうちで、 「しまった。おれはいいが」  と、慚愧《ざんき》の舌打ちを洩らしていた。 「あの人は、県の押司《おうし》だ。かりそめにもその役人が、天下の賊を逃がしたと後で知れたら、身の破滅は知れたこと。……ああ、おれはうッかり自分のことだけに気をとられて、それを問わずにしまったが」  腕拱《うでこまね》いていると、寄ってきた劉唐、公孫勝、呉用の三名が、こもごもに、 「いま帰ったのは、誰ですか」 「何ぞ、俄《にわか》なことでも起ったので?」  と訊《たず》ね合った。  晁蓋は、委細を語って、 「――もし宋江が報《し》らせにきてくれなかったら、おれたちは一|網《もう》打尽《だじん》になるところだった。さっそく何とか考えずばなるまい」 「じゃあ、早くも、事《こと》露見《ろけん》ってえわけですね。白日鼠《はくじつそ》も脆《もろ》いやつだナ。拷問《ごうもん》ぐらいに口を割るとは」 「呉用先生。どうしたもンでしょう」 「三十六計、逃げる以外に手はありますまい。……が、さっきの宋江というのは」 「県の押司《おうし》で、じつはこの晁蓋とは、義兄弟といってよいほど、日ごろ、心腹《しんぷく》の誼《よしみ》を結んでいた人です」 「では、あの評判な及時雨《きゅうじう》ノ宋江でしたか。ならば、身を犠牲《にえ》とする覚悟で焦眉《しょうび》の危急を、あなたへ告げてきたのも道理だ。……すぐ落ちのびねばなりませんな。また、それがその人の本望でもありましょう」 「といって、どこへ」 「ともあれ、石碣村《せっかそん》まで走って、一時、阮《げん》ノ三兄弟の家へでも」 「先生、彼らは三人とも、漁師《りょうし》ですぜ。この人数で、どうして狭い漁師小屋などに」 「いやいや。そこは一時の足溜《あしだま》り。石碣村《せっかそん》の浦から水を隔てた彼方《かなた》には、いかなる所があるかを思い出してごらんなさい」  すると、公孫勝や劉唐《りゅうとう》も、異口同音につぶやいた。 「梁山泊《りょうざんぱく》。……江の彼方は梁山泊だ」 「そこだ!」と、呉用学人は、老いに似合わぬ眸《ひとみ》をかっとさせて――「かくなるうえは、そこへ渡って、梁山泊一味へ仲間入りを申し入れようではないか」 「だが先生。はたして彼らの仲間が、快く容《い》れるかどうか?」 「心配は無用。われわれの手には金銀がある。引出物としてその一部を献じてやれば」 「なるほど」  たちどころに、四人の腹は一致した。……かねて“黄泥岡《こうでいこう》の智恵《ちえ》取り”で奪い獲《え》た金銀珠玉を五、六個の荷物にまとめ、手飼《てがい》の壮丁《わかもの》十人ばかりにこれを護らせ、呉用と劉唐の二人が付いて、すぐ石碣村へ向って先発して行く。  あとに残った晁蓋と公孫勝は、大勢の家族|雇人《やといにん》を一堂に呼び集めて、それとなく別辞を告げ、家財道具をことごとく分け与えて、これも一ト足あとから石碣村へ急ごうとしていたが、さて別れを惜しむ中には、多年愛していた女もあり老幼もあり、つい濡《ぬ》るる袂《たもと》に引かれて手間どっていた。  さてまた。――一方の宋江《そうこう》は、馬をとばして、町へ帰っていたが、役署の厩《うまや》へ、馬をつなぐやいな、すぐ往来を廻って、以前の茶店の前へやってきた。  見ると。  何濤《かとう》はもう待ちあぐねたような顔つきで、そこの軒先に佇《たたず》んでいる。 「やあ、お待たせいたした。……折悪しく、ちょうど宅に来客がありましてな」 「ああやっとお見えか。どうなされたかと思っていました」 「すまん、すまん。さっそく、知事閣下の室へご案内いたしましょう。どうぞ、こちらへ」  折ふし、庁《ちょう》の知事室では、知事の時文彬《じぶんぴん》が他念なく時務の書類に目を通していた。――宋江は、静かに扉を訪れて、 「これへ連れてまいったのは、済州《さいしゅう》の刑事|頭《がしら》で何濤と申す者です。重大な事件で、隣県の公文を帯びて、急派されてまいりました由。――一応、公文をお披閲《ひえつ》ねがいとう存じまする」 「どれ……」  と、文彬《ぶんぴん》は花梨《かりん》の大机から向き直って、正式に、何濤の手から公文を受領し、即座にそれを披《ひら》いてみた。 「むむ。……何濤とやら、これはたいへんなお役目、ご苦労だな」 「よろしく、お力添えのほどを」 「もちろんだ。書中によれば、蔡《さい》大臣からの目付《めつけ》まで下向《げこう》して、済州奉行所に泊りこみ、十日以内に、犯人のこらず縛《から》め捕れとの厳達とか。お互い吏務にたずさわる者として、こんな苛烈な上命には思いやらるるよ。……よろしい。当県の手勢もあげて、すみやかに、一味を縛《から》め捕《と》るようにしてやろう。宋江、すぐ計らいを取りはこべ」 「承知いたしました。……が、事洩《ことも》れては仕損じます。黄昏《たそが》れを待って、疾風のごとく襲いましょう。名主の晁《ちょう》さえ召捕れば、あとの六名に、さして手間暇《てまひま》はいりません」 「そこは任せる。だが、どうも解《げ》せんな」 「何がですか」 「東渓村《とうけいそん》の名主といえば、世評もよく、役署向きにも、従来何らの悪名は聞えていない。……それがこんな強盗事件の張本人とは」 「人間はわからぬものです。だれが、どんなことを、腹の中では考えているやら」 「はははは。皮相だけの観察では、偵察長など一日も勤まるまいな。……そうだ、さっそく偵察長や捕手|頭《がしら》を、別室へ呼んでくれい。わしからも督励しよう」  知事の文彬《ぶんぴん》は、文字どおりな選良だった。一同の顔が揃うと、べつな公堂へ出向いて、事件の重大性を説明し、また一場の訓示を垂れて励ました。  それから一|刻《とき》ほど後には、早くも庁の広場に、偵察長以下、捕手陣の勢揃いが密《ひそ》やかに行われていた。  捕手頭の与力《よりき》は二人だ。ひとりは美髯公《びぜんこう》ノ朱同《しゅどう》といい、もう一人は、挿翅虎《そうしこ》とあだ名のある例の雷横《らいおう》。  おのおの、太刀、弓矢、鉄槍《てっそう》などを帯びて、物々しく身を鎧《よろ》い、 「さあ、行こうぜ」  と、気負いを見せた。――時しも、すでに夕空、雲の流れも旗のようだ。 「いや、待った」  朱同がいう。 「東渓村へ入ったらグズグズしてはいられぬぞ。手筈はどうなんだ。それが肝腎《かんじん》ではあるまいか」 「それよ、そのことだ」  雷横も、また和して、 「偵察長、作戦は?」 「むむ。晁《ちょう》の屋敷は、前が村道。裏にもべつな街道が一つあったな」 「そうですよ。一方攻めじゃ、追い落すようなものだ。ふた手に分れて踏み込みますかい」 「おうっ、一手は裏門へ伏せておれ。合図は口笛だ。――口笛とともに、べつな一手が表門を破ってなだれ込むとしよう」 「ですがね」  と、朱同がまた、その美髯《びぜん》をしごい[#「しごい」に傍点]て言った。 「晁蓋の屋敷には、もうひとつ、逃げ道がありましたぜ。これは誰も知るまいが」 「えっ。すると三つも道があるわけか」 「日ごろに“捨て眼”はつかっておくもんだ。おれはちゃんと睨んでいる」  偵察長は、ぎょっとして、 「そいつア危険だ。よくいう“隠し道”というものだろう。朱同、その道こそ、抜かッたら水が漏《も》れるぞ。――おぬしに捕兵の半分をやる。ぬかりなく、隠し道を塞《ふさ》ぐこったな」 「いや、細道だから、そんな大勢はいらねえ。三十名もあれば沢山さ。じゃあ、おれから先発するぜ」  つづいて、偵察長も雷横も、騎馬となって、人数の先頭に立ち、宵闇まだきに、はや東渓村へ殺到した。 「や、や。火事だ」 「まさしく、あの方角は、荘院《しょうや》の屋敷」 「すわ。やつらの方でも、気づいている」  怒濤《どとう》の声は、たちまちそこの表門をぶち破った。バチバチ燃えひらめく火光の裡《うち》を「――御用っ、御用っ」と叫ぶ刺叉《さすまた》、野太刀、棒、槍などを持った捕兵の影が、煙をくぐって躍り入る。 「火の手は、何ヵ所からも出ているぞ。――やいやい、深入りばかりが能《のう》ではねえ、こっちも見ろ。つい、そこらの物陰にも気をくばれよ」  雷横の大音《だいおん》が、しきりに声を嗄《か》らしていた。  とはいえ、彼の腹には、晁蓋《ちょうがい》の旧情が思い出され、じつは何とかして、晁蓋を逃がしたいものと考えていたのである。――で、わざと声や物音ばかり荒々と立て、指揮者みずから、指揮をみだしていたものだった。  いや、彼のみならず、裏手へ廻った朱同の腹も、また然りであった。  朱同が、道は三つあるといったのは、じつは嘘なのだ。一手の人数を裂いて自分の手に持ち、なるべく、晁蓋の退路を都合よくしてやろうという考えで、わざと一所にとどまらず、ただ、右往左往を見せていたまでである。  ところで、当の晁蓋はといえば、この時まだ奥の一房を出ていず、下男や壮丁《わかもの》に命じて、わが家の諸所に火を放ち、 「これでいい! さ、公孫勝《こうそんしょう》、運を天にまかせて出かけようぜ」  と、内から横窓を破って躍り出し、土塀を越えて、外を望んだ。  ふと、裏門の方からその影をみとめた朱同は、 「やっ、西側の土塀が怪しいぞ。そっちへ廻れ」  と、逆な方角へ同勢を向け変え、そこへ来るとまた、わざと仰山な地だんだ[#「だんだ」に傍点]踏んで、 「さては、表門の方か。それっ、表の村道へ出ろっ」  と、命令した。  だが、こういう場合の願いと、出る目とは、とかく皮肉な賽《さい》コロの裏目が出る。東側の路次から脱兎のごとく馳けてきた晁蓋と公孫勝の影を、はからず朱同も見たし、朱同の手勢も、ばッたり、行き会ってしまったのだった。 「いたぞっ。逃がすな」  もとより部下の捕手は何も知らない。追われる晁蓋もまた、知ろうはずはない。ぜひなく野太刀を抜き払って、 「死にたいのか。死にたけれや、かかって来いっ」  公孫勝も道士の持つ無反《むぞり》の戒刀《かいとう》をかざして構えた。 「邪魔するやつは一|颯《さつ》だぞ」  それに怯《ひる》んで、わっと退《ひ》く隙に、 「孫勝! むだな殺生はなるべくよそうぜ。逃げろ、逃げろ」  二人とも、闇へ向って、鹿のように走りだした。  ところへ、馬上の偵察長が、早くも馬を躍らしてきた。そして異様な昂奮を、その姿に見せて、 「朱同、賊を見たのか」 「オオ偵察長、遅かった。その馬をかしておくんなさい」 「ど、どうするんだ」 「馬さえあれや逃がすこッちゃなかったのに、惜しくも見失ったところですよ。さ、早く早く」  急《せ》かれるまま、偵察長はつい、自分の馬を朱同に貸した。朱同は前後の捕手を見まわして、 「ええい、役に立たねえ薄のろ[#「のろ」に傍点]めら、おれの馬につづいてこい」  と罵《ののし》られても、いきなり一ト鞭《むち》あてた馬の迅《はや》さに、徒歩《かち》では追いつけるはずもない。  朱同はまんまと、部下を撒《ま》いて、たちまち先へ走って行く二つの影に追いついた。――念のためと、振り向いて、ほかに人もなしと見るや、その後ろから呼びかけた。 「おおい、名主《なぬし》どの。横道へ入れ、横道へ入れ。彼方の林の道を行けよ」  振り返った晁蓋は、変に思って、 「そういうのは、朱同じゃねえのか」 「御用ッとは、言いませんよ。もッともッと、迅《はや》く逃げておくんなさい」 「どうしてだ、追手のおぬしが」 「どうだっていいや、そんなことあ。ただ、村の者も悲しむだろう。あっしの縄にはなおさら掛けられねえ名主さんだ。いっそ、梁山泊へ落ちて行くまでも、とにかく生きていておくんなさいよ」 「ありがとう! 忘れねえぜ、いまの言葉は」 「あっ、いけねえ、森道を狙って、向うの部落から雷横の手勢が出てきやがった。名主さん、かまわねえから、そこらの黍畑《きびばたけ》を突ッ走って、とにかく南へ南へと急ぎなせえ」  言い残して、朱同はわざと、雷横が出てきた方へ馳けていった。  雷横は、朱同が馬で飛んできたのを見ると、すぐ声をかけた。 「朱同じゃねえか。賊はどうした?」 「こっちこそ、訊きてえところだ。部落の内には、不審はねえのか」 「はてね。偵察長は、朱同がすぐにも召捕りそうな懸け声をかけていたが」 「うんにゃ、こっちは空追《からお》いを食っちまった。すると、そこの森道かな?」 「ならば、ほかに道はねえ。それっ、森の中を狩り立てて行け」  これはまさに、二人の腹の探り合いだった。しかも、本心はいずれも、晁蓋《ちょうがい》の逃走を無事なれ、と祈っていたのだから、しょせん捕まるはずもない。  半夜を過ぎると、腹は減《へ》るしで、捕手も誰もクタクタになってしまった。雷横と朱同は、期せずして、あたりへ聞えよがしに、こう嘆じた。 「なンてえ素迅《すばし》ッこい奴らだろう。神出鬼没たあ、奴らのことか」 「しかも、今夜にかぎって、漆壺《うるしつぼ》のような闇夜ときている。あきらめようじゃねえか。人為《じんい》は尽したぜ」  この報告には、偵察長も落胆した。もっとげッそりしたのは何濤《かとう》である。済州《さいしゅう》から着いたばかりの手下《てか》を連れて、手配は万全としていたのだが、なにしろ地の理は不案内だし、雷横や朱同の組と一つになるわけにもゆかず、つまり二ノ陣の恰好でいたのである。 「ちぇッ。なんてえ不手際なざま[#「ざま」に傍点]だろう。それよりもこの何濤、どのつら下げて、済州《さいしゅう》奉行所へ帰れようか」  さらにはまた、その夜、県城の知事室でも、公務に熱心な知事|文彬《ぶんぴん》が、服も觧《ひもと》くなく、一夜中その報告のいたるのを待っていた。 「ぜひもない!」  痛嘆はしたが、しかし知事文彬は、法を疑わず、法の下の部下を疑ってみることなどもない。 「惜しくも、晁蓋《ちょうがい》は逃がしたとあるが、荘院《しょうや》の食客、壮丁《わかもの》、雇人は多いはず。それらは一応、引きつれて帰ったか」 「近隣の者二名、食客二名、雇人三名ほどを、証人として、縛《から》めて来ました」 「すぐ白洲《しらす》を開いて取り質《ただ》せ」  この吟味だけでも、次の日一日は、むなしく過ぎた。が、それだけの効がなくもない。居候《いそうろう》の一人が、ついに口を割って、知る限りを喋舌《しゃべ》ってしまったものである。――火中から逃げたのは晁蓋と公孫勝。それより前に、寺小屋先生の呉用と赤髪鬼、劉唐《りゅうとう》が先発して、石碣村《せっかそん》の阮《げん》ノ三兄弟の家で落ち合い、梁山泊《りょうざんぱく》へ入ろうという相談でした――ということまで、すっかり口書に取られてしまった。  その口書と、知事の返牒《へんちょう》だけを持って、ついに何濤《かとう》は、不面目な恥を忍んで済州へ帰ってきた。――そして、待ちかねていた奉行に逐《ちく》一を語ると、奉行は、 「よしっ、それでは、もいちど獄中の白日鼠《はくじつそ》を白洲に出して、阮《げん》ノ三兄弟なる者をたしかめろ」  と、絶望はせず、なおその手がかりに一|縷《る》の断末的な意力を燃やして厳命した。  白日鼠《はくじつそ》はもう意気地なく、すべての泥を吐いた。それをつかんで、密室の協議も数時間の後、何濤は疲れた顔にもぼっと赤い血色をたたえて、 「いよいよ、この捕物陣は、えらい大ごとになッちまったよ」  と、ひと口、がぶと茶を飲みながら、手下《てか》の目明しどもに、委細をはなした。 「そいつア大変だ。石碣村《せっかそん》といやあ、梁山泊のこっち岸」  目明したちは、口々にみな言った。 「あの辺は、山東《さんとう》きッての難場《なんば》だと、漁師《りょうし》ですら言っていらあ。見渡すかぎりな浦曲《うらわ》は葭《よし》や葦《あし》の茂りほうだい。その間には、江とも沼ともつかぬ大きな水面が、どれほどあるかわかるめえ。それに川までが入り組んでいて、いわば人間の棲《す》み家《か》に向かない所さ」 「そんなところへ潜《もぐ》り込んだ賊を捕まえるなんざ、まるで手ぶらで野鳥を追ッかけにいくようなもの。しかも相手が相手ですぜ」 「よほどな兵備で、馬や舟をも使い、捕手なンて、ケチな人数でなく、堂々と官軍仕立ての大部隊でくり込みでもしねえ限りには、行っても無駄だ」  何濤にしても、正直なところ、自信はない。これ幸いと、彼の手下《てか》の言をそのまま奉行に告げて、捕手陣編成の再考をうながした。 「いかにも、道理ではある」  奉行は、重大決意を見せて、 「よろしい。ではもう一名、べつにしかるべき与力《よりき》を差し添えてやろう。そして人数も五百名に増し、装備には武器庫の二番庫も開いて使え。かつまた、これは北京大名府《ほっけいだいみょうふ》の命であり、蔡《さい》大臣のご厳達にもよること。まぎれもない官軍といってよい。――つね日ごろの捕物とはわけが違う。堂々官軍の威をかざして行けい」  まさにこれは、済州《さいしゅう》奉行所始まって以来の椿事《ちんじ》。こんな大捕物陣が繰り出された例は近来ない。  かかる数日の間に。  石碣村《せっかそん》の葭芦《よしあし》しげき一漁家のうちでも、怪しい動きが、夜を日についで行なわれていた。  あだ名、立地太歳《りっちたいさい》ノ阮《げん》小二、短命二郎ノ阮小五、活閻羅《かつえんら》ノ阮小七などの兄弟三名は、とつぜんこの水郷のせまい漁小屋に、晁蓋《ちょうがい》、呉用、劉唐《りゅうとう》、公孫勝らの四名を迎えたので、即日、 「ここでは」  と、世帯道具のがらくた物を一ト舟に乗せ、またお手のものの櫓櫂《ろかい》をもって、さっそく家を、そこからさらに遠い湖上の洲《す》の一軒家へ移してしまった。 「さあ、皆さん」と、阮小五が、その晩、酒の支度をすると、小二、小七も手料理にかかって、 「今夜あ一つ、引っ越し酒といきましょうや。小二の婢《かか》とおふくろは、金を持たせて、これも遠くへ隠してしまいましたから、こち徒《と》はもう、足手|纒《まと》いも何もありません」 「それにね、先生」と、小七は呉学人へ向って「――いくら躍起《やっき》な捕方でも、ここの湖上までは、おいそれとはやってこられませんからね。先は先とし、どうか今夜はぞんぶんに、手足を伸ばしておくんなさい」 「小七。その先の相談だがね、梁山泊へ渡るには、いずれ水路のほかはないが、どう行ったらいいのかな」 「そいつがですよ」  酒、肴《さかな》の卓を囲んでから、小七が言った。 「――なにしろ、寄り着きにくい、難攻不落ッてえところでしょうがね。漁師仲間でも、舟着きのいい場所を知ってる奴アありゃしません。……ですからね、いちど山東街道へ上陸《あが》ッて、李家《りけ》の四ツ辻にある茶店へ行き、そこで許しを得るんでさ」  晁蓋《ちょうがい》が、杯の間に、口をはさんだ。 「なんだい。その茶店ってえのは。まさか茶店のおやじが梁山泊の仲間というわけでもあるまいに」 「そ、そうなんですよ。いま晁蓋さんが仰っしゃった通りなんで」 「へえ、茶店のおやじが梁山泊の仲間で……そして?」 「仲間入りを望む者は、その茶店で始終見張っている朱貴《しゅき》っていう男まで申し入れる。そして朱貴が頷《うなず》けば、物凄い唸《うな》りのする鏑矢《かぶらや》を番《つが》えて、対岸の梁山泊へ向って射るんです。するッてえと、それを合図に、芦の間から、迎えの舟がこっちへくるっていう寸法でさ。……それ以外に、渡る方法はありませんよ」 「はははは」みんな笑った。「――なるほど、聞きしにまさるッてえなあ、このことだろうな。そう聞いちゃあ、追手に追われる身でなくても、一度は渡ってみたくなりそうだ」  湖上の宵、どこに憚《はばか》る灯一つもない。ようやく酒もまわり、歓語《かんご》も沸《わ》いてきたころである。日ごろ、三兄弟が眼をかけていた一人の漁師が、早舟でここへ告げてきた。 「えらいこッてすぜ、皆さん。五、六百人の官軍が、もう村ぢかくまで来たッていうんで、村じゃあ大変な騒ぎですよ」 「そうかい」――兄弟はすまして言った。 「よく知らせてくれたな。まア一杯飲んでゆきなよ」  呆れたように、男はすぐ消えてしまった。一瞬の沈黙はあったが、七人の世間話はすぐ元通りに返っていた。 「案外、早くおいでなすッたな。官軍というからには、ちったあ支度して来たろうに」 「小二|兄哥《あにい》。来たからにゃあ、弱音は吹くめえぜ」 「あたりまえだ。陸《おか》とは違う。こっちは河童《かっぱ》だ。どいつもこいつも抱き込んで、水の底を、たっぷり見物させてやるさ」 「残ったやつらは、この小七、小五が、銛《もり》のさきで串刺《くしざ》しか」  すると、公孫勝が、からかい半分、杯片手にわざと取澄まして言った。 「いや兄弟衆、意気はおさかんだが、五百人の数ですぞ。そんな芸では、小《ち》いせえ、小いせえ。まあ、この公孫勝の手なみのほどを見物してからにしてください」  晁蓋はさっきから黙っていたが、このとき呉用へ向って、初めてこう口を開いた。 「先生はご老体だ。それに筆と書《ほん》よりほか、修羅場《しゅらば》の中はご存知もありますまい。恐れいりますが、大事な荷物だけを小舟につみ、さっき小七の言った李家《りけ》の四ツ辻とかの茶店附近へ漕《こ》ぎよせて、てまえどもが、後から行くのを待っていておくんなさい。そうだ、劉唐《りゅうとう》を付けてやります。おい赤馬、先生について、夜明け前にここを落ちろ。あとの心配はいらねえから、頼んだぞ」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 秋を歌う湖島《ことう》の河童《かっぱ》に、百舟ことごとく火計《かけい》に陥《お》つこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  風は身が緊《し》まるほど冷たい。水も空もまっ青に冴《さ》え切った秋の大湖だ。  湖は海のごとく、山東《さんとう》の河川《かせん》を無数に吸い容《い》れ、そしてまた山東の外洋へと、その漲《みなぎ》りはどこかで吐き出されているらしい。 「アアあれだな。――いち早く石碣村《せっかそん》を立退いて、奴ら七人が、隠れたと聞く浮巣《うきす》のような島というのは」  真ッ先をゆく一艘の舳《みよし》に立って、刑事|頭《がしら》の何濤《かとう》は小手をかざしている。そのあとからは大小数十隻の捕盗船《ほとうせん》が、舳に官旗をひるがえし、捕兵の弓や矛《ほこ》や刺叉《さすまた》を満載して、白波を揚げながら迫ッて行く。  すると、どこかで粋な漁歌《ふなうた》が聞えた。見れば芦間《あしま》隠れの洲《す》の蔭から、ただ一人の漁夫が、こっちへ小舟を操《あやつ》ッて来る。  ぎょっとしたように、捕手の内のひとりが叫んだ。 「あっ、阮小五《げんしょうご》だ」 「なに、あいつがか?」  捕盗隊は櫓《ろ》舟、櫂《かい》舟、棹《さお》さし舟、狩り集めなので船種もじつに雑多である。それが一令のもとに扇開《せんかい》して、小舟一ツを遠巻きにかかった。  阮小五は、櫓柄《ろづか》を片手に、けらけら笑った。 「ようっ、おいでなすったね役人衆。捕手と蝗《いなご》は、あたま数で脅《おど》かすものときまってるのか。意気地なしめ」  何濤《かとう》はみずから接近しつつ、 「うぬ、不敵な奴。……それっ、弓で射て取れ、弓で」 「おい、笑わしちゃいけねえよ。人民いじめの大官の手先め。てめえらこそ、盗《ぬす》ッ人《と》役人というもンだ。覚悟をしろ、逆に召捕ってくれるから」  とたんに、彼の姿と小舟をつつんで、一せいに矢かぜが唸《うな》った。けれど同時にザンブとばかり水ばしらを宙《ちゅう》に残して、阮小五の影はもう青い水中に透いて見え、怪魚のごとく泳ぎ廻っていたのだった。 「しまった。――逃がすな」  水へ向って射込んでも、矢は用をなさず、刺叉《さすまた》で掻き廻しても、投げ鑓《やり》を抛《ほう》りこんでも、笑うが如き泡沫《あわ》が一面ぶつぶつ明滅するのみである。  ぜひなく、さらに芦間《あしま》を漕ぎすすむと、やがてのこと、またもや人を小馬鹿にするような鼻唄が聞えた。きッと見れば、こんどは二人を乗せた小舟の影が、さながら水馬《みずすまし》のような速さで、同勢のすぐ鼻先を横ぎッた。 「や、やっ。阮小七と阮小二だぞ」 「引ッ捕えろ。何をしている」  何濤が、叱咤《しった》すると、彼方の舳《みよし》では、 「何濤、この江には、間抜けに釣られる魚はいねえぜ。それとも蜻蛉《とんぼ》捕りか」  竹の皮笠に、半蓑《はんみの》を着、手に管鎗《くだやり》を持った男が、白い歯を見せてからかった。  怒りにまかせて、何濤は手の鎗をぶんと投げたが、むなしく水面に落ちてしまう。そのほか群舟の一せいな攻撃も、先の小舟は尻目にかけて、彼方の水路へさして一散に逃げ込んで行く。そのまた舟脚《ふなあし》の速さといったらない。 「しめたぞッ」と、何濤は一同を鼓舞《こぶ》した。「――両岸はもう浮巣の島だ。この水路にはきっと、どん[#「どん」に傍点]詰りがある。いまの二人を追いつめろ」  ところが、予想はちがった。まるで逆だ。進めば進むほど水路は狭《せば》まり、そこへ沢山な捕盗船《ほとうせん》が無二無三につづいて来たため、舳《みよし》と艫《とも》、櫓《ろ》と櫂《かい》などが絡《から》みあって、果ては味方同士、にッちもさッちも動けなくなってしまった。 「ええい、程にしやがれ、まごつくのも」  何濤は部下を罵《ののし》ッた。 「てめえたちは、日ごろ陸《おか》の上だと、目から鼻へ抜けるような奉行付きの人間どもじゃねえか。いくら水の上だって、このざま[#「ざま」に傍点]ア何だ。――少し退《さ》がって、横の沼へ出ろ、沼の方へ」  それからすぐ、十人二十人ずつを、手分けして、 「広くもねえ浮巣の島だ。葭《よし》の根を分けても程が知れている。奴らの隠れ家を見つけて来い。いや見つけたらすぐ合図をしろ」  と、陸《おか》へ放った。  ところが、その幾組もが、いつまで待っても一ト組とて帰って来ない。やがて陽は傾き、蕭条《しょうじょう》たる水も芦《あし》も茜《あかね》いろに染まっていた。 「やい、この小舟に、五、六人乗り込んで俺について来い。おれ自身、廻って視《み》よう」  赤い沼のおもてを、彼の早舟は影黒く、岸から岸を二、三十町ほども漕《こ》ぎ巡っていた。――と鋤《すき》をかついだ百姓の影が岸にみえた。何濤はそれへ呼びかけて、 「ここは何処だい。お百姓」 「旦那は何だね」 「見た通りだ。官のお役人よ」 「こんなところに、なんの御用かえ、ここは断頭溝《だんとうこう》ッてえ、沼の袋小路でがすぜ」 「阮《げん》の兄弟の漁小屋があるだろうが」 「あ。そんなら、すぐそこの林の蔭ですわえ」 「や、ありがてえ」  何濤《かとう》の起《た》つより早く、手下《てか》の捕手三人が先へ陸《おか》へとび上がった。――それが土を踏むやいな、ぎゃッといったので、何濤は仰天した。待ちかまえていたらしい百姓の鋤《すき》が一気に三名をもう打仆《うちたお》している。 「うぬっ」  舟べりから躍って、何濤ともう二人の部下が、汀《なぎさ》へ跳ぶと、さながら河童《かっぱ》のようなものが、いきなり水中から半身を出して、何濤の足をつかみ、あッというまに、ぶくぶくぶく……と沼底へ深く消え込んでしまった。 「……おおい、小七《しょうしち》小七、いい加減に浮いて来いよ」  やがてのこと。  兄の阮小二が、水のおもてを見て呼んでいる。すると、少し離れたところの岸で、げらげら笑っている者があった。いつのまにか、そこで満身の水を切っていた弟の小七である。そばには、何濤の体が、雑巾《ぞうきん》みたいに、草むらへ抛《ほう》り出してあった。 「なアんだ、そんなところか。広言どおり、まんまと捕手の総頭《そうがしら》を召捕ッたぜ。さあ、料理はこれからだ。……何濤《かとう》、つらを見せろ」 「ゆるしてくれ、兄哥《あにき》、このとおりだ」 「わははは。兄哥だなんて言やあがらあ。やいやい日ごろはさんざッ腹、お上《かみ》の禄《ろく》を食らって、贅沢三昧《ぜいたくざんまい》、あげくに下々《しもじも》の中を、肩で風を切って歩く奴がよ、俺たちの前に両手をついて、兄哥なんていっていいのかい。……それでおめえ、すむのかい」 「家には、八十にもなる老母がいるんです。どうか一命だけはひとつ怺《こら》えておくんなさい」 「おやおや、泣キの手と来たぜ。どうしよう、弟」 「簀巻《すまき》にして、舟底へ抛《ほう》りこんでおこうじゃねえか。息の根をとめるなら、いつでもだ」 「よし来た。……じゃあ呼ぶぜ」  小二の吹く指笛が、水に谺《こだま》してもの凄い。忽ち薄暮を破って数名の漁夫がむらがって来た。その者たちへ、蓆巻《むしろま》きにした何濤の身を預け、小二小七のふたりは、二そうの小舟に乗り分れて、また何処へともなく漕ぎ去った。 「どうかしてるぜ、今日っていう日は」 「おん大将の何濤まで行ッたきり雀で帰って来ねえや。一体どうしたんだろうな」 「あれ、いやな雲だぜ。こいつはいけねえ。空模様まで、ヘンてこになってきやがった」  星屑《ほしくず》降るような宵だったが、忽ち芦《あし》のざわめき、波を捲く颷風《ひょうふう》だった。そしてそれとともに、ごうっと冷たいまばら雨をまじえた怪風が、とつぜん、真ッ黒な舟溜《ふなだま》りの群れを、山のように揺り上げ揺り下ろした。 「あっ。南無三《なむさん》」 「舟と舟が、芋《いも》を洗うようだ。あぶねえ、あぶねえ。舟がぶち壊《こわ》れるぞ」  まさに、危険はそれだ。舟べりがメリメリいう、櫓《ろ》がくだける、梶が裂ける。――夕方からここに舟屯《ふなだむろ》して、何濤や仲間の合図を待っていた大小数十そうは、滝|壺《つぼ》の中の木ノ葉みたいに揉《も》まれ始めていた。  しかも、それだけではない。沼のはるか風上から、団々たる二つの火が、闇の水面《みずも》を辷《すべ》るように飛んで来る――あッと、立ち騒ぐまもなく、それは眼前に来ていた。二そうの小舟に枯れ柴《しば》を山と積んだ大|紅蓮《ぐれん》なのである。  はやくも、炎の柴は、こっちの舟団にぶつかって、凄まじい火を所きらわず撒《ま》きちらした。防ぐ手段は何もない。舟から舟へ、火は燃え移り、狂い廻るばかりなのだ。居所を失った人間は、蛙に似ていた。水中よりほかに逃げ場はなく、浮き沈みしつつ火の粉をかぶッた。  なお、憐《あわ》れをとどめたのは、岸へ逃げ上がった輩《やから》である。そこには、 「ござんなれ」  と、待ちかまえていた戒刀《かいとう》の持ち主があった。腕の冴えは、まさに彼の異名、入雲龍《にゅううんりゅう》の名を思わせるもので、これぞ道士《どうし》公孫勝《こうそんしょう》その人だった。  さらには、管鎗《くだやり》を持った阮《げん》小七だの、野太刀や櫂《かい》を振りかぶる小二、小五などの三兄弟のほか、この浮巣島の漁民十数人も加わって、 「――一匹も生かして帰すな」  と、うろたえ廻る官兵を追っかけ廻したものである。そのうえ彼らの逃げまどう先々もまた、いたるところ、野火の焔と化している。  暁もまたず、大小の捕盗船はことごとく覆没《ふくぼつ》し、あわれむべし、この夜助かった捕兵といったら、そも、幾人あったろう。――やがて夜は白み、水のおもての狭霧《さぎり》には、まだ黄いろい余煙が低く這い、異様な鳥声が、今朝は劈《つんざ》くように啼《な》き響く。 「どうだ何濤《かとう》。ちったあ懲《こ》りたか」 「さあ、こんどは、てめえの番だぞ」 「首の座となってから、泥亀《すっぽん》みてえに手を合せたって追いつくもんか。きれいに往生しやあがれ」  阮《げん》の三兄弟は、ゆうべの小舟の舟底から、簀巻《すまき》の何濤を引っぱり出して、岸の上にひきすえていた。  やや離れたところに腰かけて、ニヤニヤ笑って見ているのは、公孫勝と晁蓋《ちょうがい》だった。――晁蓋はほとんど蔭の指揮だけをして、ゆうべの修羅場には腰の一刀も抜いてはいない。 「おい、三兄弟――」と、その晁蓋は、頃あいをみて言いだした。 「やっちまう気か。よせよせ。そんな奴、斬ッたところで、何になるものか。それよりは、押ッ放してやれよ」 「えっ、助けてやれと仰っしゃるんですか。そんなお慈悲は、済州《さいしゅう》の百姓町人にとっちゃ、かえって恨まれもんですぜ」 「なアに、これほどな目をみせて帰しゃあ、もう人民いじめの元気も出めえ。それに事の次第を、そいつの口から、済州奉行所やら都の蔡《さい》大臣へも、つぶさに報告させたほうがいい。おれたちはコソ泥じゃあねえ。当代|宋朝《そうちょう》の腐れ大官や悪役人どもと対決しているんだ。帰してやれよ、そんな三下《さんした》は」 「ちぇっ、命|冥加《みょうが》なやつだ。おい小七、晁蓋さまのおことばじゃ仕方がねえ。ご苦労だが、こいつを石碣村《せっかそん》の街道口まで持って行って、押ッ放してこいや」 「よしきた、ちょっくら、行ってくるぜ」  早舟を漕がせて去った小七は、やがて、二時間ほどもすると、帰って来た。そして四人にこう復命した。 「ただ帰しても、どんな法螺《ほら》を吹くかしれず、また人民の中で威張りさらすかも知れねえから、匕首《あいくち》で奴の両耳を削《そ》ぎ落してくれましたよ。すると野郎、火の玉みたいな顔をかかえて、赤蜻蛉《あかとんぼ》みてえに、素ッ飛んで行ってしまった」 「ま、それくらいはいいだろう」  晁蓋も苦笑し、ほかの三人も笑いあった。  そしてさっそく、その日の午後、江《こう》を渡って、さきに呉用と劉唐《りゅうとう》が行って待っている梁山泊《りょうざんぱく》の渡口《とこう》――李家《りけ》の四ツ辻にある――偽茶店《にせちゃみせ》の亭主|朱貴《しゅき》のところで七名全部、落ち合った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 林冲《りんちゅう》、王倫《おうりん》を面罵《めんば》して午餐会《ひるめしかい》に刺し殺すこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここに一軒の偽《にせ》茶店を構えて、多年、梁山泊の渡口《とこう》を見張っている旱地忽律《かんちこつりつ》の朱貴《しゅき》だったが、まだかつて今日までには、こんな堂々たるお客様を、お迎え申したことはない。  しかも、七人連れ、いずれも一トかど。  ずいぶん人間という人間は舐《な》めつけている朱貴だが、この一行には、多少|畏《おそ》れを抱いたようだ。七名中の最年長者、智多星呉用の口から、これへ落ちて来たいきさつの一ぶ一什《しじゅう》と、各自の年齢、異名、苗字《みょうじ》姓名までをすっかり聞き取り、それを書状にするやいな、すぐ手下の一人に命じて、対岸の山寨《さんさい》へ持たしてやった。 「何もございませんが、頭領《とうりょう》からおゆるしが参るまで」  と、その晩は、羊を屠《ほふ》り、酒甕《さけがめ》を開いて、一同をもてなした。  山寨の返牒《へんちょう》は、夜半に来ていた。夜明け早々、かなりな大船が廻されてきた。案内として朱貴も乗り込む。  この朝の彩雲《さいうん》はすばらしい。いちめんな芦《あし》の洲《す》は、紫金青銀《しこんせいぎん》の花を持つかと疑われ、水は色なくして無限色をたたえる瑠璃《るり》に似ていた。漕ぎすすむことややしばらく、近づく一口の江の蔭から、たちまち銅鑼《どら》や鼓笛《こてき》の音がわき起った。見れば、一陣の物見舟である。賓客《ひんきゃく》の礼をとって、歓迎の楽《がく》を奏したものか。  さらに、二つの江の口を過ぎると、やがて金沙灘《きんさたん》の岸には、幾旒《いくりゅう》もの旗と人列が見えた。頭領の王倫《おうりん》以下、寨中《さいちゅう》の群星が、関《かん》を出て、立ち迎えていたものだった。  七名、船を出て、粛《しゅく》とした沙上《さじょう》へ進む。  晁蓋《ちょうがい》の礼をうけて、王倫が大容《おおよう》に言った。 「あなたが、世間で名高い托塔《たくとう》天王の晁蓋どのか。ほかの方々の尊名も、昨夜書中でみな伺った。いずれも名だたるお人々、いや山寨《さんさい》にとってもこんな光栄なことはない」 「どう仕りまして。そう仰っしゃられてはかえって身が縮む。てまえは名主あがりの無学者。ほか一同も、今は天下に身のおき場なき巷《ちまた》の落人《おちゅうど》。ただただご仁義の下におすがり申すばかりです」 「ま、ここではご挨拶も。……ともあれ、山の本郭《ほんぐるわ》までお越しなすッて」  と、王倫は先に立った。  閣《かく》に閣を重ねた梁山泊のいわば本丸。そこを“聚議庁《しゅうぎちょう》”とよんでいる。  庁堂の一段たかいところに、王倫以下のものは左列を作《な》して居流れ、晁蓋たちは右側に並んだ。寨《さい》中の小頭目《こがしら》たちは、ことごとく階下だった。  ここで順次、正式の名《な》のりがおこなわれ、鼓楽《こがく》、歓迎の祝辞などあって、 「お疲れでしょう。あらためて、いずれ後刻」  と、客側は、朱貴にみちびかれて、一応、客廊を渡って客舎の棟《むね》へひきしりぞく。  さて、午後からは大宴だった。二匹の牛、十匹の羊、五匹の豚が、あらゆる物に調理され、酒は山東《さんとう》の生粋《きっすい》、秋果《しゅうか》はこの山の実《みの》りだし、隠れたる芸能の粋士もまた寨中《さいちゅう》に少なくない。歌絃《かげん》、管笛《かんてき》は水に響き、雲も答えるばかりだった。 「……ああ、つい酔った。久しぶりだ。こんな愉快な日はない」  よほど欣《うれ》しかったとみえ、晁蓋《ちょうがい》は、客舎の自房へ帰って来てからも言っていた。そして側にいる呉用へ向って、 「先生、まったく渡る世間に何とやらですな。寄るべない一同を、こんな温情のもとに迎えてくれた王倫《おうりん》の心のあたたかさ。なんと感謝していいかわからない。きっと恩義には報いねばならん」 「あはははは。ハハハハ」 「や、先生としたことが、なにを冷笑なさいますか」 「余りにお人がいいからじゃよ」 「晁蓋がお人よしですッて」 「そうだ。さいぜんも酒宴の席で、あんたは王倫と杯を交《か》わしながら、何度もそれを言っておられた。また、賊にはなっても不義無情の徒にはなるまいとか、世相の不平、悪政への怒り、胸を開いて、さまざま訴えておいでたろうが」 「それが、なぜいけないので」 「いや、そのことではない。――さらに話がすすんで、断頭溝《だんとうこう》の奇策やら、何濤《かとう》を押ッ放してやったこと、公孫勝や三兄弟の豪傑ぶりなどを披露におよぶと、王倫の顔は、さっぱり冴えなくなってしまった。のみならず、眼は狐疑《こぎ》をあらわし、暗《あん》にあんたやわれわれを、忌《い》み恐れる風もみえた」 「はてな。そいつア、気がつかなかったが」 「彼の幕僚、杜選《とせん》、宋万《そうまん》の二名は平凡、ひとり豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》なるものこそ英俊《えいしゅん》と見えた。――林冲はいぜん京師で、近衛軍《このえぐん》の兵法師範を勤めていた者とか。おそらく彼は心から王倫に服している者ではないとおもう」 「王倫の小人物であることは、かねがね聞いてはいましたが、しかし、ここへ来て、こう厄介になる以上は」 「いや、どっちみち、このままではおさまらんよ。わしに一計がある。寨《とりで》の内輪に同士討ちを起させ、一ト波瀾《はらん》はみようが、その上でここの不満不平を一掃させ、そして規律と序列を正そう」  翌朝のことである。――前夜、噂をしていた林冲が、朝のあいさつに見えた。  呉用が、皆に代って、昨夜の礼をのべると、林冲は、薄ッすら笑って、 「いや、ほんとのご歓待なんてものは、形や物ではありません。その点、御気色《みけしき》にさわるふしもありましょうが、それがしは寨中の末端者だし、何かとつい行き届きません。どうかおゆるしのほどを」 「おことばで充分だ」呉用は、親しみを示して、なお話しかけた。「――ご辺《へん》のお名まえは、夙《つと》に都の東京《とうけい》でも名高い。さるを何で、高俅《こうきゅう》[#1段階小さな文字](宋朝の権力者)[#小さな文字終わり]に厭《うと》まれ、滄州《そうしゅう》の流刑地などへ追いやられた末、かかる所にまで身を落されておいでたのか」 「高俅」  きっと、林冲《りんちゅう》は唇《くち》を噛んで、 「――高俅と聞くだけでも、この髪の毛が逆《さか》だちます。流刑地のくるしみも、涙なくしては語れません。……が、恩人|柴進《さいしん》どのの添え状に依り、ここへ仲間入りできたものです」 「と、仰っしゃるのは、あの小旋風《しょうせんぷう》柴進と世に響いている大旦那ですか」 「されば、古い周《しゅう》皇帝のご子孫だとも伺っている、あのお方です」 「ほ。そんなお人の推薦《すすめ》もあり、しかもまた、ご辺ほどな履歴と腕のある人物を、なぜ王倫《おうりん》は、寨《とりで》の主座にすえないのでしょう」 「はははは。拙者などは、彼の下風《かふう》でも、あまんじましょう。しかし、あなた方には、必ず非礼の惧《おそ》れが生じる。それがちと不安です。せっかく加盟のお心で臨まれ、寨上《さいじょう》に花を添えた心地ですが、さあその点が……」 「王倫が本心では、よろこばないので?」 「嫉妬《しっと》があの人の瑕《きず》です。人を容《い》れる度量がなく、疑い深い。もうここまで申し上げたのだから申しましょう。じつはここの客舎も、関外の低舎《ていしゃ》です、まあ、ざっとした通り一ぺんの旅人を泊らせる雑房にひとしい粗末。じつはその失礼も、おわびせねばなりません」 「いや、ご辺のおさしずではない。なんのなんの。……しかし王倫がそこまで吾々を気厭《けうと》くきらッているのだったら、一同は山寨《さんさい》の和を破らぬため、即座に退散してもよろしいが」 「お待ちください。かえってそれは、頭領と拙者どもの間に、異な感情をわきおこしましょう。王倫主座としては、あきらかに、あなた方を、ていよく追っ払うつもりでいますが、せっかくな天与《てんよ》の邂逅《かいこう》、なんとも、拙者にはお別れしにくい。いや皆さんと、このまま、むなしく袂《たもと》を別ってよいものか。……ま、それがしにお任せあって、お胸をなでていて下さい」  林冲は耳をほの紅くして去った。そして午《ひる》ごろ、南山の水寨《すいさい》から、その日再び、午餐《ひるめし》の招待があった。  会場へ行くべく、みな身ぎれいに、支度しだした。その間に、晁蓋《ちょうがい》が小声で、呉用の耳へささやいた。 「どうでしょう、この午餐会《ひるめしかい》は」 「何事か、起らずにいまいな。……おそらくは林冲《りんちゅう》が、くち火を切るに違いない」 「そしたら、黙って見ていますか」 「やれば、やらせておく。もし王倫《おうりん》と林冲の二人の舌火《ぜっか》が、あやふやな妥協にでも終りかけたら、この呉用が横ヤリを入れ、三寸|不爛《ふらん》の舌さきで、二人の舌戦《ぜっせん》を煽《あお》り立てる。見てござらッしゃい」 「それやおもしろい」  晁蓋もいまはすっかりその気になった。そこで呉用は、他の面々へも、言いふくめた。 「……いよいよの土壇場《どたんば》いざとなったら、この呉用が、左の手で、こう髯《ひげ》をひねる。……と見たら、おのおのは一せいに、隠し持った短剣でな。……よろしいか、髯が合図でおざるぞ」  客舎を出ると、宋万《そうまん》が騎馬で迎えに来るのに会った。七台の山輿《やまごし》を舁《かつ》いだ山寨《さんさい》の手下《てか》が、七名の客を乗せて、山ぞいを蜿《うね》り、峰道を越え、やがて南山の一亭へと運んで来た。  閣は水に臨み、欄《らん》は外洋の眺めまでを入れ、風光なんとも絶佳である。  主客の列は、左右に椅子《いす》を並べて分れた。捲き掲《かか》げた珠簾《しゅれん》の下から、後亭の池園《ちえん》を見れば、蓮葉《はちすば》のゆらぎ、芙蓉《ふよう》の色香、ここも山寨の内かと怪しまれるほどである。やがて酒もめぐり、談笑にわき、午餐会《ひるめしかい》もようやく酣《たけなわ》と見えてきた。  しかし、誰の口からでも、ふと話題が、七名の仲間入りのことになると、王倫《おうりん》はすぐ話をほかへそらしてしまった。そのたびに、白々しい空虚ができる。そして、木に竹をついだような話が宋万や、杜選《とせん》の口から、無理に出された。  午餐なので、杯盤《はいばん》はまもなく退《さ》げられ、甘い酒と、果盆《かぼん》が代って出た。いや、さらに美々しい一盆には、五箇の銀塊が乗っていた。 「――ところで、豪傑がたに、心ばかりなお餞別《はなむけ》を仕りたいが」  王倫は、突如として、その銀塊の盆を、晁蓋《ちょうがい》のいる卓の方へさし向けた。 「思わざるご来訪、王倫、身にとってこんな欣《うれ》しいことはござらん。しかし、ごらんの通りな波濤《はとう》に囲まれた一|山寨《さんさい》、いわば雨水の溜《たま》り桶を分けて暮らしているようなもの。龍宮|住居《ずまい》というわけのものでもない。……で些少《さしょう》なれどこの銀子《ぎんす》をお持ちあって、諸州を見くらべ、他の大きな寨《とりで》に身を寄せ、おのおののご雄志を充分に、よそで伸ばしていただきたい」  晁蓋《ちょうがい》は、来たナと思ってか、くすんと微苦笑を、鼻で鳴らした。 「いやこれは、とんだご会釈《えしゃく》です。一同浪々の身なので、どいつもこいつも寒々しくお目に見えたかもしれませんが、じつは小遣銭《こづかいせん》ならあり余っているのです。せっかくですが、ご斟酌《しんしゃく》なく」 「なぜ取ッて下さらんのかな。ご遠慮は抜きにしましょうや」 「お心の底は見えた。しからば、これで私どもはおいとまいたしますよ」 「ま、そういわんでもよかろう。何も無下《むげ》に仲間入りをお断りするわけじゃない。じっさい、冬にでもなると、この大家内、糧《かて》や酒は足らなくなるし、住居も不足でな」  ここまで、黙って聞いた林冲《りんちゅう》は、ついにその双眉《そうび》をきっと青白い炎にして、末席の椅子から大喝《だいかつ》を発した。 「嘘を申せっ、王倫っ」 「な、なんだと。きさまは林冲、頭領のこのほうに、何をいうか」 「聞いてはおれん。そもそも、拙者が初めてこの山寨を頼って来たときも、いまいったのと同じ口上《こうじょう》だったではないか。しかも、穀倉には蓄《たくわ》えも山と積みながら」 「だまれ、この忘恩の徒め。――柴進《さいしん》旦那の紹介と思えばこそ、能もないのに、むだ飯食わせて飼いおけば、いい気になって」 「能なし?」 「山寨へ来てから、どれほどな功をたてたか」 「まさに何の稼《かせ》ぎもしていない。しかし、汝もまた、無能の飾り物ではないか。官途を望んだ落第書生が、流浪の果てについこんな巣を見つけて、やくざを集めたというだけのはなしだ」 「いったな林冲《りんちゅう》、後刻、眼にもの見せてやるぞ」 「おお、いま見せて貰おうか」 「喝《か》ッ。うごくな」  せつな、呉用が大手をひろげて、両者の間に立ちはだかった。 「ま。お待ちなさい。……要するに、これはわしたちがこれへ来たことがいけなかったのだ。晁蓋さん」 「おう、先生。なんですか」 「見た通り、わしたちのため、とんだ不和を山寨に招いてしもうた。きれいに、お暇《いとま》して、ここは退散しようじゃないか」  眼くばせすると、ほかの五名も、いちどに、どやどやと椅子《いす》を離れて、 「さあ、行こうぜ」  とばかり、一トかたまりになって、亭の階段を降りかけた。  王倫も、これにはちょっと、いやな気持ちを覚えたらしい。あわてて、追っかけるように、 「やあ待ち給え。そいつはちと気が早い。もう一|盞《さん》、機嫌直しを飲《や》って、こころよく乾杯した上、お別れしよう」  とたんに、末席の椅子が、横に仆れた。卓の果盆も引ッくりかえる。ずかずかと、林冲の大きな背丈《せたけ》が、王倫の方へ真ッ直に向って来かけたのである。  と見るや、呉用は、 「えへん!」  と、咳《せき》払いしながら、左の手で、長いあご髯《ひげ》を一つ横へしごいた。それを合図に、 「あっ、同士討ちはおよしなさい」  と階段の中途から、皆、どたどたと引っ返して来た。戻るが早いか、阮《げん》小二は杜選《とせん》に抱きつき、小七は朱貴を、小五は宋万を抱きとめた。  そして、晁蓋と劉唐《りゅうとう》とは、ぴたと、王倫の両わきへ寄り添い、 「まあ、そうお腹を立てないで」  と、袂《たもと》の下から、環帯《かんたい》の腰の辺を、ぎゅっとつかんで離さない。 「なんたるつらだ。王倫っ。それが頭領の態度か。恥を知れ、この落第書生め、仁義の皮をかぶッた偽者《にせもの》め」  一方の林冲は、なお罵《ののし》りつづけている。その林冲の胸先をかろく制して、呉用の位置は、彼を遮《さえぎ》るような恰好を見せてはいたが、眼《まなこ》は王倫の姿を焦点に燿《かがや》いていた。 「女の腐ッたような奴だ。それで梁山泊《りょうざんぱく》の頭目などとは片腹いたい。いやこの梁山泊は、きさま一個のものじゃあない。人をそねむ賊の頭目など、舌を噛んで死んじまえ。さもなくば、きさま自身、どこへでも立ち去るがいい」  林冲は罵《ののし》りつづける。その面罵《めんば》に、王倫はぶるぶる五体をふるわせ、地だんだを踏み鳴らしたが、足掻《あが》きも、前へは踏み出せない。  しかもまた、杜選《とせん》、朱貴、宋万といった手輩《てあい》も抱きとめられてはいるし、辺りの空気もただならないので、みずから行動には出なかったが、 「喝《か》ッ。き、きさまたち……この王倫が、こんなに侮辱されているのを見ているのか。やあ。わしの味方はどこにいるんだ。ほかの手下《てか》ども、林冲《りんちゅう》を捕り抑えろ、ぶッた斬ってくれねばならん」  と、吠え猛《たけ》った。すると彼のその鼻さきへ、 「おおもッともだ。さあ、斬っておやんなさい」  と、呉用が手を退《ひ》いて、林冲のからだを、突き放してやったのだった。  王倫は、佩剣《はいけん》へ手をかけた。しかし抜けない。いやそれよりもはやく、豹子頭《ひょうしとう》のその青額《あおびたい》が、低くどんと、彼の心窩《みずおち》の辺へぶつかって来た。同時に、その脾腹《ひばら》へ深く刺しこんでいた彼の手の短刀が、しずかに王倫の立ち往生のままな苦悶を抉《えぐ》っていた。……ポト。ポト。ポトと音せわしく糸をひいて垂れた鮮血は、絨毯《じゅうたん》模様のような緋牡丹《ひぼたん》を床《ゆか》の足もとに大きく描いた。 「…………」  どたんと、林冲は、王倫の大きな図ウ体を、手から離した。晁蓋《ちょうがい》以下も、みな片手に白刃を隠し持っていたのである。呉用は、大音声《だいおんじょう》で言った。 「言い分のある者はここへ出て来い。――今からは豹子頭《ひょうしとう》林冲をわしたちの頭領として、山寨《さんさい》の主座にいただこうぞ。文句はないか」  朱貴、杜選、宋万らは、床《ゆか》にへたばッて、ただ叩頭《こうとう》するのみである。堂外の手下《てか》や小頭目もみな、わっと、どよめきを揚げただけで、その後の声もない。  だが、林冲のみは、仰天してこう叫んだ。 「滅相もない宣言だ。先生のおことばとも思われん。それではこの身の立つ瀬がない。頭領を殺して自分がその位置を奪ったことになってしまう。そんな事ア出来ない。義に生きる仲間同志のいい笑い草だ。無理にと押しつけるならぜひもない。林冲はどこかへ姿を隠すしかございませんぜ。……それよりもどうか、この林冲の意見を、皆してお聞きねがいたいんです。さ、それを聞いてくれますか、くれませんか」 「聞きましょう!」と、異口同音にみな答えた。 「――ほかならぬ、あなたのご意見とあるならば。これや静粛に、伺わずばなりますまい」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 人の仏心は二|婆《ば》の慾をよろこばせ、 横丁の妾宅は柳に花を咲かせる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  さて。林冲《りんちゅう》の提言とは、こうであった。 「人には天性おのずから器《うつわ》というものが備わっている。林冲は器にあらず。晁蓋《ちょうがい》どのこそ人の上に立つべきお人だ。晁《ちょう》君を以て今日より山寨の首長に仰ぎたいと思います。ご一同にも、ぜひご賛成ねがいたい」 「いけません、いけません」  晁蓋は手を振って固辞した。――そんな柄《がら》ではないと、再三再四断ッたが、すでに満堂一せいの拍手だったから、林冲はすばやく、 「では、諸兄にもご異存はありませんな。晁頭目《ちょうとうもく》、衆議の決ですぞ」  とばかり、彼の手を取って、正座の一番|椅子《いす》に据え、その前に香炉台《こうろだい》を置き、王倫の兜巾《ときん》を外《はず》して、晁蓋《ちょうがい》の頂《いただき》に冠《かぶ》せた。 「いざ呉用先生。先生は軍師として、第二席にお着きください」 「とんでもない。わしは根ッからの寺小屋師匠、孫呉《そんご》の智識など思いもつかん」 「ご遠慮は無用、先生がそう仰っしゃると、あとが困ります。――第三は、道士《どうし》公孫勝どの、先生の帷幕《いばく》を助くる副将として、ご着位のほどを」 「それやいかん。林冲どの、あなたこそ、その位置に」  これは一同で薦《すす》めたのだが、林冲はなお譲ッて四番目の座を取った。  五位には劉唐《りゅうとう》、六位に阮《げん》小二、七位に小五、八位に小七。――それから杜選《とせん》は九位にすわり、宋万は十位、朱貴が十一位と順位はきまって、ここに新選|梁山泊《りょうざんぱく》の主脳|改組《かいそ》もできあがった。  あくる日、これを全山に布告して、聚議庁《しゅうぎちょう》は清掃された。星を祠《まつ》る祭壇には牛馬の生血を供え、天地神明に誓いをなした。 「さあ、飲む時は飲め。三日間は遊び飽きろ」  祝いは毎日つづいた。島は祭り気分である。穀倉も酒倉も押ッ開かれた。しかし胃の腑《ふ》には限度があった。七、八百の手下《てか》どもはまったく堪能したかたちだった。  しかしその後は、刀、弓、箭《や》、戟《げき》、矛《ほこ》などを寨門《さいもん》に植え並べ、陸上の陣|稽古《げいこ》、水上における舟いくさの教練など、いや朝夕の規律まで、前よりもはるかに厳しい。  けれど、晁蓋の大人《たいじん》の風《ふう》、呉用の学識、公孫勝や林冲の英気などが、自然、下風《かふう》に映るものか、不平などは見たくも見られない。それどころか、一種の和楽が醸《かも》し出され、それが一だん男仲間の結束と侠を磨《みが》き合った。  まもなく、灰色の外洋に冬が来る。  霜白き芦荻《ろてき》には、舟が氷《こお》りつき、鴻雁《こうがん》の声も、しきりだった。 「都に残した妻はどうしているだろう?」  ふと、雁《かり》の渡るを見ても、林冲は独り腸《はらわた》をかきむしられた。或るとき、その想いを呉用や晁蓋に語ると、もっともだと同情して、さっそく人を派して山寨に迎え取らせることにした。ここの山蔭の一端には、先に呼びよせた阮《げん》兄弟の老母や妻子を初め、子供だけの一部落もあったらしい。  ところが、二た月ほど費《つい》やして、やがて帰ってきた使いの話によると、林冲の妻は、その後も、高《こう》大臣父子の迫害やら、無態《むたい》な縁組みに迫られて、ついに自害して果て、彼女の父親も、首を縊《くく》って死んだという報告だった。 「……そうか。さぞ口惜しかったろう。しかも良人《おっと》のわしにそれほどまで、貞操《みさお》をたてていてくれたのか」  林冲はポロリと涙をこぼした。かかる男でも、泣くことがあるのかと思い、晁蓋や呉用までみな瞼《まぶた》を熱くした。  ――春の訪れと共に、梁山泊《りょうざんぱく》に一|舟《しゅう》の注進《ちゅうしん》が聞えた。――再編成された官軍の捕盗船隊三、四百艘が、石碣村《せっかそん》の入江から沖を埋めて、機を窺《うかが》っているという報である。  しかもこんどの総指揮官は、済州《さいしゅう》奉行所付きの黄安《おうあん》という者で、手勢二千人、戦備も前よりは格段な物々しさであるという。 「さア、いらっしゃい。氷も解けたし、雑魚《ざこ》も蓮《はす》の根から泳き出す陽気だ。――こち徒《と》にとっても、長い冬籠りの退屈|醒《ざ》ましにはちょうどいい折、いでや眼にもの見せてやろうぜ」  山寨《さんさい》の驍勇《ぎょうゆう》どもは、手に唾《つば》して待ちかまえた。――かくて、金沙灘沖《きんさたんおき》の水戦は展開され、颷蕩《ひょうとう》たる白浪《はくろう》は天を搏《う》ち、鼓噪《こそう》は芦荻《ろてき》を叫ばしめ、二日二た夜にわたる矢風と剣戟《けんげき》と、そして雲に谺《こだま》する喊声《かんせい》のうちに、さしもの官船数百隻を、枯葉《こよう》のごとく粉砕し去った。  げにも皮肉だ。この一戦こそは、求めもしないのに、官から賊寨《ぞくさい》へ、わざわざ貢《みつ》ぎの贈り物を運んできたようなものだった。分捕《ぶんど》り品だけでもたいへんな量である。馬匹数十頭、兵舟百余艘、弩弓《どきゅう》、よろい甲《かぶと》、石火矢砲《いしびやほう》、帆布《はんぷ》、糧食など、すべて梁庫《りょうこ》に入れられた。 「冬じゅうの居食いで、山寨の倉も少々お寒くなっていたら、この到来物《とうらいもの》ときたぜ。なんとこんな疾風《はやて》なら、ときどき襲《よ》せて来てもらってもいいな」  凱歌の角《つの》笛は、春を高々と吹き鳴らされ、梁山泊の意気、ここに全く革《あらた》まる概《がい》があった。  それにひきかえ。  船も装備もみな失い、あげくに、指揮者黄安も賊に生け捕られ、散々なていで済州《さいしゅう》へ逃げ帰った官兵は、ただ事の顛末《てんまつ》を奉行所の門へ哀号《あいごう》し合うだけだった。  折ふしまた、庁内の接官亭には、蔡《さい》大臣の使者と、大臣府の辞令を帯びた新任官が、都から到着していた。――それにより、旧奉行は官職を解かれ、旅装して、ただちに開封《かいほう》東京《とうけい》の問罪所へ出頭すべし、との厳令なのだ。 「さては、責任を問われるのか」  と、旧奉行は青くなって萎《しお》れたが、新任の奉行もまた、門前の哀号《あいごう》を耳にして、 「なんと。お取立てと思ってよろこんで下向《げこう》して来たら、豈《あに》はからんや、こんな土地の、こんな群盗退治が、これからの仕事なのか」  と着任早々、ぼや[#「ぼや」に傍点]いている。  とまれ両三日のまに、事務引継ぎもすまされ、旧奉行は都へ召還されて行ったが、やがてこの奉行交代の通知とともに、梁山泊にたいする協同警戒の布告が、隣県|鄆城《うんじょう》の県役署へも廻送されて来たのだった。  鄆城県《うんじょうけん》の知事|時文彬《じぶんぴん》はいま、庁の書記長の宋押司《そうおうし》に、一書類を示して、 「どうも気の毒なことになったな。済州《さいしゅう》の奉行は失脚して、次の新奉行と代ったらしい。これは先の七人組の大盗《だいとう》の逃亡始末と、梁山泊一帯の地理やら内容を報じてきたものだが……。ひとつ、これを書記|班《はん》で複写させて、至急、県下一帯の郷村に配布させてくれんか」  といった。 「承知しました。大変ですなア、どうも」  宋江《そうこう》はすぐさま、書記室へ行って、その手順をとった。  彼には若くて頭のいい助手がある。張文遠《ちょうぶんえん》という者だった。村里《そんり》への配布は張にまかせ、黄昏《たそが》れごろ、宋江は、役署を出て、いつも見馴れた町角へかかってきた。 「おやまあ……。これはこれは、押司《おうし》さまじゃございませぬか」  出会いがしらの声に、誰かと思えば、横丁《よこちょう》に住む周旋屋《しゅうせんや》の王《おう》という痩《や》せ婆さんだ。この口達者な婆さんがまた、もひとり後ろに、肥《ふと》ッちょなでぶ[#「でぶ」に傍点]婆さんを連れていて、 「閻婆《えんば》アさんよ、お前はまあ運がいいよ。ついさっき、私がお噂をいってたろ。……あの押司さんだろうじゃないか。よくよくご縁があったんだよ、さあご挨拶でもおしなねえ」 「これこれ婆《ばば》ども。ご縁があったとは、一体なんのことだ」 「まア押司さん、お聞き下さいましよ。ゆうべポッキリと、閻《えん》の老爺《おやじ》が亡くなりましてね。……酒のみで、歌謡狂《うたきちが》いといわれた道楽者じゃござんしたが、あれでも親娘《おやこ》三人ぐらしの稼《かせ》ぎ人《て》だったんでございますよ」 「ふム。……それは可哀そうに」 「まったく、気のいいおやじさんでございましたからねえ。それだけに押司さま、死んだあとは借金ばかり。……それでまアお葬式も出せないッて、私みたいなところへ泣きつきに来るような始末。ところがこの私も、病人やら物費《ものいり》やらで、このところ、どうしようもございません。……こんな往来中で、なんともかンともすみませんが、お慈悲と思し召して、この閻婆《えんば》に、棺桶《かんおけ》の一つでも、お恵みなすってやっちゃあ下さいますまいか」 「王婆、ほんとかね、それは」 「まア旦那、なんだって、お葬式をタネに嘘なんかいえましょう」 「じゃあ、これも仏への供養だ。わしの名刺《めいし》を持って、葬式屋の陳三郎《ちんさんろう》の店から、棺桶と華《はな》を貰って行くがいい」 「あれ、まあ。やっぱり宋押司さまは、噂にたがわぬお情け深いお方だった。さア閻婆《えんば》さんよ。なにサ、おまえのためじゃないか。お礼をお言いよ、こっちへ来て、お礼をさ」 「よせよせ、往来中でそんなペコペコをくり返すのは。しかし、棺桶一ツだけでは始まるまい、雑費はあるのか」 「とんでもない。棺桶にさえ、途方に暮れていたところ、お供《そな》えのお団子《だんご》や煮《に》しめ一つ買うお金さえも、じつはもう……」 「ないのか。じゃあ仕方がない。これで万端をすますがいい」  宋江《そうこう》は、持ち合せの銀子《ぎんす》二枚を与えて立ち去った。  歓喜した婆さん二人は、眼でも眩《まわ》したようにチョコチョコ露地の横丁へ走り込んだ。そこの露地からは、翌日|葬式《とむらい》が出た。また数日おいて、王婆さんは饅頭《まんじゅう》を持って、宋押司の自宅へお礼に行って戻って来た。 「世間もひろいが、まア、あんないい人って見たことないね」  ――王婆さんは、賞《ほ》めちぎるまいことか。そのあげくに「……行ってみたら、ご家族はみんな宋家村においてあって、この町では、まるで書生さん同様な下宿暮らしの独り者さ。それでいて、人の貧苦はよく見てやるんだから、全く感心しちゃったね、出来ない芸だよ」 「あたしにとッても大恩人さ」と、閻婆《えんば》も負けずに褒《ほ》めたたえた。そして、苦《にが》み走った好い男だの、横顔の容子《ようす》がいいのと、男振りの品さだめまでしたあげく、 「これでわたしが、もう三十も若かったら、あんな人を独り下宿屋などに寝かしちゃおかないんだが……」と口惜しそうに言ったりした。すると王婆はげたげた笑って、 「なんだね、お前さんたら、まだそんな色気があるのかい。婆惜《ばしゃく》さんというあんな妙齢《としごろ》の娘を持ッてるくせにさ」 「措《お》いとくれよ。この年じゃあ、どう思っても、高嶺《たかね》の花だぐらいなことがわからないでどうするもンかね。だからもし、押司《おうし》さんさえよかったら、わたしゃあ娘の婆惜《ばしゃく》を、あのお方に持っていただきたいと願っているのさ。わからないかえ、それが本心なんだよ」 「ほんにねえ、婆惜さんは十九だっけね。閻婆の娘とは思われないッて誰もいうほど、ひと目見た者はみんな一ト目惚れする縹緻《きりょう》よし。それに芸事といったら、道楽者のおやじさんが可愛がって仕込んだだけに、たいそうなもんだのに」 「それやあお前、こんな山東《さんとう》の田舎とは生れが違うよ。死んだおやじがまだ都の東京《とうけい》で盛んに商売をやっていた時分は、わたしも朝湯寝化粧だったけれど、あの娘《こ》も蝶よ花よと小さいときからの芸仕込み。それを色街の姐《ねえ》さん芸者だの料理屋の楼主が惚々《ほれぼれ》と見ては噂して、ずいぶん養女にくれの何のといわれたものさ」 「ほい、また娘自慢が始まったよ。そうかい、そうかい」 「お茶化しでないよ。こっちが真面目にはなしているのに」 「こっちも大真面目さ。いったいどうするんだよ。押司さんの方は」 「おまえさん、周旋屋だろ。まかせるといってるじゃないか。大恩人の押司さんには、それよりほかご恩返しはないと思っているわけだよ」 「なるほど、ご恩返しにかえ。じゃあ、わたしも欲得なしに一ト肌ぬいでみようかね。ちょっとこの相手は、孔子《こうし》様みたいで、なんだか恐《こわ》くて難かしい気がするけれどね」  とはいえ、王の婆さんも海千山千。その男性観にはべつな信条があろうというもの。以後折々に宋江《そうこう》を訪ね、そして宋江の閑暇《かんか》をよく笑わせ、やがて打ち解けた頃合いを計って、或る日、美人|婆惜《ばしゃく》の執《と》り持ち話をもちかけた。  宋江とてももとより木でも竹でもない。ふと好奇心をもったのは事実である。自分の地位で女の一人ぐらい囲っても誰が怪しむわけでもあるまい。むしろ独居《どっきょ》の生活こそ下僚からもいぶかられている。――いや、そう思ったのは、すでに王婆の口舌《こうぜつ》に口説き落されていたものといえよう。  とにかく彼は、ふと彼に似げない心になって、つい役署の西の横丁に、そっと、近所も静かな一軒を借り求め、そこに婆惜を囲うことになってしまった。  この道のみは、聖賢の道ではどうにも割り切れない。初心《うぶ》な若旦那が、何かに憑《つ》かれたようなものだ。反対にわずか一ト月ほどの間に、水を得た魚とも見えたのは閻《えん》の母娘《おやこ》である。家具衣裳は買い込むし、髪には珠を、沓《くつ》には珊瑚《さんご》を、食べ物の贅沢《ぜいたく》、臙脂《べに》おしろいから香料など、母娘《おやこ》二ツの鏡台の飾りたてはいうまでもない。  が、宋江はそれに惑溺《わくでき》しきれない不幸児でもあったのだ。なるほど十九の婆惜《ばしゃく》は佳麗絶世といっていいが、その口臭《こうしゅう》にはすぐ下品を感じ出し、玉の肌にもやがては何か飽いてくる。――自然、泊ってゆくこともない。婆惜も何となくあきたらなかった。男の情炎に焦《や》き爛《ただ》れたいのに、いつも焦《じ》れッたいだけで狂炎の情に突き刺されることがない。もどかしい思いが積ッて自然、不満が醸《かも》される。艶眉《えんび》がそれを怨《えん》じて見せても宋江には通じないのだから、なお焦々《いらいら》するし、しまいには男を小馬鹿にしたくなってきた。  ところへ、或る夕のことである。 「婆惜……。今夜はね、ひとつ面白く飲もうと思って、友達を連れて来たよ。婆さん、美味《うま》い物をひとつうんとご馳走しておくれ」  めずらしく、宋江が一名の客をつれて来た。 「よう、いらっしゃいました」  婆惜はこぼるるような愛嬌であいさつした。宋江は間に立って、やや羞恥《はにか》ましげに、 「こちらはね、役署の属僚《ぞくりょう》で、書記室の次長をしている張文遠《ちょうぶんえん》――またの通り名を、小張三《しょうちょうさん》というお人だ。なにかと、仕事の上でもわがままをいっているし、お前もまた、親しくしていただくようにと思ってね」 「どうぞ、ふつつか者でございますが」  鬢《びん》の簪《かざし》を重たげに、婆惜はかしらを下げ、張三もいんぎんに礼をしたが、年ばえ[#「ばえ」に傍点]から見ても、この二人の対比は、一|対《つい》の美男美女であったばかりでなく、婆惜のひとみには、張三を見たとたんに、性来の多情がたっぷり色となって、耳朶《みみたぶ》までほの紅く染めていたにもかかわらず、そばで眺めていた宋|押司《おうし》は、それを嫉《ねた》むということすらも、知らなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 女には男|扱《あつか》いされぬ君子《くんし》も、山野《さんや》の侠児《きょうじ》には恋《こ》い慕《した》われる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  たださえ美人の婆惜《ばしゃく》が、その夜は、わけても艶《えん》だった。宋江《そうこう》へ愛想《あいそ》がいいのは当り前だが、張三《ちょうさん》への執《と》りなしも並ならず細《こま》やかだった。杯のひまにはふと、化粧崩れを直したり、いつのまにか衣裳を着代えて現われたり、いつにない酔艶《すいえん》、妖《あや》しいばかりに見える。 「ああ、いい月だこと。今夜は燭《あかり》もいりませんわねえ。こんな愉《たの》しい晩ってないわ」  彼女のいずれへいうともない独り言へ、客の張三は如才なく相槌《あいづち》を打って、 「お部屋を見ますと、ご夫人はいろんな楽器をお持ちですな。音楽はお好きですか」 「ま、いやですわ、ご夫人だなんて」 「じゃあ、婆惜嬢《ばしゃくじょう》さま」 「ホホホホ、お嬢さんでもないわね私は。……でも、その小嬢《としごろ》だった頃、わたし開封《かいほう》の都で育ったでしょ。そして近所が色街でしたからね、しぜん稽古事は、ずいぶん仕込まれてきたんですって」 「ひと事みたいに仰っしゃるけれど、それじゃあずいぶんお上手なんでしょう。どうです、てまえが笛を吹きますが、ひとつ胡弓《こきゅう》をお弾《ひ》きになりませんか」 「そして、何を奏《や》るの」 「その東京《とうけい》で一ト頃|流行《はや》った開封竹枝《かいほうこうた》でも」 「開封竹枝、ああなつかしいこと。奏《や》るわ、久しぶりに。……お母《かあ》さんも、旦那へお酌《しゃく》でもしながら、そこで聴いててよ」  二人は、笛と胡弓を合奏《あわ》せて、ひとしきり他愛もなく陶酔《とうすい》していた。婆惜が愉しそうであれば宋江の心も愉しむ。妾宅の旦那でこそあれ、いわゆる世の旦那型ではない、彼の君子人《くんしじん》的な性質は、女を持っても酒を飲んでも根ッから常日頃の――及時雨《きゅうじう》、宋《そう》公明の人柄をちっともくずす風がない。  だが、女とすれば、こんな堅人《かたじん》は面白くでも酢《す》ッぱくでもないのだろう。一しょに寝てさえ何となく味気ないやらぎこち[#「ぎこち」に傍点]なくて、地獄で母子《おやこ》が救われた恩人とは思ってみても、ついぞ真底《しんそこ》、自分の男と抱きしめる気にもなれぬし、抱きしめられて、枕を外《はず》したこともなかった。 「……それにひきかえ、旦那の連れて来た張文遠《ちょうぶんえん》さんは、役所では旦那の下役だそうだけど、なンてまあ、ほどのいい……」  彼女はその晩、すっかり張三《ちょうさん》[#1段階小さな文字](文遠)[#小さな文字終わり]に魅されてしまった。色の黒い黒宋公《こくそうこう》旦那が、色白な張三の肉付きに見|較《くら》べられては、よけい虫が好かなくなった。恋情《おもい》は別れ際の眼もとにあふれていたろう。またそこは色道にかけての玄人《くろうと》張三のことだから、 「……ははあ、こいつは、ものになるナ」と、早くも見ていたにちがいない。  その後、いつのまにやら張三は、こッそり、ここへ一人|通《がよ》いをしはじめていた。つまり客ならぬ妾宅の間夫《まぶ》――。娘で食っているおふくろなので、閻婆《えんば》もそこは巧く逢う瀬のやりくりをお膳立てしてやるしかなかった。後で思えば、これや“猫にかつぶし”のたとえ。下役の張三を、わが妾宅へ連れて来たなど、宋江としたことが一代の大失策だったといっていい。  しかのみならず、ひとたび、張三というその道の達人にかかったおぼこ[#「おぼこ」に傍点]同様な婆惜は、初めて男を知ったなどという生やさしいものではないその性来の性に、われながら持て余してきた恰好だった。元々、淫蕩《いんとう》の血は母の閻婆《えんば》にあったものだろうが、その閻婆すらが、時には階段の下で舌ウチするほど、二階の帳《とばり》の内で男にさいなまれる彼女の体が、囈言《うわごと》じみた情炎の悲鳴を洩らしているなども、再々だった。  自然、これは宋江の耳にも入らないわけはない。近所の囁《ささや》きばかりでなく、婆惜の冷たいしぐさ[#「しぐさ」に傍点]にでも薄々わかった。しかし、それにも彼は、彼独自な考え方で、ぼそと、独り呟《つぶや》いていたにすぎなかった。 「仕方がない。……女のほうからあッちへ血道を上げているのではぜひないことだ。父母《おや》が選んでくれた女房じゃなし、なにも、行かないでいればすむことだ。当分、足を抜いていよう」  近ごろは、とんと婆惜《ばしゃく》のことも忘れ、県役署へも精勤して、さばさばと、今日もそこの門から宋江は退庁していた。  時刻は、たそがれ頃である。  町角の髪結床《かみゆいどこ》で、ひげを剃《そ》らせていた旅人ていの男がふと、往来を行く彼を見ていた。 「おや、あれやあ、宋押司《そうおうし》さんじゃねえか」 「お客さん、ご存知ですかい。あのお方が、及時雨《きゅうじう》といって、県でも良吏《りょうり》と評判な宋押司さんでございますがね」 「そうか。置いたぜ、髪結《かみゆ》い賃《ちん》を」 「あッ、だんな、まだ片鬂《かたびん》が残っていますよ。それにおつりも」 「いいよ、いいよ」  男は後も振り向かない。  八《や》ツ乳《ぢ》の草鞋《わらじ》に、白と緑の縞脚絆《しまきゃはん》、野太刀をぶっこみ、片手に范陽笠《はんようがさ》という身がるさ。  燕のように軒並びの町の灯を過《よ》ぎって追ッ馳けていって、 「もしっ、お待ちなすって」  と、宋江の後ろ姿へ呼びかけた。 「え? 私ですか」 「お見忘れでござんしょうか。名主の晁蓋《ちょうがい》さんの屋敷に身を寄せていた者の一人。赤髪鬼《せきはつき》の劉唐《りゅうとう》でございますが」 「あ。あの赤馬どのか。……これは驚いた。意外な所で」 「おなつかしいやら、あの節のお礼やら……。ま、何から申していいか分りません。ちょっと、そこらの酒屋《のみや》までお顔を拝借できますまいか」  町端れの仄暗《ほのぐら》い一紅燈。そこの二階の小部屋におちつき、劉唐は、野太刀を壁の隅に立てかけると、下にひざまずいて、 「……昨年の秋、九死に一生を得させていただいた大恩人の宋江さまへ、あらためて、頭領の晁蓋《ちょうがい》以下、呉学人、公孫勝、阮《げん》の三兄弟などに代りまして、このように、真底《しんそこ》、お礼申しあげます。……一別以来のご無沙汰の段を、悪しからずと、一同からもくれぐれな伝言でございまして」 「ヤ、お手をお上げ下さい。給仕人が来る、そんな慇懃《いんぎん》では怪しまれます」 「では、ご免なすって」と、劉唐も椅子《いす》につき、杯、数献《すうこん》を交《か》わしながら、声ひそめて、「――お蔭でただ今では、梁山泊《りょうざんぱく》に七、八百人の子分を擁《よう》し、山の規律なども一新してうまくいっております。これもみな、大恩人のお蔭と、晁頭領《ちょうとうりょう》以下、夢寐《むび》にも忘れたことはございません」 「そうかい。それはまあ、みな息災《そくさい》で、何よりでした。それにいい便りを聞かして貰ってわしもうれしい」 「ところで、まことに、失礼ではございますが、何をもって、一同の心をお報《むく》いしたらいいかと相談の末、ここに晁頭目のお手紙と黄金百両とを、てまえ托されて参りました。どうぞ一同の寸志と思って、お収めなすっておくんなさいまし」 「それほどまでに……」と、宋江はうやうやしく頭を下げ、 「ではいただいておく」  と、差出された書簡ならびに封金十箇のうちの一箇だけを取って、ふところへ納めた。  劉唐《りゅうとう》は、ちょっと、まごついて言い足した。 「押司《おうし》さま。どうぞあとの九十金も、そちらへ」 「いやいや、本来は貰うべきではないが、ご一同のおこころざし、身に沁《し》みてうれしい余り、一封だけは頂戴したのだ。官の年俸もいただいている身、なに不自由な身でもござらん。あとはお持ち帰りあって、よろしく、おつたえ願いたい」 「それじゃあ、てまえが困ります。ご恩報じの使いとして来て」 「でも、おこころざしは、これで充分いただいたのだから」 「ところが、山寨《さんさい》の内も、王倫《おうりん》が頭《かしら》だった頃とちがって、掟《おきて》きびしく、いやしくも、使命をうけて、使いの役を果たせないなンて奴は、仲間の内に、面《つら》をおいてはいられません」 「では私から、ご一同へ宛てて、一|札《さつ》、返書をしたためましょう。それならお顔も立とうし、私の心もとどく」  さっそく懐中硯《ふところすずり》を出して、一文を書いて封じ、なおお互いの消息を、なにくれとなく語りながら、彼も劉唐も、思わずぼうと頬も染まるほど数角《すうかく》の酒をかたむけ合った。 「じゃあ、お名残はつきませんが、山寨でも一同待っておりましょうから、これでお暇を」  二人は、酒店の横の露地を出た。――ちょうど初夏ごろ。宵の月がまんまると、町の屋根の上に出ていた。 「ここからすぐ、山寨へ向けて、お帰りか」 「いえ、あのせつ、県の与力《よりき》の雷横《らいおう》さんと朱同《しゅどう》さんにも、蔭ながらお助けをうけたので、ついでにそちらへもちょっと、お礼を言ってこいと申しつかって来ましたんで」 「左様か。礼はよいが、しかし、金などは一切やってくれぬほうがいいな」 「へえ。いけませんかね」 「雷横もいい人物だが、与力のくせに、大酒呑みだ。身不相応な金などは持たせぬほうが当人のためだろう。……かたがた、事件いらい、ここの町には目明しが増員され、わけて他州者にはすぐ犬が尾《つ》くぞ、油断はあるまいが、気をつけるがいい」 「ありがとうござんす。ヘンな禍風《まがつかぜ》でも背負った日にゃあ大変だ。さっそくに退散します。どうかまあ、押司《おうし》さまにはごきげんよう」  いうやいな、劉唐は、范陽笠《はんようがさ》を眉深《まぶか》にかぶッて、蝙蝠《こうもり》のように、県外の街道へ、消え失せてしまった。  あと見送ってから、宋江は呟いた。「……他人事《ひとごと》ではない。危ないのは自分も同様だった。もし、梁山泊の使いと、こっそり出会っていたことなどが、役署の誰かにでも知られた日には……」と、急に宵風も肌にソワソワ刺す心地だった。――で、にわかに足をいそぎかけると、あいにく、辻の出会いがしらに、ばったり、婆惜《ばしゃく》の親の閻《えん》の婆さんにぶつかってしまった。 「あらまあ、だんな、どうなすったんでございますよ。ちか頃は」 「や、閻婆《えんば》か。なアに、どうもせんさ、役署が忙しいだけのことでね」 「いけませんよ、だんな。てんで、この頃はお見かぎりで……。娘が可哀そうじゃござんせんか」 「でも、達者なんだろ」 「あれ、あんな水くさいこと仰っしゃッてさ。憎いわねえ、いったい、どこの奴が、水を差したんだろう。……さ、とにかくだんな、今夜はお連れせずにいませんよ」 「おい、離せよ、人が見るではないか」 「じゃあ来てくださるでしょうね。道でお会いしたのに、お連れもしなかったなんて聞かせれば、娘は泣いて、わたしに食いつくかもしれません。いいえ、毒でも飲みかねないから」 「おどかすなよ、婆《ばば》」 「この婆だって。……だ、だんなさまに、これきり見放されたら、ど、どういたしましょう……」 「おや、泣くのかい。往来中で見ッともない。行くよ、行くよ」  宋江《そうこう》は負けた。  閻婆《えんば》の老舌《ろうぜつ》とソラ涙に負けただけでなく、この君子人《くんしじん》にも、おのれに負ける一面があったといえる。微酔以上なそぞろ[#「そぞろ」に傍点]心地も手助《てつだ》っていたことだし、稀れには、彼女がどんな愛相《あいそ》を見せるかと、ふと見たい気もしたものにちがいない。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 悶々《もんもん》と並ぶ二ツ枕に、蘭燈《らんとう》の夢は闘って解《と》けやらぬ事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「オヤ、オヤ。灯《あか》りも消えているじゃないか。若い娘《こ》って、ほんとにまア仕ようがないね。……だんなさん、ちょっと、ここでお待ちなすって」  わが家の門《かど》へ入るやいな、閻婆《えんば》はわざと大きな声して、階下から二階へどなった。 「むすめよ、婆惜《ばしゃく》よ。おまえが待ちこがれていた押司《おうし》さまにお会いしたから、むりやりお連れ申してきたんじゃないか。……そんなに鬱《ふさ》ぎ寝《ね》していないで、はやく灯りを点《つ》けて、お化粧《めかし》でもしておきなよ」  すると、真っ暗な二階では、俄《にわか》にばたばた物音がしだしていた。 「……しッ」  と、そこで声をころしていたのは娘の婆惜である。男と寝ていたものらしい。刺繍《ぬい》の枕も寝台の下に転がし、真白な深股もあらわに、もつるる裳裾《もすそ》を掻き合せている。みだれた雲鬂《うんびん》は、たった今まで、張三《ちょうさん》の秘術にあやなされていた身もだえを、どんな白裸《びゃくら》な狂痴《きょうち》にしていたことか、指で梳《す》いても梳ききれない。 「ど、どうしよう?」  もっと仰天したのは、張三のほうだった。上役のそして旦那の、宋江が来たと聞いては、巣箱を引っくり返された二十日|鼠《ねずみ》のようなもの。あっちへ打《ぶ》つかりこっちへ戸惑い、チョロつくひまに、婆惜はすばやく、二階の裏窓を開けていた。 「張さん、なにしてんのさ。こっちよ、こっちよ。屋根からお隣の塀を伝わってさ。だけど、向う見ずに跳び降りると溝《どぶ》があるわよ。いいこと。二、三日うちにまた来てね」  男の尻を押し出して、あとの窓を閉め終ると、彼女はもう何食わぬ姿態《しな》だった。しぶしぶ蘭燈《らんとう》に明りを入れ、そしてお化粧台から階下《した》を覗《のぞ》いて舌打ちした。 「チっ……。うるさいわね、おっ母《か》さんたら。なにさ、天帝様のお出《い》ででもあるまいし」  閻婆《えんば》はあたふた上がって来て、 「しっ、静かにおしよ。たんと楽しんだ後じゃないか。少しぐらいな勤めは、商売だとお思いよ」 「いやですよウだ。おっ母《か》さんだって、若い頃には覚えがあるでしょ。なンともかンとも、あたしゃあ、あの虫蝕《むしく》い棗《なつめ》みたいな押司《おうし》さんの顔を見ると、胸がムカムカしてきて、義理にもお世辞がいえないんですもの」 「そんなこといったっておまえ、母子《おやこ》こうして、贅沢《ぜいたく》に暮していられるのは、なンたって、あの人のお蔭だものね。足を途絶えさせちゃったら、こっちの頤《あご》も干《ひ》あがるだろうじゃないか」 「ああ、辛気《しんき》くさい。来たくないっていうものを、なにもむりやりに連れて来なくってもいいじゃないの」 「そうはいかないッてばさ。おまえもほんとに駄々ッ娘《こ》だね、まあ、嘘でもいいからさ、酒でも飲ませて、ぽんとこう背中の一ツも叩いておあげよ、世話になった冥利《みょうり》にさ」  娘の耳へ口を寄せて、一方へはなだめ、一方には、階段の下に待たせておいた宋江《そうこう》へ向って、閻婆はやきもき、両面二タ役を使い分けていた。 「さあさあ、だんな、どうぞお上がりくださいませな。あんまりお見えにならないので、この娘《こ》はすッかり辛気《しんき》になって、この通りなんでございますの。……いいえもう、心のうちでは、お声を聞いて、わくわくなンでございましょうが、わざと拗《すね》ているんでございますよ。ほんに、待ち焦《こが》れ過ぎた女心ッてものは、ツンとしたり、泣いてみせたり……。ほほほほほ。……はいはい今すぐ階下《した》から御酒《ごしゅ》でも支度してまいりますから」  あとはあとのこと。二人だけでおけばどうにかなるだろう。閻婆《えんば》は狡《ずる》い眼つきを宋江の姿に交《か》わして、するりと階下《した》へ抜けてしまう。  部屋には螺鈿《らでん》ぢらしの塗卓《ぬりたく》、朱《あけ》の椅子《いす》。百花模様の帳《とばり》で室の半ぶんを仕切り、奥に片寄せて寝台が見える。  衣桁《いこう》の下には、脱ぎっ放しの絹の寝衣《ねまき》やら、刺繍枕《ぬいまくら》が乱れていた。錫《すず》の燭台の明りが流れている床に、珠の釵子《かざし》が一本落ちているのを、宋江もチラと見た風だし、婆惜《ばしゃく》もはっと気がついた。彼女はついとそれを拾って、髪の根に挿《さ》し込みながら、 「いらッしゃいまし。……どこで召し上がったの。いいお色ネ」 「ちょっと役署の友人と会ってね」 「あら、なにもお役署の友達なら、毎日お役署で会ってるんでしょ」 「ははは。どうでもよかろう、そんなことは」 「そうねえ、どうでもいいわ」  そこへ閻婆がさっそく酒を運んで来る。婆は娘の仏頂面《ぶっちょうづら》に気をつかいながら、お酌《しゃく》して、 「女の虫ッ気って、ほんとにもう、自分でさえどうにもならないもンなのでございますよ。今夜はひとつ……ほほほほほ、だんなの男の腕にかけて、この娘《こ》の虫のおさまるような得心《とくしん》をさせてやってくださいませな。……さ、もうお一杯《ひとつ》」 「なにか知らんが、たいへん、ご機嫌が悪そうだな。よしよし、婆惜《ばしゃく》には、私が酌をしてやろう。おい取らないか、杯を」 「……じゃあ、だんな、あとはおよろしく。……あとからまた沢山、お料理を持ち運んでまいりますからね」  逃げるように閻婆《えんば》は出て行く。――宋江もくだらなくなって、ともに席を蹴って出て行こうとしたが、一ト足先に出た閻婆が、カチャリと外から錠《じょう》をおろしてしまった。しまったと思ったが、もう間に合わない。  台所へ入った閻婆は、鶏の肉をほぐしたり、窯《かまど》の火を見たりしながら、内心、舌を出していた。男と女とは、窒塞《ちっそく》する場所へ一ツに入れておけば自然なるようになるものというのが婆の哲学だった。やがて焙《あぶ》り肉や羹《あつもの》も出来、飴煮《あめに》も皿に盛られ、婆はほどよいころと、料理|盤《ばん》を持って、二階部屋をそっと開けた。……ところがである、婆の哲学は、案に相違していた。 「…………」  見れば、どっちも黙りこくって、じっと向いあっているだけのことだった。――呆れた! という顔つきで、閻婆はわざと大きく笑った。 「ま! どうしたの、だんなもこの娘《こ》も、まるで花聟《はなむこ》花嫁さんだよ。いいえ、この頃の新郎新婦はもっとひらけていますとさ! さあ、これへお箸《はし》でもつけて」  また、婆さんの酌《しゃく》である。酌《つ》げば飲む宋江だった。酔わせるに限るとしてか、たてつづけに閻婆は酌《つ》ぐ。――そのうちに、 「酌《つ》いでよ、おっ母《か》さん」  と、婆惜も杯を持った。閻婆はやれやれと思ってか、 「そうれごらんな。やっぱり、お腹《なか》のなかでは欲しいんだろ。さあお飲《あが》り」 「なにいってんのさ、ひとの気も知らないで。やけ酒よ、これは」 「だんな、やっと、この娘《こ》のしんねりむっつりが解けましたよ。だんなだって、殿方じゃござんせぬか。ちっとはその、女ごころにもなって、なンとかしておやんなさいましなねえ。……おっと、あとのお料理が焦げつくかもしれない」  また外《はず》して、厨房《かって》に戻り、腰を叩いて、 「ああ、なんていう世話のやけるだんつく[#「だんつく」に傍点]だろう」  と、呟《つぶや》いた。  それからまた、かなりな時間をおいてから、もう何とかなったじぶんと、抜き足差し足、上がって来てみた。しかし座景は変っていない。依然たる睨《にら》めッ子。……ただ婆惜の蘭瞼《らんけん》がほんのりと酒に染まり、宋江も酔って沈湎《ちんめん》といるだけだった。いや夜も更けたし、宋江は帰るに家も遠く、進退きわまったともいえばいえる姿であった。  すると誰なのか、こんな深夜なのに、階下からとんとんとんと上がってくる跫音《あしおと》がして、 「押司《おうし》さんは、ここにおいでですかい」  と扉を叩く者があった。 「なんだえ、まあこの人は?」  内から扉を開けて、男の前に立ちはだかった閻婆《えんば》は頭ごなしに、がなりつけた。 「――だれかと思ったら、おまえは漬物屋の唐牛児《とうぎゅうじ》じゃないの。人の家へ断りなしに入ってくるなンて、泥棒のするこったよ。なにサ馴々《なれなれ》しそうに」 「泥棒とはひどい。なにも黙って入ってきたわけじゃあねえ。階下《した》でさんざん、今晩は今晩は、といってみたが、返辞がねえから、灯《あか》りを見て、神妙に訊きに来たばかりじゃねえか。……ちょっと、旦那にお顔を貸してもらいてえんだ」 「おまえの旦那って、誰さ」 「いわずと知れた押司《おうし》さまだ。宋公明|及時雨《きゅうじう》さまは、常日頃、おれの恩人とも親分とも思っているお方だが、どうしてもまた、お助けを仰がなくっちゃならねえ始末で、宋家村《そうかそん》のおやしきから町中を尋ね廻って、やっと探しあててきたわけさ。あ、いるネ旦那、そこにいらっしゃる旦那」 「オ……唐牛児か」  宋江も声を聞いて、椅子《いす》を立ちかけた。  思うらく――これは飛んだいい奴が舞い込んで来たもの――。市井の小輩、日ごろなら顔見るたびに小費《こづか》いセビリばかりする厄介者だが、時にとっては天来の救い。これを機《しお》に、牛児を連れて、この場のヤリきれない泥沼から、ていよく外へ出て行こうとしたのである。  だが、そこは勘のいい海千婆さんのこと。扉口へ立った宋江の体を、何のかのと、花言巧語のありッたけを尽して、元の座へ押し戻しておき、そしてまた、漬物屋の牛児へ向って、 「いけない、いけない。さア、出なよ、出なよ。図ウ図ウしいったらないね、お前は」 「おっ……な、なんだって人を突き飛ばしゃあがるんだ。おらあ、牝豚《めすぶた》に用があって来たんじゃねえぜ。旦那にちょっと」 「それが虫のいい無頼漢《ごろんぼう》の科白《せりふ》というものさ。いいかい。日ごろご厄介になっている恩人様が、たまにこうして、世間離れてシッポリと愉《たの》しんでいらっしゃるのにさ、何だって、お愉しみの邪魔をするのだい。さ、階下《した》へ降りなよ、降りなってばさ」 「あっ、あぶねえ」 「見損《みそこ》なッちゃいけないよ」  と閻婆《えんば》は、酒の酔いにまかせて、いきなり唐牛児の横っ面へ、ぴしゃっと一つお見舞い申した。  宋江のてまえ、多少|怯《ひる》んでいた牛児も、こうなっては腕を捲《ま》くッて、居直らざるをえない。とつぜん、どたんと家鳴りがしたのは、こんどは婆さんのほうが、壁の下に大きな尻もちでもついたらしい。取ッ組み合いが始まった。しかし婆さんの毒舌と腕力もなかなかである。とうとう唐牛児も尻《し》ッ尾《ぽ》を巻いて、 「死に損ないのどら猫め。覚えてやがれ」  と、捨て科白《ぜりふ》を吐いて、どうやら露地から往来の方へ逃げ失せてしまった様子。  水瓶《みずがめ》の水を柄杓《ひしゃく》からがぶがぶ呑んで、ひと息入れると、婆さんはすぐもとの二階部屋へあがって来た。そしていよいよチーンと冴え白《し》らけている娘と宋江の仲を笑って、さらにペチャクチャ執《と》りなし言に努めたり、また寝室の帳台を開けて、そこの香炉《こうろ》に、春情|香《こう》を焚《く》べたりした。 「さあ……枕も二つ、こう鴛鴦《おしどり》に並べておきますからね。娘や。まあおまえも、いつまでそんなに拗《す》ねているのさ。夜が明けてしまうじゃないか。可愛い殿御《とのご》をお床《とこ》へ寝せて、もすこし色ようしてお上げなねえ」  遊廓にむかし遣手婆《やりてばば》というものがあった。まさにそんな呼吸をよくのみこんでいる閻婆《えんば》のしぐさ[#「しぐさ」に傍点]。宋江は居るに苦しく帰るに帰れず、ただ理性と凡情と、そして瞋恚《しんい》の炎《ほむら》に、てんめんたるまま、妖《あや》しき老猫《ろうびょう》と美猫《びびょう》の魔力に、現《うつつ》をなぶられているのみだった。 「ね、だんな、お気色を直して、もうお寝《やす》みなさいましてはいかがですえ。娘や、おまえも、たんまりと愉しみなよ。そして朝になってごらん。女ってえものは、すっかり気鬱《きふさ》ぎ病なんか癒《なお》ってしまっているものさね。……ほほほ」  二つの灯りのうち、小さい寝室の蘭燈《らんとう》だけを残して、閻婆《えんば》はふッと灯を吹き消し、やがてコトコト階下へ沈んでしまった。  あとの二階部屋は、青白い湖《うみ》になった。窓から映《さ》す残月が町屋根を黒々浮かしている。初夏ながら肌さむい。星が飛ぶのがスーと見えた。  悪酔いしたにちがいない。ころして飲んだ酒がツーンと宋江のこめかみに疼《うず》く。――宋江はふと思った。「……婆惜《ばしゃく》と張三の仲はどうも怪しいが、といって見とどけたわけでもない。そうだ、女がどんな風におれに接するか、そしらぬ振りで見てやろう」と。  そもそも、これが宋江によく出来る芸か否か。――みれば、婆惜はすでに、着た物を脱がず、刺繍《ぬい》の枕にふて[#「ふて」に傍点]寝のすがただ。ふて[#「ふて」に傍点]寝とあるからには後ろ向き。まるっこいお尻はもう宵のくち情夫《おとこ》の張三の甘美するにまかせて、なお飽かない不足をぷっと怒っている恰好といえようか。さあれ、その艶姿は、海棠《かいどう》が持ち前の色を燃やし、芙蓉《ふよう》が葉陰に棘《とげ》を持ったようでなお悩ましい。いってみれば、これや裏店《うらだな》の楊貴妃《ようきひ》ともいえようか。あたりに競《くら》ぶべき絢爛《けんらん》がないだけに、その妖姿はよけいに猥《みだ》らな美を独り誇ってみえる。  いまいましいし、宋江の性情としては、なんとも屈辱的な気がされたが、彼も冠《かぶ》り物をとって帳台わきの小卓におき、するりと脱いだ上衣《うわぎ》をも衣桁《いこう》へかけた。 「…………」  彼女はこっちを見向きもしない。けれど、かそけき気配もじつは全身で聞いているのがこの性《たち》の女の常である。「……小面憎《こづらにく》さよ」と、宋江はその姿態《しな》を見すえながら、白い絹足袋をぬぎ、帯を解き、そしてふところの書類|挟《ばさ》みと紙入れとを、小卓の上におこうとしたとき、ことんと、床《ゆか》の上に何かを取り落した。  ひと振りの短刀と、宵に、劉唐《りゅうとう》から受けておいた十両の封金とだった。――そしてあのときの晁蓋《ちょうがい》の手紙は、ついまだ読むひまもなく書類挟みに入れてあるので、それらを大事にまとめて、寝台の細い手欄《てすり》へ掛けておく。――そしてさて、蒲団《ふとん》の中へ身を入れかけたが、やはり男として、おいそれと女の背を拝して横になる気にはなれない。女の寝姿とは逆に向いて、その足のほうから体を入れ、女の背と肩の辺へ両足をやって、夜具のすそをそっとかぶった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] ふと我れに返る生姜湯《しょうがとう》の灯も、 せつな我れを失う寝刃《ねたば》の闇のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  かたちでは、眠りについたが、宋江《そうこう》も婆惜《ばしゃく》も、じつはまんじりともしていない。男女の体は電体のものだろうか。溶《と》けあえば血は一つにながれる。だが闘えばバチバチと音もない青い火花を発しる。「……畜生」とお互いのうち、いよいよ研《と》ぎすまされるばかりだった。  そのうちに「……ク、ク、ク」と、女が笑った。冷侮《れいぶ》、氷刃《ひょうじん》のごときものだ。宋江はかっと蒲団《ふとん》のうちで熱くなった。女は、もひとつ体を硬《かた》めて、じゃけんに宋江の足さきを、うるさそうに肩で払った。「……ちッ」と舌打ちしたのも聞えた。でもまだ宋江は怺《こら》えていた。かえって、わが愚が憐《あわ》れまれた。何をか好んで物ずきに、かかる売女《ばいた》の侮辱を忍んでいなければならないのか――と。 「ええもう、寝ぐるしい」  再度、女が呟《つぶや》いたのを機《き》ッかけに、彼はバッと蒲団を刎《は》ねて脱け出していた。女の白い足がとたんにむきだされたので、反射的に婆惜も壁へ向ったまま叫び出した。 「なにするのッ、イヤな人ね! ほんとにもう!」 「おまえこそ。なにを笑うんだ、ばかにすなっ」 「いけないの。おかしいからよ。そんな男ッて、あるかしら。男なの、あんた」 「言ったな。婆惜。もう来ない!」 「おお、うれしい。決して、おひき止めなんかしませんわよ」  宋江は耳朶《じだ》の辺に、じんと鎚《つち》で焼《や》き鉄《がね》を打たれたような鈍痛を感じた。ぐら[#「ぐら」に傍点]としてくる。下袴《したばかま》をはくのも帯を締めたのも夢中だった。両手で扉を突くやいな、どどどと階段を降りて行った。 「……あらっ、だんな。どうなすったんですよ、だんなってば」  後ろに閻婆《えんば》の仰山な声は聞えたが、一|顧《こ》をくれる余裕もなかった。そこの横丁から盗児のごとく逃げ出していたのである。町はとっくに丑満《うしみつ》過ぎ、人ッ子ひとり往来の影もない。  すると四ツ辻に、ぽちと赤く、露灯《かんてら》の灯が見えた。それは夜ッぴての遊蕩客《あそびきゃく》のためにある夜通し屋の一|荷《か》で、生姜湯《しょうがとう》売りの王|爺《じい》さんだ。ひょいと見かけて。 「おやおや、押司《おうし》さまではございませんか。お役署御用で、夜明かしでもなすったんで」 「なあに、友達の家で少し飲み過ぎてね、つい家へ帰りそびれたのさ」 「酔いざましには、二|陳湯《ちんとう》などいいもンでございますが」 「そうだ、一杯もらおう。……おっと、ありがとう、いつもよく稼《かせ》ぐなあ、爺さん」 「お蔭さんで、正直に働いておりますせいか、皆さんから、ご贔屓《ひいき》にしていただいておりまするで」 「考えてみると、役署勤めの深夜には、こうして、爺さんの梅子湯《ばいしとう》やら生姜湯《しょうがとう》などに、ずいぶん長年のあいだ温《あたた》められてきたなあ。そしていつもお前さんは、代金も取ってくれない」 「なんの、押司《おうし》さま。当りまえでございますよ」 「どうしてね?」 「だって、しがない私どもが、こうして真面目《まじめ》にやっていけるのも、旦那がたお役人が、寝る眼も寝ず、悪い奴に悪いことをさせねえように守っていて下さるからこそで」 「ああそういわれちゃあ、面目ないよ」 「どういたしまして、まったく警邏《けいら》のお蔭さんでございますよ。こうして、町の衆が、夜を安楽に寝ていられますのもね」 「そうそう、思い出したよ、爺さん」 「へい、なんでございますえ」 「いつかおまえに、何か望みはないかと訊いてやったら、人並みに棺桶《かんおけ》ぐらいは買って備えておきたいと言ったッけ。よろしい。その棺桶はわしが買ってやると約束したことがあるなあ」 「よくお覚えおきくださいました。……それやもう、分《ぶん》に過ぎた望みか存じませんが、もしそれが能《かな》うなら、来世は馬にも驢馬《ろば》にもなって、ご恩報じをいたしまするで」  王爺さんは、さびしげに笑った。――宋朝《そうちょう》その頃の風習として、生前に自分の棺桶を買って家にそなえて置くことが、老後の人の最大な美風とされていたからだった。  ふと。宋江は今、この王爺さんに、それを買ってやるといった旧約を思い出したのである。余りな自己|嫌厭《けんえん》や慚愧《ざんき》のあとでは、人間はふと、他の人間の中に“真”を求めたり美徳のまねごとでもして自己の救いに置き代えてみたくなるものらしい。――で、宋江は、しきりに懐中をさぐり出した。心なく劉唐《りゅうとう》から受けておいたあの十両。  あれを、王爺さんの棺桶代にめぐんでやろう、という気もちからだった。 「……おや。……はてな。たしかに手紙は書類挟みに。……金も一しょにしていたはずだが」 「押司さま。なにも急に、今でなくても」 「……いや、待ってくれよ。……やや、こいつは」 「いつだっておよろしいんですよ。この爺《じい》の棺桶などは」 「いや、しまった! なんとその棺桶は、自分の使い物になるかもしれん。こうしちゃあいられない。――爺さん、じつはよそで泡《あわ》を食って、その金包み以外、大事な物まで置き忘れて来たんだ。宋江嘘はいわん。きっと後日買ってやるからな」  言い捨てるやいな、彼は疾風のように元の道のほうへ引っ返し、婆惜《ばしゃく》の家のある横丁へ馳けもどって行った。 「……いい気味だ、あんなやつ。これで清々《せいせい》と、あしたの昼まで寝てられるわよ」  さきに宋江が憤然として帰った後。――婆惜はいちど起き直って、薄衣《うすもの》を解き、裙子《はかま》のひもから下の物まで脱いで、蒲団を払い、 「嫌だとなると、同じ男でも、こんなものかしら。いちどあいつが寝た蒲団だとおもうと、この温《ぬく》みやら匂いまでいやらしい」  と、ばたばたさせて、二つの枕の一つまでを、部屋のすみへ放りなげた。  そして、おや? と気がついた風である。  寝台の手欄《てすり》へと、彼女の白い手が走った。蜀江織《しょっこうおり》の薄むらさきの鸞帯《らんたい》――つまり大事な物入れとして肌身につけておく腹おび――に、釵《かんざし》にでもなりそうな翡翠玉《ひすいだま》と瑪瑙《めのう》の付いた括《くく》り紐《ひも》が、たらりと、それにかかっている。 「……ああわかった。目玉に油を塗られたトンボみたいに、あの黒《くろ》二[#1段階小さな文字](宋江《そうこう》のあだ名の一つ)[#小さな文字終わり]が、きりきり舞いして出て行ったから、腹立ちまぎれに忘れたんだわ。……いいわねえこれ。そうだ張三《ちょうさん》にやって、よろこばしてやろう」  持って寝て、寝ながら愉しげに蘭燈《らんとう》の明りで中を調べ初めたものである。見ると、鸞帯《らんたい》の中には、かの短刀、かの十両、さらに書類袋《しょるいたい》のうちからは、梁山泊《りょうざんぱく》の晁蓋《ちょうがい》から彼に宛てた書面まで現われてきた。  まだ封も開いてないそれを、女は小指の爪で器用に剥《は》がしていった。――梁山泊がどんなところかは、三ツ児でも知っている。去年はこの土地で大捕物の騒動もあったほどだ。彼女は、息をつめて、繰り返し繰り返し読んでいた。……ところへ、みし、みしと、忍びやかに上がって来る足音だった。彼女はあわててそれらの物を鸞帯《らんたい》[#1段階小さな文字](胴巻)[#小さな文字終わり]へおしこみ、腹の下に抱いて、そら寝入りをつかっていた。もちろん、その足音は、宋江だった。悄然《しょうぜん》として、しかも下《し》タ手《て》に、 「……おや、見えないが。……ああわかった、婆惜《ばしゃく》、おまえが仕舞っておいてくれたのか」 「だれ? うるさいわね、また」 「ちょっと、起きてくれないか。忘れ物をしたのだ。それをここへ出してくれい」 「知りませんよ、そんな物」 「知らんはずはない。たった今のことだ。……あの鸞帯《らんたい》には、役署の書類やら大事な物が入っている。後生だ、返してくれ」 「ふふン……だ。なんでもお役署風さえ吹かせばすむと思ってるのね。婆惜はそんなお人形さんじゃありませんわよ」 「さては、鸞帯を隠したな」 「泥棒だと仰っしゃるの」 「いや、つい語気を荒くしたが、何もおまえを泥棒にする気はない」 「もちろんでしょ。泥棒とお親《ちか》しいのは、そちら様ですものねえ」 「げっ……。よ、読んだな、中の手紙を」 「あいにく、寺小屋ぐらいの読み書きは、婆惜《ばしゃく》も習《まな》んでいましたからね」 「たのむ! ……」と、宋江は、女の寝台のそばに片膝をついて、首をさげた。 「大きな声をしてくれるな。あの一書は、宋江には無関係な者の手紙だが、知られては、世間に誤解される。宋江の身の破滅だ……」 「あんたを賊の一味だとは思っていませんわ。けれど、梁山泊から、なんであんたに、金百両を贈ってきたのかしら。……なにか、よッぽどなことでもなくっちゃ……」 「しっ、しずかにしろ。おまえのいうこと、望むこと、何でもきくから、ここはもんくなしに、その品だけを、返してくれい。……このとおりだ、婆惜。男が頭を下げてたのむ」 「おもしろいわね。じゃあわたしのいうこと、なんでもきく?」 「きこう。きっときく」 「三つの条件があるわよ。いいこと」 「たとえ、何ヵ条の難題でも」 「いいわね、じゃあ第一に――わたしの妾《めかけ》証文をわたしに返すこと。そして張三《ちょうさん》のところへお嫁に行っても、一さい苦情のない一|札《さつ》を入れることよ」 「よろしい」 「第二には――ここの家財道具、わたしの髪かざりまで、すべて、わたしの物よ。みんな俺が買ってやった物だなンて、野暮なもんくをいわないことね」 「それも合点だ。して、あと一条は」 「それが、たいへん、難かしそうなの。あんたに、それが肯《き》けるかしら」 「どんなことか、いってみろ」 「百両、ここへ並べて頂戴。……手切れ金に」 「いまはない」 「そら、出しおしんでるくせに、梁山泊の使いから、あんた、たしかに受け取ったでしょ」 「じつは、十両だけ取って、あとは返したのだ。九十金は、後から工面しよう」 「嘘ばッかり。さ、きれいに出しておしまいなさいよ。それがいやなら、こっちも鸞帯《らんたい》は返さないからいい。返すもんか。どうあっても」 「返せ。なんでわしが嘘をいおう。家財道具を売り払っても、きっと数日中に持ってくる」 「じゃあ、その時の引き換えよ。なんでも現金取引きに限るわ。それとも、わたしを泥棒だといって、お白洲《しらす》へ突き出しますかね。わたしは、どっちでもいいの」 「なんといっても」 「くどいわねえ。この人」 「……な、婆惜」と、宋江は起って、我れを憐《あわ》れむ涙につい眼を曇らせながら――「きっと、金は後から揃えて来る。な……気を直して、あれを返してくれ。おまえの気にさわったことがあるなら、わしが悪かった。あやまるよ……。婆惜」  彼女の硬《こわ》ばった肩ごしに、その顔を覗き込み、必死に機嫌をとると、よけい宋江の弱味に誇った女は、その顔を、うるさげに突きのけて、 「いやよ、いやよ! わたしは、あんたのその口の臭《にお》いを嗅《か》いでもムカつくのよ。百両出すのが惜しければ、貰いたくもないわ。――その代り、晴れてお上《かみ》からご褒美を頂戴するわ。百両の半ぶんでも、お上からなら大威張りだし……さ」 「うぬっ」  今はとばかり、宋江の眼《まな》じりが裂けて見えた。とたんに、蒲団の下の白裸《びゃくら》が双肩《もろかた》にかかった男の力で引っくりかえされ、乳ぶさの下から、鸞帯《らんたい》の錦、翡翠《ひすい》の玉が、チラと見えた。 「なにをするのッ。呶鳴《どな》るわよ」 「おっ、これだ! あった。これさえ返れば」 「離すもンか、死んだって」  闘う女の真白な玉裸《ぎょくら》が、また無性に俯《う》ッ伏してそれを押し隠す。その弾《はず》みに、短刀だけが、寝台の下にころげ落ちた。あわてて、宋江《そうこう》の片手が、短刀を拾い上げたのを見ると、婆惜《ばしゃく》は本能的に、ひーッと悲鳴を発し、つづいて、 「ひッ、人ごろしっ」  と、刎《は》ね起きた。  その絶叫が、かえって、宋江の一瞬の狂気を呼んでしまった。――せつなに「うむッ……」とのけ反《ぞ》ッた重い肌と黒髪が、宋江の顔から胸元へかけて仆れてきたとき、いつのまにか、刃《やいば》はふかく婆惜の脾腹《ひばら》をえぐっていたのである。温《ぬる》い、いや熱くさえある血潮が彼の二ノ腕までまみれさせ、彼は蒼白となった面《おもて》に、その双眼を、じっと、ふさいだままにしていた。 「…………」  どたん、と床へ死骸を投げ出すと、大きな息を肩でついた。  彼は手ばやく、鸞帯《らんたい》を肌の下に締めた。そして晁蓋《ちょうがい》の手紙は灯にかざして焼きすてた。それが早いか、物音に眼をさました婆が、階下から上がって来るのが早いか、間髪な差でしかなかった。 「……あっ、閻婆《えんば》だな」  ふッと、蘭燈《らんとう》をあわてて吹き消す。しかしもう窓は明けていた。明け方の光が微かに、血のなかの海藻《うみも》にも似る黒髪と、白蝋《びゃくろう》のような死者の顔とを、無常迅速のことば通り、冷ややかに照らし出している。 「……だんなえ。今、どすんといったのは、なんの音ですかえ。夜が明けてまで、痴話《ちわ》喧嘩のつづきじゃしようがありませんね」 「婆か。……み、みてくれ。みろそこを」 「なんですの。まあ、らちゃくちゃない」 「……ついに、堪忍ぶくろの緒《お》を切って、おまえの娘を殺してしまった」 「ごじょうだんでしょ、だんな。えんぎでもない」 「ほんとだ。……下手人のわし自身でも信じられん。だが、やってしまった。人間とは、あて[#「あて」に傍点]にならないものだなあ。ああ、日頃の知識などは役にも立たんものだなア。おれも田夫野人《でんぷやじん》と何ら変るところのない物騒な人間だった」 「いやですよう、だんな。そんな妙な科白《せりふ》を、恐《こわ》い顔して仰っしゃってちゃあ」 「それ、婆。おまえのいる、そこの寝台の後ろの蔭だ。それが婆惜だ」 「ひぇッ……」と、婆は腰を抜かしかけた。がたがたと、骨ぶるいして、急に歯の根も合わぬらしい。 「……ど、ど、どうぞだんな。この婆は、おたすけなすってくださいまし。ま、まったく、むすめが、わるかったのでございますで……。ばばは、べつにもう」 「こっちこそ、ぞッと後悔したところだ。その上、おまえまでを殺すほど狂乱はしていない。ふびんなことをした。ばば、かんべんしてくれい」 「も、もッたいない。わ、わたしさえお助け下されば。……けれど、アアどうしましょうぞい。この婆は、もう喰べてはゆかれません」 「仏への追善だ。それだけは、ひきうける。一生|末生《まっしょう》、おまえは食うに困らせぬ。……そうだ、夜が白む。はやく葬儀屋《そうぎや》へ行って、棺桶をあつらえて来い。そして隣《となり》近所へは、急病のていにでもしておいてくれ」 「よ、よろしゅうございますとも。決して、この上ご恩人のだんなへ、ご迷惑はおかけいたしません。けれど、どうぞ万端《ばんたん》のこと、この婆の身の行くすえは」 「ああ見てやるとも、案じるな」 「だが、だんな、もう癲動《てんどう》しちまって何だか物もいえません。それに、婆惜《ばしゃく》がお世話になっていることは、近所の衆も知っていること。葬儀屋まで、ご一しょに行ってはくださいませんでしょうか。助かります。この娘《こ》もまあ、あんまりわがまま育ちから、ついまアこんな……」  ぼろぼろ泣き沈むのを見ては、宋江も胸をかきむしられるようだった。で急いで、台所で手くびなどの血糊《ちのり》を洗い、婆を連れて、夜明けの町へ出て行った。  まだ朝霧の町はしんとしている。ぼつぼつ戸を開ける音や往来の車がカラカラ鳴るだけだった。横丁を出るとすぐ役署の門と大きな楊柳《ようりゅう》の茂みが眼につく。宋江は、後ろめたさに、 「婆。こっちから行こう」  と、べつな横丁へ交《か》わしかけた。 「あら、どうしてです、だんな。葬儀屋の陳三郎《ちんさんろう》はこっちですのに」 「だってまだ、起きていまい」  婆は、眼つきを、けわしくしていた。が、神妙に後について遠廻りしたあげく、やがて町中の大通りへ出た。そのころもう店屋もあらかた開いて、往来の人通りもふえていた。わけて四ツ辻には、毎朝の朝市が立ち始めている。 「だんな……。よくやったね」  婆はふいに立ちどまった。宋江はその眼光にぎょっとした。婆の両手の爪は自分の袖をかたくつかんでいたのであった。 「なんだ婆。ひとの袂《たもと》をつかんで」 「覚えておいでよ。……おういっ、町の衆、人殺しだよ、人殺しだよっ。……この押司《おうし》が、むすめの婆惜をたった今、殺しゃあがった。かたきを取ってくださいようっ」 「あっ、なにをいうか」 「ええい、この人殺し。人殺し――いッ」 「よせ、よせ吠《ほ》えるのは」  宋江は狼狽《ろうばい》のあまり、両手で婆の口を抱きふさいだ。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 地下室の窮鳥《きゅうちょう》に、再生の銅鈴《どうれい》が友情を告げて鳴ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「なんだなんだ。人殺しだって」  附近には朝市も立っている。それに軒並みの商家、往来の男女、たちまちまわりは黒山のような人だかりとなった。  中にはすぐ飛んできた目明しの顔もみえたが、しかし、閻婆《えんば》に手を貸そうとする者はない。ただ怪しみながらゲラゲラ笑っているばかりである。――いかに婆さんが「こいつは、わたしの娘を殺した人殺しだ」と衆へ向って訴えても、町中知らぬはない温厚人の宋江《そうこう》を目《もく》して犯罪人と信じる風はちッともないのだ。かえってこれは飛んだ宋江の迷惑事と察して同情をよせ、逆に閻婆《えんば》の狂態を弥次《やじ》り仆す有様だった。  それさえあるに、不意に群集を割って飛び込んできた一人の男は、いきなり宋江の体から婆さんをもぎ[#「もぎ」に傍点]離してイヤというほどその頬げた[#「げた」に傍点]を撲《は》り仆《たお》した。そして猛《たけ》る閻婆を、もういちど蹴離しながら、 「さ、旦那。こんな気狂《きちが》い婆におかまいなく、早く行っておしまいなせえ。あとは唐牛児《とうぎゅうじ》がひきうけましたから」  と、追い立てた。  まさにこれは宋江の平常の人徳がしからしめたもの。諺《ことわざ》にも――好《ヨ》キ人ノ難《ナン》ハ人ミナ惜シミ、好悪ニ災《ワザワイ》ナキハ人ミナ訝《イブ》カル――とある通り、天の救いといえるものか。  宋江は絶体絶命、眼も昏《くら》むばかりだったが、彼の声を耳にするやいな、われも覚えず脱兎のように逃げて行った。あとも見ずに姿を消す。  だが、承知しないのは婆さんの方である。腰をさすって起き上がるやいな、 「おやっ。おまえは漬物売りの唐牛児だね。そうだ、おまえも下手人の片割れだよ、さあおいで」 「ど、どこへ来いっていうンだよ、どこへでも行ってやるが」 「知れたこと。お役署へさ!」  閻婆《えんば》は、宋江の身代りに、彼の胸ぐらをつかんだまま、わいわいいって散らかる群集の間を割って、近くの県役署の門内へ入って行った。  知事は“早暁に行われた美人ごろしの事件”と聞いて、さっそく官舎から庁《ちょう》へのぼり、閻婆と唐牛児を白洲《しらす》にすえて、吟味《ぎんみ》をひらいた。  知事の時文彬《じぶんぴん》は仰天した。  下手人とみられる宋江は、彼が厚く信頼もし、部下ながら尊敬すら抱いている稀れな良吏《りょうり》である。「……どうして宋江が?」と情けなくもあり、同時に助けてやりたい気もちのほうがいっぱいだった。  そこで彼は、取調べも緩慢に、努《つと》めて婆の心をいたわり、なんとか示談の方へ持ちこもうとしたが、婆はもってのほかな形相《ぎょうそう》をすぐ現わして、 「人を殺せば殺されるのがお上《かみ》の掟《おきて》。掟どおりにあいつを縊《しば》り首《くび》にしてくんなされ」  とばかり、ここでも吠《ほ》え猛《たけ》って止《や》まばこそである。  ぜひなくその日は一応、婆を帰宅させ、唐牛児の身は前夜の関《かか》り合いもあるので、一時仮の牢舎へ下げた。そして何かと事件の処理は遷延《せんえん》させ、その間に、宋江にとって有利な緒《しょ》を見つけようとするのが、知事の腹らしかった。  ところが、ここに、 「そうはさせぬ」  と、躍起な活動を暗に起していた一部下があった。  殺された美人|婆惜《ばしゃく》の情夫《いろ》の張文遠《ちょうぶんえん》[#1段階小さな文字](張三)[#小さな文字終わり]である。――彼はすすんで事件の捜査係を買って出、兇行現場の死体調べから近所衆の口書《くちがき》あつめまで手を廻していた。かつまた当夜、宋江が婆惜を刺した短刀をも提示して、 「知事。これではもう、犯人宋江の兇悪さは、疑う余地もありますまい。それにあれきり宋江は役署へも出てまいりません。悪くすると逐電《ちくてん》のおそれもある」  と、小気味の悪い含み笑いをもちながら、再三にわたって知事へ逮捕《たいほ》の断《だん》を迫った。  張文遠にすれば、宋江は憎い女讐《めがたき》だし、上役ながら、日頃の余りに良い彼の評判をくつがえしてくれたい気持ちやら、またその椅子《いす》へ累進《るいしん》の野心なども手伝っていた。だが、時《じ》知事の方でも町の者などの密告でほぼ彼の行状やら腹の中は見ぬいている。――だから、逮捕令を出せ、出すまいとする、両者の心理的|葛藤《かっとう》は、どうしてなかなか微妙なのだ。  とはいえ証拠品やら閻婆《えんば》の提訴状まで並べられては、ついに知事も折れて、 [#1字下げ]宋江逮捕  の令状を下さずにいられなかった。しかし、それはすでに遅く、捕手の群れはやがて空しく引き揚げて来て復命した。 「はや犯人は宿所におりません。杳《よう》として以来、姿を見ぬということです」  すると、側で聞いていた張文遠が、俄然、青すじを立てて怒鳴った。 「そんなばかなことはない! 今頃まで日頃の下宿にいないのは当りまえだ。元来、彼奴は宋家村《そうかそん》の生れ。村には今も父親の宋老人と弟の宋清《そうせい》が一しょに住んでいる。なぜそこを突かんか。そこに潜伏しているに違いないわ」  宋家村の宋江の実家は急襲された。  ところが、老父の宋老人の神妙な応対と、袖の下をたんまり受けて来た捕手たちは、またも手ぶらで時文彬《じぶんぴん》知事に、こんな復命をもたらした。 「当主の宋老父の釈明によりますと、実家とはいえ、すでに四、五年前に家督は弟の宋清に譲ッているそうで、その宋江は、官途へ立つ身に縁類があっては私心の煩《わずら》いになるとかいって、独り宋家の戸籍を脱けておる由。……このとおり、書類の写しもこれにあり、他人同様な宋江のこと、一切知らんと申して受けつけません」  知事はむしろ、ほっとした顔いろである。 「ふふむ、そうか。左様な証拠があるとあっては、無礙《むげ》に老父や弟を拘引《こういん》もなるまい。宋江の追捕《ついぶ》は、懸賞金をかけて、ひろく他を捜《さが》させることにしよう」  もちろんこれは張文遠の服従するところではない。二、三日すると、裏面から彼に突ッつかれた閻婆《えんば》が形相をかえて県役署へやって来た。そして知事室の外でがんがんわめきたてた。 「へん、なにが知事様かよウっ。知事面《ちじづら》しくさってよ。人殺しの下手人ひとり捕まえられんのかい。それも眼の前にわかりきっている悪党をさ!」  婆は図にのッて、いよいよ声をあららげたり床《ゆか》を踏み鳴らした。 「ひとの身にもなってごらん。娘を亡くしたこの婆は、このさき誰に食わしてもらうのさ。役署で食わしてくれるかね。それも出来まいがよ。それも出来ず、犯人も捕まえず頬冠《ほおかむ》りしていようというなら、もういいよ。婆にも婆の考えがある。――ほかの奉行所へ行って訴え出るのさ。そこでもいけなければ都へ行って、おそれながらと、大官のお輿《こし》へ直訴《じきそ》してでも、この讐《かたき》はきっと取ってみせずにおくもんか」  そこへ、あわただしげに、一室から、 「まあ、まあ」  と、婆をなだめに飛び出して来たのは、婆とはちゃんと諜《しめ》し合せのついている張文遠であって、 「ともかく、今日は帰んなさい。決して役署でも事件を軽く見ているわけじゃないのだから」  と、すったもンだをわざと演じて、やっとのように、婆を庁外へ追い出した。  そして張文遠はすぐ、またぞろ時文彬《じぶんぴん》へ迫って、ついに再度のかつ大規模なる捕手の出勢を知事に余儀なくさせたのだった。  捕手頭《とりてがしら》にも、こんどは名うて[#「うて」に傍点]な朱同《しゅどう》と雷横《らいおう》が立ってそれを引率して行った。  同勢は、ぐるりと宋家をとりかこみ、二人は内へ進んで宋老人へ令状を示し、 「これだ! 老人。日ごろの誼《よし》みも、悪くおもってくんなさるな。家探《やさが》しするぜ」 「ご苦労さまです。どうぞご自由に」  老父はもう観念のていだった。  二人は邸内を一巡し、やがて土蔵廊下みたいな暗い奥の間へ進んで行った。――と持仏堂がある。四壁は陰々として冷たい。一方の厚戸の閂《かんぬき》を外《はず》すと、仏具入れの長櫃《ながびつ》がある。位置が変だ。二人がかりで横へ移す。――と、たしかに下へ降りられる穴倉の口。  雷横はなに思ったか、 「朱同、あっちにも、変な一室がある。おまえは残って、この下を調べてくれ」  と、眼顔のうちに、何かを語って、ぷいとそこを外《はず》してしまった。  まっ暗な階段を降りると、何か顔に触る物がある。布縒《ぬのより》の細綱らしい。引いてみると、りりりん……と頭の上で銅鈴《どうれい》がいい音《ね》で鳴った。 「だれか……?」  奥のほうから這い出してきた人影がある。じっと見れば、それなん宋江《そうこう》その人にちがいない。ここ久しく日の目も見ず、蒼白の面《おもて》に鬂《びん》のほつれ毛も傷々《いたいた》しく、暗闇の中でも肩の窶《やつ》れがわかるほどだった。 「や、朱同じゃないか。ああついに来たな!」 「押司《おうし》。びっくりなさることはない。雷横も自分も、日頃のあなたは知っている。公私にわたって、多年温情を蒙《こうむ》っている二人が来たのだ。なんでその恩人を、縄目にかけていいものか」 「でも、それでは、お身方が役署へ対して、申し開きが相立つまい」 「なあに、どうにだって、虚構《きょこう》はできる。知事も内々はあなたを逃がしたいのだ。庁内でもあの張文遠のほうがよっぽど憎むべき悪人だといっている声は多い。……どうか、他国へ逃げておくんなさい。どこかお心当りはありませんか」 「かたじけない」と、宋江はしばし頸《うなじ》を垂れて――「どこといって、さし当り確《かく》たるあてもないが、思いうかぶのは第一に滄州《そうしゅう》の名士、小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》」 「なるほど」 「第二は、青州|清風寨《せいふうさい》の小李広《しょうりこう》、花栄《かえい》。――次には白虎山のご隠居と、そのご兄弟なども頼って行けば、どうにかして下さるとは思われるが」 「平常《ふだん》、おつき合いも広いあなた。そうした先にはご心配もありますまい。とにかく早速、身仕度だけでもしておいでなさい」  と、朱同は別れをつげて地下室から上へ戻った。そして雷横とともに、なおそこらを愚図《ぐず》ついたあげく、一度門外へ出て、手下の捕手へわざと仰山な身振りで言った。 「宋江は早やここにはいない。邸内|隈《くま》なく検《あらた》めたが何処にも見えん。あとは屋根裏と床下だけだ。念のためそこを捜せ。その間におれたちはもういちど宋老人を糺問《きゅうもん》してみる」  やがてその宋老父を拉《らっ》した朱同と雷横《らいおう》は、いぜんの持仏堂へ入ってかたくそこを閉め、密々声をひそめ合っていたのだから、ここではどんな相談事が成り立っていたかわからない。  捕手たちは正直に、その間、屋根裏やら床下を這い廻った。もとより何の異状もない。そうこうするうち夕方になると、宋家では、酒肉を盛って彼らを饗応《きょうおう》し、またそれぞれにそっと銀子《ぎんす》をつつんだ袖の下を賄《まかな》った。宋朝治下の上から下まで、こんなことは通例だった。雷横も酔い、朱同も酔い、ほどなく夜空の下をどっと潮《うしお》のように引揚げてしまった。 「残念でした」  二人は、知事に復命した。 「宋江はすでにこの地におりません、事件いらい実家にも姿を見せないという老父の言はほんとでしょう。いや実家といっても、籍は脱《ぬ》けている他人同様な奴の身軽さ。どうも致し方ございません」 「む……」と、知事はもっともらしく呻《うめ》いて、 「やはり他州へ逐電《ちくてん》ときまったか。最初から宋家に潜伏していると、強情《ごうじょう》に言い張っていたのはかの張文遠じゃ。ぜひもない。この上は、罪状触れと人相書を作成して、諸州の役署へ布達しておけ」  知事はしたり[#「したり」に傍点]顔である。常套《じょうとう》的な公式の手続きを運ばす一方、ひそかに朱同から、張文遠と閻婆《えんば》を裏からなだめさせた。  内心、張にも痛い脛《すね》がある。  自分と宋江のいきさつについて、部内にはヒソヒソ声があるふうだし、婆さんはすぐ金にころぶ。痛し痒《かゆ》しだ。このうえ下手にごね[#「ごね」に傍点]てみずから現職の地位を失うよりはと、彼もそこは利に賢《さと》く、軟化の色をやがて見せた。  こうして、とにかく“婆惜《ばしゃく》殺し一件”は、鄆城県署《うんじょうけんしょ》のあぶない網の目から、ひろく懸賞金付きで諸州|布令《ぶれ》となり、そして、時の無数な波紋のうちの小波紋として、いつか見送られて過ぎたものだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 宋江、小旋風《しょうせんぷう》の門を叩くこと。 ならびに瘧病《おこりや》みの男と会う事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  暁の星が白っぽく、旧家の池の枯れ蓮《はす》に風もない。一葉一葉と落ちる梧桐《きり》の木に、いつも来て歌う鳥の音も、今朝は何か宋家の父子の腸《はらわた》には、沁《し》み入るような悲しみがある。 「気をつけて行けよ。あとのことは案じるなよ」  宋老父は、老いの眼に、涙をためて、この朝、二人の子を、家の裏門から小雨のような霧の小道へ見送った。  宋江《そうこう》とそして、その弟の宋清《そうせい》とをである。  宋清は罪もないので、「家に残って、老父の余生に孝養をつくしてくれ」と宋江は言ったのだが、老父は「いやいや、いつまた、知事が代って、再吟味されまいものではなし、また、今の世相《せそう》はあてにもならぬ。こんな旧家を持ち支えるため、宋清も、あたら一生をつぶすことはないわ。兄に従ってどこへでも行き、悔いない一生を送るがいい」と、たって共に旅立たせたものだった。  老父の慨嘆も、理由《ゆえ》なきではない。  たとえば。  宋家の内に、地下の穴蔵があったことなどもその一端をものがたっている。――当時の宋朝廷下の官吏には、奸佞《かんねい》、讒訴《ざんそ》、賄賂《わいろ》、警職の乱用、司法の私権化など、あらゆる悪が横行していたので、その弊風《へいふう》は、州や県の地方末端の行政面にも、そのまま醜悪を大なり小なりつつんでいた。  したがって、宋江の就いていた押司《おうし》の職なども、重要なだけに、ちょっとした私意や違法の間違いを犯すと、讒《ざん》に会って、すぐ流罪《るざい》だの家産没取の厄《やく》にあい、その連累《れんるい》は、一族にまでおよぶ有様。そこで官吏の多くは、戸籍を抜いて、あらかじめ九族の難にそなえ、また、穴蔵など造って内々家産を地下に匿《かく》しておいたり、日常何かの生活にわたるまで苦心のひそむものだった。――で、 「そんな生き方はもう鬱々《くさくさ》だ。宋清までを一生の穴蔵の番人にはさせたくない」  というのが、偽《いつわ》らざる老父の真情だったに相違ない。 「さらば、ごきげんよう。今日の不孝はおゆるしください。いつかはまた、このおわびを」  宋江は幾たびも振り返り、宋清も名残り惜しげに、老父の影を遠くにした。この日、霧はやがて冷たい細雨と変り、県境の長い楓林《ふうりん》の道は、兄弟の范陽笠《はんようがさ》と旅合羽《たびがっぱ》をしとどに濡らした。  二人の旅は長かった。  日かずをかさねて、やっと辿《たど》りついたところは、滄州《そうしゅう》横海県《おうかいけん》の小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》の門前。――かつては、かの豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》が、むじつの罪で滄州《そうしゅう》の大流刑地にひかれてゆく途中、一夜の恩をうけ、また後には、梁山泊《りょうざんぱく》へわたる手びき[#「びき」に傍点]などもして貰ったことのある――あの地方名望家|柴進《さいしん》の門だった。 「兄さん、えらい大構えですね」 「そのはずだよ、祖先は大周皇帝のお血すじの別れ。……今の世の孟嘗君《もうしょうくん》ともいわれているお人だからな」  門側へ寄ってゆくと、荘丁《いえのこ》長屋が見える。名を告げて、主《あるじ》の在否を問うと、近村まで行って留守とのこと。 「では、ここでお待ちしようか」  と、門前の溝川《どぶかわ》ぞいに、笠をぬいで腰を下ろしかけると、何かささやきあっていた荘丁らが来て、 「もし大切なお客様でもあると、てまえどもが叱られます。どうぞあちらの亭《ちん》でお待ちなすって」  とのこと。――伴《ともな》われるまま庭園の四阿亭《あずまや》に入って、腰《こし》の刀《もの》や荷物を下ろし、ふたりは主《あるじ》を待っていた。  見わたせば、庭園の広さ。桃林はかすみ、柳圃《りゅうほ》は小さい湖をめぐり、白鵞《はくが》、鴨《かも》、雁、おしどりなどの百鳥がわが世のさまに水面を占めている。畑の童歌《わらべうた》がどこかに遠く、羊や馬、牛の群れまでがまるで画中の物だった。そうした一方には楼台《ろうだい》二座、書院や待客堂《たいかくどう》なども、廊から廊へ、つづいて見える。 「やあ、お待たせしました」  彼方《かなた》の馬舎の横に、馬や従者をのこして大股にやって来た柴進《さいしん》。すでに壮丁《わかもの》から、宋江の名は聞いていたものとみえ、ただちに、 「ともあれ、こちらへ」  と泉楼《せんろう》の一客室へみちびき上げた。  あらたまって、名《な》のり合う。名のるまではなく、いずれもその人となりその名声は熟知し合っている間なのだ。 「時に、なんとも思いがけないご来訪ですが、そもそも、こんな僻地《へきち》へのご旅行とは、何か、官命のご出張でもございますのか」 「いや、おあるじ、笑って下さい。じつはこの宋江は、押司《おうし》の職にもあるまじき大罪を犯し、県城の椅子《いす》や家郷の老父も捨てて、ぜひなく落ちて来た漂泊《さすら》い者でござりまする」 「ほう、君子《くんし》の風《ふう》があるといわれているあなたがですか」 「しかも、つまらぬ女にひッかかって、情痴にひとしい過《あやま》ちから」 「はははは、それは愉快だ。あなたにしてさえ、そういう色事《いろごと》があったとは」 「愉快どころではありません、過失ではありましたものの、じつは女殺しの科《とが》を犯して、諸州に人相書まで手配され、一身、置き場もない者です」  聞くと、柴進はいよいよ相好《そうごう》をくずして、むしろ一そうな親しみさえ見せだした。そして宋江がやがて打明けた一切の事情にも、何ら冷たい風はなかった。 「そうですか。仔細を伺ってみれば、いよいよもって、あなたらしいご失策だ。いやしかし、これが生涯の破れか開花かは長い目で見なければわかりません。まあご安心なさい。大船に乗った気で」  客の絶えぬ家である。客を遇すことも厚い彼だが、とくに宋江と宋清に対しては親切だった。頼みがいのある人のところへ来てやはりよかったと、二人は世間のひろさを感じながら、つい数日もすぐ過ぎていた。  と或る日のこと。 「そうご書見ばかりでも飽きましょう。すばらしい珍味が今日は揃いましたから」  柴進《さいしん》が特に心入れの宴をもうけ、その日は夜まで興に入って飲みあった。上《かみ》の悪政、下風の頽廃《たいはい》、男と男の胸襟《きょうきん》を解けば、人生如何に生くべきか、まで話はつきない。  そんな間に、宋江《そうこう》はふと、 「ちょっと、失礼を」  と、厠《かわや》へ立った。そして紙燭《ししょく》を借り、用をすますと、ふと夜風恋しく、べつな廊下を曲がって行った。そしてなおまた、廊づたいに暗い一室の前まで来て、何かにごつんと躓《つまず》いたものだった。  悪いことには、その弾《はず》みに、手の蝋燭《ろうそく》が、そこの暗がりで背を丸くしていた男の頸《くび》すじへでも落ちたらしい。男はふいに、 「ア熱《ち》、熱《ち》、熱《ち》っ……」  と大げさに跳び上がり、やにわに宋江の胸ぐらつかんで突ッかかった。 「眼はねえのか、この野郎っ」  驚いたのは、宋江の方だって同じである。  こんな暗い廊下で、かがんでいる奴もないものだと思ったが、客の身として、平身低頭、詫《わ》び入った。  だが、聞かばこそ。  男はわめきにわめきつづける。 「てめえもここの居候《いそうろう》か。いやに尤《もっと》も面《づら》していやがって、見ろッ、俺の頸《くび》ッ玉に火ぶくれが出来たろう。てめえの面《つら》を蝋燭でいぶしてやるからそこへ坐れっ。……なに、気がつかなかったと。ふざけるな。瘧《おこり》は俺の持病なんだ。この持病の苦しみを、いちいち他人へ断《ことわ》ッてから寝ろというのか」  この騒ぎに、家人も騒ぎ出し、やがて柴進《さいしん》自身、何事かと飛んで来た。 「まあまあ」と、彼は瘧《おこり》の男をなだめ、 「――おまえさん、昨日から体の調子がわるいというんで、今日も酒の座に誘わなかったが、そんなに怒れる瘧《おこり》なら、なにも大したことはあるまい。とにかく奥へ一しょにやって来ないか」  と、もとの酒席へ伴《ともな》って来た。そして及時雨《きゅうじう》宋江と、弟の宋清《そうせい》とを、あらためてそこで紹介したのである。  聞くやいな、男ははるかに飛び退《しさ》って、まえの気色《けしき》もどこへやら平伏したまま、しばしは面《おもて》も上げえない。 「なんともはや面目次第もございません。世上、よくお名は伺っておりました。その及時雨宋公明さまが、あなた様とは、まったくもって、夢にも知らないでいたしたこと。どうか最前の悪タレは平《ひら》にご用捨くださいまし」  腋《わき》の下に冷や汗をたたえているような詫び方だった。 「ご主人」  と、宋江は静かにかえりみて訊ねた。 「いったい此方《こなた》はご家人《かじん》か、それともご当家の食客か」 「なあに旅人《たびにん》ですよ。といっても、もう一年近くも家人同様に、わがままをいっている気楽者《きらくも》ンでございますがね」 「申しおくれました。名のるほどの者ではござんせんが」と、男も慌《あわ》てて、同時にこう行儀をした。 「――てまえは清河県《せいかけん》の生れ、苗字を武《ぶ》、名を松《しょう》と申し、兄弟順では二番目の武二郎《ぶじろう》でございまする」 「ほ。清河県の武二郎、その武松《ぶしょう》さんとは――あなたですか。いやこれは奇遇、かねがねこの宋江も、お名まえだけは伺っていました」 「てまえ如きが、お耳にあったとは、いよいよもって、赤面至極です」 「が、武松どの。当所にはどういうわけでご逗留かな」 「どうも至ってやくざな身性《みしょう》で、故郷《くに》の清河県でちょっとした喧嘩《でいり》をやり、そのため、草鞋《わらじ》をはいて、ここの大旦那のご庇護《ひご》にあずかり、もう故郷のほとぼりも冷めた頃なので、近くお暇《いとま》をと思っていると、持病の瘧《おこり》。それでついまた、お厄介を重ねていたところでございます」 「では、瘧《おこり》が取り持つご縁だったか」 「襟首《えりくび》の蝋燭《ろうそく》焼きなんてものは、瘧に効《き》くもンでございましょうかね」 「ほ。どうして」 「なんだか、けろりとしてしまいましたよ」 「はははは。そいつあ奇妙だ」  満座は腹を抱えて笑い、さらに杯盤《はいばん》を新たにして、男と男の心胆をそそぎ合う酒幾|斗《と》。やがて鶏鳴《けいめい》まで聞いてしまった。  こんなことから、宋江、宋清も日々を愉しく過ごし、武松もまたつい旅立ちをのばして、その交わりを深めていたが、 「故郷《くに》にのこした兄貴が気がかり、どうして暮らしているのやら、いちど兄貴のこの頃も見ておきたい気がしきりにしますので」  と、武松は或る日、急に暇を告げだした。 「まあ、待ちなさい、明日《あす》一日は」  と、柴進《さいしん》は彼への餞別《せんべつ》をかねて、倉の中から秘蔵の織物一巻を取り出し、それを三つに裂いて、一は宋江の衣裳に、二には宋清に、次には武松への旅の晴れ衣に仕立てさせた。  はるか西の沙漠《さばく》を越えて輸入されたすばらしく新鮮な色感と匂いのするそれは布地だった。それを着て、白紫《びゃくし》の縞脚絆《しまきゃはん》に、緋房《ひぶさ》の垂れた黒の乾漆笠《かんしつがさ》をかぶり、野太刀を打《ぶ》っ込み、樫《かし》の一棒を手に、武松は、 「いずれぜひまた、お目にかからせていただきますが、ひとまずは、長いご厄介と、思わぬお方へお目にかかったお礼をのべ、ちょっくら故郷《くに》へ行ってまいります」  と、その日、清々《すがすが》しい別れを酌《く》んで、恩家|柴進《さいしん》の門を立って行った。  宋江のことは一応おいて。――ここで旅の武松の姿を追って行くと、彼の大股は濶達《かったつ》そのもの。日をへて、すでに陽穀県《ようこくけん》の一山の裾にさしかかっている。 「おや、何だと?」  立ちどまった酒屋の門《かど》。制札《せいさつ》まがいの看板を読めば、 [#1字下げ]三|碗《ワン》ニシテ丘《オカ》ヲ不過《スギズ》  と書いてある。 「亭主、一杯くれ。面倒だから大きな器《の》で」 「へい、いらっしゃい」  猪肉《しし》か牛肉の串《くし》刺しが付いているのを見ると、 「おいおい、こんな物じゃ腹の足しにならねえよ。脂《あぶら》のいいところ、二|斤《きん》ほど、こってり煮込んだとこを持ってこいや」 「たいそうお飲《い》けになりますな」 「ヘンな面《つら》するない。飲むほど売れ、売れるほど商売になるンじゃねえか」 「ところが、てまえどもの酒は、看板にいつわりなしの上々の吟醸《ぎんじょう》。コクのある地酒ってんで評判物です。どうかそのおつもりでお過ごしを」 「あの判じ物みてえの看板がみそ[#「みそ」に傍点]かい」 「みそ[#「みそ」に傍点]じゃございませんよ、銘酒の生《き》一本という意味です。つまり三杯も飲むと、この先の丘も越えられなくなるほど廻るンで」 「ふ、ふ、ふ。おかしいぜ、おれはもうとうに三杯やってるが」 「旦那はどうかしていなさる。こんなお客って見たことがない」 「冗談いうな。俺が飲むのはこれからだよ。もう三|碗《わん》並べておけ」  それも飲み干し、あきれる亭主を尻目に、 「おいっ、もう三碗」 「げっ。……ま、お止しなすっちゃいかがですえ」 「俺を、ただ飲みして逃げる男とでも思っているのか」  銀子《ぎんす》をそこに並べ、さらに肉を食らい、香《こう》の物をばりばり噛みながら、やがてやおら、 「ああすこしいい気もちになった。これが三碗ニシテ丘ヲ越エズの酒か。高価《たか》いものにつきゃあがった」  と、棒を片手に、ぶらんと軒を離れて行った。  すると、彼の後を追って来た亭主が呼んだ。 「もし旅の衆、旅の衆。どっちへ行かっしゃる」 「なにをいッてやがる。向いてる方へ向いて行くしかねえじゃねえか」 「そっちへ行っては、景陽岡《けいようこう》にかかりますぜ」 「それが、どうしたと」 「途々《みちみち》、お上《かみ》の高札《こうさつ》が目にとまりませんでしたかえ。近ごろ景陽岡には、額《ひたい》の白い大虎があらわれて、たびたび往来の旅人や土地《ところ》の者さえ食い殺されていますんでね」 「ふウむ。虎ッてえなあ、おめえんとこの店でよく暴れる奴のことじゃねえのか」 「ちッ、真顔《まがお》で聞いておくんなさいよ。親切気でお止めしているんですぜ。命が要《い》らないわけじゃありますまい」 「といったッて、清河県《せいかけん》へ行くには、この峠《とうげ》を越さずにゃ行けねえ」 「だから峠先きへ行く道づれを待って、二、三十人になったら、松明《たいまつ》を先頭に、わいわい囃《はや》しながら押し通ることにしているんでさ。――お上の高札にも、夜明け、明け方、午《ひる》でも一人歩きはならぬと、辻々に書いてあるじゃございませんか」 「そうだったかなあ。俺は見なかった。どウれ、それじゃあ虎が虎にご見参と出かけようか」 「あれっ、強情ッ張りだな。旦那、旦那。食われたって知りませんぜ」 「おれが食われたら、骨はきさまにくれてやる。茶代に取っておけよ。はははは」  彼の笑い声は、もう麓《ふもと》の木暗《こくら》がりへ入っている。亭主は耳をおさえて舞い戻った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 景陽岡《けいようこう》の虎、武松《ぶしょう》を英雄の輿《こし》に祭り上げること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  麓道《ふもとみち》二十町ほど行くと、鬱蒼《うっそう》たる山神廟《さんじんびょう》の一地域がある。  そこからが、景陽岡《けいようこう》の峠路だった。  武松《ぶしょう》が酒屋を出たころは、まだ午《ひる》さがりまもなくだったが、蹌々踉々《そうそうろうろう》の足どりのまに、いつか千古の樹林の先が血みたいな夕陽に染まり、そのくせ足もとはもう陰々とほの暗い。 「ははあ、こいつだな。県の告示ってえのは」  見れば、高札《こうさつ》にいわく。 [#ここから2字下げ]  近来、巨虎《キョコ》、峠ニ現ワレ、頻々《ヒンピン》トシテ人命ニ害ヲナス。官民、捕殺ニ力ヲ協《アワ》スト雖《イエド》モ、虎爪《コソウ》血ニ飽カズ、惨害日ニ増スノミナリ。単身ノ旅ハ慎《ツツシ》ミ、近辺ノ民モソレ心セヨ [#地から1字上げ]陽穀県告示 [#ここで字下げ終わり] 「なあるほど! ……。こいつあまずい、すこし背すじが涼しくなってきやがったぞ」  しかし、ままよといった風な武松の姿である。或いは酔中|朦朧《もうろう》の一興と逆に愉《たの》しんでいたことかもわからない。  とっぷり暮れた。峠も三合目あたりである。虎の眸《ひとみ》のごとき半月が脚下の谷にあった。なお酔いはある。足が気《け》だるい。 「……虎よりは、こんなとき、また瘧《おこり》が起らなけれやいいが」  やっと頂《いただき》に近づいた。と見る、疎林《そりん》の中の杣道《そまみち》に、青い巨大な平石がある。武松は笠をぬいで仰向けに転がった。寝るつもりでもなかったが酔余《すいよ》の快《こころよ》さ、いつかすっかり寝こんでしまったものである。  どこからか映《さ》す半月の月光は、この巨漢の姿と凜《りん》たる相貌を、石の表に陽刻《ようこく》した一個の武人像のように露《つゆ》めかせていた。年は二十六、七を出ず、唇|朱《あか》く、鬂《びん》はややちぢれ気味、閉《と》じてはいても眼《まなこ》は不敵なものを蔵し、はやくも雷のごとき高いびき。  ――まさにこれもまた、かりの地上に宿命して、清河県《せいかけん》の市井《しせい》に一侠児として生れた、百八星中の一つのまがつ[#「まがつ」に傍点]星の性《さが》なるものにちがいあるまい。  ――するとやがて、がさッと微《かそ》けき木揺《こゆ》らぎがしたようだった。天地は寂《せき》とし、およそ鳥けもの、地虫の類までが一瞬、しいんと密《ひそ》まった感じである。それもそのはず、葉|摺《ず》れを戦《そよ》がしつつ、のそ、のそ、と巨大な身躯《しんく》に背うねり[#「うねり」に傍点]を見せながら近づいて来る生き物がある。満身は金毛黒斑《きんもうこくふ》、針のごとき鼻端《びたん》の毛と、鏡のような双眸《そうぼう》は、  くん! ぶるる…… ぶウっ……  と人間の香を嗅《か》ぎ知って、しきりに異様な戦意と欲情の昂奮を、尾さきにも描いている。  が、虎も怪しみを抱いたにちがいない。獣王はそのりっぱな体躯に似合わず、どこか小心|恟々《きょうきょう》として平石のぐるりを何度も大股にめぐり出した。そして、武松の顔の辺で、ゴロ、と喉《のど》を鳴らし、前肢《ぜんし》を突っ張ったせつな、今にも何かの行動に出そうな爪牙《そうが》の姿勢をピクと見せた。けれど、虎はそれにも出なかった。とたんに、ふと眼をさました武松《ぶしょう》の眼と虎の眼とが、そのとき、らんらんと睨《ね》めあっていたのである。武松は内心ギョッとしたが、石その物のように身じろぎ[#「じろぎ」に傍点]もせず、虎を睨めすえたものだった。  どう思ったか、虎はまた平石を巡りまわる。同時にその尾を窺《うかが》って、武松もむくりと突っ立った。虎は性来、敵が尾へ廻ることはおよそ嫌いだ。うしろは彼がもっとも弱点とする急所なのである。だから怒った。ばっと一躍するなり武松を搏《う》ッた。 「おうッ」  と、武松は身を沈め、次の攻勢もスラと軽くかわした。すると虎は外《はず》された体をまるくちぢめ、背すじの峰を高めて、ふうッと唸《うな》った。その腥《なまぐ》さい鼻風《びふう》は砂礫《されき》を飛ばし、怒りは金瞳《きんどう》に燃え、第三の跳躍をみせるやいな、武松のからだを、まッ赤な口と、四ツ脚の爪の下に、引ッ裂かんとしたが、これまた武松にかわされると、彼のさいごの手とする素早い“払い”をこころみた。  撲《う》つ、蹴る、払う。虎の戦法はこう三つを奥の手とする。そのすべてが効《き》かないとなると、さしもの獣王も気萎《きな》えをするものだとか。武松は知っていたわけではないが、活眼、虎の虚《きょ》を察するやいな、こんどは彼から跳びかかった。額《ひたい》の銀毛の斑《ふ》を狙って、一|拳《けん》を食らわせ、また二|拳《けん》、鼻を搏《う》ち、三|打《だ》、虎の眼を突いた。  虎はクシャミのような悲鳴を発した。――が、もちろん、そんな程度では怯《ひる》まない。とたんに武松の体が鞠《まり》のごとく七尺も先へ転がった。転がった上へは、間髪を入れず、黄まだら[#「まだら」に傍点]な蜒《うねり》が尾を曳いて走り、武松のどこかを咥《くわ》えたかと見えたが、逆に虎の体がもんどり打った。彼の足業《あしわざ》は虎をして狼狽させた。しかも尻へ尻へ狙《つ》け廻って来る人間の素早さに、虎はクルクル自転せざるを得ず、それには虎もいささか眼が眩《くら》み出して来たように見える。  武松は手馴れの棒を拾って小脇に持った。棒の秘術は虎の眸《め》のなかに奇異な幻覚を持たせたにちがいない。何十人もの人間の影がまわりにあって、じぶんを弄《なぶ》るように見えたであろう。その猛吼《もうく》も飛跳《ひちょう》も次第に弱まり、いくたびか棒を咬《か》んだが、その棒テコでも苦闘に落ちる。武松は迫って、また白額《しろびたい》の毛の根をつかみ、十|打《だ》二十打の鉄拳をつづけさまに下《くだ》した。虎は目鼻から血を噴《ふ》き出す。呻《うめ》きは全山を震撼《しんかん》する。さらに蹴る。滅《め》ッ多《た》打ちに打ちのめす。苦しさの余り虎は腹の下の土を掘った、虎のからだの両側に小山ができる……。ついに、みずから掘ったその坑《あな》に虎はがくんと躯体を鼻をついた。  武松もまた、ぐたっとなった。大息ついたまま茫然《ぼうぜん》としていたが、はっとわれに返るや短刀を抜き、虎の脾臓《ひぞう》、心《しん》、肺のあたりに幾太刀となく、とどめを刺した。鮮血は腕を濡らし、袖は緋《ひ》のまだら[#「まだら」に傍点]に染まった。  ――その姿が、やがて景陽岡《けいようこう》を西へ越え、夜明けぢかくの道をふらふら村のほうへ降りかけていた。土地の者が怪しく見たのは当然で、 「旦那、旅のだんな……」  三人ほどが、追ッかけて来て、彼に訊ねた。 「もし、ゆうべは、どちらからおいでになりましたえ?」 「なに、どこからだと。知れたことよ、景陽岡《けいようこう》を越えてきたのだ」 「へえ。虎に会いませんでしたか」 「虎か。虎はこの鉄拳で、撲《は》り殺してきた」 「ご冗談を」 「冗談と笑うほどなら、なぜ訊くのだ。ばか野郎め」  また、行きずりの猟師二人が、彼にむかって同じことを問うた。武松の返事は同じだった。が猟師は、武松の袂《たもと》の血を見て、半信半疑に峠の上へ馳けて行った。さあ大変、まもなく、虎の死体が四纏《よてん》に絡《から》められ、十数人の肩棒で、やッさもッさ麓へかつぎ降ろされてきた。  村では鐘を鳴らし、板木《ばんぎ》を叩き、一大事でもわき起ったような騒ぎである。女子供も出てくるし、鶏も羽バタキ、羊もさけび、豚も啼《な》く。 「虎だ、虎だ、虎が退治されたとよ!」と呼び交わしつつ群れ集まって来る見物だった。たちまちそれは村道を人の山で埋めてしまう。  また、急を知って、土地《ところ》の名主《なぬし》、年寄りも出て来るし、やや時をおいては、県役署の役人大勢が、馬を飛ばして馳けつけて来た。そして名主や猟師らを呼び集め、何事か訊問していたが、 「なんと申す。では虎を退治いたした者は、そのほうらではなくて、旅の者か。しかも若い旅人ただ一人で打ち殺したと申すのか。どえらい[#「どえらい」に傍点]人間もあったものだ。……して、して、その者は一体どこにおるか」 「それが、麓《ふもと》へ下ってから、どこへ行ったやら、見あたりませんので」 「なに、見当らんと。まさか何かの化身《けしん》でもなかろう。探せ探せ、まだ遠くへは行っていまい」  武松はくたくたな姿である。村端れの居酒屋のすみで、正体もなく眠っていたのだ。ここでも空《す》き腹へ一杯あおったに違いなく、もう欲も得《とく》もないといった恰好だった。 「豪傑、豪傑。どうか、ちょっとその、お眼をおさましなすってください」  急に耳もとで何かガヤガヤ騒々《そうぞう》しいし、しきりに揺《ゆす》り起こす者があるので、武松がふと眼をあくと、県の役人やら名主やら……のみならず往来いっぱいな群集までが、 「虎退治のお客さんはあれだ。あれが虎退治の豪傑だ」  と、まるで祭りのような騒ぎでわんわんと歓呼《かんこ》している。  寝足らない眼をこすっているうちに、彼は、酒屋の軒から設けの駕籠《かご》に乗せられた。――見れば組み立てられたもう一台の台の上には、大虎の体が横たえてある。彼はまだ夢見心地で、 「やいやい、こんな物に、俺と虎を載せて、いったいどこへ持って行く気だよ」  と、何度もどなった。  役人や名主は、あたかも英雄に仕える奴僕《ぬぼく》のごとく、彼を敬《うやま》って、 「ともあれ、県役署までお越しねがいまする。この凶害を除いていただいた大恩人、村民はあなたを救いの神とあがめ、県知事閣下は、領下の難を救った殊勲者として、お迎えして参れとのおことばです。どうかご迷惑でも」  と、はや担夫《たんぷ》に命じて、虎の台と、彼の駕籠《かご》とをかつぎ上げさせた。駕籠[#1段階小さな文字](手輿《てごし》)[#小さな文字終わり]には、晴れの紅絹《もみ》やら花紐《はなひも》が掛けてある。  列が進みかけると、群集の老若男女は、われがちに寄って来た。そして、武松《ぶしょう》の駕籠を目がけて五色の紙きれを花と投げた。またその膝のうちへ、羊の肉やら酒の壺やら饅頭《まんじゅう》などをかわるがわるに捧げてきた。また辻では、爆竹の花火とともに、別れを惜しむ歓呼やら手振りやらで、列も行きよどむばかりである。  さらにこのお祭り騒ぎは、その日、陽穀県《ようこくけん》の県城へ入っては、いよいよ白熱化されていた。もう町中も聞きつたえており、沿道は堵《と》をなす人の垣である。武松は変な気持ちだった。 「……なんだいこれは。……まるで俺を帝王あつかいしていやがる」  知事は、彼を迎えるに、賓礼《ひんれい》をもってした。大餐《たいさん》を設けて、酒席の主座にすえ、そして感謝状を読みあげた。あまっさえ、土地《ところ》の金持ちから集まった一千貫の金を、賞として、彼に授与すると、讃辞に添えて申し述べた。 「そいつあ、ありがたいこってすが」と、武松は、あいさつに窮したようにいった。 「なにも、虎の一匹ぐらいを拳《こぶし》で撲《は》り殺したぐらいなことは、資本《もとで》のかかったわけじゃなし、たまたま、あっしが拾った道ばた[#「ばた」に傍点]の運みたいなような出来事。――どうか、お金はこれまでにくそ骨おった猟師さんやら、虎に食われた土地のあわれな遺族方にでも頒《わ》けてやっておくんなさい」 「それでいいのか」  知事は彼の無欲に驚いた顔つきだった。 「へい、いいにもなんにも、それで大満足でございます」 「むむ、見上げたものだ。では金は彼らに分配してやるとして。……どうだな武松とやら、今日よりそちを県の都頭《ととう》[#1段階小さな文字](伍長)[#小さな文字終わり]に取立てたいが、仕官の心はないか」 「ないどころじゃございませんが、じつはその、清河県の兄に会いたくて、ここまで来た旅の途中でございますんで」 「清河県なら何もここから遠くではない。つい隣県だ。いつでも会えよう。……では、書記、武松は今日から都頭に任じるぞ。さっそくその手続きをはこんでおけ」  武松は、この出世も、事の弾《はず》みみたいな気持ちでただ「オヤオヤ」と言いたげだった。あんまり欣《うれ》しそうでもない。  四、五日は県の庁舎で身を休めていた。会う人、会う人から、祝福されたり虎退治を賞《ほ》めそやされる。そのたび彼はむず[#「むず」に傍点]痒《がゆ》そうな顔をして、 「やあ。どうもねえ。やあ」  とただ、頭を掻いて、柄《がら》にもなくテレるのだった。  そうした或る一日のこと。  庁舎を出て、用もないまま町の公園をぶらついたすえ、子供らの騒いでいる鞦韆《ぶらんこ》のある遊び場までくると、そこの一隅に荷を下ろしていた、うすぎたない饅頭屋《まんじゅうや》の小男が、 「あっ。……武松じゃないか」  と、立ったとたんに足もとの天秤棒《てんびんぼう》に蹴つまずき、そのまま身を泳がせるように寄って来て抱きついた。 「あれっ?」  武松は唖然《あぜん》とした。いや次には、顔を笑《え》み破って、やにわに、背のずんぐり低いその饅頭屋の双肩《もろかた》へ両手をかけた。 「兄さんじゃないか。一体どうしたんですえ。こんな所で」 「武松よ。ああやっぱり弟の武松だったか。面目ない」 「泣きなさんな、こんな道ばた[#「ばた」に傍点]でよ。まさか兄さんがこの紫石《しせき》街に来ていようとは思わなかった。何か清河県の生まれ故郷に、まずいことでもあったんですかえ」 「何も悪いことなんかしてないさ」 「そうだろうなあ。自体お人よしな兄さんのことだもの。じゃあ借金のためにでも」 「うんにゃ。女房をもらったからだよ」 「女房を娶《もら》ったために土地をかえたというのも、おかしなはなしじゃねえか。俺には腑《ふ》に落ちかねるが」 「話せばわかる。弟よ、こっちへ来てくれ。こういうわけだ」  と、兄の武大郎《ぶたろう》は、彼をつれて元の位置に返り、商売物の揚げ饅頭《まんじゅう》の荷担《にない》をうしろに、公園の池へ向って坐りこんだ。  一つ腹の兄弟だったが、武松は以前から「兄貴は人がいい。おまけに醜男《ぶおとこ》だ、体も畸形《きけい》だし、なんてえ気のどくな……」と、逆に、目上の兄を不愍《ふびん》がっている。  だから子供のじぶんから、近所の童《わっぱ》仲間が、 「ぶだ! ぶだ! ちんちくりんのぼろ[#「ぼろ」に傍点]ッ布《き》れ」  などといって揶揄《からか》うと、いつも武松が怒って相手をこッぴどい目にあわせて懲《こ》らした。――長じて、大人になってからも、そんな例は何度もある。だから武松が草鞋《わらじ》をはいて他県へ飛び出さない前までは、武大《ぶだ》も人から馬鹿にされずに庇《かば》われていた。  ところが去年、彼の留守のまに、武大は思いがけない女房をもらう破目になった。それがしかもたいへんな美人だった。たとえば、羽衣を地におき忘れた天女がやむなく下界の下種《げす》の女房になったかと思われるような……潘金蓮《はんきんれん》という女。  もちろん、それにはわけがある。  元々、この金蓮という小娘は、姓を潘《はん》といい、清河県の大金持ちの家へ買われた女奴隷《めどれい》だったが、やがてその美が熟してくると、主人の狒々《ひひ》長者は、のべついやらしいことを言い寄りはじめた。女奴隷は財物なので、狒々《ひひ》長者の欲情視は特にふしぎなことではない。  だが、金蓮の花芯《かしん》はまだそこまで開意をもっていなかった。いやがったり、泣いて逃げたり、あげくに長者の本妻へ告げてしまった。  長者は嫉妬《しっと》ぶかい本妻にいためつけられ、家人子供らには笑われるしで、赤恥をかいた。ために可愛さ余ッての憎さも百倍、金蓮《きんれん》の身は奴隷《どれい》仲買人の手にもやらず、彼女の持ち物だけを嫁入り支度として、これを町じゅうで小馬鹿にしている醜男《ぶおとこ》で生活力もない評判の武大《ぶだ》へ女房にくれてしまったのである。つまり「――一生、憂き目を見さらせ」という意趣返しだ。  ところで、武大はお人好し。よだれを垂らして、金蓮をあがめ迎え、朝飯晩飯の支度から使い走りまで自分がやって、 「女房よ、金蓮よ」  と、随喜渇仰《ずいきかつごう》の有様なのだ。そこでその妻《さい》のろ[#「のろ」に傍点]振りがまた、さあ町じゅうのいい笑い草となった。いや岡焼きも手つだっていよう。寄れば触れば、「あの三寸男が」だの「ちんちくりんのボロ布《ぎ》れが」のと、武大の家には町中の目が見通す節穴でもあるような騒ぎだし、あげくには、 「いやはや、惜しい美肉が、犬コロの口へ落ちたもんさ」  と、囃《はや》されたりした。  その漫罵《まんば》と人々の意地悪さには、さすがの武大も耐えかねた。金蓮をつれて、とうとう生れ故郷を逃げ出し、隣県の紫石街に小世帯を持って、じぶんは毎日、揚げ饅頭《まんじゅう》を売りに歩いていたものだった。 「ム、そうか。……そいつあ兄さん、俺のいないまに、とんだ苦労をしなすったね。が、まアいいじゃありませんか。そんな別嬪《べっぴん》を女房に持ちゃあ一生の得だ。ちっとやそっと世間に妬《や》かれたって仕方がねえや」 「そうだよ、武松。わしもそう思ってな、今じゃ気楽に稼いでいるのさ。女房の金蓮もほんに気だてのいい女でね」 「そりゃお仕合わせだ。嫂《ねえ》さんがそんないいお人なら、いちど会わせておくんなさい」 「おお会ってくれるか。まだおまえの妹みたいな若さだから、ひきあわせるのも何だかちょっと気まりがわるいが。……じゃあ、一しょに家《うち》へ来ておくれ」 「あいにく手ぶら[#「ぶら」に傍点]で、今日は何の土産《みやげ》も持たねえが、じゃあ行きましょうか。……おっと兄さん、その荷物は俺が担《かつ》いでやろう」 「だめだめ。おまえとわしとでは、荷担《にな》いの寸法が違い過ぎるよ」  なるほど、五尺たらずの武大。天秤《てんびん》の荷綱もそれに合せてある。――途中話し話し公園を出て、二人は町中を連れ立って来たが、たれもこれを同胞《はらから》と見た者はあるまい。知る者は、武松ばかりを振り返って、 「虎退治の豪傑だ。あれが武松だ」  と、囁《ささや》いては摺《す》れちがって行く。 「なあ武松。わしもあの評判は聞いていたが、まさか自分の弟とは思わなかったよ。金蓮が聞いたらどんなに歓《よろこ》ぶだろう。おれもちょっぴり鼻が高いで」  いうまに、武大はわが家を見ていた。人通りも少ない裏町で、堀の石橋が枯れ柳に透《す》いて見え、角に一軒の茶店がある。――武大の住居《すまい》は、その茶店をやっている王婆さんの北隣だった。門佗《かどわ》びしげな、一枚の芦簾《あしすだれ》へ向って、武大が、 「女房や。お客さんを連れ戻ったぜ。そらもう珍らしいお客さんでな」  と、外から声をかけると、とんとんとんと二階から降りて来るらしい跫音《あしおと》がした。同時に、ぱらと白い女の腕《かいな》が、内から芦簾《あしすだれ》をかかげて、 「あら……お帰んなさい。まあ、どちらのお客さま?」  と、愛相《あいそ》のよい笑みを外へこぼした。――そしてちらと、武松の姿へ流し眼をむけた金蓮の明眸《めいぼう》といいその艶姿といい、はっと、男を蠱惑《こわく》するかのような何かがある。  なるほど、これでは兄の武大が世間から妬《や》かれたり騒がれたりして、故郷にいたたまれなくなったというのも無理はない。突嗟《とっさ》、武松でさえも変に眩《まばゆ》いここちがした。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 似ない弟に、また不似合な兄と嫂《あによめ》の事。 ならびに武松《ぶしょう》、宿替《やどが》えすること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「さ、弟。二階へお上がり。狭いけれど誰に遠慮もない家だよ」  巡り会った弟を連れて帰ったよろこびで、武大《ぶだ》はただもうころころしている。さっそく女房の潘金蓮《はんきんれん》へも鼻高々とひきあわせた。 「ねえ金蓮。……ほら、お前にもしょッちゅう噂をしていたろ、これがあの弟だよ、長いこと旅に出ていた弟の武二郎《ぶじろう》さ」 「ま。こちらが弟さんですの」  金蓮はそのしなやかな両の腕を柳の枝のように交叉《こうさ》して、初見《しょけん》の拝《はい》をしながら、濃い睫毛《まつげ》の翳《かげ》でチラと武松の全姿を見るふうだった。――武松もまたひざまずいて、この美しい嫂《あによめ》の絹縢《きぬかが》りの可愛らしい沓《くつ》の前に額《ひたい》を沈めた。 「初めてお目にかかります。途々《みちみち》、嫂《ねえ》さんのことは兄からも伺いました。兄は今たいそう倖《しあわ》せらしく、久しぶりで会ったこの武二郎までうれしくてたまりません。それでついとつぜん一しょにお邪魔してしまいましたが」 「あら、そんなお堅いことを仰っしゃらないでください。……親身な兄さんのお家ですもの。さあ、どうぞもうお気らくに」 「金蓮、お前も評判を聞いてるだろうが、あの景陽岡《けいようこう》で虎退治をした人というのは、この二郎なんだぜ」 「へえ、では今、大人気な県城の都頭《ととう》[#1段階小さな文字](伍長)[#小さな文字終わり]さんは、この弟さんだったんですか」 「違うよ金蓮。虎を退治たもんだから、県の知事さんが、無理に弟を都頭に取立てたので、弟はこの街へ来る前までは、ただの旅人《たびにん》だったのさ」 「どっちだって、同じもんじゃありませんか。ホホホホ、ねえ二郎さん」  白珠《しらたま》に紛《まご》う金蓮の歯が笑《え》みこぼれる。眼いッぱいな愛嬌というか一種|蠱惑《こわく》なもの、これが自分の嫂《あによめ》だろうか。これが兄の妻なのか。武松にはまだ身に沁《し》みてこない。 「二郎。今夜はゆっくり泊って行っておくれ。いま何か買って来て、精いッぱいご馳走を作るからな」  兄はころころ出て行ってしまった。「――なんだ! 女房にさせりゃあいいに」と、武松は少々むくれ[#「むくれ」に傍点]たが、金蓮はさっきから武松にばかり見惚《みと》れている。  おなじ兄弟でいながら、なんていう違いだろう。良人の武大《ぶだ》ときては、背も五尺たらずのちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]でおまけに猪首《いくび》で薄野呂《うすのろ》で、清河県《せいかけん》でも一番の醜男《ぶおとこ》と笑われていたのに、武松の身長《みのた》け隆々たる筋骨は、男の中の男にも見える。どこ一つといって兄の武大とは似ていない。金蓮はひどく惹《ひ》かれたらしい流し眼だった。 「……あの二郎さんのお宿はいま、どちらですの?」 「まだ、都頭《ととう》になりたてのほやほやですからね。県城の官舎に独りでおりますよ」 「ま、お独りで」 「なアに気らくなもんですよ、兵隊暮らしは」 「だって、なにかとご不自由じゃありませんの? これからは、なんでもここへ来てわがままを仰っしゃってくださいましな。ご休暇といわず、いつでも来て」 「嫂《ねえ》さんだって、お忙しいでしょ。兄はあの通りな真正直者《ましょうじきもの》。清河県にいた頃から、鈍《どん》で才覚なしでただ稼ぐ一方と、世間さまからもとかく小馬鹿にされ勝ちな兄でしたからね。ほんとに、嫂さんも大変に違いない。どうかお願いしますよ、あんな兄でも」 「もったいない、そんな他人行儀なんか仰っしゃらないでよ。でも、その兄さんに、あなたみたいな立派な弟様があろうとは思いませんでしたわ、ほんとに。――二郎さんはお幾歳《いくつ》ですの」 「二十五ですよ。はははは、旅の草鞋《わらじ》もいつの間にか」 「じゃあ、わたしと二つ違いですのね」  ひょいと、彼女の眸《め》を眼にうけて、武松はいわれもなく胸がどきっとした。――そこへ階段の下から武大《ぶだ》が魚菜《ぎょさい》や肉を籠いッぱい入れたのを抱えて上がりかけて来た。 「金蓮! ……。ほら、ほら、こんなに仕入れてきたぜ。市場の衆がみんなびっくりしてやがるのさ。武大さん、今日はいったい何のおめでたがあるのかネって」 「あらっ、この人ッたらまあ」  金蓮はつい日頃の調子を出して、武大の出鼻を口汚くののしった。「――そんな物、なんだって、わざわざ二階へなぞ持って来るのよ。台所へ置いといて、料理の手伝いには、お隣の王の婆さんにでも来てもらえばいいじゃありませんか。……これですものネ、二郎さん」  さて、その晩は、ともかく兄夫婦のもてなしに、武松もすっかり酔っぱらった。わけて金蓮のとりなしは手に入っている。武大と連れ添う前までは、さすが清河県第一の富豪の邸に飼われていた女奴隷《めどれい》の使女[#1段階小さな文字](こしもと)[#小さな文字終わり]だけのものはあった。どうすれば男が歓ぶかを知っている。  泊れ、泊れと、夫婦《ふたり》してすすめるのを謝して、武松は深更に帰って行ったが、あくる朝、眼をさましてから、ゆうべ酒の上で兄夫婦と約束して帰ったことを思い出し、さっそく県役署の知事室へ行き、知事に会って、諒解を求めた。 「閣下、じつは偶然なんですが、この街で、久しく別れていた兄に巡り会いました。四方山《よもやま》の話のすえ、強《た》って家《うち》へ来て家から役署へ通ったらどうだと親切にいってくれるのですが、よいでしょうか」 「実兄の家に下宿して、そこから通勤したいと申すのか」 「はい、幼少から一つに育って、とかく淋しがり屋の兄だもんですから」 「よかろう。引っ越しには従卒にも手伝わせるがいい」  一方、武大《ぶだ》の家でも、階下の一間に寝台を入れたり壁紙を貼り代えなどして、にわかな歓迎ぶりである。やがて引っ越しの日には、荷物は少ないが、武松は従兵三人に、手車など曳かせてやって来た。近所|隣《となり》では眼を瞠《みは》る――。 「じゃあ兄さん、今日からご厄介になりますぜ。嫂《ねえ》さんにも一つよろしくおねがいします」  下宿もただの下宿屋と違う。これから一つ屋根の下ぞと思うと兄弟久々に愉しげである。武松は日を措《お》いて、隣近所の衆を茶菓で招き、また、嫂《あによめ》の金蓮には、緞子《どんす》の反物《たんもの》をみやげに贈った。――和気|藹々《あいあい》たる四、五日だった。  さて、おちつけば、武大は毎日、荷担《にない》をかついで例の饅頭《まんじゅう》売りに出かけ、武松もきちんきちんと県役署へ出勤して行く。……だがしがない[#「しがない」に傍点]饅頭売りのほうはどうしても朝は早いし帰りは晩《おそ》い。自然、狭い家には金蓮と武松のただ二人だけの時がまま多かった。  潘金蓮《はんきんれん》は、めッきり綺麗になりだした。  女の中の秘密が醸《かも》されて色となり美となって女の熟《う》れをみせてくる生理には何か凄いものがある。朝夕の化粧や身飾りもそれを研《みが》いているが、皮膚そのものの下にいつも仄《ほの》かな情炎の血を灯《とも》し、絖《ぬめ》やかな凝脂《ぎょうし》は常にねっとりとその白い肌目《きめ》からも毛穴からも男をそそる美味のような女香《にょこう》をたえず発散する。 「……あ、嫂《ねえ》さん。毎朝、顔を洗うのにお湯などはいりませんよ。こっちは兵隊だ、下宿人だ。打っちゃッといて下さい」 「だって、せっかくお汲みしたのに、二郎さんてば」 「その親切は、どうか兄さんにしてやって下さいよ」 「良人《うち》にだってしてるじゃないの。さ、食事がすんだらお茶を一|盞《さん》上がって」 「こうどうもな世話をかけちゃあ……。さ、もう役署の時間だ」 「でもあなたのお世話がわたしうれしいのよ。帰りもお早く帰って来てね。いいこと。晩にはまた何かお美味《い》しいものを考えて待ってますわ」  外へ出ると、武松は何かやれやれと思う。嫂《あによめ》のやつ、亭主を弟の俺と取ッ違えてやがる。親切もありがたいが、こう毎朝毎晩、肌着の下まで撫《な》で廻されるように行き届き過ぎるのもやりきれない。  夕方帰ればなおさらだった。湯に入れば後ろへ来て背中を流す。時により酒など支度していることもある。 「いや嫂《ねえ》さん、兄さんが帰ってから一しょに飲《や》りましょうぜ。独りで飲んだって美味《うま》くねえ」 「いいえ、良人《うち》は今夜|晩《おそ》いのよ。粉問屋《こなどんや》へ帰りに廻るっていってましたもの。二郎さん、わたしじゃいけないの」 「何がですえ」 「何がって、このひと焦《じ》れッたいわね。頂戴よ、お盃を」  彼女が沸《たぎ》らせてみせる女情の坩堝《るつぼ》も、武松にはさっぱり通じないものだった。いや兄思いな彼は、兄の家庭の平和を朝夕に見ていられればそれで充分楽しいのである。だからまた、金蓮《きんれん》の触れなば崩《くず》れんとする花の猥《みだ》らにも、姿態《しな》に示す柳の糸の誘いにも、怒りはつつしんでいた。むっとはしても、笑っている。だが、そう交《か》わされれば交わされるほど、 「……もう、ほんとに。わたし、どうかしちまいそうだわ」  ひとり焦々《じりじり》、髪の根をかんざしで掻く金蓮の思いは、無性に募《つの》るばかりだった。  時しもその日は、朝からの大雪。――金蓮が積もる思いをはらすのは今日だとしていた。  良人《おっと》の武大《ぶだ》は、今日も、饅頭《まんじゅう》売りに出してやったし、帰りも晩《おそ》いように、わざと二つ三つの用事まで背負わせてやってある。彼女は午《ひる》過ぎると、隣家の王の婆さんに手伝わせて、こってりとした汁、焼肉、羹《あつもの》料理など拵《こしら》えておき、さて武松の部屋も火気で火照《ほて》るばかり温めておいて。 「ああ……よく降ること。なんて静かな雪の昼だろう。まるで真夜半《まよなか》みたい」  と、武松の帰りを待ちぬいていた。  その日は兵営祭りで、武松も半日帰りと知っていたからだった。繽紛《ひんぷん》と舞う雪のなかを、彼はやがて、赤い顔して帰って来た。――そしてこんな日のこと、さだめし兄も饅頭売りはお休みだろうと思っていたらしく、 「兄さん、えらい大雪だ。みやげの折詰を提《さ》げて来たぜ。一杯|飲《や》ろうや」  芦簾《あしすだれ》の雪を払って、家へ入って来るなりそう呼んだ。ところが兄は見えず、出て来たのは、いつもの深情《ふかなさ》けな嫂《あによめ》の金蓮だけ。 「……なんだい、いねえのなら、兵舎で兵隊と飲んでいたのに」  武松は急に無口になる。取りなす金蓮は、かえって、一倍まめまめしい。下心《したごころ》とともに、耳たぶ[#「たぶ」に傍点]の紅から爪の先まで研《みが》きに研いていたことである。窓外の雪明りは豪奢《ごうしゃ》に映《は》え、内の暖炉《だんろ》はカッカと紫金《しこん》の炎を立てる。武松が制服を脱いでくつろぐ間に、彼女は裏口を閉め、表の扉にもカギを卸《おろ》してしまった。深夜のように、酒肴《さけさかな》がいつか並ぶ。武松はうん[#「うん」に傍点]もすん[#「すん」に傍点]もいわずに見ていた。 「どうなすったの二郎さん。いやよ、そんな顔をなすっちゃあ。……ねえ、わたしにだって稀《たま》には兄さんにするように優しくして下さらない?」 「いや、話し相手がないと、つい武二《ぶじ》って奴あ、こういう顔になるんですよ。何も嫂《ねえ》さんのせいじゃない」 「じゃあお杯を持ってよ。そして私にも酌《つ》いで下さいな」 「酌《つ》ぐことは酌ぎましょうよ。だが、あっしはもう沢山だ。兵営祭りで兵隊と、たらふく飲んだあとだから」 「あら、嘘ばッかり。兄さん飲もうよって言いながら家へ入って来たじゃないの。もう意地よ、私だって」  金蓮は三つ四つ手酌《てじゃく》でつづけた。今日こそぶつかってやれ、と心に潜《ひそ》めていたものの、やはり勇気が欲しい。自分で自分がもどかしい。彼女は泣きたくなった。体の中で狂う性の翼《つばさ》に気が狂いそうだった。 「二郎さん! 飲ませずにはおかないわよ。お嫌いなの、私のお酌が……。あっ、こぼれる」 「嫂《ねえ》さんどうかしてますね、今日は」 「わかること、それが。……私の眼を見てよ、眼を」 「あっ、無茶だ、嫂さんがそんなに飲んじゃいけねえよ」 「じゃあ、助《す》けてちょうだい。……うれしい、飲んでくれたわね。もひとつよ。嫌アん……それを空《あ》けてからよ」  そして彼女は椅子《いす》ごと寄って、素早く武松の膝へ姿態《しな》だれかかった。と、もう白い手は武松の厚い肩を半ぶん捲いて、髪の香もねッとりと、男の胸を掻きみだすばかり甘えかかる。まるで魔女の身ごなしだ。朱い唇が罌粟《けし》の花さながらに仰向いて何か喘《あえ》ぐ。……どうかしてよ! どうかしてよ! 彼女自身すら持て余しているものを身もだえに揺すぶるのだった。 「あ。……ど、どうしたのさ嫂《ねえ》さん。くるしいのかい」 「くるしいわよ、わかんないこと? ……抱いて、抱いてってば」 「こうですかい」 「もっと、ぎゅっと。いっそ絞め殺してよ」 「じゃあ、こうして貰いたいんだね」  武松は抱いたまま突ッ立ちあがった。――ひぇッっ、と天井の辺で潘《はん》金蓮の四|肢《し》と裾《すそ》が蝶の舞いを描いた。武松の両手に高々と差し上げられていたからである。 「たいがいにしやがれっ。この女奴隷《めどれい》め!」  とたんに、部屋の扉口《とぐち》の下で、ぺしゃんと濡《ぬ》れ雑巾《ぞうきん》でも叩きつけたような音がした。そのままかと見ていると、彼女は跳ね返っていた。泣きもしない。痛い顔もしない。眦《まなじり》の紅を裂いて、武松を睨《ね》めつけ、恨みの声を投げてきた。 「よくも恥をかかせたわね。なにさ! 女が男を思ったって、ちっとも不思議はありゃしないわよ。それが通じない男のほうが、よッぽど片輪か木偶《でく》ノ坊か、どうかしているのよ!」  それでもまだまだ、容易に腹は癒《い》えないらしく、にんやり自分を見すえている武松の醒《さ》めた顔へもう一歩迫って、 「二郎さん、覚えておいでね。ひとがこんなにも親切に……わ、わたし……自分の身もわすれて可愛がッてあげたものを、よくもひどい目にあわせたわね。もう何もしてやらないからいい」  後ろの扉を開けるやいな、ぴしゃっと風を残して、台所のほうへ行ってしまった。  しいんと、そのまま、雪のたそがれが来る。  灯ともし頃、武大《ぶだ》は雪で丸くなって帰って来た。物音を知ると金蓮はすぐ門口へ走り出て良人を見るなり泣いて見せた。武大はのそのそ物置小屋へ商売道具を入れて戻るとすぐ訊ねた。 「どうしたのよ金蓮。何か、弟と口喧嘩でもしたんじゃないか」 「そうよ。あんたが余り弟を大事にし過ぎるからさ。今日みたいに口惜《くや》しいことってありゃしない」 「よせよ。あいつも口は悪いが、腹ん中はいいもんだぜ。いい弟なんだよ」 「へえ、いい弟が嫂《あによめ》にへんな真似《まね》をするかしら。ほんとに馬鹿にしてるわ」 「なにしたのさ、武二が」 「いえませんわよ、そんな恥かしいこと。ごらんなさいな、わたしのこの髪を。ちょうど、あんたが帰ってきたんで、猥《みだら》な真似もされずにすんだからいいけれど」  武大《ぶだ》もそれには動揺したらしい。ちょっと暗い顔したが、すぐ笑った。兵営祭りだ。飲んで帰った酒の上から、つい冗談でもいったのだろう。弟の酒好きはわかっている。 「金蓮《きんれん》。武二は部屋かい」 「およしなさいよ。ふて[#「ふて」に傍点]寝しているらしいから」 「じゃあ、そっとしておくか。……明日になったらきっと頭を掻いてあやまるよ。おまえもいつまで、つンつンしているのはおよし。なあ、せっかく一つ屋根におさまった兄弟だ。俺にめんじて勘弁しなよ」  その晩、武大は妻の腕《かいな》に愛撫された。厚い雪の屋根の下だった。小心で善良な彼は、金蓮の蛇淫《だいん》の性《さが》を思わず白膚《びゃくふ》から、初めてな狂炎と情液をそそがれて、心ではびッくりもしていたし、また金蓮のうつつない媚叫《びきょう》や無遠慮な狂態が余りなので、階下《した》の弟にそれが聞こえはしまいかと、内心びくびくしたほどだった。  ――で、いつになく武大はくたくたになって寝坊した。金蓮もまた今朝だけは何のかんのの文句もいわない。やがて起きて、階下へ降りて行くと、金蓮が独りでケラケラ笑っていた。 「あんた、行っちまッたわよ、あの人」 「え、武二がいないって。なあに今朝《けさ》は遅いよ。もう役署へ出かけたんだろ」 「でもさ! ごらんなさいよ。部屋の荷物が引っ絡《から》げてあるじゃないの。やっぱり気まりが悪いのね。あんたに合せる顔がないのよ」  いっているところへ、三人の従兵が、武松に代って荷物を取りに来た。――都合で下宿をかえたいからという言伝《ことづ》てだけである。武大はその日も解けぬ大雪のため、珍らしく饅頭《まんじゅう》売りを休んだが、一日中、ぽかんと虚脱状態だった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 隣で売る和合湯《わごうとう》の魂胆《こんたん》に、簾《すだれ》もうごく罌粟《けし》の花の性の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  兵隊仲間における都頭《ととう》[#1段階小さな文字](伍長)[#小さな文字終わり]武松《ぶしょう》は、いたって人気者だった。威張らない。規則ずくめで縛らない。わかってくれる。 「伍長、知事がお呼びですぜ」 「おれか。……おやおや、こないだ貴様たちが酒場で喧嘩したのがバレたのかもしれないぞ。また俺の黒星だ」  ほどなく、彼は知事室で直立していた。 「まあ、かけ給え」と、知事はおっとりと構えこんでいう。やがて公用筥《こうようばこ》から一書類とともに、もう出来ていた辞令を取出して、武松に命じた。 「たいへんご苦労だがな、従兵一小隊をつれて、急に開封《かいほう》東京《とうけい》まで行ってもらいたいのだ。この公文を殿帥府《でんすいふ》までお届けすればよい。そして、もう一つついでに、わしの親戚《しんせき》の家へ、一ト行李《こうり》の財宝を送り届けて欲しいのだが」 「出立はいつですか」 「明後日、立ってくれ。何しろ遠隔だし、知っての通り途中の山海《さんかい》には賊の出没もまま聞くところだ。で、君を見込んでやるのだから、しっかり頼む」 「見込んでと仰っしゃられたんじゃ、否やもありません。承知しました」  次の日である。武松は旅の具などを買い漁《あさ》りに街へ出ていた。出張旅費もたっぷり懐中にあった。兄の好きな物などがやたらに目につく。  兄の家へはあれきり足ぶみしていない。考えてみると四十日余りの不沙汰《ぶさた》だ。開封《かいほう》東京《とうけい》といっては早くても二ヵ月余、もし天候にめぐまれなければ三月《みつき》は旅の空になる。 「そうだ。あれきりじゃ何かお互いに気まずい[#「まずい」に傍点]ままだ。ひとつ酒でも提《さ》げて行って、ひと晩、機嫌直しをして立とう。あんな嫂《あによめ》でも、兄にすれば満足している大事な女房だ。俺さえ折れていればいいことだし」  彼は酒や肉を買って片手に抱え、また嫂のよろこびそうな手土産《てみやげ》なども二つ三つ持って、久しぶり紫石街《しせきがい》の茶店隣の芦簾《あしすだれ》を覗《のぞ》き込んだ。 「まあ、二郎さんじゃないの。どうしたの、いったい」 「嫂《ねえ》さん、どうも、いつかは何とも相すみません。いくら酒の上でもね」 「もういいわよ、そんな過ぎたこと。まアお上がんなさいな二階へ。良人《うち》もじきに帰るでしょうから」 「じゃあ、待ってましょう。嫂さん、これ、ほんの手土産ですが」 「あら、わたしにまで。すみませんのね。まあまあお肉やらお酒もこんなに沢山に」  金蓮《きんれん》はすっかり穿《は》き違えてしまった。女にはよくありがちな心理でもある。武松がてれ[#「てれ」に傍点]臭そうに訪ねて来たのは、私に未練があるからだと自分に都合のいい解釈をしたものだった。もちろん未練なら彼女のほうこそ、たッぷりである。武松を二階へ上げて引っ込むと、金蓮はあたふた鏡台へ向った。髪をつかね、香油を塗り、すっかり化粧や着がえも凝《こ》らしたうえで、また上がって来た。 「二郎さん、見てよ。これ、いつかあなたにいただいた緞子《どんす》で仕立てた袿袴《うわぎ》なのよ。どう似合うこと?」  と、姿態《しな》を作って、横へ向き、後ろを見せ、そして武松の椅子《いす》の廻りをそっと巡り歩いた。  さきの一例で懲《こ》りているので、今日は大事をとるつもりだろうが、その妖艶《ようえん》な媚《こ》びといったらない。たとえば蜘蛛《くも》がその獲物《えもの》を徐々に巣の糸に縢《かが》り殺して、やがて愉しみ喰らおうとするようだった。武松は嫂《あによめ》のあれがまた始まるかと気が重い。ただ固くなっている。そのうち兄の武大《ぶだ》が帰って来た、武大はよろこぶまいことか。 「おお、武二。よく来てくれたな。ほんとによく来てくれたよ。どうしたい近頃は」 「兄さんじつは、お別れに来たんです。といっても二タ月|三月《みつき》のことですがね」 「えっ、どこか遠方へでも行くのかい」 「公命で開封《かいほう》東京《とうけい》まで行って来ます。いずれまたすぐ帰りますが、どうも何だか、兄さんに気まずい思いをさせてるようで、そいつが一つの旅路の気がかり。どうかいつかのことは、兄さん堪忍しておくんなさい」  兄へもわび、また、嫂《あによめ》にも傷をつけないように武松は下げないでもいい頭を下げた。さすが金蓮《きんれん》もちょッぴり沁《し》んみりした容子《ようす》。階下では隣の王婆さんがお料理が出来ましたよと告げている。さっそく酒盃や皿数《さらかず》が並ぶ。しばしの別杯というので、その夜は三人仲よく杯を交《か》わしていたが、やがてのこと。 「ときに兄さん。嫂《ねえ》さんもそこにいて、一つ、とっくり聞いておくんなさい」  武松はいつになく改まった。兄夫婦へ面と対《むか》って、こんな態度は初めてなのだ。 「――生まれ故郷の清河県《せいかけん》でもそうだったが、この街でもそろそろ兄さんを小馬鹿にする餓鬼《がき》どもの声が立っている。饅頭《まんじゅう》売りの人三化七《にんさんばけしち》だとか、ぼろッ布《き》れの儒人《こびと》だとかろくな蔭口《かげぐち》を言やあしねえ。小耳にするたび、畜生と俺あ腹が立つ。俺にとっちゃあ血を分けたたッた一人の兄さんだものな……。だが、やくざの俺と違って兄さんときたら、天性のお人好しだ。世間に苛《いじ》め抜かれても苛《いじ》め返すことなんざ知らねえんだ。それがまたいいところさ。だがね兄さん」  武松は自分の声に自分で瞼《まぶた》を熱くした。兄の武大《ぶだ》は首を垂れる――。どっちが兄か弟かわかりゃしないと、金蓮は横目で見ていた。 「この武松が一つ街に居るうちはよござんすが、たとえ百日でも、留守となるとそいつが弟の身には心配でなりませんのさ。どうかあっしの留守中は、人の騙《だま》しに乗ったり、人のダシに使われないように、気をつけておくんなさいよ。……また嫂《ねえ》さんへもだ。どうぞお願い申しますぜ。夫婦は二世とやら、こんな兄でも連れ添う良人《おっと》、大事にしてやっておくんなさい。よくよく嬶《かかあ》の尻に敷かれッ放しな洟《はな》ッ垂らしの亭主だと、世間の奴アいってますぜ。ねえ嫂さん、世間|態《てい》だけでも、そこはすこし良人を立てて、どうか仲よく暮しておくんなさいな」  風向きが自分へ変って来たとみると、金蓮は耳もとを充血させて、ついと横を向いてしまったが、いきなり袂《たもと》の洟紙《はながみ》をさぐって、良人《おっと》の武大の前へ抛《ほう》ッた。 「あんた。それで洟《はな》でもかンでよ、見ッともない。洟も涙も一しょくたにこぼしてさ。……だから私までが二郎さんから、まるで悪女か人非人《ひとでなし》みたいにいつもコキ下ろされているんだわ」  武松はそれを機《しお》に立った。そして路銀の一部を割《さ》いた金を卓の上に残して、 「嫂さん、これは先ごろお世話になった下宿料だ、と思って取っといておくんなさい。そしてあっしの留守中は、なるべく兄さんの稼《かせ》ぎも楽にしてやって、夕方は必ず早目に帰るように。――晩には仲よく寝酒でも飲むっていう風にね、とにかく無事に機嫌よく毎日を送っていてくださいよ。くどいようだが頼みますぜ。……はははは何だかまるで、媒人《なこうど》の言い草みてえになッちゃったなあ。――じゃあ兄さん、行ってきますよ」  武松は階段を下りて行く。武大もついて行く。そのときも、武松はまた、小声で言った。 「兄さん、忘れなさんなよ、今夜、あっしが言ったことを」 「うん、うん……」  弟の影が見えなくなると、武大《ぶだ》は軒下で声を上げて泣いた。――その泣き顔を持って二階へ戻ると、金蓮はケラケラ笑った。残りの酒を独りで仰飲《あお》ッていたのである。そればかりか卓にトンと頬づえ突いて顔を乗せると、良人の泣き面《つら》を見ながらつくづく呟《つぶや》いた。 「オオいやだ、夫婦は二世だなんて。――半世でも、うんざりなのにさ!」  翌日、武松は県城を離れて、はるか東京《とうけい》の空へ旅立ったが、彼の気がかりとしていた饅頭《まんじゅう》売りの兄の武大には、以後一こうに良い変り目もなさそうだった。 「あら、お前さんたら。なんだってまだ陽も高いうちに、商売から帰ってきたの」 「だって、弟が言ったもの。兄さん、俺の留守中は、必ず早目に毎日帰んなさいよって」 「おふざけでない。やっとこ喰べるがせき[#「せき」に傍点]の山の饅頭売りのくせにしてさ。こんな甲斐性《かいしょう》なしの亭主ってあるかしら。ちッ、薄野呂《うすのろ》の、おんぼろ宿六、勝手におしッ」 「晩の酒は買ってあるかい。ねえ金蓮《きんれん》、何をぷんぷんするんだよ」 「お酒。そんな稼ぎを誰がしたの」 「弟がお金をくれて行ったじゃないか」 「あれッぱかしの金、いつまであると思ってるんだ。とうに近所の払いに消えてますよ。あしたから、こんな早くに帰って来たら、飯も食べさせないからいい……」  遠山の雪肌も解け初めて、この陽穀県《ようこくけん》の小さい盆地の町にも、いつか春の訪れが萌《も》えかけていた。ひとり萌えるにもやり場のないものは、金蓮の肉体にだけ潜《ひそ》んでいる。  金蓮はその日、桟叉《さんまた》[#1段階小さな文字](竹竿に叉をつけた物)[#小さな文字終わり]を持って、門口へ出ていた。廂《ひさし》の芦簾《あしすだれ》の片方が風に外《はず》れたので掛け直していたのである。――が、冬中の雪に廂《ひさし》の釘も腐ッていたのだろうか、一方を掛けているまに一方がバサーと落ちた。「あっ」と金蓮は、簾《すだれ》を避けてよろめいた。と、後ろに人がいた。通りかかりの往来の者らしい。その者も軽く「ア。あぶない」といって金蓮の体をささえ、そして、相顧《あいかえり》みてわけもなくニッと笑いあった。 「すみません。とんだ粗相をして。……もしやお沓《くつ》でも踏みはしませんか」 「いえ、なあに」  男は洒落者《しゃれもの》ごのみな頭巾《ずきん》をかぶり、年ごろは三十四、五。ぼってりと色の小白い旦那|風《ふう》であった。  ほんの行きずりの出来事。それ以上は、多くをいう機《き》ッかけもなく、男は行き過ぎてからチラと振り返った。すると金蓮もまた振り返っている。  男はせつなに何かぞく[#「ぞく」に傍点]とでもしたらしい。急にその足を斜めに向けて、金蓮の家のすぐ隣の茶店の内へ入ってしまった。 「まあ、おめずらしい。なンてまあ、今日は風の吹き廻しなんでしょうね」  茶店の王《おう》婆さんは下へも措《お》かない。――これなん、こんな安茶店の床几《しょうぎ》へなど滅多にお腰をすえる旦那ではなかったもの。  県城通りの槐《えんじゅ》並木に、ひときわ目立つ生薬《きぐすり》問屋がある。陽穀《ようこく》県きっての丸持《まるも》ちだともいう古舗《しにせ》だ。男はその薬屋の主人で名は慶《けい》、苗字《みょうじ》は二字姓の西門《せいもん》という珍らしい姓だった。  この西門慶は、男前もちょっと良かった。それに県役人の間にも頗るな顔きき。とかく金の羽振りというものか街中では彼の姿に小腰をかがめて通らぬはない。――で、王の茶店婆さんなどにしてみれば、なおのこと、掃溜《はきだめ》の鶴とも見えたに相違なかった。 「婆さん、ちょっと訊《き》きたいがね、折入ってだ。……耳を貸してくんないか」 「いやですネ旦那、こんな婆の袋蜘蛛《ふくろぐも》の巣みたいな耳、お側へなんか持って行けやしませんよ」 「なにサ、おまえを口説《くど》こうというのじゃない。……いまチラと門口で見かけたんだが、この隣にゃあ、すごい美女《たぼ》がいるじゃないか」 「ま、お眼がはやい。見ましたかえ」 「ありゃあ、さだめし亭主持ちだろうな」 「ええ、それがまあなんと、可哀そうに、あんな縹緻《きりょう》を持ちながら」 「とはまた、どうしてさ、可哀そうたあ?」 「だって旦那、人もあろうに、あれが饅頭《まんじゅう》売りの武大《ぶだ》ッていう薄野呂《うすのろ》のおかみさんじゃござんせぬか」 「ひぇっ。ほんとかい……ふ、ふ、ふ。……いやほんとかね、婆さん」 「つい去年、清河《せいか》県から引っ越して来た夫婦者。ずいぶん世間にはいろんな夫婦の組み合せもありますけどさ、武大と金蓮みたいなのは、なんの因果といっていいやら、縁結びの神さまも、ずいぶん罪な真似《まね》するもんですね」 「……オ、婆さん。梅湯を一杯|美味《うま》く煎《い》れてくれないか。ただの茶よりは梅湯の方がいいぜ」 「あら、ごめんなさいましよ。ついついお喋舌《しゃべ》りばかりしていて」  王婆が梅湯を茶托《ちゃたく》にのせて奥から出直して来ると、その間も西門慶《せいもんけい》は、床几《しょうぎ》を少し軒先へずり出して、しきりに隣の二階を見上げている様子だった。 「……旦那。……もしえ旦那。うまくお口にあいますかしら」 「オ、梅湯か。ム、たいそう薫《かお》りがいい、酢味《すみ》もちょうどだ。ところで婆さん、梅っていう字は楳《ばい》とも書く。楳の意味はまた、媒人《なこうど》にも通じるッてね」 「やはり旦那は旦那。味なことを仰っしゃいますこと。婆には学問のことはなにもわかりませんけれどさ」 「文字の講釈などいってるんじゃない。おまえを楳《ばい》と見立てていったんだ」 「あらいやだ、旦那はいつのまにか、わたしの内職までご存知なんですね。……だって仕様がございませんものね。こんな人通りの少ないところの安茶店じゃ、正直食べても行かれやしません。暇にまかせて、こっそり妾《めかけ》のおとりもち、出逢い茶屋まがいのチョンの間《ま》貸し、そんなことでもしてお小費《こづか》いをいただかないことにゃあ」 「なるほど、看板にはないが、ここは梅湯、生姜湯《しょうがとう》のほか、和合湯《わごうとう》の甘ったるいのもございますッていうわけか」 「旦那へも、その和合湯をトロリと一服おいれいたしましょうか」 「婆さん、さすがだ、おれの渇《かわ》きは、もう読めたな」 「この年ですよ。そんなことぐらい読めないでどうするもんですか。……けれども旦那え、チョンでも馬鹿でも、亭主ってものが、にらんでいる花ですからね。そうやすやす、手折《たお》れると思ったら、大間違いでござんすよ」 「おっと、今日は急ぎの用先きだっけ。薬種《くすり》を煎《せん》じるにも気永が大事さ。辛抱はするからね、たのんだぜ」 「あらお待ちなさいましよ。床几《しょうぎ》の下にまでお金が散らばッてさ。お忘れ物じゃございませんの」 「オ、紙入れからこぼれたね。ええ、めんどうだ。婆さんそっくり拾って取っておきな」 「ひぇっ……。まあこんなに」  数日|措《お》くと、西門慶《せいもんけい》はまたやって来た。いやそれからは、三日にあげずだ。時によると一日に二度も三度も来るといったぐあい。大熱々《おおあつあつ》なのぼせ方である。王婆さんには思いがけない福運の春告鳥《はるつげどり》は、こことばかりな手具脛振《てぐすねぶ》りだ。  元々、この王婆たるや、ひと筋縄の婆ではない。近所|界隈《かいわい》の事情合《わけあ》いには精通しており、戸々の収入《みい》りから女房たちの前身、亭主の尻の腫物《はれもの》までも知りぬいている。堕胎《こおろし》、姦通、妾《めかけ》の周旋、あいびき宿、およそ巾着銭《きんちゃくぜに》の足《た》しには、なんでもござれとしていたのである。そこへ鴨《かも》も鴨、断然そんな手輩《てあい》とは、金の切れが違う西門慶という大鴨がかかったのだから、婆としては千|載《ざい》の一|遇《ぐう》だ。ほかは一切お断りの態《てい》で、旦那旦那と彼一人へ手練手管《てれんてくだ》をつくしにかかったものだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 色事|五《い》ツ種《いろ》の仕立て方のこと。金蓮《きんれん》、良人《おっと》の目を縫うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  堅々《かたがた》しい古舗《しにせ》の旦那も、あてにはならない。昼もまぼろし、夜はうつつなさだ。これまでずいぶん、街の商売妓《しょうばいおんな》には鍛《きた》えられてきた西門慶だが、チラと見染めた潘金蓮《はんきんれん》だけには、全くどうかしてしまっている。  みすみす王《おう》の婆さんに巧く絞《しぼ》られているとは百も承知の上ながら、通わずにいられなかった。こんどは、今日こそはと、つい通いつめ、さすが色事にかけては自負《じふ》満々だった西門慶も、もうふらふらな様子だった。 「婆さん、いつまで焦《じ》らすんだい。おれはもう死にたくなった。今日は約束どおりおまえの棺桶代《かんおけだい》[#1段階小さな文字](養老金)[#小さな文字終わり]もここへ積むぜ。さあ、どうしてくれる」 「おやまあ、すみませんねえこんな大金まで戴いちゃって。……けれどさ旦那、なんたって亭主持ちでしょ。それに女拵《おんなごしら》えには、五つの条件てものがありまさアね。ほほほほ、旦那に色事の講釈など、釈迦《しゃか》に説法ですけれどさ」 「いや色道《しきどう》は底が知れないよ。こんどは参った。俺としたことが、こんな初心《うぶ》にもなるもんかとつくづく思って」 「それそれ、それですわよう旦那。女をコロとさせるには、初心《うぶ》っぽくまず見せかけて、次に大事なのがいまいった五つの条件。一が拍子合《ひょうしあ》い、二がお容貌《かお》、三がいちもつ、四がお金、五が暇のあること」 「暇と金なら、あり余るぜ」 「お容貌《かお》だってとてもとても。もしわたしが若けりゃあ捨ててなんかおきはしない」 「三の男の物なら、おれのものは、驢馬《ろば》ほどなものはある。どんな商売|妓《おんな》だろうが、嫌泣《いやな》きにでも泣き往生させずにはおかないよ」 「おやまあ、たのもしい。けれどまだありますよ、いッち難かしい一つがね。拍子合いといって、首尾と縁の機《き》ッかけ。これがねえ、旦那え」 「まだ、渡りがついてねえのかえ」 「あれでもやっぱり亭主は亭主で、朝に晩に饅頭《まんじゅう》売りの武大《ぶだ》めが、金蓮《きんれん》や金蓮やで、くっついていますしね。その隙《すき》を狙う才覚ですもの、生やさしい苦労と芸当じゃございませんでしょ」 「わかってるよもう、その骨折りは。まだ何か所望があるのか」 「じつはね旦那、たび重なって申しあげにくいんですが」 「ああよそにいる息子の嫁娶《よめと》り入費か。それも要《い》るだけは出してやる。……やるがさ、どうだよ、隣の鶯《うぐいす》は」 「あしたの昼、そっと籠から盗んで、うちの奥へ誘い込んでおきますから、いいようにお啼《な》かせなさいましな」 「えっ。ではもうはなしは出来てるのか」 「お気が早い、まだまだ細工はこれからですよ。以前、清河《せいか》県の大金持ちの家に小間使いをしていた時から、あの娘《こ》はお針が上手なんですとさ。そこをつけ目に、ごひいきの旦那衆から、何かのお祝い事で、晴れ衣裳の仕立物を頼まれたから、金蓮さん、ひとつ家へ来て、仕立て物を手助《てつだ》ってくれまいか……と、まア持ちかけてみるつもりなんですがね」 「うまい。そいつあいい首尾になりそうだ」 「じゃあ早速ですが、白綾《しらあや》、色絹、藍紬《あいつむぎ》、それに上綿を添えた反物《たんもの》幾巻と一しょに、暦《こよみ》とお針祝いのお礼金《こころざし》をたんまり包んで、夕方までにここへ届けて下さいましな」 「よろしい、そして明日の昼間だね」 「いいえ、明日はちらと、お顔見せるだけのこと。わたしが、座を巧くとりもって、ひと口、お酒を出しますから」 「念入りだなア、どうも」 「お美味《い》しい果物は皮もていねいに剥《む》いて食うことでしょ。よござんすか。そして四、五日はまあ品《しな》よく顔を見合ったり言葉の一つもかけたりしなさる。折にはまた、お気前を見せたりしてね」 「いつになるんだい、ほんとの首尾は。寝られないよ、その間なんざ」 「さ、そこが拍子合い。舟も揺れ頃、潮も上がる時分とみたら、わたしがその日、たんまりお酒に媚薬《びやく》を入れて、眼合図でおすすめしましょう。そしてわたしは買物に出て行っちまう。あとは旦那の腕しだい。といっても、あせッて事を仕損じちゃいけませんから、しばらくは酌《さ》しつ酌されつ。そして試しに、卓のお箸《はし》を下へ落としてごらんなさい。いいえ、術《て》ですよ。箸を拾う振りをしながら、わざと手をさしのべて、裳《も》のすそからちょっと深めに、あの娘《こ》の股《また》へ手を触《さわ》ってみるんですよ。……声でも揚げて、怒るようだったら、またこの話は練り直しだと、諦《あきら》めなくっちゃいけませんがね」 「ううむ、そんな心配がありそうかね」 「女心ですもの。どう現われるか、わかりゃしません。自分にだって、わかりゃしない。けれど、その前にわたしが二人ッ限《き》り残して、裏口を閉め、表も閉めて出ていくでしょ。……もし女に気がなければ、そのときジタバタするにきまってますよ。それでも残っているようなら、まず八、九分までは脈のあること。あとは箸落としが、枕外《まくらはず》しとまでなるかどうか。ほほほほ、旦那え、出来ちまったら、あとは邪魔物だなんて、わたしを粗末になんぞなさると罰《ばち》があたりますよ」  近所も近所、すぐ壁隣《かべとなり》の家で、いつのまにかそんな運びが出来ていようとは、ゆめにも知らない武大《ぶだ》だった。春は日永《ひなが》になり、武大の帰りもだんだん遅くなっている。早く帰れば金蓮に頭ごなしに呶鳴られるからだった。 「ああ、くたびれたよ金蓮。稀《たま》にゃ半日でも休ませてもらえねえかなあ」 「好きなこといってるわ。あらなアに。蒸籠《せいろう》のお饅頭《まんじゅう》がまだ幾つも売れ残っているじゃないの」 「だって、仕方がねえわ。日はどっぷり暮れちゃうし、晩に饅頭なぞ売れやしねえもの」 「おまえさんはまた公園で居眠りばかりしてるんでしょ。いつぞやは、饅頭をみんな、犬に食われてベソを掻いて帰って来るしさ。……それで休みたいもないもんだ」 「おや、金蓮。おまえ酒|機嫌《きげん》じゃないか。それに、どうしたんだい、後ろに綺麗な糸屑[#「綺麗な糸屑」に傍点]がたかっている」 「あんたが意気地がないからよ……わたしここ五、六日ほど、毎日お針仕事に通ってるんだわ」 「そうかい。……すまねえのう金蓮。いったい、お針仕事とは、どこへ通っているんだね」 「お隣の王《おう》婆さんよ。お婆さんが親切に言って来てくれたの。どこかご大家のお祝い着を頼まれたんですって。そして小費《こづか》い稼ぎにどう? っていうからさ」 「だが、酒振舞いは、おかしいじゃねえか。何もお針仕事の針子《はりこ》にさ、酒を出すなんて」 「貧乏性だわねえ、あんたは。今日は黄道吉日《こうどうきちにち》でしょ。お大尽《だいじん》の仕立て物には、裁《た》ち祝いということをするもンなのよ、知らない?」 「知らねえ……」武大は暗い顔して、うなだれていたが「なあ金蓮よ、稼《かせ》ぎの弱いおらが、こんなこというと、またおめえの気を悪くするかもしれねえが、弟の武二も、くれぐれおらに言いのこして行った」 「また、弟さんのご託宣《たくせん》かえ」 「だって、弟がの、兄さん忘れなさんなよと、おらを案じて言っていたもの。世間は恐ろしい、小馬鹿にはされても、人のダシには使われなさんなよって」 「だれがダシに使われたのよ。だれがさ」 「隣の王婆さんは、じたい、おらは虫が好かねえんだ」 「なにもあんたがお針に行くわけじゃないんでしょ。ふン、虫が好くの好かないのと、人並みなこといってら」 「金蓮《きんれん》、後生《ごしょう》だ。やめてくれ、おら晩まででも稼《かせ》ぐよ。だから家にいてくんな」 「ひとを二十日鼠《はつかねずみ》だと思ってるのね。いいわ。その代りに、明日からはもう一ト蒸籠《せいろう》も二タ蒸籠もきっとよけいに売っておいでよ。もし明るいうちになぞ帰って来たら家へ入れないから」  いちぶ一什《しじゅう》は、のべつ隣の王婆が、裏の台所口へ来ては、偸《た》ち聞きしている。  朝々、武大《ぶだ》を稼ぎに追い出してしまうと、金蓮はもう翼を翻《かえ》して隣の奥へ来ていた。この間じゅうから縫いにかかった白綾《しらあや》や青羅紅絹《せいらこうけん》がもう裁《た》ちもすんで彼女の膝からその辺に散らかっている。 「まア、なんて早い針運びだろう。金蓮さんみたいなの、見たことないよ、お世辞でなく」 「いやですわおばさん、そんなに褒めちぎッちゃあ、はずかしくって」 「だって、見事だもの、ほんとにさ――針も針だけど、指といったら、まるで何か美しい蝋細工《ろうざいく》が動いているみたいだし、こう覗《のぞ》き込んでると、わたしだって、この可愛い襟《えり》くびへ食いつきたくなっちまう。……薬種問屋《くすりどんや》のあの旦那が、ずいぶんお目も高いお方だのに、精いッぱい賞《ほ》めておいでたのも無理はないね」 「あのお方、なにかわたしのことを、仰っしゃってましたの?」 「ままになるならって」 「あら、あんなことを」 「きっと、お淋しいんだよネ、あの旦那も。お金はくさるほどあるけれど、おかみさんには死に別れたし、お子はないしさ。いくら番頭や親類があったって」 「おだやかなよいお人柄ですのにね。……おや、おばさん、どなたか表に」 「あら、旦那らしいよ。噂をすれば影。……おお旦那、いらっしゃいませ。いいえもう、店のほうよりは、奥がたいへんなんですよ。少しは休みながらといってるのに、金蓮さんときては、真正直《ましょうじき》に、もうせッせと、針の目ばかりに暮れッきりで」  西門慶《せいもんけい》は、今日も身装《みな》りを着かえていた。めかし頭巾も紫紺色《しこんいろ》の、まるで俳優めかしたのをかぶり、少々は薄化粧などもしているらしい匂《にお》い。なにやら如才ない手土産《てみやげ》などを婆に渡して、やや離れた椅子《いす》に腰をおろすと、大容《おおよう》に言ったものである。 「ご苦労さまね、金蓮さん。そう急ぐわけでもなし、からだに障《さわ》っちゃいけませんよ。すこし話しませんか」 「いいえ、お針は好きですから……」と、金蓮はいっそう肩をすぼめて、恥じらしげに、針も休めず顔も上げない。 「……でも、こんな下手《へた》なお仕立てが、お気に召しますかしら、しんぱいですわ、わたし」  婆はもう台所から、土産物の果物に、一|煎《せん》のお茶を添えて、そこの卓へ運んで来た。そして、 「さ、金蓮さんも、ご一しょに……。これでお口を濡《ぬ》らしているまに、すぐお料理やお酒を持って来ますからね」と、すぐまた席を外《はず》して行った。 「ア、おばさん。そんなに関《かま》わないで頂戴、毎日のことですのに」 「いや金蓮さん。酒はてまえが、飲みたいんでさアね。つきあってください。それとも、お嫌?」 「いやなんてこと、ありませんけど。いつも、甘えてばかりいますもの」 「いいじゃありませんか。どうしたご縁やら、茶屋酒には飽いているてまえも、ここへ来ると、何かしらこう、あなたと一しょに、ひとくち過ごしたくなりましてね」 「ま、お上手なこと仰っしゃって」 「ああ、ざんねんですな。この西門慶が、そんな男に見えますか。……お婆さん、酒のしたくはよしておくれ。今日はもう帰るから」 「あら、お気を悪くしたんですか。どうしよう、わたし。……ごめんなさい。ごめんなさいね」  潘金蓮《はんきんれん》は、おろおろと膝の上の縫《ぬ》いかけ衣《もの》を床に曳《ひ》いて、西門慶の前へ立った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 梨売《なしう》りの兵隊の子、大人《おとな》の秘戯《ひぎ》を往来に撒《ま》きちらす事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  もとより西門慶《せいもんけい》は、本気で帰るつもりなのではない。小当りにちょッと金蓮の“気”を引いてみたまでのことだ。  王《おう》婆もまた、もちろん今日の寸法は呑みこんでいる。いい首尾を作るにも、男の逸《はや》り気を撓《た》め、女の待ち汐《しお》を見、そこの櫓楫《ろかじ》の取り方は媒《なかだ》ち役の腕というもの。「……まあ、まあ、ふたりともおとなしく、お婆《ばば》のいうことを肯《き》くもんですよ」とか何とか言いつつ、とにかく予定の小酒盛《こざかもり》にまで持ち込んでいくところ、さすがに婆だわと、男の西門慶には頼もしい。 「旦那え……」と、酒もそろそろ廻るほどに、婆までがいやに色っぽく眼もとを染めて「どういうンでしょうね、旦那ってお人は」 「なにがさ? 婆さん」 「なにがじゃありませんよ。こちらのお内儀《かみ》さんにも、お杯ぐらい上げたらいいでしょ」 「だって、金蓮さんは、迷惑そうなお顔じゃないか」 「ま、お察しが悪い。旦那と一しょなので、恥かしいんですよ。ほんとは、飲《い》ける口なんだもの。さあ、おかみさんも、お杯を受けたらいいじゃないの。焦《じ》れッたいねえ」 「まるで、わしとおかみさんとで、叱られてるみたいだな、はははは。時に、あなたはお幾歳《いくつ》ですか」 「もう二十三ですの」  金蓮は、やっと答えて、同時に、貰った杯へ、唇《くち》を濡らした。 「じゃあ、わたしのほうが、九ツも上だな。お針は上手だし、礼儀作法といい、人当りの姿態《しな》もよし……、武大《ぶだ》さんとやらが羨《うらや》ましいね」 「オヤ、禁句ですよ旦那。おかみさんは、とても亭主運が悪いんで、武大の武の字を思い出しても、すぐ気が鬱《ふさ》いで来るんですとさ」 「それはまあ、似た人もあるもんだね。この西門慶《せいもんけい》も女房運が悪くッて悪くって。もう女は持つまいと思ったほどだ」 「だって、おくさんは、おととしお亡《な》くなりになったでしょ。……まあ旦那のほうで仰っしゃるから、あけすけに言っちまいますが、陽穀《ようこく》県一の薬種問屋《くすりどんや》、西門大郎の御寮人《ごりょうにん》にしては、亡くなったおくさんは、余り良妻じゃなかったんですってね」 「悪妻も悪妻だし、嫁に来てから病《や》み通しだったんだよ。のべつ医者よ薬よ、別荘行きよと、贅沢三昧《ぜいたくざんまい》をやったあげく、亡くなったのさ。番頭手代、数十人も召使っているが、いらい女房だけは、それに懲《こ》りてね」 「だけど旦那え。外にはたんと、美《い》い妓《こ》をお囲いなんでしょ。お隠しなすっちゃいけませんよ」 「ああ。あの小唄の女師匠のことかえ」 「あの女《ひと》もだけれど、新道《しんみち》の李嬌《りきょう》さんなぞも、向うから旦那に首ッたけだって噂じゃありませんか」 「違う。違う。あれもね、弟を官学校へ入れたり、母持《おやも》ちなので、つい面倒をみてやっているが、向うですまないすまないと言い暮らしているだけで、こっちは正直、足も余り向かないほうなのさ」 「でしょうね、どうせ。なにしろ、色街でも引く手は数多《あまた》な伊達者《だてしゃ》ではいらっしゃるし、お金はあり余るうえ、おまけに、女には人いちばい、お眼が肥《こ》えているんだから、めったに、旦那のお気に召すような女なぞありッこなしでござんしょう」 「ところがさ、世はままにならないものでね」 「おや、旦那にも、ままにならないことなんか何かおありですかえ」 「小唄の文句じゃないが、あちらで想ってくれるのは、こちらはさほどでもないし、こちらで想う人には……」  西門慶は、思い入れたっぷり、金蓮の顔を眼のすみ[#「すみ」に傍点]から偸《ぬす》み見る。さっきから少しずつ酒も入っていた金蓮の皮膚は、そのとき名の如き蓮花《はちす》の紅をぱっと見せて俯《ふ》し目になった。その眸《ひとみ》の留守を、婆の眼と西門慶の眼がチラと何かを語りあっていた。 「あら、あいにくだよ、もうお銚子《ちょうし》が……。旦那え、お酒が切れましたから、役署前の上酒を買ってまいりますよ。その間、ご退屈でも、おかみさんと話していて下さいませんか。いいかえ、金蓮さんもここにいておくれね」  汐《しお》と見て、王婆はするりと、座を外《はず》す。そして部屋を出ると、外から扉《と》の把《と》ッ手を紐《ひも》で絡《から》げてしまった。のみならず、自分もそこに屈《かが》まり込んで、内の首尾《しゅび》に、かたずを呑んでいたのであった。 「金蓮さん。いや、おかみさん。も一ついかがです。まだお銚子《ちょうし》には少しはある」 「もう、もう。こんなに頬が火照《ほて》ッてしまって。くるしいほどなンですの」 「だって、いける口だっていうじゃありませんか。おかみさんは」 「おかみさんだなんて、仰っしゃらないで。……なんですか私、かなしくなる」 「そう、そう。禁句ですってね。わたしもあのお喋《しゃべ》り婆さんに、亡くなった家内のことやら、あの女この女の、街の取り沙汰など持ち出され、あなたの前でてれ[#「てれ」に傍点]臭くってしようがなかった。といって、私もまだ男の三十そこそこ。この幾年は童貞も同じような独り身ですものな。心からの浮気ではなし、察して下さいよ」 「でも。ひとから見れば、さぞかしと思うでしょうね。そう見えたって、無理ありませんわ」 「じゃあ、金蓮さんから私を見たら? ……」 「わからない! ……」と、艶《あで》やかに、かぶりを振って「わかりませんわ、わたしなどには、殿御のほんとのお心は」 「うそばっかり。あなただって、まんざら男を知らないでもないのに」 「だって、わたしの知った男といっても」 「おや、涙ぐんで、どうしなすった。いやもう、つまらないことは思いッこなしにしよう。さ、さ、涙なぞ拭《ふ》いて、も一つどう」  銚子を向けた肱《ひじ》の端で、西門慶は、わざと卓の象牙《ぞうげ》の箸《はし》を、下へ落した。  かねて、婆さんからも、言いふくめられていたことである。 「試しに、卓上の箸を落して、拾うと見せ、そっと女の脚へ触《さわ》ってごらんなさい。女に水心《みずごころ》がなければ、怒り出すにきまっている。もしまた、なすがままにさせているようだったら、もう大丈夫、さいごのことへ」と。――つまり西門慶は胸ドキドキそれを実行してみたものなのだ。  が、彼より早く、金蓮の体のほうが、 「……あら、お箸が」  と、すぐ椅子《いす》をうごかして、その嬋妍《せんけん》な細腰《さいよう》を曲げかけた。しかし「いや、いいんですよ」とばかり、西門慶もそれより低く身をかがめる。そして彼女の裳《も》の下へ手を触れた。いや、もうそのときは、試すなどの“ためらい”を持っている余裕はない。本来の彼そのものが、爬虫類《はちゅうるい》のような迅《はや》さと狡《ずる》さで彼女のおんなを偸《ぬす》んでいた。「……あ。……アア」と金蓮は柳腰をくねらせたが、叫びを出す風でもない。深く睫毛《まつげ》をとじたまま、白い喉《のど》を伸びるだけ伸ばし、後ろへ悶《もだ》え凭《もた》れただけである。それをもう冷然と、西門慶の眼《まな》じりは女の小鼻のふくらみから、あらい息づかいまで見すましていた。あらゆる女を経てきた彼の自信は、いまやどうそれを⥩欲《あくよく》すべきか、愉しもうかと、まずは思案するほどな、ゆとり[#「ゆとり」に傍点]と狡智《こうち》なのだった。  金蓮はくるしくなって、椅子から下へ落ちかけた。その体を片手すくいに抱いたまま、西門慶《せいもんけい》がひたと唇を近づけると、彼女の乾いて火を感じさせるような唇は烈しく男の唇をむさぼり吸った。それは西門慶ほどな男さえも、かつて味わったことのない無性な挑みと情熱のふるえだった。 「どうしたい。え。なにを慄えるのさ、金蓮さん」 「だって。……だって、もう」 「怒るかしら」 「なぜ」 「こんな目にあわせてさ」 「知らない。どう、どうにでもして」 「しずにはおかないよ」  西門慶は体も大きい。金蓮のしなやかな四肢は、締めころされるようなかたちを乱した。しかも悠々と男には余裕があるのに、彼女の指の先は処女のごとくどこでも無性につかみ廻って、背は、床をズリながら身伸びに身伸びをつづけてやまない。が、すぐ男の胸の下に、死に絶えたような息をつめてしまった。――そして今し、彼女の枕なき枕もとには快楽《けらく》の国がうつつと入れ代りに降りていた。とつぜん、金蓮の飛魂《ひこん》のすすり泣きは、西門慶を狂猛にさせた。男のふところ深くへ細やかな襟頸《えりくび》を曲げ、また仰《の》け反《ぞ》っては、狂わしげに唇をさがしぬく黒髪にたいして、彼は意地わるく唇を与えないのだった。彼女は悲鳴のうちにいちど気を失って徐々に力を脱《ぬ》いた。男の唇はやっと彼女に与えられ、神丹《しんたん》を含ますように、彼女の精気を気永に扶《たす》けた。まもなくまた、彼女は濡れた眸《ひとみ》で虹のような妖笑をふとあらわした。それを官能の合図と見たように、西門慶はやおら彼女の体をまるで畳《たた》んでしまうような自由さで持ち扱かった。そして貪欲《どんよく》な自己を一そう赤裸にした。金蓮はそのせつなに初めて武大《ぶだ》にあらざる男を体のおくに知って何かを生むような呻《うめ》きにちかい絶叫を発した。それは香《かん》ばしい汗と獰猛《どうもう》な征服欲との闘いといってもいい。西門慶の予想は、はるかに期待を超《こ》えていた。不覚にも彼さえつかれはてていた。 「…………」  部屋の外の王婆は、さっきから何度、そこを離れてみたり、また、抜き足で戻ってきたりしていたかしれない。ついには、余りにも余りなので、婆の根気もしびれを切らしてしまったらしい。わざと二ツ三ツ咳《せき》払いしながらそこの扉へ手をかけた。 「あ。戻って来たよ、婆さんが」  内の男女《ふたり》は、身仕舞いにうろたえながら、慌てて立ち別れた気配である。婆が入って行くと、金蓮はまだ髪の乱れも掻き上げきれず、後ろ向きに腰かけて、化粧崩れを直していた。 「あれ。……いやらしい」と、婆は仰山《ぎょうさん》に、男女《ふたり》を見くらべて、「まさかと思っていたら、なんてことなさるんですよ。人の家《うち》でさ!」  金蓮は、婆の胸へ走り寄って、 「おばさん、かんにんして! ……わたしが悪いの」 「ま、あきれた。この通りだよ女ってものは。男に罪を着せまいとしてさ」 「婆さん、静かにしろよ。もうできちまったものは仕方がないやね」 「旦那も居直りなさるんですかえ」 「遠くて近きは何とやらだよ。この上は隣の武大《ぶだ》に知れないよう、頼むは神様仏様、次いでは王婆様々だ。今日だけでなく極く内々《ないない》に、この後の首尾もひとつたのむぜ」 「それはもう、知れたらこの婆だって、同罪でござんすものね。その代りに旦那え、一生|末生《まっしょう》、婆を大事に、お礼のほうもいいでしょうね」 「わかったよ、わかったよ。河豚《ふぐ》と間男《まおとこ》の味は忘れられない。ここで逢曳《あいび》きするからには、わたしたちだけでいい思いをしているわけはないやね」 「じゃあ、この婆も腹をすえたとして。……金蓮さん、おまえも覚悟はしたろうね。これッきりじゃないんだよ」 「ええ、それはもうおばさん、こうなるからには私だって」 「倖せだよ、おまえさん」と、婆は彼女の背を一つ叩いて「これからは、間《ま》がな隙がな、可愛がっていただきなよ。……だけど、いくら頓馬《とんま》の武大《ぶだ》でも、勘づかれた日には事だからね。さ、今日はもう帰っておいで」  追うように、金蓮を裏口から帰してしまうと、婆はさっそく、西門慶《せいもんけい》から当座の大枚《たいまい》な銀子《ぎんす》を褒美に受けとった。そのお世辞でもあるまいが、婆は、西門慶が女にかけての凄腕を、聞きしに勝《まさ》るものだったと、舌を巻いて驚嘆する。西門慶は「その道にかけての俺を今知ったか」といわぬばかりに、ヘラヘラ脂下《やにさ》がった顔してその日は戻って行った。  さあそれからは、ここを痴戯《ちぎ》の池として、鴛鴦《えんおう》の濡れ遊ばない日はなかった。西門慶も熱々《あつあつ》に通ってくるが、むしろ金蓮こそ今は盲目といっていい。彼女の眠っていた女奴隷《めどれい》の情火は、逆に、男を喘《あえ》がせて男の精を喰べ尽さねば止まぬ淫婦の本然を狂い咲きに開かせてきたすがたである。ただの一日でも西門慶の愛撫がなければ焦々《じりじり》してきて、いても起ってもいられない。  が、こんな逢曳《あいび》きが、世間誰にもわからずに、永続きするはずはなかった。いつしか二人の密会は近所|合壁《がっぺき》の私語《ささやき》となっていたが、知らぬは亭主の武大ばかり……。それがまた、他人眼《ひとめ》の哀れと苦笑を誘って、噂に噂を醸《かも》していた。  ここに、鄆州《うんしゅう》生れの兵隊の子で、鄆哥《うんか》という十三、四のませ[#「ませ」に傍点]た小僧ッ子がいる。  鄆州兵の父親は、戦傷で寝たッきりなので、母親一人の細腕の家計を助けているというちょッと感心なところもある少年だった。その鄆哥《うんか》は、毎日、果物籠《くだものかご》を頭に載せ、足ははだしで、 「桃はいらんか。雪梨《なし》を買ってくんなよ。姐《ねえ》さん」  などと街の酒場を歩いたり、くたびれると、籠を辻において、往来の男女へ呼びかけたりしていた。  或る日、彼はへんな立ち話を小耳にはさんだ。梨の皮を剥《む》き剥き客の二人が囁《ささや》いていた噂なのである。やがて、その一方が去ってしまうと、待ちかねていたように鄆哥が訊《たず》ねた。 「小父《おじ》さん、今あっちへ行った人が話していたことは、ほんとなのかい。……西門慶《せいもんけい》の旦那と、武大《ぶだ》さんの女房が、毎日、隣の茶店の王婆《おうば》の家《うち》で逢曳《あいび》きしているッてえのは」 「おや、この小僧、小耳が早《は》ええな。ほんとだとも。世間、隠れもねえことだ」 「そしたら、武大《ぶだ》さんが可哀そうだね、武大さんに教えてやろうかしら」 「止せ止せ。あの薄野呂《うすのろ》な武大公にいってみたって始まらねえや。それよりは、こう鄆公《うんこう》、おめえは子供だからちょうどいいぜ。それをたね[#「たね」に傍点]に金を儲《もう》けろよ、金をよ」 「へえ、何かそれが、金儲けのたね[#「たね」に傍点]になるかしら」 「なるとも。これから王婆の茶店へ知らん顔して乗り込むんだ。そしてな……おい耳を貸しな」  事を好む人間はどこにもいる。何を教えられたか、鄆哥《うんか》は眼をまろくしてよろこび、さっそく果物籠を頭に乗ッけて、もう歩き初めたものである。 「小父さん、巧くいったら、小父さんちの台所へ、雪梨《なし》を一籠タダで届けるぜ。おらもおふくろに金を見せてよろこばしてやれるもンなあ」 「ばか。往来中だぞ。大きな声をしねえで、早く行ってみろ」 「あいよ」  紫石街《しせきがい》の街端《まちはず》れ、彼の裸足《はだし》の軽ろさでは、またたくまだった。  見ると。  茶店の王婆は、店さきの床几《しょうぎ》で糸を紡《つむ》いでいる。隣の武大の家はといえば、あいかわらずな芦簾《あしすだれ》の掛け放し。人が住むとも留守ともみえないような静けさだ。「……ははん」と、鄆哥は猿の目みたいな小賢《こざか》しさで頷《うなず》いた。 「おばあさん、こんちは」 「えい! びっくりするじゃないか、この子は。なんだよ素大《すで》ッかい声をして」 「雪梨《なし》を買ってもらいに来たんだよ。――今日はいい杏《すもも》もあるしさ」 「また、おいで!」 「婆さんにいってるんじゃねえや」 「なンだって。じゃあ誰に売ろうっていうのさ」 「奥にいる旦那にだよ」 「だんな?」 「西門慶《せいもんけい》の旦那さんに買ってもらいてえんだ。きっと買ってくれるよ、籠ぐるみ」 「おふざけでない、このこけ[#「こけ」に傍点]猿め。いったい、どこに旦那がいるッてえのさ。水を浴びせるよ、寝呆《ねぼ》けたことを言い散らすと」 「だって、いるものは、仕方があンめい。こう見えても、おらア千里眼|迅風耳《じんぷうじ》だぜ」 「そうだよ、ちょうど悟空猿《ごくうざる》の手下みたいな面《つら》ツキさね。だけど、出放題《でほうだい》もいい加減にしないと、どやしつけるから、気をおつけ」 「ふふん。おらが悟空の手下なら、婆さんは何だい。逢曳《あいび》き宿などしてやがって」 「いったね。鄆《うん》坊。一体、誰がそんなことを言やがったんだい」 「天知る地知るさ。ざまア見やがれ、慌《あわ》てやがって」 「もう承知しないぞ」 「旦那あっ。奥の旦那あ、婆さんが、邪魔していけないよっ」 「いるもんか。その人は」 「じゃあ、探してみようか」 「この野良犬め」 「ア痛っ、撲《なぐ》ったな」 「こんなことで、腹が癒《い》えるもんか。この盗ッと猿め。これでもかっ、これでもか」 「ア痛ッ。ア痛たたた。くそっ。負けるもんか。死に損《ぞこな》いの掃溜《はきだ》め婆」  四ツに組んだが、しょせん、王婆の骨ッぽい体を捻《ね》じ折るまでにはいたらなかった。のみならず、ぴしゃぴしゃ鬂太《びんた》を食ったあげく、鄆哥《うんか》は往来に突き飛ばされて、したたかに尻餅はつくし、果物籠は引っくりかえされるし、散々な敗北だった。 「み、みてやがれっ。くそばばめ」  ベソを掻き掻き、鄆哥はそこら中にころがり出した梨や杏《すもも》を籠へ拾いあつめ、あとも見ずに、その日はついに逃げ出してしまった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 姦夫《かんぷ》の足業《あしわざ》は武大《ぶだ》を悶絶《もんぜつ》させ、妖婦は 砒霜《ひそう》の毒を秘めてそら[#「そら」に傍点]泣きに泣くこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  武大《ぶだ》はいつもの公園に出て、蒸饅頭《むしまんじゅう》の蒸籠店《せいろうみせ》をひろげていた。陽《ひ》も午《ひる》さがりの頃である。池の鵞鳥《あひる》ばかりガアガア啼《な》いて、ここの蒸饅頭は一こう人も振り向かない。 「ええおい、武大さんよ。嘘じゃないよ。ほんとのことを教えたんだぜ。だのに、まだ疑っているのかい」  鄆哥《うんか》はくやしまぎれに、また日ごろ親しい武大でもあるので、ここへ来てのこらず喋舌《しゃべ》ってしまったらしい。  ところが、肝腎《かんじん》な武大《ぶだ》のほうでは、一こう真《ま》にうける風《ふう》がないのだ。あくまで金蓮《きんれん》を庇《かば》っている。しかも街道一の古舗《しにせ》の大旦那が、ひとの女房に手を出すはずがあるもんか。と笑ってばかりいるのである。 「焦《じ》れッてえな、武大さんときたら。だから世間でいうんだよ。濞《はな》ッ垂らしの薄野呂《うすのろ》だッて。――見ねえな、おらの顔や手頸《てくび》を」 「あれ鄆坊《うんぼう》。その傷はまあ、どうしたわけだい」 「これもみんな武大さんのためじゃないか。みすみす今日も、王婆《おうば》のうちの奥で、おまえンちのかみさんと西門慶《せいもんけい》の旦那が、しんねこで、ちちくりあっていたからさ、言ってやったんだよ、おいらがね。……そしたら婆の奴が、怒りやがって、逢曳き宿とはなんだと、いきなり、おらの頭をぽかぽかやりゃアがった揚句《あげく》によ。ええ畜生め、もう腹が立って堪《たま》らねえや」 「じゃあ、ほんとかね。まったくかね」 「あれ見や。まだあんなこといってら。自分の女房を盗《と》られてさ、よくも、おッとりいられたもんだな。武大さんは、偉いのかなあ?」 「う、うん坊。……ど、どうしよう」 「あら、泣き出したぜ、こんどはまた。泣いたって、どうにもならないや」 「くやしい。……もし、鄆坊《うんぼう》のいう通りなら、おらは、首を縊《くく》ッて死んでやる」 「じょ、じょうだんだろ、武大《ぶだ》さんよ。おめえが首を縊《くく》れば、よろこぶのは男女《ふたり》じゃないか。そんなことお止しよ。おらが力になってやるからさ」 「ど、どういうふうに」 「なんたって、淫婦姦夫《いんぷかんぷ》の現場をふンづかまえなくっちゃ駄目だろ。だから明日、西門慶が通って行くのを尾《つ》けて、おらが武大さんに教えてやるよ。武大さんも一生涯の一大事だぜ。商売なんか打《う》っちゃっても、すぐおらの後から尾《つ》いておいで」 「だけど、西門慶《せいもんけい》は、強いんだろうな」 「いくら強くったって、近所の眼というものがあるよ。古舗《しにせ》の看板や大金持ちの外聞《がいぶん》もあらあね。まずおらが先に、王婆を店先から釣り出して、しがみついたまま、離さずにいるから、それを機《き》ッかけに武大さんは、男女《ふたり》がしけ[#「しけ」に傍点]込んでいる奥へ飛びこんで、間男《まおとこ》見つけたとでッかい声できめつけるのさ」 「うん、うん。……だけど鄆坊《うんぼう》、金蓮の方はどうしよう」 「どうしようと、自分の女房じゃないか。ほんとなら、重ねておいて四つにするんだが」 「そんなこと出来ない。恐ろしくって」 「だからせめて、男には詫《わ》び状を書かせて、以後は決して致しませんと、拇印《つめいん》を捺《お》させ、女は二つ三つしッぱだいて、自分の家へ連れて行ってからの処分とすればいいだろ」 「そうだな。うん、そうだ。……じゃあ明日、手を貸してくれるかい」 「いいとも。武大さんこそ抜かッちゃいけないぜ。ところでお腹《なか》が減《へ》っちまった」 「さあ、幾つでも饅頭《まんじゅう》を食べておくれ。そしてこれは少ないけれど、今日の売上げを半分上げるよ」 「ありがと。じつはお小遣《こづか》いも欲しかったんだ。饅頭も貰って帰るよ。おふくろに喰べさせたいから」  鄆哥《うんか》とはこれで別れたものの、武大はもうそのことだけでいっぱいだった。思いつめると、涙がこぼれ、腹は煮えくりかえってくる。  そうして、浮かない顔は持って帰ったが、しかしその晩、家では彼も、さあらぬ振りして、妻の金蓮にも逆《さか》らいなどはしなかった。いや近頃の金蓮には以前のような棘々《とげとげ》しい目かど[#「かど」に傍点]は見えない。さすが心の疚《やま》しさに、どこか良人《おっと》へのとりなしも違っている。その晩とても、わざとらしく、 「どうなすったの、あんた。いやに、むッそり沈んでいて」  と、宵にはもう灯りを消して、武大の寝床へ寄り添って来たりしたが、武大にだって嗅覚《きゅうかく》はある。その肌には他の男性の香《にお》いが感じられ、その唇には空々しい粘液《ねんえき》しかないのがわかって、 「なんだか、すこし風邪《かぜ》ぎみなんだよ。からだが懶《だる》い……」  と、空寝入りのうちに、独り悶々《もんもん》と、夜明けばかりが味気なく待たれた。  次の日。――風邪気味とはいっても、金蓮は決して「お休みなすっては」とはいわない。彼もまた、期するところがあるので、いつもの蒸籠荷担《せいろうにない》をかついで、さっさと、家を出かけてしまう。 「……おい武大《ぶだ》さん。西門慶があっちへ行くよ。はやく後からついておいで」  午《ひる》ごろである。  約束の鄆哥《うんか》が、公園の木陰から手を振った。武大は慌《あわ》てる。店を仕舞う。おまけになにしろ、荷を担《かつ》いでのよたよた歩き。見るまに、鄆哥の影は見失った。  しかし、方向はわかっているのだ。それにまた、男女《ふたり》の濡れ場を抑えるのが目的だから、そう急いでも、かえってまずい。  一方は、鄆哥《うんか》。  西門慶が、いつもの俳優|頭巾《ずきん》ののっぺり[#「のっぺり」に傍点]姿で、すうと、王婆の茶店のおくに消え込んだのを見とどけて、 「ちッ。愚図《ぐず》だなあ武大さんときたら。何をまごまごしてるのか」  と、物陰で首を長くしていたが、さて待てど待てど姿は見えない。そのまに、近所の犬が吠《ほ》えかかってきたので、居《い》たたまれず、往来を斜めに飛び出して、 「やいっ、ばばあ。きのうはよくも、ひどい目にあわせやがったな」  茶店の前に、立ちはだかった。  ちょうど、王婆は奥から店さきへ出たところだった。「……ふ、ふん」と鼻の小皺《こじわ》で笑ったものである。「チビなぞ、相手にしないよ」という無言の返辞であろう。いつもの紡《つむ》ぎ鞠《まり》や糸筥《いとばこ》を床几《しょうぎ》に持ち出し、さも実直そうに手内職などしはじめる。 「つんぼかっ、周旋婆《しゅうせんばば》」 「…………」 「盲《めくら》じゃないぞ、こっちは」 「…………」 「やいっ、なんとかいえ。逢曳き宿の才取《さいと》り婆め」  婆は手をやめた。そして、おっとり腰を上げたと思うと、鄆哥の方へ歩いてきた。 「鄆坊《うんぼう》、よく来たね」 「あッ」  逃げようとしたが、せつなの婆の手の迅《はや》さといったらない。いきなり鄆哥の襟がみを引ッつかみ、ぴしッと一|撲《なぐ》りくれるやいな、 「こっちへおいで、文句があるなら」  いきなり耳を引ッ張って、隣家との境の狭い路地へグイグイ持って行こうとした。  鄆哥も今は必死である。往来に坐って婆の脚をつかみ取った。そして、武大を待つ間の持久戦に獅子奮迅《ししふんじん》していると、 「あっ、やってる!」  武大の声が近くでした。武大はそれを見るなり、荷担《にない》を道ばたに捨てて、裏口から王婆の家へ入ろうとしたが、そこでは婆と鄆哥が泥ンこに番《つる》み合って格闘している。しかも婆は武大の姿を見るや「かッ」と、鬼婆のような口を見せたので、武大は度を失ってしまい、うろうろまごまご立ちすくみに慄《ふる》えてしまった。 「ばか、ばか。武大さん、この隙だよ。はやく奥へ踏ン込まないと逃げられちまう」  チビの鄆哥に叱咤《しった》されて、武大は勇を奮い起された。茶店の口から、大股ぬいで、 「畜生、もうだめだぞ、間男《まおとこ》は見つけたぞ。どうするか見ていやがれ」  と、野猪《のじし》のような勢いで陰湿《いんしつ》な奥の一ト間《ま》へ躍り込んだ。 「あっ、うちの声だわ」 「えっ、武大《ぶだ》か」  男女《ふたり》は狼狽して、寝台の上《う》わ掛《がけ》を刎《は》ねのけた。金蓮《きんれん》は白い脛《はぎ》もあらわに、下袴《はかま》を穿《は》く。裳《も》の紐《ひも》を結ぶ。男の西門慶も度を失って、彼にも似気なく、寝台の下へ四ツん這いに這い込んで行くしまつ。 「あんた、もう度胸をすえましょうよ! こうなったら仕方がないもの」  金蓮が慄《ふる》えたのは一瞬で、次のことばは、男の卑怯を罵《ののし》るように強かった。しかし、西門慶の返辞よりも早く、 「わッ。この阿女《あま》め」  彼女の髪は、武大の手に、後ろからつかまれていた。 「あれっ、なにをするのさ、気狂い」 「どっちが気狂いだ。さあ、男も出ろ。やい間男《まおとこ》」 「なんだ、武大」  西門慶の長い体が、ぬうっと、寝台の下から出て来るやいな、まるで居直り強盗のような科白《せりふ》で、儒子《こびと》の武大を睨《ね》めおろした。 「静かにしろ。静かに話しても用は足りる」 「うぬか。ひ、ひとの女房を盗《と》ったのは」 「おれだが、どうした。盗《と》られる間抜けもねえもんだ」 「詫《わ》び状《じょう》書けっ。なにっ、なにを笑う」  武大はくやしさに、西門慶の胸ぐらをつかむ。それもしかし、やっと、手が届くほどで、相手の背丈は高いし、こっちは低い。 「えいっ、何しやがる」  西門慶は一ト振りに振りもいだ。でんと、屋鳴りの下に、一方は尻もちをつく。そして起き上がるところをまた、西門慶得意の足業《あしわざ》らしく、武大のみぞおち[#「みぞおち」に傍点]を狙ってばっと蹴とばした。 「……ううむ」  と、武大は体を丸く縮めてしまった。死にもしないが、伸びてしまった容子《ようす》である。西門慶は金蓮の眼へニコッと一|顧《こ》を残すやいな、裏の木戸からさっさと帰ってしまった。往来では婆が体じゅうの土をはたいて何か呟《つぶや》いている。すでに鄆哥《うんか》も敵《かな》わじと見てか、雲かすみ、何処かへ逃げ去っていたのである。  騒ぎは近所|合壁《がっぺき》で見ていたに違いない。しかし西門慶の羽振りは知っているし、婆のあとの祟《たた》りも空恐ろしい。目引き袖引き、覗《のぞ》き見していた近所のほうが、かえって、罪を犯したみたいにしいんとしていた。 「どうしたのさ、金蓮さんしっかりおしよ。これくらいなこと、覚悟の前じゃないか」  王婆は彼女に手をかして、半死半生の武大の手を取り足をとり、隣の金蓮の家の二階へ運び上げた。武大は苦しげに、何か黄いろい物を口から吐き、夜どおし囈言《うわごと》を口走っていた。  まずは、武大《ぶだ》もそんな程度と聞くと、西門慶は大胆にも、たった二日ほど措《お》いただけで、またぞろ隣家《となり》へ来ては金蓮に呼びをかける。金蓮もまた、世帯臭《しょたいくさ》いものを消して、娼婦のごとく隣へ辷《すべ》りこんで行く。――あとの暗い北窓には枕をつけたままの武大が、口の渇《かわ》きにも、白湯《さゆ》一つままにはならず、身を起そうにも、肋骨《あばら》が痛んで身動きもできない有様。そして、ようやく近所の灯とともに金蓮が帰って来れば、あきらかに淫《みだ》らな紅《べに》や白粉《おしろい》の疲れを見せているのだった。武大はいくたびとなく、歯がみして「畜生、畜生」と男泣きの涙にただれた。時には、悶絶《もんぜつ》して、黒い唇を噛みふるわせ、 「……見てろ。いまに見てやがれ。おらあ死んでも、いまに旅の弟が帰って来るから。ああ息のあるうち、武二郎[#1段階小さな文字](武松)[#小さな文字終わり]よ、帰って来てくれ。このかたきをとってくれ……」  力なく、暗い天井へ向って、独り叫んでやまない時などある。  金蓮から、これを聞くと、西門慶も色をなして、 「えっ。あの虎退治をやった弟の武松《ぶしょう》が、もう程なく帰る時分なのか。こいつあ、なんとか今のうちに」  と、さすが穏やかならぬ風もある。 「旦那え……」と、婆はその耳へ顔を寄せて「もう待てやしませんよ、なんとか、ここでご思案をきめなくては」 「といったって、おれの身じゃ、金蓮と手に手をとって道行きということも出来やしないよ」 「ですからさ、きのうもちょっと、お耳に入れたじゃありませんか。旦那のおたくは薬種《くすり》問屋、砒霜《ひそう》なんかもおありでしょう」 「あ、あれか」 「毒をくらわば皿までとか。一服そっと、金蓮さんにお預けなさりゃあ、なあに惚れた旦那のためですもの。きっとうまくやりますよ」  ここに、恐るべき相談が、金蓮も加えて、三人のあいだに成りたっていた。知らないのは、武大だけである。いや、ろくな食餌《しょくじ》も医薬も与えられているではなし、武大は青黒く眼を落ち窪《くぼ》ませ、意識もすでに普通ではない。 「……あなた、何か美味《おい》しい物でも喰べないこと。……ねえ。仰っしゃって下さいよ。わたし、つくづく悪かったわ」  或る日彼女は、良人《おっと》の枕もとに顔をよせて、さめざめと泣いてみせた。 「ねえ、あんた、ゆるして……」 「そ、そりゃあ、おめえ、ほんとにいうのか」 「もう隣へは行きません。昨日だって行っていないでしょ」 「ああ。……そう聞くと、急に体を早く癒《なお》したくなった。金蓮、おらあやっぱり死にたくねえ。働くよ。癒《なお》ったら、うんと働くよ。そしたら、いくらおめえだって、浮気心もおこすめえ」 「いいえ。わたしこそ悪かったのよ。はやく癒って……ね。ねえ、おくすりでも飲んで」  彼女は婆からそっと授けられた劇毒の砒霜《ひそう》をつねに身に秘《かく》していた。とはいえ、疑い深い病人に滅多にはやれないと思って細心に機を窺《うかが》っていたのである。 「からだに力をつけなければ」  と、やたらに美食を与えるのを、武大《ぶだ》は逆に、金蓮が改心した証《しるし》と感じて、よく喰べる。一夜、そのために、武大は夜半に苦悶しだした。今こそと、彼女は砒霜《ひそう》の粉を碗《わん》に溶《と》かして、武大に飲ませた。劇毒のあらわれは、たちどころに、武大は七顛八倒《しちてんばっとう》もがき廻った。そして近所へも響き渡りそうな絶叫を発しるので、彼女は武大の体に蒲団《ふとん》をかぶせた。絹を濡らして、武大の鼻から口を塞《ふさ》いだ。夜は深沈……まだ燭《しょく》に油は尽きてもいないのに、ジジジ……と灯火《ともしび》が哭《な》く。  金蓮は恐ろしくなって、ととと、と二階を馳け降り、王婆《おうば》を呼ぶと、かねて諜《しめ》し合ってはいたことだ。王婆は一人、二階へあがって、明けがたまでに、死骸の様をとり繕《つくろ》い、誰の眼にも、病死としか、見えないように拵《こしら》えた。 「さ。……これからだよ大事なやま[#「やま」に傍点]は」  ここ気懸りなので、西門慶も早朝にやって来た。婆から「うまいこと、行きましたよ」と囁《ささや》かれて、彼もまずは、ほっとした色だが、近所の外聞、人目の偽瞞《ぎまん》、そして役署の検死やら火葬の認証やら、無事、灰にしてしまうまでは、まだまだ、安心とはいいきれない。 「ねえ旦那、役署の隠亡《おんぼう》がしらは、何九叔《かきゅうしゅく》って男ですが、あいつはひどく、死人調べには眼が利《き》く男だと聞いてますが」 「よしよし、役署向きなら、どうにでもなる。九叔《きゅうしゅく》のことなら、心配するな」 「お願いしますよ。そこでバレたら、葬式も出せませんからね」 「それよりは近所が恐《こわ》い。金蓮にも、よっぽどうまくやらせないと」 「抜かりはござんせん。なんなら、ちょっと覗《のぞ》いてごらんなさいましな」  確かめたさも半分、不気味も半分、西門慶は隣の二階へ梯子《はしご》段から顔だけ出した。もう棺桶《かんおけ》も来ていて、仏前仏具の手廻しも、なるほど万端抜かりはない。そして金蓮は、夜どおし泣き疲れたような姿で、祭壇の前にうな垂れていた。  チラと、彼女が振り返ったので、西門慶は慌《あわ》てて顔を振って見せ、一語も交《か》わさず外へ戻った。入れちがいにもう近所の衆が、婆の泣き触れで、ぞろぞろお哀悼《くやみ》にやって来る。 「もしもし。西門大郎の旦那じゃござんせんか。たいそうお早く、朝からどちらへ」  役署前の大通りの角だった。 「おう、九叔《きゅうしゅく》さんか。おまえこそ、どこへ行くのだ」 「なあにね。饅頭《まんじゅう》売りの武大《ぶだ》が、昨晩、病死したっていう届けなので、今し方、手下の者を出してやったんですが、最後の判証《はんしょう》をしてやらなくちゃなりませんのでね」 「判証は、やはりおまえが下《くだ》すのか。そいつあどうも、ご苦労だな」 「いえ、職掌《しょくしょう》ですから、そんなことあ、なにも」 「親方。ちょっとそこまで、つきあってくれないかい。じつあ、朝飯もまだやってないのさ」 「朝飯ってえと、気のきいた茶館は、色街しかありませんぜ」 「いいじゃないか。遊里《あそび》風景の朝を見るのも」  何九叔《かきゅうしゅく》は「はてな」と思った。朝飯の馳走ぐらいなら何も首を傾《かし》げるほどなこともないが、別れ際に「……たのむよ」と一ト言、西門慶が彼の袂《たもと》へずしんと落してくれた物がある。後で開けてみると、何と、隠亡頭風情《おんぼうがしらふぜい》では、一生にもお目にかかれないほどな大金が、しかも、無造作に鼻紙にくるんであった。 「こいつあ、くさいが?」  ぴんと直感に来たものはあるが、西門慶といえば、役署の上司からして、一|目《もく》も二目も措《お》いている人物なのだ。すべては、金の力だが、署内における勢力の隠然たるものは無視できない。 「……おっかねえ物だが、強いものには巻かれろだ。口を拭《ふ》いて戴いとくか」  やがて、九叔《きゅうしゅく》は、喪《も》の簾《すだれ》を揚げて、線香臭い家へ入った。二階へ上がって、武大《ぶだ》の女房金蓮を見ると、近所のくやみ[#「くやみ」に傍点]の入り代り立ち代りに、泣き腫《は》らしている態《てい》だ。しかしながら、多年の職業的直感では「ははアん」と、わかる。西門慶のおひねりは、これだったに違いないと。 「……どれ、納棺の前に、型どおりじゃございますが、お屍《かばね》を調べさせて戴きましょうかな。いや、動かさないで、そのままにしておいておくんなさい」  九叔は馴れた手つきで、物質の検査でもするように、死骸の眼瞼《がんけん》、口腔《こうこう》、鼻腔の奥、腹部、背部と引っくり返して視《み》ていたが、そのうちに自分のこめかみを抑え出して、 「……あ。……ああ、こいつあ、どうかしてきた。む、胸くるしい。もうたまらねえ」  と、癲癇《てんかん》のように、床《ゆか》へ俯《う》ッ伏してもがきだした。  居合せた近所の者は驚いた。いや仰天したのは王婆と金蓮である。万が一、砒霜《ひそう》の毒気が残っていて、それに中《あ》てられたとしたら大変である。と思って一瞬、色蒼《いろあお》ざめたが、九叔が悶掻《もが》きながらも「早く、駕《かご》でも戸板でも呼んでくれ。家へ帰って養生したい」と叫ぶので大慌《おおあわ》てに人を頼んで、九叔を家へ送らせた。  今朝は、あんなに元気で家を出た人が、と九叔の妻は泣き泣き良人《おっと》を病床に宥《いたわ》り寝かせた。――だが、誰もいなくなると、 「女房、罪なことをしたな。じつあ、おれの悶掻《もが》きは仮病《けびょう》なのさ」  と、けらけら笑って起き直った。  彼は妻に、一切を話した。西門慶から貰った金も出して見せた。「……案のじょう、武大はただの病死じゃない」とも鑑定したところを、つぶさに聞かせた。 「まあ、私もいまだから言いますけれど、王婆の近所の者から、へんな噂を耳にしていたんですよ。だけど、なにしろ相手が西門大郎の旦那でしょう。ですから、めったなことは口にするのも慎んでいたんですの。……もう金輪際《こんりんざい》、こんなお金には手をつけますまい」 「もちろん、俺もぶるぶるだが、しかし、金を費《つか》わねえたって、万が一の時になりゃあ、疑われるぜ」 「ですから、こうなすっては」  と、彼の妻女は、女らしい細心な一策をささやいた。九叔《きゅうしゅく》はそれを聞くと、 「なるほど! そいつあ妙案だ。よし、そうしよう」  と、即座に腹をきめ、「おまえがそんな智恵者とは、多年連れ添っていながら、いま知ったよ」と、膝を叩いた。  ところへ、部下の隠亡《おんぼう》が、三人でやって来た。あの後で、王婆は自分らを下にも措《お》かずもてなし、銀子《ぎんす》十五両を出して「仏の供養ですから、お三人で分けて下さい」と、いったという。その下心は、検死の判証《はんしょう》をどうかしてくれということらしい。 「いいじゃねえか」と、九叔はあっさりいった。 「くれる物は、取っておきなよ。判証《はんしょう》は俺に代って、おめえたちでしてやるがいいや。何しろ俺は、急病人だからね……。なに? 役署のほうが違反になるだろうって。大丈夫さ、そいつあ。なンたって、西門慶旦那がついていらあね。いいようにするだろう」  こんな風に、通夜の三日|祀《まつ》りもすぐすんで、武大《ぶだ》の葬儀は、無事に終った。ところが、城外の化人場《やきば》でそれが行われた直後、そっと何九叔《かきゅうしゅく》がやって来て、前もって、彼が取り除かせておいた武大の遺骨の一片を持ち帰ったとは、世間、誰も知った者はなかった。  もとより西門慶も、そこまでは勘づかない。ほとぼりがさめるとまた、王婆の奥に入り浸《びた》って、金蓮相手に、したい三昧《ざんまい》な痴戯《ちぎ》に耽《ふけ》った。――女も今では、誰におどおどすることもない。晩になってもせかせか帰る灯はないのだった。深間《ふかま》の仲は、こうしていよいよ深間の度《ど》を増し「もう離さない」「離れない」「いっそ、こうして」というような痴語口説《ちごくぜつ》のあられもなさに、王婆さえ、時にはうんざりするほどだった。  歓楽きわまって、哀愁生ず――とか。陽春の花もいつか腐《す》え散って、この陽穀《ようこく》県の街にもぬるい暖風が吹き初めていた。  かねて、県知事の命をうけて、遠い開封《かいほう》の都へ使いしていた武大《ぶだ》の弟――武二郎の武松《ぶしょう》も、はや帰路について、県の近くまで来ていたのである。だが、その道すがらも武松はしきりに、 「はて……妙だな。……いやに毎晩、兄貴の夢ばかり見るが」  と、虫のしらせか、なんとなく胸さわぎに衝《つ》かれつつ、ほとんど、何ひとつ道草もせず、まもなく県城へ立ち帰って来た。 「やあ、大儀だった。ご苦労ご苦労」  知事は満悦のていで、彼の復命を聞き終り、賞として、銀一|錠《じょう》を与えた上、 「ゆっくり休暇をとるがいい」  と、長途の労をねぎらった。  身の休養を思うよりは、武松は一刻も兄の顔を見たいのが、帰心の的《まと》であった。旅の垢《あか》を落して、涼衣《すずぎ》に着代えるまも惜しむように、さっそく都の土産物《みやげもの》など持って、街端《まちはず》れの紫石街《しせきがい》へ出向いて行った。 「おや、あれは都頭《ととう》の武松じゃないか」 「そうだ、武松だよ、帰ってきたね!」 「さあ、たいへんだぞ。なにか起るよ、あのままじゃすむまいよ」  道を行く者、軒さきに立って見送る者、みな天の一角に、颱風《たいふう》を告げる一|朶《だ》の黒雲でも見出したように囁《ささや》きあった。  ――とはまだ、何事も知らず、武松は、なつかしさいっぱいな足どりで、はや兄|武大《ぶだ》の家の前までもう来ていた。そして軒の芦簾《あしすだれ》を片手にかかげて、つと土間へ入ってみると、壁をうしろにした祭壇に“亡夫|武大郎之位《ぶたろうのい》”と紙位牌《かみいはい》が貼ってあるではないか。 「やっ? ……。門《かど》違いしたかな? ……。いや、そうでもねえが。はて、おれの眼でも、どうかしているのか」  胸の鼓動《こどう》とともに、髪の根までが、ぞくッとして来た。たとえば、意《こころ》にもない穴洞《けつどう》に立ち迷って、思わず、四辺《あたり》のしじまを試してみるように、奥へむかって、彼は大声で言っていた。 「姉さんっ。……だれもいねえんですか。あっしだ。……武二郎ですよ。いま旅から帰って来ましたよ」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 死者に口なく、官《かん》に正道《せいどう》なく、 悲恨《ひこん》の武松は訴える途なき事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  武松《ぶしょう》の訪れを階下《した》に聞きながら、二階では何か慌《あわ》てふためく物音だった。とっさに、情夫《おとこ》の西門慶《せいもんけい》の姿が梯子段《はしごだん》をころげるように降りて来るなり、隣家の王婆の裏口へ消えて行ったし、女の金蓮《きんれん》は金蓮でまた、俄《にわか》にわが手で髪を揉《も》みくずし、紅白粉《べにおしろい》を洗い落すなど、今日も二階で逢曳《あいび》きの痴夢《ちむ》に現《うつつ》なかった男女《ふたり》には何ともやさしい仰天ではなかったらしい。  けれど金蓮はたちどころに、愁然《しゅうぜん》と泣き窶《やつ》れた身をやっと奥から起たせて来たように、見事自分を作り変えている。そして、武松の前へ出てくるやいな、 「まっ……二郎さんでしたか。どんなに帰りを待ってたか知れませんのよ。もう、どうしましょう。何からお話ししてよいやら」  と、わっと泣き伏さんばかり空泣《そらな》きに身をふるわせて見せた。  武松も一|瞬《とき》は真正直《ましょうじき》にうけて、つい共に瞼《まぶた》を熱くしてしまったが、 「……ま、姉さん。そう泣いてばかりいたって始まらねえ。たった今、旅から帰って来て、何よりは兄さんに会わねえうちはと、この家《や》へ入って見れば、あの一室の祭壇に『亡夫|武大郎之位《ぶたろうのい》』とお位牌《いはい》が見えるじゃねえか。思わずここで腰が抜けそうだった。いったい、ほんとに兄の武大《ぶだ》は亡くなったんですかえ?」 「……ええ。じつはあんたが開封《かいほう》へお立ちになってから、つい二十日余りほど後に」 「あのおとなしい兄さんだ。まさか街の与太《よた》もンと喧嘩したわけでもあるまいが」 「出先で、何か悪い物でも喰べたんでしょうか。急にその日の夜半頃から胸が痛いと言い出したのが始めで、私はもうただびっくり、薬よお祈りよと、帯紐《おびひも》解《と》かず七、八日は必死に看病をしたけれど、とうとう病床《とこ》に就いたまま逝《い》ってしまったんですよ。急に、私もひとり取り残され、どうしていいのかわかりません」  ところへ、さっそく隣の王婆もやって来た。「武松が帰って来た」と西門慶から今聞いたので、婆としても胸は早鐘を突かれたろうし、もし金蓮が下手《へた》な尻《し》っ尾《ぽ》をつかまれでもしてはと、それの庇《かば》い立てにも馳《は》せつけたに違いない。 「おや二郎さんかえ。よくまあ無事に帰ってくれたね。武大《ぶだ》さんも飛んだ夭逝《わかじに》だったけれど、天子にも死ありとか、病《やまい》では諦《あきら》めるしか仕方がない。さあさあ、お線香の一つも上げておやり。誰の供養よりは、さぞ兄さんもよろこぶだろうよ」  金蓮もその尾について、 「ね。二郎さん。お隣のおばさんには、良人《うち》が病《や》んでいるうちからお葬式のことまで、ほんとにご厄介になったのよ。あんたからもよくお礼を仰っしゃって下さいな」  と、相槌《あいづち》を打った。しかし武松は、まだ腹から礼をいう気にはなれないらしい。 「どうも夢のようだな。なんとも変だなあ?」 「弟さん。何がそんなに変だというのさ」 「だって、日頃はあんなに達者な兄貴だ。それが胸の痛みぐらいでコロリと逝《い》ってしまうなんて」 「だけど案外、その達者があて[#「あて」に傍点]にならない例は、世間でよく見ることだからね。だから坊さんがいうじゃないか。無常|迅速《じんそく》、人の命は露みたいなもンだって」 「して、兄の遺骸《いがい》は、どこへ埋葬《まいそう》したんですか」 「三日三夜、通夜や御法事をした後で、かたのとおり火葬に附しておいて上げたよ」 「それから、今日で幾日目ですえ?」 「あと二日で、ちょうど四十九日の忌明《きあ》け。忌明けを前に、弟さんが帰ってくるなんて、やはり争えないもんだね」 「いや、また出直して伺いましょう。こんなことたあ知らなかったんで」  武松は半ば眩々《くらくら》としたまま、ぷいと戸外《そと》へ飛び出してしまった。やや我に返っていたのは、外の風に吹かれてからのことである。  彼はもう冷静だった。県役署の私宅にもどると、白い浄衣《じょうえ》に着かえ、麻の縄帯を締め、その内懐《うちぶところ》へは鋭利な短剣一振りを秘《かく》していた。 「おい従卒、一しょに来い」  ふたたび街へ出ると、途中で従卒に野菜、穀類《こくるい》、供物《くもつ》、香華《こうげ》の物などを買い調《ととの》えさせ、それを持って夕方また亡兄《あに》の家を訪《と》い、 「姉さん、今夜はひとつ弟の施主《せしゅ》で、回向《えこう》をさせてもらいますぜ」  と、祭壇の前にぶッ坐《つわ》った。  そして連れて来た従兵にいいつけて、精進飯《しょうじんめし》やら団子《だんご》などを作らせ、まず祭壇へ供えてから、近所の者二、三を呼んで振舞った。そしてその中で、武松は仏の位牌《いはい》へ坐り直し、胸元に掌《て》を合せていたと思うと、生ける人へでもいうように、 「兄貴。あんなに俺が言っといたのに、なぜ死になすった! よもやただの不養生や病気で死になすったわけじゃあるめえ。迷っているなら迷っているとそこから化《ば》けて出ておくんなさい。生きてるうちから愚図で煮《に》え切らねえ兄さんだったが、死に方までがはッきりしねえたあ一体どうしたわけなんだ。もしいわれのねえ非業《ひごう》な死をでも遂げなすったンだったら、この弟は、きっと仇《かたき》を取って上げますぜ。夢でもいいから武松にそこをお告げしておくんなさいまし……」  と、酒を位牌《いはい》にそそぎ、また冥土《めいど》供養の紙銭《かみぜに》をつかんで燻《く》べ終ると、彼は声を放っておいおいと泣きだした。  つねには、どんなことがあろうと涙を知らない、しかも景陽岡《けいようこう》の猛虎をも打ち殺したほどな男が、こう満身を打ちふるわせて泣いたのだから、居合せた近所の衆もぞッとさせられたのは無理もない。ほどなくみなこそこそと腰を上げて去り、片隅に居てともにすすり泣きを装《よそお》っていた金蓮も姿を消して、いつか二階の自分の居間に寝込んでしまった。 「……おや。もう三ツ刻《どき》か」  真夜半《まよなか》の街を行く刻《とき》ノ太鼓に眼をさまして、武松はふと周囲を見まわした。祭壇の前の菅莚《すがむしろ》の上で、通夜の自分はゴロ寝していたのである。  二人の従者も酒に酔って、庭向きの廂《ひさし》の下に倚《よ》ッかかったまま性体《しょうたい》もない。深沈《しんちん》と夜は更《ふ》けに、更けて行き、まさに屋《や》の棟《むね》も三寸下がるという丑満刻《うしみつどき》の人気《ひとけ》ない冷たさだけが肌身にせまる。 「ああ、この世でたった一人の兄貴ももういないのか。……ええ残念な。兄貴の弱虫め。なぜ死ぬなら死ぬように、はっきり死んで行かないのだ」  またしても、独り泣きに彼が呟《つぶや》いた時だった。  サヤサヤと壁の紙銭の吊り花が灯影《ほかげ》にうごいた。風もないのに、瑠璃灯《ランプ》の灯はボッと墨《すみ》を吹いて、いつまでその灯はゆらゆら蘇生《よみが》えりの冴えに戻ろうともしない。惨々《さんさん》幽々《ゆうゆう》、なにか霊壇《れいだん》を吹き旋《めぐ》る形なきものが鬼哭《きこく》してでもいるようだ…… 「あっ! 兄さんっ」  武松は確かに何かを見た。  総身の毛を逆立ッて、思わずその人影へ抱きつこうとしたのである。が途端に、彼は膝へ水を浴びていた。花瓶《かびん》の花が彼の手に仆れたのだった。  ――同時に、瑠璃灯《ランプ》の明りは何気なく元の光に返っている。彼はびッしょりと汗をかいていた。夢だったのか、と思い直した。 「だが、夢にしても?」  彼の姿は腕拱《うでぐ》みのままだった。その腕拱みにいつか厨《くりや》の方から朝の明るみが映《さ》している。彼はむッくり起《た》って水瓶《みずがめ》のそばで顔を洗い出した。  とん、とん、とん……とその襟元《えりもと》へ二階から女の足音がすぐ降りて来た。如才《じょさい》なく彼のそばへ手拭《てふ》きやら嗽《うが》い碗《わん》など取り揃えて、 「お疲れでしょう、二郎さん。だけどゆうべは、兄さんもきっとよろこんでいたに違いありませんわ」 「お。姉さんか。ところで姉さん。ほんとのとこ、兄貴は何で死んだんですか」 「あら、また同じことを仰っしゃってるわ。きのうも、よくお話ししたじゃありませんか」 「だがさ、病気にしても、薬はどんな薬を服《の》ませたんですえ?」 「お薬の包みなら、まだそこらに残っているですよ」 「そして棺桶の支度などは」 「親切者のお隣のおばさんが、何から何までしてくれましたのよ」 「まさか焼き場の隠亡《おんぼう》までは、婆さんがしてくれたわけじゃありますまい」 「それやあ、何九叔《かきゅうしゅく》というお役署の人ですわ。でなければ、焼き場の認証書が出ませんもの」 「なるほど。そいつあそのはずだ」  それから小半刻《こはんとき》ほど後だった。  獅子街《ししがい》の四ツ角まで来て、そこで従卒を先に帰した武松は、ただ一人で、何九叔の家を訪ねていた。 「これは都頭《ととう》さん。たいそうお早く。……して、いつお帰りでしたえ」 「きのう帰って、知事へ報告をすましたばかりさ。ところで九叔、すまねえが、ちょっとその辺まで顔を貸してくれまいか」 「ようがすとも。だが、折角のお久しぶり、取り散らしておりますが、まあお茶でも一つ」 「いやまたとしよう。今日のとこは、ちと野暮用だ。まあこっちにつきあって貰おうよ」  九叔は心のうちで「さては」と、もう合点していた。奥へ入って、かねて妻に預けておいた西門慶《せいもんけい》から取っておいた銀子《ぎんす》、それとまた、焼き場から持ち帰っておいたお骨《こつ》の一片を包んだ物とを懐中《ふところ》に、 「や。どうもお待たせいたしました」  と、連れ立って外へ出た。  客もまだない午《ひる》まえの横丁《よこちょう》の一酒館。まいど武松には顔馴染《かおなじ》みの飲み屋らしい。あっさりした肴《さかな》二、三品に、酒だけは、たっぷり取っておいてから、 「おい、お女将《かみ》も丁稚《でっち》も、今日は御用なしだ。呼ばねえうちは、お愛相《あいそ》なんぞを振り撒《ま》きに来るなよ」  武松はのッけから店中の者へ、こう断わったものである。  従って、初めからして変テコな対座となった。黙って酌《さ》し、黙って受け、九叔も話の継《つ》ぎ穂《ほ》がないように、むっそり飲んでいるほかはない。 「どうも相すみませんね、都頭《ととう》さん」 「なにがよ」 「手前の方こそ、一杯|宅《たく》で差上げなくっちゃならねえところを、こんなご散財をかけちゃって」 「こっちの勝手だ。まあ飲みねえ、あるッたけは」  すでに語気からして妙に絡《から》み調子である。しかし九叔の方では「ははん……」と帰結のおよそは読んでいた。それだけにまた、その腹を据えている態度が、逆に武松にとっては「こいつ一ト筋縄では泥を吐くまい」とする腹拵《はらごしら》えを、いちばい強めさせていたものだった。 「……おっと、もうねえや。三角[#1段階小さな文字](一升二合)[#小さな文字終わり]ほどのお銚子が、二人でペロと一滴なしだ。いいだろう。一つここらでご相談といきやしょうかね」 「都頭さん、なにか手前に」 「おおさ、九叔《きゅうしゅく》、白《しら》を切ると承知しねえぞ」  武松はふところへ手を突っ込んだ。かねて隠し持っていた薄刃《うすば》作りの短剣がいきなり卓の厚板へぽんと突き立てられた。 「……?」 「九叔、なにもそうおれの顔をマジマジ見てるにゃ及ばねえよ。こいつに」と、その白刃を顎《あご》でさして「――こいつに向って返辞をする気で、嘘いつわりのねえとこを素直に白状してしまうがいい」 「ほほう。飛んだご挨拶ですね、都頭さん」 「そうよ、折角、あったかい酒を飲ませておいて、氷をぶッかけるような話だが、関《かか》り合いじゃ仕方もあるめえ。どっち道、美味《うま》い物食いをした後にゃ、腹くだしか腹痛《はらいた》は通り相場だ」 「へへへへ。都頭さんにも似合わねえ、妙に人の腹を勘ぐり[#「ぐり」に傍点]なさる。それよりもなんでズバリと、兄の武大《ぶだ》の死因を知っていないかと、事を割って、あッさり訊いては下さらないんでございますか」 「やっ。それじゃおめえも、兄の死因を」 「まあ都頭さん、気を落ちつけて、こいつをご覧なすって下さい」  ふところの包みを解いて、その上に彼が並べたのは、十両の銀子《ぎんす》一|錠《じょう》と、焼け脆《もろ》んだ人骨の一片で、その黒ずんだ灰白色の人骨はどこか紫ばんだ斑点《はんてん》をおびていた。 「あッ、もしやこれは兄の?」 「ま、お聞きなさいまし。あれは確か正月の二十二日。朝ッぱらから茶店の王婆がやってきて、隣の武大さんが亡くなりました。ひとつご検死のときはよろしくと、妙な口振り……。はてなと、ひと先ず手下を先にやっておき、手前はぶらと出かけて行くと、忘れもしねえあの紫石街《しせきがい》の四ツ辻でしたよ」 「お。そして」 「すると、お役署前の生薬問屋《きぐすりどんや》、例の西門大郎とも呼ぶあの西門慶が、あっしを待ちうけていたような様子で、近くの酒館へ誘いますのさ。なにかと従《つ》いて行ってみると、この銀子一|錠《じょう》を差出して、武大の納棺のときには、一切、この唇《くち》にも蓋《ふた》をしてくれまいかと――、いってみれやあまあ、その金は口|塞《ふさ》ぎ。ははアんと、それでわかったが、しかし何しろ奴は役署きッての顔きき。そこでその場はヘイヘイと先ず呑込み顔で別れましたのさ」 「むむ。あの西門慶の奴がだな」 「案のじょう。それから検死先の家の二階へ上がって、武大郎《ぶたろう》さんの死体を調べにかかってみると、一見、ただの病死じゃあない。苦悶《くもん》の形相《ぎょうそう》は眼もあてられません。鼻や口にも吐血《とけつ》した塊《かたま》りが残っているし、五体は紫斑《しはん》点々で、劇毒の砒霜《ひそう》を一服|盛《も》られたナ……と、すぐ見当がつきましたから、こっちも途端に、腹を抑えて、ウウムと苦しんで見せたんですよ」 「そいつあまた、どういうわけで」 「この九叔としては、納棺の判証は下せませんから、じつあ仮病《けびょう》をつかって逃げたんです。あとは子分委せとしましてね。だってもし、そのさい不審を申し立てれば、西門慶の手がまわって、こっちの馘《くび》は飛んじまうし、毒死の処置も、別な検死が出向いて揉《も》み消されてしまうに違いありませんからね。……と、いう実あ苦肉の策で、わが家に一時引き籠っていましたが、それから三日後、手下の隠亡《おんぼう》へ申しつけて、後日の証拠にこのお骨《こつ》の一片を、こっそり盗ませておいたような次第。……都頭さん、これで一切はもうおわかりでございましょうが」 「いや、すまなかった」  深く、頭を下げて、武松は短刀をふところの鞘《さや》におさめ、 「……つまり下手人は、嫂《あによめ》の金蓮なんだな」 「それと、隣の王婆」 「砒霜《ひそう》は、何処から?」 「お手のものの生薬問屋《きぐすりどんや》。金蓮にやらせたのも、つまりはその男でしょう」 「情夫《まぶ》は西門慶か。むむ、すっかり読めた。とはいえ、もっと動かぬ生き証人は誰かいめえか」 「証人といやあ、世間みんなが証人ですがね、誰も西門慶をこわがって、噫《おくび》にも公然とは口に出しません。そうだ、ご存知もありますまいが、果物売りの鄆哥《うんか》ッていう小僧に、なおよくお訊きなすってごらんなさい」  ほどなく、二人はそこの酒館を出ていた。  路次から路次を曲がりくねった貧民街の一軒だった。ちょうど、鄆哥は空《から》になった果物籠《くだものかご》を肩に掛けて、わが家のかどに帰って来たところ。ヘンなおじさんが二人、佇《たたず》んでいたので、 「やい、なんだッて、ひとの家を覗《のぞ》いてるんだよ。オヤ、九叔の親方さんだな」 「おお鄆《うん》坊、いいとこへ帰って来た。こちら様を知ってるか。都頭の武松さんだぞ」 「ヘエ、あの虎退治のかい」 「折入って、おめえに訊きたいことがあると仰ッしゃるんだ。いい子だから、正直に何でも知ってることをお話ししろよ」 「あっ、あのことだな」 「あのことって?」 「うんにゃ、おらは何も知らねえ。うちの父《と》ッさんに叱られたよ、子供のくせに、大人の世界のことに出洒張《でしゃば》るな、ヘタするとお白洲《しらす》へ曳かれるぞッて」 「そんなことはあるもんか。そうそう鄆《うん》坊の父《と》ッさんは長の病《やまい》で、おめえの稼ぎを杖とも柱ともしてるンだってな。都頭さん、この小僧はとても親孝行なんですよ」 「そうか、じゃあその孝行にご褒美をやろう。小僧、手を出しな」 「やっ。これや銀子《ぎんす》で五両……。どうしよう、親方さん」 「いただいておきねえ。鄆《うん》坊の小世帯なら、十月《とつき》や一年は暮らせるだろうが」 「ありがと……」と、鄆哥はすっかりよろこんでしまった。だが、そいつが何の代償か、町ずれしている少年だけにすぐ察していた。「……じゃあすっかり話すけどね、おじさん怒ッちゃいけないよ」  彼はぺらぺら喋《しゃべ》り出した。――もう五十日ほども前のこと。西門慶の旦那がよく行く王婆の茶店の奥で、その日も旦那と金蓮が逢曳《あいび》きしているから、そこへ行けば小費《こづか》い銭になるぞと人に唆《そその》かされて、さっそく果物籠を頭に載《の》ッけて行ってみた。  すると。――店先で張番《はりばん》していた王婆のやつが、何としても寄せつけない。  まるで人を野良犬かなんぞのようにあしらッて、あげくには打《ぶ》ン撲《なぐ》ったり、果物籠まで往来へ抛《ほう》り出して、水でも打《ぶ》ッかけそうな権《けん》まくだ。  さあ、おらも口惜しくて堪らない。「みていやがれ……」と今度は別な日。――日ごろ仲よしの、饅頭《まんじゅう》売りの武大《ぶだ》さんを公園で見つけて「おまえの女房は間男《まおとこ》してるよ」と、すっかり告げ口してやった。  そこで武大さんと諜《しめ》し合せ、姦夫と淫婦の現場を抑《おさ》えろと、二人で二度目の襲撃をこころみたのだが、何しろ王婆の警戒がきびしい。その日も自分は往来中で忽ち婆に捻《ね》じ伏せられてしまい、一方、武大さんの方は、首尾よく奥の部屋まで飛び込んで行ったらしいが、後で聞けば、これもまたあべこべに、間男《まおとこ》の西門慶のため、脾腹《ひばら》を蹴られて、意気地もなくその場で気絶してしまったそうな……。  なんでも、武大さんが病床《とこ》についたのは、それからのことで、その日以後は、いつも見える公園にも饅頭売りに出なくなった。――と、すぐ四、五日してから死んだという世間の噂だった。なんだか自分までが空恐ろしい気がしてきて、そのことは、つい今日まで噫《おくび》にも出さずにいたが、何で武大さんが急に死んでしまったのやら、その辺のことはさッぱり知らない――と、いうのであった。 「よし、よし。よく話してくれた。それに相違ねえな」 「ちッとも嘘じゃないよ」 「じゃあ、どこへ出ても、その通りに言ってくれるか」 「ああ、白洲《しらす》へでも何処へでも出ていうよ」  その日、武松はこの鄆哥《うんか》と九叔とを連れて、県役署の門に入り、直接、知事の面前へ出て、逐《ちく》一を訴え出た。  この知事は、かねがね武松には好意的である。  大いに驚いた容子《ようす》ではあるが、その供述は、よく聞いてくれた。しかし、一応三名を別室へ退《さ》げ、さっそく庁の部局長らを呼び入れて、 「どうしたものか」  と、会議にかけた。 「さあ? ……」  と役人たちはみな言い合せたように、妙な懐疑的の生返事《なまへんじ》である。いうまでもなく、西門慶とは公私にわたって、昵懇《じっこん》な者ばかりなのだ。いや官と政商の腐れ縁といったほうがいい。知事自身にしてさえ、多少なりともその悪因縁に関《かかわ》りのない、きれいな身だとはいえなかった。 「知事閣下」  ひとりが、ついに結論を出してすすめた。 「まずこれは、お取上げにならんほうがいいでしょう。自体、男女の情痴《じょうち》が因《もと》ですからな。洗い立てすればするほど、なにかと工合の悪いことも生じてきますし」 「うん。……厄介な事件とは思うのだが」 「事件といっても、多寡《たか》が一個の饅頭売りの死。しかも愚鈍で頭の足らない男ということは、世間周知の者であるのです」  結局、知事は、武松をふたたび召し入れて、慰撫《いぶ》に努《つと》めた。もちろん、武松は不平である。 「――いや、確たる証拠もないと仰ッしゃいますが、この二品をご覧ください。これでも兄の死は、ただの病死でしょうか。毒殺ではないといえましょうか」  武松は、兄のお骨の一片と、西門慶が九叔《きゅうしゅく》へ賄賂《わいろ》した銀子《ぎんす》一|錠《じょう》をさし出して、卓を叩いた。  が、知事はなお、煮え切らない。言を左右にするだけで、 「とにかく、二《ふ》た品は一応預かって、鑑定役《めききやく》へ廻しておくが、武松、そちも篤《とく》と、ここのところは穏便に考え直すがよいぞ」  遮《しゃ》二|無《む》二、その日は彼をなだめて引き取らせた。つまり早や訴訟《そしょう》は却下《きゃっか》の形である。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 武松、亡兄の怨《うら》みを祭《まつ》って、西門慶《せいもんけい》の店に男を訪《おとな》う事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  西門慶は恟々《きょうきょう》だった。さっそく役署の下僚《かりょう》からは内報があるし、彼自身も昨日からは、おさおさ油断はしていない。  彼の手廻しによる金力が、暮夜《ぼや》ひそかに、各役人の私邸をたたいて、あらゆる手を一夜に打っていたなどは、いうまでもないだろう。  果たせるかな、次の日の強訴室《ごうそしつ》においては、武松の眼にも、知事の態度が従来の人とはまるで別人のような知事に見えた。 「武松。昨夜一ト晩考えて、どう分別をいたしたな」 「今さら、分別も何もございません。西門慶を召喚《しょうかん》して、手前と白洲《しらす》においての対決を、希望しているばかりです」 「それや悪い分別だ。聖賢の語にも“背後ノ言、豈《アニ》ヨク信ナランヤ”とあるではないか。果物売りの小僧の言など、取上げられん」 「でも九叔《きゅうしゅく》から差上げられてある紫斑《しはん》歴々《れきれき》な兄の遺骨は、なんとご覧なされますな」 「あれとて、どうして武大《ぶだ》の遺骨だという証拠になろう。他の隠亡役《おんぼうやく》にいわせれば、あんな物は、火葬場附近では、いくらでも拾って来られると申しておる」 「ば、ばかな!」 「武松っ、激《げき》すな。いかに激しても、訴訟の上に、感情は酌《く》まれんぞ。総じて、殺害の訴えには明らかな犯行の動機と現場の物件、死体の傷痕《しょうこん》、犯人の足跡、その他の傍証《ぼうしょう》、五ツの要目がなければ断《だん》は下せぬものだ。……しかもそち自身は旅先にあって、何一つこれと目撃していたことはなく、すべてつまらん輩《やから》の臆測《おくそく》だけではないか」 「臆測ですって?」  奮然と、武松は凄い眦《まなじり》を切って、知事の顔を見上げたが、ぐっと胸をさするように落ちつきを待って、さて不気味なほど、あとは柔順な態《てい》で言った。 「そうですか。……いや、そうまで知事さんとして仰っしゃるなら、こいつあご意見どおり分別を仕直さなくっちゃなりますまい。どうもお手数をおかけしましたよ。はははは、もう無駄事はあきらめて、兄貴の供養は、ほかですることといたしやしょう」  突き戻された銀子《ぎんす》と遺骨を、何九叔《かきゅうしゅく》の手にわたし、彼は大股にそこを出て、県城内にある自分の兵隊部屋へ引き取った。 「おい従卒、飯を食わせろ」  ムシャクシャ紛《まぎ》れの声である。そして、 「さあ、鄆坊《うんぼう》も食べな。九叔も一杯|飲《や》ってくれ。明日は兄貴の四十九日だ」  と、自分もともに痛飲し出した。怏々鬱々《おうおううつうつ》、遣《や》りばなきものが眼気の底にギラギラ沸《たぎ》る。  まもなく彼は、九叔と鄆哥《うんか》をそこへ待たせておいて、ぷいと外へ出かけてしまった。従卒二、三人を連れている。そして街へかかると、 「あれを買え、これを買え」  と、気前よく銭《ぜに》を渡し散らす。――従卒は命じられるまま文房具屋では、筆、墨、硯《すずり》、紙など買入れ、市場では蒸《む》した鶏一羽、酒一|荷《か》を。また花だの線香だの、さらに神仏の供え物には一番な豪奢《ごうしゃ》とされている丸煮《まるに》の豚の頭まで買って、持ちきれないほど抱えこんだ。 「……姉さん、こんちは」  彼が、その家の軒下へ立つと、金蓮の返辞は二階でしていた。 「たれ?」 「あっしですよ。武松です」 「あら、二郎さんですか。ちょっと待ってね」  どきっとしたに違いない。  だが、彼女の許《もと》へも、武松の訴えが却下となったことは、とうに知らせが来ていたから、その点では安心し抜いていたのである。ただ、「また、なにしにやって来たのか」と、うるさく思い「ままよ、その場その場で扱《あしら》ってやるばかり……」と、不敵な気を持ち直すまでの、ほんの寸時を措《お》いていただけなのだった。  ――そして、降りて来て見ると。  武松はもう祭壇の前に坐っている。  兵卒に手伝わせて、豚の首を供え、二本の朱蝋燭《しゅろうそく》をあかあかと灯《とぼ》させたり、また、紙銭《かみぜに》や花をかざり、その間には香煙《こうえん》縷々《るる》と焚《た》いて、およそ兄の武大が生前好きだった種々《くさぐさ》な供物は、なにくれとなく、所せましと壇に供えているのだった。 「まあ、二郎さんたら、ほんとに兄さん孝行ですこと。四十九日のお供え物に来て下すったの」 「いや、それとね姉さん。ちっとばかり酒肴《しゅこう》を仕込んで来ましたから、今日は近所の衆にも、ようっくお礼を申したいと思ってさ」 「あらお礼は私がしてあるのに」 「でも、都頭《ととう》の武松が、弟としているからには、黙ってもおけませんやね。そうでしょう、弟として」 「お気がすまないなら、どうにでも」 「おい従卒。大皿を出して、酒、さかな、果物、肉、ずらりと並べろ。そして貴さまたちは、ご近所の衆を、ていねいにお迎えして来い。おれは隣の王婆さんを誘って来る」 「二郎さん、隣のおばさんなら、私が行って――」 「なあに、それには及びませんよ。今日は弟が施主《せしゅ》だ」  と彼は自身でもう一トまたぎの垣隣りへ出向いて、何か言っていたが、間もなく恐縮し抜く婆の手を曳かんばかりにして、連れ戻って来た。 「さあ、お年順だし、兄の武大《ぶだ》や嫂《あによめ》が、始終ごやっかいになってきたお婆さんだ。……どうぞ姉の金蓮のわきにお坐りなすって下さい」 「二郎さんえ。あなたは県の都頭《ととう》さんという偉いお方。それなのに、婆が上座になんて坐れますかいな。婆はこっちの隅で」 「まあまあ。今日だけは、そんな辞儀をおっしゃらないで。さあ姉さんも先に坐って……。それから」  と、武松は集まった近所の顔一同へ、挨拶《あいさつ》を述べ、亡兄に代って、ねんごろに生前の誼《よし》みを謝した。  集まった銀細工師の姚次《ようじ》、葬具屋の趙《ちょう》四郎、酒屋の胡正《こせい》、菓子屋の張《ちょう》爺《じい》さんなど、どれもこれもただ、眼をまじまじ、硬くなっているだけだ。というのも、近所|合壁《がっぺき》、西門慶《せいもんけい》と金蓮のわけあい[#「わけあい」に傍点]を知らぬはなく、どうなることかと、内心、関《かか》り合いを極度に恐れていたからである。 「さあ、仏事じゃございますが、そうご窮屈になさらないで」  と、武松はみずから執《と》り持って、杯をすすめ、しきりにくだけて見せるが、誰ひとり浮いてもこないし、酔いもしない。  そのうちに早や、小役人あがりの酒屋の胡正《こせい》は「……こいつは、あぶない」と勘づいたらしく、浮き腰を上げて、辞しかけた。 「どうも、どうも。今日は飛んだご馳走さまに。……ええと、ところで都頭さま、あいにく、よんどころない用向きを控えておりますで、手前は勝手ながら、お先に失礼させていただきまする」 「なに、お帰りだって」 「へえ、なんとも忙がしい体なので」 「待った。そいつあいけねえ」  胡正の尻《し》ッ尾《ぽ》について、葬具屋の趙《ちょう》もあわてて立った。 「そうだ、あっしも、急用があったッけ。都頭さん、申しわけございませんが」 「駄目だよ」 「でも、じつは」 「坐れっ」  武松は、隊で号令をかける時のような声を発した。が、すぐ顔を直して。 「とにかく、せっかくお越しいただいたんだから、しまいまでいてもらいましょうぜ。こら従卒、ご一同へお酌《しゃく》せんか」 「はっ」  兵は、卓のまわりを酌《つ》ぎ廻った。――気がつくと、ほかの二人の従卒は、裏と表の口を立ち塞《ふさ》いでいる様子だ。いくら酌《つ》がれても、これでは飲めたものではない。近所の顔と顔の一トかたまりは、みなベソを掻《か》き掻き、いやおうなしに、ただ杯を上《う》わの空《そら》に、上げたり措《お》いたりしているに過ぎなかった。  時分はよし、と武松は従卒に命じて、卓の酒さかなを、一応|退《さ》げさせた。そして彼自身が、卓上を拭き浄《きよ》めだしたので、客一同も機《しお》は今と見たように、挙《こぞ》ッて帰りかけようとした。 「おッと。まだまだ、お話はこれからだ。ええと……お立会いの皆さん、この中で文字が書けるのはどなたですえ」 「……?」  なんのことやら、わけはわからないが、自然、小役人上がりの胡正《こせい》の顔へ、みんなの横眼がうごいていた。 「ははあ。酒屋の胡正さん。あんたがこの中では手書きとみえるな。ご苦労だが、ひとつ書き役を勤めてもらいたい」  すでに、従兵の一人は、胡正の前に、用意の筆墨《ひつぼく》と料紙を突きつけている。いや一同がぎょッとしたのは、それではない。  とたんに、異様な精気に膨《ふくら》んだ武松の五体が眼をひいた。左右の諸袖《もろそで》をたくし上げ、内ぶところからは短剣の柄頭《つかがしら》をグイと揉《も》み出して、その鯉口《こいぐち》をぷッつり切った。――同時に、あッというまもない。ひだりの猿臂《えんぴ》は、嫂《あによめ》の金蓮の襟元をつかみ、右手は王婆の方を指さしていたのである。 「みなさん……。どうかじっとそのままに。決して決して、みなさんにご迷惑はおかけしません。ただ武松は、仇《あだ》には仇をもって、見せしめを、お目にかけるだけのこと。かたがた、証人になっていただけたら結構千万というだけのもんですよ。どうぞ、お静かに」 「やいっ、王婆っ」  武松は、はったと睨みつけた。あの景陽岡《けいようこう》の虎をさえ射竦《いすく》ませたといわれている眼光である。 「よくも、隣住居《となりずまい》をいいことにして、いろんなからくりをしやがったな。兄貴の非業の死も、因《もと》はといえば、みんなくそ[#「くそ」に傍点]婆め、うぬの所為《せい》だ。見ていろ、泥を吐かせてくれるから」  一転、その巨眼は、金蓮の顫《おのの》きを、冷ややかに睨《ね》めすえて。 「こう。虫も殺さねえ面《つら》をしやがって、このすべた阿女《あま》の潘金蓮《はんきんれん》め。よくもおれの兄貴をさんざん小馬鹿にしたあげく、砒霜《ひそう》の毒を盛って殺しゃあがったな」 「ちッ……お離しよ、この気|狂《ちが》いめ! 何さ! 人聞きの悪い」 「笑わすな。毒婦、淫婦、妖婦、どう言っても言い足らねえや。さ、せめては兄貴の霊前で、一切|懺悔《ざんげ》をしてしまえ」 「馬鹿馬鹿しい、なにを懺悔しろというのさ。よっぽど真《ま》ともな兄さんとでも思うのかえ。よく世間様にも聞いてごらんよ。あの薄野呂《うすのろ》を亭主に持った女房って者は、どんなだか」 「いったな」  ぐざと、短剣が床に突き刺さった。  武松の足は、とたんに卓を、遠くへ蹴仆《けたお》していた。左の手は、金蓮の黒髪をつかんでいて離さない。金蓮は、ひイっ……といって弓形《ゆみなり》に身を反《そ》らす。武松の片腕が軽々と抱え上げたからである。どたんと、彼女の体が祭壇の前へ叩きつけられたのがほとんど同じ瞬間だった。  武松は片膝折りに、すぐ彼女の鳩尾《みぞおち》の辺を踏まえてしまった。そして右手に、床の短剣を取って持ち直し、こんどは、王婆の土気色《つちけいろ》になった顔をその白刃の先で指して言った。 「ばば。逃げてみないか」 「に、に、逃げなんか、出来るもンかね。いうよ、もう、こうなったら……」 「じゃあ、まっすぐに言ってみな。……こう、胡正《こせい》さん、筆記だぜ、書き役を頼むよ」  近所の衆は、もう悉《ことごと》く失心の姿である。胡正はぶるぶる慄《ふる》えながら筆を持った。じろと見届けてから、武松は、また、 「さあ、吐《ぬ》かさねえか。牝豚《めすぶた》」 「なにをいえというんだよ。物々しいねえ。知らないよ、わたしは何も」 「ふ、ふん。くたばり損《ぞこな》いめ。急に気を変えやがったな。ようしッ、あとで一寸|試《だめ》し五分試しだぞ。……じゃあお手元から先に洗おうか。やい金蓮」  短剣のヒラで武松は女の頬を二つ三つ叩いた。金蓮は悲鳴を発した。もがいたために、われから刃に触れて、顎《あご》のあたりを濃い桃色に少し染めた。 「じ、二郎さん。いッちまうよ。……いうからさ、堪忍して」 「さあ、その口で早くいえ」 「だ、だって、くるしい」 「それ、こうしてやらあ。神妙に泥を吐けよ」  女の鳩尾《みぞおち》から膝を離して、引きずり起し、その眼さきには、依然、短剣を突きつけていた。  もう半ば人心地はない金蓮に見える。青白い瞼《まぶた》をふさいで、西門慶と出来た事の始めから、王婆のとりもち[#「とりもち」に傍点]、毎日の秘《ひそ》か事まで、神おろしの巫女《みこ》が喋《しゃべ》るように、また、他人《ひと》事みたいに、それからそれと、自白しだした。 「……ちいッ、引っ腰もない」  と、歯がみをしたのは婆である。婆には娑婆気《しゃばけ》や妄執も一倍深い。だが、とどのつまりは、王婆も一切を白状するしかなくなった。――そして、両者こもごもの自供は、胡正の筆記で、洩らさずそばから口書きとなっていった。 「ようし、ひと先ずすんだ。その口書きを、こっちへよこしてくれ」  武松は入念だった。婆と金蓮の二人にそれへ爪印《つめいん》を捺《お》させ、名まで書かせた。同様に立会人として、近所一同の署名を乞《こ》い、それは折り畳んで、自分の肌身に深く仕舞い入れる。 「従卒。祭壇のお明りが消えてるぜ。新しいお燈明と、もいちど、お酒を上げてくれ。……さあ、そこでだ」  彼は、金蓮を引きずッて来て、祭壇の前の菅莚《すがむしろ》の前にぬかずかせ、自身は手を伸ばして、香炉《こうろ》に香を燻《く》べた。そしてまた、祠《まつ》りの紙銭《かみぜに》へも火をつけたので、女は、せつなに、何か直感したらしい。 「たッ、たすけてえッ」  逃げかけるのを、 「どこへ行く」  武松はむず[#「むず」に傍点]とひき据える。いや、勢いのまま、仰向けにひっくりかえる。  武松は踏みまたいで、彼女の両手を、両の膝で抑えつけた。そして女の胸を開けはだけた。かの男の西門慶が眼をほそめたであろうふくよかな乳ぶさがむっくりと見えたのもつか[#「つか」に傍点]のまのこと。武松が逆手《さかて》にとった短剣は、一声の絶鳴を揚げさせたのみで柄《つか》の根際《ねぎわ》まで突きとおしていた。ぶるんッと女の白い脛《はぎ》が最期の硬直を見せたときは、すでに武松の手には、女の生首がつかみ上げられていたのである。 「兄貴! 見ていなすったか……」  武松は、金蓮の首を、壇《だん》に供えた。そしてまたすぐ、従卒にそれを渡して、布ぐるみに包ませ、剣を拭《ふ》いて、 「みなさん、とんだものをお見せしてすみません。だが、こいつもご近所のご災難と諦《あきら》めておくんなさい。そして手前はこれから、ちょっとほかへ用達しに出かけますが、その間、さあ小半日とも申しません。すぐ戻りますから、二階で一ト休みなすっていておくんなさいまし」  という挨拶。  もう一同は、気も魂もない顔色である。いやという声もしない。性気《しょうき》のない“影”だけの人間みたいに、黙々とみな二階へ上がって行った。 「ついでに、この牝豚《めすぶた》の張番《はりばん》もお願いしますよ」  婆の身もまた、二階へ追い上げられて行った。二階の窓、扉《と》の口、ことごとく堅く閉め切り、階段には、従卒二人を、番人として残しておく。  そして、武松一人は、布ぐるみにした金蓮の首を小脇に抱え、紫石街《しせきがい》を折れて、役署前の大通りを、こともなげに歩いていた。  ほどなく、きれいな楊柳《ようりゅう》並木の繁華街の一軒に、古舗《しにせ》めいた大店《おおだな》の間口が見える。朱聯金碧《しゅれんこんぺき》の看板やら雇人《やといにん》だの客の出入りなど、問わでも知れる生薬問屋《きぐすりどんや》の店だった。  武松はずっと入って、そこらを見廻し、一人の手代をつかまえて言った。 「ええと、たしか西門慶さまのお店《たな》は、こちらさんでございましたね、大旦那は、おいでですかえ?」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 獅子橋畔《ししきょうはん》に好色男は身の果てを砕《くだ》き、 強慾の婆は地獄行きの木驢《きうま》に乗ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  その日、西門慶《せいもんけい》は留守だった。事実、店にも奥にもいないらしい。番頭たちはそれと告げて、武松の血臭《ちぐさ》い風態の前に、おののいた。 「ど、どういたしまして、決して居留守など申すんではございません。さきほど、商用のお客を連れて、いつも行きつけの、獅子橋《ししきょう》のお茶屋へちょっと商談にお出かけなんで……」 「きっとだな」  武松は一言、凄《すご》ンでみせて、 「そうか。もしそこにいなかったら、すぐにまた、引っ返して、ここへ来るぜ」  ぷいと、身を一転するなり、彼はそこの店頭《みせさき》から往来へ出て行った。  獅子橋畔《ししきょうはん》の繁華な大通りを前にして、一流どこの名代《なだい》な料亭がある。  武松は、ずっと入って行って、 「ごめんよ。西門慶の旦那は、どちらのお座敷においでかね」 「いらッしゃいまし……。あの、お連れさまでいらっしゃいますか」 「ああそうだよ。おっと仲居《なかい》さん。案内には及ばねえ」  連れと間違えて、案内に立つ女中の先を追い越して、武松は、とんとんとんと、表二階へかけあがって行った。  つき当りの大廊下から左の広間に、簾《れん》を透《とお》して、ひと組の客が見える。幾人もの歌妓《かぎ》、女中たちに囲まれて、客二人は上機嫌で、はしゃいでいた。 「居るな」  やにわに、武松はそこの簾《れん》を上げて、ぬっと顔を突き出した。  きゃっ――と妓《おんな》たちは散らかった。そのはずである。何か、血の滴《したた》りそうな丸い物を小脇に抱え、しかも、ふと振り向いた西門慶の眼とぶつかった彼の双眸《そうぼう》は、なんとも名状しがたい復讐の殺気に燃えていたのだ。 「やっ、武松だな」 「おお西門慶。ふふふふ、ひどい驚き方じゃねえか」 「こ、こんなところへ、なにしに来やがった」 「さすが胸に覚えのあることあ隠せねえ。なんてえざま[#「ざま」に傍点]だ、その顔色は」 「か……帰れ。……は、はなしがあるなら、ほかで聞いてやる」 「いや、ここがいい、てめえの好きな肴《さかな》を持って来てくれたんだ。それっ、この世の名残に会っておけ」  抱えていた包みの内から、潘金蓮《はんきんれん》の生首のもとどりをつかむやいな、西門慶の顔を目がけて抛《ほう》り投げた。 「――あっ」  首は西門慶の沈めた肩を越えて、思わざる彼の相手客の横に落ちた。  しかし、その客はもうとッくに自失して腰が抜けていた。女たちはすでに一人もいない。武松は薄刃《うすば》の短剣を抜いて、西門慶の前へ迫った。 「…………」  巨獣が闘いの全姿態を作るときのように、西門慶はジリジリと及び腰を上げかけている。金蓮の首を見ては、彼も今は、死か生かの、腹をすえたものに相違ない。  ガチャンと、すさまじい一音響とともに、彼の前にあった卓が、武松の方へ躍ッて仆れた。――彼の得意な足蹴の業《わざ》で、卓上の器や酒や肉片は、まるで一|抹《まつ》の飛沫《しぶき》のように武松の姿をくるんで散った。  そして、その間髪に、逃げようとするのを追って、 「うぬっ」  武松の短剣が彼の脾腹《ひばら》を突き抜けていたかと見えた。  ところが、刹那は逆な危機に変った。身をひねった西門慶の片脚が、予測し得ぬほど長く伸びて、槍のように、武松の顎《あご》の下を一蹴したのである。ために、武松はふた足ほどよろめいたが、 「味な真似《まね》を」  とばかり、ふたたび三度、短剣の突きをくりかえした。しかし、室内ではあり、足元の悪さに、またしても西門慶の一蹴が成功して、彼の剣は蹴落され、剣は氷片《ひょうへん》のごとく、欄《らん》を越えて、どこかへ素ッ飛んだ。  相手の素手《すで》を知ると、西門慶はもう武松を恐れなくなった。また、自己の足|業《わざ》にも自信をもった。だが、これは彼の誤算である。むしろ武松にとっては、素手で組んだほうが始末がいい。いくら西門慶が死にもの狂いになッたところで、しょせん景陽岡《けいようこう》の虎ほどなことはない。当然その帰結は、そう長くもない格闘のすえ、勝負の上にあらわれた。――あッ、と天井のへんで西門慶の叫んだ一と声が彼のさいごであったのだ。  武松は、暴れ廻る相手の体を両手で高くさしあげていた。そして往来に面する欄《らん》から、 「えいっ、これでもか」  真下をのぞんで、抛《ほう》り投げた。  足を上に、あたまを下に、文字どおりな、真ッ逆さまが、西門慶の末期の相《すがた》だったのだ。――これなん、ひとつには怨霊《おんりょう》の報い、ふたつには人道のゆるさざるところ、三つには、いうまでもない武松の神力。――どっちにしても、魔園の美果を盗み食らった償《つぐな》いとして、彼のこの横死は、のがれようもないものだったといえようか。  武松はすぐ、金蓮の首をかかえて、おなじ欄から、往来へ跳び下りた。  見れば、西門慶の体は、頭から脳漿《のうしょう》を出して伸びている。彼は、短剣を拾って、慶《けい》の首を掻き、金蓮の首を併《あわ》せて、袖ぐるみに横へ持った。――そして往来の群集が、ワイワイと立ち騒ぐ中を、元の紫石街の方へ、風のごとく走り去った。 「……兄さん、どうかこれで成仏《じょうぶつ》しておくんなさい」  あれから瞬時の後。  武松は、亡兄|武大《ぶだ》の家へもどり、武大の霊前に、男女二つの首を供えて、滂沱《ぼうだ》とこぼれる涙も拭《ぬぐ》わず、位牌《いはい》へ向って言っていた。 「まるで夢のようだった。何から何まで、こいつアみんな約束事かもしれませんや。だがね、兄さん。かたきを取った今日限り、祭壇のおかざり物も、ここの家財も、一切きれいに片づけますよ。どうか兄さんの霊も、行く所へ行って、安らかに眠ってください」  それから彼はまた、従卒にいって、二階へ閉じこめておいた人々を下へ呼び降ろした。 「ご近所の衆、どうも、とんだご迷惑やら、暇つぶしをおかけして、申しわけございません。……ごらんの通り、骨肉の怨み是非なく、兄貴のかたきを討ちとりました。これから手前は、おかみへ自首して出ます所存」 「…………」  連中はただ生唾《なまつば》呑んで聞いているばかりだった。まるで地底のようである。 「ついては、ご近所の衆。兄貴の祭壇は、ただいま裏で一切焼き捨てさせますが、貧乏世帯ながら、この家の家財、ありとあらゆるがらくた[#「がらくた」に傍点]まで、すべてはどうぞみなさんでお頒《わ》けなすっておくんなさい。もしまた、手前が自首した後で、みなさん方へ証人の呼び出しでもかかった場合は、どうかそんな雑費の足《た》し前にもなすって」  かくて武松は、わざと生かしておいた王婆を自分で引っ立てて、県の白洲《しらす》へ名のッて出た。  すでに町中は坩堝《るつぼ》のような騒ぎである。知県《ちけん》の役署でも、はや獅子橋畔《ししきょうはん》の事件は知っていたし、刑事役人は、諸方へ飛んでいたことだから、手順、取調べなども、なに一つさし障《さわ》りはない。  第一日は、まず王婆が訊問された。  王婆の自白と“近所ノ衆ノ口書”とは、ぴったりしている。  これで一応、これはすむ。  第二日の呼び出しには、隠亡頭《おんぼうがしら》の何九叔《かきゅうしゅく》と、果物売りの鄆哥《うんか》少年――それから以後、続々と、料亭の女中やら、西門慶《せいもんけい》の家族やら、また武大《ぶだ》の近所隣の顔やらが、入り代り立ち代り、白洲にみえた。  調書、物件、すべてが揃う。  それを見て、知事は密かに、 「惜しい男だのに。ああ、なんとかならんか」  と、考えた。  さきには、都に使いして、自分の依頼もよく果たしてくれた武松である。しかも兇行の因《もと》となった武大の死や、淫婦|姦夫《かんぷ》の悪事は、すべて武松が旅の留守中に起ったものだ。 「調書の辞句によっては、上司の心証も大へんひびきが違ってくる。少々、上告の辞句を直してくれんか」  彼は、下部の吏員《りいん》へ、諮《はか》ってみた。  たれひとり異存はない。  期せずして、武松の上には、日ごろの同情があつまっていたのである。獄卒の端にいたるまでが、獄内の彼を遇するに「烈士《れっし》」としていたのでもよくわかる。  こうして、およそ一ヵ月余の後、 「武松、よくうけたまわれ」  知県《ちけん》は、彼を白洲へ曳き出して、調書一切を読み聞かせ、さらに次の通り言い渡した。 「人を殺せば、すなわち死罪。これはうごかし難い大法だ。しかも男女二人を殺《あや》め、その噂は、四隣の州にまでひろまっている。人心の影響もまた、少なしとせぬ。……よって、なんじの身柄と、証拠物件一切を差し添え、関係者すべての者も、東平府《とうへいふ》の奉行所へさしまわし、そちらで判決を仰ぐことに相成ろうぞ。左様、心得ませい」 「ありがとう存じまする」  唯々《いい》として、武松は獄へ下がってゆく。そして次の日には、重罪犯の檻車《かんしゃ》に載せられ、東平府へ送られて行った。  府の奉行所は県役署の上位にある。つまり裁判も管轄権《かんかつけん》も、奉行の職柄《しょくへい》にあるのだった。  その人は、陳文昭《ちんぶんしょう》といって、なかなかな人物だという市評がある。陽穀県《ようこくけん》から廻ってきた公文書を一|瞥《べつ》すると、 「来たか」  と独りつぶやいた。  すでに彼も事件の全貌だの、武松のことは、聞きおよんでいたのである。 「武松の首枷《くびかせ》は、なるべく軽いのと取り換えてやれ。王婆の身は、提事司監《ていじしかん》にあずけ、死刑囚の牢獄へ下せ」  また、数日のうちに、 「亡き武大《ぶだ》の近隣の者どもや、何九叔《かきゅうしゅく》、鄆哥《うんか》などは、その口書によって証言も明らかなことゆえ、めいめい自宅へ戻ってよろしい。……また西門慶《せいもんけい》の家族は、所内の揚屋《あがりや》へ拘置しておき、追っての、中央のご裁決を相待つように」  一々の処決、流れるが如くであった。  なお、奉行の陳文昭《ちんぶんしょう》は、そうした公的な半面、ひそかに人をやって、獄中の武松を宥《いた》わった。武松は義人である、その行為は、猛《もう》に過ぎて惨酷な犯行を敢てしたが、心情愛すべきところもある。――人にも洩らしたほどだった。  だから、彼が都の省院[#1段階小さな文字](司法省)[#小さな文字終わり]へ差出した裁決を乞うための上申《じょうしん》には、その同情と手加減が多分に籠《こ》められていたのはいうまでもない。  かつまた、中央には、文昭と仲のいい高官もいる。それへ私信を送られてもいたことだろう。やがて降された判決は、ほぼ彼の満足に近いもののようだった。 「みな揃ったか」  判決申し渡しの日。  白洲《しらす》は、武松、王婆、そのほかの関係者で、みちあふれた。 「何九叔、および果物売りの鄆哥《うんか》」 「へえい」 「無罪であるぞ」 「ありがとう存じまする」 「ただし、後刻、説諭《せつゆ》申しつける。……また、近隣の者どもは、おとがめなし。……西門慶の家族らも、同様なれど、あるじ西門慶の生前の非道は人みな憎むところ。供養《くよう》など派手《はで》派手しくせず、追善の施行《せぎょう》に心がけたがよい」 「はい。慎《つつし》んできっと左様にいたしまする」 「まった、武松|事《こと》は」  白洲じゅう、しいんとなった。 「――兄のかたきを報じたるものとはいえ、殺人の重罪はゆるしがたい。しかし、自身自首して出たかども神妙なうえに、近隣の輩《やから》、そのほかの証人、また全く縁故もなき陽穀《ようこく》県の一般市民よりも、あまたな助命の嘆願が、当奉行所や県城に聞えておる。よって、情状を酌《く》み、死一等を減じて、背打ち四十となし、刺青《いれずみ》を加え孟州《もうしゅう》二千里の外へ流罪といたすものである。……ありがたくおうけいたせ」 「はっ……」  武松が、首枷《くびかせ》の首を下げたとたんに、その隣の荒むしろに据《す》えられていた王婆が、身をのばして叫んだ。 「お、お奉行さん! ……わしも、うちへ戻っていいのかね。わしのことはまだ何もいわっしゃらぬが」 「だまれ。王婆は死罪申しつける」 「げっ、死、死罪だって」  わっと、婆は泣き仆れた。 「立て」  一同は退《さ》がる。  奉行も、王婆のわめき声をうしろに立つ。  翌日、王婆はふたたび、大牢からひきずり出され、木驢《きうま》というものに乗せられた。馬の恰好をした台である。それに縛《しば》りつけられ、四本の五寸釘で手足を打たれ、刑場まで、引き廻されて行くのであった。  それを曳き、それにつづく獄卒たちは、罪状書きの捨て札を先頭に弔《とむら》い花をかかげて行く。  また、やぶれ太鼓《だいこ》や、やぶれ銅鑼《どら》を打ち鳴らすので、町中の男女や子供がわいわいと寄りたかり、木驢《きうま》の上の罪人を目がけて、 「こんどの世には生れ変れ」 「人になるな、馬になれ」 「馬がいやなら豚になれ」 「豚になれなんだら、鼠《ねずみ》にしてもらえ」  と口々に謡《うた》って、小石をぶつける、わらじを投げつける。誰も止めようとはしないのである。  王婆は、竹矢来《たけやらい》の中でも、泣きどおしに泣いて斬られた――時刻もちょうどその頃であった。一方の武松は、奉行所の裏門外で、四十|打《だ》の“青竹叩き”を背にうけていた。  しかし、刑吏や獄卒までも、彼にはひそかな好意をよせていたので、一つも皮肉を破るような烈しい打ち方はしていない。  が、刺青《いれずみ》だけは、庇《かば》いようもなかった。また薄鉄《うすがね》の首枷《くびかせ》も約束どおりに首の輪へ篏《は》め込まれる。 「じゃあ、出発するとしようか」  流謫《るたく》の公文を持った小役人二人が、これから遥か孟州《もうしゅう》の流刑地まで、彼を護送して行くことになる。  奉行所の門を離れると、武松の姿を待っていた人々が、道ばたに堵列《とれつ》していて、みな別れを惜しむふうだった。或る者は、彼に衣服や食物を贈り、或る者は道中の薬などを餞別《せんべつ》にくれた。特に武松が眼を熱くしたのに、例の“隣《となり》近所ノ衆”が見送りのうちに交《ま》じっていたことだった。それさえあるに、中の一人が出て来て、武松の手へ、 「どうか、これはあなたが、お旅先でお費《つか》いなされて下さいまし。とても私たちには、冥利《みょうり》が悪くッて、お頒《わ》けいただくなんてことはできません」  とかなりな額の金を渡した。 「えっ? ……これはなんです」 「お兄さんの家と、悉皆《しっかい》の家財道具を売り払ったお金ですよ。あなたは、近所の者で頒《わ》けてくれと仰っしゃいましたけれど」 「だれも取ってくれないんですか。それじゃあ皆さんへ、ご迷惑のかけッ放しになってしまう」 「とんでもない。お科《とが》めなしの言い渡しだけで、みんなほっとしておりますよ。考えてみれば、私たちも、武大さんにとって、近所|効《が》いがなかったというもんです。なんでその上、こんなお金をいただけましょう。どうかまあ、孟州の刑地でも、お体だけは大事になすって下さいまし」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 牢城の管営《かんえい》父子、武松を獄の賓客《ひんかく》としてあがめる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  季節はもう六月の初夏だった。武松《ぶしょう》、つらつら思うに、ここ七、八十日は悪夢の如く過ぎていた。人生|測《はか》りがたし。明日はどんな日が孟州《もうしゅう》の先に待つことか。 「都頭《ととう》さん。孟州までは二十日もかかる。途中、人里離れたら、なんでも気ままを言いなせえよ」  護送役の二人の小吏も、途々《みちみち》、武松を宥《いた》わって、苛烈《かれつ》な風《ふう》は少しもない。武松もまた、餞別物《せんべつもの》から持ち金まで、悉《ことごと》く頒《わ》けてやって、あくまで淡々たるものだった。  ただ、宿籠《はたご》宿籠やまた山中でも、酒屋の旗を見るともう目がない。――そしてすでに、あすあさってには、孟州に入ろうかという十|字《じ》坡《は》の嶺道《みねみち》で、ついその酒の誘惑から、危ない罠《わな》にかかッてしまった。  ここに一軒家の居酒屋がある。  もちろん峠を通る旅人だけが目あてのもの。 「ま。一杯やろう」  と、はや孟州もまぢかと見て、護送役の二人までが、気をゆるして、したたか飲《や》ったのが過ちの因《もと》だった。  酒には、麻睡薬《ますいやく》が混《ま》ぜてあったらしい。三名とも、蒟蒻《こんにゃく》のように正体なく、よだれを垂らして伸びてしまった。  不覚だった。  この辺では、山猿のような童《わっぱ》までが唄に謡《うた》って、 [#ここから2字下げ] 十|字《じ》坡《は》の毒苺《どくいちご》は、蛇も食わないよ 苺酒《いちござけ》は人間の血 肉|饅頭《まんじゅう》を割ると、亡霊の声がするよ [#ここで字下げ終わり]  と、いっているほど、その峠《とうげ》酒屋とは、じつは隠れない追剥《おいは》ぎ渡世の夫婦者が、旅人をおびき込む悪の巣だったのである。  しかも、その兇行がまた残虐《ざんぎゃく》だった。ひとたび毒酒に酔わされると、生きてその屋の軒を出た者はない。 「ホ、ホ、ホ、ホ。いくらでも、お後の客は絶えないもんだネ」  店の看板女房は、厚化粧して、緑紗《りょくしゃ》の袍衣《うわぎ》に、真紅《しんく》の裙《はかま》を着け、生《う》ブ毛の光る腕首には、黄金の腕輪を篏《は》めたりなどしているジプシーのような女だった。  女の異名は母夜叉《ぼやしゃ》、親の名は孫《そん》。  人呼んで、母夜叉の孫二娘《そんじじょう》という。  これの亭主は、菜園子《さいえんし》の張青《ちょうせい》という者で、元、光明寺の畑番をしていた男だ。腕だけはすこぶる強い。  ところが、こういう悪業の成果も相手による。いつもそうそう巧くいくものではない。――武松のときが、その一例だ。武松は現につい先ごろ、兄の武大《ぶだ》が人に毒殺されていたので、 「はてな、この酒の味は?」  と、すぐ感づき、最初の一ト口から、女に内緒でベッと吐き出していたのである。――それから飲んだと見せたのも、ぐた[#「ぐた」に傍点]と仆れて見せたのも、すべて彼のは偽態《ぎたい》だった。そして罠《わな》に陥《お》ちたのは、彼ではなくて、賊の母夜叉と張青夫婦の方だった。 「いざ、料理を」  と、母夜叉が、彼のそら[#「そら」に傍点]死の体へ手を出したとき、武松はむく[#「むく」に傍点]と起き上がって、女を取ッちめ、そこへ現われた張青も、難なく叩き伏せてしまった。そこで、鬼の夫婦が、泣いて懺悔《ざんげ》をするという場面になってしまった。  ここで。  この夫婦の口から、武松は、かの花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》や、青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》らの消息を聞き知った。  すでに、花和尚の名は、五台山の大暴れから、都でも、大相国寺《だいそうこくじ》を震駭《しんがい》させて、天下にとどろいているほどなものだが、山中の夫婦者は、ついそれと知らずに、同じ手でこの旅僧を眠らせようと仕《し》かかったものらしい。たちまち、看破されて、その花和尚からも、こッぴどい目に会わされたあげく、やっと命だけは助けてもらったので――という懺悔《ざんげ》ばなしなのだった。 「いやはや、どうも」  張青は、頭を掻いた。 「それにも懲《こ》りず、またぞろ、人もあろうに、虎退治をなすった有名な都頭《ととう》武松さんとも知らず、とんでもねえ烏滸《おこ》な真似《まね》をいたしやした。どうか、お見のがしなすっておくんなさい。その代りにゃ、どんなおいいつけでも、いやとは申しません」 「よし、助けてやる。だが、おれを護送して来た小役人ふたりは、毒酒に中《あ》てられて眠ってらあ。早く、あいつらの手当をしろ」 「でも、あの二人は、あのまま逝《ゆ》かせてしまったほうがいいンじゃありませんかえ。都頭さんのお身にとっては」 「どうして」 「噂には、いまお話しした花和尚|魯智深《ろちしん》は、その後、二龍山の宝珠寺《ほうじゅじ》に居坐って、もう一人の青面獣|楊志《ようし》といっしょに、でんと大きく山寨構《さんさいがま》えをしているそうです……。なにも、これから都頭さんも、孟州の刑地へなんぞへ、神妙に曳かれて行くにゃ当らねえじゃございませんか。もし、お気持ちがあるなら、手前が二龍山へご案内してまいりますが」 「いや、そんなケチな真似《まね》はしたくねえ。おれが逃げたら、おれによくしてくれた東平府《とうへいふ》の奉行|陳文昭《ちんぶんしょう》さまの落度になる。それにあの小役人ふたりも、途中なに一つ、おれには辛くしなかった。はやく毒消シでも服《の》ませて、息を吹ッ甦《かえ》させてやれよ」  母夜叉も張青も、彼のさっぱりした気性には感に打たれた。さっそく介抱して、二人を蘇生させ、翌日は、詫びの一|宴《えん》を張って、心から謝し、なお後日の義を約して、夫婦、孟州大街の入口まで送って来た。  鬼の眼にも涙。いざ別れとなるや、張青夫婦は、 「……お大事に、どうか都頭さん、郷《ごう》に入っては郷に従え。巧く、刑をおすましなすって」  と、涙さえ浮かべていた。  州尹《しゅういん》[#1段階小さな文字](州の長官)[#小さな文字終わり]の公署に着くと、護送役人は、ただちに彼の身柄に、東平府の文書を付けて、 「おうけとりの公文をいただいたら、すぐ立ち帰りたく存じます」  と手続きを運んだ。  州尹は、一|瞥《べつ》して、 「武松は、牢城の獄へ廻せ。――東平府の使いは大儀であった。帰府してよろしい」  と、幾通もの文書へ、ベタベタ判を捺《お》して下僚《かりょう》へ手渡した。  すでに“牢城”とは、名からして恐ろしい。まさに煉獄《れんごく》の城である。  いったい、世には、こんな巨大な獄房の数を必要とするほど、悪人が多いのだろうか。――だが、武松の眼で見ると、監房《かんぼう》の中にウヨウヨしている顔よりも、警棒や鎖《くさり》を鳴らして、監外《かんがい》を威張ッて歩いている顔のほうが、どう見ても“善”でなく“悪”の徽章《きしょう》に見えてしかたがない。 「おい、新入り。おめえ、金を持って来たかい。ここは世間以上、金がものをいう地獄だぜ」 「金。……金なんぞ、一文も持たねえよ。牢内には、酒屋もあるめえ」 「だって、まず初手《しょて》からして、差撥《さはつ》[#1段階小さな文字](獄吏《ごくり》)[#小さな文字終わり]や監察《かんさつ》に、ごあいさつの銀子《ぎんす》をお供えしねえと、これだぜ」 「これたあ、なんだい」 「お約束の殺威棒《さついぼう》で、百|打《だ》の叩きを食らうのさ。まともに食ったら、血の泡を口から吹くンだ」 「ふうむ。それで新入りの者の、土性ッ骨を脱《ぬ》こうてんだな。ま、いいようにやってくれ」 「冗談じゃねえよ、新入り、気はたしかかい」 「気はたしかだが、生れつき、ちっとばかり臍《へそ》が曲がって付いてるんだ。こいつあ、母親《おふくろ》のせいだから仕方がねえや」 「片意地を言いなさんなよ。……あれあれ、差撥《さはつ》がやって来たぜ。みんな、静かにしろよ」  彼らは靴音に敏感だった。獄中は薄暗くシーンとなる。鉄錠《てつじょう》の音が、不気味を誘う。 「陽穀《ようこく》県の前|都頭《ととう》――武松と申すやつはその方か。こっちへ出ろ。ついて来い」  点視庁の広場には、管営《かんえい》[#1段階小さな文字](牢獄の長官)[#小さな文字終わり]以下の軍卒十名ほどが、待っていた。  管営は、部下に命じた。 「罪人の首枷《くびかせ》を外《はず》せ」――そしてまた言った。ひきすえた武松の上に向ってである。 「――太祖《たいそ》武徳皇帝いらい、定めおかれた刑法の一として、牢城初入りの流人《るにん》には、一百|打《だ》の殺威棒をくだす掟《おきて》だぞ。――それっ者ども、叩きのめせ」 「あ。どうなさるんで」 「ジタバタいたすな」 「騒々しいのはそっちだろう。おれはピクともしてはいない。だのになんで、両手をつかまえ、おれの周《まわ》りを取り囲むのか」 「悲鳴をあげて狂うからだ。どんな奴でも十|打《だ》、二十|打《だ》と食えば、暴れ廻って打ちすえ難《にく》い」 「はははは。撲る方から先に要心してやがる。そんなンじゃねえや。おい、屁《へ》ッぴり腰はみッともねえぜ。しっかりやんな」 「こいつが」  棍棒を振りかぶッた軍卒二人が左右から迫って、交互に、あわや一百棒をかぞえだそうとした。  すると急に、なに思ったか管営が「待て!」と止めた。その側にいた一人の若い男が、管営の耳もとへ何か囁《ささや》いて、制止させたものらしい。  それは二十四、五歳の白皙紅唇《はくせきこうしん》の若者だった。細い美しい髭《ひげ》を生《は》やし、その髭を唐風《からふう》でなく、北欧人のように上へピンと刎《は》ねあげている。身装《みなり》は黒紗《くろしゃ》の袍衣《うわぎ》に白絹の帯を横結びに垂れ、そして、頭にも手|頸《くび》にも白い繃帯《ほうたい》をまいていた。  管営はその若者から、なにかもいちど、囁きを耳にうけると、 「百棒は中止せい。いずれまた、武松の体が癒《なお》ってから申しつける。――それまでは独房へ抛《ほう》り込んでおけ」  と、軍卒に命じたまま、すぐそこを立ち去りそうにした。 「なにいってやがる」武松は叫んだ。「おれは病気でも何でもねえぜ。なぜやめるんだよ、おい」 「だまれ。上司から来た調書によれば、元来汝には、時折り狂癲《きょうてん》の発作《ほっさ》があるよしが認《したた》めてある。狂気を打ちすえても、御法の殺威棒の主意にかなわん。正気の折に打ってくれよう」  言い捨てると、側の異彩な若者もともに、さっさと彼方へ行ってしまった。  むしろ、ぽかんとしたのは武松である。そして獄卒に曳かれて、以前の石壁隧道《いしかべトンネル》の監房前を通りかかると、 「おや、あの野郎、平チャラな面《つら》して帰って来たぜ」 「おい、どうしたい新入り」  などと同囚の仲間が寄りたかって彼に委細を訊きただした。そしてわけを聞き知ると、妙にみんなチーンと沈んで、武松の姿を、影の薄い人間みたいに憐《あわ》れがッた。 「……じゃあなにかい。おめえはここの管営さん宛に、誰か偉い人の添え状を貰って来たわけでもないんだね」 「むむ、そんな物あ貰ってねえよ」 「そしてまた、差撥《さはつ》にも監察《かんさつ》にも、そっと、袖の下ッていうこともしなかったんだろ」 「知れたこッた。嫌えだよ、そんなことあ」 「やれやれ、それじゃあ、いよいよ晩にゃ、白飯《しろめし》のご馳走に決まったね」 「なんだい、白飯の馳走たあ?」 「仏さまのお好きな物だ。そいつをお椀《わん》に山盛り一杯ゴチになって、あとは土牢行きの逆さ吊《づ》りで、あしたの朝は、土の中で蟻《あり》と仲よしになるんだよ」 「縁喜《えんぎ》でもねえ」  武松は苦笑した。 「ヘンなことを皆して言やがる。ははン、それで俺一人は今夜から独房入りか?」  しかし独房遠くひとり隔離されてみると、武松にしてもいい気持ちはしなかった。  果たして夜に入ると、べつな老軍卒が、獄に似合わぬご馳走を差入れてきた。それは一椀の白飯などではない。煎肉《いりにく》、うどん、汁、酒までが付いている。 「おいでなすったぜ。ままよ、飲《や》っちまえ」  満腹するなり、あとは高鼾《たかいびき》の彼だった。  翌朝の食事もまたすばらしい。 「酒はねえが、果物まで付いてやがる。ふふふふ、こうなると、この世に妄念《もうねん》が多くなるな」  いや晩にはまた、前夜にまさる調理の品の数々だった。しかも酒は上酒。鯉の飴煮《あめに》などの美味《うま》さといったら堪らない。  こんな待遇が七日もつづいた。 「はて? いったい俺を、どうする気なんだろう?」  すると、いつも一人で来る老軍卒が、その晩は、もひとり兵隊をつれて来た。大盥《おおだらい》を抱えて来て、湯を運び「入浴しろ」とすすめるのである。あげくに理髪師がやって来て、きれいに結髪《けっぱつ》し、肌着、袍衣《うわぎ》まですっかり新調の物とかえて行った。いよいよ彼にはわけが分らない。 「武松|都頭《ととう》。そこを出て、どうぞこっちへ移って下さい」  翌朝のこと。  例の老軍卒が彼をみちびいて、監房|隧道《トンネル》から、陽の目のある階段を先に登って行った。いよいよ土牢行きかな? 思っていると、さにあらず、清洒《せいしゃ》な一|屋《おく》の明るい部屋だ。見れば調度の品やきれいな寝台まで供えてある。  昼飯には、丸焼の鶏一羽、野菜の煮合せ、白い麭《パン》、汁《スープ》、それにしかも葡萄《ぶどう》の酒。 「ああ腹がくちくなった」  何気なく扉《と》を押してみると、錠《じょう》もおろしてない。そこで武松は一ト散歩を思い立ち、獄営の広い牧場ほどな所を、あっちこっち歩き廻った。  真夏の入道雲の下には、蟻地獄《ありじごく》のような囚人の群れが、腰鎖《こしぐさり》のまま、気息|奄々《えんえん》と働いていた。  なにしろ、六月末のカンカン照りだ。囚人たちには汗をふく木蔭もない。鍬《くわ》の下から火が燃え、担《かつ》ぐ石材は熱鉄の焔《ほむら》を立て、汲《く》む水も湯のような焦熱《しょうねつ》の刑場だった。 「おい、みんな」  ぶらと、武松は来て、暢気《のんき》そうに、手をうしろに組んで話しかけた。 「なんだって、昼寝もしねえで、こんな炎天に働いているのよ」 「え。昼寝だと」  囚人たちの半分は笑いだし、あとの半分は、糞《くそ》ッ腹を立てたらしく、中の一人がこういった。 「何ってやンでい。どこの米の虫か知らねえが、後生楽《ごしょうらく》な音《ね》を吹きやがって、おらたちの身になってみろい。でもナ、ここは終身牢や死刑牢とは違うから、こんな日向《ひなた》はまだ、この世の極楽だと思って、苦役の汗をしぼッてるんだ。世間並みに見やがっておつりき[#「おつりき」に傍点]なことを吐《ぬ》かしゃあがると、向う脛《ずね》を掻ッ払うぞ」  武松は、彼らの語気に、はッと気づいた。「――そうだっけ。おれもその囚人の一人だったのだ」と、何かに追っかけられたように、もとの家屋の内へ駆けこんでいた。そして奇妙な部屋の中で「……はあて? 一体おれはなんだろう?」と独り物思いに、鬱《ふさ》いでしまった。  或る晩。そして、いつもの如く。  美食と酒に倦《う》んで、寝台にゴロとしていると、例の老軍卒が、旅館《ホテル》の小僕《ボーイ》のように、おきまりの食器のとり片づけに入ってきた。 「今夜こそは」  と武松はまた、彼をつかまえて、なぜこんな破格な待遇をするのかと、彼にたずねた。 「どうも弱りますナ、都頭さん」  老軍卒は、その主人から、かたく口止めされていたらしい。しかし、武松の執拗《しつよう》な詰問に、ついにその晩は口を割った。 「じつはその……なンです……若殿のご命令では、三月か半年、時いたるまでは、わが名を明かしてはならんといわれておったんですが」 「と聞くと、なお訊きてえや。若殿とは、いったい誰ですえ?」 「いつぞや点視庁《てんしちょう》の広場で、あなたの一百棒を中止させた管営《かんえい》様のご子息ですよ」 「じゃあ、あの時、管営のそばにいた、手や頭に繃帯《ほうたい》していた美男子だね」 「左様で……。無類に剣術がお達者なので、人呼んで金眼彪《きんがんひょう》と綽名《あだな》され、ご本名を施恩《しおん》さまと仰っしゃいますんで」 「ふウむ。にらんだとおりな好漢《おとこ》だったか。だが、その若殿の施恩さんが、なんだってまた、縁もねえ一介の懲役人《ちょうえきにん》に、こんな思いもよらねえご好意を見せなさるんだろ」 「さあそのお胸は、手前どもには」 「なんの、知っているに違げえねえ。さ、ここまで話しといて後はいわねえなンて法はねえ」  すると、思わぬ方の声であった。扉《と》を排《はい》して、颯《さっ》と入って来た人がある。 「いや、そのわけは、この施恩からじかにお話しいたしましょう」 「や! あなたは」  武松は寝台から立つ。――老軍卒はあわてて食器箱を提《さ》げて立ち去って行く。 「都頭。いつぞやは、どうも」 「こちらこそ。あなたが金眼彪《きんがんひょう》施恩《しおん》さんか」 「そうです。つまらん疑念をおかけしたようで申しわけない」 「それどころか、過分な恩恵。ただ気にすまないのは、その理由が分らねえからですよ。なんのご縁もねえこの武松に」 「いや、お名はとうに存じている。また失礼だが、お人柄もこの眼で先日しかと見とどけました。そこで父の管営《かんえい》に耳打ちして、百棒も止め、そしてご休養を摂《と》るため、いささかご起居や食事にも注意を与えおいた次第です」 「ご監下《かんか》の受刑者に、休養はちとおかしいじゃございませんか。なにか他に、おめあてがあるんでござんしょう」 「じつは大いに、あなたへお願いがあるのです。あなたならではの切なるお願いの儀が」 「いったいなんです。仰っしゃってみて下さい」 「ただいま、父も連れて来て、あらためて、三拝の上、お願いすることにいたしますから」 「そんなお堅い礼儀にゃ及びません。手前、まどろッこいことア大嫌いです。手っとり早いとこ、こうだと打ち割っておくんなさい」 「では、お聞きくださいますか」  施恩は語り出した。要を得て、語るところも明晰《めいせき》だった。  ――孟州大街の東門外に、俗称、快活林《かいかつりん》という盛り場がある。  山東《さんとう》、河北《かほく》の旅商人が取引にあつまる市場、駅路《うまやじ》に隣接しているので、俗に、妓家《ぎか》千軒、旅籠《はたご》百軒といわれ、両替屋《りょうがえや》だけでさえ二、三十軒もかぞえられる。  もちろん、ばくち場は旺《さかん》だ。  大小の顔役が、それぞれ縄張《なわばり》を持ち、乾分《こぶん》を養い、旅烏の客をつかまえて、好餌《こうじ》としているが、その中で、管営《かんえい》の若殿|金眼彪《きんがんひょう》の施恩《しおん》も、一ト縄張の株を持っていた。  その株というのは、酒と肉を売る大きな店で、盛り場のまッただ中。――一には父の背景、二には彼自身の剣の腕前、三には獄営内から引っこ抜いた気の利《き》く乾分《こぶん》七、八十人。それらの条件にものをいわせて、花街一帯から、宿屋、ばくち場、両替屋出入りの客などをお花客《とくい》にして、大きな商賈《しょうこ》となっているうえ、渡り職人や、旅稼《たびかせ》ぎの女芸人にいたるまで、他国者《よそもの》が入市するには、ぜひとも、 (ここで幾月稼がせていただきます)  と、施恩の店へあいさつに出て、つけとどけをしなければ土地で働けないような仕組みになっていた。  で、その収入《みいり》は莫大なもの。少ない月でも、銀子《ぎんす》で二、三百両のあがりは欠かさない。 「はははは、そいつあちっと、良すぎますなあ」  武松は聞いてるうちに笑いだした。  しかし、施恩は、雑談も交《ま》じえず「あなたを見込んでの、事情というのは、これからで」と、いよいよもって、熱語をつづける。  流刑地のつねとして、この孟州にも、強力な一師団の兵営がある。  近ごろその軍団長の張《ちょう》という将軍が、東潞《とうろ》州から赴任してきた。さらに、その張将軍が腰巾着《こしぎんちゃく》として連れて来た男もある。  それが、あだなを蒋門神《しょうもんしん》という稀代《きたい》なのっぽ[#「のっぽ」に傍点]で、身の丈《たけ》九尺余り、槍も棒も、拳《けん》も脚もきくという凄者《すごもの》。なかんずく、角力《すもう》の上手で、本場所の泰山《たいざん》でさえ、三年間も勝ちつづけたという剛の者とあって、さあ、孟州大街でも、俄然《がぜん》、羽ブリはきかせるし、手もつけられない。 「……残念ですが」  施恩はここまで語ってくると、まだ繃帯《ほうたい》のとれないでいる額《ひたい》を抑えた。 「その蒋門神の奴に、私の縄張も店もすっかり奪《と》られてしまったのです。元よりただは渡しません。こっちも対抗しましたが、奴に立ち対《むか》われては当る者なく、私もまたこの通り、みじめ[#「みじめ」に傍点]な傷手《いたで》を受けてしまい、どうにも無念ですが、正直いって歯が立ちませぬ。そのうえ彼奴《きゃつ》には、張《ちょう》軍団長という睨みが背後にきいているしで……」 「いや分りました。おたのみの主旨は。――だけどまた、なんだって、張とかいう軍人野郎が、そんな野放図もねえ暴れン坊の贔屓《ひいき》をしているんでしょうな」 「それはもとより金の欲です。なにしろ月々二、三百両の銀子《ぎんす》が上がる店ですから」 「そうか。まず、あらまし心得ました。ご安心なせえといっておきましょう。由来、この武松の性分として、軍権をカサにきる似非《えせ》軍人、なんでも腕ずく力ずくで非道を押ッ通そうとする手輩《てあい》、そんな奴を見ると、ぐっと虫が癇《かん》をおこしてきて堪《たま》らなくなる」 「じゃあ、一|臂《ぴ》のお力を」 「貸すも貸さねえもありゃしません。蒋門神《しょうもんしん》とかいう獣《けだもの》、我慢はならねえ」  そこへ、施恩《しおん》の父の管営《かんえい》も入って来て、ともども、武松の義気に訴え、管営みずからこういった。 「伜《せがれ》も不肖《ふしょう》な者ですが、しかし金ほしさだけで、やった仕事ではありません。孟州大街には、諸州の雑多な人物も集まるので、有為《ゆうい》な男とみたら扶《たす》け、かたがた、豪侠の気風を、この地に興《おこ》さんなどの望みもあったわけなのでした。――しかるに、蒋門神のため、その素地《したじ》を蹂躪《じゅうりん》され、しかも軍権力もあるため、無念をのんでいた折です。そこへはからず高名な足下《そっか》をここに見いだして、まさに雲を撥《はら》ッて陽を見るの思いです。……どうか、長く伜をお見すてなく、弟とも思って、お叱りねがいまする」 「と、とんでもねえ。冥加《みょうが》にあまる」  武松は、低く、末座に退《さ》がって起たなかった。 「いやいや、そうでない。男は男の真価のみ、管営の若殿などと呼ばれても、施恩はまだ、しょせん、足下の片腕にも及ばん者です」 「そうです、父のいう通りです。武松どの、あなたはどうあれ、私は以後、あなたを義の兄と立ててゆきます」  施恩は、武松にむかって四拝の礼をとった。武松もおなじく礼にこたえないわけにはゆかない。  翌晩、父子はあらためて、武松をべつな館に招《しょう》じた。そして夜すがらの饗宴と歓談に更《ふ》かした。武松は、久しぶりに濶然《かつぜん》たる胸をひらいて、愉快でたまらず、大酔して蹣跚《まんさん》とした足もとを、やがて召使の手に扶《たす》けられながら、外へ出て、 「ああ、秋が近いな、銀河が見える」  やっと、自室へよろめき込み、横たわるやいな、前後不覚なていだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 蒋門神《しょうもんしん》を四ツ這《ばい》にさせて、武松、大杯の名月を飲みほす事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  あくる日、武松は若殿の施恩《しおん》とともに、さっそく孟州東門外へ出かけて行った。  が、たぶんに二日酔の気味である。途々《みちみち》小酒屋の旗を見かけると、 「ちょっと、ゆうべの迎え酒に一ト口」  と立ち寄り、また少し行っては、 「どうもいけねえ。なんだか半ちく[#「ちく」に傍点]な気分でぱっと来ねえや。もう一杯」  と、施恩やその家来下男を、外に待たせておいては、幾度となく、朝酒をひッかけ、ひッかけ、炎天を歩いた。そしてやがて午頃《ひるごろ》、孟州大街の市《いち》の人声や蝉《せみ》の声が一つにわんわん沸《わ》いている城外の辻へかかって来た。 「や、あんな所に、蒋門神の野郎が涼んでいますぜ」 「ど、どれ、どこに?」 「往来から引っ込んだ広場の柳の蔭に」 「あいつか。そして野郎が亭主になっている飲屋の店はどこなんだ?」 「あの広場の道を斜《はす》かいに抜けた所の大通りの角店《かどみせ》ですが」 「わかった。みんなは遠くに散らかって隠れていろ」  武松はただ一人となって、わざと男の休んでいる柳並木の前を通った。じろとこっちが横目で見流すと、蒋門神《しょうもんしん》も半眼で武松を見ぬ振りで見ている風だ。  なるほど恐ろしい長身《のっぽ》である。椅子《いす》に掛けて突ン出しているその両脚は人の二倍もありそうだ。面も馬面《うまづら》であり、紫ばンだ疣々《いぼいぼ》だらけな皮膚に黄色いヒゲが唇の辺を巻いている。――手には蠅払《はえはら》いの払子《ほっす》、上衣《うわぎ》も下も白麻ずくめ。何とも、底気味わるい薄眼の眼光が、武松の踵《かかと》を見送ってから、また半眠りの態《てい》に返った様子である。  こっちは武松。大通りでも一番の角店で、ひと目にもわかる繁昌らしい大酒屋へ、ずっと入って、腰かける。  午《ひる》なのでまだ客も少ない。武松は酒板に頬杖ついて、 「おいおい。兄《あ》ンちゃん。早く持って来ねえかよ早く」 「ほい」と若い給仕人が素ッ飛んで来て「何か、ご註文をうかがッてましたか」 「べら棒め。うかがわなくっても、飲屋へ入って来た客なら、酒にきまってら」 「あいすみません」すぐさま二角入りの碗《わん》になみなみと注《つ》いで来て「へい、お待ちどおさま」  武松は、ちょっと、鼻をやってみただけだった。 「おい。とり代えて来な、こんなもなあ、酒じゃあねえ」 「いけませんか」  給仕人は、上酒の甕《かめ》から、べつなのを汲んで来て、武松の鼻っ先においた。 「ぶッ……」  と、一ト口、霧に吹いて、武松は呶鳴《どな》った。 「孟州一番の酒場だなンてえ評判は嘘ッ八だな。もういちど、取り代えて来い」  すると、奥の帳場内《ちょうばうち》からこっちを睨みながら、その給仕人を呼んだ女がある。肉づきのいい雪膚《せっぷ》の腕《かいな》もあらわにむき出した羅衣軽裳《らいけいしょう》の若い女将《おかみ》で、柘榴《ざくろ》色の唇をキュッとゆがめ、金蛇《きんだ》の腕環《うでわ》のみえる手を頬の辺りにやって、さっきから虫を抑えていた風だった。 「ちッ、小癪《こしゃく》だね。だがまあ、もう一ぺん代えておやりよ。それでもゴネたら、私がつまみ出してやるから」  ところが武松。三度目の酒は、ぐうっと一ト息にほして、 「すこし、いける。おい、もう一つ」 「こんどはお気にめしましたか」 「だまって持って来い。こう、すぐおあとだよ。それから、女将《おかみ》にここへ来て、お愛相《あいそ》でもしねえかといってやれ」 「そんなことあ、いえません」 「なぜいえねえ」 「ただの酒場や料理屋とは違います。おかみさんは、蒋門神親分のお持ち物でございますからね」 「だからよ……蒋門神を呼びにやるより、そこのすべた[#「すべた」に傍点]を泣かした方が、野郎をここへ素ッ飛ばせて来る早道だろうじゃあねえか」  聞くと、帳場の女は、横の肉切り台に向って包丁《ほうちょう》をうごかしていた数名の料理人に向って、女将軍のように、往来を指さして叫んだ。 「おまえたち、あのゲジゲジを外へ、抓《つま》み出しておしまい!」  しかし、ことばも終らぬまに、武松の体は前の酒板を躍り越えていた。そして女の金蛇《きんだ》の腕環《うでわ》を取って、そこからつかみ出すやいな、土間の一隅に埋《い》けてあった三箇の大きな酒甕《さけがめ》のうちの一つへ、女将《おかみ》の体を逆《さか》しまに放《ほう》り込んでしまった。  わっと一面な酒飛沫《さかしぶき》。それとともに、渦《うず》となッた乱闘の下から、肉切り包丁やら手玉に取られた人間が三つも四つも往来へすッ飛んで行った。つづいて武松も、すばやく往来へ出て突ッ立っている。いやその前には、すでに急を知って飛んで来た蒋門神《しょうもんしん》が仁王立ちとなり、武松をにらまえて眉に憤怒の炎《ほのお》を立てていた。  蒋門神と武松との素手の格闘は、しばし辻の群集を沸きたたせた。  武松も巨漢だが、蒋門神の長身には、顎《あご》の下にもとどかない。しかし、蒋はこのところ、女色と酒にすさみきり、相手が相手だったせいもあろうが、たちまち脾腹《ひばら》に雷霆《らいてい》の一|拳《けん》は食うし、額《ひたい》にも一|蹴《しゅう》をうけてよろめき、見かけほどもなく、その精彩を欠いていた。  もっとも武松の拳法《けんぽう》“玉環《たまめぐり》”の一手や、“龍髯打雲《りゅうぜんだうん》”とか“水斬《すいざん》”の術などは、景陽岡《けいようこう》の猛虎ですら、眼を眩《まわ》したほどなもの。いかに蒋門神でも、しょせんは及ばなかったにちがいない。やがてはくたんくたんにたたまれて、呼吸《いき》もありやなし、地面にへいつくばッていた。 「おい、どうした。青大将」 「お、おそれいりました」 「ただ恐れ入るじゃあ、勘弁できねえ。おれのいう三|箇条《かじょう》を呑むなら、命だけは助けてやらあ。どうだ?」 「おっしゃっておくんなさい」 「第一は、即刻、ここの店を、元の持主の施恩《しおん》へそっくり返上いたすことだ」 「わかりました」 「第二は、盛り場の顔役全部をここに集め、大衆の前で、地にひたえをスリつけ詫《わ》びをいえ」 「おっしゃる通りにいたします」 「次には、即刻ここを立退いて、二度と孟州の盛り場に面《つら》を出すな。見つけたがさいご、その馬面《うまづら》を引ン捻《ね》じるぞ」 「へい。異存はございません」 「よし、そのままでいろ。すぐ段取りをつけてやる」  武松が手をあげて呼ぶと、物蔭にいた施恩以下の主従が、ぞろっと前へ押出してきた。  附近の顔役といえば、これは呼ぶまでもなく、騒ぎと同時に群集の中へ来ていた。すでに誰いうとなく「あれは虎退治の武松だ」「陽穀《ようこく》県で兄のあだ西門慶《せいもんけい》をころして流されてきた武都頭《ぶととう》だ」との囁《ささや》きが流れていたので、たれひとり彼の前に来て慴伏《しょうふく》しない者はない。 「ご見物のお立会、どうぞ証人となって、よくよくこのざま[#「ざま」に傍点]にお目とめておくんなさい。今日以後、非道な青大将はこの快活林《かいかつりん》の盛り場からつまみ出し、以前通り管営殿の若さん金眼彪《きんがんひょう》の施恩《しおん》がここのお店と、界隈《かいわい》の縄張りとを締めくくることになりました。……さあ、青大将、三べんお辞儀をして、とッとと何処へでも消え失せろ」  なにしろ盛り場の真昼である。物見高い上のこの騒ぎ。埃《ほこ》りの上にはどっと見物人の笑い声やら雑言が旋風《つむじ》を描いた。  このことあって以来、快活林第一の酒舗《しゅほ》といわれる角店は、また一倍の大繁昌を呼び直した。施恩が主《あるじ》に坐ったのはいうまでもなく、父の管営《かんえい》も、ときどき騎馬で景気を見にやってくる。――附近の宿屋、両替屋、ばくち場、旅芸人などからのツケ届けも以前にも増す景況だった。 「都頭《ととう》。このご恩は決して忘れるこっちゃございません。どうか、あなたも月の内半分は、ここにいて自由に何でも好きにして、お暮しなすって下さいまし」  施恩は言った。  世辞ではない。父は牢城の管営という要職にある。武松の労役は、その職権と金の力で、どうにでもさせようという意味だ。  それに負《お》ぶさる気もないが、酒は飯より好きな武松である。それに身《み》ままも出来るとあっては、ついここへ入り浸《びた》りの恰好となったのもむりはない。  いつか、風も秋めき、酒の味も、いちばん美味《うま》くなってきた一日《あるひ》のこと。 「こちらに、虎退治の武《ぶ》都頭がおいでなさいますか」  と、見事な鞍をおいた黒鹿毛《くろかげ》を一頭曳いて、二人の兵が訪ねてきた。  モールで縁《ふち》を繍《と》った草色の制服は総督府《そうとくふ》の従兵と一ト目でわかる。施恩が出て用向きを聞いてみると、 「わが張《ちょう》総督が、一度、都頭の男振りを見たいとの仰せです。即ちお召状はこれに」  と、一通の書面を差出した。裏面には、 [#1字下げ]孟州守備軍総督、張蒙方《ちょうもうほう》  という大きな角印。  施恩は、裏の小園に榻《とう》を持ち出して昼寝していた武松をゆり起して、書面を見せ、 「どうします? 使いが待っているんですが」 「総督ってえと、お父さんの上役ですね」 「父はまあ、文官ですが、牢城|監視《かんし》隊の張軍団長には、直接の上官です」 「何だか知らねえが、こち徒《と》は元々裸の流人《るにん》だ。万一管営の落度ッてなことにでもなるといけませんから、ちょっくら顔出しのつもりで行って来ましょうや」  武松は昼寝の顔を洗ってすぐ気軽に、迎えの馬に乗った。張総督邸は城内小高い風致《ふうち》のいい丘にある。  広壮な一閣のうちで、総督は彼を待ち、かつねんごろに、こういった。 「武《ぶ》都頭の名は、わが輩《はい》、かねてから聞いておった。お互いは軍人、士は士を知るというものだぞ。どうだ再び軍に返るつもりで、わが輩の身辺に仕えてみんか」  これには武松もつい乗ってしまった。悪かろうはずはない。こっちは服役中の囚人の身だ。それに管営の方へも施恩《しおん》の店へも、いいように言っておいてやる、このままいろ、といわれたのである。ここらが身の堅《かた》めどきか、そんな考えもふとわいて、 「冥利《みょうり》です。犬馬の労もいといません。どうか真面目に一人立ちのできますよう、おひきたて願いまする」  と、答えたのだった。  武松には、一つの小部屋が与えられた。私邸の奥と、総督の公式の座との中間にあり、なにくれとなく、 「武松、武松」  と呼ばれて、新参者には過ぎたほどな、朝夕の寵愛ぶりだ。  本来は彼、ここらで、はてなと思いそうなものだったが、根が情にもろく、人の愛に渇《かわ》いていた人間なのである。真底《しんそこ》、居どころを得たかのごとく、そして真人間に返らんものと、総督の靴を磨く仕事一つにも真心の光をみせていた武松であった。  早くも秋は、仲秋の一夜となった。  その夜、鴛鴦楼《えんおうろう》の台《うてな》には、仲秋の宴があった。ここのみならず、孟州の城内外の灯も、地の星と眺められる。 「武松、そちは酒好きと聞いていたが、さっぱり飲まんじゃないか。こっちへ進め」 「はっ」 「なぜ、そう固くばかりなる?」 「ご夫人から、ご一族、将校がた、歴々たる大勢さまの席などでは」 「はははは。豪傑にも似合わん卑下《ひげ》を。……これ武松、わしはそちを、一箇の義士として、世話しているつもりだ。わからんか、この情けが」 「閣下……」武松はひざまずいて、声をうるませた。キラと顔の下から月光が涙を見せた。 「ありがとうございます。おことば、身に沁《し》みまして」 「なにをメソメソ。さあ飲め」 「いただきまする」 「玉蘭《ぎょくらん》、酌《つ》いでやれ。いやいや、大丈夫たる者に、そんな小さい杯はいかん。大きいので酌《つ》いでやれ」  侍女の玉蘭が、瓶《へい》を持って側へ寄って来た。  武松は久しぶりに、それを一ト息で飲んだ。 「見事、見事」と、辺りで称《たた》える。さらに二杯三杯、眼をつむりながら、月を吸うごとく立てつづけに傾けた。 「さあ面白くなったぞ。玉蘭、ひとつおまえの故郷《くに》の歌謡《かよう》でも舞うて見せんか」  この玉蘭とは、おそらくは閣下ご秘蔵のお小間使をかねた愛妾にちがいあるまい。 「はい」  といって、すぐ月の楼台《うてな》の中央に立った。  襞《ひだ》のある桃色の裳袴《もばかま》には銀モールの縁繍《ふちぬ》いが取ってあり、耳環《みみわ》の翡翠《ひすい》はともかく、首飾りの紅玉《こうぎょく》やら金腕環《きんうでわ》など、どこか中央|亜細亜《アジア》の輸入風俗の香がつよい。いや女の白い皮膚とか眸など、はるか西域《せいいき》を越えて買われて来た白色人系らしい女奴隷《めどれい》の血がはっきりしていた。  しかし、やがて彼女が歌い出したのは、やはりこの国の詩人|蘇東坡《そとうば》の一詩を俗歌とした一トふしで、 [#ここから2字下げ] 君、いつの世よりか、世にありと 酒まいらせて み空に、問わん 玉のみや居に、玉のきぬ 高きあたりは寒からん 君、いくとせにましますか そのかんばせに 老いを見るなく たち舞えば、いつも若やぐ雲の裳《も》の 人の世の君とは 似つも、似ざりけり [#ここで字下げ終わり]  彼女の歌と踊りにつれて、彼女の両の掌《て》に握られていた象板《カスタネット》[#1段階小さな文字](よつだけ)[#小さな文字終わり]の活発な音階が、その足踏みを弾《はず》ませていた。細腰《さいよう》は風に旋《めぐ》り、鳳簪《かんざし》は月光にかがやき、しばらくは、仲秋の天地、虫の音までが彼女の舞にその鳴りをひそめてしまった風情《ふぜい》だった。  とつぜん、醒《さ》めたように、一同の拍手がおこる。  終るやいな玉蘭《ぎょくらん》は、お辞儀を一つして、飛鳥のように侍女の群れの中へ逃げ込みかけた。 「待て待て、玉蘭――」と、張《ちょう》総督は呼びとめて「ついでに、みなの杯へ、酒をついで廻るがいい。武松にも、もっとすすめてやれい」  武松は、あわてて、 「いやもう、てまえは」 「はははは、嘘を申せ。それしきで酔う武松とは聞いていないぞ。どうじゃ武松」 「はっ」 「気に入ったか」 「なにがでございますか」 「もし玉蘭が好きになったら、行く末、そちの妻に娶合《めあわ》せてつかわすぞ」 「滅相《めっそう》もない」  彼の言い方が、余り真剣だったので、あたりの者は、どっと笑った。その笑い声で、武松もいちどに酔を発した顔つきだった。あわれやこの正直者、みなの肴《さかな》にされているとも知らず、玉蘭がおもしろがって強《し》いるままに、なおも大杯を何度となく吸い干してみせた。  歓楽終って、月も傾き、人もすべて眠りに入った。彼は自分の小部屋で前後不覚に横たわっていたが、ふと目がさめた。――奥の方で、きれいな声が、一ト叫び、 「泥棒ッ……」  と、聞えたからだ。  がばと、武松は刎《は》ね起きた。彼の主人思いな良心は、聞きのがしをゆるさない。長い廊を一足跳びに馳けて行った。すると奥庭の欄《らん》の階段《きざはし》に、玉蘭が倒れていた。玉蘭は指さして、 「あっちです。曲者《しれもの》は。……早く行って」  と、息も絶え絶えにせきたてる。  武松は身を転じて、大庭の暗い松林の中へ走りこんだ。とたんに、もんどり打ッたのは、蜘蛛手《くもで》に張ってあった罠《わな》の一|条《すじ》に足もとをすくわれたものらしい。起き上がるまもなく、無数の衛兵に圧《お》しつぶされ、うむ[#「うむ」に傍点]もいわせず、高手小手に縛《くく》られていたのであった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 城鼓《じょうこ》の乱打は枯葉を巻き、武行者《ぶぎょうじゃ》 は七尺の身を天涯《てんがい》へ托《たく》し行くこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  一夜のうちに、観月の楼台《うてな》の夢は、暗湿《あんしつ》な奈落《ならく》の穴の、現実と変った。  ここは孟州《もうしゅう》奉行所の地下牢か。  すべて、いまだに、武松《ぶしょう》自身には、不可解千万だったが、ぶち込まれるさい、奉行から読み聞かせられた罪状はなんとも心外で忘れえない。 [#ここから2字下げ]  其方《ソノホウ》コト。  日頃、総督ノ愛顧《アイコ》ニ狎《ナ》レテ、トカク盗ミヲ働キ、ソノ贜品《ゾウヒン》ヲ、自己ノ小僕部屋ニ匿《カク》シオキ、十五日夜半モ又、夫人ノ深窓ヨリ金銀珠玉ヲ盗マントシテ、ツイニ衛兵ノ手ニ縛《バク》サレタリ  重罪ノ上、更ニコノ重科ヲ重ネタルカド、尋常ニ非ズ、中央ノ処断ヲ待ツノ間、土牢ヲ申シ付ク [#ここで字下げ終わり] 「やっぱりおれは騙《だま》されていたのか? ……だが、張《ちょう》総督にも、あの女にも、おれは何の恨みもうけている覚えはねえが」  彼はもがいた。こんな犬死はしたくねえ! よしっ、隙《すき》を見て、破牢してやる!  ところが、四十日ほどするうち、牢屋あずかりの康与力《こうよりき》が、ある折、彼にささやいた。 「じつあ、牢城の管営《かんえい》と、施恩《しおん》さんの父子が、蔭ながら、たいそうお前さんの身を案じていなさる」と前提《まえおき》して、 「じつは蔭では内々、要路要路の役人たちへ、何百両とも知れないほどな賄賂《もの》をばら撒《ま》き、なんとか、お前さんの身を助け出そうとしていなさるんだがいかんせん、相手が総督ときちゃあ、これに立ち向う者はねえ。……だが、くれぐれも短気を出してくれるなというお言伝《ことづ》てだったぜ。よろしかね、武都頭《ぶととう》」 「ありがとうござんす。……ああ、そんな人の情けにはほろりとするが……しかし与力さん、いったい、総督はなんであっしをこんな冤罪《むじつ》の罠《わな》に陥《おと》したものでございますかえ」 「そりゃあ、知れているじゃないか。張蒙方《ちょうもうほう》総督と、その配下の張軍団長とは、同姓の一族だぜ」 「はてね? どうもよく分らねえが」 「おまえさんが快活林《かいかつりん》の盛り場で、こッぴどい目にあわせた蒋門神《しょうもんしん》は、張《ちょう》軍団長がこの土地へ赴任して来たときに連れて来た腰巾着《こしぎんちゃく》だッてことぐらいは知っているだろ」 「へえ。そして」 「だからよ、その蒋門神が、あそこの大きな角店《かどみせ》と、盛り場一帯の縄張りを、施恩から奪い取っていたからこそ、その顔で日々|莫大《ばくだい》な日銭もあがり、その悪銭の何割かが軍閥《ぐんばつ》一家の張家の内ぶところへも、たんまり廻っていたものだ。……よしかね、考えてもみるがいい。……向うにすれば、大事な金ヅルの水の手を、一囚人の武松如きに断《た》たれたんだから、戦法の巻き返しとして、今度はおまえさんの生命《いのち》を断ちにかかったわけだよ」  こう聞かされ、初めて、 「おれは、馬鹿だった」  武松は独り頭を叩いた。  けれど、施恩父子の情誼《じょうぎ》を聞けば、まんざらこの世も見捨ては出来ない。――ともあれ、父子の温情にたいしてもと、彼は、破牢の自暴《やけ》くそだけは思いとまった。そしてどうなる運命か、まっ暗なまま、まっ暗な明日をむなしく待っていた。  ところが、康《こう》の親切や差入れ物も、やがてぷッつり絶えてしまった。総督方の監視《かんし》は水も洩《も》らさぬ手を打って、それを出来なくしていたらしい。――そして程なく、武松の身柄《みがら》は、この地からさらに遠い、  恩州牢城送り、  となって、即日、腰グサリ首かせ[#「かせ」に傍点]の身を、二人の獄役人の手で押送《おうそう》されて行ったのだった。 「はてな、なんでわざわざ、そんな遠くへ俺を持って行って処刑するのか?」  武松には変なと疑われても、総督側にすれば、いうまでもない外聞《がいぶん》のためだったろう。蒋門神の人気は悪い。その無頼漢の肩持ちと世間に見えては、張《ちょう》軍閥一家の威信にかかわる。  果たせるかな、その底意は、孟州を離れて三日目の街道で、はや兆《きざ》しが見えた。――途中から後になり先になりして、護送の武松を尾《つ》けて来るうさん[#「うさん」に傍点]臭い三名の剣客風の男があった。 「……ははあん、おいでなすったな」  いくら鈍《どん》な武松にでも、その三名の殺気満々な眼つきには、すぐこう気づかずにいられないものがある。  その夕、飛雲浦《ひうんぽ》の江頭にかかった時である。武松はとつぜん駄々ッ子みたいに体を揉《も》んで屈《かが》まッた。 「も、もう、いけねえ、こらえられねえ……お役人、小便がしたくなった。ちょっと、手錠《てじょう》だけゆるめてくれ」 「なに、尿《いばり》がしたいと」  護送役人は目くばせしあった。時はたそがれ、所は蕭々《しょうしょう》たる江のほとり。わざと二人は鎖を追って、下は不気味な深い瀞《とろ》と見える崖ぷちへ連れて行った。 「……アア、いい気もち!」  武松が用をすましたか否かの一瞬である。一|颯《さつ》の剣光がサッと彼の影をかすめた。と見えたと思うとドブンと瀞《とろ》の水面に飛沫《しぶき》が上がり、つづいてもう一人は彼の足蹴を食って、 「あっ――」  と、後ろの役人と共仆《ともだお》れによろめいていた。 「見損なうな! 俺を」  一|喝《かつ》、朱をそそいで太く膨《ふく》らませた武松の喉《のど》首から、ぱんと首カセの蝶番《ちょうつが》いが刎《は》ね、喉輪《のどわ》の邪魔物は、二ツになって飛んでいた。  わっと、逃げる役人を、両の手につかんで、江のうちへ叩き込み、さらにもう一名の刺客《しかく》へ追ッついて、 「野郎っ」  と、どなった。その声だけで、男は意気地もなくヘナヘナと腰をついて、 「都頭っ、命だけは」  と、地に這って拝んだ。  刺客《しかく》三人は、蒋門神の弟子だと分った。武松はその男を裸にさせた。そして自身の獄衣を脱ぎ、そっくり着がえて、男の持っていた大きな野太刀まで召上げてから、 「てめえ一人が無事で帰っちゃ、仲間の義理が欠けるだろう。生き死には、水神《すいじん》様に相談してみろ」  と、それも一ト抓《つま》みにして、江の急流へ投げ飛ばした。  かくてまた、二日二た晩を、元の孟州へ馳けもどった武松は、おそらくは憤怒のあまり復讐の鬼と化していたものにちがいない。着いたその晩、総督邸の深くへ忍びこんでいた。――とも知らず、当夜もまた、鴛鴦楼《えんおうろう》の灯は歓宴《かんえん》のさざめきに星空の更《ふ》くるを忘れ、玉蘭の象板《カスタネット》が「王昭君」を歌っていた。  いやなお、その内輪だけの集《つど》いには、いつぞや仲秋の宴にはここにいなかった蒋門神のがらがら声や、また、張家《ちょうけ》の同族、張軍団長の豪傑笑いも交《ま》じっていた。  まだ暁《あけ》の星も淡い五更《よあけ》の頃。  孟州四つ城門の太鼓が、時ならぬじぶんなのに、いつにない乱打調子で鳴りぬいた。 「なんだろう? 刻《とき》の太鼓でもないらしいが」  街の者は、外へ飛び出して見るなり、すわ暴動か、戦争かと、仰天したほどだった。総督邸を中心に、ひきも切らない早馬がどこかへ飛ぶ。辻々には兵隊が立つ。――顔いろを変えた牢城役人や奉行が、馬にムチ打って、官邸の方へ馳《か》けてゆく。  そのうちに、はや午《ひる》[#ルビの「ひる」は底本では「ひろ」]ごろ。 「わっ、大変の何のッて」  と、官邸の馬院《うまや》にいる馬丁や小者らの口から街の耳へも、真相が伝わっていった。  ゆうべの深更、宴が終ってからのこと。――張総督の夫妻から、小間使の玉蘭、そして客の張軍団長、蒋門神などの五人が、楼台の下や、廊の口や、室などで、すべて野太刀のごとき兇器で斬り殺されていたのが、わずか一|刻《とき》の後に発見され、すわと、大騒ぎになったものの、すでに犯人の影もみえず、ただ官邸の白壁に血しおをもって、 [#1字下げ]是《コレ》ニ来《キタ》ッテ是《コレ》ヲ為《ナ》セルハ打虎武松也《ダコノブショウナリ》  と、書いてあった、というのである。 「ひぇっ……。よくもまあ大胆な」  噂は、醒《さ》めぬ悪夢のように孟州城内を暗くした。以後幾日かは、城外盛り場の灯すらともらず、沼のような凄気《せいき》が昼も冷たく吹いていた。  なにしろ、これは一地方の行政では到底処理もつくまい。総督、軍団長の横死とあっては、中央政府の威信にもかかわろう。そして当座たちまち、武松の人相書、生地年齢、罪歴などとともに逮捕《たいほ》の官令が、諸道諸県へわたってひろく配布されたようではあるが、しかし犯人武松の足蹟《そくせき》には、かいもく何のつかむところもなく、ただ、血まなこな狂奔《きょうほん》にくれていた密偵群の網の目にも皆目《かいもく》行方知れずであった。  では、当の武松はどこにいたか。  その間《かん》、彼が身を匿《かくま》ってもらっていたのは、かの十|字《じ》坡《は》の一軒家だった。――とだけでは、読者もはや思い出せないかもしれぬが、そもそも、武松が孟州《もうしゅう》入りの前日に義を結んで別れた例の峠茶屋の夫婦者――菜園子《さいえんし》の張青《ちょうせい》と、その女房、母夜叉《ぼやしゃ》ノ孫二娘《そんじじょう》にわけを打明けて、身を潜《ひそ》めていたのである。 「それ見なッせい。あのとき、おれたち夫婦ですすめたように、二龍山へ突ッ奔《ぱし》ってしまえば、よもや、こんなことにはならなかったろうによ!」  張青は嘆じたが、武松もおのれの馬鹿を知ってるように薄く笑った。 「だが兄弟、男は後悔しねえもんだ」  そのうち、街へ放《はな》っておいた張青の子分が、報《し》らせに帰って来た。 「いやもう、いまだに城内外は、しらみつぶしの探索騒ぎだ。高札《こうさつ》はいたる所だし、一町五軒の五人組、十人組の町目付《まちめつけ》が出来、万一犯人を知って、届け出ぬ者は、町中同罪の触《ふ》れ廻しでさ。その代り、武松の足どりを告げた者には、三千貫の賞金をくれると、奉行所の触れが、今日、出たばかりでございましたぜ」 「こいつアいけねえ」と張青は舌打ちして「そろそろ、ここも峠の一軒と、安心しちゃいられそうもねえ」  と、その日武松へあらたまって、再度、二龍山落ちを切にすすめた。  じつは、武松もすでに、その気ではあったらしい。 「じゃあ一つ、おそれいるが、その二龍山|宝珠寺《ほうじゅじ》にいるっていう花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》と青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》ってえお人へあてて、一本、添え状を書いちゃくれませんか」 「おやすいこった。しかし、その身装《みなり》じゃ、道中のほどもおぼつかないな」 「では、どうしたらいいってえのか」 「お怒ンなすっちゃいけませんぜ。いっそ頭陀《ずだ》[#1段階小さな文字](蓄髪僧ノ事、行者トモ呼ブ)[#小さな文字終わり]におなんなさいよ」 「なるほど」 「ずっと以前、ここで殺《あや》めた一人の頭陀の衣、帯、兜巾《ときん》[#1段階小さな文字](細がねの鉢巻)[#小さな文字終わり]、度牒《かんさつ》。それに人間の白骨を玉として百八粒の数珠《じゅず》とした一ト掛まで、ちょうど、今日のためのように、そっくり仕舞いこんである」  すると、女房の母夜叉も言った。 「そうそう、それにまだ、凄く切れ味のよさそうな鮫鞘《さめざや》の戒刀《かいとう》までがありますしね。……そして行者《ぎょうじゃ》作りに、髪も切りそろえ、額《ひたい》の金印[#1段階小さな文字](いれずみ)[#小さな文字終わり]のとこは、前髪でかくし、もっと念入りに、小さい膏薬《こうやく》でも貼《は》っておけば、おそらく、ちょっとやそっとじゃ、お尋ね者の武松さんとは見えますまい」  張青は手を打って、 「よく言った。さっそく、髪を剪《き》って、切下げにして上げるがいい」  その夜から翌《あく》る日は、こっそり山家の内の別れの酒。張青はくれぐれ言った。 「人に意見がいえる柄《がら》じゃあねえが、どうか酒の上は慎《つつし》んで、せっかくな出家姿の尻《し》ッ尾《ぽ》を人中で出さないように気をつけておくんなさいよ。それに兄貴は、馬鹿正直に人のことばを信じすぎる。その辺も、どうか要心に要心して」 「ありがとうよ。骨身にこたえる」  草鞋《わらじ》をはいて、ここを立つのも、わざと夕方をえらんで立った。折ふし、頃はすでに十月の短か日。落ちかける薄ら陽の林から舞いとぶ落葉が、振り返り振り返り行く、白い行者姿を横に吹いていた。  音に聞く蜈蚣峰《ごこうほう》の晩秋もうしろに越えて、道は青州《せいしゅう》二龍山の方へと、一日一日、近づく冬の歩みとともに、二十日余りを重ねていた。 「ううっ……。めっきり寒くなったぞ」  その日、武行者《ぶぎょうじゃ》は一軒の山里の小酒屋にとびこんで、思わず、赤子《あかご》が乳を求めるように呼んでいた。 「亭主、熱いとこを一本飲ませてくんな」 「行者《ぎょうじゃ》どん。濁酒《どぶろく》ですかえ」 「うんにゃ、上酒がいいね。それと肉のうまいとこを二|斤《きん》ほど」 「そいつあ、おあいにくさまです。どぶろくのほかはございませんよ」 「肉もか」 「煮しめ[#「しめ」に傍点]の一皿もさし上げましょうか」  武行者は、おもしろくない顔で独酌《どくしゃく》をやっていた。とかく張青の意見があたまにある。この虫がいけないンだな、と思いながら飲む酒なのでよけいに何かホロ苦い。 「オオこれはこれは、いらっしゃいまし」  急に愛相《あいそ》変りな亭主の声に、ひょいと入口を見ると土地《ところ》の者か三、四人連れ。  わけて一トきわ目立ったのは年二十四、五の白面の少年郎《わかもの》。まだ女ずれもしてない美丈夫で、身のたけ七尺ほど、紅花頭巾《こうかずきん》に緑戦袍《りょくせんぽう》を着、金革《きんかく》の帯には長やかな太刀一と腰、にこやかに卓へ寄るなり、 「友達をつれて来たよ。ご亭主、誂《あつら》えといた料理は出来ているだろうね」 「へい、へい。羊も鶏も、今日のはまた、すばらしい上肉でございますから、どうぞまあ、ごゆっくりと」  彼らの卓は、たちまち、次々と運び出される佳肴《かこう》で埋まった。うま煮、焼肉、丸揚げ、菜汁、果盆《かぼん》。こなたの武行者が、ちらちら横目で見たぐらいでは、品数もかぞえきれない。 「おもしろくねえな……。おい亭主、ここへもう一本」 「へい、どぶろくのお代りで」 「ばかアいえ、そっちにある青花《せいか》模様の酒甕《さけがめ》のを、おれにも二|角《かく》ほど貰おうか」 「これはいけません」 「なぜ、いけねえ?」 「だって、こちらの若旦那様からお預かりしといたのを、封を切ったわけでして」 「嘘をいえ、肉の一片も俺には出さねえところを見ると、俺を銭《ぜに》なしのうらぶれ行者と思やがって、出し惜しみをしていやがるな」 「困りますね、言いがかりをおつけなすッちゃ。そんなに、喉《のど》が鳴るなら、よそへ行って、どんな上甕《じょうがめ》の飛び切りでもなんでも飲むがいい」 「なにを」  軽く撲《なぐ》ッたつもりだったが、なにしろ武松の掌《て》のひらである。亭主は顔をかかえながら、横ッ飛びに、彼方《かなた》の四人の卓へぶつかって、ひッくりかえった。  怒ったのは、卓の主人役をしていた紅帽青襟《こうぼうせいきん》の少年郎《わかもの》だった。ぬっと立って、 「君。戸外《おもて》へ出給え」 「よしっ、出てやる」  躍り出た二人はすでに、二羽の闘鶏《とうけい》が、逆羽《さかば》を立てて、戦意を研《と》ぎ合う姿だった。 「――行者。出家ハ瞋《イカ》ルベカラズ、マタ、貪欲ナルベカラズ――とか聞いてるが」 「洒落《しゃら》くせえ、うぬはこの村の青二才か」 「大きなお世話だ。察するところ、きさまは出家の道も恥も知らぬ偽《にせ》行者だな」  偽行者か、との一言には、武松をドキとさせたものがあったに相違ない。彼の手はほとんど無意識に戒刀の柄《つか》へ走った。  しかし、もっと迅《はや》かったのは、少年郎《わかもの》の姿だった。飛燕《ひえん》の業《わざ》といってよい。武松の柄《つか》の手をばッと間髪に蹴上げていた。 「やったな、味を」  武行者は、肘《ひじ》を蹴られて、かえって相手の力量の程度をすぐ察知したかのようだった。戒刀にはおよばない。そして敢て、素手を示しつつ身をすすませた。ばッと格闘の卍《まんじ》がおこる。少年郎《わかもの》の巨体が大地へ叩きつけられ、刎《は》ね起きたが、また投げられ、ついに武行者の下となって、その鉄拳《てっけん》の乱打にウもスもいわなくなった。 「美《い》い男《おとこ》! 顔を洗って出直して来い」  武行者は、少年郎《わかもの》の革帯《かわおび》をつかんで、酒屋の前の谷川へ抛《ほう》り投げた。連れの三人は青くなって「――若旦那ッ」とばかり崖の下へ向って、その体を拾いに行った。 「わははは。まるでこの行者に、お布施《ふせ》を授けてくれたようなもンだ」  武行者は、店へ入るやいな、かの垂涎《すいぜん》三尺の眺めにたえなかった青花模様の上酒甕《じょうがめ》を抱え込んで大いに笑った。そして羨望《せんぼう》の甘露をごくんごくんと飲みはじめ、またたくうちに空ッぽにしてしまった。  のみならず、そこらの肉を腹いッぱい平らげた上、腰を抜かしている亭主を尻目に、 「ああ、いい気分、冬も忘れる……」  蹌々踉々《そうそうろうろう》、村道を風に吹かれて歩み、一つの桟橋《かけはし》の向うから、谷川ぞいの道を、のぼりまた降り、いつか夜はとっぷりとなったのも忘れ顔に、鼻唄で歩いた。 「おや、行き止まりか? はてな」  戻ろうとしたのは、やたらに鹿柴《ろくさい》みたいな枯れ木や竹が道をふさいでいたからだった。ところが、ちょいとまごつくと、縄やら何やらがすぐ足を取る。大酔していたせいもあろう。武行者は二度も三度も谷水の汀《なぎさ》にすべってズブ濡れになった。冬十一月の寒冷な谷水、さすがの酔も、ぶるッと一瞬に醒《さ》めかけた。  すると、頭の上でガサゴソしていた無数の人影の気配が、いちどに笑って、 「まるで鯰《なまず》が酒を食らったようだ」 「もう足掻《あが》きはつくめえ。足掻いたところで逃げ道はねえしよ」  と、言い囃《はや》している風だった。  あとで思えば、桟橋《かけはし》を渡って東へ行くべき本道に偽装垣《ぎそうがき》が作られていたため、酔眼|朦朧《もうろう》、いつも村人が猪《しし》を追い込む猪落し穴の横道へ誘い込まれていたものらしい。  口笛がつんざく。松明《たいまつ》が集まって来る。  やがて無慮《むりょ》七、八十人もの荘丁《いえのこ》や百姓たちが、思い思いな得物《えもの》を手に、武行者の体を、猪捕《ししと》り手だて[#「手だて」に傍点]で押っ取り囲んだ。いかんせん、醒《さ》めたとはいえ、泥酔の果てである。井桁《いげた》に結んだ丸太|担架《たんか》に五体をくくしつけられた武行者の体は、かつて彼自身が景陽岡《けいようこう》でしとめ[#「しとめ」に傍点]た大虎そッくりな恰好にされ、わッしょわッしょと村の地主屋敷の門内へと担《かつ》ぎ込まれて行ったのだった。 「兄さん、首尾よく捕まえてくれたそうですね、いや私は面目ないが」  地主屋敷の門へ、いま、こう言いながら帰って来たのは、最前、武行者に谷川|崖《がけ》へ投げ込まれた例の白面の少年郎《わかもの》だった。  対するは、その兄か。  苦みばしった面ざしの、これも眉目|秀《ひい》でた大男で、 「だからまだ、お互い、修行は足らんといっているのさ。おまえにとっては、いい経験だったよ。凄い行者もあったもんだ」 「して、どうしました、あの怪行者は」 「庭の槐《えんじゅ》にふん縛ッておいた。半ば昏々《こんこん》として、何かぶつくさ言っている」 「どんな文句を吐《ほ》ざくのか、ひとつ聞いてやりましょう。おい誰か、籐《とう》の鞭《むち》を持って来い」  一人の荘丁《いえのこ》の手から、それを受けとった兄弟の者は、大庭の西にある槐の大木の下へつかつか寄って、やがて四、五|打《だ》の籐《とう》の唸《うな》りと罵声《ばせい》を、武行者の上にあびせかけていた。 「……あ、ご兄弟」  すると、書院とおぼしき一亭の前から呼びとめる人があった。静かに、散歩でもするような足どりで、側へ来て、 「ま、およしなさい。ご自身そんな手くだしは、つまらんではありませんか」 「いや先生。こいつ捨ておけん曲者《しれもの》ですぜ。村のしめし[#「しめし」に傍点]のためにもです」 「聞きましたよ、委細のいきさつは。けれど人間、せつなの感情では、時に思慮を欠くことはお互いにもありますからな。ましてご舎弟《しゃてい》を屈伏させた腕前もあるほどな男と聞いては、どこに見どころがあるかもしれない」 「じゃあ、助けろと、仰っしゃるんで?」 「もしまた、真の悪党だったら、どんなにでもなさるがいい。だが一応は、私に篤《とく》とその人間を見させて下さらんか。私が糺《ただ》してみる」 「おお、ごらんなさい。弟、松明《たいまつ》を」 「いやどうも、お手数、おそれいる」  こういって、槐《えんじゅ》の根がたへ、屈《かが》み加減に身を寄せた人は、ここの家人ではないらしい。しかも兄弟が尊敬している客と見えた。 「はてな」  と、その客は、兄弟を振り向いていった。 「行者の額《ひたい》の膏薬《こうやく》は、どうもわざ[#「わざ」に傍点]とな面霞《つらがすみ》か、金印[#1段階小さな文字](いれずみ)[#小さな文字終わり]隠しによくやる手かも知れません。ひとつ、引ッ剥《ぱ》がして見て下さらんか」 「されば、私たちもさっきから、そう睨んで脱《と》ってやろうとしたんですが、歯を剥《む》いたり、首を捻《ね》じ伏せたり、どうしても脱《と》らせません」 「むむ、無理に見るにも及ぶまい。肩の肌に残っている背打ちの傷痕も、まちがいなく罪囚の持っているものだ。しかし……?」と言いつつ、槐《えんじゅ》の根を向うへ廻って、行者の面貌を見ようとした。すると武松はまたすぐ、逆に、こっちへ顔を捻じ曲げて、あくまで見さだめさせまいとする。 「ふふふふ。見かけによらぬ、未練な男だ」  と、その人は、軽侮と愍笑《びんしょう》を交《ま》ぜて言った。その言に、むッとしたか、突如、吼《ほ》えるように、 「なにッ」  武松は顔を振りあげて、上から覗《のぞ》きこむ顔を、はッたと、睨みすえたのだった。そして、そのまま異様なまでに、彼のらんらんたる双眸《そうぼう》は、次第に雨雲のような掻き曇りを見せ、あわや、この不敵無双な男が、いまにも泣き出すかと思われるばかりに顔のすじをひッつらせた。 「……おおほ! ……おうっ。あ、あなたは」 「武二郎か。……」  その人の弾《はず》んだ声は、半ばで切れて、あとは声高に、兄弟の者へ、さいそくしていた。 「すぐ縄を解いてやってくれ、心からいたわってやってくれ。これは私の弟分だ」 「げっ。先生の弟分でございますって」 「されば、この辺へも、お尋ね書《がき》が廻っていたからご存知だろうが打虎《だこ》武松だ。景陽岡《けいようこう》で猛虎をなぐり殺したあの男さ」  驚いたのは、兄弟の者であるが、この兄弟とて、ただの山家地主の息子とも見えず、ましてここの一書院に閑居しながら、いまや世間に身もおくところなき行者武松をよく知って、わが弟分と呼ぶこの客こそは、一体いかなる素姓《すじょう》の人であったのだろうか。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 緑林《りょくりん》の徒《と》も真人《しんじん》は啖《くら》わぬ事。 ならびに、危なかった女轎《おんなかご》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  めったに自分を見限るなかれ、である。寸前の運命が分らないのと同様に、寸後の転換だってまた測《はか》り知れないことは往々《おうおう》といっていい。  今夜の武松がそれだった。  一刻後の彼は、縄目の死地から俄《にわか》にその家《や》の客院の客としてあがめられていた。浴室で負傷の箇所には手当をうけ、また肌着《はだぎ》や衣帯《いたい》なども、すべて新しいのとかえられていた。 「ここで先生にお目にかかろうとは?」  武松は何度となくいって、人の世の流転邂逅《るてんかいこう》の奇に浩嘆《こうたん》を発するのだった。  彼を見て「――これは自分の弟分だ」と驚き、すぐこの家の兄弟に命じて、彼の縄を解かせた人は、じつに故郷|鄆城県《うんじょうけん》の宋家村《そうかそん》を立退《たちの》いた以後その消息を世に絶っていた宋押司《そうおうし》――かの及時雨《きゅうじう》宋江《そうこう》だったのだ。  かつて武松とは、妙なことで、お互いに忘れがたい印象をのこし、しかもその場で兄弟の約までむすんでいた。  あれは滄州《そうしゅう》の小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》の屋敷だった。故郷を落ちて、そこの客となった宋江が、邸内の暗い廊下を行き迷って、瘧病《おこりや》みの男の足を踏ンづけて呶鳴られたことがある。  それが武松だったのだ。  あるじの柴進《さいしん》のとりなしで、その晩、杯をともにしまた数日をともに送って、じつに愉快な男であることを知ったが、その武松はまもなく兄を慕って、旅へ去って行った。しかし以後もしばしば、武松の名はいろんな事件で江湖《せけん》に高くなり、「――あいかわらず、やっているな」と、離れてはいてもその噂だけは、宋江もつねに耳にしていたのである。 「だがその武松に、この白虎山の孔家《こうけ》で巡り会おうとは?」  と、宋江もよほど今夜は驚倒した容子《ようす》であった。いや、もっとびっくりしたのは、二人の関係と、武松その人を、目の前に見て初めてそれと知った孔家《こうけ》の若い兄弟で、 「先生。どうか武松殿にあやまって下さい。まったく夢にも気がつかず、とんでもないご無礼をしてしまい、お詫《わ》びのことばもありません」  と、九拝百拝、ただただ恐懼《きょうく》してやまなかった。 「しかたがない、お互いは神ならぬ身」と宋江は仲をとって、 「――武松、これからはこれを縁に、親しく義を交《か》わして行くがいい。こちらは白虎山の由緒《よし》ある旧家で、昼、おぬしが村の居酒屋で出会ったのはご舎弟のほうで独火星の孔亮《こうりょう》とよばれ、そちらはご総領の毛頭星の孔明《こうめい》と仰っしゃるお方だ」 「これは……」と、武松もへりくだって、床にひざまずこうとすると、兄弟は双方から彼の手を取って、 「とんでもない。どうか上座にいてください。打虎《だこ》武松のご高名は雷のごとしで、義に強い数々《かずかず》なお噂も夙《つと》に伺《うかが》っております」  と、下にもおかず、やがて孔家の老主まで出て来て、もてなしの善美をつくした。  かくて武松は孔家《こうけ》にひきとめられていること一週日ほどのうち、宋江も近くこの家の客分を辞して他県へ移るつもりだという身の上を聞かせられた。 「じつはその後、故郷における私の詮議《せんぎ》もだいぶほとぼりがさめたので、弟の宋清《そうせい》はいま、宋家村の家へ帰っています」  そう前提して、宋江は意中を語った。 「……で、その弟宋清からは折々の便りを手にしているわけだが、この県の清風鎮《せいふうちん》の長官で小李広《しょうりこう》花栄《かえい》という人物がある。その者からぜひとも私に清風鎮へ来てくれという勧《すす》めなのです。かねて旧知の縁でもあり、余りに切なすすめなので、孔家へもわけを告げて、近日そちらへ出向くつもりでいるのだが」 「先生、よけいなことをお訊ねしますが、こちらの孔家はそれでいいんですか」 「ム。孔亮《こうりょう》、孔明の兄弟へは、いささか剣法や兵学などをここで教授していた次第だが、この師匠が持っているものは、あらかた教えおわっている。……どうだな武松、おぬしも私と一しょに、道をかえて、その清風鎮へ行ってみないか」 「いや、よしましょう」 「なぜ」 「先生のつい犯した過失同様な女殺しの科《とが》とは違って、この武松のやった罪科《つみとが》は、血の池、針の山を追われる地獄のようなもんです。あなたに巻き添えを食わせては申しわけない。――そのうちに天下|大赦《たいしゃ》の日でも来たら、晴れてまた、お目にかかろうじゃありませんか」 「じゃあ君にも、いつかはお上《かみ》に帰順して、まじめな良民になりたいという希望はあるんだな」 「それやあ先生、だれにだって、そういう希《ねが》いはありますよ。ところがその希いを逆にひン曲げて、悪へ悪へとこち[#「こち」に傍点]徒《と》を追い込むようなのが今の宋朝の官人どもではありませんかね」 「いや悪吏は跋扈《ばっこ》しているが良吏だっているにはいるのだ。君に一点の耿心《こうしん》さえあればいつか天のおたすけもあろう。悪い治世もそうそう長くは続くまいからな」  宋江は言った。こんな境遇にさすらいつつも、依然彼は彼らしい君子《くんし》の風《ふう》を失っていない。  それから五日ほど後、孔家では旅立つ二人のために、一家挙げての惜別の宴がひらかれた。老主から兄弟までが、なんとかして引き留めようと努めたのはもちろんだが「またのご縁をたのしみ」という強《た》っての辞意に諦《あきら》めのほかなく、衣服|銀子《ぎんす》などの餞別《はなむけ》を積んで、この歓送宴となったものだった。  さらに孔明、孔亮の兄弟は、荘丁《いえのこ》を連れて、二人の立つ道を二十里も送って行った。そして、別れにのぞんでは、 「いつかまた、再会の日の来るのを祈っています」  と、振り返り振り返りあとへ帰った。  さて、道連れは、二人きりとなったが、武松の目的地は二龍山だし、宋江は清風鎮へ行く身なので、 「二人もまた、やがてすぐ西と東だな」  と、壮士の腸《はらわた》も淋しげに、相かえりみて微笑しあった。  数日の後、とある田舎《いなか》町に着いた。土地名《ところな》を訊いてみれば瑞龍鎮《ずいりゅうちん》。  ついでに、二龍山はどっち? 清風鎮《せいふうちん》へはどう行くか? とたずねてみると、 「ここはちょうど追分で、町端《まちはず》れから西へ遥かに行けば二龍山。東の道を行って、清風山を越えれば、峠向うはすぐ清風鎮の官城が見える街ですよ」  とのことだった。 「さあいよいよお別れだな」  二人は居酒屋で、小酌を汲《く》んで惜しんだ。  その杯を持つにつけ、宋江は武松の度《ど》に過ぎた従来の義憤と暴勇が、大半みんな酒の業《わざ》するところと見て憂《うれ》えていたので、 「君、酒は愛して飲むべしだよ。くれぐれも酒に呑まれて、可惜《あたら》、好漢《おとこ》を滅茶苦茶にしてくれるなよ」  と親身になって戒《いまし》めた。  そして、いざ酒屋の払いをと、旅包みを解くと、宋江のそれにも武松の頭陀《ずだ》にも、思いきや大枚銀五十両ずつ入っていた。孔《こう》兄弟の心入れなのはいうまでもない。二人はそこでも再び孔家《こうけ》の方へ恩遇《おんぐう》を謝し、やがて西と東へ袂《たもと》を別った。  ここで行者《ぎょうじゃ》武松の行く先は、ひとまず後にゆずって。  ひとり清風山へ向って、そしてほどなく、山路へさしかかっていた宋江の足どりについて行ってみると、案外この山は、名のようなやさしい山ではない。  峠に立って打見やれば、八面|嵯峨《さが》たる谷の断岸《きりぎし》。  どこかを行く渓流は、とどろの谺《こだま》を呼んで物凄《ものすさ》まじい。老木のつた[#「つた」に傍点]葛《かずら》は千条の黒蛇《こくだ》に見える。人の足音に驚いて跳《と》ぶ氈鹿《かもしか》。かえって人間に興味をもつかのように梢《こずえ》から梢へ奇声をあげてついてくる群猿の影。――宋江はつい自然のおもしろさに釣られて歩いた。  ところが、やがて原始林の青ぐらい道へ入ると、とつぜん彼の足元で、リ・リ・リ・リン……と鈴が鳴った。 「おや?」  と足にからみついた葛縄《くずなわ》を取りのぞいているまに、すでに彼の運命は変っていた。豹《ひょう》のごとき男女が無慮《むりょ》二、三十人も跳びついて来て、彼のからだをがんじ[#「がんじ」に傍点]絡《がら》めに、どこかへ引ッかついで行ってしまったのだ。  ここにも緑林《りょくりん》[#1段階小さな文字](盗賊)[#小さな文字終わり]の巣があった。  洞窟《どうくつ》を背景に、ひとつの賊殿《ぞくでん》ともいえる山寨《さんさい》を築造し、その頭《かしら》は姓を燕《えん》、名を順《じゅん》といい、あだ名を錦毛虎《きんもうこ》とよばれているものだった。――もとは山東|莱州《らいしゅう》で馬や羊の売り買いをしていた博労《ばくろう》なのだ。  また、彼が片腕の小頭《こがしら》には。  両淮《りょうわい》生れの荷馬車曳き上がりで、短小《ちび》で素ばしッこくて、兇暴無残な王矮虎《おうわいこ》。――またもう一人は、蘇州《そしゅう》の産で、銀細工《ぎんざいく》屋の若旦那くずれの、色が生白くて背のひょろ長い鄭天寿《ていてんじゅ》、またの異名を白面郎《はくめんろう》ともいう男もいた。  この三人三様の風貌をもった賊の頭目は、折ふし山寨《さんさい》の一|窟《くつ》で、博奕《ばくち》か何かに夢中になっていたところから、子分の報《し》らせも耳の外に、 「なに、いい獲物を捕まえたと。そこらの柱へでも引ッ縛《くく》っておけ。どうするのかは、あとでゆっくり人態《にんてい》を見てからでいい」  と、晩になるまで、放置しておいた。  そして、それに飽きると酒もりだったが、酒のなかばに「そうそう、子分の奴が、昼間くくッておいた肴《さかな》があったはず」と、王矮虎《おうわいこ》が言い出して、宋江を眼の前へ曳かせ来てみると、これはめッたに山寨《さんさい》などではお目にかからない端厳《たんげん》な人品だ。 「ちと色は黒いが」  と、王矮虎は舌なめずりして、ほかの二人へ目くばせた。  当時、宋朝の文化は、帝室や都府の中心では、はやすばらしい発達途上を示してもいたが、未開大陸の僻地《へきち》では人肉|嗜食《ししょく》の蛮風《ばんぷう》などがなお一方にはのこっていたらしい。とくに人間の生肝《いきぎも》は美味で精力薬になるという迷信があり、その生肝《いきぎも》をとるには、さんざん冷水をあびせて、肝臓の熱い血をちらしておき、そこを抉《えぐ》りとるのがいいなどといわれていた。 「そうだ。したくしろ」  それと呑みこんで、錦毛虎はすぐ、手下の者へ、生肝《いきぎも》料理の準備を命じた。  するとその間に、宋江の持物を、卓に取寄せて、仔細にしらべていた白面郎が、オヤと目をみはった顔つきで、隣の錦毛虎燕順に、一通の反古《ほご》手紙をみせていた。――宋江の名があったからである。 「やいやい、そんな物は、一度そっちへ持って返れ」  燕順は急に呶鳴った。生肝とりの大俎板《おおまないた》やら包丁《ほうちょう》水桶などをかついで来た子分どもを慌《あわ》てて追い返してから、宋江へ向って訊いた。 「旅人《たびびと》。おめえの名は?」 「わしは、宋公明だ」 「あの鄆城県《うんじょうけん》宋家村の、及時雨《きゅうじう》宋江とよく似た名だな」 「その宋江なのだ」 「だれがよ」 「わしが」 「この手紙の名宛人がつまりお前さんだというのかね」 「宋家村の宋江は二人とはいない」 「げっ! それじゃあ、あなたは」  燕順以下、賊頭二名は、腰をぬかすほど仰天した。  彼らの仲間内で、及時雨《きゅうじう》宋江の名は、仁愛と畏敬《いけい》の対象として、広く絶大な響きをもっていたらしい。暗闇の仲間ほど、じつは心から服したい人間中の人間を欲《ほっ》し、また心から敬《うやま》いたい光明をつよく求めているものかとも思われる。  何しても彼らは、その人の生肝《いきぎも》を食らうどころの騒ぎではない。次の日には、手下一同にも告げて、賓客《ひんかく》の礼をとらせ、彼を豹《ひょう》の皮の椅子《いす》にあがめて、賊首三名は下にへりくだり、 「いつまでも、お飽きになるまで、この山寨にいていただきたい」  というほどな変り方だった。  そして宋江の口から、武松の話を聞くにおよんでは、なおさらなこと、 「そいつア惜しい。二龍山など行かずに、都頭武松も、こっちへ来てくれたら、どんなに歓呼《かんこ》して迎えたかもしれねえのに、千|載《ざい》一|遇《ぐう》の機を逃がしたようなもんだ」  と残念がり、一そう宋江をひきとめて、日々彼に仕えるような歓待をみせるのだった。  とはいえ宋江は、いつまで賊飯《ぞくはん》にもてなされて遊んでいる心はない。それに清風鎮《せいふうちん》の長官|花栄《かえい》を訪ねてゆく途中でもあること。心ならずもつい七、八日をいてしまったというにとどまる。  するうちに季節は早くも臘月《ろうげつ》[#1段階小さな文字](十二月)[#小さな文字終わり]のはじめ。この山東地方では月々八日の臘日《ろうじつ》には先祖の墓掃《ぼそう》まいりをする風習がある。 「親分っ」  勢い込んで、その日、麓道《ふもとみち》から戻って来た子分の幾人かが、 「ちょっとした別嬪《べっぴん》でしたぜ。たぶん今日の墓詣りでしょう。女は女轎《おんなかご》に乗って、お供七人ほど連れ、提《さ》げ重《じゅう》二つに、お花を持たせて、街道を練って来ましたよ」  と、王矮虎《おうわいこ》のいる所へ知らせていた。色好みな矮虎は、きくや否、 「ほんとか」  眼いろを変えて、すぐ手下四、五十人を集めにかかった。そして宋江や燕順がそれを止めるのもきかばこそ、槍や刀をかつぎ出し、銅鑼《どら》、角笛《つのぶえ》の音脅《おとおど》しも物々しく、女狩りに出て行った。 「はて、どうしたろう? 耳にしては放《ほ》ってもおけず、なにやら気がかり」  宋江は、夕方ぢかく、ふと、昼間小耳にはさんだ婦人のことを思い出した。  矮虎《わいこ》の手下にきいてみると、あれから女轎《おんなかご》の供の兵隊七、八人を追っ払い、女の身は轎舁《かごか》きぐるみ、矮虎が自分の住居へ連れ込んでしまったきりだという。  すぐ燕順の所へ行って、 「人妻にせよ娘にせよ、女隠しなどは罪深い。義で生きる好漢《おとこ》のすることではありませんな。どうもあなたの義兄弟らしくもない」 「いや、どうも」  燕順は、自分のことみたいに恥じた。 「――あいつも、事に当れば負《ひ》けをとらない男ですが、たった一つ、そいつが彼《あ》れのやまい[#「やまい」に傍点]でしてね」 「どうです、ひとつ一しょに行って、ご忠告をしてみては」  いわれると、ぜひがない。燕順と白面郎《はくめんろう》が先に立ち、山寨《さんさい》附近の山蔭にある矮虎《わいこ》のねぐらへ彼を案内して行った。  戸を叩くと、内では慌《あわ》てた気配である、「まずいところへ」と言いたいような王矮虎の面《つら》つきだった。彼に挑まれていたところだろう。土間の一隅にしどけない女の姿が簪《かんざし》のない髪をみだして俯《う》っ伏していた。 「…………」  一瞬の気まずい黙《もだ》し合いのなかにチラと見ると、女は良家の内室らしい白妙《しろたえ》の喪服《もふく》がかえって似合わしく、臙脂白粉気《べにおしろいけ》がなくてさえ、なんとも婀娜《あだ》な艶《なま》めきをその姿は描いている。 「もし、そこなご婦人。そう、わななくことはありませんよ。お宅はどこです」  そういう宋江の姿を、女は恐々《こわごわ》見上げて、 「親分さま。どうぞお助け下さいまし。……わ、わたくし、清風鎮の長官の家内なのでございますが」 「え。長官のご家内ですって」 「はい。今日の臘日詣《ろうじつまい》りで、母のお墓へ行った帰りなのです。こんなこととは知らず、どんなに良人《おっと》は案じているかもしれません」 「奇遇ですな。じつは私は、近日その花《か》長官をおやしきへお訪ねして行こうと思っていた者で、ここの賊の頭《かしら》ではありませぬ」 「いいえ! ……」と、女は急に顔を振った。 「ちがいます、その長官の妻とはちがいます」 「なぜ違うんですか」 「清風鎮の長官は二名おります。ひとりは武官の長官。――わたしの良人は文官の方です。文長官|劉高《りゅうこう》でございますから」 「ははあ」  宋江はうなずいた。そしてすぐ矮虎《わいこ》へむかい、 「王君」 「へえ。なんですか」 「頼みがあるが肯《き》いてくれないか」 「分ってまさあ。女をおっ放してやれというんでしょうが。……だが、あっしには女房もねえんだ。ここは大目に見ておいてくだせえよ」 「だが、いま訊けば、歴《れき》とした文官の細君だろうじゃないか。なにもそんな人泣かせをしないでも」 「いやこの女には、あっしはもう一ト目惚れだ。長官だろうが何だろうが闘ッてやる」 「まアさ、そう強がらなくてもいい。私が頼むのだ。こう頼む」と、宋江が地に膝をついて、王矮虎を拝したので、燕順と白面郎はびっくりして、 「あなたにそんな礼をとらせちゃ勿体ない。どうかお膝をお上げなすッて」 「いやいや、知人|花長官《かちょうかん》の友人の奥さんだ。この難を見捨てることはできない。……なお王君、約束しようじゃないか。そんなにつれあいが欲しいなら、君のためにきっと自分がいまに適当な女を見つけ、嫁入り支度も添えてお世話しよう。だからこのご婦人は放してやってくれ。たのむ」  こうまでいわれては、矮虎《わいこ》も不承不承《ふしょうぶしょう》、指を咥《くわ》えてあきらめるほかはない。もちろん燕順も白面郎も切にそれをすすめ、気まずいながら、事はやっと一段落を見たかたち。  女は身づくろいもそこそこ礼をくり返して轎《かご》のうちへ入る。轎夫《かごかき》も九死に一生をえた思い。肩を入れるやいな、飛ぶが如く山をくだって行く――。  さて此処、清風鎮《せいふうちん》の街は、はや宵過ぎの灯であった。  いやその城外まで轎《かご》が馳けまろんで来ると、彼方《かなた》から七、八十人の兵隊が、何かわいわい騒ぎながら疾走して来た。兵は口々に轎《かご》を迎え、 「やあ、ご夫人だ、ご無事にもどった」 「おお奥方には、なんのお怪我《けが》もしていない」  夫人は、良人《おっと》の部下と知ったので、 「おまえたちは、私を案じて、探しに来てくれたのかえ?」 「そうです!」異口同音に兵たちは「いやもう、劉《りゅう》長官のご心配ッたらありません。――夜に入っても帰らぬからには、清風山の賊に引ッ攫《さら》われたに違いないと仰っしゃいましてね。おかげでわれわれどもは、なにしておるかと、恐ろしいお叱りを食い、万一があったら兵長は縛《しば》り首、兵一同は減俸だと呶鳴りつけられました」 「まあいいよ、おまえたちは案じぬがいい」  夫人はツンとして艶麗な威厳を兵どもに誇って見せた。 「山賊に襲われたに違いないが、わたしが劉《りゅう》長官の夫人だよっていってやると、彼らは恐れをなして、私に指もさわれないのさ……。お前たちも可哀そうだから、長官へは私から、いいように申し上げといてあげるよ」 「どうぞ、おねがいいたしまする」 「おくがた様、ありがとう存じます」  彼女は兵の百拝を浴びると、まるで凱旋《がいせん》の女王かのような心理に酔い、その轎《かご》を大勢に打ちかこまれつつ官邸の門へなだれ入った。  良人の劉高《りゅうこう》は、彼女の姿を見るやいな、 「オオよく帰って来たな。どうして無事に戻れたのか」  と、強烈な抱擁《ほうよう》を惜しまなかった。 「あなたのご威光ですの……」と、夫人は良人の腕の中でいった。「賊は、私が劉長官の夫人と知って、急に態度をかえてしまったんですの。――そこへ兵隊たちが、喊声《かんせい》を上げて来ましたから、みんな雲霞《くもかすみ》と逃げ散ッてしまいました。兵隊たちの功も褒めてやってくださいまし」  ふしぎな女性心理である。こんな嘘ッぱちも彼女自身にはおのれを誇る快楽のいい刺激になっているものらしい。  すると、それから数日たった後のこと、清風鎮の街中の三叉路《さんさろ》に佇《たたず》んで、 「はて、どっちへ行ったものか?」  と、思案顔している旅人がある。  宋公明《そうこうめい》――宋江《そうこう》であった。  山寨《さんさい》の連中にはしきりに引きとめられたが、その日ついに、錦毛虎《きんもうこ》燕順以下に麓まで見送られ、袂《たもと》を別って、ひとり鎮城《ちんじょう》の巷《ちまた》へ入って来たものだった。  街は青州《せいしゅう》清風寨《せいふうさい》の要害の地にあるので、かなりな繁華を呈し、各州へ通じる三街道の起点をなし、人家四、五千、小高いところに鎮台《ちんだい》がある。 「あ。花《か》長官のお住居ですか」と、道行く人は、宋江の問いに、鎮台の方を指さした。 「鎮台|大路《たいろ》へむかって、南側の官邸が、劉《りゅう》文官のおうちで、もうすこし先の北側のおやしきが、武官の花栄《かえい》閣下のおすまいでございますよ」 「ありがとう」  宋江はやがて、宏壮な一門の前に立ち、衛兵に刺《し》を通じて面会を求めた。  すぐ応接へ通され、待つほどもなく、 「やあ、よくやって来られたなあ」  と、小李広《しょうりこう》花栄《かえい》その人の快活な声を目のまえに聞いた。  この青年将軍は皓歯明眸《こうしめいぼう》で、よく贅肉《ぜいにく》を除いて筋骨にムダのない長躯《ちょうく》は、千里を行く駿馬のごとき相があった。  金翠《きんすい》の綉《ぬい》キラやかな戦袍《せんぽう》に、武長官の剣帯《けんたい》をしめた腰細く、犀《さい》の角《つの》[#1段階小さな文字](これを吹いて軍を指揮する)[#小さな文字終わり]を併《あわ》せて飾り、萌黄革《もえぎがわ》の花靴の音かろやかに歩きよって来、 「お久しいなあ。じつにお久しい」  と、なつかしげに遠来の客の手をかたく握った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 花燈籠《はなどうろう》に魔女の眼はかがやき、 またも君子|宋江《そうこう》に女難のあること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  小李広《しょうりこう》花栄《かえい》の家と、宋家村の宋江《そうこう》の家とは、元々浅からぬ旧縁の仲だった。  だから宋江の犯した一身上の過《あやま》ち。その以後の流浪の境遇なども、よく知っていて、蔭ながら案じる余り、「ぜひこの地へ来給え、どんなにもして匿《かく》まってあげる」と、常々、宋江の郷里へ宛てて音信していたものだった。 「おことばにあまえて、あつかましく、やって来ました」  という宋江へ、花栄は大きく手を振って、 「なんだ、水くさいことを。さあもう我が家とおもって、おちついてくれ給え。そうだ、妻の崔氏《さいし》へも紹介しよう。そして妻の妹へも」  何不自由ない官邸だし、気のおけそうな家庭でもない。その日から宋江には、特に庭園ぞいの一室があてがわれ、侍者《じしゃ》小間使いなどまで付けて、賓客《ひんかく》の扱いであるのみでなく、花栄が一日の軍務から帰邸すると、夜ごと夜ごとが、家庭的歓迎の宴みたいであった。 「花君《かくん》。こうお世話をかけては恐縮です。もうご家族なみに、放《ほう》[#ルビの「ほう」は底本では「おう」]っておいていただいたほうがありがたいですよ」 「いや、ご迷惑とは察しるが、こうして毎夜、あなたの口から、広い世上に遊弋《ゆうよく》している奇骨異風さまざまな好漢《おとこ》どもの存在を聞くのは、なんとも愉快でならんですな。じつに愉しい」 「そうですか。いやそれで思い出したが」 「何かまた変った話がありますか」 「清風山の三賊首のことは、先日お耳に入れましたね」 「む。うかがった」 「じつはまだ言い残していたが、文官|劉高《りゅうこう》という人の細君が、そこで危ない目にあっていたのを、私が救ったことがあります」 「ほ……。劉高は同僚ですが」 「ご友人の妻ときいたので、なおさら、助けねばならぬと思い、たって女を手籠《てご》めにする。といって肯《き》かない賊の王矮虎《おうわいこ》を、やっとなだめて、事なく帰してやりました」  すると、花栄はちょっと、眉をひそめた。 「――よけいなことをなさらねばよいに!」と、その顔つきは明らかに不服である。  で、宋江が、胸をたたいて訊いてみると、 「いや同僚を悪く言いたくはないですがね、劉高もあの細君も、とかく評判のかんばし[#「かんばし」に傍点]からぬ方でしてな。ひと口にいえば、夫婦とも陰険で強欲《ごうよく》なんです。賄賂《わいろ》ずきの金持ち泣かせ、貧民いじめというやつで、取柄《とりえ》なしの文官だ。わけてあの、それしゃ[#「それしゃ」に傍点]上がりの細君ときては、虚栄心のかたまりみたいな女なんだ。そんなやつを、助けてやることはなかったですよ」  と、いっそ山賊の女房が適しているといわんばかりな口吻《くちぶり》だった。  が、宋江は笑って、 「女子と小人。珍らしくもありませんよ。恨みは解くべし、結ぶべからず。いつか鎮台《ちんだい》でお会いになったら、それとなく劉高《りゅうこう》へはなしておやりなさい」 「おう、ぜひ言ってやりますとも」 「いかに小人でも、救われた恩は忘れてはいないでしょう。自然、君にたいしても以後は好意をよせるにちがいない」  花栄《かえい》は感服した。宋江のどこまで人を憎まない寛濶《かんかつ》な態度には自然頭が下がる。  彼ばかりではない。宋江はよく郊外の仏寺や盛り場などを見物に出歩いたが、花栄がつけてよこす従者たちには、酒食その他、びた[#「びた」に傍点]一文も支払わせたことがなく、それが彼らの収入《みいり》にもなったから、 「いやしくない客人《まろうど》だ。温雅なお人だ。ご親切なお方だ」  と、下僕《しもべ》の端にまで、その気うけは頗《すこぶ》るいい。  はやくも年は明けて、街は初春《はる》気分だった。  その正月十五日の元宵祭《げんしょうさい》は、大王廟《だいおうびょう》の境内を中心に、鎮城《ちんじょう》の全街が人出に沸《わ》く。  辻には燈籠門《とうろうもん》が建ち、軒々から大王|廟《びょう》の参道まで、花燈籠《はなどうろう》の千燈にいろどられ、掛け屋台の芸づくしやら、龍神舞やら獅子《しし》行列やら、夜どおし、月の傾くまで、上下の男女、歓《かん》をつくすのが慣わしだった。 「……おおこの絵燈籠《えどうろう》はおもしろい。芙蓉燈籠《ふようどうろう》、れんげ燈籠、百合《ゆり》燈籠、白牡丹《はくぼたん》燈籠。これも街の衆が、筆を競ったのか。……玉梅の図、金蓮《きんれん》の意匠、とりどり余技とも思えんな」  宋江は人波の中に揉《も》まれながら、官邸の者二、三を連れてのそぞろ歩きに、 [#ここから2字下げ] 春の月  いそぐなかれ 人の子ら 惜しむこの夜を 火光樹《あかりのき》  並木をなして 虹の花  地に星橋を架《か》す わするなり 人みな人の世の火宅《かたく》を [#ここで字下げ終わり]  と、彼には珍らしい微吟《びぎん》を口誦《くちず》さみなどしつつ、浮き浮きと見物して廻っていた。  するうちに、烈しい人渦《ひとうず》に巻き込まれ、われにもなく、一門の内へ入っていた。道化踊りの一群と、それにくッついて歩く群集の中にいたのだ。そして宋江も周囲の男女とともに、道化踊りに気をとられて、笑いこけた。時に余りなおかしさには、老幼とともに手を叩いて喝采《かっさい》した。  ところが、後ろの一段高い桟敷《さじき》にあって花燈《かとう》の映《は》えを横顔に、玉杯をあげていた綺羅美《きらび》やかな人々があった。これなん文官の劉《りゅう》長官夫妻であったのである。「……オヤ?」と、眼をみはったのは夫人のほうで、 「あなた! ……」と、袖を引っぱって、 「ほら、あの色の黒い、すらっとした男がいま、手を叩いて笑っているでしょう。あの男ですよ。清風山の賊のかしらは」 「なに、こないだおまえに危害を加えかけた山賊の頭《かしら》っていうのは、あの黒奴《こくど》か」 「そうですよ、忘れっこありませんわ」  劉高《りゅうこう》はびっくりして、下に控えている兵長へすぐ命じた。 「あいつは山賊だ。あの色の黒い男を召捕えろ」  あたりの異様な叫びが、自分へ迫る何かの予告と知って、宋江はとっさに、人を掻き分けて遠くへ逃げ走った。しかし、のがれ得べくもない。たちまち追いつかれて、五体は麻縄《あさなわ》の縞目《しまめ》にされてしまった。  翌朝である。彼は官邸の一階下に引き出され、上の廊《ろう》から劉《りゅう》長官の大喝《だいかつ》をあびていた。 「賊の頭《かしら》! つらを上げろ。……燈籠《とうろう》見物にまぎれていたら、誰にも分るまいと思っていたのだろうが、なんぞ知らん、天網恢々《てんもうかいかい》疎《そ》にして漏《も》らさずだ。恐れ入ったか」 「おことばですが」と、宋江は夜来《やらい》の沈湎《ちんめん》たるおもてを振り上げて「――私は花《か》長官の客で鄆城県《うんじょうけん》の張三《ちょうさん》と申す旅人、賊をはたらいた覚えはありません」 「だまれっ。清風山の追剥《おいは》ぎめ。証人があることだぞ」  良人《おっと》の言下に、嬋妍《せんけん》たる衣摺《きぬず》れとともに、廊口の衝立《ついたて》から歩み出て来た夫人が、柳眉をきっと示して言った。 「おまえ、お忘れかい! このわたしを」 「あっ、ご婦人は」 「そうれごらんな。よくも山寨《さんさい》でさんざんわたしを脅《おど》したね。ほかに三名の頭目もいたが、たしかおまえが一番|敬《うやま》われていたっけね。大親分はお前なんだろ」 「とんでもない。奥方! あなたこそ、何かお忘れではありませんか」 「なにをさ! 馴々《なれなれ》しいことをお言いでない」 「賊首の三名を説いて、あなたを救って上げた覚えはあるが、大親分などとは迷惑千万です。恩人の私へ、なぜ悪名を押しつけねばお気がすまないのでしょうか」 「まあ、しらじらしくいうわね! あなた、とてもこんな人非人、一ト筋縄では白状しそうもありませんわ」 「いや、吐かせてやる。者ども、こいつを打ちのめせ」  と、あたりの部下に命をくだした時である。門の衛兵が馳けて来て、 「ただ今、花長官の使いがまいって、ご返辞をお待ちしています」  と、一書を彼の手に捧げた。 「……ふむ」と、ひとまず鼻息をひそませて、彼が読みくだしてみると。 [#ここから2字下げ]  昨夜お手にかかって貴邸に捕われたと聞く劉丈《りゅうじょう》は、わが家の身寄りにて、最近、済州《さいしゅう》から来た者です。田舎者とて何か尊威を犯したかもしれませんが、平常のよしみ、偏《ひとえ》にお目こぼしにあずかりたく、いずれ拝面、万謝申しあげますが、懇願までを。恐惶謹言《きょうこうきんげん》 [#地から1字上げ]小李広|花栄《かえい》 [#ここで字下げ終わり] 「なんだ、当人は、鄆城県《うんじょうけん》の張三だといい、花栄の手紙には、済州《さいしゅう》の劉丈《りゅうじょう》とある、察するに、どっちみち出たらめだろう。なに、使いが待っておると。返辞はないッ。追っ返せ」  そしてまた、ただちに檻車《かんしゃ》の支度を命じ、宋江を、賊名|鄆城虎《うんじょうこ》の張三《ちょうさん》として、州の奉行所のほうへ、差廻す手順にかかりだしていた。  夜来、花栄《かえい》は一|睡《すい》もしていなかった。  いやその花栄も燈籠《とうろう》まつりで他家の宴に招待され、明け方帰って、初めて宋江の奇禍《きか》を知ったのである。 「日頃も日頃、もう我慢はならん」  劉高《りゅうこう》の悪罵《あくば》だけを浴びて、追ッ返されて来た使いの言を聞くや、花栄は烈火の如く怒って即座に、 「馬を曳《ひ》けっ」  と、身に鎧《よろい》を着けて、馬上から犀《さい》の笛を吹いた。そしてたちまち調練場の兵舎から馳け集まって来た一隊をひきいて、遠くもあらぬ劉高の官邸へ襲《よ》せて行った。  かくと聞いて、劉高は奥でふるえ上がった。  相手は、同じ長官でも、一級下だが、兵力を握っている軍官である。官級は上でも文官では勝負にならない。 「劉長官はどこにおられるのか。お目にかかってはなしをつけたい」  花栄は外でどなったが、うんもすんもないので業《ごう》を煮やし、ついには、 「空家《あきや》と見えるわ。ええい面倒だ、家探《やさが》しして、わが家の大切な客を助け出せ」  と命令した。  兵はなだれ込んだ。こうなれば理も非もない。狼藉乱暴《ろうぜきらんぼう》はつきものである。とどのつまり、宋江を見つけて、その縛《いまし》めを切って助け出し、 「やい劉家の奴ら、文句があるなら言って来い。いつでもあいさつは受けてやる」  と、鬨《とき》の声をあげつつ潮《うしお》の如くひきあげて行った。  あとでは劉高、またその夫人、 「畜生、よくも辱《はじ》を与えたな」  足ずりして口惜しがり、一族の手までかりて、約二百の兵をその夜、逆襲《さかよ》せに、花栄の官邸の門へ差向けた。  防ぐ側、押しかける側、半夜は攻防|区々《くく》な揉《も》み合いだった。劉高の寄手のうちには、武芸師範の猛者《もさ》が二人もいて、これが指揮をとり、勢い旺《さかん》だったからである。 「弓をかせ」  花栄は、夜明けがた、わざと正門を八文字に押し開かせ、 「劉家の雑輩《ぞうはい》めら、命がいらぬなら、そこを真っ直に入って来い」  と、手なる強弓に大鏃《おおやじり》の矢をがッきとつがえた。  門外の寄手はさすがたじたじと後ずさッた。花栄はふたたび大音に、 「来ないな、どいつも。――ならば眼を澄まして見物しろ。そこの門の両柱に、泰瓊《たいけい》敬徳、二|門神《もんじん》の絵像が貼《は》ってあるだろう」 「…………」 「まず、この第一|矢《し》で、右の泰瓊神《たいけいしん》の手こぶし[#「手こぶし」に傍点]を射当ててみせる」  言下にびゅんと鋭い弓唸《ゆみな》りが人々の耳を搏《う》った。矢は奇術のように、右門神の拳に立っていた。 「次には――」と、早や二の矢をつがえ、花栄は一ばい声を張上げて、「こんどは、左の敬徳神の兜《かぶと》のまッただ中を射よう。眼の玉をひっくり返すな」  きゅっうと、一線の空気が裂けた。はっと我れに返った人々の眼が、左門神の兜《かぶと》に突ッ立った矢を知ると、思わずわっと嘆声をどよめき揚げた。  しかし花栄の手には、さらに第三の矢が用意されかけていた。そしてつがえた鏃《やじり》を、寄手の中へ向けて叫んだ。 「その中の赤い戦袍《せんぽう》と、白い鎧の奴が、雇われて来た師範だな。覚悟をしろ」 「うへッ」  と、彼らの影はすぐ没してしまい、同時に二百の寄手は、蜘蛛《くも》の子になって潰乱《かいらん》してしまった。  こんな大騒動の起因が、自分にあるものと考えては、宋江の性格として、もう晏如《あんじょ》とこれを見てはいられない。  その晩、宋江は花栄へ告げた。 「花君《かくん》、あなたのご懇情は、身に沁《し》みて忘れませんが、しかしこれでお暇を告げるとしたい」 「えっ、どうしてです。劉高《りゅうこう》ごときに恐れをなしてきたんですか」 「一身を恐れるのではありません。あなたも武の長官、彼も文の長官。官紀の紊《みだ》れを恐れます。また両者の私怨がこれ以上深まることを恐れずにいられません」 「だって、元来が没義道《もぎどう》な劉長官だ、こんなときにこそ懲《こ》らしめておかなければ癖になる」 「いやいや諺《ことわざ》にも、物はのどに閊《つか》えないように食え――です。意趣遺恨は人間を変化化道《へんげけどう》にするものです。いったんは君の弓に驚いて引き退がっても、このままでいるものではありません」 「なんの、幾たび襲って来ようとも」 「よしてください。帰するところは、宋江の罪業になるばかりです。また、まずかったのは、私は張三と偽名を言い、君の手紙では、劉丈とお書きになったことでした」 「同じ劉姓を用いたら、多少文字に目のある奴なら、同情もすると思ったからです」 「が。万一にも後々、公事《くじ》沙汰にでもなると、嘘を構えたことだけは争えません。いずれにせよ、私がここから退散すれば、自然、事は氷解《ひょうかい》いたしましょう」 「といっても、そのお体では」 「劉の家来に打たれた足腰の痛みぐらいは何でもない」 「しかし、ここを出て行くにも、俄にどこへというあてもないでしょうに」 「ぜひないことです。好ましくはありませんが、一時、清風山の山寨《さんさい》をたよって行き、体の傷が癒《なお》ってから、いずこへでも身の落ちつきを見つけましょう。ま、人間到ルトコロ青山《セイザン》アリですよ。しかし市民の平和を守る鎮台を、逆に修羅《しゅら》としては、宋江の心も愉《たの》しむわけにゆきません」  かくて彼は、五体の諸所に膏薬《こうやく》を貼り、手の肱《ひじ》足くびには繃帯《ほうたい》などして、その夜、花栄《かえい》の家族にいとまを告げた。花栄は心ならずも、軍兵十人をつけて、清風山の麓《ふもと》まで見送らせた。  ところが、宋江の希《ねが》いもとどかず、彼はそれからの山街道の途中で、ふたたび異様ないでたちの同勢に取囲まれ、即夜、元の鎮台大路《ちんだいたいろ》の一門内へかつぎ戻されてしまった。  陰険で、しんねり狡《ずる》い劉高《りゅうこう》は、そんなこともあろうかと、花邸《かてい》の諸門に見張りを伏せておき、その狡智《こうち》がまんまと図に中《あた》ったことを、 「どうだ。案のじょう!」  と独り密《ひそ》かに誇っていたものだった。  そんな結果とは、花栄は夢にも知っていない。以後、劉高が出直して来ないのを、 「はてな?」  と、不審にしていたぐらいなもの。そして宋江の身は、清風山へのがれたものとばかり思っていた。  かかる間に、一方の劉高は、巧妙な偽証《ぎしょう》をならべたてた上申書を作り上げ、その密封を、腹心の家来へ持たせて、時の青州府の奉行、慕蓉彦達《ぼようげんたつ》のもとへ、上申して出た。       ×         ×  今上《きんじょう》、徽宗《きそう》皇帝の後宮三千のうちに、慕蓉貴妃《ぼようきひ》という皇帝の寵姫《ちょうき》がいる。  青州奉行は、その貴妃《きひ》の兄にあたる人なので、姓にも二字の慕蓉《ぼよう》、名も二字名で、彦達《げんたつ》といい、妹の威光を逆に兄がかさに着て、いやもうえらい羽振りなのだった。 「なに。――劉《りゅう》長官の上申だと。どれ見せい」  慕蓉は側近の手からそれを取上げ、一度ならず読み返した後、はたと文書函《もんじょばこ》の蓋《ふた》をした。 「これで見ると、鎮城《ちんじょう》の花栄は、軍を私兵化して人民の財をしぼり、あまつさえ清風山の賊魁《ぞっかい》と通じて、事《こと》ごとよからぬ働きをしているとあるが……。花栄も都の功臣の子、劉高《りゅうこう》はまた文官のきけ者。はて弱ったものだな」  と、熟考のすえ、「しかし、捨ててはおけん。黄信《こうしん》を呼べ」  となった。  州軍の警備総長黄信、あだ[#「あだ」に傍点]名は鎮三山《ちんさんざん》、さっそくにやって来て、慕蓉の台下に、拱叉《きょうさ》の拝を執《と》ってひざまずいた。  州の管下には、古来警備に手を焼いている険悪な山岳が三ツある。一が清風山、二が二龍山、三が桃花山、それである。  いずれも山は険《けん》で、強盗|追剥《おいは》ぎの屈強な雲窟《うんくつ》だった。けれど武技腕力にかけて絶倫な黄信が、みずからその警備軍の長を買って出て「――我れ出でて三|山《ざん》に鬼声《きせい》なし」と大言を払ったところから、人呼んで鎮三山のあだ[#「あだ」に傍点]名が呈《てい》せられたわけである。 「こりゃ黄信。きさまは日頃、乃公《ダイコウ》出デテ三山ニ鬼声ヲ絶ツ――などと大言を吐いていたが、なんとしたこと、これを見ろ」  慕蓉は言って、劉高からの上訴の状を読んで聞かせた。そしてこう命じたのである。 「山窟《さんくつ》の賊が、鎮台の将と内通しているような紊《みだ》れでは、まるで無政府同様なざま[#「ざま」に傍点]ではないか。すぐさま赴《い》って、黒白をつけてまいれ」  黄信の豪傑がりも、かたなしである。「はっ」と恐懼《きょうく》してひき退《さ》がり、即刻、官兵百人の先頭に立ち、馬上、金鎧《きんがい》長剣の雄姿を風に吹かせて、夜どおし道をいそぎ、やがて清風|鎮《ちん》の鎮台|大路《たいろ》、劉高の公邸の前でまず馬をおりた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 待ち伏せる眼と眼と眼の事。次いで死林にかかる檻車《かんしゃ》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「なんとも、このたびは恐縮にたえません」  文官|劉高《りゅうこう》は、元々社交性には富んでいる。武辺一徹な黄信《こうしん》を、公邸の貴賓室《きひんしつ》へ通して、あくまで恐れ入って言った。 「われわれどもの、地方民治がいたらぬ結果、官辺のご出張をわずらわし、為に、夜どおしのご急下を仰ぐなど、赤面の至りでございまする」  彼の妻女もやがて盛装して、賓客にまみえ、その夜は夫婦しての歓待だった。また、黄信のひき連れて来た一百の官兵も、公邸の庭園で大振舞いをうけていたりした。  使命の負担は忘れ得ぬにせよ、黄信とて悪くない気もちである。現地へ臨んでの事情の聴取なども、つい酒間のうちにすませていた。わけて劉高夫人の口は巧い。 「よろしい、いやよく分った。さっそく明日、鎮台の大寨《たいさい》へ花栄《かえい》を呼びつけて、断乎たる処決をする」  黄信は言ったものである。夫妻のもてなしにチヤホヤされて、権威のてまえ、ついいわざるをえない破目と錯覚《さっかく》におちてしまった形であった。  一方。その翌朝のことだったが。  武官花栄の公邸のほうへは、青州府警備総長黄信の名による令状をたずさえた官兵一小隊がやって来て、 「正午までに、鎮台へご出頭ありたい」  と、かるく告げて立ち帰った。  令状とはいえ、はなはだ私的な文面で、それには、 [#ここから2字下げ]  近来、当地清風鎮のあいだで、頻りに武官の貴下と、文官の劉高との仲に、軋轢《あつれき》が絶えないとの風聞があり、青州御奉行の慕蓉《ぼよう》閣下におかれても、いたくお心を悩ませておられる。  そこでわが輩《はい》に命ぜられ、両者の円満なる和解をはかり、文武官心をひとつに、一そう民治の実績を上げしめよ、との仰せつけ。――万語は拝姿のうえとし、とりあえず右の公命をおびて、大寨《たいさい》の閣中にてお待ち申す。 [#ここで字下げ終わり]  と、ある。  しかし花栄《かえい》の妻や妹は心配そうに、彼の身支度にいそいそ侍《かしず》きながらも言いぬいた。 「大丈夫でしょうかしら。何かあったんじゃないでしょうか」 「なにもこっちに疚《やま》しいことはないのだから、正々堂々たるものさ」 「でも、宋江《そうこう》さまの経緯《いきさつ》がありますもの」 「その宋江大人はもうこの地を嫌って、清風山へ去ってしまった。あれだってすべて劉《りゅう》夫人の毒のある舌と劉高《りゅうこう》の小心からおこったことだ。こっちで怯《ひ》け目《め》を持ついわれはない」  花栄はやがて出かけたが、わざと従者は五名しか連れていなかった。  しかるに、鎮台《ちんだい》の城寨《じょうさい》を一歩入ってみると、この日、なんとなく営庭から庁閣にいたるまでが物々しい空気である。  もっとも日ごろの鎮台兵以外に、官兵一百人が階前に整列して、旌旗剣槍《せいきけんそう》、ひときわ燦《さん》としていたせいもあろう。 「やあ、よくおいでられた」  黄信は彼を待っていた。  見れば、和解のための大饗《だいきょう》の食卓は、すでに設けられている。――黄信からみじかい挨拶があって、 「ここに慕蓉《ぼよう》閣下はおられぬが、これは慕蓉閣下のくだされたお杯といっていい。いざご両所とも、杯を持って、仲よく並んでいただこうか」  と、彼も立って、一方の劉高へ眼くばせした。  とたんに、花栄の背後にいた給仕人たちが、やにわに彼へ組みついた。絶叫《ぜっきょう》、物音、すべて一瞬のまである。閣外の官兵もザワザワと混み入って来て、たちまち花栄の体を高手小手の縄目としてしまった。  それにも怯《ひる》まず、花栄はありったけな声をして周囲を睨み、そして黄信を罵《ののし》った。 「なんで拙者を縛るのだ! これが公平な和解なのか!」 「おお公平なる法規のご処置だ」 「理由をいえ、理由を」 「おのれの胸にあるものを、人に糺《ただ》すまでもあるまい。……だが、白々しい吠《ほ》え塞《ふさ》ぎに、動かぬ証人を突き会わせてやろう。劉《りゅう》君」  と、うしろの劉高を振り向いて。 「かねて君が捕えておいた清風山の紅巾《こうきん》の賊を、這奴《しゃつ》の前へ突き出しておやんなさい」 「こころえた」  劉高はすぐ閣外からべつなもう一名の縄付を引っ立てて来た。花栄は一ト目見て仰天した。つい先夜、別離を惜しんで立った宋江ではないか。――相見て、茫然たるばかりである。いうべき言葉も知らず、とはまさにこの刹那の二人の驚きといっていい。 「多言は要すまい」  黄信は、傲然《ごうぜん》として言い払う。 「言いたいことがあるなら、両名とも、青州御奉行の慕蓉《ぼよう》閣下のお白洲《しらす》でいえ」 「あいや」  花栄は満身の怒りをこめ、 「片手落ちだ。なぜ劉高には手もくださんのか。慕蓉閣下|直々《じきじき》のお調べは大いに望むところだ。しかし、われらばかりをこの縄目とは心得ぬ」 「だまれっ。鎮台の武官たる公職にありながら、密《ひそ》かには、清風山の賊と好誼《よしみ》を通じ、軍を私兵化して、人民の財をしぼり上げるなど、平素のことは残らず慕蓉閣下のお耳にも入っているのだ。――何よりの証拠は、その賊魁《ぞっかい》の男を見たとたんの貴さまの顔にも現われていた。――それ者どもこの両名を、用意の檻車《かんしゃ》へすぐ打《ぶ》ち込め」  二|輛《りょう》の囚人車は、すでに営庭の一隅に支度されてあったのだ。そして、せっかくの午餐《ごさん》の卓は、それから後、黄信とその幕僚とまた劉高《りゅうこう》とが、わが事成れりと、杯を上げあう談笑の座と変っていた。 「オオまだ春先だから日は短い。こうしても居られまいて」  すぐ黄信が立つ、幕僚は出発を部下へ命じる。  いざとの立ち際にも、劉高はそっと一|嚢《のう》の沙金《さきん》を袖の下へつかい「諸事、よろしく」と黄信の沓《くつ》をも拝さんばかりな媚《こ》び方《かた》、ともに、青州行きの列に従った。――すぐ鼓楽《こがく》、角笛《つのぶえ》のうちに官兵の旗は列をととのえ、二輛の檻車を中にくるんで鎮台大門から整々《せいせい》として出て行った。  浅春《せんしゅん》の陽は白々と薄ら寒い。  すでにしてこの日のたそがれ、護送の官兵は、清風|山麓《さんろく》の冬木林へかかっていた。骸骨《されこうべ》にも似た梢《こずえ》に烏の大群は何かを待つらしく引ッ切りなしな啼き声をあげている。そのうちに、先頭の兵が、 「オヤ、これで二度見たぜ」 「おれも見た、いやだぜ、おい」 「あっ、また先にいやがる。なんだろ? 林のあッちこッちの蔭から人間の眼が覗《のぞ》いていやがる」  自然、足がにぶり出した。  黄信の直感もまた、そのせつな何かにそそけ立った様子で、 「劉《りゅう》君。何か事が起ったら、君は檻車《かんしゃ》のそばを離れるな。檻車をたのむぞ」 「はっ」  とはいったが、根が文官育ちの劉高、サッと途端にもうその顔には血の気もない。  はたせるかな、ほどなく林道の彼方《かなた》に躍り立つ三彩の三獣みたいな人影がある。  一個の男は黒色の袍《ほう》を着て戦斧《せんぷ》をひっ提げ、次の大男は赤地|金襴《きんらん》の戦袍《せんぽう》に卍頭巾《まんじずきん》といういでたち。また三番目の野太刀を持ったひょろ長い男は緑衣《りょくい》であった。 「やい、待てっ」  彼らはまるで、戦陣の将軍気取りに、こう名《な》のりを揚《あ》げ連《つら》ねたものである。 「おれを知らねえか。清風山の頭領、錦毛虎《きんもうこ》の燕順たあおれのこった」 「おなじく兄弟分の矮脚虎《わいきゃっこ》王英」 「つづいては、白面郎の鄭天寿《ていてんじゅ》だ。――世間は知らず、ここへおいでなすッちゃ、てめえらのお上《かみ》かぜも効《き》き目《め》はねえぞ」 「二つの檻車をおれたちへ献上して退《ひ》きさがればよし、さもなくば」 「一匹でも生かして帰すことじゃあねえ。性《しょう》をすえて返答しろい!」  聞くと、黄信は馬の鞍ツボに立って、怒髪《どはつ》を衝《つ》いた。 「よくぞ出て来た。泣く子もだまる鎮三山《ちんさんざん》と異名のあるこの州軍総長の黄信を、うぬらはまだ知らねえな。……それッ陣を開け」  ところが、日頃の訓練も用をなさず、部下の兵は逆にわっと四散し出した。数知れぬ賊の手下が前後に見えたばかりでなく、伏勢は頭上にもいて、樹々の梢《こずえ》から雨とばかり毒矢を射浴びせてきたからだった。 「残念っ」  と叫びながら、林の小道で、黄信《こうしん》も馬の背から振り飛ばされていた。逃げる三彩《みいろ》の賊魁《ぞっかい》を追ッかけたのが因《もと》だった。“引伏セ”という茨《いばら》や張縄《はりなわ》の陥《おと》し穴に落ちたのである。すぐ狂い馬に取ッついて、再び馬上には返ったものの部下の一兵も早や辺りには見えない。  喊声《かんせい》は諸所に聞える。陽は早や暮れて、それが一そう不気味だった。のみならず得態《えたい》の知れない火光が林を透《とお》して方々に見えたから、 「やっ。これは火計だ。焼け死ぬぞ」  とばかり黄信は無性にムチで馬腹を打ちつづけた。そしてひとまず元の鎮台|大寨《たいさい》へ馳けもどり、鎮台兵を挙げて非常の備えにかかるとともに、事の異変を青州奉行の慕蓉《ぼよう》閣下へ早馬で急報した。  慕蓉は深夜、それの急使に起されて、 「何事か?」  と、黄の一書を見るに。 [#ここから2字下げ]  ――上命を拝して現地へ臨み、反逆人|花栄《かえい》と一賊を檻車《かんしゃ》に乗せ、かつ劉高《りゅうこう》を証人として、青州へ立ち帰らんとする。途中、清風山の群賊、道をはばめて、檻車もろとも花栄、劉高の身をも奪い去って候《そうろ》う。……為に、県下の騒乱ひとかたならず、すみやかに二次の官軍と良将を御派遣あって、治安のため焦眉《しょうび》の御指導を給りたく……云々《しかじか》。恐惶《きょうこう》謹言。 [#ここで字下げ終わり] 「すぐ秦明《しんめい》を呼べ!」  夜中ながら彼はさっそく登庁して吏《り》を走り廻らせた。  召しに応じて、霹靂火《へきれきか》の秦明は、ただちに庁内へその姿を見せた。  彼は、青州第一の兵馬の家の者である。性、気みじかで、すぐ雷声《かみなりごえ》を出すところから霹靂火のあだ[#「あだ」に傍点]名があり、ひとたび狼牙棒《ろうがぼう》とよぶ仙人掌《さぼてん》のような針を植えた四尺の棒を打てば万夫不当な概《がい》があった。 「総監。すぐさま一軍をつれて、清風寨《せいふうさい》の鎮圧にまいってくれ。云々《しかじか》な次第で、黄信も手を焼いてしまったらしい」 「心得ました。大言ながら秦明が馳せつけるからには、ご憂慮には及びません」 「だが、軍官の花栄が寝返ッて賊中で指揮をとっている由だぞ。油断するな」  慕蓉は兵を鼓舞するために、自身、城外の鼓楼《ころう》へ床几《しょうぎ》を移して、兵一人|宛《あ》てに酒三杯、肉まんじゅう二箇ずつを供与して、その行《こう》を壮《さかん》にした。  やがて紅《くれない》の縁《ふち》をとった紅炎旗に「兵馬総監|秦《しん》、統制」と書いた大旆《たいはい》を朝風にひるがえして、兵五百の先頭に立った秦明は、馬上から鼓楼《ころう》の床几《しょうぎ》へ向って、 「では行って来ます。吉報は旬日《じゅんじつ》のまにお耳に入りましょう。おさらば」  とばかり軍鼓《ぐんこ》堂々と、東南の道へくだッて行き、その歓呼と狼煙《のろし》の下に、慕蓉《ぼよう》もまた手を振ってその征途を見送ったものだった。  ところで、一方、清風山上の賊寨《ぞくさい》では。  あの日、黄信の不意を突いて、首尾よく宋江と花栄の檻車《かんしゃ》を打ち破り、二人の身を山上の砦《とりで》へ助け入れてから、さてその夜は、再生再会のよろこびと事のいきさつ[#「いきさつ」に傍点]の語り合いで、一朝の悲境も一転、まるで凱旋《がいせん》の宴《えん》にも似ていた。 「憎むべき奴は、文官の劉高」  すべては、彼の拵《こしら》え事にあるとなして、宋江が、 「劉高も捕えたでしょう。這奴《しゃつ》をここへお連れ下さらんか」  というと、賊のかしらたちは、事もなげに笑って言った。 「その劉高は、とうにあの世の亡者です。連れて来るには十万|億土《おくど》まで呼びに行かなければなりません」 「や、もう斬ってしまったのか。やれやれ、無造作な」 「でも先生。あんな野郎は、なにもそう惜しがることアございますまいに。……それよりは今度こそ、劉高が持っていたあの女を、この王矮虎《おうわいこ》に授けておくんなさるでしょうね」 「まだあんな執着を捨て切れねえでいやがる。なんて鼻の下の長い奴だろう」  矮虎の顔を指して、一同はどっと笑った。  あくる日になると、物見《ものみ》の報が入った。――先に黄信が劉高の手に乗って宋江と花栄を檻車に封じたことも、また何から何まですべての予察は、みな彼ら特有なこの“飛耳張目《ひじちょうもく》”の探りによっていたのである。 「黄信が鎮台兵を召集している!」  するとまた、翌々日には。 「いやそれよりも、青州一の兵馬総監、霹靂火《へきれきか》の秦明《しんめい》が、兵五百騎でやって来る!」  つづいては、同日の晩から翌朝にかけ。 「一路、青州街道からここの北麓《ほくろく》の下へ近づくらしい」 「すでに七十里先に見えた」 「麓から十里ほど手前で兵馬をとめ、今夜は野営する様子!」  刻々の物見の声は、まるで颱風来《たいふうらい》のようである。が、山寨《さんさい》の中はしんとしていた。  宋江がいる。  また小李広花栄もいる。  おそらくは、清風山全体の賊は、二人の智と勇に恃《たの》んで「――来たら来た時、ござンなれ」としていたのではあるまいか。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 秦明《しんめい》の仙人掌棒《さぼてんぼう》も用をなさぬ事。ならびに町々三無用の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  わざと山麓《さんろく》に一夜を明かして、大いに英気を養った官兵は、黎明《れいめい》と同時に、山へむかって、ど、ど、ど、どウん……  と砲口を揃えて、まず石砲をぶッ放した。  つづいて銅鑼《どら》や陣鼓《じんこ》の音が、雲を裂くかとばかり野に起ると、山上からも狼煙《のろし》が揚がり、山くずれのような一陣の賊兵が麓ぢかく陣をしいた。 「やあ、洒落《しゃら》くさい草賊めら」  秦明《しんめい》は、金鎧《きんがい》さんらんたる馬上姿に、例の鉄の仙人掌棒《さぼてんぼう》を小脇に持ち、近づいてみると、賊兵の中に擁《よう》されている大将風なのは、まぎれもない小李広|花栄《かえい》ではないか。  かっとなって、馬をすすめ、 「やい花栄《かえい》。なんじの家は代々朝廷の一武官たる上、身は鎮台《ちんだい》の将として地方へ赴任していながら、山賊の仲間に落ち入ったとは何事だ。恥を知れ」 「おう秦《しん》総監か。まず聞き給え。これには深い仔細のあること」 「言い抜けは無用だ、公辺にはもう真相は知れている」 「そもそも、その真相とは、劉高《りゅうこう》の拵《こしら》え事です。まったくは」 「問答無用、陳弁ならば公庁で吐《ほ》ざけ。おれはきさまにお縄を頂戴させるまでのことだ」 「上官と仰いで、一応のことわけを申すに、それすら聞いてくれないのか」 「叛乱人《はんらんにん》のくせに虫がよすぎる! 縛《ばく》に服せ、小李広っ」 「なんの! かくなる上は」  広場をえらんで、双方の馬と馬、卍《まんじ》にもつれた。花栄の閃々《せんせん》たる白槍《びゃくそう》、秦明の風を呼ぶがごとき仙人掌棒《さぼてんぼう》、およそ四、五十合の大接戦だったが勝負はつかない。  その間じゅう、敵味方の金鼓《きんこ》と、わあッという喊声《かんせい》は、山こだま[#「こだま」に傍点]を揺《ゆす》り鳴らす。それはすばらしい二人の剣戟《けんげき》俳優の熱烈な演舞をたすける、劇音楽と観衆の熱狂みたいな轟きだった。――そのうちに花栄のほうが、 「これは勝てん」  と、あきらめたか、急に道をかえて逃げ出した。 「卑怯《ひきょう》っ」  追ッかけた途端に、秦明のかぶとにカチンと矢が刎《は》ね返り、朱い房が切れて飛んだ。  見れば、花栄はすばやく手槍を鞍わきの了事環《りょうじかん》[#1段階小さな文字](槍挟み)[#小さな文字終わり]へ預けて、その手には半弓を持ちかえていたのである。 「あっ、這奴《しゃつ》は弓の名人⁉」  身を、馬のたてがみへ俯《う》っ伏せたすきに、すでに花栄の姿は雲林《うんりん》の裡《うち》に消え去っていた。  あちこちにおける部下と賊兵の小ぜり合いは、らちゃくちゃもない。彼は一たん兵を平野へ下げて兵糧《ひょうろう》をとり、再度山へ攻め登った。 「オオ。西の峰だぞ、あのドンチャンな銅鑼《どら》や鬨《とき》の声は」  しかし、秦明がその西の峰を、えいえい声で攻めて行くと、応《こた》えは谺《こだま》ばかりだった。 「ヤッ、賊は東谷の向うです。谺《こだま》のせいで、西に聞えたのかもしれません」  部下の注意に、きっと谷向うを見渡すと、なるほど賊の紅旗が見える。 「それ行けっ」  だが、道を急ぐだけでも、百難の思いがあった。細い杣道《そまみち》にはわざと大木を伐《き》り仆してあり、枯れ柴を踏めば、陥《おと》し穴ができている。  その上、からくも沢を渡って、東の峰へたどりついてみると、何としたこと! ここにも人の気《け》はないのである。森閑として春浅き樹海にはただ鳥の音が澄んで聞えるだけだ。 「くそうっ。この秦明《しんめい》を小癪《こしゃく》な偽計《ぎけい》でたばからんとするのだな。いまにみろ」  一ト息入れるまもなかった。またたちまち、百雷のような銅鑼《どら》の乱打がどこかでする。銅鑼の打ち方もただの戦陣|拍子《びょうし》でなく、まるで人を揶揄《やゆ》するような囃《はや》し方としか聞えない。 「下だ、下だ! もうすこし下の東寄りだ」  上からの攻勢は戦法の利と、無造作に雪崩《なだれ》かけたのが、またぞろ重大な過誤とはなった。途中、山肌の剥《は》げている片側道が削られていたのである。土砂もろとも、人馬は谷底へころげ落ちた。「止まれッ、止まれ!」と叫んでも後からの勢いに、瞬時、歯止めの効《き》かない車覆《くるまがえ》りの如き惨状を見てしまった。 「ひとまず退《ひ》けい。道をあらためて、こんどこそは潰滅《かいめつ》してやる!」  短気で鳴っている秦明も、いまはただ呶号《どごう》に呶号するばかりだった。怪我人を谷から拾い集めて一たん野営の場へひきあげた。そして休息ついでに早目な晩の兵站《へいたん》に夕煙を揚げはじめた。  するとつい今しがた降りて来たばかりな山中で、またも前にもまさる鬨《とき》の声や金鼓《きんこ》のひびきだ。自身はヘトヘトだったので、一隊を割《さ》いてまず前哨戦にやってみると、これがなかなか帰って来ない。  しかも、銅鑼《どら》の乱打はなお嘲《あざけ》るごとくつづいていたから、たまりかねたか、彼は再び馬上となって全軍へ号令した。 「兵糧は賊徒を踏みつぶしたあとでゆっくり食おう。山寨《さんさい》には酒や肉もうんとあるに違いないぞ。奮《ふる》えや者ども」  しかし、再び山へ馳《か》け入ると、東山《とうざん》の音声《おんじょう》はバッタリ消えて、かえって反対な西山の一角にチラチラ数知れぬ松明《たいまつ》の火が見える。 「さてはやはり、賊は西か」  と、昼の一道をとって引っ返せば、さらに思わぬ高い所に炬火が見えて、ここ西山の山ふところは、ただ暗々黒裡《あんあんこくり》の闇でしかない。秦明は切歯した。怒髪をサカ立て、毛穴は血の汗を吹きそうだった。 「兵卒、あの高い所へ行く道はないか」 「南へ迂回《うかい》すれば本道があるそうですが」 「さてはそっちが奴らの大手口とみえる。ぜひもない。南へ廻れ」  そこで東南路へ向ったが本道へ出るにもさんざんな苦心があった。すでに陽はとっくに暮れている。ぼやっと黄色い月があった。月光をたよりにやっと大道を見つけだし、折々、暗がりから射てくる伏勢の矢風だった。無二無三それを突破しながらすでに登りつめること数十町、ふと仰ぐと、やっと頂上へ出たか平《たい》らかな岩盤とかなり広そうな平地がある。  頂上には赤々と幾つもの篝《かがり》が燃えさかっているらしい。賑やかな笛や太鼓の音はまるで遊興の場のようだ。しかも何事ぞ! と秦明の怒気はいまや頂点に達していた。そこの平らかな岩盤を酒の場として、花栄や宋江や頭目《とうもく》どもが、杯を手に、風流な談笑でも交《か》わしているかのような姿ではないか。 「うごくなッ。賊どもっ」  彼らの前に、こう馬を躍り立てて大喝《だいかつ》したが、 「おう、秦《しん》総監、遂にやって来られたか」  誰かがそれにこう答えたのみである。驚く者などは一人もない。 「さぞおくたびれであろう。馬を降りて、あなたもここで一|献《こん》なさらんか」 「ば、ばかなッ。賊ども、神妙にお縄をいただけ」 「わはははは」  その笑い声が合図だったと見える。秦明《しんめい》の体は竿《さお》立ちになった馬の背から抛《ほう》り出され、馬は体じゅうに矢を負ったままどこへともなく狂奔してしまった。  同時に、秦明も横ッ飛びに危地を避けて、うしろへ続いていた味方の中へころげ込んだ。とたんに四面四山は耳も聾《ろう》せんばかりな陣鉦《じんがね》、陣鼓《じんこ》、陣螺《じんら》の響きであり山の人間どもの諸声《もろごえ》だった。――無我夢中で秦明は兵とともに逃げなだれた。――けれどもその疾走よりも速い谷川水が彼らを追ッかけ、ついに道を失ってしまった。道が河に変じてしまったのである。  この計略たるや、すべて宋江と花栄《かえい》の方寸から出たものだった。東峰と西峰にいわゆる兵法の“まぎれ”を伏せ、山の小道を“悩乱《のうらん》の迷路”に使い、また道を河にするには山寨《さんさい》の貯水池を切って落したものなのだ。  官兵五百のほとんどは、これでかたがついてしまった。しかしかねてから賊の手下に命じておいたことだから、いちど溺死しかけた秦明の身だけは、やがて縄目にされて曳かれて来た。場所は賊殿《ぞくでん》の本丸である。賊は“山寨《さんさい》の聚議場《しゅうぎば》”とそこを呼んでいる。 「やっ、花栄だなきさまは。おれは生け捕られたのか。だのになぜおれの縄を解く。……さ斬れ、花栄。なぜこの秦明を八ツ裂きにせんのだっ」 「秦《しん》総監。――夜来の失礼はおゆるし下さい。あなたを殺すなといっているのは、そちらにおられるお方です」 「なにっ?」  秦明は血走った眼を横へやって。 「さては、なんじが一山の賊の首魁《しゅかい》か」 「ちがいます――」花栄が言って、彼の眸《ひとみ》のやりばに注意を与えた。 「賊のかしらは、こちら側に居並んでいる者たちで、上から順にいえば、錦毛虎の燕順《えんじゅん》、矮脚虎《わいきゃっこ》の王英、白面郎の鄭天寿《ていてんじゅ》」 「賊でない奴が、ここにいるはずはない。花栄、きさまも今は張本《ちょうほん》の一人だろうし、そこの椅子《いす》にいる色の黒い男も、いずれは悪党の頭株にちがいあるまい」 「いいやそのお方こそ、宋押司《そうおうし》です」 「押司だと」 「山東の及時雨《きゅうじう》、宋公明さんですよ」 「げえっ。この人が?」 「よっく心をおちつけてご対面なすってごらんなさい。かねて鄆城県《うんじょうけん》から諸州へ配付された“宋江人相書”なるものはご記憶にあるはずではございませんか」  穴のあくほどじイっと宋江の顔やら風采を見つめていた秦明は、やがてのこと、がくんと肩を落して平伏した。 「いったい、これはどうしたわけか。どうして、かのご高名な宋|押司《おうし》が、こんな所におられたのか。……まるで夢のようだ。自分のしたことの恐ろしさに身がふるえる」 「どうぞお手を上げてください。いかにも宋江は自分ですが、それではお話もできかねる」  宋江はしいて彼を対等な一|椅子《いす》につかせ、そして、鄆城県《うんじょうけん》出奔の事情から、つい先ごろ、花栄の家に身を寄せているうちの奇禍《きか》と、劉《りゅう》夫妻の奸計におちたことなどを、逐一《ちくいち》諄々《じゅんじゅん》とはなしてゆき、その理非黒白をほぐしながら話して聞かせた。 「過《あやま》ッた」と、まっ正直なだけに、秦明は、慚愧《ざんき》と義憤におもてを焼いて――「すぐ拙者から慕蓉《ぼよう》閣下へ釈明しましょう。まるで事実はうらはら[#「うらはら」に傍点]だ。明朝ここを放してください」 「いやまあ、そのお体では、即座にご出発は無理でしょう。まあ、ごゆるりと」  いわれてみれば、豪気な秦明も五体|節々《ふしぶし》痛い所だらけである。手当をうけてつい二日は過ぎた。しかし考えると居ても起ってもいられない。 「山寨《さんさい》の衆、お願いがある。すでに亡《な》い命を、拙者におあずけ下されたうえ、なお虫のいいお願いだが」 「なんですか、いってごらんなさい」  そばにいた燕順がこう聞いてやる。秦明は首を垂れて言った。 「拙者のよろいかぶと、狼牙棒《ろうがぼう》。それと馬やら兵器やら、なお生き残りの部下がいたら、あわせて、返して下さらんか」 「で、どうなさるつもりです?」 「州へ戻って、慕蓉閣下のまえに罪を詫び、また、文官劉高の日ごろの悪と、偽訴の次第を、事つまびらかに申し上げて、治下の秕政《ひせい》を正す献策《けんさく》の資《し》といたしたい」 「それはご殊勝なこッてすな」と、燕順はニガ笑いして――「ですが総監、そいつアどんなもンでしょう。五百の官兵を失ッて逃げ帰った不届き者と、逆に暗い所へぶち込まれるのがせき[#「せき」に傍点]の山じゃございませんか。どうです! それよりはいッそこのまま、ここの荒山草寨《こうざんそうさい》をお住居として、ひとつ渡世の道を考え直してみなすッては」  すると、秦明は奮然と色をなして、賊殿《ぞくでん》の一室から外へ出てしまった。 「いかに囚《とら》われとなろうが、この秦明の腸《はらわた》はさほど腐ッてはいませんぞ。家代々朝廷のご恩をうけ、身は州の兵馬総監。なんで忘恩の賊となり、おかみへ反抗できようか。いざ、弓でも槍でも持って来て、この胸板をグザとやって下さい。――霹靂火《へきれきか》秦明の血はまだきれいなはずだ」  それを見ていた花栄は、聚議場《しゅうぎば》の階を馳《か》け降りて来て、 「まあ、まあ」  と、彼をなだめて連れもどった。 「お心もちはよく分りますが、ともあれそのお体ではまだご無理。もすこしご養生をしなくッちゃいけません」  秦明の立場は同情にあたいする。特に宋江はよく察していた。それにほだされ[#「ほだされ」に傍点]て彼は泣いた。宋江や花栄や頭目《とうもく》たちは彼を慰《なぐさ》めるべく小宴の酒盛りをひらいた。しかしほがらかに酔いもできない秦明《しんめい》だった。  またそれから五日ほどおいて、彼はいよいよ山を降りた。宋江以下は麓《ふもと》まで見送って来て、彼の甲冑《かっちゅう》や狼牙棒《ろうがぼう》を返してくれた。彼は恩を謝して、馬にまたがるやいな、青州の方へさして飛ぶが如く帰って行った。  ところがである。その次の日だ。青州郊外十里の辺まで来た秦明は、 「や、や、これはどうしたことだろう?」  と茫然《ぼうぜん》、馬をとめた。街道口の人家から城内へわたる町屋根は、一望|瓦礫《がれき》の焼け野原と化しているではないか。  しかもただの火災や野火ではない。行く行く見れば、兵の死骸や黒焦《くろこ》げの男女の死体もころがっている。あきらかにこれは戦《いくさ》の酸鼻《さんび》であった。秦明は我を忘れて馬にムチをくれ、一気に州城の城門下まで飛ばして行った。そして城壁の下から、 「開門、開門っ。……おれだ、おれだ、城門を開いてくれ」  と、どなった。 「なにっ、秦明が立ち帰ったと」  どよめきの中ではこんな声がして、城壁の墻頭《しょうとう》から無数な人間の首が外を覗《のぞ》いた。しかし鉄扉《てっぴ》のひらく様子はない。のみならず一声の喇叭《らっぱ》がつんざき渡り、鼓楼《ころう》の太鼓がとどろくと、彼のあたまの上から奉行|慕蓉《ぼよう》の声が、こう聞えた。 「やあ人非人! むほん人めが! ぬけぬけ開門とは白々しい。またも我れらをあざむくため、その姿をば見せしよな。何条《なんじょう》、再びその手に乗ろうか。そこうごくな、引ッとらえて火あぶりの極刑に処してくれん」  秦明は仰天して、上へ哀号《あいごう》した。 「閣下、閣下。何かのお間違いではありませんか。重々不覚は取りましたけれど、むほん人などとは、心外な仰せ」 「だまれ、その甲冑《かっちゅう》、その二つとない狼牙棒《ろうがぼう》。馬もまたそれだ」 「それがどうしたのですか」 「とぼけおるな。一昨夜の深更、賊兵を指揮して、大胆にも、州城の内外を荒し去った賊の中に、はッきりと、なんじの馬上姿を見た者がある!」 「げッ。この秦明が?」 「覆面こそしていた由だが、火光|歴々《れきれき》、骨柄《こつがら》から働き振りまで、秦明その者にまぎれなしと、目撃した兵のすべてが一致した声だ。憎ッくい奴め。よくも慕蓉《ぼよう》の恩寵を裏切りおったな。その報復には、なんじの家族はこれこの通りだ。……天罰のほどを見よや秦明」  と、慕蓉が手をあげると、かたわらの兵が数本の槍を壁上からさし出した。見ればその槍の穂には彼の家族の首が一個ずつ刺しつらぬいてある。最愛な妻の首も中に見えた。 「あさはか者め! 五百の兵は失い、賊にはそそのかされ、あげくに何か嘘言《きょげん》をかまえて、家族を連れ出さんの所存であったろうが、そうはさせん。――それっ、這奴《しゃつ》をのがすなッ」  一下の号令とともに乱箭《らんせん》の雨がたちどころに彼の姿をつつみ、その口からは哭《な》くが如く、また血を吐く如き一声が、 「ああっ……」  と、聞えた。  けれど刹那には、本能的な一|鞭《べん》がビシッと馬腹を打っていた。そして飛鳥のようなひるがえりを見せたと思うと、城壁の蔭からそれを狙ッて石砲の石弾がドドドッと撃ち出された。ばッと黄色い砂塵が立ち、つづいて吶喊《とっかん》してゆく一隊二隊が辻に見えた。しかし彼を乗せた悍馬《かんば》はいくたびとなく歩兵を蹴ちらし、槍ぶすまを突破して、見るまに郊外十里の外まで彗星《すいせい》のように飛び去ッていた。  ――と、行くての木立の蔭に、一陣の旌旗《せいき》と人馬が屯《たむろ》していて、 「やあ秦《しん》総監、どこへ行かれる?」  と、横ざまに五騎の馬首を並べ立てて、彼の道をさえぎッた。  みれば一人は宋江である。また花栄、燕順、王|矮虎《わいこ》、白面郎らの面々なのだ。 「青州の灰燼《かいじん》には、さだめし仰天なされたであろうが、仔細はあとで申しあげる。われらはお迎えに出ていたもの。ともあれ、再び山寨《さんさい》へお戻りください」  山兵二百人に擁《よう》されて、ぜひなく秦明はまた山へ返った。聚議場《しゅうぎば》では、彼を正座にすえて、はやくも酒餐《しゅさん》の卓が飾られる。と見るや秦明は、 「あいや」と、つよくその杯を拒《こば》んだ。――「お笑いを受けるかしれんが、自分の心中はいま酒どころでない。断腸の念にたえないのです。どうかごめん蒙《こうむ》りたい」 「わたくしが悪かったのだ」  宋江は深く謝罪して言った。 「いわばあなたの人物を惜しむの余り、奇計をめぐらし過ぎて、その結果、あなたの家族らを非業な死に目にあわせてしまった。なんとも申しわけありません」 「えっ。では宋|押司《おうし》、足下《そっか》がやった仕業《しわざ》だと仰っしゃるのか」 「手をくだしたのは、私ではない。しかし私の策がその奇禍を招いたといえましょう。……じつは花栄、燕順らのすべてが、あなたの人物に惚れ込み、どうしても仲間に入れて、刎頸《ふんけい》の誓いを結びたいとの願い。しかし、あなたはおききいれがない」 「……?」 「で実は、ご辺《へん》が山寨《さんさい》にいるうちに、山兵のうちからあなたの背丈《せた》け風貌にそっくりな者を選び出し、それにご辺のよろいかぶとを着せ、また狼牙棒《ろうがぼう》を掻《か》い持たせて、燕順、王|矮虎《わいこ》らの手下二百とともに、夜半、青州城を襲って、城内外を荒し廻ったというわけです。……そうすれば、あなたは山寨にもどるしかないという目算から」 「さてはそうだったのか……。むむ、宋江っ、外へ出ろっ」  秦明は憤怒して、仙人掌棒《さぼてんぼう》を持ちかけた。 「あっ、待ってください」  花栄以下の者、みな彼の足もとに、平身低頭して、 「やりばないご忿怒《ふんぬ》はもっともです。しかし宋先生お一人へ恨みをかけるのは当っていません。元々、霹靂火《へきれきか》秦明なる男に惚れ込んでこんなにまで執着を持ったのはわれわれどもなんです。これや何かの因縁でもありましょうか。どうにも思い切れなかった。今はこの罪の償《つぐな》いもできませんが、未来へかけてお詫《わ》びします。どうかここは怨涙《おんるい》を忍んで、われらの杯を受けてください。いや、われわれを義の弟として、長く引ッ提《さ》げて行ってください」  こう首を揃えて詫び入られ、また、こうまで、男が男に好かれたのでは、果てなく愚痴をいってもいられない。  かえりみれば、秦明《しんめい》もいまは天涯孤独だ、死んだ者が生きて還るわけでもない。かつは官途の腐敗も痛感している。ついに彼は杯をうけて、ここに山沢《さんたく》の同じ悲命児らと、生涯の義を結ぶこととなってしまった。――これや後々になって思えば、すべて天地の不可思議というしかなく、百八の宿業星が、自然この土《ど》に生れて相会す奇縁《えにし》というしかないものだった。  一方。――清風鎮《せいふうちん》の鎮台|大寨《たいさい》に軍備をしいて、慕蓉《ぼよう》閣下の救援を待っていた黄信《こうしん》は、或る日、「おや、あれへ来るのは、秦《しん》総監ではないか。たった一騎で、はて何しにこれへ?」  と、そこの望楼《ぼうろう》から、鎮台大路を見下ろしながら怪しんでいた。  まもなく、大寨門から伝令が来た。やはり秦明であったのだ。彼にとっては上官でありまた武術の師でもある秦明である。自身、出迎えて、柵内《さくない》の接官亭に請《しょう》じ、つぶさに秦明の口から、こんどの事件の表裏やら、また秦明自身の境遇の一変をも、聞いたのだった。 「へえ? ……ではすべて、劉《りゅう》夫妻の悪だくみだったんですな」  事ごとに、黄信は意外な眼をみはって、 「道理で、ここにいてみると、城下一般の声は、みな花栄を惜しみ、文官の劉を憎む者ばかりです。だが総監、あなたまでが、花栄につづいて賊寨《ぞくさい》に身を投じたというのはどういう発心なのかわかりませんな」 「運命の悪戯《いたずら》か、おれにも発心は分っていない。けれど山東の及時雨《きゅうじう》、宋公明《そうこうめい》がそこにいる。おれは夙《つと》に宋江の人柄には心服していた。会ってみても義心厚く、心のきれいな人とは信じられた。そうだ、おれの発心は宋江を信じたことによるものだろう」 「えっ、宋公明がどこにいるんですって」 「はははは。黄信、貴公はその人を現在手にかけていたではないか。檻車《かんしゃ》に乗せて君が護送して行った鄆城虎《うんじょうこ》の張三《ちょうさん》というのが、じつはその人だったのさ」 「ほんとですか」と、なお半信半疑のていだったが「――知らなかった。さりとは口惜しい。もしそれが宋公明とわかっていたら、身をかえても、逃がしてやったものを。……それにつけ、おれはなんと馬鹿だったろう。まんまと口上手な劉《りゅう》夫妻の甘言にもてあそばれていやがった」  黄信は自分の頭を叩いて悔《く》やみぬいた。 「……ところで」  と、秦明は目的の要談に入った。  いわずもがな、彼の目的とは、黄信を説いて、血を流すなく、花栄の官邸にのこしてある妻や妹たちを寨外《さいがい》へ救出させることにあった。  また自分とともに、黄信をも、一味へ引き入れる誘いでもあったのだ。 「ぜひ仲間の内へ」  と、黄信はそれに応じたので、ただちに、秦明と二人で、鎮台城頭の官旗を下ろした。  遠くで、それを合図と見ていたものか、たちまち清風鎮の街中へ、約二百の山兵が、燕順、王矮虎《おうわいこ》、白面郎などに引率されて粛々《しゅくしゅく》と入って来た。 「や、官軍じゃないぞ」 「山兵だ、山賊だ」  町民はふるえ上がり、家々では戸を閉めた。  けれどこの山兵軍は、規律整然、さもしげ[#「さもしげ」に傍点]な他見《よそみ》もしない。  鎮台の諸門は開け放たれ、宋江はただちに“市札《しさつ》”を辻々に立てさせた。 [#ここから1字下げ] 閉業《へいぎょう》、無用 恟々《きょうきょう》、無用 隠匿《いんとく》、無用 [#ここで字下げ終わり]  こう三無用の触れだった。  しかしただ一ヵ所、文官劉高がいた公邸へは、すぐ山兵が殺到していた。そして劉《りゅう》の家来は殺戮《さつりく》され、奥に隠れていた夫人は引きずり出されて山へ送られた。――さらにその倉庫からは、種々《さまざま》な財宝が道へ積み出され、牛、馬、鶏、羊などとあわせて、それら財物はすべて貧民たちの手へ公平に分配された。  一面、花栄の公邸から、花栄の妻や妹が救出されていたのはいうまでもない。が、花栄はその肉親たちを連れたのみで、公邸の家財はやはり困窮者の布施《ふせ》に頒《わ》けてしまった。  かくて、山兵が獲《え》た物は何かといえば、鎮台内の備品や食糧や兵具であった。それだけでも彼らの凱旋《がいせん》を賑わすには持ちきれないほどの分捕り品であった。――全員、歓呼のうちに山寨へひきあげる。当夜の大宴は、山寨中の端から端までの大はしゃぎ[#「はしゃぎ」に傍点]。  ところが、いつのまにか、王矮虎ひとりだけが宴の中に見えない。 「ははアん。……あの女好きめ、もうはやいとこを、やってやがるな」  白面郎の岡焼きを小耳にとめて、燕順が、 「そうだ、宋先生、あの劉夫人めの処分は、どうしましょうか」 「つれて来給え」  即座に、白面郎と燕順がどこかへ行って、劉夫人を拉《らっ》して来た。それに従《つ》いて、いかにも不服|面《づら》なのは、王矮虎だった。矮虎は宋江を見るやいな先手を打った。 「先生、かまッておくんなさるな。女はもう自分の体を、この矮虎にまかせてしまったんですからね」 「そうか、思いをとげたのか」 「へへへへ、いわば今からはてまえの女房ッてわけですからね」 「それは考えものだろう。思ってもみろ。かつてこの宋江が、危難を助けてやったのに、その恩をアダで返し、ために以後の大きな禍《わざわ》いをよび起した毒婦ではあるまいか」 「毒婦結構、先生の前ですが、河豚《ふぐ》にはまた、河豚の巧味《うまみ》がありましてね」 「でも生涯の伴侶《はんりょ》にするものではない。おまえはいいにしろ、周囲に不和と不慮のいざこざ[#「いざこざ」に傍点]が絶えぬ。たとえば秦明《しんめい》の家族があえない死を遂げたなども、もしこの女がなかったら、起りうる事件ではなかったろう」  こう二人の間で“毒婦問答”が交《か》わされている隙に、後ろで突然、劉《りゅう》夫人の絶叫が聞えた。――あっと王矮虎《おうわいこ》がふりむいてみると、女はすでに乳のあたりに短剣を突き立てられて鮮血のなかに仆れていた。 「矮虎、いい加減にしろ」  叱ったのは兄貴分の燕順である。矮虎は、首を垂れてしまった。  だがべつに、ここは女禁制の世界というわけでもない。矮虎も恰好なのをそのうちに見つけるサと皆してなだめ、また宋江は、秦明の癒《い》えない孤愁を思いやって、自分が媒人《なこうど》の労をとり、花栄の妹を、秦明の妻にめあわせた。その儀式や祝宴がまた両三日つづいたのである。 「やあ、こんどこそは、大がかりな官兵の討伐がやって来ますぞ」  俄然、物見の一報は、山上の気を醒《さ》ました。  花栄、秦明、黄信の名は、むほん人として官簿《かんぼ》から抹殺《まっさつ》され、代るに、青州奉行や中書省の発令で近く追捕《ついぶ》の大軍団がこれへ急派されるという取り沙汰だ。 「さて、どうする?」  聚議場《しゅうぎば》では評定の額《ひたい》があつまる。 「いかに智恵袋をしぼッても、こんな山寨《さんさい》では防ぎきれまい。第一、麓《ふもと》をぐるりと取巻かれて持久戦と出られたら、たちまち干乾《ひぼ》しに見舞われる」 「いまは捨てるときでしょう」宋江の説である。宋江はいう。 「天地はひろい」 「広いったって、これだけの同勢が、どこへ行ったらいいんです?」 「梁山泊《りょうざんぱく》という地がある」 「梁山泊? 聞いたようだが」 「山東一の水郷《すいごう》です。周囲八百余里、芦荻《ろてき》にかくれ、渡るに難《かた》く、しかも内は一島国のごとき山野をかかえ、宛子城《えんしじょう》を中央に四、五千人の者が、晁蓋《ちょうがい》という自分の知人を首領に仰いでみな楽しく住んでいる」 「はてね宋先生は、そんな人物とも、知り合いがあるんですかい」 「仔細があって」  と、宋江は微笑した。そして掻いつまんだ由縁《ゆかり》をはなすと、 「それだ、そここそは、おれたちに打ッてつけの天地だろうぜ。どうでしょう先生、何か手引きがなくても仲間入りの見込みはありましょうか」 「なくはない。これほどな男揃い。むしろ、よろこんで迎えよう」 「ならば、さっそくがいい。善は急げだ」  十数|輛《りょう》の江州車《ておしぐるま》が準備された。荷馬にも行李《こうり》や金銀や何くれとなく括《くく》られる。  そして、ここで別れを望む者には、かねや物を与えて立ち去らせ、残部の四百人ぢかくの同勢と、馬百数十頭、車十数輛という編制の大人数が、その隊伍の上に、 [#1字下げ]草匪討伐官《そうひとうばつかん》第一軍  という大旗を持って出かけた。  すなわち、梁山泊討伐の偽《にせ》官軍を装《よそお》って、公然、南へさして立ったのである。宋江、花栄がその先鋒を行き、つづいて秦明と、黄信が、 [#1字下げ]官軍第二隊  の旗をすすめた。そして燕順以下は、第三隊となって山を離れ、さいごの者が山寨《さんさい》に火をかけて立ち去った。車輛のうちの六、七輛は、輿造《こしづく》りの式で四方布《よもぬの》を垂れ、内には女たちの姿がちらちら見える。宛《えん》として、これは世帯持ちの軍隊の大引っ越しといえなくもない。  だが、春はようやく日も遅々《ちち》として、駅路山村、どこでも怪しむ者などなかった。とはいえこの同勢で梁山泊への道はそうかんたんな行旅でもない。果たして道中無事か否かは、百八星をこの世界に生ませた魔か神のみが知るであった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 弓の花栄《かえい》、雁《かり》を射て、梁山泊《りょうざんぱく》に名を取ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  旅もただの旅ではない。なにしろ男女三隊四百人の大移動である。目ざす梁山泊《りょうざんぱく》までの幾山河《いくさんが》は越えていたが、 「まだあと幾日の道のりか?」  行くての山、行くての雲、ただ漠々《ばくばく》な感だった。  そのうえ人員もついに五百人からに殖《ふ》えていた。――というのは、対影山《たいえいざん》の山賊、呂方《りょほう》と郭盛《かくせい》の二人を、その手下ぐるみ、途中で仲間に加えていたからだった。  呂方は、あだ名を小温侯《しょうおんこう》という、根は生薬屋《きぐすりや》あがりだが、方天戟《ほうてんげき》の無双な達人。  また郭盛も、西川《せいせん》は嘉陵《かりょう》生れの水銀売りだが、ともにこれも方天戟の使い手であり、呂方と張りあって、一つ対影山に二|寨《さい》を構え、賊同士勢力争いをしていたのである。ところが、 「山東の宋公明《そうこうめい》について、花栄《かえい》知寨《ちさい》、秦明《しんめい》総監、鎮三山の黄信《こうしん》など、みな官途をすてて義を誓い、それに清風山の燕順《えんじゅん》、矮虎《わいこ》、白面郎まで従がッて、これから梁山泊へ行く途中だそうだ」  と聞き、ふたりは喧嘩どころでなくなった。たちまち首をそろえて、仲間入りを志願してきたものだった。 「……それはいいが」  と宋江はこの途方もない人員の膨脹《ぼうちょう》をみて一同へ計《はか》った。 「もし梁山泊の物見《ものみ》が、これをほんとの討伐軍と見て、先に山寨《やま》へ知らせようものなら、それこそ、えらい間違いの因《もと》になる――。わしと燕順とは、ひと足さきに行って、前|触《ぶ》れをしておくから、一同はあとからやってくるがいい」  そこで、二人だけは先へ馳けたのだ。単騎の方が、道のりはずっと捗《はか》どる。  すでに別れてから三日ほど後のこと。宋江と燕順が、とある道ばたの居酒屋で馬をつなぎ、腹ごしらえをしかけていると、 「おやっ? 宋江さまじゃございませんか」  と、店の薄暗い隅ッこで独りチビチビ飲んでいた豚の鼻みたいな頭巾をかぶッた大男が、のそっと、こっちへ寄って来た。  ぎょッとしたが、こう図ボシをさされたのでは隠しようもないままに。 「いかにも、私は宋公明だが。して、おまえさんは」 「やあ、いい所でお会いしましたが、こいつは何やらどうも不思議だ。草葉の蔭の人のお引き合わせかもしれませんな」 「はて、草葉の蔭の人とは」 「ま……。とにかく、この手紙をごらんなすって」 「や。この手紙は、わしの実弟、鉄扇子《てっせんし》宋清《そうせい》の筆蹟にちがいないが?」 「てまえは、石勇《せきゆう》というケチな男で、あだ[#「あだ」に傍点]名を石将軍といわれ、元は大名府《だいみょうふ》で、博奕《ばくち》渡世などしておりました」 「どうして、弟の宋清と、ご昵懇《じっこん》なのですか」 「いや、ご昵懇というほどなお近づきじゃございません。じつア盆茣蓙《ぼんござ》のまちがいから土地を売り、ひと頃、滄州《そうしゅう》の柴進《さいしん》旦那にかくまわれておりました。――するうちに、その柴《さい》旦那のお添え状をもらっていたので、そのご旅烏に出た途中、鄆城県《うんじょうけん》のお宅様で、一ト晩ごやっかいになったもんなンで」 「あ。わしの郷里の家に」 「そのときお噂が出ましてね――。弟様が仰っしゃるには、兄の宋江は、白虎山の孔家《こうけ》にいると聞いているが、もしあの地方に行くんだったら、この書面を渡してくれまいか……と、こうお頼みをうけたわけでございまして。――ま、とにかくそれをご一読くださいますように」  何げなく、宋江は封を切った。いや切りかけながらすぐ気づかれたのは、極《き》まり文句の“平安”の二字も上に見えないし、封も不吉な“逆《さか》さ封じ”になっていたことだった。 「…………」  一読して宋江はガバと卓に顔を伏せてしまった。  鬂《びん》の毛は泣きそそげ、耳の裏までが血の気を失い、まっ青に変っている。――怺《こら》えに怺えるらしい嗚咽《おえつ》がついには全身の慟哭《どうこく》となってゆき、それを見て、唖然《あぜん》としていた連れの燕順も、宋江がもしや気でも狂ッたことかと、怪しみに痺《しび》れてしまったほどだった。 「ど、どうなすったんです。先生、先生」 「ああっ……。燕順、すまないが、後から来る同勢の人々へは、君からあやまっておいてくれ。わしはここからすぐ、郷里の家へ帰らなければならぬことになった」 「だって、あなたがお出《い》で下さらなくなっちゃ、梁山泊《りょうざんぱく》だって、仲間へ入れてはくれねえでしょうに。五百人が路頭に迷うじゃございませんか」 「いやいや、いま筆紙を借りて、梁山泊へは私の名で一|札《さつ》を書く」 「いったい、どういうご事情なんで?」 「郷里の父が亡くなったのだ。……弟の手紙には、これを見たらすぐ帰ってくれとある。……ああ、わしは何たる不孝者か。燕順、笑ってくれ。泣かずにいられない! ……。この旅空でついに老父の死水もとれず、何一つ安心させてあげることも出来ずにしまった」  宋江は見得もなく、哭《な》いて、哭きやまないのだった。これが宋江の素裸な人間そのものであるを思えば、もうその意志を曲げようもなく、燕順のごとき男すら、つい貰い泣きして、一も二もなくそれには同意を寄せてしまった。  花栄、秦明《しんめい》、黄信らの大人数は、例の大旗を押したてて二日後に三隊とも、同じ土地へさしかかって来た。  すぐ旅籠《はたご》から飛び出して迎えた燕順と石勇とが、ここにいない宋江のわけを話すと、 「えっ、じゃあ宋《そう》先生は、独りでここから故郷へ帰ってしまったというのか。ちぇっ、なぜ引きとめてくれなかったか」  一同は、ひどく落胆したり恨んだものの、すでに別れ去った人である。今さらどうしようもなく、石勇も隊に加えて、そのまま行旅を続けて行った。  かくて。――すでにその日は、山東|梁山泊《りょうざんぱく》の近くかと思われる水郷《すいごう》地帯へはいっていた。  すると、蕭々《しょうしょう》たる平沙《へいさ》や葭《よし》の彼方《かなた》にあたって、一|吹《すい》の犀笛《さいぶえ》が聞えたと思うと、たちまち、早鉦《はやがね》や太鼓がけたたましく鳴りひびいた。  見れば、野山いちめんに、翩翻《へんぽん》たる黄旗、青旗、紅旗がのぞまれ、遠い岸の蔭から、二そうの快舟《はやぶね》が、それぞれ四、五十人の剣戟《けんげき》を載せて、颯々《さっさつ》とこなたへ向って近づいてくる。 「やあいっ、待てーえっ」  舳《みよし》から呼ばわったのは、梁山泊の一将、豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》、もうひとりは赤髪鬼の劉唐《りゅうとう》だった。  こなたでは、花栄やら秦明たち。 「おうっ梁山泊の一手の衆か、おまちがえ下さるな、官軍の旗は、道中の眼をあざむくための物。われらは官軍ではござらん」 「では、どこの何者だ」 「宋公明どのの添え状を持参しておりますれば、それをご一見ねがいたい」 「なに、宋先生の手紙をお持ちだと?」  船上では、小さい信号旗が振られていた。  ――と、陸寄《おかよ》りの入江から、一そうの漁舟と、三人の漁夫てい[#「てい」に傍点]の男が、花栄の前へこぎ寄ッて来て、ひらと陸《おか》へとびあがり「さ、こっちへ」と、道案内に立ってゆく。  車も埋まるばかりな葭芦《よしあし》の間の道を幾曲《いくま》がり、やがて、かの埠頭《ふとう》の朱貴《しゅき》の茶店までやって来ると、早やさっきの二|艘《そう》も何処やらに着き、 「いざ、お手紙を拝見しよう」  と、林冲《りんちゅう》が先に来て待っていた。  しかし、林冲はそれを自分の手で開封したのではない。ただちに、鳴鏑《なりかぶら》の遠矢を射、対岸から使い舟を呼んで、それをどこかへ持たせてやったのだ。 「みなさん、さだめしお疲れだろう。おそらく吉左右《きっそう》は明朝のことになる。今夜はここでゆるりと、野営なさるがいい」  林冲は、一同をねぎらった。  また茶店の朱貴は、大甕《おおがめ》十箇の酒をあけ、三頭の黄牛《あめうし》をつぶし、ぞんぶんに大勢の腹を賑わした。  あくる朝。美しい桃色の春の晨《あした》だ。  山寨《さんさい》の軍師、呉用《ごよう》学人は颯爽と一舟をこがせて、これへ先に渡って来た。  そして、花栄、秦明《しんめい》以下の、おもなる面々と、いちいち親しく名《な》のりあって。 「宋《そう》公明君のご書状に照らして、寨中《さいちゅう》の頭目ども評議の結果、よろこんで、ご一同を梁山泊へお迎えいたすことに決めた。……いざこれよりご案内申す。お支度あれ」  やおら呉用は、こういうやいな、埠頭《ふとう》へ出て、十二隻の大きな白棹船《はくとうせん》をさしまねいた。  五百余人が、それへ乗りわかれるまでの雑閙《ざっとう》といったらない。女づれ、馬、車、牛、行李《こうり》、まるで難民の集団移住だ。――しかしひとたび岸を離れるや、先駆の一船が、金沙灘《きんさたん》の白波を切って、整々とさきを進み、ほどなく上がった岸から松林の道にかけては、楽隊、爆竹、そして聚議庁《しゅうぎちょう》[#1段階小さな文字](本丸)[#小さな文字終わり]までの峰道も、すべて五彩の旗波だった。 「やあ、ようこそ」  岳城《がくじょう》の大広間には、人々が出迎えていた。  すなわち、左|側《がわ》の椅子《いす》には。  晁蓋《ちょうがい》、呉用、公孫勝《こうそんしょう》、林冲《りんちゅう》、劉唐《りゅうとう》、阮《げん》小二、阮小五、阮小七、杜選《とせん》、宋万、朱貴、白勝《はくしょう》。  なかでもこの白日鼠《はくじつそ》の白勝は、つい数日前に、済州《さいしゅう》の牢屋からぬけ出して、ここにつらなっていたのである。それも呉用学人のはかりごとであったとか。  次に、右側を見れば。  花栄《かえい》、秦明《しんめい》、黄信《こうしん》、燕順、矮虎《わいこ》、白面郎、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》、石勇、と今日の新顔がすえおかれた。そして、両列の間には、大香炉《おおこうろ》に薫々《くんくん》と惜しみなく香《こう》が焚《た》かれ、正面に神明を祭り、男と男との義の誓いがここに交《か》わされる。  式終って。  聚議庁《しゅうぎちょう》から山じゅうは、楽《がく》の音になった。  女たちや年寄り連れの家持ちには、それぞれ山裏の谷にある土の家が与えられ、その日は夜へかけての祝宴だった。  その祝宴中のこと。  当然ながら、宋江のうわさも出る。  そして、宋江が、老父の死の報らせに会い、ついにこれへ来なかったはなしを聞くと誰もが、 「ああ、あの人らしい」  と、その孝心にひとしく嘆声《たんせい》をもらし合った。  また、清風鎮《せいふうちん》の一件では、聞く者みな血を沸《わ》かし、ひいては、花栄が弓の名人たる話も出たが、これには晁蓋はじめ、呉用も林冲《りんちゅう》も、耳を外《そ》らした顔していた。――この顔ぶれの中で、武芸自慢などは、ちとおこがましいといった空気でないこともない。  あくる日。  花栄以下、新参加の九名は、晁蓋やほかの面々にみちびかれて、梁山泊一帯の木戸や地形、隠し砦《とりで》などを一巡してあるいた。  折ふし、春靄《しゅんあい》の江山《こうざん》江水《こうすい》は、絵のようだった。そして時々耳には、  キロロ、キロロ……  と帰る雁《かり》の声が聞え、仰ぐと、竿《さお》のような雁の列が、しばしば水の彼方《かなた》へ消え去った。 「どなたか、弓をお貸しくださらんか」  花栄がふと言い出したので、 「これでおよろしいか」  一人が携《たずさ》えていた弓を与えた。  黒地に金の箔《はく》を散らし、それに密陀絵具《みつだえのぐ》でかささぎ[#「かささぎ」に傍点]が画いてある細弓だった。ぷーんと、弦鳴《つるな》りをひとつ調べ、矢をつがえて、花栄はあたりの人へいった。 「ほんの余興にすぎませんが、これで空行く雁のあたまを射てみましょう。仕損じたらおわらい下され」  人々は顔見合せた。  ゆうべのことがある。花栄の気もちはわかるが、片腹いたいとする風が誰にも見えた。  しかし、矢は弦《つる》に、はやまんまると、弓はひきしぼられていた。頭上へかかる一ト連《つら》の雁《かり》がね[#「がね」に傍点]があった。花栄はさけんだ。 「あの三番目を射る!」  びゅんと、弦は返った。そして、矢はたしかに三番目に飛んでいた雁を射て地へ落ちてきた。すぐ兵をやって拾わせてみると、何と、矢もまさに雁のあたまを見事に射抜いていたのであった。  いらい梁山泊のうちでは、花栄をさして、 [#1字下げ]神臂《しんぴ》将軍  と呼び、また、むかしの養由基《ようゆうき》もおよぶまいほどな名人であるともいって、その弓の神技を疑う者はなくなった。  義の仲間では、席次、つまり階級が厳格だった。やがて席次がさだめられる。――すなわち従来の首席や軍師の座にはかわりもないが、秦明《しんめい》は花栄の妹を妻としているので、花栄に上席の五番目をゆずり、彼は六番目になった。  また黄信は八番目に。  さらに燕順以下は、阮《げん》の三兄弟のつぎにすわった。そして旧将、新星の二十一|頭目《とうもく》が、ここ聚議庁《しゅうぎちょう》から指揮をとり、たとえ官軍何万、いつおし襲《よ》せて来ようとも、という陣容を新たにしていた。  しかし一|抹《まつ》の淋しさがないでもない。  ひとりここに欠けていた宋江である。――その宋公明の消息|如何《いかん》は、以来、ここの仲間には忘れえない関心事となっていた。もちろん、彼らはその手先を使って、たえず江《こう》を渡らせ、その飛耳張目《ひじちょうもく》を八方へくばらせてもいた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 悲心《ひしん》、長江《ちょうこう》の刑旅《けいりょ》につけば、 鬼の端公《たんこう》も気のいい忠僕に変ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  話はすこし前へもどって。  さて宋江《そうこう》は、その日、故郷|宋家村《そうかそん》の村ぐちへ来て、村社の前までさしかかると、 「おや、めずらしい」  村年寄の張《ちょう》とぶつかり、こう驚きのあいさつと、よろこびをかけられていた。 「押司《おうし》さま。ようまあお帰ンなすったの。あのいやな事件も、一年半ぶりで、なんとかおゆるしのお沙汰が出たとか。これからは村にいて下さッしゃれ」 「おう、爺さんか。おまえお達者かね。あの事件は、おゆるしとなっても、父の死に目に会わなんだこの不孝者、村の衆へもあわせる顔がありませんよ」 「な、なにを仰っしゃるんじゃ。お宅さまの大旦那とは、たった今、そこの社務所で祭りの相談などして、お別れして来たばかりじゃがの」 「そんなはずがあるもンですか。弟の手紙で父の死を知り、仰天して、旅先からたったいまここへ帰って来たばかりだ」 「へえ、宋清《そうせい》さんのお手紙ですッて。どれどれ、そのお手紙を見せてください。……ほほう? ……これですかい。あはははは……こりゃ、宋清さんもどうかしておいでなさる」 「笑いごとではありますまい」 「いや笑わずにはいられませぬわい。現に今、さんざんご冗談をいったり、昼酒のごきげんで、お宅へ帰って行かしゃった大旦那様が、どうして死んでなどいましょうぞい」 「ほんとか。いや、ほんとであれかし」  宋江はまだ半信半疑ながら、飛ぶがごとく馳《か》けて、わが家の古い門へ馳けて入っていた。 「や、兄上お帰りか」  出て来た弟の宋清を見るなり彼は息をはずませて。 「父上は」 「おくにおります。たったいま、よそから戻って」 「なに」  うれしかったが、しかし、腹も立って、弟の横顔をなぐりつけてやりたいほど、涙がこぼれた。 「きさま! なんという馬鹿な手紙をわしによこしたのだ。戯《たわむ》れもほどにせい!」  すると、奥から、 「その声は、せがれか」  老父が走り出して来て、宋江の手をにぎり、その手を自分の頬にあててあやまった。 「かんべんせい。あの手紙は、わしが宋清に書かせたのじゃ。……会いたさにの。……そしてまた、白虎《びゃっこ》山や清風山のあたりには、賊徒が多い。……もしやまたおまえもそんな徒輩《てあい》の仲間に染み、不忠不孝の曲者《しれもの》にでもなり終っては、ご先祖にあいすまぬと、日夜心をいためていたところへ、あの石勇《せきゆう》という男がみえたので」 「ではまったく、あの手紙は父上の……。ああ、よかった……。もう何も申しません。長らくの不孝のつみ、どうぞおゆるしくださいまし」 「いや、せがれよ。そう気を病むな。ひと頃は、あの事件で、わしもえらく悩んだが、待てば日和《ひより》、こんどの特赦《とくしゃ》を知っているか」 「え。特赦の沙汰が出たのですか」 「このたび、宋《そう》朝廷では、皇太子さまの立太子《りったいし》の儀がおこなわれ、すべての罪の者に、罪一等を減じられようというお布令《ふれ》じゃ。だからもう、たとえおまえが帰ってつかまっても、たかだか軽い流罪ぐらいですむことじゃろうよ」 「して、当時の与力《よりき》の雷横《らいおう》や朱同《しゅどう》は」 「ふたりとも今は役署におらん。……いまいるのは趙能《ちょうのう》、趙得《ちょうとく》という兄弟の与力同心でな」  なんと、宋江がこう聞いてから、まだ半日のくつろぎも、故郷の家でめぐまれていないうちだった。  その趙能、趙得、兄弟の役人がはやくも知って、宋家の外塀を捕手でぐるりと取り囲み、 「神妙に同行あるか。それとも、一せいに踏み込もうか」  と、威嚇《いかく》をふくめて言い入れてきた。 「もう知って来たか」  老父は慟哭《どうこく》した。  けれど宋江は、父の無事を見たことだけでも、うれしかった。だのにここで、冷静を欠けば、老躯《ろうく》の父により以上な心労をまたかけ直すことになる。むしろはやく刑をすまして、はれて家に帰り、せめて老後の父の余生を見るに如《し》くはないと考えられた。  そう聞いて、老父はいよいよ涙にくれたが、 「ぜひもない、おまえがそう腹をきめてくれるなら、わしも金をおしまず官途へつかって、すこしでも罪がかるく、また早く帰ってもらえるように、それをたのしみに、待つとしよう」  この相談には、趙《ちょう》も立会わせた。そして充分な馳走とわいろの力で、趙の手勢は、一ト晩、張り込みを名目として泊りこみ、宋江の逮捕《たいほ》はあくる日にのばされた。  県城の知事は、事件当時のままで、すなわち時文彬《じぶんぴん》その人だった。 「これでわしの職分も立った」  知事は、ただちに宋江の口書をとり、牢舎へさげた。――が、街中はその噂でたちまちに、 「なにとぞ、宋押司《そうおうし》さんのおゆるしを」 「どうぞ、押司さまには、おもい罪となりませぬように」  との嘆願運動がまき起った。  すでに、宋江が過《あやま》って殺した女の母親の閻婆《えんば》は、半年まえに病死していたし、女の情夫の張文遠《ちょうぶんえん》も、役署のすみにはいたが、街中の反感のなかを、いまさら敵役《かたきやく》になって出る勇気もない。  かつ奉行所内には、宋江の同情者がたくさんいたので、それに宋家の老父からも金もたっぷりまわっていたので、事々軽くすまされ、恩赦《おんしゃ》の名の下に流刑地としてはもっとも軽い者がやられる“江州《こうしゅう》流し”と判決された。  また、彼の流される日には、町民ほとんどが、涙をもって彼を見送り、彼の老父と弟の宋清《そうせい》は、すでに人も絶えた県外の途上で、ゆっくり別れを惜しむこともゆるされた。  老父は言った。 「江州《こうしゅう》は、米どころ、魚もとれ、気候もよい。気をゆたかに、刑期をしんぼうしてくれい。折をみて、弟を見舞いにやろうし、小費《こづか》いも届けようぞ。ただ江州への道すじには、いやでも梁山泊《りょうざんぱく》の近くを通らにゃならぬ。ひょッと一味の者が、おまえを奪おうとするかもしれん。構えて、あんな仲間へは引き入れられるなよ。不忠不孝の子となってくれるなよ」 「はい、はい。そんな取り越し苦労はなさらないでください」  しかし宋江は、弟をかげに呼んで、その耳元へはこうあとを頼んでいた。 「なにしても、おとしよりだ。おまえはどうか朝晩、父のそばにいて、孝養してくれ。いいか。父をうっちゃらかして、江州へ会いに来ることなぞは無用だぞ」  かくて、郷を離れたのである。護送の端公《たんこう》[#1段階小さな文字](小役人)[#小さな文字終わり]は李万《りまん》と張千《ちょうせん》という二人の男。  端公たちは、三日後からもうびくびくものだった。梁山泊が近いからである。で、道も遠廻りしていたのだが、五日目のこと、ついに予想していたものが、一つの嶺で待ちかまえていた。 「あっ、劉唐《りゅうとう》ではないか」  嶺道《みねみち》をふさいでいた四、五十人の手下と、その先頭の赤髪鬼を見て、宋江がこう叫ぶと。 「おう先生、お迎えに来ましたぜ。――おいみんな、この二匹の端公《たんこう》を、ちょっくら叩っ殺してしまえ」 「いや待てっ。劉唐」 「先生、なんで止めなさる」 「その刀をかしてもらおう。君らの手をからずとも、わしから観念させてとどめを刺す」  端公ふたりは、ちぢみあがった。――が宋江は、かりた刀の切っ先を、逆に自分の喉《のど》へ擬《ぎ》して。 「君らは、わしを殺そうとするのか」 「じょ、じょうだんじゃありません。先生こそなんでそんな真似《まね》を」 「情けはありがたいが、君らの暴《ぼう》は、この宋江へ死を迫りに来たもおなじことだ」 「とんでもねえことを。梁山泊一同の者は、明け暮れ心配のあまり、すんでのことに、県城の牢を破ッても、あなたを救い出そうとまで、評議していたほどなんですぜ」 「さ。それこそすべて、宋江には情けが仇《あだ》だ。わしを不忠不孝の坑《あな》に突きおとす気か。ならばいッそ自決して相果てねばならん。とめるな劉唐」 「あッ待ってください」  劉唐は飛びついて、彼の手の刀をもぎ取った。そして一方には、後ろへ向って子分を走らせ、一方には宋江をつかまえて離さず、 「どうにも、こうにも、そんなお話しじゃあ、てまえ一存ではさばけません。とにかく、端公《たんこう》は連れたままでも、梁山泊までお越しなすって」 「ばかをいえ。わしは流人《るにん》だ」  争っているところへ、知らせをうけた呉用学人そのほか二、三十騎が飛んで来た。そして首カセ[#「カセ」に傍点]を架《か》けられた宋江の姿をみるやいなや、花栄はじんと眼を熱くして。 「なんだこんなに大勢いながら。――なぜあの首かせだけでも、早く脱《と》ってあげないのか」 「あいや」宋江はすぐ言った。「――これは国のおきてだ、当然な法の処置だ、どんな友達の好意であろうと、よけいな事はしてもらいたくない」 「はははは」と、軍師呉用がそばで笑った。 「それもあなたらしい。お気もちはよくわかる。しかし、晁《ちょう》のおかしら以下、ことごとくあなたに一目会いたがっている。どうです、一応おいで下さらんか。しかる後、刑地の旅へいさぎよくお見送りいたしましょう」 「おう、呉先生だけは、私の気もちをよく知って下さる」  宋江はうれしかった。おまかせするといわざるをえない。しかし端公ふたりは、あくまでそばに連れてあるいた。  江岸から舟に乗る。先では山轎《やまかご》で山路を登り、断金亭《だんきんてい》で一ト休みをとる。  するうちにもう晁蓋《ちょうがい》をはじめ、頭目一同が迎えに来て聚議庁《しゅうぎちょう》へと誘ってゆく。――そして過ぐる日の顔合せの序列で、宋江の椅子《いす》を中にし、二列に並んだ。 「おかげでこのとおり、山寨《さんさい》には九名の豪傑をあらたに加え、いちばい綺羅星《きらぼし》の陣を強固にいたしました。すべてこれは宋先生のご恩恵と申すもので」 「いやいや晁《ちょう》君、またほかの諸兄もお笑いください。過ちとは申せ、くだらぬ女を害《あや》めて、この始末。せめて罪科の償《つぐな》いを果たして、この穢身《えしん》を洗わないことには、どうも白日《はくじつ》の下で、人なみの口もきけません。一ト目、お会いしたからには、はや、おさらばでございまする」 「ま、そんなにお急ぎなさらなくも」  一同は、彼を引きとめたが、中にはこういう知恵をいってみる者もあった。「端公二人には、充分な金をくれてやり、そして『宋公明の身は、梁山泊で横奪《よこど》りされた』といわせてみたらどんなものでしょう」 「いらざるおすすめ」と、宋江はかえって心外そうに顔を曇らせ「――まだ老後の父に、一日の孝養すらしていませんし、門出の日には、まだ膝の子のごとく、その父からいわれています。上《かみ》、天理にさからい、下《しも》、父のおしえを聞かずでは、生きているほど、親の業苦《ごうく》を深くする不肖《ふしょう》な者となりましょう。どうしても諸兄が私の意志を曲げようというなら、宋江はここで舌を噛んでお見せするしかありますまい」  言いおわるやいなや、涙とともに、がばと椅子《いす》の下へ伏し仆れたので、さしもの豪傑たちも驚いて、皆してたすけ起し、口々になだめぬいた。 「もうお心を邪《さまた》げはいたしません。われらも辛《つら》くなる。どうぞお気もちを直して、せめて一日半夜だけでも、一同の心を酌《く》んで、ここにおいで下されたい」  それまでを振り切ることもできなかった。で、当夜は静かな酒もりに囲まれ、明けるやいなや、はや別れのことばを交わしていた。  別れにさいし、軍師呉用は宋江のために、一通の手紙を用意しておき、こういって手渡した。 「江州に一|畸人《きじん》がいます。自分とは古い知りあいで、苗字《みょうじ》を戴《たい》、名を宗《そう》といい、長くその地で牢節級《ろうせっきゅう》[#1段階小さな文字](牢人の役長)[#小さな文字終わり]をつとめておるところから、通称、戴《たい》院長とよばれておる。――この男、義理がたいだけでなく、一日によく八百里を歩くという稀代《きたい》な道術《わざ》を持っていて、人からも愛される風をおびています。もし折があったら、いちど会ってごらんなさいまし」  その朝、宋江は、江上を船をつらねて見送られた。その上さらに、陸上二十里まで送ろうという一同の好意を、宋江は強《た》って断わり、そのまま二人の端公《たんこう》に追っ立てられつつ、一路江州への道をいそいだ。  道は遠い。江州はなお遥かだ。けれど護送役の二人も、今は今さらの如く、宋江の徳望とその人柄にはびッくりしている。為に、およそ主に仕える小者のような善良さで道中小まめ[#「まめ」に傍点]な宥《いたわ》りをつくしていた。  しかしながら、これでは彼ら端公役の端公らしい土性骨は失《な》くなっていたことにもなる。  元来、端公という職は、冷血、鬼畜《きちく》のごとく、眼光、隼《はやぶさ》のようでなければ、勤まらないといわれているのだ。兇悪な重罪犯に付いて、遠い流刑地までの幾山河をたッた同役二人で送ってゆくことであるから、抜け目や人情があっては途中なにが起るか分らない。  果たせるかな、この李万と張千のふたりは、すっかり縒《より》が戻って、本来の気のいい人間に返っていたため、旅の二十日余りは、とまれ無事で和《なご》やかだったが、いよいよ目的地の江州もほど近い掲陽嶺《けいようれい》にいたって、ついに大変な奇禍《きか》に会ってしまった。  いや奇禍どころな騒ぎでない。  端公の李万、張千、また宋江までも、そこの嶺茶店《みねぢゃみせ》で昼飯の一杯を飲《や》ったのが不覚のもとであった。いつか唇のよだれを拭く手もきかず[#「きかず」に傍点]、あとは昏々《こんこん》と仮死の空骸《むくろ》をどこかに抛《ほう》り込まれていたのだった。すなわち、これは江州地方で“江州の三|覇《ぱ》”と呼ばれるその一|覇《ぱ》の網に引っかかっていた。大難とは、後でこそわかったがかりにいま知っても、もう追いつかない姿であった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 死は醒《さ》めてこの世の街に、大道芸人を見て、銭《ぜに》をめぐむ事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  この掲陽嶺《けいようれい》を越えれば、まもなく道はかの白楽天《はくらくてん》の“琵琶行《びわこう》”でも有名な潯陽江《じんようこう》の街を見る。――そして水と空なる雄大な黄色い流れは、いわずもがな、揚子江《ようすこう》の大河であった。  その揚子江の船乗りで、混江龍《こんこうりゅう》とあだ名のある李俊《りしゅん》は、その日、仲間の童威《どうい》、童猛《どうもう》という二人をつれて、街の方から嶺の峠路を登って来たが、 「オオ、李立《りりつ》の店があらあ。あそこで一杯やりながら待つとしようじゃねえか」  と、そこの嶺茶店《みねぢゃみせ》をのぞきこみ、 「兄弟分、いるかい」  とばかり、ぞろぞろ入って来た。  亭主の李立は、垢《あか》じみた下郎《げろう》頭巾に、毛ムクじゃらな両腕ムキ出しの半纒《はんてん》一つ、薄暗い料理場の土間口に腰かけ、毛ずねの片方を膝に組んで、何かぼんやりしていたが、 「おう兄貴か」  と、夢からさめたような顔して起《た》って来た。 「どうしたい李立、いやに不景気ヅラしているじゃねえか。ところで、この峠の上で待つ者があるんだ。店を借りるぜ」 「ええ、ようがすとも。だがお揃いでいったい誰を待ち合わせるんで?」 「ゆうべ済州《さいしゅう》から来た奴のはなしでね、宋公明《そうこうめい》っていう人が、この江州へ流されて来るってんで、日どり、道すじをただしてみると、どうしてもここ二、三日中には、この掲陽嶺《けいようれい》を通るはずだ。そこで仲間を誘って、お迎えに来たわけだが、李立、おめえもぜひお目にかかっておくがいいぜ」 「へえ? ……」と、李立は急に大きな眼玉をくりくりさせて。「宋公明ッてのは、なにかそんなに曰《いわ》くがある人なんですかえ」 「ばか。何ッてやんで。およそ今のでたらめ[#「でたらめ」に傍点]天下では朝廷の宰相《さいしょう》や大臣どもの名は知らぬ奴がいても、山東の及時雨《きゅうじう》、宋公明の名前を知らぬ人間はありゃしねえ。どんなやくざ[#「やくざ」に傍点]であろうが、義人|宋江《そうこう》と聞けば、道をゆずってお通しするッてくらいなものだよ」 「……はてね?」 「おや李立、てめえ、急にヘンながたがた慄《ぶる》いをしだしたじゃねえか。何かあったのかい」 「いけねえ!」 「何が、いけねえ?」 「兄貴、じつアついさっき、二人の端公と、色の黒い小づくりな首カセの囚人《めしゅうど》を、例のしびれ薬でねむらしちまった。もしやそれじゃあねえかしら」 「げっ、色の黒いお人だって。や、や、兄弟」と後ろの連れを見て「――李立の奴が殺《や》っちまったらしいぞ。宋江はまたの名を黒《くろ》二郎といわれるほど、色の黒い人だってことはかねがね聞いていた」  連れの二人も、仰天して、李立をとりかこみ、 「いつ。どんな風に。そしてどうして?」  と、早口に問いつめ責めたてる。  李立は口もきけない。手をくだしたのは、ついまだ今し方のことだという。ねむらせた三個の空骸《なきがら》は、すぐ厨《くりや》の流しに引きずり込み、すぐばらしてしまうつもりだったが、懐中物をしらべてみると、囚人にしては予想外の大金やら、江州の戴《たい》院長へ宛てた手紙などが出てきたので、なにやらすこし不気味になり、ぼやっと考えこんでいたところだと、李立は吃《ども》り吃り語った。 「ちぇッ、ありがてえ、ここへ来たのは天のおさしず。それこそ、宋公明さまにちげえねえ。念のため、端公のふところの押送《おうそう》文を調べてみろ! そして早く早く覚醒薬《さましぐすり》だ! 李立! もしかそれで生き甦《かえ》らなかったら、てめえも生かしちゃおかねえぞ」  かくて薄暗い奥の土間では、しばしあわただしい叱咤《しった》、跫音《あしおと》、物音の転手古舞《てんてこまい》につれて、まもなくまた、よろこびの声がわき、宋江、端公たちの声もようやく聞えだしていた。  このへんくどい話はいるまい。土地の四人の首を揃えての謝罪に目はしら立てて憤《おこ》る宋江でもない。むしろ仮死のお蔭で、冥途《よみ》の世界をちょっと覗《のぞ》いてきたと、宋江は笑うのである。そして李立の謝罪と歓待に一夜をまかせ、翌日はすぐ掲陽鎮《けいようちん》のふもとへと降りて行った。 「ぜひ、宅《たく》にも一ト晩お泊りを」  と、混江龍《こんこうりゅう》の李俊《りしゅん》はまた、そこでも宋江をひきとめてやまない。ついに一夜のやっかいになる。その晩の酒もりで、李俊は童威《どうい》、童猛《どうもう》の兄弟分二人を、あらためて、宋江にひきあわせた。  商売は二人ともに揚子江《ようすこう》をまたにかけての塩の闇屋であるとのこと。そして童威には出洞蛟《しゅつどうこう》のあだ名があり、童猛には翻江蜃《ほんこうしん》の異名がある。ともに、大江《たいこう》の河童のごとく、よく水を潜《くぐ》り船の底にもヘバリついて長時間といえ怯《ひる》まない。そんな自慢ばなしを聞いたりして、宋江は旅の憂さもつい忘れた。  また、こんなたびごとには、主人から端公二人へ、たっぷり心づけが渡るのは、礼儀みたいなものだった。端公の李万、張千はほくほくだった。そしてここを別れて立ち、午《ひる》ごろには久しぶり人烟《じんえん》にぎやかな古色の街へ入っていた。 「さあっ、お立会い!」  とある辻の人群れの中だった。こう高々とシャ嗄《が》れた声をしぼっている香具師《やし》がある。  見れば、竿《さお》のような痩躯《そうく》、ひょろ長い男。朽葉色《くちばいろ》の田螺頭巾《たにしずきん》をかぶり、それより色の黒い頬のコケに、長いもみ[#「もみ」に傍点]上げをばさらと散らし、虱《しらみ》もいそうな破れ袍《ごろも》をおかしげに着て、皮帯皮靴、大股ひらいて、拳《こぶし》を天に振っている。 「日は長い! 御用とお急ぎでなくば、この男の前口上はさておき、次の芸当の奥伝《おくでん》までも、ゆっくりごらんあっていただきたいもの。……さて、てまえ何処《いずこ》の者とご不審あろうが、猿でもない狒々《ひひ》でもない、人間さまであることはお見届けのとおりとござい。ご当地へは初めてのこと。あれなる槍や棒をつかって秘術のほどをごらんに入れよう。したが身過ぎ世過ぎとなれば、槍では食えんし棒では腹も張らぬわけ。――では何で食う? あれなる膏薬《こうやく》を売らずばならない。きりきず、やけど、うちみ、何にでも効くこと奇妙不思議な神薬! いやそれはただで差上げよう。ただし、これだけのお立会い残らずへは回《まわ》りかねる、おぼしめしでいい、前芸の見料として寸志のご喜捨を下された方々へ膏薬《こうやく》一|貼《ちょう》、いやお志の多寡《たか》によっては、何十貼でもさしあげる。よろしいか。さあ、いかほどなりと、ご喜捨《きしゃ》ご喜捨」  盆をつき出して、一ト巡り、いや二た巡りも何回も、見物人の輪の前を、ぐるぐる歩き初めたが、さて鐚《びた》一文も盆の上にはこぼれなかった。  あまりな白《しら》けかたに、宋江はふと気のどくになって一粒の銀を、ぽいと彼の手の盆へのせてやった。 「オヤ、これは五両」  膏薬《こうやく》売りは感激にふるえ、宋江の風態を見まもることしばしだったが、やおらほかの見物へ向って、つら当てのように謡《うた》っていた。 [#ここから2字下げ] おぞや、むかしの鄭元和《ていげんわ》 青楼《ちゃや》のむだがね、むだづかい つかいばえする生きがねは はらもなければ、つかえない [#ここで字下げ終わり] 「なんとお立会い、人は見かけによらぬもの。首かせかけたお人から、こんな芳志がこぼれるとは、世の中まだ、見捨てたもンじゃござんせんなあ。……いやどうも、かたじけない、もしおさしつかえなければ、ご尊名でも」 「いや、ほんの出来心、お礼などにはおよびませんよ」  宋江はそういって、衆人の視線から顔をそらした。すると誰やらその背をどんと小突いた者がある。  驚いてふりむくと、図抜けて大きな若者だった。血相をなして、若者はまた、一方の膏薬売りへも、こう吼《ほ》えていた。 「やいっ、どこの馬の骨かしらねえが、この掲陽鎮《けいようちん》へ来て、よくも無断で洒落《しゃら》くせえヘボ武芸を囮《おとり》に、大道《だいどう》かせぎをしやがったな。――それにまた、そっちの首カセめ、なんだってこんな野郎に、かねびらを切りやがるんだ」 「これは……」と宋江は苦笑した。「私が、私のかねをやったまでですが」 「知れてらいッ。それがおせッかいというもんだ。よけいなまねをしやがると、ただじゃあおかねえぞ」 「これは迷惑千万」 「なに迷惑だと」  とたんに、若者の拳《こぶし》が、唸《うな》りをもって、真ッ向《こう》へ来たので、宋江は無意識に身をかわした。「……うぬ」と、突ンのめった巨体から、こんどはほんものの怒りが燃えたらしい。ばッと土けむりが立ち群集が飛び退《の》いた。しかし投げられたのは宋江でなく、若者のほうだった。  奮然と、彼はまた起ったが、とっさに膏薬売りのするどい脚の先が、若者の胸いたを蹴とばしていた。よろよろと、見物の中へ後ずさった若者の顔はもう蒼白となっていて、 「み、みやがれっ。このままじゃあ、すまさねえぞ」  その捨てぜりふを烏賊《いか》の墨《すみ》として、街中のどこへともなく逃げて行った。  このため、見物も散り、辺りは味けない辻景色に返ってしまい、膏薬売りの男もまた、そそくさと荷物をかたづけて、先へ行く宋江のあとを急ぎ足で追っていた。 「もし、失礼ですが」 「お。何ですか」 「もしやあなたは、山東の及時雨《きゅうじう》さまではありませんか」 「えっ。あなたは」 「河南《かなん》洛陽《らくよう》のもので、薛永《せつえい》といい、あだ名を病大虫《びょうだいちゅう》とよばれています。……が、祖父はいぜん経略使の种《ちゅう》閣下につかえていた軍人で、後、浪人ぐらしがつづいたため、てまえもこんな身過ぎをいたしている始末でございまする」 「申しおくれました。お察しのとおり、自分は宋江です」 「ああ、やはりそうでしたか。いかがでしょう。望外なことですが、はからずご高風にふれたご縁を、これなりでは何やら惜しまれてなりません。……どこかそこらの小酒屋で、ご中食《ちゅうじき》でもともにしていただけますまいか」 「ちょうど午《ひる》どきですから、わしはかまわぬが」と、端公《たんこう》たちにはかると、李万《りまん》、張千ももとより異議はない顔つき。  で、その四人づれは「ごめんよ」と、一軒の小酒屋の内へはいって行った。ところが、店の亭主はにべもない。肴《さかな》、飯、酒、何をあつらえても、けんもほろろにお断りである。わけを訊いてみると、こうだった。 「おまえさんたちはたった今、そこの辻で、江州の三|覇《ぱ》といわれる顔役のひとりと喧嘩しなすッたろうが。いやはや、あぶねえもんだ。つね日頃でも、あの一|覇《ぱ》[#1段階小さな文字](顔役)[#小さな文字終わり]ににらまれたら、こんな店ぐらいはすぐ叩き毀《こわ》されちまう。今もここらを呶鳴り廻って行ったのさ。野郎たちに腰かけでも貸すこたアならねえぞ、物も売るなってね」  さてはそうかと、四人は笑って出たが、どこへ行っても、同じように寄せつけてもくれないのだ。で、ぜひなく病大虫の薛永《せつえい》とは道でわかれ、わかれ際に、宋江はさらに銀二十両を彼にめぐんでやった。 「ご恩に着ます」と、薛永は押しいただいて「いずれ自分も江州府へまいりますから、そこでまたお目にかかれるかもしれません。……どうぞ、江《こう》を渡る日もお大事に」  といって、立ち去った。  困ったのは、その夕からのことである。何軒となく木賃宿の軒に立ってみたが、三人の姿をみると、どこの旅籠《はたご》でも、手を振るのだった。おそろしい覇《は》の勢力ではあると、途方にも暮れ、舌を巻かずにいられなかった。 「これはいけない。道をかえて、本街道から郊外へ出てみよう」  しかし、たまたま見かける田舎旅籠でも、お断りはおなじだった。が、災難にしては小さいといえよう。宋江はあきらめてこよいは野宿とつぶやいたが、端公の李万は、ふと横道に見えた灯と旧家らしい屋敷門を見て、 「そうだ、素人家《しもたや》なら泊めてくれましょう。ひとつあそこへ頼んでみますから、待っていておくんなさい」  と、急にその灯を目あてに走って行った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 葦《あし》は葦の仲間を呼び、揚子江《ようすこう》の“三覇《さんぱ》”一|荘《そう》に会すること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] [#ここから1字下げ] 潯陽江頭《じんようこうとう》 夜《よる》 客を送る 楓葉《ふうよう》 荻花《てきか》 秋《あき》索々《さくさく》―― [#ここで字下げ終わり]  これは白楽天《はくらくてん》の詩「琵琶行《びわこう》」のはじめの句だが、いまの宋江《そうこう》の身は、そんな哀婉《あいえん》なる旅情の懐古に浸《ひた》りうるどころではなかった。  また時代も白楽天の詩酒三昧《ししゅざんまい》をゆるしたような唐朝盛期《とうちょうせいき》のいい時世でもない。――明日知れぬおそろしい世音《せおん》の暗い風が――そのままここ揚子江《ようすこう》に近い夜空いちめんな星の色にも不気味な凄涼《せいりょう》の感を墨《すみ》のごとく流している今夜であった。 「おや? 人声が?」  宋江は目ざとくすぐ枕をもたげた。  そばに寝ている端公《たんこう》[#1段階小さな文字](護送の小役人)[#小さな文字終わり]二人は正体もない。  ここは鄙《ひな》びた旧家の門番小屋だ。  宵に、端公のひとり李万《りまん》が、地主屋敷の門を叩いて家の老主人なる者に会い「――はるばる山東《さんとう》の役署から、流刑の罪人をつれて、江州《こうしゅう》へ行く途中のものですが」とわけをはなし、一夜の泊りを頼んで、やれやれと、やっと眠りについたばかりなのだ。 「……はて。なんだか聞いたような声でもある?」  頸《くび》の首枷《くびかせ》は、端公二人とも、いまは宋江に心服しているので寝るときなどは取り外《はず》してある。  宋江はそっと門番小屋の竹窓から屋敷内のひろい落葉道を見まわした。――髯《ひげ》の白い老主人が立っている。――それにたいして七、八名の若い者をうしろに連れた背のたかい壮漢が、なにかがんがん言っていた。そして彼らのたずさえている松明《たいまつ》のいぶりがその人影を赤く濃くよけい物々しげにしているのだった。 「なに、兄貴は酒を飲んで寝ちまッたって」と、壮漢の声はあらあらしいが、駄々をこねているような調子もある。おそらくは老主人の息子であろうか。息子とすれば、兄貴兄貴といっているところから、次男坊にちがいない。「――どこに寝てるんだい兄貴のやつは。起しておくんなさいよ、父っさん。逃がしたと聞いたら、あとで兄貴のやつもくやしがるにちげえねえんだ」 「また喧嘩かい。よしなさい」 「喧嘩なんてものじゃねえよ。大恥をかかされたんだ。掲陽鎮《けいようちん》の人中でさ」 「あまり顔をきかせるからじゃよ。さあおまえも奥へ入って寝ろ寝ろ」 「寝られるもんか、この虫がおさまらねえうちは」 「いったいどうしたことだ、人中で大恥をかいたとは」 「どこの馬の骨かしれねえ膏薬《こうやく》売りの素浪人《すろうにん》が、無断で辻稼《つじかせ》ぎをしていやがるから、そいつを追ッ払おうとしたら、見物の中から妙な野郎がいらざる邪魔をしやがったんで」  と、壮漢が言っているのを聞くと、どうも昼間のあのことらしい。――宋江は竹窓にかけていた手が冷たくなった。いや這いのぼる恐怖にそそけ立ってしまった。  壮漢はなおも「叩ッ殺してもあきたらねえ」と罵《ののし》ッて。「たしかに、その首枷《くびかせ》野郎と端公《たんこう》の三人づれは、こっちの方角へ逃げたと途々《みちみち》聞いたんだ、兄貴にも知らせて、取ッ捕まえずにおくものか」と、わめいてやまない。  けれどやがて、老父になだめられたものか、あるいは自分で、兄を起しに行ったものか、どやどや母屋の棟の方へかくれてしまった。  宋江は、「すわ、このすきに」とばかり、二人の端公を揺り起し、わけを語って、 「一刻もここにはおられぬ。ぜひもない、夜道をかけて逃げのびよう」  と、せきたてた。  李万《りまん》も張千《ちょうせん》も仰天して、宋江の首枷《くびかせ》などは手にかかえ、窓を破ってころげ出した。あとはしばらく無我夢中といっていい三つの影。――田舎道、野道、葦《あし》の原、そして鉛のような水の光は、いつかもう揚子江の江畔《こうはん》なのか。  うしろからは、みだれ火が迫っていた。十人以上な喊声《かんせい》だ。ピューッ、ピューッと指笛を鳴らしてくる。気づかれたのだ、南無三《なむさん》である。 「天よ!」  宋江は走りつつ祈った。息がきれる。うしろの足音は早い。たまらなくなって水|浸《びた》しになるのを覚悟で葦の茂みのなかへ隠れこんだ。ふるえながら葦の根を這った。 「畜生」 「どこへ失《う》せやがったか」  恐怖の一瞬がすぐそばの堤《つつみ》を馳け去った。――端公二人は、泥亀《すっぽん》みたいに首をもたげて、 「しめた。宋江さん、すぐそこの入江に舟がみえる、救いの舟だ」 「えっ、舟がある?」 「たのんでみよう。……おい船頭さん、たすけてくれ。金はいくらでもやる。無事な所まで渡してくれ」 「なんだと。どこのどいつだい」  船頭の声だった。舟底に横たえていた酒くさい体をむっくり起すとともに、ぎょろと、三人の影を眼で一ト舐《な》めして、 「乗ンな」  と、かろくいった。 「ありがたい」  拝むばかりな、あわてかたで、三人はすぐ飛びのる。李万は旅の荷物をどさりと下ろし、張千は首枷《くびかせ》をおいて、手の水火棍《すいかこん》[#1段階小さな文字](警棒)[#小さな文字終わり]で船頭の棹《さお》と一しょに岸を突いた。  ゆらゆらと、舟はひろい水面に出る。船頭は棹をすてて櫓《ろ》に持ちかえた。するともう、さっきの鋭い指笛がまた近くで闇をツンざいた。いちど行きすぎた松明《たいまつ》やら二十人ぢかい人影は、たちまちそれと知って引っ返してきた。 「おうーい、船頭、その舟をやッちゃあいけねえぞ」 「もどって来いよっ。引っ返せ」 「返さねえと、ただはおかねえぞ。やい船頭、船頭っ」  気が気でない。生死は船頭の返辞一つにかかっている。  舟中の宋江たち三人は手をあわさんばかり、わななき声を念じ合った。 「もどるな、船頭さん」 「後生だ、もどっちゃいけない」 「あの悪者につかまったら殺される。お礼はいくらでも出す。逃がしてくれ」  船頭は黙《だ》ンまりをつづけ、ただ櫓《ろ》だけを鳴らしていた。しかし岸をたどり歩いて、兇暴な火焔《かえん》と人群れの影はどこまでもくッついて来る。 「やい船頭、おれたちを知らねえのか」  船頭はフンと鼻で笑った。 「わかってるよ、おめえさんたちの声柄《こえがら》ぐれえは」 「じゃあ、もどれ」 「ごめんだよ」 「野郎、あとで吠えづら掻くなよ」 「あしたは天気だとさ」 「何ッてやんで。てめえが乗せた江州送りの罪人に用があるんだ。そいつを渡せばかんべんしてやらあ」 「とんでもねえや」と、船頭もまた太々《ふてぶて》しい。「こち徒《と》にもこち徒《と》の商売があるんだぜ。せっかくお乗せ申したお客さまだ。これからゆっくり“薄刃切《うすばぎ》り”のご馳走でも差上げようっていうのに、ひとに譲《ゆず》ってたまるもんか」 「うぬどうしてもか」 「くどいよ、こっちにとっても飯のたね。おととい来やがれ」  櫓幅《ろはば》いっぱい、舟は水を切って行く。みるまに葦間《あしま》の火光もわめきも遠くにおいて、辺りは大江《たいこう》の水満々とあるばかりだった。 「かたじけない」  と、宋江がいえば、李万、張千もほっとした顔でつぶやいた。 「ああ、これで厄《やく》のがれした。命の恩人だよ、この船頭さんは」  しかし船頭は、三人の感謝をみても、ふンといった面《つら》つきだった。そして櫓《ろ》をあやつりながら、酒きげんで、湖州《こしゅう》小唄などを、ちょっと低い美《い》い声でくちずさんだ。 [#ここから2字下げ] ほとけ心があるならば こんな渡世はしていない どうせ根からの葦そだち 風と水とで暮らすのさ [#ここで字下げ終わり]  宋江はなぜかぎょッとした。  おちついて、しみじみと今、星影で見たこの男。彼には、ただ者でなく思われてきた。 「船頭さん、もうこの辺でいい。どこかそこらへ寄せてくれないか」 「ふざけちゃいけないよ。おめえたちは、命拾いをしたつもりかい」 「えっ?」 「それとなく引導《いんどう》は先にわたしておいたろう。“薄刃切《うすばぎ》り”のご馳走はこれからだ」 「薄刃切りとは」 「早く見てえというのかい」船頭はガラと櫓《ろ》づかを投げ出した。そして舟底板をめくり上げ、その下からドキドキ研《と》ぎすましてある板刀《だんびら》を取り出すと、 「一匹一|颯《さつ》、三人ならこれで三振《みふ》り、なんの手間ひま[#「ひま」に傍点]なしに、そのあとは鱠《なます》料理さ」  と、切ッ先をつきつけて来た。  悲鳴も出なかった。二人の端公《たんこう》は宋江にしがみつく。その宋江も蒼白なおもてを凍《こお》らせたまま背を這う顫《ふる》えをどうしようもない。  まことや諺《ことわざ》にいう“倖せはかさならず、わざわいは一つですまず”だ。宋江は天を仰いで思うらく「げに不孝の罪はおそろしい。ついにこの身の業《ごう》ばかりでなく、この気のいい端公ふたりまで巻きぞえにして、いま死ぬのか」と。  しかし、なお、あきらめきれず、生への必死な執着をしぼッて。 「お待ちなさい、船頭さん」 「まだいってやがる。おれはただの船頭じゃねえんだよ」 「わかりました、長江の水賊《すいぞく》ですね」 「水賊か何かしらねえが、水を枕にうたた寝のとこへ、てめえらの方から網にかかって来たわけだ。この商売、やめられねえじゃあるめえか」 「かねは上げます、ですから、そんな刃ものざんまいは、ゆるして下さい」 「おいおい、あんまり当り前なことをいうなよ。もとよりこっちは身ぐるみがご常法だ。その上、一匹はおろか半匹も、命は助けちゃおかれねえ」 「な、なぜですか」 「きまッてら。てめえたちは、江州送りの小役人と流刑人だろう。助けてみろ、次にはこっちへ御用風が吹いてくら。さあ四の五をいわず眼をねむれ。薄刃《うすば》料理が嫌いなら、一切合財、裸になっててめえで水の中へどんぶり沈んで行くがいいや」  船頭はぬっと立って、まず宋江の襟がみへ、その片手を伸ばしかけた。――するとこのとき、長江の上流から矢のごとく流れてきた一隻の快舟《はやぶね》があり、ざ、ざ、ざ、と舷《げん》にしぶきを見せながら近づいて来るやいな、 「おうっ。張《ちょう》の舟じゃあねえか」  と、すばやく鈎棒《かぎぼう》をひッかけて呼びかけた。  張と呼ばれたこなたの船頭は、ちょっとあわてたが、さりげなく、振り返って。 「や、李《り》の兄貴か。ひでえなあ、今日は」 「なにがよ、張」 「だってよ、川上《かみ》の仕事に、おいらを棄てて行きなすッたぜ」 「見当らなかったんだよ。だが、なにやら巧い仕事を、独りでたんまりせしめ[#「せしめ」に傍点]てるらしいから、それもよかったわけじゃねえか」 「おわらい草だ。じつあ、ここんとこ、女にゃ振られるし博奕《ばくち》にはすッからかん。やけ[#「やけ」に傍点]酒くらって今夜も葦を屏風《びょうぶ》にふて[#「ふて」に傍点]寝してるッてえと、この鴨《かも》三羽、自分のほうから舞いこンで来やがったのさ」 「そいつアよッぽど、どうかしてる鴨だなあ」 「もっとも、陸《おか》ではあの穆《ぼく》さんの兄弟に、なにか恨まれて追ッかけられて来たものらしい。……だが、チラと見るってえと、二人は端公、一人のほうは色の黒い江州送りの流刑人だ。そのくせ囚人のくせに首枷《くびかせ》を外《はず》していやがる。ははん、こいつ銀《かね》を持ってやがるナと、そう睨んだので穆《ぼく》さん兄弟や若いのが、渡せ渡せと、岸でわいわい脅《おど》しゃあがったが、こっちも渡世と、とうとうお返し申さず仕舞いというわけさ」 「おい、張! もう一ぺん聞かせてくんな。江州送りの色の黒い流刑人だって。そこにいるのか、その人が」 「うム、こいつだが」 「もしや?」  ばっと、その快舟《はやぶね》にいた三人の男たちのうちから、ひとりがこっちの舟へ跳び移って来た。そして上下に躍る足もとも早きざみに。 「もしやそちらは、宋押司《そうおうし》さんじゃありません」 「えっ?」と宋江は伸び上がった。そして思わず両手を虚空に振り上げて。「――おおっ、いつぞやの李俊《りしゅん》か」 「李俊です。お忘れのはずはない。掲陽鎮《けいようちん》の峠茶屋でお目にかかり、またおとといの夜はてまえの家にお泊りねがってお別れしたばかりでした」 「どうして、あなたがここへ」 「今日は家にいて出る気もしなかったんですが、夕方から妙に心が騒ぎ立ち、こんなときには、いっそ大江《たいこう》を漕ぎ廻し、闇屋の塩舟でも襲ッて飲みしろ稼《かせ》ぎでもするかと、ほかの兄弟分ふたりを誘いあわせての帰り途。いや、こいつも尽きぬご縁というものでしょう」  驚いたのは、薄刃切りにかかりかけた張とよぶ船頭である。茫然《ぼうぜん》、あいた口もふさがらない。 「李《り》の兄貴、いったい、こいつあどうしたわけです」 「どうもこうもあるものか。てめえも命びろいしたようなもんだぞ」 「へ。こッちがですかえ」 「そうよ。こちらは山東の及時雨《きゅうじう》、宋押司さんだ。もしその薄刃で逸《はや》まッたことでもしてみやがれ。てめえはたちどころに俺たちの制裁を食うか、この土地にはいられねえはずだ」 「げッ。では、そのお人が」  がらりと薄刃を投げすてて、張はそこへ這いつくばった。そして彼ら仲間の最上な礼と謝罪のかたちをとって「……お見それいたしました。このお詫《わ》びにはどんなことをなされてもお恨みには存じません」を繰り返した。  ほどなく二そうの舟はすこし漕いで、一つの洲《す》の陸《おか》へみな上がっていた。  枯れ葦《あし》をあつめて、一人がカチカチと燧石《ひうちいし》を磨《す》る。火をかこんで酒をあたため、あり合う器《もの》で飲み交《か》わす。  混江龍《こんこうりゅう》の李俊《りしゅん》が連れていたほかの二人は、出洞蛟《しゅつどうこう》の童威と、翻江蜃《ほんこうしん》の童猛だ。  これはすでに宋江も顔見しりのこと。あらためての名《な》のり合いはいらない。  初めてなのは、船頭の張《ちょう》だ。  そこで李俊は、彼に言った。 「今、天下の義人といったら、山東の宋公明《そうこうめい》さん一人だとは、このへんの百姓漁師だって知ってることだ。それをしかも揚子江《ようすこう》に住むてめえが知らねえなンざあ、大恥ッ掻きだぞ。焚《た》き火のあかりでよく拝んでおくがいいや」 「どうも面目ございません。お名だけならあっしだって、とうに存じ上げていたんですよ。だがまさか、そんなお人が眼の前に降ッて来ようとは思えなかったんで」  張は、李俊の義兄弟のひとりで、その名は横《おう》、異名《いみょう》は船火児《せんかじ》――生れは江中《こうちゅう》の島――小孤山《しょうこざん》の産だという。  この張横には、もうひとり実の弟がある。  稀代《きたい》な水泳の達人で、水底十里をよく切っておよぎ、水中を出ぬこと七日七晩という記録をもっている。  そして、その肌の白さ、魚の腹のようなので、人呼んで彼を浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順《ちょうじゅん》といった。  で、元来はこの張横《ちょうおう》、張順の兄弟は、俗に“私渡《しと》”とよばれる非公認の渡船稼業《とせんかぎょう》をやっていたのである。  揚子江両岸の小都市の間には、さかんに税関抜けの密輸や闇屋が往来する。それやら博奕場《ばくちば》帰りやらただの旅人などを乗せて、いざ大河のまン中にかかると、張の兄弟は、かねてしめし合せの荒稼ぎにかかるのだった。  まず、いきなり錨《いかり》をザンブと投げこんで、横《おう》が薄刃《うすば》のだんびらを持ち出す。――凄文句《すごもんく》よろしくならべて、約束の駄賃《だちん》以上な客の懐中物をせびるのだ。  揚子江の上である。たいがいは慄《ふる》え上がッてしまう。だが、客に化けて乗りこんでいた弟の浪裏白跳《ろうりはくちょう》張順が「ふざけるな」と啖呵《たんか》をきッて抵抗しかける。そいつを相手に張横が芝居の格闘を演じたうえで揚子江に叩ッ込む。  もういけない。舟中はどれも生きた空のない戦慄だけのものになる。張横はにんやりとし、ぞんぶん一人一人のふところをゆすッて、銀《かね》や持物をとりあげ、ほどよい岸へ着けて追ッ放してやるのだ。――そして舟で火を焚《た》いていると、やがて弟の張順がその白魚のごとき体に水を切って川の中から舟へ這いあがってくる。  という寸法で、ずいぶんこれで荒かせぎをしては、酒、ばくち、女などにつかい果たしていたが、近来はこの手ぐちも評判になって、さッぱりになってきた。そこで、弟の張順は足を洗って江州《こうしゅう》で魚問屋に変り、張横は依然この界隈《かいわい》で、不景気|面《づら》な板子稼業《いたごかぎょう》にぼや[#「ぼや」に傍点]いて、こそこそ悪さをつづけていたところだった。 「いやどうも」  と、張横はあたまを掻いて。 「あまりお上品な身の上ばなしじゃございませんが、宋押司《そうおうし》さんと伺っては、ちっとの嘘も申しあげては相すみません。正直なとこ、そんな外道《げどう》でございますが、これでも折があったら真性《まっしょう》な人間になりてえと願ってるんで。へい、江州へおいでなさいましたら、あっしが手紙を付けますから、魚問屋をやっている弟の奴にも、いちど会ってやっておくんなさいまし」  懺悔《ざんげ》とともに、張が言った。  すると、李俊をはじめ、みな吹き出して、 「おや、張横がいやに、しおらしいことをいい出したぜ。そんならこれから村の寺小屋へ馳けつけて、寺小屋のお師匠さんに、さっそく一本書いてもらわなくちゃならねえな」  と交《ま》ぜかえした。  こんな冗談も出るほどすぐうち解けていたのである。ところへ、彼方《かなた》の岸にまた松明《たいまつ》の点々が見え出した。宋江よりは端公ふたりがすぐあわて出した。 「あっ、さっきの奴らだ、まだ頑張ってる!」 「騒ぎなさんな」と、李俊《りしゅん》は立って、唇に指を咥《くわ》え、水谺《みずこだま》するどく口笛をふいた。すると岸の松明《たいまつ》は遠くへ去った、と見えたのは洲《す》つづきの葦の間を廻ってこれへ来たのであった。  李俊は、それへ来た一群をみるとすぐ叫んだ。 「穆《ぼく》さんのご兄弟、おれたちが日頃よくはなしていた山東《さんとう》の及時雨《きゅうじう》、宋押司《そうおうし》さんがここに来ていらっしゃる! さあみんな、ごあいさつだ、ごあいさつだ」 「なんだって?」  穆《ぼく》とよばれたのは、宵に泊りかけた、地主の旧家、穆家の兄弟か。 「おう」  宋江もいまは微笑で会釈した。  まごうなく、その日の昼、掲陽鎮《けいようちん》の辻で、香具師《やし》の浪人を脅《おど》し、またさんざん自分のあとを追ッていたあの壮漢だ。 「李俊」  と、壮漢はやや気を抜かれた調子でいった。 「ほんとかい?」 「よっくごらんなさいよ、男の眼で男の人物そのものを。――あっしはおとといからお目にかかっている。済州《さいしゅう》から江州奉行所への差立て状も拝見している。そして一ト晩は、お身の上からこっちの素姓もかたりあって、ひとつ屋根の下で寝ているんだ」 「しまった」  と、穆の息子はひっさげていた枇杷《びわ》の木の木剣をなげだして、その兄なる者とともに、地に平伏した。詫びは兄の方がいった。 「まったく知らぬことでした。どうか、さんざんなご無礼は、平《ひら》にご用捨くださいまし」  兄は、穆弘《ぼくこう》といい、あだ名は没遮攔《ぼつしゃらん》。  弟のほうは穆春《ぼくしゅん》、小遮攔《しょうしゃらん》はその異名《いみょう》とある。  穆家は江畔《こうはん》の大金持ちでつまり二人はその息子だ。  と、李俊が紹介して、またもひとつ言いたした。 「じつは、この地方には“三|覇《ぱ》”といいまして、まず掲陽鎮《けいようちん》の峠の上と下を縄張りに、あの茶屋の李立《りりつ》とてまえとでそれが一|覇《ぱ》。また、街の掲陽鎮では、この穆兄弟がふたりで一覇。次に、揚子江《ようすこう》のうえを張横、張順のふたりが持って一覇をなし、つごう“三覇”がこのへんを抑えているようなかたちなのでございますよ」 「なるほど。覇とは顔役のことか。後漢《ごかん》の三国に似せたのだな」  宋江は笑った。そしてついでに、 「そういうお仲間同士なら、あの膏薬《こうやく》売りの浪人|薛永《せつえい》もわしにめんじて、ゆるしてやってくれまいか」 「仰っしゃるまでもありません」  穆弘は、弟の穆春へ、こういった。 「さっそく、若い者を走らせろ。……そして弟、すぐ宋押司さんを、もういちど屋敷へご案内するんだな。こんなことではお詫びがすまぬ。ゆるして下さると仰っしゃっても、このままのお別れじゃあ、こっちの良心がすむまいぜ」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 根はみな「やくざ」も仏心の子か。 黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》お目見得《めみえ》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  江畔《こうはん》の大地主|穆家《ぼくけ》では、明けがた大勢の客を迎え入れていた。息子二人は手柄顔《てがらがお》に、江上《こうじょう》から連れ帰った珍客の宋江《そうこう》を、まずわが親にひきあわせる。 「ほう。あの有名な宋公明《そうこうめい》さまじゃったのか」  老主人は眼をほそめる。  一家の歓待《かんたい》はいうまでもない。全家をあげてその日は盛宴のかぎりをつくす。  宴のなかばに、さきに使いに走った若い者が、膏薬《こうやく》売りの浪人、病大虫《びょうだいちゅう》の薛永《せつえい》を街中から探して連れて来た。 「……これは?」  と、薛永はただ驚きあきれる。  彼のために宋江は自分が去ったあともよろしくと、穆家の人々へねんごろに頼んだ。穆弘《ぼくこう》、穆春の兄弟は、 「ええもう、ごしんぱいなさいますな。ひきうけますとも」  と快諾《かいだく》し、また張横《ちょうおう》は、いつのまにか一通の手紙を用意し、宋江に渡して告げた。 「江州へおいでになりましたら、あっしの弟の張順ッて男を、どうぞお忘れくださいますな」  何やかや、終日は賑《にぎ》やかな親睦《しんぼく》の宴に暮れ、また次の日、さらに翌日も、人々は宋江を掲陽鎮の城内へ連れ出して、名所旧蹟、辻々の盛り場、興行物、ありったけな風物を見せてあるいた。  宋江はもう恐縮しぬいて、一同へこう告げた。 「なんとも、おこころざし、生涯忘れえないでしょう。とはいえ、私は流刑の身、こう甘えていてはお上《かみ》にも畏れあり、あしたは是非是非お別れ申さねばなりません」  さて。その前夜には、一同揃って、また惜別の宴だった。席上とくに宋江が心ひかれたのは、穆家《ぼくけ》の美しい末娘が琵琶《びわ》をかかえて、この地方の名所、潯陽江《じんようこう》のゆかりに因《ちな》み、かの中唐《ちゅうとう》の詩人|白楽天《はくらくてん》がそこの司馬《しば》に左遷《させん》されたときに作ったという“琵琶行《びわこう》”を聴かせてくれたことである。琵琶行の序詩には、その由来が、こう叙《の》べられている。 “――中唐の元和十年、私は九江郡の司馬《しば》に左遷《させん》され、秋の一夜、客を埠頭《ふとう》に見送った。  するとどこかの舟の中で琵琶《びわ》をひく音がきこえる。その音は、この片田舎に似あわず、京都《けいと》の声色《せいしょく》があった。主《ぬし》はたれぞと問うと、もと長安の歌《うた》い妓《め》で、いまはさる商人《あきゅうど》の妻なるものであるという。  あわれを覚えて、舟に酒を呼び、たって数曲を弾《ひ》いてもらった。演奏が終ると、彼女は悲しげにうなだれて、若き日の恋や愉しかった日を思い出すらしく、いまは失意の貧しい生活《たつき》を、この大河や湖《みずうみ》ばかりな蕭々《しょうしょう》のうちに托《たく》して、移りあるいている身の上と、ほそぼそ語った。  私[#1段階小さな文字](白楽天)[#小さな文字終わり]は、遠い地方官吏となって都を見ぬこと二年、今夜という今夜ほど、心をうごかされたことはない。人生の哀歓・流離のかなしみ、それをひとりの女に見た気がした。そこで全六百十二字の長詩をつくり、彼女へのなぐさめに贈り、題してこれを「琵琶《びわ》ノ行《うた》」という”  宋江はこれを暗誦《そらん》じていた。  乙女《おとめ》の琵琶はすでに絃《げん》をかき鳴らし、その紅唇からもれる詩《うた》の哀調に一座は水を打ったようにひそまりかえった。 [#ここから2字下げ] 潯陽江頭《じんようこうとう》 夜《よる》 客を送れば 楓葉《ふうよう》 荻花《てきか》 秋《あき》索々《さくさく》たり 主人は馬より下り 客は船にあり 酒をあげて飲まんとするに管絃《かんげん》なし 酔うて歓《かん》をなさず 惨《さん》として将《まさ》に別れんとす 別るるとき 茫々《ぼうぼう》 江《こう》は月を浸《ひた》せり 忽ち聞く水上琵琶の声 [#ここで字下げ終わり] 「……ああ」宋江は、ついに涙をたれた。故郷が偲《しの》ばれてきたのである。老父は琵琶が好きだった。「もしこれがともに聴ける琵琶であったら」と悔やまれ、身の不孝にさいなまれていたのらしい。 [#ここから2字下げ] 声を尋《たず》ねて 暗《ひそ》かに問う 弾《ひ》く者はたれぞと 琵琶の声はやみ 語らんとするも遅し 船を移し 相近づき むかえて相見る 酒をそえ 灯をめぐらし 重ねて宴を開く 千|呼《こ》万|喚《かん》 始めて出で来たるも なお 琵琶を抱きて 半ば面《おもて》を遮《さえ》ぎる 軸《じく》を締《し》め 絃《いと》を撥《はら》いて 三両声《さんりょうせい》 まだ曲調を成さざるに 先ず情《じょう》あり [#ここで字下げ終わり] 「…………」  宋江はまた不思議な感に打たれた。灯は冴《さ》えて座中、声もないのは奇異でもないが、その顔ぶれは李俊、張横、穆弘《ぼくこう》、穆春、薛永《せつえい》、童威、童猛、どれをみても血臭い野性の命知らずだ。その荒くれどもが、かくも生れながらの嬰児《あかご》のように純な姿で神妙に首うなだれて聞き入っているのはいったい何の力なのか? [#ここから2字下げ] 絃々《げんげん》に抑《おさ》え 声々《せいせい》に想《おも》い 平生 志を得ざるを訴うるに似たり 眉を低《た》れ、手にまかせて 続々と弾《ひ》き 説きつくす 心中 無限の事 [#ここで字下げ終わり] 「……そうだ、こんなやりばのない想いは、いまの若い者の胸にはいっぱいなのだ。それを汲《く》んで生かしてやれない宋朝《そうちょう》治下のみだれが今日のような世相をつくり、それの反抗が梁山泊《りょうざんぱく》などになっていくのか」  耳は絃に打たれながら、宋江は自問自答を独り胸にささやいている。曲はすすみ、大絃《たいげん》は嘈々《そうそう》、小絃は切々《せつせつ》―― [#ここから2字下げ] 撥《ばち》を収めて 心《むね》に当りて画《えが》く 四絃の一声 裂帛《れっぱく》のごとし 東の舟も 西の舟も、ひそまりて言《ことば》なく ただ見る 江心《こうしん》に秋月の白きを [#ここで字下げ終わり]  いつか、宋江もすべてを忘れた。恍惚《こうこつ》として身は司馬《しば》の客とともに舟中に在《あ》る気がしてくる。 [#ここから2字下げ] ――自《みずか》ら言う もとはこれ京城《けいじょう》の女 家は蝦蟇陵下《がまりょうか》にありて住む 十三にして 琵琶を学びえて成り 名は教坊《きょうぼう》の第一部に属す 曲|罷《おわ》りては 曾《かつ》て善才《ぜんさい》を伏せしめ 粧《よそお》い成りては 常に秋娘《しゅうじょう》に妬《ねた》まれ 五陵《ごりょう》の年少は 争って 纒頭《はな》を贈る [#ここで字下げ終わり]  詩は、彼女の身の上を、こう歌ってゆく。 [#ここから2字下げ] 今年の歓笑、復《ま》た明年 秋月《しゅうげつ》 春風 いつしかすぐ 弟は走りて 軍に従い 阿姨《おば》は死し 暮《くれ》去り 朝《あした》来たりて 顔色《いろ》故《ふる》びぬ 門前 冷落《れいらく》して 鞍馬《あんば》も稀《ま》れに 老大にいたり 嫁《か》して商人の婦《つま》となる 商人は利を重んじ 別離をかろんず 前月 浮梁《ふりょう》に茶を買いに去る 去りてより以来《このかた》 江口の空舟を守れば 舟をめぐる月明 江水に寒し 夜ふけて忽ち夢みるは 少年の事 夢に啼けば 粧涙《しょうるい》は紅《あか》く 闌干《らんかん》たり [#ここで字下げ終わり]  宋江は、はっとした。満座のうちからすすり泣きが聞える。鬼をもひしぐようなのがみな顔を濡らしていたのである。そうだった。彼らにも本来の情涙《じょうるい》はあったのだ。また親があり情婦があり子がありいろんなきずな[#「きずな」に傍点]もあったのだ。それへの何かに触れる絃《いと》と詩《うた》とについ真情が流れ出てしまったものだろう。  ――いや、ひとごとではない、宋江もまたそっと眼《まな》じりを指で拭《ふ》いていた。  朝。――掲陽鎮《けいようちん》の埠頭《ふとう》には、ゆうべの顔がのこらず、宋江のために、送別の惜しみをわかちあっていた。 「どうか、おからだをご大切に」  ことばは世のつねのものだが、万感の真情と尊敬がこもっている。思い思いな餞別物《せんべつもの》も、両手に余るほどだった。  やがて船が出る。かなり巨《おお》きな船だ。蓆帆《むしろぼ》に風が鳴り、揚子江の黄いろい水が、瑶々《ようよう》とその舷《ふなべり》を洗い、見るまに、手をうち振る江岸の人々も街も小さくうすれ去った。  その日のうちに、舟は江州に着く。護送の端公《たんこう》も、ここへ着くと急に、護送小役人の顔つきになった。もちろん宋江の首カセは厳重に篏《は》められ、公文の手つづき、身柄の引渡し、奉行所や牢城などの認知証《にんちしょう》もうけとって、これはすぐさま済州《さいしゅう》へ帰って行った。  ときにこの江州一円の奉行|閣下《かっか》は、蔡得章《さいとくしょう》なる人で、当代宋朝の権臣、蔡京《さいけい》の九番目の息子にあたるところから、諸人は彼を、 [#1字下げ]蔡九《さいきゅう》さま  と、よんでいた。  その蔡九の奉行所から、宋江の身柄は、ただちに牢城の方へ引き渡される。宋江はかねがね聞いていたことなので、所持の金銀は惜しみなく係の諸官吏にわけ与えた。この頃、とくにこの世界では、賄賂《わいろ》はちっとも悪徳でない。相互の常識なのである。で、管営《かんえい》、差撥《さはつ》、書記、牢番にいたるまでが、 「いい新入りだ、気前のいいやつだ」  と、宋江にたいしては、みな愛相《あいそ》がよかった。例の新入りが食う殺威棒《さついぼう》の百叩きも受けずにすんだ。  ところがある時、巡回の軍卒|頭《がしら》が、そっと宋江へ注意した。 「おい、君は抜かってるぜ。なぜいちばん大事な牢節級《ろうせっきゅう》[#1段階小さな文字](江州両院の院長)[#小さな文字終わり]へお袖の下を差上げておかねえんだ。たいへんお気をわるくしている様子だぞ」 「へえ、そうですか」 「そうですかって、平気でいるが、さっそく何とかしたらどうだい」 「いや、ほっときましょう。かまいません」 「おや。……おいおい、あとでひとを恨むなよ。ここの節級《せっきゅう》さまときたら、腕ぶしはすぐれているし、気は烈しい。どうなっても知らねえぜ」  果たせるかな、それからまもなく、点視庁から呼出しが来た。迎えに来たのも、おなじ軍卒頭なのだ。それ見ろといわんばかりな顔つきで、宋江の腰鎖《こしぐさり》を曳き、部下大勢とともに、 「節級《せっきゅう》! 連れて参りました」  と、突き出して、その後ろに整列した。  見ると、銀紋草色の官袍《かんぽう》に金唐革《きんからかわ》の胸当《むねあて》をあて、剣帯《けんたい》の剣を前に立ててそれへ両手を乗せ、ぎょろと、椅子《いす》からこっちを睨まえている人物がある。ここの高官にしては思いのほか若そうな年齢だ。毛の硬いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]が旋風《つむじ》を描き、節級冠《せっきゅうかん》の燕尾《えんび》がこの者の俊敏さをあだかも象徴しているようにみえる。 「こいつか、軍卒頭」 「はっ」 「病人ゆえ、規定の殺威棒は、猶予《ゆうよ》しとるということだが、なんだ、ぴんぴんしておるじゃないか」 「はっ」 「けしからんやつだ。さっそく、おれの面前で、百|打《だ》の棒を食らわせろ」 「お待ちください――」宋江が口をさしはさんだ。「そう仰っしゃる節級は、じつは、私からのつけとどけが届いてないので、それがあなたの自尊心を傷つけているのでございましょう」 「なにっ」 「つまらんお人だ!」  軍卒頭はじめ、みな冷《ひ》やとした顔いろである。室中、氷のようにしんとなったところで、宋江はなお言った。 「そんなくだらん手輩《てあい》とは思わなかった。これは興ざめ[#「ざめ」に傍点]な」  節級は、かあっとなって、いきなり剣の鐺《こじり》で床をとんと突き鳴らした。 「こやつ。よく面罵《めんば》したな。ようしっ」 「どうなさる?」 「きっと、ひイひイいわせてやるぞ」 「これは、いよいよ、あいそがつきる。呉用《ごよう》学人ほどな人の知人にも、中にはこんなくだらぬ人もいたのか」  語尾は低い呟《つぶや》きだったが、節級の耳には、聞えていたにちがいない。彼は俄かに何かあわてだして、 「軍卒頭以下、よろしいっ。みんな室外へ立ち去れ」  と、追っ払った。そして急に、辞色をかえて、訊ねだしたものである。 「もしやあなたは、山東の宋公明《そうこうめい》さんではないのか」 「そうです」 「なあんだ、それなら……」と、彼は豪快な顔を笑みくずして。「はやく言ってくださればいいのに」 「じつは、呉用学人の添え手紙を持来しています。けれど梁山泊《りょうざんぱく》の軍師呉用と、官の節級がお知り合いとあっては、ちと、外聞がありましょう。で、わざと申しあげずにいたのです」 「じつは、こちらへも密書が来ていた。そして心待ちにしていたのだが、宋《そう》という姓も多い、ただ済州《さいしゅう》罪人、宋とあっただけなので、つい粗暴な失礼をしちまった。しかし会えてよかった」 「私こそ、しあわせでした」  即日、彼の命令で、宋江はしごく身ままな独房へ移され、鍵《かぎ》まで彼の手に持たせられた。その上、数日たつと、節級《せっきゅう》は彼をつれて、町へ出かけ、酒楼の階上で、さらに歓《かん》をつくした。呉《ご》学究との旧交を打明け、また宋江の身の上話もいろいろ求め、十年の交じわりのような想いをあたためた。  そもそも、この節級は、凡人《ただびと》でない。  戴宗《たいそう》という名は、すでに宋江がもらってきた紹介状でわかっていたが、江州では両院の押牢使《おうろうし》という上位にあり、称《とな》えて、「戴《たい》院長」と敬《けい》せられているだけでなく、おどろくべき道術をもっていた。  その道術を、彼自身は“神行法《しんこうほう》”といっている。  たとえば、急な軍使となって長途を飛ぶさいには、仏神の像を鞍皮《くらがわ》に画いた甲馬に踏みまたがって、脚に咒符《おまもり》を結《ゆわ》いつけ、一日によく五百里[#1段階小さな文字](支那里)[#小さな文字終わり]を飛ぶという神技なのだ。で、戴《たい》院長のまたの名を、神行|太保《たいほう》の戴宗とも人々はいった。  それはともあれ、酒中、階下《した》からとんとんと早足で馳け上って来た者がある。  見ると、酒楼のお帳場さんだ。下でお客とお客の喧嘩だという。それも途方もない暴れ方、どうしても院長さんでもなければおさまりはつかない。仲裁して止めてください、というのである。 「またか。しようのない奴」  戴《たい》院長が降りてゆくと、階下の物音はすぐやんだ。そして彼はまもなく黒《くろ》ン奴《ぼ》のようなかちかちに肉の緊《し》まった凄い男を一人つれて階上へもどって来た。 「宋君《そうくん》。暴れ者はこれです。沂水《きすい》県百丈村の生れで、黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》といいましてね」 「ほ」 「職は牢城の牢番人です。ところが酒くせが悪い。また、二|挺《ちょう》の斧を両手につかう達人だし、拳《けん》や棒も心得ているので、だれの手にもおえやしません。またの名、鉄牛の李《り》なんていわれて、恐がられているほどですから」  李逵《りき》は、宋江を見ても、すぐ吠えた。 「院長さん、そこにいる棗《なつめ》の腐ッたような色の黒い野郎は誰です?」 「これですからな」 「なるほど。はははは、いや申しおくれました。私は山東の宋公明《そうこうめい》です」 「へっ?」と、李逵はたまげ[#「たまげ」に傍点]た声を発して「まさか、院長さんのそばだ。院長さんのお客とあれば、ほんとだろうが。……こいつはしまった」はた[#「はた」に傍点]と、自分の頬ッぺたを打って、さっそく最敬礼の仁義を切るなどは、どう見てもどこか憎めない男であった。  この者を交《まじ》えて、むしろその李逵を肴《さかな》として、さらに杯を交わしているまに。宋江が彼にむかって、なんで階下で暴れていたのかと訊ねると、金を貸せ、貸さない争いだったと飾りもなくいう。――で、宋江がなんの気なしに銀十両をとり出して、 「これで足りるんですか。よかったらおつかい下さい」  といってやると、李逵は雀踊《こおど》りして、 「てへッ、ほんとに貸してくださるか。ありがてえ、これで目が出たら、倍にして返すぜ。おごってやるよ」  ふところに入れるやいな、あっというまに、もうそこにいなくなっていた。 「宋君」と、戴宗《たいそう》はあとで眉をひそめ「あれには、お貸し下さらんほうがよかったですな」 「なぜですか」 「無類に気のいい正直な奴ですが、なにしてもかねを見たらすぐ博奕場《ばくちば》です。いずれ返すには返しましょうがね」 「ま、いいじゃありませんか」 「役には立つ男だが、牢城の困り者です。弱い囚人は可愛がってやるが、上役に毒づくし、仲間の牢番なども、威張る奴へは、こッぴどくたてをつく。なんともはや文字どおりな黒旋風《こくせんぷう》なので」 「そろそろ、戻りましょうか。……城外の川景色でも見ながら」 「む、では江州《こうしゅう》風物など、ご案内しようか」  ここはさておき、一方の李逵《りき》は、もう賭場《とば》の盆ござ[#「ござ」に傍点]で眼のいろをかえていた。 「おッと、こっちへ、張り駒をよこせ。だれだ相手は?」 「李逵、すごい鼻息だな」 「べら棒め。このとおりだ、さあこい」  銀十両を、前において。 「快《ちょう》だ」 「よしっ、又《はん》とゆく」 「張乙《ちょうおつ》、いいな。――あ、いけねえ」  こんどは、張乙の方から先張りで挑《いど》みかけた。 「又《はん》!」 「受けた、みんなかかって来い。快《ちょう》だ!」  それも負け、李逵の貼《は》り目は、つづいて四、五たびも取られてしまった。それで一瞬、しょぼッとしたが、 「張乙《ちょうおつ》、もいちど駒を振れ。五両|貼《は》る」 「貼るたッて、ねえじゃあねえか。どこにかねがあるんだよ」 「あと払いだ」 「ふざけるな」 「一ぺんだけ貸せよ」 「いけないよ」 「なにを――」と、とたんに、張乙《ちょうおつ》の前にあった銀をジャラジャラと掻き廻し「借りなかったらいいんだろう」と、その中の十両をふところに入れて突っ立った。 「あっ、無茶するな。賭場《とば》荒しをやらかす気か」 「これでも今日は大人《おとな》しいんだぞ。もすこし何かしてもらいてえのか」 「ア痛っ。やったな。客人っ、手をかしてくれっ」 「蹴ちらすぞ」  場中の総立ちを見ると、李逵《りき》はほんとに暴れ出した。鼻血を出す者、手を折る者、一瞬、さんたんたる光景を現じ出した。 「泥棒っ。盗《ぬす》っ人《と》っ」  張乙はあきらめきれず、逃げる李逵《りき》を執念ぶかく追っかけた。李逵はけらけら嘲笑《あざわら》いながら逃げては振り返ってみていたが、そのうちに、誰かにどんとぶつかった。 「こらっ、李逵じゃないか」 「あ、いけねえ。また会ッちまった、院長さんでしたか」 「なぜ人の物を盗む」 「ごめんなさい。じつは今日ばかりは、勝ったことにして、そしてさっきの宋公明さんに、ひとつ大きな顔で、おごってやるといってみたかったんで」  後ろで、宋江は笑い出した。 「かねが欲しいなら、私が上げるものを」 「いや、かねはここへ持っている」 「それはそれ、そこに追っかけて来た人のかねでしょう。返しておやり」 「ケチな野郎だ」と李逵は張乙の手へくれてやるようにそれを返す。宋江は、張乙にいった。 「だれか怪我《けが》した者はいないのか」 「ないどころか、賭場中のやつが、荒れ熊の爪に引ッ掻き廻されたようなもんで、目も当てられたありさまじゃありません。茶汲《ちゃく》み婆まで、肘《ひじ》を折られてしまいましたよ」 「それはすまんな。じゃあこれを薬代《くすりだい》にでもして慰めてやって下さい」  宋江はべつに銀子《ぎんす》を与えて、李逵の代りにあやまった。  戴宗《たいそう》はつくづくと見ていたが、こんどは何も忠告しなかった。李逵に叱言《こごと》もいわない。いずれおちついてからいうつもりだろうか、先に立って、江州の水辺へ道をたどり、 「宋君、白楽天《はくらくてん》の古跡を見てみますか。なんならご案内いたすが」 「琵琶行《びわこう》のゆかりの地ですな。それはなつかしい」 「彼方《かなた》の川ぞいに、その琵琶行にちなんだ琵琶亭という茶屋がある。いまは秋ではないが晩春もまたなかなかです。ひとつ、そこで一ぱいやりましょう」  はやくも宋江の旅情に似た胸には、淪落《りんらく》の女が夜舟に奏《かな》でる絃々《げんげん》哀々《あいあい》の声が思い出されている。が、さて、その夜彼が味わったものは何か。もちろん、過去にはあったそんな風雅ではない。琵琶亭そのものも人間も、すべては現実の腐爛《ふらん》と濁流中のものだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 雑魚《ざこ》と怪魚の騒動の事。また開く琵琶亭の美酒《うまざけ》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  名所旧蹟地には茶店や料亭は付きもので、またそれが点景《てんけい》の風物《ふうぶつ》にもなっている。琵琶亭《びわてい》などもまさにそんな画中の水亭《すいてい》だった。画中の客となった心地である。 「宋君《そうくん》。ご存知でしょうが、ここで飲ませるのが、純粋な江州産の銘酒《めいしゅ》ですよ。つまりこの芳醇《ほうじゅん》ですな。天下の酒徒なら“玉壺春《ぎょっこしゅん》”の名を知らぬものはありません。江州は米所《こめどころ》であるうえ、水も佳《い》い地方のせいでしょうか」  戴宗《たいそう》のお国自慢は何かとつきない。宋江《そうこう》もすでに微酔気分である。ひとりまだまだ飲み足らないようなのは、黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》だった。 「どうもお二人さんともお行儀がいい。こっちは手酌《てじゃく》とゆきますぜ」 「李逵」 「へ?」 「まるできさまがお客のようだな。おれのも宋君のお肴《さかな》も、料理はみんなきさまひとりで平らげてしまったじゃないか」 「いや、塩ッ辛《から》い今し方の吸物《すいもの》なんぞは、宋江さまのお口に合やあしませんよ。もっと美味《うま》いのをいいつけます」と、李逵は手をたたいて。 「おういっ、料理場の若いの、ちょっと来い」 「お呼びですか。お客さん」 「おう、てめえが板前か。よくもおれたちを名所見物のおのぼりさん扱いにしやがったな」 「と、とんでもない。何かお気に入りませんでしたか」 「あたりめえだ、中華の米の郷《さと》、鮮魚《さかな》の郷《さと》といわれるこの江州でいながら、死んだ魚の飴煮《あめに》や吸物なんぞ食わせやがって」 「どうも相すみません。じつは昨日の材料なんで、活《い》きた魚は今日はまだ」 「不漁《しけ》だっていうのかい」 「いえ。そこの鼻ッ先まで舟は着いてるんですが、問屋の親方が来ないため、まだ市場の水揚げが始まッていませんので」 「そうならそうと、なぜ断わらねえんだ。このおたんちんめ」  李逵は杯の酒を、板前の顔へぶッかけると、もう突っ立ちあがって、 「おれが行って二、三|尾《びき》もらって来《く》ら!」  と、出て行ってしまった。戴宗がうしろから、こらっ李逵李逵っ、と呼び返したが振向きもする彼ではなかった。 「いやどうも、困った奴です。せっかくの酒も、あんながさつ[#「がさつ」に傍点]者と同座では、美味《うま》くも何ともないでしょう」  戴宗は詫《わ》びぬくが、しかし宋江は、ただ笑っていた。 「いや、天性|無飾《むしょく》というものだ。赤裸、あのまんまな人ですよ。私は好きだな」  こちらはその黒旋風《こくせんぷう》、はやくも江の岸の、水揚げ場へ来ていた。  楊柳《やなぎ》の蔭には、小博奕《こばくち》に群れているのやら、寝ている者、欠伸《あくび》している者、さまざまだった。漁船の舟かずは百隻をこえようか、それがみんな岸に繋いである。  揚子江は赤く大きな一輪の太陽が、西へ沈みかけていた。 「こう、漁師《りょうし》たち。鱸《すずき》でも鯉でもいいや、見事な魚《やつ》を、二、三|尾《びき》選《よ》ってよこしねえ」 「やいやい、なんだてめえは!」と、たちまち漁師のすべてから、買出し人、ぼてふりの小商人まで寄りたかッて来て。 「ふざけるな、このもぐりめ。問屋の親方さんが来ねえうちは、小魚一尾、揚げるこたあ出来ねえんだよ」 「百も合点だ、問屋のおやじが来たら、黒旋風の李逵《りき》さまのお買上げだといっておけ。もらって行くぜ」 「あっ、この野郎」  五、六人は一せいに組みついたが、ほとんど彼の一|跳躍《ちょうやく》に刎《は》ねとばされ、彼はすでに無数の群舟のなかを、あっちこっち覗《のぞ》き歩いていた。 「おやおや、どの舟にも魚はねえぞ?」  そのはずだった。魚の貯えてある舟底の魚槽《ぎょそう》は、船尾を竹網|仕切《じき》りにして、江の水が自由に浸《ひた》すようになっている。――それを取り外《はず》しては覗き込んでいたのだから、魚はよろこんでみな一瞬に逃げてしまったはずだった。  それを見つつ黒山になっていた岸の人影は、 「ああ、見ちゃいられねえ」 「もう、おしめえだ!」  と、嘆息を放った。そしてついに衆のいきどおりをこめた声が「わあッ」となって、櫂《かい》、水棹《さお》、水揚げ鈎《かぎ》、思い思いな得物《えもの》を押っとり、李逵へむかってかかって来た。  しかし李逵にとっては、一杯機嫌の景物だった。まるで雑魚《ざこ》の踊りを掻《か》い潜《くぐ》っているようなものでしかない。――ところへ、事の次第を聞いて彼方から飛んで来た六尺ゆたかな色白な壮漢があった。これやこの漁師仲間で、問屋さんと敬《うやま》われている旦那であろうか。  袖口だけに刺繍《ぬい》のある裾短《すそみじ》かな繍《ぬい》の上《う》わ着《ぎ》、洒落者《しゃれもの》とみえて、黒紗《くろしゃ》の卍頭巾《まんじずきん》には、紅紐《べにひも》で結《ゆ》ッた髷《まげ》が紅花みたいに透いてみえる。商売柄《しょうばいがら》、足は八ツ乳の麻わらじ[#「わらじ」に傍点]に、黄と黒との縞脚絆《しまぎゃはん》といういでたちだ。 「?」  男は、ゆっくりと李逵をにらんで腰にさげていた商売用の秤《はかり》を、ぼてふりの一人にあずけた。 「おいっ眼が見えんのか、血迷い野郎、こっちへおいでよ!」  李逵は振返るやいな、水牛が怒ッたような勢いで突ッかかって来た。待っていた男の拳がその横面をかんと撲る。袂《たもと》が腕に巻きついたほどそれは確かな打力だった。だが、しかし李逵にはこたえもせず、逆に相手の腰の辺へ猛烈な足蹴《あしげ》をくれた。男がよろめく。体当りに、諸倒《もろだお》れとなる。李逵が上だった。こんどは李逵の鉄拳が二つ三つ男のひたいや鼻ばしらを打ちつづけた。すると後ろで。 「やめろっ、やめないか李逵《りき》」 「あっ? ――」振り仰いで「誰かとおもったらお二人さんか。放ッといておくんなさい。殺したって、罪はあっしが一人でかぶりゃいいんでしょ」 「ばかっ。こっちへ来い」  戴宗《たいそう》と宋江とは、騒ぎをきいてここへ馳けつけ、ほこる李逵をむりやりに挘《も》ぎ離して、なだめつすかしつ、やっと元の琵琶亭《びわてい》の方へ連れて戻って行った。  ところが道がまだ琵琶亭まで行きつかないうちに、早くもさっきの紅紐髷《べにひもまげ》の男が、こんどは雪白《せっぱく》な大肌脱《おおはだぬ》ぎとなって追ッかけて来た。それも陸上でなく、小舟に、水棹《さお》さし、江の岸を先廻りしていたのであった。 「やいっ、黒旋風とかいった奴、逃げるのか、ざまはねえな!」 「何ッ」  あっと思った瞬間だった。宋江にしろ戴宗にせよ、止める間などはありはしない。李逵は小舟の方へすっ飛んで行き、なにか二た言三言、悪罵《あくば》を戦わせていたかとみるまに、 「うぬっ」  と、相手の舟のうちへ跳《と》びこんでいた。 「よしきたっ」  待っていたとばかり、舟の中の男は両手をひろげた。  李逵の方でも、勝負腰を挑《いど》んでみせたが、何しろ一歩も近づけなかった。なぜなら艫《とも》の男はその両脚で巧妙に、 「それ。……どんぶりこ、どんぶりこ」  と口拍子《くちびょうし》に合せて、小舟を左右に大きく揺《ゆ》りうごかし、舟はまるで風濤《ふうとう》に弄《もてあそ》ばれる一|葉《よう》の枯れ葉に似ていた。しかもぐんぐんとそのまに岸から揚子江《ようすこう》のただ中へと離れて行くのである。  たまらなくなって、李逵は、 「やい魚屋。おれを恐れたな。男らしくもねえやつだ」 「ふん。言ッたね。さあ来い」 「そんな足拍子はやめて、てめえからかかって来い」 「こころえた。かたづけてやる」  言下に、男は片足立ちとなって、その体を、舟の外へ斜《はす》に描いて見せた。すると小舟は苦もなくひッくりかえってしまった。同時に李逵の姿も男の影もほとんど、一波の白いしぶきも揚げず、ただもっこりと江中に沈んでいった。  驚いたのは、宋江と戴宗である。――慌《あわ》てて近い岸のなぎさまで馳けよって来たときは、江上の舟はすでに裏返しとなってただよい、漁師、ぼてふりの輩は、さも心地よげな眼を沖へやって、 「うまくやんなすったね、親方さんは」 「何ンたって、浪裏白跳《ろうりはくちょう》さ!」 「揚子江のぬし[#「ぬし」に傍点]みてえなものだ。あの水牛野郎も、たっぷり水を飲むことだろうよ」  と、がやがや快《かい》を叫びあっていた。  宋江は、またさらに仰天した。大勢の顔へむかってことば忙《せわ》しく。 「あの肌の白い魚問屋の主人。あの人のあだ[#「あだ」に傍点]名が、いま誰かの言った“浪裏白跳《ろうりはくちょう》”というのですか?」 「そうです、そうです。張順《ちょうじゅん》さんと仰っしゃいますぜ」 「それは大変だ。――戴宗《たいそう》どの、こいつは、しまった」 「えっ。しまったとは」 「彼が魚問屋の張順なら、その実兄の張横《ちょうおう》から私は手紙をもらっている! 江州へ行ったらぜひ会ってやってくださいと」 「や、や、や。それはさて、なんとしたものか?」  困惑と手をにぎる汗、ただ、彼方《かなた》の水面へ、その眼をこらし合うしかない。  夕陽は赤い半輪をしずめかけ、江の波は青く透いていた。白きは浪裏白跳の張順の四|肢《し》か。黒きはさすが弱りぬいた李逵《りき》のもがきか。瑤々《ようよう》たる波騒《なみざ》いのかすかに立つところ、見ゆるが如くまた見えぬようでもある。  すると一瞬、からみ合った両者の肉体が、ぼかと波上に浮き出した。それは白龍に巻きつかれた水牛の吠《ほ》えに似ていた。陸の黒旋風《こくせんぷう》も水中では手も足も出ず、張順の思うままに溺《おぼ》らされて、七|顛《てん》八倒の飛沫《しぶき》をたてたが、またたちまち、もくもくもく……と水中深くに引きずり込まれた様子だった。  戴宗思わず両手をあげて辺りへ叫んだ。 「漁師どもっ。早く行け。わしは江州牢城の戴《たい》院長だ。ふたりを引き分けて連れて来いっ」  戴院長と聞いては驚かぬ者はない。すぐ一舟が矢のごとく岸を離れ、ほどなく双方をもぎ[#「もぎ」に傍点]離して連れ帰った。――といっても、浪裏白跳の張順は、颯々《さっさつ》と水中を馳けるが如く一人泳いで先に岸へ着き。 「どうも相すみません。院長さんとは少しも存じませんでした」と、すました顔。  李逵もやっと舟から這い上がって来て、 「てへッ、ひでえ目に会わせやがった」  と、鼻や口から三斗の水をゲッゲッと吐いた。 「ともかく、話は彼方《あちら》の琵琶亭《びわてい》で」  と、すぐ四人は、元の琵琶亭へひきあげ、からくもこの大騒動は一トまず無事におさまった。  そこで李逵、張順、各〻ズブ濡れの衣服を着かえ、髪をたばね直し、そのまに水欄《すいらん》の灯と酒のしたくなど皆、新たな宵をととのえていた。 「さ、みな杯を持ってくれ」  戴宗も、挙げて、和解の音頭《おんど》をとった。 「雨降って地固まるだ。二人ともこれからは、兄弟分の誼《よし》みをもってつきあうがいい。あれほど派手な喧嘩をすりゃあ思い残しはないだろう」 「意趣は何ものこしません。じゃあ、黒旋風の兄貴」 「おやおや、おれが年上かい。張順、よろしく」  次に宋江が、控え目に名《な》のった。 「山東の黒《こく》宋江です。張順さん、あなたのご実兄の張横さんとは、掲陽鎮《けいようちん》でお目にかかって、いろいろお世話になっています。どうか以後はお見知りおきを」 「えっ、では山東|鄆城県《うんじょうけん》の押司《おうし》、宋公明《そうこうめい》さんだったんで。どうも、こいつあ驚き入った。じつは掲陽鎮の兄からも、とっくに手紙が来ていました。ぜひお目にかかれといって」 「そうでしたか。まことに奇遇だ」 「いやこの張順も、はからずお三名の豪傑に、一|夕《せき》一|堂《どう》のうちでお目にかかり、こんなうれしいことはございません。どうぞこれからは兄弟分の端と思ってお叱りを」  と、ここに好漢《おとこ》同士の刎頸《ふんけい》の交わりがまた新たに結ばれ、銘酒“玉壺春《ぎょっこしゅん》”の泥封《でいふう》をさらに二た瓶《かめ》も開いて談笑飽くなき景色だった。 「ほい。すっかり忘れちまったぜ」 「李逵《りき》、何を思い出したのか」 「魚ですよ。事の起りは、魚だったじゃありませんか。張順、二、三|尾《びき》くれないか」 「ケチなことを言いなさんな。何十尾でもよろこんでこの席に進呈したい」 「じゃあ一ト走り、俺が行って貰って来よう」 「おっと待ちな」 「なぜだ、張順」 「おめえはまだ江《え》の水が呑み足らねえのかい」 「わはははは。そう何度も、からかいッこなしさ。じゃあ張順、おめえも一しょに行ってくれ」 「いいとも。ではお二人さん、ちょっと中座いたします」  張順と李逵とは、手をつないで野に歌う牧童のように、仲よく縺《もつ》れ合って出て行った。まことやこれ、虚心の自然児、草沢《そうたく》の英雄ともいうべき類《たぐい》か。  まもなく、宿の板前や男衆に桶をかつがせ、見ごとな金鱗《きんりん》の金鯉《きんごい》十数|尾《ひき》をすくい入れて二人は帰ってきた。すぐそれを鱠《なます》、から[#「から」に傍点]揚げ、汁、蕃椒煮《とうがらしに》といろいろ料理させたが、ものの二|尾《ひき》とは食べきれたものではない。あと四、五尾は笹に通して、 「どうか、おみやげにお持ち帰りを」  と、あくまで心入れな張順のはからいだった。  これですぐ立てばよかったが、折ふし水亭の別座敷で琵琶《びわ》の音がした。訊いてみると、客の求めに応じてあるく琵琶芸人ということであり、宋江はふと、かつての一夜、穆家《ぼくけ》の宴で聞いた「潯陽江頭《じんようこうとう》……」の忘れがたい一曲など思い出して、ついそれを呼ばせてみた。  ところが、それは見るからに哀れな親子の舟芸人で、歌曲も四絃も、穆家の乙女《おとめ》の比ではない。――しかし素姓《すじょう》をきいてみると、京師《みやこ》生れで、苗字《みょうじ》も同姓の「宋」といい、娘の名は玉蓮《ぎょくれん》というとのこと。宋江には、そぞろ哀ればかり催《もよお》されて、酒さえ苦くなってきたので、 「もう、いいよ。ありがとう。もうよろしい。……さあ、娘さんに、何ぞそこらの物を喰べさせておやり」  と、なにがしかの鳥目《ちょうもく》をやって、逆に慰めてやるような始末だった。  けれど李逵にはそんな斟酌《しんしゃく》もない。娘に酌させて、悪ふざけをしているうちに、何が気に入らなかったのか、娘をキャッと昏倒させてしまった。娘のひたいに小さな血が滲《にじ》み、耳環《みみわ》も簪《かんざし》も飛び乱れていた。 「これっ、何ということをするのだ」  それを機《しお》に、張順と戴宗は彼を外へ連れ出し、宋江はあとに残って、娘の親へ、 「ま。かんべんしてやってくれ。わしは牢城営にいる者だが薬代でも上げるから、わしと一しょについておいで」  と、李逵《りき》に代って深くあやまり、たって芸人の男親ひとりを連れて帰った。それやこれやで、せっかくな琵琶亭の歓《かん》も、帰りは味気ない夜道になった。――けれど、琵琶|弾《ひ》き娘の宋という男親は宋江から思いがけない慰藉料《いしゃりょう》の銀子《ぎんす》をもらい、涙をながして、その晩、彼の部屋からもどって行った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 壁は宋江《そうこう》の筆禍《ひっか》を呼び、飛馬は「神行法」の宙を行くこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  元来、宋江も酒はつよい。ただ挙止《きょし》やことばが静かなだけで、酒量は誰にも負《ひ》けはとらない。 “玉壺春《ぎょっこしゅん》”やら金鱗《きんりん》の鯉やらで、ゆうべもあれで、したたかに飲み、そして食べてもいたのだろう。……そのせいか明け方から彼はシクシク腹痛を覚えていた。朝陽を見てからはいよいよ烈しく、厠《かわや》へ通うこと何十回であった。  土産《みやげ》の金鯉は、すべて牢城の差撥《さはつ》や仲間へ分けてやった。囚徒はみな交《かわ》り番こに彼の部屋へ来て親切に世話してくれる。下痢《げり》止めの六和湯《りくわとう》を煎《せん》じるやら粥《かゆ》を煮るやらで、同囚のたれ一人、宋江の日頃の徳を、ここで報《むく》わない者はない。  李逵《りき》、張順《ちょうじゅん》も見舞に来た。とかくして宋江は、十日余りも寝こんでしまった。ひとつには済州《さいしゅう》から江州送りとなったときの、長途の疲労が、今にして一度に出たのかも知れなかった。  こうしてやっと、散歩を思うようになったのも、二十日ぶりだ。もうすっかり体はいい。季節さえ初夏の風に変っている。 「……さて、意外にご無沙汰したものだ」  友恋しさに、彼はその日、城隍廟《じょうこうびょう》の地内の観音庵《かんのんあん》に住む戴《たい》院長を訪ねてみた。  が戴宗《たいそう》は留守だった。 「張順の家は」  と考えてみたが、魚問屋の忙しい身だし、おそらくこんな上日和《じょうびより》では江の上か城外の市場だろう。また李逵ときては、賭場《とば》やら牢番|溜《だま》りやら、いつも居る所さえわからぬ男だ。  しかし独りも淋しくはない。それに病後の快は、おのずから微吟の口笛を唇に誘ってくる。うッすらと快《こころよ》く肌は汗ばみ、眼は郊外の新翠《しんすい》に洗われ、ちか頃にない空腹感もうれしかった。 「おや……酒旗《しゅき》が見える。……おう小酒屋ではない。すばらしい酒楼ではないか」  近づいてみれば、酒旗には「潯陽江正庫《じんようこうほんてん》」とみえ、また墻門《かき》の簷《のき》には、蘇東坡《そとうば》の書の板額《いたがく》に、 [#1字下げ]潯陽楼《じんようろう》  の三文字が白彫《しろぼ》りにされていた。 「ああ、これが江州に名高い潯陽楼か。あいにくと一人だが、まま、見晴らしだけでも楽しもうか」  ずっと入ってゆくと、かどぐちの左右には、朱塗り金箔《きんぱく》の聯牌《れん》がみえ、一方の華表《はしら》には「世間無比酒《せけんにむひのさけ》」。片方には「天下有名楼」と読まれる。  階上は五楼にわかれ、江を望む風光は、どの欄《らん》に立ってもただ恍惚《こうこつ》たるばかりであった。万畳《ばんじょう》の雲なす遠山は、対岸の空に藍《あい》か紫かの襞《ひだ》を曳き、四川《しせん》くだりの蓆帆《むしろぼ》や近くの白帆は、悠々、世外の物のようである。  ほかの粋客であろう。箏《こと》や胡弓《こきゅう》の奏《かな》でがどこかに聞え、楼畔《ろうはん》の柳はふかく、門前の槐《えんじゅ》のかげには、客の乗馬がつないであった。すべてこれ、一|幅《ぷく》の唐山水《とうさんすい》の絵であった。 「お客さま。ほかのお連れさまは?」  みせの女中の声に、 「いや、ほんの気散《きさん》じで、ふらと一人で上がったのだが、一人客はご迷惑かね」 「いいえ、そんなことはございません。どうぞごゆるりと」 「ではお酒をたのむ。菜《さい》、肉、汁、料理はおまかせしておくから」  欄《らん》を前に、一室の卓《たく》で、宋江は独り暢《の》びやかに病後の心を養った。酒はよし、包丁《ほうちょう》もよし、器《うつわ》なども、さすが「天下有名楼」であった。 「……わが故郷にも、名山古跡はないでもないが、やはり江州は違ったものだな」  心は、雲の遠くにまで遊び、ふと故郷にある老父や弟までを想いおこした。  独り酌《く》む酒は、沈酔になりやすい。かつは二十日以上も乾いていた腸《はらわた》だった。彼はどうしたのかはらはらと涙を垂れた。 「自分も三十はとうにこえたのに、一個の名も成さず、家の業をたすけるでもなく、親からいただいたこの体には刺青《いれずみ》されて遠流《おんる》の身だ。ああ、残念な。ああ、腑《ふ》がいないことだ。……すみません、父上」  惨《さん》として独り注《つ》いでは飲み、注いでは飲み、やがてその大酔を自嘲《じちょう》に交《ま》ぜて、思わずも一詩を胸に醸《かも》していた。  また、ふと見ればかたわらの白壁には、あまたの遊子酔客が、それぞれここに興を書きのこした題詠《だいえい》が見える。彼もまたつい、備え付けの筆をとって、次の章句を書きとどめた。――もし他日、歳月《としつき》たって、再びここに遊ぶ日の想い出にもなろうかと。 [#ここから2字下げ] 少年、はやくに、経史を学び 長じて、心に謀《たくみ》をえがくも 爪牙《そうが》、むなしく 迷いの虎に似る 現《うつ》し身は、罪のいれずみ いま江州の囚地にあり もし年ありて、再び来らば このうらみ、この嘆《たん》 潯陽《じんよう》の水も紅《くれない》となって泣かん [#ここで字下げ終わり]  こう一気に書いて来て、宋江はその溌墨《はつぼく》の匂いとともに、心気すこぶる爽快《そうかい》になった。無性に、何かうれしくなり、つづいてその後に。 [#ここから2字下げ] 心は山東に、身は呉《ご》にあり 憂心は熱く 涙は冷《ひ》ややか こころざし成るの日は笑うべし 黄巣《こうそう》も丈夫《ますらお》のかずにあらずと [#地から4字上げ]「鄆城県人《うんじょうけんのひと》宋江作《そうこうつくる》」 [#ここで字下げ終わり] 「むむ、久しぶりでものを書いた」  筆をおくと、彼は椅子《いす》に返って、片手に杯を持ち、片手の指で木琴《もっきん》を叩くように卓を弾《はじ》き、小声でそれを吟《ぎん》じてみた。そこですっかり気分をもち直し、やがて勘定を払うと、踉々蹌々《ろうろうそうそう》、元の道をもどって行った。――その孤愁の影、多情多感なその日の彼は、あとで思えば、げにも宋江として珍しいことだった。牢営内のわが部屋へ帰りつくやいな、前後不覚、翌朝までぶっ通しに眠って、前日の墨戯《ぼくぎ》のことなど、ほとんど記憶にもなくなっていた。  ここに無為軍《むいぐん》とよぶ田舎《いなか》町がある。  江州《こうしゅう》のすぐ対岸で、江州府の大街《たいがい》とは絶えず通船《つうせん》が通っており、また黄文炳《こうぶんぺい》のような物持ちとなると、これは洒落《しゃれ》た自家用船で、いつも江州大城へ出向いていた。  黄は、非役の閑職だった。  そこで無為軍に美邸をかまえ、ずいぶん贅沢《ぜいたく》な生活ぶりをやっているが、どうして、なおまだ内には野心|勃々《ぼつぼつ》たるものがあるらしい。その証拠には、彼が四時《しいじ》の珍しい土産物を積んで行くさきといえば、つねにきまって、江州奉行閣下|蔡九《さいきゅう》の私邸であった。  蔡九は、宋朝廷の権臣、蔡《さい》大臣の息子なのである。そこへのご機嫌伺いを、せっせとやっている魂胆をみても、彼の腹はわかるというもの。  しかしこの黄文炳《こうぶんぺい》の評判はすこぶるよくない。多少の学をはなにかけ、下の者にはふんぞり返り、上には媚態《びたい》おくめんなしという型の男である。それが今日もまた、奉行官邸へ伺候《しこう》していたが、折ふし蔡九から、 「今日は大城の宴会で、ちと忙しい。晩にでも来い」  といわれ、黄は、いちど船へ引っ返していた。そして午《ひる》すぎ頃、何の気なしに、江畔《こうはん》の潯陽楼《じんようろう》へ上がって、 「おいおい、ほんの一杯だ。こってりした肴《さかな》はいらんぞ。あとは茶漬でな」  と、横柄《おうへい》にいいつけていた。  金づかいは吝《けち》な客だが馴染《なじ》みは古い。またそれを腹勘定に入れているこのお客さまだ。やたら小女にまで威張り散らしていたが、ふと白壁の書に目をとめて。 「おお、何だと。……少年、はやくに経史を学び、長じて、心に謀《たくみ》をえがくも? ……」  黄は、太い鼻息でうめいた。 「何、何。……このうらみ、この嘆《たん》、もし年ありて再び来らば、潯陽《じんよう》の水を紅《くれない》に。……だれだろう。こんなものを恐れもなく書いたやつは、これは謀反《むほん》の詩ではないか。しかも流罪人の筆だ! 奇っ怪しごく」  彼は手を鳴らして、女中、帳場を呼びつけ、これを壁書きした客の年齢人相などを問いただし、そして「鄆城県人宋江作《うんじょうけんのひとそうこうつくる》」の署名も写《うつ》しとって、晩を待った。いや船に寝て、翌朝を待った。  ここらが彼の奸佞《かんねい》なところである。果たして、奉行の蔡九《さいきゅう》は、ご機嫌すこぶる斜めであった。 「これ黄文《こうぶん》、昨夜見えよと申したのに、なぜ儂《み》を待ちぼけさせおったぞ」 「は。申しわけございませぬが、天下の大事にふと心を悩まし、また万一の間違いでもあらぬよう、その下調べに、奔命《ほんめい》いたしておりましたので」 「はて。今朝はよく、天下の大事という声を耳にする日だな」 「ほ。何ぞお手許へも」 「いやじつは、父の蔡《さい》大臣からご飛脚があって、ちかごろ都の太史院《たいしいん》天文監《てんもんかん》が、こう申しているとあるのだ。……北斗《ほくと》の星、呉《ご》と楚《そ》の地を照らし、その色赤し、おそらく謀反《むほん》の徒《と》のおこる兆《きざ》しならんかと」 「なるほど」 「また、開封《かいほう》東京《とうけい》のみやこ童《わらべ》の間にも、 [#ここから2字下げ] 山はひがしよ 三十と六つ 家木《かぼく》はみだすよ 水と工《く》と [#ここで字下げ終わり]  そんな意味もわからん謎めいた童歌《わらべうた》が、近来しきりに流行《はや》っていると申す」 「いや、恐ろしいものです」  黄は、膝をたたいて言った。 「天に口なし人をもって言わしむ、とか。その童歌も、北斗の妖《あや》しき光芒《こうぼう》も、偶然ではございませんぞ」 「なにか、証《あかし》があるか」 「この一紙をごらんください。てまえが昨日、潯陽楼《じんようろう》の壁書きから写しとってまいった詩でございますが」 「うウむ……。みずから江州の流人《るにん》といってあるようだな。囚人の詩か」 「いえいえ、そこはともかく、詩句すべてに流れている不逞《ふてい》な反逆の血と、その恨みかたの凄まじさをご覧ください」 「いかさま、これは革命者の心胆《しんたん》の迸《ほとば》しりだ。世を呪《のろ》うやつの声だ。鄆城県《うんじょうけん》の人、宋江とは一体だれだろう」 「ですからご管下の牢営にいる済州《さいしゅう》の流人《るにん》でしょう。すぐ牢営の蔵帳官に、簿《ぼ》を検《けん》せよと、お命じなされませ」  蔡九《さいきゅう》は、役人をよんで、すぐ簿《ぼ》を調べて来いといいつけ、その間にまた言った。 「都で流行《はや》っている妙な童謡の意味は何と解いたらいいのだろう。こいつは何とも分らんな」 「いえいえ、それもよく符合《ふごう》します。……山はひがしよ、とあるのは山東《さんとう》のこと。家木《かぼく》はみだすよ、とは『宋』の文字を、分解したものでございましょう」 「では、水と工《く》というのは」 「江の文字になります」 「なるほど。して三十と六つというその数字は」 「それだけでは、てまえにも判じかねます。おそらく何か星の天数六六をいったのではないかと思われますが」  そこへ、蔵帳官が牢城の簿《ぼ》を持って来て。 「これではございませんか」  と、点簿《てんぼ》の名に、朱紙《しゅし》を貼《は》って差出した。  見ると「五月新入り囚徒、鄆城県《うんじょうけん》産、宋江《そうこう》」とある。折も折、宋朝廷の天文《てんもん》太史院は、都下の謡言《ようげん》や北斗を占案《うらな》って、諸州へ乱のきざしを警報してきたところではあり、この事実なので、奉行|蔡九《さいきゅう》は、たちどころに決断をくだし、 「潯陽楼《じんようろう》の壁に、不敵な叛詩《はんし》をしるした犯人、宋江を即刻からめ捕《と》れ、一ときたりとも時をうつすな」  と、すなわち江州牢城の両院長、戴宗《たいそう》へその命をくだした。  宋江は何も知らずに、その朝、籠の小鳥に餌《えさ》をやっていた。病中いらい、窓辺の友としていた鳥籠の黄鳥だった。 「宋君! 小鳥どころじゃないぞ」  後ろの扉《と》ぐちに、こう息ぜわしい声を聞き、ふと振向いて。 「おっ。戴《たい》院長ではありませんか。そのお顔いろは、どうしたことだ?」 「いやあなたこそ、とんだことをしてくれた。どうにもならん」 「何がです」 「潯陽楼《じんようろう》の壁に、あなたは叛詩《はんし》を書いたではありませんか。自分もいま、見とどけて来た。明々白々、あれまで、書いてしまっては消しようもない」 「……。……?」  宋江はいつまで、じいんと差し俯向《うつむ》いていたが、はっと酒中の記憶をよみがえらせた容子《ようす》である。さすがに蒼白になった。しかし悪びれる風もない。椅子《いす》に腰をくずし、首を垂れて「――一生の不覚」と詫びた。  だが、詫びられた戴宗のほうこそ、今は極度につきつめていた。進退きわまった立場なのだ。すでに、蔡九の命で彼は牢城の軍卒頭以下一隊の兵を、城隍廟《じょうこうびょう》の廟前に勢ぞろいさせ、しばらく待てと待たせてあるのだ。  そして、ちょんのま、ここへ姿を現わしたのは、彼の道術“神行法《しんこうほう》”の秘を使って、風のごとくさっと忍んで来たのである。といって何をはなしている隙《すき》もない。ただ戴宗《たいそう》が持って来た一計は、 「宋君、ぜひもない。君を縄目にはかけるが、君は偽《にせ》狂人になってくれ。蔡九の前へ出たら、あらぬ口走りと狂態をつくして、ひとまず吟味の手を焼かすのだ。あとの思案はあととして」 「いや、やめましょう。戴宗どの、覚悟しました。縛《しば》ってください」 「いや縛れん。あなたをここで見殺しにしたら、友人の呉用《ごよう》を初め、梁山泊《りょうざんぱく》の面々にも一生|末生《まっしょう》うらまれる。のみならず、江州|界隈《かいわい》で義をむすんだ男どもにも顔がたたん」 「でも、こんなおろかな因《いん》を作ったのは誰でもないこの宋江自身です。たれがあなたを不義としましょうか。たとえ偽狂人など装《よそお》ってみても、しょせん、宋江にはよく出来る芸ではなし、醜態《しゅうたい》をかさねるだけです」 「ま。そうあっさりと、あきらめないで」 「いや天命に従います。それしかない。もしあなたが、いさぎよしとしないなら、私自身で自首して出る」  もう説きようはない。また策もない。  戴宗《たいそう》は長大息した。まもなく、一軍の中に宋江を押っつつみ、蔡九《さいきゅう》奉行のいる大城の一閣へ入って行った。  あらゆるむごい拷問《ごうもん》道具や獄具が白洲《しらす》に用意されてあった。ここでは血の焔《ほのお》が燃えるのである。だが覚悟のていであった彼には、さまざまな苛責《かしゃく》もくだしようがない。口述書をとられ、死刑囚用の重さ二十五|斤《きん》の首かせ[#「かせ」に傍点]が篏《は》められ、その夕、大牢の闇へほうり込まれた。  わずかに、一つの倖せは、命を奉じて、戴宗がさっそくに宋江をこれへつき出していたので、蔡九もその戴宗にたいしては、なんの疑惑も挟まなかった。で、大牢の監視から食事なども、一切彼に委されたことだった。  その夕、一方では奉行蔡九がその自邸で、黄文炳《こうぶんぺい》を相手に、 「やれやれ、これで一トかたづき。まずは大事に至らなくて、めでたかったな」  と晩餐《ばんさん》をかこんでいた。 「いや閣下。これからですぞ」 「まだ何か、急があるか」 「第一には、さっそく、事の仔細を、都のお父君へ急報し、蔡《さい》大臣さまから、陛下へも奏上して、江州大城ご支配の実績として、その功を、朝《ちょう》に聞え上げておくべきでしょう」 「なるほど、そのとおりだ」 「次には、これは国事の大犯人ですから、その処断は、当所において首となすか、あるいは生身《なまみ》を鉄鎖《てっさ》につなぎ、開封《かいほう》の都まで差立てましょうや、この一事も至急お使いをつかわし、お父君の大臣府へ伺いを立てれば、お父君も大そう面目をほどこし、かつまた、お手柄の名聞《めいぶん》に相成ろうかと存じますが」 「むむ、なかなかよく気がつく。その献言は用いよう。わしが陞任《しょうにん》したら、きさまもこんどは栄職につけてやるぞ。……ではすぐさま、戴宗をよんで、その使いを命じよう」 「戴宗を?」と、黄は小首をかしげ「彼は両院の長ですが、間違いはありませんか」 「たしかな男だ。それに這奴《しゃつ》は、神行法とやらいって、一日よく五百里[#1段階小さな文字](支那里)[#小さな文字終わり]を飛ぶ迅足《はやあし》をもっておる」 「では都へでも旬日《じゅんじつ》のまに行ってまた、すぐ還って来られますな。それは奇妙な重宝者《ちょうほうもの》」  黄も異議なく同意した。けれどその夜は何か、蔡九に支度があるとかで、戴宗への申しつけは翌朝に行なわれた。 「戴宗、そちの神行法にものをいわせて、至急、都へ使いに行ってもらいたい」  こう前提して、蔡九は、二つの見事な進物籠《しんもつかご》と、秘封の一書を、そこにおいた。籠には金銀珠玉の祝い物が入っていた。 「じつはな戴宗。儂《み》の父親の大臣には、この七月十五日がご誕生の日にあたる。どうしてもこの祝文と品々は、同日までにお届けせねば意味をなさん。ついては夜を日についで、間に合うように行ってくれい」 「御命《ぎょめい》、こころえました」  心中では、はた[#「はた」に傍点]と当惑をおぼえたものの、いやとはいえない。早々、彼は大牢の前へ来て内なる蒼白《あおじろ》い顔の人影へ、小声でささやいた。 「すぐ還《かえ》ってきます。くれぐれ、ご短気なくお体をお大事に」  それからまた、李逵《りき》をよんで、云々《しかじか》で都へ行くが、宋江《そうこう》の身を、くれぐれ頼むとかたくいいつけ、もう一つ釘をさして言った。 「おれの留守中、酒だけはつつしめよ」 「ご心配なさいますな。李逵も男だ。お還りを見る日までは、決して酒の匂いも嗅《か》ぐことじゃございません」 「よしっ、行ってくるぜ」  城隍廟《じょうこうびょう》のそば、観音庵《かんのんあん》の家にもどると、彼はすぐさま身支度にかかった。胸に銀甲を当て、琥珀色《こはくいろ》の袍《ほう》に、兜巾《ときん》をつけ髪をしばる。  足ごしらえは八ツ緒《お》のわらじ、膝ぶし[#「ぶし」に傍点]に咒符《おまもり》を結《ゆ》いつけ、仏神の像を鞍皮《くらかわ》に画《か》いた馬に乗り、進物籠を載せて、即日、江州を立って行った。その迅きこと、霧に駕《が》し、雲を排《はら》い、飛鳥にことならず、といわれていた通りである。  また神行《しんこう》の法は、ときにより馬も用いず、その健脚にまかしても、常人の十倍も走ると信じられていた。つまり道教の道術の一つか。先々の旅籠《はたご》でも、金紙銀紙を焼いて祭りをなし、身は精進潔斎《しょうじんけっさい》、呪文《じゅもん》修法、種々《いろいろ》あって、ほとんど道中では寝るまもすくない。  はや、ここは山東の一角。  芦《あし》と平沙《へいさ》と、渺《びょう》として、ただ水である。  戴宗《たいそう》は、馬を降りて、とある水辺の一旗亭を覗《のぞ》いた。そして一ト息入れ、 「おやじさん、酒も飯もいらん。葛湯《くずゆ》でもくれないか」 「なに、葛湯をくれと。冗談じゃねえ。そんな病人の飲むようなものはねえよ。ここは居酒屋だ」 「それは分っておるが、ここ何十里一軒の人家も見ない。では野菜汁でも煮《に》ておくれ」  なおまだ、酒屋の下男は、ぶつぶついっていたが、その間に、外から戻って来たのがじつはほんとの亭主とみえる。ぎょろと、内の客を見たが、軒につないである駒のそばへ戻って行き、その不思議な鞍皮《くらかわ》の神仏像の絵やら、また戴宗のふうていなどを、しきりに眺めくらべていた。 「もし、お客さんえ」 「おう、ご亭主か」 「どちらから来なすったのかね。道者でもなし、武者でもなし、どうも変ったお身なりだが」 「江州から来たのさ。これから開封《かいほう》東京《とうけい》へ行く途中だ」 「へえ、江州のお方ですか。……じゃあ、もしやあなたは、神行法の道術をつかう戴《たい》院長さんじゃありませんか」 「えっ、どうしてわかった?」 「いつも、あっし達の仲間の呉用《ごよう》先生から、天下にただ一人のこんな男が江州にいるといって、神行法の不思議をいつも伺っておりましたんで」 「ふウむ、では貴公は、居酒屋の亭主にあらずして、そも何者だ」 「あなたが呉用先生のお友達の戴宗さんなら、何もおかくしする必要はありません。じつを申し上げます。ここは梁山泊《りょうざんぱく》と一水をへだてた江の茶店で、てまえはここに変装して、いつも江の口を見張っている梁山泊の男の一人、旱地忽律《かんちこつりつ》の朱貴《しゅき》という者でございます」 「や、や。では梁山泊とは、このあたりか。そして呉用学人は、いまもおいでか」 「おりますとも、大寨《たいさい》の軍師さまで、まいど江州の噂のたびには、きまって、あなたのお名が出る。そしてまた、そこへ流されておいでになる宋公明《そうこうめい》さまの身を案じなすって、どうしているかと、ほかの一同まで、話のつど[#「つど」に傍点]胸をいためないことはございません」  と聞いて、戴宗《たいそう》も断腸の感に打たれた。かくまでの男同士の情誼《じょうぎ》を聞くにつけ、今はつつみ隠しもしていられず、じつはその宋江その人が、かくかくの大難にあって、いまや命《めい》旦夕《たんせき》の牢中の闇にあると、事の次第をつぶさに話した。  聞くや否、朱貴は仰天して、俄《にわか》に息まいた。 「そして何ですかえ、そんなさいを、おまえさんは一体これから都へ何しに行くのだ?」 「だから、今も申したように、蔡九の命でよんどころなく都の蔡《さい》大臣邸まで、あれなる誕生祝いを持って急いで来た途中だ」 「冗談いっちゃいけないよ。宋江さまのお命はどうなるんだ。祝い物なんぞは打っちゃっておしまいなせえ」 「そうもゆかん。使いを果たさねば、江州へも還れぬ身では」 「だって、そのまに宋江さまが、ばッさり打首となるかもしれないじゃありませんか。……何、黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》という牢番が付いているって。そいつは甘すぎる。一人二人でどうなるものか。さあたいへんだ。まッておくんなさい、戴《たい》院長」  朱貴は軒の内へ馳けこんで、例の強弓と鏑矢《かぶらや》を取り出し、江の岸からキリキリと引きしぼった。放つやいな、鏑矢は澄みきッた大気を裂いて、はるか江の彼方へ唸《うな》って消えた。  戴宗は、先へ気が急がれてきたので、「帰りに寄ろう、呉用によろしく」とばかり、軒さきを出て、馬の手綱を解きかけた。 「とんでもねえ、やるもんか」  朱貴は、その手綱を奪いとって。 「くそ、友達がいもねえ人だ。宋江さまを、見ごろしにしていいつもりか」 「だからこそ、急ぐのだ、一刻も早くと、気が気でない」 「こっちも、こうしてはいられねえのだ。さっ、梁山泊へ行ってくれ。おれと一しょに、山の聚議庁《しゅうぎちょう》へ行って、仲間一同へ話してくんなせえ」 「そんな道くさはしておられん」 「何が道くさだ。来ねえといっても連れてゆく」 「えいっ、ききわけのない奴」  戴宗は神速の甲馬の上に跳《と》び乗った。そして鞭《むち》で、朱貴をしッぱたいたが、離せばこその朱貴だった。遮二無二《しゃにむに》、馬のしりへよじ登り、うしろから戴宗に組みついて、ふたたび大地へ諸仆《もろだお》れにころげ落ちた。  こんな間に、はやくも江上には、かぶら矢の合図にこたえ、緑旗紅旗の速舟《はやぶね》の影が十二、三ぞう白波を切ってこなたの岸へ近づいていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 軍師|呉用《ごよう》にも千慮の一失。 探し出す偽筆の名人と印刻師《いんこくし》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  水は渺々《びょうびょう》、芦《あし》は蕭々《しょうしょう》――。梁山泊《りょうざんぱく》の金沙灘《きんさたん》には、ちょっと見では分らないが、常時、水鳥の浮巣のように“隠し船”がひそめてある。そして居酒屋の朱貴《しゅき》が射るかぶら[#「かぶら」に傍点]矢を合図に、事あれば、わっと陸《おか》へ上がってくる仕掛けになっている。  戴宗《たいそう》といえど、これを見ては、争いも無用と知った。道を曲げて、梁山泊へ立ち寄り、事のわけを自身語るしかないと腹をきめ、 「かたきでも敵でもないのに、おまえさん方と喧嘩はつまらん。さあ案内してくれ」  と、朱貴に身をまかせて船へ移った。もちろん彼がここまで乗って来た“神行法”の神馬、都へとどける金銀の進物籠も、あわせて鄭重《ていちょう》に船へ積まれる。 「ひと足、お先に」  と朱貴は先頭の水案内舟《みずさきぶね》で急いだ。それが対岸へつくや否、彼は聚議庁《しゅうぎちょう》[#1段階小さな文字](山寨の本丸)[#小さな文字終わり]まですッ飛んで行き、軍師|呉用《ごよう》にわけをはなした。呉用はまたすぐ、首領の晁蓋《ちょうがい》にこれをつたえ、全山の賊将をよびあつめた。  だから戴宗がそこへ臨んだときは、あらまし、戴宗の開封《かいほう》行きの使命、また、江州牢城の獄にあって、いまや死を待つばかりな運命に落ちている宋公明《そうこうめい》の危機なども、すでに一同知っていた様子であった。  とはいえ、呉用と戴宗とは、じつに久しぶりな邂逅《かいこう》でもある。二人は手をとりあって、 「やあ、おめずらしい。ただ、恨むらくは、こんな時でなければだが!」 「まったく、こうしているまも、気が気でない。一刻一刻が、宋江先生の寿命が縮まッてゆく今だ。事情がおわかりだったら、拙者はすぐ蔡九《さいきゅう》の使いで、朝廷の蔡《さい》大臣の許《もと》まで急がねばならん。――そのうえ江州へ立ち帰り、何とか、先生の救助法に肝胆《かんたん》をくだいてみるつもりですが」 「まあ、おちつき給え」と、呉用は彼の焦燥《しょうそう》をなだめて―― 「ここには、晁蓋《ちょうがい》統領以下、寨《とりで》のおもなる者、ずらりといる。もいちど、ことこまかに、宋先生の大難とかをよう説明してくださらんか」 「心はせくが、ま、お聞きください。じつは」  と、戴宗は縷々《るる》一同へ急を語る。また聞くうちにも、満座の面々は、やるかたない悲憤と、宋江の救出に気が逸《はや》って、戴宗のことばが終るやいな、 「それっ江州へ行け。江州牢城の獄をぶち破って、宋先生を奪い取って来ようぜ」  と、総立ちの気勢を見せる有様だった。 「いや待った!」と呉用は仲間の一同を制して。「このさい妄動《もうどう》は禁物だ。ヘタな藪蛇《やぶへび》は、逆に宋子《そうし》[#1段階小さな文字](宋江)[#小さな文字終わり]の落命を早めてしまおう。この計略は入念に入念を要する」 「では、軍師に何ぞ妙計がありますか」 「おう無くもない。……まず第一に、戴《たい》院長は都へ行ったことにして、蔡《さい》大臣の偽手紙《にせてがみ》を持ち帰り、蔡九を巧くあざむくことだ」 「そして?」 「蔡大臣への偽手紙にはこう書いておく。――犯人宋江なる者は、世上の童《わらべ》の謡言《ようげん》に照らしてみても、ゆゆしき国罪の張本なれば、軽々しく地方において処刑するな。途中厳重に、都へ差立てい、という偽命令で江州から外へ誘い出す」 「なるほど、その途中を待ち伏せてか。――けれど軍師、大臣|蔡京《さいけい》の筆蹟はどうしますか。息子の蔡九が見れば、おやじの筆蹟だ、すぐ見破ッてしまいましょうが」 「案じるには及ばん。近ごろ天下に流行《はや》ッている四家の書体といえば、蘇東坡《そとうば》、黄魯直《こうろちょく》、米元章《べいげんしょう》、蔡京《さいけい》の四人で、これを宋朝の四大家といっている」 「蔡京は書《しょ》ではそんなに偉いのかなあ」 「まあ聞け。……ところで、わしが以前、済州《さいしゅう》の城内で少しばかり世話してやった書生がある。その蕭譲《しょうじょう》という者じつに偽筆《ぎひつ》の名人なのだ。どんな碑文《ひもん》だろうが軸物《かけもの》だろうが、ひと目見たら忘れない。四大家の書体などもそっくり書く。人呼んで、“聖手《せいしゅ》書生”とあだ名しているくらいだし、しかも刀槍を持たせれば、これまた相当に使うといったような男だ」 「読めました軍師の計は。……けれど官印が要りますぜ。蔡大臣の印章のほうは、どうしますか」 「その目算もついておる。おなじ済州に住む印刻師で、金大堅《きんたいけん》――異名を“玉臂匠《ぎょくひしょう》”という男がいて、これまたその道の達人。――この二人をつかめばいい」 「つかむとは」 「ここで戴院長が身なりを変えて、泰安州《たいあんしゅう》の岳廟《がくびょう》に住む山伏と化け、済州の町へ行って蕭譲と印刻師の二名人を連れ出すのだ。さきは職人|気質《かたぎ》、説き次第で造作はあるまい。……天下の泰安州の岳廟に、碑《ひ》を建てる。ついては天下一の巨匠であるおふたりに、ぜひ岳廟へのぼってお仕事をしていただきたい。そして些少《さしょう》ながら内金としてと、銀子《ぎんす》五十両ずつも持っていけば」 「おうっ、あとは聞かないでも分った!」  晁蓋《ちょうがい》以下、みな手を打ったことだし、当然、戴宗としても、この妙策には異存がない。すぐさま彼は姿を山伏に変え、即日また、船で金沙灘《きんさたん》をわたり、済州の道へ急いでいた。  済州の町の役所裏。――と途中で聞いて戴宗はたずね当てて来たが、その家ときたら、覗《のぞ》いて見るまでもない貧乏世帯で、聖手《せいしゅ》書生の蕭譲は、独り者か、泥窯《へっつい》の下を火吹き竹で吹いていた。 「ごめんください。てまえは岳廟の戴法印《たいほういん》という者でございますが」 「なんだい午飯《ひるめし》どきに。また岳廟のお札売りか。行ってくれ、行ってくれ」 「いえ、建碑《けんぴ》のお願いごとで」  と、戴宗はまず銀子《ぎんす》五十両をさきに出して、鄭重《ていちょう》に、碑文《ひもん》の揮毫《きごう》を依頼した。 「ほ。お急ぎかね」 「じつは建碑《けんぴ》の日取りまで予定されておりますので、即日、山へお越しねがって、文案、ご執筆、併《あわ》せて願い申したいというのが、一山の希望でございまする」 「じゃあ、さっそく旅立ちていうわけじゃねえか。したが法印さん、石はあっても、文は間に合っても、彫《ほ》りはどうしなさるんで?」 「ご当所には、金石印刻《きんせきいんこく》の上手、金大堅《きんたいけん》と仰っしゃる人もおいでのよしで、これからそちらへ交渉に廻るつもりでございますが」 「大堅なら友達だから、仕事もしいいな。おっと、待ちなせえ。一しょに行ってやるから」  蕭譲《しょうじょう》はもう大乗り気なのである。  泥窯《へっつい》の火も、家の留守も、裏の婆さんへ声をかけて頼んでおき、すぐ連れ立って表へ出た。  そして町中の孔子《こうし》さまの社《やしろ》まで来ると、汚い細路次の蔭から、一見|居職《いじょく》とわかる猫背の男がヒョコヒョコ出て来て、出会いがしらに、 「おお蕭譲じゃねえか。どこへ行くんだい」 「おめえンとこへさ。この法印さんをご案内してね。……もし法印さま、こいつですよ、玉臂匠《ぎょくひしょう》というあだ[#「あだ」に傍点]名通りな名人の金大堅は」 「これはお初に」 「ま、どんな御用かぞんじません、どうぞお寄んなすって」  と、大堅はさっそく、わが家へ連れもどって、二人から用向きを聞いてみた。――聞いてみれば、泰安州《たいあんしゅう》の岳廟《がくびょう》で五岳楼が重修《ちょうしゅう》され、それを機に、金持の有志の手で一基の石碑が建てられるというはなし。――そして戴宗がここでも銀子《ぎんす》五十両を即金で前においたから、大堅も眼をまろくし、それに単純な職人気質、一も二もなく、 「ようござんすとも! 東岳大帝をおまつりしてある岳廟の碑《ひ》を手がけるなんざ、彫師《ほりし》一代のほまれだ、腕ッこき、やりやしょう」  とばかり大機嫌で引きうけた。二人ともそんな調子で、爪のあかほども、戴宗を疑ってみようともしていない。  その晩は、この路次裏の家で酒となり、明け方には三人連れの旅に立った。そして小半日も歩いたころ、戴宗は「先へ行って有志一同を迎えに出させる」という口実のもとに、姿を消してしまった。  それは、たそがれ近くのこと、道も七、八十里は歩いて、二人ともやや疲れ気味な足を引きずって行くと、突如、夕霧のうちで口笛がつんざいた。見れば、模糊《もこ》とした一団が寄って来る。これなん梁山泊《りょうざんぱく》の一人|王矮虎《おうわいこ》とその手下で、 「かねを出せ。二人とも、身ぐるみ脱げ」  と、立ちふさがった。 「ふざけるな」  と蕭譲《しょうじょう》も金大堅も、おぼえの腕前で相手に立った。あげくに、逃げる矮虎《わいこ》を追っかけたが、それは早や相手の術中に落ち入っていたものだった。――たちまち附近の山から銅鑼《どら》が鳴りひびき、梁山泊の雄《ゆう》、宋万、杜選《とせん》、また白面郎の鄭天寿《ていてんじゅ》などが襲って来て、難なく二人を林のおくへ引きずりこんでしまったのである。  さりとて、金《きん》も蕭《しょう》も、手荒はちっともされなかった。ただ山駕《やまかご》に抛《ほう》り込まれて、上から麻縄をかけられ、夜どおし目も眩《まわ》るような早さで翌日も素ッ飛ばされていただけだった。そしてやがて、船にものせられた心地がする。――奇妙、不思議、いったい何処かと、恐々《こわごわ》、縄を解かれて出てみれば、思いがけない、旧知の恩人が笑っている。 「……おやっ? あなたは」 「覚えておいでか。呉用《ごよう》智多星《ちたせい》じゃ。いや驚かせてすまなかった」 「先生、ここは一体どこなんで?」 「梁山泊の聚議庁《しゅうぎちょう》じゃよ」 「げッ……」と、二人は泣き出さんばかりな顔を揃えて。「先生、帰しておくんなさい! 大堅にはおふくろがいる、子供もいます」 「案じなさんな、そのご家族たちも、明日あたりは、寨《やま》の者が、済州《さいしゅう》からこれへ連れてくる手筈になっている。そしてこの寨《やま》の後ろには、ちゃんとおまえ方の住居も用意してあるし、まあ、おちつくがいい」 「じょ、冗談じゃねえ。どうして、あっしどもを、こんな所へ」 「もとより悪戯《いたずら》や粋狂《すいきょう》ではない。二人の腕を見込んでの頼みごとだ。かねてその名は知ってもいよう。もと鄆城県《うんじょうけん》の押司《おうし》宋公明さんの一命がおまえらのその技術《うで》で助かるのだ。……としたら、ここは職人一代の仕事|効《が》いでもなかろうかい」  呉用は目的を打明けた。呉用には世話になった旧恩がある。かつは宋江その人を、ふたりとも敬慕していた。蕭譲《しょうじょう》はたちどころに義心を燃やし、金大堅《きんたいけん》もまた言った。 「ようがす、やりましょう! 蔡京《さいけい》の印でしたら、朱文《しゅぶん》白文《はくぶん》、いろいろと以前に彫ったこともあり、印譜《いんぷ》ものみこんでおりますから」  ここでさっそく、蕭譲は密室にこもって、呉用智多星と戴宗《たいそう》が作っておいた偽《にせ》手紙の案文をもとに、得意の偽筆をふるい、それに金大堅の彫った印を捺《お》して、もう何人《なんぴと》の眼にも、それとしか見えない蔡《さい》大臣の返信を作り上げた。 「ああ、これで思いがけなく、あのお方には吉運の展開となった。では一刻も早く」  と、戴宗はそれを携《たずさ》えて、山寨《さんさい》の一同に別れを告げ、また、後日の手筈をもしめし合せて、急遽、例の神行法の甲馬に跨《また》がり、江州の空へ帰って行った。  ところが、その戴宗を金沙灘《きんさたん》の埠頭《ふとう》に見送って、寨《やま》の一同、元の宴席へもどって酒くみかわしているうちに、軍師呉用が、はっとした色で、なに思い出したか、 「しまった、千慮の一失! あの偽《にせ》の返信が、逆に宋子《そうし》[#1段階小さな文字](宋江)[#小さな文字終わり]の命とり[#「とり」に傍点]とならねばいいが」  といったので、人々は愕然《がくぜん》と、酔を醒《さ》ました。わけてその妙技をかたむけ、偽墨偽印の作製に心血をそそいだ蕭譲と金大堅のふたりは、どこが悪いのかと、自分らの面目にかけて、呉用の痛嘆とその後悔の言へ、食ってかかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 一党、江州《こうしゅう》刑場に大活劇のこと。 次いで、白龍廟《はくりゅうびょう》に仮の勢揃いのこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「たれの落度でもない。手ぬかりはこの呉用にある。呉用一代の失策だった」 「軍師、どうして、あの書翰《しょかん》が、宋公明《そうこうめい》さんの命とりになりましょうか」 「印章を過《あやま》った。……つい心なく“翰林《かんりん》蔡京《さいけい》”という四字の小篆《しょうてん》を彫らせたが」 「よろしいじゃござんせんか」と金大堅は責任上、きっぱりいった。「――従来、てまえが見てきた蔡《さい》大臣の手紙はすべてあの印だった!」 「いや、いけない」呉用はいつもになくその顔いろを青くしていた。「思ってもみるがいい、江州の奉行|蔡九《さいきゅう》は、蔡大臣のせがれではあるまいか」 「それは、もちろん」と、異口同音。 「ならば、どうして父が子へ宛てて書いた返信に“蔡京”と諱《いみな》の印を捺《お》しましょうぞ。すなわち、人の諱《いみな》は、目上にたいして、みずからを卑下するばあいに名《な》のるもの。まして公《おおやけ》な意を持つ書翰、地方の奉行へやる大臣の下文《くだしぶみ》に、諱《いみな》の印はつかわない!」  さあ大変である、満座、みな不安と焦燥《しょうそう》に吹き研《と》がれた。 「すぐ戴宗《たいそう》を追ッかけて」  とは騒いでみたものの、神行法の飛馬に追いつけるはずもない。ほかに策はないか。まったくない。――ただあるのは、梁山泊《りょうざんぱく》の精鋭をすぐって、ただちに江州へ発向することと、そしてこの大過失をいかに償《つぐな》ってみせるか、軍師呉用智多星の神策に待つのみだった。  かかるうちに、一方の戴宗は。  はやくも江州へもどりつき、蔡九奉行閣下へ、都の返信を復命とともに捧呈する。蔡九は大満足でねぎらいの酒、銀子《ぎんす》など賜い、 「いかに神行法といえ、疲れたであろう、数日休養するがいい」  と、彼を退出させ、そのあとで父蔡京の返書をひらいてみた。――それには、祝いの籠の品々たしかに受領とみえ、さらに末文には、 [#ここから2字下げ]  ――妖人|宋江《そうこう》は、国賊のこと、朝廟《ちょうびょう》の大法に照らし、天下ご直裁の例に倣《なら》うとの仰せである、すなわち、檻車《かんしゃ》に乗せ、使軍に護らせ、すみやかに都門へ押送《おうそう》するように。  なおまた。そこもとはいうまでもなく、黄文炳《こうぶんぺい》なる者の功も、奏聞《そうもん》に入ってあれば、他日かならず、恩賞ならびに、栄《はえ》の叙任《じょにん》もあらむ。 [#ここで字下げ終わり]  と、細々あった。  折ふし取次の者から、黄文炳が見えましたという。ここ連日、黄は日参のかたちなのである。蔡は彼の顔を見るとさっそく言った。 「文炳《ぶんぺい》、よろこんでいいぞ。まもなくそちは栄職につける」 「ほほう。これはまた、夢のような仰せを」 「嘘と思うのか。戴《たい》院長が帰って来て、父ぎみの返書をもたらしたのだ、その結果だ」 「や。もう帰りましたので」 「そちの功も、天子に奏上、不日、恩命あらんとある」 「して、宋江の処刑は」 「いそぎ都へさしのぼせとのご下命だわ、まあ、これを見い。ほかならぬきさまのこと、きさまだけには見せてつかわす」 「はっ、これはもったいない」  黄《こう》は、うやうやしげに押しいただき、蔡《さい》大臣の返翰《へんかん》を読み初めていたが、鋭い目が、やがて再三、再四と、その小首をかしげさせ、ついに思いきった風でいった。 「閣下、これは真っ赤なにせものです」 「ば、ばかなことをいえ! まぎれもない父の筆蹟を」 「いやいや、この印章は、尊大人《そんたいじん》がまだ翰林院《かんりんいん》の学士でいらせられた当時ご使用のもの。法帖には見えまするが、大臣現職の今日では、はやお用いではございますまい」 「……ふうむ?」 「それに父上からご子息へ宛てたご書面に、どうして諱《いみな》ノ印を捺《お》されましょうか。文辞はよくととのっておりますが、近ごろ当代四大家の書体をよく真似《まね》る者ありとも聞き及びますし、油断は相成りません。ともあれ、もいちど戴宗《たいそう》を召して、不審のかどかど、お問いただしあってご覧なされませ。……私も屏風《びょうぶ》の陰にひそんで、篤《とく》と彼の様《さま》を見届けておりますれば」  このとき、当の人戴宗は、ほぼ安心して、宋江の牢をひそかに訪い、大いに宋江を慰めて、久しぶりにわが家の門へ帰りかけていた途中にあった。  蔡九《さいきゅう》から追っかけの召をうけて、何事かと、再び彼の前へぬかずき出た。しかし蔡九の口吻《くちぶり》もその眉もすでに最初のときのご機嫌ではない。 「戴《たい》院長。その方は、都で父の大臣に、直々《じきじき》お会い申したのか」 「はっ。すこぶるご健勝のていに拝されました」 「では、何事にも内門《ないもん》の取次をなす、門衛長も出てきたろうな、王と申す門衛長だが」 「はい。見かけたように覚えます」 「髯《ひげ》はあったか。それと王の年頃は?」 「さよう、さすが大臣邸の忠勤者らしく、年も長《た》け、ゆゆしい髯もありましたようで」 「それっ、戴宗に縄をかけろ」  勃然《ぼつぜん》たる彼の一声のもとに、武者隠しに潜《ひそ》んでいた家士十数名が、いちどに躍り出《い》で、うむ[#「うむ」に傍点]をいわせず、戴宗をからめ伏せた。  戴宗は、仰天して叫んだ。 「こは何事ですッ。閣下、てまえに何の科《とが》があって」 「だまれっ、門衛長の王は、老齢のため、この春、職をやめ、いま勤めておるのはせがれの王だ、髯などもありはしない」  つづいて、屏風の陰から黄文炳《こうぶんぺい》もあらわれて、急所急所をぐいぐいと問いつめる。ついには戴宗も答えにつまり、階から庭へ蹴落されたあげく、仮借《かしゃく》なき拷問《ごうもん》に責めさいなまれた。  拷問は夜におよび、さすが戴宗も苦しみもだえた。気を失うと水をぶっかけられ、とうとう偽《にせ》手紙であることは自白のほかなくなった。途中、梁山泊《りょうざんぱく》の賊につかまって、摺《す》り換えられたのだと虚実を取り交《ま》ぜて白状した。  たちまち、彼の身は、首枷《くびかせ》をかけられて、獄へわたされ、書翰が偽ものと分明の上はと、蔡九《さいきゅう》はあくる日、大牢の与力をよんで、こう厳しい果断をくだした。 「獄中の宋江と、戴宗《たいそう》とを併《あわ》せて、同日同所で、斬刑《ざんけい》に処せ。刑場の立て札には、ともに梁山泊に気脈を通じ、不逞《ふてい》な陰謀をいだいた大賊なりと公示するがいい」  与力の役人は、日頃、戴《たい》院長に好意をもち、世記にもなっていた下役なので、ただおろおろと、 「して、その……斬刑の日は、いつにいたしましょうか」 「きまっている。即日、あしたのうちに行え」 「ですが、あいにく、明日は国家の忌日で、なおあさっては、七月十五日の中元節、さらに天子の景命[#1段階小さな文字](誕生日)[#小さな文字終わり]と、盆や祝日がつづきますので、地獄の大牢さえ、牢番から囚徒まで、休ませねばなりません」 「ちっ、ぜひもないわ。では今日より六日の後にしろ」  偶然とはいえ、これや天が宋江に、また戴宗に、幸《さいわ》いしたものといえようか。  六日後の牢城から江州郊外への刑場の道はたいへんな雑閙《ざっとう》だった。聞きつたえた見物人がわんわんと黄塵《こうじん》の下に波打っている。  この朝、死刑囚二人は、かたのごとく、白い死衣を着し、油でない膠《にかわ》の水で、尖《と》ンがり髪に結《ゆ》わせられ、赤い造花が、髪の根元に一本|挿《さ》された。  また獄神の青面|廟《びょう》の前では、この世の名残に一|碗《わん》の飯と酒が与えられ、それが終ると、裸馬の背で、沿道の眼にさらされながら、牛頭馬頭《ごずめず》の獄卒が手綱持ちで、あまたな兵の警戒のもとに、死の刑場へ曳かれてゆく。  刑場は広い竹矢来だ。ただ二ヵ所ほど、矢来の口の囲いを切って、役人口、冥府《みょうふ》口と分けてある。死刑囚の口には、一対の白蓮華《びゃくれんげ》、白団子《しろだんご》が供えてあり、裸馬から下ろされた宋江、戴宗ふたりはただちに、死の莚《むしろ》へひきすえられたが、時刻の午《うま》ノ刻にはちと早い。まだ、検視官以下の騎馬列は途中であった。 「やい、やい、やい、やいっ。そんな所から入っちゃならん。出ろッ矢来の外へ」  見物の雲集に、矢来は揺れる。警固の兵は声を嗄《か》らす。  だが、おさまればこそ。中でも一群れの香具師《やし》かと見える風態の者どもが、 「おれじゃあねえよ、後ろが押すんだ」 「兵隊さんよ、しみッたれるな、見物はお構《かま》いなしだろ。青天井の下じゃあねえか」  するとまた、役人口の方でも、何か荷をかついだ一群の人夫たちが、どっと中へ入ろうとして来た。 「こらっ、お仕置場へ何をかつぎ込む⁉」 「お奉行所からのお届け物だ」 「嘘をつけ。こらッ、そんな天秤棒《てんびんぼう》など下ろさんか」 「いんごうな兵隊さんだね。ちッたあ粋《すい》をきかせなせえよ」 「ふざけるな、ここを何と思う」  するとまたぞろ、三|輛《りょう》の江州車を押してきた旅商人の一団が、遮《しゃ》二|無《む》二、人渦《ひとうず》の中へ割りこんでいた。 「わッしょ」 「わっしょ」 「わッしょい!」 「こらッ――」と、兵隊たちは押し戻し「どこへ行く、どこへ。矢来が見えんか」 「中の広ッ原《ぱ》へだよ」 「てめえらも、首をちょン斬っていただきたいのか」 「ひぇッ……」と、旅商人らは、笑い合って「そいつはごめんだ。こちらは見物させていただきますのさ」  と、車の上に登って、矢来越しに手をかざし合っている。そこへ妙な蛇使いの男、物もらい、風車売り、風船屋、いろんな雑人《ぞうにん》たちもがやがやと寄ってしまう。制止しても、手がつけられない。  なにしろ、あっちこちである。その喧騒たるや一ト通りでない。そのまに早くも刑場の中央では、検視以下の諸役人が現われ、罪文を読み上げ、また両者の首カセを取り外《はず》させるやいな、ずかずかと首斬り役二名が、だんびら提《さ》げて側へ寄り、ただ一語、 「観念!」  という声の下だ。  一|閃《せん》、キラと動く物が遠目にも見えた。  いやその途端というよりは、一刹那の寸前だった。太刀|把《と》り二人が二人とも、飛んで来た二タ筋の矢にあっと顔を伏せ、また、何処かでは、  ジャン! ジャン、ジャン、ジャン……  と銅鑼《どら》の早鉦《はやがね》が鳴っていた。  銅鑼を叩いたのは、江州車を踏んまえて高く立っていた旅商人の一人だが、ほかの連中は皆、もうそこには見えない。  飛鳥のごとく刑場の真ン中へと馳けていたのだ。いやもっと早かったのは、べつな口にいた人夫、香具師《やし》の一団である。すべてたちまち、野太刀、棒、短槍、薄刃刀、天秤《てんびん》棒、あらゆる得物《えもの》の下に刑吏獄卒を血まつりとして荒れ廻った。と見えたのも一瞬のこと、いつのまにか、宋江と戴宗《たいそう》の姿は消えて失《な》くなっている。修羅《しゅら》の中には二つの莚《むしろ》だけで、あとはさながらただ戦場の凄風《せいふう》にひとしい。  怒濤《どとう》に乗せられ、怒濤に運ばれて来た心地だった。宋江はわれに返って、 「や、や、みなさんは」  と、あきれ果て、生きたよろこびも、急にはほんとに思えてこなかった。戴宗とても同様である。  夢にもあらで、彼が目の前に見た面々は、すべて梁山泊《りょうざんぱく》の人、晁蓋《ちょうがい》、花栄《かえい》、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》のともがら。  また燕順、劉唐《りゅうとう》、杜選《とせん》、宋万の雄《ゆう》。  朱貴、矮虎《わいこ》、鄭天寿《ていてんじゅ》の豪。  さらには、阮《げん》小《しょう》二、阮小五、阮小七、白勝《はくしょう》といったような頭立《かしらだ》ったもの十七人に、部下百余人の徒党だった。これらいずれもが、旅商人や人足や物売りなどに化けて、一挙、目的をやってのけたのであるのはいうまでもない。 「ああ、あくまで私ごときを、忘れないでいて下さる諸兄の義気《ぎき》、何とことばもありません」  宋江は、悵然《ちょうぜん》と泣いた。戴宗《たいそう》もうれし涙にぬれる。万感のこと、来し方から今後のこと、到底、とっさには語りきれもしない。 「ところで、ここはどこです」 「河畔の白龍|神廟《しんびょう》でしょう」 「追手がやって来ませんか」 「もちろん来ましょう。けれど、二つの板斧《まさかり》を持った体じゅう黒い男が、殿軍《しんがり》はおれにまかせろと、縦横無尽、追ッ払ってゆきました」 「え。二つの板斧《まさかり》を持った男? それは一体誰だろう。そんな者は仲間にいないが」 「ああ分った、黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》ですよ。李逵もただ一人ながら、今日のこの機会を窺《うかが》っていたものとみえる」  ところへ、廟門《びょうもん》の外から大童《おおわらわ》となった李逵が韋駄天《いだてん》と馳けこんで来た。一同へ向い大声で外から告げていう。 「ここには夕方まで居られねえぞ! 城内では蔡九《さいきゅう》、黄文炳《こうぶんぺい》の指揮で、数千の大軍が集合中だ、はやく江《こう》を渡って逃げのびろ」  宋江と戴宗が、廟から呼んだ。 「李逵《りき》、これへ来い。――梁山泊の頭領たちにひきあわせてやる」 「おおう、こっちもそのつもりだ」  時もよし、ここへまた、今しがた江岸に着いた三隻の船から上陸《あが》って来た一群があった。それぞれ浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順《ちょうじゅん》、張横であり、穆家《ぼくけ》の兄弟、浪人の薛永《せつえい》、また顔役の李俊、李立から、童威、童猛など、すべて“揚子江ノ三|覇《ぱ》”といわれる者どもが、塩密売の仲間まで狩りあつめて、これも宋江の救出に馳せつけて来たものだった。  しかし、すでに宋江はここに在《あ》って、 「やあ、ありがとう。お蔭でこの通りです。しかし各〻が来てくれたことも決して徒労ではありませぬ。まずみんなに会ってください」  と宋江が仲に立って、晁蓋以下一党の同勢へ三|覇《ぱ》の連中をひきあわせた。所もよし、白龍廟《はくりゅうびょう》の神殿だった、その大廻廊でのことだった。で、これら初見参《はつげんざん》の面々に、黒旋風の李逵も加え、後世、この日のことをさして、 “白龍廟の仮の勢揃い”  と、その壮観を称《とな》えている。  こんなわけで、いつか夕迫ってしまったため、早くも城内の騎兵歩兵、千余の襲来をつい迎えて、相搏《あいう》つ叫喚《きょうかん》と宵の血戦を余儀なくされたが、やがて遠く官軍を追いしりぞけ、同勢ことごとく、白龍廟のほとりから船上へ乗り移った。  風を孕《はら》む帆ばたきもつか[#「つか」に傍点]のま、江を下るのは矢の如しである。着いた所は掲陽鎮《けいようちん》郊村《こうそん》の穆家《ぼくけ》、すなわち穆春兄弟のやしきだった。  穆の老父は、手をあげて迎えた。荘丁《いえのこ》、女わらべも総がかりで、炊出しにかかる。黄牛《あめうし》、羊、鶏、豚、あひる、およそ園菜家畜をあげて、調理の鍋、大釜にぶちこまれた。  大酒宴となる。いくら大家でもせますぎる。卓はすべて庭園に出され、まさに星夜《せいや》の盛宴というべき光景。そして慨歌《がいか》たちまちに、 「奸人《かんじん》黄文炳《こうぶんぺい》をただおくべきでない……」  と、なった。  もと膏薬《こうやく》売りの浪人|薛永《せつえい》は、かねての恩返しはこのときと、 「まず、てまえを無為軍《むいぐん》の町へ、探《さぐ》りにやって下さい。いささか地理人情にくわしくもあり、知人もいる」  と、物見役を買って出たので、即座に一同は、 「じゃあ、行ってくれ。すぐにも」  と、彼へ任命の拍手を送った。  二日後である。薛永は一人の小男を連れて帰って来た。彼の紹介によれば、この小男は、洪都《こうと》の生れで、通臂猿《つうびえん》という妙なアダ名があり、本姓名は、侯健《こうけん》ということである。 「なんで、この人を、連れて来たのか」  宋江がたずねると、薛永がニヤリと答えた。 「職は、裁縫師《さいほうし》なんですよ。針と糸を持たせれば、神わざみたいな技能があります」 「ほ。裁縫師とはめずらしい。が、なんのために、その裁縫師を?」 「じつは、ついこの春まで、黄文炳の家庭へ、お抱えの裁縫師として住み込んでいました。いまでは馘《くび》になったのですが」 「では、内部の事情に詳しいな」 「それで連れて参ったのです。どうぞこの侯健《こうけん》から詳しいことはお聞きとりくださるように」  侯健のはなしには、聞くべき価値が多かった。  黄文炳の悪評はかくれもないが、その兄の黄文燁《こうぶんよう》は、土地の人にも、  黄仏子《こうぶっし》[#1段階小さな文字](ほとけの黄さん)[#小さな文字終わり]  と別名でよばれているほど、善人の聞えが高いという。  まいど、貧民には情けぶかく、孤児を養い、公共の橋を自費で架《か》け、風害水災のたびには、身をかえりみず、財を注《つ》ぎこむなど、なにしろ、弟の悪文炳《あくぶんぺい》とは、ひとつ母親の腹から出たものとは思えないほどな違いだとある。  そこで、その黄仏子《こうぶっし》の弟ながら、悪文炳のことはみな、毒蜂刺《どくほうし》と町でも呼び、男女の召使い四、五十人はいるが、一人とて、文炳を心から主人と敬《うやま》っている者はないともいうのであった。 「そんなわけなんで……」と、裁縫師の侯健は、おちょぼ口をつぼめて言った。「私と薛永さんとが、ぶらりと、雇人《やといにん》部屋へ遊びに行った振りして、みんなを笑わせ、その晩、野菜園の木戸から同勢を引き入れれば、なあに、見かけは厳重な構えでも、あんな屋敷へ踏み込むのは、何の造作《ぞうさ》もありませんよ」 「が、兄の文燁《ぶんよう》の住居は」 「大路《たいろ》をへだてて、弟の文炳《ぶんぺい》の邸宅とは、すぐの斜向《はすか》いです」 「文燁《ぶんよう》は善根《ぜんこん》を積んでいる。そのような善人に禍いをかけてはなるまい」  宋江は消極的になったが、文炳の奸怨《かんえん》を憎む一党の憤怒は熄《や》まず、江州立退きの置土産に、また、世上への見せしめだとして、ついに黄家《こうけ》征伐がもくろまれた。  大小七隻の船に、梁山泊のかしら分二十九人、乾分《こぶん》百四、五十人が乗りわかれ、江《こう》を溯《のぼ》って無為軍《むいぐん》の町へ忍んだのは翌晩だった。――すでにその日の昼、裁縫師《さいほうし》の侯健《こうけん》と薛永《せつえい》は、先に黄文炳の屋敷内へ、口実をもうけて巧く入りこんでいる。  深夜。大きな夏の月の下。  町は炎になった。戦火のように。  四|更《こう》にかけて町じゅう灰燼《かいじん》に帰したような大騒動だったが、全焼したのは、黄文炳のやしきだけで、つい斜向いの兄文燁の邸宅は、無事、そっくり残っている。  いや一時、文燁の住居の方へ、飛び火したかと見えたときは、町の者でもない家人でもない不思議な人数が、一方の襲撃をやめて、そこの消火に努めたりしていたのだから、町民たちは明け方にいたって、 「いったい、あの降ッて湧いたような人数は、どこから来てどこへ消えてしまったのか?」  と、怪しみ合ったが、誰ともなく、それこそ四日前に、江州府を修羅《しゅら》の巷《ちまた》とした山東の大賊梁山泊の一勢だとの噂が流れ、さてはと、みな身の毛をよだてたことだった。  しかしその暁早くには、すでに大小七隻の怪船は、霧ふかい江上へ漂い出ていた。――事は果たしていたのである。――がただ一つ、最大な目的を逸していた。当の怨敵《おんてき》黄文炳は、その夜、江州奉行所か蔡九《さいきゅう》の官邸かにいて、無為軍の家にはいず、ついに討ち洩らしていたのであった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 大江《たいこう》の流れは奸人《かんじん》の血祭りを送り、 梁山泊は生還《せいかん》の人にわき返ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  対岸の火災という言葉はあるが、黄文炳《こうぶんぺい》にとれば、対岸無為軍の火災は寝耳に水、驚倒して気も失いかけたことだろう。ひとごとどころか、わが家が焼けたという取沙汰だ。  彼はあたふたと、蔡九へいとまを告げ、自家用の美船で、江《こう》を渡って行ったが、そのまも心は空だった。  強欲、残忍、吝嗇《りんしょく》、佞奸《ねいかん》、あらゆる悪評を冷視して一代に蓄えてきた金銀財宝、倉に充《み》つる財貨は、いったいどうなったことやらと?  すると突如、水を切って鳴った鉄笛《てってき》の一声が、彼のきもを冷やした。どこからか漕《こ》ぎ寄って来た三そうの小舟を見たからである。あッと、文炳《ぶんぺい》は腰を抜かした。近づく舳《みよし》に戴宗《たいそう》を見たからだった。もひとつの小舟には二つのまさかりを持った黒旋風《こくせんぷう》が見える。 「やっ賊だ、引っ返せっ」  しかし、もうまにあわない。  ほかにも五隻の大船の影が迫っている。文炳は狼狽《ろうばい》のあまり江の中へ飛び込んだ。とたんに小舟からもしぶきが揚った。浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順が、歩く大魚みたいな影を水中に描いて、苦もなく文炳《ぶんぺい》を引っ捕え、大船の方へ引きあげていた。 「ざまを見さらせ」 「さあ、みんな寄って来い」 「悪文炳《あくぶんぺい》の膾斬《なますぎ》りだ。悪運の強い野郎とおもったが、悪運はやっぱり当てにはなるめえ。思い知ったか」  船上は沸《わ》いた。血まつり騒ぎだ。  一寸試し五分試しのすえ、江へ投げこまれたのはぜひもない。あげくに、その人間が一代爪に火をともして蓄積した財貨金銀は、昨夜、一物余さず彼の倉から、ここの大船三隻に移されていたのであった。 「さあ、引揚げようぜ。足もとの明るいうちに」  この日も、江州の府城を中心に、官軍の旗や馬けむりが江岸一帯に眺められた。おそらくは大規模な手配がおこなわれているのだろう。都へは使者が馳《は》せ、各州には官符《かんぷ》が飛び、梁山泊《りょうざんぱく》の名はいまや、全土へ震撼《しんかん》しているにちがいない。 「この上は、てまえたちも、この地には残れません。老父もつれてご一同とともに」  と、穆家《ぼくけ》の兄弟、三|覇《ぱ》の面々、例の薛永《せつえい》や裁縫師の小男までも、こう申し出て、すべて梁山泊落ちときまった。  いちど、全員は穆家に引っ返した。そして、先に白龍廟で結んだ義の誓いを、さらに杯の上で固め、穆家の資産も、土地を置き残したほかはすべて十数|輛《りょう》の車に移したのである。かくて神出鬼没を極めた一味百七、八十人、日ならずして、風の如く、梁山泊へ帰ったのであった。  寨《やま》には、俄にまた、人間が殖《ふ》え、同時に、財倉も充《み》ちてきた。  そのうえなお、この前後、黄門山の四頭領とよばれた賊が、風《ふう》を慕って、梁山泊へ降って来たので、それも梁党《りょうとう》の盟《めい》に加えられた。  四名の前身、氏素姓《うじすじょう》は、どんな漢《おとこ》どもかといえば。  一番上が、欧鵬《おうほう》、アダ名は摩雲金翅《まうんきんし》。  元は、江上警備軍の軍人という士官くずれだ。  二番目は、蒋敬《しょうけい》。  湖南は潭州《たんしゅう》の産で、文官試験の落第者。――智略にとみ、書算に長じているところから、神算子《しんさんし》という異名がある。  三番目は、馬麟《ばりん》といい、またの名は、南京建康《なんけいけんこう》、薙刀《なぎなた》をよく使い、鉄笛《てってき》の名人だった。  さらに、どんじりの四番めの男は、光州産の水呑み百姓のせがれで、ばか力があり、鋤《すき》鍬《くわ》の巧みはもとよりだが、案外にこれがまた、刀槍の上手。あだなも妙な――九尾亀《きゅうびき》だが――しかし陶宗旺《とうそうおう》という本名もあるからには、まがいなしの人の子には相違ない。 「ところでご一同」  と、或る日、呉用が提案した。 「こう、さまざまな人物、それぞれな技能の持主が、しぜん群星の如く集まったからには、梁山泊をよく保つため、上下の序《じょ》、礼の順を、厳しく立てねばなりますまい。……まずは、宋公明《そうこうめい》その人こそ、われら梁党《りょうとう》の上に仰ぐ、主座第一のお人たるべき者ではないか」  ほとんど一人の異議もなく、双手をあげて、 「そうだ、ぜひそう願いたい」  と一同、宋江を繞《めぐ》って言った。 「とんでもない」  宋江はかたく辞退した。 「わたくしは、諸兄のために、からくも一命を助けられ、ただ恩に浴して、そのうえ徒食しているに過ぎぬ者、どうかあるじの座には、晁蓋大人《ちょうがいたいじん》をすえて下さい。わたくし如きは、到底その任ではない」  とばかり、何と一同が推《お》しても、ききいれる色はなかった。 「では」  と統領の座には、結局、晁蓋が坐った。――そして二位に宋江、三位に軍師|呉用《ごよう》、四位|公孫勝《こうそんしょう》と、すらすら衆議がすすんだので、宋江もついそこまでは否《いな》みかねて、受けてしまった。  そもそも、宋江はこんなつもりではない。  彼は漢《おとこ》を愛し、世を憂い、轗軻不遇《かんかふぐう》な人間たちに、ふかく同情はしていたが、かりそめにも賊の仲間入りしようなどとは、ゆめにも思っていなかった。――官に仕えては、善吏《ぜんり》といわれ、家にいては、よく老父に孝養し、書を読み、身をおさめ、かつ四隣の友や県民たちに、愛情とまことを尽して、おだやかな生涯を愉《たの》しまん、としていたのが、彼の人生目的であったのだ。人生如何に生くべきやも、それしかなかった人である。  ところが、こんな破目になった。いまは朝廷から不逞《ふてい》なむほん人と視《み》られ、天地に身をいれるところはない。生きんとすれば、ただこの梁山泊の仲間うちと、一|土塊《どかい》の小天地があるのみだった。 「では、以下の座順は、晁《ちょう》統領からご指名ください」  呉用のことばに、晁蓋は、 「おまかせねがえれば」  と、人物、年の高下なども、配慮して、名を呼びあげた。 ――まず五座に、豹子頭《ひょうしとう》林冲《りんちゅう》と。  それから順次。  劉唐《りゅうとう》、阮《げん》小二、阮小五、阮小七、杜選《とせん》、宋万《そうまん》、朱貴《しゅき》、白勝《はくしょう》。 ――以上を左の席として。  そして右側の列順には。  花栄《かえい》、秦明《しんめい》、黄信《こうしん》、戴宗《たいそう》、李逵《りき》。  また、李俊、穆弘《ぼくこう》、張横、張順、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》、蕭譲《しょうじょう》、王矮虎《おうわいこ》、薛永《せつえい》、金大堅《きんたいけん》、穆春《ぼくしゅん》、李立、欧鵬《おうほう》、蒋敬《しょうけい》、童威、童猛、馬麟《ばりん》、石勇、侯健《こうけん》、鄭天寿《ていてんじゅ》、陶宗旺《とうそうおう》――すべてで寨《やま》のかしら分はこれで四十人がかぞえられた。  聚議庁《しゅうぎちょう》の大香炉には香が燻《く》べられ星を祭る壇には供え物が上げられて、鼓楽《こがく》のうちに、慶祝の酒もりが催《もよお》された。いつもこうした大祭は三日つづく。あくる日は山寨中の手下から、何十という裏山の家族小屋にも、それぞれな祭り振舞が見られるのだった。  子供もいる、老爺もいる、孫もいる、媼《おうな》もみえる。彼らは山畑をたがやして、世情何たるかも知らず、いとも小さな平和の陽なた[#「なた」に傍点]を楽しんでいる様だった。  宋江はそうした風景をながめると、また卒然《そつぜん》と、あれきり絶えている家郷の老父を思い出して、つい涙をたれた。  で、その夜のこと、一同のいる席で、 「ここへ助けられて来て、早々にまた、わがままを申すようですが、どうしても自分はもいちど、世間へ行って来なければなりません。その数日の暇を、諸兄におゆるしいただきたいが」  と、申し出た。 「ほ。世間へ行くと仰っしゃるが、どこへ何の御用にですかえ?」 「じつは家にのこしてある老父が甚だ気づかわれますので」 「はははは。また先生が始まった」  と、大勢の仲間は大いに笑った。そして宋江の今にも何か熱いものをこぼしそうにしている瞼《まぶた》を見ると、同情は同情とよく分りながらも、笑わざるをえなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 玄女廟《げんにょびょう》の天上一夢に、宋江《そうこう》、 下界の使命を宿星《しゅくせい》の身に悟ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  宋江の親思いは人並みはずれたものである。晁蓋《ちょうがい》も呉用もそれゆえ止めはしなかった。ただ、宋江の一人旅は危険きわまるものと見て、 「では先生、行ってらっしゃい。その代り用心棒を十人ほどお連れなすッて。……でないと手前どもも心配でただ安閑とお帰りを待ってもいられません」  と、すぐその人選にかかりかけた。  だが宋江は、それも固く辞退した。故郷には弟の宋清《そうせい》もいるので、老父をここへ迎え取る目的の帰り途《みち》には三人の旅になる。そのほうがかえって世間に人目立たず、何よりは老父が気楽に来られようというのであった。  どうも何事につけ、人手をわずらわさず、自分のことは自分で処して行こうという内輪好みが、この人の性情らしい。強《た》ってそれを曲げるもどうかと、梁山泊《りょうざんぱく》全山の大衆は、あくる日、彼の歓送会だけをさかんにやり、 「どうぞ、お気をつけなすって」  と、金沙灘《きんさたん》の向う地まで、その一人旅を見送った。  日を経て、宋江は、故郷の鄆城県《うんじょうけん》宋家村《そうかそん》へたどり着いていた。――風の音にも心をおきながら夜を待ってわが家の裏門をコツコツ叩いた。すると弟の宋清がすぐ出て来た。顔をみるや兄弟《ふたり》は抱きあってしばらくことばも出なかった。 「兄さん。どうしてこんな危ない中へ、とつぜん帰って来たんですか」 「じつはな宋清。わしもついに、梁山泊のほかには、この天地に身を置く所もなくなった。……それで老父とおまえを、山寨《やま》へ迎え取ろうと思って来たわけだ。さ……すぐ支度してくれ。父上にもそう告げて」 「と、とんでもない! ……」と、宋清はすぐ手を振った。そしていうには、「江州での騒ぎから兄さんの身元には、すべて手配が廻って、県でも網の目を張っています。ましてここの家を放《ほ》っとくはずはありません。役署の捕手頭《とりてがしら》、趙能《ちょうのう》、趙得《ちょうとく》のふたりが、たえず部下に巡邏《じゅんら》の目を光らせているんです」 「えっ。それではどこかに県の巡邏が見ているのか」 「私たちは囮《おとり》です。親思いな宋江だから、いまにきっと、これへ立廻るにちがいないと、わざと元のままにおいているのですから、それに引っかかれば、老父も私も、また兄さんまでも、しょせん無事にはすみません。……いっそ救い出して下さるものなら、梁山泊のお力をかりて下さい。大勢の加勢がなければとても村は出られませぬ」  宋江は大いに後悔した。  晁蓋《ちょうがい》や呉用があんなにいってくれたのに、と今さらな悔いを禁じえなかった。だが早やどうしようもない。ふたたび戻って頼むしかあるまい。で彼は、老父の顔すら見ず、宋清にだけ後日を約して、すぐ元の道へ走りもどった。走りながらもわが愚を責めた。なんたる浅慮《あさはか》な我意を押し通して無駄な日数を費《つい》やしたことか、と。  汗は衫《さん》[#1段階小さな文字](上着)[#小さな文字終わり]のうえにまで滲《し》み出ている。道は暗い。不気味な月がぼやっとあった。一体どれほど馳けて来たろうか。しかもそのうちに大勢の足音もして。 「――宋江、待てえっ」  彼は何度ものめッた。そして心臓も口から吐いてしまいそうな呼吸だったが、恐怖に突かれ通しだった。喘《あえ》ぎに喘ぎながら急いでいた。だが後ろでは彼を呼ぶ声が、いよいよ近くなってくる。 「南無三……」  薄雲が払われたのか、こつねんと、おぼろな視界が白く月の下に見えた。なんと、彼が迷いこんだ所は、俚俗《りぞく》“還道村《かんどうそん》”という幾重もの丘陵にかこまれた樹林の奥であったのだ。 「野郎、もう逃げ道はねえはずだ」  追ッついて来た四、五十人の捕手は、バリバリと木立の中へ踏み込んで捜査に散らかった。――宋江は生ける心地もなく、ふと目の前に見えた古廟《こびょう》の扉《と》へ、双肩《もろかた》をぶつけてころがりこんだ。  蝙蝠《こうもり》か、むささびか、目をかすめた物がある。いや追手の松明《たいまつ》もピラピラ廟《びょう》の外を走り廻っていた。とてもじっと隠れてはいられない。 「ああ。これまでか!」  よろめいた途端である。そこは内庭《ないてい》の出口か、或は壁でも腐っていたのだろうか。彼の体は、玉垣の中へまろび落ちていた。見ると左右|二列《ふたつら》の渡廊《わたどの》を抱えて、青瓦《あおがわら》も草に埋《うず》み、あたりは落葉に寂《せき》たるままな社殿があった――宋江は夢中で階《きざはし》を這いあがった。饐《す》え朽ちた欄干を越え、異様な黴《かび》の匂いやら蜘蛛《くも》の巣やらを面で払った。そして最も奥の深いところの御厨子《みずし》の内へかくれこんだ。  めりめりッと、どこかを踏み破るひびきがした。つづいて趙能《ちょうのう》、趙得《ちょうとく》ふたりの影が、手下《てか》に松明《たいまつ》を持たせてどやどやと踏み込んで来た。ここの本殿も広くはない。宋江は早や観念の目をとじた。  すると、ごうッとばかりな山風があたりを揺すッた。いや、たんなる山颪《やまおろ》しとも思えないそれは悽気《せいき》をふくんだ家鳴りをなし、とたんに、天井でも落ちてきたような塵埃《じんあい》のかたまりが、墨みたいに捕手たちの松明《たいまつ》を吹きつつんだ。――趙能《ちょうのう》と趙得の二人は、ともに眼をおさえて、 「うッ……。いけねえ。な、なんだ、この大風は」 「ひょっとすると?」  彼らはひとしく、ぞーっと、身の毛をよだてた顔つきだった。  手下《てか》の七、八人はもう横ッ跳《と》びに外へ逃げ出していたのである。ここは神殿の奥だ、神威を穢《けが》したお怒りだろう、罰《ばち》があたる、血ヘドを吐く、目がつぶれるぞ――。そんな恐怖を口々に、捕手頭の呶号《どごう》もきかばこそ、みな飛び出してしまったのだ。しかし、趙能、趙得はまさか逃げも出来ないのだろう、歯がみをして踏みとどまり、 「ばかな奴めら。狐《きつね》狸《たぬき》はいるだろうが、神や仏なんてものがあるならお目にかかりてえくらいなもんだ。おうっ兄弟、その御厨子《みずし》の簾《すだれ》を引ッ剥《ぱ》いでみろ。宋江のやつ、もしやそこかもしれねえぞ」 「こころえた!」  だが、どうしたことだろう。一陣の悽風《せいふう》とともに、稲妻のような青白い一|閃《せん》を浴び、同時に耐えきれぬ眩《めま》いにあたまを抱えたまま、二人ともぐるぐる独楽《こま》みたいに廻って気を失いかけたのである。――つまりはたった今、お目にかかりたいものだと言っていたものにまざ[#「まざ」に傍点]と出会ったもののように趙能、趙得二人もまた、魂を消し飛ばして、どこかへ逃げ失せてしまったのだった。  ふしぎはそれのみでない。刹那、宋江もまた身を真二つに斬られたような紫電を感じてうッ伏していた。そして落雷の異臭では決してない、いや、馥郁《ふくいく》といってもよい香気が自分に近づいている思いだった。まぎれなくそれは人の気配にちがいなく、 「星主《せいしゅ》さま。星主さま……」  と、二人の青衣《せいい》の童子《どうじ》が左右から自分を呼んでいるのであった。  ぼかと、宋江はうつろな眸《ひとみ》で、ふたりの童子の姿を見た。  天竺髷《てんじくまげ》の頭《つむり》、琅玕《ろうかん》の耳環《みみわ》、鳳凰型《とりがた》の沓《くつ》。  また、その青い綾衣《あやぎぬ》には花鳥《はなどり》のもよう、薄むらさきの、長やかな風持つ紐《ひも》。 「おっ? ……どなたでしょうか。おふたりは?」 「女神さまの使わし女《め》です。宋星主《そうせいしゅ》さまを、お迎えにあがりました」 「星主《せいしゅ》? わたくしはそんな者ではありません」 「いいえ、おまちがいはございません。お越し下さればわかります」 「どちらへ」 「お待ちあそばしている女神さまのお座所まで」  清々《すがすが》しい微風がいつか宋江の身を乗せている。  月があって、その月が、まるで近くの物のようで、かつて見たこともない燿《かがや》かしい真珠色をおびていた。 「おや?」  ここはその月の中なのではあるまいか。宋江は疑った。故郷|宋家村《そうかそん》の近くに、かかる所があったとは、生れてから老父のはなしにも聞いたことはない。 「星主《せいしゅ》さま。さあどうぞ」  銀柳《ぎんりゅう》、金花《きんか》、楼を繞《めぐ》る翠靄《すいあい》の苑《その》。  登れと誘うこの玉階《きざはし》は、いったい、たれの館《やかた》なのか。  ふと、天上の仙館が思われた。 「……そうだ、童女も仙童にちがいない」  心の奥で思いながら、宋江は楼台を上ってさらに深い所の殿前《でんぜん》にぬかずいていた。どこやらに聞える仙楽《せんがく》も喨々《りょうりょう》と世の常ではない。朱《あけ》の柱に彫られてある龍鳳《りゅうほう》もともに嘯《うそぶ》くかとあやしまれ、やがて珠《たま》の簾《すだれ》のうちに、薫々《くんくん》たる神気がうごいて、 「星主、お久しぶりでした。ここへおいでの上は、おへだてには及びませぬ。どうぞこなたへ」  きれいな声が、さも親しげに呼びかけて、そこの簾をさらさらと高くかかげさせた。  宋江は身をすくませて、一そう懼《おそ》れた。 「これは下界の、はしたなき男にすぎませぬ。なんでかような神界へ、まぎれ参ったものでしょうか。どうぞ、ご憐愍《れんびん》をもって、お帰し下さいますように」 「ホ、ホ、ホ、ホ」  女神は玉をまろばすようにただ笑った。そして四人の仙童に命じ、たって宋江に御簾内《みすうち》の席をすすめた。錦繍《きんしゅう》の椅子《いす》であった。  やっと、ややおちついて四|壁《へき》をみると、龍燈《りゅうとう》、鳳燭《ほうしょく》の光は、碧《みどり》と金色《こんじき》を映《は》え交《か》わし、二列となっている仙童女は、旌《はた》、香瓶《こうびん》、笏《しゃく》、供華《くげ》などをささげていた。  そして七宝の玉座のお方こそ女神のきみか。おん鬘《かずら》に高々と、飛ぶ鳳凰《おおとり》、九ツの龍、七|彩《いろ》の珠などちりばめた金冠を載せ、天然無双の眉目《みめ》のおんほほ笑みを、まばゆいばかりに、こぼしておられる。――その雪のおん膚《はだ》、美妙《みみょう》な薫《かお》り。また纒《まと》い給う銀紗《ぎんしゃ》のおん衣《ぞ》から、藍田《らんでん》の珠の帯やら白玉《はくぎょく》のかざりにいたるまで、光燿《こうよう》そのものの中にあるおすがただった。 「星主には、おつつが無《の》うて」  と、女神のきみは、あくまで、宋江を初めてみる者とはしていず、お久しぶりゆえ、と祝《ことほ》いで、すぐ侍女に酒を命じた。宋江は酌《つ》がるるままに三|献《こん》ほどいただいた。女神はまた、 「おさかなに、その棗《なつめ》を」  と、仙界の棗の実などすすめられる。宋江はそれも食べ、核子《たね》は捨てる所がないので、掌《て》のなかに握っていた。  口中は麝香《じゃこう》をふくんだようである。ほのぼのと、身のうちはかろく、 「身は、蝶になって、花のあいだに在るようなここちです。思わず過ごしました。もういただけませぬ」  と、瑠璃《るり》の杯を侍女へ返した。 「あまりおすすめしても……」  と、女神は黒曜石《こくようせき》のような眸《め》を侍女へやって、 「では、天書《てんしょ》の三巻を、これへ」  と、いいつけ、すなわち、宋江への贈り物とした。  それは黄紗《こうしゃ》にくるまれた三巻の書で、たてよこ五寸、厚さ三寸。――女神はそれを彼へさずけてから告げた。 「星主《せいしゅ》。どうぞ天に代って天書の道を人の世に行ってくだされませ。あなたのほかに、その人はありませぬ。青人草《あおひとぐさ》にあわれをかけ、国の毒と、世の邪《よこしま》をのぞき、なべて義と情けと、信と誠とを、濁《にご》り世にも失わないでください。それを行うところに、お怯《ひる》みはいりませぬ。ここに四句の天の言葉がございまする…… [#ここから2字下げ] 宿《シュク》ニ遇《ア》イテ重《カサ》ネ重ネ喜ブ 高《コウ》ニ逢《ア》イテ是《コレ》、凶《キョウ》ニアラズ 外夷《ガイイ》、及ビ、内寇《ナイコウ》 幾処《イクトコロ》カ、奇功ヲ見《アラワ》ス [#ここで字下げ終わり]  きっと後々思いあたることがございましょう。一生お心にとめて、おわすれないように」  宋江は心耳《しんじ》を凝《こ》らし、九拝して、ただただ聞き入るのみだった。女神はかさねて、 「――天上の玉帝さまは、あなたにはまだある魔心やら“道”の未熟を研《みが》かさんとの思し召から、わざとあなたを下界へお流しなされましたが、天縁あらば、ふたたび天の紫府《みそら》へお呼びもどしになりましょう。とはいえ、下界において、万一にも冥府《みょうふ》の獄簿《ごくぼ》に載るような罪科にお落ちなさればもうわたしの力でもお救いはできません。……三巻の天書《てんしょ》を以後の友となされて、それをお研究《きわ》めなされませ。同学のお相手には天機星[#1段階小さな文字](智多星呉用をさす)[#小さな文字終わり]一人とかぎり、ほかの者には一切他見ご無用です。ゆめ、ご懈怠《けたい》はなりません、……おお、お名残はつきませぬが、天上界と下界のへだたり、そういつまでもお引きとめはなりませぬゆえ、はや、すみやかにお帰りくだされませ」  宋江は、はっと、ひれ伏した。その姿へ、もういちど、女神の声が、こう聞えた。 「いつかは、いずれまた、天上の玉帝さまの御園でお会いいたしましょう。くれぐれも、下界のご宿命を、つつがなくお果たし遊ばしますように」  ……とたんに。  宋江は心のどこかで「あっ」といった。あたりは碧黒《あおぐろ》い波間にみえ、二匹の龍が、自分に戯れからんでくる。自分は恐《こわ》くて、逃げもがき、もがくうちにゴク、ゴク、ゴクと水を呑んだ……。……と思ったせつなに、はっと眼をさましたのである。  すべて、南柯《なんか》の一|夢《む》であったのだ。 「……ああ、夢だったのか」  ぐったりと現《うつ》し身《み》を見出したが、夢にしても不思議であった。黄紗《こうしゃ》にくるんだ三巻の天書は膝にのっている。またしかも、掌《て》には三粒の棗《なつめ》の核子《たね》を握っていたし、口のうちにも、馥郁《ふくいく》たる酒のかおりが残っていた。 「はてな。おう、夢にして夢にあらずだ。これこそ、霊験《れいげん》とか、また、よくいう夢想のお告げとかにちがいない。――すると自分の宿命は?」  彼は、もう何か、怖れるものもないように、そこの厨子《ずし》を転《まろ》び出て、廟《びょう》の外に立ってみた。そしてそのとき初めて、廟の額《がく》に、金碧《きんぺき》あざらかな四文字をはっきり見たのであった。 [#1字下げ]玄女之廟《げんにょのびょう》  と、それは読まれた。  玄女、九天玄女。彼は口のうちで唱《とな》えながら、眼を天にやった。時刻は、はや真夜中らしい。月は中天にかかっていた。小さく、遠く、かかっていた。  宋江は環帯《かんたい》を解いた。そして腰の肌身へじかに、天書の三巻をくくって持つと、すぐ月の小道を馳《か》け出していた。  ところが、玄女|廟《びょう》を去ることまだいくらでもないうちに、早くも彼の影は、人目につけられていたらしい。彼につづき、樹林の間を豹《ひょう》の如く追っかけていた六、七名の男がある。 「おおういッ。おういッ待てえ」  後ろばかりではない。三方でその呼ぶ声は谺《こだま》し合った。宋江はたちすくんで、 「しまッた」  と、叫んだ。前面の断崖に、滝の音がする。ここは行きどまりの滝道であったのだ。  しかるに、天来《てんらい》の援《たす》けともいうべきか。わらわらと背後に迫って来た男どもは、意外にも、 「おうっ、宋先生じゃありませんか」 「そうだ、宋江さまだ」  と、口々に言いつつ、茫然《ぼうぜん》とあきれ顔の彼の前に、 「ご安心なさいまし。梁山泊《りょうざんぱく》から来た赤髪鬼の劉唐《りゅうとう》でございまさ」 「てまえは、石将軍の石勇」 「催命《さいめい》判官の李立《りりつ》」  つづいて欧鵬《おうほう》、つづいて陶宗旺《とうそうおう》と、各〻が口を揃えて名《な》のりつらねた。そして最後に――ややおくれて飛んで来た二|挺《ちょう》斧《おの》を持った男も、 「やっ、宋先生か。やれやれ! これでおれたちもほっとした。おいっ劉唐、峠へ出て、早くこのことをみんなに知らせろ」  と、血ぶるいして言った。これなん黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》だったのである。二挺斧は生々しく血塗られていた。  宋江はほっと、蘇生《そせい》の思いにくるまれたものの、まだ夢に夢見る心地を、たゆたわせて、 「どうしたわけです。いったい、どういうわけで、諸子がここへは?」  と、面々の姿を見まわすばかりだった。 「いや、よくこの李逵をお叱りなさるが、先生くらい、人に世話を焼かすお方もありませんぜ」  と、李逵は例のごとき打ッつけ調子で、ざっと次のようなわけを話した。  さきに宋江が、ただ一人で梁山泊を立つや、軍師呉用も晁《ちょう》統領も、そのあとからすぐ一隊を組織して、おなじ鄆城県《うんじょうけん》へ潜行していた。  かならず宋江の身に事が起る。悪くすれば官の罠《わな》に陥《お》ちる。さすれば、兇変を聞いてから馳けつけたのでは間にあわない――という見通しからである。そしてその観測は外《はず》れなかった。  この夜、彼らは宋家村《そうかそん》で同勢を三手に分け、一手は宋江の急を救うため還道村《かんどうそん》の山中へ分け入り、また一方の隊は宋家の屋敷から、宋江の弟|宋清《そうせい》と老父の二人を助け出し、これはその場から警固を付けて、まっ先に、梁山泊へ送ってしまったものである。 「ですから先生……」と李逵《りき》は、まず宋江にとって第一の憂いに、こう安心を与えたうえで、 「――次には、県の追手頭の趙能《ちょうのう》と趙得《ちょうとく》ですが、そいつもかくいう黒旋風が、玄女|廟《びょう》の近くでたった今、この二|挺《ちょう》斧《おの》でかたづけてしまいました。ですから、もうご心配はございません。……が、峠の方では、一同が案じ合って、吉左右《きっそう》を待っているにちがいない。さあ先生、そっちの方へ急ぎましょうぜ」  と、もう先に立って馳け出していた。  まもなく宋江は、一団の黒い人影を嶺の上に見いだしていた。すでにその人々も劉唐《りゅうとう》の知らせで宋江の無事を知り、月下、こぞって歓びの手を振っている。  すなわち統領の晁蓋《ちょうがい》以下、花栄《かえい》、秦明《しんめい》、黄信、薛永《せつえい》、蒋敬、馬麟《ばりん》らの寨友《さいゆう》たちであった。そこへまた李俊、宋万、穆弘《ぼくこう》、張黄《ちょうおう》、張順、穆春、侯健、蕭譲《しょうじょう》、金大堅らも加わり、李逵の一と組をあわせると、約三、四十名の顔合せとなったわけ。 「まことに、よけいなご心配をおかけしました」  と、宋江は一同へ深く詫びて、また特に、 「老父と弟も、はやお手配のもとに、梁山泊へお引取りくだされたよし、ご温情は忘れません」  と晁蓋の手を拝して、しばらくは、うれし涙にくれる風だった。晁蓋もまた無事をよろこんで、この上は一刻もはやく引揚げるが得策と、みな騎馬となって、駒首を東へ回《かえ》した。――宋江も一頭の馬を与えられ、その馬の背から、ひそかに玄女|廟《びょう》の青瓦を山腹の森に見おろしながら、 「いつかはきっと、今日のお礼|詣《まい》りにうかがうでしょう。また三巻の天書、四句の天言、それもあわせて心に銘《めい》じ、終生決して忘れますまい」  と、胸の奥でくり返していた。  時に、有明《ありあ》けの空《そら》翔《か》ける夜鳥の声か。あるいは山家の牧童でも歌っていたのか、ふと古調ゆかしい一篇の詩《うた》が月魄《つきしろ》のどこからともなく聞えていた。 [#ここから2字下げ] ぜひなけれ、天地《あめつち》の巡環《めぐり》、いましも 麻《あさ》のみだれを、世に見する。 見ずや、微賤《びせん》に起《た》つ、英雄ども 波となって、山東《さんとう》の一角に怒《いか》るを。 天罡星《てんこうせい》はいまし、天に宿《しゅく》さず 地に降りて、それ、百八の業《ごう》をえがく。 中に瑞気《ずいき》あり、鄆城《うんじょう》の一人 知らざるは無けん、及時雨《きゅうじう》の宋江《そうこう》。 こよい、九天玄女《あまつめがみ》の天書《ふみ》を賜うて 月兎《げっと》、梁山泊《りょうざんぱく》へ その人を送る。 見るべし、以後の仁と義と、礼知《れいち》の風《ふう》 また天に代りて、人が天兵を行うところを。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 李逵《りき》も人の子、百丈村《ひゃくじょうそん》のおふくろを思い出すこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  呉用《ごよう》智多星は、このたびは留守をして梁山泊《りょうざんぱく》にいたが、宋江の無事を聞く以前に、宋清《そうせい》と老父が寨城《さいじょう》へ送られてきたので、さっそく宋家のために、梁山泊中のほどよい所に、小ぢんまりした一邸を宛《あ》てがって、一同の帰りを待っていた。  日かずも待たず、金沙灘《きんさたん》を渡って来た舟列は、歓呼の中に、晁《ちょう》統領以下の姿を見せた。また、つつがなく戻って来た宋江の明るい顔に、山も水も沸《わ》き返りそうな迎えをみせた。  わけて人々が眼を熱くしたのは、迎えの中から走り出た老父と、走り寄った宋江とが衆目も忘れて、ひしと相抱いたまま、しばし泣き濡れていた姿だった。この日を期して、弟の鉄扇子《てっせんし》宋清も、寨城の一員となったのはいうまでもない。  かくて宋江は、年来望んできた“父子同棲《ふしひとつ》”の願望を達したが、ここにそれからの余波がつづいて生じた。――というのは、それを祝うべく行われた、翌る日の大宴会において突如、起ったものである。 「お願いがあります。統領、また寨友《さいゆう》の諸兄。ぜひ、ききとどけ下されい」  声を誰かとみれば、それはかの道術《どうじゅつ》の達人|一清《いっせい》道人、すなわち公孫勝《こうそんしょう》なのだった。 「じつは私にも、長らく不孝のまま、故郷に置き放してある一人の老母がおりまする。また“道教《みち》”のお師にも、以来、便《たよ》りすらしておりません。併《あわ》せて、一度ふるさとを訪い、日頃の詫《わ》びをすましたい思いで胸がいっぱいです。どうかこの一清に四、五ヵ月のお暇をいただかせてくれますまいか」 「ほう……。あの人が泣いて言っている!」  一同は感に打たれた。異議なく、彼の願いは、 「それや無理もない。一清先生、行ってらっしゃい」  と、その場で衆議一決となった。  公孫勝は大いによろこび、翌々日はもう以前の雲遊の道士姿となり、腰に戒刀《かいとう》、頭《かしら》には棕梠笠《しゅろがさ》、そして白衣《びゃくえ》、白の脚絆《きゃはん》に、笈《おい》を負って、わが故郷|薊州《けいしゅう》へさして立って行った。  すると彼を見送った帰り途《みち》からのことである。何を考え出したか、黒旋風|李逵《りき》が、がらにもなく時々|拳《こぶし》で目をこすっていた。仲間たちはおかしがって、 「李逵、蜂に刺されたのか」 「ははん、赤辛子《あかがらし》を噛みつぶしたな」  などと、からかってはいたが、しかし奇妙なことには、日ごろ腹立ちッぽい李逵が怒りもしない。のみならず、その晩の聚議庁《ほんまる》の集《つど》いでも、飲まず、笑わず、酔いもせず、ベソベソ泣いてばかりいる。 「どうした? 李逵」  宋江がそばへ寄って訊《き》いてみると、訊いてくれた人が宋江であったせいにもよるだろう。彼は手放しでわんわん泣き出して、そして吠えるように訴え出した。 「お、おれだってよ……木の股《また》から生れたわけじゃねえや。こう見えても、故郷《くに》には、年とったおふくろがいらアな。一清《いっせい》が羨《うらや》ましいや。先生が羨ましいんだ。……なんとか、おれのおふくろも、梁山泊へ連れて来て、ちったあ、楽をさせてやりてえもんだと。……つい、それを考えたら、泣けてきて、泣けてきて」 「じゃあ、おまえも故郷へ帰って、母親をここへ連れて来たいというのか」 「先生、何とかしておくんなさいよ。後生だ……こ、このとおりお願いですから」 「さあ?」  宋江は当惑した。同情の念、禁じえぬものはあったが、周囲すべての面は、不賛成の色をたたえている。目と目で顔を振りあっている。  それも無理ではないのだ。何ぶんにも、黒旋風|李逵《りき》の名は、その暴勇の聞えは、江湖《せけん》に高い。  ことに“江州|大騒擾《だいそうじょう》事件”のあとでもあるから、故郷へも、官の手が廻っているにきまっている。そんな所へ、こんな男を、と誰にしろ危ながるのは当然だった。  だが、言いだしたらきかない李逵だ。ついそれを訊いたほうが悪いようなものである。李逵は墨をなすッたような涙を顔じゅうにこすッて、果ては宋江へ食ってかかった。 「いけねえンですか先生。あっしは人間の子じゃねえんだろうか。べら棒め。先生の親や弟は一つにいるくせによ。なぜ俺だけには……」 「まあ、まあ」と、宋江はその背をたたいて「そう泣くなよ、李逵。その気もちは、他人のわしにもうれしいものだ……。だが、統領、軍師以下、みな難色を示しておられるのは、万一のばあいを怖れるからだ。……もしきさまが、わしのいう三つの条件を、かたく守ると約束するなら、宋江からご一同へたのんでやるが」 「ど、どういう約束ですえ? 三つの条件とは」 「第一には、道中一滴の酒も飲まないこと」 「ようがす! やめよう!」 「第二、きさま一人では、何をやらかすか分らぬゆえ、蔭の者一人をこっそり尾行《つけ》てやるとする」 「それも合点だ。して第三は」 「君がお得意の得物《えもの》――あの二つの板斧《まさかり》だが――それは帰泊《きはく》の日まで、呉用軍師のお手許へ預けてゆくことだ」  聞いていた一同は、大いに笑った。おそらくそれだけは手放すまい。李逵にすれば、抱いて寝もしたい子みたいなもの。と思っていたが、李逵はそれもまた約束した。こうなっては、宋江の口添えにもなることだし、彼の願いは一同で承知してやるほかはない。  こういういきさつ[#「いきさつ」に傍点]から李逵もまた、やがて大寨《たいさい》の友としばしの別れを告げ、その故郷、沂州《きしゅう》沂水《きすい》県へと、野太刀一本の身軽な姿で、旅立って行ったのだった。  さて、そのあとではすぐ、 「誰を、奴《やっこ》さんの用心に尾行《つけ》てやったらいいか」と、なった。  杜選が言った。「――それはここの対岸で、見張り役の酒店をやっている朱貴《しゅき》の兄哥《あにき》にこした者はありません。朱貴も沂水《きすい》県の生れで、李逵《りき》とは同じ在所の出ですからね」 「いかにも」  と、宋江はうなずいた。 「そうだ、そんなはなしは、いつか潯陽江《じんようこう》の白龍|廟《びょう》でも耳にしたことがある。誰か、速舟《はやぶね》で朱貴を呼んで来てくれまいか」  朱貴はすぐやって来た。そして命じられた使命にも否やはなく、こう呑みこんで、なお言った。 「現に、てまえの弟の朱富《しゅふ》は、いまでも沂水《きすい》県の西門外で、居酒屋をやってますし、李逵の田舎の百丈村とは、たいして離れてもおりません。……へい、李逵の家ですか。左様、たしかにおりましたよ盲《めくら》の老婆が。よく縁先の日なた[#「なた」に傍点]で糸を紡《つむ》ぐ小車《おぐるま》を廻していましたが、それが李逵のおふくろでしょう。盲の世話には、一人の息子がおりましてね、ええ、李逵の実の兄なんで。……なにしろひどい貧乏百姓でしたから、今でもそれに変りはありますまい」 「なにしろ頼む」と、宋江はくれぐれ朱貴に嘱《しょく》した。「よもやわしとの約束は破るまいが、なにせい、あの奴《やっこ》さん、なにを仕出来《しでか》すかわからんからな」 「お蔭で手前も久しぶり故郷が覗《のぞ》けます。李逵については、充分、注意いたしますから、ご心配なく」  この役は、朱貴にとっても、好都合なものであったから、勇躍して、彼もまた李逵のあとからすぐ沂水《きすい》へ出発した。  あとの梁山泊は、しばし平穏無事だった。大寨《たいさい》の初秋は、水清く、山|麗《うる》わしく、また酒が美味《うま》かった。宋江はよく晁蓋《ちょうがい》と時事を語り、また涼夜《りょうや》の灯火《ともしび》を剪《き》っては、書窓の下にかの三巻の天書をひもどき、呉用とともにその研鑽《けんさん》に耽《ふけ》っていた。  こちらは李逵《りき》。 「おれも偉いもンだな。とうとう、約束は破らなかった。これへ来るまで、まだ一滴の酒も……」  なつかしい故郷|沂水《きすい》県は目の前にある。そしてここは町の西門だった。人だかりがしているのは、県城のどこにもあるおきまりの高札場《こうさつば》だナと、李逵も何気なく、立《た》ち交《ま》じっていた。  と、物識《ものし》り顔が、声を出して読んでいる。 [#ここから2字下げ] 一ツ。正犯ノ極悪ハ鄆城《ウンジョウ》県ノ者。 共謀ノ戴宗《タイソウ》ハ、モト江州《コウシュウ》ノ 牢屋預リナリ。 同ジク、牢卒ノ李逵ナル者ハ、 当所、沂州沂水県ノ産ニシテ…… [#ここで字下げ終わり] 「な、なにってやんで……」  李逵が鼻で笑っていると、 「おい、こっちへ来な」  ぐいぐいと、突然、腕を引っ張って辻の角まで連れ去った男がある。 「おや? おめえは金沙灘《きんさたん》の見張り茶店の亭主、旱地忽律《かんちこつりつ》の朱貴じゃねえか」 「叱《し》ッ。……ば、ばか。人が聞くじゃねえかよ。いま、なにを馬鹿|面《づら》して見ていたんだ」 「そう馬鹿馬鹿と言いなさんなよ。ここらは何年ぶりか、見るもの聞くもの、なつかしくってさ」 「ちっ。阿呆《あほう》もほどにしろ。あの高札には、宋江《そうこう》を捕えた者には銭《ぜに》一万貫、戴宗《たいそう》なら五千貫、李逵《りき》は三千貫と、てめえの首のお値段までが、触《ふ》れ書になっているんだぞ」 「へえ、俺のが一番安いのか」 「そういうおめえだから、宋《そう》先生も心配なすって、この朱貴をお目付役に、おめえの後を尾行《つけ》させたんだ。……ま、立ち話も物騒だ。そこの店へ入りねえ」 「冗談じゃねえ」と、李逵は自分の鬼門《きもん》のように尻込みした。 「――そこは居酒屋じゃねえか。うむむ、たまらねえ匂いがしやがる。罪だよ、あにき」 「まあいいから入れッてえに」  朱貴はずっと奥の小部屋へ先に入ってしまった。酒肴《さけさかな》の註文も馴々《なれなれ》しい。そして独りでチビチビ飲み初めた。李逵は汗拭きの布を出して、鼻と口を抑《おさ》えていた。  まもなく、店の亭主が、あいさつに来た。それが朱貴の弟、朱富《しゅふ》だったのである。李逵にしても、同郷人なのですぐ打解けた。ただ打解け難《にく》いのは、みすみす目の前にある酒、杯だ。 「なあ、あにき……。お目付のあにきが見ている前だけなら、ちっとぐらいは、いいだろうじゃねえか。俺アもう目が眩《くら》みそうだ、死んじまいそうだよ。飲ましてくれよ」  朱貴は吹き出してしまった。聞いてはいるが、李逵の酒くせも猛勇ぶりも、彼はまだほんとには知っていない。で、つい同情負けして、 「ちくと飲《い》きねえ、ここだけだぜ」  と、杯を与えてしまった。  舌つづみを打って、李逵は目を細めた。もう自分でも歯止めがきかない。もう少し、もう少しで、夜も丑満《うしみつ》の真夜半ごろまで、ついつい話と酒に興じてしまった。そして亭主の朱富にもせきたてられて、やっとおみこしを上げたのは、五|更《こう》[#1段階小さな文字](夜明けがた)[#小さな文字終わり]の残月が淡く町の屋根に傾いていた頃だった。 「だいじょうぶか李逵。足もとは」 「へン、これっぱかしの酒が何でえ。笑わしちゃあいけねえよ。おっと、笠を忘れた」 「それ見やがれ。ま、手を出すな。かぶせてやるから」 「おふくろに会ったら何ていやがるだろうな。ああ、あしたの晩は、おふくろのオッパイに頬ッぺたをつけて寝るかな。……ははは、あばよ。あにき」 「おいおい李逵。そっちじゃねえぞ。そっちは近いが山越しの裏道だ。本街道を行けよ本街道の方を」 「やだよ」 「知らねえのか。子供の時分から、虎が出るんで、虎の名所といわれてるんだぞ。近頃はまた、追剥《おいは》ぎも出るッてえ噂だ」 「そいつあ、おもしれえ。化け物も故郷のやつならなつかしいや。あにき! あさっては、おふくろを負ぶッてここの店へ帰ってくるからな。たのむよ」 「……あ。行っちまやがった」  朱貴と朱富のあきれ顔も、酒の入っている李逵には、振向かれもしなかった。ひょろりひょろりそれでもいつか、朝まだきには、霧深い山路の奥へかかっていた。  ぴ、ぴ、ぴ、と何の鳥か、けたたましく密林のうちに谺《こだま》を呼んだ。新秋の木々は早や紅葉《こうよう》していてやがてそこから突然躍り出してきた一個の人間も紅葉の精か、鬼かと見えた。赤い角頭巾《つのずきん》に、おそまつな革胴《かわどう》を着込み、足は素わらじ[#「素わらじ」に傍点]。 「おやおや、何か出て来やがったな。はアて面妖《めんよう》な? ……」  李逵《りき》はまだ酔っている。酔眼もうろうではあったが、しかし相手の顔が分らないほどではなかった。道をはばめて突っ立った大男は、墨で顔を塗りこくり、手には二本の板斧《まさかり》を引ッさげていたのである。 「お早う。誰だ? おめえは」 「やいっ。知らねえのか。このおれさまを」 「むりをいうなよ。知るはずがあるもんか。つらに鍋《なべ》ズミを塗って、赤帽子ってえ恰好《かっこう》から見ると、ははん、百丈村の村祭りにござッた旅芸人の道化《どうけ》役者か」 「野郎、酔ってるな。身ぐるみおいてゆけ。これを見たら分るだろう」 「ほう、両手に二挺の板斧《まさかり》とおいでなすったね。えらい物をお持ちだなあ。して、お名まえは」 「百丈村の鉄牛を知らねえのか。いま名の高え、黒旋風《こくせんぷう》李逵たあおれのこった」 「へエ。おまえさんが?」 「おうさ。そう聞けば、十人が十人腰を抜かすのに、てめえは馬鹿か、よそ者か」 「俺はいったい誰だろう、さあ分らなくなっちゃった。ひとつ、当ててみないか、偽《にせ》鉄牛、いやさ偽《にせ》李逵」 「何だと、偽李逵だと」 「だって、よくこのつらを見てくれよ。俺の在所も百丈村、あだ名は鉄牛、もひとつの名は、黒旋風の李逵っていうんだ」 「ひぇっ」 「おもしろい。どっちが真物《ほんもの》か、賭けと行こう。さっ命を賭《は》ったぜ」 「ご、ごめんなさい。……だ、旦那」  追剥《おいは》ぎはヘタッと露の中に坐ってしまった。そして腹を抱えて笑いやまない李逵の姿を仰いで、米ツキ蝗《ばった》みたいにお粗末な手をあわせた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 妖気、草簪《くさかんざし》の女のこと。怪風、盲母《もうぼ》の姿を呑み去ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「野郎。――よくもおれの名を騙《かた》って、しかもおれの故郷で、追剥《おいは》ぎなどしていやがったな。さあ、偽名代《かたりだい》を支払え、真物《ほんもの》のおれ様へ」  李逵《りき》は言いながら男の二|挺《ちょう》斧《おの》の一挺を取って、あわやその細首を打ち落しそうにした。  男は哀号《あいごう》して命乞いの必死をみせた。泣いていうには、ことし九十になる老母がおり、老母を養うための出来心であったと口説《くど》く。そして追剥ぎをするほどな力や度胸がなくても、「黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》」とさえいって脅《おど》かせば、みな金や持ち物をすてて逃げ出すので、つい面白半分にもご高名をつかって、母子《おやこ》二人の露命をつないでいたもので――と平蜘蛛《ひらぐも》のようにあやまりぬくのであった。 「ふうむ、おふくろがいるのか」  李逵《りき》はたじろいだ。自分も多年の不孝が詫びられ、故郷の母をひき取るために、梁山泊《りょうざんぱく》の仲間からひまをもらって、この故郷へ帰って来た途《みち》である。かたがた、自分の名が売れていればこそ、自分の偽者も出るのだったと考え直すと、こいつも一個の愛嬌者と堪忍されて来たことらしい。やがて彼は、銀十両を男の鼻面へ投げやって、 「やい、これをくれてやるから、とッとと失せろ。正業について、おふくろを大事にしろよ。こんど悪さを見つけたら命はねえぞ」 「えっ、これを。オオ大人《たいじん》、ご恩は一生忘れません」 「何ッてやんで。おらあ、大人なんていうお人柄じゃねえ。おう、だが一応名だけ聞いておこうぜ。てめえの名は」 「李鬼《りき》と申しますんで。へい」 「ほんとかい。苗字《みょうじ》から名まで似ていやがる。ま、それも同郷人なら仕方がねえや」  午後の道もまだ山だった。李逵は七月の山路に歩きつかれた。酒はさめ、喉《のど》は渇《かわ》く。考えてみると、前夜、朱富《しゅふ》の店でも、酒ばかりで飯はたべていなかった。 「オヤ、小粋《こいき》な女がいやがるぜ」  山の一軒家だが、酒の旗が立っている。女はざっかけ[#「ざっかけ」に傍点]結びの髪に、草の花を挿《さ》し、李逵を見ると、その朱《あか》い唇が笑った。 「姐《ねえ》さん、酒はあるかい」 「おあいにくさま」 「ひどく素気《すげ》ねえな。じゃあ飯を炊《た》いてくれ。飯の菜《さい》ぐらいあるだろう」 「お客さん、待ってくれるかね」 「よかろう。一ト昼寝、涼んでいる」  小屋の横へ縁台を持ち出して、李逵はいつか蝉《せみ》の声にくるまれてトロとしていた。もしこのとき、梢《こずえ》の栗鼠《りす》か何かが彼の顔へ胡桃《くるみ》の実《み》を落さなかったら、彼の命はどうなっていたかわからない。  何しても、彼はふと小用をたしに立って行った。それで気づいたことなのである。すぐ裏の台所口の外で、ひそひそ囁《ささや》きあっている男女があり、女は草簪《くさかんざし》の先刻の女であるのはいいが、男の方にハッとしたのだ。今朝、峠で、おっ放してやったあの李鬼にまちがいなしだ。 「……そうかえ、まあ、危なかったわねえ!」  と、女は山猫のような眸《め》をくるっとさせて、そして仰山《ぎょうさん》に、あとの声はしばらく唾《つば》呑《の》んでいる。 「じゃあ、本物の李逵が帰って来たんだね。あの黒旋風《こくせんぷう》がさ」 「そうだよ、驚いたの何のッて。だけど口から出まかせに、ありもしねえおふくろを称《うた》って、哀れッぽく持ちかけたら、馬鹿な野郎さ、何とおれに十両くれて行っちまやがった。あははは」 「しっ……。その李逵に違いないのが、飯を炊《た》いてくれといって、さっきから店の横で昼寝して待ってるんだよ。静かにしないと」 「えっ、奴がここへ来てたのか。そいつあたいへんだ。ど、どうしよう」 「なにさ、男のくせに、いっそ、ちょうどいいじゃないか。飯のおかずへ、しびれ薬をしのばせて眠らせてしまえば、いくら黒旋風《こくせんぷう》だって」 「ア、なるほど。金はまだたんまりふところに持っているふうだった。そいつと、身ぐるみの物を合わせれば、おれたち二人が里へ出て小商《こあきな》いをやる資本《もとで》にはなるッてものだ。しめた、こいつア運が向いて来たのかもしれねえぞ」  ここまで物蔭で聞いていた李逵《りき》は、もすこしいわせておく我慢もできず、ついそこから躍り出してこう呶鳴《どな》った。 「やい。なにがそんなにありがたい?」 「あっ」  女は、崖の下へ逃げころんでゆき、飛鳥もおろか、すぐ谷川のすそへ見えなくなってしまったが、李逵は、あきらめた風である。――といっても、その血刀は、雫《しずく》をたらし、李鬼の首は、胴体から五尺も先に飛んで、ころがっていた。 「ふざけやがって」  李逵は、大きな魔の息に変っている。家の中へ入って、二つの行李《こうり》をひっくり返し、目ぼしい物をふところへねじ込んだあげく、ちょうど炊きあがった釜の飯までたいらげて悠々とそこを立ち去って出たのである。そして、その血ぐさい身なり[#「なり」に傍点]が、西の麓《ふもと》へぶらぶら降りて行った頃、彼の貧しい生れ故郷百丈村にも、はや遠方此方《おちこち》、幾つもの小さい灯が、ぼやっと、霧の宵闇のうちに滲《にじ》んでいた。 「ああ、昔のまんまだ。貧乏もそのまんまだ」  李逵《りき》は、生れた家の前に佇《たたず》んだ。赤土の泥小屋、石の破れ囲《がこ》い、屋根を越すひょろ長い松、何一つ変っていない。 「……おっ母《か》あ」  彼の声は、土間の一隅に糸車をすえて、他念なく、糸を紡《つむ》いでいた老母の耳を怪しませた。  老母は、まったくの盲《めくら》である。  だから日が暮れたのも知らず、糸笊《いとざる》や糸車の手元に、灯を必要ともしなかった。 「おっ母あ。どこかね、おっ母あ」 「おや。……誰かい?」 「おらだよ」 「そ、そのお声は」 「李逵だわな! 鉄牛がいま、帰《け》えって来たんだわな!」 「ひぇッ、せがれだか」 「あ、あぶねえ」  あわてて李逵は抱きとめた。小《ち》ッこい老母のからだは、もう彼の体にしがみついて、ただぶるぶるふるえているのである。 「わ、われはまあ、何年も何年も、いったい、どこに何していただよ。ええもう、生きたやら死んだやらさえ、日頃には……」 「ま。……ま、おっ母あ、おちついてくれ。ほんとにすまねえ、勘弁してくらっせ。だがの、こんどは、一生一ぺん、おっ母あにも、なんとか、安心して貰おうと思って、わざわざ、遠くから迎えに来たんだ」 「ほ。遠くから、わたしを連れに? ……それやいったい、どこぞいな?」 「梁山泊《りょうざんぱく》といって。いや、違ッた、そ、その梁山泊のある山東《さんとう》という地方へ、じつアこんど、おらあ役人になって行くわけさ」 「ほんとけ?」 「ほんとだとも。そこで、おっ母あにも、こんどこそ、そばにいて一生安楽にしてやれよう。さ、おれの背なかへ負《お》ンぶしなせえ。どこか本街道まで出たら、車を一丁買っておっ母あを載せ、おらが自分で押して行く」 「あれま、そんなに急なのかえ。でも、われの兄がもどってから、とっくり話し合わざ、悪かろうに」 「兄きか。ま、兄きには途中で手紙を出すからそれでいいやな。何しろこっちは急ぐ体だ」  ところへちょうど、外から、兄の李達《りたつ》が帰って来た。李達は李逵《りき》とちがって、根ッからの正直者。十年このかた、音信不通の弟だが、江州奉行所からはこの原籍地へ“お尋ね者”の手が廻っているし、近ごろ梁山泊の仲間へ入ったという風聞もとうに聞いて知っていた。 「なんじゃと? 野郎がおふくろを連れに帰ってきたって。とんでもねえこったわ。何で極道《ごくどう》野郎にそんな殊勝な料簡《りょうけん》が」 「まあ兄さん、極道極道と頭ごなしに言いなさるが、おれだって人間の子だ。親を思い出すことだってあらあな」 「いかねえ、いかねえ。餓鬼《がき》の頃からおふくろ泣かせのわれが、急に生れ変ったような親思いになるものか」 「嘘だと思うなら兄さん、おめえもいっそ一緒に梁山泊へ行って、おらやおふくろとともに、山で暮しなすったらどんなものだね」 「この悪玉め。この兄までを、悪党仲間へ引き込むつもりでいるのか。おお、お尋ね者を届け出なかったら、後日、村の衆までみんな罪に問われよう。たとえ弟野郎でも、このままにはしておけぬ。おふくろっ、李逵を逃がしなさんな」  いうやいな、兄の李達は、外へ走り出して行った。日頃、雇われている地主屋敷へわけを告げて、荘家《そうか》の若者大勢を引きつれ、再び、わが家へ引返して来たのであった。  ところが、すでに老母の姿も李逵の影も家には見えない。そして銀子《ぎんす》五十両が、詫《わ》びるように、仏壇《ぶつだん》においてあった。これには李達も心を打たれ、さては弟もほんとに前非を悔いて来たものとみえる。このぶんでは老母を托しても心配あるまい。――そう思い直したとみえて、 「みなさん、せっかくお助太刀を願いましたが、弟野郎は、逸早《いちはや》く風を食らって、ごらんのように、もうここにおりません。なにしろ素迅《すばや》い奴ですから、きっと、他県へ高飛びしてしまったんでしょう。いまいましいが、今夜のところは、ひとまずおひき取りなすって」  と、一同へ詫び、一同もまたぜひなく、やがてぞろぞろ帰ってしまった。  ――げにや、一方の李逵は、その跳《と》ぶこと、まさに飛獣《ひじゅう》のようだった。背に老母を負い、星影青い夜を衝いて、またたくまに、隣県との山ざかい、沂嶺《きれい》のいただきへかかっていた。 「せがれや。……せがれよ」 「どうした? おっかあ」 「く、くるしい。もう、そう馳けんでくれい」 「おう、わるかったな。おれでさえヘトヘトだもの。だが山向うへ越えれば人家もある。人里へ出たら、美味《うま》い飯やら汁もたんと食わせて上げるでな」 「水がのみたい。……せがれや、のどが渇《かわ》いて渇いて。飯よりは、水がほしいだ、水をよ」 「水か」  彼もまた、火みたいに、喉《のど》の渇《から》びを覚えていたところである。さっそく大きな平《ひら》たい青石の上へ、背の老母を下ろして言った。 「おっ母あ、ちょっくら谷へ降りて、竹筒へ水を汲《く》んでくるが、ここから一歩も這い出しなさんなよ。目の見えねえおっかあを、独りぼッちでおいとくのは心配だが、いいかね」 「ああいいよ。……李逵《りき》や、ちょっとおまえの手を握らせておくれよ」 「なんだい、あらたまって」 「どうして、わりゃあ、そんな優しい子になったんだか。わしゃ、うれしゅうて」 「よせやい、おっかあ。人が見てねえからいいけれど、こんな不出来な伜《せがれ》の手を取って拝むやつがあるものか。……泣くなんて、縁起でもねえ。……じゃあここを動かず待ってなせえよ」  星明りをたよりに、彼は谷川の水音を心あてに降りて行った。谷底は地殻《ちかく》の割れ目みたいな乱岩大石の状をなし、走り流れる奔湍《はやせ》の凄さは、たちまち、夏を忘れさせる。  一石につかまって身を逆しまにし、彼はまず、がぼ……と心ゆくまでそこの谷水を飲んでから、 「ああ、美味《うめ》え。氷のようだ」  と、腰の竹筒へも汲み入れた。そしてもとの絶壁を、蔦《つた》に攀《よ》じ、岩にすがり、一歩一歩登りつめて、以前の青石のところへ戻って来てみると、はて、どうしたのか? 老母の破れ沓《ぐつ》と杖はあったが、老母の姿はどこにも見えないではないか。またさらに、呼べど叫べど、谺《こだま》ばかりで母親のこたえはない。 「や、や、や。血がこぼれている?」  李逵《りき》は総毛立った。泣きそうになった。 「おっかあ。……おっかあ!」  血しおのあとを辿《たど》って、くるくる、地面をあるき巡った。どこまでも、その血まなこを、さまよいつづけた。  するうちに、大きな洞穴《ほらあな》があった。前に草原をひかえた台地の蔭である。見ると二匹の虎の子が、人間の片足をしゃぶっていた。猫がまたたび[#「またたび」に傍点]を持ったようにジャレ戯《たわむ》れながら舐《ねぶ》り食らっている様子なのだ。――李逵は怒りに燃えた。――畜生っ、畜生っ、おれのおふくろをあんな啖《く》ってしまやがった! ――。一躍、彼は野太刀の下に、その一匹を叩き斬り、次の一匹を、洞穴の奥まで追いつめて突き刺した。しかし、そこで怨みは癒《い》えもしない。彼は慟哭《どうこく》し、なお、おふくろを呼びつつ、もがき泣いていた。  ――と、洞穴の外で異様な唸《うな》り声がした。わが棲家《すみか》のうちの怪しき気ぶりに鏡のような眼を研《と》ぎすまして帰って来た小虎の親の牝《めす》だった。 「うぬ、おらのおっかあを、初めに、餌食《えじき》の爪にかけたのは、この牝親だな」  李逵《りき》が息をつめていると、やがてのこと、牝は要心ぶかく、まずその尻ッ尾で洞壁を一ト払いしてから、徐々と後ろさがりに、奥へ躄《いざ》りこんできた。――脇差を抜き、狙《ねら》いすましていた彼の一|閃《せん》はとたんに、大虎の肛門《こうもん》をグサと鍔元《つばもと》まで突き刺していた。せつな、ウオオッという吼え声とともに、牝の巨体は、その臓腑《ぞうふ》の中に短刀を入れたまま、ころげ出て草原をまろび、彼方《かなた》の林へザッと躍り込んだ。それを逃がさじと、李逵は追ッかけ、林の全体も揺りうごくかと思われた。するとその時、 「あっ、べつな虎だ。また一匹出て来たぞ」  李逵は身を反《そ》らした。こんどこそは、彼もその身構えをかたくせざるをえなかったらしい。一陣の風に、牙を剥《む》いて、新たに出て来たのは、額《ひたい》の白い巨大な雄《おす》の虎であった。李逵がじぶんの老母を啖《く》い殺された怒りをそのままこの雄虎も、人間の残虐を怒ッていた。一|吼《く》一|震《しん》、うらむが如く、かッと赤い口を裂いて、その復讐に挑んでくる。 「くそっ」  一刀、虎のどこかを搏《う》ったが、その虎尾《こび》は、李逵の体を、はるかへ叩き飛ばしていた。虎は彼の上へ、腹を見せて、すぐ躍ッてくる。山が鳴り谷が吼《ほ》え、黒風、飛葉、つむじとなって、一瞬は何もかも目になど全くとまらない。  しばらくして、李逵はわれに返った。雄虎は朱《あけ》になってすぐそばに仆れている。自分も五体のどこかを咬《か》み破られたかと思ったが、どうやら立てる。いや歩いてみると歩けもした。……とはいえ、節々《ふしぶし》の痛さ、綿のような疲れ、野太刀を杖に、それからの彼は、まるで亡霊が歩いている姿に異ならない。そしてどこをどう歩いたやらの覚えもなかったが、夜の白々明け頃、 「ひゃっ? 旅の者、どうしたぞい、その姿は。そしてどこから来なすった?」  と、四、五人連れの猟師《りょうし》に驚かれて、彼自身もはっと自分に返った心地であった。 「お……。ここは麓《ふもと》の降り道か。じつアな土地《ところ》の衆、ゆうべ沂嶺《きれい》の上で、連れていたおらの大事なおふくろを、虎に啖《く》い殺されてしまってさ」 「げえっ、沂嶺を越えて来たって。それじゃあ、啖《く》い殺されねえ方が不思議なくらいだ。沂嶺の虎といったら、泣く子も黙るによ」 「そいつを、牝雄《めすおす》二匹、子を二匹、叩っ殺して降りて来たところだ。おふくろ様のかたきを打って」 「やいやい、黙ッて聞いていりゃあ、ほら[#「ほら」に傍点]もいい加減に吹くがいいや。むかしの李存孝《りそんこう》や子路《しろ》だって、たった一匹の大虎を退治してさえ、一世にその名が売れたんじゃねえかよ。なんで四匹の虎を……。あはははは。この旅人は気が変らしい。気狂いだんべ」 「勝手にしやがれ。嘘だと思うなら、嶺の上にある泗州大聖《ししゅうたいせい》の祠《ほこら》からひがしの、林や洞穴の近所をよく見て来てから物をいえ」  李逵《りき》は腹が立った。腹立ちッぽくなっていた。老母を亡《うしな》い、五体に虎の生血を浴び、妙に、虚脱と空腹の中間にあったのだろう。関《かま》っているのも馬鹿馬鹿しくなり、蹌踉《そうろう》として、なお、麓道《ふもとみち》を降りつづけていた。  ところが、麓の村を見た頃である。さっきの猟師たちに、なお里人数名を加えた一団が、 「おうい、旅の人、旅の人」  と、彼を追っかけて来、たちまち、彼を前後から敬《うやま》い奉って、なんとしても離れもしない。――のみならず、やがてそのあとからは、李逵が退治した虎四匹を、縄からげにして、村人三十人ほどが、神輿《みこし》のように肩架《けんか》に担《かつ》ぎ、 「さあ、大変だわ大変だわ。沂嶺《きれい》の虎を四匹、しかも、たった一人でこの通り退治した豪傑が、この村を通らっしゃるぞ。曹《そう》の大旦那のおやしきへもすぐ知らせておけ」  と、触れて通った。  村の曹閑人《そうかんじん》というのは、ひどく因業《いんごう》で欲張り者という評判で有名な小長者だが、これを聞くと、自身、門を開いて、 「豪傑。どうぞまあ、ご休息でも」  と、彼をわが家へ請《しょう》じ入れ、そして李逵から夜来のいきさつを聞くにおよび、いよいよ舌を巻いたことだった。そこで日頃はケチで因業な曹《そう》旦那も、これはよッぽど大したお方に相違ないと、庭園に酒食を出して、李逵から猟師たちまでを家人一同でねぎらった。 「ところで、大人《たいじん》、あなたさまのご尊名は?」 「おれかね。おらあ豪傑だの大人なんていわれるような者じゃねえよ。……むむ、名はあるさ。姓は張《ちょう》、名は大胆《だいたん》」 「へえ、張大胆と仰っしゃいますか。なるほど名は体を現わすとか」  こんなうちにも、曹《そう》の屋敷の外は黒山の人だかりだった。虎見物にと押しかけてきた村々の老幼男女は家人の制止もきかばこそ、内門の墻《かき》の辺まで混《こ》み入って来て。「あれだあれだ。沂嶺《きれい》の大虎二匹、子虎二匹」「なるほど凄いもんだぞ」「いや凄いのは、ただ一人で四匹の虎を退治なすった人間の方だよ」「その人間様は、どこにいるだか」「あのお方らしいて。あれあれ、曹旦那のそばでお酒を呑んでいる。あの色の黒い豪傑がそのお人じゃげな」などと、いやもうまるでお祭り以上な弥次馬《やじうま》騒ぎ。  と、その中に交《ま》じっていたのが、かの草簪《くさかんざし》を挿した李鬼《りき》の情婦《おんな》であった。つい昨日、山の居酒屋で見たばかりの顔だし、自分の情夫《おとこ》を殺されたあげく、行李《こうり》の底の物まで盗まれた恨みも深い。その李逵の姿であったから、 「あっ、あいつだ」  と、一ト目見るやいな、すぐ名主の所へ密告に走った。驚いたのは村名主で、かねて布令《ふれ》の廻っている江州荒らしの大逆人で首に三千貫の賞金が懸《か》かっている梁山泊《りょうざんぱく》の黒旋風《こくせんぷう》が、村に現われたとあっては一刻も捨てておけない。  すぐ使いをやって、曹《そう》旦那を呼び、かくかくと耳打ちすると、曹もまた仰天して、 「えっ? ではあれが、お尋ね者の黒旋風だったのか。そいつはたいへんだ。もし暴れだされたら一大事」  と、ふるえあがったが、しかし官へ突き出せば、三千貫の賞金にありつける。名主と山分けにしてもこれはまた大金儲《おおがねもう》けと、この因業《いんごう》旦那はたちどころに慾心の炎《ほむら》にもなった。  諺《ことわざ》にも“芥子《けし》は針の穴にも入る”とか。はしなくも草簪《くさかんざし》の女の眼から事は重大になって行った。沂水県《きすいけん》の県役署では、その日、村名主の密訴に接して、ただならぬ動きを俄に見せだしている。知事はただちに、捕手頭の李雲《りうん》を呼び出し、屈強な兵三十人を附して、 「犯人は四匹の虎と戦って、ひどく疲れているそうだが、それにせよ音に聞えた黒旋風であるぞ。衆を恃《たの》んで不覚をとるな」  と、すぐさま沂嶺《きれい》の麓村《ふもとむら》へ急派を命じた。 「なんの抜かッてよいものでしょう。かく申す青眼虎《せいがんこ》がまいるからには」  と、李雲は馬にまたがって先頭に立ち、沂嶺の近道を抜けて急ぎに急いだ。――この青眼虎の李雲という人物は、あだ名の如く、碧眼《あおめ》で羅馬《ローマ》っ鼻の若い西蕃人《せいばんじん》である。従って、ひげは赤く、四|肢《し》長やかで、しかも西蕃流撃剣の達人として沂州では評判な男であった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 虎退治の男、トラになること。 ならびに官馬《かんば》八頭が紛失《ふんしつ》する事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  いまや李逵《りき》はすっかり宋江《そうこう》との約束も忘れていた。梁山泊《りょうざんぱく》を立つさい、あれほどかたく、道中では一切酒を禁じ、杯を持たぬと誓って出てきたのに、持ったが病か、性来の単純さか、酒を見たがさいご、何ともはや、自分で自分の処理がつかない。  加うるに、曹《そう》旦那の胸には一|物《もつ》のあることなので、あれからもなお「豪傑豪傑」と、一家あげての歓待《かんたい》だった。虎の血だらけな衣服もかえられ、席を曹家の客楼に移して、灯を新たに、宵からまた飲みだしたのだから、もう幾箇の酒瓶《さかがめ》を空《から》にしたやらわからない。 「どうぞ豪傑、幾日でもご滞在なすって。そのうちに、虎の皮を剥《は》がせ、お土産《みやげ》として呈上いたしたいと存じまする。また県役署からも、往来の害を除いたかど[#「かど」に傍点]で、いずれご褒美のお沙汰もあろうと存じまするで」  世辞も過ぎては何とやらだ。曹旦那の口から、うっかり“県役署”の一語が出ると、さすが大酔の李逵もギクとした容子《ようす》であった。 「な、なんの沙汰だって。県役署。そんなところのご褒美などは要《い》らねえよ。虎の皮も欲しい奴にくれてやらあ。よかったらお前さんの褌《ふんどし》にでもするがいいや」 「ありがとう存じまする。ま、今夜はだいぶお疲れでもございましょうから、ひとまずどうぞご寝所《しんじょ》の方へ」 「ど、どっちだい? ……いったい、おれの寝るところは。いやに、だだッ広い屋敷だな」 「は。ただ今、ご案内させまする。おいおい何をウロウロしている。豪傑のお手をとってあげないか。おっとあぶない……。お足もとをよく気をつけて上げなさいよ」  曹《そう》旦那も自身、中廊下の角《かど》まで、世話を焼き焼きついて来たが、そこから奥は召使いたちの手にまかせ、あとはただ見送っていた。するうちに、李逵《りき》の姿は、大勢の影に囲まれて、一室の内へころげ入った。――いや内へ突きとばされたのだ。――そしてそこの扉《と》が外からすばやく閉められた途端である。どすんっ! と異様な物音が響き、つづいて、ず、ず、ずしんっ……と不気味な震動が一瞬、床下から家の中を揺すり渡った。 「よしっ。うまくいったな」  曹旦那は、ほくそ笑みをたたえて、自分の部屋へ引っ返した。そこには宵の頃から、村名主と李鬼の情婦《おんな》が連れ立って、首尾いかにと待ちぬいていたのである。  まもなく門前には、捕手頭の李雲の人数がどやどや到着した気配らしい。三人はさっそく首を揃えて、李雲を出迎え、 「これはこれは、ご苦労さまに存じます。お訴え申し上げたお尋ね者の黒旋風《こくせんぷう》は、大酒を食らわせたうえ、寝所へ引き入れ、一室に仕かけておいた床板落しの陥《おと》し穴へぶち[#「ぶち」に傍点]落しておきましたゆえ、どうぞ、官のお手にてお召捕りをねがいまする」  と、申し出た。 「どこだ? その部屋は」と、李雲は先に立って、奥へすすみ、兵を指揮して、床下穴へ喚《おめ》きかからせ、まだ酔の醒《さ》め果てていない黒旋風李逵の体を、高手小手にふん縛らせた。そして、生ける大虎を搦《から》めるような大騒動の下に、やっと外まで曳きずり出した。  すでに夜は白みかけており、村中はまたぞろ、昨日にまさる噪《さわ》ぎである。そんな中を、李雲の捕手隊は、縄付きの李逵と証人の曹旦那、名主、草簪《くさかんざし》の女などを引っ立てて、意気揚々、沂嶺《きれい》越えの向うにある県城の町へひきあげて行った。  一方、この噂は狭い田舎《いなか》町のことなので、たちまち一般にひろがっていた。わけて西門外で流行《はや》っている朱富《しゅふ》の飲屋にこれが聞えていないはずはない。前夜もう、客の口からこの事を知った朱富は、奥に隠れている兄の朱貴《しゅき》に諮《はか》って「どうしたものか?」と、まったく顔色も失っていた。 「弟、なんとも、おめえには、飛んだ飛ばッちりを食わせたが」と、朱貴も今となっては慰《なぐさ》めることばもなく、 「こうなっちゃ、気のどくだが、ここの店をたたんで、女房子ぐるみ、おめえも梁山泊《りょうざんぱく》へ行って、暮らして貰うほかあるめえ。やがてここへも江州奉行所の差紙が来るにきまってるし」 「兄き。そいつは覚悟だが、兄きの立場としても、みすみす、李逵がお縄にかかったのを見ちゃ、このまま、山寨《やま》へは帰られまいが」 「さ。それで俺もどうしたものかと、まったく思案投げ首だ。こんな弱ったことあねえ。いまさら言っても追いつかねえが、返す返す、あの酒好きの黒ン坊野郎[#1段階小さな文字](李逵をさす)[#小さな文字終わり]を、たった一晩でも、目を離したのが俺の落度だ」 「いっそ兄き、こういう手だて[#「だて」に傍点]はどうでしょう。どっちみち、店をたたんで土地を売るなら五十歩百歩だ。すこし荒ッぽいが、ぜひもねえ」 「というのは?」 「さいわい、捕手頭の李雲さんは、日ごろ店のお客だし、それとまた、あたしにとっては、剣術の師匠なんです。その人を騙《だま》すッてえのは辛いけれど、平常、青眼虎《せいがんこ》とあだ[#「あだ」に傍点]名のある李雲さんも、官途の者にはよく思われず、とかくいまの腐れ役人や宋朝《そうちょう》の悪政には、鬱勃《うつぼつ》たる不満を抱いているお人なんで」 「うむ、そいつはすこし、都合がいいな」 「ですから、一時は李雲さんを陥《おと》し入れても、後ではかえって、よろこばれるかもしれません。……とまあ、こっちの腹をきめといて、さて、こういう計略に出て、そいつが巧く中《あた》ればしめたもんですがね」  朱富は酒店《のみや》の一亭主だが、稼業柄《かぎょうがら》、日常よく人間に接して、世間や人間の機微《きび》本質によく通じているせいか、どうして、なかなかな才気だった。彼が朱貴へささやいた窮余の一策とは、果たしてどんな計略であったかは後として、とにかく、店を閉めたその晩の遅くから人知れぬまに、ここでは俄な夜逃げ支度が始まっている。  すなわち、店の若い者を督《とく》して、朱富は、自分の女房や子供らを一台の箱馬車に乗せ、また家財手廻り一切を、その馬車や手押し車に積みこんで、夜の明けぬまに、町端《まちはず》れの森の辻まで送り出していた。  こうして、翌日となるや、飲屋の店はまた、平日通りに店を開け、入口を掃《は》き清めて、西門外の賑わいの中に、さりげないお愛相《あいそ》ぶりを一ばい明るく、午下《ひるさ》がりの陽ざしを待ちすましていたのである。隣り近所、多少、変な物音も明け方に知ってはいたが、まさか、梁山泊への引っ越しとは、だれも気づいてはいなかった。 「黒旋風《こくせんぷう》が捕まったとよ」 「うそをつけ、沂嶺《きれい》の虎の間違いだろう」 「うんにゃ、四匹の虎を退治したあげく、こんどは自分が虎になって、あの因業《いんごう》旦那の曹《そう》に密告され、たったいま、県役署へ曳かれて行った」  町は七月の猛暑。その乾いた町は一日中、こんな噂で、わんわんと沸《わ》いていた。  ところが、たそがれ早めに、当の李逵《りき》だの証人たちは、再び県城の門から街道へ列をなして曳かれて来た。早くも刑場で処刑になるのかと、早合点な声もあったが、そうではなく、江州府送りの船積みとなるらしく、江岸に繋《つな》いである一船の船牢へ移されることになったのだった。 「もし、もし。李雲先生」  いましも列の先頭が、西門外の辻へかかった時である。飲屋の亭主|朱富《しゅふ》が、飛び出して来て、李雲の馬の前に腰をかがめた。 「どうもこのお暑いのに、ご苦労さまでございますね。沂嶺《きれい》の往来を悩ました虎族は退治されるし、あげくに、お尋ね者の黒旋風《こくせんぷう》をお召捕りくだすって、町のものにとっちゃ、こんなありがたいことはございません。祭りをやって、お祝いしてもいいほどでございますよ。ま、どうぞ店《みせ》さきじゃございますが、冷やッこい酒《の》を一杯おやりなすって、ちょっくらご休息でもどうぞ」 「いやいや朱富、気もちはありがたいが、明るいうちに大事な極悪人《ごくあくにん》を船牢まで移し終ってしまわんことには、何せい肩の荷が下りんでな」 「ま、そう仰っしゃらないで。せっかく、町の衆に代って、およろこびのため、あれに朝から冷やしておいた酒瓶《さかがめ》を、もう口まで切って、お待ち申しておりましたので」 「せっかくだが、役儀柄、その志もいまは困る。帰りに寄ろう。さあ、歩け歩け」  李雲は列を振向いたが、意地の汚い兵や獄卒たちは、酒の匂《にお》いに吹きくるまれて、もうテコでも動きたがらない。のみならず、店の若い者に唆《そそのか》されたか、一端の列をくずして、物蔭に隠れ、素早いとこをと、酒の碗《わん》をあばき合っている一ト群れさえある。 「ち……。しようのねえ奴どもだな」  李雲もついに馬を降りた。このまま行き過ぎては一部の兵へは不公平になる。飲み食いの恨みでは、あとあと、いつまで深刻な根をもって、意趣を上役にふくむなどの例は決して少なくない。そのためには、李雲もまた彼らとともに、飲んでやらねばならなかった。 「いかがです、先生、もうお一杯《ひとつ》」  特に、彼への杯には、朱富自身が、酌《しゃく》をしていた。――ほか数十人の兵ときては、酌の面倒や愛相《あいそ》はいらない。蜜《みつ》へたかった蠅《はえ》のような黒さである。一杯でもよけいに飲もうと、仲間喧嘩さえ起りかねない噪《さわ》ぎであった。  すると、その間、路傍の槐《えんじゅ》の木に縛りつけられていた李逵《りき》が、悲しげな声で叫んだ。 「やいやい捕手。後生だから、俺にも一杯のませてくれ。こうしているから、この口へ、一杯流し込んでくれ」  それは朱富の方へ言ったのだった。朱貴は見えないが、朱富がいる以上、何らかの計で、自分を助けてくれるつもりだろうと、暗《あん》に、反語をわめいてみたのである。 「ふざけるなッ極悪人め。飲みたければ、てめえにはあとで、溝《どぶ》の孑孑《ぼうふら》でも飲ましてやるから静かにしていろ」  朱富はわざと罵声《ばせい》を投げた。それを聞くと、兵どもはゲラゲラ笑って、口々の呶罵《どば》を肴《さかな》にまた飲んだ。李雲が、列へもどれ、と命じてもなかなか酒瓶《さかがめ》の周《まわ》りを離れようとはしない。  するうちに、一人の兵が「あッ、野郎っ」と街路樹の蔭で絶叫した。いや、とたんに仆れていた。振り向いた大勢の眼もすべて一瞬「――あっ?」といっただけで、あとは異様な静寂《しじま》がみなぎり渡っていた。――なぜなら、李逵のそばへ寄って行った一人の男が、彼の縄目を解き、その手へ野太刀をわたしていたのである。これは猛虎の檻《おり》を開けてやったようなもの。さらにはまた、野太刀を抜いた猛虎も、男とともに、のっそり、のっそりこっちへ歩き出している。 「朱富。行こうか」  李逵《りき》の縄を解いた男は、朱貴であった。弟の朱富は、ふふんと、辺りの顔から顔をあざ笑って、尻目にくれながら、 「おお、出かけよう。――が、待ちなよ、李逵」 「え。なんです」 「どうだ、まだ酒瓶の酒が余っているぜ。一杯ひっかけて行かねえか」 「とんでもねえ、そんな麻薬《まやく》の入っているやつは、いくら俺でもまっ平《ぴら》ご免だ」  なるほど、すでにその麻薬の効《き》き目だったのか。店の内や外、満地の兵たちはことごとく、ぶっ坐ったり横になったり、また或る者は、口から泡吹《あぶ》くをふいて、ただすこし手や足ばかりを海鼠《なまこ》のようにもがき合っているだけだった。 「ちッ……畜生。……謀《はか》ったな。や、やられたか」  ただ一人、こう叫んでは、起ちつ、また、こけまろびつ、必死に、あとを追おうとしていたのは、捕手頭の李雲一人だけだった。しかしすでに黄昏《たそが》れそめた町の灯をかすめて、李逵、朱貴、朱富、若い者一群の姿ははや遠くのものになっていた。  町もここから先は一望の野原でしかない追分《おいわけ》に、一ト叢《むら》の暗い夏木立の木蔭がある。そこに今朝から、家財を積んだ数|輛《りょう》の手押し車と、朱富の家族を乗せた箱馬車とが、心ぼそげに、待ち暮れていた。 「さあ、もう大丈夫だ。もう逃げるばかりだぞ」  朱富は飛んで来て、車上の女子らをそう励ましながら、 「ところで、手押し車なぞは、打捨《うっちゃ》ッて行け。目ぼしい物だけ箱馬車の方へ移して、無二無三、馬の尻をしッぱだき、ここから山東《さんとう》の方へ、車輪が壊《こわ》れるまで急いで馳《か》けろ。おれたちは、追手を要心しながら、すぐ後からつづいて行く」 「合点です」  朱富の店の若い者は、言下に、馭者《ぎょしゃ》台や馬車の尻へ飛び乗って、ムチを振鳴らし、またたくまに、野中の街道を、遠くへ没し去ってしまう。  ……じっと、見送りすましてから、李逵は初めて、頭を掻いてあやまった。 「兄弟、この通りだ、かんべんしてくれ。ついまた酒の上から、とんだ心配をかけちまって」 「覚えていろよ、李逵」と、朱貴はわざと、懲《こ》らしめのために脅《おど》して言った。「山寨《やま》へ帰ったら、統領はじめ、宋江《そうこう》先生や呉用《ごよう》軍師にもありのままに言いつけてやるからな」 「後生だ兄き、そいつだけは、ゆるしてくれ。あんなにまで、道中禁酒の誓いを立ててきたのに、男としての面目玉《めんぼくだま》もまるつぶれだ。悪くすると山寨《やま》を破門になるかもしれねえ」 「それほど性根《しょうね》には分っていながら、なんで因業《いんごう》旦那と有名な曹家《そうけ》の酒なぞ食らやがって、いい気になってしまったのか」 「よしてくれ。そんないい気なもんじゃねえよ。じつあ、せっかく連れに来たおふくろを、沂嶺《きれい》の上で、虎に啖《く》われてしまってよ、それからのやけ[#「やけ」に傍点]のやん[#「やん」に傍点]八、四匹の虎を叩っ殺した勢いで、ついまた大酒を飲《や》った始末さ。……むむ、それにつけ、いまいましいのは因業野郎の曹って奴だ。兄き、ちょっくら引っ返して、あいつの首を引ン捻《ね》じって来るからここで待っていてくれ」 「いや、おれも行く――」と、朱富もまた後ろを振り向いて「おれにとっては、師匠にあたる李雲《りうん》さんを、あのままには捨てておけねえ。いや、李雲先生の酒だけには、しびれ薬を軽く入れておいたから、今頃はもう麻薬《まやく》も醒《さ》めて、これへ追っかけて来る途中だろうぜ」 「そうか。もし李逵《りき》とぶつかって、間違いを起しては大変だ。それでは俺も」と、朱貴までが、二人とともに元の道へ一目散に引返した。  果たせるかな、途中、彼方の闇から韋駄天《いだてん》の如く走って来た者がある。それなん、青眼虎《せいがんこ》李雲であった。 「おのれ、曲者《しれもの》。よくも最前は」  と、李雲はたちどころに長剣を抜き払って立ちむかって来たが、 「待った! お師匠。これには深い事情のあること。まあお腹もたちましょうが」  と、朱富は彼の前に身を投げ伏せてまず詫《わ》びた。そして縷々《るる》と、李逵の帰郷のいきさつを語り、また朱貴が梁山泊《りょうざんぱく》の命で彼の付人《つけびと》として付いて来たことから、李逵の孝心もむなしく、老母を亡くしてしまった恨みなど、逐一《ちくいち》を物語って。 「師匠、そんなわけで、ここはどうしても、李逵を助けて山寨《やま》へ帰らねば、兄の朱貴も一分が相立ちません。そのため、恩人のあなたまで、苦計の毒酒を飲ませたりしましたが、でもあなたのお杯へは、麻薬もほんの少ししか、入れておかなかった次第です。いわば心ならずものこと。どうかひとつお怺《こら》えなすって」 「ふふむ……」と、李雲はうめいた。「……そんなわけか」と、いまは逮捕《たいほ》に出る気力も、満面の怒りも、俄にすうっと体から抜けてしまった感を自身どうしようもない態《てい》だった。 「したが弱った! おまえらを見逃してやれば、この李雲も同類とみなされる! 拙者は県城へ帰ることもできぬ」 「ごもっともです。ですが師匠、幸いにと申しては勝手ですが、あなたはまだ妻子も何もいらっしゃらないお独り身でしょう」 「だから、なんだと申すのか」 「いっそのこと、手前ども三名とともに、このまま梁山泊へおいでくださいますまいか。常日頃から、いまの悪政と官人の腐敗にはあいそがつきたと、よく仰っしゃっていたあなたのこと。梁山泊の漢《おとこ》どもとは、かならずおはなしが合うだろうと存じますが」 「しかし、山寨《やま》には名だたる晁蓋《ちょうがい》、呉用、宋江などのほか、ふた癖も三癖もあるのが大勢いるだろうに、おいそれと、この李雲を仲間へ入れてくれるだろうか」 「そりゃもう、おいでくだされば」と、朱貴もそばから助言を加えた。「――梁山泊では、双手を挙げて、一同お迎え申しますよ。まして朱富が多年お世話になった、剣術のお師匠でもあると聞けば」  とっさ、談合《はなしあ》いはここで急転直下ときまったが、いざ行こうとなると、いつのまにか李逵の影が見あたらない。「はて、あいつがまた、どこへ行ったのか?」と、怪しみ合っていると、そこへ疾風のごとく戻って来た李逵《りき》が、片手には曹《そう》旦那の首を提げ、また片手には、かの草簪《くさかんざし》の女の首の黒髪を引っさげて、 「おれを苦しめた奴は、こいつとこいつだ。腹癒《はらい》せにかたづけてきた。――沂嶺《きれい》の虎をあわせれば都合これで六匹だ。畜生に身を啖《く》われて、六道の辻で迷っているだろうおふくろも、これで浮かんでくれるにちげえねえ」  と凄烈《せいれつ》な笑い顔を見せて、その両手の物を三人に示すと、李逵は切れ草鞋《わらじ》でも捨てるように、それを路傍の藪《やぶ》だたみへ抛《ほう》り投げてしまった。そして。 「さ。もうこの土地に名残はねえ」 「オオ、おさらばだ。急ごうぜ」  各〻、踵《きびす》を回《かえ》して、急ぎかけると、 「いや、ちょっと待て」  李雲はなお、辺りを見ていたが、何か耳打して、三名の先に立ち、藪の横道へ走り込んだ。そこの突当りには、州の牧場管理所がある。李雲は牧夫《ぼくふ》小屋の牧夫を呼び出し、八頭の駿馬《しゅんめ》を目の前に揃えさせた。そして、李逵《りき》、朱貴、朱富、自分――と四人四頭の背にまたがったうえ、 「拙者は山寨《やま》へ初めてのお目見得だ。みんなが乗った馬のほか、べつな一頭ずつを手綱で曳ッ張って行こうじゃねえか。どうだな、この手土産《てみやげ》は」 「こいつはまたとねえ土産だが、しかし師匠、四頭もべつなのを曳ッ張って行くのは余計物じゃありませんか。第一急ぐ道中には邪魔くさい」 「いや邪魔にはならん。先に行ったという箱馬車には、朱富の若い者が幾人か付いてるだろう。すぐその若い者たちに乗せればいい」  聞いていた牧夫たちは驚いて叫びあった。 「捕手|頭《がしら》! 馬は県城の御用に持って行くんじゃないんですか」 「おおさ、われわれは、こよい万里の外へ馳《か》け去るのだ。追ッつけ県城の軍隊がやって来るにちがいないが、もしこれへ来て、李雲は何処へ行ったと訊ねたら、名の如く、雲に乗って消え失せましたと告げておけ」 「だめだっ、捕手頭ッ、それじゃあ、ここの官馬はお渡しできねえ」  前へ廻って大手をひろげ、俄に立ち騒ぐ牧夫の群れを、朱貴、朱富、李逵のそれぞれは、 「なにを言やがる、邪魔だてして、蹴ころされるな」  と、鞭《むち》をふるッて、払い退けた。  どうしてこれを、遮《さえ》ぎられよう。あッというますらありはしない。茫々《ぼうぼう》たる牧《まき》の平原を、東へ、ただ見る四騎、八頭の駒は、もう星の夜の彗星《すいせい》のごとく遠く小さくなっていた。さらにはこの四人が、その夜、またたくうちに先の箱馬車に追いついたことも間違いなかろう。かくて万里の外ほどではないが、日ならずして、彼らは、山東《さんとう》梁山泊《りょうざんぱく》の江畔《こうはん》に行き着き、そこの生々たる夏の風に、初めてほッと旅焦《たびや》けの顔を吹かれていたことだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 首斬り囃子《ばやし》、街を練《ね》る事。並びに、 七夕《たなばた》生れの美女、巧雲《こううん》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  無頼の徒《と》、さすらいの子、いわば天涯無住の集まりでも、なにか心の拠《よ》りどころは欲しいものか。  いつとはなく梁山泊《りょうざんぱく》の聚議庁《ほんまる》の奥所《おくが》には、星を祠《まつ》った一|宇《う》の廟《びょう》―― [#1字下げ]天星|地契《ちけい》  と額《がく》を打った道教まがいの祭壇ができていた。そして一味の同志を星になぞらえ、その数だけの燈明をつらねて、なお新入り仲間を迎えるごとには一燈一燈の数を加えてゆくを例とし、その星数もやがてはここに、天罡星《てんこうせい》、地煞星《ちさつせい》、百八星の宿業《しゅくごう》を、地上のまたたきとして見る日も近いかとながめられる。  さて、それはともかく。 「やあ李逵《りき》か。朱貴《しゅき》も無事に帰ったか」  山寨《やま》一同の者は、ふたりの帰泊《きはく》を迎えて大いによろこび、二人もまた、旅先のいちぶしじゅうを報告したすえ、伴《ともな》って来た青眼虎の李雲《りうん》と、笑面虎の朱富《しゅふ》とを、 「どうぞ、よろしく、ご一統のお仲間内へ」  と、推挙した。  もちろんこれは即決でみとめられた。いまや梁山泊が大となるにつれ、不遇不平な天下の才と侠骨《きょうこつ》を、いよいよここへ募《つの》ろうとする意志は仲間一同にも熾《さかん》だったのだ。 「そうか。笑面虎は朱貴の弟。また青眼虎は、西蕃《せいばん》流の撃剣の師だというならなおもって頼もしい。聞けば……沂水《きすい》県の沂嶺《きれい》で、黒旋風《こくせんぷう》[#1段階小さな文字](李逵《りき》)[#小さな文字終わり]のために、四匹の虎が殺された代りに、ここへ二匹の虎がふえたわけだな」  ここに。地契廟《ちけいびょう》の星燈《せいとう》は、また二ツの新たな灯を加え、例のごとく、新党員の紹介の盛宴もまたその廟前でおこなわれた。  ときにその席上で、軍師呉用が総統の晁蓋《ちょうがい》と、副統の宋江《そうこう》へ、一案の書類を見せていた。何かといえば、それは山寨の「職令」だった。  こう人材もふえ、ここも宛《えん》たる一小国となってきては、対官憲の備えからも、もはやただの浮浪山賊の群れ集まりではいられない。秩序も立たず守備も不安だ、ということからのかねがねな懸案だった。  すなわち。  渡口《とこう》の見張り茶屋は、従来の朱貴の店のほか、三ヵ所をふやす。  童威、童猛の兄弟とその手下に、西口の道に店をひらかせ、おなじく李立《りたつ》には山の南で。また北山の口には、石勇《せきゆう》をして新たな一店を設けさせる。  これで梁山泊四道の見張りはまず充分だろうから、次には、この宛子城《えんしじょう》そのものの大手、中木戸、内門の三|壁《ぺき》を堅固にする案だった。運河をつくり、内濠《うちぼり》をめぐらすなど、工事監督一切は、杜選《とせん》とそして陶宗旺《とうそうおう》の任とする。  また、もっとも大事な倉庫方《くりかた》――金品出納の事務などは――蒋敬を部長とし、蕭譲《しょうじょう》には、通牒や文書のほうを司《つかさど》らせ、金大堅に兵符《へいふ》、印形《いんぎょう》、鑑札などの彫刻|係《がかり》を。さらに侯健《こうけん》は、旗、よろい、かぶと、兵衣、すべて足拵《あしごしら》えまでの将士の軍装を調製する。  馬麟《ばりん》は、大小いくさ船の建造係。宋万は金沙灘《きんさたん》の一|寨《さい》に住む。王矮虎《おうわいこ》と鄭天寿《ていてんじゅ》もまた、ずっと下《しも》の鴨觜灘《おうしたん》へくだって、おなじく出城《でじろ》の一|寨《さい》に就《つ》く。  銭糧《せんりょう》の収入係には、穆春《ぼくしゅん》と朱富がえらばれ、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》のふたりは、聚議庁番《ほんまるばん》。――宋江《そうこう》の弟|宋清《そうせい》は酒庫《しゅこ》の監理をかねた宴会支配人に擬《ぎ》せられていた。 「どうでしょう、こんな配置では。あとの水陸は別表にしてありますが」  呉用の案に、晁蓋《ちょうがい》、宋江ともに異議はない。そしてその場で発表された。もちろん、それ以外な細かな職目《しょくもく》もかなりあった。  かくて泊内《はくない》は、いちばん強力な態勢となり、水寨《すいさい》では水軍の調練、陸地では騎馬、弓、刀槍のはげみはいうもおろか、陣鼓《じんこ》鉄笛《てってき》の谺《こだま》しない朝夕とては一日もないくらい。  ところが、ここにただ一人、 「はてな? あれきり消息もないが」  と、不安視され出した仲間があった。  百日の期限をきって暇を乞い、薊州《けいしゅう》の地へ母をたずね、また老師へ会いに行くといって去った公孫勝《こうそんしょう》の一清《いっせい》である。 「よもや仲間を裏切ったのでもあるまいが、いまだに帰らないのはいささか不安だ。だれか探りにやってはどうか」  こんな議が持ちあがったその翌日。――遊軍の一星、神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》は、みんなから選ばれて、 「戴君《たいくん》。君ならおそらく十日もあれば、たちまち、薊州《けいしゅう》中を見てこられよう。一つ調べてくれないか」  と、その探索使《たんさくし》にさしむけられた。 「こころえた。行って来ます!」  戴宗はただちに走った。こんな時こそ、“神行法《しんこうほう》ノ咒《じゅ》”がものをいって、梁山泊中、飛走の術ではこの人の右に出る者はない。脚には例の甲馬符《おまもりふだ》を結び付け、精進潔斎《しょうじんけっさい》、三日目にはもう沂水《きすい》県の境に入り、一山の嶺《みね》を疾駆していた。  すると山坂道のすれちがいに、腰は女みたいに細く、肩は隼《はやぶさ》のような角張った目のするどい男が、 「あっ、神行法の戴宗?」  と、手の管槍《くだやり》を地に突いて振返った。  風のごとく、そばをスリ抜けた戴宗だったが、ふと気になって呼び返した。 「おーいっ、若いの、ちょっと待った。どうしておれが戴宗と分ったかね」 「あっ、ではやはりあなたは戴宗どので」 「そういう、おまえさんは?」 「彰徳府《しょうとくふ》の楊林《ようりん》と申す者で、あだ名は錦豹子《きんびょうし》。……じつは二た月ほど前に、公孫勝《こうそんしょう》先生に行き会い、おまえもいつかは梁山泊へ行けと、お手紙までいただいておりましたようなわけで」 「拙者のことなども聞いていたのか」 「そうです。一日八百里を走る戴《たい》院長さまも、今では山寨《やま》にいらっしゃると」 「いい者に出会った。じつは云々《しかじか》な仔細《しさい》で、その公孫先生のあとを尋ねに来たわけだ。教えてくれんか、今おいでになる処を」 「いや、行きずりの居酒屋で、お別れしてしまったきり、さっぱり以後の消息は聞いていません。しかし、薊州管下《けいしゅうかんか》なら隈《くま》なく地理は存じていますから、なんならご案内いたしましょう」 「たのむ。そしてまた、望みとあれば、拙者が君を梁山泊へ連れて行ってやる」 「そう願えれば大倖《おおしあわ》せです。ですが戴院長、かなしいかな、てまえは神行法の術も呪文《じゅもん》も存じませんが」 「心配するな。拙者について、こうして行けば、自然に身も心も軽く、一日八百里の飛走ぐらいは何でもない」  戴宗は、彼にも呪符《じゅふ》を持たせて、大きく腹中の気を空《くう》へぷっと吐くやいな、楊林《ようりん》の腕を拱《く》んで飛走しだした。楊林は驚いた。馳けているとも、喘《あえ》いでいるとも思えないのに、道も草木も急流のごとく、後ろへ後ろへと去って行く。そして肩が切る涼風、面にあたる爽気《そうき》、なんとも堪らない快感だった。  山上は照り、山下《さんか》は雨らしい。  そして濛々《もうもう》と白い蒸雲《じょううん》のたち繞《めぐ》る千山万水。大陸の道は、その中を羊腸《ようちょう》と果てなくうねッているが、村里人煙は、それを見ぬこと、二日であった。 「戴《たい》院長。あれが有名な飲馬川《いんばせん》です」 「おお、絶景だな」 「ひとつ訪ねてみましょうか」 「どこを」 「こんな絶景の中ですが、裴宣《はいせん》、鄧飛《とうひ》、孟康《もうこう》といって薊州《けいしゅう》きっての三賊長が住んでいます。昔、てまえも知っていた仲で、三人三様、みなひとかどの男ですし、それにひょっとしたら、公孫先生の消息もそこで聞けるかもしれません」 「お。どんな山寨《さんさい》か叩いてみよう。ひとしく緑林《りょくりん》[#1段階小さな文字](盗賊仲間のこと)[#小さな文字終わり]の者なら、同じ毛色の旅烏がどこへ来ているかなんてことも、ちゃんと見ているかもしれぬ」  だが、この心あては、むなしく終った。そこの賊寨《ぞくさい》で訊いてみても、公孫勝の居処は、杳《よう》として誰ひとり知っていない。知れず仕舞いとなったのである。  しかし決して、訪ねたのは、むだではなかった。そもそも、ここの三賊首も、地契廟《ちけいびょう》の星の数に入るべき宿命であったものに違いない。これが、はからず天のひきあわせとなって、飲馬川《いんばせん》の山寨上《さんさいじょう》における一夜の盛宴から、たがいに志をかたり、身素姓《みすじょう》を名乗り合い、ついに義を結ぶこととはなった。  まず、目玉が血みたいに赤い、鄧飛《とうひ》から順に、こう名乗った。 「ご高名な戴《たい》院長にお目にかかり、こんなうれしいことはございません。あっしは嚢陽《じょうよう》生れのやくざ者、人肉を食らったむくいで、火眼《かがん》の狻猊《しゅんげい》とアダ名され、分銅鎖《ふんどうぐさり》の使い手と、自分ではウヌ惚れておりますが、そちらの兄貴二人にくらべたら、けちな野郎でございます。どうぞ兄貴の素姓《すじょう》をおききなすっておくんなさい」 「いや弟分から、そういわれちまうと、晴れがましくてちと後が困る。――が、有態《ありてい》に申します。自分は真定州の生れで、苗字は孟《もう》、名は康《こう》、あわせて孟康《もうこう》といい、本職は船大工で、それも大江《たいこう》を上下するような大船造りが得意です。……ところが、朝廷の官船奉行と気が合わず、大喧嘩の果て、緑林《りょくりん》なかまへ落ちころび、生れつき、こう肌の白いところから、玉幡竿《ぎょくばんかん》の孟康《もうこう》なんて、人から呼ばれておりますんで」 「いや、ごていねいに」  戴宗《たいそう》は、礼を返して、さてもう一人の頭目《とうもく》へ向い直った。その人たるや、一見、どこか傑出している。年配もまた、三人のうちではいちばんな年かさだった。  裴宣《はいせん》。またの名は、鉄面|孔目《こうもく》。  孔目とは、裁判所づきの与力の職名である。もと京兆《けいちょう》府の司法部に勤めていたが、公事《くじ》訴訟には、いつも人民の声を正しくきいて、少しも、よこしまないところから、逆に上司の奉行や腐敗役人からツマはじきされ、いささかな落度を大きく罪せられ、顔に金印[#1段階小さな文字](いれずみ)[#小さな文字終わり]を打たれて沙門島《しゃもんとう》へ流された。――いや流される途中を、ここにいた鄧飛《とうひ》、孟康《もうこう》などの輩《やから》が、義心のもとに、護送役人を斬って助け出し、わが山寨へかつぎ上げてしまったのだった。 「はははは。どうもあまり自慢にもなりませんな」  裴宣《はいせん》は、自嘲をふくんで、多くは語らない。  けれどそれがなお床《ゆか》しかった。すでに戴宗は連れの楊林からも聞いていた。――剣を持たせれば双手に二刀を使う達人であり、孔目《こうもく》の職に在った日は、曲事ぎらいの生《き》一本で、どれほどこの人の公事《くじ》扱いに救われた者があったかわからない、と。  これは人物だ!  戴宗は惚れこんで、切に、梁山泊《りょうざんぱく》への入党をすすめた。周囲八百里、宛子城《えんしじょう》、蓼児洼《りょうじわ》を中央に、それを繞《めぐ》る軍船、充《み》つる兵馬、天下四方の奇材は、いまやそこに集まっていることなどを熱心にはなして誘った。  すると、裴宣《はいせん》は、 「いや、よく知っています。四百余州にかくれもない梁山泊のことですからな。じつをいえば、いつかこんな機縁はないかと待っていたところなんで。……烏滸《おこ》な言いぶんですが、この山寨にも兵三百、財物十車、そのほか武器馬匹もかなりある。それを土産《みやげ》に、ぜひお仲間入りをえたいものと存じます。よろしく一つおとりなしを」  と、どこまでも謙虚であった。  戴宗はよろこんだ。そしてさて。 「これを聞けば、梁山泊の一統も、錦上さらに花を添えるものと、双手をあげて迎えるでしょう。……がいまは公孫先生をさがす旅の途中、その役目を果たしてから、帰途、もいちどここへ立寄って、ともに山東へお連れしたいと思うが、どうでしょうか」 「けっこうです。お待ちしている。だが、もう一日は」  と、裴宣は切にひきとめ、次の日はまた、飲馬川の眺望をさかなとして、断金亭の楼台で、終日、送別の杯と、また義兄弟の誼《よしみ》など酌《く》み交《か》わされた。――こうして、ここは去り、日ならずして、戴宗、楊林の二人は、薊州《けいしゅう》城内の街通りをあるいていた。  胸に小太鼓、腕には銅鑼《どら》を掛け、手にも喇叭《らっぱ》を持って吹き、一人で三人|楽《がく》の“道囃子《みちばやし》”をドンチャン流して来る男があった。身装《みなり》、ひと目で分る獄卒だった。  もうひとりの獄卒は処刑用の大きな“鬼頭刀《きとうとう》”をささげている。すこし離れて、柄《え》の長い青羅《せいら》の傘を、べつな獄卒が、かっぷくのいい堂々たる男の上に翳《さ》しかけて行く。  それぞ町中で囁《ささや》かれている首斬り楊雄《ようゆう》――またの名を病関索《びょうかんさく》の楊雄ともいわれている牢役人だろう。なにしろすばらしい羽振りである。  わけて今日みたいに、人民泣かせな悪党の処刑が行われての帰り途《みち》には、町の老幼が、紅絹《もみ》だの、花束だの、緞子《どんす》だの、種々な祝いを感謝のしるしに首斬り役人へ投げるのだった。それを拾い拾い、持ちきれないほど肩や胸に抱えて行く獄卒もべつにあった。 「おっと! 首斬り役人、ちょっと待たんか」 「誰だ。おれを呼ぶのは」 「軍の張保《ちょうほ》さ。踢殺羊《てきさつよう》の張保さまだよ」 「やあ、どなたかと思ったら」 「いやな奴に会ったと言いたいような顔つきだな。この薊州《けいしゅう》の治安はおれの手で守られていながら、おれをよくいう奴は一人もねえ」 「どういたしまして。今日、処刑してきた悪党もお蔭さまで捕まったようなもんでさ。……ひとつ、そこらで御酒《ごしゅ》でも一|献《こん》」 「うんにゃ、酒はいらねえ。銭で百貫、用立ててくれまいか」 「ご冗談を」 「せせら笑ったな、やいっ。てめえは元々土地者でもなく従兄弟《いとこ》にあたる先の奉行にくっ付いて来て、いつか今の奉行にも巧く取入っているだけのもんじゃねえか。軍のわれわれに、時折の挨拶ぐらいは当然だろ」 「てまえは、いくらでも、ご挨拶いたしたいが、なにせい、背中の一字がいうことをききません」 「背中の? ……背中の一字たあ何だ」 「これですよ」  楊雄がくるりと後ろを見せた。  猩々緋《しょうじょうひ》の服の上に、もう一重《ひとえ》草色|繻子《じゅす》の肩ぎぬを着ていたが、その背には「劊《ひときり》」の一字が大紋みたいに金糸《きんし》で刺繍《ぬいとり》してあるのであった。 「どうです、とっくりお目に入りましたかね」  依然、後ろ向きのまま、楊雄は薄ら黄ばンだ特有な皮膚に嘲侮《ちょうぶ》の笑みをたたえて見せた。  ――根は河南《かなん》生れの俊敏なつらだましい。その眼、その唇、鬂《びん》にもつながるばかりな長い眉、くそでもくらえといった風貌がある。 「しゃらくせえッ」  いきなり、踢殺羊《てきさつよう》の張保は、楊のからだを羽ガイ締《じ》めに締めあげながら、四ツ辻の蔭へ向って大きく吼《ほ》えた。 「それっ、おれがこうしているまに、たたんじまえ!」  どっと馳け寄って来たのは張保《ちょうほ》の部下だった。初めからの計画か。獄卒たちを蹴仆《けたお》し撲《なぐ》り仆し、彼らの持っていた祝い物をみな奪《と》り上げ、さらにこんどは、もがいている楊雄一人へかかって来た。 「あっ。……ひどいことをしやがる」  さっきから辻の一角に立ちどまって、これを眺めていた戴宗《たいそう》と楊林は、もう見ていられず、ひとつあの悪軍人めを、懲《こ》らしてやるかと迅《はや》い眼くばせを交わしかけた。  ところが途端に、その二人の足|許《もと》へ、大きな薪木《たきぎ》の束が、どさっと、抛《ほう》り投げられてきた。――見ると、ついそばにいた若い下郎風の薪木《たきぎ》売りが、もう喧嘩の中へ割って入り、兵隊どもを手玉にとって投げ飛ばしている。さらには、楊雄に加勢して、ひょろ長い踢殺羊《てきさつよう》の脛《すね》、腰、所きらわず、足攻めに蹴つづけていた。 「やあ愉快なやつ。身なりは粗末だが、たいした若者だぞ」  戴宗は、わざと控えて、形勢をみていた。そして、 「不義、非道、弱い者いじめ。そんな跋扈《ばっこ》をゆるさぬ街の鉄火の意気はまだ廃《すた》っていなかったな。……おお悪軍人のかったい棒め、とうとう、不ざまな恰好で逃げ出してしまったぞ。あっ、人斬り楊雄がこんどは追ッかけて行く。薪木《たきぎ》売りも一しょになって」  いつかあたりの見物人も散らかって、あとには薪木売りの薪木の束だけが残っていた。 「楊林、そいつを持って、向うの酒屋で飲んでいよう。そのうちにあの若いのが商売物を取りに返ってくるにちがいない」  案のじょう、やがて薪木《たきぎ》売りは戻って来た。  それを酒屋へ誘い入れて、戴宗は彼の侠気をたたえたり、その身の上などを聞きほじりながら、心ひそかに、  これもまた頼もしそうな。  と、はや一思案を抱いていた。 「そうですかい。……金陵《きんりょう》[#1段階小さな文字](南京)[#小さな文字終わり]のお生れで、そんなに諸国を歩きなすったか。そして、馬買いの叔父|御《ご》に死なれて、生業を失ったとはいえ、薪木《たきぎ》売りとはまた、お若いのに、思いきったものに成ンなすったな」 「ええ、資本《もとで》もありませんし、根ッからの鈍物。死に別れた叔父貴からも、今みたいな時世に、おまえみたいな馬鹿正直じゃあ生きてゆけねえぞッて、よくいわれていた私ですから」 「だが子供の頃から騎馬短槍には熟練なすっておいでとか。さいぜんも篤《とく》と拝見していたが、あれほどな腕前がおありなら、官途に志願しても」 「いや、そいつがですね、持ち前、いッち嫌いなんですよ」 「どうしてです」 「朝廷《おかみ》はでたらめ。政閣は奸臣《かんしん》の巣。ここら薊州《けいしゅう》あたりの安軍人までが、あんなざまじゃございませんか。私みたいな凡くらでさえ、何クソっていう気が底にありますからね」 「同感だ。いや全くそのとおり。しかし、そうばかりでもない天地もある。たとえば山東の梁山泊とやらいう男の集まりもあるしさ」 「失礼ですが、あなた、お名前は」 「ここに連れているのは弟分の楊林《ようりん》。そして拙者は……苗字《みょうじ》が戴《たい》、名は宗《そう》」 「えっ、じゃあもと江州の戴《たい》院長、あの有名な神行太保《しんこうたいほう》の戴宗さんは、あなたなんで?」 「叱《し》っ」  と戴宗は振り向いた。そのとき酒屋のかどから二十人余りの人間が、どやどやとここへ混み入りかけて来たからだった。しかも捕手目明し態《てい》の者ばかりである。彼は慌《あわ》てて銀子《ぎんす》十両を取出して、薪木《たきぎ》売りの手に握らせた。 「お若いの、いつかまた会おう……少ないが当座のしのぎに」 「と、とんでもない。こんなものを」  しかし、袂《たもと》をつかむ瞬間もなかった。とたんに、店の中は人間でいっぱいになり、戴宗、楊林の二人は、そのドヤドヤ紛《まぎ》れに、風の如く外へ出て行ってしまった。 「おお、恩人。ここにおいでなすったか」  一ト足おくれて入って来たのは、さいぜんの首斬り役人――病関索《びょうかんさく》の楊雄《ようゆう》だった。 「どうも思わぬお助太刀を。……お礼のことばもございません。お蔭で野郎は街中で大笑いを曝《さら》したので、ここ当分は、大きな面《つら》では歩けますまい。けれど、しがない薪木売りのお前さんが、あの腕前たあおそれ入りました。さしつかえなければ、お名を伺わせてくれませんか」 「苗字《みょうじ》は石《せき》、名は秀《しゅう》。――金陵《きんりょう》は建康府《けんこうふ》の産で、あだ名を※[#「てへん+弃」、(三)-132-2]命《べんめい》[#1段階小さな文字](いのちしらず)[#小さな文字終わり]三郎とよばれています」 「石秀さんか。これを縁に、不足でしょうが、この楊雄と、義の兄弟になっておくんなさいませんか。……てまえは当年二十九だが」 「わたしは二十八。ではどうぞ、弟同様に」 「おい、酒屋の御亭《ごてい》。別間で杯だ。そして手下のやつらにも、今日はぞんぶん飲ませてやってくれ」  ところへまた、楊雄の岳父《しゅうと》、潘《はん》の爺さんというのが、これへ馳けつけてきた。娘聟《むすめむこ》の一大事と聞いて、近所|合壁《がっぺき》の加勢を仰いで飛び出して来たのだが、わけを聞いて、 「やれやれ、ほっとしたわい。ご近所の衆、まアこっちへ入って飲んでください。……いや申しおくれました。おまえ様が娘聟を助けておくんなすった石秀《せきしゅう》さんで」 「はい、よろしくどうぞ。ただいま、楊雄さんから兄弟のお杯をいただきました石秀と申すものです」 「豪気な男ぶりだの。わしにも、聟の義弟《おとうと》、こんなうれしいことはありませんがな」 「おじいさん。どうぞ一つ、お杯を」 「はい、はい。ところでお前さん、もとのご商売は」 「死んだ叔父貴について、つい去年まで獣《けもの》いじりをしておりました」 「じゃあ、豚や羊の肉を解《と》くことも上手なわけだの。じつはわしも元は肉屋|稼業《かぎょう》。ところが一人の聟どのが、牢屋勤めのお役人となったので、いまでは隠居しておりますのさ」  いつか、もう灯ともし頃。――まだこれからと飲んでいる連中は、あと勘定として亭主にあずけ、三人は町端《まちはず》れに近い楊雄の屋敷へひきあげた。酔歩まんさん。楊雄は上機嫌で、 「女房、女房。出迎えないか。弟を連れて来たんだよ。弟を見ろ、おれの弟を」 「あら、……あなた」  厨房《くりや》の珠すだれを掻きわけて、良人《おっと》の前に、あきれ顔を見せた細腰《さいよう》の美人がある。三日月の眉、星のひとみ、婉然《えんぜん》と笑みをふくんだ糸切り歯が柘榴《ざくろ》の胚子《たね》みたいに美しい。 「ホホホ。またわたしをかつぐんでしょ。まあ、たいそうなごきげんですこと」 「嘘なもんか、ほんとだ。巧雲《こううん》。おまえもよく面倒を見てやってくれ」  巧雲とは、この新妻の名であった。七月七日、七夕《たなばた》の生れという珍らしい生れ性。そのせいか天性の肌には何ともいえない潜《ひそ》みがただよい、ものいえば息も香《か》ぐわしい風情がある。で、早くから艶色無双の評判がたかく、十六、前髪を剪《き》るや剪らぬまに、薊州《けいしゅう》の押司《おうし》、王に娶《もら》われたが、つい二年ほどで先立たれ、やがて楊雄に嫁《か》してからでも、まだ一年にもなっていなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 美僧は糸屋の若旦那あがり。法事は色界《しきかい》曼陀羅《まんだら》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  一方は、かの戴宗《たいそう》と、錦豹子《きんびょうし》の楊林《ようりん》。  以後、いくら歩きさがしても、ついに公孫勝《こうそんしょう》の消息は知れなかった。  そこで一おう引っ返そうということになり、約束のある飲馬川《いんばせん》へ立ち寄って、裴宣《はいせん》、鄧飛《とうひ》、孟康《もうこう》を誘い、偽《にせ》官軍の列をなし、蜿蜒《えんえん》、梁山泊《りょうざんぱく》へむかっていそいだ。  いわば戴宗としては、主目的の使命には失敗したが、代りに、錚々《そうそう》たる新党員四名と、三百の兵力、十車に余る財などを、みやげに連れて帰ったわけである。  賀莚《がえん》に歓迎の楽《がく》に、また新たな気勢を加えて梁山泊の山海は沸《わ》いた。しかしここにはしばらく語るべき事件もない。  話はもどって、薊州《けいしゅう》の街、楊雄《ようゆう》の屋敷における或る日のこと。 「どうだの、石秀《せきしゅう》さん。退屈かね」 「や、潘《はん》のおじいさんですか。退屈よりも、義兄《にい》さんや義姉《ねえ》さんに、余りよくしていただくので、なんともはや相すまなくて」 「そんな遠慮はいらないよ。ただ、お前さんは官途の仕《つか》えは大嫌いだそうだから、そっちへはお世話もできないと、聟《むこ》どのがいっている」 「ええ、どうも役署づとめは向きません」 「じゃあひとつ、肉屋を開いてみたらどんなものだろ。――屋敷の裏口は袋小路、そのとッつきに一軒、手ごろな家があいている。わしの隠居所とも斜向《はすか》いだしさ」 「あ、あの空家ですか。そいつはぜひ働かせていただきましょう。ご恩返しに」 「とんでもない。こっちでいうことばだよ。儲《もう》けは仲よく歩合《ぶあい》で頒《わけ》るさ。じゃあ聟どのが役署から帰ったら、さっそく相談するとして」  しかし、話はもう出来たも同様。楊雄夫妻も大賛成で、日ならずして“開店大売出し”の爆竹[#1段階小さな文字](花火)[#小さな文字終わり]、ちらし、慶祝の紅挑灯《べにちょうちん》などが、どんちゃん、ここの街角をにぎわした。  よく売れる。石秀もよく働く。それに潘《はん》爺《じい》さんが、あきない馴れた肉切り職人をひとり探してきて、石秀にはもっぱら仕入れ経営の方をやらせたので、この方もとんとん拍子。  こうしてまたたく二た月ほどは過ぎ、冬ぢかい秋の頃だった。 「ちと遠い村だが、豚、羊のいい売り物が出た。三日めには帰ってくるから店をたのむぜ」 「へい、行ってらっしゃい。旦那、そのお頭巾《ずきん》も着物も、さすがお屋敷の若奥様のお見立てで、よくお似合いになりますぜ」 「ばか。なにってやんで。肉切り職人は、暇があったら包丁でもよく磨《みが》いていろ。つべこべと、つまらねえ世辞などいうな」  出がけに、これが気色にさわった。そんな辻占《つじうら》も悪かったし、仕入れ向きはおもしろくなく、ついでに隣県まで足をのばして四日目に帰ってみると、なんと、店の戸は閉まっている。 「ああやっぱり? ……古《むかし》の人はいいことをいっている。“人に千日のいい顔なし、花に百日の紅《くれない》あらじ”と。……無理もねえ。兄貴は欠かさず役署づとめ。家のことはお構いなしの性分だ。そこへもってきて独り身のおれが、とかくあのきれいな義姉《ねえ》さんから、帯よ、頭巾よ、やれ肌着よと、あまやかされているのを知っちゃあ、近所の蔭口もそらおそろしい。そうだ、こいつを潮《しお》に身を退《ひ》こう」  中へ入って、持ち金残らず精算書にして帳場におき。またべつに、ざっとした遺書一本書きのこすやいな、さっとそとへ飛び出しかけた。だが、その袂《たもと》は、とたんに物蔭にいた潘《はん》の爺さんにつかまれていた。 「あっ、待たっしゃれ。勘違いしないで、ま、もいちど中へ戻って――この一両日、ぜひなく店を閉めたわけを、とっくりと聞いておくんなされ。どうも石秀《せきしゅう》さん、あんたもまた、おそろしい短気じゃな」  わけを聞いてみれば、まったく石秀の思い過ごしで、むしろ石秀は赤面して頭を掻くのほかなかった。 「じゃあ、おじいさん。今日はご法事があるってわけでしたか。まさか、それでとは思わなかった」 「じつは、うちあけたおはなし。むすめの巧雲《こううん》は、いちど押司《おうし》の王さんにかたづいていましたのでな」 「うかがっています。そのことは」 「ちょうど今日が先夫の王さんの一周忌にあたりますのじゃ。そこで娘がたってご法要を営みたいと言いますのでな、報恩寺のお坊さまもお招き申してありますのさ」 「それじゃあ、肉屋を閉めたのは当然だ。店の者も見えず、肉切り包丁までかたづいていたんで、さてはもう、わたしから身を退《ひ》いた方が世話なしかと考えましてね」 「めっそうもない。わしはこの年で、夜はカラ意気地がないし、聟《むこ》どのは忙しい体、どうでもおまえさんに、法要の手伝いやらお接待のさしずなどもして貰わにゃならん」 「わかりました。何でもやりましょう」 「もうもう、ここを出るなんてことは、夢々考えないでくだされ。わしもさびしい。聟どのもまた嘆きますわい」  楊《よう》家の内では忙《せわ》しない物音である。はや菩提寺《ぼだいじ》からは、法事の諸道具、仏器一切が運び込まれていたから、石秀《せきしゅう》は寺男とともに、祭壇をくみたて、仏像、燈明、御器《ごき》、鉦《かね》、太鼓、磬《けい》、香華《こうげ》などをかざりたてたり、また台所のお斎《とき》の支度まで手伝って、頻りに、てんてこ舞っていた。 「やあ、すまんね、石秀」 「オヤ兄貴ですか。お帰んなさいまし」 「いやほんとに帰って来たんじゃない。役署の手すきにちょっと様子を見に来たまでだ」 「じゃあまた、ご出勤ですか」 「こん夜は泊り番さ。いま女房にもいっといたが、万事君にお願いするよ。法要の執事《しつじ》なんてしたこともあるまいがね。はははは」 「何も経験です、どうかご心配なく」 「よろしく頼む」  主人の楊雄《ようゆう》は、女房への義理立てみたいに、午《ひる》過ぎ、ちょっと顔を見せたが、またすぐ出かけてしまった。すると、ほとんどそれと入れちがいに、一|挺《ちょう》の法師轎《ほうしかご》が、供僧《ともそう》二人をしたがえて、玄関さきの前栽《せんざい》へしずしずと入って来た。  潘《はん》じいさんが、慌《あわ》てて迎えに立ち。 「これは、方丈《ほうじょう》さま。ようこそおせわしいなかを」 「おお、ご隠居か。いつもお変りのうて」  轎の内から立ち出でた主僧《すそう》は、まだ三十そこそこか。ぷーんと、麝香松子《においあぶら》の香が立つ剃《そ》りたての青い頭から、色の小白い唇《くち》もとすこし下がったところの愛嬌黒子《あいきょうぼくろ》など、尼かとも見紛《みまが》うばかりな美僧であった。 「さ、どうぞ……、どうぞこなたへ」 「ご隠居。珍らしい物でもありませんが志ばかりです。どうぞ王押司《おうおうし》のお供え物に」 「おおこれは、貴重な香苞《こうづと》やら京棗《みやこなつめ》やらで……。石秀さん、さっそくご霊前へ」 「はい、はい。お茶もただいま、いいつけます」  石秀がそれを持って、奥の法要の間へ急ぎかけると、二階の階段から、花兎《はなうさぎ》の刺繍《ぬい》の鞋《くつ》に、淡紫の裳《もすそ》を曳いた足もとが、音もなく降りて来て。 「あら、秀《しゅう》さん。それいただき物なの」 「義姉《ねえ》さんですか。あちらへもう、ご方丈さまがお越しになっておりますよ」 「いま行くのよ」と、巧雲《こううん》はどこやら容子《ようす》が浮々している。法事姿なので、強い色彩や濃粧は嫌っているが、一点の臙脂《べに》は唇に濃く、ほんのりと薄化粧を刷《は》いた白珠のおもむきが、むしろ日頃の艶姿よりはなまめかしい。 「どれ。ちょっと見せてよ、それ」 「この香苞《こうづと》ですか」 「まあ、いい匂い。ねえ秀さん、これきっと沈香《じんこう》とか栴檀《せんだん》とかっていうものよ。あの方丈さまは、お生れは都で大きな糸屋の若旦那だったんですとさ。だから気がきいてるわね、こんなおみやげ一つにしてもさ」 「世間で報恩寺の裴如海《はいにょかい》……また海闍梨《かいじゃり》ともいわれているお方ですね」 「そんなむずかしい法名なんて、わたし呼ばないわ。ただ師兄《にい》さんて呼ぶのよ。だって、うちのお父《と》っさんは、古いご門徒《もんと》でしょ。だから如海兄さんが方丈さまの位置にすわるときなんかも、ずいぶんお世話したものだしさ」  こんな立話のまも、彼女はそわそわと鬂《びん》のおくれ毛や唇紅《べに》の褪《あ》せを気にして、また、つと鏡の間へ入って、身粧《みじま》いを見直し、それからやっと如海の前へ出て、婉然《えんぜん》と、あいさつしていた。 「これは」  と、裴如海《はいにょかい》は、生き仏のようにすうと椅子《いす》を立ち、いんぎんに、頭《ず》をさげる。  福州みどりの法衣、紫印金《むらさきいんきん》のケサ、その縧《ほそおび》も西域唐草《せいいきからくさ》の凝《こ》ったもの。  ――ことば少なに、あとは流し目で、 「いつも、おすこやかで」  と、ひとみに、えならぬ情気をトロと焚《た》いてみせる。巧雲《こううん》は、すぐ打解けて言った。 「いやよ師兄《にい》さん、そんなおかたいこと」 「ご主人は」 「こん夜は、宿直なので、失礼させていただきますって」 「それはそれは。じつはこんど、山内に施餓鬼堂《せがきどう》が建ちましたので、ぜひご主人のおゆるしをえてあなたにも一度ご参詣をねがいたいとおもっていましたが」 「ええ、ぜひ伺いますわ。いまの主人、わたしの出歩きなどは、頼りないほど、ちっともお構いなしですもの。……それ母が亡くなったときも、血盆経《けつぼんきょう》を上げていただいたままでしょ。その願《がん》ほどきだってしなければなりませんしさ」  そのとき、女中が茶を運んできた。巧雲は茶碗を受けて天目台に乗せ、碗《わん》の縁《ふち》を白絹で拭いた。そして、如海《にょかい》へささげ出すと、如海の指と女の白い指とが、碗を媒《なか》だちにして触れあった。そのあいだ、とろけるような眼にとらわれた女の眼もとは茶わんの中の茶の揺れみたいに何とも危なッかしい春情気《いろけ》だった。 「……ははアん。これだな、法事の目あては」  石秀《せきしゅう》は覗《のぞ》いていた。  客間の窓の掛布が隙《す》いている。ひょいと、如海がそれへ気がついて。 「や。あれは、どなた?」  巧雲《こううん》もビクとした。 「ま、いやな人ね。石秀さん、おはいり。そんな所に立っていないで」 「ご家人ですか」 「ええ、主人の義弟《おとうと》ですの」 「そうですか。どうぞご遠慮なく。わたくしが報恩寺の住持如海でございます」 「申しおくれました」と、石秀はそれへ来て―― 「金陵生れで、またの名、※[#「てへん+弃」、(三)-141-16]命《べんめい》三郎というがさつ者でございます。どうぞよろしく」 「ではお時間もせまりますから、外に待たせてある衆僧をひきつれ、改めて、ご法莚《ほうえん》へ参《さん》じ直すといたしましょう」  如海はいちどおもてへ立ち去った。  門外にはおくれて来た法要坊主が大勢時刻を待っていたのである。――ひとしきりは何の支度か、饒舌《じょうぜつ》の囀《さえず》りがただガヤガヤとかしましい。また何ともいえずなまぐさい。  古人も言っている。 「暴《ボウ》ナラズバ僧ラシクナイ。僧タラバ益〻《マスマス》暴。暴ナラバ愈〻僧ラシイ」と。  またこんな洒落た古言もある。  一字でいえば「僧」  二字でいえば「和尚」  三字でいえば「鬼楽官」  四字でいうならば「色中餓鬼《しきちゅうのがき》」だと。  なぜ色事と坊主とが古来こんなに観《み》られているのか。といえば、金持は金持で財貨や内輪事のなやみが多く、妻妾何号の数はあっても、とかく色情海の底までは溺れきれない。また貧者では、労働のつかれ、あしたの米ビツ、また、せまい屋根の下では、病人やら子供やらで、しんそこ女房に春情《こころ》をゆるし、うつつを抜かすわけにもゆかない。  しかるに坊主はどうか。  その肉体はやはり父情母血によって作られたもの。諸人とちっとも変ってはいない。そのうえ、身にきんらんを着、施主檀家《せしゅだんか》のふところで三度のお斎《とき》に飢《う》えは知らず、坐する椅子《いす》は高く、人に施すところは至って低い。住む伽藍《がらん》は殿堂をしのぎ、密房の時間はあり余る。自然、あたまのうちには念々、門外の娘、参詣の人妻、あれやこれの女、女、女、女ばかりの妄想がその有閑な肉体に住む。しかもほかに消耗《しょうもう》のない体なので、それの沸《たぎ》るや、女肉へ没するや、さだめし精力絶倫だろうという一般的な見方がなされやすいもぜひがない。  というわけで、石秀が男女《ふたり》を見る目もちがっていた。そしてまた、義兄《あに》の楊雄の身にもならずにいられない。業腹《ごうはら》が煮えてくる。面罵《めんば》してやりたくなる。 「こいつはあぶねえ。おれの性分がむらむらと出て来そうだ。といって、現場をつかんだわけではなし……」  このとき、はや衆僧は、如海《にょかい》に引率されて、奥の法要の道場へ乗込んでいた。香煙《こうえん》るると磬《けい》を合図に礼拝《らいはい》する。そして壇には「王押司霊位《おうおうしれいい》」の位牌《いはい》があかりにまたたいているが、この法要を何と見るやら受けるやら、と石秀は末座で見ていながら滑稽でたまらない。  献斎《けんさい》の礼、茶湯《さとう》の供養。そして一|座首《ざす》十坊主がいっせいに歌詠讃揚《かえいさんよう》するお経の仰々しさ。それが、おごそかなればなるほど、石秀にはくすぐったかった。――と、そのうちに施主《せしゅ》の巧雲が、楚々《そそ》と、前へすすんで香《こう》を拈《ねん》じる。誠《まこと》しやかなその合掌の長いこと。それと白襟《しろえり》あしのなまめかしいこと。たちまち、お経はみだれてきた。どの坊主の目もみな巧雲の乳だの小股《こまた》のあたりを愉楽《ゆらく》想像しているらしい。いや香《こう》よりも匂いのたかい女脂《にょし》の薫《かおり》がふんふんと如海和尚の打振る鈴杵《れいしょ》もあやふやにし、法壇はただ意馬心猿の狂いを曼陀羅《まんだら》にしたような図になってしまった。  たそがれ、やっと終って。 「どうも皆さま。こんにちは、ありがとうございました。さだめし、仏もよろこんで、成仏得度《じょうぶつとくど》したことでございましょう」  巧雲のお礼の辞につづき、石秀、潘《はん》じいさん、召使が先に立ち、 「どうぞ、あちらのお席へ」 「ゆっくりお斎《とき》なと召上がって」  と、別室のほうへみちびいて行く。  如海《にょかい》は、いちばんあとから、上気した青い頭に湯気をみせながら歩いていた。すると側へ寄り添って行った女が、そっと匂《にお》う手帕《ハンケチ》を袖から渡した。 「師兄《にい》さん。お汗が……」  あたかも、舞台を下りてきた俳優と、贔屓《ひいき》の女客のごとき観がある。汗にぬれた手帕《ハンケチ》を、巧雲は、さもいとしそうに、それで自分の唇をつつむ。紅蘭《こうらん》に似るその瞼《まぶた》にもいっぱいな春心《もの》をいわせながらである。  お斎《とき》は一|刻《とき》。やがて般若湯《はんにゃとう》[#1段階小さな文字](酒)[#小さな文字終わり]もすっかり廻ると、また祭壇へ出て宵のお経。また休息、またお経。明け方ぢかくまでそれがつづく。  次第にお経は乱調になる。坊主もみんなへべれけなのだ。猥談《わいだん》猥語《わいご》も出かねない。巧雲はおとりもちを人にまかせて、いつか小部屋の暗がりに如海をひきいれて口説《くぜつ》していた。 「ねえ師兄《にい》さんてば。……おちつかないのね」 「だって、檀家《だんか》先へ来て」 「あらいやだ。水くさい。わたしそんなつもりじゃありませんのよ。わからない」 「どう? ……。なにを」 「まあ、憎い。わかってるくせに。血盆経《けつぼんきょう》の願《がん》ほどきに、きっと行きますわよ。いいこと」 「しかし、昼にちょっとみた、あの義弟《おとうと》さんとかいう若いの。あの眼が気になるね」 「ち、あんなの、何でもありゃしない。いわば居候も同様なのよ」 「楊雄《ようゆう》さんだって、そうそういい顔ばかりもしていまい」 「だいじょうぶ。うちの良人《ひと》ときたら、お勤め第一の道楽なし。それにわたしのいうことならさ、なんだってもう」 「そんないいご主人があるくせに、どうしてこの身のような者へ」 「いけませんか。あなた、わたしをころす気、死んでもいいというの。いったいこんな心にしたのはだれなんです。ええ、くやしい」 「あ、しずかにおしってば。ほんとにおまえは」 「こまり者」 「なにさ、もう可愛くって」 「うそっ。ほんとなら、どうかして」 「そんなむりを」 「いや、いや。いや。……くるしい。あたし、どうかしてしまったのかしら」  甘いすすり泣きに一|瞬《とき》しいんとなったかと思うと、あまりにも早いうちに、廊《ろう》のどこかで衆僧の呼ぶ声がここの男女《ふたり》を驚かせた。 「海闍梨《かいじゃり》さま、海闍梨さま、紙銭をお焼きください。暁天でございますぞ」  有明けの空とともに、祭壇の紙銭を焚《た》き、それで回向《えこう》一切も終るのだった。  煙とともに、如海の轎《かご》と十坊主の列は、山寺へ帰って行った。あとは乱脈、あとかたづけがまた大変である。そんなところへ、楊雄はなにも知らず、役署から帰ってきた。 「やあ、ご苦労ご苦労。石秀《せきしゅう》、君がいちばん骨折りだったろう」 「お、お帰んなさい。なあに何でもありゃしません。まずまず、無事にすみました」 「女房のやつは」 「え。義姉《ねえ》さん、そこらに見えませんでしたか。じゃあ二階の寝室でしょう。ずいぶんおくたびれなすったろうから」 「すまんね。あとかたづけまで君にまかせ切りで。何しろあれは余り丈夫な体質でない方だからな。気だてはいい女なんだが、心でわびながら寝たんだろ。かんべんしてくれ」  わが女房である。恋女房でもある。義弟の石秀へも悪くは見せたくないのであろう。楊雄は女房に代って言いながら、二階の階段をのぼって行った。……ああ、何だッてまた、あんな気のいい男が選《よ》りに選った女をお持ちなすったのかと、石秀は階段の下からその後ろ姿を見上げて、ふと義憤の眦《まなじり》を熱くした。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 秘戯《ひぎ》の壁絵《かべえ》もなお足《た》らず、色坊主が百夜通《ももよがよ》いの事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  路次の角店《かどみせ》――一度は閉《し》めた例の肉屋をまた開業して――石秀《せきしゅう》はもうくだらないムシャクシャなどは、努めて忘れようとするものか、今日は早くから店頭に顔を見せ、客へもお世辞をふり撒《ま》いていた。  すると、午《ひる》すこし前のこと。  路次の奥から美しい女轎《おんなかご》がぞろ[#「ぞろ」に傍点]と出て来た。お供は小婢《こおんな》の迎児《げいじ》と、舅《しゅうと》の潘《はん》爺《じい》さんとで、二人とも清々《すがすが》した外出姿《よそゆきすがた》、常ではない。 「おや、おじいさん、どちらへ?」 「石秀さん、留守を頼むよ。今日はの、それ……わしの死んだ家内の血盆経《けつぼんきょう》の願解《がんほど》きでな」 「へえ。報恩寺へですかい」 「先だってのご法要の晩、お住持の海闍梨《かいじゃり》さまと、むすめの巧雲《こううん》がお約束をしたとやらで、聟どのの楊雄《ようゆう》も、そんなことなら行って来いと、機嫌よくゆるしてくれたというわけじゃ。帰りは晩になるかもしれないが」 「そうですかえ。行ってらっしゃい」  石秀は腕を拱《く》み、睨《ね》めすえるような眼で女轎《おんなかご》の巧雲を見送った。淫婦め! と口のうちでは言っている。そして、 「……気のどくなもんだなあ。何も知らずにいる気のいい兄貴[#1段階小さな文字](楊雄)[#小さな文字終わり]は!」  と肉切り台へ吐き出すように呟《つぶや》いた。  うちの良人《ひと》が拾って来て、店まで持たせてやっている厄介者《やっかいもの》の石秀――と見、巧雲は彼の眼のいろなど、気にしてもいなかったろう。心はただイソイソと先にある。むかしは糸屋の若旦那、いまは報恩寺のお住持となりすましている海闍梨《かいじゃり》の裴如海《はいにょかい》――その女にしても見ま欲しい姿へと、もうたましいは飛んでいる。  そこは薊州《けいしゅう》城外の古刹《こさつ》、さすが寺だけは山巒松声《さんらんしょうせい》、いかにも苔《こけ》さびた閑寂な輪奐《りんかん》だった。 「オオようこそ。ようおいでなされました。さ、さ、ずっとすぐ御本堂のほうへ」  山門で待ちかねていた海闍梨《かいじゃり》の如海《にょかい》は、衆僧とともに、先に立って内へ導く。  巧雲はもうぼウとしていた。彼女も今日は思いきり化粧をこらし、楚々《そそ》とついてゆく姿は、欄間彫《らんまぼり》の吉祥天女《きちじょうてんにょ》が地へ降りていたかのようである。  だが諸僧のてまえ、お互いは、眼と眼でものをいっているだけでしかない。由来、お寺の“逢曳《あいび》き”というものは、妙に秘かな春炎と妖情を増すものだった。釈迦《しゃか》の経《おしえ》、華厳《けごん》の呪《まじない》、真言《しんごん》の秘密。それと本能が闘って燃える。かつまた、世間離れした反逆の快《こころよ》いときめきなども手伝うものか。  客堂では、まず蘭《らん》を浮かした茗煎《みょうせん》[#1段階小さな文字](茶)[#小さな文字終わり]一ぷく。  ほどなく設けの施餓鬼堂《せがきどう》に入り、一同、神妙な回向《えこう》の座につく。看経《かんきん》二タ刻《とき》、巧雲は、御本尊の地蔵|菩薩《ぼさつ》までが、いつかしら裴如海《はいにょかい》の色白な顔に見えてきて、るると乱れる香煙の糸も妖《あや》しく、心は故人の願解《がんほど》きどころか、わが生身《なまみ》の願結《がんむす》びで、うつつはなかった。  やっと、やがて終って――。 「さあ、どうぞ奥院で、ご休息を」  と、一僧にいわれたときのありがたさ。潘《はん》の爺《じい》さんも、やれやれと腰をのばして、廻廊づたい、奥の小座敷へひき移った。  ここでは、精進《しょうじん》料理のお斎《とき》がある。轎《かご》かきの者、お供の迎児《げいじ》までが、別室でご相伴《しょうばん》の振舞いにあずかり、潘の爺さんは、持参の銀子《ぎんす》や織物などを差出して、 「ほんの、軽少ですが」  と、寄進におよぶ。 「まアまあ、そのようなお堅いことは」と、如海は収めながらも、すぐ一方で「どうぞ、今日はごゆるり遊ばして。さ、いかがです、おじいさん、もう一杯《ひとつ》」 「いやもう充分いただきましたよ。海闍梨《かいじゃり》さま。これはいったい何という御酒で」 「山門|自醸《じじょう》の銘酒でございますが」 「……道理で。こんな美味《うま》いお酒はついぞ飲んだことがありませぬわい」 「ホ、ホ、ホ。いいんですか、そんなに召上っても」 「巧雲。まアおまえも、一ト口いただいてごらんよ」 「いえ」と、如海はべつな銚子《ちょうし》を取って。「奥さまには、こっちのを差上げましょう。お弱いご婦人にはこの方が」 「ま。……酌《つ》いでくださいますの。もったいないこと」  そろそろ巧雲の沸《たぎ》る思いは姿態《しな》にもなって、眼もともとろり、肌の凝脂《ぎょうし》も匂《にお》い立つ。  淫僧、裴如海《はいにょかい》のこころもそこは同じ焦々《いらいら》だったに違いない。いつぞやの晩はむなしい交唇《くちづけ》だけで別れたこと。今日こそはの機会を外《はず》すわけはなかった。さればこそ潘《はん》爺《じい》さんの酒へは微量な眠り薬を混《こん》じ、巧雲へすすめたお銚子《ちょうし》のものへは媚薬《びやく》を入れてあったのだ。薬法もまた仏家《ぶっけ》でいう“未見《みけん》真実”なら、色坊主が女体開眼の方便として用いるのもまた、彼らには、いわゆる女人済度《にょにんさいど》の慈悲のひとつか。 「ま。嫌アねえ、おじいさんは。……すっかりいただき過ぎたとみえ、よだれを垂らしてしまって」 「奥さま。そっとしてお置きなさいまし。よろしいじゃありませんか」 「だって、あまり遅くなっても。……あ、わたしも何ですか、こう、少し酔ったみたい」 「ちょっと、こちらへ出て、風にお吹かれなさいませ。ここから先は、めったに、どんなお人も入れない所でございますが」 「ま。お静かですこと。まだ廊の先にお部屋があるんですの」 「私の部屋です」 「見せて。……いけません?」 「奥さまならば」 「嫌《いや》。……奥さまなんて。ねえ師兄《にい》さん、こないだの晩は、おまえといってくれたじゃありませんか」  煩悩《ぼんのう》の火は鉄も溶《と》かす。ましてや以前は糸屋の若旦那とか。出家沙門《しゅっけしゃもん》となったのも、因《もと》は女からで、色の道と借金づまりの世間|遁《のが》れ。――という前身の裴如海《はいにょかい》であってみれば、煩悩などは、今が今のものではない。女の良人|楊雄《ようゆう》の目を偸《ぬす》む恐ろしさは封じえないが、それにもまさる秘密な悦楽《えつらく》の唆《そそ》りは熟《う》れた果実のように巧雲の体から嗅《か》がれる。巧雲もまた、いまは触れなば落ちん風情《ふぜい》で、男の手へ。 「ごめんなさい、師兄《にい》さん。……わたし」 「おや、どうなすったえ」 「……なんだか。もう」 「そんなに飲みもしなかったのにね。いやすぐ醒《さ》めますよ。ちょっと、そこでお横になっては? ……ね、そうなさいよ」  次の間の帳《とばり》を引けば、当然、山僧が孤床《こしょう》の寝台は、五|戒《かい》三|帰《き》の菩提《ぼだい》の夢、雲冷ややかなはずであるが、どうして、迦陵頻伽《かりょうびんが》の刺繍《ぬい》の襖《ふすま》、紅蓮《ぐれん》白蓮《びゃくれん》の絵障屏《えぶすま》も艶《なまめ》かしく、巧雲は顔を袂《たもと》にくるんだまま、身を捻《ね》じ曲げて、 「アア」  と、練絹《ねりぎぬ》のようにそれへ横たわると、もう身も世もない姿だった。同時に、彼女の肌の蒸《む》れでもない妖《あや》しい香気、それも薫々《くんくん》と身悶《みもだ》えを感じるような匂いの底に焚《た》きくるまれる。  枕床《ちんしょう》にある宋青磁《そうせいじ》の小香炉《こごうろ》から、春情香のけむりの糸が目に見えぬ小雨の一ト条《すじ》ほどな細さに立ち昇っていたのである。それさえあるに、さきの酒には媚薬が混じてあったことゆえ、彼女の体のうちのものは正常な位置と唯のひそかな呼吸にあきたらず、誰かその唇を窒息《ちっそく》するほど吸ってくれて、そして体の奥所《おくが》のものに肉の縛《いまし》めと血の拷問《ごうもん》を加えてくれるような力を望むらしく、ウームとくるしげに眦《まなじり》さえも吊ッて、身もだえして見せるのだった。 「おくるしいんですか。え、お寝《よ》れませんか。上の着衣《もの》など、お脱ぎになっては」 「ひどいわ。薄情ねえ」 「あれ、泣いていらっしゃる」 「だって、泣かすんですもの」 「どうして」 「わたしをこんなにして」 「どうもいたしはしませんのにさ」 「だからよ。もう師兄《にい》さんていうひとは」 「ア、いた」 「食いころしてやりたい。わかっているくせに。ええもう、わたしを焦《じ》らして。離さない。離さない。もうどんなになっても」 「いいんですか」 「なにが」 「ご主人の楊雄《ようゆう》さんにさ」 「そんなこと、なんでいうの」 「それにあの、なんといいましたっけ。そうそう、石秀《せきしゅう》とかいう眼の恐い男もいるでしょ」 「あんなやつ。……ああわかった。あなたは恐いのね。恐くなったから、逃《に》げ口上《こうじょう》を仰《おっ》しゃるのね[#「仰《おっ》しゃるのね」は底本では「仰《おっ》っしゃるのね」]」 「憎い?」 「そのまあ平気なお顔。悪魔。白い悪魔みたい」 「いま知ったんですか、この如海を。私は色魔なんですよ。ほんとの私という者はね。だから自分が恐ろしいのだ。それでもいい? ……。それでも」 「知らない」  ついと、顔を横にする。翡翠《ひすい》の耳環《みみわ》が充血した頸《うなじ》で小さく揺れ、その眦《まなじり》のものは、喜悦《きえつ》を待ち焦《じ》れる感涙に濡れ光り、一種の恐怖と甘い涙の滴《したた》りが、グッショリと、もみあげの毛まで濡らしている。  如海はおもむろに女の羞恥《しゅうち》をとりのけていった。巧雲の肌は、そのまさぐりに絶えきれず、いくたびも白雪の乳房をのけぞらしては頸椎骨《けいついこつ》を前へ折り曲げ、そして唇を求めるらしい喘《あえ》ぎをみせた。だが如海の方はあわててその唇にすぐ唇を与えるでもなく、 「ネ……。いつも、楊雄はどんなふうにするの」  と、海棠《かいどう》の花みたいな耳たぶを、噛むでもなく舐《ね》ぶるでもなく、歯で弄《もてあそ》びながら囁《ささや》いた。 「酷《むご》いわ」  と巧雲は拗《す》ねて少し怒った。 「だから断っておいたじゃないか」  のしかかっていた如海の体は、後半身を揚げて顔を女の腋《わき》の下に埋め、そのあたりから徐々に乳部を残して柔軟な肌を舌で探って行った。女は縒切《よぎ》れるように身を縒《よ》じる。苦痛の火にちかいうめきを歯の根にかんで熱い息をあらく吐く。それがとつぜん死んだように熄《や》んだ。如海の青い入道頭の頸《くび》すじあたりに女の雪をあざむく太股が挙げられて、男の顔のありかもない。ただ津々《しんしん》と地下泉の湧く渚《なぎさ》に舌をねぶる獣《けもの》のうつつなさといった姿態《しな》。そしてそのうちに女の鼻腔《びこう》が昏絶《こんぜつ》のせつなさを洩らしたと思うと、彼はやにわに胸をのばして巧雲の唇へ移った。女は夢中で女自身の津液《しんえき》をふくんだ男の口を奪い、刹那、狂奮して顔を烈しくふるわせた。むしゃぶり啖《く》らう勢いで如海の舌のその奥の根元までを痛いほど吸った。なおかつ如海は加えるものを与えず、女の蘭瞼《まぶた》をむごたらしく上から見すえる。女は眸《め》も気も霞《かす》み、怨めしげに重なっている上の眼を見すえた。細めているが艶を超えて生き物の極美を放つような虹が女の眼の中に沸《たぎ》るとみると、如海ははじめて心に誇りきっていたものを悠々と女の望むところへ充たした。  叫絶《きょうぜつ》一|喚《かん》、これは唐風《からふう》な彼国《かのくに》の表情表現法で、わが国の春語のごとく、哭《な》くとはいわない。  きょきょとして泣く。すすり泣く。などというのは特有な日本的|閨房語《けいぼうご》で、極まるとき、一|叫《きょう》また一|叫《きょう》、叫ぶというのがあちらの男女の感受性らしい。「阿呀《ああ》一|声《せい》、身子已是酥麻了《みはしびれわたる》」といったような文字がよく見られる。前技、後技のことも、万国色道哲学における人類の研鑽《けんさん》はどこといっても変りはないが、その執拗度《しつようど》やねばりにおいては、多少、国情や体力の相違もあろうか。一|研《けん》一|擦《さつ》、三|深《しん》九|浅《せん》、緊々《きんきん》縮々《しゅくしゅく》、などという表字法にみても、別してこの裴如海《はいにょかい》ひとりがそう傑出した色坊主であったわけでもあるまい。むしろ四囲の環境と、姦通《かんつう》の秘味と、またその折の巧雲のからだの条件とにこのさいは問題がある。  なにしても巧雲は、この一ト出会いに頭の芯《しん》まで忘れられないものに焦《や》かれてしまった。となると、大胆さは男よりも女にある。彼女は別れ際に、次をせびった。しかし寺である。そう口実をみつけて通って来るわけにはゆかない。そこで次のような一策を案出した。  良人の楊雄は、月のうち半分は宿直で、勤め先の牢《ろう》役署から家には帰らない。――だから召使の迎児《げいじ》を裏口に出しておき、楊雄が不在の晩は、門口に線香を焚《た》かせておく。  しかし、ひょっとして、逢曳《あいび》きの寝疲れなどで、鴉《からす》の声にも目覚めずにすごしたら大変だから、朝まわりの頭陀《ずだ》[#1段階小さな文字](朝勤行《あさごんぎょう》に町の軒々を歩く暁の行者《ぎょうじゃ》)[#小さな文字終わり]をたのみ、朝々裏口で木魚《もくぎょ》を叩いて貰うことにしておけば、まず万一の心配もない。 「おいや? そうするは」  と、巧雲はながし目で言った。 「よいとも」と、如海もまた、この女の湿潤《しつじゅん》な肌の奥行きが忘れえず。「――寺に一人、気のきいた寺男がいる。それにたんまり握らせて、頭陀《ずだ》の役をやらせよう。だが、きっとだね」 「いやよ、あなたこそ、忘れては」  艶笑一|顧《こ》、女は、もいちどおくれ髪を調《しら》べて寺を立ち去った。そして屋敷へ帰ると、次の日は小婢《こおんな》の迎児《げいじ》に珠やら着物やらを買ってやり、これも手のうちにまろめこんだ。わずかな鼻ぐすりですぐ忠犬に変る“奴才《どさい》”の婢は、どこの家にもあるものか。――かくて、楊雄が家に帰らない夜といえば、線香の火と、この小婢《こおんな》の手びきで、頭巾を眉深《まぶか》にかぶった色坊主が、不敵にも、ほとんど一晩おきに、人妻の秘室へ忍び通うという不義の甘味を偸《ぬす》んでいた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 友情一片の真言も、紅涙《こうるい》一|怨《えん》の閨語《けいご》には勝《まさ》らずして仇なる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  世間、どこかには、眼があるものだ。  まして石秀《せきしゅう》はかねがね、臭《くさ》いと見ていたことなので、ここ一と月もたつと、 「……ははん。やってやがるな」  と、感づいていた。  頃は十一月《しもつき》初め。朝々はもう真っ白な霜なのに、夜明けまぢかというとよく、わざわざ袋路次の奥へ入って来て、ぽかぽか、木魚を叩きぬく頭陀《ずだ》がある。今朝も今朝とて、まだうす暗い外で、 [#ここから1字下げ] ……普度衆生《ふどしゅじょう》 救苦救難《きゅうぐきゅうなん》 諸仏菩薩《しょぶつぼさつ》 [#ここで字下げ終わり] 「……また、やってやがる。ちッ、気になって、これで目が覚めるともう寝られやしねえ」  肉屋の裏木戸から、路次を覗《のぞ》いて、一|喝《かつ》くれてやろうと思っていると、なんと、奥の楊雄《ようゆう》の家の裏門から、ひらっと、べつな頭巾《ずきん》姿の大男が出て来るなり、頭陀《ずだ》と一しょに、すうっと、表通りへ消えて行った。 「ああ、やっぱり、あいつだ。……お気のどくだなあ。奥の兄貴は」  彼には、もう見て見ぬ振りは出来なかった。第一気がクサクサして店の客へお愛相も見せていられない。ぶらっとその日、州橋の街通りを行きつ戻りつ、なんとか楊雄を役署から呼び出す法はないものかと考えていた。 「おいっ石秀《せきしゅう》。どうしたんだい。浮かぬ顔して」 「あ、兄貴か。いや今、思いきって、役署の誰かに頼んでと……考えていたとこなんで」 「おれにかい。おれに会いに?」 「へえ、折入ってね」 「いつだって、家《うち》で会える仲じゃあねえか。なんだって、わざわざ外で」 「兄貴。ここじゃ何ともおはなしが出来ません。ちょっと、一杯つきあっておくんなさい」 「君に奢《おご》らせる手はないよ。ここらは縄張り内だ。おお、そこへ登楼《あが》ろう」  橋畔に見える一亭。顔ききの楊雄である。先に入る。楼中の者、下へもおかない。 「料理も酒もそれだけでいい。呼ばないうちは、誰も来るなよ」  そこで楊雄は、あらたまって訊《たず》ねた。 「石秀。義の杯は、伊達《だて》に交わしたわけじゃあない。君の憂いは俺の憂いだ。さ、何でも打明けてくれ」 「いや兄貴。自分のことじゃあないんだ。じつは兄貴の女房――義姉《ねえ》さんのことにつきましてね」 「なに。巧雲《こううん》のことで?」 「へ。……言い難《にく》いなあしかし……。だが、いわずにもいられまい。兄貴、怒ッちゃいけませんぜ」 「ふーむ。何か巧雲に、おもしろくないことでも」 「大有りなんで。じつあ、お耳に入れるのも遅いくらいなんですが、報恩寺の色坊主と、とうにお出来になっておりますぜ。……さ、さ。そう目の色をお変えなすっちゃいけません。おちついて、私の眼玉が間違いか真か。あなたはご亭主。冷静にご判断なすっておくんなさい」  と、そもそも海闍梨《かいじゃり》の裴如海《はいにょかい》が、一|周忌《しゅうき》法要で屋敷へ来た夜のことから、以後の不審や、ちかごろ気づいた頭陀《ずだ》のことまで、またこの眼で、怪しい頭巾男が明け方抜け出る姿を目撃したことまですっかり並べたてて忠告した。 「ねえ兄貴。兄貴にとっても恋女房。せっかくなご夫婦仲を裂《さ》くようで、なんとも口が硬《こわ》ばりますが、どうも義姉《ねえ》さんというおひとは、いい心のお方じゃあありませんぜ」 「……。ありがとう!」 「やっ、急に。……兄貴、いったい何処へ?」 「知れたこと。離してくれ」 「だから言ったじゃありませんか。ここは胸にたたんでおきなすって、まあまあ、現場を抑えてからになさいまし。ご身分もある。世間|態《てい》もある。男のつらいところでさね」  なだめているところへ、役署の組下が、楊雄を探しに来た。その夜は非番だったが、奉行の自宅で、祝いに呼ばれていたのである。  石秀と街で別れて、彼はそっちへ出向いたが、鬱々《うつうつ》と、腹が煮えてたまらない。またいつにない彼の悪酔に、奉行や朋輩《ほうばい》も目をそばだて、もう飲ませるなと警戒したが、止めればこそだ、なおさら意地になって飲む。  結局、彼は配下の者に舁《かつ》がれて、ぐでんぐでんになって帰った。玄関は大騒ぎである。潘《はん》爺《じい》さんやら迎児《げいじ》やら、妻の巧雲もまた出て来て、さらに二階の寝室までかつぎ上げるといった騒ぎ。 「どうなすったの、あなたはまあ……」 「なんだと! この売女《ばいた》め」 「あら恐い目。ま、着物を脱いで、寝床《とこ》へお横になりなさいよ」 「触《さわ》るなっ。けがらわしい」  仰《あお》に寝たまま、楊雄は足をあげて、どんと彼女を蹴とばした。 「臭いっ、男臭いっ。あっちへ素去《すさ》れ!」 「酒臭いのはご自分じゃありませんか。どうかしてるわ、この人は」 「よけいなお世話だ。面《つら》を見るのもムカつくわ。すべた、私窩子《じごく》、消えて失せろ。この部屋に寝るのはゆるさん」 「じゃあ、勝手になさい。知りませんよ、風邪をひいても」  巧雲は唇の端をチッと鳴らしながら扉《と》を排して隣室へ行ってしまった。楊雄は大ノ字なりにふんぞり返っている。しかし眠れない。眠らんとすればするほど心炎《しんえん》はカッカと冴えてくるばかり。ついにまた、脚を床にドタバタさせて呶鳴《どな》りだした。 「巧雲、巧雲っ。……離縁状をくれてやるからここへ来いっ。やいっ、出て来いッていうのに、髪の毛を切って梵妻《だいこく》にしてくれるからここへ出て来いっ」  寝てもいられない。巧雲はまた良人《おっと》の部屋へ恐々《こわごわ》と入って行った。するとすぐ、彼女の悲鳴がヒーッともれた。しかしまたしばらくするとそれは、甘いようなすすり泣きに変り、夫婦らしい密語にしいんと密《ひそ》まッて、なお、しゅくしゅくと、五更《よあけまえ》の残灯《あかめ》もともにまたたき哭《な》いているふうだった。 「……じゃあ何か、巧雲、おれがいったのはみんな根もない嘘だと言い切るのか」 「く、くやしい、わたし……。嘘ッぱちにも何も、まったく身に覚えなんかありませんもの。みんなあの居候めの、つくり言《ごと》です、濡《ぬ》れ衣《ぎぬ》です」 「てえと……石秀の讒訴《ざんそ》だというわけだな」 「そうですとも、元々はあなたが、どこの馬の骨やらしれないあんな男を連れて来て、義の弟だの、やれ私を義姉《ねえ》さんだなンて、呼ばせるからツケ上がってくるんですよ。もう私だって、我慢はならない。言ってしまう! ……」 「何を」 「今日が今日まで、じっと我慢していたんですけれど。……畜生、わ、わたしにこんな汚名を着せて、あなたとの仲を裂こうとするなら」 「ま、まさか、夫婦仲を裂こうなんて、そんな石秀じゃあるまいに」 「いいえ、あなたのその人の好さ。それをあいつは、ちゃんと見抜いて、私までを誑《たぶ》らかそうとしてるんです。女の口からは、つい言えもしない言い難《にく》さから、今まで黙っていたのは、私も良くはありません。けれどそれは、かんにんして下さるでしょ。もう言ってしまいますから」 「何をおまえにしたというのか」 「はじめのうちは、うるさく艶書《つけぶみ》なぞをそっとよこしていましたけれど、しまいには図ウ図しくなって」 「えっ、艶書を」 「それどころじゃあないんですよ。あなたが非番の夜だというと、裏庭から忍んで来てさ」 「ここへか」 「いちどなぞは、私を手ごめにしようとさえしたので、私も覚悟したほどです。見てください、そこの化粧台の抽斗《ひきだし》を。いつも魔除《まよ》けの短刀を入れておくんです。つい、こないだの晩だって、私は刃を抜いて見せてやりました。乱暴するなら自分の手で死んでやるって。そしたら良人が仇を取ってくれるだろうといったら、こそこそ消えて行きましたけれど……」 「泣くな。……悪かった」  楊雄は、ごくっと、乾いた口に、息を呑んだ。元来が一|徹《てつ》である。真《ま》にうけると、急傾斜する。  ど、ど、ど、と足音あらく階段を降りて行った。そして隠居所の潘《はん》爺《じい》さんを呼び起し、ふた言三言、何かいっていたと思うと、まだ空も暗いのに、役署の方へ行ってしまった。  潘爺さんはまごついた。「――今日限り角《かど》の肉屋をたたんじまえ、店の諸道具も、豚も羊も物置へ叩ッ込んで店仕舞《みせじま》いの札を出せ」と、いいつけられたのである。またすぐ役署からは牢屋勤めの楊雄の配下の者がやって来て、たちまち外から戸をコジ開け、潘爺さんの手も借らず処理してしまった。そして豚の股を何本も肩にかついでゲラゲラ笑いながら退散した。  事の急変と、その荒ッぽさに驚いたのは、店の一室で寝ていたあだ[#「あだ」に傍点]名、※[#「てへん+弃」、(三)-164-3]命《べんめい》[#1段階小さな文字](命知らず)[#小さな文字終わり]三郎の石秀《せきしゅう》である。むらむらッとしたが、すぐ否《いや》と、胸をなでさすった。 「……兄貴に科《とが》はねえことだ。現場を抑えぬうちは決して言いなさんなよと、あれほど堅く断ッといたのに、つい女の顔を見た業腹《ごうはら》まぎれ、責めなすったに違いない。そこで淫婦の持ち前、逆手と出やがったものとみえる。ふふん、考えてみりゃあ、世間ありがちな犬も食わねえことかもしれねえ。まずは大人しく引き退《さ》がろうかい」  元々、気らくな流浪三界の身、すぐ荷物を取りまとめ、店の現金、出入り帳、きれいに揃えて、潘爺さんの隠居所へ抛《ほう》り込み、朝飯も食わずにぽいと飛び出した。そしてそのまま薊州《けいしゅう》の地を去ろうとしたが、 「いや、待てよ」  彼は町端《まちはず》れの木賃宿に泊りをとって、その日一日考えた。  性来の淫婦といっても、ひと通りな巧雲《こううん》ではない。かつは情夫《おとこ》の裴如海《はいにょかい》がしたたか者。わるくしたら行くすえ邪魔者の楊雄《ようゆう》に一服毒を盛らないものでもない。そんなことにいたらないまでも外聞がある。楊雄の面目はまるつぶれだ。薊州の男が一匹すたる。 「一宿一飯の恩はさておき、かりにも、いちどは義を結んだ兄弟を」  彼は思い直した。一思案に向ったのだ。楊雄が宿直の日はわかっている。――その晩、丑満《うしみつ》ごろに木賃宿を出て、五|更《こう》の前から以前住んでいた袋路次の角《かど》にひそんで期すものを待ちかまえていた。とも知らず、例の乞食|頭陀《ずだ》が、やがて木魚を叩きながら、路次口へ入りかけて行く様子。しめたとばかり――いきなり跳びかかって「やいッ、声を出すな」と頭陀《ずだ》の襟元を引っつかんだ。 「いるんだろうナ。ゆうべから」 「な、な、なんでございますか。てまえは、何も」 「しらばッくれるな。密夫《みそかお》の如海《にょかい》坊主が、巧雲の寝間にもぐり込んでいるだろうと、訊いているんだ」 「へ、へい……。よくは存じませんが、その」 「まあいい。着物を脱げ。頭陀袋も、木魚もそこへ置け。裸になれ、裸に」  頭陀はふるえ上がった。いわるるままに、章魚《たこ》のような物が出来上がり、ガクガク歯の根をならして地に坐りこむ。石秀はすぐ自身の衣類を彼のと着替えて、 「てめえはちょっと眠っていろ」  と、喉の辺を、ひとつ締めた。頭陀はかんたんに目を白くして仮死してしまう。それを肉屋の裏口へ抛《ほう》りこんで、彼自身頭陀その者になりすまし、奥の屋敷の塀に添って、裏門の辺をうろつきながら……普度衆生《ふどしゅじょう》……救苦救難《きゅうぐきゅうなん》……諸仏菩薩《しょぶつぼさつ》……ポクポク、ポクポク、木魚《もくぎょ》をたたきぬいていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 薊州《けいしゅう》流行歌のこと。次いで淫婦の 白裸《びゃくら》、翠屏山《すいへいざん》を紅葉にすること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「お。頭陀《ずだ》の木魚が聞える。もう夜明け近いのか」  前夜からの濡れ事に、ぐっすり寝込んでいた裴如海《はいにょかい》は、あわてて法衣《ころも》を着込み、長頭巾をかぶり出した。  白粉《おしろい》の痕《あと》もないほど、巧雲《こううん》も性《しょう》を失った姿で寝入っていたが、後朝《きぬぎぬ》ともなれば、まだ飽かない痴語《ちご》も出て、男の胸へ纒《まと》いつく。 「何さ、またすぐ会えるじゃないか。幾日もの別れじゃなし……」  如海ひとりがスッと出て行くと、階下の廊では小婢の迎児《げいじ》が提洋灯《てらんぷ》をさげて待っている。――手筈は毎々の順序どおり。カタンと裏門の閂《かんぬき》を迎児が外《はず》すと、とっさに如海がひらと表へ抜けて出る。  ポクポク、ポクポク、頭陀《ずだ》の影は塀《へい》の角で、しきりとまだ木魚を叩いてるばかり。「――おや、頭陀のやつ。どうしたんだろ、いつになく?」と如海は、自分から馳け寄って行き、 「よせ。木魚はもういい。帰るんだよ、帰るんだよ」  と、一ト声叱ッた。そして、先にそこの路次から表へ走りかけたが、とたんに何かがその襟《えり》がみをぐんと後ろへ引きもどした。 「和尚《おしょう》っ。ちょっと待て」 「げっ?」 「じたばたするな。こう、ふん捕まえたら逃がすこっちゃあねえ。俺の面《つら》には覚えがあろう」 「ヤッ。おぬしは」 「この世の見おさめによっく見ておけ。楊雄《ようゆう》の義弟分《おとうとぶん》、※[#「てへん+弃」、(三)-167-8]命《べんめい》三郎の石秀だ。よくも兄貴の面《つら》に泥を塗りゃあがったな。うぬっ」 「あっ、た、たすけて」 「してえ三昧《ざんまい》な真似しやがって、虫のいいことをぬかすな。この極道《ごくどう》坊主」 「わ、わかれる! いつでも、女と別れますから」 「くそ。もう間に合わねえ!」  石秀は相手のもがきを後ろから抱きしめたまま、右手の短刀で如海のわき腹を深く刺した。抉《えぐ》りまわし、抉り廻して、どんと捨てた。  霜の路次を、さっと鮮血が流れ走る。彼は、如海の頭巾や法衣を剥《は》ぎとって手に抱え、路次から往来へ飛鳥のごとく躍り去った。……と、まもなく夜は白々明け。世間のあちこちでは、戸を開ける音。車の往《ゆ》き来《き》。 「たいへんじゃ。人殺しじゃ。裸のお坊さまが殺されている!」  いちばん先に、路次の死骸を見つけて騒ぎ出したのは、毎朝これもきまってこの辺へ手車の鈴を鳴らしながら廻って来る、餅粥《もちがゆ》売りの爺さんだった。さあ騒動である。往来はすぐ人の山。役署からは検死が来る。目明しが近所一帯を洗って聞き廻る。  死体は、報恩寺の如海とすぐ知れた。もう一人の頭陀、これは気絶していただけなので、すぐ息を吹っ返し、裸のまま拉致《らっち》された。頭陀は報恩寺の納所《なっしょ》、胡道人《こどうじん》というやつ。彼の白状で事はあらまし奉行所の調書にのぼった。  ところがまずい。事件は牢役署勤めの官人|楊雄《ようゆう》の妻の姦通沙汰だ。おそらくは楊雄がそれを知って、他人の手で姦夫《かんぷ》如海を殺させたものにちがいなかろう。と奉行所では観《み》たのである。  奉行は処置に窮した。巧雲が、楊雄の恋女房とは日頃の私交上でわかっている。彼に同情せずにいられない。かたがた、頭陀の白状でも、如海の悪行はあきらかなので、これは極小に内輪扱いとしておくに限ると考えた。で、報恩寺内の全坊主の呼び出しや犯人捜査の令は、型どおり行ったが、楊雄には、一片の証言を取っただけで、おかまいなしとなった。  巧雲は、ぞーっとしたろう。潘《はん》の爺さんも、きもを冷やしたにちがいない。だが、娘のことである。爺さんも、ぷつんと、口を閉じて、以後これについては、何も世間へ語らない。  けれど、世間には目がある、口がある。  妙な俗謡が、薊州《けいしゅう》の町では流行《はや》りだしてきた。 [#ここから2字下げ] 羅傘《らさん》 さんさん 銅鑼《どら》 どんどん 肩で風切る病関索《びょうかんさく》[#1段階小さな文字](楊雄のアダ名)[#小さな文字終わり]も 惚れた女房は 斬りよもないよ 惚れた弱味じゃぜひもない 和尚ヌクヌク 頭陀《ずだ》ポカポカ 如法闇夜《にょほうあんや》の 玉門《ぎょくもん》じゃもの いちど潜《くぐ》れば 忘られないよ 泳ぐ血の池 ぜひもない [#ここで字下げ終わり]  町の酒場の妓《おんな》も唄う。辻でも子供が唄って囃《はや》す。楊雄《ようゆう》の耳に入らぬはずはない。楊雄は囃《はや》されている自分をあわれむとともに、以来影を消し去った義の弟|石秀《せきしゅう》を思い詫び、 「どうかして、もいちど彼に会いたいもの」  と、ここ毎日、役署の行き帰りには、彼の居所を探していた。そしてついに、町端《まちはず》れの木賃宿に、彼のいることを突きとめ、会って、とたんに、はらはらと涙をたらした。 「石秀! ……。すまなかった。君の忠告をアダにしたこの腑抜《ふぬ》け者。わらってくれ、ゆるしてくれ給え」 「なんの、兄貴が分ってくれさえすればそれでいいんだ。もしかしてまたも女房の口に言いくるめられて、逆にこの石秀をお恨みなすっているんじゃないかと、私もついこの土地を去りえず、もういちど兄貴に会い、そして動かぬ証拠もお見せした上で立ち退《の》こうと思っていたんで……。ま、念のため、ごらんなすって」  と、石秀は血の乾いた如海の頭巾《ずきん》法衣などを取出して、彼の前に示し、これでもう今は心残りもない。義の杯はお返ししよう。これをもって自分は他国へ退散すると言い出した。 「いや待ッてくれ」と、楊雄は色をなして。「義兄弟の杯とは、そんな軽薄なものではあるまい。君はそれで気がすんでも、俺の心はすまない。また楊雄の男が立たぬ。もう一日待ってくれ」 「兄貴。待ったら、どうする気なのだ」 「女房の巧雲から、君へむかって、詫びをいわせる。すまないが、明日の午《ひる》、城門外の翠屏山《すいへいざん》へ来てくれないか」 「翠屏山? あの人里離れた山の上か」 「そうだ、きっと待ってるぜ。久しぶりに一杯というところだが、お互い胸のつかえを持っていては、美味《うま》くもあるまい。あしたをすませた上でとしよう。じゃあ石秀、間違いなく」  と、楊雄は再度念をおして、帰って行った。  あくる日、石秀は、旅包みを背へ斜めに結び、 「おやじさん。お世話になったね。また旅烏さ。あばよ」  と木賃のはたご代を払って出て行った。いずれともなれ、もう薊州《けいしゅう》にはいないつもりらしい。  翠屏山《すいへいざん》は、薊州東門のそと、郊外二十里のところ。全山は墓地であり、丈《たけ》なす草、樺《かば》、白楊《はくよう》の茂み、道は磊々《らいらい》の石コロで、途中には寺も庵もなく、ただ山上に荒れ朽ちた岳廟《がくびょう》があると聞くばかり……。 「ほ。轎屋《かごや》か。そこにいる連中は」 「へえ、轎屋です。楊家の旦那と奥さまをお乗せ申して来たんで……。するってえと、岳廟のお詣《まい》りをすますから、麓《ふもと》で待てと仰っしゃいます。そこでこう、暢気《のんき》にみんなで御酒を頂戴しているという寸法でござんして」 「そいつアいい。めずらしいお日和《ひより》だからな。酒も風流に飲めるだろう。……じゃあ楊雄さんご夫妻は、もう先にお着きだね」 「とっくに山上でございますよ」 「ちと、遅かったか」石秀は足をはやめた。  谷も、鳥の声も、目の下に沈む。 「おう、兄貴」 「やあ、来てくれたか、石秀」 「待たせたらしいな。すまない、すまない。が、どうなすったんです。義姉《ねえ》さんは」 「巧雲か」 「どこにも見えないじゃございませんか」 「いや来ている。いま会わせるよ。……が、まず寂《しず》かな景だ。一杯《ひとつ》、息やすめに飲まないか」 「麓で轎舁《かごか》きたちも飲んでいた。じつあそれを見てから、急に喉《のど》がグビついていたところでさ。一杯いただきましょうか」  岳廟の前に並んで腰をかけ、楊雄がたずさえて来た二箇の瓢酒《ふくべざけ》も、たちまち二人でカラにした。 「どれ……」と、楊雄はさきに腰を上げ、「じゃあ、石秀。巧雲に会ってもらおうか」 「お。どこにいるのか」 「この裏だ」  数歩。――石秀はそこで、ぎょッと立ちすくんでしまった。  巨木の幹に、半裸とされた女が縛《くく》り付けられている。  巧雲だ。すこし離れて、小婢《こおんな》の迎児《げいじ》も縄目のまま、灌木《かんぼく》の中に打《う》ッ抛《ちゃ》らかしてある。 「兄貴、いったい、これは? ……」 「約束どおりさ、巧雲から君へあやまらせるのだ。……ここまで、女房《こいつ》を連れ出すにも、なかなか、なんのかのと言い渋るので手拈《てこ》ずッたが、俺の夢見に二タ晩も岳廟の神があらわれて、きょうまでの魔邪《まがつみ》は水に流し、以前の夫婦仲を誓い直せと、お告げあったから行こうじゃないか……と、うまく誘い出して来たわけさ」 「それはいいが、なんでまた、こいつは余りに酷《むご》い仕置じゃないか」 「酷いって。……うむ、それは君が、この楊雄へ義理立てに言ってくれるのだろうが、石秀、君のほんとの腹では、八ツ裂きにしても飽き足らない思いに違いあるまい。町の俗謡《うた》を君だって聞いてるだろう。病関索《びょうかんさく》の楊雄は、もう薊州《けいしゅう》では男がすたッた。君ももうそんな義理立ては捨ててくれ。……やい、巧雲」と、彼は一歩、女へ迫って。 「さ! 一切を懺悔《ざんげ》して、おれの義弟《おとと》にあやまれ。てめえは、二重三重に、亭主を誑《たぶ》らかしただけでなく、あらぬ罪を石秀にも着せ、始終、石秀がうるさく自分に口説き寄って困るなどとぬかしたろうが」 「……すみません! あれはまったく私の一時のつくり言。……石秀さん、うちのひとに詫びてくださいよ。後生だから」 「ふざけるな。女房の不始末は亭主のおれが始末する。石秀が何といおうと今はこのおれが堪忍ならぬ。……石秀、証拠の品は持って来てくれたろうな」 「これですかい」  石秀は、背の包みを解いて投げ出した。如海の法衣と頭巾である。ひと目それを見ると、さすが巧雲も真白な肌を鳥肌にし、髪の根もよだてて顔を横にした。 「覚えがあるな。知らぬとはいえまいな。巧雲」 「か、かんにんして。あなた……あなたとも、一度はあんなにも想い合った仲。後生、それを、もいちど思い出して」 「思い出すからこそ、ゆるせねえのだ。よくも俺の男を泥ンこにしやがったな。また、男と男の義を裂こうとしやがったな。もうこんな物は、てめえの髪には不要な物だ」  と、楊雄は、彼女の珠櫛《たまぐし》、金釵《きんさ》、簪《かんざし》などことごとくムシり奪《と》って地へ投げ、その手で腰の剣を抜き払った。  白刃を見ると、巧雲はヒーッと悲泣《ひきゅう》しだした。そして、遁《のが》れ得べくもない縛《いまし》めをもがき抜いて、半裸の白い肉体に縄目が食い込むばかりムチムチと波打ちもだえた。 「石秀。この刀を君に渡す。ぞんぶんに恨みをはらしてくれ」 「いやだ!」石秀は首を振って。「――いくらこの人が悪婦でも、兄貴の女房、まして自由のきかない女ずれを」 「まだ憐愍《れんびん》を持ってくれるのか。そこは君のいいところか。しかしこんな女を生かしておいたら、後日また、世間で毒をなすのは知れたことだ。よしっ、おれの手でする」  白い刃の切っ尖《さき》をつきつけられ、巧雲は髪ふりみだして悲鳴をあげた。足の指を曲げて爪さき立ち、眉をひそめ、喉《のど》を伸ばして叫絶《きょうぜつ》する。その狂える様は、淫蕩《いんとう》な女体が、焚《た》きこめられた春情香の枕を外《はず》して、歓喜の極に、一|喚《かん》、死息を怪しましめ、一|叫《きょう》、凝脂《ぎょうし》を汗としてうるおす、あのせつなに見せる摩那識《まなしき》の全くうつつない貌《かお》とそっくり似たような態《てい》でもあった。――おそらくはふと、良人《おっと》楊雄の脳裡《あたま》には、そのとき、他人の覗きえない幻影が彼女の姿態に重なって見えていたのではあるまいか。 「やかましいっ」  大喝《だいかつ》、こういったが、その剣の先は、彼女の悶動《もんどう》する乳くびのへんを、わずかに、ちょっと突いたのみである。血が走った。紅い絹糸のような血の条《すじ》だ。でも彼女は仰山なうめきをあげ、 「助けてーッ。死にたくない。人殺しっ。誰か来てえーッ」と、声をからして叫びつづけた。  このさまを見て、小婢《こおんな》の迎児《げいじ》は、縄目のまま灌木の中を跳び出して逃げかけた。一|閃《せん》、楊雄は躍ッて迎児を斬り伏せ、返すやいな、その血刀で、 「阿女《あま》、思いしれ」  と、巧雲の心部を刺しつらぬいた。血を見るや彼自身も、その濛気《もうき》に酔ってきたのか、女の半裸から裳《も》の下までをズタズタな朱《あけ》に斬りさいなみ、あとは憑かれたものの如く、茫然《ぼうぜん》、血刀をさげて我に返らぬことしばしであった。 「……兄貴、やんなすったね、とうとう」 「覚悟の前だ。今朝、家を出て来る前から」 「もう薊州《けいしゅう》にはいられませんぜ。たとえ女房でも小婢《こおんな》でも」 「おお、人を殺したからには、そいつも覚悟さ。いさぎよく自首して出る」 「めっそうもねえ。そんな愚はおよしなさい。あなたほどな男が、こんな淫婦のいたずら事と、自分の一生を取りかえたりして埋まるものか」 「じゃあ、この楊雄はいったい、どうしたらいいのだ。俺もまだ若い。世間へ何も尽していず、世間の端ッこを覗《のぞ》いただけだ」 「どうです。梁山泊《りょうざんぱく》へ行こうじゃありませんか」 「えっ、梁山泊へ」 「山東の及時雨《きゅうじう》宋公明《そうこうめい》をはじめ、義胆《ぎたん》の男どもが、雲の如く集まっていると聞くし、かたがた、近ごろ仲間を求めているとも言いますぜ」 「だって、何の手引きもなしでは」 「いいや、いつかあなたと兄弟の約をしたとき、町の居酒屋で、ちょっと行きずりの会釈を交わした二人がいます。ひとりは梁山泊の神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》、もひとりは錦豹子《きんびょうし》の楊林《ようりん》。あの二人を頼んで行きましょうや」 「確かか。それは間違いない人か」 「じつはそのとき、戴宗その人から、銀十両もらっていました。その十両もまだここにある。ねえ兄貴、こうなったのも、思えば何か不思議な糸が私たちの運命をどこかで引いているような気はしませんか」 「行こう! 深い話は途々《みちみち》として」 「じゃあすぐここから」 「長居していると、麓に待たせておいた轎舁《かごか》きが、ひょっと登って来るかもしれない。オオ女の櫛、簪《かんざし》も路銀の足し、そいつも拾って」  と、血刀を拭《ぬぐ》って、鞘《さや》におさめ、石秀もまた旅包みを背に結び直して、峰づたい、道をほかへ探ろうと歩き出したときである。 「見たぜ、見たぜ! こう薊州《けいしゅう》牢役人の楊《よう》のおかしら。――ここに人ありだ、すっかりこの耳で聞いちまいましたぜ! 梁山泊落ちのご相談もネ。へへへへ」  何者だろう、どこかで不敵な笑い方をした者がある。いやに横着な言い廻しでもあった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 祝氏《しゅくし》の三|傑《けつ》「時報《とき》ノ鶏《とり》」を蚤《のみ》に食われて大いに怒ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  折も折である。誰か? と楊雄《ようゆう》と石秀《せきしゅう》はぎょっとして、後ろの木蔭を振りむいた――。が、その目の前へ、颯《さ》ッと、泳ぐがごとく出て来た男の魔性めいたお辞儀振りを見ると、 「なアんだこの野郎、ひとを脅《おど》しゃあがって」  と、楊雄は怒るにも怒れぬように、かえってゲタゲタ笑いだした。 「だれかと思ったら、てめえは小泥棒の鼓上蚤《こじょうそう》じゃねえのか」 「へい、蚤《のみ》の時遷《じせん》です。ひょんな所でお目にかかりましたね。牢屋のお頭《かしら》」 「てめえ。何もかも、物蔭で見ていたんだな」 「いけませんでしたか。――これから梁山泊《りょうざんぱく》へ落ちのびようッていうご相談事も、ついそこで残らず聞いてしまいましたが」 「いまさら、いけねえといってみたって、仕方がねえや。……石秀、どうしたもんだろう。この蚤男《のみおとこ》を」 「蚤男とは、巧く言いなすったな。一体何者です、その男は」  そこで楊雄が、こう説明した。  ――昨日までの職掌|柄《がら》で、自分も多年いろんな囚人《しゅうじん》を手がけて来たが、この時遷《じせん》アダ名を鼓上蚤《こじょうそう》という蚤みたいな人間は、めったに知らない。  生れは、高唐州《こうとうしゅう》というがもとより前身不詳の無宿者で、よく捕まって薊州《けいしゅう》の牢屋へ入って来るが、すぐにまた牢から出て行く。――なぜなれば、たいがい軽い微罪だからで、ほかの罪人のように、被害者も訴え手もないのである。  じゃあ何で食ってるかというと、あちこちの墳墓《はかば》を掘って、殉葬《じゅんそう》[#1段階小さな文字](死者に副《そ》えて埋めた生前の遺愛品)[#小さな文字終わり]の珠だの金銀を見つけては、市でこか[#「こか」に傍点]しているものらしい。もちろんそれとて重罪だが、現場を見つかった例《ため》しはないので、ほかの微罪で捕まえて来る。ところが牢にいても牢中の愛嬌者だし、また、牢舎に飽きると、いつのまにか、自分の意志でぷいとどこかへ消えてしまう。――というと獄屋の境もないようだが、そうではなく、元々この鼓上蚤《こじょうそう》ときては稀代《きたい》な“忍び”の達人で、骨はやわらかく、体は海鼠《なまこ》のように、緊縮《きんしゅく》自在なのだった。――それにまた気が向けば、獄を我が家のように心得、自分から帰って来ることもあるし、世間の生きている人間へは、かつて加害者となったことのない男だけに、牢番と相牢の仲間も、すべて笑ってこれを見ているという変り者でもあるのであった。 「なるほど、変ってますな」  石秀は、聞き終って、もういちど時遷《じせん》の風態《ふうてい》を見直した。なるほど妙に愛嬌があって小《ち》ッこい顔だ。目は細く、常に、日光をおそれるごとく眩《まばゆ》そうであり、顔じゅう、茶色の生《う》ぶ毛《げ》を持ち、笑うと不気味な歯並びが刃物のように真白だ。 「兄貴」  と、石秀は楊雄の耳へ口をよせて、 「……これも一|能《のう》のある男。殺すのはもったいない。といって、生かしておけば、ここで見られた俺たち二人の所業《しわざ》から落ち行く先まで世間へむかって喋《しゃ》べられる惧《おそ》れもある。……どうでしょう、いっそのこと、梁山泊へ誘って一しょに連れて行っては?」  すると、聞こえもしないはずなのに、時遷《じせん》は跳び上がってよろこんだ。 「どうか、お連れなすッておくんなさい。あっしにとっても、願ったり叶《かな》ったりだ。――この山から薊州《けいしゅう》を通らずに梁山泊へ行ける抜け道だって知っていますぜ。どうかこの時遷に道案内をさせておくんなさい」 「げっ? ……」と、二人は驚いて、「時遷。おめえには、二人のこんな小声の耳打ちも、そこにいて聞えるのか」 「へエ、どういうものか、子供の時から耳のいいことといったら、蟻《あり》の足音も聞こえるほどなんで」 「気味のわるい。まアいいや、これも何かの縁だろう。ともあれここに長居はできねえ。おい、抜け道というのはどっちだ」 「そうきまったらこうお出《い》でなせえ」  と、時遷は間道《かんどう》へさして、先に立った。――かくてここ翠屏山《すいへいざん》における“潘巧雲《はんこううん》殺し”の一場面は、そのあとで、薊州じゅうの大評判となった以外に話はない。  旅の日をかさねて、先の楊雄《ようゆう》、石秀、時遷の三人づれは、はや鄆州《うんしゅう》ざかいにかかっていた。――その日、香林洼《こうりんあい》という一村をすぎて、舂《うすず》く彼方《かなた》に、一|座《ざ》の高山を仰いだ頃だった。 「おや、ここらにしちゃあ洒落《しゃれ》た旅籠《はたご》があるぜ」  足もくたびれ加減である。三人が近よってみると、やはり田舎《いなか》は田舎で、街道を前に、崩れ築土《ついじ》の茅葺《かやぶ》き屋根。しかし、百樹の柳にくるまれて、それも画《え》と見えるばかりか、入口の聯《れん》[#1段階小さな文字](柱懸け)[#小さな文字終わり]には、 [#ここから2字下げ] 庭ハ幽《ユウ》ニシテ夕《ユウベ》ニハ接ス五湖ノ賓《ヒン》 戸《イエ》ハ厰《ホガラカ》ニ朝《アシタ》ハ迎ウ三|島《トウ》ノ客 [#ここで字下げ終わり]  と、左右一行ずつの詩句が読まれる。 「……おい、お客さんよ。そんな顔して、その聯が読めるのかね」  門を掃《は》いていた宿の若い男が言った。 「読めなくてさ……」と、いまいましげに、楊雄が逆にたずねた。「なかなかいい書風だが、これは一体誰の字だい?」 「祝朝奉《しゅくちょうほう》さまのご直筆だよ」 「書家かね」 「冗談じゃない。このあたり三百里四方きッての、荘《しょう》のおあるじだアね。つまり地頭《じとう》の大旦那さまだ。よく拝んでおきなせえ」 「はははは。こんな宿屋は初めてだ」  三人は笑いながら部屋へ通った。おおむね当時は自炊《じすい》ときまっていた。米、味噌《みそ》、肉、菜《さい》、飲みたいだけの酒、すべて現金買いである。  それを旅籠《はたご》で借りた鍋釜で煮炊《にた》きする。  ――楊雄はさてと、巧雲の髪から抜き取ってきた釵《かんざし》を出して、前払いの物代《ものしろ》とした。そしてさっきの若い男が何か面白そうなので、それをも加えた車座の四人でやがて飲みはじめた。  するうちにふと、石秀は、妙な物に目がつきだした。――厨房《ちゅうぼう》[#1段階小さな文字](料理場)[#小さな文字終わり]へ入るてまえの細土間に、ずらと野太刀が十数本ならべてある。気になって仕方がないので、つい若者に訊いてみた。 「いい刀がありますね。道中、腰淋しくてならなかったところだ。一本売ってくれませんか」 「とんでもねえ」と、若者は一笑した。「――あれには一本一本、みんな番号がついてるからね、失くしたら大変なのさ。第一売り物じゃありませんよ」 「じゃあ何だって、飾り立てておくんですえ」 「知らねえのかい、お客さん。ここらはもう名うてな梁山泊に近いので、いつなんどき、やつらが襲《や》って来ないとも限らないから、その要心に備えてあるのさ」  三人はそっと目顔を見あわせた。  宿の若者はそれとも気づかず、酒の機嫌も手つだってか、喋々《ちょうちょう》と“わしが国さ”のお郷《さと》自慢だの、また、自分らの上にいただく地頭の“わが殿自慢”を一席ぶった。  それによると。たそがれ。  ここの軒から彼方に見えた一|座《ざ》の高山を、独龍山《どくりゅうざん》といい、その中腹に、この地方を統治している祝朝奉《しゅくちょうほう》という豪族が代々《よよ》住んでいる。  その祝家《しゅくけ》には、世間で、 [#1字下げ]祝氏《しゅくし》ノ三|傑《けつ》  と、敬称している三人の優《すぐ》れた子があり、麓《ふもと》のあちこちには、百戸、二百戸、また六、七百戸といった按配《あんばい》に、部族部族の村があった。さらにはまた、百里二百里の外にまで、小作百姓の聚落《じゅらく》を擁しているので、その勢力と財富とは、宛《えん》として、一国の王侯もおよばぬほどのものだというのであった。 「……ああ、いけねえ。すこし喋《しゃ》べり過ぎの飲み過ぎとござった。お客さん、ごめんなさいよ。どうか、ごゆっくりと」  若者は自分の寝間へひっこんだ。これでこっちも大人《おとな》しく眠りについてしまっていたら、後日の騒動はなかっただろう。――ところが、いつのまにか居なくなっていた蝙蝠男《こうもりおとこ》の時遷《じせん》が、ふらと帰って来たのを見ると、手に一羽の鶏――いや羽《は》ネをむしッて赤裸としたのを、どこで焼いたのか丸焼きにして提《さ》げてきた。 「オヤ鼓上蚤《こじょうそう》、どこでそんな物を」 「へへへ。実はさっき厠《かわや》へ立ったとき、小窓から覗《のぞ》いてみたんで。……すると鶉籠《うずらかご》かと思ったら、なんと鶏が一羽入れて飼ってある。ちょうど辺りを見れば人もいず、ちょっくら締めて、一ト焙《あぶ》りして来ましたのさ」 「失敬して来たというわけだな。はて、こいつアまた薊州《けいしゅう》の牢屋戻しだぜ」  楊雄が冗談をとばすと、石秀もつづいて笑った。 「いやムダだよ兄貴。奴にとっては、お家の芸だもの。この癖は止みッこない」  さてまた絶好な肴《さかな》を見ると、新たに興を催《もよお》してくる。鶏の丸焼きをムシりあって、三人、さらに飲んで飲み更《ふ》かし、やがてグッスリ寝こんでいた。  すると五更《よあけ》の頃。 「おいっ、客人、起きてくれ。起きねえかよ、やいっ」  と、声にどす[#「どす」に傍点]をきかせて枕元で呶鳴《どな》っている男があった。三人、同時に眼をさまして、ひょいと仰ぐと、例の宿の若者で、手に棍棒《こんぼう》をひッさげ「――大事な鶏を食っちまったのは、てめえらだろう」と、怒っている。 「知るもンか、そんなものを!」と、時遷《じせん》は下手人なので、慌《あわ》てた色を隠せない。「おい、客へむかって、変な言いがかりをつけるなよ」 「おや、この野郎。居直りやがったな」 「知らねえことは、知らねえというしかねえや」 「ふざけるな。頭かくして尻隠さず、そこに食い散らした鶏の骨が残っているじゃねえか」 「あ。これか」 「これかもねえもんだ。さあ、どうしてくれる」 「じゃあやっぱり、酒の上で食っちゃったのかな。とんとゆうべは覚えもなかった。だが、たかが、鶏一羽、代を払ったらいいだろう」 「うんにゃ。この鶏は、ただの鶏とはわけが違う。時報《とき》ノ鶏《とり》といって、狂いなく五更《よあけ》を告げるんで、この界隈《かいわい》での共同の物になっているのだ。さあ生かして返せ」 「無理をいうなよ。おれたちは魔法使いじゃねえんだから」 「それじゃあ、梁山泊《りょうざんぱく》の下ッ端だろう。探りに入って来やがったな」 「なんだと」 「そうだ、そうに違いねえ。こないだうちから胡散《うさん》な奴が、この祝家荘《しゅくかそう》にうろついているから用心しろと、山荘からもお触《ふ》れが出ていたところだった。ようし! 三人ともに引ッ搦《から》げて、独龍岡《どくりゅうこう》の大旦那の御門へ送りこむからそう思え」 「何を」  と、時遷《じせん》が平手打ちを食わした弾《はず》みに、若者はどんと外へよろけた。――しかし部屋の外にも、はや近所の仲間が加勢に来ていたものとみえる。ど、ど、どッと得物《えもの》を持った一群の男どもが、とたんに、躍りこんで来た。  凄まじい格闘となり、楊雄と石秀とは、からくも相手を投げとばしながら、細土間の槍掛けにあった野太刀一本ずつを奪って外へ逃げ出していた。――けれど馳《か》けても馳けても、蚤《のみ》の時遷《じせん》は後から追いついて来そうもない。――捕《つか》まったらしい? と心配になってきた。振り返ると、旅籠《はたご》の一軒は、朝火事を出して炎々と燃えているのだ。しかもそこからなお数十人の喊声《かんせい》がこっちをさして追跡して来る。 「あきらめよう。蚤《のみ》一匹に関《かか》ずらって、おれたち二人までが、祝家荘《しゅくかそう》のやつらに、がんじ縛《がら》めの目に会わされては堪らない」  街道を外《はず》して、わざと横道へ走りこんだ。それがかえって悪かったともいえばいえる。さんざん方向に迷ったあげく、また一軒の居酒屋にぶつかった。朝飯前の空《す》き腹ではあり、ままよという気も手つだっていた。「――ごめんよ」とばかり入り込み、そ知らぬ顔をして、腹を拵《こしら》え、道など訊いていたものだった。  そして。「どれ、出かけようか」と、立ちかけると、あいにく、入れちがいにぬうっと入って来た、片目“目ッぱ”の大男がある。その半顔から瞼《まぶた》まで引ッ吊《つ》れている恐《こわ》い顔が、 「おや?」  と、楊雄の背を振り返ったと思うと、さらに声を大にして呼びとめた。 「おお! 薊州《けいしゅう》奉行所の牢《ろう》役人。そうだ、そこへおいでなさるのは、たしかあだ[#「あだ」に傍点]名を病関索《びょうかんさく》とおっしゃる牢頭《ろうがしら》さんじゃございませんか」  彼を呼びとめたのは、中山府の人で、片目の醜《みにく》いところから、鬼臉児《きれんじ》と異名《いみょう》のある、杜興《とこう》という人間だった。  その杜興《とこう》は、薊州の地に暴動があったとき捕《つか》まって、後日、免囚《めんしゅう》となってからも、しばらく楊雄《ようゆう》の世話になっていたことがある。  楊雄はすっかり見忘れていたが、何やかや、話のうちに、やっと思い出し、 「ああ、あの暴動の時の一人か。こいつア妙な所で会ったもんだな」 「へえ、その鬼臉児《きれんじ》の杜興《とこう》ですよ。こっちは暴動仲間の一人。旦那は薊州の首斬り役人。もう病関索《びょうかんさく》の刀のサビかと、素直にあきらめをつけていたら、なんと、免囚の後々まで、えらいお世話になりまして」 「そんなことがあったかなあ」 「旦那はお忘れでも、こっちは忘れたことはございません。……が、その病関索の楊雄ともあろうお人が、こんな所で何をそそくさなさっているんで」 「じつあ、おれはもう薊州の役人じゃあない。仔細があって、女房の巧雲を手にかけ、二人の連れと一しょに落ちてきたんだが、その道連れの時遷ってえ奴が、ゆうべ祝家荘《しゅくかそう》の旅籠《はたご》で“時報《とき》ノ鶏《とり》”を盗んで食っちまったという騒ぎさ」 「ははあ。聞いていますよ、朝火事のことは。聞けば、そいつがまた、竈《かまど》の火を、家じゅうにぶり撒《ま》いたんだっていうことじゃありませんか」 「どうなのか、後はよく知らねえが、野郎一人、どうやら大勢に捕まってしまったらしい」 「捕まったのは確かでしょう。ここへ来る途中、毬《まり》くくりにされた男が一人、独龍山の方へ差立てられて行くのを見ましたからね。……だが、ご安心なさいまし。恩人のお連れの人なら、なんとか、救ってあげる工夫がないでもありません」 「ふうむ、そして君はいま、この土地で何をしているのか」 「言いおくれましたが、お蔭でその後、当地へ流れて来て、今では独龍山の地頭一族の一|荘《そう》に、まあ浪人の用心棒格といった名目で、召抱えられておりますんで」 「するとやはり、祝朝奉《しゅくちょうほう》の一族の家なのか」 「そうです。――詳しくいうと、祝朝奉というのは、土豪《どごう》の本家で、その西の麓に扈家荘《こかそう》、東に李家荘《りかそう》、三つの部族でこの地方三百里四方をかためているんで」 「えらい勢力なんだな」 「それに、祝朝奉には、祝氏ノ三傑といわれるいい息子が三人も揃っているし、また西の部族の扈家荘《こかそう》にも、飛天虎の扈成《こせい》というたいした腕前の一子やら、またその妹には、一|丈《じょう》青《せい》の扈三娘《こさんじょう》といって、日月の二刀を馬上で使うという稀代《きたい》なお嬢《じょう》さんもおりますしね……」 「そして、おまえさんが抱えられている主人というのは?」 「もう一ヵ所の、東の麓《ふもと》に居館《きょかん》をもっている同族の当主で、つまりその人が李家荘《りかそう》のおあるじ……。みだれ焼きの槍の上手で、また、戦場《いくさば》では、五本の“飛閃刀《なげがたな》”を背にかくし、百歩離れて人を仆すという神技の持ち主です」 「では、その李家《りけ》の旦那というのは。……もしや世間でもよく噂にのぼる撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》ではないのか」 「そうです!」と、彼は自慢していった。「大人物です。世にいう侠漢《おとこだて》です。ぜひ、いちど会ってごらんなさい。そして、お連れの人のことも、事情をいって頼めば、呑みこんで下さるにちがいありません」 「でも、こっちは見ず知らずだし、君は一介の食客、どうだろうな」 「いやいや、じつをいえば、主人李応とこの杜興《とこう》の間は、深く将来の心契《しんけい》で結ばれているんです。古くからいる召抱えのてまえ、表面は用心棒の食客としておりますが、吉凶、どんな相談事でも、私だけには打明けてくださる仲。……ともあれ、李家荘までおいでください。ご思案はまたその上でも」  と、杜興《とこう》は恩人|楊雄《ようゆう》と石秀をうながして、そこからわが住む主家の李家荘へ案内して行った。 「なるほど」  と楊雄も石秀も、ここへ来てみて驚嘆した。  山の根に拠《よ》って、広い濠《ほり》をめぐらし、千松万柳、門への道は、吊《つ》り橋だった。正門の次に内門をひかえ、白壁高く、楼に楼を層《かさ》ね、武器庫、厩長屋《うまやながや》、およそ備《そな》わらざるはない。  さらに、李応《りおう》その人も、噂にたがわぬ風貌の持ちぬしで、 「おはなしは、ただいま、杜興からよく聞きました。ほかならぬ杜興の恩人。杜興に代って、旧恩にお報いいたさずばなりますまい」  と、客殿《きゃくでん》にあらわれるやいな、まず言って、楊雄と石秀を安心させた。  そしてすぐ祐筆《ゆうひつ》を呼び、 「本家へだぞ。ていねいに書け」  と、頼み事を口授《こうじゅ》して、一通をしたためさせた。終ると、自身署名して封緘《ふうかん》をし、べつな家従の者に持たせて、すぐ本家|祝朝奉《しゅくちょうほう》の居館へと、いそがせてやった。 「ま。……お連れ人は、すぐ貰いうけて帰って来よう。何もないが、その間、おくつろぎを」  李応のいいつけで、午餐《ごさん》が出る。――李応は、杜興のはなしで、楊雄の義気を愛し、また石秀の人となりをみて、これを好漢と見たものか、しきりに棒術や鎗《やり》のことなど持ち出して、感興、飽かない容子《ようす》だった。  ところが、――やがて帰って来た使者の報は、ひどく彼の眉を掻きくもらせた。――彼のいんぎんな書簡も、本家の息子たちの手に握りつぶされ、その返答としては「配下の者の旅籠《はたご》屋で搦《から》め捕った曲者《しれもの》は、梁山泊《りょうざんぱく》の廻し者ゆえ、他人の手にはまかされぬ。わが家から奉行所へ突き出す」と、剣《けん》もほろろに突ッ刎《ぱ》ねられ、むなしく帰って来たとある。 「これはどうした間違いだろう。祝家《しゅくけ》を中心に、西の扈家荘《こかそう》、東のわが李家荘《りかそう》、三家は一族同体の仲なのに。……そうだ、杜興《とこう》、使いの口|不重宝《ぶちょうほう》のせいかもしれん。ひとつ今度はおまえ自身が行って、朝奉《ちょうほう》に会い、直接、よくかけあってみたらどうだ」 「は。おゆるしとあれば」 「待て、念のためだ」  と、李応《りおう》は花箋紙《かせんし》を取って再度、前より丁重な手紙を直筆でしたため、さらに印章まで捺《お》して、杜興に持たせた。  杜興は馬に乗って、山腹の祝氏の本拠、独龍岡《どくりゅうこう》ノ館《たち》へいそいで行った。あとでは、浮かぬ顔いろながら、李応はまた、酒茶をかえて、二人を相手に、四方山《よもやま》ばなしをつないでいたが、しかしそれも、 「遅いのう。どうしたことか」  と、やがてはまた、一抹の不安と、時たつほど、重たい焦慮《しょうりょ》になっていた。  すると。あわただしく、召使の一人がここへまろび込んで来た。――杜興が馬を飛ばして帰って来たというのである。李応がすぐ、 「二人でか?」  と、訊くと、 「いえ一人で」  と、顫《ふる》えていう。 「さては」  と一同、座を立って、中門まで行ってみると、なるほど、袋叩きにでもなって戻って来たのか、杜興は、紫いろに顔を腫《は》らし、歯ぐきからも血をたらして、悄然《しょうぜん》と、馬のそばで、衣服の泥を払っていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 窮鳥《きゅうちょう》、梁山泊《りょうざぱく》に入って、果然《かぜん》、ついに泊軍《はくぐん》の動きとなる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  独龍山《どくりゅうざん》は、梁山泊《りょうざんぱく》を去ること、さして遠い地方ではない。  自然、対峙《たいじ》のかたちだった。  しかも梁山泊の勢いは、日に日に旺《さかん》となりつつある。疑心暗鬼、つねに祝家荘《しゅくかそう》一円が、彼から蚕食《さんしょく》されはしまいかと、厳に警戒しあっていた。  特に、祝朝奉《しゅくちょうほう》の総領の祝龍《しゅくりゅう》、二男の祝虎、三男の祝彪《しゅくひょう》――この三人兄弟は――梁山泊を眼前の敵とみなし、配下一帯にわたって、うさんな奴が立ち入って来たら、容赦《ようしゃ》なく捕まえて来いと命令していた。  二度目の使い、杜興《とこう》は、そんな意気込みでいるところへ重ねて行ったものである。もとより祝朝奉は会ってもくれない。出て来たのは“祝氏ノ三傑《さんけつ》”と呼ばれる前述の三兄弟だった。――それも李応が自筆の書簡など目にもくれず、 「渡せぬといったら渡せん!」  の一点張りで、あげくには、 「きさまも梁山泊の仲間か。でなければ、梁山泊から鼻ぐすりでも貰ったのか」  という暴言。  杜興《とこう》は口惜しかったが、祝氏のおん曹司《ぞうし》たちが相手では怒りもならず、唯々、わけをはなして、哀願と陳弁とにこれ努《つと》めるほかなかった。 「くどい!」  三男の祝彪《しゅくひょう》は、短気者か。帰れとばかり、いきなり杜興を蹴とばした。杜興もつい、かっとなり、独龍山三家の誼《よし》みと、同族の義を知らな過ぎるなどとつい理を述べた。それがまた、若気《わかげ》の兄弟たちを、逆に煽《あお》ったものとみえ、二男の祝虎が、こんどは李応《りおう》の手紙を引き裂いて叩き返したものだという。 「……余りな仕打ちに」  と、杜興は今――紫いろに地腫《じば》れした顔の火照《ほて》りを抱えながら、李応《りおう》、楊雄《ようゆう》、石秀の前に、哭《な》いて、そのくやしさを語るのだった。 「……てまえも黙ってはいられません。第一、主人李応さまを侮辱《ぶじょく》されたも同様な仕儀では、このまま立ち帰れぬと申しますと、ならば馬に帰してもらえと、家来大勢を呼んで袋叩きとなし、遮《しゃ》二無二馬の背へくくし上げられてしまい、ぜひなく一応恥をしのんで戻ってまいったような次第でございまする」  一ぶ一什《しじゅう》を聞くと、ついに李応も怒髪《どはつ》を逆立てて言った。 「いまはもう堪忍ならぬ。近ごろの宗家《そうけ》の小伜《こせがれ》どもは祝氏ノ三傑などといわれていい気になり、われら同族の長上までを軽侮《けいぶ》している風《ふう》がある。――やいっ、馬を曳《ひ》け! 者ども」  たちまち、彼は武装して、馬上となった。獅子面の胸当《むねあて》に、鍍金鋼《ときんはがね》のかぶとをいただき、背には五本の飛閃刀《なげがたな》をはさみ、またその手には長鎗をかいこんだ。そして怒れる鳳凰《おおとり》のごとく、独龍岡《どくりゅうこう》へむかって馳け出した。 「すわ、おあるじの一大事だぞ」  と、荘兵《そうへい》二、三百も馳けつづいて行き、楊雄、石秀もまたこれをただ眺めてはいられない。ともにあとから追っかけて行った。  山腹の総本家、祝氏の門では、はやくも偵知《ていち》していたとみえる。三重の城壁と二つの荘門を堅め、銅鑼《どら》、鼓笛《こてき》を鳴らすこと頻りに急であった。――そしてたちまち、城門の吊り橋をさかいに、同族李応の人数と睨みあいの対峙《たいじ》となった。 「申すことあり! 祝《しゅく》の小伜《こせがれ》ども、これへ出て来い」  李応が呼ばわると、 「オオなんだ! 麓《ふもと》の伯父」  と、三男の祝彪《しゅくひょう》が、これも縷金荷葉《るきんかよう》のうすがねの兜《かぶと》に、紅梅縅《こうばいおど》しのクサリ鎧《よろい》を着し、白馬《はくば》紅纓《こうえい》の上にまたがって、三叉《さんさ》の大鎗も派手派手しく、部下百人の先頭に立って城門の外へ出てきた。 「彪《ひょう》だな、きさまは。こらっ、いつのまにきさまはそんな生意気口を覚えたか。その口にはまだ、おふくろの乳の香が消えておらんじゃないか。そもそも、きさまのおやじとこの李応とは、切っても切れぬ同族であるのだぞ。家柄として、祝家を宗家《そうけ》と立てているが、血からいえば、きさまらはわが輩《はい》の甥《おい》ッ子と申すものだ。……しかるに、何ぞや」 「はははは。李家《りけ》の伯父。無理をしなさんな。セイセイ息を喘《き》っているじゃないか。その先の文句は彪《ひょう》からいってやろう。――おれたち兄弟の手に落ちた梁山泊の廻し者、時遷《じせん》という蝙蝠面《こうもりづら》をした小盗人《こぬすっと》を、返してよこせというのだろうが。どうしておめおめ返せるものか。梁山泊はわが祝家荘《しゅくかそう》の敵国だ」 「だまれ、ばかもの」 「ばかとは何だ。さては李家の伯父も、欲にかかって、いつのまにか、ぬすっとたちの後ろ楯《だて》に廻ったな」 「よく聞け。あの時遷という男は、決してさような者ではない」 「ないといっても、当人が白状している。道づれの楊雄、石秀の二人に誘われ、梁山泊へ行く途中だったと、拷問《ごうもん》にたえきれず、白状しているんだから疑いはない。――それを戻せというからには、李家も臭い。梁山泊の手先になって、宗家《そうけ》のわが家を乗っ取ろうという腹か」 「青二才。いわしておけば」 「何を、老いぼれ」  祝彪《しゅくひょう》の朱《あか》い姿が、飛焔《ひえん》のごとく、李応《りおう》へせまった。――李応の長鎗、彼の三叉《さんさ》の鎗が、からみあって、音を発し、閃々《せんせん》といなずまのような光を交じえ、とたんに、両勢入りみだれて陣鼓《じんこ》、喊声《かんせい》、一時に鳴りとどろき、いずれも早や、退《ひ》くに退けないものとなったが、そのうちに、城壁の高櫓《たかやぐら》から、二男の祝虎が狙い放した一すじの矢が、李応の姿を、どうと、馬の背から射落した。 「や、や」  楊雄と石秀とは、仰天して、馳けよってゆき、「こいつは、しまった。おれたちのために、この人を死なせては」  と、馬の背へ抱き上げ、なお何か、気丈な李応は、叫んでいたが「――ひとまず退《ひ》け」と、麓へさして、総人数、なだれて帰った。  李応の矢傷はかなり深く、ただ、幸いに致命傷は外《はず》れている。石秀、楊雄は夜ッぴて、その人の病室にかしずいた。そして唯々「申しわけない」を繰り返していると、病床の李応もまた、 「……何の。こっちこそ、うんといって頼まれながら、その義も果たせず、おまけに、同族仲間の醜態をさらすなど、何ともはや面目ない」  と、顔をしかめて、苦吟《くぎん》するばかりであった。  げにも、不測な禍《わざわ》いは、どんな小事から生じるものやら分らない。鼓上蚤《こじょうそう》の時遷《じせん》が、ふと、宿屋の“時報《とき》ノ鶏《とり》”をちょろまかし、それを三人して酒の肴《さかな》に食ってしまったなどの一|些事《さじ》が、かかる大事におよぼうとは――と、楊雄、石秀も今はただ臍《ほぞ》を噛んで悔やむばかり。  しかも事件《こと》はこれきりですみそうもない。祝氏《しゅくし》と李家《りけ》との同族の仲には大きなヒビが入ってしまった。そのうえまた梁山泊というものが、相互の感情対立を事難《ことむず》かしくし、祝氏の三兄弟は、その疑念のまま、さらに二段三段の追撃策を取って、徹底的な圧迫を、李家へむかって下さんものと、密々、うごいている風だった。 「ああ、何とも困ッた。二人がここで身を退《ひ》けばいいというだけのものではなくなった。どうしよう。石秀。おれたちとしても坐視《ざし》していられまいが」楊雄《ようゆう》が頭をいためての嘆息に、石秀もついに、自分の考えを持ち出した。 「このうえは、君と俺とで、梁山泊へ行って“馳《か》け込み願い”と出てみようじゃないか。なにしろ、相手が相手だ、おれたち二人の力では歯も立たぬ」 「む。……馳け込み願いか。よかろう。だが一応は、杜興《とこう》にも相談し、李応《りおう》大人にも、計ってみた上でなければ」  と、さっそくこれを、杜興から病床の李応にはなしてみた。李応は一日じゅう考えていたが、このままでは、李家の自滅と彼も観念したものか。反対はしなかった。そしてただひたすら、時遷《じせん》助け出しの一義が果たせなかったことを、深く病床から詫びているだけだった。  ここ梁山泊《りょうざんぱく》の聚議庁《ほんまる》では、その日、山寨《さんさい》の群星が居ながれて、大評議がひらかれていた。  楊雄、石秀、ふたりの“馳けこみ訴え”が議題にとりあげられていたのである。  総統の晁蓋《ちょうがい》が、まず最初の“決”を取った。 「よろしい、わかった。二人の入党はみとめるとしよう。しかし、楊雄と石秀の身素姓や、その人間の保証は、たれの推挙になっているのか」 「戴宗《たいそう》です。――先ごろ戴宗が薊州《けいしゅう》へ旅したとき、石秀を知り、その石秀の義の兄として、楊雄もつれて来たわけで」  と、軍師|呉用《ごよう》が、そのそばで、説明をあたえていた。 「だが」  と、晁蓋は、議事をもどして、 「そのほかに、もう一人、鼓上蚤《こじょうそう》の時遷《じせん》っていうのが、連れじゃあないか。その連れの男が、気に食わんな。……“時報《とき》ノ鶏《とり》”を盗んで食っちまうような小盗《こぬす》ッ人《と》……公徳心のない乞食野郎……そういう人物は梁山泊へ入れたくない」 「ですが、仔細を聞くと、一芸一能はあり、性根もいたって好い奴だそうですが」 「しかし君」と、晁蓋はやや色をただして、呉用のとりなしに反駁《はんばく》した。「――われわれ梁山泊一味の者は、かつて王倫《おうりん》をここで断罪にしていらい、義をとうとび、世間へは仁愛をむねとし、かりにも非道の誹《そし》りや恨みを民百姓に購《か》わぬよう、仲間の内は、古参新参のへだてなく、和と豪毅の結びで、一家のように生き愉しもうと、天星地契廟《てんせいちけいびょう》の前で、かたく誓いあってきているのじゃないか。……そんな、鼓上蚤《こじょうそう》とかいう蚤《のみ》虱《しらみ》みたいな奴は、入れるわけにはゆかんよ。……ましてやだ! そんな人間を助けるために、ここの人数をくり出すなどはもってのほかだ。取り上げるわけにはゆくまい」 「いや、おことばですが」  と、それまで黙っていた及時雨《きゅうじう》の宋江《そうこう》が、ここで初めて口をひらいた。 「あながちには申せません。鼓上蚤といえ、やはり一個の人命ですから。……それに捕《つか》まッた原因は“時報《とき》ノ鶏《とり》”をムシリ食ったつまらん悪戯にすぎませんが、これを捕えた祝家荘《しゅくかそう》では、梁山泊の廻し者として、声を大に、われわれを誹謗《ひぼう》しているとのことです」 「副統――」と、晁蓋《ちょうがい》はつねに一目おいて敬愛している宋江のことなので唇《くち》もとに微笑をみせながら「いつになく、このことでは、さいぜんから、ご熱心なお顔色ですな。どうしてですか、こんな小事件に」 「いや、事は小さきに似ていますが、なかなかこれは将来の大事を孕《はら》んでいる問題です。――なぜならば、祝氏ノ三傑をはじめ、かの独龍山三荘の勢力というものは、こことの距離、地勢、その他いろいろな条件からみて、どうしても行くすえ、わが梁山泊と、雌雄《しゆう》を決せねばならぬ運命をもっておりますよ」 「む、む」  と、かたわらに居並んでいる呉用、戴宗、秦明《しんめい》、林冲《りんちゅう》、みな大きくうなずいた。 「のみならずです。……祝朝奉《しゅくちょうほう》は、その身、土豪の長として、領下の民百姓の汗をしぼり取り、財を富庫《ふこ》に充《み》たして贅《ぜい》に倦《う》んでいますが、なおその欲望の底では官職の栄位を求めています。……折あらば、官軍を手引きして、梁山泊を攻めつぶし、それを手柄に官へ媚《こ》びんとしているもの。――機先を制して、われから彼を挫《くじ》くとすれば、今は絶好な潮時ですし、また鼓上蚤《こじょうそう》の出来《でか》した些事《さじ》も、かえって、いい機《き》ッかけと名分に相成りましょう」 「…………」 「かつはここの梁山泊も、爾来《じらい》、群雄が集まり、兵馬舟船なども厖大《ぼうだい》になってきたものの、あえて、非道な掠奪《りゃくだつ》はやっていませんから、ここへ来てようやく、庫中の糧秣《りょうまつ》や予備の財もとぼしくなってきています。そこでもし祝家荘《しゅくかそう》を襲って、彼の富をここへ移せば、まず数年はゆたかに兵馬を練っていられましょう。まざに一|石《せき》二鳥三鳥です。……さらに私には、もひとつの望みがある。それは李応《りおう》を味方に招きたいことです。祝氏の一子のため、不覚な傷を負ったようですが、同族の小伜《こせがれ》と、つい控え目に、甘くあしらっていたせいでしょう。撲天鵰《はくてんちょう》の李応は一人物です。なかなかそんな者ではありません。辞《じ》を低うして迎えるべき人物でさえあるのです。それだけでも大きな意義があるではありませんか」  満座、すっかり耳をすました。統領|晁蓋《ちょうがい》もいまは黙ってきいていた。衆判すでにそれと一致した色である。晁蓋はついに言った。 「わかりました。一切は先生におまかせする」 「ありがとうございました。では、かくまで主張を通したのですから、このたびのことには、率先《そっせん》、自分が陣頭に出て当りましょう。出陣のしたく、隊伍一切の編成は、統領から軍政司の裴宣《はいせん》へお命じ出しください」  これで大綱《たいこう》はきまった。  あくる日は、出陣祭が催され、そして楊雄《ようゆう》、石秀《せきしゅう》の入党も、同日、披露《ひろう》された。  相手は、一国の王侯にも比せられる勢力の祝氏《しゅくし》である。五、六千の兵は持ってゆかねばならない。――で、山寨の留守には統領晁蓋のほか、劉唐《りゅうとう》、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》など、本営のかために残ることとなったが、出陣の方には、名だたる男ども、あらましの豪傑が、宋江《そうこう》の麾下《きか》にしたがって征《い》で立った。  すなわち、宋江を総大将に。  そして、呉学究《ごがっきゅう》の呉用を軍《いくさ》奉行に。  花栄《かえい》、李俊、穆弘《ぼくこう》、李逵《りき》、楊雄、石秀、黄信、欧鵬《おうほう》、楊林。これが三千人一軍。  また、第二軍は。  林冲《りんちゅう》、秦明《しんめい》、戴宗《たいそう》、張横《ちょうおう》、張順、馬麟《ばりん》、鄧飛《とうひ》、王矮虎《おうわいこ》、白勝《はくしょう》などの三千余人。  それと遊軍の騎兵三百ずつが、両軍のあいだを、漠々《ばくばく》と、駒の蹄《ひづめ》を鳴らして出た。  すべては、糧秣船《りょうまつせん》とともに、金沙灘《きんさたん》の岸と、鴨嘴灘《おうしたん》の桟橋《さんばし》とから、ぞくぞく船列にのりこんで対岸へ押しわたり、そこでもういちど、戦闘態勢を組んで西へいそいだのだった。  日をへて、早くも祝家荘《しゅくかそう》の領内へ着く。  敵の本拠、独龍山の影も、その日、空の彼方、昼靄《ひるもや》のうちに早や指させた。 「まず、偵察が先だが」  と、宋江は、司令部とする幕舎《ばくしゃ》を張らせて、粗末な椅子《いす》につくとすぐ、花栄《かえい》とふたりで、仮に独龍山三荘図と称する、軍用絵図をひらいていた。 「花栄君、どうもこれだけでは、よくわからんしまた、信用して、実戦の指針とするわけにはゆかないね」 「もちろんです。何しろ、実測した絵図ではなく、俄か作製《づくり》の案内図に過ぎませんからな」 「特に、世間では、祝家荘の魔の道とかいわれている。万一の日の防ぎに、周到な用意がなされているのだろう。めったに、この線から先へは乗り込めまい」 「まず、物見隊を入れてみましょう」 「いや大勢はいけない。さりげない、探りを放してみるにかぎる」  すると、幕舎の幕の間を割って、ぬっと、赭黒《あかぐろ》い面をつき出して言った者がある。 「こころえた。あっしが行って、悉皆《しっかい》、道をしらべて参りましょう」 「ああ、李逵《りき》か。きさまではいかん。ひっこんでおれ」 「なぜです、先生」 「おまえの二|挺《ちょう》斧《おの》がものをいうのはまだ早い。人には人の能がある」 「黒旋風《こくせんぷう》では役に立ちませんか」 「いざ斬り込みとなったら出て来い。――そうだ石秀と、そして錦豹子《きんびょうし》の楊林《ようりん》をこれへ呼んでくれ」  やがて、二人は呼ばれて、宋江の幕舎へ入って来た。  楊林《ようりん》は、管鎗《くだやり》の使い手とか。先ごろ神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》が、その旅路から裴宣《はいせん》などとともに、梁山泊へつれて来た新入り仲間の一人である。  その才を試してみようとするものか。宋江は、この男と、※[#「てへん+弃」、(三)-203-7]命《べんめい》三郎の石秀とに、探りの役をいいつけた。 「かしこまってござる」と楊林は、選ばれた身を誇り顔に「じゃあ、てまえは短刀一本、ふところに呑み、旅の祈祷《きとう》坊主に化けて行きますから、石秀、貴公は錫杖《しゃくじょう》の音を目あてに、俺のあとから見え隠れについて来給え」 「いや、ただついて行くのも芸がない。この間までは薊州《けいしゅう》で、薪木売《たきぎう》りを生活《たつき》としていた私だ。薪木売りに身を窶《やつ》して行きますよ。いざッてえときには、天秤棒《てんびんぼう》も役に立つ」  二人は、その夜、身仕度を拵《こしら》え、明ける早暁に村道へ入って行った。  ところがである。――山の中へ深く入ってしまった。オヤ? と慌《あわ》てて取って返し、里へ出たつもりでいたが、さて一軒の家にもぶつからない。 「変だなあ?」  石秀は首をひねった。李応《りおう》の館《やかた》のあった所などは、方角の見当もつかないのである。半日以上、それからも、足を棒にして歩いたものの、まるで知恵の環《わ》か、迷路の藪《やぶ》にでも入りこんでしまったよう……。果ては路傍の大樹の下に、天秤《てんびん》をおろして、ヘタッと足を撫《な》でていた。  すると後ろの方から、ジャラン、ジャランと、錫杖《しゃくじょう》の音がしてくる。石秀はその者の影を見るとおかしくなった。これもまた狐に憑《つま》まれたような恰好なのだ。破《や》れ笠《がさ》のひさしに手をかけ、元気もなく、ただキョロキョロと道ばかり見廻して来る。 「おう、楊林。どうしたね?」 「やあ石秀か。ヘタばりそうだ……。いくら歩いたって、並んでいるのは並木ばかり。犬の子にも出会わねえ」 「いったい俺たちは、どこを歩いているのだろう。こんないい道があるのだから深山でもあるまいに」 「ひょっとしたら、梁山泊の襲来ときいて、人間から豚や犬コロまで、さっと逃げ散ッてしまったものか」 「そんなら部落の跡があるはずだろうに」 「それもそうか……。するってえと、おれたちは魔魅《まみ》に化かされているかな?」 「よしてくれ。何かこう、ゾッとしてきた。……おや、へんだな。いま風に乗って聞えてきたのは人声らしいぜ」  半信半疑、また歩き出して、一叢《ひとむら》の森道を抜けてみると、なんと、そこには忽然《こつぜん》と、かなり賑やかな田舎《いなか》町の一|聚落《じゅらく》がガヤガヤと喧騒《けんそう》していた。  それはいいが、二人がぎょッと、目くばせをつい交《か》わした。往来の人間は、すべて黄色い袖なしの“袍《ほう》”を着て、袍の背なかには、大きく「祝」の字が染め抜いてある。――のみならずみな非常時らしい足拵《あしごしら》えをかため、町通りの肉屋、酒屋、寺子屋、何かの細工屋、髪結い床《どこ》の軒先にまで、鎗立て、刀掛けが、植え並べてある。  いやもっと、物々しいのは、町会所の柵門《さくもん》で、刺叉《さすまた》やら鳶口《とびぐち》のごとき物まで並べたて、火事|櫓《やぐら》には、人間が登って、四方へ小手をかざしているふうなのだ。――すべてこれ、町じゅうが戦時態勢で、また、町じゅうの若い男女が、みな民兵と化しているすがたであった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 不落《ふらく》の城には震《ふる》いとばされ、迷路 の闇では魂魄燈《こんぱくとう》の弄《なぶ》りに会うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「こいつは、おかしい。うっかり町へは物騒《ぶっそう》で踏み込めないぞ。気をつけろ、石秀《せきしゅう》」 「いや楊林《ようりん》。おめえはそこらの物陰で待ってるがいい。おれ一人で探って来るから」 「いいか、一人で大丈夫かよ、おい」 「おれよりは、おめえの方こそ、ちょこまかして、化けの皮を剥《は》がれるなよ」  石秀は言い捨てた。楊林に荷担《にない》を預け、ひとりカラ身で町中へまぎれ込んで行ったのだった。そして人の好さそうな老人が町中の軒ばに佇《たたず》んでいるのを見ると「……すみませんが、水を一杯」と、小腰をかがめて近づいた。 「ああ、水かね。おあがり。土間の甕《かめ》から勝手に汲《く》んで」と、老人はともに中へ入って来ながら――「オヤおまえさんは、旅の者だね。この町じゃ見たことのない人だ」 「へい、山東《さんとう》から出て来た棗商人《なつめあきんど》でござんすが」 「そうそう、棗漬《なつめづけ》は山東が本場だったな。だが、荷物はどこへ置きなすったえ?」 「それがさ、おとしより、途中でどえらい[#「どえらい」に傍点]目にあいましてね」 「ははあ、梁山泊《りょうざんぱく》の寨兵《さいへい》にぶつかったんだろ」 「まるで戦争支度でしたよ。いきなりそいつらに脅《おど》されたので、荷物も何も押ッぽり出して一目散ッていうわけでさ……。おとしより、ご存知ですかえ」 「知らいでかい。見さッしゃれ。この町でも、町会所から火ノ見|櫓《やぐら》にまで、ああして武装した若い衆が詰め合っているところだよ」 「道理で……どこの軒にも槍や棒が立てならべてあると思ったら」 「ここは祝家荘《しゅくかそう》といってね、うしろの岡が独龍山《どくりゅうざん》だ。つまり岡全体が、ご領主の祝朝奉《しゅくちょうほう》さまのお館《やかた》さ、梁山泊のやつらは、そこへ攻めよせて来たんだな、恐れも知らずに」 「ヘエ、じゃあほんとに戦争じゃありませんか。こいつはまアえらいところへ舞い込んじまった。たいへんですね、守る方も」 「なあに、梁山泊の寄手《よせて》ぐらいに、ビクともするご領主じゃありませんよ。ここらのご城下だけでも一万戸の余もあるし、岡の東西にはまだ二つの村があって、東には撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》さま一族がひかえ、西には扈《こ》の大旦那をかしらに、あだ名を一|丈《じょう》青《せい》といって、ひとり娘だが、扈三娘《こさんじょう》というたいした腕前の女将軍もおいでなさる」 「ほ。お嬢さんでいながらね。それにひきかえ、てまえなどは、さっきからもう足のふるえがガクガクとして止まりませんや。いったい、無事な所へ出るにはどう行ったらいいでしょうか」 「道かね」と、老人はすこし口を濁し気味だったが、「……ま、こっちの部屋へ来て、飯でも喰べて行きなさい」 「どうも、とんだお世話にあずかって相すみません。おじいさん、失礼ですが、お名まえは」 「わしかね、わしは二字名の苗字《みょうじ》で、鐘離《しょうり》といいますのさ。この地方には、祝《しゅく》という姓が多いんだが」 「祝氏《しゅくし》でかためられているわけですか。ところで、その祝家荘からほかの土地へ出るには一本道でしょうか」 「どうして、ここらの道は蜘蛛手《くもで》になっていて、迷い込んだがさいご、皆目、出道のわからぬ何とかの藪《やぶ》知らずも同然だ」 「ヘエ、そんな迷路なんですか」 「いざッてえ時の要心に備えてあるのさ。だがの棗屋《なつめや》さんよ。おまえにだけはそっと耳打ちしてあげる。――なんでもいいから、道の曲がり角へ来たら白楊樹《はくようじゅ》[#1段階小さな文字](ポプラ)[#小さな文字終わり]を目あてにお曲がり。白楊のない方へうッかり行くと、行けども行けども同じ藪か、ふくろ路次。どうかすると落し穴だの、針金の茨《いばら》だの、猪罠《ししわな》なども仕掛けてあるぞ」  こう聞かされていた時だった。とつぜん往来をガヤガヤと人騒《ひとざわ》めきが流れてゆく。「密偵《いぬ》だ、いぬだ」「梁山泊の密偵《いぬ》が一匹捕まッた」という喚《わめ》きなのである。  石秀はぎょっとした。さては楊林《ようりん》が捕まったか。「さあ、どうしよう?」彼は老人とともに表へ出てみた。そして民団の槍や棒の中に、裸にされた縄目の楊林が追ッ立てられてゆくのを見ても、さて、どうにも手出しは出来ずにしまった。  ところへまたも、一群の正規兵が、隊伍《たいご》粛々《しゅくしゅく》と、目の前を通りすぎた。総《ふさ》つきの立て槍を持った騎馬隊と鉄弓組の中間には、雪白の馬に跨《また》がった眉目《びもく》するどい一壮士の姿が見えた。老人は敬礼で見送っていたが、あとで石秀にこういっていた。 「ごらんなすッたろ。いま行ったのが祝朝奉さまのご三男、祝彪《しゅくひょう》さまだよ。そして扈家荘《こかそう》のお一人娘、一|丈《じょう》青《せい》という女将軍とは、お許娘《いいなずけ》になっている。なにしろ祝氏《しゅくし》ノ三傑といわれる中でも、兄弟中で一番の偉者《えらもの》だそうな」  かかるうちに、町はいよいよ戦時態勢の沸騰《ふっとう》ぶりだ。これでは道も危険だからと、老人は裏の草小屋を石秀のために開けて、この騒ぎがおちつくまで、泊ってゆくがいいといってくれ、石秀もまた「では、ご親切にあまえて」と、その晩はついにそこへもぐり込んでいた。  すると宵の口だった。領主からの布令だろうか。一軒一軒大きな声で触れ歩いてゆく声がした。いわく「今夜半には、例の紅《あか》い挑灯《ちょうちん》、魂魄燈《こんぱくとう》に従《つ》いて、民団の壮丁すべて行動せよ。梁山泊の賊将|宋江《そうこう》以下を、迷路へ引き込み、期して生《い》け擒《ど》りにしてくれるのだ。よろしいか! 魂魄燈《こんぱくとう》を見失うなよ。日ごろ訓練の魂魄燈の合図に従って動くのだぞ」と。  一方、祝家荘《しゅくかそう》の入口に駐屯《ちゅうとん》していた梁山泊軍七千の上も、暮天《ぼてん》ようやく晦《くら》く、地には刀鎗《とうそう》の林を植えならべ、星は殺気に白く研《と》がれていた。 「ああ、二人とも捕《つか》まったか」  宋江はいま、帰ってきた細作[#1段階小さな文字](しのび)[#小さな文字終わり]の報をきいて、楊林、石秀を物見に出して、つい深入りさせたことを、わが罪のように悔いていた。 「こうなっちゃ、捨ておけますまい。あっしが先陣して斬り込もう。宋《そう》大将はおあとから進んで、二人を敵から助け出しておくんなさい」  大言はいつも黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》の専売といってよい。これが日頃ならその逸《はや》りを制すところだが、いまは宋江も「よし!」といって起《た》った――。すなわち先駆の一陣は李逵《りき》と楊雄《ようゆう》。――しんがりは李俊《りしゅん》ときまった。  そして宋江《そうこう》は、ひだりに穆弘《ぼくこう》、みぎには黄信《こうしん》、さらに花栄《かえい》、欧鵬《おうほう》らの兵幾団を、二陣三陣と備え立てて、戦鼓《せんこ》、陣鉦《じんがね》、トウトウと打ち鳴らしながら、独龍岡《どくりゅうこう》へじかに攻めのぼった。――まさか石秀一人は、難をのがれて、その晩、麓町《ふもとまち》の一軒の草小屋に、息をこらしていようとは想像もされていなかったのだ。  さらにはまた、祝朝奉家の本拠、独龍岡の山館《やまだち》の前へも、何らさえぎるものなく来てしまった。――見れば濠《ほり》の吊《つ》り橋を高く上げ、門扉《もんぴ》かたくとざして、山城一帯は寂《せき》として声もない。 「ざまを見やがれ、恐れやがって」  先鋒は、猛夫の李逵《りき》だ。なんでただ見ていよう。例の二|挺《ちょう》斧《おの》を諸手《もろて》に、濠へ下りて、浅瀬から馳け渡らんとする様子に、楊雄はおどろいて、連れもどした。 「暴勇は笑いぐさだぞ。敵には計があるらしい。とにかく、引っ込め」 「ばかをいえ。ここまで来て思い止まれるものか。臆病風に吹かれたなら、きさまは後ろで見物していろ」  言い争っているところへ、宋江の中軍もぞくぞく着いて来た。宋江は二人の争いを見て言った。 「楊雄のいうのが正しい。これへ来てからわしも思い出した。――敵ニ臨ミテハ急ニ暴《ボウ》ナルナカレ、と彼《か》の天書にも載《の》せてあった。こよいの急襲はちと暴だったぞ。すべてみな兵を退《さ》げろ」 「えっ、退《さ》げるんですって、何もしずに」 「そうだ、命令にそむくやつは、罰するぞ」  言には峻烈《しゅんれつ》なするどさがあった。が、それでさえ間に合わないほど、とたんに、轟然《ごうぜん》と一発ののろしが天地をゆすッた。もちろん彼方の城中からである。それと百千のたいまつが赤々と満城にヒラめき立ち、門楼、やぐら、石垣の上などから、火矢、石砲、弩弓《どきゅう》の征矢《そや》などが雨とばかり射浴《いあ》びせてきた。 「しまった!」  宋江はこの深入りを転じるべく、声をからして、 「全軍、元へ引っ返せ。行く行く伏兵にも気をくばれ!」  しかし、ひとたび崩れた人馬の混乱は容易でない。さらには、意外な方角からも、石火矢《いしびや》の唸《うな》りが火を噴《ふ》いて樹林を震《ふる》わせ、そこらの巨木の上からも乱箭《らんせん》が降りそそいでくる始末だ。 「伏兵は四面にいる。慌《あわ》て惑うな、四散するな。ただ一道をさしてつき破れ」  ところが、たちまち全軍の足はバタと止まり、逆に先の方から押し戻されて来る。「なぜ進まん?」と後ろでいえば、前方は行き止まりの袋路次だという。「では、べつな方へ」と転進すれば、そこでもまた行く手にあたって、カラ濠《ぼり》があり針金の柵《さく》があり、小道を探ッてみてもソギ竹だらけで歩けもしない大藪《おおやぶ》の闇だとある。 「ああ、惨《さん》たる敗北! これがこの宋江の最期とは」と彼は嘆じた。だがそのとき、天来のような騒《ざわ》めきが殿軍《しんがり》からつたわって来た。「石秀だ」「石秀が来た!」というのである。「はて?」と疑うまもなかった。まぎれもないその石秀が宋江の馬前へ来ていた。彼は昼からの仔細を早口に告げ、そしてなお、ここの迷路についてこう呶鳴《どな》った。 「ただやみくも[#「やみくも」に傍点]に歩いても、迷うばかりで荘《むら》の外へは抜け出られませんぞ。白楊樹《はくようじゅ》が正しい道の目じるしです。曲がり角へ出たら、なんでも白楊の立木を目あて[#「あて」に傍点]に折れ進んで行ってください」  やがて方向はそれによって駸々《しんしん》と支障もなく流れだした。しかしその進路にはまた伏兵のうごきが見え、その動きはいよいよ執拗《しつよう》に、いよいよふえるばかりだった。そこで宋江はかさねて石秀にただしてみた。 「なぜだろう。行けども行けども、伏兵がつきまとうのは。いかに祝朝奉の勢力でも、こう手兵の多いはずはないが」 「そうです。正規の兵ではありません。あれは祝家荘《しゅくかそう》の民兵が、魂魄燈《こんぱくとう》の合図にあやつられて、あっちへ動き、こっちへ廻り、いわゆる変現を見せているので大勢に見えるわけです」 「なに、魂魄燈の操作《あやつり》だと?」 「ごらんなさい。あの高藪《たかやぶ》の上に、ふらふらと、人魂《ひとだま》のような赤い挑灯《ちょうちん》がしきりに暗号を振っているでしょうが」 「オオあれがか。花栄《かえい》、花栄」 「なんですっ、副統《ふくとう》」 「いまの話を聞いたろうが。君は空行く雁《かり》をさえ射落すほどな弓の達人だ。あの遥かな赤い灯を射消《いけ》せまいか」 「造作はありません。こころえました」  キ、キ、キ……と引きしぼった花栄の弓弦《ゆんづる》がぶんと鳴ったと思うまに、遠い所の一点の火光が、とたんにぱっと掻き消された。それからは、もとより訓練もない土民兵のこと、闇はしどろな気配だけだった。いや、するとすぐ一|颯《さつ》に散り去った木の葉のような跡を、一隊のひづめが地を打って近づいていた。遊軍の李俊《りしゅん》と秦明《しんめい》の隊が、彼らを駆けちらしつつ合流して来たものだった。  いつか朝となっている。全軍は村はずれの一|丘《きゅう》に集合して、からくも死地をのがれえた無事を見合い、さて、人員点検の段になると、 「黄信《こうしん》がいない!」 「黄信は討死にしたらしい」  と、俄かにみな悲しみだした。  すると、黄信の手についていた手下の兵が言った。 「いや黄将軍は、死んではおりません。ゆうべ葦《あし》の中で、伏兵の熊手に馬の足を攫《さら》われ、落馬したところを、大勢の敵にのし[#「のし」に傍点]かかられていたような様子でした」 「きさま、なぜ今まで黙っていたか」  宋江は怒ったものの、最下級の兵ともいえない手下のことだ。怒るよりは、さて、いかにその黄信を取り戻すか。また昨日捕われた楊林の身も――と、朝の野天兵糧《のでんひょうろう》をみんなしてすますやいな、評議にかかった。  すると、病関索《びょうかんさく》の楊雄《ようゆう》がすすみ出てこう献策《けんさく》した。 「独龍岡《どくりゅうこう》の強味は、三家|鼎足《ていそく》の形をなしているからです。けれどいつかも申しあげた通り、東麓《とうろく》の一族、撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》だけは、本家の祝氏《しゅくし》と気まずくなっているだけに、こんどは加勢に出ていません。……だのに、副統にはなぜ、そこへお目をつけられませぬか」 「なるほど、それはわしの一失だったな」  宋江は彼の策をいれ、さっそく東の李家を訪ねて、李応を味方に抱きこむべきだと思い立った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 二刀の女将軍、戦風を薫《かお》らして、 猥漢《わいかん》の矮虎《わいこ》を生け捕ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  宋江《そうこう》は自身その使いに立った。  楊雄《ようゆう》に道案内させ、花栄《かえい》、石秀など二百騎を後ろに連れて、李家荘《りかそう》の濠端《ほりばた》まで来てみると、はやくも門楼では非常太鼓が聞こえ、吊《つ》り橋もひきあげられて、寄せもつけない厳たる警戒ぶりにみえる。 「これは梁山泊《りょうざんぱく》の宋江と申す者です。ご当家に敵意はない。ただひとえに、ご主人|撲天鵰《はくてんちょう》李応《りおう》どのへ拝姿をえたく伺った事、なにとぞお取次ぎを。お疑いなく、お取次ぎをねがいまする」  濠越《ほりご》しに、馬上の宋江は、こう大音声をくりかえした。――と、まもなく、彼方の石垣から一そうの小舟が渡って来た。これなん、楊雄とは親しく、また楊雄を恩人ともしている、李家の食客、鬼臉児《きれんじ》の杜興《とこう》だった。 「おう兄弟」――と、楊雄はさっそく、彼を引いて、宋江にひきあわせたが、杜興は何ともすまない顔つきで、こういった。 「せっかくですが、主人李応は、病中でもあり、なんとしても、お目にかかれん、とのみで苦《にが》りきっておられます。またの折もございますこと、今日のところはどうぞ一つおひきとりのほどを」 「矢傷をうけて、ご療養とは伺ッておる。だが、会えぬというのは、それだけの理由でもありますまい。ご本家、祝朝奉《しゅくちょうほう》にたいするご遠慮か」 「それもありましょう。それとまた、主人は直情の士です。梁山泊《りょうざんぱく》の人間は、いわば、無頼《やくざ》の集まりで、しかも天下の叛逆人《はんぎゃくにん》だと、卑《いや》しむ風がないでもございません」 「ごもっともだ!」と、宋江はいった。「それでこそ撲天鵰《はくてんちょう》その人らしい。さるを、しいてその人に義を曲げさせようとしたのは心ないわざだった。ご面会はあきらめましょう」 「申しわけございません」 「なんの。……この上は李応どのの援助を待たず、祝家荘《しゅくかそう》の敵は、自力で討つ。……もしその以後に、ご縁もあらばお目にかかる」 「主人李応も本来ならば三家一体で、独龍岡《どくりゅうこう》の守りに立つところですが、こんどのことでは、本家の仕方をいたく怒ッておりますので、加勢には出向きません。――とはいえ、西の扈家荘《こかそう》の女将軍一|丈《じょう》青《せい》は、日月の双刀をよく使う稀代《きたい》な女傑ですし、独龍岡そのものも、不落の城、充分お気をつけなさいまし。わけてその荘門は、前と後ろ、前後同時に攻めなければ、破れるものではございませぬ」  杜興《とこう》はなお、知るかぎりの地理やら、攻め口、城中の内状などを、宋江に助言した。――宋江はふかく謝して、さて、以前のわが陣地へ帰るやいな、云々《しかじか》であったと、むなしく戻って来たわけを、帷幕《いばく》の面々へはなして聞かせた。 「ふざけやがって――」と、話の途中で、怒り出したのは李逵《りき》である。「副統も副統だ、なんで唯々諾々《いいだくだく》とお引っ返しなすったのか。李応とかいう奴、二タ股《また》者《もの》にちげえねえ。まずその李家荘からさきに蹴ちらそうじゃございませんか」 「いや、李応は立派な人間だ。彼を敵にしてはならん。それよりは、囚われの味方二人の生命が心もとない。諸君、もういちどこの宋江の令をきいて、祝朝奉《しゅくちょうほう》の本家へ向ってはくれまいか」  言下に、鎧響《よろいひび》きを立てて、帷幕《いばく》のかしらだった者、ざっと、一せいに起立をみせた。 「おことばまでもありません。して先陣は誰としますか」 「もちろん、この俺だ」と李逵《りき》が買って出るのを、宋江は、一|眄《べん》の下に叱った。 「ひかえろ。李逵の先鋒はまま事を破る。君はこんどは後陣に廻れ」  李逵はむくれる。――しかし宋江は、馬麟《ばりん》、欧鵬《おうほう》、鄧飛《とうひ》、王矮虎《おうわいこ》の四名を指名し、 「わし自身が、先陣に立つ」  と、言った。  第二隊には、戴宗《たいそう》をかしらに、秦明《しんめい》、楊雄、石秀、李俊、張横《ちょうおう》、張順、白勝《はくしょう》。  第三隊は林冲《りんちゅう》、花栄《かえい》、その組の中に李逵も入っている。つまりは、総攻撃である。赤地に「帥《すい》」の大字を白抜きした大旗をさきに、陣鼓《じんこ》鼕々《とうとう》、祝朝奉家《しゅくちょうほうけ》の山城へせまった。  ここ独龍岡《どくりゅうこう》の城門の大手には、巨大な青石に、一篇の頌《しょう》が刻《きざ》んである。 [#ここから2字下げ] 森々《しんしん》の剣《つるぎ》 密々の戟《ほこ》 柳花《りゅうか》 水を斬り 草葉《そうよう》 征矢《そや》を成す 濠《ほり》を繞《めぐ》る垣は是《こ》れ壮士《おのこ》 祖殿《そでん》には在《あ》り 三傑の子 当主の朝奉《ちょうほう》 智謀に富み 事しあらば 満城|吠《ほ》ゆ 独龍山上 独龍|岡下《こうか》 窺《うかが》う外賊は仮にもゆるさず 一触 霏々《ひひ》の虫と化《け》し飛ばさん [#ここで字下げ終わり] 「おや、まだ何か、そこの杭《くい》に?」  宋江が近よって見ると、それには新しい墨気《ぼっき》で、こう詩句めいた文字が読まれた。 [#ここから1字下げ] “水泊《スイハク》ヲ填《ウズ》メ平《タイラ》ゲテ晁蓋《チョウガイ》ヲ生擒《イケド》リ” “梁山《リョウザン》ヲ踏破《トウハ》シテ宋江ヲ捉《トラ》エン” [#ここで字下げ終わり]  馬麟《ばりん》、王矮虎《おうわいこ》らは、これを見るなり怒髪をさかだてて。 「うぬ、小癪《こしゃく》な唄い文句。ようし、ここを踏みつぶさぬうちは、梁山泊へはひきあげぬぞ」  しかし、宋江は冷静だった。  三軍のうち、第二隊だけを、ここの前門にのこして、自身の本隊と第三隊は、道を潜行して、搦手《からめて》の裏門へかかった。  ところが、はしなくも今、敵側からも搦手《からめて》の坂を、馳け下りてきた一勢がある。――それぞ大手の寄手の背後を突くべく、兵五百ほどをひきつれて裏門を出た扈家荘《こかそう》の秘蔵むすめ、あだ[#「あだ」に傍点]名を一|丈《じょう》青《せい》という女将軍であったのだ。  宋江は、見るやすぐ、左右へ言った。 「オオ、あれなん噂の扈三娘《こさんじょう》にちがいない。誰かあの蝶の如き戦士を、手捕りにして連れて来ないか!」  すると、言下に。 「おう、まかせておくんなさい」  馳け出したのを誰ぞとみれば、槍を取っては無敵と号する王矮虎《おうわいこ》その者だった。「矮虎《わいこ》だ、矮虎が行ったわ」と、やんや、やんやの声援である。それに応《こた》えて、敵方でもワアアッという鬨《とき》の声。はやくも扈三娘はその青毛の駒をのりすすめ、単騎、ござんなれと待ちすましている姿。  しかも、涼霄《りょうしょう》の花も恥ずらん色なまめかしい粧《よそお》いだった。髪《かみ》匂《にお》やかに、黄金《きん》の兜巾簪《ときんかんざし》でくくり締め、鬂《びん》には一|対《つい》の翡翠《ひすい》の蝉《せみ》を止めている。踏まえた宝鐙《あぶみ》には、珠をちらし、着たるは紅紗《こうさ》の袍《ほう》で、下に銀の鎖《くさり》かたびらを重ね、繍《ぬい》の帯、そしてその繊手《せんしゅ》は、馬上、右と左とに、抜き払った日月の双刀《そうとう》を持っているのであった。 「……これは、いけない」  はるかに見ていた宋江は、一丈青へおめきかかった王矮虎のいつにない槍のにぶさに、すぐある一事を思いあたっていた。  元々、矮虎ときては色情《いろ》に目のない性分である。その彼をして、窈窕《ようちょう》たる美戦士へあたらせたのは、けだし人をえたものではない。事実、王矮虎は近づいて彼女の二刀に接するやいな、すでに戦意と色欲とは半々だった。でも、隙をみせれば斬られるから必死は必死におめきかかって、丁々《ちょうちょう》閃々《せんせん》、ひたいに汗をかいて、幾十合と接戦のおめきはあげつづけているものの、ともすれば、ああ美しい女だ! とつい思い、刃《は》がねの火花にも、何か、べつな精気をふと漏らしてしまいそうだった。同時に、一丈青もそこは女の直感《かん》で、 「ま、なんていう敵だろう。ふざけた男よ」  と、いちばい、憎さも憎しと柳眉《りゅうび》を立てて、綾《あや》なす二刀の秘術をきわめ、魔術とも見えるその迅《はや》い光の輪のうちに、発止《はっし》と、相手の槍を見事、巻き取ッて搦《から》め落していた。 「――あッ、しまった」  鞍の上から矮虎《わいこ》が思わず身を泳がせる。すかさず、一丈青の一刀が、片手なぐりに肩をなぐった。カンと金属的な音がそれにこたえたのをみれば、幸いにも、鎧《よろい》の金具が、矮虎の一命を救っていたものとはみえる。だが、よほどな衝撃だったのだろう。そのまま矮虎の体は鞍からもんどり打っていた。 「だれか。はやくこの敵を、搦《から》めておしまい!」  一丈青の涼しげな声だった。そう後ろの味方へいうとすぐ、彼女の二刀はもう次の敵を迎えている。矮虎危うしとみて、救いに出て来た欧鵬《おうほう》だった。  だが、間に合わず、矮虎はたちまち、城兵方の縄目にかかり、どっと敵に気勢をあげさせている。欧鵬はあせッた。挑《いど》みかかった彼の鉄鎗《てっそう》もまた、蝶になぶられているようで、いたずらな、空《くう》を感じてきたからだった。「いまいましさよ」と、猛《たけ》れば猛るほど、自分の呼吸も馬の息も、ただ荒《すさ》ぶのをどうしようもない。  宋江は、これ、ただならずと見て、 「鄧飛《とうひ》も出ろ。馬麟《ばりん》も助太刀に行け」  と、躍起になった。  もう一騎討ちを見物している場合でない。  敵の搦手門《からめてもん》からは、祝朝奉《しゅくちょうほう》の長男、祝龍の一手三百人が現われて、宋江の側面へ狙い寄っている。――果然、宋江の身辺にも殺気が立つ。ところへ、大手の秦明《しんめい》が一部隊をひッさげて応援に来た。宋江はよろこんでそれへもすぐ命じた。 「ここはいい! 馬麟《ばりん》、鄧飛《とうひ》とともに、あれなる扈三娘《こさんじょう》へ当ってくれ。矮虎は早やあの手の者に生け捕られている」 「こころえた」  秦明の一隊が、猪突《ちょとつ》をしめすと。 「待った」  とばかり、その途中で、祝龍の手勢が横からぶつかってきた。  だが、秦明の狼牙棍《ろうがこん》[#1段階小さな文字](棘《とげ》立った鉄棒)[#小さな文字終わり]にあたりうる敵はない。もしこのとき、城中から祝家の武芸指南番、欒廷玉《らんていぎょく》が助けに出て来なかったら、祝龍もあぶなかったとさえいえる。 「拙者が代る。あなたは退《ひ》いて、一ト息入れておいでなさい」  欒廷玉《らんていぎょく》は、その新手をひきいて、秦明の前に立ちふさがった。そしてさんざん戦い疲らせたあげく、偽って、逃げ出した。そこに埋伏《まいふく》の計があるとも知らず、秦明は騎虎の勢いのまま追っかけて行き、草むらの落し穴へ馬もろとも顛落《てんらく》した。伏兵がいたのである。  そればかりか、鄧飛《とうひ》も同じ計にかかった。  鄧飛は、一|丈《じょう》青《せい》の部下を蹴ちらしていたのだが、ひょいと振向いたせつな、 「ああ、秦明《しんめい》が?」  と、戦友が陥《お》ち入ったらしい危難の姿に、われを忘れてそこへ飛んで行ったものである。いわばわれからかかッた罠《わな》のようなもので、近づくやいな“馬縛《うまがら》めの縄《なわ》”と呼ぶ陥穽《かんせい》に引ッかかって、たちまち伏兵の好餌になってしまったのだった。かさねがさねというほかはない。  一方、欧鵬《おうほう》と馬麟《ばりん》とは、 「これはそも、人か天女の怪か」  と、なおまだ、女の一|丈《じょう》青《せい》ひとりを、男ふたりして、もてあましていた。  ただ強いといっただけでは言い足りない。身の迅《はや》さは浪をかすめる燕《つばくろ》のようである。また、白雪の屑《くず》がひらめく風と戦っているようなものだ。そしてうか[#「うか」に傍点]とすればすぐ繊手《せんしゅ》の二刀が斬りこんでくる。息もできぬほど、みぎ、ひだり、と斬りきざんで来る。それさえ、受け太刀ぎみで喘々《せいせい》いっていると、そこへ、 「お嬢《じょう》さま、一匹はひきうけましたぞ」  欒廷玉《らんていぎょく》が、加勢に飛んで来たのである。はッと、欧鵬《おうほう》は馬を交《か》わした。けれど、欒廷玉が振り下ろしたくろがねの鎚《つち》は、せつな、欧鵬のどこかにぶつかったらしい。欧鵬は落馬し、ウームとそのまま起ちもえない。  このとき、宋江もまた、全軍のさきに身をさらして、乱軍のなかにいたので、 「それっ、欧鵬の体を、馬の背へ拾い上げろ」  と、とっさの指揮はしたものの、その欧鵬を、助けとるだけが、やっとであった。馬麟《ばりん》も一丈青に追われ、すべての敗色はどうしようもなく、味方が味方を押して、坂下遠くの、ま南まで逃げなだれた。  ここには第二隊の楊雄、石秀、花栄らがいた。この惨敗に歯がみして、 「夜叉《やしゃ》ではあるまい。よしっ、小癪《こしゃく》な女戦士を」  と、代って進み出たが、すでに一丈青や祝龍の姿はない。敵の新手は、名だたる祝氏の三男坊、祝彪《しゅくひょう》の五百余騎となっている。  こんどの敵は、みだれ矢をあびせてきた。近づきもえない矢ぶすまである。そのうち槍組二百人が突進して来るし、駿馬《しゅんめ》にまたがって祝彪が、これまた雷光《いなずま》のごとく出没して、ひとつ所になどとどまっていない。  陽《ひ》はたそがれ、夕雲赤く、まったく、乱戦のかたちをおびてきた。――大手のかたの、李俊《りしゅん》、張横《ちょうおう》、張順、穆弘《ぼくこう》らも、濠水《ほりみず》に入って、敵塁《てきるい》に取りすがろうと企てたが、つぶて、乱箭《らんせん》、石砲などに会って寄りつけず、陸上の戴宗《たいそう》、白勝も唖然《あぜん》たるばかりで、手のくだしようもない様子である。 「ああ、過《あやま》った。戦《いくさ》の指揮などは、この宋江のがらではなかった。これ以上の死者を出すのは見ていられぬ」  宋江は急に退軍の銅鑼《どら》をうたせた。彼らしいところである。薄暮の下に総勢をまとめて、泣いてくやしがる猛者《もさ》どもをなだめて、村口の方へひきあげ初めた。といっても無事には退《ひ》けない。敵の追撃に、返しては戦い、戦ってはまた、退路をさがす、といったようなくるしみだ。  しかも敵は、地理に明るいし、急追《きゅうつい》、また急追の気負いをゆるめない。宋江の軍は、闇夜彷徨《あんやほうこう》のすがただった。そのうち、行くての道に先廻りしていた一勢の敵が現われた。夜光虫のような燦々《さんさん》たる一騎がその先頭を切って来る。胆《たん》、驚くべし、女将軍の一丈青であった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 小張飛《しょうちょうひ》の名に柳は撓《たわ》められ、花の 美戦士も観念の目をつむる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  一丈青の扈三娘《こさんじょう》は、あれからいちど、城へ入って、息をやすめていたものか。粧《よそお》いまでもかえている。  嵌玉《かんぎょく》のかぶと、磨銀《まぎん》のよろい、花の枝を繍《ぬ》い出した素絹《そけん》の戦袍《せんぽう》すずやかに、 「宋江とやらのおからだを戴きましょうか」  と、言い払い、ホホとその白い花顔《かんばせ》が闇を占めて笑っているかのよう。……宋江以下、修羅《しゅら》という修羅の場かずをふんできた梁山泊の男どもも、思わず馬列を恟《すく》み立てて、 「や? 一丈青」  と、何とはなくぞく[#「ぞく」に傍点]とした。  だが、そんな神経を持たないのもある。黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》だ。 「なにを、阿女《あま》っちょめが、洒落《しゃら》くせえ」  と、薄刃金《うすはがね》の二|丁《ちょう》斧《おの》をひッさげて、彼女の前へ挑《いど》みかかった。しかし、かたわら疎林《そりん》のうちで、ザッと、風の通るような音がしただけで、一丈青の影は、もう李逵《りき》の目のとどく所にはいなかった。  かえって、李逵は求めもしない敵の雑兵の中に置かれ、二丁の斧は、大いに怒った。そしてそこはたちまち一団の乱戦と化した。 「後ろからも、敵が尾《つ》けてくる」  宋江は、敵の詭計《きけい》を怖れた。周囲も彼へ、ここにかまわず、落ちろとすすめる。  ところが、先へ落ちて行くと、またもや行くての闇のうちから、こう美しい音声《おんじょう》が揶揄《からか》うように響いてきた。 「逃げようとて逃がしはせぬ。――宋江とやらのお体をいただきましょうか」 「あっ?」  と、駒をひるがえすまもなかった。  日月二刀のひらめきが彼の身をかすめ、それを庇《かば》おうとした誰か一人は馬上からずんと斬り下げられていた。戛然《かつぜん》と、戟《ほこ》の柄《え》がつづいて斬られた。暗さは暗しである。宋江は危なかった。  すると、さらに一陣の突風がこの渦《うず》の中に渦を加えた。キラと夜目にもしるき獅子頭《ししがしら》の兜巾《ときん》と、霜花毛《しもげ》の駿馬《しゅんめ》にまたがった一壮漢の姿を、その一勢のうちに見て、宋江はおもわず地獄で仏のような声を発した。 「豹子頭《ひょうしとう》か。加勢に来たのは豹子頭の林冲《りんちゅう》か」 「林冲です、林冲ですっ。ここは打ちすててお落ちください」  聞くとすぐ、宋江ならぬ一丈青のほうが、颯《さ》ッと、駒の背に身を沈めて横道へ馳け出した。  林冲といえば、梁山泊《りょうざんぱく》以外でも、「当代の小張飛《しょうちょうひ》」という勇名がある。それには一丈青も女ごころの脅《おび》えにふと吹かれたものか。 「待てっ。女将軍」  林冲は逃がさない。馬の速さがてんで違う。観念したものか、一丈青はふいに馬を向けかえた。林冲の打物は、丈八の蛇矛《だぼう》であった。彼女の二刀もすぐその一剣は搦《から》み落され、ひッきりなしに、睫毛《まつげ》へ迫る白い焔《ほのお》のような蛇矛の光を交わしながら、彼女のしなやかな腰から胸はまるで柳の枝を撓《たわ》めるように何度も反《そ》ッた。  彼女は死を忘れて恍惚とした。林冲に翻弄《ほんろう》されるのが甘美でさえあった。気づいたときは、手にさいごの一剣もなく、林冲の猿臂《えんぴ》[#ルビの「えんぴ」は底本では「えんび」]にかかって、鞍の上から毟《むし》りとられていた。宙を飛ぶ巨大な男の腕のなかに、彼女はあきらめの目をつぶっていた。窒息《ちっそく》の境が甘い夢のようだった。 「副統、生け捕ってまいりました」  投げ出された所は、すでに村口の梁山泊軍の幕舎だった。宋江は無事一ト足先に着いていたし、ほかの幕僚なかまも、続々、たどりついて来つつある最中《さなか》らしい。 「林冲。まったく貴公のおかげだ。これでいささかは梁山泊の面々へも申しわけが立つ」  しかし宋江は、終夜、浮かない容子《ようす》だった。明け方までは寝もしていない。――三々伍々、逃げおくれた部下の着くのを、いちいち迎えて人員のまだ不足なのに心を傷《いた》めていたのである。  おびただしい損害だった。翌日は帳《とばり》に入ったが、なお輾転《てんてん》と自責にもだえた。そしてやがて、おもい瞼《まぶた》をして帳を出ると、 「女はここにおけぬ。組の頭《かしら》四人、兵三十人で、一丈青の身を馬の背にくくし付け、即刻、梁山泊の内へ、送りとどけて来い」  と、命じた。  また、欒廷玉《らんていぎょく》のために、重傷を負ってうめいている欧鵬《おうほう》の身を案じて、それも同時に、山寨《やま》へ送らせるようにした。 「はてね?」  使いに選ばれた小頭《こがしら》たちは、快馬をそろえて村口を離れるとすぐ、顔見合せてクスと笑いあったものである。 「どうも、ただじゃないよ。宋《そう》副統も元は女のしくじりで山寨《やま》入りしたお方だからな。このみちはまたべつさ。きっと一丈青におぼしがあるにちげえねえ。……ふ、ふ、ふ」  戦《いくさ》には勝ち誇ったが、祝氏《しゅくし》一族の側にすれば、独龍岡《どくりゅうこう》の花、一丈青の扈三娘《こさんじょう》を敵の手にゆだねた一事は、 「ざんねんだ、千慮の一失」  と、あとの悔やみを、地だんだ[#「だんだ」に傍点]にしたに違いなかろう。ましてや、彼女の許嫁《いいなずけ》、祝朝奉《しゅくちょうほう》の三男|祝彪《しゅくひょう》の心中はなおさらだろう。――それの腹いせには、天に誓って、宋江を生け捕る。そしてさきに捕えてある黄信《こうしん》、鄧飛《とうひ》、秦明《しんめい》、また楊林《ようりん》、そのほか多くの捕虜とを一トまとめにして、開封東京の朝廷へつき出し、それによる恩賞と名誉とをもって、このうらみを晴らさねば――と、期して、矛《ほこ》、鏃《やじり》を研《と》ぎ直したにちがいなかった。  が、一方の宋江にしろ、 「これぞ」  と、案を打って、三たび起《た》つべき策もなかった。  怏々《おうおう》と、昨日も今日も、彼は帳《とばり》をたれて深く考えこんでいた。  ところへ、はからずも、 「山寨《やま》の軍師、呉用《ごよう》先生がお見えです」  と、村道の見張りから報《し》らせて来た。 「えっ。呉学究《ごがっきゅう》どのがお見えだと?」  折も折である。  宋江は丘を下って、そも何事かと、呉用を迎えた。  一行は五百人。呉用をかしらに、阮《げん》ノ三兄弟、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》なども加わっていた。そして一行中の車には酒、乾肉《ほしにく》など多量な物資まで持ってきたので、その夕は、これが全軍にねぎらわれ、久しぶりに陣地には生色がよみがえった。 「総統の晁蓋《ちょうがい》どのを初め、山寨《やま》では、えらくあなたのお身を案じていますよ」  呉用のことばに。 「いや面目もありません」  宋江は、一そう沈んだ。 「して、ご近況は」 「二度も惨敗をかさねました。のみならず、楊林、黄信、さらに秦明《しんめい》、鄧飛《とうひ》と四人までも、敵の囚《とら》われとさせてしまうほどな始末で」 「それも途中でききました。一丈青を差立てて行く味方の者から」 「もし、林冲《りんちゅう》がなくば、あの功もなかったところです。何たる愚将でしょう。わらって下さい。晁《ちょう》総統には、もはや会わせる顔がありません」 「は、は、は。そうご卑下《ひげ》にはおよぶまい。誰が来て指揮をとっても、ここの祝氏《しゅくし》の独龍山の備えでは、同程度の損害は避けえられん。……しかし、宋副統、機会は来ていますぞ」 「え、機会とは」 「かならず陥《お》ちる」 「独龍岡《どくりゅうこう》が」 「そうです。仔細をいわねば、そうかと、おうなずきもあるまいが」 「いったい、それはどういうわけで」 「山寨《やま》に残っている石勇《せきゆう》をご存知であろう」 「石勇。もちろん、知っています」 「それの縁故の者が、ごく近ごろ、山寨《やま》へたよってやって来た。――なんと、その者がまた、祝家の指南番、欒廷玉《らんていぎょく》と仲がよい」 「ほ?」 「かつまた、味方の楊林や鄧飛とも、親交があった間柄とか。……ところで、その者が、ここ祝家荘《しゅくかそう》におけるあなたの苦戦を聞いて、自分からすすんで一つの計略を申し出てきたというわけだ。奇縁、また奇計ではありませんか」 「なるほど、奇妙ではあるが、奇計とはまだ何のことか、わかりませんが」 「ごもっともだ! 順を追って、ひとつ今夜は酒《さけ》酌《く》みながら、それの吉報をおはなししよう。……当人どもは、すこし遅れ、追ッつけ五日以内にはここへ参るはずですから」  以下、呉用の物語るところであるが、呉用のことばを仮るにはちと長すぎる。項《こう》を分けて、しばしその由来ばなしへ舞台を移すことにしよう。       ×         ×  山東の一角に、地名|登州《とうしゅう》とよぶ海浜の村がある。  海に近いくせに、いやなものが名物だった。州城外の山には、虎、豹《ひょう》、狼《おおかみ》などの猛獣が多く、年じゅう人畜の被害が一ト通りでない。  ところで。近日この地方を諸国|巡閲《じゅんえつ》の大官が通るという沙汰がある。登州奉行はそのために、令を発して、 「期限付き、虎退治の指令を、村々の百姓|猟人《かりゅうど》へいい渡せ」  と、土地《ところ》の庄屋や村役場へ厳達してきた。  ここに、兄を解珍《かいちん》、弟を解宝《かいほう》という猟師《りょうし》がいた。父もなければ母もない兄弟《ふたり》暮らし。  解珍はあだ名を両頭蛇といい、解宝は双尾蝎《そうびかつ》とよばれている。いずれも名のごとき七尺ゆたかな壮漢であり、州中の猟師らは、 「解氏《かいし》の二雄士」  といって、おそれたてまつっているほどだ。わけて弟のほうは、その太股《ふともも》に飛天夜叉《ひてんやしゃ》の刺青《いれずみ》を持ち、嶺を駆ければ、鹿《しか》狼《おおかみ》は影をひそめ、鳥も恐れ落ちなんばかりな風があった。 「兄貴、行って来たよ、村役場へ」 「日限《ひぎ》りの厳達書か」 「しようがねえやな。お上《かみ》のいいつけじゃあ」 「どうだっていうんだ、一体その文句は」 「日限までに獲物《えもの》を出せとよ。日限すぎたら受付けねえってんだ。罰として、しばり首にするとさ。……だが、いい獲物には、褒美《ほうび》を取らす。……まあおきまり文句さね」 「首はいやだな。褒美といくか」 「かねがね狙っていたあのツボだ。あの嶺のやつを狩り出そうぜ」 「合点だ。弟、今夜のうちに、罠弓《わなゆみ》、毒矢、それから弩弓《いしゆみ》、そうだ刺叉《さすまた》も持って行こう。揃えておけよ」  日限は三日とある。  明くるや早くに、二人は薄刃の山刀を腰に、手には必殺道具を抱え、しめたる帯は虎の筋、豹の皮の半袴《はんばかま》といういでたちで、雲を踏み、風にうそぶいて、「ここらは出るところ」  と、日ねもす歩き廻っていた。  さがすときには、ぶつからない。虎の糞《ふん》を見ただけである。あくる日もまた、乾飯《ほしい》、牛骨を舐《ね》ぶり舐ぶり、この日もまた駄目。 「兄貴、あしたで日限《ひぎ》れだぜ」 「知ッてやがるのかな、虎のやつ」 「意地のわるいもんだ。手ぶらで歩いている時にゃ、よく、のそついて来やがるくせによ」 「弱ったなあ。考えると寝つかれねえや」  野宿《のじゅく》の夜半もすぎていた。  火の気は禁物。霧が寒い。抱きあって二人は寝ていた。いつかぐうっと深い鼾声《いびき》をかきこんで――。 「あっ?」  刎《は》ね起きたのは夜明けまぢかだった。 「兄貴、まちがいねえ。今のはたしかに、罠弓《わなゆみ》が弾《は》ぜた音だぜ」 「しめた。行ってみろ」  転び出てみると、暗中にもがいている巨大な物がある。かねがね狙ッていた大虎が、見事、罠弓《わなゆみ》にかかっていたのだ。  だが、近よって、これを刺叉《さすまた》にひッかけようとすると、いわゆる猛吼《もうく》一声というやつ、ウオオッと背を怒らし、矢を負ったままな大虎の影は、彼方の谷崖《たにがけ》の下へ、どどどと雷雲のころがるように落ちて行った。 「いけねえ、こいつアしまった」 「なにさ、弟、あわてるこたあねえ。毒矢の毒がまわっているんだ。落ちた所でおだぶつさ。それ以上は逃げッこねえよ」 「だって兄貴、この崖下は、たしか因業《いんごう》旦那と伜《せがれ》の毛|仲義《ちゅうぎ》のやしきのうちだぜ」 「べらぼうめ。毛旦那《もうだんな》に借りがあるわけじゃなし、ちょっとお庭うちを踏ませておくんなさいぐらいな頼みに、何の苦情があるもんか」  道を廻って、二人は山腹の豪勢なお大尽《だいじん》やしきの門を叩いた。まだほの暗い早朝だ。荘丁《いえのこ》らは渋い目をこすッて何かと出て来る。毛《もう》旦那もやがてあとから現われた。 「なんだえ、一体お前らは、こんな早くから」 「あいすみません。とんだお騒がせをいたしまして。じつあお上《かみ》の厳命で、三日と日限りの虎を狙ッていましたんで」 「ああ、あのお達しだね。そして巧く獲物を仕止めたのかい」 「と思ったら、罠弓《わなゆみ》を外《はず》しゃあがって、お庭つづきの地内へころげ落ちてしまったわけでさ。おそれいりますが、裏庭を通していただき、ご地内を探させて貰えませんでしょうか」 「何かとおもったらおやすいことだよ。いいとも、いいともよ! だがの解《かい》の兄弟、まだ外は暗い、そこでお茶でものんで話していなよ」 「でも、ごやっかいの上に、お世話をかけては」 「なんの、わしも一緒に行ってみたいし、朝茶は何を措《お》いてもだ。まあお待ち」  これが案外に悠長だった。やっと毛旦那が荘丁《いえのこ》に鍵《かぎ》を持たせて、裏庭の木戸へ出て来たときは、はや嶺の端《は》に、朝陽が出ていた。 「旦那、めったにここは開けたことがないので、錠前が錆《さび》付いていて開きはしませんぜ」  荘丁《いえのこ》の声を聞くと、毛旦那は言った。 「なに開かない。開かなかったら金鎚《かなづち》を持ってきて叩きこわして入るがいい」  そうして入って、裏山じゅうを探してみたが、どうしたか、虎はどこにも見あたらなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 牢番役の鉄叫子《てっきょうし》の楽和《がくわ》、おばさん飲屋を訪ねてゆく事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  おかしい? と解珍《かいちん》、解宝の兄弟《ふたり》はともに首をかしげ合う。しかし毛旦那が住む屋敷地域の裏山一帯、これ以上は歩き探す余地もなかった。 「おい、解《かい》の兄弟――」と毛旦那はくたびれ顔をしぶらせて。 「どこにも虎の死骸などはころがっていないじゃないか。他山《よそやま》だろう。大迷惑だナ、当家にとっては」 「いやそんなはずはございません。この上の高原で罠《わな》にかけ、罠を引っ外《ぱず》して逃げる虎《やつ》を、たしかに一本は狙いたがわず毒矢を射当てていたんですから」 「だって見えまい。見当らんものはどうしようもない」 「旦那。お待ちなすって。……ちょっとここをごらんなすっておくんなさい。滴々と血がこぼれていますぜ。オオ上の方から崖の灌木《かんぼく》や草までが折れなびいている。毒矢を負った虎はここへころげ落ちて来たにちげえねえ」 「ふざけちゃいけないよ。野獣|猛禽《もうきん》、何が咬《か》み合った血やら知れたもんじゃない。おまえ方は朝ッぱらからわしの家へ因縁をつけに来たのかよ」 「とんでもない。そんな道楽半分の騒ぎじゃござんせん。こちとは命がけです。今日のうちに登州《とうしゅう》のお奉行所へ虎をさし出さなければお布令《ふれ》どおりの厳罰ッてことは、旦那もこの村の庄屋ならご存知のはずでございましょうに」  とかく言い争ってみたが、前とは打って変って毛《もう》旦那は解《かい》の兄弟の言いがかりだと言い張って相手にしない。兄弟の方ではまた「これは毛旦那も今日中に役署へ虎を出さなければならないので、自分の地内へ逃げこんだやつをこれ幸いと横奪《よこど》りして口を拭いてやがるのだな」と、早くも腹の中ではにらんでいる。  あげくの果ては、喧嘩腰になって「家探しでも何でもしてみろ」「オオしてみなくて!」と、行くところまで行ってしまった。けれど村一番の大尽《だいじん》屋敷だ。広さは広し、それに荘丁《いえのこ》雇人らが二人のあとに付いて廻って離れない。ついにその家探しでも得るところはなく、兄弟はやけ[#「やけ」に傍点]のやん八、 「みていやがれ、出る所へ出て白黒をつけてやるから!」  と、捨て科白《ぜりふ》を吐いて、毛《もう》家の門を飛び出してしまった。  そして出るとまもなく途中で毛家のせがれ毛仲義《もうちゅうぎ》にばったり会った。仲義は一群の見知らぬ男どもを連れていたが、兄弟の訴えを聞くと、 「よしよし、俺と一しょに来い。親父は何か悪い雇人に欺《だま》されているのだろう。おれが帰って家じゅうを調べてやる」  という同情的なことばだった。やれ有難えと二人は仲義に従《つ》いてあとへもどった。ところがこれはなお悪かった。なぜなら仲義はこの日の五|更《こう》[#1段階小さな文字](夜明け前)[#小さな文字終わり]ごろ、わが家の裏山で拾い獲《え》た大虎を、さっそく奉行所へ届け出た上、なお予防線をしいて、こう訴えておいたものである。「この虎に難クセをつけ、村の悪猟師の兄弟が、家へ火を放《つ》けるの、毛家の奴らをみなごろしにするなどといっています。ひとつ諸人の迷惑、虎以上な両名を、お召捕りのうえご処罰ねがいたいもので……」と。――そしてことば巧みに、その場から役人捕手を連れて戻って来た途中だったのだ。  解《かい》の兄弟は、これではまるで、われから求めて縄目に陥《お》ちたようなものでしかない。元の門内へ入るやいな、捕手と荘丁《いえのこ》らに組伏せられて高手小手に縛られてしまった。毛の大旦那は二人が家探しをした狼藉《ろうぜき》のあとを役人に示し、なお出まかせな訴状を書いて子の仲義とともに、後刻、登州奉行所へもッとも[#「もッとも」に傍点]らしい顔をして出頭におよんでいた。  村の小事件とみなされ、奉行自身は白洲《しらす》には顔もみせない。  一切は奉行|名代《みょうだい》の第一|与力《よりき》、王正《おうせい》という者が係となって処置された。ところがこの王正は毛家の女婿《むすめむこ》にあたる者。なんでたまろう解《かい》兄弟の調べもほんの形ばかり、拷問《ごうもん》、爪印《つめいん》の強制、大牢送りの宣告と、わずか二日ほどのうちにかたをつけられ、 「いずれ流刑の地は後日申し渡す」  と、揚屋《あがりや》入りに附されてしまった。  ここの牢屋あずかりは苗字《みょうじ》を包《ほう》、名を吉《きち》といい、牢屋中の囚人からは、もちろん閻魔《えんま》の如く恐れられている。のみならず毛家の鼻グスリは奉行以下、すべてに行きとどいているうえ、与力の王からは「……いずれ一服[#1段階小さな文字](毒薬)[#小さな文字終わり]ものだ」と囁《ささや》かれていたので、 「やいっ、土下座するんだ。ええいっ、面《おもて》を上げろ」  と、のッけから噛みつきそうな権柄《けんぺい》で、身柄、罪状の書類を片手に。 「……ええと、なんだって、両頭蛇の解珍《かいちん》と、双尾蝎《そうびかつ》の解宝だと。蛇が兄きで、蝎《かつ》が弟か」 「へい」 「へいだけじゃ分らねえ。どっちなんだ」 「仰っしゃるとおり、兄の解珍が両頭蛇と呼ばれておりますんで」 「てめえが、弟で蝎《かつ》か。覚えとけ、おれのつらを。ここへ入ッたからにゃ、蝎も蛇も、のさばら[#「のさばら」に傍点]しちゃおかねえぞ。おい牢番」 「はっ」 「こいつらを一番湿めッぽい奥の大牢へぶち込んどけ」 「こころえました。さッ起《た》て」  引っ立てて行ったが、人前のきびしさに似ず、その牢番は人なき牢屋まで来ると急に声をひそめて兄弟へいった。 「……わしを知らんか。わしをよ」 「えっ?」 「おまえ方は、提轄《ていかつ》[#1段階小さな文字](憲兵)[#小さな文字終わり]の孫《そん》さんとは?」 「あっ、あの人なら、いとこです。母かたのいとこですが」 「わしはな、その孫提轄《そんていかつ》の小舅《こじゅうと》にあたるもんですよ」 「へええ? ……」と見すえて。「ではもしや、楽和《がくわ》さんてえのは」 「それだ、その鉄叫子《てっきょうし》の楽和ですわ。もうクヨクヨしなさんな。わしがここにいる!」  天は兄弟を捨てず、だ。悪庄屋《あくしょうや》の方に毛家の女婿《むすめむこ》がいたのは運の尽きであったようだが、ここには解《かい》兄弟の遠縁のひとりが牢番としていたのである。  楽和はもと茅州《ぼうしゅう》の生れで、生れつき悧発《りはつ》で器用なたち、わけて耳の官能がすぐれていた。ひとたび聞いた唄はすぐ覚え、しかも節まわしが巧みで、すこぶる美音だった。  鉄叫子《てっきょうし》というアダ名は、すなわち、それに由来する。  登州城の東門外、十|里《り》牌《はい》とよぶ地に、盛《さか》っている飲屋があった。ここの帳場にいつも見えるおかみが、 [#1字下げ]毋大虫《ぶだいちゅう》の顧《こ》  という気ッぷしのいい年増女で、ただたんに、「おばさん。おばさん」で通っている。しかしこのおばさんはただ女《もの》ではない。奥でのべつ開かれている常賭場《じょうとば》の連中も一目おいているし、店の者はもちろん、客の呑ン兵衛も毋大虫の臼《うす》みたいなお尻がでんと帳場にござる日はゴネもきかないし踏《ふ》み仆《たお》しもできなかった。 「ごめんよ。こちらは孫《そん》さんのお店で?」 「はい、はい。いらっしゃいまし。孫《そん》はわたしの亭主ですよ。飲屋の看板は、おかみのわたしだと思ってたら、変ったお客さまですわね。さあ、どうぞお好きなところへお掛けなさいまして」 「では、ちょっとここを拝借しましょうか」 「ホ、ホ、ホ。お堅いこと。お酒ですか、お肉? それとも博奕《おあそび》なら奥の方ですが」 「いいえ、おばさん。てまえはあなたのお連れあい孫新さんの兄、孫提轄《そんていかつ》の妻の弟にあたるもんですよ」 「へエ。それじゃあ楽和《がくわ》さんとかいう? ……」 「はい、その楽和で」 「これはまあ、おめずらしい。ついご城内の奉行所にお勤めとはうかがっていたけれど」 「こちらこそ、ご無沙汰のままですみません。……じつはその、今日は折入ったことでね」 「なにか急な御用ででも」 「急も急、人命二つに関《かか》わることで出てまいりました。しかもあなたの、お従兄弟《いとこ》さんにあたる者ですから」 「えっ……。じゃあ、ことによったら登雲山の麓村《ふもとむら》で猟師をしている解《かい》の兄弟のことじゃございませんの? わたしは小さい時にあの人たちの親御さんの手で育てられ、そしていまの孫新に嫁《かたづ》いてきたわけなので、ほんとの弟みたいに思っている仲なんですが」 「兄弟《ふたり》も言っておりました。じつは十里|牌《はい》で居酒屋をやっている姉さん同様な人がいるんだが……と、牢の中で、涙をたれて」 「げっ。入牢ですって?」 「はあ。じつはこんなわけがらでしてね」と、鉄叫子《てっきょうし》の楽和《がくわ》は、そのいきさつと、密《ひそ》かに、自分が二人から頼まれて来た仔細を告げ、「……なにしろ、上は奉行から下は牢預かりにまで、毛家の袖の下がとどいていますからヘタをするとここ数日中には一服盛られてしまうかもしれません」 「ま! ……。どうしたらいいんだろう」  おばさんはサッと顔色まで失った。毛の薄い描き眉、かなつぼ眼。しょせん美人の内ではない。それをご当人は承知か否か。大きな頬の黒子《ほくろ》一ツ残してそのほかは真ッ白けに塗りたくり、半裸同様なあらわな腕には金無垢《きんむく》の腕環《うでわ》デカデカ。髪にも色気狂いのような釵子《さいし》やら簪《かんざし》やら挿して、亭主はおろか、股旅《またたび》でも、呑み助の暴れン坊でも、まちがえばちょいと抓《つま》んで抛《ほう》り出すなどお茶の子だといわれているこのおばさんにしてさえ、しんそこは、やはり女であったらしい。大粒の涙をこぼして早やオロオロの容子《ようす》だった。  やがて、店のすみにいた若いのへ。 「何さ! 何でポカンと口を開いて人の顔を見てるんだよ! はやくどこか探して良人《うちのひと》を連れておいで。急な話があるんだからといって」  幾人もの若いのがすぐ表へ飛び出して行く。その間におばさんは楽和《がくわ》にむかって礼をのべ、またくれぐれ兄弟のことを頼み、きっと助け出してみせるからと涙を拭き拭き誓って言った。  楽和は牢屋勤めの身、すぐ城内へ戻って行ったが、入れちがいに、おばさんの亭主孫新が、何事かと息せき切ッて帰って来た。この人、眉目奇秀《びもくきしゅう》、体躯は長くしなやかで、どこか元、武士《さむらい》の風がある。  祖先は瓊州《けいしゅう》の出で、軍官の裔《すえ》であり、いまでも実兄の孫立《そんりゅう》は、登州守備隊の提轄《ていかつ》隊長の職にある。兄弟ともに“尉遅恭《うっちきょう》”――唐代の勇士――の再来だと称され、この弟孫新の方は小尉遅《しょううっち》とよばれていた。 「……ふうむ。そいつはえらい災難にひッかかったな」  と、孫新は女房から聞く一ぶ一什《しじゅう》にただ唸って、深く腕ぐみを結んだままだったが、やがてこうぼそっといった。 「なにか。楽和《がくわ》さんには、吝《しみ》ッたれずに、たんまり銀子《ぎんす》を預けてやったか」 「そんなことを抜かッてはいませんよ。地獄の沙汰以上、牢屋まわりは金ですからね」 「よし。じゃあこっちから助けに行くまで、何とか工合よく計っておいて下さるだろう。あとは思案ひとつだ」 「思案ていったって、おまえさん、どんな思案をお持ちなのかえ」 「べらぼうめ。そうおいそれといい智恵が出るものかい。毛家はあの財力と勢力だから、しょせん地道な手だての賄賂《わいろ》じゃ敵《かな》いッこはねえ。まず腕ずくだ。その腕ずくには、鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》の叔父|甥《おい》を、こっちの者にしておきてえが」 「あ、あの登雲山から降りて来ては、よくうちの賭場《とば》で遊んでゆく山の衆かえ」 「そうよ。なんとかならないかなあ」 「来るよきっと。今夜あたりは」 「あてがあるのか」 「丁《ちょう》よ半よには目のない二人だもの。おとといだったか。一日おいたらまた来るぜ、といって山へ帰ったからね」 「ならば奥へ酒さかなを用意しておけ。奴らもいつか俺にむかって、酒の上だが、今の世の鬱憤《うっぷん》やら上役人《かみやくにん》の非道《ひどう》を鳴らしていたことがある。存外、こいつア乗ってくるかもしれねえ」  はたしてこの夕、異相の大男二人が、のそっと店へ姿をみせた。賭場《とば》の常連だから黙ってスウと奥へ通ってしまう。おばさんは良人の孫新へチラとすぐ目《ま》ばたきを見せる。世辞を撒《ま》き撒き孫新があとから奥へついていく。――店いッぱいの客あしらいの隙をみて、おばさんもまた、やがてのこと、奥へ消えた。  賭場でない別室では、鄒淵《すうえん》と鄒潤《すうじゅん》を上座に、そして孫新が取りもち役で、酒《さけ》酌《く》み交わして飲んでいたが、毋大虫《ぶだいちゅう》の顔を見るなり孫新が、 「オ、女房、お二人さんへまずお礼をいえ。解《かい》の兄弟の救い出しに、腕を貸そうと、ご承知してくんなすったぞ」 「えっ、では。……ああ、これで」 「おばさんよ……」と、鄒淵《すうえん》がすぐその傍らから。「そんなにうれしいのかい、おれたちの助太刀がよ。こんな可憐《しおら》しいおばさんなんて、ついぞ見たことはねえの。なア鄒潤《すうじゅん》」 「まったくだ。それだけに俺たちにしろ、うんと張合《はりあ》いがあるッてもんだ。叔父貴、いま孫新へ言ったことを、もう一ぺん話してやりねえ」 「おう、じつはおばさん、おれたちの腹もこうなんだ」  と、ここにこの叔父甥二人も、日頃の意中をうちあけた。  というのは、彼らはいま登雲山に、八、九十人の手下を持ち、近郷は避けて当りさわりのない街道で盗《ぬす》ッ人《と》稼《かせ》ぎをやっているが、元々これが彼らの素志でもない。  山東の梁山泊《りょうざんぱく》には、旧友三人がその仲間へ入っている。錦豹子《きんびょうし》の楊林、火猊《かげい》の鄧飛《とうひ》、石将軍の石勇、その三人だ。――かたがた、宋公明以下の漢《おとこ》たちの会盟をきき、羨《うらや》ましくてたまらない。いつかはケチな街道稼ぎなどすてて一党へ身を投じたいと願っていたものの、さて踏ン切りをつける機会もなかったという述懐なのだった。  さもあろうと、これは信じられる。  叔父と甥《おい》だが、年ばえは二人とも大しては違っていない。叔父の淵《えん》には出林龍とアダ名があり、甥の潤《じゅん》は、あたまの後ろに瘤《こぶ》があるので独角龍と世間で異名《いみょう》されている。  ともに莱州《らいしゅう》の産《うま》れだが、武芸はいずれ劣らない。慨世《がいせい》の気があり過ぎてかえって世に容《い》れられぬ狷介《けんかい》の男どもだ。わけて甥の方はムカッ腹立ちの性分で、かっとなると何へでも頭でぶつかッて行く癖がある。かつてその瘤頭《こぶあたま》で松の木をヘシ折ったなどの話さえ持つ独角龍であった。  しかしこの淵《えん》、潤《じゅん》の二龍にも、苦手《にがて》な者がないではない。それは城内の守備隊である。「そいつに出て来られたら……」と、いささか怯《ひる》む風《ふう》が見えなくもなかった。すると孫新が胸をたたいて請け合った。 「その心配はまず無用だ。じつは守備隊にはてまえの実兄|孫提轄《そんていかつ》という者がいる。その兄も呼んでひとつ事を打明けてみましょう。切るに切れない血肉の仲、敵に廻る気づかいはございませんよ」  その夜。孫新は店の若い者を城内へ使いにやった。――女房の毋大虫《ぶだいちゅう》がとつぜん発病して危篤におちた。一ト目会いたいといっている。夫婦ですぐ見舞に来てくれ。――こう出たら目な迎えをやって兄の孫立と嫂《あによめ》とを驚かしたものなのである。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 登州大牢破りにつづき。一まき山東落ちの事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] [#1字下げ]病尉遅《びょううっち》  それは孫立《そんりゅう》の綽名《あだな》だ。  いろ青白く、青粘土《あおねんど》みたいに沈んでいるが、まなこは鯉の金瞳《きんどう》のごとく、黒漆《こくしつ》のアゴ髯《ひげ》をそよがせ、身のたけすぐれ、よく強弓をひき、つねに持つ緋房《ひぶさ》かざりの一|鎗《そう》も伊達ではないと、城内はおろか、守備隊の中でも、こわがられている孫提轄《そんていかつ》だ。  弟の女房が危篤と聞いて、 「わからないもんだな。鬼のかくらんということはあるが」  と、妻を車に乗せ、自身は騎馬で、兵卒十人ばかりを供につれ、急遽《きゅうきょ》、休暇願いを出して、明けがた十里|牌《はい》へ急いで来た。  だが、弟の店へついて、奥へ迎えられてみると、なんと出て来たのが危篤のはずなその毋大虫で、弟の孫新もけろりとしたもの。――孫立《そんりゅう》夫婦は、呆ッ気にとられるよりはまず腹が立った。 「おい、おばさん。孫新もだ。悪洒落《わるじゃれ》はいい加減にして貰いたいな。こっちは官の勤務が忙しい体なんだ」 「なんともすみません。嘘もよほどな口実でなければ、すぐ来てはくださるまいと思いましたので」 「ひとを驚かすにも程があらあ。いったい何のためにこんなまねして呼んだのだ。俺ばかりか妻までを」 「じつは兄さん。不慮の災難が持ち上がッて、この弟夫婦はよんどころなく店を畳み、不日《ひならず》、梁山泊へ仲間入りいたします」 「なに?」  と、病尉遅《びょううっち》孫立《そんりゅう》は、きッと、軍人になった。 「おれは州城の提轄《ていかつ》を奉職している者だぞ」 「わかってますよ兄さん。だからこそわざわざお断りしておくわけなんで。……弟のわたしが州城の牢屋をぶち破り、あげくに梁山泊へ落ちのびて行ったとあれば、当然、肉親のあなたへも累《るい》がかかり、後日の咎《とが》めはのがれぬところでございますからね」 「きさま、いよいよ聞き捨てならんことをいうが、一体どういうわけで、そんな大それた暴挙をせねばならんのか」 「ゆるしてください。じつは女房のやつが幼少に養われた恩人の子二人――猟師渡世の者ですが。――それがいまむじつ[#「むじつ」に傍点]の罪で牢内にいるばかりか、悪《わる》庄屋の毛《もう》に買収されて、その女婿《むこ》の与力から奉行、牢屋あずかりまでみながグルになって、解《かい》の兄弟を闇から闇へ殺そうとしているんです」 「ふウ……む」と、孫立はうめき出し。「解珍、解宝のふたりなら、おれにとってもまんざらあかの他人ではない」 「聞いてませんか。いまいった事件は」 「知らなかった。奉行も与力も、よほどこっそりやったんだな」 「そのはずです。みんな毛家の賄賂《わいろ》に買われている仲間ですから」 「ひどいもんだな今の役署は。いやおれも官の禄《ろく》を食《は》んでいるその中の一人だが、こうまで腐ッているとは思わなかった」 「兄さん、天下到る所、今の役署ッてえなあそんなもンですぜ。上は宋朝《そうちょう》の宮府から下は与力、岡ッ引の小役人まで」 「孫新! おまえが梁山泊へ行こうってえ気もちはよく分るよ。だが、あそこへ入るには誰か手づるがなければむずかしい。見込みはあるのか」 「あるんです! おい女房、鄒淵《すうえん》と鄒潤《すうじゅん》さんをここへお呼び申して来い」 「あ。待った」 「なんです兄さん」 「その二人は登雲山の草寇《ぞく》じゃないか。登州守備軍に籍をおく俺とは日頃からの仇敵《あだがたき》だ」 「ですからさ兄さん。一つ会ってみてお互いの腹をぶち割っておくんなさい。彼らもただの草寇《ぞく》ではありません。私たち同様、慨世の恨みをもつ者。そして梁山泊の中には、石勇、鄧飛《とうひ》、楊林ていう三人の知己を持っている。――そこでまずともに落ち行くさきは梁山泊と腹を決め、城内から解兄弟を救い出すことにも腕を貸してくれる約束になっているんです。兄さん、この通りだ。お願いします。私たち夫婦が一生のお願いだ。どうかお力をかしておくんなさい」 「……むむ。一つ考えさせてくれ」  孫立は深く腕をくんだ。大きな運命の岐路《きろ》に立たされた容《かたち》である。しかし他人の鄒淵、鄒潤さえも弟に組みしてくれたという。実兄として見ていられようか。かつは奉行所内部の腐敗にもほとほとあいそがつきてくる。彼はついに意を決した。  事。こうまとまると段取《だんどり》はバタバタついた。  彼と、鄒《すう》との会見も、心地よくすみ、さっそく大牢襲撃の密議に入り、鄒淵《すうえん》はいちど山へ帰って行った。山寨の人馬財物を一ト括《から》げにし、子分のうちから二十人を選り抜いて、ふたたびここへ戻って来る約束だ。  また孫新は、そっと城内へ行って、楽和《がくわ》に会い、これとも密々な手筈を打ちあわせ、さらに孫立《そんりゅう》の屋敷へも寄って、目ぼしい貨財を若い者に運ばせる。「兄のいいつけで」という弟の行為なので、屋敷の召使もなんら不審を抱くふうでもない。  かくて勢揃いの朝が来た。  その朝、おばさんは外出着《よそゆき》に着かえて、おめかしも念入りに、何か進物籠《しんもつかご》のような物を若いのに持たせて一ト足さきに城内へ立って行く。  残る一同、孫立、孫新。また鄒の叔父甥二龍、その子分、店の若い者、孫|提轄《ていかつ》の士卒十名。すべて四十名余りは、店を閉じて、夜明けまえから酒をくみ合っていたが、やがて、おばさんが立ったのを見とどけてから二隊に分れ、裏と表の口から風の如くここをすっかり出払っていた。 「さて。……今日は一つやっちまおうか。小面倒だが、毛家の女婿《むこ》のあの与力が、まだかまだかとまたうるさく言って来やがるにちげえねえ」  包吉《ほうきち》。  例の、登州牢預りの閻魔面《えんまづら》だ。  監視亭《かんしてい》の机の小ひきだしから、独りこッそり毒薬袋を取出して、それを二人分の量に薬紙《やくし》へ小分けしていた。やりつけているに違いない。薬剤師のような手つきである。 「……おや?」  あわてて、毒薬を元の小ひきだしへ仕舞い込むと、窓から外を覗《のぞ》き、何を見たのか、あたふたと早足に出て行った。  いま彼方の牢路次《ろうろじ》の角《かど》を、スウと見つけない大女の派手ッぽい姿が消えて行った。それから奥は解《かい》兄弟が入っている大牢があるだけである。そこで包《ほう》が急いで行ってみると、そこには牢番の楽和《がくわ》が水火棍《すいかこん》を持って立っていたので、出合いがしらに、包は呶鳴《どな》ッた。 「ええい、あぶねえ。女はどうした?」 「あ。差入れに来た女ですか」 「差入れに? ……。差入れならなぜきさまが預かって、一応監視亭へ届けに来んか」 「いま行こうと思っていたところです」 「だって女が見えんじゃないか」 「え、見えませんか。待てといっておいたんだが……。はてな、小用にでも行ったのかな?」  そこへほかの牢番人が走って来て。 「おかしら。ただいま孫|提轄《ていかつ》がお目にかかりたいとかいって、どんどん表門を叩いていますが」 「何の用か用だけを聞いておけ。ここは守備隊の管轄《かんかつ》じゃねえんだからな」  言い捨てるやいな、大股に大牢の獅子口《ろうやぐち》へ駆け寄って行き、またも後ろの楽和へ、かみなり声を叩きつけた。 「やいっ。錠前《じょうまえ》があいているじゃねえか。大事な錠前がよ」 「へえ、そんなはずはございませんがね」 「ばか野郎。きさまあ、何のためにここへ立っているんだ、何のために」 「でも、開けた覚えはないんでして」 「けッ。まだ言ッてやがる。――それっ、見やがれ」  包《ほう》は癇癪《かんしゃく》まぎれに獅子口《ろうやぐち》の厚い戸をドンと押し開けた。とたんに何か内部の異様を見たにちがいない。及び腰に上半身を中へ入れるやいな、 「あッ。女?」  と、叫んだ。  いやその叫びは、彼が前のめりにそのまま牢内へ転がり込んだ驚きとも一つであった。後ろの楽和《がくわ》が力まかせに彼の尻を押し飛ばしたによることはいうまでもない。すかさず、楽和もすぐ飛び込んで、 「畜生っ」  と、その巨体へ起たせもやらず組みついたが、猛然、でん[#「でん」に傍点]とばかり投げ飛ばされた。  しかし刹那、おばさんの毋大虫《ぶだいちゅう》は、包のふところへ深く入って、そのワキ腹へ明晃々《めいこうこう》のあいくちを一ト突き加えていたし、解宝《かいほう》は後ろから抱きついて動かさず、また解珍は、包の佩剣《はいけん》を抜いて包の胸元を刺しつらぬいた。 「うまくいった!」 「さ、早く外へ」  このときもう牢営中は蜂《はち》の巣をついたような騒ぎとなっていた。孫立《そんりゅう》と孫新は牢門を破ってあばれこみ、おばさん、楽和、解兄弟とひとつになり、また、べつな一手の鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》の二龍は、はやくも奉行所を突いて、毛家の女婿《むこ》の与力|王正《おうせい》の首をひッさげて合流して来た。 「さ。ひきあげろ!」 「目的は遂げたというもの」 「これ以上の殺生は無用無用」  町中はもうたいへんだ。軒並みバタバタ店を閉じている。しかし追って来た奉行所役人も州兵も、馬上、弓をつがえて殿軍《しんがり》していた相手が、 「やや。孫提轄《そんていかつ》だ?」  と分ってからは、たれひとり近づこうとはして来ない。そのまに、おばさん、解の兄弟、そのほかみな、辻風のように、城門の外へ奔《はし》り出していた。  孫立もあとから馬で十里|牌《はい》へ追っ着いた。店の前には貨財を積んだ馬、車、旅支度をした若い者。すでに立退《たちの》く準備が待ちかねている。 「わたしは馬車より馬がいいよ」  おばさんは一頭の馬に乗る。孫立の妻は、馬車の上だった。馭者《ぎょしゃ》はさっそく鞭《むち》を鳴らす。  すると二十里も行かぬうちに、解宝《かいほう》、解珍が言い出した。 「すでに一命のないところを、こうして助けていただきながら、なお勝手な妄執《もうしゅう》を吐《ほ》ざくようですが、毛家のおやじと、せがれの毛仲義、あいつら親子を思い出すと、どうでも腹がおさまりません。てまえどもはあとから山東へ追っつきますから、どうぞ皆さんは一ト足先へ落ちてください」 「いや、解の兄弟。おまえたちがこのまま立ち退けぬというのは無理もねえ。この孫立《そんりゅう》も一しょに毛家へ乗り込んでやろうぜ」  すると、鄒《すう》の二龍も、 「あそこは登雲山の麓村《ふもとむら》。いわばおれたちの古巣に近い。おれたちも行ってやる」  と、途中で馬を向け変えた。  こんな一隊に寄り道されては堪ッたものではない。その晩の毛家《もうけ》の惨状は目もあてられなかった。毛の大旦那も伜の仲義もずたずたに斬りさいなまれ、あげくに家屋敷はあッというまに焼き払われた。荘丁《いえのこ》雇人も多かったが身を挺して殉《じゅん》じるほどな者もない。だから蓄えの金銀も鄒《すう》の叔父|甥《おい》が「残して行くのも、もったいない」と、馬の背に付け放題な始末であった。そして炎の空をあとに、一行は道四、五十里を急ぎに急ぎ、やがて先の仲間に追いついた。  かくて、日ならず道は山東に入り、やがて行きついたのは、梁山泊《りょうざんぱく》を彼方に見る江岸の一酒店。すなわち見張り茶屋の石勇がいる孤亭《こてい》だった。  鄒《すう》と石勇とは旧知の仲。くどいことはここでは略す。――ただ石勇が一同へ話したことばは重大だった。 「まことに、せっかくでござんしたが、あいにく宋公明《そうこうめい》さまは、先頃からお留守で、ここんとこ、泊中《はくちゅう》にはおられません。同様に一味の楊林も鄧飛《とうひ》もいないんです。……というわけは、ご承知かどうか。祝家荘《しゅくかそう》の祝朝奉をあいてに大戦《おおいくさ》の最中なんでして……。しかもこっちは敗《ま》け色です。楊林と鄧飛《とうひ》も、じつは敵のとりこになっている始末。なにしろ先には、祝氏《しゅくし》の三傑だの、鉄棒つかいの欒廷玉《らんていぎょく》なんていうのがいて、どうにも手に負えないんだそうで、いやもう梁山泊も、今はただの日じゃあねえんですよ」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 宋江、愁眉《しゅうび》をひらき。病尉遅《びょううっち》の 一味、祝氏《しゅくし》の内臓に入りこむ事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  この日、軍師|呉用《ごよう》は、泊中を立っていた。  呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》、阮《げん》の三士など、五百人の新手をつれ、祝家荘《しゅくかそう》の苦戦へ、応援に行く首途《かどで》だった。  同勢、船から上がって、隊伍をととのえていると、江岸の酒店から石勇がとびだして来て、 「軍師。ちょっと、お立ち寄りねがわれますまいか」  と、兵馬発向のドサクサ中なので、手ッとりばやく、云々《しかじか》の人たちが、梁山泊入りの望みで来ていることを告げ、 「そのうちの一人、病尉遅《びょううっち》の孫立《そんりゅう》と申すものが、もし陣へお連れくださるなら、一策を献じたいといっておりますが」  と、つけ加えた。 「なに、病尉遅《びょううっち》? ……。ではその弟は、小尉遅《しょううっち》孫新《そんしん》じゃないのか。よろしい会ってやろう」  かねて彼らの名は聞いている。  やがて山林龍の鄒淵《すうえん》、独角龍の鄒潤《すうじゅん》、解珍、解宝らすべて呉用の前に姿をならべた。――わけて鉄叫子の楽和《がくわ》、毋大虫《ぶだいちゅう》のおばさん、孫立の妻など、みな呉用の眼には善良に見えた。 「病尉遅は、あなたか」 「は。てまえ孫立です」 「なにかよい策があるとか聞いたが」 「もし陣中へおつれ下さればです」 「もちろん、同気《どうき》を求めて来た諸君。大いに歓迎する。が、その計略とは」 「てまえがまだ武芸修行中のころ。欒廷玉《らんていぎょく》とは、師を一つに同門であったことがあります」 「ほ。……相弟子《あいでし》だな」 「ですから彼の気性、彼の手のうちはほぼ分っております。かたがた、ここずいぶん会っていませんが、このたび、登州守備隊から鄆州《うんしゅう》の駐屯《ちゅうとん》へ移動を命じられた途中、なつかしさに、顔を見に立ち寄ったといって行けば、這奴《しゃつ》、必ず自分をよろこんで迎えるでしょう」 「内へ入って、外のわれわれへ、機脈の便を与えるという計か」 「内臓に入って、内臓を切り破る策です」 「おもしろい」  呉用は見抜いた。これは使える、と。  しかし孫立たち八人へは、一日おくれて後から来るがよいと命じておき、呉用とその軍勢は、即刻、現地へ向けて先発した。そして祝家村の陣営――宋江の幕舎へつくやすぐ、まず事情とこの一計とを呉用が参陣の手土産《てみやげ》として、彼に語りつたえたものなのだった。       ×         ×  次の日、孫立たちの男女一行も、ここの陣所に着いた。すぐ、ひきあわせの小宴。そして、各〻《おのおの》身素姓《みすじょう》を名のり合う。  宋江《そうこう》は眉をひらいた。  ここ不利な戦いをつづけ、面目を失ったのみか、四人の味方の将を、敵の手に捕虜としてゆだねている。  かつは多くの部下も死なせ、日夜、やるかたない悶々《もんもん》を抱いていたところである。が、いまはまったく心身も冴え返った。呉用が来た。また思わざる味方が加わった。彼らのもたらしてきた奇計なども、まさに天来の救いともいうべきか。宋江は天の星を拝した。 「戴《たい》院長」  と、あくる日、呉用は陣中の戴宗《たいそう》をよんで、急使を托した。 「ご足労だが、一ト飛び梁山泊《りょうざんぱく》まで行ってもらいたい。――至急、泊中の四名の者をこれへ急派して欲しいのだ」 「こころえました。誰と誰ですか」 「鉄面|孔目《こうもく》の裴宣《はいせん》。聖手書生の蕭譲《しょうじょう》。通臂猿《つうびえん》の侯健《こうけん》。玉臂匠《ぎょくひしょう》の金大堅」 「みな一芸の者ですな」 「む。それと、仮装用のこれこれの服飾をたずさえ、すぐ駆けつけてくれるように頼む。なお、詳しくはこの中に書いてある」  一封を彼にさずけ、踵《きびす》をめぐらして来るところへ、柵の哨兵《しょうへい》がつたえて来た。 「扈家荘《こかそう》の扈成《こせい》という者が、陣見舞の酒肉を持って、お目にかかりたいといってまいりましたが」 「扈家荘《こかそう》とは、敵の独龍岡《どくりゅうこう》を繞《めぐ》る三家の一つではないか」 「はっ。西の麓にいる祝氏《しゅくし》の一族で」  すると、幕舎の内から宋江が出て来て。 「いやさしつかえございません。伝令、ここへ通せ」  扈成《こせい》は、司令部の前まで来ると、膝をついて、宋江を再拝した。 「自分の妹は、ご存知の扈三娘《こさんじょう》こと、一丈青というものにござりますが」 「あ。あの凛々《りり》しい女将軍の兄上か」 「女だてらに、乱軍の中を駆けまわり、ついに尊軍のとりことなってしまいました。めんぼくもございません」 「なんの、擒人《とりこ》を出したのはお互いだ。恥じることはない」 「が、じつは……」 「何を言い難そうにしておられるのか」 「妹がとりのぼせて、尊軍へお手抗《てむか》いいたしたのも、じつは祝氏の一男と縁組みの約があったからでございまして」 「それで?」 「なにとぞ一つ、若い娘のこととおぼしめし、ご寛大なおなさけの下に、彼女《あれ》の身柄を、てまえにお返しいただけますまいか。どんな償《つぐな》いでもいたしまする。また向後は決してお手抗《てむか》いはさせません」 「よろしい」 「えっ。ご承知くださいますか」 「代りに、こちらの取られた捕虜、王矮虎《おうわいこ》をお返しください」 「さ。その矮虎《わいこ》どのは」  このとき、呉用が口を入れた。 「どこにいます。矮虎は現在」 「独龍|岡《こう》の本城に、鎖《くさり》でつながれてますので、さて、われらにはどうすることもできません」 「ははは。ではお話になりませんな。だが、こういう約束ならばしてもよい。今後一切、扈家荘《こかそう》からは加勢をくり出さないこと。そして祝朝奉から入り込んだ者は、そちらの手で捕えておくこと。――その約条が守れるなら、後日、妹さんの身はきっと返す。ただし妹さんは早や梁山泊へさしたててあるが、あちらでは絶対安全にさせてある。それだけはご安堵《あんど》なさい」  扈成《こせい》は、約を誓い、拝謝してすごすご帰った。――陣中こんな風景もあったりするまに、一方、孫立《そんりゅう》の組は、呉用のさしずの下に、着々とそのはかりごとを進めていた。そして一日、 [#1字下げ]登州守備隊 提轄《ていかつ》孫立  と大書した旗じるしを作り、馬卒二十余り、同気七名を伴《ともな》い、昨夜ひそかにここの陣をはなれ、わざと道を遠く廻って、やがて独龍山の裏がわ、祝氏の城の搦《から》め手道へかかって行った。 「御指南」  城兵の一人が駆け込んで来て告げた。  武芸指南役の欒廷玉《らんていぎょく》は、ちょうど城内の弓の広場で、祝氏の三傑――朝奉の息子、祝龍、祝虎、祝彪《しゅくひょう》らと、なにか立ち話していたところだった。 「なんだ、あわただしげに」 「はっ。ただいま登州守備隊の孫立と名乗るお人が、同勢二十七、八名で御指南をたずねてまいられましたが」 「どこへ」 「搦《から》め手門の濠《ほり》の外へ。中に女人《にょにん》も二人ほど連れております」 「おかしいなあ。ほんとか」  そばで、ふと聞きとがめた祝龍が。 「何者です、先生。それは」 「以前、おなじ師匠の許《もと》にいた同門の者ですが」 「ならば会ってみたら分るじゃないですか。女連れだとか。まさか物騒な者じゃあるまい」 「ではおゆるしを得ましょうか。兵卒、濠《ほり》の吊り橋を下ろして通せ」  孫立《そんりゅう》の一行は、まもなく郭門《かくもん》でみな馬をおりて、これへ来た。相見るや、欒廷玉《らんていぎょく》もオオと双手で迎え、孫立もまた手をさしのべ、かたく握り合って、お互い久闊《きゅうかつ》の情を見せた。 「しばらくだったなあ」 「ほんとに」 「君が登州にいることは知っていたが、どうしてこれへ来たのか」 「急に鄆州駐屯《うんしゅうちゅうとん》の任へ就けと、総管辞令でいやおうなしに廻されてさ」 「鄆州《うんしゅう》だとすると、梁山泊に近いな」 「それだ。このごろやたら暴徒の数がふえ、おだやかならん風聞《ふうぶん》もある。移動もそのおかげらしいよ」 「じつはここも今、やつらと一戦の最中なのだ。よく途中で、梁山泊の者に遮《さえぎ》られなかったな」 「いや聞いている。だからわざわざ道を変えて搦《から》め手から訪ねて来たんだが……。いまあちらへ行ったお三人は誰なのか」 「祝氏のご子息がただろう。見たか」 「いや、先様でチラと俺たちの方を流し目にして行かれただけだが、さてはあれが有名なご当家の三傑だったか」 「君っ」  と、欒廷玉《らんていぎょく》は、孫立の肩へ手をのせて。 「どうだ、ここで一ト働きしてみんか。君の受けた移動命令にも添うものだ。寄手の賊のなかには宋公明《そうこうめい》がいる。彼を生けどって都へ差立て、さらに梁山泊をも突き破れば、一躍大功名、将軍の印綬《いんじゅ》はかたいぞ」 「む。同門の友が宋《そう》朝廷の禁軍に臨み、白馬《はくば》金鞍《きんあん》を並べるなどの日がもしあったら、そいつあ、どんなに愉快だろうな」 「さ、本丸へ通ってくれ。ご子息がたへ、紹介する」  そのあいさつ、儀礼もあって、当夜の晩餐《ばんさん》には、めずらしく当主|祝朝奉《しゅくちょうほう》までが席に姿を現わした。  終始、弾《はず》んでいた欒廷玉《らんていぎょく》は。 「大殿。これです。昼、お耳に達しておきました旧友の病尉遅《びょううっち》孫立《そんりゅう》というのは」 「孫立です。初めて御意《ぎょい》を拝しまする」 「やあ、あんたか。こんど総司令部の命で、近くの鄆州《うんしゅう》へ移駐して来られたと聞くが」 「さようです。何かと以後は、ご教導のほどを」 「とんでもない。当家こそ、ご支配の区域になる。よろしくおちかづきを願わねばならん。そして、そちらのお方は?」  楽和《がくわ》は、とたんに、まごついたが、すぐ孫立《そんりゅう》が仲をとって言った。 「これは鄆州《うんしゅう》の役署の方で」  つづいて鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》、孫新、解《かい》の兄弟らをさしては、 「いずれも、登州の軍人でして、てまえには腹心の部下どもです」  と、機転をはたらかせたものである。このあざやかな紹介に疑いを抱いたものは誰ひとりもなかったらしい。  祝朝奉《しゅくちょうほう》といい、三傑の息子といい、決して凡庸《ぼんよう》な人物ではなかったが、孫立一|行《こう》のうちに、孫《そん》の妻と、おばさんのいたこととが、なんといっても、女づれと視《み》る油断の一因を醸《かも》していたのは争えない。そして行李《こうり》を積んだ馬やら馬車やら、どう見たって、これは赴任軍人の引っ越しだった。 「女は女同士がよかろう」  と、朝奉は彼女らを伴って奥へみちびき、自分の夫人、側室、そして侍女《こしもと》たちと一しょに遊ばせ、さらに元の席へ返って来て、 「ひとつ、乾杯しましょう」  と、たいしたご機嫌ぶりだった。その歓談のあいだに、孫立《そんりゅう》は隣の席の祝龍へ、ちょっと、こんなふうに当ってみた。 「さすが、磐石《ばんじゃく》なお城ですな。敵が攻めているのかいないのか、まったく何もわかりません」 「でも梁山泊の寄手は、昼夜、歯がみして、どこかを突ッついているんですがね」 「及びもつきますまい。しょせん、やつらの力では」 「しかし勝敗は逆睹《ぎゃくと》できません。また一気に勝負もつけかねますよ。這奴《しゃつ》らは逃げるだんになれば、水を渡ってあの蕭々《しょうしょう》たる芦《あし》の彼方へ隠れこんでしまうでしょうから」 「いやそのときには、官でも水軍を押し出しますよ。不肖《ふしょう》が鄆州に駐留しているからは」 「よろしくどうぞ」  かくて、三日目のことだった。城楼や城門でただならぬ動揺《どよ》めきがわき揚がったとおもうと、鉄甲、花やかな味方一騎が、 「宋江みずから、一軍をひきいて、近々と攻めよせてまいりましたぞ」  と、城庭を駆け巡り駆け巡り、報じていた。 「なに、宋江が」  すぐ立ちかける祝龍《しゅくりゅう》を抑えて、三男の祝彪《しゅくひょう》が、 「いや、おれが行く。まかせてくれ。おれが捕まえて来る」  と、言い争った。いや言うやいな、そこの床几場《しょうぎば》を躍り出し、濠《ほり》の吊り橋を下ろさせて、部下百騎ほどの先を切って駆け出して行く彼だった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 百年の悪財、一日に窮民《きゅうみん》を賑わし、梁山泊軍、引揚げの事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  城楼、城門、城壁。その中の無数な顔という顔がみな大きな口を開けッ放しに開けていた。鬨《とき》の声である。それに合せ銅鑼《どら》や金鼓《きんこ》も万雷の音を揺すッてやまない。  城外へ出た味方への声援なのだ。  ――と見るまに、祝彪《しゅくひょう》の一隊は、勝ちほこッたかの如く、濠《ほり》の吊り橋を渡って、とうとうと荘門の内へひきあげて来た。その車仕掛けの吊り橋は味方を収めるやいなキリキリと高く巻き揚げられる。 「ざま[#「ざま」に傍点]はねえ! 宋江《そうこう》の臆病者めが」  祝彪は大勢のいる荘の床几場《しょうぎば》へ来るなり言った。 「宋江と聞いたので、ござんなれと討って出たが、なんのこと、相手に出て来やがったのは、梁山泊《りょうざんぱく》では弓の上手とか聞く小李広《しょうりこう》の花栄《かえい》という奴。相手にとって不足だが、そいつもまた、手もなく逃げてしまってさ……。いや張合いのねえことといったらない」  ここ一|郭《かく》の陣座には、祝朝奉《しゅくちょうほう》をはじめ、祝氏《しゅくし》の三傑とよばれる息子の祝龍、祝虎、また武芸師範の欒廷玉《らんていぎょく》、そのほか祝一門おもなる者、ぞろッと甲冑《かっちゅう》をならべていた。  そしてまた一隅には。  これは巧みに、欒廷玉との旧縁をつかって、荘内の客となり澄ましていた連中がいる。すなわち病尉遅《びょううっち》の孫立《そんりゅう》、孫新、また鄒淵《すうえん》と鄒潤《すうじゅん》、それに解《かい》の兄弟や鉄叫子《てっきょうし》楽和《がくわ》などの七名で、なるべく目立たぬようにと、さしひかえている姿だったが、 「いや、ご三男さま」  と、その中から孫立がめずらしく口を出した。 「敵の宋江が、姿を見せないのも、弓の花栄が尻ッ尾《ぽ》を巻いて逃げたのも、そいつは無理もありません。自然だろうと思いますな」 「なに。それはどういうわけだ、孫立」 「だって、みすみす死を求めに出て来るばかはありますまい。音にひびいた祝氏の三傑の中でも、わけて勇猛のお聞えあるあなたが、いきなり陣頭に出て行っては、ご自身、木の葉を掃いてしまうようなもので、それでは合戦になりッこもないでしょう」 「わははは、なるほどな」  祝彪《しゅくひょう》が大笑すると、父の朝奉《ちょうほう》も、満座の面々も、みな手を打って、 「これは考えものだ」  と、しばし笑いに揺れ合った。  酒宴になる。いろんな作戦上の策が話題に出る。  鉄叫子《てっきょうし》の楽和《がくわ》は、頃あいをみて、 「余興に一つ」  と、得意の歌をうたい、さらにまた、求められて、諸葛孔明《しょかつこうめい》の“五|丈《じょう》原《げん》ノ賦《ふ》”を指笛で吹いて聞かせた。 「これはうまい! 素人《しろうと》芸ではないぞ、おもしろい客人だ」  と、楽和はすっかり人気者にされ、やんや、やんやの喝采《かっさい》をあびた。  こんなことから、孫立一味の七人客も、また、朝奉夫人が住む大奥へ入りこんでいた孫《そん》の妻と毋大虫《ぶだいちゅう》おばさんの二人も、すっかり信愛をうけて、いつか城内ではなにへだてなく扱われていた。  するとまた、七日ほど後のこと。 「すわ! 梁山泊の賊軍が、前にもました勢いで、濠の彼方《むこう》へ襲《よ》せかけて来ましたぞ」  と、郭門《かくもん》一帯にどよめきを見せ、朝奉以下の陣座へ、頻々《ひんぴん》と指令を仰いできた。  再三、敵将の宋江をとり逃がしているので、今度はと、祝氏の三傑は口をそろえて、 「騒ぐな、放《ほ》ッとけ、しばらく、敵がなすままにして、出方を見ていろ」  と、号令した。  だが、放ッておいたら、たいへんである。城外の寄手は、火箭《ひや》を撃ちこみ、堤《どて》をくずし濠を埋め、また巨木を伐《き》って筏《いかだ》となし、どうなることかわからない。  かくと聞くや、祝龍、祝虎、祝彪の三兄弟とも、 「小癪《こしゃく》な」  とばかり癇癪《かんしゃく》に駆られ、吊《つ》り橋を下ろさせて、突風のごとく、荘門から討ッて出た。  敵がたには、 「豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》!」  と名のる一将がいた。  祝龍、祝虎はそれへむかって、おめいていたが、豹子頭《ひょうしとう》の影は、まるで乱軍の間に明滅する陽炎《かげろう》のごときもので、追い疲れ、戦い疲れ、兄弟がハッと思ったときは、 「あっ、こいつはいかん」  と、余りに城を離れた深入りに気づき、ついに駒を返したことだった。  三男の祝彪《しゅくひょう》もまた、ただ敵の怒濤の中を泳ぎ暴れただけで、宋江の姿も見ず、むなしく郭《かく》の内へひきあげていた。――翌日も、また次の日も、変りない襲《よ》せつ返しつの膠着万遍《こうちゃくまんべん》といった戦況だった。  すると三日目のこと。大陸的な夕空いちめんまさに灼奕《しゃくえき》と真っ赤に燃え映《は》えている頃だった。――寄手の後ろの方から車輪陣の象《かたち》をなした一団が近々と濠ばたへ押し進められてきた。一|旗《き》高々と夕風にひらめいているのを見て城内の兵は、 「や、や、あれこそ宋江だ。宋江の本軍が出てきたにちがいないぞ」  と、言い騒いだ。 「ござんなれ宋江。さあ決戦だ」  と、郭門《かくもん》を押ッ開き、吊り橋を下ろし、手に唾《つば》して逸《はや》りきる祝氏の三傑三兄弟にむかって、このとき、 「ま。お待ちなさい」  と止めたのは、荘の客、病尉遅《びょううっち》の孫立《そんりゅう》だった。 「――率先、あなた方が躍り出たら、またもや折角な大魚を獲《と》り逃がしましょう。まずそれがしと孫新が一隊を拝借して討ッて出ます。お三方は郭門《かくもん》の蔭にひそみ、われわれが、宋江の退路を断《た》ッたとみたところで、いちどに吊り橋を渡って包囲したらどんなものでしょう?」 「む。いい考えだ。では先陣を切ってくれ。おう、この馬をそちに遣《や》る」  長兄の祝龍は、みずからの愛馬を、孫立《そんりゅう》に与えた。それは“烏騅《うすい》”と名のある漆黒《しっこく》の馬だった。  陣鼓《じんこ》、喊声《かんせい》の沸《わ》く中を、孫立と孫新の一隊は、敵の前面へ馳け出しざま、 「梁山泊の盗《ぬす》ッ人《と》ども、この祝朝奉《しゅくちょうほう》家の内には、登州守備隊の提轄《ていかつ》、孫立以下の者が、先頃から客となっていたのを知らぬのか。どいつもこいつも引っ縛《から》げて、御用とするから覚悟をしろ」  と、敵のみか、後ろの城門へも聞えるような大音声《だいおんじょう》でまず呶鳴った。  たちまち戦塵が煙り立ッた。  無数な人渦《ひとうず》のなかに、無数な剣戟《けんげき》がひらめきうごく。  宋江の陣からは、せつな。 「おうッ、捕《と》れるものなら生け捕《ど》ってみろ、没遮攔《ぼつしゃらん》の穆弘《ぼくこう》とはおれのこった!」  つづいて、また。 「いぜんは薊州《けいしゅう》の刑吏、今は志を変えて梁山泊の一人、病関索《びょうかんさく》の楊雄《ようゆう》もこれにいる!」  さらに、次の一騎も、猛然、突き進んで来ながら名のった。 「――※[#「てへん+弃」、(三)-271-5]命《べんめい》の三郎石秀!」と。  これは手|強《ごわ》い。陣も堅い。  石秀《せきしゅう》と孫立とはただちに鎗《やり》を合せ、両々譲らず、火をちらし、鎗身《そうしん》を絡《から》みあい、激闘数十合におよんだが、勝負、いつ果てるとも見えなかった。  一方の孫新もまた苦戦だ。  穆弘、楊雄の二隊に取りまかれ、かつはそれらの豪の者に迫られ、あわや危ういかとさえ思われた。  その戦況を、郭門から眺めていた祝氏の三傑は、 「もう見てなどいられるものか」  まず祝龍が、先頭を切って、た、たっ! と濠の吊り橋を馳け渡って行った。  するとそのとき、孫立は馬の鞍わきに、敵の一将石秀を生け捕って来て、 「やあ、ご長男さま。こいつを城内へ縛《くく》っといておくんなさい」  と、祝龍の前へその者を抛《ほう》り投げた。 「なに、生け捕りか。出来《でか》したぞ孫立」  と、祝龍はただちに部下へいいつけて、石秀を縄からげにし、郭門《かくもん》の内へ送りこむやいな、ふたたび馬を回《かえ》して敵の中へ突入して行った。  祝彪《しゅくひょう》、祝虎も、もちろん兄におくれてはいない。突然、宋江の陣は総退却をおこした。しかし時すでに薄暮。勝つには勝ったが、またもついに、宋江は取り逃がした。  城内は赤々と凱歌《がいか》にかがやく篝火《かがり》の晩を迎え、荘の本曲輪《ほんまる》では一同、 「また一人、擒人《とりこ》がふえた」  と、酒壺《しゅこ》を開いて、陣宴の歓《かん》に沸いていた。  祝朝奉《しゅくちょうほう》もすこぶる上機嫌で、 「お客人の大手柄だわ」と言い、「――せがれども、合戦いらい、これで梁山泊の捕虜は幾人になったかの?」  と、酒の肴《さかな》みたいに訊ねていた。  二男の祝虎が答えて言った。 「今日の捕虜、石秀という者を加えて、ちょうど七人になりますよ。――まず最初に捕まえたのが時遷《じせん》、次に間諜の楊林《ようりん》、それから黄信《こうしん》、王矮虎《おうわいこ》、秦明《しんめい》、鄧飛《とうひ》――どいつもこいつも梁山泊では一トかどなやつばかり」 「うむ、いずれみな、檻車《かんしゃ》に乗せて、開封《かいほう》東京《とうけい》の朝《ちょう》へ差立て、皇帝からお褒《ほ》めをいただくわけだが、しかしそれまでは、傷物《きずもの》にしてはならん。大事にしておけよ」 「さよう、さよう。捕虜も見ばえをよくしておかなければいけませんな」と、相槌《あいづち》を打ったのは、客卓にいた孫立だった。 「――ご子息がた。あとは宋江を生け捕ることです。これに宋江が加えられれば、祝氏の三傑の名は都の大評判となりましょう。ところで、押送《おうそう》までの監視は、充分、お抜かりなくしてあるでしょうな」 「大丈夫だとも。郭北《かくほく》の倉庫十八棟のうちの三番|蔵《ぐら》に一人一人|檻車《かんしゃ》に入れて押し籠めてある。何しろ戦騒《いくささわ》ぎで手が廻らんでな。しかし、なるほど奴らを都へ送るにも、見ばえをよくしておく必要はあった。あしたからは肉もたっぷり食わせておこう」  このあと数日は、梁山泊軍の襲来もなかった。  そのあいだに、孫立《そんりゅう》一味は城郭中の通路、隠し道、奥との連絡、すべての探《さぐ》りを遂げていた。毋大虫《ぶだいちゅう》のおばさん、孫立の妻も、ひそと心得顔である。楽和《がくわ》はまた、人目を忍んで、折々城壁の堤から濠《ほり》の彼方へむかって、のん気な指笛を吹いて逍遥《しょうよう》していた。が、これが決して暢気《のんき》な遊びでないことはいうまでもない。  ついに来る日が来た。  宋江はこの日、いつもと攻め手をかえて、全体を四軍にわけ、城の四面から迫って来た。そのうえ四隊個々の上に中軍旗をひるがえし、さかんに陣鼓《じんこ》喊声《かんせい》をあげさせ、どの隊も宋江がいる本陣かの如くに見せかけていた。  しかし、梁山泊|方《がた》にそんな大兵はあるはずもないから、これは宋江が土地《ところ》の農民や雑夫《ぞうふ》を狩り集めて兵鼓《へいこ》を振るわせた擬勢《ぎせい》であったに相違ない。けれど城中の驚きは一ト通りでなく、 「すわ。寄手は梁山泊から援軍をよんで、いち[#「いち」に傍点]かばち[#「ばち」に傍点]かの総攻撃をしかけて来たとみえるぞ。やよ欒廷玉《らんていぎょく》、せがれどもと力を協《あわ》せ、一挙にこれを屠《ほふ》り去れ」  と、祝朝奉《しゅくちょうほう》みずから、将台に立って指揮にあたり、城方《しろかた》もまたその全力を四面の防ぎに投入した。――すなわち祝氏の三傑は一人一人にわかれて荘門外に奮戦してゆき――また、いつもは総大将朝奉のそばを離れない欒廷玉《らんていぎょく》まで、一隊をひきいて搦手《からめて》からつい討って出てしまったものであった。  必然、いまや郭内《かくない》はまるで手薄。――と見るや、どこかで、 「おおっ、お待ち遠さま! お膳立てはととのったぞ。先頃から逗留《とうりゅう》中のお客衆、それっ、思い思いの膳につけ」  と、病尉遅《びょううっち》孫立《そんりゅう》の大音声につれて、とつぜん、鉄叫子|楽和《がくわ》のするどい指笛が祝朝奉の耳を驚かせた。 「な、なんじゃあれは?」  朝奉は怪しんだ。いや狼狽《ろうばい》のひまもない。彼のいる将台の階《きざはし》を目がけて、だ、だ、だッと馳け登って行った孫新、楽和、鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》の四客は、手に手に剣をひッさげ、 「朝奉、観念しろっ」  と、斬りつけてきた。  左右の兵は仰天して、乱刃の下に防ぎ戦い、朝奉は欄《らん》を躍りこえて将台の下に逃げ転《まろ》んだ。――が、下には孫立が、一|鎗《そう》を構えて待ちうけていたから、朝奉はいよいよ逃げ戸惑い、ついに女曲輪《おんなぐるわ》の境まで走ッてそこの深い石井戸へ身を投げてしまった。  追って来た孫立は、井戸べりに片足かけて、中を覗《のぞ》き込み、 「おあつらえ」  とばかり手の一|鎗《そう》を逆《さか》にかざし、ドボンと投げ突きに井戸底の物を突き殺した。――そして、あとから来た楽和にむかい、「鉄叫子《てっきょうし》。すぐ奥へ行って、毋大虫《ぶだいちゅう》やおれの妻に助太刀してくれ。そして祝夫人や侍女《こしもと》などは殺さぬように、どこか一つの女房《にょぼう》[#1段階小さな文字](女部屋)[#小さな文字終わり]へ押しこめておくがいいぜ」  と、早口に言い渡し、そして彼自身は、郭北《かくほく》十八|倉《そう》の一つ三番|蔵《ぐら》の方へ宙を飛んで行った。  すでに、蔵番《くらばん》の哨兵《しょうへい》一隊は、そこらじゅうに叩きつけられてしまい、三番|蔵《ぐら》の鉄の扉は、滅茶苦茶に破壊されてしまっている。  ここを襲ったのは解珍《かいちん》、解宝の二人を先頭に、さきごろ一行の供人《ともびと》に仕立てて一味の中に入れ共に泊りこんでいた仲間の手下《てか》たちだったのである。いうまでもなくここに囚われていた時遷《じせん》、楊林、黄信《こうしん》、矮虎《わいこ》、秦明《しんめい》、鄧飛《とうひ》、石秀の七人の救出のためにだ。 「火を放《か》けろ」 「いや倉庫はよせ。あとでは、こっちの頂戴物だ」 「ならば櫓《やぐら》を」 「そうだ、まず荘門からぶッ潰《つぶ》せ」 「馬糧《まぐさ》を撒《ま》いて、将台も焼き払え」  これだけの屈強が突如、城の心臓部から暴れ出したことである。鼎《かなえ》が沸くなどという形容も充分ではない。同時に奥の方からは毋大虫《ぶだいちゅう》おばさん、孫立《そんりゅう》の妻、そして、楽和《がくわ》そのほかも馳せ集まる。  驚愕したのは、城外に戦っていた欒廷玉《らんていぎょく》や祝兄弟それぞれの隊と、その戦場であった。 「や、や。あの煙は?」  と吊り橋を引っ返して来た欒廷玉は、そこの口を塞《ふさ》いでいた孫立以下の者と、後ろからの追撃に挟まれて、橋上の立往生を遂げてしまい、祝龍、祝虎の兄弟は、おなじく城の火の手に驚いて戻る途中、寄手の呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》の埋伏《まいふく》隊につつまれて、これまた最期の是非なきにいたってしまった。  ひとり三男の祝彪《しゅくひょう》は、 「こいつはてッきり城中の裏切り?」  と見、死地を脱して、扈家荘《こかそう》へ逃げた。  ――例の一|丈《じょう》青《せい》の兄、扈成《こせい》が支配している一族の一荘だ。  ところが、扈成《こせい》はすでに、妹の一丈青の身の保証と交換に、宋江《そうこう》とのあいだに、不戦密約をしていたので、門を閉じて、彼を入れず、為に、戦い疲れた祝彪は、それを執拗《しつよう》に追いまわして来た黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》の二|丁《ちょう》斧《おの》の下に、ついに命を終ってしまった。  ところで李逵《りき》は、これだけにしておけば、いい男であったものを、宋江と扈成の密約などは頭におかず、つづいて荘門をぶちやぶり、家族召使いを、みなごろしにしたあげく火をかけてしまったものである。そのため、扈成は、命からがら延安府へと落ちのびてゆき、やがて後にこの人は、宋朝《そうちょう》中興の業にひとかどの将として働いた。  だが、それは後のはなし。宋江はこの日、本陣にいて、この伝令を聞くやいな、 「李逵《りき》をよんで来い」  と命じ、彼を見るや、いつにない烈しさで怒った。 「この蛮夫《ばんぷ》め、無知め、扈成は先頃、陣見舞のみやげを持って、降《こう》を申し入れてきた者ではないか。その肉を食らい酒も飲んだきさまは、這般《しゃはん》の約も知っているはずだ。だのになんで、降人の家族をみなごろしにいたしたか」 「こいつア恐れ入った。いけませんでしたか。――扈家荘《こかそう》の一丈青という女郎《めろう》には、あなたからして、ひでえ目にあった怨みがあるじゃございませんか」 「怨みも捨てるのが降《こう》というもの、また和というものだ。祝彪《しゅくひょう》を討ったきさまの手柄はそれで帳消しだ。後陣へ退《さ》がッて謹慎しておれ」 「ふへえ! また謹慎ですかい。どうしてだろ。おれが働くと、ご褒美はいつも謹慎だ」  李逵は口をとがらした。うそぶきながら引っこんでゆく。が、こんな悄然《しょうぜん》たる姿は彼ひとりだった。  はやくも孫立《そんりゅう》、孫新をさきに、長らく城中の捕虜となっていた面々も、宋江の前に来て立ちならび、「めでたい」  と、生きての再会をよろこびあい、また、 「ひとえにこれは、病尉遅《びょううっち》以下、君たち一同の奇計がもたらしてくれた大功だ」  と、宋江はひとかたならず、孫立たちの労を謝した。そしてただちに、城内の財宝を外へ運び出させることにした。  なにしろ万戸の王侯にひとしい祝朝奉家の蓄えである。武具、爆薬、穀物、車輛、また奥の調度品には、絹、糸、油、金銀、それと牧場にも、牛、羊、騾馬《らば》、家鴨《あひる》などまであって、その集荷《しゅうか》には、七日も要したほどである。 「すべてこれは梁山泊へ運び入れよう」  軍師の呉用は言ったが、宋江はそれに反対な色をみせた。 「われらは世から盗《ぬす》ッ人《と》といわれています。だが人は言っても、われらの内では盗《とう》は盗でも、ただの悪《あく》には終るまい、何か一善は、世間にお返ししようぜと、これは鉄則にしていたはず。――いま、多年|苛烈《かれつ》な鞭《むち》の下に農奴を泣かせて富み栄えてきた祝家をここにぶッ潰《つぶ》したのも、天に代ってしたものとしなければなりません。さすれば当然、分捕りの財は、それの大半を窮民《きゅうみん》へ分け与えてやるべきかと思いますが」 「よかろう。もとより徳を施すことならこの呉用から梁山泊の面々も、異存のあろうはずはない」 「では。……先に石秀《せきしゅう》が敵地へ探りに入り込んだとき、何の利も得《とく》もなく、一夜を親切に匿《かくま》ってくれた鐘離《しょうり》という老人がある。あの老人を窮民|布施《ふせ》の奉行役にして、それをやらせてはどんなものか」  と、さっそく石秀を使いにやり、鐘離をよんで来て、分捕り物分配の任にあたらせた。それもしかしなかなか大仕事だった。何しろ穀物|糧米《りょうまい》だけでも五十万石の余にのぼる量だった。が、これで独龍岡《どくりゅうこう》支配下の何万戸という荘民は、まるで夢みたいなお助けに潤《うるお》され、かれらはまた、 「できることなら何でも」  と、労力をもって、そのよろこびを、宋江らの義軍にこたえてきた。  かくて、残余の分捕り品輸送なども難なく進み、宋江らの全軍は、ほどなくここを総引きあげに引揚げた。一路、山東梁山泊へと、凱歌に沸く蜿蜒《えんえん》の列を作《な》して――。  ところが、ここにまだ不遇なる賢人が残っていた。  かの撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》である。  彼は、亡び去った祝朝奉家の親戚だ、つまり祝一族の一軒だ。  事の始めに。彼は宗家のためを思い、極力、事を穏便にと、相互のあいだに立っていた。――が、逆に、それが族長の息子どもからは疑われ、以来、門を閉じたきり、今度の騒ぎには全く圏外《けんがい》にいて静かに矢傷《やきず》の身を療治していたのである。――しかし今や、本家の朝奉初め、息子の三傑も、旧家の城とともに、死に絶えたとつたえ聞き、 「ああ、ぜひもない。驕《おご》る者久しからず。これも輪廻《りんね》か」  と、惆然《ちゅうぜん》と独り嘆じていたところだった。  ところが、はしなくこの李応の家の門へも、禍《わざわ》いの波は、禍いから余さじとするかの如く、或る日、どやどやと七、八十人一隊で押しよせて来た。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 宋江、約を守って花嫁花聟を見立て。 「別芸題《べつげだい》」に女優|白秀英《はくしゅうえい》が登場のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「このほうは登州《とうしゅう》与力《よりき》の裴鉄面《はいてつめん》だが、奉行の逮捕状《たいほじょう》を帯びてこれへ参った。当家のあるじ李応《りおう》を出せ。有無《うむ》を申さば、官権をもって召捕るまでだが」  威猛《いたけ》だかである。  屋敷じゅうは慌《あわ》てふためいた。  李応《りおう》はまだ片手を繃帯《ほうたい》して首に吊っている。かくと聞くや衣服を着かえ、静かに病床を出て、官憲との応対に当った。 「てまえが李応ですが、何かのお間違いではないか。逮捕されるような覚えは身にない」 「だまれ。四散した祝家の夫人や家来から連名の告訴が出ておる。それによれば、汝は祝一族の者でありながら、わざと梁山泊《りょうざんぱく》との間に紛争を作り、彼らを手引きして、宗家を亡ぼし、後日、荘の土地や金銀の分け前をとる内約していたということだ。言いわけがあるなら奉行閣下の前で申しのべろ」 「これは奇ッ怪な。察するに何者かの讒言《ざんげん》と思われる。ともあれ念のため未亡人の血迷ったその讒訴状とやらまた、お奉行直筆の逮捕状などもお示しいただきたい」 「オオ見るがいい。どうだ、返答あるか」 「なるほど……。ううむ、これは紛《まぎ》れもない登州の官印、また、告訴状もそれらしいが」 「はや言いぬけもあるまいがな。それッ縄を打て」  つづいて、与力は、 「当家の食客の杜興《とこう》とかいう奴。そいつも搦《から》め捕ったか」  と、後ろの人数へ言った。  杜興はすでに縛られている。それを見て、李応も観念した。覚えのない冤罪《えんざい》だ。公《おおやけ》の法廷で堂々申し開くに如《し》くはない、と。  馬に乗せられ、与力、捕手、獄役人などの大勢にとりかこまれ、泣いて見送る老人女子供らの家族へは、 「なあに、すぐ帰って来るからな」  さりげない笑顔すら見せて郷門を去って行った。かくて李家荘《りかそう》をあとに、急ぐこと八、九十里、一|叢《そう》の雑木林の中にかかった。 「待てっ」  一声が静寂《しじま》を破ッた。  立ちふさいだのは、豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》だった。つづいては宋江《そうこう》、花栄《かえい》、楊雄、石秀などである。口ほどもなく、奉行与力以下の者は、 「あッ、梁山泊の奴らだ!」  と白昼の妖怪でも見たように、李応《りおう》、杜興《とこう》の護送馬もそこへ捨てて、蜘蛛《くも》の子のごとく逃げ散ってしまった。 「とんだご災難でしたな」と、宋江はただちに二人の縄目を解かせ――「じつは、お待ちしていたんです。撲天鵰《はくてんちょう》先生、どうぞてまえどもと一しょに、ひとまず梁山泊へお越しください。決して悪くはいたしません」 「お。あなたが、著名な宋公明か」 「そうです。お恥かしい者ですが」 「いかにもな。そのご卑下《ひげ》はよく分る。この李応もまだそんな日蔭者の仲間におちぶれるほど身を持て余してはおりません」 「でも、今日は遁《のが》れても、いつかは必ず官憲はあなたを不問にしておきますまい。――梁山泊の軍勢が、みすみす自分らの管轄《かんかつ》下に、こんな大騒動を起したのです。いわば彼らの落度になる。その罪はみんなあなた一人に被《き》せようとするにきまっている」 「いやどんな難儀がかかろうとも、だ」 「それはご潔癖もちと強情に過ぎはしませんか。しばらくここの余熱《ほとぼり》をさまし、周囲のおちつきを見とどけてから、世間へお帰りある方が、諸事、無難でございましょうに」  杜興もそれをすすめ、呉用もまた、呉用一流の弁で、切にすすめる。そこで李応もついに我《が》を折って、一行の中に入って行をともにし、やがて梁山泊の人となった。  といっても、正道の士、撲天鵰《はくてんちょう》李応のことだ。あくまでここは仮の宿と見、毎日の聚議庁《ほんまる》における酒宴のもてなしにもついぞ打ち溶《と》けた風もない。――その日もまた彼は、梁山泊一統の統領|晁蓋《ちょうがい》の姿を見たので、 「総統、おねがいです。はや今日で五日目になる。家族らも気がかり。ひとまず、ここを出して、家へ帰して下さらんか」  と、やや哀調をもって嘆願した。  すると晁蓋《ちょうがい》は、かたわらの宋江、呉用らの顔を見て、意味ありげに笑って諮《はか》った。 「どうでしょうご両所。撲天鵰《はくてんちょう》先生には、頻りにああいっていますが」 「はははは。李《り》大人。そのご心配は、すこぶる変なものですな」 「どうしてです。呉学究どの」 「だって、あなたのご家族は、もはや李家荘《りかそう》にはおりませんぜ」 「えっ、いない。ではどこにいますか」 「ここにです」 「こことは」 「もちろん梁山泊。ついさっき、金沙灘《きんさたん》の対岸の茶店から報《し》らせがありました。ほどなくやって来るでしょう」  何をいうか、人を愚弄するにもほどがある。――李応はそう取ったものの如く不快な色を閉じてしまった。けれどこれは嘘でなかったのである。ほどなく山寨《やま》の下からこれへ登って来る群れの蟻行列《ありぎょうれつ》のごとき人影が見えだした。近づくに従い、李応は、アっ! とばかり驚いた。その中にはわが妻子が見える、舅《しゅうと》や年来の召使いまでがいる。いや覚えのある家財道具までが百人余りの人間と数十の驢馬《ろば》や牛の背に積まれてやって来るではないか。 「なんとしたことだ?」  彼は走り出して、まず妻にたずねた。妻や老人たちは、口をそろえてこもごもいった。 「旦那さま、ようもまあご無事で。あなたが、州の奉行所へ連れて行かれると、その晩でした。またぞろ百人ほどな者が来て、否やもいわせず、この通りにしてしまい、なんでも来いというままに、これへ曳かれてまいりました。――もう帰るにも帰る所はございません。荘を出るやいな、屋敷は炎になってしまいましたから」  聞く李応《りおう》は、唯々、あきれるばかりだった。すると、後ろから追って来た宋江が、彼の前に膝をつき、両腕を交叉《こうさ》して、地に伏さんばかり詫びて言った。 「おゆるし下さい。まったくは、あなた方をあざむいたのです。それも久しい間、撲天鵰《はくてんちょう》李応というお名を聞き及び、その為人《ひととなり》をお慕い申していたからのことで、われらの内に、あなたを引入れたい一心のほかでしかありません。どうかひとつご堪忍を。またわれわれの切な願いをば、ぜひおきき入れのほどを」 「では一体、あの官人どもは、何者であったのですか」 「州奉行の与力とみせたのは、仲間の鉄面|孔目《こうもく》の裴宣《はいせん》という者です」 「あ、あの有名な」 「ふたりの警吏は、偽筆の名人|蕭譲《しょうじょう》と、篆刻《てんこく》の達人|金大堅《きんたいけん》でした。そのほか捕手頭には李俊、馬麟《ばりん》、張順などが付いて行ったもの。――それらすべても、仮装仮面を脱《と》って、今夜はあらためて酒宴の席でお詫びすることになっています。――夫人やご家族の老幼には、決して、ここではご苦労をかけません。平和な村作りをしていただくまでのこと。李応《りおう》先生、なにとぞ、お覚悟をすえてください」 「ああ、それほどまでにこのほうを」  李応はついに、腰をかがめて、宋江の手を取った。その手を押し頂いて。 「士は己れを知る者のために死す。ぜひもありません。死にましょう。死んでここに生れおちたものと思いましょう」 「いまにわかりますが、これや天星|宿地《しゅくち》の宿縁なので、紛《まぎ》れなくあなたも仮に地へ生れ墜《お》ちる約束事による天星の一つに違いありませぬ」  このことばは、李応にはただ奇に聞えただけであろう。いやひとり宋江のみが悟っていた宿命観であった。かつて見た不思議な夢告と、そのとき授けられた天書を播《ひもど》いてから彼はこの梁山泊中の奇異なる生命のよりあつまりを、不可思議、かくのごときものかと、おぼろに信じだしていた。  山も酔い、波も歌い、馬や羊や家鴨《あひる》までも踊り出しそうな“遊びの日”が、一日《あるひ》ここの泊内を世間知らずな楽天地にした。  李応を迎えたよろこびと、十二名の新入りとを、山寨《やま》中へご披露におよんだためである。かつは祝家荘《しゅくかそう》から移してきた大量な分捕り物の豊年祝いという意味もなくはない。  新入り十二人とは誰々か。  李応は別格とし。まず孫立《そんりゅう》、孫新、それから解珍《かいちん》、解宝、鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》、杜興《とこう》、楽和《がくわ》、時遷《じせん》。また女人では一丈青の扈三娘《こさんじょう》、おばさん飲屋のおかみ毋大虫《ぶだいちゅう》、楽和の叔母にあたる孫立の妻。以上である。  これらの新顔を入れた大宴の席で、宋江《そうこう》がふと言い出した。 「どうでしょう。この吉日に、私は一組の新郎新婦を立てて、その媒酌人《ばいしゃくにん》をつとめたいと思うのですが」 「えっ、誰と誰で?」  満座は色めいた。とかく色香のとぼしい泊内では、これは時なら花見にひとしい。 「花嫁は一丈青の扈三娘《こさんじょう》です。そして花聟《はなむこ》は」  しんとなった。どこからともなく、熱い男臭い、溜息《ためいき》の波がつたわる。 「花嫁にくらべると、武芸人柄、少し品は落ちるが、花嫁には目をつぶってもらい、曲げて一つご亭主に持ってもらいたい男とは、あれにいる王矮虎《おうわいこ》です。……女好きの矮虎です。……じつは彼の欲望をいましめるため、かつて清風山にいた頃、よく自戒するなら、いつかきっと私がよい女房をとりもってやると約束したことがある。男の一言は金鉄です。けれどなかなか山寨《やま》では良縁もなく、平常心の重荷としておりました。いかがでしょうか、扈三娘さん」  人々は今さらながら宋江の義の堅さに打たれた。わけて扈三娘が生け捕りになって来てからは、宋江にたいして、とかくな蔭口もなくはなかった。――きっと宋先生だッて思し召しがあるにちげえねえ――といったような囁《ささや》きがである。それが今、かくと披露されたので、思わずヤンヤヤンヤの拍手だった。矮虎はうれし涙を拳にこすり、扈三娘は頬を紅葉にしてただ俯向《うつむ》いているのみ。しかし宋江の真心には深く感じたもののようでついに素直にうなずいた。  折も折。こんな慶事にわいていたその日の午《ひる》下がり。はるか対岸の見張り酒店から、例の朱貴《しゅき》の使いが、一舟を飛ばして告げてきた。 「鄆州《うんしゅう》の捕手|頭《がしら》、雷横《らいおう》さんてえお方が、旅の途中とかで、統領《とうりょう》や宋江さまに会いてえといっておりやすが」 「なに鄆州の雷横さんだと。それはわしたちの恩人だ。すぐていねいにお迎えして来い」  晁蓋《ちょうがい》も宋江もまた呉用も聞いて、大いによろこんだ。――きっと彼《か》の人もまた、官途の腐敗にいびり出され、ついに梁山泊入りを決意して来たものに違いあるまいと。  だがこれは糠《ぬか》よろこびに過ぎなかった。会ってみると、少々、はなしの勝手は違っている。 「じつは県知事の命令で、東昌府へ出張しての帰り途だが、ここへ寄る気もなく、朱貴の茶店で一杯|飲《や》ってると、こいつ臭いと思ったか、いきなり子分どもをケシかけて俺を撲りにかかったので、ぜひなく名のッたついでに、各〻の消息をちょっと聞いてみたまでのことなのさ」 「それはどうもはや……。あれいらいはお目にもかかれず、常々、お噂もしては、おなつかしく存じておりました。朱貴の無礼が、かえって倖せ。思わぬ日に、ご壮健を拝し、こんなうれしいことはない」  宋江がいえば、呉用、晁蓋《ちょうがい》も共々に、 「どうぞ、ごゆるりなすってください。こんな時でもなければ、お心のあらわしようもない」 「ありがたいが、何しろ急ぐ公用なのでな」 「ま、そんなことを仰っしゃらずに」 「じゃ、せめて、一ト晩、厄介になるとしようか」 「いや幾日でも」 「そうはゆかない」 「ゆきませんか。残念ですな、どうも」  歓待の間々に、それとなく、仲間入りの水を向けてみるものの、雷横《らいおう》にはいッかとそんな気はないらしい。「おふくろの年が年なので、郷里は離れられない」  と、老母思いな方へ話は移ってしまう。――で、結局、中一日いただけで、翌々日には、 「また、縁があったら」  と、雷横はサッサと草鞋《わらじ》をはきだして別れを告げた。いまはぜひなく、三名は舟で金沙灘《きんさたん》を送って行き、街道に出て、袂《たもと》をわかつに際し、 「なんぞ、ご老母さまへの、おみやげにでも」  と、一|嚢《のう》の金銀を彼に贈った。いやこんな物はと、断るのを、三名が強《た》ってのことばに、ついに懐中《ふところ》におさめて去った。  あと見送って、三名は朱貴の店を覗《のぞ》き、 「そうだ、ここの店へは、もひとり楽和《がくわ》を手伝いによこそう。こんな間違いでよかったが、何か事件を起しては困る」  と、呟いた。  それにつづいて、三名の主脳は、金沙灘《きんさたん》から帰る舟中で、新党員のふえたのを機とし、山寨の配備がえを協議した。東西南北、四つの見張り茶屋の一つには、ぜひ、毋大虫《ぶだいちゅう》おばさんに孫新を付けてやろうと、これもきまった。  新夫婦の矮虎《わいこ》と一丈青は、裏山の牧の馬監《ばかん》とする。  杜選《とせん》、宋万は、宛子《えんし》城の二の木戸の守備に。  劉唐、穆弘《ぼくこう》は本丸ざかいの三の木戸。  南山の水寨は、阮《げん》の三兄弟にあずける。  その他、造船廠、鍛冶房《かじぼう》、銭糧局、織布《しょくふ》舎、築造大隊、酪乳《らくにゅう》加工所、展望台組、倉庫方、邏警《らけい》部など、あらゆる適所に適材をおき、水際|巍然《ぎぜん》、少くもここの寨《さい》では、遺賢をムダに遊ばせておかない智恵が自然な地と水の如く繞《めぐ》りよく思い巡らされていた。  一方。かの雷横《らいおう》は、 「母上、ただいま帰りました」  と、鄆城県《うんじょうけん》のわが家に入るやいな、まず老母の室をみまい、あくる日はさっそく、県役所へ出て、出張先の要務を復命し、これでやっと、いささか身軽となった夕心地を、町辻の風に吹かれながら戻って来た。  すると、土地の遊び人で李小二《りしょうじ》という奴《やっこ》さん。出あいがしらに、 「おお旦那あ、お珍しいじゃござんせんか。いつお帰りで」 「いや帰ったばかりなのさ。まだ旅疲れだ」 「そいつあ、ちと、さっそく過ぎますが、どうですえ旦那。ひとつ面白れえ小屋掛け演劇《しばい》を……いや演劇《しばい》でもねえナ……水芸の太夫《たゆう》さんですがね、ちょっとご見物になりませんか」 「ふうむ、そんな旅芸人が土地へ来ているのか」 「聞きゃあ東京者《とうけいもん》ですとさ。別嬪《べっぴん》ですぜ。いや何よりは、唄、弾奏《ひきもの》、軽い茶番、何をやっても田舎廻りにしちゃあズバ抜けてるんで」 「たいそうな惚れ込み方だな。そんなにいいなら、ぜひおふくろに観《み》せてやりたいもんだ。そのうち弁当でも拵《こし》らえて、おふくろと一しょに観《み》に行こうよ」 「……旦那、旦那。あれ、行っちまうんですか。……けッ、よしゃあがれ。捕手の先頭に立つと鬼にも見える雷横だが、へんなものだナ。自分のおふくろには、目も鼻もありゃあしねえ。ふん、つまらねえ人間だよ」  おふくろ思いな雷横だが、老母の眼から見ればこの子にもたった一つ心配はある。悪癖がある。ほかでもない、酒癖がよくないのだ。 「ま。そうクヨクヨ言いなさんなよ、おっ母さん。雷横だって、いつまで心配をかける年頃でもねえさ。ましてや役署勤めの身だ、それに新しい知事さんに代ったから、このさいきっぱり禁酒ときめ、旅先から帰ってからも、杯は手にしたこともねえんだから」  雷横は母へ言っていた。事実、家では飲んでいない。また外でも禁酒を公言していたが、友達はまったく違う。てんで信用してくれないのだ。  その夕も、役署帰りの辻酒屋で、彼はつい悪友どもに飲まされてしまった。というよりは土根性《どこんじょう》から好きなのである。禁欲意識がふと破れると、逆に度を過ごさせるものでもある。さあいけない。苦労性なおふくろに、このグデングデンは見せられないと頻りに悔やむ。だが、友達と別れてからも、なかなか酔は醒《さ》めないのだった。  すると賑やかな演劇囃子《しばいばやし》が耳の穴へ流れこんできた。ははあ、いつぞや李《り》小二が噂していた掛小屋だな。木戸の呼び声、旗幟《はたのぼり》のはためき。それに釣られてふらふらと雷横は泳ぎ込むように木戸口を通った。役署の「顔」が無意識な習性にある。小屋者たちも心得ていて、 「ほい、県の旦那だよ」  とばかり、客席の中でも上等な桟敷《さじき》へご安座を奉《たてまつ》る。といっても板の腰掛け、丸太の手欄《てすり》。どっちみち雷横は“酔ざまし”が目的なのでもうすぐそれに頬杖かけて、居眠ッていた。  舞台では今し水芸の女太夫《おんなだゆう》白秀英《はくしゅうえい》が観客の大|喝采《かっさい》をあびてサッと緞帳《どんちょう》のうしろに姿をかくしたところらしい。  胡弓《こきゅう》、長笛《ちょうてき》、蛮鼓《ばんこ》、木琴《もっきん》、鉦《かね》などの合奏《オーケストラ》にあわせて真っ赤な扮装《ふんそう》をした童女三人が炎の乱舞を踊りぬいてしばらくお客のご機嫌をつないでいる。――それが引っ込む。曲が変る。――と今度は、孔雀扇《くじゃくせん》を胸に当てた白衣《びゃくえ》黒帯《こくたい》の老人が尖《と》ンがり靴をヒョコヒョコ舞台中央まで運ばせて来て、オホンと一つまず客を笑わせ、 「あいもかわりませず連日のお運び。てまえ白玉喬《はくぎょくきょう》も大御満悦《だいごまんえつ》の態《てい》とござりまする。ただいまご喝采をいただきました娘|白秀英《はくしゅうえい》の水芸はまだほんの序の口。いたらぬ芸にはございまするが開封《かいほう》東京《とうけい》は花の都の教坊《きょうぼう》で叩きあげた本場仕込み。いささか、そんじょそこらの大道芸とは事違いまする。ご当地では初のお目見得。吉祥《きっしょう》のご縁結び。当人も大張り切りで、精《せい》を根《こん》かぎりに一代の芸を尽してお目にかけたいといっておりますれば、ゆるゆるとひとつご観覧なあって永当《えいとう》永当《えいとう》ご贔屓《ひいき》のほどを乞《こ》いねがっておきまして――さて」  と、ここで口上の調子をかえ、次の芸当の筋書を述べていたが、雷横は夢か現《うつつ》で、あぶなく居眠りの肱《ひじ》を外《はず》しかけ、はっと、居場所を思い出したように、急に舞台へ、赤い眼をしいて瞠《みは》りだしていた。  すでに舞台では、花の精か、白鳥の霊か、満場、人なきような焦点に、舞い歌っているものがあった。これなん人気女優の秀英であろうか。雪の羅衣《うすもの》に、霞の風帯《ふうたい》、髪には珊瑚《さんご》の簪花《さんか》いと愛くるしく、桜桃《おうとう》に似る唇《くち》、蘭《らん》の瞼《まぶた》。いや蘭の葉そのものの如き撓《しなや》かな手ぶり足ぶり。その手には左右二つのカスタネットを秘《かく》し持ち、戦う鳥となり、柳の姿態《しな》となり、歩々《ほほ》戛々《かつかつ》、鈴々《れいれい》抑揚《よくよう》、下座《げざ》で吹きならす紫竹の笛にあわせ“開封《かいほう》竹枝《ちくし》”のあかぬけた舞踊の粋《すい》を誇りに誇る。 「なるほど。評判だけなものはある」  雷横もふと、目を拭《ぬぐ》われた心地であった。ひとしく満場の観客も、万雷のような拍手を一せいに送る。するとこのとき、待ッてましたというように、尖《と》ンがり靴の白玉喬《はくぎょくきょう》は、秀英のそばへ来て、お約束の肩を一つぽんと叩いた。 「おっと、太夫。何か忘れてやしないかね」 「あらひどい。わたしの踊りが何か間違ってたというの」 「なにサ。都一の花の太夫。天女が雲から落ちることはあっても、太夫さんの芸にソツがあるものか。お忘れ物というのはね」 「あ。あのこと」 「芸に無我夢中なのは結構だがさ、稀《たま》にはお客さまの顔いろも見て、お心もちを汲んで上げなければいけないやね。いまのご喝采の中には、祝儀《はな》をやれ! 祝儀の盆を廻せ! ッてなありがたいお声もあったじゃござんせんか。次の芸題《げだい》にかかる前に、どうですえ、ここらで一つお志をいただいては」 「ま。うれしいわね」 「では、御意《ぎょい》にあまえて!」  と、白玉喬《はくぎょくきょう》は片手を腰に、また、片方の尖《と》ンがり靴をぴょんと前へ投げ出し、手にしていた薄手な盆を翳《かざ》すなり見物席を眺め渡して、 「いやお待ちかねお待ちかね。さすがご当地のお客様は品がちがう。アレもう大様《おおよう》にご懐中物を解いていらッしゃる。ヘイっ、ただいまご順にそちらへ頂戴に伺いまする。なんと太夫さんよ、かッちけねえご見物衆じゃないか。おまえさんは舞台から精いッぱいその眼でいちいち御礼を申し上げるんですよ。……ヘイっ、唯今。おやじは唯今お盆を持って順ぐりそちらへ廻りまするで。ほい。これはお嬢《じょ》ッちゃん坊ッちゃんまでが。……へえい、おありがとう。おありがとうぞんじまする」  盆廻しは旅芸人の常套《じょうとう》である。お客の方でも心得たもの。祝儀《はな》は見得坊な桟敷の上客がハズむものと知っていた。やがて雷横の前へ盆が廻ってくると白玉喬は、いちだん愛想よく腰をかがめ、残り物には福、お大尽《だいじん》様は総括《そうくく》り、ヘイ一つお弾《はず》みをとうながした。  はっと当惑したのは、雷横だった。今日は友達の奢《おご》りだが、禁酒いらいは、酒の虫を封じるため、外でも紙入れは持たぬときめていたのである。祝儀はやりたいが無一文だ。なんともかとも間が悪い。「あっ、いけねえ」と、その袂《たもと》さぐりはテレ隠しと誰にも分るような、下手《まず》い仕ぐさ[#「ぐさ」に傍点]で「うっかり、紙入れを家に忘れて来てしまった。二、三日うちに、おふくろを連れてまた見物に出直すよ。そのときにはうんと色をつけるからな」 「テヘヘヘヘ。……ありがとうござんすといいてえが、と、いったお客に二度お目にかかったためしはねえや」 「何てえ笑い方をしやがるんだ。そうムキ出さなくても、てめえの出ッ歯は見え過ぎらあ」 「大きに悪うござんしたね。笑っているのはお客衆だ。ねえご見物、どうですえ、こんな桟敷《さじき》の上席に、セセラ楊子《ようじ》で一杯機嫌の旦那がですよ、大きな面《つら》をしていながら、祝儀の出し惜しみに事を欠いて、人の顔の棚下ろしでゴマ化そうてえんだから恐れ入っちまうじゃありませんか、ねえ、この吝《しみ》ッたれなご面相でさ」 「なに、なに、吝《しみ》ッたれだと」 「いいえね、旦那。不粋《ぶすい》な文句はよしなせえ。意気で生きてる芸人だよ。気は心だ。一文二文の投げ銭でも、贔屓《ひいき》とあって下さる物ならありがてえが、おまはんみたいな野暮天《やぼてん》の袂クソなんざ、くれるといってもお断りだ。けッ、とんだ物に蹴つまずいて、すっかり場内のお客さんを白けさせてしまったい。さあ、その脚の先を引っ込めておくれ。通行の邪魔にならあ」 「だまれ、この野郎」 「おや、大きく出なすったね」 「な、なんとぬかした」 「二度いうと風邪《かぜ》を引かあ。おまはんみたいな人がよくいう見かけ倒しという代物《しろもの》だ。犬の頭に角《つの》が生えても、こんな朴念仁《ぼくねんじん》からカビも生えやしねえってことさ」 「いったなッ」  雷横の母親がつねづね心配していたのはつまりこれだったにちがいない。ぐらっと彼のこめかみの辺をいなずまが走ったと感じたときは、もう白玉喬《はくぎょくきょう》の体などは彼の一|拳《けん》の下に素ッ飛んでいてそこらには見えもしなかった。そしてただ見る掛小屋じゅうの見物がわアっと総立ちになって沸《わ》き、舞台の上の白秀英《はくしゅうえい》はといえば、演劇ならぬ悲鳴の演舞をクルクルさせて、下座《げざ》や楽屋裏の者たちをかなきり声で呼び廻っていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 木戸の外でも猫の干物《ひもの》と女狐《めぎつね》とが掴《つか》み合いの一ト幕の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  いつも朝は機嫌《きげん》もよく二十日|鼠《ねずみ》みたいにクルクルと小まめな雷横《らいおう》の母であるのに、今朝はどうしたのか、しいんと南廊《なんろう》の小椅子《こいす》にふさぎこんでいた。――ゆうべおそく泥酔して帰った息子の官服を膝にくりひろげて、泥を払い、ほころびを縫《ぬ》い、またふと、血らしい汚染《しみ》に老いの目をしばだたいて、 「ああ、あの子はまた何をしたんだろ? ……あんなにまで、かたく、ふッつり禁酒しましたからと、この母へは優しく誓ってくれていた子なのに。……やっぱり男の子というものは幾歳《いくつ》になっても」  と、独り胸を傷《いた》めている姿だった。  ところへ、玄関の方でどやどやと大勢の声がした。出てみると、伜《せがれ》の雷横が勤めている役署の朋輩たちである。さあさあどうぞと、老母は色をかくして愛相《あいそ》よく内へ請《しょう》じた。けれど役署の同心たちと捕手たちは、外に突っ立ったまま気のどくそうに、 「じつは、知事の公命ですが」  と、まず断わって、やんわり言った。 「雷横君は、どうしていますか」 「なんですか、伜はゆうべ、たいそう晩《おそ》く帰ったものですから、まだ今朝はぐッすり眠っておりますが」 「すぐ起して下さい。公命です。猶予《ゆうよ》はなりません」 「はい、はい」  老母はあたふた奥へ馳けもどった。そしてしばらくすると、当の雷横が、衣服を着け、やや腫《は》れぼったい瞼《まぶた》をもって、 「やあ」  と、そこへ立ち現われた。いや、挨拶《あいさつ》の間《ま》もあらばこそである。左右からパッと寄った同僚がすばやく彼の両手へ手錠《てじょう》をかけてしまった。 「おかしら。われわれ下役の者に、こんなまねをされちゃあ、さだめし心外でしょうが、知事の命令なので、どうも仕方がありません。目をつぶって、とにかく、ゆうべの小屋掛けの木戸まで歩いておくんなさい」 「え。小屋掛けってえと?」 「おかしらがゆうべ、派手なことをなすッちまった旅芸人の女太夫|白秀英《はくしゅうえい》の演劇《しばい》小屋でございますよ」 「ああ、あの……」  雷横は、がつんと、しびれた頭を吹き醒《さ》まされた。が、さあらぬ顔で老母の姿へ言っていた。 「なあに、おっ母さん、じつはゆうべ、ちょいとした弾《はず》みから、その小屋者と、ひょんな喧嘩をしちまったんで。……なにもべつにそうご心配なさるほどのことじゃありませんよ。すぐ帰って来ますからね」と、一方の下役達へも、わざと笑顔を作って見せながら、 「さあ行こう。こんど来た新任の知事さんも、物わかりのいいお人だ。話せばわかって下さるだろ」  と、すずやかに、我れから先にわが家の門を出た。  しかし例の町端《まちはず》れまで来てみると、事態の空気は容易でない。――ゆうべの騒動で太夫元の白玉喬《はくぎょくきょう》は片腕を折ッぴしょられ、下座出方《げざでかた》の連中も、あたまを繃帯《ほうたい》したりビッコを曳いたり、かつはまた、舞台もあれで中止となってしまったので、今朝はそれらの客までが小屋前へ押しかけて、 「木戸銭を返せ! 銭で返すなり、今夜の木戸札を、もう一度|無料《ただ》で配れ」  などと昼からそこはもうたいへんな騒ぎなのだった。  県役署からは、べつな役人が来て、それらの群集をとりしずめていた。そして手錠の雷横は、大勢の前で、知事の戒告文を読み聞かせられ、木戸口に立っている幟旗《のぼりばた》の竿《さお》の下に曝《さら》し物としてすぐ縛《くく》しつけられてしまった。その懲罰《ちょうばつ》の文にいわく。 [#ここから2字下げ] 県ノ与力《ヨリキ》、雷横 身、治安ノ警吏ニテ有リナガラ 大酒乱酔ヲ恣《ホシイママ》ニシ 劇場ヲ騒ガセ、人ヲ傷ツケ 公安ヲ紊《ミダ》スノミカ 官ノ民望ヲ墜《オト》スコト甚《ハナハダ》シ 依而《ヨッテ》 十二|刻《トキ》ノ「立チ曝《ザラ》シ」ニ処《ショ》シ 是《コレ》ヲ、諸民ノ指弾《シダン》ニ委《イ》ス [#地から3字上げ]鄆城県知事《ウンジョウケンチジ》 [#ここで字下げ終わり]  立て札の文字が雷横を射すくめている。雷横は恥かしかった。文の通りであったと思う。――だがゆうべのことは半分以上覚えがない。――覚えているのは太夫元《たゆうもと》白玉喬に人中で侮辱された刹那の憤怒だけである。  だが、あれがいけない。性来の自分の悪い酒癖だ。母にも禁酒を誓っていたのに。……要するに不孝の罰か。あまんじて十二|刻《とき》の恥を民衆の前にうけよう。身の薬だ。と彼は観念の目をふさいで幟竿《のぼりざお》を背負っていた。  ところが本来なら、群集の弥次馬心理や日ごろの反官意識が当然、彼への唾《つば》ともなり悪罵《あくば》や石つぶて[#「つぶて」に傍点]になるべきなのに、 「おや、雷横の旦那が?」 「どうしてまた?」  と、気のどくそうに、目をそらす者はあっても、いい気味だと嘲《あざけ》るような副作用はほとんど見られなかった。これというのも常日ごろ、捕手|頭《がしら》としての雷横には、多年の間、なんら諸民の怨みは買ったようなこともなかったのみでなく、官権を振廻したり私腹をこやすなどの不正もなく、親孝行者と知られ、弱い者には親切で男気なということが、ふかくこの町一般の者に根ざしていたからにほかならない。  かつはまた、下役や同僚の間にも、人望があったから、今日の懲罰《ちょうばつ》の番人に当った者も、じつは、心ならずもとしている風《ふう》がありありと見えていた。そのうちに、人もまばらな午《ひる》過ぎになると、番の一人が、そっと幟竿《のぼりざお》の下へ寄って来て、 「おかしら。……我慢しておくんなさいよ。今夜一ト晩だけのことだ。……それにしてもおかしらは、何もご存知なかったんでございますね」  と、思いがけないことをふと雷横に聞かせてしまった。 「えっ? 俺が何も知らなかったとは一体どういうわけだ」 「こんど赴任して来た新知事と、ここの女とのわけ合いでさあね」 「女」 「ええ。女太夫の白秀英《はくしゅうえい》と、こんどの知事とは、もうだいぶお古いレコなんですぜ。何しろ美《い》い女でさあネ。こんな田舎《いなか》へ小屋掛けに来る芸人《たま》じゃあねえ。それが来たっていうのは、つまり自分の情夫《いろ》旦那がこの土地の知事さんになって来たからのことなんでしょ」 「そうだったのか」 「なんでも、お互いが開封《かいほう》東京《とうけい》にいた頃からの古馴染みですとさ。そいつを知ってたら、おかしらもね」 「遅かった。いやしかし、それなら知事さんもかえって小屋側の者をなだめて、事を内輪におさめてくれるだろう」 「さ、どうでしょう。ゆうべも晩《おそ》く官邸の裏門をくぐって、白秀英と親父の白玉喬《はくぎょくきょう》が、何やら訴えていましたし、今朝の知事の様子ッ振りじゃあ、どうやら女に泣きつかれたあんばいで、凄いけんまく[#「けんまく」に傍点]でござんしたからね。……あ。いけねえ、白玉喬が来やがった」  太夫元の白玉喬は、繃帯《ほうたい》した片腕を首に吊《つ》り、足も少しビッコを曳いて、木戸口へかかって来たが、ふと幟竿《のぼりざお》の下の雷横を見るや、 「ふ、ふん。そこにいたのか。どうしたい、ゆうべの元気は。……ざまア見やがれ」  と、青啖《あおたん》を吐きかけて、小屋の内へ入ってしまった。――と、まもなく、やぐらの太鼓がしばらく鳴った。今夜も開場いたしますの町触《まちぶ》れだろう。小屋者総出で木戸前の打水や清掃がはじめられる。わざと箒《ほうき》のさきで雷横へ砂をぶッかけたり水を浴びせてた奴もある。だが雷横は一切に耐え、唇を噛んでうなだれたままでいた。  いつか夕風がそよめいている。女太夫の白秀英《はくしゅうえい》は、小屋前で輿《こし》から下りた。それを見ると、さすが人気者の楽屋入り、近所の女子供がわっと周《まわ》りへたかって来る。――だが秀英はそんな者に見向きもしない。舞台姿とはまた違う艶《あで》な装いに脂粉《しふん》の香を撒《ま》きこぼしながら、ツツウと幟竿《のぼりざお》の下へ歩いて来て、雷横の顔をさも憎しげに睨《ね》めすえていた。そしてとつぜん、ホ、ホ、ホ、ホ……と大げさな表情のもとに笑い抜いて、 「ま。これが県の町与力とは呆れたもんだこと! よくもおまえさんゆうべは私の舞台を滅茶滅茶にしてくれたわね。なにさ! その眼つきは。……そんな顔を人が恐がると思ってるのかい。ばかにおしでないよ。根ッからの田舎《いなか》廻りなら知らぬこと、開封《かいほう》東京《とうけい》の芸人には、おまえさんみたいな三下《さんした》に小屋を荒らされて、縮み上がってしまうようなお人よしはいませんとさ。ふウん、おかわいそうに」  なるほど美人だ。なるほど、開封《かいほう》ッ子の切れのいい啖呵《たんか》でもある。知事の古い情婦《いろ》だというのもこれでは嘘ではないだろう。  雷横はついそんな気もちでじっと女を睨《ね》め返していたのだが、秀英にすればその眼光も憎悪の挑戦と受けとれたにちがいない。それに人気者の思い上がりやら、背後《うしろ》には知事がひかえている驕《おご》り心も手伝って、 「なにをにらむのさ。口惜しいのはゆうべの木戸銭《あがり》をみんなフイにしたわたしの方だよ。こんな仕置ぐらいではまだまだこっちの腹が癒《い》えるもんかね! そうだ、そこらにいるご贔屓《ひいき》の皆さん、さだめしあなた方も、このヘボ警吏には日ごろ憎い恨みがあるんでしょ。石でも泥でもみんなしてこいつにぶっつけておやんなさいよ。手を叩いて笑ってやるがいいわよ。こんな生れ損《ぞこな》い!」  と、紅唇《こうしん》をひるがえしてケシかけた。  するとふいに、走り出て来たひとりの老婆が、彼女の胸をどんと突いて、泣き声|交《ま》じりに烈しく叫んだ。 「売女《ばいた》め! 自分の臭い身をかえりみたがいい。人の子をつかまえて、生れ損いとはよういえたもんじゃ」 「あらっ。……あら、あら、よくやったね。いったいおまえはどこの山出し婆さんだえ。いいえさ、どこの馬の骨なのさ」 「わが身はこの雷横の母じゃ。生れ損いを産んだ母じゃ。けれどな女子《おなご》、わしはまだそなたのような淫《みだら》な売女《ばいた》風情を子にもったことはないぞえ」 「なんだって。もういちどいってごらん」 「言わいでか。紅白粉《べにおしろい》を塗りたくって、さも艶《なま》めかしゅうしていやがるが、一ト皮|剥《む》けば、その下は貉《むじな》か狐とも変りはなかろう。舞台の夜は前芸で、奥の芸は女の淫を売る女狐《めぎつね》じゃわ」 「おだまりッ、くそ婆。よくも人前で、私のことを売女だといったね。さ、いつ私が淫売したのさ。何を証拠に」 「もっと言うて欲しいのか。おお言うてあげようとも。わしはここへ来るまでに、伜《せがれ》のおゆるしを願うため、方々のお知り合いを訪ねて来たのじゃ。ところが、誰も取り合うてはくれん。よくよく訊けば、知事さまとおまえとは、昔からの深間《ふかま》な仲で、その知事さまを焚《た》きつけたのは、おまえの親とその紅い唇じゃそうな」 「悪かったわね。知事さんを情夫《いろ》に持ってはいけないなんて掟《おきて》は女芸人の仲間にはござんせんのよ。大きなお世話じゃないか。猫の干物《ひもの》みたいな婆のクセにして、お妬《や》きでないよ」 「ち、ちくしょう」 「なんだって」 「そんな沙汰でここへ来たのではないわ。わが子を返《か》やせ!」 「目の前にいるじゃあないか。お悧巧《りこう》さんでご器量よしの曝《さら》しものがさ」 「いいえ、おまえの手で縄目を解いて、この母の許へ返やせ。讒訴《ざんそ》したのはおまえら父娘《おやこ》じゃ。そして知事さんの情婦《おんな》のおまえが解くならば、知事さんも怒れはしまい」 「知ッたことかい、そんなお世話焼きを」 「知らぬとはいわさぬぞい」  老母には子に賭《か》けた一図な盲愛の血相があったし、女には裏をあばかれた捨てバチと人気稼業の驕慢《きょうまん》があった。われを忘れて老母が先の胸にしがみつくと、白秀英は邪けん[#「けん」に傍点]に相手の骨ッぽい体を振りとばし、さらにかかって来るところを、その白髪《しらが》あたまの毛をつかんで、 「ま、執《しつ》こいね、この猫の干物《ひもの》は。いいかげんにくたばっておしまいよ」  と、地上をぐるぐる引きずり廻した。いや、このせつな事は急転直下していた。きゃッといったのは、なんぞはからん、白秀英の方だったのだ。ぱッと唇《くち》からも鼻腔《はな》からも血を噴いて、花顔《かがん》むなしく、虚空をつかむようにのけ[#「のけ」に傍点]反ッてクルと仰向《あお》に仆れてしまったのであった。 「あっ、た、たいへんだっ」  さっきから、手もつけられん、といった顔をしてただ眺めていた番役人も、仰天して雷横のそばへ馳け集まって来、 「お、おかしら、やりましたね、白秀英を蹴殺してしまいなすった!」 「さ。お逃げなさい。手錠も外《はず》しました。逃げなければ、お命はない」  と、衆情一致、あとの落度もかえりみず、さあさあと、急《せ》きたてた。  がしかし、雷横はうごかなかった。蒼白い凄惨な顔のうちにも、はや覚悟をみせ、 「いや、みんなに迷惑はかけられん。これから県役署へ自首して出る。ただ、おふくろだけを。……何ぶんとも」  と一|顧《こ》、老母の姿へ胸中一ぱいな慚愧《ざんき》の眼を伏せて、わんわんと立ち騒いでいる群集の中を同僚の手で曳かれて行った。  折ふし、小屋の木戸は、これから灯も入れ客も入れようとしていた汐時《しおどき》だった。だが今はそれどころか、降ッて湧いた椿事《ちんじ》である。ただ一人しかない花形の女太夫が横死《おうし》とあっては、演劇囃子《しばいばやし》も幕開けのしようもない。太夫元の白玉喬は、裸足《はだし》でとび出して来たが、娘の死骸を見るや、号泣して、何か、あふ、あふ……とわけのわからぬことを口走りながら県役署の方へ素ッ飛んで行き、町辻という町辻は、すべてこの噂で宵《よい》も夜半も持ちきりになってしまった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 蓮《はす》咲く池は子を呑んで、金枝《きんし》の門にお傅役《もりやく》も迷《は》ぐれ込むこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここに鄆州《うんしゅう》県城の町与力では、雷横《らいおう》とならんで古顔でもあり人望家の、美髯公《びぜんこう》の朱同《しゅどう》がある。  女太夫殺しの件もややしずまった一週間ほどの後のことだ。  済州《さいしゅう》奉行所へと差立てる一囚人に付いて、朱同の人馬は、旅途にあった。囚人はきのうまでの刎頸《ふんけい》の友、同役の雷横なので、馬上の、彼の顔も怏々《おうおう》として、つね日ごろのものではなかった。  するとその途上、一|旗亭《きてい》を見かけ、彼は護送の部下に、酒を振舞った。また彼らの好きな袖の下をたんまり握らせ、そのあいだ囚人《めしゅうど》の雷横を、そっと裏の雑木林へつれて行き、手鎖《てぐさり》を解き首枷《くびかせ》を外《はず》してやった。 「朱同。どうするのだ俺を」 「わかっているじゃないか。君とおれとは十年の友だ。なんできさまを獄へ送れるものか。逃げてくれ」 「ばかをいえ。あとで君の難儀は知れたこと。舎利《しゃり》[#1段階小さな文字](骨)[#小さな文字終わり]になっても、男として、そんなまねができるものか」 「うんにゃ、雷横。ここは考え直せ。きさまには、大切な老母がある」 「……言ってくれるな。そのことは」 「この朱同は独り身同然だ。しかもな、君は獄へ行けば殺される。けれど俺が君を逃がした落度を背負ッて帰っても、知事は俺までを殺しはせん。……なぜならばよ、知事は自分の情婦《おんな》を殺された怒りでかっとなったものの、知事にも世間への弱みがある。俺もそこを突いてやる。さあ、あとはいいから梁山泊へ突ッ奔《ぱし》れ」 「え、梁山泊へ」 「おう、かつて俺たち二人が年来のご恩返しにお助けした名主の晁蓋《ちょうがい》さんは昨今あの山寨の統領。宋江《そうこう》先生もおいでだと聞いている」 「かたじけない。じつは先頃の旅帰りの途次、はからずお目にかかっていたのだ。そのことは、君にもちょっと話したと思うが」 「だからよ。君が行けば一も二もなく匿《かくま》ってくれよう。さあ行き給え。あとはおれがひきうけた」 「だが、老母の身が」 「いや心配するな。県城を立つときからおれは腹をきめていたので、確かな者に、君のおふくろの身を頼み、すでに先へ山東の旅へ立たせてある。ここから急げば、きっと途中で追いつくだろう。ああ、長いつきあいだったな雷横、達者でいてくれ」 「すまん! ……この恩は忘れぬぞ。では朱同」 「おお、銀《かね》はあるか」 「持っている、持っている。じゃあ、いつかまた」  友の情に涙しながら雷横は疎林を走ッてたちまち東へ姿を消した。  朱同はぶらんと居酒屋へ戻って来て、 「さあ大変だ。雷横に逃げられちまった。だがあわてるな。罪はおれ一身が着る。飲むだけ飲め。どうせこれから帰りは空身《からみ》だ」  と、カラカラと打笑った。さてはと、部下は暗にさとっていたが、誰あって雷横に憎しみを抱いていた者はなく、またみな朱同の友情も知っていたので、黙々と彼のいうがままに元の道へもどって行った。  ただこの報告に釈然としきれなかったのは女の情人でもある新任の知事殿だった。不快至極であったには違いない。しかし事件は自己の情事にもふれてくるので、これをあっさり済州《さいしゅう》奉行所の処置に廻してしまった。ところが済州奉行所でもこれは困った。罪跡《ざいせき》といってもすこぶる不明瞭でただ単に「公務怠慢」というだけな差紙《さしがみ》なのだ。そこで即時これをまた滄州《そうしゅう》の苦役場《くえきば》の方へ七年の刑期付きで送りつけた。――七年という刑期は滄州の大苦役場としては、もっとも軽罪のほうなのである。 「ほ。美髯公《びぜんこう》。この髯男《ひげおとこ》は、鄆城県《うんじょうけん》では評判のいい与力だったはずじゃないか。よろしい、苦役には就《つ》けんでもよい。わが屋敷で雑用に使ってみよう」  滄州牢城の牢営長は、公文の差紙《さしがみ》を見た日すでにこう呟《つぶや》いた。そしてなお、じっさいの人間を白洲《しらす》で見るにおよび、いちばいその骨柄《こつがら》に惚れ込んだ容子《ようす》で、 「なるほど、髯《ひげ》も見事だ!」  と、大いに唸《うな》った。すっかりお気に入ってしまったのである。また日をふるに従い、長官公邸の下役から下僕《しもべ》にまで、お髯さん、お髯さん、と朱同を呼ぶ愛称はその人柄への好意とともにたかまっていた。  或る日の如きは、長官が独り小酌している席へ呼ばれて、身の上を訊《き》かれ、何で流罪になって来たかと仔細をたずねられたので、朱同は、友人雷横のことから女太夫と新知事とのいきさつまで、何のかざりもなく話してしまった。 「ふウむ……」と、長官は苦笑して、「なかなかその知事もやっとるな。よほどな色男だと見える。……しかし何か。君はその雷横の親孝行に感じて、わざと逃がしてやったというのか」 「いえいえ。そんなわけではありません。まったく、役目の落度です、油断からです」 「そうではあるまい。友情だろう。まア何しても、さしたる重罪ではなし、七年間はわしの邸に仕えていろ」 「は。こんなことなら、どうか一生でも」 「はははは。うい奴だ。ま一杯飲め」  ところへ、チョコチョコと、唐子《からこ》人形みたいな愛くるしい四ツばかりな男の子が入って来て、そこらで悪戯《いたずら》していたと思うと、朱同の髯《ひげ》が童心の好奇をそそったものとみえる。ひょいと、朱同の膝へ乗って、その長やかな黒髯《こくぜん》を、おもしろそうに弄《もてあそ》びはじめた。 「長官。お孫さんでございますか」 「ばかをいッちゃいかんよ。わしだってまだ若い。わしの末子だ」 「それは、それは。……ア痛。お坊っちゃま、そんな引ッ張ると、この小父ちゃんが泣き出しますよ」  子供はよく大人を観《み》る。さあこれからというもの、この唐子《からこ》は、おヒゲの小父ちゃんを見かけると、彼のあとを追っかけ廻して離れない。  とんだいいお傅役《もりやく》として、彼はいらい、坊ッちゃん付きを兼任の恰好でもあった。するうちに、いつか一ト月、盆の七月十五日をここで迎えた。  お盆には地獄の釜の蓋《ふた》も開《あ》く。  大牢の城門外にある獄神|廟《びょう》と地蔵寺では、例年|盂蘭盆会《うらぼんえ》の当夜、さかんなる燈籠流しの魂祭《たままつり》がおこなわれる。 「さ、お坊っちゃま。お供して参りましょう」  昼からさんざんせがまれていた朱同《しゅどう》は、たそがれ、まだ燈籠流しには早すぎるが、主人の唐子《からこ》を肩ぐるま[#「ぐるま」に傍点]に乗ッけて、長官邸から遠くもない地蔵寺へ出かけて行った。  いやたいへんな人出である。地獄極楽の見世物やら、刀玉採《かたなたまど》りの大道芸、皿廻しの掛け声、煮込《にこみ》屋の屋台、焼鳥屋の煙など――。山にはひびく梵音《ぼんおん》の鐘、池には映る俗衆の悦楽。これやそのまま浄土極楽か、地獄の四生六道《ししょうろくどう》か。なにしても、うごきもとれない人の流れだ。 「おヒゲ。おヒゲってば、お待ちよ」 「はいはい、坊ッちゃま。おしッこですか」 「ちがうよ。乳母《ばあや》が見えなくなっちゃったよ」 「え。乳母さんが。……ああいけねえ、どこかへ迷子にしちまった」  探し歩いたが見当らず、施餓鬼《せがき》から裏の大きな蓮池《はすいけ》をめぐり、石の反《そ》り橋を渡って来ると、こんどはほんとにお坊ッちゃんが、オシッコだと言い出した。――ここらは余り人通りもなしと、朱同はてんぐるま[#「てんぐるま」に傍点]の坊ッちゃんを肩から降し、橋の欄干に立たせて後ろから抱きささえていた。 「さ。なさいませ……。ホラ、ホラ、ホラ、下は紅蓮《ぐれん》白蓮《びゃくれん》の花ざかりですよ。観音様のオシッコみたいでさ。蓮の花や葉の上に、瑠璃白玉《るりしらたま》となって、オシッコがすぐ成仏《じょうぶつ》しているでしょ。ネ……お坊ッちゃま。……さあもういい。もう出ないんでしょ」  すると、誰か。  朱同の後ろへ来ていた男が、 「兄弟。ちょっと、彼方《むこう》の森の蔭まで、顔を貸してくれないか」 「えっ……?」と振向いて。「おおっ、君は」 「叱《し》ッ。ここでは人目につく。話は彼方《むこう》で」 「うむ、合点だ。そうそうもしお坊ッちゃまえ。いま小父さんのお友達が、御用があって来ましたから、ちょっくら行って参りますからね。……あれ、ベソをお掻きになっちゃいけません。すぐです。すぐ戻って来ますから、ここでおとなしく蓮の花でも見ていらっしゃいよ。ようございますか」  言い残すやいな、池塘《ちとう》を駈けて、彼方の森の中に人目を避け、 「雷横! どうして君はここへ来たのか」 「朱同! よかったなア、まず無事で。――じつはあれから、君の情けで、母とともに梁山泊へ落ちてゆき、お蔭でこちらの身はひとまずおちついたが、しかし忘れられないのは君のことだ」 「いやそんな心配しないでくれ。牢城の長官に目をかけられて、俺もなんとかやっている」 「だが、君の流刑《るけい》を聞き、また君が俺にしてくれた友誼《ゆうぎ》の厚さに、山泊《やま》の頭目《とうもく》連中は、どうしても一度君に会いたいといってきかないんだ」 「だって、俺は牢城の刑囚だ。どうにもならんさ!」  あたかも、彼のこの言を待っていたもののように、そのとき、木蔭から別人の声が、否と答えた。 「美髯公《びぜんこう》! あなたほどな男一匹が、なにもそんな鎖《くさり》にとらわれていることはない。ひとつ、まかせてくれませんか。われわれに」  何者か、と朱同は驚いた。その目の前へ、にこやかに出て来た者は、山泊の軍師|呉学究《ごがっきゅう》、あの呉用学人であったのである。  晁蓋《ちょうがい》、宋江《そうこう》をはじめ、泊中の一統は、どうしても朱同を仲間に迎えたいとなって、衆議、ここへ雷横《らいおう》をさしむけて来たもので、呉用はその説得役をひきうけて来たことらしい。  だが、呉用のどんな説得の弁にも、朱同は「うん」といわなかった。彼には彼の信条がある。たとえ官憲の手先といわれ、刑囚の身と落ちても、真人間の潔白は維持していたいとする性来の背骨があった。 「どうも、それほど、いやだと仰っしゃるものならぜひもない。……可惜《あたら》、あなたほどな人物を、七年もこの地の牢城長官の小使みたいに朽ちさせておくのは勿体《もったい》ないし、また将来とても、とうてい、官界の堕落腐敗のなかに長く晏如《あんじょ》としていられるあなたでもないことは知れきっていると思ったからだが……」  と、さすが才略の弁に富む呉用もいまはあきらめ顔して。 「ま。……お話もこれまでとしたら、ひとつ、ぶらぶらその辺まで、ご一しょに歩きましょうか」  と、連れ立った。  そして蓮花《はちす》の池畔《ちはん》から前の石橋の上までかかると、朱同はアッと顔色を変えた。どこへ行ったのか、主人の子が見えないのである。  彼はウロウロした。気のどくなほどうろたえて探し廻る。それを呉用は他人事《ひとごと》に見ながら言った。 「いや朱同さん。探してもムダだろう。じつはもう一人、てまえが供人《ともびと》を連れていたから、その供の男が、気をきかして、どこかへ遊びに連れて行ったものとみえる」 「冗談じゃあない!」と、朱同はなぐさめられているどころか、憤然として。「大事な大事な長官の乙子《おとご》[#1段階小さな文字](末子)[#小さな文字終わり]さまだ。いったいどこへ連れて行ったんだ、人の気も知らないで」 「ま、お怒りあるな。ご一しょに探しましょうわい」  それから附近を尋ね廻ったが、影も形も見当らない。――のみか、いつのまにやら日はたそがれ、盂蘭盆会《うらぼんえ》の熱鬧《ねっとう》のちまたも遠く夕闇の楊柳原《やなぎはら》まで来てしまった。 「おい、雷横」 「なんだね」 「なんだネじゃあるまい。おかしいじゃないか。なんでこんな方へ探しに来るのだ」 「いや、ことによったら、その供の男ッて奴は、ケタ外《はず》れな人間だから、旅宿《やど》へ連れて帰ってしまったんじゃないかと思ってさ」 「旅宿《やど》へ。――どこの旅籠《はたご》だ、その家は」 「ずっと町端《まちはず》れの、まだ十里も先だが、軒先に馬繋《うまつな》ぎの杭《くい》を打ち並べてある土蔵二階の家さ」 「供の男というのは」 「一見して分る黒奴《くろんぼ》だ。名は、黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》といって」 「げッ。そいつは、かつて江州城内を暴れ廻り、得意の二|丁《ちょう》斧《おの》で、人を殺した奴じゃないのか」 「その李逵だが」 「と、とんでもない! そんな野郎にかかった日には、抱かれただけでも、お坊ッちゃんは泣《な》き脅《おび》えに泣き死んでしまうだろう。ええもう、乳母には迷《は》ぐれるし、夜にはかかるし、長官もきっとご心配し抜いているにちがいない。……そうだ、こんなブラブラ歩きなどしていられるものか。雷横、おれは先へ行くぞ」  朱同《しゅどう》は二人を捨てて教えられた旅籠の方へ馳け出した。すると、行くこと数里、薄刃の二丁斧を持った風の如き黒い人影とすれちがった。てッきりと思ったから朱同はいきなりその男の襟《えり》がみを引ッつかんで一|喝《かつ》をくれた。 「やいッ李逵《りき》っ。お坊っちゃんをどこへ置いて来た」 「あっ、お髯《ひげ》の朱同か」 「すぐ返せ、大事なお子様を」 「そいつア気の毒しちまったな」 「な、なんだと」 「おれの顔を見たら泣いて逃げ廻りゃあがるんだ、あの石橋の上でよ」 「あたりまえだ、そしてどうした?」 「呉用先生のいいつけだから、どうでも旅宿《やど》へ連れて行こうと思ってよ、こっちも夢中で追ン廻しているうちに、あの蓮池へ落ッこちてしまった」 「や、や、や。うぬ! さてはてめえが殺したな」 「とんでもねえ、いくら李逵が鬼だって、あんな可愛らしい子を殺せるものか。しまったと思ったが、あの蓮池にゃあ人間を引きずり込む河童《かっぱ》がいるっていうことだ。ぶくぶくといったきりで姿も見えねえ。そこで仕方なしに落ちていた坊やの髪の珠纓《たまぶさ》だけを拾って来たよ。これで勘弁してくれやい」 「しゃッ畜生っ」  朱同はかッとし、襟がみの掴《つか》みを一ばい深く取って、李逵の体を、力まかせに投げつけた。  でんと、九尺も先へ、投げられたかと見えた李逵の体は、ぴょいと蛙立ちに彼方へ立って、へへへへ、と白い歯で笑っていた。 「おやんなすったね、お髯《ひげ》さん……。さあ、やるなら来いっ」 「うごくな、黒ンぼ」 「オオ、二丁斧が見えねえのか。ふん、知らねえな、俺を」 「くそっ。もう生かしてはおかねえぞ」  だが朱同は刑囚の身だった。身に一剣も帯びてはいない。しかるに相手は手練《てだ》れの二丁斧だ。李逵《りき》は充分見すかしている。  ところがその李逵もだんだん持て余した。斧は空振《からぶ》りに空振りをかさね、朱同の姿は飛電の光にことならない。なにせい鄆州《うんしゅう》随一の捕手頭、乱捕《らんど》りの達人なのだ。むしろ空手《からて》が得意であったとみえる。 「こいつはいけねえ」  李逵は逃げ出した。逃げはじめるやこの男|廉恥《れんち》もない。山坂また山坂をころげ降りた。すると蒼々《そうそう》たる松の林が十里もつづく。松風が耳を洗う。 「はて、どこへ失《う》せたか」  朱同は追いに追った。どうせおめおめ空身《からみ》では長官邸へは帰り難い身でもある。いつか夜が明けかけ、チチチチと鳥の音はしていたが心にも耳にも入らない。そして彼の血眼はふと奔《はし》る鹿のごとき影を見た。李逵だったのだ。ところがそれは村道へ出て彼方のすばらしい土豪の門内へ馳け込んでしまった。いぶかしいとは思ったが、朱同もつづいてその豪勢な大門の内へ、盲目的に、 「野郎っ、待てっ」  とばかり追ッかけて入った。  すると、泉石《せんせき》見事な庭苑《ていえん》の彼方で、すらと、鶴のような姿の人が立ってこなたを振向いた。髪に紫紐金鳳《しじゅうきんぽう》の兜巾《ときん》をむすび、裾《すそ》長い素絹《そけん》の衣を着《ちゃく》し、どこか高士《こうし》の風がある。 「たれじゃ、何者じゃ」  その涼やかにして射る如き眼光も尋常人《ただびと》とは思われなかった。 「あっ。つい、どなたのお屋敷ともわきまえなく、無断立ち入りましたこと、重々の不埒《ふらち》、どうぞお見のがしを」  膝を折って、朱同は詫びた。われに醒《さ》めればこの仕儀は恥かしい。  高士《こうし》はほがらかに笑った。 「美髯公《びぜんこう》。あんたはまあ、よほどあの黒助にからかわれなすったの」 「えっ? てまえをご存知でしたか」 「されば、山東の及時雨《きゅうじう》宋江《そうこう》から手紙をもらっていましたのでな」 「そしていま、黒助と仰っしゃったのは」 「李逵のことですわい。……じつはの、かねて宋江からの密書で、この館《やかた》の内に、呉用、雷横、黒旋風《こくせんぷう》の三名を泊めてやっておりましたのじゃ」 「あっ、ではここが彼らの旅宿《やど》で」 「さよう。あんたには、さまざま解けぬご不審だろうが、すべてはただ、梁山泊《りょうざんぱく》の輩《ともがら》が、あんたを山泊《やま》の仲間に加えたいという願望から出たことじゃ。しかし、その否やなきご承諾をうる手段《てだて》に、あの長官の和子《わこ》を、李逵の手に預けてつい死なせてしまったのは、何としてもちと呉用の誤りじゃったな。……軍師にもまた智恵の行き過ぎはあるものか。……」  と、やおら長い袂《たもと》を揚げて奥なる一閣の人々をさしまねいた。  おうっと答えて、そこからこなたへ歩いて来る三人を見れば、紛《まが》うなき昨日の呉用であり雷横であり、また一ばんどんじりから、のそのそ来るのは黒旋風の李逵《りき》だった。  呉用と雷横とは、こもごも自分のした偽態を詫び、またかさねて、梁山泊一同の希望を切にくりかえした。ともに、かたわらの高士《こうし》もそれをすすめるし、ここにいたっては、朱同もついに、その熱意に、冷ややかではいられなかった。 「わかりました。もうぜひもない、梁山泊入りと腹をきめましょう。……ですが、一条件がある。それは叶《かな》えて欲しいんです」 「おっ、おきき入れ下すったか。やれかたじけない。して一条件とは何ですか。この呉用一存で出来ることなら何でもしますが」 「ほかでもありません。ご三名お立会いの前で、そこにおる李逵と決闘をさせて下さい」 「ほ。それはまた、いかなる意恨で」 「ひとり自分の意趣だけでなく、たとえ牢城の長官でも、この流囚《るしゅう》の身を一時たりと温かに養ってくれたあの人の恩顧を踏みにじッては去れません。いや和子を亡《な》くしたことは重々に申しわけない。せめてその下手人|李逵《りき》の首をひッさげて、お詫びのしるしにご門前へ呈し、それから山泊《やま》へ落ちて行きたいと考えます」  聞くやいな、李逵は飛び退《の》いて、バッと気早な身構えを取り、 「な、なんだとお髯《ひげ》。あんなにも、わけを話してあるのに、まだ俺が坊やを殺したと疑っていやがるのか。勝手にしやがれ。さ、恨むなら恨むでいい、勝負をしてやる」 「こらっ、止《よ》さんか李逵」 「だって、先生」 「待てっ。おまえにいいつけたのはこの呉用だった。無知野蛮、李逵の如き者に、子供を預けたなどは、かえすがえす呉用の落度」 「ひでえや、先生。おらは無知野蛮という奴なのかね」  すると、朱同の顔いろを中心に、相互を見すましていた館《やかた》の主《あるじ》が、 「いや呉用先生。朱同が申した自責の念も、ないがしろにはできません。それはそれで尊ぶべきじゃ。ですから、こうなされたらいかがかの」 「何かよいご一案でも」 「ム。李逵の身は、ひとまず当家で預かりおこう。そして、おふたりは朱同ひとりを伴《ともの》うて、ひとまず梁山泊へひきあげ、宋江そのほかの一統へ、首尾よく朱同を迎え入れたよしをご披露なすっておいたらどうか」  かくまでの取りなしに会っては、朱同もなおそれでも不服とはいえなかった。ではそうしてと、やがて主客五名、一閣のうちに卓を囲み、 「いずれ次には、お預けの黒猫を、迎えに来ずばなりますまい」  などと、大いに笑い合った。  いや李逵《りき》はムクれた。無知だの野蛮だの黒猫だのと、さんざんな玩具《おもちゃ》である。忌々《いまいま》しさよと、朱同を睨むと、朱同もまた、胸中千丈の焔《ほのお》がほんとにはまだ鎮《しず》んでいないので、ぐッと睨み返す。心火の闘いだ。それへ酒が注《そそ》がれる。物騒なことといったらない。 「これは」  と気づいたので、館の主《あるじ》は、侍女にいいつけて、弾琴《だんきん》をとりよせた。主は七|絃《げん》琴《きん》のたしなみを持ち、朗詠《ろうえい》が上手であった。微吟、風流、おのずから荒《すさ》ぶる男たちをも優しくなだめた。 「はははは。つまらんお耳よごしじゃったな」  一曲を終って、また酒になる。朱同はそこで、さっきから独りしていた自問自答を率直にきいてみた。いったいこの地方などにはあるはずもない宏壮《こうそう》萃麗《すいれい》なこの邸館は、どういう由緒の家なのか。またお主《あるじ》は何者なのか、と。  そのつぶさを知って、朱同はあらたに、一驚を喫《きっ》した。  ここの家は、五代の末期、宋《そう》の太祖の時代に地方へ降《お》りたもので、祖先の柴世祖《さいせいそ》は、帝位にあった幼君だった。時に契丹《きったん》との大戦あり。幼君では国政軍事、成り難しとあって、周の一将軍|趙氏《ちょうし》が、全軍から推戴されて、その帝位を代って即《つ》いだ。――これが宋《そう》の太祖であり、この史事を世に「陳橋《ちんきょう》ノ譲位《じょうい》」という。  ところで、帝位《くらい》を譲った柴氏《さいし》の先祖へは、以後の朝廷から、丹書鉄券《おすみつき》が下賜された。そこで野にくだっても、これが代々皇統の家柄たるを証拠だて、ずいぶん尊敬もされ、特権も持ちつたえて来たことでもある。――――けれど、世は滔々《とうとう》と紊《みだ》れ、宋末の朝廷朝臣もいまはそんな古事《いにしえごと》などてんで忘れ去っていよう。――そしてただ滄州《そうしゅう》の片ほとりに、その昔《かみ》の庭園や館《やかた》の美に、かすかなる金枝玉葉《きんしぎょくよう》の家の名残りを保《たも》ち、地方人の畏敬と、あるじの徳望とによって、なお門戸に、いくたの客を養い、荘丁《いえのこ》を抱えなどしているもので、その今日の当主を誰かといえば、  柴進《さいしん》、あだ名は「小旋風《しょうせんぷう》」その人だった。  ここまで聞けば、当然、おもい当って来よう。  いまでは梁山泊にいる一手の旗頭《はたがしら》、豹子頭《ひょうしとう》ノ林冲《りんちゅう》も、かつては滄州の大苦役場に送られて来たさい、柴進《さいしん》の厚い世話になり、また柴進の助けによって、牢城を脱し、やがて梁山泊の人となったものだった。そのほか、泊中には、柴進の庇護《ひご》をうけ、柴進と相識のある者は、数知れぬほどあるといっていい。 「ああ、さしたるお方とも知らず」  と、朱同はことごとく感動に打たれ、ひとしお、その人を見直した。そしてこういう人物までが、人知れず肩持ちしている梁山泊という男どもの巣をもまた、あらためて考え直さざるをえなかった。  翌日。――その梁山泊へさして、呉用、雷横、朱同の三人はここから立って行った。  しばらくの、別れにさいし、呉用は言った。 「李逵よ。ま、当分はおぬし一人、こちら様のごやっかいになるわけだが、しかしくれぐれ、うぬが持ち前の粗暴だけはつつしめよ。……いいか」 「へい。無知野蛮とかいうやつを、噛《か》み怺《こら》えていりゃあいいんでしょ」 「それ、その通りきさまは性なしだ」 「また性なしが一ツ殖《ふ》えましたか」 「たわけ。困ったものだ。だが何ンといってみても貴様のような人間も縁の端。いずれ朱同の腹もおさまり、晁総統《ちょうそうとう》や宋江先生から、よしとお言葉がかかったら迎えに来てやる。おとなしくお庭の掃除でも毎日していろ」 「下《さ》がったね、あっしも」  李逵《りき》は、黒いお出額《でこ》を叩いた。  その日、柴家《さいけ》の荘丁《いえのこ》は、大勢して、旅立つ客の三名を、関外まで送って行った。関《かん》の番卒といい、牢営内の役人までも、柴進《さいしん》の家の者と聞けば、疑いもしない。  それとこの両三日は、城外城内、ひと通りな騒ぎでなかった。牢営長官の愛児が、盂蘭盆会《うらぼんえ》の夜、地蔵寺の池で溺れ死んだ。そして傅役《もり》の朱同が当夜からいなくなったという、それの詮議《せんぎ》や家ごとの町調べだった。  しかし、こういう捜査の手すら、柴家《さいけ》の内へは決して臨んで来ることはない。治外法権の門といったかたちである。かくてはや四、五十日はいつか過ぎた。その或る日のことだった。――どこから来た使いやら飛脚やら、秋、静かなここの門へ、一封の書がとどけられた。 「大旦那さま。ただ今、高唐州《こうとうしゅう》からこんなお手紙でございますよ」  あわただしく、侍女はそれをすぐ、柴進《さいしん》の室へ持って来た。 「おや、火急とある」  柴進は、封を切った。読みゆくうちに、やや手がふるえてみえる。何かよほどな大事でも起ったらしい。 「柴の旦那え。……もし大旦那」 「あ、李逵。そこにいたのか」 「おいいつけで、外から窓框《まどわく》の拭《ふ》き掃除をしておりやしたが、何か、えらいこッても持ち上がったんでございますか」 「むむ……ちとなア。……だが、おまえに話してみたところで仕方がない」 「李逵じゃお話し相手にならねえと仰っしゃるんで」 「うるさいのう……。ひとが物を思案しているのに。ああ、どうしても、これはひとつ、わし自身、高唐州まで出向いてゆくしかあるまいなあ」  李逵はそれを小耳にはさむと、窓際の踏み台を降り、庭から廊《ろう》へ廻って、のそっと柴進の部屋へ首を突っ込んで来た。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 狡獣《こうじゅう》は人の名園を窺《うかが》い。山軍は泊《はく》を出て懲《こ》らしめを狙うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  もちろん誇張したことばだが――常ニ家ニ飼ウ食客三千――といったような野の名門、柴家《さいけ》のことである。日ごろ居候《いそうろう》はめずらしくないが、けだし李逵《りき》のごとき居候は珍しい。まるで黒面猿《くろんぼざる》を家に置いているようなものだった。  ゆるしも待たず、あるじ柴進《さいしん》の室へ闖入《ちんにゅう》して来た彼は、柴進の身に降って湧いた急な旅行がどんな心配事であるかなどは一こうに無頓着で、 「ほい、ありがてえ。お供ができる!」  と、まずまず自分を祝福してから言ったものである。 「ねえ大人《たいじん》。大人が高唐州《こうとうしゅう》へお旅立ちなら、あっしだって、いや、あっしもすぐ身支度にかからなくっちゃなりません。ご出発は今日中ですか。それとも明朝で?」 「なに。たれが連れて行くといった。物見遊山とはわけが違うわ」 「でも大人の側を離れたくねえんですよ。それにご当家へ預けられてからもう五十日。あれッきり李逵《りき》は一歩だッて門の外を踏んでもいねえ。ぜひ連れて行っておくんなさい」 「ちッ、ひとの心配も知りおらんで」  柴進は、舌打ちした。それどころではないといった憂色なのだ。そしてさっそくその日、旅途についた。荷持ち男三人、家来七騎。それへ交《ま》じって黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》もついに供人《ともびと》として従《つ》いて行った。  旅は半月余りつづいた。やがて高唐州に着く。その城内街もずっと北郊に一|叢林《そうりん》の大邸宅があった。土地でも著名な名園でまた名族でもある柴皇城《さいこうじょう》の家である。――が、そこで馬を降りるやいな、柴進は、 「あっ、まに合わなかった。叔父|君《ぎみ》は早や世を去ったか」  と、茫然《ぼうぜん》、希望のむなしさに、涙となった。門は喪《も》に閉じられていたのである。すなわち、柴進の旅は、叔父|皇城《こうじょう》の危篤の報に急いで来たものだが、こう早くとは、日ごろ強健な叔父だっただけに、よほど意外であったらしい。  だが、あとで聞けば、皇城の死は、やはりただ事ではなかった。彼を待ちかねていた皇城の妻や一族は、その夜、柴進にむかって、次のようないきさつを涙ながら物語った。  ――ちかごろ、この地方の軍司令を兼ねた一奉行が、都から赴任して来た。  時めく宋《そう》朝廷の大臣|高俅《こうきゅう》の従兄弟《いとこ》で高廉《こうれん》という人物。  これが地方民を蔑視《べっし》して、権勢をふるッているのみか、女房の弟の殷直閣《いんちょっかく》という青二才が、これまたいやに貴公子ぶッた官僚臭の男で、いつも大勢の取巻きとともにのさばり歩いているやつだが、或る日「庭を見せてくれ」といって不意にここを訪れ。「――これはすばらしい。庭園もいいが、水亭閣廊《すいていかくろう》、四門の造り、おまけに粋《いき》な数寄屋《すきや》まで、どうしてこんな田舎にあるのか。さっそく義兄《あに》に話して、下屋敷におすすめしよう」と、まるで自分の持ち物みたいに言って帰った。  でも、まさか。  と思っていると、ほどなく、十日以内に他へ立ち退けと、殷直閣《いんちょっかく》から言って来た。もちろん、当主の皇城は一笑に附していた。「――他郷者《よそもの》だ。わが家の来歴を知らないのも無理ではない」と。  ところが「なぜ明け渡さんか」と再三な催促《さいそく》である。あげくには直閣《ちょっかく》自身が呶鳴り込んで来た、で、皇城は親しく柴家《さいけ》の由緒を話して聞かせた。――代々この地方に住んではいるが、祖先は金枝玉葉《きんしぎょくよう》の出であり、宋《そう》の太祖《たいそ》の丹書鉄券《おすみつき》も家に伝えられている。――「ご存知ないか?」その迂愚《うぐ》を嘲《あざけ》ったのである。  すると直閣《ちょっかく》はかえって威猛高《いたけだか》となり、ではそれを見せろと迫った。ここにはない、と答えると、いきなり皇城を足蹴にし、「われらは、現朝廷に並びなき高俅《こうきゅう》閣下の一族だぞ。そんな偽系図《にせけいず》に驚くような田舎者と同一視されてたまるか」と、なおも左右の取巻きと一しょになって蹴るやら撲《なぐ》るやらさんざんな侮辱《ぶじょく》を加えて立ち去った。  皇城の死は、これが因《もと》だった。どっとその夜から病床につき、大熱のあいだにも「くちおしい、ざんねんだ、無念だ!」といいつづけ、さいごの息をひくときには「――甥の柴進《さいしん》に告げて、この恨みをはらしてくれ!」とくり返し言い遺《のこ》して逝《い》ったという。  柴進は一ぶ一什《しじゅう》を聞いて腸《はらわた》をかきむしられた。が、取り乱しているときでない。 「いやどうも、お互い、何といっていいか悲嘆のことばもありません」  と、未亡人以下、親族一同へむかって。 「この上は、てまえの滄州《そうしゅう》の家にある伝来の丹書鉄券《おすみつき》をとりよせ、他日、都へのぼって、宋朝の天子へ直々に訴え出ましょう。……朝廷歴代の文書庫《ふみぐら》には、祖先|柴世祖《さいせいそ》から宋の太祖《たいそ》へ世を譲ッた――『陳橋《ちんきょう》ノ譲位』――の写シ文もかならず収めてあるはずですから、明判たちどころに、殷直閣《いんちょっかく》の暴を懲《こ》らし、おかみも叔父皇城の霊を悼《いた》んでくださるにちがいありません」  と、なぐさめた。  すると、祭壇の間《ま》の端で、これを聞いていた李逵《りき》が、場所柄もわすれて、ヘラヘラと笑い出した。 「そんな手間暇《てまひま》は無駄事ときまッてらあ、訴えの筋が通ったり、ちゃんと、掟《おきて》が立つようなお上なら、天下に謀反《むほん》のおきる道理はねえ!」  親族たちは変な顔して、みんな李逵の方を振り向いた。柴進もその人たちの手前、勢い叱らざるを得なかった。 「これッ李逵。駄弁を弄《ろう》すな。きさまこそ、供部屋《ともべや》へ退《さ》がって、ほかの供人のように神妙にしていろっ。どうも仕方のない黒面猿《くろんぼざる》だ」  その日は折も折だった。柴家《さいけ》では故人皇城の七々|忌《き》に当たり、典儀のあと、型のごとく、法事の宴に移っていた。――と、そこへ、どやどやと一群の“招かれざる客”が門へおしかけて来たものだった。 「当主の病死はわかっておる。だが、誰か口のきける奴は残っているだろう。あいさつに出せ」  と、中の一人が門内でわめいている。  見れば、従者、取巻き、無頼漢《ならずもの》、およそ三十人余り、城外へ遊山にでも出た帰りか。半弓、吹矢、笛太鼓、蹴毱《けまり》、酒瓢《さけふくべ》などを持ちかざし、おそろしく派手に飾った化粧馬の鞍上《あんじょう》には、例の兼軍奉行の義弟、殷直閣《いんちょっかく》がニタニタと乗っていた。 「これは、これは」  と、やがてその前へ家の内から柴進《さいしん》が会釈に出ていた。そしてあくまで下手《したで》に。 「何の御用か存じませぬが、あいにく今日、当家はかような取混《とりこ》み中《ちゅう》。おかまいも出来ません。どうかまた他日でもお立ち寄りを」 「こら、こらッ。きさまは何者だ。雇人か、家職の者か」 「いえ、柴進《さいしん》と申す親族の一人で」 「では滄州《そうしゅう》の」 「はい」 「オオその柴進なら話はつけよい。皇城の病死、つづいて葬儀、やむなく今日まで待ってやったが、早や七々の忌《き》も今日で相|済《す》もう。さっそく明日はここを明け渡せよ。よろしいな」 「ご冗談を」 「なにッ」 「こんりんざい、当館《とうやかた》はお譲りできません。たってお望みなら、天子のご裁可をうけておいでなさい」 「大きなことをいうな、大きなことを」 「いや広言ではない。時代《とき》こそ降《くだ》るが、わが柴家《さいけ》は天子の裔《えい》だ。しかも証拠の丹書鉄券《おすみつき》も伝わっている」 「見せろッ、それを」 「いま、滄州《そうしゅう》へ人をやってとりよせている。奉行の威をかさ[#「かさ」に傍点]にきて、余りな非道を押すならば、こちらにも考えがある」 「あはははは」と、直閣《ちょっかく》は馬上で大きく身を反《そ》らして笑いながら「こいつも死んだ皇城と同じことをいっておる! 虚構歴然《きょこうれきぜん》だ! 明日まで猶予しておこうと思ったが、もはや仮借《かしゃく》にはおよばん。それッ、法莚《ほうえん》の奴らを追っ払って、ここの邸宅に封印をしてしまえ」  あらかじめ、そんな腹でもいたのだろう。従者、手下の無頼漢《ならずもの》、同勢わッと土足のままで邸内へなだれ込んだ。柴進さえ防ぐいとまもないほどな瞬間だった。――すると、どうしたのか。  いちど押し入った人間どもが、ど、ど、どッと屋鳴《やな》りのうちにまた、外へ転《まろ》び出して来た。どれもこれも朱《あけ》に染まり、手足満足なのは一人もない。そして、それを追ッかけ追ッかけ続いて二丁斧を振りかざしながら躍り出して来た黒面《こくめん》の阿修羅《あしゅら》がある。――あッと、これには殷直閣《いんちょっかく》も仰天して急に、馬首を向けかえた。  だが、一|喝《かつ》、 「てめえだなッ」  李逵《りき》の一|斧《ぷ》が、馬の脚を払った。また間髪を入れず、ころげ落ちた直閣《ちょっかく》の体へ、次の一|閃《せん》が下《くだ》っていた。噴血、ひと堪《たま》りもあろうはずがない。  あとの手輩《てあい》はもう蜘蛛《くも》の子だった。――柴進は、この瞬間の出来事に、ただもう茫然のていだったが、やがて。 「李逵! きさまは、とんでもない事をしてくれたな。ああ、とり返しはつかん」 「大人《たいじん》。いけませんでしたか」 「知れたことを。いかなるわけあいでも、人を殺していいという法があろうか。だが今は何を言ッてみたところで始まらぬ。きさまはすぐ梁山泊《りょうざんぱく》へ落ちて行け」 「どうしてです。こうなる以上、逃げる気なんざありません」 「なんでもいいからここに居るな。あとは柴進がひきうける。万が一、きさまが縄になったら続いては梁山泊一統に禍《わざわ》いがおよんで行こう。この柴進《さいしん》なら出る所へ出ても、堂々と、正しい申し開きは持っておる。早く行け。路銀を持って」  と、ふところの金をつかませ、遮《しゃ》二|無《む》二、彼をこの場から落してしまった。そして彼自身は、甘んじて、その直後に襲《よ》せて来た捕手の群れに身をまかせ、われから司直の裁きの庭へすすんで坐ったものだった。  しかし、上司の奉行|高廉《こうれん》は、直閣《ちょっかく》の姉の良人《おっと》である。でもなおその高廉が吏《り》として公平な人物であったら正しい裁判も見られたろうが、いずくんぞ知らん、稀代《きたい》な妖人だったのだ。やがてそのことは後章でも説《と》くが、ともあれ小旋風|柴進《さいしん》が、なお時の政道を信じて身の処置に出たのは、かえって彼一個の大難を求めたばかりでなく、予想もしなかった一大波瀾を逆にこの地方に捲き起すものとはなった。  ここで、視野を一転。――山東の梁山泊へ目を移してみると。  泊中の聚議庁《ほんまる》では今、高唐州から山寨《やま》へ帰って来た黒旋風の李逵《りき》が、衆座の前に、おそれ入った恰好で、目をパチクリさせていた。 「いやもう、あきれた奴だ。またぞろ、その二丁斧で、思慮もない事件を起してしまったのか!」  彼の報告をきいた晁蓋《ちょうがい》以下の領袖《りょうしゅう》たちは、頭ごなしに、こう叱りつけて。 「ところで、きさまは難をのがれて来たようなものだが、あとの柴進大人《さいしんたいじん》はどうなるのか。ただではすむまい」 「すまねえでしょうが、あとはご自分でひきうける。なんでも、きさまはこの場を逃げろ、と仰っしゃるんで、是非もなく」 「はアて、後難が案じられる」  と、呉用、宋江、林冲《りんちゅう》などもみな眉をくもらせた。これらの者はみな王道政治の糜爛《びらん》腐敗を身に舐《な》めて知っている。かならずや柴進の主張などは通るまい。一刻もはやく恩人柴進の安否をまずたしかめぬことにはと、さっそく、 「ご苦労だがひとつ、高唐州へ行って、仔細、調べて来てくれまいか」  と、神行太保《しんこうたいほう》ノ戴宗《たいそう》へ、一同から声がかかった。で、戴宗は、 「おやすいこと」  と、即日、彼が得意とする神行法を利用して高唐州へ飛び、日時およそ半月ほど経て、ふたたび泊中へ帰って来た。 「さてこそ、やはり! ……」  戴宗の報告を聞きすました満座の眉色《びしょく》は、一瞬、しいんと恩人の受難を傷《いた》み、また鬱々《うつうつ》たる義憤に燃えた。  果たせるかな、柴進は以後、獄中につながれ、故人|皇城《こうじょう》の邸館とその名園は、そっくり門の相《すがた》を変え、“官没”の名のもとに、今では奉行|高廉《こうれん》の別荘になっているという。  のみならず、高廉の妻は、いわゆる外面如菩薩《げめんにょぼさつ》の美夜叉《びやしゃ》ときている。そこで弟の恨みを良人へケシかけ、白洲《しらす》の拷問《ごうもん》、獄中の責め、やがては柴進に“直閣《ちょっかく》殺シ”の罪名を着せて、いやおうなく、死にいたらしめるのではないか。――ともあれ柴進の一命は今や風前のともし灯《び》にある――という戴宗のつぶさな話は、いよいよ、聞く者をして、 「うぬ」  と、高唐州の空を睨まえさせずにはいなかった。 「この梁山泊にとって、柴進さまは大恩人だ。その人の受難や柴家《さいけ》の抹殺されるのを、よそに見てはいられまい。まして事の起りは、山寨《やま》の一人、李逵《りき》から出たこと」  期せずして、この声は一致した。そして軍師呉用の案の下に、七千の泊兵《はくへい》は、二十二人の領袖《りょうしゅう》が将として編制され、ここに柴進救出の軍をくり出すことになった。  七千の泊兵は、寨員《さいいん》の大半である。なぜにこんな山軍をうごかすかというに、相手の高廉《こうれん》はただの奉行ではない。一面軍権をにぎっている司令であるのみならず、その配下には、山東、河北、江西、湖南、両|准《わい》、両|浙《せつ》、各省の軍管区から選抜された「飛天神兵」と呼ばれる精鋭隊があると――これまた戴宗の探《さぐ》りによって分っていたからだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 官衣の妖人《ようじん》があらわす奇異に、 三陣の兵も八裂《やつざき》の憂《う》き目《め》に会うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  高廉《こうれん》とは、まことに不思議な人物というしかない。  宋《そう》朝廷に時めく高俅《こうきゅう》一門といえば、あたかも当時の日本における平家一門に似て、栄花《えいが》も権勢も意のままな大貴族だった。――だからその高俅の従兄弟《いとこ》とあれば、白馬金鞍《はくばきんあん》で京師《みやこ》の夕風を追って遊ぶも、廟《びょう》に立って大臣を欲するも、自由だろうに、なぜか彼は、それを求めない。  そして若年頃から、荒公達《あらきんだち》の名をとり、背には“太阿《たいあ》ノ剣”とよぶ長剣を負い、また好んで黒衣黒帽という身装《みなり》で、 「わが目には、列臣の勲爵《くんしゃく》も、羨《うらや》ましい物でなく、禁軍八百万の旌旗《せいき》といえど、物の数ではない」  と、つねに豪語して憚《はばか》らぬような変り者だったのである。――で、怖らくは、開封《かいほう》東京《とうけい》でも一門の持て余すところとなり、軍司令官兼民政奉行となって、この高唐州《こうとうしゅう》へ地方|下《くだ》りしてきたものではなかろうか。 「なに、梁山泊《りょうざんぱく》の賊兵七千が、柴進《さいしん》のため義を唱《とな》えて、この地へ近づいて来るというのか。いや。おもしろい!」  高廉《こうれん》は丹《あか》い口《くち》をあいて笑った。黒紗《こくしゃ》の帽《ぼう》、黒絹《くろぎぬ》の長袍《ながぎ》、チラと裾《すそ》に見える袴《はかま》だけが白いのみで、歯もまた黒く鉄漿《かね》で染めているのであった。 「いつかは、我れより出向いて、天下の恐れとなっている梁山泊とやらの野鼠《やそ》の巣《す》、一ト蹴散らしに踏みつぶしてやろうと思っていたに、彼らから旗を掲《かか》げて出て来たとは、いや、待っていたと言いたいような誂《あつら》え向《む》きだ。すぐ城外に出て布陣するぞ。全軍、営《えい》を出ろやい!」  と、大号令をもって令した。  黄色な布に黒で八卦《はっけ》を画《か》いた中軍旗も、すぐさま彼の騎馬に先んじて進められた。――装《よそお》いはといえば、例の、太阿《たいあ》ノ剣を背に高く負い、つねの黒衣へ金帯《きんたい》を締め、豹皮《ひょうひ》の胸甲《むねあて》に鎖《くさり》下着を覗《のぞ》かせているのみで――将軍か、公卿か、軍属の道教僧か――得態《えたい》の知れぬ姿であった。  しかし麾下《きか》の軍団は、幾段、幾十隊か数も知れない。そしてそれぞれ金甲《きんこう》鉄鎗《てっそう》の燦然《さんぜん》たる部将のもとに楯《たて》をならべ――ござんなれ烏合《うごう》の賊――と弩弓《どきゅう》の満《まん》を持《じ》して待ちかまえていた。  するうちに。 「梁山泊《りょうざんぱく》の賊将、林冲《りんちゅう》、花栄、秦明《しんめい》、李俊《りしゅん》、孫立《そんりゅう》、鄧飛《とうひ》、馬麟《ばりん》など……およそ三千余りが、漠々《ばくばく》と、これへ近づきつつあります」  と、物見の者から報《し》らせがある。  つづいては、また、 「本軍は宋公明《そうこうめい》を主将とし、朱同《しゅどう》、雷横《らいおう》、戴宗《たいそう》、李逵《りき》。――さらに張横、張順、楊雄《ようゆう》、石秀らの部隊など、ぞくぞく到着して、すぐ前面に陣を布《し》いている様子です」  とも急調子に聞えてきて、ようやく迫る緊迫感に、野面《のづら》の風は不気味に熄《や》み、雲間の雁《かり》も行く影を潜《ひそ》めてしまった。――と、たちまちわっと揚がる金鼓《きんこ》、銅鑼《どら》、角笛《つのぶえ》のあらしを分けて、梁軍《りょうぐん》のうちから丈八の蛇矛《ほこ》を横たえ持った林冲をまん中に、秦明《しんめい》、花栄の二将が、左右に添って、馬を進め、 「高廉《こうれん》高廉。――高俅《こうきゅう》一門の悪代官高廉はどこにいるか。これは天に代って当今の悪官人どもを誅伐《ちゅうばつ》に来た天軍だ。手間ひまかけず、素ッ首をわれらに渡せ」  と、大声で呼ばわった。  聞くやいな高廉もその旗本「飛天神兵」をまン中へ押しすすめ、そのまた中に駒を立てて、 「しゃら臭い草賊どもめ! 泡を吹いて逃げ出すな」  と、まず飛天隊の一騎、于直《うちょく》を出して、林冲《りんちゅう》にあたらせた。が、とても林冲の敵ではない。矛《ほこ》と鎗、十合とも戦わぬうち、于直はもんどりうって馬から落ちる。――つづいて、飛天神兵中の随一、温文宝《おんぶんぽう》が喚《おめ》いて出た。――しかしこれも秦明《しんめい》と闘ッて斬られ、第三、第四、と猪突《ちょとつ》して出た者までことごとく打ち果たされてゆくのを見ると、高廉はその青粘土《あおねんど》のような面《おもて》にたちまち吹墨《ふきずみ》のような凄気《せいさ》を呼んで、 「かっッ」  と、背にある太阿《たいあ》ノ剣をぬきはなった。そして剣の刀背《みね》を眉間《みけん》に立てて何やら一念、呪文《じゅもん》をとなえるらしい姿であった。――と見た花栄《かえい》は、わけもなくぞッとして「あっ、妖人?」と、思わず引きしぼッた弓の弓弦《ゆんづる》をぶン[#「ぶン」に傍点]と切った。その矢はあやまたず、高廉《こうれん》の真額《まびたい》を射た。いや射たと思われたのに――一|道《どう》の黒気《こっき》が矢をも高廉の影をも、墨のごとく吹きつつんでしまっていた。そしてとつぜん、大地は鳴り、天もゆすれ、怪しい風が、ゴオッと翔《か》けたあとから、小石のような雹《ひょう》が、人馬の上へ降ッて来た。 「や、や?」 「これは?」  と、梁軍《りょうぐん》七千の人と旗は黒い風に吹きちらされ、揉《も》み舞わされ、冬の木の葉に異ならない。あれよあれよの、叫喚《きょうかん》だった。ただ見る日輪だけが赫《あか》く、雹《ひょう》に交《ま》じって砂礫《されき》を吹きつける。しかもまたその中を、長髪鬼のような飛天神兵の数百が槍を持って馳けまわり、逃げまどう梁山泊軍は、そのため、またたくうちに、千人の兵を失ってしまった。 「退《ひ》けっ。ひとまず、退けい」  さしもの軍師呉用すら、また宋江《そうこう》も、すっかりこれには狼狽《ろうばい》して、ただもう逃げ奔《はし》るしか、一時の処置も知らなかった。  さて、残軍六千を、からくも城外五十里の遠くに、陣を引きまとめて。 「軍師。じつに辟易《へきえき》しましたな。いったい、何であったのでしょう? 今日の異変は」  と、宋江の驚き顔に、呉用は沈痛な声で答えた。 「察するに、高廉《こうれん》は妖法を使う術者でしょう。よほど道教の方術――すなわち幻術を――修得した妖人に相違ない」  その夜、宋江は、陣幕《とばり》に灯を掲《かか》げて、独り例の天授の「天書三巻」をひらいてみた。内に“破邪《ハジャ》ノ兵法”一巻がある。それには“破術破陣《ハジュツハジン》ノ法”があり、また“回風返火《カゼヲメグラシヒヲカエ》ス法”も見えた。 「よし」  彼は自信を持ち、あくる日、さらに鼓《こ》を鳴らして、城門へ迫った。  けれど、この日も、次の日も、梁山泊《りょうざんぱく》軍はさんざんに破られた。なぜならば、高廉《こうれん》の妖法は、ただ宇宙の天色や気象に異変を呼び起すだけでなく、忽《こつ》として、炎を大地に生ぜしめ、また大洪水《おおみず》を捲きおこし、そうかと思うと、豺狼《さいろう》、豼貅《ひきゅう》、虎豹《こひょう》などの猛獣群を、一|鞭《べん》の下《もと》に呼び出して、これを敵のうちへ追い放つなど、千変万化、じつに極まりのないもので、宋江が身の護符《ごふ》としている「天書」の活用も、これには、ほとんど用をなさないからであった。  こう出たら? ああ突いたら?  とかくして、戦い十日、兵は半数に減《へ》ってしまった。宋江も呉用も、いまは面目なくて、このまま梁山泊へも帰れなかった。  さりとて、この苦慮苦戦を、あえてつづけていれば、残る三千も、野に白骨をさらすだけのものでしかない。――さらには、開封《かいほう》の都から、官の援兵が馳せくだって来る惧《おそ》れなども大いにある。 「……どうしたものか」と、宋江と呉用とは、ついに最後の腹のすえどころにせまられていた。 「じつはの、宋先生。ここに、たった一つの残る策がないでもない」 「なに、軍師には、ご一案があるというのか。ではなぜ早く、その一計を」 「いや」と、呉用はあわてて手を振った――「それがさ、すぐ可能と思えるなら、決して猶予はしていません」 「何か、難かしい計略でも」 「いや行方のわからぬ人物を、急遽、探し出して来ねばならん。ところが、その消息といったら、皆目あて[#「あて」に傍点]がないのです」 「ははあ。では彼《か》の――一清道人とも呼ぶ公孫勝《こうそんしょう》――を、あなたも思いだしておられたか」 「さよう。仰っしゃる通りだ。高廉《こうれん》の妖法をやぶるには、我れにおいても妖法に通じた道者を味方の内に招くしかありませぬ」 「それならひとつ、薊州《けいしゅう》へ人を派して、八方、探させてみたらどんなもので」 「しかし薊州といっても広い」 「なんの、戴宗《たいそう》が陣中にいる。いずれ一清道人のこと。名山|大川《たいせん》の奥深くにいるかもしれぬが、戴宗の神行法《しんこうほう》で馳け探せば」 「なるほど、むなしくいるよりは」 「それに如《し》くなしです。すぐ戴宗を呼びにやりましょう」  伝令をやると、その戴宗は、何事ならんと、すぐここの帷幕《いばく》へやって来た。――そして呉用、宋江の二大将から托命の仔細をきくと、彼も、梁山泊《りょうざんぱく》軍三千の運命を担う一|期《ご》の働きはいまだとして、勇躍、すぐ例の神速法の甲馬《おまもり》を脚に結い付けてここを出発した。  いや、彼にはもひとり付いて行った者がある。  例の黒旋風《こくせんぷう》李逵《りき》である。――李逵《りき》などは無用な相棒、ヘマは仕出来《しでか》しても、ろくな足《た》しにはならぬと退けられたのだが――事件《こと》の起りは自分が殷直閣《いんちょっかく》を殺したことにある。かたがた、柴進《さいしん》大人へのお詫びにもと李逵としてはいつにない神妙な哀願なのでついに連れて行くことになったのだった。 「だが李逵。断わっておくぞ」 「へ。何をで」 「きさまにも神行法を授けるが、わしが呪文《じゅもん》をとなえると、たちまち身は雲を踏んで飛行《ひぎょう》する。呪《じゅ》を解かねば、止まるにも止まれんのだから、心得ておけよ」 「院長[#1段階小さな文字](戴のこと)[#小さな文字終わり]そいつア困るよ。小便する間もなくっちゃ」 「そんなことはどうでもいい。問題は道中では一切|精進潔斎《しょうじんけっさい》だ。守らねば神行の神力が破れてしまう。守れるか」 「酒を呑まず、肉を食らわず、で居りゃあいいんでしょ」 「そうだ。きっと、貪婪《どんらん》をつつしめよ」  かくて二人は、雲を翔《か》けた。  耳に風がうなり、睫毛《まつげ》に霧が痛いほどぶつかッて後ろになる。地の物象《もの》すべて――町、森、原野、山波、渓流――点々たる部落の羊や牛の影までが見る見るあとへ過《よ》ぎられて行く。  さて、まことに怪奇な談《はなし》になった。  そもそも水滸伝物語は、その発端、百八星のことからして、いわゆる怪力乱神を「世にあり得ること」として話の骨子《こっし》にとり入れてあるものだが、中には多少、宋朝の史実も酌《く》みいれ、編中人物の行動などにはかなりリアルなふしもある。――かと思うと突として、高廉《こうれん》の妖術やら戴宗の神行法《しんこうほう》なども平気で駆使するし――つまりここらが、いわゆる大陸古典の大陸小説らしい筋《テーマ》であって、日本での話なら役《えん》ノ行者《ぎょうじゃ》の伝説でもなければ見られないところである。これは一に道教による幻想らしく、かの白楽天《はくらくてん》の長詩「長恨歌」の中で、玄宗皇帝が術者の方師《ほうし》をして、夢に、亡き楊貴妃《ようきひ》の居るところを求めさせるなどという着想も、民話的な道教信仰を詩化したものといってよい。とにかく、このへんの章は読者も中古大陸の民土を念頭におかれて、風誦《ふうしょう》するが如く、共に空想を遊ばすことにしておいていただきたい。 「戴《たい》院長。今日でもう七日目ですぜ」 「もう七日か。はて、知れんなあ」 「いくら雲《くも》霞《かすみ》に乗って、こう空ばかり素ッ飛んでみたところで、これじゃあ、知れッこありませんや。毎日毎日、下に見えるのは、山岳だの大川だの渺々《びょうびょう》とした田舎ばかり。ちッたあ、人里へも出てみなくッちゃあ」 「きさまのいうのも一理はある。だが、公孫勝《こうそんしょう》は元々|薊州《けいしゅう》の生れで、梁山泊へは入ったものの、田舎の母恋しさに山寨《やま》の仲間に別れて、一時郷里へ帰った者だ。それに彼のごとき修道者であってみれば、市井《しせい》に住まっているはずはない」 「ですがねえ院長、薊州の田舎ときたら、山また山だ。そんな山の襞《ひだ》にいる一人の人間をつかまえるなんてことあ、まるで縫《ぬ》い目の虱《しらみ》をさがし出すより大変ですぜ。やっぱり人を探すには人中を歩かなくっちゃあ」 「きさま、そろそろ美味《うま》い物でも食いたくなってきたのだろう」 「そいつも察しておくんなさいよ。いくら精進潔斎だって、この七日ほどは、干団子《ほしだんご》しか食ッちゃいません。きのうからもう目が眩《まわ》りそうなんで」 「よし、向きをかえて、ひとつ人混みを探してみよう」  翌日は、脚の咒符《じゅふ》を解いて、薊州の城内を一日歩いた。また次の日も、寺院、祈祷所、道行く僧侶、少しでも由縁《ゆかり》がありそうなと思えばやたらに訊《たず》ねあるいてみた。しかし、手がかりは皆目《かいもく》ない。  そして十一日目のことだった。城外のいぶせき飯屋《めしや》でひるめしの白麺《うどん》を二人してすすっていると、隣の床几《しょうぎ》でも一人の老人がお代りを急いでいた。折ふし客が混んでいたのでなかなかお代りの麺《めん》が来ない。出来て来たかと思うと隣の李逵《りき》が逸《いち》早く横から取って食ってしまう。それが八杯にもおよんだので、ついに老人も腹を立てた。 「なんじゃい、この人はまあ。わしが誂《あつら》えたのを、そばからそばから、喰べてしまいくさる。馬か豚腹《ぶたばら》か」 「なに。豚腹だと。やいッ、いい加減にしろとはなんだ。外へ出ろ、この老いぼれめが」 「これっ、李逵。きさまが悪い」 「だって、院長。ものの言い方もあろうッてもンでさ」 「うんにゃ。大体、きさまがガツガツしすぎておる。ご老人、ゆるしてください」 「これはどうも、そう仰っしゃられると、年がいもないことで……。じつはこれからお山へのぼって、羅真人《らしんじん》さまのご法話を伺いたいと思いましてな」 「ほ。……山にご法話の会があるのですか」 「はい。時刻におくれると、羅真人さまのお話が聞けませぬ。それでついわしも心が急ぎましてな」 「オ、また一|碗《わん》、麺《めん》ができて来ましたよ。さあさあ、おさきにお喰《あが》りください。して何ですか、そのお山というのは」 「この薊州《けいしゅう》郊外から四十五里、九宮県《きゅうぐうけん》の二仙山というお山の麓《ふもと》でしてな」 「真人がいらっしゃるほどなら、ほかのお弟子の道人《どうじん》たちもたくさんいるのでございましょうな」 「おりますとも、なんといっても、真人さまは、諸道人のうちでも、いちばん修行を積み、位も一段高いお方ですな」 「もしや、公孫勝《こうそんしょう》という道人を、そこでご存知はありますまいか」 「あああの、おふくろ様と一つの庵《いおり》に住んでござらっしゃる公孫《こうそん》一|清《せい》さんなら、わしが家のつい近所じゃが」 「えっ、ご近所なので」  まさにこれ、何かのひき合せと、戴宗《たいそう》は雀躍《こおど》りしたいばかりだった。なお仔細《しさい》に道をたずね、老人には厚く謝して、いちど旅籠《はたご》へひっかえした。そして身拵えをあらためるやいな、四十五里を神行法の一ときに馳けて、まもなく九宮県から五里の奥に二仙山とよぶ幽境を目に見ていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 羅真人《らしんじん》の仙術、人間たちの業《ごう》を説くこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「ちょっと、伺いますが」  と、ひとりの樵夫《きこり》を見かけたので、戴宗《たいそう》が訊いた。 「一清《いっせい》道人の庵室はどちらでしょうか」  樵夫は、白雲のうず巻いている峰と峰との間をさして。 「一条の白い滝が見えまっしゃろ。あの下の細道をめぐって、南へ出ると、山の角に、琴のような石橋がありますわな。そこらでもいちど訊きなされ」  その通りに行ってみると、上の杣道《そまみち》から山の果物を手籠《てかご》にして降りて来た女があった。女は振り仰いですぐ教えてくれた。 「ほれ。あそこに、柱が十本も並んでいる草舎《くさぶき》の廊《ろう》がある。あの廊の端《はず》れに見える小さいお堂がそれでございますよ」 「ありがとう。して、一清道人はおうちでしょうか」 「ええ、今日はたしか、裏で丹薬《くすり》を練《ね》ッてござらっしゃッたが」  思いはとどいた。戴宗は胸もわくわくそこへ近づいた。しかし、李逵《りき》は遠くへおいて、彼ひとり草庵《そうあん》造りの家の扉《と》へ寄って行き、 「ごめんください。ごめんください」  と、訪《おとな》うこと数度であった。  何処かでは、淙々《そうそう》と水のひびき、松籟《しょうらい》の奏《かな》でがしている。それに消されてか、いつまでも返辞はなかった。するうちに、 「どなたじゃの」  内の葭《よし》すだれをサラと掲《かか》げて、白髪の媼《おうな》がふと半身をあらわした。つづれの帯に半上着《はんうわぎ》、貧しげなこと、山姥《やまうば》といってもよいが、霞《かすみ》の目皺《めじわ》、丹《あか》い唇《くち》、どこやら姿態《しな》も賤《いや》しくない。 「オ、ご老母で」と、戴宗は一礼して―― 「一清どのにお目にかかりたいことがあって、はるばる参った者でございますが」 「あなたさま。お名まえは」 「山東の戴宗と仰っしゃって下されば、たぶんおわかりのはずですが」 「それは、あいにくな。せがれは旅に出て居りませぬ」 「はて。里人《さとびと》のことばでは、たしかにおいでだといっていたが」 「いえ、おりません。どうぞお帰りくださいませ」  すると、いつのまにか、戴宗の後ろへ来て佇《たたず》んでいた李逵が、腰の二丁斧を引き抜いて両手に持ち、 「うそをつけ! この山猫め。よしっ、居留守をつかうならあらためてやる」  と、いきなり草堂の横から裏へおどりこんだ。あわててそれを遮《さえぎ》る老婆の悲鳴やら、李逵《りき》を叱る戴宗の声が、ここの静寂《しじま》を破ッたと思うと、彼方の薬園から身に白衣《びゃくえ》をつけた一壮士が、 「なんですッ? おっ母さん! 何があったんですか」  と、脱兎のごとく馳けつけて来た。そしてふと、そこの二人を見るや、 「おっ、戴《たい》院長。また、李逵ではないか」 「やあ、いなすったね、公孫勝《こうそんしょう》!」 「ひどいじゃないか。おふくろさまを二丁|斧《おの》で脅《おど》すなんて」 「あやまる、あやまる! 毛頭わる気でしたンじゃねえ。こうでもしなければ、おまえさんが出て来ないと見たからだよ」 「戴《たい》院長。まずお上がりください。……おっ母さんもご心配はいりません。決して悪い人たちではない。ま、お茶でも差上げて」  と、一房へみちびき迎え、さて、一別以来の旧情なども叙《の》べ終ると、戴宗はあらたまって、 「じつは、かくかくの次第です。もしあなたが起《た》って、高廉《こうれん》の妖軍を打破ッてくださらぬなら、宋江《そうこう》先生以下、三千の泊兵は高唐州の野に白骨となるしかなく、ひいては梁山泊《りょうざんぱく》の本拠も総くずれの破目にたちいたるでしょう。……まげてひとつ、廬《ろ》を出て、お助けくださるまいか」  と、逐一《ちくいち》のわけを語って頼みに頼んだ。  公孫勝は、ありありと、苦痛な色を眉に見せた。 「――ひとたび、義友《とも》と契《ちぎ》った人々の頼みでは」  と、心にもだえるらしかった。で、しばらく頸《うなじ》を垂れていたが。 「いや遠路のお使い、旧友たちの危急、よくわかりました。若年、江湖《せけん》を漂泊《さすろ》うての果て、はしなく梁山泊の諸兄に会い、幾年月のお世話になったことは今も忘れてはおりませぬ。しかし何ぶんごらんの如き一人の老母がありまする。あわれ母は、ひとり子の私が、唯々たよりなのでして、私もここを離れがたく、かつは師匠の羅真人《らしんじん》さまも、どうしてもてまえを山からお手放しになりません」 「ごもっともだ。そこを強《た》っても言いかねるが、梁山泊一|期《ご》の浮沈です。なんとか、母|御《ご》にご得心はいただけまいか」 「母は暇《いとま》をくれましても、いま申したその師匠がどうも」 「羅真人さまへは、われら三名が膝をそろえて、お願いしてみようじゃありませんか」 「ま、よく考えてみましょう。今夜一ト晩」 「――と、仰っしゃらず、すぐご同道くださるまいか。高唐州の戦場は、はや朝々の霜。危機は冬と共に迫ッているのです。一日のまも気が気でないのでして」  戴宗もいう。李逵も拝まんばかりに頼む。ついに公孫勝は身を起した。ともあれ、師の羅真人さまの許《もと》へ伺って、そのご意見をきいた上で――と。  遠くはなかった。谷向うの峰ふところ。道をたどるうちに、針葉樹の密林低く、紅い日輪が沈みかけている。やがて羅真人《らしんじん》の住《じゅう》す道教寺の石階を踏み、上を仰ぐと、山門の額《がく》に、 [#1字下げ]紫虚観《しきょかん》  の三文字が金色もくすんで見える。  廟道《びょうどう》は奥深い。つねに道士が寄って経を談じ、山翁は法《のり》を説いて、修行三|昧《まい》、宇宙と人魂《じんこん》とのかたらいをなす秘壇《ひだん》とある。祭るものは、虚空《こくう》三千大世界の天《あま》つ星や地宿の星とか。ここへ鸞《らん》に乗って仮に世へ降りてきたような一仙人と、江湖《せけん》の俗から拝まれている羅真人は、いま、松鶴軒《しょうかくけん》の椅子《いす》に倚《よ》って、ふと瞑想《めいそう》から醒《さ》めていた。 「真人さま。……今朝、仰っしゃっていたお人が、一|清《せい》道人《どうじん》に連れられて見えました」  一童子が、椅子の前に、拝をしてつたえていた。 「お、来たかの。すぐ連れておいで」  羅真人は、すでにこの日の客を、予知していたらしい。――一方、更衣亭《こういてい》で身なりをただした戴宗《たいそう》、李逵《りき》、公孫勝《こうそんしょう》は二人の童子に伴われて長い廊を渡り、やがて、松鶴軒の廂《ひさし》の下にかがまって九拝の礼をした。 「お師匠さま」と、まず公孫勝が――「折入って、この客二名が、尊意をお伺いにまいりました。これは私の旧《ふる》き友」  言いかけると、羅真人は、鶴の羽衣《はごろも》のような袂《たもと》をぱっとひらいて、その法冠《かむり》の星よりするどい眸をきらと三人の上へ射向けた。 「一清。多くをいうな。山東の人々だろう。わかっておる」 「では、はや疾《と》くに、二人がこれへ来た事情《わけ》も」 「よろしいか、一清、おまえはやっと世の火宅をのがれ、そして母と共に、人生の長養長寿をここで習《まな》んでおる者だぞ」 「はっ」 「惑《まど》ってはならん」 「もし、老師!」と、戴宗は思わず躄《いざ》り出るように進み出て再拝した。 「高唐州の悪奉行|高廉《こうれん》の妖法になやまされ、いまや泊軍三千、かつての公孫勝の仲間は、死地に立っておりまする」 「悪と悪、業《ごう》と業との入りみだれ、さようなことは、この山の知ったことではありません」 「ですが……。いや、さもございましょうが、なにとぞ、御弟子《みでし》の公孫勝に、ここしばし、暇《いとま》をおつかわし給わりませ。かくのごとく、伏してお願いつかまつりまする」 「いけません。この羅真人《らしんじん》の教え子を、そのような血の巷《ちまた》へやることはできぬ」 「では、どうありましても」 「くどい! 一清、客をお連れして、はやはや浄門の外へ退《さ》がんなさい」  取りつく術《すべ》もなかったのである。悄然《しょうぜん》と三名は“紫虚観《しきょかん》”の門を去って、黙々と宵《よい》の星明りの下を帰って行った。  途中、ムカッ腹をぶちまけて、独り悪態《あくたい》口を叩いてやまなかったのは、もちろん、黒旋風|李逵《りき》だった。 「けッ、ふざけやがってよ! 羅真人か糞羅漢《くそらかん》か知らねえが、オツに取り澄ましゃアがって、教え子も聞いて呆れら。――久米《くめ》の仙人だって赤い裾《もの》を見りゃ雲から落ッこちたっていうじゃねえか。そこが人間のいいところだ。それを義も情も知ッたことじゃねえと吐《ぬ》かしゃあがる。よしっ、人間でねえならば獣だろう。みてやがれ、けだものめ、化けの皮をひン剥《む》いてやるから」 「李逵《りき》李逵。いいかげんにしろ。……一清の身にもなってみるがいい。むッそりと顔をしかめているじゃないか」 「ほい。いいお弟子だ。師匠をケナされちゃ癪《しゃく》にもさわろう。だが、こっちの腹もおさまらねえんだ。ごめんなさいよ、公孫勝《こうそんしょう》」 「いやなに、きさまの悪口などいま知ったことじゃないさ。気になどかけるものか。ははははは」  しかし、一清公孫勝の立場はつらい。自然、口かずも少なかった。また戴宗《たいそう》も、このままでは高唐州へ帰りもならず、何かと、思案顔である。――とかくして、その夜は、一清の家の草堂に、床《しょう》を分けて眠り合った。――眠る前の精進《しょうじん》料理と一|酌《しゃく》の酒がまわって、三人はやがてぐッすり寝込んだようであったが、かねて思うところのあった李逵は、 「……よし。ちょっくら、いまのうちに」  とばかり室から這い出し、そして二丁|斧《おの》を手に、風のごとく、峰道から谷、谷から峰のふところへと、馳け躍ッて行った。――それはあたかも一個の黒猿《こくえん》が両手に白い焔《ほのお》を振りかざして行くようだった。  もう勝手は知っている紫虚観の門、松鶴軒《しょうかくけん》の廂《ひさし》。そっと、李逵が法院窓の障子に舌で穴をあけて内を覗いてみると、なんと、この森沈《しんちん》たる深夜なのに、羅真人はなお、椅子《いす》に端座したままであり、唇《くち》に玉枢宝経《ぎょくすうほうきょう》を小声で誦《ず》している態《てい》なのだ。  薫々《くんくん》と匂う糸は香炉《こうろ》のけむりか。二本の赤い絵蝋燭《えろうそく》の灯があかあかと白髯《はくぜん》の横顔、頬のクボを描いている。李逵はあさはかにも思い込んだものだった。――この糞仙人《くそせんにん》さえ亡《な》き者《もの》にしてしまえば公孫勝もいやとはいわないはずである――と。  だから彼の眼気《がんき》たるやまさに殺気の炎《ほむら》で、そこの窓障子を蹴やぶるがはやいか、 「けだもの。化ケの皮を剥《は》ぎさらせ!」  と、内へ躍り込んでゆき、かっと、薄刃の斧を振りかざすやいな、羅真人のあたまをめがけ、その脳天から真二つにたちわってしまった。 「はははは。なんてえ応《こた》えのねえ化け物だろう。おや、仙人の血は白いのかな? まるでこりゃ水じゃあねえか。うんわかった。ろくな物は食っていず、一ぺんも女を抱いていねえせいだろう。……どれ行くかな」  すると、物音を知ったのか、廊《ろう》の彼方から、青衣《せいい》の童子が飛んできて、ひらと彼の前にたちはだかった。 「これっ待て。お師匠さまを殺して、どこへ」 「そこ退《ど》けッ。うぬ、退かねえか」  またもや、一|閃《せん》の斧の下――童子の首はコロコロところがった。そしてころがって行った闇の隅から泥人形のような白い首が、こっちを見た。ニコと笑ったように見えた。 「うへッ」と、李逵もなんだか、へんな気がした。骨の髄《ずい》をぶるッとさせて。「――くそっ、俺としたことが」と、山門をとびだした。そして後ろを振向くと、山月《さんげつ》が青かった。それからはもう一足跳び。――まだ暁にもなっていず、戴宗《たいそう》、公孫勝は夢深々と何も知らない。――彼もまた夜具の中にもぐりこんで、なに食わぬ顔のあくる日をむかえていた。  朝から午《ひる》まで、その日も、戴宗は公孫勝と対座しづめで、切願《せつがん》、熱弁、情や義にもからませて、どうかしてと、説《と》きつけている。それは李逵《りき》には、くすぐッたかった。ちゃんちゃらおかしくてたまらない。  午食《ひる》の点心をすますと、一清はぜひなげに、 「では、おことばにまかせ、もう一度、松鶴軒《しょうかくけん》へ伺ってみましょう。はたして、お師匠さまが、昨日の言をひるがえして、おゆるし下さるかどうか知れませんが」  と、ふたたび、きのうの如く、連れ立って草廬《そうろ》を出た。――これもまた、李逵の内心ではヘソ茶ものだった。「行ってみれば分るだろう。分った上は、公孫勝もいやとはいえめえ、知らぬ仏だ」と、あとに尾《つ》いて行きながら独りひそかに舌を出していたものだった。  やがて、紫虚観《しきょかん》をくぐる。訪鉦《ほうしょう》を鳴らすこと三打。青衣の童子がひとり出て来て、来意を問う。待つことしばし、ふたたび現れて。 「どうぞ、更衣亭《こういてい》で、おきものや手をお浄《きよ》めください。そして、いつもの長い廊を、ずっとお通りあるように」  李逵《りき》はセセラ笑った。が、なお白ばッくれて、更衣亭でかたのごとき身浄《みぎよめ》をした後、二人のあとに尾《つ》いて廊を進んで行くと、彼方からまたも一人の童子が見え、一清と話していた。 「もし、侍童《じどう》さん。お師匠さまは、いつもの松鶴軒ですか」 「ええ、お椅子《いす》に倚《よ》って、しずかに、皆さんをお待ちになっていらっしゃいます」 「今日は、ごきげんは」 「おかわりもございません。はやくおいでなされませ」  青衣の童子は、そう告げて、李逵のそばをスレちがった。李逵がしんそこ、ぎょッとしたのはその一瞬であった。童子がニコと笑ったのである。その顔が、いやその首が、ゆうべ斧《おの》にかけたあのせつなの童子とまったくおなじなのだった。さらには、やがてまた、「おお、また見えたの」  と、内から聞えたのも紛《まぎ》れなき羅真人《らしんじん》の声であり、またその人の姿だった。しかも、きのうよりは、うちとけて、 「ま。すすめ……。そこな、後ろの方に、うずくまっておる黒猿《くろざる》も、ここへ来い」  と、あるではないか。  李逵はただもう度胆《どぎも》をぬかれ、総身の骨もガクガクしていた。元々、この男は天上界における天殺星《てんさつせい》という魔星《まのほし》であって、かりに人の世に生れ、文明の灯が江湖《よのなか》にかがやくまではと、天帝のおいいつけで、世造《よづく》りと人革《ひとあらた》めのため血をながす地獄仕事をしなければならない宿命となっている。――ということが、羅真人《らしんじん》の神眼には、ちゃんとわかっているのらしい。この黒面《こくめん》の殺人猿《さつじんえん》をあつかうこと、まるで子供を観《み》るにひとしかった。 「李逵よ。どうした。なぜ前へすすんで出ぬ」 「へ、へい」 「おかしな奴よの。ところで、両人」 「はっ」 「願いの儀、かなえてつかわそう。一清の母は、わしが見ておく。さっそく下山するがよい」 「えっ、ではこの一清に、おいとまを給われましょうか」 「む。しかし一清、汝はなおその修行も法術も、かの高廉《こうれん》とひとしい程度の者にすぎん。依って、下山に先だち“五雷天罡《ごらいてんこう》”の秘法をさずけつかわそう。――それをもって宋江《そうこう》を助けてやれ。また民ぐさを力づけ、世の道をただせ」 「は。必ず、お教えを忘れぬようにいたしまする」 「そもそも、汝の宿命は、天にあっては天間星《てんかんせい》。地にあっては草華《そうげ》の露。人と人との間に情けをこぼす性《さが》のものだ。しかし世はまだ溟々《めいめい》の混沌《こんとん》時代。まことの世造《よづく》りと人拵《ひとごしら》えの成るまでには、なお五千年もかかるだろう。それまでは地上の人間も鬼畜の業《ごう》を脱しえず、殺し合い、憎しみ合い、悪と悪との血みどろを這い廻るのもぜひないとするしかない――。それゆえ、今生一生の業《わざ》ではしょせんおぼつかないが、今も暗溟《あんめい》の世造り時期。そうこころえて汝も修羅へ行くがいい。くれぐれ、人欲に迷うなよ。あやまるなよ」  こう、ねんごろな諭《さと》しをうけて、次の日早朝、一清公孫勝は母にわかれ、旅の支度もそこそこ、戴宗と共に、二仙山を降りた。  このさい、李逵《りき》はどうしたのか、前の晩からいなくなってしまった。戴宗が不審がってたずねると、一清は事もなげに笑って答えた。 「なあに、ご心配にはおよびません。たぶん羅真人に可愛がられて、当分、紫虚観《しきょかん》に居れと、止めおかれてしまったものでございましょう。……あの天殺星に修行を積ませ、もすこし撓《た》めておかねばならんという思し召しから。……いえ、いえ。いくら李逵が嫌のなんのといったって、師の呪縛《じゅばく》にかかっては、羽《は》ネを抜かれた禿鷹《はげたか》も同様で飛び立つことはできません。奴もきっと今ごろは、もうすっかり往生して、食堂《じきどう》の粥《かゆ》でも食べているでしょうよ」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 法力競《ほうりきくら》べの説。及び、李逵《りき》を泣かす空井戸《からいど》の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  高唐州《こうとうしゅう》の城外、一望百里の戦陣は、がらりと模様が変ってきた。  ほかでもない、かの方術師にしてまた州奉行でもある妖官人|高廉《こうれん》の妖術がまったくきかなくなってしまったことに起因している。すなわち高廉の魔陣「飛天神兵」の疾駆《しっく》も、また得意の「太阿《たいあ》ノ剣」の呪文《じゅもん》も妙に威力を失ってしまい、戦えど戦えど、軍《いくさ》はヘマばかり踏む始末で、 「これはいったい、どうしたことか」  と、怪しみつつも、ついに総勢を城内へ退《ひ》き入れて、鉄門堅く、ただ守るのほかない頽勢《たいせい》に傾いてきたものだった。 「お奉行。こいつはどうも方針をお変えにならずばなりますまい」 「やあ薛元輝《せつげんき》か。わしの戦法に過りがあるというのか」 「決して間違ッてはおられません。しかし敵の中には先頃からとんでもないやつが一人加わっている。それへお気づきにならんのはご不覚でしょう」 「一清道人《いっせいどうじん》の公孫勝《こうそんしょう》だろうが」 「そうです。――二仙山の道聖《どうせい》、羅真人《らしんじん》の秘蔵弟子とか。そいつを呼んで来て、破邪《はじゃ》の術を行わせているんですから、さしもわがお奉行の方術も、いちいち這奴《しゃつ》の秘封《ひふう》で、その効《こう》を現わさなくなったものと思われまする」 「そ、そんなことはないッ。そんなことは!」と高廉《こうれん》は、事わが方術にふれてくると青白い焔を眉に燃やして言った。「――紫虚観《しきょかん》の羅真人その人がみずから山を下って来たのなら知らぬこと。一清道人なんていう一弟子のために、わしの方術が破られるはずはない。道教界における修行からして、彼と我れとは段がちがう。高廉をそんな底浅い修行の道人輩《どうじんはい》と同列に見て申すのか」  これはむりもない。  道教の世界にはおごそかな階級があった。修行によって法力の度《ど》もおたがいにわかっている。が、このたびだけは羅真仙人が、暗溟《あんめい》時代の世造りの手助《てつだ》いに下山する一弟子のため、特に“五雷天罡《ごらいてんこう》”の秘法を一清にさずけていた。ということを、高廉は知っていなかったのだ。あくまで自分の方術は上位と信じていたのである。  だからなお、彼が自身に恃《たの》んだ妖術戦は、彼を大きなうろたえと焦燥にかりたてた。――そのあくる日の城下戦でのこと。――梁山泊軍三千は、怒濤《どとう》をなして、はや城壁下に鼓噪《こそう》していた。時に高廉は、一だんたかい将台にあって、 「おうっ、めずらしや、あれに賊の軍師呉用、賊の大将|宋江《そうこう》、またそのわきに一清公孫勝が駒を並べて指揮している。――元輝《げんき》、一軍をひッさげて、一清の首をねじ切ッて来い。怯《ひる》むな! 高廉がこれにあって、法力の加勢をするぞ」  と、太阿《たいあ》ノ剣を抜き払い、眉間《みけん》に当てて咒《じゅ》を唱えた。  するとたちまち、あたりは暗くなり、雲のごとき気流のうちから、数千の豼貅《ひきゅう》[#1段階小さな文字](大昔、中国で飼い馴らして戦場で使ったという猛獣のこと、豼《ひ》は雄《おす》、貅《きゅう》は牝《めす》)[#小さな文字終わり]が敵陣めがけて飛躍していった。――同時にそれに力を得、官軍の猛将|薛元輝《せつげんき》もまた、城の一門を押しひらかせ、金甲鉄鎗《きんこうてっそう》の光り燦々《さんさん》、奔流《ほんりゅう》となって敵中へむかって吶喊《とっかん》して行った。  ところがである。  ほとんどの将士が城へ帰らなかった。薛元輝もむなしく討たれてしまったらしい。  それも道理、妖法が吹き放った豼貅《ひきゅう》は、梁山泊軍の上まで行くと、みなハラハラただの枯葉《こよう》になったり紙キレになって、何の加勢にもならずに仕舞ったものである。つまり妖術競べにおいて、完全に、高廉が破れた証拠だ。さすが高廉もこれにはガックリ自信を失って、急遽、隣の東昌と寇州《こうしゅう》の二州へ援軍の急を求めた。 「二州の奉行は、いずれもわが従兄《いとこ》の高俅《こうきゅう》大臣におひきたてをうけた者だ。大挙、かれらが援《たす》けに来れば」  と、それからは一切、城門の鉄扉《てっぴ》を閉じ、壁《へき》を高うし、殻の如くただ守っていた。しかし城塁の中ではこんどは不思議な現象がおこりだしていた。冬なのに蛇トカゲの爬虫類《はちゅうるい》がうようよ這いまわり、毒蛾《どくが》、サソリ、赤蟻《あかあり》、種類も知れぬ毒虫が群れをなして兵の眠りまで苦しめる。さてはこれも一清の妖術攻勢だなと、高廉は必死な咒《じゅ》を行ってみたが、さっぱり自分の破邪《はじゃ》の印《いん》には効《き》き目がない。――時も時、こんなところへであった。 「――東昌、寇州《こうしゅう》の援軍がつきましたぞ!」と、望楼番の歓声だった。 「来たか」  と、彼が雀躍《こおど》りしたのもむりはない。  高廉《こうれん》も望楼へあがってみた。打ち見れば、暁の曠野《こうや》には、敵の梁山泊軍が、算《さん》をみだして騒いでいる。  おそらくは寝込みの朝討《あさうち》を食ったものか。支離滅裂となって逃げまどう中を、あざらかな紅い州旗《しゅうき》を朝陽にかがやかせ、約三、四千の州軍がその中を割って、はや城壁の下まで来ていた。 「開けろ、開けろ。疾《と》く城門をあけてやれ」  高廉は上から下知した。  わあっと、城内には歓声がわいた。しかるに何ぞやである。歓呼《かんこ》は、一瞬に阿鼻叫喚《あびきょうかん》と変じていた。「――すわ」といったがもう追いつかない。援軍とみせてなだれこんで来たのは、梁山泊の山兵だったのだ。軍師呉用と宋江の智略によって偽装した山将それぞれ――花栄《かえい》、秦明《しんめい》、呂方《りょほう》、郭盛《かくせい》、林冲《りんちゅう》、――また戴宗《たいそう》、公孫勝、孫立《そんりゅう》、馬麟《ばりん》、朱同《しゅどう》、欧鵬《おうほう》などの錚々《そうそう》が指揮するもの。  いやなお、将とも兵ともいえない妙な男もひとりまじっていた。はやくも二本|鉞斧《まさかり》を両手に振って縦横無尽城兵を追い廻しているのでもすぐわかる。黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》だった。  李逵はついきのう仲間たちの戦場へ帰っていた。――一清公孫勝を探しに行った行きは戴宗《たいそう》と一しょだったが、二仙山では、羅真人《らしんじん》に止め置かれてしまい、彼にいわせると、 「あれから紫虚観《しきょかん》で、真人にチクと熱いお灸《きゅう》をすえられて来た」  ものだという。  それがどんなお灸だったかは、李逵はまだよく語っていない。が、おそらくは羅真人のお懲《こ》らしめだ。真人の仙術やら妖法を目に見せられたに相違ない。一匹の黒ンぼ猿が十方無限の大宇宙へ抛《ほう》りあげられ、羅刹金剛《らせつこんごう》の変化にも会って、いやというほど、なぶり者とされて帰されて来たに違いなかろう。だから妙におとなしくなり、また李逵に似げなく、その話だとはにかんでいた。  しかし彼は、帰る途中で、一人の奇異な男を知って連れもどっている。顔ばかりでなく体じゅうに菊石《あばた》のある銭豹子《せんびょうし》という鍛冶屋《かじや》さんだ。  もとより銭豹子は本名ではない。苗字《みょうじ》は湯《とう》、名は隆《りゅう》、つまり湯隆《とうりゅう》という者で、父はもと延安府《えんあんふ》の軍寨《ぐんさい》長官だったそうだが、軍人の子にもやくざは多い。ばくち、女、かたのごとく流れ流れてきたすえ、武岡鎮《ぶこうちん》の町はずれで、テンカンテンカンやっているところを、こんど通りがかりの李逵《りき》と知って、 「ぜひおれも梁山泊へ入れてくれ」  とばかり一しょにここの戦場先へ来たものだった。見るからに一ト癖もふた癖もあるが、たしかにまた一芸の士《し》。呉用、宋江のめがね[#「めがね」に傍点]でも「よかろう」となって、さっそく今日は戦陣に加わっていた。とはいえ到底、李逵のそばにはついて歩けない。李逵もまた、新米《しんまい》の味方の一人など、ふり返ってもいなかった。  いやここでは、李逵を語るよりは、奉行|高廉《こうれん》の行動を見ておかねばなるまい。――高廉は望楼から下りるまでもなく、脚下いちめん殺戮《さつりく》の坩堝《るつぼ》を見、城中に入った敵の奇功を察し、もうこれまでと観念の目をふさいでいた。  下では、山将の花栄《かえい》、秦明《しんめい》、林冲《りんちゅう》など、 「高廉は、どこ?」 「雑兵なんどに目をくれるな」 「高廉をさがせ。あの妖官を逃がすな」  と、弓の弦《つる》を引きしぼって喚《おめ》き求めていたのである。  するうちに。 「――あッ」  誰かが叫んだ。眼を射られたかのように目へ肱《ひじ》を曲げて空を指した。  見ると、一|朶《だ》の黒雲が望楼を繞《めぐ》って、望楼をスウと離れてゆく。――チカチカッと墨の中で何かが光った。光が眸を拒《こば》むのである。だが痛みを怺《こら》えて凝視《ぎょうし》すると、それは一本の剣の剣光にちがいない。しかもぼうっと高廉の姿も見え、太阿《たいあ》の印《いん》をむすび、雲を踏んでいるものだった。そしてみるみる西南の空へ移行していた。 「や、やっ」 「妖人め」  矢さけび起して無数な矢が雲を追った。雲を縫った。  しかし、ゲラゲラと雲は笑う。  このとき、これを知った宋江も呉用もまったくあわてた。指揮に声をからしても、ほどこすすべすらなかったからである。そして「一清《いっせい》はどこに。一清公孫勝は何をしているか」とあたりへどなった。  知らぬではない。公孫勝もこれを見ていた。  彼は州城内の一|宇《う》、霧谷観《むこくかん》と額《がく》のある堂の真ン前に佇《たたず》んで、虚空《こくう》を仰いでいたのであり、師から授かった“五雷天罡《ごらいてんこう》”の秘咒《ひじゅ》に気魂《きこん》を凝《こ》らしていたのだった。そしてたちまち一陣のつむじを吹きおこし、風は空へ翔《か》け揚ッて、黒雲へ挑《いど》み、高廉をつつむ妖雲をむしり千断《ちぎ》ッた。  すると高廉は口から火を吹いた。それは一|道《どう》の奔《はし》る炎となって城頭城門へ燃えついたが、また、たちどころに、公孫勝が呼んだ沛然《はいぜん》たる雨に打ち消され、かえって豪雨は白い電光を孕《はら》み、霹靂《へきれき》一|声《せい》、雲のなかで爆雷となって鳴った。一箇の火の玉が破裂したかと見えたほどである。と思うまに、空は青く冴《さ》え、何かふわとした物が城外二里の地へ落ちた。――すぐ兵に拾わせてみると、それは高廉の死骸であった。  町には町を逃げまどう州兵。野には野をどろどろ落ちて行く州兵。散るにまかせて、宋江はこれを追わせなかった。  城内の一|掃《そう》が終ると、彼はただちに“布告文”を辻に立てた。 [#ここから2字下げ] 一 われらは良民を犯さず。犯すあらば斬らん 一 われらは妖官を懲《こ》らして法は滅《ほろぼ》さず、妖民は斬る 一 天に天神、地に地祇《ちぎ》、人の土《ど》に稼業|絶《た》やすな、和を温《ぬく》め合え [#地から1字上げ]山東《さんとう》梁山《りょうざん》の客|宋江《そうこう》 [#ここで字下げ終わり]  住民はこれを見てほっとした色だった。かつては県の押司《おうし》も勤めたことのある宋公明だけに、法三章の要をえていた。 「各〻、各〻は何はおいても、すぐ柴進《さいしん》どのを捜《さが》してくれ。あの人の安否を確かめろ」  宋江は厳命した。急務はそれだった。たたかいの目的はそれだったのだ。  しかし、柴進の安否は全然つかめなかった。城内の大牢雑牢、地下または高楼、監禁《かんきん》されていそうな箇所はおよそ隈《くま》なく捜査したが見あたらない。牢番獄卒どもは、逃げ散ッていたし、牢舎中の囚人七、八十人の首カセや鎖《くさり》を解いてやって、これにも質《ただ》したが知る者はない。  ただ三日目に、柴進の眷族《けんぞく》十数人が、発見された。思いがけない林の中で、急造らしい板屋|葺《ぶき》の監房に押しこめられていたのである。ここには番人どももまだ残っており、その中のひとり藺仁《りんじん》という老吏から端《はし》なくこんなことが聞かれた。 「……さよう。なにさま、思い当りがないでもございませぬ。……あれはもう七日も前、ここのお城もあぶないような噂でしてな、わしらもオロオロしている日のこと。お奉行の腹心がたが、大牢から引きずり出したとみえる一人の囚人《めしゅうど》をしょっ曳《ぴ》いて、林のおくの方へ入って行きましたのじゃ。ヤレヤレ斬られるのだナと、怖い物見たさで、そっと遠くから見ておりますると、その辺はひどく昼でも陰気な場所でしてな、きっと首を斬るのが不気味になったのかもしれません……その衆たちで何か囁《ささや》いていたと思うと、近くにあった空《から》井戸の中へ囚人《めしゅうど》を抛《ほう》り込んで、そのまま立ち去ってしまいましたのじゃ。……へい、それだけのことでござりますが」 「それこそ」と宋江は、息ぜわしく「……七日も前か。それを見たのは」 「へい、ひょっとしたら八日前か。でなければ、九日前だったかもしれません。なにせいご布告を知るまでは、生きた心地もございませんでしたで」 「空井戸といったが、深さは」 「それがえらい深い空井戸で、八、九丈もございましょうか」 「水はないな。……いやしかし、もはや柴進《さいしん》どののお命はなかろう。食べ物がないだけでも」 「いえ、だんなさま」と、老吏はこのとき初めて自分の良心を公《おおやけ》にいえるよろこびに慄《ふる》えながら言い出した。「……まだまだ、そこはわかりませぬ。死んでいるとはかぎりませぬ」 「どうして」 「じつはその、多年獄吏をやってきた罪ほろぼしにもなろうかと、獄飯《ごくはん》やら何かの食い余りがあるたび、紙にくるんではそっと空井戸の底へ投げやっておりましたんじゃ。……が、それもお城の落ちた日からはそれどころでなくなり、以後はやっておりませんでしたがの」  するとそのとき、頓狂な声の下に、呉用の後ろから躍り出して、言った者がある。 「宋《そう》司令。なにをグズグズしてるんだ。そんな老いぼれ相手に、首を傾げてばかりいたって始まるもんか。あっしを空井戸の底へやっておくんなせえ」 「や、李逵《りき》か」 「こんどのことの発頭人はこの李逵だ」 「なお、その自責を忘れぬだけは賞讃にあたいする。しかし」 「しかしもくそもねえ。底へ行って見届けるのが一番|早《は》ええじゃありませんか」 「いやその方法だ。どうして八、九丈もある地底へ降りて行けるかの」 「まかしておくんなさい」  李逵はどこかへ飛んで行った。と思うと手下の兵に、大きな竹籠や麻縄《あさなわ》をかつがせて再び林の奥へやって来た。――すでに牢番|藺仁《りんじん》のみちびきで、呉用、宋江、そのほかも空井戸の口をめぐり合い、中を覗《のぞ》いて、その底知れぬ深さに暗澹《あんたん》と顔見合せている態《てい》だった。 「さ。退《ど》いた退いた!」  李逵は意気込んで言ったものである。 「やいやい。そこらの手頃の樹を伐《き》り仆して来い。そして空井戸の上へ三叉《みつまた》を組め。それへ竹籠の麻縄をかけるんだ。……なに、籠をどうするのかッて。べら棒め、飾り物じゃあねえ。俺がその中へはいって井戸の底へ降りて行くんだ。黙って俺のさしず通りにしろい」  いうやいな、李逵は衣服をかなぐり捨て、顔より真っ黒な丸裸となって、はや竹籠の中にうずくまる。――それを見ると、みんなクスクス笑った。黒面猿《くろんぼざる》がチョコンと揺籃《ぶらんこ》に乗ったような恰好に眺められたからである。しかし宋江のみは、彼にしても罪を償《つぐな》わんとする責任感はかくも強く持っているのかと、ちょっと瞼《まぶた》を熱うして。 「妙案妙案。出来《でか》したぞ李逵。――だが百尺の地底からでは声も合図もとどくまい。その辺へ銅鈴《すず》を二ツ三ツ括《くく》り付けてゆけ。銅鈴が鳴ったら上から綱を引き上げてやる」 「合点だ。たのんまッせ」  はやスルスルと綱は下ろされた。そして降りて行けども行けどもまだまだ底へは達して来ない。そのうちにぶらんと途中で止まってしまった。李逵は仰向いて呶鳴ッた。 「やアーいっ。どうしたんだよウっ」  すると、上では、おそろしく遥かな声で。 「一ト休みしてろやアい。綱が足《た》りなくなったから、いま取りにやったんだよウっ。――繋《つな》ぎ足したらまた下げるからなアっ」  やがてやっと、李逵のお尻がどすんといった。――李逵は竹籠を這い出し、そこらの冷やっこい岩肌を撫でまわした。案外ひろい。水|溜《たま》りもある。するうちに、ぐしゃっとした物に触った。人間にちがいなかった。恩人|柴進《さいしん》さまか。大旦那、大旦那と、耳のそばで呼びつづけてみた。  返辞はない。しかし、かすかに呻《うめ》いた感じがする。  しめた。李逵《りき》は夢中になった。吉報吉報。  彼は竹籠の中へもどって銅鈴《すず》を鳴らした。スルスルスルスル。えいや、えいや。上へあがるやいな彼はあたりへ向って黒裸《こくら》の両手を宙《ちゅう》へ振ッて報告した。 「柴大人《さいたいじん》は生きてるぞ。まだ少しばかり体が温《あった》かい!」 「では、いたのか。やれ、天はまことの人を殺しはしなかった」と、宋江以下、どよめきを明るくして「――ならば李逵、ご苦労だがもう一度降りてくれ。そしてこんどは柴進どののお体だけ竹籠に入れ、きさまは後から上がって来い」 「ようがすとも。造作はねえ」  勇躍、彼はふたたび井戸の底の人になった。そしていわれたとおり、柴進《さいしん》のからだをそっと竹籠の内へ抱え入れて、銅鈴を振鳴らす。鈴は、りりりん……と暗黒の地底を残して微かな光明の一点へさしてセリ上がって行く。それを仰ぎながら李逵は心から快哉《かいさい》を叫んだ。――ああこれで俺の過失も柴《さい》の大旦那の一命だけは拾って幾分かはまず償《つぐな》い得た、と。  一方、空井戸の上ではその騒ぎも歓びもただならなかった。  竹籠の引上げられる前に、宋江は人を走らせて、医師をここへ呼び迎え、すぐ柴進の体を診《み》させた。 「……この脈搏《みゃく》なら」  と、医者は言った。一同いささかほっとする。  五体は傷だらけだが、致命的な深傷《ふかで》はまずないという。まなこは一度開いたが、またすぐ瞼《まぶた》を閉じてしまった。もとより気息もあるやなし。――打ち囲んで案じる人々の顔は、医師の一挙一動、また芥子粒《けしつぶ》ほどな銀丹《ぎんたん》[#1段階小さな文字](神薬)[#小さな文字終わり]をその歯の間にふくませて、うまく喉《のど》へ落ちるかどうか。それさえ固唾《かたず》を呑む思いで、時たつのも忘れていた。  いや忘れたのはそれだけではない。まだ井戸の底に残っている李逵のことまですっかり紛《まぎ》れ果てていた。気がついた宋江が、 「そうそう、鈴も竹籠と一しょに上がってしまっている。さだめし李逵が喚《わめ》いているにちがいないぞ。早く上げてやれ」  と手下どもへ注意したので、急に、ああそうだったと、笑いどよめいたことだった。そこでさっそく次の段取りにかかったが、ほどなく空井戸の口から飛び出して、ここへ立つが早いか、かんかんになって怒ったのはその李逵である。半刻《はんとき》[#1段階小さな文字](一時間)[#小さな文字終わり]の余も井戸の底から上へ呶鳴りつづけていたらしく、精も根《こん》も切らして泣きベソを掻いていた焦躁《しょうそう》が声の嗄《か》れにも分って憐《あわ》れにもまたおかしかった。 「やいっ、何がおかしいンだ。ふざけやがってよ。俺を忘れるッて法があるか。俺だって命は可愛いいんだぞ。ひでえや。宋先生も呉用軍師もここにいながら」 「まあまあ李逵、そう怒るな。おまえは人いちばい達者だから、つい安心されるのだ」 「どうせそうでしょうよ。柴《さい》大人のお命が黄金なら、俺なんざ、屑鉄《くずがね》だ。虫ケラ一匹とも見られていないにちげえねえ」 「ひがむな、黒旋風《こくせんぷう》の名が泣くぞ」 「もう井戸の底で、さんざッ腹《ぱら》泣いちまッたい」 「わはははは。いや勘弁しろ勘弁しろ」  この日、柴進《さいしん》の療養に万全をつくす一方、城内の倉庫から山の如き財宝を取出させた。すべてこれは先に官へ没取された柴進と柴皇城家《さいこうじょうけ》の物である。それを奪《と》り返し、また併《あわ》せて武具馬具などの分捕《ぶんど》り品を二十余|輛《りょう》の車馬に積ませて、 「李逵《りき》、雷横《らいおう》、戴宗《たいそう》、公孫勝、そして新入りの湯隆《とうりゅう》の五名は、ひとまずこれを送って梁山泊《りょうざんぱく》へ帰れ」  と、あくる日、先発させた。  そのうえで、宋江と呉用とは、高唐《こうとう》州城の処理を終った。窮民には穀や物を施《ほどこ》し、旧|高廉《こうれん》の部下で、悪評の高い二、三を捕えて町中で斬《ざん》に処し、また囚《とら》われていた柴家《さいけ》の眷族《けんぞく》や、病人の柴進は、これを車仕立ての内にいたわり乗せて、やがて全軍をそろえ、凱歌をのこして、山東梁山泊の大寨《たいさい》へ、意気揚々ひきあげて行ったのだった。  泊《はく》の山上一帯は、これを迎えるに、どよめき立って、歓呼をあげ、さらに当夜、また、翌日へかけての、慰労の宴など、お祭り気分に染まったのもまたいうまでもない。  柴進のからだも日ごとに元の健康に復し、総統の晁蓋《ちょうがい》以下は、あらためて、彼にこの累難《るいなん》をかけた罪をふかく謝した。しかし、こうなったのもまた天意によるかと、柴進はあえて咎《とが》めず、かえって一同の義気を謝し、一同に請《こ》われるがまま、大寨《たいさい》の見晴らしのいい所へ建てられた一邸にそれからは住むこととなった。げにも浮雲《ふうん》の人生、人事|測《はか》り知れないものがある。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 禁軍の秘密兵団、連環馬陣《れんかんばじん》となること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここは開封《かいほう》東京《とうけい》の首都、汴城《べんじょう》の九重《ここのえ》。  かつての殿帥府《でんすいふ》ノ大尉《だいい》[#1段階小さな文字](近衛ノ大将)[#小さな文字終わり]高俅《こうきゅう》は、さらに人臣の位階を極めていまでは大宋国《たいそうこく》総理の地位にあった。――もとはこれ市井の間漢《かんかん》、一介の鞠使《まりつか》い高俅《こうきゅう》の出世したものである。人事《じんじ》測《はか》り難《がた》い一証はここにもあった。  景陽宮の深殿《しんでん》は、ここ燿《かがや》く祗候《しこう》ノ間《ま》だった。出御《しゅつぎょ》の金鈴《きんれい》がつたわると、ほどなく声蹕《せいひつ》の鞭《むち》を告げること三たび、珠簾《しゅれん》サラサラと捲き上がって、 「高俅。何事の急奏《きゅうそう》なるか」  と、そこの玉座から微妙道君《みみょうどうくん》風流皇帝、宋朝八代の天子|徽宗《きそう》のまろいお声であった。 「はっ。……」と高俅は伏して。「一《いっ》ときたりと打ち捨ておかれぬ大事ではありますが、叡慮《えいりょ》を騒がし奉るだん、なんとも恐懼《きょうく》にたえませぬ」 「まあ、申してみい。またも禁軍の輩《やから》の私喧嘩《わたくしげんか》か」 「さにはあらで、天下の乱兆《らんちょう》にござりまする」 「乱兆? それは容易ならん沙汰じゃないか」 「かいつまんで申し上げまする。昨暁来、高唐州及び東昌、寇州《こうしゅう》の地方より頻々《ひんぴん》たる早馬や落去《らっきょ》の地方吏が門を打ち叩き、梁山泊の賊徒のために、州城は蹂躪《じゅうりん》され、国財もことごとく奪われ、あまつさえ州の奉行|高廉《こうれん》は虐殺《ぎゃくさつ》されたとの報《し》らせにござりまして」 「なに高廉。高廉といえば、たしかそちには、いとこにあたる者ではないか」 「さようにござりまする。――が、縁者の一個《ひとり》が殉職《じゅんしょく》などは取るに足りません。憂うるところは、これが天下に及ぼす騒乱の緒《ちょ》をなしては一大事と存ずるのです。すでにその水泊の賊徒は、先には済州で官軍に手抗《てむか》い、江州|無為軍《むいぐん》でも大騒擾《だいそうじょう》をおこし、以後いよいよ、賊寨《ぞくさい》を強大にしておるもの。いまにして平《たいら》げずば、国の大患《たいかん》となりましょう。伏して、ここに聖断を仰ぎ奉る次第にございまする」  徽宗《きそう》皇帝は、びっくりしたようなお顔だった。――今も今とて、宮中の宣和画院《せんながいん》で、当代の帝室技芸員格の画家を集めて、天子ご自身も絵絹を展《の》べ、美しい侍嬪《じひん》に絵の具を溶《と》かせ、それらの中でご自慢の絵筆に羞魂《がこん》をうちこんでいたところなのである。――このたのしい平和に盈《み》ちた地上のどこにそんなあぶないことが起っているのかと、むしろ不審にたえぬらしい、おん目をしばだた[#「しばだた」に傍点]かせているのだった。 「たいへんだね、それは」 「まことに容易ならん異変にござりまする」 「高俅《こうきゅう》、どうしたらいい。思うところをいってみい」 「良き将軍に、勅をお降し賜わって」 「良き将軍には、誰がよいのかね」 「目下、汝寧《じょねい》におる呼延灼《こえんしゃく》に如《し》く者はございません。――彼は河東《かとう》における開国ごろの名将|呼延賛《こえんさん》の末裔《まつえい》で、兵略に通じ、よく二本の赤銅《あかがね》の鞭《むち》をつかい、宇内《うだい》の地理にもあかるく、梁山泊征討の任には、打ってつけな武人かとおもわれます」 「ではすぐ枢密院《すうみついん》へ、朕《ちん》の旨を申し、汝寧《じょねい》からその者を呼びよせい」  汝寧の地はかなり遠い。なれど俄《にわか》な勅を拝した呼延灼《こえんしゃく》は、ただちに任地から馳《は》せ上り、着いた日、まず、高《こう》総理の衛門府《えもんふ》に駒をつないだ。 「ようぞ早くに」  と、高俅はみずから迎え、このたびの大役と聖旨《せいし》をつたえ、 「足下は、人も知る開国の功臣たる将軍の玄孫だ。再び、朝野《ちょうや》に名をあげ給え」  と、その夜は公邸で歓待し、翌日、伴って徽宗《きそう》皇帝に拝謁の儀をとらせた。  呼延灼《こえんしゃく》をごらんあって、徽宗もたいそう頼もしがられた。風貌、物ごし、音声《おんじょう》、まさに万夫不当《ばんぷふとう》の骨柄《こつがら》である。「よき手柄せよ、勝利のあかつきには、さらに重賞せん」と仰せあって、とりあえず彼への門出祝《はなむけ》に、 [#1字下げ]踢雪烏騅《てきせつうすい》  と号する秘蔵の名馬を下賜された。  烏騅《うすい》とは、総身、まるで烏の濡れ羽色していたからで、蹄《ひづめ》だけが白かった。馬卒はこれを“雪踢《ゆきけ》り烏騅《うすい》”ともいっていた。 「総理。あなたのご推挙を感謝します。まことに今日は面目をほどこしました」 「なんの。貴公の面目はこれからでなくてはならん。ところで呼延氏《こえんうじ》、さっそくご発足だろうが、準備として、何か求められるものはないか」 「大いにあります。聞説《きくならく》、敵の梁山泊も昨今では一大強国ほどな兵備もあるよし。討つにはまず士気の上におく大将、次に装備で」 「その将たる器《うつわ》の者のお心当りは」 「目下、陳州《ちんしゅう》練兵場で指揮官をしておる韓滔《かんとう》。これは百勝将軍とよばれていますが」 「ほかに」 「もうひとり、あだ名を天目《てんもく》将軍とよばれ、今、潁州《えいしゅう》の練兵指揮をやっている彭玘《ほうき》。この二人を左右の腕にもてば、たとえ水泊の草寇《こぬすびと》など何万おろうと、不日、きれいにかたづけてごらんにいれる」  朝《ちょう》を退出してきた晩の総理邸での話だった。高俅《こうきゅう》と彼とはあくる日、禁軍の練兵場で閲兵《えっぺい》をすまし、その足で枢密院へ行き、すぐ軍機の相談となったあとで、 「――陳州の韓滔《かんとう》、潁州《えいしゅう》の彭玘《ほうき》、その二軍人へ、ただちに召致《しょうち》の内命を発していただきたい」  と申し入れた。そしてこの両名もやがてまもなく着京した。あとは兵数|如何《いかん》。また装備如何。それを余《あま》しているのみだった。  兵員は呼延灼《こえんしゃく》として、騎兵三千、歩兵八千、輜重《しちょう》工兵二千五百、伝令及び物見組約五百。すべてで一万四千人を要求した。 「よろしい。むしろ少数に過ぎはせんか」  と、高俅はちっとも驚かない。だが一驚を喫したのは装備の方の請求だった。  よろい三千領、かぶと五千箇、かたな、長槍三千余本、鉾《ほこ》、なぎなた五千|丁《ちょう》、弓、楯《たて》などは数知れずだ。このほか火砲、石砲、戦車。さらに禁軍武器庫に眠っていた大量な“網鎖《あみぐさり》の馬鎧《うまよろい》”までぞッくり装備に積んで行った。  そしてこの呼延灼、韓滔《かんとう》、彭玘《ほうき》の三大将軍がひきいる三軍、あわせて一万四千の豼貅《ひきゅう》[#1段階小さな文字](猛兵)[#小さな文字終わり]がいよいよ都門をたつ日の旺《さかん》な光景といったら形容のしようもない。凌雲閣上《りょううんかくじょう》、天子もみそなわし、衛府《えふ》以下八省の官人、満都の群集も堵《と》をなして、花を投げたり爆竹を鳴らしたりした。あわれむべし、ここの庶民は、梁山泊が庶民の味方とは何も知っていない。ただ聞くがまま残忍無比、鬼畜同様な乱賊とのみ聞いている。  このあいだに、初春《はる》をまたいで、野は残雪まだらに、若草の浅みどりを呈していた。大陸の霞《かすみ》は渺《びょう》として果てなく、空ゆく飛鴻《ひこう》はこれを知らなくても、何で梁山泊の油断なき耳目《じもく》がこの情報をつかまずにいようやである。 「……ま、ご意見もいろいろ出たが、こんどは一州一県の田舎城《いなかじろ》を揉《も》みつぶすのとは、ちとわけが違う。熟慮を要そう。慎重が要《い》る」  今日もここでは評議だった。大寨《たいさい》の聚議庁《ほんまる》である。晁蓋《ちょうがい》、呉用、宋江――おもなる領袖《りょうしゅう》と山将のほとんどが顔をそろえている。 「軍師。さっきから再三ここで、軍師軍師と声をかけてるのに耳をすっぽかしておいでなさる」 「李逵《りき》か。なんだ」 「禁門軍の一万や二万がなんですえ。あっしを先鋒《せんぽう》にやっておくんなさい」 「気のどくだが、きさまの二丁|鉞斧《まさかり》ぐらいではの」 「歯が立たねえッていうんですか」 「こんどの歩騎《ほき》総指揮官は、河東の名将、呼延賛《こえんさん》の玄孫|灼《しゃく》だ。左右両翼の将軍も名だたる人物。うかとはかかれん。宋《そう》先生には、まだご発言もないが」 「いうほどな名智も出ません。しかし待つよりは、野戦に出る。そして野戦は正しく相手の力を見せましょう。一応、そう考えられるが」 「同感です。ならばこの戦法と配列ではどうでしょう」  呉用がさいごの案を出した。  それによれば、まず霹靂火《へきれきか》の秦明《しんめい》の隊を先鋒に出す。つづいて豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》、小李広《しょうりこう》の花栄、一丈青の扈三娘《こさんじょう》、病尉遅《びょううっち》の孫立《そんりゅう》――などを二番三番と順次に置く。  これが、車輪となって、入れかわり立ちかわり、敵陣の先頭を打つ。  みだれに乗じ。  右翼五将の五隊。  左翼五将の五隊。  つまり十隊二陣が鶴翼《かくよく》となって敵をつつむ。そしてまたべつの二隊は舟軍として水路を行き、敵の想像もなしえぬ地点から上陸して虚《きょ》をさらに衝《つ》くという兵略だった。  大寨《たいさい》の泊兵《はくへい》はただちにこの兵図式のもとに泊を離れて遠く平野に出て行った。見れば、かくあらんと、敵は察知していたかのようである。柵《さく》を打ち、木戸を設け、地雷を伏せ、堅陣厚く、 「来たか」  と、剣戟《けんげき》の白いさざ波立てて、一瞬は揺《ゆ》らいだが、びくともしたさまではない。  対陣半日。はやくも気みじかな秦明は、馬を躍らせて、敵前へ立ち、 「ここらは生きた人間のいる所。なまぬるい都の風は吹いておらんぞ。何しに来たか、貢税《みつぎ》肥りの盗《ぬす》ッ人《と》めら」 「やあ、賊の一匹か」  と、官軍三大将のひとり韓滔《かんとう》は、その怒りを白馬に乗せ、くろがねの鎧《よろい》、朱纓《しゅぶさ》の馬かざり、手に長槍をかまえて、 「うごくな、賊」  と突ッかけて来た。  将と将との一騎討は、賭《か》け物《もの》である。賭けにはそれ以外な者の手出しはゆるされない。兵はその間、かたずをのんで勝負ノ場をただ見まもっているだけなのだ。声援として折々には両軍どッち側からも、わあああ、という喊声《かんせい》だけは颷風《つむじ》のように巻きあがる。  勝負は果てしなく見えた。  いや韓滔《かんとう》には、百勝将軍のあだ名もあるくせに、どうもそろそろあぶなく見える。りんりたる汗が額《ひたい》から眼にながれている容子《ようす》など、こころもとない。 「韓滔《かんとう》、さがれ。その相手、おれがもらった」  代って出たのは、主将|呼延灼《こえんしゃく》だ。  白蹄烏毛《びゃくていうもう》の名馬、“烏騅《うすい》”が泊軍の目をひいたこというまでもない。  二番手にいた林冲《りんちゅう》はそれを見るなり惚れ惚れした。「あの馬を人手には」と思ったのだろう。彼が得意とする丈八の蛇矛《だぼう》が馬首ひくめて進んで行ったかと見るまに、 「秦明《しんめい》、すこし休め」  と、灼《しゃく》の前にたちふさがった。 「おおっ、むかし禁軍にいた豹子頭《ひょうしとう》か。あわれや、泥棒仲間へ落ちたおちぶれ者」 「なにを、廟堂《びょうどう》の冷や飯食いめ」  発矢《はっし》。  空《くう》を切った閃光《せんこう》に何かが鳴った。  しなやかなこと、鯨《くじら》のヒゲの如き薄銅《うすがね》の長い二本の鞭《むち》だった。鞭には西域模様《せいいきもよう》の金銀|象嵌《ぞうがん》がちらしてある。  これを使う妙技は天下|呼延灼《こえんしゃく》あるのみなので、不思議な武器と相手に立つものはみな初手《しょて》に大いに惑う。また防ぎようも見いだせない。――ひゅっと鳴って伸びるとおもえばスッと引く。あるいは輪をなし、あるいは波を描く。――林冲《りんちゅう》もいくたびとなく蛇矛《だぼう》をからめ取られんとした。しかし、灼《しゃく》にすれば、敵の蛇矛も息つくひまもないものだった。相互、炎の息となっている。  ところへ、第三の控え、花栄《かえい》が陣をくり出して来た。そして林冲に代ったのである。林冲は一ト息つく。それをしおに、呼延灼もまた、 「おととい来い」  と、林冲をうしろに、自己の中軍へ消えこんでしまった。無視された花栄は癪《しゃく》にさわって、「……卑怯」と、呼延灼の姿を敵の中軍近くまで追っかけて行ったがもう見えない。寄りたかって来るのは、打っても張合いのない雑兵ばかりだ。 「木っ葉どもめ、花栄さまのお通りだ、そこ退《の》け、そこ退け」  蹴ちらしつつ自陣へもどって来る途中だった。はしなくも燦然《さんぜん》たる一将を見かけた。天目将軍《てんもくしょうぐん》の彭玘《ほうき》にちがいない。三尖刀《さんせんとう》と称して四ツの孔《あな》に八つの環《かん》がさがっている大刀に血のしたたりをみせ、千里駿足の黄花馬《しろかげ》をせかせながら、 「ざまを見さらせ!」  と、逃げなだれた泊兵《はくへい》の勢《ぜい》を後目《しりめ》に自陣の方へ帰りかけるところだった。――それを見ると、休んでいた林冲がまた馬を躍らせて来て。 「待った。彭玘《ほうき》」 「や、うぬは」 「林冲」 「げッ、あの豹子頭か。高俅《こうきゅう》大臣ににらまれて、滄州《そうしゅう》へ流され、終身刑で刑地にいるはずの、あの林冲かよ」 「悪大臣の番犬めら。驚いたか」 「しゃッ、この日蔭者」 「日蔭者、痩せてはおらんぞ」 「高総理へよい土産《みやげ》だ。かッ、そのそっ首を」 「しゃらくさい」  ふたりは花栄《かえい》を入れなかった。馬と馬をめぐらし合い、閃々《せんせん》の光芒《こうぼう》をまじえ合った。  あたりの残雪は黒い飛沫《しぶき》となって、ふたりのよろい、かぶと、またその面までを胡麻《ごま》のようにした。  火を降らすこと二十合、また三十合、いずれが劣るとも見えない。そこへあだかも騎乗した飛天女《ひてんにょ》のような戦袍《せんぽう》[#ルビの「せんぽう」は底本では「せんぼう」]の裳《もすそ》、袂《たもと》をひるがえして、さっと割って入って来た女戦士がある。 「オ、一丈青か、あぶない、あぶない」 「いえ、林《りん》将軍。おさがりください。私の二刀がひきうけます」 「さまでいうなら」  と、林冲《りんちゅう》も花栄もパッと馬を一ト退《さ》げ退げて、 「久しぶりだ。扈三娘《こさんじょう》の双刀《そうとう》のさばきをここで見物しようか」  と、敵をゆずった。  たかが女とみていた彭玘《ほうき》は案外な思いにあせりを現してきた。しかもである。いつのまにやら勝負ノ場にはぐるりと泊兵ばかりが遠巻きにしていた。第五番手の病尉遅《びょううっち》もすでに手具《てぐ》すね引いてこれへ来ていたのだ。「これはまずい!」と、ややうろたえ気味な彭玘《ほうき》のからだが隙を作った。間髪を入れず、一丈青の一剣が飛んだ。それはサッと彭玘の交わすところとなったが、つづいて虹のごとき紅錦《こうきん》の輪索《わなわ》が彼女の手を離れた。錦の蛇が彭玘の首にからむかと見えたのである。せつな、病尉遅《びょううっち》の孫立《そんりゅう》が、 「それっ!」  と、手下の兵へ言った。その声と、どうっと、馬からころげ落ちた彭玘《ほうき》の地ひびきとは、ほとんど、秒の差もなかった。 「捕《と》った。さいさきは吉《よ》いぞ。官軍の一将彭玘はいけどったぞっ」  ここでは万雷のような勝鬨《かちどき》が上がった。とりことした彭玘は、ただちに泊兵の手で後陣へ遠く送りこまれる。  ただし、勝ち色に色めいたのは、全く、ここではのことだった。ほかを見れば味方の影は惨《さん》としてどす黒い。鶴翼《かくよく》も車掛りの陣形もはやあったものではない。支離滅裂だ。官軍の精鋭らしい中軍は、深く泊兵の陣を裂いて割りこみ、あたりに敵なき猛威をふるいぬいている。 「ああ、これはいけない」  林冲も病尉遅《びょううっち》も、おもわず嘆《たん》を発した。 「こっちの中軍にも、宋《そう》先生、呉軍師、そのほか、日頃の手だれ[#「だれ」に傍点]もたくさんいるのに、まるで手込めにされているさまだ」 「どうしたことだ。この崩れは」  すると、先にとりこの彭玘《ほうき》を送って行った一丈青が、馬をとばして引っ返して来た。そしていうには。 「全軍、あとへ帰って中軍をかためてください。こう分散していれば、個々みなごろしになるおそれがあります。呉軍師の急命令です」 「軍師もやき[#「やき」に傍点]が廻ったのか。いまさらここで陣替《じんが》えとは」 「でも、まったく思いもよらぬ奇計が敵にあってはぜひもありません。敵の騎兵隊です。敵には特殊な騎兵隊“連環馬軍《れんかんばぐん》”というのがあって、その三千騎が一せいに馳け入って来たのです」 「なに、なに。連環馬軍《れんかんばぐん》?」 「さしも泊中《はくちゅう》での豪傑たちさえ、それには当りうる者がありません。雷横《らいおう》、石秀、孫新、黄信《こうしん》、いずれも傷《て》を負い、蹴ちらされた兵といったら数えきれず、あの黒旋風の李逵《りき》までが」 「李逵までが」 「血まみれとなって、後陣へかつがれて行きました。ここの兵は少数、あなた方も、ひきあげねばあぶないと、呉軍師のご心配です」 「さても口惜しい。連環馬軍とはいったい何だ。まさか鬼神の騎兵隊でもあるまいに」  ともあれと、ここの者もいそいで中軍の陣地へ馳け争ッて行った。だが、中軍のいた地、すでに中軍の陣地でない。  見えるかぎりのものは、残雪の泥土と、るいるいたる死屍《しし》だった。破れた旗、いたずらに空《むな》しき矢柄《やがら》、折れた鎗《やり》、すべては泊兵の残骸ではないか。そして味方の影は、さらに遠くへまで退却しているのだ。  しかもこの大打撃を与えた官軍の大蹄団《だいていだん》は、すでに潮《うしお》の如く凱歌と共に自陣へ引いてしまったものとみえる。腥風《せいふう》いたずらに寒く、曠野《こうや》の夕風は青い五日月を無情の空に研《と》ぎすましているのみだ。  わずかに、宋江と呉用とは無事をえていた。しかし、敗陣、寂《せき》として声なしの有様である。林冲《りんちゅう》、秦明《しんめい》、病尉遅《びょううっち》などは、なぐさめる言葉もなく、ただ残念そうに、その前で首を垂れていた。 「軍師、勝敗は兵家の常とか、敵を知れば、また勝目を取る智略も出ようというものじゃございませんか。宋先生も、どうぞお心をとり直しなすって」 「林冲《りんちゅう》。よく言ってくれた。しかしこの敗《やぶ》れは梁山泊《りょうざんぱく》はじめての傷手《いたで》だ。みなにすまん」 「兵略の誤算でしょうか」 「いや、一に連環馬軍の機動力を知らなかったことにある」 「いったいその馬軍というのはどういう性能の騎兵なので?」 「馬自体が鉄甲の戦車だといってよい。三千の騎兵を横列《おうれつ》に敷き、三十頭ずつを一ト組みに、鉄の連環でつなぎ合い、自信満々、二十隊三十隊で押してくる」 「それだけなら何も」 「そうだ、それだけなら驚くに足らん。ところが、討ちとった馬を調べてみたら、馬の一頭一頭、その全身は細かい網鎖《あみぐさり》でつつまれ、すべて蹄《ひづめ》のほかは鎧《よろ》われておる。騎上の兵もまた然《しか》りで、面《おもて》にまで薄金《うすがね》の面頬《めんぼお》という物をかぶり、全身、矢も立たぬ不死身の武装――。どうもそんなぜいたくな武装は、禁軍ならでは三千もの武者にほどこし難い。それに比べれば、わが泊兵のいでたちなどは、素裸でたたかっているのも同然だ。たたかえばたたかうほど、連環馬軍《れんかんばぐん》は功を誇り、味方はかばねを積むばかり……」 「へえ……」と、初めて知った敵の装備に舌を巻いて「それじゃあまるで鉄仮面《てっかめん》をかぶっている動物と素手で取ッ組んでいるようなもの。何かいい作戦はございませんかな」 「ない。まったくない」  ぽつんと、言ったのは呉用である。呉用の口からこれを聞いては、もうお仕舞いかと、林冲《りんちゅう》、秦明《しんめい》ばかりでなく、幕舎のとばりに影を投げている者、みなただ腕をこまぬいて、黙然たるばかりであった。そのとき、 「おう」  と、ふと思い出したように、 「一丈青。とりこの彭玘《ほうき》はどこへおいた?」  と、宋江がうしろを見てたずねた。 「彭玘の身でございますか。それなら彼の疎林《そりん》のうちに、きびしく番をつけて、どう暴れても、逃げることはないようにしておきました」 「そこへ案内してくれんか」 「斬るのですか」 「いいや」と、宋江は怪しむ人々の目へ言って、また呉用にむかい。「軍師、あのとりこの処置は、宋江におまかせ下さるまいか」 「おう、どうなと」 「一存でちと試みてみたいことがあります。では一丈青、彭玘のおるそこの疎林へ、みちびきを頼む」  と、彼は女戦士|扈三娘《こさんじょう》を先に、ひとり幕舎を出ていった。およそ捕虜《とりこ》を見るなら、兵に命じて、曳《ひ》かせて来るべきが作法である。人々はみな宋江の意に不審をいだいた。血迷われたナと、その後ろ姿へ、ひそかな眼をやった者もなくはない。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] さらに注《そそ》ぐ王軍の新兵器に、泊兵《はくへい》も野に生色《せいしょく》を失う事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  彭玘《ほうき》はおどろいた。また疑った。  捕虜の身だ。殺されるものと観念しきっていたのである。――ところが、これへ来た宋江は、彼の縄を解いてやり、しかも礼を低く告げたのであった。 「将軍、さだめし心外でございましょうな。天子の軍をひきいて下りながら、武人として、こんな辱《はずかし》めに会われては」 「ぜひもない。時の運だ。武将にだって、運命はまぬがれ得ん」 「ですが、ご安心なさるがいい。われらはただ殺戮《さつりく》を好むものではありません。またあなたのような有能な士をいたずらに辱めようとも思いませぬ」 「待ってくれ。わしは擒人《とりこ》だぞ。なんでこんな待遇を君はとるのか」 「元々のこの宋江は、世間の凡《ただ》の一民です。無事なれば無事で暮らしていたかったのだが、たまたま、世路の難に会い、しばし水泊《すいはく》に拠《よ》って、その仲間のうちで、種々雑多な人間と知りあうことになりました。……そして彼らの生い立ち彼らの受難を聞けば、みなこれ、根は素朴善良な野性の民にすぎません」 「ちッ。なにが善良なものか。梁山泊《りょうざんぱく》と名のある賊の集まりが」 「いや彼らでなくとも、人たれにも、魔心はあるものです。ただ彼らは賊心を抑える自制に弱く、反骨の方はやたらにありすぎる。そのうえにです。中央から地方末端の官吏にいたるまでの悪政が彼らを闇へ闇へと追いつめていた。――いうなれば、梁山泊という現代の悪の巣は、宋朝《そうちょう》政府の腐敗そのものが拵《こしら》えたといっていい」 「やめてくれ。この彭玘《ほうき》は天子の軍人だ。くそおもしろくもない」 「お聞きづらいでしょう。私とて天子そのひとに恨みもなし、敵対の意があるでもありません。その御方をめぐって天日を晦《くろ》うしている奸臣《かんしん》佞吏《ねいり》、世を蔽《おお》う悪政の魔魅《まみ》どもが敵であるだけです。それさえ打ち払うなれば、いつでも水泊の巣を焚《た》き、頭《こうべ》をさしのべて、世に罪をわびる覚悟でいるのです」 「……ふウむ。ことばは立派だが?」 「信じて下さい。いやどう言ったってこれはお疑いだろう。ですからあなたを梁山泊へ送ることにします。しばらく泊中にいて、そこの男ども、組織、規律を目で見てくだされば自然判断がつくと思う。いつかまた、その上でお目にかかろうではありませんか」  こうして宋江はその夜ただちに彭玘の身柄に兵を付けて、前線から梁山泊へ送り込んでしまったのだった。  これは宋江らしい処分だが、しかし呉用そのほか、当夜の陣営に、髪をそそけ立てていた泊軍の領袖《りょうしゅう》たちの間には、 「勝ってもいないこの敗け軍《いくさ》に、宋先生も、また、手ぬるいことをやってるものさ!」  と、必然な不満や嘲笑があったのは仕方もない。なにしろ、またもや次に敗北でも重ねようものなら、梁山泊の陸の一線はすでに危ないと観《み》るしかない実状なのだ。  早暁。  ここの陣立てはあらたまった。  きのうに懲《こ》りたので今日はいちばい重厚な構えで“五|雲《うん》十|風《ぷう》ノ陣”が組まれた。ひだりは林冲《りんちゅう》、一丈青の隊伍。みぎは花栄と孫立《そんりゅう》。まん中の先鋒隊が秦明《しんめい》である。  また、それを守る衛星軍としては。  随所に二百人ずつ十組の十風隊が、軍師|呉用《ごよう》の指揮一つで変貌自在に敵へあたるという陣形だった。――が、やがてのこと――これほどな堅実さも、ほとんど、木の葉を並べたほどにも値しないことがすぐわかった。  ドドドドッ……遠くで起った地鳴りと共に、味方の頭上には火箭《ひや》、石砲、薬砲の巨弾が、雨となって落ちて来る。――こういう新兵器は朝廷の禁軍ならでは持っていないもので――実際に見舞われたのも初めてなほどだった。泊軍はただなだれを打ち、はや累々《るいるい》の死屍《しし》を出して、 「畜生っ。卑怯だぞ」 「これじゃあ戦《いくさ》にならねえ。官軍め。近寄って来い」  と、呶号し合ったが、しかしこれが官軍の戦である。いかに吠《ほ》えてみたって始まらない。 「ああ、これはいかん」  宋江は、慄然《りつぜん》とした。  さんざんな砲口の吠えが歇《や》んだと思うと、こんどは、精鋭な禁軍の弓箭《きゅうせん》陣が矢の疾風《はやて》を射浴びせてくる。さッとそれが分れると、次にはきのうも見た“連環馬陣《れんかんばじん》”の三千騎が、雲のごとく、不死身をほこる吶喊《とっかん》を起してきて、こなたの為《な》すなき混乱の中を、戦車にも似た猛威で馳け巡り、また蹂躙《じゅうりん》し抜く。  ついにまた、この日も泊軍は、総退却などという程度でない滅茶苦茶な逃げを余儀なくしてしまった。  それもである。――官軍の呼延灼《こえんしゃく》と韓滔《かんとう》の二大将に追いまくられ、あわや宋江や軍師呉用すらが、あぶなく、殲滅《せんめつ》の危機に見舞われかけたほどだったが、 「軍師軍師。宋先生。逃げ退《の》きならこっちだこっちだ!」  と、瀬戸の葦間《あしま》から李逵《りき》と楊林《ようりん》が救いに現われたので、 「おっ、水軍は来ているか」  と、水岸へ目がけて走り、そこに船を並べていた味方の李俊《りしゅん》、張横《ちょうおう》、張順、阮《げん》の兄弟らに助け取られ、いちはやく船へ移るやいな、鴨嘴灘《おうしたん》[#1段階小さな文字](梁山泊の水寨)[#小さな文字終わり]のほうへ向って、からくも逃げのびられたものだった。  ふりかえれば、官軍の連環馬軍《れんかんばぐん》は、なおも水路の岸に沿って、追ッかけ追ッかけ、執拗《しつよう》に乱れ箭《や》を飛ばしてくるし、しかも船に収容された泊兵はいくらでもない。陸地にはまだ右往左往の捨てられたる味方の影が諸所諸方に望まれる。――宋江は惨《さん》として面を蔽《おお》った。これは梁山泊始まっていらいの大惨害、また、大危機ともおもわずにいられなかった。  いつも晴天の日ばかりはない。梁山泊にも泣きッ面《つら》を見る日はある。という戒心《かいしん》を彼らは今やいやというほど、どの顔にも顰《しか》め合っていた。 「なあに! これしきのことに」 「極まり文句だが、勝敗は兵家の常。負けたのは、俺たちの腕じゃねえ。敵にはあって、こっちにはねえ装甲馬《そうこうば》だの火砲のせいだ」 「そうだとも! 馬に鎖《くさり》かたびら[#「かたびら」に傍点]を着せた三千騎の連環馬軍《れんかんばぐん》さえぶち破る策を考えれば――」  と、お互い、なぐさめ合ってはいたものの、泊中をつつむ悲愁の気、宛子《えんし》城の一帯をおおう敗色の深刻さ、それだけは、どうにもならない。  戦野へくり出した六千余の山兵のうち、帰りえた者は三分ノ一にも足らず、あまつさえ、頭目《とうもく》のなかの林冲《りんちゅう》、雷横、李逵《りき》、石秀、黄信《こうしん》らまでが、みな負傷して、かつぎこまれて来るという惨状なのだ。 「傷者《ておい》はみな山へ上げて養生させろ」と、総統の晁蓋《ちょうがい》は、こんなときこそと、おちつきを示して、 「――宋《そう》先生も、おつかれでしょう。こんどはてまえが代って戦闘に当りますから、しばらくは聚議庁《ほんまる》で、お休みになってはどうで?」 「とんでもない。敗軍は私の責任だ」  宋江は応じなかった。――事実またそうしてもいられない。次の日には、すでに水泊の対岸には、官軍の旗がいたる所に見え出し、そして埠頭《ふとう》茶屋の石勇、時遷《じせん》、毋大虫《ぶだいちゅう》おばさんなども、みな敵に追われて逃げ渡ってくる始末。――まさに、ここ梁山泊も、芦荻《ろてき》一|水《すい》をへだてるのみで、ぐるりと、彼方の岸は、官軍の猛威に包囲され終った形とはなってきた。  ここに。――この捷報《しょうほう》は早くも開封《かいほう》東京《とうけい》の汴城《べんじょう》の宮門へ飛脚されたので、天子|徽宗《きそう》は大いによろこばれ、高《こう》総理に聖旨《せいし》をくだして、御感《ぎょかん》の状と、黄封《こうふう》の宮廷酒|十瓶《とかめ》とを、征地の慰問に送らせた。  勅使いたる――  と聞いて、将軍|呼延灼《こえんしゃく》は副将の韓滔《かんとう》をつれ、みずから立って、これを陣門に出迎え、かつ戦果の報告では、 「賊どもの生け捕り五百余人は、不日なお宋江、呉用、晁蓋《ちょうがい》らの賊首を搦《から》め捕《と》ッた上で、あわせて都へ送り、都門大衆の中において、首斬ッてごらんに入ればやと存じております」  と、誇らかに述べた。 「祝着《しゅうちゃく》です」と勅使も、讃嘆《さんたん》を惜しまなかったが――「ところで、三将軍の内、彭玘《ほうき》将軍ひとりがここにお見えでないが?」 「さ。それだけが残念なので、……序戦、功を急いで深入りしたため、惜しいかな、賊に生け捕られ、梁山泊に繋《つな》がれています」 「や、あの天目将軍《てんもくしょうぐん》が」 「いや必ず助け出してお見せする。ただしかし、梁山泊の地勢は、周囲すべて湖《みずうみ》なので、陸づたいには攻めかかれん。……で、ご帰京にさいし、総理府へひとつお願いの儀があるが」 「何ですか。お望みとは」 「禁軍武器庫の副史《ふくし》で、かつ、砲手師範を兼ねている凌振《りょうしん》――一名を轟天雷《ごうてんらい》――ともいう廷臣《ていしん》がおります。これに彼が望むところの兵士と砲をさずけて、急遽、戦地へおつかわし願われますまいか。さすれば、賊巣《ぞくそう》の根絶は、易々《いい》たるものにござりまする」  勅使は、帰京するや、さっそくこれを総理|高俅《こうきゅう》につたえ、高俅は帝のみゆるしのもとに、衛府《えふ》、および禁軍武器庫、それぞれの文官武官に命じて手順をとらせた。  すでに宋朝《そうちょう》末には、火箭《ひや》、石砲のほか、火薬による爆雷術なども発達しつつあったのか。ここに召出されて、即刻、征野へいそいで行った轟天雷《ごうてんらい》凌振《りょうしん》の軍隊をみるに、その装備には驚目される。  砲型は三種あり、その第一が風火砲《ふうかほう》、第二が金輪砲《こんりんほう》、第三が母子砲《ぼしほう》。それの砲架《ほうか》は脚立《きゃたつ》式で、砲身は台座に乗って、どっちへもうごく仕掛けになっている。  そしてこの砲兵隊の半数は、輜重《しちょう》馬車、幌《ほろ》馬車、鉄甲車などだった。戦力、思うべしである。――意気揚々、前線につき、待ちかねていた呼延灼《こえんしゃく》をよろこばせ、その大歓迎のもとに、当夜は陣中で、酒盛りが催された。  あくる日、凌振《りょうしん》の手並は、実証された。――湖畔からつづけさまに、轟然《ごうぜん》、三発の砲口が鳴ったと思うと、二発は水面で水柱をあげたのみだが、一発は鴨嘴灘《おうしたん》をこえて、水寨のやぐらを粉砕した。  それからは、命中率もだんだんに増してゆき、夜に入るや、泊中二、三ヵ所に火災が望まれ、終夜、水も燃ゆる紅《くれない》だった。 「はははは」と、呼延灼《こえんしゃく》は小手をかざして笑った。 「凌砲手《りょうほうしゅ》。さすがだな。賊の巣は、四面が水、いまに逃げ場を失うだろう」 「いや島は広そうだ。いずれ頃合いを見て、押し渡らねば、みなごろしには出来ますまい」 「どれ、いまのうちに、兵糧でも」  言っているところへ、一角の葭《あし》の洲《す》から、物見の兵が「――大変だっ」と、急を告げて来た。暁闇《ぎょうあん》の靄《もや》のうちから、泊兵の水軍が舳艫《じくろ》をならべて、これへ接岸して来る模様だ――と絶叫する。 「待っていた」と、呼延灼《こえんしゃく》は言った。「――どうせ、やぶれかぶれと、打って出て来たにちがいない。こっちは船手不足のところ、渡りに船だ。船を分捕《ぶんど》れ」  水陸入り乱れての接戦は小半日に及び、大軍の壁にはばまれた賊の水軍は、またぞろ、快艇《はやぶね》三ぞう、小舟十七、八そう、大船一隻をそこへ捨て、あと数十そうは、影をみだして、水寨の方へ逃げはじめた。 「今だ!」  と、凌振《りょうしん》は思った。砲手の働きは、味方の掩護《えんご》でしかない。自分にしろ梁山泊《りょうざんぱく》を実地に踏んで賊首の二ツ三ツは都の土産《みやげ》にしなければ軍功になるまいと逸《はや》ッたのである。  彼のこの逸り気を誘《おび》き出しに来た敵の水軍であったとは、如何《いかん》せん、後で分ったことだった。――とも覚《さと》らず、凌振は小舟で追ッかけ、逃げる敵の大船の中へ斬り込んだ。  これを見た呼延灼《こえんしゃく》や韓滔《かんとう》の部下も、 「やあ、凌振にかんじんな戦功を独り占めにさせるな」  と、ばかり、水上へ乗り出し、ぐずぐずしている賊船を包囲して、われがちに乗りこんだ。しかもこの追撃に会うやいな、ぽんぽん、どの船の泊兵もみな蛙みたいに水けむりの下へ消えてしまったから、ほとんどの船上は、たちまち官兵と入れ代わりになり、そして舳艫《じくろ》はそのままなお梁山泊へと進んでいた。  ところが、どうしたことか。 「や、や、や?」 「船底から水が入る」 「船が沈む!」  騒ぎ立ったときはすでにどうにもならなかった。どの船も、どの船もである。いつのまにか、船底の栓《せん》が抜かれ、人間を山と盛ったまま傾き出していたものだった。  たね[#「たね」に傍点]をあかせば、これは呉用軍師の神算鬼謀《しんさんきぼう》で、初めからこの一戦で勝つ気はなく、過日らい、さんざんな砲撃に悩まされた結果、 「――砲手の凌振《りょうしん》一名をさえ失えば、敵の砲陣は空《くう》にひとしい。凌振を湖上におびき出して生け捕れ」  と、李俊《りしゅん》、張順、張横《ちょうおう》などの、揚子江《ようすこう》生れの水馴れた者を選んで、この策をさずけ、一挙に出てきたものだった。  すなわち、船を捨てて飛びこんだ水中の影のうちには、水を潜《くぐ》ること河童《かっぱ》のごとき阮《げん》ノ三兄弟もいたのである。船底へくぐって栓《せん》を抜いたのももちろんこの者ども。そのため、溺れ去る官兵はかず知れずだが、そんな者には目もくれはしない。かねて目ざしていた凌振が、覆《くつがえ》ッた船から泳ぎ出したのを見るが早いか、 「おッと。この人、この人」  とばかり、阮《げん》小五、阮小七、阮小二また張順、張横らまで寄ッてたかって、水中の珠奪《たまど》り争いみたいに、凌振の体を手捕り足捕り捉《つか》まえてしまい、そしてやがてのこと、水寨の岸で水を吐かせると、すぐ山のうえへと、わっしょ、わっしょ、かつぎ上げて行ったのだった。  一時、したたかに水を呑んで、昏々《こんこん》の状におちていた凌振だったが、はっと気づくと、ここは宛子《えんし》城中の一閣、賊寨の聚議庁《ほんまる》、たしかに、虜囚《とらわれ》となった自分に相違ない。 「しまった!」  一方の扉を蹴って、外へ躍り出ようとすると、 「轟天雷《ごうてんらい》、どこへ」  と、目の前に立っていう者がある。 「やっ、君は」 「彭玘《ほうき》だ。まあ慌《あわ》て給うな」 「かねて君も賊の捕虜になっていたとは知っていたが」 「それでだ、話がある。――じつは統領の晁蓋《ちょうがい》、宋江《そうこう》、そのほかのお頼みで、君を説いてくれとのこと。――どうだ轟天雷、君もここの仲間にならんか」 「ば、ばかな。……では何だな、君は潁州《えいしゅう》練兵指揮官という光栄ある官職もわすれ、いまでは賊徒に加盟してしまったのか」 「うむ。われながら、こうなろうとは思いきや――だ。しかし、おれは梁山泊をこの目で見て、その一員になったことを悔いていない。晁蓋は重厚な義人だ。宋江は世が世なればすずやかな賢人だ。そのほか、ここの人間は、義にあつく、仁を知って、お互いに情けを尊び、よく飼い、よくこれを養えば、決して悪鬼|外道《げどう》の類《たぐい》ではない。外道《げどう》はむしろ、王府の都に、充満している」 「どうも変ったことをいうな。それがかつての、彭玘《ほうき》将軍だろうか」 「ともかく、座に着き給え、篤《とく》と話そう」  彭玘は、心から言った。さきに自分が宋江から説かれた通りを、今は凌振にむかって説得していた。――その熱意に、凌振も折れて、ついに同意を誓うに至った。――やがて両者は姿を揃えて、晁蓋、呉用、宋江らの並び居る所へ来て、 「今日よりは」と、拝《はい》を執《と》った。そして「――おゆるしがあるなら、お仲間のうちへ加えていただきましょう。しかし、心にかかるのは、都に残してある老母や妻子です。この悩みを慰《い》すべき道がありません」  と、悲しんだ。  宋江は、その手を取って、なぐさめた。 「お案じには及ばぬ。彭玘将軍のご家族も、当所へおつれすることになっている。あなたのご妻子も、併せて、かならず無事なご対面を計りましょう」  それからすぐ、呉用は、 「まずもって、彭玘《ほうき》、轟天雷《ごうてんらい》の二傑を泊中に迎え得ては、時しも非常ながら、一夜の祝宴はあってよかろう」  と、この夜は、わざと大祝宴を張って、近来とみに沈衰《ちんすい》しがちな山寨《さんさい》の士気に一|振《しん》の気を吐かせた。  これで、敗北つづきの悲調の底からも、慨然《がいぜん》として、奮起の色が沸いた。その熱した頃を見て、宋江が言った。 「――砲手|凌振《りょうしん》はもうわれらの友だし、敵の陣で、なお怖るべきものは、連環馬軍《れんかんばぐん》があるのみだ。たれかあの鎖鎧《くさりよろい》で不死身にくるまれた馬とその騎兵隊を破る策は持たないか。あれば、いかなる者の言でも、謹んでその意見を聞きたいが」  しばし声はなかった。すると一党中でも、もっとも端の方にいた先ごろ新入りの湯隆《とうりゅう》が、 「あります! ありますっ」  と、突拍子もない大声で満座一同をおどろかせた。 「おお」と宋江は目をやって「――そう申すのは、李逵《りき》の手引きで先頃入った武岡鎮《ぶこうちん》の鍛冶屋|銭豹子《せんびょうし》の湯隆《とうりゅう》じゃないか」 「へい、その湯隆で」 「あるとは、どういういい智恵があるのか、こっちへ進み出て、一同の方々へ話してくれ」 「では、ごめんなすって。……どうもこう口|幅《はば》ッたいことを申すようですが、あの連環馬軍《れんかんばぐん》ってやつは、どうでも、ある一つの武器と、てまえには従兄弟《いとこ》にあたるその人とを使わぬことには、破れッこはありません」 「ふム。そんな特殊な武器があるのか」 「あっしの親父|祖父《じい》も、家代々の打物《うちもの》造り、甲《よろい》、兜《かぶと》に限らず、その道では名工といわれた人。……わけて祖父《じい》は、延安府《えんあんふ》の経略使《けいりゃくし》、种《ちゅう》閣下にはかくべつご贔屓《ひいき》にされ、どうして外敵が使っている連環《れんかん》の甲馬《よろいうま》をやッつけ得るかッてえなご相談にもあずかって、その結果、苦心工夫のあげく、“鉤付《かぎつ》キ鎌鎗《かまやり》”という打物を祖父《じい》が発明いたしましたんで」 「ほ、それはどんな?」 「絵図では伝わっておりますか、実物はどこにもありません。それにまた、そいつを使いこなす段になると、天下唯一人、てまえの従兄弟《いとこ》しかないんでして」  そのことばの真ッただ中を、横からばっと薙《な》ぎ取って。――林冲《りんちゅう》が、突如、言った。 「湯隆《とうりゅう》。……その天下一人の人とは、近衛の金鎗組《きんそうぐみ》師範、徐寧《じょねい》のことじゃないのか」 「えっ、ご存知なので」 「知らないでか。拙者も元は禁軍の一人だ。都にいた頃は、よく武を談じ、技《わざ》を競べあったこともあり、たがいに畏敬《いけい》していた友人だったが、さあ……あの正真正銘の鉤鎌《かぎかま》ノ鎗の一人者を、どうしてここへ迎えうるかだ。そいつがちと、むずかしいて」 「いえ、よんどのことなら、ひとつここで無理な手をつかえば」 「……どんな手を?」と、ここで宋江がまた訊くと、湯隆がここでいうには。 「徐寧《じょねい》の家には、世に二つとない先祖伝来の宝があります。てまえも亡くなった父と東京《とうけい》見物に参ったさい、徐寧の家で見せて貰った薄ら覚えが残っていますが……なんでもそれは“鎗《ヤリ》貫《トオ》サズノ鎖小札《クサリコザネ》ノ鎧《ヨロイ》”……とかいう物で、朱革《しゅがわ》ノ鎧櫃《よろいびつ》に入れ、いつも大事に、二階の天井裏に吊ッてある。つまり徐寧にとっちゃア命から二番目の宝。――どうでしょう。そいつを一つ巧くこっちの手に奪《と》り上げて口説いてみたら」 「むむ! 一案だな」  呉用が大きく頷《うなず》いた突嗟《とっさ》である。またも末座から剽軽《ひょうきん》な声で、「――ほいッ、御用とございますなら、あっしを忘れちゃいけませんぜ」と人を分けて、こう名のり出て来た者がある。  鼓上蚤《こじょうそう》の時遷《じせん》だった。 「おう誰かと思えば、梁上《りょうじょう》ノ君子《くんし》[#1段階小さな文字](泥棒の意味)[#小さな文字終わり]か。なるほど、時遷ならお手の物だろう」 「はばかりながら――」と、時遷は鼻うごめかして。「忍びにかけてなら!」 「よしっ、きさま、ひきうけろ」 「のみ込みました。ところで軍師。ほかのお手筈《てはず》は」 「いまそれぞれに役割を付けて申し渡す。――楊林《ようりん》、薛永《せつえい》、李雲《りうん》、楽和《がくわ》、それと湯隆《とうりゅう》。そしてもう一名|戴宗《たいそう》も。――ずっと揃ってここへ列《なら》んでくれい」  呉用がたちどころに授けた一計とはそもどんな策か。一人一役、各〻の能《のう》に応じて割り振られ、ここに“宝盗み”の手だてと“徐寧《じょねい》抱き込み”の段どりはでき上がった。そして「物置のガラクタでも月日のうちには陽《ひ》の目を見る」の譬《たと》えで、まずは先陣の蚤《のみ》の時遷《じせん》、日頃にも似ず張りきって、一ト足さきに山をおり、開封《かいほう》東京《とうけい》の空をさして立って行った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 屋根裏に躍る“牧渓猿《もっけいざる》”と、狩場野《かりばの》で色を失う徐寧《じょねい》のこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  汴城《べんじょう》城下、花の都。冬ながら宋朝文化|爛漫《らんまん》な千|街《がい》万戸《ばんこ》は、人の騒音と賑わいで、彩霞《さいか》、煙るばかりであった。禁裡《きんり》の森やら凌烱閣《りょうけいかく》の瑠璃瓦《るりがわら》は、八省四十八街のその遠方此方《おちこち》にのぞまれる。――で、この巷《ちまた》での一人の旅人|時遷《じせん》のごときは、一匹の蚤《のみ》とも人目には映るまい。  ――その日、旅籠《はたご》を出た時遷は、城内の官庁街をうろついていたが、やがて太衛府《だいえふ》の横をぐるっと歩いて来て、 「もしもし、禁門の金鎗組《きんそうぐみ》ってな、どこを入って行ったらいいんです?」  と、往来で会った書記風の男にきいていた。 「組ではあるまい」と、書類を抱え直しながらその男は――「組の大きいのを班《はん》という。金鎗班《きんそうはん》なら彼方の一|郭《かく》で、禁軍|鎗隊《そうたい》の軍人ばかり住んでるところだ」 「その金鎗班のご師範、徐寧《じょねい》さんのおやしきもそん中ですか」 「班の門を入って、十字路のひだり側、そのうちで一番大きい黒塗りの門がそのお宅だよ」 「二階がありますか」 「へんなことを訊くな、きさま」 「いえなに。雨が漏るとかで、屋根瓦の葺《ふ》き換えをたのまれましたんでね」 「なんだ瓦職人か」 「へい、屋根屋なんで」 「二階もあるよ」  時遷《じせん》は、腹のうちで「まず、目ぼしはついた」と、取ッて返した。その日は旅籠《はたご》へもどって、忍び道具一式を調べ、さて晩になると、晩飯もたっぷり食い溜《だ》め、真夜半、出かけだしたものだった。  巨大な門も築土《ついじ》も、彼にかかっては何の用も果していない。時遷はいつのまにか大きな椋《むく》ノ木の梢《こずえ》に、栗鼠《りす》みたいに止まっていた。どこかの城楼で時の太鼓がにぶく鳴っている。丑満《うしみつ》すぎると何処もかしこも白々と霜がむすび、万象《ばんしょう》寂《せき》として声もない。ただ星のまたたきだけが、一個の黒い怪しい物の行動を見せていた。  その時遷の影も、いつのまにか、木の上にはない。枝から枝を這って、屋根へへばり[#「へばり」に傍点]つき、そこの二階の破風《はふ》を壊《こわ》して、もう天井裏にいたのである。  耳を澄ます。あるじの徐寧《じょねい》らしき人の声がする。妻、女中。階下《した》と階上《うえ》とを行き交《か》う足音。どうもここの家族は夜更《よふ》かしらしい。 「はてな? いまから飯の支度などいいつけているぞ」  時遷。こいつはおかしいと、考え直した。今夜は瀬ぶみ、どっちみち二晩三晩は、通うつもりでいたのだが、家族はこれから寝るのでなく、いま起きたような様子なのだ。……としたら、ひょッとして、今夜が機会になるかもしれない。さきの不運、こっちの天運と、時遷はなおも息をこらし、天井裏を注意ぶかく、撫《な》で、這《は》い、そして隙間をさがして覗《のぞ》いてみると、 「……ふ、ふ、ふ。……あるぜ、あるぜ。朱革《しゅがわ》の鎧櫃《よろいびつ》が、ちゃんと、天井に吊ッてあら。帰命頂来《きみょうちょうらい》、鼻の先だよ」  と、思わず北叟笑《ほくそえ》みして、天性の一種声なき快感にくすぐられていた。 「おや? ……」と、下では夫妻が天井を見上げ。 「なんだろ? へんにゴソゴソしなかったかい」 「いいえ、べつに、……鼠でしょう」 「鼠か。つまらん。……ところで飯はまだか」 「外はお寒うございますから、召使たちも、何か温い物を差上げようと、気をつかっているのでございましょう」 「天子さまのお狩猟《かり》で、今朝は暗いうちに宮門をお出ましだ。そんなことはいっておれん。早くしてくれ」 「でもまだ、お早過ぎるくらいお早いのに」 「ま、ひと口、酒でもくれ。それそこの瑠璃杯《るりはい》でいい。――これも先ごろの御狩猟《みかり》で天子から拝領の物だ。――現|徽宗《きそう》皇帝陛下は、絵ばかり描いておられて、とんと軍事には御心をかたむけられぬ。それだから梁山泊《りょうざんぱく》のごとき世を怖れぬ大盗の巣窟《そうくつ》も出来たりすると、高俅《こうきゅう》大臣のおすすめでな、このごろは朔風《さくふう》の野に御弓も持たれるようになってきたわけ。われら供奉《ぐぶ》の武官もいちばいここは励まなければ相成らん」  とかくするうちに、例のこの家《や》の黒門の方で、がやがやと人声がする。班《はん》の従兵たちが迎えに来たのらしい。屋敷の召使はそれらの者にも酒飯を与えて待たせておく。こなた二階の一室では、徐寧《じょねい》が早や供奉《ぐぶ》の盛装を着にかかっていて。 「奥方《おく》。留守中は屋敷廻りを気をつけろよ」 「ご心配なさいますな。わけて班のご門内ではありませんか」 「いやそうでない。わが家には、先祖伝来の秘宝があるだけに、たとえ物売りだろうが、よく気をつけてくれねば困る。わけて火の元の要心なども」  言いながら、徐寧は天井をまたふと見上げる。その愛着の容子《ようす》は、常住坐臥、寝てもさめても朱革《しゅがわ》の櫃《ひつ》の無事から寸分も心は離れない人かのようであった。 「行ってくる」  綺羅《きら》な狩猟扮装《かりいでたち》の良人に添って、妻も階下まで送りに降りて行った気配だ。――時遷《じせん》はスルスルと以前の破風《はふ》の穴から這い出して、こんどは二階の窓を窺《うかが》い、難なく、戸を外《はず》して中へ入り込む。動作の迅《はや》さ、まるで守宮《やもり》としか見えない。 「いけねえや……案外高い」  当然、吊ってある鎧櫃《よろいびつ》なので、おいそれと、手は届かなかった。そのうちに階下《した》で、 「眠かったろうね。旦那さまももうお出ましずみだから、おまえたちも、もいちどお寝《やす》み」  召使へいっている妻女の声がする。しまった。まにあわない。時遷はふたたび窓の外へ出て窓をたてた。果せるかな。奥方はそれから独り二階へ来て、寝台の帳《とばり》を引き、やがて眠りについた様子。 「夜が明けては」  時遷《じせん》、気が気ではない。ふところから何か取出した。細い葦みたいな管《くだ》である。つないでゆくといくらでも長くなる。窓の隙間から内へ伸びて、その先が灯台へ近づいたと思うと、ふッと、ひとりでみたいに灯が消えた。帳《とばり》の内では気がついた風もない。  それからすぐどこか暗い大地のうえへ、ポト――と何か毬《まり》でも落ちたような軽い音がした。と思われてからやや後のこと。 「火事だっ」「火事。火事」と、一ト所の声でなく、あっちこっちで「火事だ、火事火事!」  これは時遷の、みずから名づけて、“擬遠《ぎえん》発声術”と称する奥の手。幾人もの声みたいに響き合い、それへ犬の吠え声まで交《ま》ぜてすることもある。  多くは、見つかった土壇場《どたんば》でやる遁走法だが、今夜の場合はそうでない。あわせて火遁法を使い、所持の油ボロを撒《ま》いて、徐家《じょけ》の浴室の裏、厨房《ちゅうぼう》の芥捨場《ごみすてば》、ほか一、二ヵ所に狐火みたいな炎がめらめら撒《ま》かれていた。  ドドドドッと、二階へかけあがった召使たちの声は口々にもう逆上《あが》っている。「奥さま、奥さま!」「たいへんっ」「お早くしないと」「焼け死にますよ」  けれど、さすがは徐寧《じょねい》の妻だった。 「おまえたち、あわてるんじゃありません。わたしはいい。私はいいから、旦那さまが命から二番目としているあのご宝物。あれを早く天井から降ろしておくれ」  室内はまっ暗闇。うろうろまごまご。それ踏み台がない、いや人間|梯子《ばしご》を組んで重ねろ。なんだかんだの大騒ぎで、目には見えずも、見えるが如きものがある。 「あっ、あぶない」  どすん、と聞えた物音は、誰か一人が鉤《かぎ》から外《はず》した鎧櫃《よろいびつ》をささえきれずに、手から離したものだろう。同時にまた、人間|梯子《ばしご》となっていた連中も総もンどり[#「もンどり」に傍点]を打ち合ってみな尻モチついたことらしい。時遷《じせん》もまた、その中にいたとは奇怪不思議のようであるが、彼はいつのまにか屋根窓から内へまぎれ入り、そして下男の似せ声を巧みにつかって、 「だめだ、だめだ。階下《した》に火が廻ってたらどうするだ。階段から運び出すよりここがいい。ここからなら一番無事だよ!」  と、わッさもッさを退けて、遮《しゃ》二|無《む》二、窓から屋根の外へ持ち出し、共にスルリと屋根上へ脱け出していた。いや出るが早いか、鎧櫃《よろいびつ》には必ず付いている荷担革《にないがわ》に双手《もろて》をさしこみ、それを背に負ったと思うと、もう例の破風《はふ》を足《あし》がかりとして、大屋根の天ッ辺に立ち、 「はははは。あばよ」  たちまち、椋《むく》の大枝に両手を伸ばした。そして、ぶらんと、牧渓猿《もっけいざる》のごとき曲芸を演じるかと見えたのもほんの一瞬。あとはどこを伝い、どこを跳び去ったか、根が白浪のお家芸の素迅《すばや》さ、それっきりもう行方は知れない。  開封《かいほう》郊外の離宮“龍符宮《りゅうふきゅう》”から十里の野は、御狩猟《みかり》の行幸《みゆき》に染められて、壮観な狩場の陣がいちめん展開されていた。  皇帝のお野立ち間近には、総理兼近衛大将|高俅《こうきゅう》の陣と彼の床几《しょうぎ》がある。そこへ、 「お願いにござりまする」  と、九拝して伏した一武士が見えた。 「お、金鎗班の徐寧《じょねい》ではないか。何だ願いの儀とは」 「ご遊猟中を、供奉《ぐぶ》の一員として、恐懼《きょうく》にたえませんが、ただいま家より急な使いがございまして、妻が急病の由、告げまいりました。家族とては召使のほか、幼児一名あるのみ。数日の賜暇《しか》をおゆるし願わしゅうぞんじ奉りますが」 「なに、妻女が急病だと。それはいかんな。君辺《くんぺん》はさしつかえない。すぐ戻ってみてやるがいい」  徐寧《じょねい》は再拝してひきさがり、あとは班の各組頭に頼んで、ひとり汴城《べんじょう》の都門へ向って、金鎗を小脇に手馴れの馬を飛ばして帰った。  その間とて、彼の血相はただならない。妻の急病とは、公《おおやけ》へのてまえで、じつはかけがえない家宝の紛失を妻から知らせて来たのである。  寝耳に水だ。彼の華やかな紫の狩衣《かりぎぬ》、紅錦《こうきん》の陣半被《じんはっぴ》、纓《えい》に飾られた冠《かんむり》といえど、蒼白なその憂いにみちた面《おもて》には、すべて、悲調を強めるものでしかなく、珠を失った龍か、瑞雲《ずいうん》を奪われて荒地《こうち》に怒る鳳凰《おおとり》にも似て、焦躁《しょうそう》、狼狽、哀れといっても言い足りない。 「ち。どうしたことだろう。いったい、どういうわけなのか?」  たちまち、わが屋敷。――この血相で妻をただした。だが、妻も召使も彼の前に打ち悄《しお》れ、泣いて詫びるのみである。火事騒ぎとかのいきさつ[#「いきさつ」に傍点]、前後の模様、事細かに訊き取ってはみたものの掴《つか》み得るところは何もない。 「さては、前々から狙われていたか。何奴かが忍者を使って、盗み奪《と》らせたにちがいない」  不覚だった。考えてみれば、日頃に思いあたりはいくらもある。  徐家《じょけ》の薄羽《うすば》ノ鎧《よろい》といえば、余りにも有名なので、諸侯の武門や将軍から一見を請《こ》われたり、ぜひ譲り受けたいなどの交渉は一再でなく、わけても大将軍|花児王《かじおう》からは、銭《ぜに》三万貫の値さえつけて、数度の使者が来ていたほどだ。 「ああ、ご先祖にも申しわけない」  死んだ子の通夜を傷《いた》むような一夜が明け、次の日も、徐寧《じょねい》は茫然、腕|拱《こまぬ》いて鬱《ふさ》ぎこんでいるばかり。すると、思いがけない客が、折も折、ぶらりと訪ねて来たものだった。 「お従兄《いとこ》さまの、湯隆《とうりゅう》とか仰っしゃるお方で」  と、いう召使の取次に。 「え。あの銭豹子《せんびょうし》か」  なんと、あいにく浮かない日ではあったが、さっそく通して、久闊《きゅうかつ》をあたため、さて何用でと来意を訊くと、客の湯隆は、旅包みの中から、二タ竿の黄金、おもさ二十両を、そこへさし出して。 「どうも長いご無沙汰をしちまいましたが、願《がん》がかなって、やっとこんど東京《とうけい》へ出て参りましたので、今日はこれをお届けにあがりましたようなわけで」 「隆《りゅう》さん。何だね、この黄金《かね》は」 「亡くなった親父のかたみでございますよ。臨終のせつ、父の遺言で、これは甥《おい》の寧《ねい》にやってくれといわれ、長いこと預っておりましたが、つい折もなくッて」 「へえ。叔父|御《ご》から私へだって。――じゃあ叔父さんは、そんなにも、死に際まで、わしを思っていてくれたのか」 「どうぞお納めくださいまし。亡父の遺言を果し、てまえもこれで荷が下りました」 「かたじけない」と、徐寧は納めて。「……久しぶりだ、ともかく一|献《こん》」  と、その夕は、酒となったが、自然、色にはかくせない徐寧の浮かぬ素ぶりに、湯隆がわけを訊くと、じつは云々《しかじか》、先祖には申し訳ないし、自分にとっては愛児を奪われた悲しみにも勝《まさ》る、かつは世間に聞えたらいい物笑い、いっそ鎗を捨てて坊主にでもなろうかと思っているところだ――という嘆息《ためいき》。  じっと、聞いていた湯隆は、さも同情の念にたえないように。 「……ああ、そんなわけでしたのか。そいつは飛んだご災難。てまえも小さい頃、親父に連れられてお宅へ伺ったとき、一度拝見させてもらった覚えがありますが、じゃあ、あれですね」 「むむ、今となっては、思い出すのも辛くなる」 「もうウロ覚えになってしまいましたが、たしか立派な櫃《ひつ》に入っていたようでしたが」 「羊皮の紅い革櫃《かわびつ》だ。縁《ふち》は雷紋《らいもん》の金箔押《はくお》し、四方の横にもまた精巧な彩画《さいが》で、牡丹の花に、毬《まり》遊びの獅子《しし》がえがいてある……」 「えっ。紅皮に獅子のもようですッて」 「隆さん。なんだって、そんな眼をするんだ」 「だ、だって。この眼を疑わずにゃいられません。ついゆうべ、見たばかりなんで」 「げッ、見た⁉ どこで見たのか」 「城外四十里ほどの村の居酒屋でしたっけ。……痩せッぽちの、眼の玉のするどい野郎が、のそっと入って来て、そいつもてまえのいた床几《しょうぎ》の向う側で、オイ大急ぎで、酒と飯をくれと、せかせか呶鳴っていたんでさ」 「ふむ! そして?」 「見ると、その野郎が、いまいった通りな櫃《ひつ》を側へおいて、後生大事に片肱《かたひじ》を乗ッけています。はてな? 風態《ふうてい》にも似合わねえ立派な物を……と、ついジロジロ見てたもんですから、奴も気がさしたか、酒も飯もがつがつすまして、すぐ街道を東の方へ急いで行ってしまいましたよ」 「それだ! 隆さん。東へ行ったか」 「それとすりゃあ、しめたもンだ。今からでも追ッつける。野郎、足でも怪我《けが》をしたことか、後ろ姿を見たところ、跛行《びっこ》をひいていましたぜ」 「奥方《おく》っ。奥方《おく》っ」と徐寧は俄かに妻を呼んで――「いま隆さんから聞くと、かくかくの次第だ。すぐ旅仕度をそろえてくれ。隆さんも一しょに行ってくれるだろうな」 「行きますとも。男の人相は、ちゃんとこの眼におさめてある。さ……お急ぎなすって」  それよりは前のこと。一方では例の“梁上《りょうじょう》ノ君子《くんし》”蚤《のみ》の時遷《じせん》。あの朝、首尾よく盗みとった一物をかついで、明けがた、早くも城外の草原を低い雁《がん》のごとく飛んでいた。 「おーいっ時遷、待った待った……」 「やあ、戴《たい》院長[#1段階小さな文字](神行太保《しんこうたいほう》ノ戴宗)[#小さな文字終わり]じゃござんせんか」 「さっそく、荷をそこへ下ろせ。呉軍師が書いた狂言どおり、これから先の手順にも、きさまはまだ一ト役あるぞ」 「わかっております。どうか中身の鎧《よろい》は院長がお持ちなすって」  と蓋《ふた》を開けて、中の薄羽小札重《うすばこざねがさ》ねのよろいだけは、戴宗《たいそう》にここで預けた。――戴宗はそれを持って、独自の神行法で、すぐ梁山泊《りょうざんぱく》へと急いでしまい、時遷は空櫃《からびつ》だけをかついで、その日、かねて諜《しめ》し合せていた街道茶店へ入って行った。  ここには、これも呉用の命で、湯隆が彼を待っていた。かくて時遷と湯隆との打合せは、事前に出来ていたのである。――すなわち、時遷は空櫃を負って、梁山泊までの陸路をただの旅人のように旅籠《はたご》泊りをかさねて行く。泊り先の宿屋の軒には、かならず目印《めじるし》として、白墨《はくぼく》でどこかへ丸を描いて残しておく。途中で休んだ腰かけ茶屋にも同様な印を残す。――というだけの段取りだった。  つまるところ、湯隆が徐寧《じょねい》の家を訪ねたのは、すでにこれらの諜《しめ》し合せをすまし、時遷とも一時別れ、さてあくる日、なに食わぬ顔して城内へ入って行った午後のことだったわけなのだ。そして徐寧の誘《おび》き出しも、まずは、ここにまんまと目的の半ばを達しかけていたもの――。  あれから二人は城外の街道を、東へ東へ、急いでいた。湯隆の目はたえず、白い丸印、白い丸印。 「あ。あった……」 「隆《りゅう》さん。何があった?」 「いえなに、その……茶店がですよ。あんまり腹が減《へ》ってきたので」 「じゃあ、一ト息つこうか」  ずっと入って、腹ふせぎに軽い物で一杯飲む。その間に、湯隆が茶店の亭主にこう訊ねたものである。 「じいさん。つかねえことを訊くようだが、眼のするどい、ひょろッと痩《や》せた野郎が、朱革《あかがわ》の鎧櫃《よろいびつ》を背負って通るのを見かけなかったかい」 「ヘエ、その男なら、昼、ここで休んで飯を三人前も食って行きなすったが」 「どっちへ」 「たしか東の方で」  徐寧《じょねい》は聞くやいな、先に立って。 「隆さん、急ごう!」  湯隆も思うツボと歩きにかかる。やがて宵のくち。白い丸印をまた見かけた。徐寧が夜道をかけてもというのを、まあまあと、ここで旅装を解いて一泊とする。――そして翌朝の立ちぎわ、あいさつに出て来た女将《おかみ》をつかまえて、湯隆がまた訊ねた。 「一見、人相のよくねえ男が、朱革《しゅがわ》の櫃《ひつ》をかついで、きのうこの辺を通らなかったかね」 「あらまあ、だんなさま、その人なら」 「どうしたと?」 「暗いうちに、宅を早立ちして行きましたよ」 「えっ、ここに泊っていたのか」  徐寧は地だんだ踏んだ。しかしその日の街道では、何も聞き知るところはなかった。湯隆も丸印を見なかったのである。  だが、次の日は、しばしば見かけた。そのたび湯隆は連れを誘って茶店へかける。すると何となく手がかりも聞く。――けれどそれが、いつも半日かわずか二タ刻《とき》遅れだった。かくてついつい幾日かを釣られて歩き、徐寧はいやが上にも、焦《いら》ついていた。 「ええ、くそいまいましい。今日ではや七日目。妻の急病と称《とな》えて、賜暇《しか》はいただいたものの、禁軍への届けもあれきり……。こりゃどうしたものだろうな」 「ま、寧《ねい》さん。そうご落胆にゃ及びますまいぜ。下手人のホシはついてることだし」 「けれど、こう何度も、鼻ッ先を掠《かす》めながら捕り逃がしているようではな」 「こっちも息が切れるが、逃げる野郎の方だって懸命にちがいねえ。ここが辛抱のしどころ。もう一ト息ってえところでさ」  すでに道は山東《さんとう》に入っており、冬の日も薄れだすと、楊柳の並木影は蕭条《しょうじょう》と肌寒く、街道百里、人影を見ることも稀れ……。 「や、や、やっ? 寧さん、寧さん。体を伏せて隠れなせえ」 「な、なんだ。どうして?」 「野郎がいます。あんな所に」 「げっ、いるって」 「ほれ、街道沿いのひだり側。松林があって、チラと古廟《こびょう》の門が見えるでしょ」 「むむ見える」 「よくごらんなせえ。どうも夕陽のせいで眩《まぶ》しくッていけねえが、廟門《びょうもん》の石段に腰をかけ、野郎が朱《あか》い櫃《ひつ》をそばにおいて、休んでいる風じゃござんせんか」 「おッ、しめた……」  なんの猶予《ゆうよ》があろう、もう徐寧はそれへ向ってすッとんでいた。湯隆もあとから一目散に馳けまろぶ。すでに先の徐寧は、ばッと、逃げかけた痩せ男の襟《えり》がみをつかんでいた。だが反撃を食ったらしい。とたんにそこの石段を、諸仆《もろだお》れに、ころころ転がりあっていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 工廠《こうしょう》の鎚音《つちおと》は水泊に冴《さ》え、不死身の鉄軍も壊滅し去ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  じつは一場の狂言――梁山泊《りょうざんぱく》の仲間が書いた偽計《はかりごと》とは――金鎗手《きんそうしゅ》の徐寧《じょねい》がここで気のつくはずもない。  街道の胡麻《ごま》の蠅《はい》みたいな一方の男は難なく捕り抑えたが、こいつもじつは梁山泊のひとり時遷《じせん》なのだ。  だが、徐寧をこれまで誘《おび》き出してきた徐寧の従兄弟《いとこ》湯隆《とうりゅう》とは、ちゃんと、筋書が出来合ッていることなので、時遷にしては大いに芝居はやりいいわけだ。 「あっ。……ア痛《て》、痛《て》、痛《て》。……そう首を締めちゃアしゃべれといっても、何もしゃべれやしねえじゃねえか。もう何でもいっちまうから、手をゆるめてくんねえ」  時遷の泣きッ面《つら》に、湯隆もそばからいった。 「徐寧さん、もう大丈夫だろうじゃないか。とにかく、そいつの言い分を聞いてみよう」 「よしっ、さあ吐《ぬ》かせ」と、徐寧は突ッ放して――「よくもわが家の宝、薄羽小札《うすばこざね》のよろいを盗み出しおったな。その朱革《あかがわ》のよろい櫃《びつ》がここにあるからには、下手人はうぬに相違あるまい。さ、白状しろ」 「するがね、大将、こいつは空《から》だよ」 「うそをつけ」 「嘘かどうか、蓋《ふた》を除《と》ってごらんなせえ」 「あっ、なるほど空《から》ッぽだ。中身のよろいはどこへやった! 隠しだてしやがると、素ッ首をねじ切るぞ」 「よろいはとうに泰安州《たいあんしゅう》へ行ってるさ。経略使《けいりゃくし》の种《ちゅう》の旦那のご註文でね!」 「ご註文だと。ひとの物を」 「金じゃあ売らぬ宝と聞いて、种《ちゅう》の大旦那が李三《りさん》ていう泥棒の名人にいいつけてお宅へ忍び込ませたのさ。俺アその手伝いとして張番にくッ付いていただけだ。おれが犯人じゃあねえよ」 「でも。何で空櫃《からびつ》だけをてめえ背負《しょ》ってかえるのか」 「……この通り、逃げる途中で左の足首を挫《くじ》いてしまい、李三《りさん》の早足には追ッつけねえので、野郎が中身のよろいだけを持って、先に泰安州へ行っちまったというわけだ……。ア痛《いた》。……ちょっと曲げても足が痛む。……よろい櫃はそっちへ返すから、俺もここで押ッ放してくれ」 「待て。そうは問屋で卸《おろ》さねえぞ。……弱ったなあ、隆さん、どうしよう?」 「そいつを証人にしょッ曳いて、泰安州へ乗り込もうじゃありませんか」 「そして」 「李三《りさん》を捕ッつかまえる。もし李三が分らなかったら公沙汰《おもてざた》にし、経略使の种《ちゅう》をあいてに訴訟するしか途《みち》はありますまい」  湯隆は頻りにすすめた。その間、チラと時遷《じせん》の目が、彼の眸《ひとみ》と怪しい交叉《こうさ》を交《か》わしたが、考え込んでいた金鎗手《きんそうしゅ》の徐寧《じょねい》はもとよりそれに気づきもしない。 「ムム、それしか途はあるまいなあ!」  そこで時遷をしょッ曳いて、さらに街道の旅をつづけた。朝は早立ち、夜も暗くまで歩いて、数日なおも、東へ東へと。  すると、幾日目かの昼である。空樽《あきだる》を積んで街道を行く空《から》馬車を先に見かけて、 「馬車屋のおッさん、どこへ行くのかね」  と、湯隆が追ッついて呼びかけた。  剽軽《ひょうきん》そうなおッさんである。馭者《ぎょしゃ》台から振向いて。 「おいよ、おれかね? あきないで鄭州《ていしゅう》へ行き、泰安州へ帰るところさ」 「そうかい。そいつアちょうどいい。――こう、連れの一人が、跛行《びっこ》を曳いて、弱ってるんだ。乗せてッてくんねえか」 「また空樽《あきだる》が三ツ殖《ふ》えるわけかい。ま、乗んなよ。骨が折れるのは、わしではない、馬だからね」 「空樽扱いはひでえ[#「ひでえ」に傍点]な」と、三人、さっそく空樽の間へ割り込んでそれへ乗り込み――「こう見えても、ふところは空じゃねえぜ。向うへ着いたら、駄賃はやるからな、おッさん」 「お礼は先に言っとくよ」  と、おッさんは、鞭《むち》を振り振り、口笛を鳴らし初めて、 「なるべく、たんまり酒代《さかて》が出ますように、ひとつ、退屈しのぎに、ごきげんを伺いやしょうかね」  と、ひなびた山東節《さんとうぶし》など途々《みちみち》歌い出した。これまた地方調ゆたかで、しかもすこぶる美声なのだった。  気は急ぐが、道は捗《はか》どり、それに馬車屋がおもしろい。  三日目ごろには、すっかり仲間気分に醸《かも》され、馬車屋のおッさんが、こう言いだした。 「おい、旅の衆よ。毎日わしの唄ばかりでも味気なかンべ。その赤丸の印《しるし》の小樽には泰安酒《たいあんしゅ》が半分ほどまだ残っているだよ。飲むなら飲まッせ。じつアわしの寝酒の分だがね」 「ほ……。酒があったのか。じゃあご馳走になるぜ」  ところで、この小樽の酒を、湯隆がどう巧みに、徐寧《じょねい》に飲ませ、時遷《じせん》にもやり、また自分も一しょに飲んでみせたか。  とにかく、これは麻睡《ますい》酒だった。――時遷、湯隆はなんでもなかったが、徐寧ひとりには、しびれ薬がまわって、彼は正体もなくよだれをたらしてやがて夢魔にひきずりこまれていた。  以後、どれほどな時間がたったか、彼はまったく知るところがない。――例の梁山泊のこっち岸で降ろされたのも知らず、船へ乗せられて水上を対岸へ送られた間も昏々《こんこん》たる姿だった。――そしてハッと目がさめてみると、あたりには見つけない男が居ならび、馬車屋のおッさんこと、じつは鉄叫子《てっきょうし》の楽和《がくわ》も、従兄弟《いとこ》の銭豹子《せんびょうし》湯隆も、また道中で捕《つか》まえた時遷もそのなかにいて、みなニヤニヤ笑いながら自分を見ている―― 「やや。ここは? ……。隆さん、いったいここはどこなのだ?」 「梁山泊の聚議庁《ほんまる》の一房です」 「げッ、梁山泊だって」 「かんにんして下さい、徐寧《じょねい》さん。じつはわたしも今では仲間の一人。――今日までのこと一切は、ここの軍師|呉用《ごよう》先生が書いた計略《はかりごと》です。そしてわたしがあなたの従兄弟という縁故からあなたを連れ出す“誘《おび》き役《やく》”として参ったので」 「じゃあ、家宝のよろいを盗み出した盗《ぬす》ッ人《と》も」 「そいつは、時遷《じせん》がやったお家芸で」 「うぬッ、よくも」  奮然と、こぶしを握って、徐寧《じょねい》が突ッ立ちあがったとき、凛《りん》として、しかも猛《たけ》からぬ一ト声が、 「金鎗班《きんそうはん》のご師範徐寧先生、お腹も立ちましょうがしばらく待ってください。申し上げる仔細がある」  といった者がある。  それなん、座にいた宋江《そうこう》であり、ほか、晁蓋《ちょうがい》、呉用、公孫勝などもみな居ならんでいたのだった。  宋江は、しずかに、事情を話した。  いま、梁山泊《ここ》は、官軍包囲の中にある。  戦えど戦えど、敵の呼延灼《こえんしゃく》将軍――というよりは、その装備――連環馬陣《れんかんばじん》の猛威に会っては、何とも抗しうる法がない。  その連環鎖《れんかんぐさり》の鎧馬《よろいうま》をやぶるにはどうするか。それが山泊《やま》の運命を今や決するところまで来てしまった。 「……為に、です」  と、宋江は礼を低うして徐寧へいう。 「あなたは、禁軍における鎗《やり》のご師範。そして家にお伝えの一流|鉤鎌《かぎかま》ノ鎗の名人であるともうかがった」 「…………」 「よく連環陣の鉄騎を破るものは、その鉤鎌《かぎかま》ノ鎗を歩兵に持たせて戦うしか破る法はないとも、そこにおる湯隆《とうりゅう》から聞きました。……で、どうしても、あなたを山泊《やま》へ迎える必要となったわけです」 「ばかなッ」と、徐寧は怒ッて。「どんな事情かしらぬが、勝手きわまる無茶な話だ。人の身を。人の運命を」 「その点は重々謝す」 「貴公も、義人宋江と、世に敬われているほどな人ではないか」 「決して、不義不仁を働くのではありません。山寨一同の志はいずれ胸をひらいて話しましょう。したが事は焦眉《しょうび》の急です、背に腹はかえられず、あなたを偽《あざむ》いてこれへ迎え、鉤鎌《かぎかま》ノ鎗の製法、またその鎗のつかいかた、併せて二つを、ここの者へご伝授していただきたい」 「しかし拙者は宋《そう》朝廷の朝臣だ。妻子も都においてある」 「いやそのご家族も、一味の者が、すべてこれへお連れしてまいりましょう」 「えっ、家族までも」 「もはや開封《かいほう》の都では、あなたを班の脱走者とみなし、徐寧《じょねい》追捕《ついぶ》の令が出ている。否といっても、あなたの帰る所はない」 「ああ、それはむごい。余りといえば騙《たばか》り過ぎる」 「ですが、ここには官軍方の彭玘《ほうき》将軍と凌振《りょうしん》将軍のふたりも悪政府の旗を見かぎり、われらの仲間に入っています。……その二人から聞いて下されば、あなたが男の半生を託すに足る山泊《やま》であるかないかもご分別がつくでしょう。とまれ、しばらくご休息をとって、後ほどまでにご決意をきかしてください」  宋江は言って立った。  晁蓋《ちょうがい》以下の領袖《りょうしゅう》たちも、わざとみな一時、座を去った。そしてそれに代るに、彭玘《ほうき》と凌振《りょうしん》の二人が入って来た。  互いに、王城の禁軍では、顔見知りだった。意外な邂逅《かいこう》に、相互、唖然《あぜん》とはしたものの、だんだん話しあってみれば、そこには忌憚《きたん》も何もない。  彭玘は説《と》いた。  ここの賊は決して世にいうただの賊徒ではない、と。  彼ら一人一人の人間が、ここに到るぜひない宿命と、一つの悲願に生き抜こうとする理想とに結ばれており、因《もと》をただせば、こんな反逆の徒の巣窟ができたのも、腐爛《ふらん》した現政府や悪役人の罪にある。  それを膺懲《ようちょう》し、それを正し、濁世《じょくせ》に喘《あえ》ぐ良民の味方たらんとするのが、ここの者どもの悲願とするところだ。その悲願さえかなえば宋江も晁蓋も呉用も寨《さい》を焼いて解散する――といっている、と。  こう聞いた徐寧は、 「知らなかった。そんな人間たちなのか。それが梁山泊というものであったのか」  と本来の義胆《ぎたん》から、たちどころに、彼も腹をすえて、仲間入りの一|諾《だく》を宋江まで申し出た。  山泊《やま》は沸《わ》いた。  ここに一脈の活路が見いだされ、先に戴宗《たいそう》が持って帰っていた薄羽小札《うすばこざね》の鎧《よろい》は、当然、徐寧の手へ返された。またまもなく、徐寧の妻や家族らもここへ届けられて来た。  同時に。  まだ都に残されていた凌振《りょうしん》、彭玘《ほうき》、二将軍の家族も山泊《やま》へ送りこまれて来、このよろこびも併せて、休戦一日の或る日、徐寧の入党祝いを兼て恒例の山泊祭《やままつ》りが盛んにおこなわれた。  すでにもう、その頃には。  徐寧の指揮のもとに、泊中の鍛冶廠《かじしょう》では、テンカンテンカン、昼夜の火花と黒煙のなかで、無数な鉤鎌鎗《かぎかまやり》が製産の作業に乗っていたし、それの出来上がるそばから、一隊二隊と、カギ鎗隊が編制され、その鎗法の調練も、あわせて徐寧が指南の下に、活発に始められていた。 「みな、見給え。――鎗《やり》を使うには、こう九ツの変《へん》がある」  徐寧みずから一|鎗《そう》を持って、自由自在にそれをこなして見せ、 「直鎗《ちょくそう》とちがって、カギ鎗の特長というのは、三手《みて》が引ッ掛け、上下左右、四手《よて》が撥《はら》い、さらに突《つき》! また分《はらい》! あわせて九ツの変《へん》という」  と、教えること、じつに懇切だった。  かつはその男振りも見事である。「雨江月《うこうげつ》」という唄の集にも徐寧をうたった歌詞があって―― [#ここから2字下げ] 六尺ゆたか 身はやなぎ 花のかざしを かぶとに挿《さ》して いつも行幸《みゆき》の鳳輦《みくるま》に 添うて行くのはありゃ誰か 禁門一の鎗つかい 徐寧 三ツ児も知る徐寧 [#ここで字下げ終わり]  聚議庁《ほんまる》の廻廊に立ちならんで、遠くから彼の教練ぶりを眺めていた晁蓋、呉用、宋江、ほかあまたの領袖《りょうしゅう》たちも、 「……見事だ」  と、見惚れて、頼もしげにみな讃嘆をもらしあった。  かくて七隊七百人の鎗隊が磨き上げられたので、ひそかに泊中では官軍撃破の秘計を練りに練り、本軍、遊軍、騎隊、砲隊、潜行隊、また水寨《すいさい》の水軍などもあわせて無慮《むりょ》八千、或る夜、忍びやかに無月《むげつ》の江灘《こうたん》を渡って総反撃に出て行った。  一方。  官軍がたの呼延灼《こえんしゃく》にしても、この間、むなしくいたわけではない。  あらゆる攻勢をこころみ、偵察も出し、わけて水寨《すいさい》を窺《うかが》ッて、しばしば船庫《ふなぐら》の焼打などにも出ていたのだったが、泊《はく》の守りはかたく、いつも失敗に帰していたのである。  それに味方の二大将、彭玘《ほうき》と凌振《りょうしん》とが賊にとらわれてしまったのみか、梁山泊のために働いているらしい様子なども、自然に官軍方の警戒を神経質にさせ、特に闇夜などは、その攻勢よりはむしろ守りにかたくなっていたところだった。 「や、や。敵だっ。賊軍が江を渡って来たぞ」 「奇襲か」 「そんな小勢ではない」 「おお、いつのまにか。こりゃ凄まじい……」 「水も野も芦《あし》のあいだも、いちめんな火、たいまつの火だ!」  歩哨、幕僚たちの立ち騒ぐ声に、 「あわてるな。犀笛《さいぶえ》を吹け。全軍、即時部署につけいッ」  呼延灼《こえんしゃく》は、ただちに例の“踢雪烏騅《てきせつうすい》”の名馬にまたがり大号令をくだしていた。  副将の韓滔《かんとう》もすぐ馳けつけて来た。 「将軍。賊の大兵を見るに、野末《のずえ》をぐるぐる輪をかいて馳け、いまや、ま南へ廻ってますが」 「陽気に釣られて――」  と、呼延灼《こえんしゃく》は、くちびるを噛み、 「久しく穴ごもりしていた奴らが、蛇とおなじで、穴を出て来たものらしい。連環馬軍《れんかんばぐん》の一隊をくりだして踏みつぶせ」  しかし、たちまち、韓滔《かんとう》は、さんざん敗れたていで、ひっ返して来た。 「将軍。うかつでした」 「どうした韓滔《かんとう》」 「敵の中心は、ま南とばかり睨んでいたら、わが連環馬《れんかんば》が突進して行くと、声は闇の遠くに消え、代るに左右から妙なカギ鎗《やり》を持った鎗《そう》隊が襲い来たりたちまち、わが連環馬八十余騎を殲滅《せんめつ》されてしまいました」 「ば、ばかな……」と呼延灼《こえんしゃく》は耳もかさず「――そんなわけはない。乱軍の誤認だろう。一頭一頭|鎖甲《くさりよろい》で馬体をかためている連環《れんかん》の鉄騎が、そんな無造作な敗《はい》をとるわけがあるものか」 「でも……」  ことばも終らぬうちだった。幕舎の附近で、一弾の砲火が、轟然《ごうぜん》と炸裂《さくれつ》した。バッと黒い土砂を持った爆風があたりをつつみ、二弾三弾とまたもつづいて落ちてくる。 「しゃッ、こいつは凌振《りょうしん》のしわざだ」  と呼延灼は、いななき狂う馬の手綱をしぼりながら―― 「敵のとりことなった砲手の凌振めが、賊の手に加担しておるのだ。油断はならんぞ。韓滔、敵の砲陣へ、新手の連環馬陣をやって蹴ちらせ!」  すでに、敵味方の喊声《かんせい》は、野面《のづら》を埋め、水に谺《こだま》し、凄絶きわまるものがある。  その黒い潮の吠えは、南かと思えば北に揚がり、北かと思えば、東にどよめく。  おまけに、つるべ撃ちの砲撃は、ここ中軍の幕舎に集中してきて、母子砲《おやこづつ》の火の玉が、そこらじゅうを火の海にした。――母子砲とは一名を鼠弾《ねずみだま》ともいって、一弾が幾ツにも割れ、その中からまた無数の小弾や油ボロが散発するという始末のわるいものだった。 「韓滔《かんとう》はどうしたか?」  ついに彼は帰らない。  いや彼のみか、北へ、南へ、東へ、と兵を引ッさげては出て行った幕将たちも、そのどれ一人、再び本営には帰って来ず、しかも附近いよいよ炎と化すばかりなので、ついに呼延灼もそこに居たたまらず、さいごの親衛隊と、一陣の連環馬軍とを前後に立てて、 「本営をべつな所へ移す。――彼方の小高い丘へ行け」  と、金沙灘《きんさたん》の江畔《こうはん》を去り、俄《にわか》に、後方の平野へ馳けだした。  こうあろうとは、すでに賊の泊軍《はくぐん》では、知っていたことらしい。つまりお誂《あつら》えのツボに嵌《はま》ったわけである。たちどころに、その行く手を声海嘯《こえつなみ》がくるんでいた。 「しまった。伏兵がいる!」  呼延灼《こえんしゃく》は、前面の危急をみて、道をかえた。道なき道へ、ぜひなく馳け込む。芦、水|溜《たま》り、窪地、また芦。  ところがなお、やがて縦横な蜘蛛手《くもで》の縄《なわ》だった。  ばたばたと、兵はつまずき、その上へまた、騎馬が来て折り重なる。  ピューッ、ピューッ、さかんなる賊兵の指笛がどこかでつンざく。――するとたちまち、カギ鎗を持った無数の影が、立ち惑う連環馬の騎隊へむかって猛然と襲いかかッてきた。  カギ鎗に引ッかけられては、さしも鎖甲《くさりよろい》の馬も不死身扮装《ふじみいでた》ちの騎兵も、一トたまりさえなかった。そばからそばから、ぶッ仆れる。仆れると、あがき[#「あがき」に傍点]がつかず、敏速に起ち上がれないのは連環馬《れんかんば》の致命的な弱点だった。  そこへまた、熊手や火煙玉を持った泊軍があらわれて、十重二十重《とえはたえ》にとりまき、いちめんな阿鼻叫喚《あびきょうかん》を巻きおこした。――あがき[#「あがき」に傍点]のわるい連環馬のほとんどは、火の早い芦原《あしわら》のそこかしこで、蒸し焼きに焼き殺されたかのようである。 「残念っ」  からくも、遁《のが》れえていた呼延灼《こえんしゃく》は、ただ一騎で、狂気したような名馬|烏騅《うすい》の背にしがみついたまま何処へともなく馳けていた。  振返れば、天地すべて瞑々《めいめい》だ。つづいて来る一兵だにない。  三軍、ここに壊滅《かいめつ》、ことごとく、四散し去ったものとしか思われなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 名馬の盗難が機縁《きえん》となって三|山《ざん》の怪雄《かいゆう》どもを一つにする事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  梁山泊《りょうざんぱく》は、またも一大勢力をここに加えた。  鎗《やり》の徐寧《じょねい》、火砲の凌振《りょうしん》、それに彭玘《ほうき》将軍などの雄を、新たな仲間に迎えただけでなく、韓滔《かんとう》もまた官軍総敗北のさい、あの闇夜から捕われて来て、先の三名に説かれ、山泊《やま》の一頭領となってとどまることを、ついに天星|廟《びょう》の前で宣誓したのであった。  加うるにまた。  官軍総くずれのあとの戦利品も莫大《ばくだい》だった。  連環馬三千騎のうち千頭は山泊《やま》の捕獲するところとなり、官軍が捨て去った糧秣《りょうまつ》、よろい、かぶと、武器の一切、ことごとく泊中へ運びこまれ、三日間ぶっ通しの山泊《やま》祭りの大祝宴にわきかえった。しかし、げにもこれはおかしな奇現象で、官はわざわざ、この賊巣《ぞくそう》へ遠くから、武器、武人、糧《りょう》を送って、その驕《おご》りをいよいよ誇らすような結果をみてしまったわけである。       ×         ×  さて、一方はかの敗軍の将、呼延灼《こえんしゃく》。  いまさら、都へも帰れない。  麾下《きか》三軍の兵は、めど[#「めど」に傍点]を失い、散々《ちりぢり》逃げ帰りもしたろうが、彼とすれば「何でおめおめ、この面さげて都へ」という感慨だろう。  落武者のみじめ[#「みじめ」に傍点]を沁々《しみじみ》身に味わいながら、あてどもなく、二日ほど落ちて行ったが、 「待てよ。このまま山野に隠れて、郷士となり終るのも智恵がない」  と、そこで、一ト思案に行きついた。 「――青州の奉行、慕蓉氏《ぼようし》には、かつて一面識がある。あちらは慕蓉貴妃《ぼようきひ》のお血すじだ、ひとつ朝へおとりなしを願って、もういちど、雪辱の軍をなんとかしていただこう。そうだ。再起の工夫、望みなきにもあらずだ……」  気もちにゆとりを生じると、急に、身心の疲れや空腹をおぼえだした。それにもう黄昏《たそが》れ頃。見れば路傍に一軒の田舎《いなか》酒屋がある。 「亭主。今夜は泊めてくれい」 「だんな、うちは宿屋じゃございませぬ」 「わかっておる。どこでもいい。身を休めることさえできれば」 「じゃあ、あんな物置小屋同様な寝小屋でもようございますかい」 「わが輩は出征中の体だ、樹下石上も厭《いと》うものではない。……ただ腹が減《へ》った、さっそくそこの羊の股《もも》でも煮てくれい。そして酒だ、つづいて汁、飯、何でもいいから早くいたせ」 「かしこまりました。ま、こんなお菜《さい》で、とにかく一|角《かく》お飲《あが》りなすっていて下さい」 「お、忘れていた。外に繋いでおいたのは、踢雪烏騅《てきせつうすい》と申す名馬。あれへもあとで飼糧《かいば》をやっておいてくれんか。そして、どこか人目につかん所へ繋いで今夜は大事に守っていてくれよ」 「じょ、冗談じゃございません。だんな。なんでわしらに、一ト晩中の保証ができるもんですか」 「どうして」 「この辺、馬泥棒は名物なんで。ヘイ……。しかもそんな宝物みたいな名馬とあっちゃあ、なおさら目をつけられるにきまっていまさあ」 「ふうむ……。この地方では、そんなに馬の値段がいいのか」 「いいえだんな、山賊村が近けえンですよ。――ここから先に桃花山というのがありましてね」 「桃花山」 「へい、打虎将《だこしょう》の李忠《りちゅう》、小覇王《しょうはおう》の周通《しゅうつう》、その二|頭目《とうもく》の下に六、七百の子分がおります。強いのなンのッて、おかみの討手も、寄りつけた例《ためし》はないほどでして」 「はははは。わしは軍人だ。そんな者に恐れはせんよ。おう酒がなくなった。あとのを、あとのを……」  呼延灼《こえんしゃく》は、ついつい、手酌《てじゃく》をかさねて、したたかに酔ってしまった。さいごに、飯をと亭主が揺り起しても、そこの卓に俯伏《うっぷ》したまま、どっと疲れも出て眠り入ってしまった態《てい》だ。  ところが、亭主の子であろう。吩付《いいつ》けられて、飼糧桶《かいばおけ》を抱え、裏から軒の外へ廻って行った童子が、そこで、すッ頓狂に、わめいていた。 「馬がいないよ! 馬がいないよ! おとっさんお客さんの馬って、どこにいるのさ」 「げッ、いないって?」 「馬糞《ばふん》だけだよ、ここにあるのは」 「もう盗《や》られたか」 「攫《さら》われたんだね」 「風の仕業《しわざ》だ、まるで黒い風の――」  この騒ぎに、呼延灼《こえんしゃく》もガバと目をさまし、 「なに、烏騅《うすい》が」  と、飛び出して来たが、夜は暗々、地の理はわからず、それに飲んだ酒が、顔には一瞬に冷めながら、こめかみの辺では、ぐらぐら、眸《ひとみ》の裏側を、沸《たぎ》らせている。 「亭主、桃花山は、どっちの方だ」 「どっちといっても、とてもだんな、間に合やしません。さきは盗んだ馬で一足跳び。おまけに、そいつが脚の早い名馬ときては」 「恩賜の名馬なのだ。ああ……このうえ烏騅《うすい》まで盗《と》られたとあっては、いよいよわが輩の面目はない」  数日後。彼は青州へ入っていた。  奉行の慕蓉《ぼよう》は、取次から彼の名を聞いたとき「はて?」と大いに怪しむ風だったが、会ってみると、まちがいのない呼延灼《こえんしゃく》なので、 「将軍! いったい、どうしたんです?」  と、仰天《ぎょうてん》した色だった。 「武人として……」と、呼延灼は惨《さん》とした面《おもて》を伏せて「じつに、面目ない始末だが、まあ聞いてください」  と、つつまず、恥を語り終った。そして、仰ぎ願わくは、もういちど、軍のご派遣《はけん》をゆるされ、この身に雪辱の一戦をなさしめ給わるよう、伏して、おとりなしのほどを……と、男泣きに、九拝して、言った。 「よろしい。将軍は滅多に人へ額《ぬか》ずくべきではありません。将軍は将軍の権威を取りもどすべきだと私も考える」  慕蓉《ぼよう》は同情して、さて言った。 「……がしかし、朝廷へ奏《そう》するにしても、恩賜の馬まで失ったとは申し上げ難い。それにじつは、この青州|所轄《しょかつ》の地域でも、桃花山のほか、二龍山、白虎山などの賊塞《ぞくさい》があり、猛害をふるッて熄《や》まず、わが奉行所でもてこずっておる。ひとつ将軍がここで、烏騅《うすい》をとり返す事のついでに、それらの賊徒をも掃討《そうとう》してみませんか。さすれば、大いに、朝《ちょう》へおとりなしの儀もしよいと思うが」  桃花山には近来、打虎将《だこしょう》李忠が住みついていた。  この李忠の前身は、かつて魯智深《ろちしん》がまだ花和尚《かおしょう》といわず、渭州《いしゅう》の町で憲兵をしていた時代、同じ町の辻で、膏薬売《こうやくう》りをやっていたあの香具師《やし》の痩《や》せ浪人の崩れなのである。 「いけねえ、いけねえ。兄き、さんざんな目に会ッちまったよ。はやく助太刀に出てくんねえ」 「どうしたい周通《しゅうつう》」 「どうもこうもねえ。青州奉行の軍隊が来たッていうんで、いつものとおり、山寨《さんさい》の木戸をおっ開いて、ただ一ト蹴散らしと出て行った。ところが、まったく勝手が違った。こんどの討手の大将は凡物《ただもの》ではねえ」 「梁山泊《りょうざんぱく》で敗《ま》けて来た官軍方の将軍、呼延灼《こえんしゃく》という野郎だろう。……そいつが来ることは、おとといの晩からわかっていた」 「わかってはいたが、ああ強いとは思わなかったよ。双手《もろて》で薄がねの鞭《むち》をつかい、そばへ寄りつくこともできねえ」 「奴のほかに、奉行所の軍兵は」 「ざッと、二千か」 「そいつはだめだ。敵《かな》いッこねえ。稀代《きたい》な名馬は、先の晩に、こっちへ貰ッてあることだし、この上、ヘタな欲を掻くと、資本《もと》も子も失《な》くしちまわぬ限りもねえ」 「といって、どうする?」 「仕方がねえ。山じゅうの寨門《さいもん》を堅固に閉めておいて、てめえ、二龍山へ一ト走り行って来い」 「えっ、二龍山へ」 「そうだ。二龍山の宝珠寺にいる花和尚《かおしょう》の魯智深《ろちしん》へ泣きつくんだ。後々には、きっと貢物《みつぎもの》をいたします。ですから、ここんとこはどうか助けると思って、ひとつご加勢ねがいます、とな」 「合点だ」  裏山づたい、一日半。  ――ここ宝珠寺の破《や》れ本殿《ほんでん》では、時に、三人の怪人が、三ツの曲彔《きょくろく》に、片胡坐《かたあぐら》を組みあっていた。  ひとりは花和尚|魯智深《ろちしん》である。  次が、青面獣の楊志《ようし》。  もひとりは、虎殺しの名のある「行者《ぎょうじゃ》の二郎」武松《ぶしょう》だった。  このほか。――べつに山門の方にも、四人の小頭《こがしら》がいた。  もと孟州の牢番せがれ、金眼彪《きんがんひょう》の施恩《しおん》。  それに、操刀鬼《そうとうき》の曹正《そうせい》。これは二龍山の下で小酒屋をやっていたあの男だ。  あとのふたりは夫婦者で、孟州は十字|坡《は》の峠茶店で、凄い商《あきな》いをやっていた菜園子《さいえんし》の張青と、その女房、母夜叉《ぼやしゃ》の孫二娘《そんじじょう》なのである。  これらはいずれもその後、ここに武松あり花和尚ありと知って、身の都合から集まり頼って来た者どもだった。 「……よし、わかった。おかしらたちが、何と仰っしゃるか、ま、お取次だけはしてやるから、俺について来い」  曹正は、いま山門へやって来た桃花山の周通を伴《ともな》って、本殿の下へ来、使いの口上を彼と共に申し述べた。  耳かたむけていた花和尚たち三名は、何か、囁《ささや》き合っているふうだったが、やがて。 「わけを聞けば、打ッちゃってもおけまいなあ」  呟《つぶや》いたのは、楊志《ようし》である。  武松《ぶしょう》も「……うん」と大きく一つうなずいたが、花和尚だけは、渋ッたい顔をしていた。 「殺生はもうたくさんだ。ほかの山のおせッかいまではいらんことさ。それに李忠も、周通《しゅうつう》も、根ッからケチ臭え男でしかねえ」 「だが、花和尚」と、武松がいう。「――禁軍で名高い双鞭《そうべん》の名手|呼延灼《こえんしゃく》と聞けば、なんだか、ちょっと唆《そそ》られるなあ。それとだ、奴が梁山泊の不名誉を、ここで取り返す気だとすれば、桃花山を破ッたあとは、かならずここへやって来る」 「それは来る」  と、楊志も同調した。 「それからでは、後手《ごて》を踏むおそれもある。どうせ一ト波瀾は見るところ。それならこっちから先《せん》を取って、桃花山の願いも入れ、呼延灼にも、一ト泡吹かせた方がいい」 「む。行くか!」  と、ついに花和尚も、その重たげな巨躯《きょく》を、のしッと、腰かけていた曲彔《きょくろく》から上げた。 「あ、ご承諾くださるんで。……ど、どうもありがとうございます」  と、使いの周通は、ひざまずいて九拝した。そして連れて来た早足の子分に、これをすぐ桃花山の方へ速報した。  桃花山の李忠《りちゅう》は、報をうけると、ただちに二龍山との策応を考え、全山から喊声《かんせい》をあげて、ふもとの奉行勢へ反撃に出た。  さきの呼延灼《こえんしゃく》は、奉行|慕蓉《ぼよう》から二千の鎮台兵《ちんだいへい》をあずかって、その先頭に立っていたのである。――山上から打って出て来た賊魁《ぞっかい》の打虎将李忠が跨《また》がっているその馬を一見するなり彼はかっと鎧《あぶみ》を蹴ッて進み。 「やあ、それはわが輩から盗み取った名馬|烏騅《うすい》。太々《ふてぶて》しい盗賊めが。よくも洒《しゃ》ア洒《しゃ》アと出て来おッたな。覚悟しろ、人民の敵」 「笑わすな。貢税《みつぎ》の膏血《こうけつ》でぶよぶよ肥っている廟堂《びょうどう》の豚めが。梁山泊で赤恥かいた上、ここへ来てまで尻の穴で物をいう気か。人民の敵とは、うぬらのことだ」 「ほざいたな、尖《と》ンがり頭の青大将」 「なにを……」  この李忠も馬鹿にはできない。大道で香具師《やし》の真似《まね》などしていたが、もとは定遠の浪士のせがれで鎗の妙手。その骨ばッた青面《あおづら》とひょろ長い四肢は、呼延灼《こえんしゃく》が言ったように、いかにも爬虫類《はちゅうるい》の皮を鎧《よろ》うている一個の怪そのものだ。  しかし呼延灼の双手《もろて》から噴き出す二タ筋の薄刃金《うすはがね》の鞭《むち》に対しては、とても敵であろうはずもない。――接戦の火花を見せたのもほんのつかのま、たちまち子分どもも破れて、李忠以下、深く山へ逃げこんでしまった。  それを追ッかけて、山腹の寨門《さいもん》までせまッてゆくと、こんどは待ッてましたとばかり、山上諸所から鵝卵石《つぶて》の雨が降ってきた。ところへまた、後方の鎮台隊から伝令の兵があって。 「将軍。たいへんです。なにか、えたいの知れない大人数が、鼓《こ》を鳴らして、街道の遠くを迂回《うかい》し、こっちへ向って来る様子です」 「なに。うしろの平野から」  呼延灼はあわてて山を馳けくだり、そして、一陣の砂煙を彼方《かなた》に見た。なるほど、えらい喧騒轟々《けんそうごうごう》だ。しかもその先頭には、法衣《ころも》姿に腹巻を鎧《よろ》った大きな和尚が、戒刀《かいとう》を佩《は》き、禅杖《ぜんじょう》を掻い込み眼のさめるような白馬にまたがって来るのであった。  いうまでもなく、それは花和尚の魯智深《ろちしん》で、迫り寄ること、両陣の間隔約五十間。まず和尚の方からいう。 「おういッ。梁山泊でぶちのめされた、だらしのねえヘッポコ将軍てなあ、てめえか」 「だまれ。呼延灼とはわがことだ。義によって、慕蓉《ぼよう》閣下を助け、桃花、二龍、白虎の三山に巣食う害虫どもの一掃に参ったり。観念いたせ」 「だまって聞いていれば臍《へそ》が茶を沸《わ》かす。義によってなんて言葉がてめえらの仲間にあるもんか。花和尚の魯智深《ろちしん》を知らねえな」 「さては、過ぐる年、大相国寺《だいしょうこくじ》の菜園から都の内を騒がせたあのずくにゅう[#「ずくにゅう」に傍点]坊主か」 「泣く子も黙る花和尚に、こけ[#「こけ」に傍点]脅《おど》しなんざ片腹いたい。足もとの明るいうちに、退《さ》がれ退がれッ」 「うごくな。そこを」  だッ――と馬を馳け合すやいな、双鞭《そうべん》の唸り、風を切る禅杖《ぜんじょう》、さながら波間《はかん》の魚紋《ぎょもん》そのまま、凄まじさといったらない。  ついに勝負は果てなく、どっちからともなく、銅鑼《どら》が鳴り、両勢一せいに入りみだれ、やがてまた、さッと両陣とも引き分かれた。 「和尚。こんどは拙者に代わらせてくれ」  買って出たのは、青面獣|楊志《ようし》である。  楊志は、いわゆる“虎体狼腰《こたいろうよう》”といった体質。しかも大太刀の名人だ。  ところが、この楊志ですらも、呼延灼《こえんしゃく》の双鞭《そうべん》の秘術には敵の一|髪《ぱつ》も斬ることはできなかった。  双方、りんりの汗と炎の息の間に、時を費やすのみで、ついに勝負の決を見ず、ふたたび引鉦《ひきがね》のうちに陣を遠くへ退き、さて、つくづく、花和尚と共に、舌を巻いた。 「世間はひろい。なンてまア強い野郎もいるもんだろう」 「まさか、おれたちの腕にヤキが廻ったわけでもあるめえにな」  同様に。――一方の呼延灼の方でもまた、陣場の床几《しょうぎ》で、息を休めながら、 「いや危なかった。あいつら、どっちも、盗《ぬす》ッ人《と》ずれの手並ではない。武芸は禁軍の専売だと思っていたら大間違いだわ」  と、これも胆《きも》を寒うしていた。  ところがこの夕、意外な早打が、奉行|慕蓉《ぼよう》の鎮台から馬を飛ばして来た。 「将軍。すぐ軍をかえしてください。ご命令です」 「えっ。どういうわけで」 「三山の一|寨《さい》、白虎山に住む孔明《こうめい》と孔亮《こうりょう》と申す賊が、城内の手薄を知って、急に押し襲《よ》せてまいったので」  呼延灼《こえんしゃく》は仰天して、陣をたたみ、夜どおしで青州へ引っ返した。  とはいえ、いかに城内の手薄を知ったにしろ、白虎山の賊徒が、どうしてそんな積極的な挙に出てきたのか? 途々《みちみち》、使者に訊いてみると理由《わけ》はこういう次第だった。  古くから、白虎山の下の大庄屋に「孔家《こうけ》」という名門の一家がある。  なかなか人望もあって、兄を毛頭星《もうとうせい》の孔明、弟を独火星の孔亮《こうりょう》といい、壮丁《わかもの》や小作の百姓もたくさん抱えていたが、去年、町の大金持に騙《だま》されて、伝来の田地山林をのこらず法的に差押さえられ、その懸合《かけあ》い中に、つい若気の兄弟が、金持の一家を鏖殺《おうさつ》するという大事件をおこしてしまった。  当然、土地にいられぬ兄弟は、白虎山へ逃げ込んで、いつか打家劫舎《ものどり》に変じ、官へ反抗をしめしだした。ところが彼らの叔父にあたる孔賓《こうひん》というのが、青州城内で店舗《てんぽ》を持っていたので、累《るい》はこの叔父に及び、孔賓は以来、官の手に捕われて、奉行所の一牢にぶち込まれている。 「……というわけでして、つまりここんとこ、城内にはいくらも軍隊がいないと見て、孔明、孔亮のふたりが、叔父|孔賓《こうひん》の身を、牢から奪い出そうと計って、押しかけて来たものに相違ございません」 「よしっ、わけは分った」  呼延灼《こえんしゃく》は、こう聞いたので、すでに突撃態勢を作って、城下へ馳けつけた。  見れば、果たして州城は賊軍の包囲にあり、奉行|慕蓉《ぼよう》は、孤塁を守る姿で、からくも城頭に立って指揮している―― 「お奉行っ、これへ呼延灼が馳けつけましたぞ。ご安堵《あんど》あれよ」  彼は、高い所へ向って、こう手を振った。  そしてたちどころに、賊徒をけちらし、かつ、兄弟の姿を追ッて、城外四里の地点で、孔明に追いすがり、ついに闘い伏せ、孔明だけを生捕《いけど》りとして引きあげて来た。 「将軍。よくぞ、神速に――」  と、慕蓉《ぼよう》のよろこびと、賞《ほ》め称《たた》えは、一ト通りでない。 「なんのこれしきのこと」  と、彼はかえって、謙遜《けんそん》して。 「むしろお恥かしいくらいです。なんとなれば、桃花山一つもまだ片づきません。甕《かめ》の中の泥亀《すっぽん》を採るようなものと思っていたのがまちがいで、思いきや、二龍山から花和尚、また青面獣の楊志《ようし》なんどの、意外な助太刀があらわれましたために」 「悪かった。事前に注意しておけばよかったが、そのほかまだ、景陽岡《けいようこう》で虎退治をした行者|武松《ぶしょう》なども、一味の内にたてこもっておる。……それゆえにこそ今日まで、この州城でも征伐し難く手をやいていたわけなのだ」 「いや、もはやご安堵あってしかるべしです。追ッつけこの呼延灼が、ひとりびとり、引ッ縛《くく》ってきて、ご面前に据えるでしょうから」 「たのむ。急に心も明るくなった。まずは将軍も大いに休養してください。酒庫《しゅこ》を開いて、兵どもにも、ひとつ今夜は勇気づけさせましょう」  ――場面は一転して。ここは郊外十里の野。  地は暗く、空には鋭い細月《さいげつ》があった。  一隊の黒い流れが見える。――先なる一壮漢は、狭霧《さぎり》の薄戦衣《うすごろも》に、虎頭《ことう》を打ち出した金唐革《きんからかわ》の腹巻に、髪止めには銀のはちまきを締め、おぼろめく縒絨《よりいと》の剣帯《けんたい》へ利刀を横たえ、騎馬|戛々《かつかつ》、ふと耳をそばだてた。 「おいっ、物見」 「へい」 「何か地の音が遠くからする。行ってみろ」 「合点です」  すると、走った物見は、またたくまに、戻ってきて。 「親分。やって来たのは、白虎山の仲間のやつらです」 「呼延灼の部下じゃなかったのか」 「その呼延灼にぶち負けて、さんざんな態《てい》たらくの孔亮《こうりょう》でした。なんですか、親分をよく知ってるそうで、いますぐこれへまいります」 「なに、孔亮が来るって」  武松《ぶしょう》は、馬を降りて、木に繋《つな》いだ。  俄に、呼延灼が青州へひきあげたので、これは怪しいと見、武松は一隊をつれて、今宵、城内附近の敵状を窺《うかが》わんがため、密《ひそ》かに、これまで来たものだった。  ところへ、その青州城下で惨敗を喫《きっ》したのみか、兄の孔明を生捕られ、無念やるかたなく落ちて来た孔亮の一勢と、偶然、行き会ったものである。孔亮《こうりょう》は、武松と聞くや、なつかしそうに馳け寄って。 「武《ぶ》行者。私です……。お変りもなく」 「オオ、亮《りょう》君か。まことに一別以来だったな」 「いちど二龍山へ、ごあいさつに出ようと思ってたんですが」 「拙者こそだ。無沙汰の罪はこっちで詫びたい。ところで兄上は」 「不覚にも、生捕られました、呼延灼《こえんしゃく》のために。無念、いや面目もありません」 「あいつに馳け向っては無理もない。稀代《きたい》な刃《は》がね鞭《むち》の使い手だ。だがさ、なんだッてまた、そんな無謀な深入りをしなすッたのか」 「城中の牢に囚《とら》われている叔父|孔賓《こうひん》を、助け出したい一心につい駆られまして」 「オ。……そんな噂はかねて薄々耳にしていた。叔父|御《ご》の孔賓とやらは知らないが、あんたがたご兄弟の家には、かつて、たいへんなお世話になったことがある。――いま梁山泊にいる宋先生とふたりしてね」 「なおご記憶でございましたか」 「ご恩を忘れていいものか。宋先生も折には思い出していなさるだろう。いや、今はそれどころではない。亮《りょう》君。ここは何とかしなくっちゃなるまいぜ」 「もちろんです。ですが如何《いかん》せん、微力です、白虎山には、もういくらの手下も残っていません」 「亮君、弱音《よわね》を吹くな。とにかく今夜は拙者について来給え」  武松は彼を力づけて、魯智深《ろちしん》と青面獣|楊志《ようし》のいる味方の陣場までつれもどった。  暁の篝火《かがりび》をかこみ、羊の股《もも》を裂いて、焙《あぶ》り焙り齧《かじ》り合いながら、さて、談合の結果、 「よろしい、青州《せいしゅう》奉行の悪政に、塗炭《とたん》の民が、愚痴《ぐち》も泣き言もいえずにじっと歯の根を噛んでる姿はすでに久しいものがある。いっそのこと、亮さんの兄上孔明と叔父御の孔賓《こうひん》を助け奪《と》る事のついでに、慕蓉《ぼよう》をかたづけ、呼延灼《こえんしゃく》を生けどり、州城の庫の物もそっくり貰って、ひとつ、窮民祭りでもしてやろうではないか」  言ったのは、日頃は腰の重い不性者《ぶしょうもの》、花和尚|魯智深《ろちしん》なのである。  武松はもとより願うところ。それだとばかり異議はない。だが、かつて一ト度《たび》は北京軍《ほっけいぐん》の大名府《だいみょうふ》に仕えていた日もある青面獣|楊志《ようし》は、さすが小首をかしげて雷同《らいどう》もしなかった。 「むずかしそうだなあ。そいつあ、まあ夢だろうぜ」 「楊志、どうしてそれが夢なんだ?」 「おれが見るところ、青州城ッてえのは、ちょっと不落といえそうな堅固な城だ。かたがた呼延灼も正直つよい。慕蓉ッて奴も、なかなかな出来物《できぶつ》。それをろくすっぽ装備もねえ三山の手下ぐらいで、なんで、乗ッ取れるもんじゃねえ」 「いかにも道理だ。いわれてみれば、この花和尚にも一言なし、一言なし」 「では楊志、何かほかに、策はねえか。この武松とすれば、どうしても、孔家《こうけ》兄弟の恩にここで報いてみせねばならん」 「一案はある。ただし大覚悟を要するが」 「それは?」 「孔家《こうけ》の恩を思う人に、もうひとり宋公明《そうこうめい》があるといったね。どうだ、孔亮《こうりょう》さんをここから急遽、梁山泊《りょうざんぱく》に使いにやる――。そして云々《しかじか》と事情《わけ》を訴える。――梁山泊とすれば呼延灼《こえんしゃく》は討ち洩らした官軍の首将だ、それに孔家の旧恩にたいする宋江《そうこう》先生の奮起もかならずありと見てよいと思う」 「うーむ。いい案だが、そうなると、いよいよ俺どもも、さいごは梁山泊入りときまるな」 「どっちみち、こう火の手が大きくなったからには、もうこの辺の小寨《こじろ》に殻をかぶッてはいられまい」 「それもそうだ。では、腹をすえるか」 「すべては、みんな、天星のおはからい[#「おはからい」に傍点]さ」 「なるほど。おはからいか。うめえことを言やがる!」  と、花和尚は、腹を揺すって大笑いした。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 三|山《ざん》十二名、あげて水滸《すいこ》の寨《さい》へ投じる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  孔亮《こうりょう》は、その場からすぐ、急使となって、青州《せいしゅう》を離れた。  日ならずして着いた先の、梁山泊では、すぐ宋江《そうこう》が会ってくれて、 「おい、孔家《こうけ》のご次男ではないか。どうしてこれへは?」  と、彼を見ると、手をとってなつかしがった。……その宋江はまた、彼のはなしによって孔家の主《あるじ》はすでに亡く、孔家はつぶれ、兄の孔明《こうめい》、叔父の孔賓《こうひん》、みな青州奉行の獄中にとらわれているなどの仔細《しさい》を聞いては、 「ああ申しわけない。ご恩のある旧家の災いを、私は少しも知らずにいた。ゆるしてください」  と、さんぜんと涙を垂れた。  すでに、宋江の忘れない旧情が、このようであったから、孔亮《こうりょう》の頼みは、一議におよばず、全山の仲間からも支持されて、たちどころに、 [#1字下げ]青州襲撃  の義挙も異議なくまとまった。  そこには、さきに戦場で見失った官軍の総帥、呼延灼《こえんしゃく》も逃げこんでいるという。  また。味方としては。  二龍山の花和尚|魯智深《ろちしん》、青面獣《せいめんじゅう》の楊志《ようし》。ほか桃花山、白虎山など、あわせて三|山《ざん》の漢《おとこ》どもも、ひたすら梁山泊の援《たす》けを望み、孔亮の使いの吉左右《きっそう》を、首を長くして待ッている場合でもあるとのこと。宋江はすすんでそれに当ろうとした。 「晁《ちょう》総統。おききおよびの通りです。この宋江に三千の兵をおまかせ下さい。義のため青州へ行って来ます」 「いや、宋先生」と、晁蓋《ちょうがい》は首を振った。「――こんどは、あなたはお残りなさい。ここ度々の陣務。青州へは、てまえがあなたに代って行こう」 「いや目的は、旧恩のある人々の救出にある。それを総統に代らせては、私の義が立ちません」  あくまで宋江は宋江らしい。二十人の頭目《とうもく》と、五隊三千人の泊兵をひきい、率先、青州の野へ出発した。  彼が、かねて江湖《せけん》に噂のたかい花和尚|魯智深《ろちしん》と会ったのはこのさいである。青面獣の楊志《ようし》らとも初対面であった。――三山を代表して二人は途中で宋江の軍を迎え、青州城の模様などをつぶさに話した。時にそれをそばで聞いた軍師|呉用《ごよう》は、 「ははあ……」と、うなずきを見せて、こういった。 「青州は有名な嶮城《けんじょう》だし、奉行|慕蓉《ぼよう》の権勢もまた人の知るところだが、要は、その中へ呼延灼《こえんしゃく》という者が入り込んで、いやが上にも気勢を揚げているものと観《み》られる。……宋先生、これはまず呼延灼をいけどってしまうのが、いちばんの早道でしょう」 「呉《ご》軍師。そんなうまい方策がありますかな」 「ないこともありません。――陣中につれてきた秦明《しんめい》と花栄《かえい》とは、共に以前、この青州で兵馬総管をしていた者だったはずですから」 「なるほど」  宋江もいわれて思い出した。そこで第四隊にいたその二将を、第一隊に入れ代え、燕順《えんじゅん》、矮虎《わいこ》、楊雄《ようゆう》、朱同《しゅどう》、柴進《さいしん》、李俊《りしゅん》などを二陣三陣として、城下へせまった。  もとより秦明《しんめい》や花栄《かえい》は、ここの地勢や、城内の抜け道にまで精通している。しかし短兵急には寄らず、連日、銅鑼《どら》や喊声《かんせい》をあげ、鼓譟《こそう》して、逃げたりまた寄せたり、巧みに、城兵を疲らせていた。  ――ついにその策《て》に乗って、奉行|慕蓉《ぼよう》は、客将の呼延灼《こえんしゃく》へこう命じた。 「将軍。――あれ、あのように、いつも賊の陣の前に立って指揮している花栄と秦明《しんめい》の二人は、もとこの地で兵馬総管までつとめていた軍人でありながら、官に叛《そむ》いて賊の仲間へ奔《はし》った憎ッくき奴らです。にもかかわらず、日々あれへ出て恥もしらぬ悪口雑言を吐いている様、どうにもはや、我慢がならぬ」 「わかりました。あの賊の二将の首を取ッて来いとの御意《ぎょい》ですな」 「そうだ。いちどは敗れたりといえ、禁軍三万の上に指揮をとっていたあなただ。賊将の首二ツぐらい慕蓉《ぼよう》の前に供えられぬことはあるまい」  こういわれては、呼延灼《こえんしゃく》たる者、なんで否《いな》まれようや、である。精兵八百をひきつれて、城の一門から敵中へ突進して行った。  けれど秦明、花栄は、 「それっ、おいでなすッた!」  と、これは思うつぼ[#「つぼ」に傍点]の様子だった。決してあわてないし、また驚かない。巧みに陣を開き、また旋回し、チラチラ、自分たちの姿をそのあいだに見せながら、次第に遠くへ退いて行った。 「卑怯っ、卑怯!」  追っかけ追っかけ、呼延灼はつい深入りしてしまった。あげくに、陥《おと》し坑《あな》へ落ちこみ、搦《から》め捕《と》られて、やがて、宋江のいる本陣へ、大熊みたいに、曳きずられて行ったのだった。  すでに伝令で知っていた宋江は、それを見ると、気の立っている大勢の手下を叱った。 「手荒にするなっ。縄を解け。――縄を解いて、わしに預けろ」  さらに、宋江は、その呼延灼《こえんしゃく》の手をとって、幕舎の内に入れ、しかも礼を執《と》って、こう慰めたものである。 「将軍、無残な目にお遭《あ》いなされましたな。ご胸中もお察しできる」 「やあ、きさまがかねて聞く宋公明だな。このほうに恥をかかす気か。早く首を打て」 「いや将軍。まだ人生を見限るのは早過ぎましょう。お互いはまだ若い。あたら命を、そう粗末にすることはない」 「では、生かしておいてどうする気だ?」 「あなたの勇と才能を使いたい」 「だれが」 「天が」 「ばかを申せ。使いたいのはきさまらだろうが、いやしくもわしは呼延灼だ。賊徒の道具には相ならん」 「しかし、人間と生れた宿業《しゅくごう》の尽きぬうちは、いやでも天はあなたを地上で使い切るでしょう。梁山泊は賊の巣窟《そうくつ》とのみお考えのようだが、これなん天罡星《てんこうせい》の集まりです。天意による世直しの大作用《だいさよう》を、この土《ど》においてしいるものです。呼延《こえん》将軍」 「なんだ」 「さきにあなたが盗まれた名馬|烏騅《うすい》は、盗んだ桃花山の周通《しゅうつう》を納得させて、そこの幕《とばり》の外につないである。あらためてお返し申す」 「なに。あれをわしに返すと?」 「されば、烏騅《うすい》に跨《また》がって、ここをお逃げになるならお逃げなさい。――しかし、すでにあなたは朝廷からあずかった三軍を征途に亡《うしな》い、また三千の連環馬軍《れんかんばぐん》を殲滅《せんめつ》され、いわば籍《せき》なき敗軍の孤将にひとしい。どの顔さげおめおめ都へお帰りになれようか」 「…………」 「おそらくは、慕蓉《ぼよう》をたよって、朝廷への帰参をとりなしてもらおうというお腹なのでしょう。ところが、その慕蓉は早や青州城を捨てて、今夜あたりは、首になるか、あるいは、都へ落ちんと、野を逃げ惑ッていることでしょう。そのほうは、おあきらめなされたがよい」 「ば、ばかなッ。いい加減なことをいえ。いいかげんなことも程々に」 「いや、あなたのつれて出た精兵も、あらましは軍師呉用の八陣の計に落ちて、そっくり捕虜《とりこ》にされている。その旗、その城兵を巧みに使って、今夕の宵闇《よいやみ》にまぎれ、こちらの秦明《しんめい》、花栄そのほかの部隊が、城中へなだれ込み、一気に青州城を内から占領する手順になっているのです。……ま、事実を待ちましょう。やがて火の手が揚がるはずですから」  宋江の言は、嘘ではなかった。  青州はその晩に陥ちた。炎々たる城頭の火柱《ひばしら》は、郊外十里の野づら[#「づら」に傍点]を染めて夜もすがらな城内の人声が、赤い雲間に谺《こだま》している―― 「炎の下から、獄中の孔賓《こうひん》と孔明《こうめい》の二名は無事に救い出しました。また奉行《ぶぎょう》慕蓉《ぼよう》の一家は、みなごろしにいたし、あとは領民の混乱ですが、目下、それを鎮撫中《ちんぶちゅう》であります」  こう宋江の幕舎へ、伝令があると、宋江はすぐ馬に乗って出て行った。  そして、城内の鎮撫やら指令をすませて、明けがた、再びこれへ帰って来ると、まだ幕舎の片隅に首うなだれて坐っていた呼延灼《こえんしゃく》が、いきなり彼の袖にすがって言った。 「宋大人《そうたいじん》。きのうまでの自分の倨傲《きょごう》は、慚愧《ざんき》にたえん。まったく、迷いの夢がさめた。わしは梁山泊というものも、また広くはこの社会《よのなか》をも、見損なっていた。いまからはぜひ水滸《すいこ》の寨《さい》の一員にお加え願いたい」 「おう、おわかり下すったか」 「じつは昨夜、あなたがここを出たあとで、入れ代りに、旧友の彭玘《ほうき》、凌振《りょうしん》、また韓滔《かんとう》も、揃ッてここへやって来ました。……そしてかれらからつぶさに梁山泊の内状を話され、かつまた、泊中の人達の、烈々たる理想をかたり聞かされて、真底《しんそこ》、自分の考え方も革《あらた》められてしまったのです」 「祝着《しゅうちゃく》、祝着」  宋江は大いによろこんで―― 「では、さっそくお戻しした名馬|烏騅《うすい》にお乗り下さい。轡《くつわ》をそろえて、城内へ参りましょう。そこには、あなたのほかにも、今日あらたに、梁山泊入りしたいと望んでいる同志の新顔がまだたくさんに待っている」  といって、彼をうながした。  城内の街々はまだ余燼濛々《よじんもうもう》の騒ぎである。――だが早くも、街角には、宋江が立てさせた“撫民《ぶみん》ノ制札《せいさつ》”が見られ、一部では城壁の消火につとめ、また一隊の泊兵は、罹災民《りさいみん》を他にまとめて、それには米や衣服やかねを見舞にめぐんでやっている。  役署の穀倉《こくそう》は開かれ、奪いとった金や衣《きぬ》は山をなし、良馬二百余頭も、一ヵ所につなぎ出された。宋江はこれの半分を梁山泊へ輸送させ、 「あとは窮民に領《わ》けてやれ」  と、土地《ところ》の長老《としより》五人をえらんで、その者たちに処理を托した。――そして、即日、 「長居はまずい。梁山泊へ」  と、すぐ全軍を青州から引き揚げにかからせたが、その途すがらも、秋毫《しゅうごう》犯《おか》すことない徳風を慕って、郷村《きょうそん》の老幼男女は、みな道にならび、香を焚《た》き、花を投げて、歓呼した。 「……ああ、うそではない」  呼延灼《こえんしゃく》は心中、つくづく、途上《みち》で感じていた――。 「かつては自分も、禁軍三万をひきつれて、征途のみちを、こうして行軍したものだが、まだいちども田野《いなか》の郷民が、こんなに王軍へ歓呼するような景色に出会ったことはない……。これがまことの野の声というものか」と。  さらに彼は、梁山泊でも驚いた。  その規模の大は、さきに彼が攻めあぐねた時から分っていたが、内部の秩序、また宛子城《えんしじょう》の大会議に集まった漢《おとこ》どもの、いずれも一トかどな面だましいに、今さらの如く、ひそかな舌を巻いたのだった。  総統の晁蓋《ちょうがい》以下、従来の名だたる面々はいうまでもない。特にこのたびの凱旋《がいせん》では、新たな降人、呼延灼《こえんしゃく》をはじめ、二龍、白虎《びゃっこ》、桃花《とうか》の三山から――魯智深《ろちしん》、武松《ぶしょう》、青面獣、施恩《しおん》、曹正、張青、孫二娘《そんじじょう》、周通、孔明、孔亮――しめて十二名の新加盟者も居流れていたことなので、そのありさまは、なんとも壮観のかぎりであった。 「三山の者を代表して」  と、さかもりの最中に、青面獣|楊志《ようし》が起って、一場の挨拶をのべた。 「このたびは、梁山泊ご一同の義にたすけられ、かつまた、新参の十二名へ、かような盛宴を張っていただき、身に余るばかりか、魚が水を得たような新天地をここに見いだしました。どうぞ以後はよろしくお引きまわしを」  それにたいして、晁蓋《ちょうがい》からも歓迎の辞があった。 「かねがね、お噂のたかい花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》、また行者武松。そのほかの方々でも、ご縁があるならこちらから出向いてもお誘いしたいほどな思いでいたのです。――それがはしなく、こんどの事件で、こう一堂にお揃いでご加盟を願えることになったのも、申さば、天のおはからいといえるものかもしれません。われらにとって、こんなよろこばしいことはない」  すると花和尚が、即座に、相槌《あいづち》を打って言った。 「おはからいか! なるほど、ここへ来る前にも、誰かが同じことをいっていた。――では、今日ご馳走の酒も、おはからいによるものとして、存分、遠慮なくいただくとしよう。諸子! ひとつご乾杯を」  彼の音頭《おんど》に、どっと笑い声が揚がり、満堂一せいに杯をあげ合った。  かくも錚々《そうそう》たる顔ぶれがふえたので、水滸《すいこ》の寨《とりで》は、いよいよその陣容の充実をみせてきた。――旌旗《はたじるし》もこれまでの物では不足し――三歳、九曜、二十八宿の旗、飛熊《ひゆう》ノ旗、飛豹《ひひょう》ノ旗をも新たに作らせ――山の四面には、狼火台《のろしだい》まで築かれてきた。  泊内での、農耕はもとよりのこと。酪農《らくのう》から酒の醸造《じょうぞう》も今ではここで事を欠かない。老幼は養蚕《ようさん》をして糸を紡《つむ》ぎ、漆林《うるしばやし》では漆も採《と》る。――器用者の侯健《こうけん》は、やき物の窯場《かまば》も設けて、陶器《すえもの》を焼きはじめ、武器の工廠《こうしょう》では、連環《れんかん》の馬鎧《うまよろい》からカギ鎗、葉鉄《うすがね》の鎧《よろい》、またあらゆる兵具を、日夜さかんに作っていた。  こんな或る日のことである。 「宋《そう》先生――。ひとつ、折入って、ご相談があるんですが」  と、花和尚《かおしょう》の改まったことばに、宋江もまたふと、その眼をニッとほそめた。 「ほ。折入ってとは、何事ですか」 「おかげでこの花和尚も、近来になく、身のおちつきを覚えていますが……」と、魯智深《ろちしん》は、こう語り出す。「ところが、てめえの身がおちつきを得てみると、思い出すのは、なつかしい、しかも恩のある旧友でして」 「ウむ、それはいいことだ。して、思い出すそのご友人というのは」 「九紋龍の史進《ししん》ていう奴です」 「史進《ししん》? ……。それならこの宋江もとうに名前は聞いている」 「以前、わが輩がまだ流浪中、その史進には、瓦罐寺《がかんじ》で助けられたことがあり、それッきり会ッちゃおりません。ところが、聞けば近ごろは華州《かしゅう》華陰県《かいんけん》の少華山にいるッてえはなしなんで、ひとつそこへ出向いて行き、仲間に誘ッて来てえもんだと思うのですが、どうでしょう先生」 「それは願ってもないことだ。ぜひ行ってくれ給え」 「ありがたい。それではさっそく」 「しかし、一人では、万一ということもあるが」 「いや、武松《ぶしょう》もぜひ、一しょに行こうと言ってくれてるんで」 「それなら文句はない。吉左右《きっそう》を待っていますぞ」  しかし、宋江は要心ぶかい。これでも心中決して安心はしていず、密かに、神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》に耳打ちして、二人の出立後、華州へ放った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 木乃伊《ミイラ》取り木乃伊となり、勅使の大臣は質《しち》に取られる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  こちらは、旅僧|魯智深《ろちしん》と、行者すがたの武松との二人。  日をかさねて、はや少華山の山麓《さんろく》へ来ていた。  山寨《やま》には、九紋龍|史進《ししん》をかしらに、神機軍師の朱武《しゅぶ》、跳澗虎《ちょうかんこ》の陳達《ちんたつ》、白花蛇《はっかだ》の楊春、こう三人の頭目がいる。――ところが、それに会って訊いてみると、 「どうも、せっかくな時に、おいでなすったな。……じつあ、史《し》の若旦那[#1段階小さな文字](彼ハ以前、コノ近県切ッテノ大荘院《オオジョウヤ》ノ嫡男《チャクナン》)[#小さな文字終わり]は、あいにく、つい先頃からここにはおいでなさらねえんで」  と、その三頭目が三人ともに、何とも元気なく鬱《ふさ》ぎ込んでいる。 「なに。ここにはいないって。――ここにいなければ、一体どこにいるってんだ」  気色《けしき》ばんで、花和尚がただしてみると、その仔細《しさい》がまた容易でない。  ここ華州華陰県のすぐ西の方には、天下に有名な霊廟《れいびょう》がある。  西岳《せいがく》の華山といって、いわば天子のご祈願所の一つ。――そこへ或る日――いやつい先ごろ。史進はお詣《まい》りに行って、その帰りに、道ばたで泣きぬれていた一人の男を見かけ、あわれに思って山へ連れ帰った。  きいてみると、男は北京《ほっけい》大名府の者で、職は画工《えかき》であるという。画工一代の悲願と、腕みがきのため、御山《みやま》の金天聖廟《きんてんせいびょう》の壁画を描くべく娘の玉嬌枝《ぎょっきょうし》を連れて、数日間、願《がん》がけの参籠《さんろう》をしていたものだった。  ところが、この玉嬌枝をチラと見染めて、理不尽にも、妾《めかけ》に出せといって来た者がある。しかもそれが官憲だった。  父娘《おやこ》が泣いてあやまると、ついに一夜、暴力のあらしが娘の悲鳴をつつんで手の届かぬ所へ遠く攫《さら》ッて行ってしまった。何者かといえば、華州第一の覇権者“賀《が》”という奉行がその当人だった。――たまたま、華山の霊地に詣《もう》でた賀《が》が、ふと、玉嬌枝を見そめて「……なんでも、ぜひ、わがものに」と、その淫欲と暴とを逞《たくま》しゅうしたものだった。  史進《ししん》はこれを聞いて、義憤やるかたなく、 「よし、おれが懸合《かけあ》って、娘をとりかえして来てやる……」と、ただ一人、県城の奉行所へ出向いて行った。――が、それきり彼も、山へ帰って来ない。今日でもう十日にもなるが何の音沙汰もないのを見れば……その一命も気づかわれる……という三頭目が逐一《ちくいち》な話なのだった。 「ふウ……む!」  ひとたび、花和尚がこう呻《うな》ると、たちまちその満面も、背の文身《ほりもの》の緋桜《ひざくら》のようになる。 「おい、聞いたか武松」 「聞いた。ひどい奉行もあるもんだな」 「わが輩がもっとも憎むべき奴としている代物《しろもの》だ。よしッ。行って来るからな。貴公は山泊《やま》との連絡もあること。ここにいてくれ」 「えっ、どこへ行く気だ、和尚」 「知れたこと。華陰県の奉行所へよ」 「よせ。そいつア無謀だ。九紋龍の轍《てつ》もあること。二の舞を踏んではつまるまい」 「じゃあ何か。史進の災難を、この花和尚に、知らん顔でいろっていうのか」 「おい、おい。喧嘩腰はよそうぜ。この武松だってそんな気じゃあない。ともに心配はしてるのだ。だが、ここは大事をとり、いちど梁山泊《りょうざんぱく》へ引っ返して、一同のお智恵と協力を仰いだほうがよかろうと俺は考えるのだが……」 「喝《か》ッ……」と、花和尚はもう突ッ立ちあがっている。そして――「ええ悠長な。そんなこんなのうちに、もし史進の一命にまちがいでもあった日には、義として、情として、この花和尚、のほほん[#「のほほん」に傍点]と生きてもおれんわ。ぜ[#「ぜ」に傍点]がひ[#「ひ」に傍点]でも、わが輩《はい》はこれからすぐ行く!」  朱武や陳達《ちんたつ》はおどろいて、あわてて子分をよびたてた。そしてたちまちただ一人で、山を降ッて行った花和尚のあとをつけさせた。  だが、そんなものは、眼のすみにも顧みている花和尚ではない。  すでに翌々日の午後である。この異形《いぎょう》なる大坊主は、れいの錫杖《しゃくじょう》を片手に、のッしのッしと、華州城内の雑閙《ざっとう》をあるいていて、 「こら、ちょっと訊くが、奉行所はどこだ、ここの奉行所は」  と、道行く者をつかまえては訊ねていた。  すでにその権《けん》まくからして只ならないものがある。往来の者は、呆《あ》ッ気にとられて、 「なんだろう、あの風来坊は?」  と、目をそばだてた。しかもちょうどこの日、当の奉行の賀《が》は、街をお練《ね》りで帰って来る途中にあったが、たれも花和尚にそれが奉行だとは教えてやる者もない。  奉行は綺羅《きら》な輿轎《こしかご》に乗ッていたのである。輿《こし》ワキには護衛の力士が鎗を持ってつきしたがい、騎馬の与力がそのあとさきを守って往来の邪魔者をいちいち叱咤《しった》しながら行く――  これがやがて州橋《しゅうきょう》の上までかかると、輿《こし》の垂れ絹の内から奉行の賀が、 「ちょっと、待て」  と、急に列を止めさせていた。そして与力の一人をそば近く呼んで。「……途々《みちみち》、異形な坊主が列のあとから尾《つ》けて来るようだが知っているか」 「はっ。不審な奴と見、油断はいたしておりません」 「いや、それよりもだ、いッそこうせい。……よいか、抜かるなよ」  どんな策をさずけられたのか、その与力は、馬を力士の一人に預け、あとへ戻って、花和尚の前に立ち、いやにていねいに、こう言ったものである。 「おん僧は、そも、どちらからお出《い》でになられましたか」 「わが輩か。わが輩は見たとおりの旅僧さ。いってみれば、天涯無住《てんがいむじゅう》だ」 「おそらくは、由緒あるお山のご高徳でいらせられましょう。ぜひ、一|夕《せき》のお斎《とき》なと差上げて、ご法話でも伺いたいと申されますが」 「誰がよ」 「お奉行さまが」 「ははアん。じゃアいま先へ行った輿轎《かご》は、やはりここの奉行だったのかい。……どうもそんな臭《にお》いがと、思って尾《つ》けて来たんだが」 「何かお奉行へ御用でも」 「さればさ。ちょっくら会って、話したいことがあってね」 「それはまことに好都合です。お奉行はいたって仏心の深いたちで、有縁無縁《うえんむえん》によらず、旅の法師とみれば官邸に請《しょう》じて、何がな布施《ふせ》のお徳を積まれるのが、まアお道楽といったようなお方。それでは、どうぞてまえとご一しょに」  と、案内に立つ。  こんなうまい機ッかけがあるはずのものではない。けれど魯智深《ろちしん》は、渡りに舟とよろこんでしまった。――そして宏壮な一門に入って行く。すると当然、腰の戒刀《かいとう》と錫杖《しゃくじょう》も「……お預かりを」という奥向きの侍に、つい預けるほかなくなってしまい、丸腰となって、さらに中廊下を深く一殿の内へ通された。 「やあ、連れて来たか」  すぐ帳《とばり》を排してあらわれた奉行の賀《が》は、魯智深《ろちしん》には、ただのひと口も物をいわせぬうちに、 「者ども。こいつは梁山泊の廻し者だ。からめ捕れッ!」  と一方の手を颯《さ》ッと高く振りあげた。  とたんに、ひそんでいた力士、捕手、何十人もが、どッと出て来て、一瞬のまに、魯智深の体を高手小手にからめてしまった。一|吼《ほ》え、二タ吼え、猛虎の唸きさながらなもがき[#「もがき」に傍点]はその下で聞えたが、山のような人数の岩磐、さしもな花和尚もこうなっては、早やどうしようもない。無念無念と、ただ毒づくばかりだった。 「はははは。よくよく智恵のない奴だの」  賀《が》は笑った。――彼はこれへ帰るやいな、かねて他県の官庁から廻附されている多くの手配の牒《ちょう》を調べさせ、そのうちから「あっ、これだ」と魯智深の人相書を見つけ出していたのである。  かつては渭州《いしゅう》の憲兵あがりで、関西五路の肉屋殺し。そしてまた都の大相国寺でも、大暴れをやったあげく、近くは二龍山にこもって、梁山泊の賊とともに、青州一城を全焼《まるやき》にしたという飛報もきている。なんで、奉行の賀《が》が気《け》どらずにいようやである。しかも、賀の底意《そこい》には、さきにわが手で、九紋龍|史進《ししん》を獄にくだしていた要心もあった折のことだ。かさねがさね、こんな所へわれから踏みこんだ魯智深の不覚は不覚というよりは、浅慮《あさはか》だったというしかない。  またぞろ、梁山泊の内では、 「すわ。ほってはおかれん」  と、俄な大動員をここに見ていた。不幸にして宋江《そうこう》の予感が中《あた》ったわけである。――すなわち、神行|太保《たいほう》の戴宗《たいそう》が、武松《ぶしょう》に会って、  云々《しかじか》、かくかく。  と、史進、花和尚、ふたりまでの災厄を聞き、ただちに、これへ注進して来たことからの、騒ぎであった。  例のごとく、宋江を総大将に、軍師|呉用《ごよう》が参謀につき、花栄《かえい》、秦明《しんめい》、徐寧《じょねい》、林冲《りんちゅう》、楊志《ようし》、呼延灼《こえんしゃく》、そのほか二十人の頭目《とうもく》、一千の騎兵、三千の歩兵、数百|車《しゃ》の輜重《しちょう》、べつに一群の船団、あわせて五千余のものが、 「それッ急げ」  とばかり、疾風雲《はやてぐも》のごとく、河川を溯《のぼ》り、野を踏破して、昼夜わかたず、華州《かしゅう》へ急行したのだった。  ひとあし先に、飛ぶこと鳥の如き戴宗《たいそう》は、すでに少華山へこのことを知らせている。――さっそく、武松は陳達、楊春などをつれて、泊軍を山の麓《ふもと》に出迎えた。  着くとすぐ、宋江はまずまっ先に、こう訊ねた。 「花和尚と史進《ししん》の生命は、なおまだ、無事でいるだろうか?」 「まだ、おそらくは――」と、陳達が答えた。 「獄中のままいのちだけは、延ばされているんじゃないかと思われます」 「どうして、それが保証できる」 「五日ほど前、都へ向って、奉行の急使が立って行きました。ですから二人の身の処分は、朝廷のさしずを待って、おこなわれるものに相違ございませぬ」 「――軍師」  と、宋江はまた、呉用にむかって。 「何か、よいお手策《てだて》がありましょうか。ともあれ、二人のいのちは、命《めい》旦夕《たんせき》と思わねばなりませんが」 「ま――お急ぎあるな。いちど城下へ出て、とにかく、城中の雲気を篤《とく》と窺《うかが》ッてからのことですよ」  呉用は、一小隊をべつに編制して、宋江と共に、その夜から翌夕にかけ、華州の城下へといそぎだした。そして城下の小高い所に立ち、折ふし時も二月の月夜、月下の城と、城のうしろ、山波の彼方まで、昼かのような、西岳華山《せいがくかざん》のながめにしばし佇《たたず》んだ。  空には片雲の影もない。地に光るのは水であろう。それは濠《ほり》をなして、華陰城の城壁の下を稲妻形にめぐッている。  その不落をほこる城楼も巍峨《ぎが》たる姿だが、さすが霊山の華岳《かがく》はもっと神々しい。仙掌《せんしょう》ノ峰、雲台ノ観《てら》。斧《おの》をならべたような石峰。李龍眠《りりゅうみん》の墨の画筆で“月夜山水図”を宇宙へ一ト刷《は》きしたような景である。 「さても。むずかしい地勢」 「きびしい城壁?」  これでは、いかなる策もほどこしようがない感に打たれたらしい。宋江、呉用はやがて少華山へもどって来た。しかし武松へも、まだ何らの方針がついたという相談《はなし》が出ない。  すると、二日目。――かねて少華山から放ッておいた子分の一人が、県境の遠くから飛んで帰って来て、はしなく、耳よりな聞き込みをこれへもたらして来た。 「いや、えらいこってすぜ。なんでもこんど開封《かいほう》東京《とうけい》の都から、天子さまのお使いで、内殿司《ないでんす》の大臣《おとど》とかいう大官が、霊山へ献納する黄金の吊燈籠《つりどうろう》を捧げてやって来るんだそうで。へい。……え。嘘だろうッて。間違いッこあるもんですか。……なにしろ、勅願のご代参だッてんで、途々《みちみち》の露払いもえらい騒ぎで、見事な勅使仕立て船で、黄河《こうが》から支流《よこ》の渭河《いが》へ入り、ずッと華州へ下って来るそうで」  これを聞くと、呉用はハタと膝を打った。 「宋先生。もう心配はありませんな!」 「え、どうしてです?」 「聞くうちに、ふと妙計が胸にうかんできたのです。天来の声とはこれでしょう。さっそく、精密なしめし合せと、その手くばりとを」  すでに、翌朝となると、いちはやく、山を降りて行った三人がある。  白花蛇の楊春を道案内とした、李俊《りしゅん》と張順の二人だった。この二人は、一ト足先に渭河《いが》の埠頭《ふとう》へ行って、大小幾隻かの船を手にいれ、なにやらそこで待機していた。  つづいて翌日には、花栄、秦明《しんめい》、徐寧《じょねい》、呼延灼《こえんしゃく》の四人とその部隊が来て、これは渭河の両岸に、埋伏《まいふく》の計をとって、影をひそめる。  また、三度めには、宋江、呉用、朱同、李応などが見え、先に来て待っていた張順たちの船に乗り込む。この船は、埠頭《ふとう》へ寄せて、ただの荷船か何ぞのように見せかけていた。  かくて、ふた夜ほどは、何事もない――  三日目の朝まだきである。  まだ川靄《かわもや》もほの白いうちに、しきりと、鴻雁《こうがん》が遠くで群れ立ち、やがて鑼声《らせい》鼓笛《こてき》の音と共に、櫓手《ろしゅ》の船歌が聞えだしていた。近づくのをみれば、花やかな三隻の官船である。特に、勅使船の舳《みよし》には、 [#ここから1字下げ] 欽奉聖旨《みことのりをほうじて》 西岳降香《せいがくにこうこうす》 大臣《だいじん》 宿元景《しゅくげんけい》 [#ここで字下げ終わり]  と書いた金繍縁《きんしゅうべり》の黄旗がゆるい川風になびいていた。 「あっ?」  と宋江は目をそばだてた。  むかし、九天玄女の夢告《むこく》をうけたとき宿《シュク》ニ遇《オ》ウテ喜ブ――という一語をたしか聞いている。これかもしれない? 彼と呉用とはそれッと船を少し進めさせて、 「やあ! お待ちください……」  と、やにわに勅使船のみよしをさえぎった。 「や、や、や?」  と官船の上では、騒ぎ立った銀帯《ぎんたい》金剣《きんけん》、それに紫の短い陣羽織を着た宮廷武官の面々が、二十余名、一せいに、勅使旗の下へ走り出て来て、ののしッた。 「こらッ、なんじらには、この御旗が目に入らんのか」 「おそれ多くも、内殿司《ないでんす》の大臣宿元景さまがお座船《ざぶね》の水路《みずみち》をば」 「さまたげなすと、ただはおかんぞ」 「推参《すいさん》な下種《げす》どもめが、目ざわりだわ。とッとと船を遠くへ避けい!」  いわせるだけいわせておいて、呉用は苦笑をうかべたが、さりとて、慇懃《いんぎん》な態度ではあった。 「あいや、お騒ぎ立ちは、なんのご利益にもなりますまい。――これは梁山泊の義士|宋江《そうこう》です。義士宋江が折入って、御見《ぎょけん》を得に参った次第ですから」 「げッ? ……」と、一せいに白み渡って「梁山泊の輩《やから》だと! して、きさまがその宋江」 「いえ、宋江はこちらの御仁《ごじん》です。てまえは、おなじく梁山泊の一員、呉学究《ごがっきゅう》なので」 「しゃッ。白昼は歩けぬやつらが、首を揃えて何しにここへ」  宋江が、次をうけて、言った―― 「お願いのためにです。宿《しゅく》大臣閣下に、暫時《ざんじ》、ご上陸いただきましょうか」 「ばかなッ。わが大臣閣下が、なんじらごとき草賊《そうぞく》に親しくお会いになるものか」 「はて。ならんと仰せなれば、ぜひもない。――しかし、いかなる難《なん》が降ッてわいても、おさしつかえはないのだな」 「な、なにを」 「ま。おちついて最後をお決めなされたがよい。しばし、大臣ご自身の返答をお待ち申すとしよう」  ふたりの後ろには、李応《りおう》、朱同、そのほかが、鎗を持って、睨んでいる。  陸《おか》ではこのとき、花栄、呼延灼《こえんしゃく》などの弓組が、官船三隻を、鏃《やじり》のさきに見すましていた。対岸にいた埋伏《まいふく》の兵もいちどに姿をあらわしていた。だから効《き》き目は充分こたえたものにちがいない。 「やあ、これは、これは……」  ついに、船屋形の帳《とばり》を払って、自身みよしに出て来た宿大臣は、今はその沽券《こけん》もすて、 「義士――」  と相手を呼んだものである。 「そも、何の御用じゃの。儂《み》は朝廷の重臣、かつは聖旨《せいし》を帯《たい》した参詣の途中での」 「わかっています。なればこそ、ていねいに、こうお迎えにまいっておる」 「はて、お迎えとは怪しからんはなしじゃが、いったい何処へ」 「近くの、山寨《さんさい》まで」 「えっ、山寨へだと。ば、ば、ばかげたことを」 「おいやか」 「か、かりそめにも身は……」  すでに歯の根もカチカチ言葉もなさない声音《こわね》である。そこへ持ってきて、このとき、官船の横ッ腹へどんとぶつかって来た小舟がある。李俊《りしゅん》、張順、楊春たちである。船上に躍り込むやいな、二人の警固を川へ取ッて投げた。為に、飛沫《しぶき》は船上をぱッと濡らした。 「あっ、ひかえろ。李俊も張順も、大臣閣下をおびやかすではない」  宋江が、せつなに、こっちの舳《みよし》で叱ると、その二人はまた、身を逆さまに、どぶんッ……と沈んで行ったものである。なにしろ“揚子江ノ三覇《さんぱ》”といわれた河童たちのこと。自分で投げ込んだ水中の人間を手玉にとり、水をゆくこと平地のように、やがてひらりともとの船へ上がって来た――。これを見ていた宿《しゅく》大臣はいうまでもなく、官人すべて、ぞうッと、肌をそそけだてた。  衣冠が燿《かがや》く世界でなければ、衣冠や栄位も、一個の木ノ実、一枝の草花にも値しない。  宿大臣閣下は、供奉《ぐぶ》の随員、宮廷武官、小者など、あわせて六、七十名と共に、ごッそり、少華山の人質《ひとじち》となってしまい、意気も銷沈《しょうちん》、粥《かゆ》も水も、喉《のど》に通らぬほどな悄《しょ》ゲかただった。 「大臣、――ここへ来ては、もうご観念のほかありますまい。おいのちは保証する。まあ数日は、ゆるりと、ご静養のおつもりになって」 「宋江とやら。なぶるのも程にしてくれ。たとえ命があったところで、どう朝廷へ、こんな始末を提《さ》げてもどれようか」 「いや、すべてこの宋江の罪にして、ご帰還なされたらよいでしょう」 「すでに、立帰る船もない」 「渭河《いが》のお船には、李俊、張順の二名に、手下三百名をつけて、お帰りの日まで、守らせておいてありますから」 「なんのそれよりは天子から霊山へご献納の吊燈籠《つりどうろう》だ。そのほか、貴重な香木《こうぼく》やら数々なお供《そな》え物など。ああ、どうしようもない」 「それとて、お案じにはおよびません。きっと、華岳《かがく》の霊廟《れいびょう》へ、つつがなくお納めします」 「いッそ、それならわしを放してくれい。儂《み》が霊山へまいらぬことには、どうにもならん」 「いや元々、あなたは天子のご代参。ですからまた、あなたのご代参はわれわれがする。――そのため、大臣のご衣裳、お乗物、供奉《ぐぶ》員の式服。すべてをそっくり拝借申す」 「いったい、また、なんでそんな道化《どうけ》た芝居を演じねばならんのか」 「いずれ後ではお分りになりまする。たしかにこれは一場の劇。都へのよい土産《みやげ》ばなしになるでしょう」  山寨の一|窟《くつ》で、宋江が彼を揶揄《やゆ》したり慰めたりしているうちに、一方では呉用のさしずで、一切の準備は進められていたのである。  馬子にも衣裳とはよくいうこと。ヒゲを剃《そ》るやら、金剣《きんけん》銀帯《ぎんたい》を佩《は》いてみるやら、宮廷武官の紫袗《ししん》と称する短か羽織を引っかけるなど、さながら楽屋裏の忙しさと異ならない。  また仲間うちでも、のッぺり顔の漢《おとこ》をえらんで、これには、宿元景の衣服|佩刀《はいとう》をそっくり体に着けさせる。そして、 「わあ、似合う、似合う……」  と、まるで子供みたいな拍手《はくしゅ》かッさい。  すでに儀仗《ぎじょう》の旗手《きしゅ》もできあがり、献納|燈籠《どうろう》を入れた螺鈿《らでん》の塗り箱をかつぐ仕丁《じちょう》の役割もすべてきまる。かくて、これらが一せいにふたたび渭河《いが》への埠頭《ふとう》へさして返り、例の、勅使旗の船にひそまり返ったものだった。――するうちに、一方また、武松《ぶしょう》をかしらとした一軍が、道をたがえて、西岳《せいがく》の下、霊山山麓の総門へ、風のごとく、潜行して行った。  この日。――華岳《かがく》の中院、雲台観《うんだいかん》[#1段階小さな文字](道教寺)[#小さな文字終わり]の前に、忽然《こつねん》と、雲から降りて来たような男が立って、こう大声告げて去った。 「観主《かんず》、観主《かんず》。院司《いんじ》もおらんか。勅使は早や渭河《いが》の河口へお着きになるぞ。なぜ出迎えん。一山の用意は滞《とどこお》りなかろうな」――と。  寺内では、あっと、一同驚き騒いだ。数人の僧がすぐ外へとび出してみたが、もうどこにもその人間は見あたらない。見えないはず、これは神行|太保《たいほう》が使いに化けて、一令を触れ、またたちまち、宙を翔《か》け去ッてしまったものであったらしい。  しかし、天子ご名代の入山予告はとうに観《てら》へ入ってる。儀式万端奉迎のしたくにおいても手落ちはない。――ただ驚いたのは寝耳に水の、到着だった。あわてふためいて、観主《かんず》以下、一山の僧、河口の埠頭《ふとう》へ馳せさんじてみる。  ――なるほど、香花《こうげ》、燈燭《とうしょく》、幢幡《とうばん》、宝蓋《ほうがい》などをささげた行列――それはすでに船をはなれて上陸していた。  すると、列の先頭で、すぐ声があった。 「やあ、ひかえろ、ひかえろ……長い水路やら旅のおつかれで、宿大臣閣下には、あいにく、お病気《いたつき》におわせられる。観主《かんず》、ごあいさつは、あとにいたせ」  いったのは、呉用である。  この呉用も宋江も、もちろん、大臣の近侍に姿を変えており、あたりの武官、警固の兵、献納|燈籠《どうろう》をかついでいる仕丁《じちょう》、小者の端まで、すべてお互い常に見ている顔ばかりだったのはいうまでもない。  クスリッ……時折り吹き出しかける奴には仲間の眼がぎょろと光った。もっとも巧妙な役者は、轎《かご》の内で、白絹のふとんに倚《よ》りかかっていた偽《にせ》大臣の男である。これはらくな役でもあったがなかなか巧い。すこぶる真面目くさッていた。うつらうつらと揺られて行く。――はや森々《しんしん》たる華岳の参道を踏み登っていたのである。奏楽が起る。喨々《りょうりょう》と笛の音、金鈴《きんれい》のひびき。そして身は仙境を思わせる香《こう》のけむりと一山の僧衆が粛《しゅく》と、整列するなかをすすんでいた。すでにご病中との触れなので、偽《にせ》大臣はお轎《かご》のまま中庭《ちゅうてい》の客院までずッとそのまま通ってしまう。――勅使旗やら内府の官服、献納物の儀仗《ぎじょう》、だれひとりこれを疑って見るものはない。 「観主《かんず》」と、呉用は、客殿に大きくかまえて。 「怠りも、はなはだしいではないか。なんでお出迎えにおくれたか」 「申しわけございませぬ。まったく、万端のととのえはして、お待ち申しておりましたれど」 「叱りおくぞ。近ごろ、緩怠《かんたい》きわまる!」 「はっ……」 「それに奉行もまだ見えんようではないか」 「おそらくは、まだご存知なく、当寺より走らせた使いによって、仰天しておらるるものと思われまする」 「使いはやってあるのだな」 「追ッつけお見えになるでございましょう。いや取る物もとりあえず」 「ま。なんじらは、倖せと思うがいい。折ふしご勅使の宿《しゅく》大臣閣下には、ご不快のうえ、いたく今日はお疲れのもようで、あれあのように、まだご休憩の間《ま》でも、お轎《かご》の内を出で給わず……、為に、何らのおとがめも出ぬが、これがもし、お元気であらせられたら、ご立腹はいかばかりであったと思う」 「げに、なんとも、恐れ入り奉りまする。よそながら、ごあいさつをかねて、おわびなと……」 「ああこれこれ、近寄るまい。うるさく思し召すかもしれん。次の間より、遥拝いたせ。そこでよい、そこからで」  ところへ、あわただしげに、一群の役人が、華陰府の城中からはせさんじて来た。――奉行の賀《が》は、まだあとから少し遅れてまいりますと、三拝九拝、階《きざはし》の下で、詫《わ》び入るばかり。  これにたいしても、にせものの病大臣は、轎《かご》のままで、ただ轎の垂巾《たれぎぬ》の内から、弱々しげに、手をふって、こたえて見せたのみである。役人一同は「……へへッ」と、それにすら階下で額《ひたい》をすりつけたままでいる。  けれど、奉行の賀が来ると、これに対してはそうもゆかない。宋江が接待役に出て、正殿の廊から内へ案内して通す。そして、まずそれからである。恩賜の献納燈籠の内覧をゆるす――と、宋江と呉用とが、あたまから大きく言って、 「中書《ちゅうしょ》の者。御文書《ごもんじょ》を持て」  と、次の間へ大きく呼ぶ。  はーっと、遠くで答えがある。絢爛《けんらん》な公文の箱をささげて、静々と裳《も》を引いて出てきたのは、中書省の一官に化けていた、花栄《かえい》であった。  宋江が、次を呼んだ。 「御物《ぎょぶつ》の燈籠をささげて、殿司寮《でんすりょう》の者、お鍵番《かぎばん》の者、粗相なきよう、これへ出ませい!」  おーと、これもはるか遠くの返辞。やがてのこと。螺鈿櫃《らでんびつ》を抱えた宮廷人と見える者と、紅錦《こうきん》の袋に入れた鍵《かぎ》を持った鍵番とが、一歩一歩、つつしみぶかく、そこへ来て、奉行の賀の前で、その蓋《ふた》をはらった。  さんぜん、眼もくらむばかりな八角燈籠があらわれた。地金《じがね》すべて、黄金なのはいうまでもない。迦陵頻迦《かりょうびんが》のすかし彫《ぼり》である。蓮《はちす》の花は白金だし翠葉《みどりは》は青金《せいきん》だった。万花《まんげ》の彩《いろど》りには、琥珀《こはく》、さんご、真珠をちりばめ、瓔珞《ようらく》には七ツの小さい金鈴と、数珠宝珠《ずずだま》をさげるなど、妙巧の精緻《せいち》、ただ見恍《みと》れるのほか、ことばもない。 「げに、ありがたき聖徳にござりまする。かく近々と、拝させていただき、奉行の身にとりましても」 「冥加《みょうが》と思われるか」 「ただただ、かたじけなく」 「しかるに」と、宋江がことばをかえた。「なにゆえ、勅使のお迎えを怠ったか」 「ふしぎや、何の伝令も、城内へございませんでしたので。……どうも腑《ふ》におちかねまする」 「ふしぎとは何事。ただいま、中書省の公文、恩賜の燈籠、あわせ見て、一点の疑義でもあるか」 「おそれながら、ただひとつ」 「それは」 「次室に見えまする、あの轎《かご》の内。失礼ながら、てまえには役儀上のことながら、ちょっと、そのお轎の内のお人へ直接、ものを申したい」  さっきから、じろと、そっちを眼の隅から睨んでいた奉行の賀《が》は、さすが一トかどの者だった。いうやいな、席を蹴って、ばっとそっちへ歩きかけた。  けれど、これは彼みずから敵に絶好な、断刀一|閃《せん》のいい弾《はず》みを与えたものでしかない。  鍵番の吏《り》、すなわち徐寧《じょねい》は、かくし持っていた一刀の抜く手も見せず、賀の首を、斬りおとした。――それっと、これが全活動の合図となって、雲台観中《うんだいかんちゅう》、たちどころに修羅と変り、衣冠式服をかなぐり捨てた梁山泊の男たちの、跳梁《ちょうりょう》の場となった。  この夕、華陰県の城中からも、火の手があがった。――総門にひそんでいた武松《ぶしょう》の一手が、賀《が》を送って来た供の人数を囮《おとり》にして、城中へまぎれ入り、一方、城下に待機していた解珍、解宝、楊雄、林冲《りんちゅう》、石秀のともがらと一致して、全城を乗っ取ってしまったもの。――また、もちろん、獄中にあった史進と花和尚の身は、炎の下から救出された。  けれど、ここにあわれをとどめたのは、絵師の娘|玉嬌枝《ぎょっきょうし》である。彼女はどうしても見あたらなかった。あくる日、城中の小者を捕えてただしてみれば、あわれこのときすでに、玉嬌枝は、父との別れをかなしみ、賀の夜ごとな執拗《しつよう》さにもたえきれず、井戸に身を投げてしまっていたものであったという。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 喪旗《もき》はとりでの春を革《あらた》め、僧は河北の一|傑《けつ》を語ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  華州地方の数日間は、まったくの無政府状態、そのものだった。  なにしろ稀代《きたい》な大騒動ではある。――県城から市街の半分は一夜のまに灰と化し、奉行は霊山の廟《びょう》で殺され、勅使|宿元景《しゅくげんけい》は監禁されていた少華山からコソコソ都へ逃げ帰るなど。――どう見ても、これでは政府や法律がある世上とは思われない。  しかし、梁山泊《りょうざんぱく》の輩《ともがら》は、これをもって、 [#1字下げ]天ニ代ッテ、道ヲ行《オコナ》ウ  ものと称し、風のごとく水滸《すいこ》の寨《とりで》へひきあげていた。そして例のように、凱旋の宴、分捕り品の披露《ひろう》、新加盟者の紹介などがおこなわれ、ここだけには、独自の“仲間掟《なかまおきて》”も制裁もあり、また彼らだけの“おらが春”も醸《かも》されていた。  まもなくまた、泊《はく》中の大兵は、徐州《じょしゅう》沛県《はいけん》の芒蕩山《ぼうとうざん》へ出撃して行った。そしてこれにも打勝ったすえ、やがて芒蕩山《ぼうとうざん》の三魁《さんかい》といわれる三名の賊将をとりこにして帰り、彼らの降《こう》を入れて、即日、新顔の列に加えていた。  それを、誰々かといえば。 [#ここから2字下げ] 樊瑞《はんずい》――あだ名を(混世《こんせい》魔王) 李袞《りこん》――あだ名を(飛天|大聖《たいせい》) 項充《こうじゅう》――あだ名を(八臂那吒《はっぴなだ》) [#ここで字下げ終わり]  という者たちで、いずれも投げ鎗や投げ刀の達人だった。中でも混世魔王の樊瑞《はんずい》は、丸型の楯をよく使い、また、道教の術を究《きわ》めた方術師《ほうじゅつし》でもあった。 「なアおい、春だよ。もう当分は、修羅場もあるめえぜ」 「まったく、殺し合いにも、少し飽きたな」 「ごらんよ、水寨《すいさい》の辺を。柳はみどりの新芽《しんめ》を吹き、杏花《あんず》や桃も笑いかけてる」 「むむ、女衆や年寄りの畑打ちも始まったね」  殺伐《さつばつ》な男どもにも、春は人並な多情多感をそそるらしい。あちこちの若草にころがって、ここ、ちょっと途《と》ぎれていた血臭い修羅場を忘れかけていた。  ところが。  例の対岸の見張り茶屋にいる見張り役の朱貴《しゅき》が、ある日一人のひょろ長い痩《や》せッぽちの男を泊内へつれて来た。涿州《たくしゅう》生れの金毛犬《きんもうけん》とアダ名のある段景住《だんけいじゅう》という者で、 「どうか、お仲間の端《はし》に加えておくんなさい。てまえ、なんの能《のう》もありませんが、そのかわり天下に二頭とない名馬をお土産《みやげ》に持ってまいりました」  と、いう。  しかし彼は、その名馬とやらを、ここへ持って来たわけではない。途中で横奪《よこど》りされてしまったというのである。なんのことはない、その泣き言《ごと》を訴えにここへ馳け込んで来たようなものだった。  ――訊けば、事情はこうなのだ。  涿州は金国[#1段階小さな文字](旧、満州国)[#小さな文字終わり]の境に近い。そこに鎗竿嶺《そうかんれい》ノ牧《まき》がある。  牧には、大金国の王子のお召料《めしりょう》で、 [#1字下げ]昭夜《しょうや》ノ玉《たま》の獅子馬  と名のある雪白の優駿《ゆうしゅん》が放牧されていた。金毛犬の段《だん》は、これが欲しくてたまらない。それを盗んで土産に持ってゆけば、かならず梁山泊への仲間入りができるにちがいないと、かねがね出奔《しゅっぽん》の望みを持っていたからだ。  そしてついに彼はそれに成功した。――盗んだ名馬の脚にものをいわせ、やがて凌州《りょうしゅう》の西南、曾頭市《そうとうし》までやって来た。  するとここに市《し》の長者で“曾家《そうけ》の五虎”と呼ばれる五人兄弟がある。段《だん》はその輩《やから》に因縁をつけられて、せっかくな馬を途中で奪《と》られてしまった。無念、なんとも業腹《ごうはら》でたまらない。――どうか奴らを懲《こ》らして、稀代《きたい》な名馬|白獅子《しろじし》をお取り返しなすッて下さい。「――お願いの筋はそれなんで」と、金毛犬の段《だん》は、百拝した。  始終を聞き終った総統の晁蓋《ちょうがい》は「こいつ、どこか見どころがある」と宋江や呉用に諮《はか》って、ひとまず段の身柄は泊中にとめておいた。そして念のため、戴宗《たいそう》を曾頭市《そうとうし》にやって、虚実をしらべさせてみると段のことばにいささかの嘘もなかった。  のみならず、その曾頭市では今、子供の間に、こんな童謡が流行《はや》っており、居酒屋でさえもよく囃《はや》しているのを聞くという。 [#ここから2字下げ] 曾家《そうけ》の鈴が鳴りだせば 影をひそめる魔魅《まみ》や鬼 梁山泊など一トならし 都送りの鉄ぐるま 晁蓋《ちょうがい》とらえて抛《ほう》りこみ 宋江《そうこう》ひねッて生捕《いけど》りに そウれ出て来い 智多星《ちたせい》[#1段階小さな文字](呉用)[#小さな文字終わり]来い あとの小粒はふみつぶす [#ここで字下げ終わり]  戴宗はなお、つけ加えて、一同へ告げた。 「――曾家《そうけ》の当主は、もと金《きん》国の人間ですが、これは老いぼれていて、問題ではありません。が、油断ならぬことには――総領の曾塗《そうと》、二男の曾密《そうみつ》、三男の曾索《そうさく》、四男の曾魁《そうかい》、五男の曾昇《そうしよう》――これらがみな、なかなかの者でして、将来の栄達を誓い合い、いつかは梁山泊を攻めつぶし、その功をもって、朝廷のご嘉賞《かしょう》を得んものとしていることです。ですから武器、戦車、囚人車《めしゅうどぐるま》など、武庫《ぶこ》のうちに山と蓄《たくわ》えておることからみても、たえず虎視眈々《こしたんたん》と、わが水滸《すいこ》の要害を窺《うかが》っているものとしか思われませぬ」  一同は大いに驚いた。  そればかりではない。――戴宗の言によれば、ほかに史文恭《しぶんきょう》という兵法家、蘇定《そてい》という武術の師範まで召抱えて、曾頭市四千戸の街そのものが、いつでも曾家の濠《ほり》を中心に、全市一つの要塞化となるような組織にもなっているとのことだった。 「あぶない、あぶない。いつのまにそんな大敵国が出来ていたのか」 「曾頭市はだいぶ遠地だが、しかし捨ててはおかれまい。いまのうちに、こっちから行って禍根を絶ッてしまわぬことには」  衆議、異口同音に、そうなったのは、もちろんである。  すると、首席から立上がった総統の晁蓋《ちょうがい》は、宋江の方を見て言った。 「宋先生、毎度毎度、出勢《しゅつぜい》の日には、あなたにばかり戦野《せんや》のご苦労をわずらわしてきた。しかしこんどこそは、この晁蓋が陣頭に立ってゆきます。どうか今回は留守をおねがい申す」 「なにを仰っしゃる」と、宋江も立って、言をさえぎった。 「――いちいちの戦に、総統自身が出ることはありません。あなたは水滸《すいこ》のおあるじだ。このたびもまた、この宋江と軍師呉用とに、お任せおきあらばよいでしょう」 「いやいや、心ならずも総統の首席にのぼって以来、ただの一ぺんも、自分は戦場に出たことはない。――何も決してあなた方と功を争うわけではないが、余りに何か心ぐるしい。どうかこんどはこのほうの意志を通させてもらいたい」  人々も止めたが、晁蓋は何といってもきかなかった。ぜひなく宋江もついに譲った。――晁蓋は大いによろこんで、みずから二十名の部将をえらび、五千の兵を動員して、その朝、水滸の宛子城《えんしじょう》を立ちかけた。  すると、突如、一陣の狂風が吹いて、旗の数も多いのに、わけて泊軍の象徴《しょうちょう》とする大将旗がその竿首《さおくび》のところからポキと折れてしまい。[#「しまい。」はママ]一同は、はっと顔色をかえた。 「あ、これはいかん、不吉な前兆だ」  軍師呉用も言い、宋江もまた、晁蓋へむかって、切に、今日の出陣を止めた。 「首途《かどで》に旗が折れるなどは――どう考えても吉兆ではありません。――ひとつ、日を改めては如何《いかが》なものか」 「はははは」と、晁蓋は気にかける風もない。「こんな例はままありがちなこと。いちいち御幣《ごへい》をかついでいたら、そのたび部下の士気を沮喪《そそう》させるばかり。お案じあるな」  と、ばかり意気揚々、江《みず》を渡って、この日征途に立ってしまった。――がしかし、これはやはり悪い前兆であったとみえる。――晁蓋はこの一戦を買って出たばかりに、曾頭市《そうとうし》の市街戦で矢にあたり、約一ヵ月ほど後、あえなき重傷者になって、故山《こざん》へ送り還《かえ》されて来た。  曾頭市の守備は思いのほか固く、五虎の兄弟と、二人の兵法者の下《もと》に、その兵もまたすこぶる強かった。――為に、晁蓋は苦戦をかさね、あげくに、自身も頸《くび》の根に一|矢《し》をうけて、無念な姿を、送還されて来たものだった。 「……これは重態だ。鏃《やじり》に毒を塗った毒矢であったに相違ない」  水滸の寨《とりで》は、このため、一同色をうしなった。さっそく宛子城《えんしじょう》の病房《びょうぼう》に入れ、金創《きんそう》の手当やら貴薬《きやく》を煎《せん》じて飲ませるなど、日夜の看護《みとり》に他念もない。しかし晁蓋の息づかいは、刻々悪化するばかりだったし、加うるに、林冲《りんちゅう》、徐寧《じょねい》、呼延灼《こえんしゃく》らの部隊も、総大将を失った結果、支離滅裂となって、ぞくぞく、敗戦の戦場からここの泊中へ引きあげていた。 「……すまなかった。賢弟《きみ》たちの忠告をきいていたら、こんなことはなかったろうに」  そうした一日《あるひ》のこと。  晁蓋は、身うごきもならぬ体のまま、にぶい眸で、枕頭にいた宋江と呉用の顔を見あげ、そして虫の息で……。 「あとを……あとをひとつ、よろしく頼む。……そして誰でも、この晁蓋を射た矢の主を、つかまえたら、その者を梁山泊の次の盟主に立ててやって行ってくれ給え」  と、遺言した。  抜きとったその矢は大事にしまってある。後日のためにだ。矢柄《やがら》には「史文恭《しぶんきょう》」の三文字が彫ってあったのである。 「総統、しっかりして下さい。そんなお気の弱いことでは」 「いや、もうだめだ。人には天寿がある。わしの天寿はもう尽きたらしい」  言い終るとまもなく、彼は従容《しょうよう》として死に就いた。宋江も呉用も、哀哭《あいこく》してとりすがったが、魂魄《こんぱく》、ついに還らなかった。  ただちに喪《も》を発し、泊中の者は頭巾に喪章《もしょう》をつけ、また宛子台《えんしだい》の上には黒い喪旗《もき》が掲げられ――一山、哀号《あいごう》のうちに沈みきった。  日をえらんで、聚議庁《ほんまる》の大堂には、霊幃《たまだな》の祭几《つくえ》が安置され、中央の位牌《いはい》には、 [#1字下げ]梁山泊主《りょうざんぱくしゅ》、晁天王霊位《ちょうてんのうれいい》  と書かれ、香花《こうげ》、燈燭《とうしょく》のかざりはいうまでもなく、特に供えられた一すじの“誓いの矢”が人目をひいた。これなん晁蓋《ちょうがい》を殺した「史文恭《しぶんきょう》」と彫りのある毒矢の矢柄《やがら》なのである。  大葬の日には、近郷近郡の諸寺院から、たくさんな僧侶をよび、そのさかんなことは、一国の太守《たいしゅ》の弔《とむら》いも及ばない程だった。それも一日や二日のことでなく、あとの供養も七日にわたっておこなわれた。  さて、そのあとであった。あらたまって呉用と林冲《りんちゅう》とが、宋江の前にきて、 「国に一日も君なきあたわず、家に一日とて主《あるじ》なきあたわずです……。どうか今日以後は、あなたがこの水滸《すいこ》ノ寨《さい》の上に立って盟主の座について下さい。大寨《たいさい》一同の声でもありますので」 「とんでもないことを」  と、宋江はかたく辞した。 「先生の遺言にも――史文恭をとらえた者を次の盟主に――と仰っしゃっておられ、しかも私には、この大寨《たいさい》を統御してゆけるほどな力も徳望もありません」 「いや、衆望は充分です。また、ご遺言の儀は、今が今、誰と定めるわけにもゆきますまい」 「ですが、私は器《うつわ》ではない」 「というて、首脳がさだまらねば、泊中の取締りがつきませぬ。とにかく、復讐の成るあかつきまで、仮に、一同のあるじの位置につくことを、曲げても、ご承諾ねがいまする」  すでにこのことは、梁党《りょうとう》の下部から中堅にいたるまでの者が、当然のように、心で推していたことであり、ついに宋江も否《いな》みかねて、 「――では、暫定的に、仮の首席として」  ということで、承認した。  と、聞いた黒旋風の李逵《りき》などは、 「そいつはよかった! 宋《そう》先生なら、梁党《りょうとう》の盟主どころか、大宋《たいそう》国の天子さまに納まッたって、ちっとも、おかしいことはねえ!」  と、放言して、はしゃぎ廻った。  だが、そんな人気的な浮評《ふひょう》こそ、宋江がもっとも嫌《きら》ったところであり、任に就くと、彼は即日、大寨《たいさい》中のおもなる人物、すべてを聚議庁《ほんまる》に呼びあつめて、 「不肖、やむなく、一時の重任をおひきうけしたが、もとより私に神異《しんい》の才があるわけではない。一心同体、人々の和と結束に待つばかり。――そこで、一そうの団結と、気を一新するため、めいめいの部署と職制をあらためる。――またこの聚議庁《ほんまる》も、今日からは、――忠議堂と改称する。すなわち、天ニ代ッテ道ヲ行《オコナ》ウ――お互いの志をここに結ぶという意味で」  と、いい渡した。  そしてまた、 「この忠議堂の壁に、ただいま、新しい職制と部署の人名とを書いて貼り出すから、各〻はよくそれによって、責任を果たしてもらいたい」  とも、つけ加えた。  招くともなく、またしいて、寄るともなく、天命地宿、不思議な縁《えにし》のもとに、いつかこの梁山泊には、やがてもう百人ちかい天罡星《てんこうせい》、地煞星《ちさつせい》の漢《おとこ》どもが、集まっていた。  ちょうど、その全部の名が、忠義堂の壁に貼り出されたこと、いまその全簿名を、ここに写しておくのもムダではあるまい。  主席、宋公明《そうこうめい》。――次席、軍師|呉学究《ごがっきゅう》、第三、道士《どうし》の公孫勝《こうそんしょう》以下――すなわち次のような順位だった。  第四、花栄。第五、秦明《しんめい》、第六が呂方《りょほう》、第七、郭盛《かくせい》。  以上が、船つきの水寨《すいさい》を挟んだ、右がわの山の砦《とりで》の一軍。  そして、左の関門には。  林冲《りんちゅう》をかしらに、劉唐《りゅうとう》、史進、楊雄、石秀、杜選《とせん》、宋万《そうまん》。  正面の木戸の守りは。  呼延灼《こえんしゃく》を一番に、二番|朱同《しゅどう》、三番|戴宗《たいそう》、以下順に――穆弘《ぼくこう》、李逵《りき》、欧鵬《おうほう》、穆春《ぼくしゅん》など。  さらに。二ノ木戸には李応《りおう》あり、徐寧《じょねい》あり、魯智深《ろちしん》あり、武松あり、楊志《ようし》、馬麟《ばりん》、施恩《しおん》あり――という堅め。  宛子城《えんしじょう》直下には、なお、  柴進《さいしん》、孫立、黄信、韓滔《かんとう》、彭玘《ほうき》、鄧飛《とうひ》、薛永《せつえい》。  このほか、水軍のとりでや、船庫《ふなぐら》の備えもあって、その船手には。――李俊、阮《げん》小二、阮《げん》小五、阮《げん》小七。――それに張横《ちょうおう》、張順、童威、童猛といったような、大江《たいこう》の河童《かっぱ》にひとしい面々が得意の持場にあたっている。  べつに“山上大隊”と称する遊軍だの烽火台《のろしだい》の哨戒《しょうかい》隊などもあって雷横《らいおう》、樊瑞《はんずい》、解珍、解宝があり、またその搦《から》め手の守りは、項充《こうじゅう》と李袞《りこん》のふたりだった。  なお、ずっと離れて。  金沙灘《きんさたん》のとりでに燕順《えんじゅん》、鄭《てい》天寿、孔明、孔亮《こうりょう》の四将がいる。  その後ろ山に置かれた小寨《しょうさい》の守備は、王矮虎《おうわいこ》、一丈青、曹正《そうせい》。みぎの小山にも、朱武、陳達、楊春。――以上があらましの配置であった。  が、この軍に配する軍需や、庶務、主計などの人選も、おろそかではない。  まず、忠義堂の内の、文書課では、蕭譲《しょうじょう》が主任にあげられ、そのしたに賞罰係の裴宣《はいせん》、印鑑《いんかん》信書の部に金大堅《きんたいけん》。――また勘定方に蒋敬《しょうけい》がおかれている。  大砲の鋳造《ちゅうぞう》から指揮訓練の主任。  これは、凌振《りょうしん》以外に当る者はない。  造船|廠《しょう》ノ長は、孟康《もうこう》。  衣服、旗、兵甲などの縫工《ほうこう》は、すべて侯健《こうけん》の係。造壁《ぞうへき》、築造《ちくぞう》の任は、陶宗旺《とうそうおう》。  雑事、家具、李雲《りうん》。  鍛冶一切のかかり湯隆《とうりゅう》。  酒や酢《す》のかかりに朱富《しゅふ》。それと縁のある宴会の主事は宋清《そうせい》。什器《じゅうき》、つまり納戸役《なんどやく》は白勝《はくしょう》と杜興《とこう》のふたりだ。いやそのほかにまだ対岸には四ヵ所の見張り茶店がある。――古顔の朱貴を筆頭に、顧《こ》のおばさん、孫新、李立、時遷《じせん》、楽和《がくわ》、張青、孫《そん》の妻などが、それらのことはやっている。  なにしろ驚くべき組織の大世帯ではあった。このまま一小国をなしうるといってもよい。――が、それでもなお足らぬ物はある。油、漆《うるし》、皮革、薬剤、砂鉄、糖蜜《とうみつ》、またいくらあっても欲しい馬匹など。――それらの買入れには、楊林、石勇、段景住《だんけいじゅう》らが旅商人に化けて各地へ派出されることになった。 「新しき寨主《さいしゅ》を迎えて」  と、式が終りかけたところで、一同は起立し、 「われらは、欣舞《きんぶ》にたえません。また仰せつけの部署に、各自、異存もありません。誓って責任をつくします」  と、宣誓の拝を執って、一せいに乾杯した。このあとで、宋江はただちに、 「一軍議をここに出す」  といって、先主|晁蓋《ちょうがい》の弔《とむら》い合戦の議を提出した。――自身、曾頭市《そうとうし》へ行って、曾の五虎を打ち、また毒矢のぬし史文恭《しぶんきょう》をもいけどって亡き人のうらみを報ぜん、というものであった。 「いや、お待ちなさい。それを議することすらまだ早い」  と、呉用はのっけ[#「のっけ」に傍点]から反対した。  そして、反対の理由としては、 「――曾家はいま、日の出の勢いにある。第二に、われから攻めるには遠隔すぎる。第三には、泊中の兵は、冬中からの連戦で疲れているうえ、先ごろも少なからぬ損傷をうけている。以上の裏を返せば、諺《ことわざ》にもいう――上リ馬ニハ当ルベカラズ――で我れにとって歩《ぶ》のいい勝目は一つもない。よろしく、ここは他日を期し、まず内を充実しておくべきでしょう」  と、いった。 「お説は正しい。いまの提議は撤回します」  と、宋江は素直に容れた。  全員の色にも同調な容子《ようす》がみえた。で彼は以後、故人の追善供養をただ旨《むね》としていた。すると早や七々忌の営《いとな》みも近づいた或る日のことである。――泊中にはたくさんな法要僧が逗留《とうりゅう》していたが、そのうちの一人に大円《だいえん》という僧侶があった。  この大円和尚は、北京《ほっけい》は大名府《だいみょうふ》の、龍華寺《りゅうげじ》のお坊さんである。たまたま行脚に出て済寧《さいねい》へ行く途中、梁山泊の近くにかかり、請《こ》われて、これへ来ていた者だが。――田舎沙門《いなかしゃもん》とはちがい、なかなか博識で、北京《ほっけい》の都会|話《ばなし》もゆたかだったから、宋江と呉用とは、茶炉《ちゃろ》に茶を煮ては、よくこの和尚と、風談《ふうだん》を興じ合っていた。  そして、ふとした話のはずみから、 「ほう? ……」と、大円が目をまろくした。 「では、おふた方とも、今日まで、河北《かほく》の玉麒麟《ぎょっきりん》をご存じなかったのですか」 「されば、ついぞまだ」 「これは驚いた、いやあきれましたな。ほんとうの姓名は盧俊儀《ろしゅんぎ》――それまでをいわなくても、玉麒麟《ぎょっきりん》といえば、河北はおろか、四百余州知らぬ者はないはずだがの」 「そんな、どえらい人物なので」 「はあ、お家《うち》は代々|北京《ほっけい》の大商人、質屋と物産を表看板にしてござらっしゃるが、当主、盧《ろ》の大旦那は、そんな銅臭の人とは全く違う。学深く、武芸に長《た》け、わけて棒を使えば、おそらく天下無双じゃろ」  よく天下天下という坊さんである。呉用は苦笑していた。宋江は知らん顔して聞いていた。――全然知らなかったわけではなく、ふと忘れていたのである。しかし、それを思い出させてくれたのは、大円の茶話《ちゃばなし》のおかげだったので、あとで二人だけになると、宋江からすぐ言った。 「軍師。今日ふと、玉麒麟と聞いたら、はっと、記憶をつかれて、思わず身ぶるいが出た。なんとかあの人物を、この梁山泊に迎えられまいか」 「造作はない。大円と話してるうちに、わしはもうそれを腹で考えていたほどだ」 「しかし北京《ほっけい》の大名府でも随一の長者。尋常なことでは仲間入りなどしてきますまい」 「いや、人を見て法です。この呉用が三寸不爛《さんずんふらん》の舌をもってすれば」 「説《と》きつけてみせると仰っしゃるのか」 「いや、とてもとても、それだけで来るはずはない。べつに一策を立て、たれか向う見ずな者を一人供に連れて行く必要がある」  すると、物蔭にいたらしい黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》が、やにわに、二人の前へ出て来て言った。 「そのお供には、あっしが適役。軍師、李逵を連れて行ッておくんなさい!」 「いかん!」  宋江は、あたまから、彼をしりぞけた。 「とかく、君の悪い癖で、出場《でば》というと、すぐ自分を売り込みたがるが、短気、お喋舌《しゃべり》、悪酒《わるざけ》、暴力好き、一つも取り柄《え》はありはしない。ましてこんどの行くさきは北京《ほっけい》第一の城市《まち》。李逵《りき》には不向き極まる所だ。引っ込んでおれ。君の出る幕ではない」 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 売卜《ばいぼく》先生の卦《け》、まんまと玉麒麟《ぎょっきりん》を惑《まど》わし去ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  宋江《そうこう》に叱られて、李逵《りき》はシュンと頭を抱えてしまった。――呉用《ごよう》は見て笑っていたが、 「李逵、そんなに行きたいのか」 「北京《ほっけい》と聞いては、矢もたてもありませんや。あの有名な大名府《だいみょうふ》の城市《まち》。ああ行ってみてえ……」 「それほどに申すなら連れて行ってやらぬものでもないが」 「えっ、お連れ下さるって。やっぱり呉軍師だ。話がわからア」 「だが、条件があるぞ。――第一に、道中では一切酒を断《た》つこと、第二には、わしの童僕《ちご》となって何事もハイハイと服従すること。第三……これはむずかしい。唖《おし》のまねして、決して口はきかぬことだ。どうだ、できるか」  李逵にとって、どれ一つ難題でないものはない。だが元来この男たるや、一日でも無事と退屈には居られない性質なので、一も二もなく、 「ようがす、三ヵ条はおろか何ヵ条でも、お約束はきっと守ります」とばかり誓約して、ついに呉用を承知させ、その供になって、翌る日、泊中一同の見送りをうけ、金沙灘《きんさたん》を彼方へ渡って、北方の旅に立って行った。  幾山河、行くこと二十日余り、明日は北京の城門を仰ごうというその前夜だった。旅籠《はたご》のおやじが、呉用の部屋へねじこんできた。 「お客人、どうしてくれる? おまえさんの供の童僕《ちご》めが、わしんとこの若い衆をぶン撲《なぐ》って血ヘドを吐かせた」  という騒ぎ。――驚いて、呉用がその場へ行ってみると、偽唖《にせおし》の李逵をからかった宿の男が、店の土間にへた這《ば》っている。 「この唖《おし》めが!」と、呉用はまず李逵を叱っておいて「重々《じゅうじゅう》、すみませんでした。きっと折檻《せっかん》してくれます。どうかこれで一つ、ご養生でもなすッて」と亭主と被害者には、なにがしかの銀子《ぎんす》を与えて、早々に李逵を部屋へひきとって来た。 「こらっ、李逵」 「へい」 「そろそろ癖を出し初めたな。あしたはもう北京《ほっけい》の城内、万一きさまがヘマをやると、わしの一命にも関《かか》わってくる。約束が守れぬなら、きさま一人でここから帰れ」 「いえ、守ります。きっと悪い癖は出しません。どうぞお連れなすッて」  ここの旅籠《はたご》で、二人は入城の身支度をこしらえた。呉用は白地に黒い縁《ふち》とりの道服《どうふく》に、道者頭巾《どうじゃずきん》をかぶり、普化《ふけ》まがい[#「まがい」に傍点]の銅鈴《どうれい》を片手に持ち、片手には藜《あかざ》の杖をついて出る――。またお供の李逵《りき》といえば、これは道者の稚子《ちご》と化けて、バサラ髪を二つに分けた総角《あげまき》に結《ゆ》い、着物は短褐《たんかつ》という袖無しの短い袴《はかま》、それへ交《ま》ぜ編《あみ》の細ヒモ締めて、足は元来の黒い素はだし、そして一本の旗看板《はたかんばん》を肩にかついだものである。  旗の文字にいわク。 [#1字下げ]運勢判断、八卦神如《はっけかみのごとし》 見料一両  つまり遊歴の八卦見《はっけみ》道者と化けすましたもので、宿を立ち出て、ほどなく、南大門にさしかかって見れば、さすが河北第一の大都《たいと》・紫金《しきん》の瓦、鼓楼《ころう》の旗のぼり、万戸の人煙は、春の霞《かすみ》を思わせて、北方の夷狄《いてき》に備える梁中書《りょうちゅうしょ》が下の常備軍も数十万と聞えるだけに、その物々しさなど、他州の城門の比ではない。 「こら、こらッ。道人《どうじん》、どこへ通る?」 「おう、ご番卒でございますか。てまえは、泰山《たいざん》の儒者《じゅしゃ》ですが、諸国遊歴がてら、占《うらない》を売って旅費とし、また諸山の学問を究《きわ》めんとしている者でございまする」 「それはたいした秀才《せんせい》だな。して供の黒ンぼは」 「これは、李童《りどう》と申す、唖《おし》の童僕で」 「唖《おし》か。道理で目ばかり光らせておる。旅券は持っておるか。うム、よろしい。……通れ」  呉用はほっとしながらも、わざと悠々、関内《かんない》へ入って行く。たちまち、目も綾《あや》に織られるばかりな大名府の殷賑《いんしん》な繁華街が果てなく展《ひら》かれ、ともすれば、李逵《りき》は迷子になりそうだった。「オイオイ李童《りどう》。こっちだ、こっちだ」 「ほい! そッちか」 「口をきくな、唖のくせに」 「う。う……。ああくるしい」 「わしのそばを離れるなよ。ただ黙ってついて来いよ」  呉用はやがて、片手の鐸鈴《すず》を振り鳴らしつつ、売卜《ばいぼく》先生がよくやる触れ口上を歌いながら、街をりんりんと流して行った。 [#ここから2字下げ] 甘羅《かんら》 早や咲き 子牙《しが》は おそ咲き 彭祖《ほうそ》 ながいき 顔回《がんかい》 わかじに みんな人物 ひとかどの者 みんな一生 同じでない かねもち びんぼう 運のつる 明日《あす》が知りたくおざらぬか 金一両は お安いもの さあさ 神易《しんえき》にお問いなされ [#ここで字下げ終わり]  ここに紫金大街《しきんたいがい》で一番の大店舗《おおみせ》、質《しち》、物産屋の招児《かんばん》も古い盧家《ろけ》の内では、折しも盧の大旦那――綽名《あだな》玉麒麟《ぎょくきりん》が――番頭《ばんとう》丁稚《でっち》をさしずしてしきりに質《しち》流れの倉出し物と倉帳《くらちょう》との帳合《ちょうあい》をやっていたが、そのうちにふと、 「うるさいな」  と、大旦那の盧俊儀《ろしゅんぎ》が、舌打ちして、番頭のひとりへ言った。 「なんだい、外のあの騒ぎは?」 「子供ですよ。いやもう、さっきからたいへんなんで」 「ふうむ? 子供が何をやってるんだね」 「いいえ、風変りな占《うらな》い者《しゃ》が、鈴を振り振り歌って来るのを真似《まね》て、ゾロゾロ尾《つ》いて歩いているんです。へい。……それ、聞えるじゃございませんか」 「なるほど。甘羅《かんら》、子牙《しが》、顔回《がんかい》など、史上の人物を並べて、生意気なことをいってるらしいな。ひとつ呼び入れて、からかってやろうか」 「およしなさい旦那。見料は金一両だなんて、とんでもない法螺《ほら》を吹いてますぜ」 「まあいい。ものは試し。連れて来い、連れて来い」  まもなく、あたふたと、戻って来た番頭が。 「大旦那。八卦見《はっけみ》をよんで参りました」  すぐうしろから、つづいて入って来た呉用も李逵《りき》を後《しり》えに、一礼して。 「お招きは、こちら様でございますかな」 「おうわたくしです。ひとつ、わたしの運勢を占ってもらおうと思いましてね」  盧俊儀《ろしゅんぎ》は言った。――じろッと、呉用のひとみ、盧《ろ》の眼光。何か、どっちもどっち。言外に、人を観《み》ている。  が、盧《ろ》はさりげなく、 「ここはみせさき。先生、どうぞこちらへ」  と、一方の簾《すだれ》を排して、客間の鵝項椅《がこうい》[#1段階小さな文字](鵝鳥《がちょう》の首の付いた椅子《いす》)[#小さな文字終わり]へ呉用を請《しょう》じ、そして、いんぎんに訊ね出した。 「ご旅装と拝しますが、先生、ご郷里はどちらですか」 「山東です。姓は張、名は用。談天口《だんてんこう》とも号していますが売卜《ばいぼく》は本業ではありません。郷里《いなか》では儒《じゅ》の寺小屋をひらいており、たまたま、遊歴の旅費かせぎに、好きな筮卜《ぜいぼく》をとって、特にお望みの方だけに見て上げておるような次第でして」 「そうですか。さすがどこか、街の売卜者《ばいぼくしゃ》などとは、どこかご風采も異なるものがあると思いました。ところで、私の運勢をみていただけましょうか」 「まず、お生れ年と、月日を」 「本年三十二歳、甲子《こうし》ノ年、乙丑《いつじゅう》ノ月、丙寅《へいいん》ノ日、丁卯《ていぼう》ノ時刻に生れました。……が先生、金が入るとか、損するとか、そんな日常茶飯事は、貴筮《きぜい》に伺う必要はありません。ただ男子の三十、生涯の方途|如何《いかん》という、そこのところの運勢を篤《とく》とみてくだされい」 「こころえた」  呉用は、香炉台《こうろだい》を借り、香《こう》を薫《くん》じ、おもむろに算木《さんぎ》を几《つくえ》にならべ始めた。そして筮竹《ぜいちく》をひたいにあてて、祈念三|礼《らい》、息をつめて、無想境に入ったと思うと、その相貌はまったく人間の肉臭を払って、みるみる聖者のごとき澄みきったものに変った。盧俊儀《ろしゅんぎ》も、はっとその真剣さに打たれてか、共に息をこらして、伏羲《ふっき》神農の呪《じゅ》を念じずにはいられなかった。  するうちに、ばしッと筮竹《ぜいちく》を割り、算木《さんぎ》の表裏を反《かえ》して、卦《け》を現わすやいな、 「あっ。これは?」  と、呉用があらい息の下に呟《つぶや》いた。  盧俊儀は、横からさし覗《のぞ》いて。 「先生、何と出ましたか」 「はてな。……いぶかしい」 「吉ですか、凶ですか」 「ご主人」 「はっ」 「失礼ながら、てまえはあなたを、ひとかどの人物と観《み》た。しかるに、なんとも神易の告げはよろしくない。もし、お気を悪くなさらぬなら、あるがまま、卦面《けめん》の告げるところを、歯に衣《きぬ》きせず、おはなししようが」 「おっしゃっていただきたい。なんで気を悪くなどするものですか」 「ならば申すが……卦《け》には“血光《けっこう》の災《さい》”という大凶が出ている。百日を出ぬまに、当家の財は崩れ、あなたは剣難に遭って一命を終るでしょう」  聞くと、盧《ろ》は笑い出した。 「なるほど、当るも八|卦《け》、当らぬも八卦ですな。家は北京《ほっけい》で重代の老舗《しにせ》。私は人に恨みをうけている覚えもない。……今日はとんだ春日《しゅんじつ》の閑戯《おなぐさみ》にお目にかかった。謝金一両、これにおきます。どうか、ゆるゆる、おひきとりを」 「いらん」  呉用は、金を押し戻した。もう身は椅子《いす》を起ち上がっている。そして、いかにも憐《あわ》れむように、こう呟《つぶや》いたものである。 「ああ! およそ世間から大人物だなどといわれているほどな者も、会ってみれば知れたものだ。――みんな自分に甘いお上手を聞きたいだけのものらしい! いやまことに、小人《しょうじん》の閑戯《かんぎ》をお見せしてお恥かしい。では、おいとま申す。ごめん!」 「あっ、先生」 「何をおとめなさる」 「そう、ご立腹では心ぐるしい。ま、茶でも煎《い》れましょう。もうすこし話して聞かせてください」 「だめです。ひとたび妄《もう》に晦《くら》んだお人には。――いかなる神占《しんせん》も耳には仇事《あだごと》。つまりは、それが運勢というものでな」  こういわれてみると、人間の弱さ、盧俊儀《ろしゅんぎ》も何か密《ひそ》かな危惧《きぐ》を抱かずにいられなかった。わけて彼には、人間を観る目がある。その目で呉用を観れば、決してただの凡庸《ぼんよう》な売卜者《ばいぼくしゃ》ではない。よけい彼がこの手管にひッかかった理由はそこにあったといってよい。 「先生。もし卦面《けめん》の告げがわたくしの運命だとしたら、何とか、その凶運を避ける術はないものでしょうか」 「ないことはありません。それが易《えき》だ。易とは、過去のことをあてて足れりとせず、未来の凶にそなえて、よく身を護るべきためにあるもの。それでなくては易学ではない」 「では、どうしたらよいでしょうか。おっしゃるような厄難《やくなん》を避けるには」 「真実、謙虚になって、おたずねか。……ならば申そう」  と、呉用は、巽《たつみ》[#1段階小さな文字](東南)[#小さな文字終わり]の方を指さして。 「北京から一千里の外、巽にあたる地方へ一時身をかわしておしまいなさい。多少、驚くことにぶつかるが、自然、運が開け、明年以後は、無事なるを得ましょう」  と、いった。  彼はまた、謎《なぞ》めいた一詩を書いて盧《ろ》に渡した。後日、この詩句にも必ず思い当りがありましょうと言い残したものである。――そして飄然《ひょうぜん》と、ここを辞すや、旅籠《はたご》においてある荷物をまとめて、次の日にはもうもとの山東への道、梁山泊をさして、李逵《りき》と共に風のごとく帰りを急いでいた。 「李固《りこ》――」と、俊儀《しゅんぎ》は、みせの一番番頭の李固をよんで訊いていた。 「きのうの易者は、きょうも街を流しているかね」 「いえ、あれッきり見えませんよ。あれッきり」 「妙だなあ。じつにふしぎだ」 「何がです、大旦那」 「いや何でもないが……」  しかし、争われないことには、あれから数日。盧《ろ》は、怏々《おうおう》として、どこか心のおちつきを欠いている。  何か、わが家の守護神が易者となって啓示を垂れてくれたのではあるまいか。――そんな気もしてくるのである。  別れぎわに渡された詩を、彼は自分の部屋の壁に貼って見入ったりしていた。――蘆花《ロカ》叢裡《ソウリ》一|扁《ペン》ノ舟、俊傑|俄《ニワカ》ニ此《コ》ノ地ニ遊ブ――口に誦《ず》して何べんも読んではみるが、謎は謎で、思い当ってくるふしもない。  そして明け暮れ、気になってならないのは、“血光の災”といわれた家運の厄《やく》と剣難の禍《わざわ》いだ。煩悩《ぼんのう》は煩悩を呼ぶ。迷うと果てはない。とうとう彼は意を決して、 「折入って、一同に相談がある。晩飯がすんだら、みんな奥の大広間へ集まってくれ」  と、いい渡した。  さて何だろう? ただ事ではない、と。宵《よい》のくちになると、大番頭の李固《りこ》以下、盧家《ろけ》の雇人四十幾人、二列になって、大旦那の前に出て生唾《なまつば》呑んだ。  わけてこの李固は、十年前、凍《こご》えきって店の前に行き倒れていたのを、大旦那に拾われて、その実直をみとめられ、読み書きそろばんも達者なところから、いまでは一番番頭に起用されていた者なので、「お家の大事」には、まず誰よりも真剣になるのは当然だった。 「李固。みんな揃ったかい」 「へい。洩れなく、揃いましてございますが」 「ひとり、あれが見えんようだが」 「お。――燕青《えんせい》さんだけまだ見えていませんな。どうしたのか」といっているところへ、「オオ見えた」という人々の声を割って、 「どうもおそくなりました」  と、神妙にわびながら、李固の隣へ来て、直立した者がある。  小づくりで、肉《しし》むら白く、朱唇のどこかに愛嬌《あいきょう》をたたえ、年ばえ二十四、五かと見える、生きのいい若者だった。白衫《はくさん》に銀紗《ぎんさ》模様という洒落《しゃれ》た丸襟の上着《うわぎ》に、紅絞《べにしぼ》りの腰当《こしあて》をあて、うしろ髪には獅子頭《ししがしら》の金具止め、黄皮《きがわ》の靴。そして香羅《こうら》の手帕《ハンケチ》を襟に巻き帯には伊達な挿《さ》し扇《おうぎ》、鬂《びん》の簪《かざし》には、季節の花。  さらに、これを脱げば、雪白の肌に、目のさめるような美しい刺青《ほりもの》ももっている。  生れながらの、北京《ほっけい》ッ子だった。  幼少、両親を亡くし、盧《ろ》の大旦那にひきとられて、わが子同様に愛育されてきた者だ。  かねにあかせた名人|刺青師《ほりし》の仕事だけに、どこの刺青競《ほりものくら》べに出ても、ひけはとらない。笛、琴、胡弓、歌、踊り、天性すぐれざるなしでもある。――かつは一を知って十を知る悧発《りはつ》であるばかりでなく、四川弓《しせんきゅう》と呼ぶ短弓《たんきゅう》を手挟《たばさ》み、わずか三本の矢を帯びて郊外に出れば、必ず百|禽《きん》の獲物を夕景にはさげて帰るというのでも、その技《わざ》の神技がわかろう。――ともかく相撲《すもう》に出ても、遠乗りの騎にムチを打っても、北京の巷《ちまた》では花柳《かりゅう》の妓《おんな》までが、彼の姿を見れば、 [#1字下げ]浪子《ろうし》燕青《えんせい》 浪子燕青  と、まるで酔ったように謳《うた》い囃《はや》してやまないほどだった。――その瓊《たま》の面《おも》は、漆《うるし》のひとみは、今、一同と共にじっと、盧《ろ》の大旦那のくちもとを見まもっていた。 「おお、燕青も見えたな。……では、これからわしの意中を打ち明けるが、決して誰も止めないでくれよ」  と盧俊儀《ろしゅんぎ》は、過日来の易《えき》の一条と、血光ノ災のこととを、語りだした。――そして、つくづくいうには、思うに、自分は祖先の業と財と徳を継《つ》いできたのみで、何の報徳もしていなかった。まことに不信心であった。  易者の言など、あてにならないかもしれない。しかし自分は発心した。ここから千里の外、巽《たつみ》の方角といえば、そこには、泰安州《たいあんしゅう》は東岳《とうがく》泰山の霊地がある。一に罪障の消滅を祈り、二に衆生のための浄財を喜捨《きしゃ》し、三に、あきないがてらの見物もして廻りたいと思う。……で、李固《りこ》はさっそく、山東向けの商品や旅の荷を車につんで、わしの供について来る支度にかかれ。そしてまた燕青《えんせい》は、わしに代って、庫《くら》の鍵《かぎ》をあずかり、よく家事一切の留守をかたくして欲しいと、縷々《るる》、言い渡しを、言い渡した。 「大旦那。いえ、大旦那らしくもない」  と、李固は、第一に反対した。 「どこの風来とも知れぬ、あんな売卜者《ばいぼくしゃ》ずれの言を、そうまで、お気に病むことはございますまい。諺《ことわざ》にも『易者の身の上知らず』というではございませんか」 「いや、わしには、べつな発心が生じているのだ。どんな富でも、富は浮雲のようなもの。おちぶれてから後悔しても及ばんからな」 「ですが、ご主人」  と、燕青もまた、黙ってはいられぬように、口をひらいた。 「巽《たつみ》とはまた、方角が悪いじゃありませんか。泰安州へ行くには、どうしたって、梁山泊《りょうざんぱく》のそばを通ることになる」 「はははは。噂のたかい梁山泊か。世間は恐れているらしいが、わしからみれば程の知れた草賊だよ。ま、水滸《みずのほと》りの蛙も同然さ」  そこへ、楚々《そそ》と、盧俊儀《ろしゅんぎ》の妻の賈氏《こし》が、屏風《びょうぶ》を巡ってあらわれた。李固《りこ》や燕青と共に「――そんな遠出の旅は、思いとまっていただきたい」と、すがるばかりに止めるのだった。  嫁《とつ》いできてまだ五年たらず、二十四、五の美人であった。  だが盧《ろ》の大旦那は、この妻のいさめにさえ、意をひるがえす色はない。また燕青はしきりに、旅先の方角が気になって仕方がないらしく、「では、ぜひもございません。が、供人には、ぜひこの燕青を連れて行ってください」と、執《しつ》こく頼んだ。けれど、これもまた、 「あきないは、李固でなければわからない。おまえは留守しておれ」  と、一言の下に、しりぞけられてしまった。  ところが、選ばれた番頭の李固とくると、どうも彼は、旅の供をよろこんでいる風ではない。主人の身よりは、自分の都合か。「……じつは、このところ、ちと脚気《かっけ》の気味で……」などと渋りだしたものである。そこでついには、盧俊儀《ろしゅんぎ》の大喝《だいかつ》を食って、急に縮《ちぢ》み上がり、否《いな》やもなくなったようなわけだった。  ともあれ、それから三日後。  十数輛の馬車と人夫と、そして先発の李固とが、貨物の商品や旅の必需品をつんで、盧家の倉前《くらまえ》から西南へ立って行った。――ときに、盧《ろ》の細君の賈氏《こし》が、その遠ざかる馬車の上を見送って、ふと、ぽろりとして、あわてて奥へひっこんだ。――ということなど、もとより盧《ろ》の大旦那は何も知っていない。  あとにのこって、一夜はなお、何かと、家事の始末など留守の者にいいつけ、そして翌朝は早くから、先祖のまつりなどして、さて、旅衣さわやかに、腰には、彼が得意としてほこる棒術の一棒を横たえ、 「では、行って来るからな。火の用心と、体だけを、気をつけろよ」  と、妻の賈氏《こし》へ言い残した。 「あなたこそ……」と、妻は打ち萎《しお》れて「旅では、食べ物にも、お気をつけてくださいね。そして一日もおはやく」 「うむ、百日もたてば、帰って来る。……おう燕青《えんせい》、おまえにも、たのんでおくぞ」 「はい。行ってらっしゃいまし。どうも早や、こうなっては、お留守のご安心を願うしかございません。お心丈夫に」 「などといっても、おまえは元来諸所方々でちともて[#「もて」に傍点]すぎる。うっかり色街《いろまち》の妓《おんな》などにはまりこむなよ」 「これは、なさけないおことば。どうして、ご主人の留守にそんなことを」 「いや冗談だよ。何よりみんな仲よく機嫌よく暮らしていろよ」  彼は馬に乗った。そして馬の上から、さすがあとに残す妻の姿をふりむいた。賈氏《こし》も燕青も、その人が見えなくなるまで手を振っている。しかし賈氏のひとみには、前日、先発した馬車を見送っていたときのような瞼《まぶた》の濡れはさらにない――。街の空には、春の雲を縫《ぬ》って、雁《かり》の影が、これも巽《たつみ》の方へ消えて行った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 江上《こうじょう》に聞く一|舟《しゅう》の妖歌《ようか》「おまえ待ち待ち芦《あし》の花《はな》」 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  さきに、一日早く北京府《ほっけいふ》を立っていた番頭の李固《りこ》は、約束の旅籠《はたご》で、主人|盧俊儀《ろしゅんぎ》があとから来るのを待ちあわせていた。 「オオ大旦那。お留守中の御用はもうすっかりおかたづきで?」 「む、家内にも燕青《えんせい》にも、わしがいないうちの万端の仕切廻しはすべて申し含めて来たからな。もう何も気がかりはないよ」 「でも、十日や二十日のご旅行ではなし、昨晩はさぞ、お内儀さまも……」 「よけいな心配はせんでもいい。馭者《ぎょしゃ》、人夫、商《あきな》い物の貨車《くるま》など、なにしろ大勢を連れての旅だ。おまえはその方の係としてそのため連れて来た者だ。気をつかうならそっちへ頭を向けていろ」  旅の毎晩毎朝、旅籠《はたご》旅籠では大持《おおも》てだった。  なにしろ北京一流の豪商|盧《ろ》の大旦那が、自身で交易《こうえき》がてらの泰山廟詣《たいざんびょうまい》りというので下にもおかず、お供の端まで日々、とんだいい目のご相伴《しょうばん》にあずかった。  盧《ろ》、その人もまた、 「ああそろそろ五月だな。新緑の美しさ、谷水の麗《うるわ》しさ。千山万水、いまが一ばんいい季節か。立つまでは、さんざッぱら迷いに迷ったが、やはり思いきって出て来てよかった。旅はいいなあ」  と、これまた一日とて、愉しまぬ日はない様子だ。  はやくも南下二十日余り。或る一宿場まで来ると、その晩、宿の亭主が、おそろしく心配顔して、あくる日の旅を注意した。――これから、二、三日の間の道は、かの有名な梁山泊《りょうざんぱく》のほとりに近い。近ごろ寨首《さいしゅ》となった宋公明《そうこうめい》[#1段階小さな文字](宋江)[#小さな文字終わり]は決してただの旅人衆に害を加えるようなことはしないが、でも万々、お気をつけなすって、というのであった。 「ありがとう。ご親切に」  ところが翌朝、盧俊儀《ろしゅんぎ》は何思ったか、同勢出発という間際になって、衣裳箱の白絹を取り出してそれを旗四枚に仕立てさせ、一|旒《りゅう》ごとに一|行《ぎょう》、墨痕《ぼっこん》淋漓《りんり》とこう書いたものである。 [#ここから2字下げ] 慷慨《コウガイ》ス北京ノ盧俊儀《ロシュンギ》 遠ク貨物ヲ駄《ダ》シテ郷地ヲ離ル 一心|只《タダ》強人《キョウジン》ヲ捉《トラ》エント要《ホッ》ス 那時《ソノトキ》方《マサ》ニ志ヲ表サン [#ここで字下げ終わり]  李固《りこ》は首をさしのばして見ていたが、まっ青に顔色を変えて。 「ど、どうするんです大旦那。そ、それを……」 「お禁厭《まじない》さ。十二輛の貨車《くるま》の上に、間をおいて一|旒《りゅう》ずつ立てて行くんだ」 「ひぇッ。いいんですか。そ、そんな、かえって盗賊を招《よ》ぶような真似《まね》をなすって」 「来るものかよ、盧俊儀《ろしゅんぎ》と知れば――」  広言でなく、これは彼の自信だった。水滸《すいこ》の草賊、北京での噂も高いが、心ではつねに嗤《わら》っていたのである。  しかしその朝いらい、彼は家伝の一刀を腰に横たえ、棒は手に持って、ここを出た。そしてまず一日は無事だったが次の日のこと。青い海へでも入ったような原始林の道へかかると、怪鳥の啼《な》き声を思わすような口笛がどこかで聞えた。 「そらッ、出て来たッ」  と、馭者《ぎょしゃ》や人夫らはみな車をとび降りて車の下に這《は》い込んでしまう。元々、賃雇《ちんやと》いで連れて来たこれらの雑人《ぞうにん》はぜひもない。だが、李固《りこ》までが車の下でワナワナ慄《ふる》えているざま[#「ざま」に傍点]に盧《ろ》は腹立たしげにどなりつけた。 「たわけめ。きさまは主人がどんな人間かをこの年まで知らずに仕えてきたのか。何が出て来ようと、ここに玉麒麟《ぎょくきりん》の盧俊儀《ろしゅんぎ》がおる! わしが相手を斬り伏せ叩き伏せたら、きさまは人夫を督《とく》して、それらの賊どもを片ッ端から車の上に積んでしまえ! 泰山詣《たいざんもう》での土産《みやげ》として、北京府の官へ突き出してくれようわい」  すると、ことばの終らぬまに、ザ、ザ、ザ、ザッと、躍り出てきた者がある。手に二|丁《ちょう》斧《おの》[#「二|丁《ちょう》斧《おの》」は底本では「二|丁斧《ちょうの》」]をひらめかせた黒人猿のような男だった。 「とうとう、おいでなすったネ、北京《ほっけい》の旦那!」 「やっ、うぬは何日《いつ》ぞやの」 「おおさ。旅の売卜者《うらないしゃ》について、お宅へ顔を見せた唖《おし》の童僕《ちご》だよ。ジツの名、黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》だ」 「さては何か?」 「もうおそい! 気がつくのが遅すぎらあ」 「うごくな、食わせ者」  棒が唸《うな》った。二丁斧の一丁がカンと鳴る。  とたんに、両者の戦う影に、ちぎれた草が舞い、梢《こずえ》の葉が雨と散る。だが、ヒラッと黒旋風は次の一瞬に逃げ出していた。それを追って行くとさらにまた、一方の木蔭から黒い薄法衣《うすごろも》を体に巻いた大坊主が現われて、 「待った。わが輩は花和尚の魯智深《ろちしん》。せめて、わが輩の挨拶《あいさつ》はうけてもらいたい」  と、鉄の禅杖《ぜんじょう》をつきつけて道をはばめた。 「なに、あいさつだと」 「そうだ。じつあ、お歴々な山の兄貴たちからいいつかり、おめえさんを迎えにここまで出ばって来たんだ。おとなしくわが輩と共に水滸《すいこ》の寨《とりで》まで来てくれまいか」 「ばかなッ」  叱りとばすや否、盧《ろ》は棒術の秘をあらわして跳びかかった。花和尚は逆にその下をくぐって振向きざま一|颯《さつ》するどく風を起す。せつなに、棒は砕け飛び、そして盧俊儀《ろしゅんぎ》が抜打ちに薙《な》いだ刀は、花和尚のころもの袖を切っていた。 「おッと、あぶねえ、和尚は退《ど》け」  また、違った声である。これなん、行者|武松《ぶしょう》である。戦い戦い、密林の奥へつり込まれた。――まずい! と感じて盧《ろ》はひッ返す。すると、こんどは、赤髪鬼の劉唐《りゅうとう》と名のる者。没遮攔《ぼつしゃらん》の穆弘《ぼくこう》と喚《おめ》く者。またわれは撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》なりと、みずからいう者。あとからあとから彼を試みるように出ては挑みかかり、戦ってはまた隠れ去る始末に、さすがの盧も、全身、水をあびたような汗になってしまった。  いやそれはまだしも。――彼がその一ト汗を拭くべく小高い丘へ馳けのぼって行くと、すぐかなたなる山坂道を、銅鑼《どら》の音ジャンジャン囃《はや》しながら遠ざかって行く一群の賊の手下があり、その中には、自分の供の李固《りこ》も人夫も、十二輛の貨車も、引ッ立てられているのが見えた。 「やあ、賊ども待てッ」  盧《ろ》は、宙を飛んで、先の一群を追ッかけた。  数珠《じゅず》つなぎの人と馬とそして貨車《くるま》とを追い立てていたのは、挿翅虎《そうしこ》の雷横《らいおう》であり、また美髯公《びぜんこう》の朱同であった。  二人とも、盧《ろ》を目前に見ると、呵々《かか》と大笑して。 「御用か。御用とあれば、もっけの幸い。この車にお召しあっては如何《いかが》なもので」 「だまれっ。罪もない召使や雇い人夫。そこへおいて去れ。去らぬとあらば」 「どうなさる?」 「かッ」  と、盧は心火を燃やした。理のほかだ。力で見せ、血で物を解《わか》らせるしか、意志のとどく相手ではないと思った。だからこの一刹那からの彼のまさに名にしおう河北《かほく》の三|絶《ぜつ》[#1段階小さな文字](傑物ノコト)[#小さな文字終わり]玉麒麟《ぎょくきりん》その者の本相だった。日ごろ秘《かく》していた武芸と剛胆とをその姿に極限まで描いて雷横《らいおう》、朱同の二人を相手に火花をちらした。――といっても、それはまたつかの間で、彼はいつか当面の敵も手下の群れも見失い、どこか高い所でする簫《しょう》、絃《げん》、鉄笛《てってき》、板《はん》[#1段階小さな文字](一種のカスタネット)[#小さな文字終わり]などの奇妙な楽奏《がくそう》の音に、はっと耳を醒《さ》まされていた。  気がついてみれば、自分はせまい一|渓路《けいろ》に立っており、渓流をへだてた彼方、硯《すずり》の如き絶壁の中層には、紅羅《こうら》の金襴傘《きんらんがさ》を中心に、一座百人以上な人影が立ちならんでいて、上には、 [#1字下げ]替天行道《てんにかわりてみちをおこなう》  と四大字を書いた繍縁《ぬいべり》の大旗がひるがえってみえるではないか。 「や、や、や?」  仰天《ぎょうてん》する彼の姿を、彼方では笑うかのように。 「盧員外《ろいんがい》[#1段階小さな文字](盧は大員外トモ呼バレテイタ)[#小さな文字終わり]どの、盧員外どの。お変りもありませんか」  こういったのは、羅傘《らさん》の下に見える人物。すなわち宋江《そうこう》であって、右がわに公孫勝《こうそんしょう》、ひだりには呉用。  この呉用へ、ヒタと眸をすえた盧俊儀《ろしゅんぎ》は、いまや自分がなぜここにいるかも分らぬような夢幻感と憤りの中に燃えた。 「やあ、そこにおるのは、先頃の偽易者《にせえきしゃ》、談天口《だんてんこう》とかいう奴だったか。おのれ、よくも!」」 「だましたと、お怒りか。わはははは」  と、彼方の笑い声は、谷谺《たにこだま》に大きく響いて。 「いまは実を申上げる。お伺いした偽易者、まことは水滸《すいこ》の一人|智多星《ちたせい》呉用です。これにおられる寨主《さいしゅ》宋公明には、久しくあなたを慕っておられ、梁山泊一同協議のうえ、あなたを仲間にお迎えしようものと、すなわち、呉用が一策を用いた次第でした。――不悪《あしからず》、不悪」 「ばかげた夢ッ、悪戯《いたずら》もほどほどにしろ。山野に巣食う栗鼠《りす》や貉《むじな》の分際で」 「いや、野《や》には遺賢《いけん》だらけだ。あなたもこの旗の座にきてください。天に代って共に道を行いましょう」 「盗賊の道をか! くそでもくらえ」 「仰っしゃったな。花栄《かえい》、客人《きゃくじん》はまだお目が醒《さ》めぬらしい。一ト矢、ご馳走申せ」  そばにいた小李広《しょうりこう》の花栄は、これを聞くと、手馴れの弓に矢をつがえて、はッしと放った。花栄の神技、狙いはあやまたず、盧俊儀《ろしゅんぎ》がかぶっていた羅紗笠《らしゃがさ》の緋纓《ひぶさ》をブンと射切った。  これには盧も大いに驚いて、足は無意識に逃げ走っていた。すると突如、山が震《ふる》い鳴った。鼓声《こせい》、鬨《とき》の声である。――そしてなお逃げまどう先々の途《みち》でも、豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》、霹靂火《へきれきか》の秦明《しんめい》、金鎗手《きんそうしゅ》の徐寧《じょねい》などが入りかわり立ちかわり、彼のまえに立ちあらわれて「見参っ」と叫び、また「ご挨拶――」と呼びかけ、各自が一芸一芸の武技をもって彼をさんざんに悩ませた。どうも、ひどいご挨拶もあったもの。  とまれ、いつか彼は渺《びょう》たる水と芦《あし》のほとりへ出ていた。それや水滸の泊《はく》に近い鴨嘴灘《おうしたん》とは知るよしもない。微かな星、ほのかな月、小道をかきわけ掻きわけ、茫《ぼう》と、いちめんな芦の花に行き暮れていると、 「旅の衆。道に迷ったのかね」  と、一そうの小舟の櫓音《ろおと》、そして、小舟の上からその漁師がなおもいう。 「……迷ったものなら仕方ねえが、なんだってこんな所にぼんやりしていなさるのかい。ここらは名うて[#「うて」に傍点]な盗人の巣だ。それとも命の捨て場にでも困っているのかね」 「冗談ではない――」と、盧《ろ》は言った。「命あっての物種《ものだね》だろうではないか。どこか無事な所へ着いて、ひとまず宿をとりたいのだが」 「そいつは生憎《あいにく》だ。ここらには旅籠《はたご》もねえ。本街道へ出るまでにしても、三十里は軽くあらあ」 「駄賃はいくらでも出そう。舟で渡してくれないか。灯のある岸まで」 「乗ンなせえ。その代り銭《ぜに》十貫、銀でもいい、前払いで貰おうか」  盧はほっとした。過分な礼を見たせいか、船頭の櫓《ろ》は気持ちよく水を切る。たちまち芦《あし》の洲《す》を幾めぐり、水上十数町も漕《こ》ぎ去り漕ぎ来ったと思われる頃――ふと、べつな小舟が行くてに見えて――上には二ツの人影、ひとりは長い水竿《みざお》を手に唄っていた。 [#ここから2字下げ] 本は嫌いで 詩も知らず 虎のさし身に 茶わん酒 飽きりゃ水滸《すいこ》で 鯨《くじら》釣る [#ここで字下げ終わり]  美《よ》い声なので凄味があった。わけもなく盧《ろ》はハッとした。いや何を思うひまもない。芦の叢《むら》からまたも一舟が漕ぎすすんで来る。そしてそれにも二人の男がみえ、ひとりの男がこう唄う。 [#ここから2字下げ] おまえ待ち待ち 芦の花 色香《いろか》はないが 欲でもない 梁山泊の上段に すえてみたさの玉麒麟《ぎょくきりん》 [#ここで字下げ終わり]  つづいてまたも同じような一|艘《そう》が漕ぎ寄せて来た。盧はギョッとして見廻すばかり……。何のことはない、三ぞう三ツ巴《どもえ》に、こっちの舟へ絡《から》み絡み漕ぎめぐっている按配《あんばい》。 「おい、船頭。早くやってくれ、早く」 「船頭だと。へへへへ、旦那え。……船頭にはちがいねえが、俺を一体なんだと思いなさる。上は青空、下は大江、オギャアと泣いたときから、潯陽江《じんようこう》の水を産湯《うぶゆ》に男となった混江龍《こんこうりゅう》の李俊《りしゅん》、いやさ今では梁山泊のお一人だ。これほどまでにみんなが手をつくして仲間入りをすすめているのに、まだいやだと仰っしゃるならぜひもねえ」 「どうする?」 「しれたこと。命を貰うだけのもんだ」 「なにをッ」  せつなの一剣は、盧《ろ》の体まかせに、相手のみずおちを見事突いたかと見えたほどな迅《はや》さだった。が、とたんに李俊のからだは、とんぼ[#「とんぼ」に傍点]を打って水中に隠れ、舟は飛沫の中に傾斜し、剣は空を突いていた。 「や、や、や? ちいッ、しまった」  彼は不思議な水の渦を見た。舟は独楽《こま》みたいに空廻《からまわ》りし初めている。のみならず、艫端《ろばた》に人間の腕だけが見える。盧は北京育ち、泳ぎを知らない。しかるにそのとき、 「旦那え。ご案内に来ましたよ。水底へさ。……ついでに、この面も覚えておきなせえ。浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順だ!」  と、河童《かっぱ》のような頭が船尾にぬッと見え、そしてその声も終らぬうちに、はや小舟は引っくり覆《かえ》っていた。淡い星影の下に舟底は仰向いてしまい、青ぐろい渦紋のほかは、もう何も見えなくなっていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 浪子《ろうし》燕青《えんせい》、樹上に四川弓《しせんきゅう》を把《と》って、主《しゅ》を奪《うば》うこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  昏々《こんこん》、一夜は過ぎている。翌日の夕方だったに違いない。気づいてみると、盧《ろ》は丁重に寝かされていた。肌着衣服、すべて真新らしい。口中には神気|薫《かん》ばしい薬の香がしきりにする。 「盧員外《ろいんがい》どの。ご気分はどうです」 「ほ。あんたは?」 「神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》です。ご用意ができておりますが」 「ご用意とは」 「とにかく、あれにお乗りくださいませぬか。ここでは一切、何のお話もできませんので」  すすめられたのは轎《かご》である。前後八人の子分が舁《かつ》ぐ。いうまでもなくここはすでに梁山泊下の一|寨《さい》であったのだ。  うねうね登って行くほどに、紅紗《こうさ》の燈籠《とうろう》二、三十基が朧《おぼろ》に彼方へ見え出してくる。おそらくは宛子《えんし》城の大手か。外門を入ると、音楽がきこえ、一群の騎馬列が照らし出されている。近づけば、それは宋江《そうこう》、呉用、公孫勝《こうそんしょう》らの出迎えであった。さらに二の木戸、三の木戸と、高く進むほど人数は厚くなり城寨《じょうさい》の構造は密層《みっそう》をかさねている。すなわち本丸の忠義堂は盧俊儀《ろしゅんぎ》の前にあり、轎《かご》をおりた彼は、ただ茫然《ぼうぜん》たるばかりであった。 「いざ、どうぞ、こちらへ」  郭中《かくちゅう》は一面|燦々《さんさん》たる燈燭である。中央のひろい一殿に、彼は請《しょう》じられた。しかし彼は、椅子《いす》に倚《よ》らず、宋江を見ると、下に坐って、 「お手間はかけたくない。こう囚《とら》われとなった以上は、さっそくご処分をしてもらおう」  と、いった。 「なんの! お詫《わ》びは私の方ですること」  宋江もまた、下にひざまずく。わけて呉用は、最上の礼をもって、 「切に、ご容赦《ようしゃ》を」  と、北京以来の罪を平身低頭してあやまった。  宋江は彼の手を取り、起って、数歩を導いた。忠義堂第一番の上座の椅子に彼をすえようとしたのである。 「お名はすでに雷鳴のごとく知り、威徳、お人柄はかねがね深くお慕い申していたところです。さるを慮外きわまるこのたびの謀《はか》り沙汰、さだめしご不快、いやお怒りに相違ございますまい。けれどそれも、飢える子の如き、あなたへの敬慕がなさしめたことと、どうかご寛容のうちに、お笑い捨て願わしゅう存じまする」 「はて、合点がゆきません。そして一体どうせいと仰っしゃるのか」 「ここの寨首《さいしゅ》となって、おさしずを給わり、長く泊中の上にいていただきたいのでございます」 「断る! 毛頭そんな気もちは持ち合していません」 「でも、切にひとつご一考を」 「一考の余地もない。死すとも嫌だ。どうにでもおしなさい」 「さようにご憤怒では恐縮します。ではまた、明日にでも」  すでに酒宴の設《しつら》えができている。衆の歓語、満堂の和気。ぜひなく盧俊儀《ろしゅんぎ》も杯にかこまれた。さてまた、次の日も宴だった。馬、羊を屠《ほふ》り、山菜の珍、水産の佳味《かみ》、心入れでない物はない。幾めぐり杯もまわった時分、宋江はかさねて言った。 「ここは以前、聚議庁《しゅうぎちょう》とよび、前《さき》の総統|晁蓋《ちょうがい》の亡きあと、忠義堂と改めました。そして仮に私が寨首《さいしゅ》の椅子《いす》についていますが、元来、その器《うつわ》ではありませぬ。ぜひどうか昨夜お願いの一儀は、ご辞退ありませぬように」 「む、ご真実の色が見える。それにたいしての礼儀、私も率直に言いましょう。――不肖《ふしょう》ですが私、かつて犯した罪とてなく、家は北京《ほっけい》に古いし、財にもめぐまれているのです。いうなれば、生きては大宋《たいそう》の人、死すとも大宋国の鬼。それが望みだ。そちらのご希望にはそいかねる」 「伺えば伺うほどお慕いが増す。あなたさまも、大宋国を愛す人。われらといえ国を愛す念では全く変りもない」 「いいや、どうあろうと、かかる所に身をおくことはできません。たとえ殺されましょうとも……。は、は、は」  時を措《お》いては、またべつな者が杯を持ってすすみ、献酬《けんしゅう》のあいだに説《と》く。或いは情《じょう》をもってすがる。或いは世情の嘆や官の腐敗を言って口説《くどき》にかかる。が、盧《ろ》の拒否はまるで巌《いわお》のようでしかない。 「ぜひもない。無理にご意志を曲げさせても――」  ついに言ったのは呉用であった。 「しいて体をお留めしたところで、心ここにあらざれば如何《いかん》せむ、だ。……では盧員外《ろいんがい》どの、せめて幾日かご逗留《とうりゅう》を願って、そのうえでお見送りといたしましょう。双方、不機嫌を残さずに」 「ならば、私はかまわんが、家にある留守の者たちがどうも……」 「いやそのお案じには及びませぬ。李固《りこ》に貨車《くるま》をつけて先に帰してやり、まずお宅さまへ、無事なご消息さえ伝言させておかれさえすれば」  呉用は、ここへ李固をよんで、初めて盧《ろ》に会わせた。貨車、人夫、そっくりそのまま無事と聞いて、盧も腹をきめたふうである。李固へ向って、先に帰るように命じ、そしてなおこう言い足した。 「わしも数日中にはここを立つからな。妻にも燕青《えんせい》にも、心配するなと言っておいてくれ」 「へい、へい。かしこまりましてございます。李固がお先に戻りますからには、何のお気づかいは要《い》りません。……へい、お内儀さまへもようおつたえ申しあげておきまするで」  李固はおちつかない。片時でも早く帰りたい帰りたいの一念らしい。翌朝、彼は早くも鴨嘴灘《おうしたん》から船に乗りかけていた。すると子分の一人が来て、あちらで軍師さまが番頭さんを呼んでるという知らせ。行ってみるとなるほど昨夜の呉用が楊柳の根に腰かけて待っていた。 「や……李固か、ご苦労だな、こんどは」 「どういたしまして、して何の御用で?」 「じつはだな。深い仔細は知るまいが、もうおまえの主人は、ふたたび北京へは帰らんのだぞ」 「えっ。ほ、ほんとですかえ」 「おはなし合いの結果、梁山泊で第二番目のおかしらの座に坐ることにきまったよ。これはわれらの懇請にもよるが以前からあのお方のお望みでもあったのだ。その証拠には、帰ったら主人の部屋をよく調べてみるがいい。遺書の詩を書いた物が残っているはず。ただし世間には口外せぬ方がお前らにとっても身のためだろうぞ」  李固は「ひぇっ⁉」と呆《あき》れたり驚いたりであったが、ぼっと妙な血色を、どこか顔じゅうに騒がせた風でもある。とまれ釣針を抜けた魚みたいに、蒼惶《そうこう》として、この日、江《こう》を渡って北京の空へと先に帰り去ってしまった。  よく悪女の深情けというのはあるが、漢《おとこ》仲間の深情けとなれば、悪女どころな絆《きずな》ではない。前世、いかなる業《ごう》の縁か、ここに、なお梁山泊にひきとめられた盧俊儀《ろしゅんぎ》は、まったく、ほとほと弱りはてていた。 「ぜひ、もう一夜」 「もう一|夕《せき》」  と、宋江や呉用のひきとめ策ばかりでなく、次から次へと、水滸《すいこ》の大寨《たいさい》にある各部門の一将一将から毎夜のような招待なのだ。  ――となるとその部署だけでも数十かわからない。忠義堂だけでも、参謀室、文書課、印鑑信書部、賞罰係、勘定方。さらに宛子城《えんしじょう》の三門やら山上大隊、烽火台《のろしだい》、教練隊、哨戒《しょうかい》隊。――さてはまた、金沙灘《きんさたん》その他の水軍部、造船廠、醸造局、縫工班《ほうこうはん》、糧秣廠《りょうまつしょう》、諜報機関、楽手寮《がくしゅりょう》など数えていったら限りもないほどである。  だがつい、盧《ろ》自身も、しまいには、断り切れぬだけでなく、興味をもって、毎日あちこちの招きに惹《ひ》かれていた。というのは、それぞれの部にある局部長らの人物もみな一トかどの人物だし、それらの者との談笑|裡《り》の会飲《かいいん》やら話のおもしろさといったらない。  かつては、禁門の師範だった豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》、五台山を騒がせた花和尚、虎退治のことで世間に名だかい行者|武松《ぶしょう》、あるいは九紋龍、あるいは高士|柴進《さいしん》、または名匠|気質《かたぎ》の金大堅《きんたいけん》、鉄笛の名人|楽和《がくわ》、大砲火薬の智識に富む凌振《りょうしん》、といったふうに、これら何か一芸一能の奇才や豪傑は天《あま》つ星のようにいたことなので、一夕の歓談に一夕を忘れ、またつい、夜を語り明かして飽かない夜が、毎日|延々《えんえん》と心にもなくつづいたようなわけだった。  かたがた、宋江や呉用が、あらゆる言辞で、彼の足どめ策を講じていたのもいうまではない。  だが、ひとたび、北京にある留守の妻を思い、ここに潜《ひそ》む魔力みたいなものをかえりみると、 「ああ、これはいかん。わしの意志が弱いのだ。決然と魔魅《まみ》の袂《たもと》を払わぬことには」  と、身の在る所にゾッとして、帰心、矢の如きものに襲われもする。――  家を出たのは晩春五月まぢか。いつか、月日は過ぎて、天地は秋の色だった。  そこで彼は、一詩を書いて、宋江にみせた。どうか帰してくれと改まって切に懇願したのである。 [#ここから2字下げ] 晩春 家郷に別れて いま新秋 朝《あした》に家を想い 夜には妻を恋う 恨むらく 身に双翼のなきことを 天風よ 吾を憐《あわれ》んで 水涯《すいがい》を渡せ [#ここで字下げ終わり] 「いや、このご心情を見てはもう……」と、宋江は言った。 「これ以上は、おひきとめもなりますまい」  最後の大饗宴をひらいて、莫大な金銀を餞別《はなむけ》に贈り、翌朝、全山を挙げて、いよいよ彼を送別することになった。 「家に帰れば、不足なき身、おこころざしはいただきますが、金銀財帛《きんぎんざいはく》はどうぞ、そちらのお手もとに」  盧《ろ》はそういって、泊中の見送りを謝し、夢遊一百余日の感慨を、金沙灘《きんさたん》の船上に吹かれながら、やがて対岸に渡り、日をかさねて、じつに久しぶりな家郷|北京府《ほっけいふ》に帰った。  たそがれ過ぎれば関門は閉まる。あぶなく間にあって、彼は、城内|大街《たいがい》の灯をまばゆげに、足のうつつもないような歩みだった。するといきなり誰かその袂《たもと》をつかまえて、 「だ、だんなさまっ。……ああ、大旦那だ。待ってました。どんなにお待ちしていたかしれません!」  と、果ては大地に伏して、泣きじゃくってしまう男があった。 「なんだ。乞食かと思ったら? ……。いったいおまえは誰なのか」 「こ、こんなボロ、垢面《あかづら》、素はだし。お見忘れも無理ではございません。私は小乙《しょういつ》[#1段階小さな文字](総領むすこをいう世間の愛称)[#小さな文字終わり]です。小乙の燕青《えんせい》です」 「げっ……。オオッ、燕青だ。燕青だわえ。だが、その姿はまあ、いったい何とした[#「した」に傍点]ざまか」 「お留守中に、追ン出されました。何一つ持たせられず、裸のままで」 「たれに?」 「奥さまと、大番頭の李固《りこ》から、出て行けといわれまして……。ご主人! ここへお帰りなすっては大変です。もういちど、もとの所へお引っ返しなさいまし」 「何をいう。わしがわしの家へ帰るのに」 「でも、夏の初め頃、李固が帰って来ますってえと、その日から李固と奥さまとは夫婦気どり、おまけにご主人は梁山泊に入って賊の副統領になったから再び北京にもどることはない、と雇人一同に触れるばかりか、お上《かみ》へまで訴え出て、親類がたの証判も取り並べ、財産名義の書き替えまでやりかけているんです。だんなさま、うっかりすると、お命もあぶない……。どんな罠《わな》にはまるかしれませぬ」 「ばかをお言い!」と盧《ろ》はかえって燕青の正気を疑った。「――わしの家内にかぎってそんな不貞の女ではない。しかもだ。わしの家は北京で五代の旧家、家憲がある。番頭の李固にしろ、なんでさような大それたまねができるものか」 「でも大旦那、人間です、人間なんて、一つ狂うと、何をしでかすか、分ったもんじゃないってことを、わたしはこの眼で」 「まだいうかっ。あらぬ讒訴《ざんそ》もいい加減にしろ。ははあ、なんだな、何かきさまこそ、わしの留守中に、色街《いろまち》の妓《おんな》にでもひッかかって」 「めっそうもない! 大旦那、なさけない!」 「ええ、そうに違いないわ。離せっ。せっかくなわしの帰宅を不愉快にさせおって」  廬《ろ》は、蹴放した。そして燕青がなおも何か後ろで叫ぶ声に耳をふさいで、あたふたと北京府《ほっけいふ》でも目抜きな街中の大構え、質屋と物産交易を兼ねた老舗《しにせ》看板の金箔《はく》も古いわが家の宵の大戸をドンドン叩いた。 「俊儀《しゅんぎ》だよ、いま帰ったぞ。開けないか。わしだよ、わしだよ!」  家の中では何かドタバタとあわただしい。変な気配である。大戸はいつまでも開かなかった。  が、やっと大番頭の李固《りこ》が顔を出して来た。そして、さもさも、ようこそご無事で、とは迎え入れたものの、雇人一同もみな何か狐に憑《つ》ままれたような挨拶ぶり、奥に入れば、妻の賈氏《こし》は、見るなりすがったが、ただただ泣いて、良人のいない旅の留守の、余りな長さと淋しさを、口説《くぜつ》に訴えてみせるばかり……。 「ま、お離し……。燕青はどうしたね。顔を見せないじゃないか」 「そのことでは、大旦那」と、李固はすぐ横から話を取って――「いずれ申しあげますが、あれにはいろいろ不始末などもございましてな。お帰り早々、いやなお話も如何でしょうか。ま……お久しぶりのご帰宅、さっそくお風呂にでもはいって、今夜はまあゆるゆる楽におやすみ遊ばしては」  妻の賈氏《こし》もいそいそすすめ、李固も何かともてなすので、盧《ろ》は自分の小心を辱《は》じ、その晩はわれから機嫌を直して寝《しん》に就いた。  ところが、真夜中の頃、盧家《ろけ》のおもて門と裏門から二、三百人の捕手がとつぜん土足でなだれ込んだ。事すでにただ事でない。一瞬の屋鳴《やな》りがやむと、はや主人の盧《ろ》は縄付きとされ、家じゅう大乱脈の中を、深夜、管領庁《かんりょうちょう》へと引ッ立てられて行った。  北京《ほっけい》の長官、梁中書《りょうちゅうしょ》は、あくる日、白洲《しらす》にひきすえられた彼を見た。  ――呼び出された賈氏《こし》、李固《りこ》の両人も、やや離れて、平伏している。 「盧俊儀《ろしゅんぎ》!」と、中書はやがて、声あららげて。「そのほう、北京に住むこと五代の由緒《ゆいしょ》ある良民にてありながら、梁山泊の賊徒と通じ、不逞《ふてい》を謀《たく》むよしの聞えあるが、言い開きはあるまいな」 「あっ、もしッ……」と、盧俊儀はさけぶ――「覚えなきことにございまする。身の不覚より、偽売卜者《にせうらないしゃ》にたばかられ、一時は足を入れましたものの」 「通らん。さような言い訳は通るまい。賊と密盟なきものなら、なんで百余日も梁山泊にとどまりいよう。また、賊が解き放すはずもない。すでに、なんじの女房と番頭の李固から夙《つと》に訴状も出ており、かつまた、なんじの書斎より常々反逆の意をふくむ一詩も見つけ出されてある」 「あいや、仰せですが、それはてまえの作った詩でなく、偽易者めが、先にわが家を訪れたときに、たまたま書きおいてまいったもので」  すると後ろで李固が、へへへへと、声をころすようなわざと[#「わざと」に傍点]笑いをもらしていた。 「旦那え。……大旦那え。お白洲《しらす》は浄玻璃《じょうはり》の鏡。もうそんなムダな抗言《あらがい》はおよしなすって、神妙にちっとでも罪を軽くしていただきなすった方がおよろしいんじゃございませんか」  妻の賈氏《こし》もまた、尾について。 「あなた……。わ、わたくしはもう、あきらめました。もしや、罪九族におよぶなどというお申し渡しにでもなったらどうしましょうぞ。後生《ごしょう》です、お願いです、前非を悔いて、素直に洗いざらい、お上《かみ》へ、ほんとのこと仰っしゃってくださいまし。せめてそれが」  よよと、泣きみだれる彼女の態《てい》に、盧《ろ》は愕然《がくぜん》と、伸びあがってどなった。 「なにをいうか、そなたまでが。……逆上したのか、女房っ」  しかし、庁上庁下、居ならぶ役人の目ぼしいところには、すでに李固から廻した鼻ぐすりが効《き》いていたこと。機をすかさず、与力の張《ちょう》が、次にわめいた。 「中書《ちゅうしょ》閣下、これは一ト筋縄ではいけますまい」 「ウむ。打てッ」  おきまりの拷問《ごうもん》となった。たちまちに唸《うめ》きの下、凄惨、目もくらむばかりな鮮血が白洲を染め、絶叫がつづく。そしてついに、心にもなき口書《くちがき》が取られ、その夕すぐ死刑囚の大牢へ送りこまれた。  この大牢の牢屋預かり兼《けん》首斬り役には、蔡福《さいふく》、蔡慶《さいけい》といって、鬼の兄弟がいた。 [#ここから2字下げ] 凌雲《りょううん》の気 堂々の男 誰とかなす 押牢《おうろう》の蔡福《さいふく》なれ 青鸞《せいらん》の帯 無角《むかく》の頭巾《ずきん》 歩むところ 草木おののき 声きけば 哭《な》く子もやむ 名《つ》けたりな そのアダ名も鉄臂膊《てっぴはく》とは [#ここで字下げ終わり]  これは兄の方だが、弟の蔡慶《さいけい》にも、街詩《まちうた》があって。 [#ここから2字下げ] らんらんの眼には毛虫|眉《まゆ》 衫衣《さん》に繍《ぬ》わせた 吾亦紅《われもこう》 あまりに人がこわがるので 鬂《びん》に挿《さ》したよ 花一枝《はないっし》 [#ここで字下げ終わり]  彼はつねに帽の鬂傍《びんぼう》に何か花を挿《さ》す習慣を身につけていたので河北《かほく》の人は彼を、一枝花《いっしか》の蔡慶《さいけい》とも呼びならわしていた。 「おい蔡慶。新入りはちと大物だ。番をたのむぞ。おれはちょっくら家《うち》へ行ってくるな」  その夕、弟にあとをまかせ、蔡福《さいふく》は大牢の路次を曲がりかけた。と、薄暗がりの物蔭から走り出た蝙蝠《こうもり》のような人影が、ペタと彼の前にぬかずいて。 「お慈悲です、ご主人に一ト目会わせておくんなさい。お願いします。こ、このとおりに……」 「や、おめえは、浪子《ろうし》燕青《えんせい》じゃないか。何を手に持っているんだ」 「お粥《かゆ》です。ご主人に食べさせたいと思って。……この小瓶《こがめ》に半杯の粥を、やっと街で工面して来ましたんで」 「ふーむ。主人思いだなあおめえは。……ま、いいや、自分で持って行って、食べさせてやるがいい」  蔡福は言い捨てて行ってしまった。宿なしの燕青には世間の同情があったらしい。蔡福はそんなことを考えながら大街《たいがい》通りの州橋を渡っていたが、するとまた、 「おかしら、うちの二階に、お待ちかねのお客さんが、さっきから見えてますよ」  と、馴《な》じみの女が呼びとめる。  茶館の二階に待っていたのは李固《りこ》だった。うしろの扉を密閉すると、李固は延金《のべがね》で五十両を卓においた。そして“闇から闇へ”の取引きを初め、蛇《じゃ》の道はヘビ、多くはいわないでも……と謎をかけた。  蔡福は、わざととぼけ[#「とぼけ」に傍点]て、 「はてね。なんのおはなしで?」 「いやですぜ、大牢のおかしらが。諺《ことわざ》にも、おなじ穴の貉《むじな》は化かし合わぬ、というじゃありませんか」 「貉になれっていうわけかい。おい李固さん、お役所前の戒石《いしぶみ》に、こう彫《ほ》ってあるのをしらねえな。――下民ハ虐《シイタ》ゲ得ルトモ、上天ハ欺《アザム》キ難シ――と。真っぴら、真っぴら。後日、提刑官《ていけいかん》[#1段階小さな文字](監察)[#小さな文字終わり]に睨まれて、かかりあいになるなんざアご免だよ」  こいつはいけないと見たので、李固は相場を上げた。五十両を百両にし、百両を二百両、さらに三百両とまでわれからセリ上げてみせると、もう蔡福の顔色もはっきり欲にうごいている。そこで李固が念を押したものである。 「ぜひとも、今夜じゅうに、ひとつ、首尾よくねむらしておくんなさいよ」  蔡福は、金をおさめると、すぐ立ち上がって、あっさり、こう約束をつがえて帰った。 「よし! あした死骸を取りに来ねえ」  ふくふくな気もちで、宵闇、わが家の門口まで帰って来た蔡福はそこでふとギクとした。  たれか見つけぬ人影が佇《たたず》んでいる。――  それも、どうも常人《ただびと》でない。びろうどの黒い丸襟《まるえり》の服を着、羊脂《ようし》の珠《たま》のかがやく帯には細身な短剣を佩《は》いているのみでなく、金鶏《きんけい》の羽ネで飾られた貴人の冠《かんむり》といい珍珠《ちんしゅ》の履《くつ》、どう見ても、王侯の香《にお》いがする。 「これは。……どなた様でいらっしゃいましょうか」 「ほ。あなたが蔡福《さいふく》か」 「さようで。して何ぞ、御用でも」 「奥をおかり申したい。ちと、折入ってのおはなしなので」  さて、それからの一室での密談だった。みずから名のっていうその人とは、滄州|横海郡《おうかいぐん》の名族、遠き大周皇帝の嫡流《ちゃくりゅう》の子孫、姓は柴《さい》、名は進《しん》、あだ名を小旋風《しょうせんぷう》。すなわち小旋風の柴進《さいしん》とは私であると、まず言って、 「幸か不幸か、性来、財をうとみ、義をおもんじ、天下の好漢と交《まじ》わりをむすんで来ましたが、それがついこの身をして梁山泊の一員となる契機の因《もと》をなしていたのです。……ところがこのたび、当地の盧員外《ろいんがい》どのが、淫婦《いんぷ》奸夫《かんぷ》のはかりに陥《お》ち、かつまた貪官汚吏《どんかんおり》の手にかかって、あえなく獄にとらわれ召された。いやすでに命《めい》旦夕《たんせき》の危急と聞く。……で。じつは寨主《さいしゅ》宋江先生の秘命をおび、急遽《きゅうきょ》、おたすけに参ったわけだ。しかもあなたの一存でここは延ばせる。足下の侠気にすがるほかはない。寸礼《すんれい》のおしるしには、ここに黄金一千両を持参いたした。お受けとり給わるか、あるいは嫌か。もしまたこの柴進《さいしん》を縄にしようというならば、それもよし、眉一トすじも動かすものではございません」  いうことの立派さ。その気魄。蔡福は聞くうちにも腋《わき》の下に冷めたい汗をタラタラとたらしていた。くやしいが人間の違いか。この威圧はどうしようもない。 「河北に漢《おとこ》あり、鉄臂膊《てっぴはく》[#1段階小さな文字](蔡福)[#小さな文字終わり]はそのお一人とうけたまわる。漢《おとこ》は度胸、なんのお迷い。うム、ご返辞は。なさることで見ていよう。とりあえず、持参の黄金はお収めおきを」  すっと立って、柴進は門を出てしまう。入れ代りに従者らしき男が一|嚢《のう》の沙金《さきん》をおいて風の如くぷッと去ってしまった。なんたる大人《たいじん》ぶり、いや肝《きも》ッ玉だろう。てんで歯の立つ相手ではない。  蔡福はさばきに困って、その暁、ふたたび大牢に帰り、弟の蔡慶《さいけい》に相談してみた。聞くと蔡慶は手を打って笑った。 「運はかさなるもの。いい目と出初めると切りがねえな。どっちも戴いておいたらいいさ。――梁山泊の使いだって、くれたのはあっちの思惑。なにも盧員外《ろいんがい》の身を生《なま》で渡せというんじゃなしさ。……なんとかズルズル延ばしてりゃあ、そのうち片がつこうというもんじゃねえか」 「なるほど。じゃあこうしよう。おめえは盧の旦那にこっそり事情《わけ》を話せ。そして朝晩の糧《かて》も上々な物にしてあげて、おからだを大事になさいと耳打ちしておけ」  もちろん、これには蔡《さい》の兄弟にしても、上役から下ッ端までへの心づけがだいぶ要《い》る。しかしおさまらないのは、あくる日、顔をみせた李固《りこ》であった。 「まあ、李固さんよ、そうふくれなさんな。明け方、盧《ろ》をねむらしちまおうと思って、獄飯《ごくはん》の中へ一服|盛《も》ってると、急に、中書《ちゅうしょ》さまのご意向が違うッてんで、大まごつきさ。どうも長官閣下か、まわりの者か、そこは知らねえが、盧をころすまでの腹じゃあねえらしいんだな。ひとつ、そっちの方を運動しなせえ、こっちはいつでも、やれるんだから」  李固はてんてこ舞いした。色と欲、生涯のわかれめだ。ここで老舗《しにせ》の財産半分をつかっても、もとはひとの物、安い物、そんな料簡からに違いない。その日まず、管領《かんりょう》の梁中書《りょうちゅうしょ》の公邸にちかづいてから、連日、あらゆる手をつくして暗躍にかかった。  ところが一方、副官や与力の張は、蔡福から少なからぬ袖の下をおさめていた。で、何やかやと判決は遷延《せんえん》してゆく。それはいいが自然、北京《ほっけい》府内では、おもしろからぬ噂も立つ。盧俊儀《ろしゅんぎ》その人への日ごろの人望やら同情なども抑え難い。で、梁中書も考えた。  ここで読者は、この梁中書について過去の一事件を思い出されているであろう。かつて、都の蔡《さい》大臣の許へ、その誕生祝として、夫人の名義で、時価十万貫にものぼる金銀珠玉を送り出させたあの大官である。そのときの輸送使が、かの青面獣《せいめんじゅう》楊志《ようし》であったのだ。ゆらい梁山泊とは宿怨浅からぬ官憲の大物といってよい。それだけに彼は、盧の処分には慎重をきわめたのだ。盧に同情のつよい北京において、万が一にも、ぼろを出しては、はなはだまずい。 「そうだ、千里の先なら、耳の外だし、風まかせ」  ついに、流刑の断をくだしたのである。さきは終身刑のみが送られる滄州|沙門島《しゃもんとう》の大流刑地。護送役の董超《とうちょう》、薛覇《せっぱ》という二名は、これまた、かつて林冲《りんちゅう》を都から差立てたことのある端公《たんこう》だ。あれ以後、林冲が逃げた滄州事件のとばッちりから高《こう》大臣の不興をかい、この北京《ほっけい》へ左遷《させん》されていた者たちである。  しかし流刑人送りの練達者として、この二人の端公の腕は、たしかに抜群だったものだろう。管領庁でも彼らが付いて行くからにはと万々途中は安心と公文その他一切の手順もすすめられた。  ――首かせ[#「かせ」に傍点]は嵌《は》められ、二本の水火|棍《こん》に小突き立てられ、行くて三千里の道へ、盧《ろ》は素はだし[#「はだし」に傍点]で歩かせられた。  木賃宿の朝夕、端公は囚人《めしゅうど》を、奴僕《ぬぼく》のようにこきつかう。これらはやさしいことである。四、五日も旅するうちには、すでに盧俊儀その人の面影はどこにもない。飢え疲れきッた無力の奴隷《どれい》、いやいや、そんな形容ではまだ足りない。 「おい。董公《とうこう》。ちょっくら、こいつの腰鎖《こしぐさり》を代って持っててくれ」 「なんだよ薛公《せっこう》。こんな山ん中で」 「生き物だもの仕方はねえ。用達しがしたくなったんだよ」 「ぜいたくを吐《ほ》ざいてやがる。垂れ流しに歩き歩きさせたがいいじゃねえか」 「囚人《めしゅうど》じゃねえッてばさ。おれがするんだよ、おれが」 「はははは、おめえが催したのか。それ、やって来ねえ」  腰鎖《こしぐさり》をうけとって、ぼんやり立っていると、彼方へ行ってかがみこんでいた董公《とうこう》がギャッと一ト声叫んでころがり伏した。  驚いた薛覇《せっぱ》が、上を見て、あッ――といったと思うと、これまた、クルクルッと体を廻してぶっ仆れた。その喉笛《のどぶえ》にも、彼方の死骸にも、矢が立っていた。秋の深さを告げる黄色い椋《むく》や柏《かしわ》の葉が、同時に上からバラバラ降った。  どん! と空から一童子が飛び下りた。いやその紅顔は童子ともみえるが年はもう十八、九の若者で、破れた衣服、鳥の巣のようなあたま、腰には残る一本の矢柄《やがら》を挿《さ》し、手には四川弓《しせんきゅう》[#1段階小さな文字](半弓)[#小さな文字終わり]を持っている。 「ご主人! 燕青《えんせい》ですっ。逃げましょう。燕青の肩につかまってください」 「やっ、おまえは? ……。ああ小乙《しょういつ》か。小乙、おまえには、あわせる顔がない」 「な、なにいってるんです、主従の仲で。が、待って下さいよ、二本の矢を抜いて来ますから。……いや先に鎖をお解きしましょう。ちぇッ、この冤罪《むじつ》のご主人をくるしめた首枷《くびかせ》め」  と、燕青《えんせい》は満身の力で主人の首カセの鍵《かぎ》を叩き割り、そしてまた、三本の矢をも腰に挿し揃えてから、盧《ろ》の力なき体を、わが背中に背負い、やがて飛鳥のように峰道、谷道、みるみる、どこへともなく逃げ去ってしまった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 伝単《でんたん》は北京《ほっけい》に降り、蒲東《ほとう》一警部は、禁門《きんもん》に見出だされる事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  薬草採りの寝小屋らしい。深山幽谷をあるいて仙薬をさがす“薬種掘《くすりほ》り”の仲間は、幾十日でも山に入っているという。そこらには、欠け茶碗がある。火を燃した跡もある。 「ああ、うまくいった。天のたすけだ。大旦那え……」と、燕青《えんせい》は、肩から主人のからだをズリ降ろしながら言った。「もう、ご心配なさいますな。ここなら人に見つかりッこはありません」  それからの彼は、たとえば、巣に病む親鳥へ子鳥が餌《えさ》を運ぶような可憐《いじらし》さだった。朝夕、心から主人の盧俊儀《ろしゅんぎ》をいたわった。仕えること以前《むかし》とすこしもかわらない。  盧《ろ》はそのたびに慚愧《ざんき》した。彼の手をとって「……すまない」といっては詫《わ》びた。燕青はまた打ち消してそれを笑う。幼少から可愛がられてわが子同様に十九のこの年まで育てられたご恩に比すれば、こんなことぐらいは、謝恩の万分の一でもありません、というのだ。  そして時々、彼は例の四川弓《しせんきゅう》を持って、鵲《かささぎ》や雉子《きじ》を射《い》に出かけた。また谷へおりては、川魚や川苔《かわのり》を採って帰った。しかしいつも木の実《み》やそんな物ばかりでは主人の体に力もつくまいと思って、あるとき、そっと山腹の部落へ粟《あわ》を買いに行った。  ところが、部落の口にも辻にも高札が立っている。――北京《ホッケイ》ノ囚人|盧俊儀《ロシュンギ》、及ビ、ソノ護送役人ヲ殺害シテ盧《ロ》ヲ奪《ウバ》イ去ッタ大罪人ヲ訴エ出《イ》デヨ、という莫大な懸賞つきの布令《ふれ》なのだ。 「あぶねえ、あぶねえ」  燕《えん》は、あわててほかの部落へ行った。しかし、そこにも北京府《ほっけいふ》の捕吏《ほり》が来て屯《たむろ》していた。ぞっとして、彼は粟も求めずもとの巣へ逃げ戻ったが、これが足のツキ初めとは知るよしもなかったのである。  あいかわらず、鳥を射、川魚を採って、露命をつないでいたが、ある日の夕、小屋へ帰ってみると、盧俊儀《ろしゅんぎ》の姿がみえない。あたりは狼藉《ろうぜき》、血しおまでこぼれている。さてはと仰天して、燕《えん》は夢中で追っかけた。けれど時すでに遅し。――盧は馬の背にくくられ、二百人からの土民や捕吏の手で麓へ引ッ立てられて行く途中だった。 「ちくしょうッ。ええ、どうしたら?」  しかし、どうすることも早やできない。彼は泣いた。天を恨んだ。断崖から谷へとびこんで死んでやろうか。死んでどうなる?  ……ここに。夜の白々明《しらしらあ》けのこと。  范陽笠《はんようがさ》に、縞脚絆《しまきゃはん》、腰に銀巻き作りの脇差《わきざし》という身がるな姿。  またもう一名は、古物だが、錦襴《きんらん》の腰帯《こしあて》に、おなじく大刀《だんびら》を帯《たい》し、麻沓《あさぐつ》の足もかろげに、どっちもまず、伊達な男ッ振りといえる旅の二人が、何か、笑い声を交わしながら峠を北へ降りかけて来た。 「オヤ。あれ見や兄哥《あにき》。へんな野郎が、谷へむかって、泣いていやがるぜ」 「ほ。まだ餓鬼臭《がきくせ》え若造じゃねえか。まさか身を投げて死ぬ気でもあるめえに」 「いや何とも知れねえよ。声をかけたら飛び込んでしまうかもしれねえ。そっと行って抱き止めてやろうか」  しかし、彼方の岩頭に腰かけていた若者は、すぐ気づいて、気づくや否、隠し持っていた四川弓《しせんきゅう》[#1段階小さな文字](半弓)[#小さな文字終わり]にバシッと矢をつがえて、こっちを睨《にら》まえた。 「あっ――」と、二人は矢面《やおもて》から飛び別れて。「小僧ッ、なにをしやがる! てめえは身投げをする気でいたのとは違うのか」 「おじさん」と刹那《せつな》に、若者のほうも、落着いたらしく、弦《つる》の矢筈《やはず》を外《はず》して。「ごめんなさい。おじさん達は、旅の衆だね。北京府《ほっけいふ》の捕方《とりかた》じゃあなかったんだね」 「や。おめえの言葉は北京語だが、そういうところをみると、もしやおめえは、盧員外《ろいんがい》[#1段階小さな文字](俊儀のこと)[#小さな文字終わり]の縁故《えんこ》の者じゃあねえのかい。いや、安心しねえ。おれたちは、梁山泊《りょうざんぱく》の者だからよ」 「ほんとかい! おじさんたち」 「なにを隠そう。おれは※[#「てへん+弃」、(四)-215-18]命《べんめい》三郎の石秀《せきしゅう》。ここにいるのは病関索《びょうかんさく》の楊雄《ようゆう》だ。――仲間の一人、小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》からの知らせで、これから盧員外をどうして助け出すか。その下探《したさぐ》りに出かけて来た途中なのさ」  燕青《えんせい》はこれを聞くと、わっと声をあげて泣きだした。「遅かった! 間に合わない、間に合わない!」といっては、地だんだ[#「だんだ」に傍点]をふんでまた泣いた。楊雄と石秀とは驚いて、こもごもにその理由をただした。  そしてこれが盧家《ろけ》の小僕、浪子《ろうし》燕青と聞いて、さらに驚きを新たにしたが、しかし盧の再度の大難が、ここでわかったのは、まだまだ、天の加護として、よろこんだ。そこで楊雄は俄に方針をかえ、燕青を連れて、梁山泊へ引っ返し、北京府《ほっけいふ》へは、石秀がただ一人で入り込むことになった。――  もちろん以後の連絡をかたく諜《しめ》し合せてである。ところが、これがまた第二の奇禍と、次の大波瀾とを招く逆の転機となってしまった。  しかも、その日である。その日とは、姿を変えた石秀《せきしゅう》が、北京府の関内《かんない》へ、首尾よく潜入しえた当日なのだ。  わらわら、わらわら、一方へ向って、人が馳けて行く。 「何か、お祭りの花車《だし》でもやって来るんですか」 「とんでもない……」と、訊かれた方の者は、眼をとがらせて、石秀の姿をジロジロ見。「知らないのかい、おまえさんは。この北京府であんなに惜しまれている盧員外《ろいんがい》さんが斬られるんだよ。ついこの先で首斬り役人の蔡福《さいふく》と蔡慶《さいけい》の手にかかるんだよ。なんてまあ、なさけない」 「ひぇっ。断罪ですって?」  たいへんな群集である。黄色い埃《ほこ》りですぐ知れた。空地の草ッ原では、はや執行の寸前とみえ、正午《しょううま》ノ刻《こく》の合図を待って、首斬り刀に水を注《そそ》ぐばかりらしい。  すぐ前は、十字路だった。角《かど》の酒館《のみや》の階上では、たくさんな顔が、鈴なりに見物している。中に、石秀《せきしゅう》の異様なる双眼も光っていた。  刻《とき》の太鼓が、近くの鼓楼《ころう》で鳴りだした。それッと、役人たちの蟻《あり》のような影が中天の陽の下で忙しく動きはじめる。――と、まだ太鼓の音が刻《とき》ノ数《かず》をも打ち終らないうちだった。酒館の窓から廂屋根《ひさしやね》の尖端へおどり出した一箇の怪漢が、片手には剣、片手に拳《こぶし》を振りあげて大音声をふりしぼった。 「待てーっ。盧員外《ろいんがい》に手でも触《さわ》ると命はないぞ。梁山泊の勢揃いを知らねえのか。そこらには、梁山泊の者が大勢来ているのを!」  もちろん、嘘である。だが、これしかほかに策はなかったのだ。叫ぶやいな、石秀はそこをとびおりて刑場内へ斬りこんだ。そして、うろたえ騒ぐ刑吏や獄卒をけちらして、一瞬の旋風《つむじ》の如く、盧のからだを奪い去った。肩にかついで逃げ出したものである。  たしかに「梁山泊の勢揃いだぞ」といった機智が、功を奏したものにはちがいない。が、一|枝花《しか》の蔡慶《さいけい》も、兄の蔡福《さいふく》も、全然これを、意識的に見のがしていた傾向がある。――さきに梁山泊の密使|柴進《さいしん》から沙金《さきん》千両をもらっていた礼心《れいごころ》でもあったろうか?  けれど、じつは折角なその効《か》いもなかった。なぜならば、石秀はまもなく、高い城壁下《じょうへきか》のどんづまりに追いつめられて逮捕されてしまったからだ。――いかんせん彼は北京の案内に晦《くら》かったし、白昼のこと、隠れ場もなかったらしい。当然、盧と共に、彼も大牢へぶちこまれた。そして、こんどは二人並べて、二頭一断とする、次の用意がなされていた。  するとその日、南区の奉行、王という者が、一枚の伝単[#1段階小さな文字](ちらし)[#小さな文字終わり]を持って、管領庁へ出むいてきた。いや同時に、ここで拾ッた、かしこに落ちていたという伝単が、北奉行や町廻りの手からも、何十枚となく届け出られていた。  長官の梁中書《りょうちゅうしょ》は、それを一読するや、顔の色を失ってしまった。気魂《きこん》、おののきふるえて、天外《そら》に飛ぶの態《てい》だった。  伝単の文にいう。 [#ここから2字下げ]  梁山泊ノ義士 宋江《ソウコウ》。  大名府《ダイミョウフ》、及ビ天下ノ人士ニ告グ 今ヤ、大宋国《タイソウコク》ニアリテハ上《カミ》ハ濫官《ランカン》、位《クライ》ニアリ 下《シモ》ハ汚吏権《オリケン》ヲ恣《ホシイママ》ニ、良民ヲ虐《シイタ》グ  北京《ホッケイ》ノ盧俊儀《ロシュンギ》ハ善人ナリ 衆望 人ノミナ慕《シタ》ウ所ナリ。然ルニ 賄賂《ワイロ》ニ毒セラレタル官コレヲ捕エテ 却《カエ》ッテ淫婦奸夫ヲ殺サズ。抑〻《ソモソモ》天命ヲ逆《サカ》シマト為《ナ》ス者ニ非《アラ》ズシテ 何《ナン》ゾヤ 即《スナワ》チ 天ニ代ッテ吾等ノ道ヲ行ワントスル所以《ユエン》ナリ 若《モ》シソレ 盧俊儀ト石秀ノ二人ヲ故《ユエ》ナク断刑《ダンケイ》ニ処《ショ》サバ 梁山泊《リョウザンパク》数万ノ天兵ハ タチドコロニ北京ヲ焼キ払ワン 且《カ》ツ悪吏ノ一人タリトモ 鬼籍《キセキ》ノ黒簿《コクボ》ヨリ除《ノゾ》キ ソノ命ヲ助ケオクコト無カラン  銘記《メイキ》セヨ 曾《カ》ツテ梁党《リョウトウ》ノ宣言《センゲン》ニシテ 必ズ行《オコナ》ワザルハ無キ事ヲ。  サラニ又 愕《オドロ》クヲ要セズ 孝子 仁者 純朴ノ善民 マタ清廉《セイレン》ノ吏《リ》ニ至リテハ 是《コレ》ヲ敬《ウヤマ》イ愛スルモ 誓ッテ是ヲ困苦《コンク》セシメズ 乞《コ》ウ善大衆ヨ 御身等《オンミラ》ハタダソノ天誅《テンチュウ》ヲ見 ソノ職ニ安ンジ居ラレヨ [#ここで字下げ終わり] 「さーて? これは容易ならんぞ。のう……王奉行、どうしたものだろう」 「どうも、ゆゆしいことに相成りましたな。何せい、朝廷|直々《じきじき》の掃討《そうとう》軍ですら、たびたび打ち負かされて手を焼いているあいつらのこと」 「もし北京軍をあげて、戦うとせば」 「とても、だめでしょう。ヘタをすれば朝廷からの援軍もまにあいません。――ま、愚見《ぐけん》をいってみれば、このさい、大牢中の二名は、生かしておくだけの形にしておき、第一には、急遽、都へ早打ちをお出しになること。第二には、北京軍をくりだして、一応、城外遠くの要路を塞《ふさ》ぐこと。――これが手おくれとなりますと、お手持の軍は失い、朝廷からは譴責《けんせき》をうけ、人民は足もとから騒ぎだすなど、収拾《しゅうしゅう》もつきますまい」 「む。余も同感だ。さっそく、大牢の番役人、蔡福《さいふく》、蔡慶《さいけい》にも、申しふくめろ」  そしてまた、即日。  北京府の兵馬総指揮官――大刀聞達《だいとうぶんたつ》と天王|李成《りせい》という正副の二将軍――が城外百余里の地、飛虎峪《ひこよく》とよぶ山、また槐樹坡《かいじゅは》とよぶ街道の嶮《けん》に、布陣すべく、大兵で出勢して行った。  これがすでに、秋も半ば過ぎ――  梁山泊では、さきに神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》を走らせて、雲の上から伝単を撒《ま》き散らさせた直後において、北京《ほっけい》出勢のしたくはしていた。  それも、こんどは、かんたんでないと見た用意のもとに、充分な馬匹兵糧を携行し、人数もまた、梁山泊全員を二つに割って、全兵力の半分を出動させた。  宋江の下に、軍師呉用。  ほか、歴戦の猛者《もさ》が、幾十隊の部将となってくりだしたが、中には紅《こう》一点の女頭領《おんなとうりょう》、一丈青の扈三娘《こさんじょう》も、こんどは一軍をひきいて行った。  朱地《しゅじ》に「女将軍一丈青」と金繍《きんぬい》した軍旗は、やがて敵のあらぎも[#「あらぎも」に傍点]をひしいだ。  槐樹坡《かいじゅは》のたたかい。また飛虎峪《ひこよく》の激戦。  されば、すさまじいものだったが、結局、北京軍はついにさんざんに打ちやぶられてしまった。そして大刀聞達《だいとうぶんたつ》も、副将|李成《りせい》も、それぞれ、残兵の中に押し揉《も》まれながら、まるで身一つのようなぶざま[#「ぶざま」に傍点]で逃げ帰って来た。以後、北京《ほっけい》の関門に命からがら辿《たど》り着いた兵を数え入れても、発向の時の三分の一にさえ足らなかった。 「なんたることだ! これではまるで、殲滅《せんめつ》に会ったも同様な惨敗にひとしいではないか」  梁中書《りょうちゅうしょ》は、驚きのあまり、床を踏み鳴らして、その弾《はず》みに、沓《くつ》を飛ばした。沓は飛んで、報告のため、階下に畏服《いふく》していた李成《りせい》の顔に当って落ちた。 「どう仰せられても、面目はございません」と、李成は沓を拾って捧げながら――「このうえは、再度の早飛脚《はやびきゃく》で朝廷のご急援を切に仰ぐこと。――次には、近くの各県に合力《ごうりき》を下知《げち》せられること。――またここは、聞達《ぶんたつ》が第二の新手をくりだしておりますから、一そうそれを強めるため、城壁にはさらに塁《るい》をかさね、砲石、踏弓《ふみゆみ》、火箭《ひや》、目つぶし、あらゆる防禦物を揃えて、守備に怠りないことです」  寄手の泊軍《はくぐん》、宋江の指揮下では、もう短兵急な猛攻は止めていた。東、西、北の三門はかたい包囲下においていたが、わざと南大門の一方だけはあけておき、自由に往来させている。――なお交渉の余地あることをわざとそこに見せておいたのだ。――城中の大牢にある二人の者の露命につつがなかれと、切に祈る気もちから。  だがこれは、双方にとっての微妙なかねあい[#「かねあい」に傍点]だ。梁中書《りょうちゅうしょ》も、獄中の者を殺しはしない。時を稼ぐためにである。  中書の急使は、その南大門を忍び出て、はや昼夜、都へ向って、馬にムチ打っていた。使者は腹心の王定《おうてい》という者だった。日かずもまたたく、彼は帝都|開封《かいほう》東京《とうけい》の汴城《べんじょう》に着いた。だが、宮内府の一門にたどり着くやいな、気のゆるみでか、気絶してしまった。  大臣|蔡京《さいけい》は、憂いにみちた眉色《いろ》で、白虎節堂《びゃっこせつどう》の大臣席に着席している。  ほかに五大臣、また、枢密院長の童貫《どうかん》、枢密院の全議員、各司庁《かくしちょう》、司署の長官らが、しいんと、満堂にみちて、彼の口もとをみまもっていた。 「みな、聞かれたであろうが」  蔡京が言った。 「……いま、北京府の急使、王定が訴えに聞けば、これを一地方の擾乱《じょうらん》とだけでは見過ごせん。天下の兇事、大宋《たいそう》朝廷のご威厳にかかわる」  沈痛な語気だった。  この蔡《さい》大臣、かの梁中書には岳父《がくふ》にあたるひとである。つまり中書夫人の実父なのだ。――当然、私《わたくし》の情愛と心痛もある。  しかし、彼が最も胸をいためたのは、現皇帝の徽宗《きそう》陛下が、夜は管絃、昼は画院の画家たちを相手に絵を描いてのみおられ、いっこう天下の変もよそにしておられることだった。すでに、北京からは先にも禁軍の救援を求める早打が来ているが、それにも早速なご会議のもようはなく、またつづいての、王定の請願を奏上すれば「――よきにしておけ。枢密院の衆議にまかせる」というのみの御諚《ごじょう》だけだ。 「諸卿」  と、彼はふたたび発言して、全議員の上を見わたした。彼のわたくしの心配も、国を憂える肺腑《はいふ》のひびきと聞えなくもない。 「なにか、策はないか。第一に人だ。軍を派すにしても、その人を得ざれば、だ。これと思う人物があらば、遅疑なく、推挙してもらいたい」  依然、たれも沈黙している。求めて重大な責任を負うことはない。といったような尻込みなのだ。  するとここに、防禦保儀使《ぼうぎょほぎし》の宣賛《せんさん》という者があって、はるか末席から直立して言った。 「大臣。――ご推薦したい人物があります。彼こそ隠れた傑物と信じるからです」  ところが、彼の大真面目な進言も、あちこちでクスクス笑う声にもみけされた。保儀使《ほぎし》といえば軍人でも佐官に過ぎない。のみならずこの宣賛《せんさん》は、西蕃《せいばん》との混血児《あいのこ》である。ヒゲは赤く、ちぢれ毛で、鍋底《なべぞこ》のような顔にまた念入りにも雄大なる獅子ッ鼻ときている。  かつては、或る西蕃王の邸《やしき》にいて、郡馬《ぐんば》[#1段階小さな文字](王の女婿《むこ》)[#小さな文字終わり]となったが、その黒い姫君すらも、彼を嫌って、振り抜いたとかで、自分からそこを追ン出てしまったため、以来、“醜郡馬《しゅうぐんば》”という名誉あるアダ名すら貰っている宣賛《せんさん》だった。――だから誰もその発言に本気で耳をかそうとしなかった。  しかし、蔡《さい》大臣は、宣賛の大真面目なところを買って、 「む! 言って見給え。君が推すその人物とは?」  と、傾聴すべき容子《ようす》をみせた。 「はっ」と、宣賛は、直立不動のまま―― 「目下、蒲東《ほとう》にいて、警部長の現職にある者ですが」 「なんだ、そんな下級の警吏か」 「はいっ。……ですが家系は古く、三国時代の後漢《ごかん》の名臣、関羽《かんう》のただしい子孫にあたり、苗字《みょうじ》を関《かん》、名を勝《しょう》といい、よく兵書を読み、武技に長《た》け、黙々と、田舎警部《いなかけいぶ》を勤めてはいますが、もし彼に地位と礼を与えるなら、きっと天下のお役に立つにちがいありません」  と、口を極めて、ほめたたえた。  これは“掘り出し物”かもしれない。蔡《さい》大臣はやや意をうごかした。が、重大なる任命だ。ひとまずその日の会議は閉じ、人事院をして調べさせた。その結果、ついに宣賛《せんさん》を蒲東《ほとう》にやって、ともかく関勝《かんしょう》を宮内府へ呼んでみることにした。  洛外《らくがい》、蒲東《ほとう》は小さな田舎町である。  そこの警部局へ、ひょっこり訪ねてきた宣賛の姿に、 「やあ、これはおどろいた。何年ぶりだろう。いったい何の用で?」  と、関勝は狭い役室の中に立って、友の手を握り、まずと、汚い椅子《いす》をすすめた。 「じつは、その……」と、さっそく用向きを切り出しかけたが、関勝のそばには、べつな一人の男がいた。何者だかわからない? 「いや、先に紹介しよう。宣《せん》君、ここにいるのは僕の義兄弟で、郝思文《かくしぶん》という変った姓名の人でね。このひとのおふくろが、井木犴《せいぼつかん》[#1段階小さな文字](二十八|宿星《しゅくせい》の一ツ)[#小さな文字終わり]がお腹《なか》に宿ると夢みて産れたというんだから、生れつきからして変っている。しかも武芸十八般の達人だ。以後、よろしくたのむよ」 「それは、どうも。……拙者は関《かん》君の古い友人、保儀使の宣賛《せんさん》という者です。いや、ちょうどいい時に居合せて下すった。――どうです、ひとつごいっしょに、帝都の内閣まで来てくれませんか。というのも蔡《さい》大臣閣下のお招きなんです。仔細《しさい》はこのお召状の内にありますからご一見の上で」  関勝《かんしょう》はそれを読んで感激にふるえた。郝思文《かくしぶん》に相談すると、これもまた否やはない。――俄に、家族を呼び、家事のあとを託《たく》して、三名はその日のうちに東京《とうけい》へ急いだ。  まず官邸に入る。  蔡《さい》閣下との対面は、例の白虎節堂《びゃっこせつどう》だった。ただし、関勝《かんしょう》ひとりだけの謁見《えっけん》で、階《きざはし》の下に、拝《はい》を執《と》る。――蔡京がつらつら見るに、なるほどすばらしい偉丈夫だ。身ノ丈《たけ》八尺余、髥《ひげ》美しく、まなこは鳳眼《ほうがん》――。気に入った。 「関《かん》警部長。お年は幾つだの?」 「三十二に相成ります」 「兵学、武芸、すこぶる素養に富むと聞くが、どうして田舎《いなか》警部などで満足していたのか」 「いや蛟龍《こうりゅう》も、時に会わねば、いたしかたございません」 「その“時”を汝に与えよう。梁山泊の暴徒が、先頃から北京府《ほっけいふ》の城をかこんで、良民を苦しめておる。その害をのぞく自信があるか」 「なきにしもあらず、です。水滸《すいこ》の賊が、われから、本拠の泊巣《はくそう》を離れて遠く出たのこそ運の尽き。――北京の難を、直接、救わんとすれば大きな犠牲を要しますが、彼らの留守を襲って、先に、梁山泊を陥《おと》してしまえば、元々、烏合《うごう》の衆《しゅう》、あとは苦もなき掃討《そうとう》でかたづきましょう」 「なるほど。――魏《ギ》ヲ囲《カコ》ンデ趙《チョウ》ヲ救ウ――の策か。さすが達見《たっけん》。よろしい、今日以後、君を推して征賊の将軍とする。この一生一|期《ご》の大機会を君もよく活《い》かしたまえ」  その日に、上奏、また枢密院の任命式なども行われ、ほどなく、一万五千の大軍が、都門を立った。  郝思文《かくしぶん》が先鋒、宣賛《せんさん》が殿軍《しんがり》、段常《だんじょう》が輜重《しちょう》隊。そして総司令|関勝《かんしょう》は、中軍という編制。――これが満都の歓呼と注目をあびて汴城《べんじょう》を立つ日の巷《ちまた》に歌があった。 [#ここから2字下げ] 漢代《かんのよ》の功臣 三国の良将の末裔《すえ》 いま赤兎馬《せきとば》に似たるに跨《また》がり 繍旗《しゅうき》、金甲《きんこう》、燦《さん》として征《ゆ》く 行く手の雲や厚く 搏浪《はくろう》の水涯《すいがい》は嶮《けわ》し 自愛せよ、大刀の関勝 関菩薩《かんぼさつ》[#1段階小さな文字](関羽ノコト)[#小さな文字終わり]の名に恥じぬ 義あり勇ある今日《こんにち》の好漢《よきおとこ》 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 人を殺すの兵略は、人を生かすの策に及ばぬこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  北京《ほっけい》の天地は、そろそろ冬の荒涼を思わせ、遠山はすでに白い雪だった。  城外の野に、軍幕《テント》をつらねて、朝夕、ひょうひょうの寒風にはため[#「はため」に傍点]かれている一|舎《しゃ》の内に、宋江《そうこう》は今日しも、深い思案に沈んでいた。 「ああ、どうもすこし戦略を過《あやま》ったようだ。一気に城中へ攻め込めば、大牢にいる盧員外《ろいんがい》と石秀《せきしゅう》の命があぶない。……と手加減しているまに、いつか冬となってきた。いや冬のみならず、各府県の援軍が来て、城壁の守りもいよいよ固い。……もしこのうえ京師《みやこ》の正規軍《せいきぐん》が大挙して、これへ下《くだ》ってでも来た日には?」  ところへ、呉用が顔を見せた。 「宋《そう》先生」 「お。軍師」 「お驚きになってはいけませんぞ。意外な変《へん》となってきた」 「どうしたのですか」 「梁山泊《りょうざんぱく》があぶない! 危機に瀕《ひん》していると、たったいま、神行太保《しんこうたいほう》の報《し》らせです」 「えっ。では泊内《はくない》から裏切りでも」 「いや、東京《とうけい》の蔡《さい》大臣が、蒲東《ほとう》の大刀関勝《だいとうかんしょう》という者を抜擢《ばってき》し、彼に大軍をさずけて差しくだしました。ところが、この関勝は、有名な後漢《ごかん》の名臣|関羽《かんう》の子孫。なかなか勇武奇略があるらしい。北京へ向って来ずに、われらの留守をついて、いきなり梁山泊をとりかこんでしまったというわけなので」 「しまった。それこそ“魏《ギ》ヲ囲《カコ》ンデ趙《チョウ》ヲ救ウ”の策……。やられましたな」 「だが、まにあわぬことはない。留守の張順、張横《ちょうおう》、李俊《りしゅん》、童威、童猛、阮《げん》ノ三兄弟、そのほかも、必死で防戦中とのこと。ともあれ、さっそく引き揚げましょう」  しかし、これがまた一大難事だ。  城中では、すでに京師からの密令で、このことは知っている。――必然、宋江軍《そうこうぐん》の総退陣を見越して、一挙に、追い打ちをかけんとしている気味合いが歴々と見えていた。  それも覚悟の上として退くしかない。  宋江は、小李広《しょうりこう》の花栄、豹子頭|林冲《りんちゅう》、また呼延灼《こえんしゃく》などに、殿軍《しんがり》を命じて、一角の陣から引き揚げを開始した。……と見るや、敵は城をひらき、どっと飛虎峪《ひこよく》の嶮《けん》まで猛追撃してきたが、ここにも伏兵がおかれていたので、逆に彼らは大いたでを負って、逃げもどってしまった様子。それからは、一路、留守の危機へと帰りを急ぐ、梁山泊数千の山兵とその頭領の面々だった。  そして早くも水滸《すいこ》の寨《とりで》を彼方に望みうる近くまでは来たが、偵察によると、 「沿岸は諸所、関勝《かんしょう》の陣地で、これから先は、蟻《あり》の通る隙もありません」  と、物見はみな口を揃えて、官軍のゆゆしさをいう。  はたと、行軍は行きなやんだ。第一には、どう泊内との連絡をとるかであった。ところが、その晩のこと、細い水路を辿《たど》り抜けてきた一そうの“忍び舟”がある。捕えてみる、これなん味方の一人、浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順だった。 「おう張順か。泊内の士気はどうだ。まだ一ヵ所も破られてはいないだろうな」  宋江に問われると、張順は面目なげに言った。 「さ。それが……必死の防ぎで、からくも、鴨嘴灘《おうしたん》から金沙灘《きんさたん》の岸まで、保《も》ちささえてはきましたが、残念なことに、兄弟分の張横《ちょうおう》と阮小《げんしょう》七の二人が、関勝《かんしょう》の手に捕虜とされてしまいました。……で、留守隊一同、首を長くして、お待ちしていたわけなんで」 「なに、張横、阮《げん》小七のふたりが敵にいけどられたと。……はて、それは戦法が難しくなったな。下手《へた》に出れば、たちまち、陣頭の血祭りにされるだろうし」  なお、仔細《しさい》をきいてみると、張横は得意の水戦を用いて、敵の攪乱《かくらん》に出かけ、かえって敵の計《はかり》におちて捕われたもの。また阮小七も、その復讐戦を挑《いど》んで、逆に、関勝の奇計に引ッかかったものだという。 「なにさま、敵将の関勝というのは、よほど奇略に富む者らしい。……軍師、なんぞご名策はありませんか」  呉用は、さっきから、髥《ひげ》を撫《ぶ》して、そばで聞いていたが、 「ともあれ、当ってみましょう。その戦《いくさ》ぶり、また、その人物を見てからの上の勝負だ。……いかなる智将といえ、その兵略には、限界もあるし癖もある。彼に得意な戦術があれば、その智を用いて智の裏を掻く……」  次の日の早朝。  まず味方の花栄を先陣にくり出して、敵の堅陣へと、ぶつけてみた。  その手の官軍方の将は例の、醜郡馬《しゅうぐんば》宣賛《せんさん》だった。乱戦半日の果て、小李広《しょうりこう》の花栄《かえい》と醜郡馬とは、互いに面《おもて》をあわせての接戦となったが、弓の花栄といわれた彼の射た一|箭《せん》が、カン! と醜郡馬の背なかの護心鏡《あてがね》にあたったので、 「これは」  と、きもを冷やしたか、さすがの宣賛も陣を崩して逃げなだれた。  しかしそれは“新手《あらて》がわり”の扇開陣かと見えもする。――蜘蛛《くも》の子と散ったうしろ側の二段の陣には、旌旗《せいき》、弓列、霜のごとき矛隊《ほこたい》が、厳然として控えていた。そしてその真ん中には、炭火のような赤い馬にまたがり、手に青龍刀の烈々たる冷光をひッさげた偉丈夫が、眼をほそめて、全戦場を見わたしている。威厳、いやその絶妙な陣容、たとえば底知れぬ深淵のごときものがあって、とても、うかとは近づき難い。  ――時しも、すでに紫の夕雲が、水滸《すいこ》の蕭条《しょうじょう》たる彼方に真ッ赤な日輪をのんで沈みかけている。やがて、吹き渡る薄暮の暗い風のまにまに、相互とも、事なく退《ひ》き鉦《がね》を打鳴らしていた。  露営の天幕《テント》には、夜の霜が降りた。宋江は、すっかり何かに感じ入っている。彼はよく人を観《み》る。 「さすがは、漢代の功臣の末裔《すえ》――」  と、一、二度ならず呟《つぶや》いた。 「まことに、関勝《かんしょう》とは、聞きしにまさる武人ではある。ちかごろ稀れに見る人品骨柄《じんぴんこつがら》」  これを、そばで聞いていた林冲《りんちゅう》は、すくなからず不愉快な顔をして、 「はて、宋統領としたことが、なんだって、敵にそんな気おくれを持たれるのか。自体、宋先生は人に惚れ過ぎる癖がある。ようし、明日の戦いには、関勝をおびき寄せて、統領の目の前で、関勝のだらしなさを、この林冲が見せてやる」  と、心でちかった。  そして翌日の激戦で、彼は思いどおりに関勝をひきよせた。だが、関勝の方は、彼をあしらうのみで、眼中にも入れている風ではない。 「宋江、出でよ」  と、喚《おめ》きつづけ、 「水溜《みずたま》りの孑孑《ぼうふら》どもに用はない。宋江、みずから出て、勝負を決しろ」  と、陣前へ来て、近々と呼ばわった。  引き止める人々を排して、宋江はサッと馬を乗り出し、すぐ馬を降りて、関勝へ向い、まるでふだんのような礼をした。 「元、鄆城《うんじょう》の小役人、宋江です。漢《かん》の代《よ》の良臣のご子孫、お見知りおき下さい」 「やあ、汝が宋江か。なんで世を紊《みだ》し、朝廷にたてをつくぞ」 「世をみだす者は、われらではありません。朝廷ご自体。いや讒佞《ざんねい》の権臣《けんしん》、悪官吏のともがらです。されば、私たちは天に代って」 「黙れッ、黙れッ。天とはここに臨んだ錦旗《きんき》をいう。身のほど知れ、この鼠賊《そぞく》め。ただちに、兇器を投げて、降参いたせばよし、さなくば、みじんにいたすぞよ」  これを見、宋江の卑下《ひげ》と関勝の傲岸《ごうがん》に腹をたてた林冲《りんちゅう》、史進、秦明《しんめい》、馬麟《ばりん》などの連中は、小癪《こしゃく》な! とばかり前後から、関勝ひとりをつつんで、喚《おめ》きかかッた。  いかに関勝の青龍刀たりといえ、これにはおよぶべくもない。もちろん、官軍方からも、 「わが関《かん》将軍を打たすな」  と、どっと助太刀には出て来たが、あわや、関勝あやうし、と見えた。  ところが、宋江は急に、鉦《かね》を打たせて、味方の猛者《もさ》をひきとらせてしまった。さあ、彼の身辺は、不平、ごうごうである。中には、 「なんだって、かんじんなところで、いくさをお止めなされたのか。これでは、いくさにも何もなりはしない」  と、突っかかって来る者さえある。  宋江は、屹《きっ》となって、たしなめた。 「諸君は相手を殺すのが勝ちだと思っているが、私は、人を生かすことをもって勝利としている。われわれの仲間は、世に忠義をむねとし、人に仁と義をもって接するのが、本来の約束ではなかったか。いわんや、関勝は忠臣の子孫、その先祖は神に祀《まつ》られている者だ。もし彼に徳と智とまことの勇があるなら、宋江はいま預かっている統領の椅子《いす》を、彼に譲ってもよいとさえ思っているのだ」  打てば響く。――宋江にあったこの心は、関勝の胸にも何かを呼び起していたにちがいない。――彼はその夜の陣営で、ひとり密かに考えていた。 「はてなあ? 宋江というやつは解《げ》せん男だ。おれの危なくなった刹那に、戦《いくさ》を止めさせたのは、なんのつもりか?」  その魂胆《こんたん》が気になって仕方がない。だが解けなかった。で、とうとう部下に命じて、かねて捕虜《ほりょ》の檻車《かんしゃ》へ放り込んでいた囚人《めしゅうど》の張横《ちようおう》と阮《げん》小七とを引っぱり出させ、宋江の人となりを問いただしてみた。  ふたりとも、口を揃えて、憚《はばか》るなく、宋江の人間を称《たた》えた。 「いま頃まだ、及時雨《きゅうじう》の宋公明を、知らねえなんざ、よくよくお前さんは、世事の盲《めくら》か、軍人なら軍人のもぐりだろうぜ。山東《さんとう》、河北《かほく》では、三ツ子ですらが知ってらあ。義にあつく、お情けぶかく、だれにも慕われなさる人民の中の光明《あかり》みたいなお人としてだ」  関勝《かんしょう》は、かえって、なにか辱《は》じてしまった。つまらない糺問《きゅうもん》をしたとは思いながら怏々《おうおう》と、こころも愉しまず、幕舎を出て、独り寒月を仰いでいた。すると―― 「将軍、ここにおいでですか」 「歩哨兵《ほしょうへい》か。なんだ」 「ただいま、賊将にしては、いやしからぬ人品の者が」 「なに、敵中から」 「はっ。抜け出して来たものらしく、ひそかに、関《かん》元帥にお目にかかりたいといって来ましたが」 「ひとりか」 「はっ。ただ一騎で」 「ふうん……? ま、連れて来てみろ」  密々、この夜、彼をここへ訪ねて来たのは、呼延灼《こえんしゃく》であった。  会うのは初めてだが、関勝もつと[#「つと」に傍点]にその名は知っている。有名なる元、禁軍の一将軍だ。――禁軍の連環馬軍《れんかんばぐん》をひきいて遠征し、敗れて、ついに梁山泊の賊寨《ぞくさい》に投じ、こんども敵中にいることは分っていた。 「御用は?」  と、関勝の眼は冷たい。 「じつは……」と、呼延灼《こえんしゃく》は、声をひそめ「待っていたのです。今日の日を」 「それは、おかしいじゃないですか。君は今や、賊将の一人でしょう。僕は朝廷の使軍《しぐん》の将だ。いますぐ君に縄を打って、都へ押送することだって出来る」 「いや、それがしとて、本心、賊に降伏していたわけじゃない。――今日、現に戦場であなたの急を救った者は、じつはこの私なのだ。――あのさい、林冲《りんちゅう》、史進《ししん》、秦明《しんめい》などに囲まれて、御辺《ごへん》の身、危うしと見たので、突嗟《とっさ》に、退《ひ》き鉦《がね》を鳴らさせたので……あとでは、さんざんに、宋江から怒られたが」 「ほ。さては、そんなわけだったのか」 「なお、疑わしく思われるかもしれんが、機会があったら、官軍へ投じて、帰順したいものと、ひそかに諜《しめ》し合っている同志の者は少なくないのです。――林冲も秦明も、共に元は都出の軍人。……どうです元帥、彼らにその機会を与えてくれませんか」  要するに、もとこれ同根《どうこん》の誼《よし》み。つい、関勝は彼の口車に乗ったのである。だんだんにうちとけて、その夜は、呼延灼《こえんしゃく》と共に、陣中|鍋《なべ》をつッつきあい、大いに飲んで、旧情を、いや偶然なる新情と邂逅《かいこう》とを、よろこびあった。  そして呼延灼のすすめるままに、翌晩、彼はめんみつな布陣を先にととのえおき、身は、単騎軽装となって、呼延灼を案内に、敵中深くへ忍んで行った。 「叱《し》っ……」  と、延灼《えんしゃく》は、ほどよい地点で、関勝《かんしょう》の駒を制した。  彼のいうところによれば。  このへんで、火合図する――  すると、元、青州の総司令をしていた黄信や、また帰順の腹のある林冲《りんちゅう》、秦明《しんめい》らも「待っていた!」とばかり、賊軍の内から裏切りを起す。  そこを、その機《しお》を、かねて、言いふくめておいた郝思文《かくしぶん》と宣賛《せんさん》の二軍が、敵の両わきから、一せいに、こぞッて出る。さすれば賊の陣は、夜討の不意と、内応の混乱とに、めちゃくちゃとなって、四分五裂するにちがいない。――宋江、呉用、の大物から以下の賊将どもまで、一|網《もう》打尽《だじん》とすることは、まさに今夜にあり――という計だった。  しかし、この戦法は、すこぶる妙にして、じつは大あて外《はず》れだった。  まさしく、内応のうごきは見えたが、宋江も呉用も、ここの陣中にはいず、一だん遠い彼方の小山の嶺《みね》に、紅火点々と、その在る所を見せている。 「しまった。申しわけありません。……這奴《しゃつ》らは、何かさとって、襲われる寸前に、彼方へ退《さ》がったものとみえます」  延灼は、言って、詫びた。けれど、全然、功がなかったわけでもない。内応によって官軍は勝ったのだし、一陣地は奪取したのだ――そのうえ、内応の賊将、黄信、林冲、史進、秦明などは、挙げて彼の馬前へ来て、投降していた。 「あの山には」  と、関勝は、投降者を見廻しながら訊ねた。 「防備があるのか。かたい防寨《ぼうさい》でもきずいてあるのか」 「そんな物はありません。裸山《はだかやま》で――」  と、延灼《えんしゃく》はさらに言った。 「あわてて、仮に逃げ退いただけのものです。ですから、四方へ逃げ散った賊兵が、まとまらないうちに、かしこを突けば、宋江を生け捕ることは、明け方までに遂げ得られましょう」  そこで、再度の潜行に出た。もちろん、宣賛《せんさん》、郝思文《かくしぶん》のふた手も連れて。――ところが、すでにこれが宋江の術に落ちていたものだった。――関勝は途中でとつぜん馬もろとも陥穽《おとしあな》にころげこんだ。同時に、周囲にいた黄信、史進、秦明らが、たちどころに、彼の上へおいかぶさり、そのよろいも甲《かぶと》も剥《は》いで、捕縛《ほばく》してしまった。  郝思文《かくしぶん》もまた、べつな所で、山兵の埋伏《まいふく》に出会って捕われ、例の、醜郡馬《しゅうぐんば》宣賛《せんさん》も、翌朝、湖畔に追いつめられて、いけどられた。その湖畔の官軍本営といえば、すでに迂回路《うかいろ》をとって出た撲天鵰《はくてんちょう》の李応《りおう》が、先にもう占領していた。  そして、檻車《かんしゃ》のうちに放り込まれていた、味方の阮《げん》小七、張横の二名も、無事に救い出されている。  かくて、一|葦《い》帯水《たいすい》の梁山泊へ向って、その朝、ただちに、 [#1字下げ]――戦サ止ム、吾レ勝テリ、船送レ  の合図がなされた。水は歓声に沸《わ》き、留守の山は、歓呼に震《ふる》ッた。  金沙灘《きんさたん》のあいだを、一日じゅう、大船や小舟の群れが行き来した。官軍の陣跡《じんせき》からめしあげた軍器糧米の量から馬匹などでもたいへんな数量である。  すでに山兵のあらましを、呉用そのほかの頭分も「――まずは」と、無事な泊内を見て帰っていた。宋江は、忠義堂にいて、さっそく、関勝とほか二人の虜将《りょしょう》を目の前に曳いて来させた。 「これは、さだめし、ご窮屈でしたろうに」  と、宋江はすぐ、自身の手で、三名の縄を解いてやり、とくに関勝の腕を扶《たす》けて、中央の椅子《いす》へかけさせた。  関勝は、うろたえた。 「なんでまた、わたくしを」 「いやいや、やむをえずとは申せ、流離《りゅうり》亡命の宋江の如きが、錦繍《きんしゅう》の帝旗にてむかい、あなたへも、さんざんな無礼、どうか平におゆるしを」  そこへ、呼延灼《こえんしゃく》も来て、あやまった。 「関《かん》元帥。憎いやつと、お恨みでしょう。ですが、敬愛するあなたのため、また、宋統領の命で、やむなく、おだまし申したこと。どうか悪しからず水に流してください」  関勝はしかし、それに答えず、暗然たるままで、同憂の宣賛《せんさん》と郝思文《かくしぶん》を見て言った。 「君たち二人には、じつに気のどくなことをした。僕さえいないものだったら、二人とも、この難には会わなかったろうに。……が、かんべんしてくれ給え。こうなったからには」 「いや、あなたのせいではない。朝廷のためだ。世のためだ。なんとも思っているものか」 「では、覚悟をしてくれるか」 「百も覚悟はしているさ」 「ありがたい」と、関勝は身をただして宋江へ、言い払った。 「いまさら、よけいな手間暇はいるまい。わが友はみなかくの如しだ。……さ、はやく首を刎《は》ねてくれ」 「斬れません。生はあなた方のもの、宋江の自由にはできない」 「なんの、こっちは、囚《とら》われの身。どうにだって出来ようが。僕も関菩薩《かんぼさつ》の子孫だ。恥をかかせてくれるな」 「なぜ、生きてその言を、身にお示しになろうとはしないのか。関菩薩《かんぼさつ》が哭《な》いていましょう。世のみだれ、官の腐敗、民の困窮、目をおおいたいばかりではありませんか。私たちはそれに義憤を感じる者です。ここの天星|廟《びょう》にちかいをたてて天に代って道を行なおうとしている者です。関《かん》将軍、またご両所、篤《とく》と、生きても長からぬ漢《おとこ》の一生をお考えください。いまとはいいません。――それなる呼延灼《こえんしゃく》、黄信、彭玘《ほうき》、林冲《りんちゅう》らとも、よくおはなしあってみてください。その上で、わたくしどもにお力をかそうというお心になってくれたら、泊中一同は、よろこんであなた方を迎え、義の友として、今生《こんじょう》を共にするに、やぶさかな者ではありません」  関勝は、いつか、その首《こうべ》を深くたれていた。郝思文《かくしぶん》と宣賛《せんさん》も、また、沁々《しみじみ》と聞いていた。  この三名が、やがて、梁山泊のどんなものかを知って、翻然《ほんぜん》と、仲間入りを約したのは、いうまでもあるまい。いや、この三者ばかりでなく、官軍の虜兵《りょへい》幾千という者もまた、これに近い寛大な処置に浴した。  老兵やら、年若い少年兵には、かねをくれて、それぞれの故郷へ返してやり、望む者だけを、泊兵の内に入れた。――さらには、薛永《せつえい》、時遷《じせん》などを、ひそかに東京《とうけい》へ派して、蒲東《ほとう》にある関勝の家族たちをも、ひそかに、梁山泊へひきとる手配なども、忘れられてはいなかった。  こうして、いつか冬も、深くなっていた。  それにつけ、宋江は、いまなお、大牢のうちに幽囚《ゆうしゅう》されているであろう盧員外《ろいんがい》と石秀の身を思いやって、北京《ほっけい》の空のみが、たえず胸のいたみであった。 「ま、そうクヨクヨなさらないで」  と、呉用はなぐさめ、 「――今日、関勝の方から申し出ました。一命をたすけられたうえ、何もせず、暖衣飽食《だんいほうしょく》にあまえているのは心苦しい。宣賛《せんさん》、郝思文《かくしぶん》と共に、先鋒《せんぽう》をうけたまわって、再度の北京攻めには、ぜひ一ト働きいたしたい、と。ひとつ、それを先手に、春を待たず、出勢しようではありませんか」  と、言った。 「この雪に」 「そうです。雪中の行軍は、困難極まる。けれど、それだけに、北京府では、油断しているだろうとも思われる」  その日も、霏々《ひひ》たる雪だった。水も芦《あし》も遠い山も、雪ならぬ所はなく、雪の声と、鴻《こう》の啼《な》き渡るほか、灰色の空には、毎日、何の変化もなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] はれもの医者の安《あん》先生、往診《おうしん》あって帰りはない事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  北京《ほっけい》の空の下では、そのご、はかばかしい戦果もなかった。  毎日が雪である。なんといっても、厳冬の攻撃はムリだったのだ。守るに利だ、攻めるには困難が多い。――敵を打つには、誘《おび》き出して、これを撃つしかない。  そのうえ、城外三十里の野に、朝夕、吹きさらされている露営の凌《しの》ぎも容易でなく、宋江《そうこう》はこのところ、風邪《かぜ》ごこちだった。食がすすまず、微熱がある。  ――で、ついにその日は司令部の幕舎《テント》のうちで横になってしまった。謹厳な彼として、陣中、昼の臥床《がしょう》に仆《たお》れるなどは、けだし、よくよくであったらしい。  すると、幕門の衛兵長、張順が入って来て、しきりに彼をよびおこしていた。 「総統総統。ただいま、軍師の呉用|大人《たいじん》と、先ごろ梁山泊《りょうざんぱく》へ入った関羽《かんう》の子孫の関勝《かんしょう》とが、二人づれで、戦場のご報告にとこれへ見えましたが」  聞くと、宋江は刎《は》ね起きて、すぐさま軍衣の容《かたち》をただし「――これへ」と、つねのごとく、呉用と関勝の二人に会った。  関勝は、まず詫びた。自分がすすめた出兵なのに、今日までなんらの功も挙げえないでと、恥じるかのように言ったのだ。――すると、呉用はそのそばから、 「いやいや、宋《そう》先生、さすがは関勝でした、賞《ほ》めてやっていただきたい。じつは昨夜来の戦いで、敵を南門外におびき出し、関勝は、敵の急先鋒|索超《さくちょう》を手捕《てど》りにしたばかりでなく、索超を説いて、われらの仲間へ入ることを承知させた。――功がないどころか、見上げたものです。やはり関羽の末裔《まつえい》関勝だけのものはある」  と、報告した。 「それは、すばらしい」  宋江もよろこんで、共に、彼の軍功を賞《ほ》めたたえたが、どうも調子がへんである。唇の渇《かわ》きや皮膚の血色も常ではない。呉用は目ざとく、すぐ訊ねた。 「宋先生。どこかお加減が悪いのではありませんか」 「いや、たいしたことはないでしょう。ただここ七日ほど微熱を覚えて、どうも食がすすみませんが」 「そりゃいかん。大熱にきまっている。眼底《がんてい》が赤い」 「眼が赤いのは、じつは今、午睡《ごすい》をとっていたからです。ああそれで思い出した。張順に起されたとき、私は夢を見ていたようだ……」 「どんな夢を?」 「死んだ晁蓋《ちょうがい》天王が、枕元に立って、ひどく心配そうな顔をしているのです。そして梁山泊の方を指さして、しきりに、帰れ帰れとでも言っているようでしたが」 「そこを呼び起されたわけですか」 「ええ。醒《さ》めてみると、ぐッしょり汗をかいていました。妙な夢をみるものですな」 「はアて。ただの夢とは思われん。総統、あなたは大事なお体なのだ。つまらん我慢はしないでください」 「いや、夢は、五臓の疲れ。おそらく、風邪でしょう。ご心配はいりません」  宋江はあくまで軽く言っていた。しかしその晩、降参の索超《さくちょう》を加えて一|酌《しゃく》汲《く》もうと約していたのに、彼はその席へすら出ず、もうたいへんな苦しみ方だ。人々が驚いて体をみると、なんと、背なかの一部に、大きなはれもの[#「はれもの」に傍点]ができていた。癰《よう》だったのだ。癰といえば、命とり[#「とり」に傍点]である。呉用は愕然《がくぜん》として言った。 「夢はまぎれもなく正夢だ。梁山泊へ帰れとのお告げなのにちがいない。ここにいては宋先生の治療もかなわず、全軍もまた危殆《きたい》に陥《お》ちよう。すわ大事、すわ大事」  俄に全軍、引揚げと急にきまった。けれど、梁山泊にも名医はいない。医師はどうするか? 評議となった。  すると、浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順が、その役目を買って出た。――自分の郷里、潯陽江《じんようこう》のちかい所に、江南随一というはれもの[#「はれもの」に傍点]医者が住んでいる。そいつを捜して、梁山泊へ連れて行きましょう、というのだった。 「おお、そんな名医がいるならぜひ行ってくれい。一日も早くだ。手違いのないように」  と、呉用は彼に、かねで百金、路銀三十両をあずけて、その場から西へ立たせた。――そして即日、戦野の幕舎《テント》千|旗《き》を払って退却に移ったが、北京府《ほっけいふ》の城内では、この変《へん》を知っても、たびたび奇計に懲《こ》りていたので、 「またも騙《だま》しの手か?」  と、狐疑《こぎ》したままで、ついつい、追撃にも出ずにしまった。  一方は、旅を急ぐ一人の男、張順。  幾十日の風雪を凌《しの》いで、やっと揚子江《ようすこう》のほとりに出ていた。この日も雪は梨の花と散りまがい、見れば、江岸の枯れ芦《あし》の叢《むら》から、一ト筋の夕煙が揚っている。 「おウウい、舟の衆。渡船《とせん》じゃねえのか」 「そうだよう。渡船じゃねえよーっ」 「いくらでも駄賃はハズむぜ。潯陽江《じんようこう》まで渡してくんねえ。恩に着るよ」 「かねとなら相談にのッてもいいがね。うんと出すかい」 「出すとも、いうだけ出そうじゃねえか」 「よしきた! 乗りねえ」  苫《とま》をかぶせた漁船だった。船頭は二人いる。  案外な親切者で、張順の濡れた着物を火に焙《あぶ》ッてくれたり、寒いだろうといって、雑炊鍋《ぞうすいなべ》の物を馳走してくれ、また自分の小夜着《こよぎ》と木枕を出して、 「潯陽江《じんようこう》じゃあ、だいぶ間《ま》がある。ま、客人、一ト寝《やす》み、横になってござらッしゃい」  と、すすめるなど、張順もつい、旅のつかれと、人の情けに温《ぬく》もられて、いつか波上の身をも忘れていた。  ――ところが、目がさめてみたときは、もう遅い。体は荒縄でしばられていた。そして、船頭の一人は、自分の肌から抜き取ッた胴巻を口に咥《くわ》え、手に薄刃《うすば》のだんびら[#「だんびら」に傍点]をひっさげていた。 「やっ? ち、畜生。おれに毒入りの雑炊《ぞうすい》を食わせやがったんだな」 「あたりめえよ」と、もうひとりの若い者は、張順の体を船ベリに抑えつけて「――縁もゆかりもねえ野郎に、なんで、得もねえ親切気など出すものかよ。……だが兄哥《あにき》、こんな薄野呂《うすのろ》にしちゃあ、存外な大金を持ッてたものだな」 「やいやい。よけいなことはいわねえでもいい。このだんびらで、俺がそいつの素ッ首を叩ッ斬るから、てめえも、すこし船ベリの際《きわ》へ出て、そいつの背中をぐッと前へ突ン出させろ」 「よしきた! こうか!」 「そうだっ」  言ったと思うと、船頭のだんびらは、意外にも、仲間の男を、一|颯《さつ》のもとに斬り殺し、そしてまたすぐ、張順の頭上へ、次のやいばを振りかぶって来た。張順は体がきかない。振り下ろしてきた相手のものをかわすやいな、相手の腰の辺りを足で蹴とばして、身は、揚子江《ようすこう》の流れへむかって飛びこんでいた。  元々、張順は、ここの生れだ。揚子江《ようすこう》の水で産《う》ぶ湯《ゆ》をつかい、大江《たいこう》の河童《かっぱ》といわれたくらいな者で、水の中に浸《つか》ったままでも二タ晩や三晩は平気な男なのである。  縛られてはいたが、流れにまかせながら縄目を咬《か》み切り、やがて南の岸へ、鮫《さめ》のごとく、波を切って、泳ぎついていた。 「ううッ。陸《おか》のほうが、よっぽど寒いや」  張順は、火を見つけた。馳けだして行って見ると、一軒の田舎《いなか》酒屋だ。 「わっ、助かった。火にあたらせてくれ。凍《こご》え死ぬ」 「おや、お客人、どうなすった?」 「じいさんよ。えれえ目にあっちまったよ。船の上で、毒を噛《か》まされ、路銀持ち物、みんな巻き上げられてこの裸さ」 「おまえさんは、山東《さんとう》のお人らしいが」 「ことばつきで分るのかね。元は、この地方の生れなんだが」 「山東から生れ故郷へ帰って来なすったというわけかの」 「ま。そんなわけだが、じつは建康府《けんこうふ》に、安道全《あんどうぜん》ていう、はれもの医者がいるだろう。……あの先生をお迎えに来たんだよ」 「へえ、どちらから」 「だからよ、山東からだ」 「あっ、そうですかい」と、酒屋のじいさんは、独りで、なにか呑み込み顔して「――そうですかい、それでわかりました。はい」 「何がよ、じいさん」 「おかくしなさるには及びません。あなたは浪裏白跳《ろうりはくちょう》の張順さんでございましょう」 「げっ。どうして分る?」 「梁山泊へ突ッ走りなすったと、一ト頃はもうえらい評判。それにまた、この寒中、揚子江を泳ぎ渡って来るなんてえお人は、そうザラにあるものじゃございませぬ」 「隠すまい。その通りだ。じつは山寨《やま》の大親分さま宋公明《そうこうめい》というお方が、癰《よう》をおわずらいなすッたんで、はれもの医者の安道全を迎えに来たのよ。ところが、船強盗にうッかり嵌《は》められ、路銀から医者に渡すかねまですっかり奪《と》られてしまい、いや、俺としたことが、途方に暮れているところなのさ」 「おやおや、そんなことでしたら、張順さん、ご心配にはおよびますまい。ひとつ伜《せがれ》に相談してごらんなされ」 「じいさんの、お伜かね」 「へい。兄弟中での、六番目のやつで、名は王定六、アダ名を活閻婆《かつえんば》といわれております。こいつは毎日、酒桶《さかおけ》を担《にな》って、揚子江の船着《ふなつ》きという船着きを売り歩いておりますから、およそ船頭仲間のことなら何でも耳にしておりますでな」 「そいつは、ありがたい。さっそくひき会わせてもらおうか」  その晩は、ここに泊まり、あくる日、その活閻婆《かつえんば》の王定六に会った。そして定六の話によれば、張順をだました船頭は、名うて[#「うて」に傍点]な悪者、截江鬼《せっこうき》の張旺《ちょうおう》にちがいあるまいとのことだった。 「だがね、もう一人いたよ。若いのが」 「その若い方は、孫五《そんご》ッてえ野郎でしょう」 「けれど、その截江鬼《せっこうき》が、どうして、仲間の孫五を殺したのだろう?」 「知れたことじゃありませんか。だんなの胴巻を奪《と》って、中を見ると、思いがけない大金だ。そこで野郎、急に孫五と山分けするのが惜しくなってきたんでさ」 「なるほど、ひでえ悪党だな」 「きっと、野郎はあっしが見つけ出しますよ。それよりは旦那、急ぎの、御用の方が大切だ。だんなは少しもはやく安道全をお捜しなさい。こいつもまた、医術はうまいが、呑ン兵で助平で暢気坊《のんきぼう》ときているフラフラ医者。いつも家にいるとは限りませんでね」  王定六は、自分の着物から十両の銀子《ぎんす》まで貸して、張順を、一日も早くと、建康府へ立たせてやった。それに力をえて、彼が、城市では槐橋《かいきょう》のそばと聞いた、安道全の宅まで来てみると、折もよく、ちょうど店の一ト間《ま》に薬研《やげん》をすえて薬刻《くすりきざ》みをしている彼の姿が見えた。 「こんにちは。……どうも先生、お久しぶりで」 「はてね。おまえさんは?」 「お忘れかもしれませんが、たった一ぺん、おふくろの腫物《できもの》を癒《なお》していただいたことがございましてね。はい。潯陽江《じんようこう》の張順と申すんで」 「げッ、ではあの、梁山泊へ入ッた?」 「大きな声をしなさんな。じつは、宋公明《そうこうめい》さまが云々《しかじか》なわけで、命《めい》旦夕《たんせき》にせまっている。あっしと一しょに、すぐ行っておくんなさい」 「そ、そいつはムリだ」 「無理を承知のお願いです。この通りに」 「でも、じつは、わしの家内も病気でな」 「ご家内は、まさか、命旦夕ではございますまい。帰ったあとで、ゆっくりと、女房孝行して上げればいいじゃございませんか」 「じゃというて、山東《さんとう》の遠くでは」 「おいやですかい。そうですか。ぜひもございません。では仕方がねえ!」 「あっ、な、なにをなさるんで」 「ほッといてくれ。俺ア、この店をかりて、身の処置をつけざアならねえ。俺がここで自害したら、役人が来て、梁山泊の張順だ、さては安道全《あんどうぜん》も一味の仲間かと、おまえさんにも嫌疑がかかるかもしれねえが」 「じょ、じょうだんではない。役所沙汰などはふるふるだよ。金看板《きんかんばん》もだいなしになってしまう」 「いいや、俺もこのままでは山東へ帰れねえ。気のどくだがおまえさんを抱き込んでここで死ぬ。ここは仲間の隠《かく》れ家《が》だと言って死ぬ。観念しろよ、安道全」 「待ってくれ、行くよ、行くよ。覚悟をきめて」 「ええ、では承知してくれるか」 「宋公明といえば、天下の義人。ほかならぬお人のことだ。仕方もあるまい。だがの、今夜一ト晩ぐらいは、待ってくれてもいいだろう」 「そのまに、どろん……か」 「とんでもない。じゃあ、一しょに来なさるがいい」  家内の病気とは嘘らしい。元々この安道全は、医者の女好きという方で、建康府の花街《いろまち》には、大熱々《おおあつあつ》となっている妓《おんな》がある。  妓《おんな》は、李巧奴《りこうぬ》といって、一流の歌妓ではないが、気転がよく、男惚れのする肌合いで、いつも濡れているような睫毛《まつげ》は濃くて翳《かげ》が深い。 「……いいわ、もう。知らないわ、わたし」  と、妓《おんな》は拗《す》ねる。  絃《いと》の音《ね》に更けた新道の路次の一軒。夕方から飲みはじめて、すでに安道全先生は、海鼠《なまこ》のようになっていた。  ここは李巧奴《りこうぬ》の妓家《ぎけ》で、通い馴れてもいるらしい。口説《くぜつ》、いろいろあって、先生はひそかにうれしくもあり、持て余し気味でもあった。 「おい、巧奴《こうぬ》、どうしたんだよ、飲まないのか」 「知りませんよ。どうせわたしなんか、あんたにとって、何でもない女なんだから」 「なにをいうのじゃ。山東といったって、一ト月か、ふた月の旅。すぐ帰って来るからと言ってるんじゃないか。さ……きげんを直して、きげんよく立たせてくれ。心にもない女なら、なにもわざわざ別れになど来やせんよ」 「じゃあ、山東行きなんか、お止めになったらどうなの」 「それができるくらいなら、何も苦労は」 「……おや、まあ」  と、巧奴《こうぬ》はこのとき、座敷のすみの一|卓《たく》に、独りぼっちで飲んでいた男の方へ、その流し目をジロとやって、 「忘れていた。そこにはお差合いの人がいたのね。もし、お連れさんえ」 「なんだい」と、張順は空嘯《そらうそ》ぶいて、ニヤニヤ笑う。 「ご親切ね、あなたは。人の心を知らないで、うちの先生を、一ト月もふた月も、遠いところへ、ご案内して下さるなんて」 「そうお礼ではいたみ入りますよ」 「ふン。真《ま》にうけてるよ、この人は」 「どうか、ゆっくりと、今夜一ト晩は、噛みつくなりとも舐《な》めるなりとも、痴話口説《ちわくぜつ》のかぎりをおやりなさるがよい」 「よけいなお世話というもんよ。……そんな粋《すい》に気がつくなら、おまえさんこそ、さっさと消えて行ったらどう?」 「なるほど、そいつア一本参った。……では安道全先生、また明朝」  と、眼で念を押しながらひきさがった。男として胸くその悪さといったらないが、ここが我慢のしどころと、婆やにまで、小馬鹿にされされ、火の気もない小部屋にもぐって、寝込んだのだった。  すると、ま夜中すぎである。いちど、しいんと寝しずまったはずなのに、どこかで人のささやく声がする。そして中庭越しの向うの部屋には明りが灯《つ》いた。 「……はてな?」  油断のできる体ではない。張順は中庭へ潜んで窺《うかが》ッていた。情人《まぶ》でもないらしいが、酒肴《さけさかな》が運ばれてゆく。客はつまりこわもて[#「こわもて」に傍点]の客とみえ、婆やもなかなか気をつかっている。 「あら、いやだ。張旺《ちょうおう》さんたら、妬《や》いてるんだね。いいえ、巧奴《こうぬ》姐《ねえ》さんは、すぐ来ますからさ」 「だれだい。奥へ来ている旦《だん》つく[#「つく」に傍点]ッてえな、巧奴の情人《いろ》か」 「とんでもない、ほれあの……槐橋《かいきょう》のそばの、やぶ医者ですよ。なんでもあしたから二た月ほど、旅に立つとかいって」 「ああ、安道全か。あいつは小金を持ってるからな。だが婆さん、この截江鬼《せっこうき》の張旺《ちょうおう》だって、いつもそうそう、素寒貧《すかんぴん》じゃねえんだぜ。巧奴にも言っといてくれ。これだけあったら当分は通いづめでも費《つか》いきれめえッて」 「おやまあ、たいしたお金を……」 「叱《し》ッ。大きな声を出すない。それよりは、はやく巧奴《こうぬ》を呼んで来な。あいつも、眼を細くするにちげえねえ」  婆やがいそいそ出て行くと、入れ代りに、しどけない女の影がちらと部屋へ入って行った。張順は引っ返して、厨所《だいどころ》から料理庖丁《いたまえぼうちょう》を手にかくして来た。江上稼《こうじょうかせ》ぎの悪船頭、截江鬼《せっこうき》をここで見てはもう見のがしておけないという気になっていたのである。  だが、彼が部屋の扉を開けたとたんに、灯は消されて、一方の窓から、当《とう》の張旺《ちょうおう》はすばやく外へ逃げてしまった。「待てッ――」と、追わんとするのをまた、女が、必死にしがみついて来たのである。弾《はず》みで、張順はつい、殺す気もなく、女を刺し殺してしまった。――こいつはまずい! と一瞬、悔いたがすでに追いつかない。 「婆や、ばあや。……巧奴《こうぬ》、巧奴」  と、奥ではこの物音に目をさまして、安道全がうろうろしていた。腰でも抜かしたか婆やの声も返辞もない。やがて聞えたのは張順の声だった。 「先生、お目ざめで?」 「何だい? 今の物音は」 「その蝋燭《ろうそく》を持って、先生、あっしの後からついておいでなさいよ」 「どこへ。なにしに」 「ひと目、巧奴に会って、きれいに、お諦《あきら》めをつけて行った方がいいでしょう」 「えっ。巧奴が、どこにいるって?」  何気なく尾《つ》いて行ってみると、そこには男の飲みちらした卓があり二つ枕が帳台《とばり》に見える。  いや安《あん》先生が、仰天したのは、当然、女の血まみれな死体であったが、もっと驚いたのは、張順が書いたらしい部屋の壁に見えた一行の血文字《ちもじ》であった。 “コノ淫婦ヲ殺シテ去ル者、槐橋《カイキョウ》ノ安道全|也《ナリ》” [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 元宵節《げんしょうせつ》の千万|燈《とう》、一時にこの世の修羅を現出すること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  ここは江畔《こうはん》の一軒。例の田舎酒屋のじいさんと、せがれの王定六とが、いまし方、店を開けたばかりのところだった。 「お早う。先日は、どうも、何かと」 「おや張順さんか。オ、首尾よく、安道全先生のお供をして来なすったね」  聞くと、張順の後ろにいた旅姿の安《あん》先生は、首を振り振り、痛嘆した。 「ああ、分らんものだ。わしも多年病人の脈は診《み》てきたが、自分の運命が一夜にこう変ろうとは、予見も出来なんだわえ」 「先生、どうして、そんなに悄気《しょげ》るんですえ」 「どうの、こうのッて、おまえたち。これが悄気ずにいられるかい。わしの可愛がッていた妓《おんな》を亡《な》くすし、おまけに、その女を殺した下手人みたいにされてしもうたんや。もう二度と故郷へも帰れはせん」 「いいじゃありませんか」と、王定六はヘラヘラ笑った。「槐橋《かいきょう》先生といえば、はれもの患者も癒《なお》しなすったが、ずいぶん、女遊びや極道《ごくどう》もやり尽しなすったはず。ここらが年貢《ねんぐ》の納めどきですぜ。やがてわたしたちも店をたたんで梁山泊《りょうざんぱく》へ行くつもりですから、以後よろしくお頼み申しますよ」 「なに、おまえらも、梁山泊へ」 「へい、先日、張順さんにもお願いしてあるんです。そうそう言い遅れたが、張順さん、ついさっき、截江鬼《せっこうき》の張旺《ちょうおう》のやつが、ここをあたふた通って行ったぜ」 「ふウむ、野郎、通って行ったか」 「一ト足ちがい、まったく惜しいことをした」 「いや、俺は大事な使いの途中、けち[#「けち」に傍点]な仕返しには関《かかわ》ッていられねえよ」 「でも、あんな悪党を、みすみす逃がすのは、天道さまのおはからいに反《そむ》くから、オイ截江鬼《せっこうき》、今日は酒の仕入れに、北岸まで行きてえんだ、おめえの船で渡してくれろと、巧くだまして、彼方《むこう》の渡口《とこう》に野郎を待たせておきましたよ」 「そうか。そいつアほんとの渡りに舟。じゃあすぐ出かけよう」  もちろん、張順も安《あん》先生も、頭巾や笠で面《おもて》を深く隠したから、一見、誰とも分らない。これを店のお客と偽って、王定六とじいさんとは、やがて待っていた截江鬼の船にのりこんだ。  ほどなく、大江《たいこう》のまん中へかかる。張順、帆綱《ほづな》の加減を取っている截江鬼のそばへ来て、着ていた蓑笠《みのがさ》をかなぐり[#「かなぐり」に傍点]捨てた。 「張旺《ちょうおう》っ。ちょうど、この辺だったな。いつかの晩、てめえが俺に、うまい雑炊《ぞうすい》を食わせてくれたのは!」 「あっ、うぬは」 「覚えていたか、俺の顔を」  野太刀の抜打ちに斬り下げて、張順はその死骸を、ごみ[#「ごみ」に傍点]のように江《こう》の流れへ蹴おとした。  北岸へ着くと、王定六の親子は、いちどその船で元の住居へ返り、店や世帯の始末をすまして、後から追いつきますと言ってすぐ去った。 「待ってるよ、じいさん、王定六。おめえさんたちは恩人だ。きっと、梁山泊でみんなにひきあわせて、こんどのお礼はするからな」  張順は、手を振って別れ、あとは安《あん》先生とふたりきりで、道を急いだ。が、さて急いでも急いでも、山東までは前途|遥《はる》かだ。  ところが、梁山泊の方では、宋江《そうこう》の病状がいよいよ重く、それも昼夜の苦しみなので、ついに神行太保《しんこうたいほう》の戴宗《たいそう》を、迎えに出したものであろう。――二人はこの戴宗と途中で出会った。そこで安先生ひとりだけは、戴宗の飛行《ひぎょう》の術に抱えられ、先に、山東の空へと翔《か》けた。  水滸《すいこ》の泊《はく》では、人々、わんわんという出迎えである。それッとばかり、すぐ宋江のいる一閣の病室へ彼を通す。色街《いろまち》では海鼠《なまこ》のような安先生も、ひとたび重病人の生命に直面するや、さすが別人のように、どこか名医の風がある。 「なるほど、あぶないところだったな。しかし、手おくれではない」  診断がすむと安先生、委《まか》せておいてくれといわぬばかりな態《てい》である。その自信ぶりを見て一同ホッと安堵《あんど》の胸をなでおろした。  吸出し膏《こう》ともいうべき物か。まっ黒な練薬《ねりぐすり》の貼布《てんぷ》。爪の先みたいな医刀による手術、灸治《きゅうじ》の法、強壮剤らしい煎薬《せんやく》などで、宋江の容体《ようだい》は、みるみる快《よ》くなり、二十日もたつと、元の体になりかけていた。  この間に、張順も、王定六とじいさんを連れて帰山し、泊中は、一時に雪も氷も解けてきた観がある。  事実、冬もすでに終りに近い。かつは体も本復してみると、宋江はまた、北京《ほっけい》の空に思いを馳せ、 「――ああ、獄中の盧俊儀《ろしゅんぎ》、石秀《せきしゅう》は如何にせしぞ。二人の身こそ案じられる」  と、ついに呉用に胸を語って、自身、再度の出陣を言いはじめた。 「とんでもない、まだ瘡口《きずぐち》もふさがったばかり、もし再発でもしたら」  と安道全が、たって止めれば、呉用もまた、かたく止めた。 「こんどはひとつ、ご養生かたがた、大寨《たいさい》の留守を願うといたしましょう。獄中の者の生命は、お案じには及びません。関勝の投降いらい、開封《かいほう》東京《とうけい》の蔡《さい》大臣は、北京府へたいして、とかく弱腰な指示をとっているようです。おそらく、梁中書《りょうちゅうしょ》もまた、獄の二名を、よう殺しきれますまい。――機会があれば、それを交渉の囮《おとり》に使うつもりでいましょうから」  それから半月ほど後だった。 「冬が去り、春のはじめ。ここに一案が立ちました」  呉用が、宋江へ、その秘を語った。 「――春となれば、元宵節《げんしょうせつ》もまぢかです。北京府《ほっけいふ》では毎年、年にいちどの大賑わい。その夜を期して、城市の内外から、一挙に事を果たそうという計ですが」  さらに、ことこまかな計略の内容を聞き、宋江は手を打ってよろこんだ。規模の大、敵の意表外を突くの策など、すべて兵法の、天の時、地の利、人の妙用などに、かなっている。  ここで所は北京府の公館、管領庁の一|殿《でん》に移る――。  長官の梁中書《りょうちゅうしょ》は、兵馬総指揮の天王|李成《りせい》、大刀聞達《だいとうぶんたつ》、そのほか、南北の両奉行、以下の役人らを、ずらと目の前において。 「そうかなあ。わしは禁止がよいと思ったが、聞達、李成はじめ、多くの意見は、その逆か」 「はいっ……」と、李成が一同を代表していう。「ご高見にも、一理はありますが、なにせい、昨年から人心は極度な不安に落ち、政府の威信をすら疑っております。……そんなばあい、もしここで、彼らが一年の楽しみとしておる元宵節《げんしょうせつ》の行事までを、禁止すると発令したら、またも不景気の様相を一倍にし、怨嗟《えんさ》、蔭口《かげぐち》、果ては暴動にもおよばぬ限りもありません」 「厄介なもんだなあ、じつに人民というやつは」 「ですが、その人心も、政治の持って行き方では、案外、他愛のない一面もあるものです。思うに、むしろ今年などは、前年よりも、元宵節は盛んにすべし、とご布告あってしかるべきかと存じられまする」 「なるほど。それもいいな」 「すなわち、祝祭は陰暦一月十三日から十七日までの、五日間となし、ご城内でも、高楼《たかどの》に百千の燈籠をかざり、門という門は、これを花と緑でうずめ、閣下もまた、吉例の“春祭りの行列”へおくり出しあるなど、人民と共に楽しむ事実をお示しあらねばなりません」 「大きに、そうだった。北京市は河北第一の大都会。四方の県や州へたいしても、威信を失わぬことが肝要だったな。よろしい。元宵節は例年以上にも盛大なる規模のもとにこれを行《おこな》え」  ここに、はやくもその日は、あと幾日と、せまっていた。  わけてことしは、大々的な元宵節になる見込みということが、四隣の州や県にも響いていたので、各地方の商人は、はや、ぞくぞくと、北京一都に雲集してくる。  旅館、小旅籠《こばたご》、素人《しろうと》宿。これもまたすごい前景気で、およそ五日間は、すでに予約ずみとなり、近県からの見物目あて[#「あて」に傍点]も、田舎土産《いなかみやげ》をさげたりして、親類縁者、あらゆる手づるの家へもう泊りこんでいる。  こうして、いよいよ、当日となれば、つねの人口の倍にもふくれ上がったかと見える北京中の街は、万戸《ばんこ》、花燈籠《はなどうろう》を軒にかざりたて、わき立つ歌や、酒の香やら、まさに歓楽の坩堝《るつぼ》と化す。  たとえば、  富豪《ものもち》の家などでは、表へ向って、五色の屏風《びょうぶ》をたてならべ、書画の名品や古玩骨董《こがんこっとう》の類を展観してみせたり、あるいは花器に花を盛って、茶を饗《きょう》し、または“飲み放題”の振舞い酒をするなどもあって、この日に限り、日頃のケチンボといえど、よろこんで散財する風習がある。  また各町内ごとに踊り輪をつくって、これがジャンジャンドンドン、夜も昼も音頭と囃子《はやし》で練りあるく。子供らは花火に狂い、わけて投げ爆竹《はなび》の音は絶えまもない。  すべて祭りに暮れ祭りに明ける五日間なので、盛り場の人出はいうまでもなく、州橋通りの賑わいなどは言語に絶し、社火《しゃか》行列[#1段階小さな文字](祝いの仮装行列)[#小さな文字終わり]だの、鰲山《ごうざん》[#1段階小さな文字](燈籠《とうろう》で飾った花車《だし》)[#小さな文字終わり]の鼓楽《こがく》だの、いやもう、形容のしようもない。銅仏寺でさえ山門をひらいて、百千の花燈《かとう》をとぼし、河北《かほく》一のお茶屋と評判な翠雲楼《すいうんろう》ときては、とくに商売柄、その趣向もさまざまであり、花街の美嬌《びきょう》と絃歌《げんか》をあげて、夜は空を焦《こ》がし、昼は昼で彩雲《さいうん》も停《とど》めるばかり……。  しかもこれらは城下だけのことで、北京城の城には、五色の祝旗が立ちならび、大名府《だいみょうふ》、管領庁楼以下の官衙《かんが》にも、例外なしに、緑門《りょくもん》が建ち、花傘《かさん》が飾られ、そして辻々には、騎馬の廂官《しょうかん》[#1段階小さな文字](左右・南北の奉行役人)[#小さな文字終わり]が辻警戒にあたり、ひどい酔ッぱらいは拉《らっ》して行ったり、押し合う群集の交通整理などにもあたっている。  こうして、すでに、まつりも五日目。  遊び疲れ、飲みくたびれ、人も街も爛《ただ》れ気味の黄昏《たそが》れとなっていたが、なおまだ、 「ほれ! 今夜かぎりだ。あしたは知れぬぞ」 「踊れよ、踊れ」 「踊らにゃ、損だぞ」 「踊る阿呆《あほう》に、見る阿呆」  と、熱に憑《つ》かれた男女の群れが、社火行列の仮装とも一つになって、北京《ほっけい》全市の辻々に狂舞の袖と輪を描き、いよいよ、爆発的な本能図絵に地を染めていた。  すると、踊りの輪をツイと抜け出した若衆姿のひとりが、道ばたで籠《かご》を仕舞いかけていた物売り男の背を一つポンと叩いて耳もとへささやいた。 「青面獣《せいめんじゅう》。そろそろ、行くかね」 「あ。花栄《かえい》か」 「叱《し》ッ。廂官《しょうかん》がこっちへ来た」  ふたりは、籠を抱えて、飛燕のごとく、たちまち、人波の中へ消え込んで行った。  すると、ふいに、 「御用だ」  と、そのうしろへ、追ッかけて来た者がある。 「ええ、びっくりした。蚤《のみ》の時遷《じせん》じゃねえか」 「ははは。楊雄《ようゆう》もあすこにいるぜ」 「みんな俺について来い」  と花栄は言って、また先へ走り出した。  時を一つにして、銅仏寺の前では、雲水《うんすい》姿の花和尚|魯智深《ろちしん》と、行者|武松《ぶしょう》が、人待ち顔にたたずんでいた。  そこへ、乞食すがたに身を窶《やつ》した劉唐《りゅうとう》だの、飴《あめ》売りの王|矮虎《わいこ》だの、また、小粋《こいき》な茶屋女に化けた一丈青と、顧《こ》のおばさん。さらにお上《のぼ》りさんに変装した鄒淵《すうえん》、鄒潤《すうじゅん》。ほか十人以上もの人影がいつのまにか集まって、これもほどなく、夕闇まぎれ、どこへともなく消え去った――。  ところで、これはやや宵の口に入ってからのこと。  おなじく梁山泊の一員で、元来、貴人の風格のある例の小旋風《しょうせんぷう》柴進《さいしん》は、衣冠《いかん》帯剣《たいけん》の身なりで、九紋龍史進と浪子《ろうし》燕青《えんせい》のふたりを供人《ともびと》に仕立て、大名府の小路《こうじ》の角に、さっきから、かなり長いことたたずんでいた。  折ふし、この夕、華やかに扮装《いでた》った鉄騎五百人と軍楽隊との“元宵《げんしょう》の行列”にまもられて城中の“初春《はる》の宴《うたげ》”から退《さ》がってきた梁中書《りょうちゅうしょ》の通過を、男女の見物人とともに見送っていたものらしいが、やがて群集が崩れ散ると、早足に、管領庁の門を、颯爽《さっそう》として入って行った。 「…………」  はっと、門衛はそれに敬礼した。  怪しむにも怪しみえない大官と見えたものにちがいない。  だが、庁内もずんと奥の、大牢門と呼ぶ獄界の境まで来ると、ここではふとスレちがった男が、 「おやっ?」  と、巨眼《きょがん》を光らして、振返った。  柴進《さいしん》も、ぎょっとして立ちどまる。が、それは死刑囚あずかりの押牢使《おうろうし》蔡福《さいふく》だった。――かねてこの蔡福、蔡慶《さいけい》の兄弟には、その私宅で柴進から莫大な砂金が賄賂《わいろ》されていたことである。――蔡福はジッと相手を睨まえてはいたが、 「…………」  何もいわない。  いや、黙って行ってしまったばかりでなく、足もとへ何かチンと落として去った。  拾い取ってみると、それは大牢の鍵《かぎ》だったのである。「よし! 事すでに成る」と、柴進《さいしん》はよろこんだ。そして燕青《えんせい》、史進をひきつれて、死刑囚ばかりのいる大牢長屋へ馳けこんだ。 「あっ待てッ。通るのは、何者だっ」 「蔡福《さいふく》の弟。蔡慶《さいけい》か」 「いかにも一|枝花《しか》の蔡慶だが」 「わしは梁山泊の柴進だ」 「げっ、柴進? ……。かねて兄貴から、名はきいていたが」 「ならば、委細のいきさつも聞いていよう。また、これにいる浪子《ろうし》燕青《えんせい》も顔見知りのはず。すぐ大牢を開けて、獄中の盧俊儀《ろしゅんぎ》と石秀のふたりをわれらに渡してくれい」 「そいつはだめだ。鍵《かぎ》はいつも兄貴が肌身を離したこともねえ」 「いや、鍵はここにある」 「えっ? オオほんとだ。どうしてこれを」 「蔡福はもう梁山泊入りと覚悟をきめ、今頃は家に帰って、家財家族の始末をしているにちがいない。君もすぐ家へ帰り給え。そして、兄と共に身支度を急げ。まもなく、北京全市は炎の海と修羅になるぞ」  いかに柴進が言っても、ことばだけでは、蔡慶には信じられなかったが、しかし、じつにこの時といっていい。夜空にあたって、奇怪な火の粉と、魔の雲に似た黒煙《くろけむり》が見えだしていた。  城楼からの出火だった。按《あん》ずるに、火の原因《おこり》は、昼、初春《はる》の宴《うたげ》に、たくさんな花籃《はなかご》が持ち込まれており、上には、蝶花の祭り簪《かんざし》がたくさん挿《さ》してあったが、籃《かご》の底には、硫黄《いおう》、焔硝末《えんしょうまつ》、火薬玉などが、しこたま潜《ひそ》めてあったのではあるまいか。  そして、これを繞《めぐ》ッて、余興を見せたのは、掀雲社《きんうんしゃ》[#1段階小さな文字](遊芸人のクラブ)[#小さな文字終わり]の連中だったが、中には地方芸人も交《ま》じっており、たとえば、解珍、解宝、鉄叫子《てっきょうし》の楽和《がくわ》といったような人物が、そのうちに紛《まぎ》れ込んでいなかったとは限らない。  かつは、方術師《ほうじゅつし》の公孫勝《こうそんしょう》がいるし、火薬の智識にかけては凌振《りょうしん》もいる。それに、蚤《のみ》の時遷《じせん》も、得意の忍びを用いて、あれから後、城の天主へ忍び入っていたかもしれない。  いずれにせよ、こんどの元宵節《げんしょうせつ》を機して、梁山泊の輩《ともがら》が、その一芸一能と変幻出没な化身《けしん》のもとに、上下、あらゆる面の人中へ浸々《しんしん》と紛《まぎ》れ入っていたには相違なく、北京城頭の三|層楼《そうろう》にあがった炎は、その目的行動の合図をなす第一火だったものであろう。  これを望み見るや、城外の闇の遠くにあって、鳴りをひそめていた梁山泊軍は一せいに、鼓《こ》を打ち、声を合せて、野を馳《か》け出した。  第一隊、豹子頭《ひょうしとう》の林冲《りんちゅう》。馬麟《ばりん》。  第二、鄧飛《とうひ》。孫立《そんりゅう》。  第三、大刀の関勝《かんしょう》。宣賛《せんさん》。郝思文《かくしぶん》。  以下、第八隊までには――秦明《しんめい》、欧鵬《おうほう》、黄信、燕順、雷横《らいおう》、施恩《しおん》、穆弘《ぼくこう》、鄭天寿《ていてんじゅ》、黒旋風の李逵《りき》――。上には、軍師呉用の左右に、裴宣《はいせん》、呼延灼《こえんしゃく》、韓滔《かんとう》、彭玘《ほうき》らが付きしたがい、 「無辜《むこ》の庶民は殺すな」 「放火はつつしめ」 「一隊はすぐ、盧俊儀《ろしゅんぎ》の家へ向って、淫婦、姦夫を捕り逃がすまいぞ」 「ほかは、梁中書《りょうちゅうしょ》」 「また一手は大牢の獄へ」  と、呼び交《か》わしながら、たちまち南大門を突破し、さらに東門西門を打ち破る鬨《とき》の声も一つに、すべて、五千余人の歩騎兵が、どっと、その夜の六街三市《まちなか》へ洪水の逆巻くかと見えるばかりに流れ入った。  万|戸《こ》の燈籠は一時に消え、歌舞の絃歌《げんか》は、阿鼻《あび》の叫《きょう》や悲鳴に変った。逃げまどう乙女《おとめ》、母を呼ぶ子など、目もあてられず、炎は路を照らして赤く、その中を、疾駆、馬上に人を抱えて馳け去った二騎の影と、それを守護して行く十数騎とが、あたかも、天から降りて来た十二神将の像のように見えた。  それこそ、後に思い合せれば。  盧俊儀《ろしゅんぎ》をかかえた浪子《ろうし》燕青《えんせい》と石秀を助け出してきた柴進《さいしん》、史進らであったらしい。  盧俊儀のかつての店舗《てんぽ》と住居の一|廓《かく》は、あれよというまもなくぶち壊《こわ》され、番頭の李固《りこ》と、盧《ろ》の妻の賈氏《こし》は、逃げも隠れもできないうちに、どこへとも拉致《らち》されて行った。――これを見ていた近所|界隈《かいわい》の住民は、身の恐ろしさも忘れたように、わっと快哉《かいさい》の声をその人旋風《ひとつむじ》の行方へ送っていたという。  ここにまた、九死に一生を得たともいえる者は、かの梁中書であった。一時は狼狽《ろうばい》の極、あぶなかったが、李成《りせい》とその部下に守られて、からくも死地を脱し、満都の火光をあとに西へ西へとやみくもに逃げ走っていた。かえって、あとに残った中書夫人や、官邸の召使いたちの方が、よほどひどい目に会っていたろう。  この夜、蔡福《さいふく》と蔡慶の兄弟は、家族を先に山東へ立たせたあと、軍師呉用のいる所をたずねて来て、こう頼んだ。 「軍師。北京《ほっけい》の民に罪はない。なんぼなんでもこの犠牲は大き過ぎましょう。一般の者は助けておくんなさい」 「もちろんだ」と呉用は言った。「庶民を泣かす気などは毛頭ない。むしろこのあとは、よくなるように祈っている。もう目的は達したから、あとは、全軍に命じて、諸所の消火にあたらせよう」  かくて、夜明け方には、市中の火は、あらかた消しとめられたが、なお焔々《えんえん》と燃えてやまないのは、北京城の瑠璃《るり》の瓦、黄金の柱、官衙《かんが》の建物などだった。  呉用は命じて、城中の財宝、穀物、織布《しょくふ》などを取り出させ、これを罹災《りさい》の民と貧民に頒《わ》けてやり、また残余の物と軍需品は、馬や車輛に積んで、梁山泊へ持ち帰った。  水滸《すいこ》の大寨《たいさい》は凱旋した仲間を迎えて、歓呼に沸《わ》いた。なにしろ、北京の府は、四百余州中でも屈指な城市であったから、これを陥《おと》すには、じつに多くの犠牲と困難があった。それだけに、泊中全山の沸き返り方といったらない。  大宴《たいえん》、三日のあと。  宋江は、盧俊儀《ろしゅんぎ》を、忠義堂の上座に厚く迎えて。 「あらためて、おわびします。すべては水にお流しください」 「いまは何をか申しましょう。何事も水の流れと観《かん》じて忘れております」 「では、私どもの初志をいれて、大寨《たいさい》の頭領の位地にお就き下さることも、併《あわ》せて、ご承知くだされようか」 「それはいけません。自分の才にないものは」 「いや。呉用以下、われらすべての望みなのです」 「何と仰っしゃられても、その儀ばかりは」  どうしても、盧《ろ》の意志は、うごきそうもない。で、ぜひなく当分は、客分の名で別格な座にあがめ、そして何かの相談にはあずかるということで、ひとまずここはおさまった。 「ところで、番頭の李固《りこ》と、その李固と密通していたご家内の賈氏《こし》は、どうご処分なさいますか」 「見たくもありません」と、盧はいった。「――とるに足らない虫ケラども、燕青《えんせい》の手にまかせておきましょう」  後日、浪子燕青は、この淫婦姦夫の身柄を貰って、水寨《すいさい》の畔《ほとり》へ連れて行き、楊柳《やなぎ》の幹にしばり付けたふたりを、短刀のただ一ト突きのもとに成敗した。  また蔡福《さいふく》、蔡慶《さいけい》の兄弟は、裏山の一端に耕地をもらって、家族らと共に住みついた。かつては、大牢の囚人たちから、鬼と呼ばれて恐がられた兄弟だったが、ここでは牢というものがなく、自然、牢屋の用もなかった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 直言の士は風流天子の朝を追われ、 山東《さんとう》の野はいよいよ義士を加える事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  飛報が都へはいったのは月のすえで、まずその詳細を第一に知ったのは、宰相《さいしょう》官邸で早打の使者を引見《いんけん》した大臣|蔡京《さいけい》であったこと、いうまでもない。  書翰《しょかん》は、彼のむすめ聟《むこ》、梁中書《りょうちゅうしょ》の筆である。  北京府《ほっけいふ》の大半は匪賊《ひぞく》のために灰燼《かいじん》となり、官民の死傷は万を超え、自分たち夫妻が助かったのもまったく奇蹟なほどで、いまもって恐ろしい悪夢からさめきれないほどである――と書面は委曲《いきょく》をつくしていた。 「これはいかん。梁山泊の賊とは、そうまで強大なものだったのか。これではもう伏せてはおかれまい」  驚愕も驚愕だが、蔡《さい》大臣があわてたのは、ほかの理由からでもあった。北京の乱も彼だけは夙《つと》に知っていたのである。だが、わが聟《むこ》に鎮圧の功をあげさせてやりたいとする私情から、今日まで援軍の派遣をはからわず、朝廷へも「――いや、梁中書がおりますからには」と、半ば嘯《うそぶ》き、半ばフタをしていたものだった。  蒼惶《そうこう》と、彼が参内するとまもなく、景陽楼の鐘が鳴り、祗候《しこう》ノ間《ま》には、ぞくぞくと、文武の群臣があつまった。  やがて玉階《ぎょっかい》の御簾《みす》が高々とまきあがる。道君《どうくん》徽宗《きそう》皇帝の姿は珠の椅子《いす》にあった。逐《ちく》一を聞きとられると、さすが風流天子の眉もふかい憂色に沈んで見える。……と、諫議《かんぎ》ノ大夫《たゆう》趙鼎《ちょうてい》が、列座からすすみ出て奏上した。 「これはもはやただごとではありません。いまにして大策をめぐらさねば、一波は万波をよび、全土の兇乱ともなりかねますまい」 「ゆえに、いかにせよと、諫議《かんぎ》はいうのか」 「暴《ぼう》を伐《う》つに、武をもってしては、火を消すに火をそそぐようなものでしょう。加うるに、彼らは水滸《すいこ》の要寨《ようさい》に拠《よ》って、野性|放縦《ほうじゅう》、とても手におえないことは、これまでもしばしば差向けられた討伐軍が、いたずらに損害また損害のみうけて、いちどの勝利も得てないのに見てもその愚がわかると思います」 「だから、どうせいというのだ、諫議《かんぎ》」 「よろしく慰撫《いぶ》の沙汰を降し給うて、彼らの罪を赦《ゆる》され、彼らの不平をして、逆に世のための意義ある仕事に役立たしめるよう、ここに皇徳の無辺をお示しあらば、元来が単純一片の草莽《そうもう》、なまなか闕下《けっか》の恩寵《おんちょう》に狎《な》れている都人士などよりも、あるいは世の公《おおやけ》に役立つ者どもかとぞんじられます」  諫議はすずやかに述べた。いかにも直言《ちょくげん》の士らしい。  ところが、大臣|蔡京《さいけい》は、 「なにを申す! 諫議ノ大夫ともあろうものが」  と、満面に怒気を発して叱りつけた。 「水滸《すいこ》の草賊どもを朝《ちょう》に入れて、官人なみの扱いをせよというのか。ば、ばかな意見を。――かりそめにも宋《そう》朝廷が匪賊《ひぞく》に降《くだ》っていいものか。あいや皇帝」  と、彼は玉階のほうへ、身を一|揖《ゆう》して。 「おどろき入った諫議の献言です。かかる悪思想を抱くやからは、一日も参議の列に加えおくわけにゆきますまい。列臣の心を荼毒《とどく》するもの、怖るべきものがありまする」 「職を剥《は》げ。――免職する。――趙鼎《ちょうてい》、堂を退《さ》がれ」  即座に、彼は官爵《かんしゃく》を解かれて、悄然《しょうぜん》と退場した。  蔡京《さいけい》は、つづいていう。 「私の愚見を申しあげます。凌州《りょうしゅう》の団練使《だんれんし》、単廷珪《ぜんていけい》と魏定国《ぎていこく》という二大将は、とみに近ごろ勇名のある者、これに郷軍の大兵と、禁軍の精鋭をそえ、水滸《すいこ》討伐の勅命をくだし給わらば、よも敗退をふたたびするようなことはなかろうと存じまするが」 「大宋《たいそう》の下、英雄は無尽蔵《むじんぞう》だな。よきにいたせ」  徽宗《きそう》皇帝は立つ。  議は枢密院《すうみついん》に移り、勅を奉じた使いは、すぐ凌州へ馳けた。  事は、はやくも風のごとく、梁山泊の早耳にきこえている。  だが、さきにここへ仲間入りしていた蒲東《ほとう》の関勝《かんしょう》は、自信をもってそれに当る先鋒軍《せんぽうぐん》の役を買って出た。 「なにさま、凌州の団練使《だんれんし》[#1段階小さな文字](師団長)[#小さな文字終わり]単廷珪《ぜんていけい》は有数な大将ですし、魏定国《ぎていこく》も人物です、……ですがその志や人間はよく分っている。なぜならば共に少壮軍人であった頃、自分とは都で一つ釜の飯をくったこともある仲です。きっと彼らを説き伏せて、われらの仲間へ投降させてみましょう」  彼のこの広言は、なかなか広言どおりにたやすくはいかなかったが、しかし凌州《りょうしゅう》の野で、二箇月にわたる戦いのすえ、ついに呉用そのほかの助勢もあって、関勝《かんしょう》はそれに成功し、魏《ぎ》と単《ぜん》の二大将を、とうとう梁山泊の仲間へ誘い入れてしまった。  それのみでなく、この凌州《りょうしゅう》の戦いによる副産物として、黒旋風の李逵《りき》が、枯樹山の山賊、喪門神《そうもんしん》の鮑旭《ほうきょく》と、相撲とり上がりの没面目《ぼつめんもく》の焦挺《しょうてい》という二人をも仲間につれて帰って来た。 「めずらしいこともあるものだ」  泊中の仲間は、みな笑った。 「李逵《りき》ときたひには、人間も鶏も見さかいがなく、つぶ[#「つぶ」に傍点]すことは知っても、卵から殖《ふ》やすなんて芸当は知らねえ奴だ。そいつが仲間を殖やしたんだから、こいつは一つの天変地異だぜ」  この年。  梁山泊では、もひとつ一大快事を仕果たして、凱歌《がいか》をあげた。  なにかといえば、それは春も半ばの頃、かねてから遺恨|鬱々《うつうつ》と時をうかがっていた曾頭市《そうとうし》の豪族、曾一門を討って亡き前の総統|晁蓋《ちょうがい》の無念ばらしをしたことだった。  その曾頭市《そうとうし》は曾一家の勢力で私領化され、ほとんど全市一大要塞をなし、武術師範の史文恭《しぶんきょう》をかしらに、曾塗《そうと》、蘇定《そてい》、曾密、曾索《そうさく》、曾魁《そうかい》などの一族でかためられ、じつに苦戦は苦戦だったが、しかし初めに、 「ひとつ、てまえに働かせてみて下さい。山へ来てから、まだいちども、これという働きもせずにいるこの盧俊儀《ろしゅんぎ》に――」  と先陣の苦闘をあえて自分から買って出た彼の努力に、その帰結は大いに負うところが多かったのだ。  で、曾一族のことごとくを殺し、また、生け捕った史文恭はこれを山寨にひきあげてから斬《ざん》に処した。そして一同して首と生肝《いきぎも》とを亡き晁《ちょう》総統の祭壇にそなえた。  そのさい泊中のおもなる頭目は、みな喪服《もふく》をつけて居ならび、宋江は、聖手書生の蕭譲《しょうじょう》に命じて書かせた“晁蓋の霊を弔《とむら》う”の祭文を壇にむかって読んだ。しゅくしゅくと、男泣きの悲哭《ひこく》をもらす者さえある。――終ると、宋江は座について言った。 「ここの者はみな、お忘れではあるまい。晁《ちょう》天王の遺言には、誰でもあれ、かたきの史文恭をとらえてわが妄念をはらしてくれた者をもって、次の梁山泊の統領にせよとあった……」  盧俊儀《ろしゅんぎ》は、はっとして、宋江のことばも終らぬうちにあわてて言った。 「いけません、いけません。曾頭市《そうとうし》を陥《おと》したのも、てまえ一人の力ではない。かつは私は徳もなし才もない」 「いや!」と宋江もまたそれを抑えて。「盧《ろ》大員には、いくたび言っても、いつもご卑下《ひげ》あるが、この宋江をごらんなさい。正直、私は三つの点であなたのお人柄には及びもつきません」 「どうしてですか」 「第一に、私は色が黒く体も小さい。風貌において、あなたの大どかな貴人の相とはくらべものにならぬ。第二には、私はもと小役人の出身で罪を犯して逃亡のあげく自然ここに身をよせているに過ぎない人間。しかるにあなたは北京府の富家《ふか》に生れ、かさねがさねの天祐《てんゆう》を蒙《こうむ》っている。天運おのずから衆に超えているものです。――第三には、私は浅学、あなたは学《がく》古今に通じておられる。のみならずじっさいの武技もあり智略勇胆に秀《ひい》でています。すべてその才徳は大器というもの。あなたを措《お》いて誰がここの上座にすわる者がありましょうか」 「ああ、迷惑です。ご過賞に過ぎる」 「いや、ここの者どもも、生涯このままではいられません。いずれ時あればおかみに帰順して、世に功業を捧げねばならぬ。罪ほろぼしの善を地に植え、時により官爵《かんしゃく》を帯ぶる身となるやも知れぬ。だが私はすでに分《ぶん》にあらずとかたく腹はきめているのです。どうか山寨《さんさい》一同の願いを入れて、いまはおききとどけ下されたい」  しかし、盧《ろ》はついに、椅子《いす》を降りて、身を下に置いてしまった。 「どのように仰っしゃられても、それだけはお受けできません。死すともできません」  あとは座中、私語騒然と、思い思いな声や囁《ささや》きになってしまった。  要するに、ほとんどの者の本心は、やはり宋江に主席となっていて貰いたいのだった。軍師呉用からしてそうらしい色に見える。人情、心服、信頼感、そして盧《ろ》よりも古い一つ釜の飯。どうにも理屈ではなかったのである。  これはいけないと見たか、宋江がここに一案を提出してみなに諮《はか》った。 「このうえは、天意に訊《き》いてみようではないか。あくまで盧大員を主座に仰ぐべきか、不肖《ふしょう》、どうしても私がよいのか」 「天意。それはまた、どうなさるので」 「ここからひがしに、東昌府、東平府の二城市がある。ゆたかな城街《まち》だが、かつてわれらもそこだけは侵したことがない」 「なるほど」 「城戸《じょうこ》の民はみな沃土《よくど》と物産にめぐまれ、官民和楽してよく暮らしていると聞いていたからだった。ところが近年、奉行が変ってからはひどく苛烈な税をとりたて、賄賂《わいろ》悪徳の風が幅をきかして、ために良民は汗に痩《や》せ、無頼のやからと小役人だけが肥え、一般はもってのほかな困窮だという」 「そこで?」  と、呉用は宋江の面を見つめた。 「二府へたいして、銭糧《ぜにかて》を借りたいと申し込む」 「もちろん先は断りましょうな」 「知れている。だがそれは口実。それを名分にうたって二|途《と》二軍勢で同時に二つの城市へ攻めてゆく。つまり一方の首将には盧《ろ》大人になっていただき、一方の指揮には私があたる。――そしてどちらでも先に相手の府を降伏させた方を梁山泊のあるじとするのだ。この案はどうであろうか」 「さあ、それもよいでしょうが?」  と、呉用は盧俊儀《ろしゅんぎ》のほうばかり見て、可否をいわない。当の盧俊儀もまた、ひとえにそれは逃げて、うんという気色もなかった。  で、せっかくな一案もお流れに終って、現状そのまま、つい半年余を過ぎてしまったが、晩秋の頃、どうしても、銭糧借款《ぜにかてしゃっかん》の申し入れをせねばならない状況が再燃していた。  というのは、その夏の旱魃《かんばつ》やら秋ぐちの大洪水で、特に、水滸《すいこ》の周辺は五、六百里にもわたってひどい飢饉《ききん》を来したのである。で、宋江はこんな時とばかり泊内の穀倉をひらいて難民の救済にあて、蓄《たくわ》えの物は糠《ぬか》もすくい出し、羊、鶏、耕牛までも食いつぶしていたのだった。 「このうえは、東昌府と東平府を食うしかない」 「もう銭糧を貸せなどと手間暇かけているのは愚だ」 「さもなくば、この梁山泊の者もみな乾《ひ》あがってしまう。こんなところを官軍に見舞われたら一トたまりもないぞ」  事実、泊中の炊煙《すいえん》がもう細々になりだしていたのである。馬糧、兵糧、少しでもあるうちにと、全員の声が高い。  ここにおいて、盧俊儀《ろしゅんぎ》もついに一方の大将をひきうけ、また一軍は宋江が首将となった。そしてかつての一案にしたがい、どっちでも先に向う所の城市を陥落させた者が、梁山泊のあるじとなることもまた約束された。 「では、先だってまず、先主|晁蓋《ちょうがい》の霊堂で、いずれがいずれへ向うか、籤《くじ》を引いてきめましょう」  これも宋江の発言だった。  その結果。  盧俊儀が東昌府をひき、宋江は東平府をひきあてた。  盧《ろ》の麾下《きか》にしたがうもの、呉用、公孫勝、関勝、呼延灼《こえんしゃく》、朱同《しゅどう》など水陸七千人――  宋江の下には林冲《りんちゅう》、史進、花栄、劉唐《りゅうとう》、徐寧《じょねい》、燕順ら、これも水陸七千人――  日をかさねて、めざす汶上県《もんじょうけん》へも、はや七十里という、安山鎮の嶺まで来ると、 「では、盧《ろ》大員君」 「宋公明先生」 「おたがいの前途を祈って、ここで再会までのお別れとしよう」 「よきご武運を」 「あなたも」  と、両将は、手を握って、西と北、二た手に道を別れた。  そうして宋江の軍は、東平府へ打ち入り、日かずにして約二十日あまりで、東平府を陥《おと》してしまった。  もっとも、それは決して易々《やすやす》なんていうものではなく、東平府の総指揮には、双鎗将の董平《とうへい》という万夫不当な将軍があって、よく兵を用い、二本の短鎗《たんそう》を使い、戦《いくさ》のかけひきには神出鬼没で、これには寄手の宋江軍もさんざんな目にあったのだが、そのうちに敵にはひとつの“隙《げき》”――つまり弱点――があることを知ったのが勝因だった。  奉行の程万里《ていばんり》。  これはもと都の大官|童貫《どうかん》の邸で家庭教師をしていた者で、根ッからの佞官《ねいかん》型であるうえに、着任いらいは、私腹を肥やし、権勢をかさ[#「かさ」に傍点]に着、人民泣かせをただこれ能《のう》として省《かえりみ》るところもないのであった。  ところで、この上官を迎えた双鎗将の董平《とうへい》はといえば、これは軍人気質の生《き》ッ粋《すい》だったが、しかし程万里《ていばんり》には一人のきれいな娘があって、それに想いを寄せていたため、程《てい》奉行の悪政には不平も、つい心からの意見もいえずにいたのである。  狡獪《こうかい》な奉行の程《てい》は、またそこを見抜いていて、 「董《とう》将軍。まずよく防ぎ、よく戦い、賊兵を追ッぱらって、宋江の首を持って来給え。それを聟引出《むこひきで》として、君にわしの愛娘《まなむすめ》をやろうじゃないか」  と、猛獣使いにひとしい狡《ずる》さで彼を戦場へとケシかけていた。  ために董平《とうへい》は、たびたび、身を死地に抛《なげう》ッて奮戦した。宋江はこれをながめて、彼を惜しんだ。密書をやって誘ったのである。 “――董《とう》将軍。この地で聞けば、あなたには風流将軍の別名もあって、その純潔を尊ばれている。  しかるに惜しむべし、将軍の若さは騙《だま》されておいでだ。  奉行の程《てい》が、真に、あなたを愛し、愛する娘を、あなたにくれる心なら、なんで将軍をかくもたびたび、死地の苦戦に駆り立てるのか。  見給え。程《てい》自身は一ぺんも、危険な陣頭へは姿を見せたこともない。  われら梁山泊のうちではそんな不義|卑劣《ひれつ》はゆるされない。天に代って良民の塗炭《とたん》の苦しみを救うのが梁党の目的だ。もし君がわが党へ来るなれば、よろこんで迎えたい。  のみならず、君の欲する女性を共に城中から奪って、水滸《すいこ》の平和郷に、ささやかだが、新しい一家庭を、君のために贈ろう。賢判、いずれを君は選び給うか。”  董平《とうへい》は、夢のさめたように、宋江の陣門へ来て降《くだ》った。  宋江も弓を払って、他意なきを示し、共に、謀計《はかりごと》をしめし合せて、奉行の程《てい》を城外へ誘い出した。そしてこれを殺し、程の娘を、城中から奪ったのだ。  ――こうして、首尾よく東平府を陥したので、宋江は官の倉庫を開かせ、また程《てい》の私有財物なども、すべて沢山な米や穀類と共に、これを車馬に積んで梁山泊へ運ばせた。  そして、先に盧俊儀《ろしゅんぎ》と別れた安山鎮までひき揚げて来たが、盧の軍はまだ、凱旋《がいせん》してここを通った形跡がない。 「諸君。道をかえる!」  と、宋江はそこでとつぜん鞭《むち》を西へさした。 「東昌府はまだ陥《お》ちていないらしいぞ。われらはまだ山へ帰るわけにはゆかない。宋江につづいて来給え」  七十余里、それからまた息もつかずに、 「盧俊儀の籤運《くじうん》のわるさよ! 万一を思って、呉用や公孫勝までつけてやったのに、いかなる難戦へぶつかったのか?」  と、加勢に急いだ。  行ってみると、むりはない。この日もまだ、東昌府全面の空は、戦煙|濛々《もうもう》で、地は喊声《かんせい》のまっ盛りだ。しかも敵方の旗色のほうが断然いい。 「どうしたのです? 呉軍師」 「やあ、宋先生か。東平府の方は」 「はや、かたづきました。ところで、ここの戦《いくさ》は?」 「ごらんの如く、東昌府は、すっかり捏《こ》ね損《そこ》なッてしまった形だ。序戦に二度も失策をかさね、あげくに、おそろしい傑物がいた」 「傑物が」 「もと彰徳府にいた虎騎隊の指揮官で、あだ[#「あだ」に傍点]名を没羽箭《ぼつうせん》といい、苗字《みょうじ》が張、名は清」 「ああそれは有名な軍人です」 「しかも、部下には中箭虎《ちゅうせんこ》の丁得孫《ていとくそん》。花項虎《かこうこ》の龔旺《きょうおう》などという猛者《もさ》もいて、あたるべからざる勢い。……しかしきのう、巧々《うまうま》と陥穽《かんせい》におびき込んで、その二人だけは生け捕ったが、なおまだ、かんじんな張清のほうは、あれあのように、戦塵漠々《せんじんばくばく》と乱軍の中を馳《か》け廻って味方をなやまし、ほとんど、彼の前に立つ者はない」 「ひとつ、見たいものですな、どういう男か」 「いや、それよりも、敵はまだ、ここへあなたの援軍が加わったとは知らぬようだ。すぐさま、新手を間道から敵の後方へ廻していただきたいが」 「こころえた」  と、宋江はただちに、部下の花栄、史進、林冲《りんちゅう》、一丈青、解珍、解宝らの麾下《きか》あらましを、敵のうしろへ潜行させた。  一夜は明け、ふたたび、曠野は戦塵と鬨《とき》の声で埋まッた。  が、その凄烈さは、前日の比ではない。  敵将、没羽箭《ぼつうせん》の張清《ちょうせい》は、はや決死のかくごだったとみえる。たのみにしていた両翼の龔旺《きょうおう》と丁得孫《ていとくそん》のふたりはすでに毮《も》ぎ捕《と》られていた。――のみならず賊軍の数は倍加している。――きのうまでは何の異常もなかった後方にあって、万雷のとどろきがするのもみな、それは梁山泊軍の鼓噪《こそう》ではないか。  だが、彼は決して、猛獣が度を失った如き者ではない。  ついには仆れるまでも、山東の兇賊ども、一人でも多く、あの世へ連れて行くぞ、としているようだった。  次の日である。いよいよ、彼の馳駆《ちく》をゆるす戦線も圧縮されてきた。――宋江はたのしんでいた。「今日こそは、張清の阿修羅《あしゅら》な姿を、近々、この目で見られようか」と。  はや黄昏《たそが》れ近い。  張清は一|河川《かせん》の岸に追いつめられ、突如、河中の船からおどり上がった泊兵の水軍にどぎも[#「どぎも」に傍点]を抜かれた。湿地《しっち》を脱するだけでもやっとだった。しかし、奮然このときに最期のはらを決めたのだろう。あたりに残る部下の精鋭わずかと共に猛然たる勢いで、 「盧俊儀《ろしゅんぎ》に見参《げんざん》ッ。呉用はどこに?」  と、泊軍の本陣を目ざし、そこの旗門《きもん》へ真ッ向に突進して来た。 「むむ、なるほど、ただびとでない!」  宋江は見た。  その没羽箭《ぼつうせん》張清の勇姿をたたえたものには、「水調歌」という時の流行曲に、一ト節の詞《うた》がある。 [#ここから2字下げ] 鍍金兜《ときんかぶと》に、照り映える 茜《あかね》の纓《ふさ》は、花に似て 狼腰《おおかみごし》を、鞍《くら》つぼに 片手づかいの左《ひだり》太刀 右手《めて》には持てり、石つぶて つぶて袋の底知れず 打つや流星 放《はな》てば飛電 矢つがえ無用、強弩《きょうど》も要らぬ たてがみ青き、駿足に 靡《なび》け行く、雉子《きじ》の尾羽《おば》ネの駒飾り 葵花《あおい》のあぶみよ、揺れ鳴る鈴よ 没羽箭《ぼつうせん》、ああ、去るところ 風は蕭々《しょうしょう》たり、敵屍《てきし》あるのみ [#ここで字下げ終わり] 「ころすな! 討つな! 手捕りにしろ」  宋江は、旗の下から馳け出して叫んだ。  けれど、すでに味方の群雄も、門旗をうしろに、必死だった。なかんずく盧俊儀《ろしゅんぎ》は、 「この敵に背《うしろ》は見せられん」  と、あわや馬を張清へ向って駆らんとしている。  むらがる諸将は「盧《ろ》大将を討たすな」と、これまたわれがちに彼を庇《かば》う。そして代って躍り出た金鎗手《きんそうしゅ》の徐寧《じょねい》は、近づきもえぬまに「あッ――」と眉間《みけん》を抑えたまま落馬し、つづいておめきかかった錦毛虎の燕順も、相手の投げたつぶてにどこかを打たれたらしく横ッ飛びにあらぬ方へ馳けてしまった。  そもそも、没羽箭《ぼつうせん》張清の得意とする“礫《つぶて》”ほどやっかいな物はない。近づけば左手の閃刀《せんとう》が片手使いのあしらいを見せ、離れればたちどころに、一|塊《かい》の小石を発矢《はっし》と飛ばしてくる。しかもその石たるや小さいけれど鉱石みたいな稜角《りょうかく》と堅質を持っているので、中《あた》り所が悪ければ死ぬ。あるいは骨もくだける。  次々に、この礫でやられた。  彭玘《ほうき》、韓滔《かんとう》、醜郡馬の宣賛《せんさん》。  また、呼延灼《こえんしゃく》。花和尚の魯智深《ろちしん》。  わけて、劉唐などは、片目をつぶされ、青面獣|楊志《ようし》さえも、かぶとの鉢に、ガンとこたえた弾丸力に驚いて退《ひ》きしりぞいた。  みるみる梁山泊の部将格、前後十五、六人というものが、傷を負ったのだ。  宋江はこれを見、舌を巻いて、そばにいた呉用や公孫勝へこう言ったものである。 「五代《ごだい》の頃、大梁《たいりょう》の王彦章《おうげんしょう》は、日影のまだうつろわぬうちに、唐《とう》の将三十六人を、矢つぎ早に射て仆したというが、張清のつぶては、王彦章には及ばぬまでも、たしかに当代の神技、ひとかどの猛将といってよいのではなかろうか」  しかし、こう話を向けられても、人々は苦々《にがにが》と口を緘《かん》したきりだった。――とはいえ、それほどな張清でも、天《そら》を翔《か》ける鬼神ではない。ついにこの夕、力つきて、まっ黒な人間の怒濤の下に生け捕られた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 百八の名ここに揃い、宋江、酔歌《すいか》して悲腸を吐くこと [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  宋江《そうこう》が、彼を営中に見るや、これを迎えるように、みずから縄を解いてやったことはいうまでもない。  しかし、営内から旗門のそとでは、ごうごうたる不平と抗議の呶罵《どば》だった。 「宋司令。没羽箭《ぼつうせん》を渡し給え。ずたずたにしてくれねば腹がいえん!」  と、わめくのである。  頭を繃帯《ほうたい》している花和尚、片目をつぶされた劉唐《りゅうとう》。そのほか、生け捕るために、傷《て》を負ッたり、またクタクタに骨を折らせられた連中だ。無理はない。  だが、宋江は叱って言った。 「君らは自分以上な者を敬うことを知らないのか。思うに、天罡星《てんこうせい》が相会《あいかい》する重大な機運が来ているものと思う。諸君の望むわたくしの成敗などはゆるされない」  すでに、張清も観念の色だった。彼も、東平東昌二府の奉行、程万里《ていばんり》の悪行には、ひそかな同情を人民によせ、決して官途に安んじていたのではなかったのである。 「ですが、東昌府には惜しい人間がひとり残っています。なろうことなら、その者も共に、梁山泊《りょうざんぱく》へひきとっていただけますまいか」  張清は、推薦して措《お》かなかった。  訊けば。  姓は二字の皇甫《こうほ》、名は端《たん》。  年ひさしく府城の馬寮に勤めてきた実直なる馬医師であるという。 「本来は幽州の生れで、ひげは、黄色く、眼は碧《あお》く、どうみても西蕃人《せいばんじん》そっくりなので、あだ名も紫髥伯《しぜんはく》といわれています。……が、稀代《きたい》な伯楽で、馬相を観《み》ること、馬の病《やまい》をなおすことでは、まず天下一品の馬医といえるでしょう」  宋江はよろこんで、さっそく彼をやって、城中から皇甫端《こうほたん》を招きよせた。なるほど碧眼《へきがん》紅毛の異人種だがりっぱな風采は見るから神医の感をうける。――張清から途々《みちみち》、話は、きいていたとみえ、これへ来ると、拝をして、彼もただちに仲間入りの誓いをたてた。そして、「これは私のみやげです」といい。[#「といい。」はママ]馬寮から曳いて来た吐蕃《ちべっと》の斑白月毛《まだらつきげ》、北地産《もんごるさん》の捲毛駿《まきげうま》の二頭を献じたりなどしたのである。宋江は、そこで一同へまた告げた。 「はからずも、東平、東昌の二府を討って、幾人もの人傑を新たに迎え、また、稀代な神馬が二頭も手に入るなど、まことに天の冥助《みょうじょ》、奇瑞《きずい》としか思われん。されば天をおそれて、無辜《むこ》の民を、このことで苦しませてはなるまい。良民の助けを急ぎ、そのうえで山へひきあげよう」  異論はない。全軍は府へ入って、城中の官倉を開放し、民生を励まし、窮民をいたわり、余るところの銭糧《ぜにかて》はこれを車馬に積んで水滸《すいこ》の寨《さい》へ持って帰った。  かたのごとく、山では山じゅうの凱旋《がいせん》祭りと、忠義堂では、主なる頭分《かしらぶん》だけの祝宴がもよおされ、乾杯にいたって、宋江が、そのあたまかずを数えてみると、まさに百|零《れい》八人となっていた。 「百八人!」  彼は、この数にふと、なにか、天扉《てんぴ》の神鈴《しんれい》を聞く気がした。  そこで彼は一同へ告げた。「何かは知れず、油然《ゆうぜん》といま、いま胸に抑えがたい感慨がわいた。天意が私を通じていわしめるものかもしれない。――しばらくご静聴ねがえようか」と。 「おう、仰っしゃってください。なにごとでしょうか」  一同は、襟《えり》をただした。 「ほかでもありませぬが」  と、宋江は満座を見ていう。 「いまふと、かぞえてみるに、いつかここに相寄ッてきた数奇なる運命の漢《おとこ》どもは、まさに百八人に達している。宿縁、まことに奇と申すしかありません」 「…………」  ああそうだったのか。百八人になっていたのかと、急に自他を見まわして一同もまた粛《しゅく》と、感慨に打たれたようなふうだった。 「……が、このうちには、ただひとり欠けた人があった。前《さき》の統領、托塔《たくとう》天王ノ晁蓋《ちょうがい》です。しかしいま思えば、それも上天の意《こころ》だったものでしょう。われらを冥界《めいかい》から見まもってくれるために……。さもなくんば、白業《びゃくごう》黒業《こくごう》、さまざまな難を経《へ》つつかくも百八人がつつがなく一堂に揃うようなことはないでしょう。ひとえに神明の加護によるものと私は思う」 「…………」 「しかるに、われらは暗黒の世とはいえ、ぜひなくも、いくさの都度《つど》にはたくさんな人をころしています。その罪業は怖れねばなりません。で、ここらでひとつ、敵味方のわかちなく、戦没した者、横死した者、水火の難に厄死した者、無数の霊をとむらうために、羅天大醮《ほしまつり》を、とりおこない、あわせて、兄弟分諸君の義魂と正義のいよいよ磨かれんことをいのり、また二つには、朝廷におかせられて、よく今日の政治《まつりごと》の濁悪《じょくあく》に目ざめられ、われらの罪をゆるして、このわれらをして、天下|鍛《う》ち直しの大善業に向けしめ給わるよう。思いを下天《げてん》に凝《こ》らし、誓いを上天にささげ、七日七夜、つつしんで祈りの行《ぎょう》に服したいと思うのですがどうでしょうか」 「おう」  みな太いためいきの下に賛同した。 「なんで異存がありましょう。大追善《だいついぜん》です。大供養です。やりましょう」  しかし、越年もすぐまぢかにひかえていた。で、年明けから、春の四月までにそれは準備された。すなわち、その月の十五日から、七日七夜の長きへかけて――。  一切の司祭は、道教において一位に次ぐ道位《くらい》をもっている一清道人の公孫勝がつとめた。忠義堂の前には四ながれの旛《ばん》がつるされ、堂上には三層の星辰台がみえ、三聖の神像をなかに、二十八|宿《しゅく》、十二宮|辰《しん》の星官《ほしがみ》たちの像も二列にならんでまつられている。  ちりばめたような無数の灯やら香のけむり、花、花、花。そしてくだもの、五穀、くさぐさなお供え物など、いうまでもない。  いよいよ、まつりの第一日。  月白く、風すずやかな夜から始まる。  公孫勝を大導師に道士四十九人、立ちならぶ中を、まず宋江《そうこう》、盧俊儀《ろしゅんぎ》、呉用の順に、長いこと壇下にぬかずいて伏し拝む。  そして瑤《たま》の台《うてな》に願文《がんもん》をささげ拈香《ねんこう》十拝、花に水をそそいで静かに退《さ》がる。  順次百八人のものみなこれに倣《なら》って、壇を巡り、そして、あかつきへかけては、導師以下の修法になった。  修法は日ごと二回おこなわれる。このあいだ、一同は穢《けがれ》を厭《い》み、口をきよめ、念誦《ねんず》一心、一歩も忠義堂を出ることはない。そこに寄りつどったきりなのである。  こうして七日目の満願《まんがん》の三更《よなか》だった。誰もが神気|朦朧《もうろう》としているうちに、宋江は夢とも現《うつつ》ともなく一|炬《きょ》の白い光芒《こうぼう》が尾をひいて忠義堂のそとの地中に墜《お》ちるのを見た。それこそは上天の啓示にちがいない、すぐそこを掘らせてみようと、公孫勝以下の道士が鋤《すき》鍬《くわ》をもって掘ってみると、はたせるかな、一面の石碣《いしぶみ》が掘りおこされた。 「これはおそろしく古い物らしい」 「神代文字《かみよもじ》だ。何か彫ってあるが、てんで読めぬ?」  すると道士のうちに何玄通《かげんつう》という者があって、自分はつねに太古の蝌蚪《かと》文字古代文字を解読する一辞書を持っているが、これに照らせばどんな古代文字といえど読み解けぬことはないという。そこでさっそく何道士《かどうし》にそれを取寄せさせて、読ませてみると。 「――わかりました。碑《ひ》の左右にある二聯の文字の一方には“替天行道《てんにかわってみちをおこなう》”とあり、一方には“忠義双全《ちゅうぎふたつながらまったし》”と読めるのであります。そして上にずらりと書いてあるのは、すべて南斗、北斗の星の名まえ、下にはその星の性《さが》をもった人間の名が記されておりまする」 「や。しかも? ……」と宋江は碑に顔をよせて「碑のうらおもてにかけて、それはちょうど百八行だが」 「そうです。おもての蝌蚪《かと》文字三十六行は天罡星《てんこうせい》でして、うらの七十二行もまた、すべて地煞星《ちさつせい》の名。そしてその星それぞれの下に、すなわち性《さが》を個々の身に宿した宿命の人名が書いてあるのでございまする。もしお望みなれば順にそれを読み上げてみますが」 「オオ願おう。一同もこれに集まって粛《しゅく》と下にいて聞くがいい。そうだ、蕭譲《しょうじょう》は筆をとって黄紙《こうし》にそれを書き写せ」  ここで読者はすでにお読みになったはずの序編水滸伝第一章“百八の星、人間界に宿命すること”のくだりを想起していただきたい。  いま、何道士《かどうし》が読むにしたがって、蕭譲が黄紙に写しとっていた石碣《いしぶみ》の星の名は、すなわち幾世前《いくせまえ》の天変地異でそのときに地にこぼれ降った百八星であったのである。――すなわちその星の生れ代りなる梁山泊の天罡星《てんこうせい》三十六人とは、 [#ここから2字下げ] 天魁星《てんかいせい》  呼保義《こほぎ》の  宋江 天罡星  玉麒麟の  盧俊儀 天機星  智多星の  呉用 天間星  入雲龍の  公孫勝 天勇星  大刀の   関勝 天雄星  豹子頭《ひょうしとう》   林冲 天猛星  霹靂火   秦明 天威星  双鞭の   呼延灼 天英星  小|李広《りこう》   花栄 天貴星  小旋風   柴進 天富星  撲天鵰   李応 天満星  美髥公   朱同 天孤星  花和尚   魯智深《ろちしん》 天傷星  行者の   武松 天立星  双鎗将   董平《とうへい》 天捷星  没羽箭   張清 天暗星  青面獣   楊志 天祐星  金鎗手   徐寧《じょねい》 天空星  急先鋒   索超 天速星  神行|太保《たいほう》  戴宗《たいそう》 天異星  赤髪鬼   劉唐 天殺星  黒旋風   李逵《りき》 天微星  九紋龍   史進 天究星  没遮攔《ぼつしゃらん》   穆弘《ぼくこう》 天退星  挿翅虎   雷横 天寿星  混江龍   李俊 天剣星  立地太歳  阮小二 天平星  船火児   張横 天罪星  短命二郎  阮小五 天損星  浪裏白跳《ろうりはくちょう》  張順 天敗星  活閻羅《かつえんら》   阮小七 天牢星  病関索   楊雄 天慧星  ※[#「てへん+弃」、(四)-294-9]命三郎  石秀 天暴星  両頭蛇   解珍 天哭星  双尾|蝎《かつ》   解宝 天巧星  浪子    燕青 [#ここで字下げ終わり]  といった人々であり、また裏面にあった地煞星《ちさつせい》の七十二名とは、次のような面々だった―― [#ここから2字下げ] 地魁星  神機軍師  朱武 地煞星  鎮三山   黄信 地勇星  病尉遅《びょううっち》   孫立 地傑星  醜郡馬   宣賛 地雄星  井木犴《せいぼつかん》   郝思文《かくしぶん》 地威星  百勝将   韓滔 地英星  天目将   彭玘《ほうき》 地奇星  聖水将   単廷珪《ぜんていけい》 地猛星  神火将   魏《ぎ》定国 地文星  聖手書生  蕭譲 地正星  鉄面孔目  裴宣《はいせん》 地闊《ちかつ》星  摩雲|金翅《きんし》  欧鵬 地闘星  火眼|狻猊《しゅんげい》  鄧飛《とうひ》 地強星  錦毛虎   燕順 地暗星  錦豹子《きんびょうし》   楊林 地軸星  轟《ごう》天雷   凌振《りょうしん》 地会星  神算子   蒋敬 地佐星  小温侯   呂方 地祐星  賽《さい》仁貴   郭盛 地霊星  神医   安道全 地獣星  紫髥伯《しぜんはく》   皇甫端 地微星  矮脚虎《わいきゃっこ》   王英 地急星  一丈青   扈三娘《こさんじょう》 地暴星  喪門神《そうもんしん》   鮑旭《ほうきょく》 地然星  混世魔王  樊瑞《はんずい》 地好星  毛頭星   孔明 地狂星  独火星   孔亮 地飛星  八|臂《ぴ》[#ルビの「ぴ」は底本では「び」]那吒《なだ》  項充《こうじゅう》 地走星  飛天大聖  李袞《りこん》 地巧星  玉臂匠《ぎょくひしょう》   金大堅 地明星  鉄笛仙   馬麟 地進星  出洞蛟   童威 地退星  翻江蜃《ほんこうしん》   童猛 地満星  玉旙竿《ぎょくばんかん》   孟康 地遂星  通臂猿《つうびえん》   侯健 地周星  跳澗虎《ちょうかんこ》   陳達《ちんたつ》 地隠星  白花蛇   楊春 地異星  白面郎君  鄭《てい》天寿 地理星  九尾亀   陶宗旺 地俊星  鉄扇子   宋清 地楽星  鉄|叫子《きょうし》   楽和 地捷星  花|項《こう》虎《こ》   龔旺《きょうおう》 地速星  中|箭《せん》虎《こ》   丁得孫《ていとくそん》 地鎮星  小|遮攔《しゃらん》   穆春《ぼくしゅん》 地稽星  操刀鬼   曹正 地魔星  雲裏金剛  宋万 地妖星  摸着《もちゃく》天   杜選《とせん》 地幽星  病大虫   薛永 地伏星  金眼|彪《ひょう》   施恩 地僻星  打虎将   李忠 地空星  小覇王   周通 地孤星  金銭豹子《きんせんびょうし》  湯隆 地全星  鬼臉児《きれんじ》   杜興 地短星  出林龍   鄒淵《すうえん》 地角星  独角龍   鄒潤《すうじゅん》 地囚星  旱地忽律《かんちこつりつ》  朱貴 地蔵星  笑面虎   朱富 地平星  鉄|臂《ぴ》膊《はく》   蔡福 地損星  一枝花   蔡慶 地奴星  催命判官  李立 地察星  青眼虎   李雲 地悪星  没面目   焦挺《しょうてい》 地醜星  石将軍   石勇 地数星  小尉遅《しょううっち》   孫新 地陰星  毋《ぶ》大虫   顧|大嫂《だいそう》[#1段階小さな文字](顧のおばさん)[#小さな文字終わり] 地刑星  菜園子   張青 地壮星  母夜叉《ぼやしゃ》   孫二|娘《じょう》 地劣星  活閻婆《かつえんば》   王定六 地健星  険道神   郁保四 地耗星  白日鼠   白勝 地賊星  鼓上蚤《こじょうそう》   時遷 地狗星  金毛犬   段景住 [#ここで字下げ終わり]  聞き終って、みな、おどろいた。  すでにこの身この名まえが、古代文字の古い世頃の石ぶみに誌《しる》されていようとは。 「ふしぎ、ふしぎ。これで見れば、宋江さまには、すでに上天の星の上座とさだめられている。そしてわれらの順位まで」 「これによれば、もう順位には何の文句もいざこざもないはずだ。天地の理数《さだめ》に決まっていたもの。従うほかないではないか」  この日、公孫勝をのこす以外、道士一同は飄《ひょう》として去り、翌日、宋江は軍師呉用や朱武たちと諮《はか》って、忠義堂の扁額《へんがく》のほかに、こんどの一|奇瑞《きずい》を記念して「断金亭《だんきんてい》」という大きな額をかかげることにした。  また、一座の霊廟《みたま》が、断金亭のうしろ、小高き所に築かれて、晁《ちょう》天王の位牌《いはい》がまつられ、その御殿《ごてん》のみぎひだりから周囲の八地域にわたって、宋江以下、諸将の住む甍《いらか》がいっぱいに建て並べられた。もちろん、各所の水寨《すいさい》や望楼台などにある部将の住居はべつでここにはない。  かくてその年の秋ともなると、山上の景観はいよいよあらたまって、断金亭の大廂《おおびさし》のまえには、つねに刺繍《ししゅう》金文字の二|旒《りゅう》の長い紅旗がひるがえり、一つには、「山東呼保義《さんとうのこほぎ》」一旒には「河北玉麒麟《かほくのぎょっきりん》」としるされていた。  また、総司令部のたてものを中心としては、各営に、朱雀玄武旗《すじゃくげんぶき》、青龍白虎旗、白|旌《はた》、青|旌《はた》、黒旌、黄旌、緋纓《ひぶさ》の大|幡《ばん》など、へんぽんと梁山《りょうざん》のいただきから中腹までを埋め、北斗七星旗から八|卦《け》旗《き》、一百二十四流れの鎮天旗まで、およそここになびいて見えざるはない。  こうして象《かたち》だけでなく、陣容もきまった。  すなわち、山寨の最上位――総司令の地位には、宋江と盧俊儀《ろしゅんぎ》のふたりがつき、軍師も呉用と公孫勝のほかに、副軍師として、神機軍師朱武があらたに加わった。  銭糧《せんりょう》部の主宰には、柴進《さいしん》、李応。――五虎ノ大将、騎兵八|彪《ひょう》隊の将、歩兵、斥候《せっこう》、輸送、情報、水軍など、すべての役割に、その人と特技とを配して、 「義にむすばれた大小の兄弟諸君、おのおの命ぜられた役目をもって、おたがいに誼《よし》みを傷つけないで自重して欲しい。そむく者は容赦《ようしゃ》なく衆判にかけて処断する」  宋江は、その表《ひょう》を断金亭に貼りだした日、一同をまえにこう誓わせた。  表の終りには、 [#1字下げ]宣和《せんな》二年九月秋  とある。  誓いの式がすむと、みな異口同音に、ねがいをともにし、生々世々、生き代り死にかわり、この土《ど》の友となって、この再会を、よろこびあわんと言い合った。  九月九日は重陽《ちょうよう》の節句《せっく》である。この誓いの式は「菊花の会」につづき、山も風流な宴にいろどられた。月明の下、馬麟《ばりん》は簫《しょう》を吹き、楽和《がくわ》はうたい、また燕青《えんせい》は箏《こと》を奏でた。 [#ここから2字下げ] ――菊見酒 汲《く》めかし兄よ弟よ こころ温《ぬく》めん座を分けて 黄なるを折らん 白妙《しろたえ》の 香《か》もまたよけれ 愛《め》ずるべし さあれ弟よ 友垣よ 黄《こ》がねや玉の 何かせむ 醜《しこ》の醜《しこ》ぐさ世に満ちて そとに夷《えみし》のうかごうを ああ やる瀬なの わが胆《きも》や など この憂いのとどかざる 鴻雁《こうがん》告げよ 大ぎみの 御夢《みゆめ》に通《かよ》え 野の心 もし 天日の雲洩れて 汲ませ給うの詔《みことのり》 野の子を招きあらしめば 酒ほがい―― わが祈《ね》ぎ事のかなえる日なり 菊をや簪《かざ》し 舞い酔わん 舞うて向わん 御代《みよ》の御為《みため》に [#ここで字下げ終わり]  燕青の箏《こと》にあわせ、この夜めずらしく大酔した宋江が、こう自作の即興を歌ったのであった。  すると、宴の末席のほうにいた武松《ぶしょう》、李逵《りき》などが、突《とつ》として、宋江の歌にたいして、野蛮な憤懣《ふんまん》をぶちまけた。 「ちぇッ、くそおもしろくもねえ。また宋司令の天子さま礼讃《らいさん》が始まったよ。いったい、詔《みことのり》だの、お招きだのと、何を待とうッていう寝言なのか」 「そうだとも、武松|兄哥《あにい》のいう通りだ。おれっちは根っからの野育ち野郎。そんなものには、縁もゆかりも持ッちゃあいねえや。へん、おもしろくもねえ! 誰か、陽気な唄でもうたえよ!」  俄然、せっかくな菊花の会は、白け渡った。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 翠花冠《はなかんむり》の偽《にせ》役人、玉座《ぎょくざ》の屏風の 四文字を切抜いて持ち去ること [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり] 「武松、もののわかっている君までが」と、宋江は菊見の杯を下において――「李逵《りき》と一しょになって“大義”の何であるかも解さないとは余りに情けないことではないか。ああ、じつに困ったものだ」  と、暗い顔をして心から嘆いた。 「いや、宋《そう》司令」と、魯智深《ろちしん》はその横から「たれも天子を馬鹿にはしていませんが、しかし、天子のお招きなどをあて[#「あて」に傍点]にしている奴はこの梁山泊《りょうざんぱく》にはいますまいぜ。李逵や武松の悪態《あくたい》はお耳ざわりかもしれねえが、また、むりでないところもある」 「どうして」 「だって、現朝廷の腐敗、悪政、その下に泣かされている辺土《へんど》の民《たみ》、いまさらでねえが、ひでえものだ。それはみんな天子が悪いからじゃあありませんか」 「いかにも、世の怨嗟《えんさ》はみな天子に帰する。だが」  と宋江は、坐り直した。 「いい機会《しお》だから今日は一つみんなにもいおう。たしかにそれは天子のご不徳ではある。けれど宋朝《そうちょう》の今上《きんじょう》、徽宗《きそう》皇帝は元来お人のよい公正なおかたなのだ。文雅風流の道に傾きすぎるきらいはあるがまず聖明な君と申しあげてよい。ただ困るのはその君側の奸《かん》だ。奸佞《かんねい》な侯公《こうこう》や悪臣のみが政治《まつりごと》を自由にしている」 「だから、それの分らねえ盲《めくら》天子じゃ飾り物じゃありませんか」 「といって、だれを一天の至尊《しそん》と仰ぐか。ともあれ宋朝《そうちょう》の御代《ごだい》はこんにちまで連綿と数世紀この国の文明を開拓してきた。その力はじつに大きい。しかるにもしその帝統がここで絶えるようなことにでもなったら、それこそ全土は支離滅裂な大乱となり、四民のくるしみは、とうてい、今のようなものではなかろう……。いや、もっと心配なことさえある」  宋江のことばには、ようやく、国を思う熱意のほとばしりと憂いとに荘重なひびきをおび、彼をのぞく百七人の、耳をすまし心を打たずにおかなかった。  大宋国《たいそうこく》の北から東の大山脈をさかいとして、その彼方の蕃地《ばんち》には遼《りょう》[#1段階小さな文字](韃靼《だったん》のわかれで契丹《きったん》ともよぶ)[#小さな文字終わり]という大国がある。  遼《りょう》は、南下の野望がさかんで、つねに辺疆《へんきょう》を侵《おか》しては、山東《さんとう》、山西《さんせい》をおびやかし、河南《かなん》、河北を掠《かす》め、またあらゆる手段の下に、いつかは物資文化の花ゆたかな宋へ攻め入って、これを併呑《へいどん》してしまおうと侵略の機をうかがっているのだ。  ところが、それも思わぬ大宋の朝廷やこの国の上下は、めぐまれた土壌《どじょう》と文化の上で、腐敗と乱脈をみずから演じ、長夜の夢を貪《むさぼ》ッているが、こんな現状をなお長くしていたら、ついには蕃土《ばんど》の遼《りょう》から攻め入られて、あっというまに、宋は遼《りょう》に変ってしまうにちがいない。  それでいいのか。生を宋の国にうけたわれらが、それでいいとしていられるか。 「誤解しないで欲しい」  と、宋江はさらにいった。 「――いつの日か天子のお召があれば、欣舞《きんぶ》してそれにお応《こた》えしたいと私が歌ったのは、私の多年の宿望には違いないが、しかし、一身の安穏や栄達を願うためでは決してない。ただ国を思うからだ。そしてわれらの称《とな》える“天ニ替《カワ》ッテ道ヲ行ウ”その志を遂げるには、天子の大赦《みゆるし》をえて、勅の下に働かねば、どうしても、誠の働きは発揮しえないからでもあるのだ。諸君、わかってくれたであろうか」 「……なるほど」  百七人、みな、うなずいた。  それきり宋江の至誠を嘲《わら》うどころか、みな恥じる色だったが、いかんせん、せっかくな重陽《ちょうよう》の宴は理におちて、浮かれず仕舞いの散会となってしまっただけはぜひもない。  が、梁山泊にとって、記念すべきこの重陽《ちょうよう》の会は、決して無意味ではなかった。それは宣和《せんな》二年九月九日のことで、明ければ、  宣和三年一月。  宋江は、思うところがあって、俄に、宋朝廷の都、開封|東京《とうけい》へ行くことになった。  もちろん、人目を忍んでの旅行である。  同行は十人。――二人一ト組となって、戴宗《たいそう》は浪子《ろうし》燕青《えんせい》と、武松は魯智深《ろちしん》と、朱同は劉唐《りゅうとう》と、史進は穆弘《ぼくこう》と、そして宋江は柴進《さいしん》と連れ立ち、年暮《くれ》うちに山を出て、正月十五日の元宵節《げんしょうせつ》を前に、一行は帝都の万寿門外の旅籠《はたご》に着いた。  宋江の目的が、燈籠祭りやただの都見物でないことは明らかで、要は他日のためだった。輦轂《れんこく》の下の人心も知っておきたいし、王城内外のじっさいも見ておきたい。  元々、彼は山東《さんとう》に古い地方官吏の子であるが、まだ一ぺんも東京《とうけい》は見ていなかった。それにしても、いちど冤罪《むじつ》の罪でも兇状持の金印《いれずみ》を額《ひたい》に打たれた身が、どうして京師《みやこ》の人中へ出られたろうか。これは名医|安道全《あんどうぜん》が山にいたおかげだった。 “美玉滅斑《びぎょくはんをめっす》”という道全の外科手術と神薬でいつか人目にはわからぬほど巧みに消されていたのである。  宋江と柴進《さいしん》とは一見、非役の地方官吏のような服装して泊っていたが、万寿門の外の旅籠《はたご》で一夜を過ごしたあくる日のこと、 「宋先生、万一があってはいけません。てまえがまず燕青《えんせい》一人だけ連れて入城し、あなたは明十四日の晩、元宵節《げんしょうせつ》の人出にまぎれてお入りになってはどうでしょう」  と、柴進が言い、宋江もまた、 「そう願いたい」  となったので、柴進は燕青とふたりだけで、まずその日、ひと足先に、帝都|東京《とうけい》の街中《まちなか》へ下見に入った。  州は汴水《べんすい》と号し、府を開封《かいほう》とよぶ。  黄河《こうが》の上流にあたり、渭水《いすい》の下流に位置し、旧《ふる》き呉《ご》や楚《そ》の国と隣りあい、遠くは斉《せい》と魯《ろ》の境につらなる水陸の要衝だった。――山河の景勝はいうまでもなく、郊外千里に霞む起伏の丘を四方《よも》に、古都の宮城は朝映《あさば》え夕映えの色にかがやき、禁門の柳、官衙《かんが》の紫閣《しかく》、大路《おおじ》小路《こうじ》、さらに屋根の海をなす万戸の庶民街にいたるまで、さすが宋朝《そうちょう》の古き文化の色や匂いは、道を行く婦女の姿の一つにもわかる。 「燕青、ひとつ、どこかで休もうか」 「ここは東華門のそと、すぐこの中はもう宮城のお苑《にわ》でしょう」 「なにしろ、人に酔ったよ。田舎者はな」 「あそこに、静かそうな酒楼がみえる。ひとつ昼寝でもなさいますか」  二人はそこへ上がったが、欄干《らんかん》から往来をながめていると、内裏《だいり》へ入って行く宮内府の役人がしきりに目につく。――みな頭巾や冠《かんむり》のはしにこの日は“翠葉花《すいようか》”という簪《かざし》を挿《さ》していたからである。 「オッ、燕青。いいことを思いついた」 「なんですか」 「耳をかせ。……どうだ。……この一案は?」 「なるほど。ひとつ、やってみましょう」  燕青は、なにか、のみ込み顔をして、往来へ出て行った。そして、東華門へかかる一人の役人をよびとめて、いと丁寧に。 「これは、張先生でいらっしゃいますか」  相手は、怪訝《けげん》な顔をして。 「何をいう。わしは王だが」 「あ、失礼を。そうそう王先生と申されました。じつは私の主人がそこの酒楼でお待ち申しておりまする。さ、どうぞこちらへ」 「これこれ、お下僕《しもべ》。いったいそのお方とは誰なのだ」 「お目にかかればお分りでございましょう。とにかく、たいそう旧《ふる》い時分のお友達だったそうで」  一方、こなたの柴進《さいしん》は、酒肴《しゅこう》をととのえ、簾《れん》を垂れてとりすましていたが、そこへ燕青が連れて来た一官人を見ると、 「ほう、ようこそ」  と、立って席へ迎え、 「王君でいらっしゃるか。実にお久しいことだ。いや。ご出世を見て私までがじつにうれしい」  と、眼を細めてなつかしがった。 「はて? どなたでしょうか」 「おわかりにならんかな?」と、いよいよ親しみをこぼしながら「どこか幼な顔というものはお互いにあるものです。思い出してみて下さい」 「では郷里の」 「そうです」 「あなたも楚州《そしゅう》のおかたですか」 「だんだんご記憶が浮かんでこられましたな。とにかくあなたが都で進士《しんし》の試験に通ってめでたく官途につかれたということは、私は遠い北京《ほっけい》にいて聞いたのです。いやお別れしたのはそれいぜんお互いにまだ一つ童塾《てらこや》へ通っていた頃ですからな」 「ああ、ではあの准安《わいあん》の小学塾で」 「ま、一|献《こん》まいりましょう。なにしろ、話がそこへ行ったら限りがない……」と、さっそく杯をすすめ、話の綾《あや》を巧みに縫いながら、柴進がふと問いかけた。 「その冠《かむり》の花は、元宵節《げんしょうせつ》の何かですか」 「そうです」と、王は得意になって「班《はん》にして二十四班、五千八百人の官吏に洩れなく、天子さまからお祝として、時服《じふく》一ト襲《かさ》ねと、この翠葉金花《すいようきんか》の簪《かざし》が一本ずつ下賜されます」 「なにか小さい金の小牌《こふだ》が付いておりますな」 「四つの文字に『与民同楽《たみとたのしみをおなじくす》』と彫ってあるので」 「なるほど、今上《きんじょう》の大御心は、そこにあるのでしょうな。お……小乙《しょういつ》[#1段階小さな文字](燕青)[#小さな文字終わり]。熱いのをもひとつ持っていらっしゃい」 「はい」  その小乙といい柴進といい、どう見ても人品のいい主従なので王もすっかり安心してしまったらしい。ところが、さいごの酒瓶《ちろり》には痺《しび》れ薬がいつか混《ま》ぜてあったのである。たちどころに、王は麻酔におち、柴進は王の着ていた錦袍《きんぽう》、帯《たい》、剣、はかま、たび、そして花冠《はなかんむり》まですっかり自分の体に着け換えてしまった。  そして王が持っていた御用包みの何かまで小脇にはさんで。 「燕青、あとはたのむよ」 「行ってらっしゃい。こっちは、どうにでも巧くごまかしておきますから」  柴進《さいしん》は、すうっと出て行った。店の者も気がつかない。  しかも実物の王よりは柴進のほうが、鞋《くつ》の運びまでが立派であった。東華門、正陽門の二|衛府《えふ》を通ると、内裏《だいり》もいわゆる鳳闕《ほうけつ》のまぢかで、瑠璃《るり》のかわら、鴛鴦《えんおう》[#1段階小さな文字](おしどり)[#小さな文字終わり]の池のさざなみ。生々殿《せいせいでん》の長廊《ちょうろう》はその果ても知れず、まったく、ここもこの世かを疑わせる。  いつか彼は、文徳殿の庭から紫宸殿《ししいでん》のほとりへ来てたたずんでいた。禁門のいずこでも咎《とが》められはしなかった。けれど深殿《しんでん》のおもなる所はみな錠《じょう》がおりているので立入ることはできない。そのうちに凝暉殿《ぎょうきでん》の廻廊の橋からふとみると、 [#1字下げ]叡思殿《えいしでん》  という金文字の額《がく》が仰がれ、ふと見れば、そこだけは朱《あけ》の障子が開かれている。 「あ。天子のご書見の間《ま》だ」  柴進は、われも忘れて、人なき玉座を巡ってみた。お机には、端渓《たんけい》の硯《すずり》、龍華紋《りゅうげもん》の墨《すみ》、文房具の四宝、いずれも妙品ならぬはない。そして「大宋国|山川社稷之図《さんせんしゃしょくのず》」という大きな構図の絵屏風《えびょうぶ》が立てめぐらしてあり、屏風の裏面は白無地だったが、ふと、柴進がそのうしろにまわってみると、何と、国内四人の大寇《たいこう》[#1段階小さな文字](むほんにん)[#小さな文字終わり]として、天子直筆で、四名の名がしるされていた。 [#ここから1字下げ] 山東宋江《さんとうのそうこう》   淮西王慶《わいせいのおうけい》 河北田虎《かほくのでんこ》   江南方臘《こうなんのほうろう》 [#ここで字下げ終わり] 「……ああ」  柴進は、眺め入った。 「われわれが国をさわがすので、つねにこうまで、み心にかけておられるのか」  彼はすばやく短刀をぬいて「山東宋江《さんとうのそうこう》」の四字だけを切り取り、さっと内苑《ないえん》から姿をくらまして、元の酒楼へと帰って来た。 「燕青、階下《した》の帳場へ行って、すぐ勘定をすましておけ。そして、みせの者たちに、祝儀をやって、あとに一人残しておくが、こうこうなわけでと、そこはおまえの口でうまく」 「わかりました」  万端、のみこんで、燕青が店の者をまろめ、元の二階へ戻って来てみると、もう柴進は自分の衣服に着かえて、借物の花冠や官服などは、そっくり王の体の上にかぶせてある。――王はまだ、昏々《こんこん》と、麻酔からさめていないのだった。  彼が正気がついたのは、日没の頃である。何が何だか分らない。また何一つ失くなっている物もない。恥かしいのか、給仕人のことばもそら耳に、衣服や冠を着直すやいな、あわてて店のそとへ出て行った。  その王は、あくる日、自邸で客の口からふとこんな噂を聞かされた。 「なにしろ奇ッ怪なこともあるもので、叡思殿《えいしでん》のお屏風から『山東宋江』の四文字だけが、何者かに、切りとられているというのです。いやもう禁門の内外は、そのご詮議《せんぎ》でたいへんらしい」 「ほほう?」  さてはと、王は、背すじの顫《ふる》えにぶるッとしたが、一切、口には出さなかった。  一方の柴進《さいしん》は、はたごへ帰ると、さっそく宋江へ「山東宋江」の宸筆《しんぴつ》を見せ、またつぶさに、禁裏《きんり》の様子もはなして聞かせた。  宋江は、宸筆《しんぴつ》を見て、ああ……と浩嘆《こうたん》してやまなかったが、明ければ十四日、この黄昏《たそが》れを外《はず》してはと、まつりの人波にまぎれて、城内の中心街へ入りこんでみた。  連れは、柴進と戴宗《たいそう》と、そして浪子《ろうし》燕青《えんせい》だけをつれ、あとは自由行動にさせておいたのである。いわゆる六街三市の人口やその殷賑《いんしん》は、さすが大宋の帝都で何とも讃《たた》えようがない。空には月があり、ぬるい人いきれも匂うようで、封丘門《ふうきゅうもん》、馬行街《ばこうがい》などはわけて灯の海か燈籠の花園さながら、不夜の城とはこれかと思われるばかりだった。 「おや、ここは色街《いろまち》ではないのか」 「ええ、たぶん廓《くるわ》でしょうよ」と、燕青《えんせい》は根が北京《ほっけい》育ちのいなせ[#「いなせ」に傍点]で伊達《だて》な若者だったので粋な道にも通じていて――「道の両側をごらんなさい。ずらと木札《きふだ》に四季の造花を飾って女の名前が書いてあるでしょう。みんな花魁《おいらん》の廓名《さとな》であれを“煙月牌《えんげつはい》”と申しますのさ」 「ほ、一軒のこらず、いずれも両側はお茶屋らしいの。こころみに、どこかへ登楼《あが》って、ちょっと一|酌《しゃく》いたそうか」  宋江にしてはめずらしいことだ。燕青が小粋な若党姿であるほかは三名ともみな歴乎《れっき》な非役の武家か官人といった風な身なりなので、茶屋では上客と見たか、下へもおかない。  しばらくは、妓《おんな》をよんで、いわゆる通《つう》な“きれいごと遊び”に時をすごしていたが、そのうち斜向いの、わけて一軒すばらしい大籬《おおまがき》の揚屋《あげや》に、チラと見えた歌舞《かぶ》の菩薩《ぼさつ》さながらの人影に、 「おや、豪勢なお取巻きだね、あの花魁《おいらん》はいったい誰?」  妓《おんな》と妓は、顔見合わせて、まるで耳こすりでもするように、宋江へ囁《ささや》いた。 「あれが廓《くるわ》一番の、李師々大夫《りししたゆう》さんですのよ」 「へえ、李師々大夫」 「だめですよ、岡惚《おかぼ》れをなすっても」 「どうして」 「だって、今上《きんじょう》の天子さまがお馴染《なじ》みで、毎度毎度、お通いになっている高嶺《たかね》の花、いいえ、お止山《とめやま》の花ですもの」 「はははは、じゃあ何ともわれわれでは仕方がないね」 「だから、妾《わたし》たちにしておきなさいよ」 「どういたしまして、君たちでも、もったいない」 「うそばッかり。お杯もくれないで」  いつのまにか、燕青はここの席から消えていた。何事かを宋江から耳打ちされて、斜《すじ》向いの大籬《おおまがき》の門へ、すうっと、入って行ったものである。  内は前栽《せんざい》から玄関もほかの青楼《せいろう》とはまるで違う上品な館《やかた》づくりだ。長い廊から廊の花幔幕《はなまんまく》と、所々の鴛鴦燈《えんおうとう》だけが艶《なま》めかしいぐらいなもの。 「あら哥《にい》さん、あんた誰? どこへ行くの?」 「オ、禿《かむろ》さんか。じつはね、ご内緒《ないしょ》のおっかさんに会いたくって来たんだが」 「おっかさんなら、あそこでお客さんと話しているわよ」 「ほ。……あの肥えた女のひとがそれかい」  内庭の向うを覗くと、なるほど、斑竹《はんちく》のすだれ越しに、花瓶《かびん》の花、四|幅《ふく》の山水《さんすい》の掛軸《かけじく》、香卓《こうたく》、椅子《いす》などが透《す》いてみえる。――燕青《えんせい》は禿《かむろ》の女の子の手へ、そっとおかねを握らせた。 「たのむから、べつな部屋へ、ちょっと、おっかさんを呼んでくれないか」  やがてのこと、ご内緒のおかみは、燕青が待っている前へやって来たが、もとより知っているはずはない。まじまじと、ただ怪訝《けげん》顔である。 「ああ、お久しぶりです、おっかさん。ひと頃より、少しお肥りになりましたね」 「たれなのさ、いったいおまえは」 「張ですよ。いやだなあ。忘れちゃっては」 「張って? ……張だの、王だの、李《り》なんて名は、世間にありすぎるよ」 「ですからさ、幇間《たいこもち》の張のせがれの、張二《ちょうじ》なんで」 「じゃあ、太平橋のそばにいた、あの唐子髷《からこまげ》でチョコマカしていた子がおまえかい」 「へえ、そのご東京《とうけい》を飛び出しましてね」 「どこへ行ってたの」 「北京府《ほっけいふ》の紫雲楼《しうんろう》で一ト修業してまいりました」 「紫雲楼といえばおまえ、北京では一流のお茶屋じゃないか。だけど去年、焼けたというはなしじゃないか」 「へえ、それで田舎茶屋を稼《かせ》ぎ歩いていますうちに、燕南《えんなん》から河北《かほく》では一番の大金持ッていう旦那のごひいきになりましてね、久しぶりに、旦那のお供で、当地へやってまいりましたようなわけ。……ところでひとつおっかさんにも、よろこんでいただけることがあるんですが」 「なんなのさ、いってごらんよ」 「その千万長者が、たった一度でよい、そしてなにも、泊めてもらわなくてもいいから、李師々大夫《りししたゆう》と話がしたいというんです。ちょっと手土産《てみやげ》がわりという纏頭《はな》でも、百両千両はきれいにお撒《ま》きになるお大尽。おっかさん、どうでしょう?」  欲には目もないのが廓《さと》の慣《なら》わし。わけてここのご内緒ときては、強欲の名が高い。おかみはさっそく、李師々をよんで、燕青にひきあわせ、李師々はまた、品よくおかみのはなしを聞き終って、 「お話し相手でよいことなら、いつでもお渡りくださいませ」  と、いう返辞。ではさっそくと、燕青はすぐ走り戻って、向いのお茶屋から宋江《そうこう》、柴進《さいしん》、戴宗《たいそう》を迎えて来た。  席は、李師々の部屋か、すばらしい一亭である。楽器の供え、芙蓉《ふよう》の帳《とばり》、そして化粧室の華美など、いうばかりもない色めかしさだが、しかし酒は出さない。茶を煮て、金襴手《きんらんで》の茶碗に、それもほんの少し注《つ》いで、彼女の手で各〻の前に、すすめられたのみだった。 「おおこれは四川《しせん》の名茶。田舎者の私たちには、めったにいただけない玉茶だ。なんとも、すずやかな香味ですわい」 「さる高貴なおん方《かた》の賜り物です。これがお分りなれば田舎者どころではございません。お目にかかれてうれしゅうございます」 「てまえこそ、近頃の倖せ。お名の高い大夫《たゆう》には、こうしてお話ができたし、またお手ずからなお茶までいただいて」 「ごゆるりと遊ばしませ」  李師々《りしし》大夫は言ったが、折ふし、わらわらと禿《かむろ》や新造《しんぞ》が小走りにそとまで来て。 「大夫さんえ。お上《かみ》が、裏の御門へお成りでござんすぞえ」 「ま。あいにくな」  と、李師々《りしし》は、宋江へ、気の毒そうに、 「あすならば、お上も上清宮へ御幸《みゆき》なされて、ここへはお渡りもございませんのに。――どうぞ、これにお懲《こ》りなく、また」  と、その雲鬂花顔《うんびんかがん》に、一|顧《こ》万金の愛想笑《あいそえ》みをこぼして、金簪《きんさん》瑶々《ようよう》と立って行った。  宋江たちは、やがて外へ出て、小御街《しょうぎょがい》から天漢橋《てんかんきょう》を渡りながら、 「さすが、目にのこるような美人だったな」  と、李師々の噂をしながら、橋畔《きょうはん》の樊楼《はんろう》のまえまで歩いて来た。  すると、樊楼《はんろう》から出てきた二壮士がある。酔歩まんさんと、何か歌って行く。歌は、三尺の剣、志をえず、いたずらに泣く――といったような物騒きわまる悲歌だった。 「おや、史進と穆弘《ぼくこう》じゃないか。こんな人中の大道で」  宋江は舌打ちをならし、柴進《さいしん》はかけ出して、 「おい、ご機嫌になるのも、程にしろ」  と、二人の肩をどやして、たしなめた。  二人は恐縮して、あとに尾《つ》いて、旅籠《はたご》へ帰った。ところが留守のうちに一人部屋へ入ってふて[#「ふて」に傍点]寝をしていた奴がある。こんどの行《こう》に洩れた黒旋風の李逵《りき》で、無断であとから追ッかけて来たものらしい。 「ごめんなさい」と李逵《りき》はあたまをかかえこんで言った。「お叱言《こごと》はかくごの前だアね。だけどさ、宋《そう》先生、もう来てしまったものは仕方がないでしょ。ねえ、来てしまったものは」 「この、黒猿め」  宋江も苦笑のほかはなかった。百八の性《さが》は、百八人、その容貌の異なるように違っていたが、まったく、集団生活の規律はおろか、箸《はし》にも棒にもかからないのは、この男ひとりだった。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 徽宗《きそう》皇帝、地下の坑道《あなみち》から廓通《くるわがよ》 いのこと。並びに泰山角力《たいざんずもう》の事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  翌晩は上元《じょうげん》の佳節《まつり》、一月十五日の月は、月さえふだんよりも大きく美しく見える。 「おやまあ、よく来たこと。ゆうべの張二《ちょうじ》さんじゃないか」 「これは、おっかさん、昨晩はどうも……」と、燕青《えんせい》は揚屋構《あげやがま》えの朱壁《あかかべ》の大玄関に、つつましく腰をかがめて、 「おかげさまで、てまえもすっかりいい顔になり、お大尽《だいじん》もまた、えらいおよろこびでしてね、へえ、都一の李師々大夫《りししたゆう》にも会えて東京《とうけい》へ来た効《か》いもあったと、たいそうなご満足。ですが、ゆうべは、つい、おっかさんにお礼もせずに戻ったし、いずれ郷里からも何か珍しい物を送らせるが、これはほんの寸志、よろしくと、おことづけを頼まれてまいりました」  お内緒へと、こがねで二百両。楼中へと、べつに五十両、帛紗《ふくさ》にのせてそれへおいた。 「あら、これを」 「どうか、お納めなすって」 「まあ、お義理がたいお大尽さま。いまはどちらにいるのだえ」 「河岸を代えて、廓《なか》の入口のお茶屋に休んでいらっしゃいます」 「なにサ、まあ水臭い。そこまでお出《い》ででいながら、顔も見せてくださらないなんて。張二さん、はやくお連れしておいでよ」 「だって、いいんでしょうか」 「上元のおまつりだもの。大夫もこん夜はつまらないお客は断わって、あとであたしと飲もうと言っていたところなんだよ」  燕青《えんせい》は、しめたとばかり、飛んで帰って宋江《そうこう》に首尾を話す。もちろん、初めから宋江のさしずであったのはいうをまつまい。  この夜、宋江は、例の柴進《さいしん》と戴宗《たいそう》のほかに、もひとり厄介者を連れていた。李逵《りき》である。  だが、その李逵と戴宗は、玄関の供待《ともま》ち部屋《べや》へ残しておいてずっと奥へ案内された。こよいのやかたは、また一だんと、ゆうべの席よりは奥ふかい。  とくに今夜は酒も出て、おかみのとりなしはもとより、李師々《りしし》の艶《なま》めかしい廓《くるわ》言葉も、すっかり打ち解けきっている。 「これも宿世《すくせ》のご縁でしょうか。大夫と口がきけるなんて、夢にも思いませんでした」 「まあ、いやですわお大尽さまは。さっきから妾《わたし》をまるで天人みたいに仰っしゃって」 「どう見ても、あなたの美しさは、あたりの模様、ここは下界とも思われません」 「銀のお杯はお飽きでしょう。おっかさん、瑠璃杯《るりはい》か、金盃をもって来て」  そこへ、女が小走りに来て訴えた。供待ち部屋にいる“奴《やっこ》さん”と、もひとりのお供が、なぜ俺たちも座敷へ通さんかと、当りちらして、手がつけられないというのである。  柴進《さいしん》は聞いて、これは危ないと思った。宋江もすぐ目くばせする。燕青が心得て、すぐ二人を連れて来た。 「あら……」と、李師々は、李逵の風貌に恐れて、宋江の腕にすがった。 「まるでお閻魔《えんま》さまに仕えている小鬼のようね」 「なあに、あれで気がいい奴《やっこ》だから、なにもこわがることはない。李《り》といって、子飼《こがい》からのわが家の下僕《しもべ》さ」 「おや、苗字は妾《わたし》とおなじなのね。わたしはよいが、李太白《りたいはく》[#1段階小さな文字](唐朝の大詩人)[#小さな文字終わり]さまは、さぞ……ホ、ホ、ホ、ホ」と、その花顔《かんばせ》を袂《たもと》の蔭につつみながら「ご迷惑がッていらっしゃるでしょうね」 「うまい、よく言った!」  みなどっと笑ったが、ご当人の李逵《りき》だけには何の意味か分っていない。  もう次の間で飲み初め、嫉《や》けてくるのか、すこぶるご機嫌がななめである。戴宗《たいそう》も大杯で仰飲《あお》るし、柴進《さいしん》も負けてない。いや宋江もめずらしく大酔し、酔うと彼の癖で、筆《ふで》硯《すずり》を求め、楽府《がふ》[#1段階小さな文字](絃にのせて歌える詩)[#小さな文字終わり]の一章を、墨も、りんりと書き流していた。――するうちに、突然、 「お上《かみ》が、いつもの御門からお見えなされましたぞえ」  と、楼中へ告げまわっている声がした。聞くと、李師々《りしし》大夫の心はもうここにない容子《ようす》ですぐ立って行ってしまうし、あとの座敷をかまっている女もいない。 「……叱《し》っ。静かに」  宋江と柴進とは、これを機《しお》に、台臨《たいりん》の間の中庭へ忍んでゆき、ほかの面々も、影をひそめた。巷間《こうかん》、その当時の隠れない取り沙汰では、時の風流天子|徽宗《きそう》は、禁中から廓《くるわ》まで地下道を坑《ほ》ってしげしげ通っていたものと言い伝えられている。  蘭燈《らんとう》の珠の光や名木《めいぼく》のかそけき香《にお》いが、御簾《みす》ごしに窺《うかが》われる。やんごとないお人の影と向いあって、李師々《りしし》の白い横顔も紗《しゃ》の中の物みたいだった。そして折々、中庭の暗がりへ男女《ふたり》の囁《ささや》きだけがこぼれていた。 「天子さま。きょうは、上清宮へお詣《まい》り遊ばしたのでございましょう」 「そうだよ、宣徳楼《せんとくろう》では、毎年、万民の福祉《ふくし》と四季の天候を祈る式があるのでね」 「さぞ、おつかれでいらっしゃいましょう」 「終日《ひねもす》、群臣にとりまかれて、くつろぐひまもないからなあ。せめてここへ来て、そなたとこうしている一|刻《とき》ぐらいが」 「あれ、もったいのうございます。わたくしはうれしゅうございますが」 「いや、ほんとだ。でなければ、画院《がいん》にこもって、絵筆を把《と》っている日だけだね。自分が自分なりに居られる時は」 「いつかお絵《え》を拝見させてくださいませね!」 「おおそのうちに何か描いてやろう。ま、いつもの葡萄《ぶどう》の美酒に瑠璃《るり》の杯。ひとつそなたの白い手で酌《つ》いでくれぬか……」  中庭の木蔭にかがんでいた宋江は、このとき、胸もはずむ思いで、柴進の耳へ諮《はか》ってみた。 「天の与えだ。咫尺[#「咫尺」は底本では「呎尺」]《しせき》へ進んで、直々《じきじき》に、われらの微衷《びちゅう》とみゆるしを、おすがりしてはどうだろう」 「いいや」柴進は顔を振った――「まずいでしょう、いい機会ではありますが、ここはその場所でない」  すると、このせつな、どこか別な部屋の方で、 「あっ、何者だッ」  という大喝《だいかつ》と共に、どたんと、床を打ったような響きが聞えた。  これは、天子の侍者として、廊のそとにいた楊《よう》大臣が、何気なく一室の扉をあけてみたところ、そこに大酔した李逵《りき》がふンぞり返って寝ていたので、驚いてとがめると、とたんに、躍り起った李逵《りき》が楊大臣の巨きな体を、いやというほど床へ叩きつけたための物音であったのだ。 「しまった」  宋江と柴進とは、とっさに、やかたの外へ走り出したが、時すでに、李逵は楊大臣以下の宮廷人らを相手に例のごとき持ち前の暴勇をふるい出し屋鳴《やな》り振動のうちに、過《あやま》って、どこかでは火を失し、焔、黒煙、その中を、帝は、裏の坑道《あなみち》を、あわただしげにご帰還となった様子―― 「火事だ」 「李師々《りしし》のやかただ」  廓内《かくない》は、一|瞬《とき》のまに、大騒動となり、かえりみれば、月の夜空は、火の粉をちりばめ、どこかでは早や、軍隊がうごいている。  かねて、内裏《だいり》の叡思殿《えいしでん》に起った一怪事から、禁軍の警戒は、密々諸方へ手配されていたもので、その総指揮には、かの高俅《こうきゅう》――すなわち徽宗《きそう》天子の無二の寵臣、高大臣がみずから当っていた。 「燕青《えんせい》、李逵《りき》はおまえがあとから引っ張って来い。ぐずぐずしていると、東華門の脱出もむずかしい」  事実、城門は諸所で閉めかけられていた。宋江の身を案じて、史進、穆弘《ぼくこう》は血まなこで探しており、朱同と劉唐《りゅうとう》とは、例の旅籠《はたご》で待っていた。なにしろ一刻もはやく、城外遠くへ逃げるしかない。  ところが、高俅《こうきゅう》の兵は、すでに八|道《どう》の関門から街道の旅籠旅籠の詮議《せんぎ》にまで手をまわしており、宋江はいくたびか逃げ道を失った。で、ぜひなく裏街道の陳留県へ道をかえてくると、はからずも、 「宋司令、お迎えに来ました」  という梁山泊からの味方に出合った。  山の五虎ノ将――関勝、林冲《りんちゅう》、呼延灼《こえんしゃく》、董平《とうへい》など――の一軍で、どうせこんなことも起ろうかと、軍師呉用が、変を見越して、かくは差し向けてよこしたものだという。 「やれやれ、せっかくな都さぐりも……」  宋江は大いに悔やんだ。しかし、あとの魯智深《ろちしん》や武松なども、やがてみな、虎口をのがれて、無事に揃って山へ帰り得ただけでも見つけものと思わなければならなかった。 「何事も時が熟さぬうちは成り難い。自然、深く慎《つつし》んでいれば、やがて天子のみゆるしと招安《おめし》の沙汰もあるだろう」  そのご梁山泊は、いと静かだった。が、ただひとりこの春日《しゅんじつ》を檻《おり》の中で、もがいていたのは李逵《りき》である。李逵は罰として、百日の禁足を食い、それが解けて、檻から外へ出されてみると、春は弥生《やよい》[#1段階小さな文字](三月)[#小さな文字終わり]の花の霞《かすみ》だ。 「あ、あ、あ、あア……。ひでえ目にあわせやがったな……」  李逵《りき》は、思うさま大きな欠伸《あくび》を一つした。  すると、ちょうど、その日のこと。  腰に柄太鼓《えだいこ》を挿し、肩から斜《はす》に、包みを背負ったいなせ[#「いなせ」に傍点]な旅商人ていの若者が、すたこら、麓《ふもと》の方へ降りて行くのを見つけ、 「はて。山では見かけねえ身装《みなり》だが、誰だろう。おやっ、燕青だ。おうい、どこへ行くんだよ。小乙《しょういつ》」  と、李逵《りき》は飛ぶがごとく追っ馳けて行った。  この三月二十八日は、例年、泰安州《たいあんしゅう》東岳廟《とうがくびょう》の大祭で、また例年きまって、有名な「奉納|相撲《ずもう》」がおこなわれる。  ことしもまた、その奉納相撲には、鳳州《ほうしゅう》生れの力士で、アダ名を擎天柱《けいてんちゅう》といい、相撲名を“任原《じんげん》”という者が、弟子、贔屓《ひいき》の旦那など、数百人に打ちかこまれ、 「どうせ、三年勝ちッ放し。今年も山と積まれた懸賞はただもらいさ。すまねえこッたなあ」  と、人もなげな大言を払って、すでに乗り込んでいるという。  燕青《えんせい》は、李逵へ話した。 「癪《しゃく》じゃあねえか。泰州といえば、山東の鼻ッ先だ」 「むむ、そいつは生意気な野郎だなあ」 「だから宋《そう》先生と盧俊儀《ろしゅんぎ》さまにお願いして、おゆるしを得、俺はこれから、その泰岳《たいがく》へ出かけて行くのさ。二十八日の奉納相撲で、天下無敵とかいってやがる任原《じんげん》の野郎を、数万人の見物の中で投げ飛ばしてやったら、さだめし胸がスーッとするだろうと思ってね」 「ちょ、ちょっと待ちなよ」 「なんだい」 「おめえは、浪子《ろうし》燕青とかいって、四川弓《しせんきゅう》を持たせちゃ、巧いもんだそうだが、体ときては、山ではいちばん小《ち》ッけい方だ。先はいずれ仁王のような大男だろうに、自信はあるのかい」 「黒旋風《こくせんぷう》、見損なッちゃいけないよ、これでも北京《ほっけい》の春相撲、秋相撲には、一ぺんだって、負けたことはないんだぜ」 「よし。万一ッてえこともあらあ。おれが助太刀に行ってやろう」 「まっぴらだ。みんなも言ってたよ。李逵が顔を出すと、ろくなことは一度もないって」 「いや、こんどは俺も考えたさ。百日もお灸《きゅう》をすえられれば沢山だろう。連れて行けよ。なあ燕青。まったくこのところ、世間の匂いも嗅《か》いでいなかったんだ」  すがられると、燕青はあわれにもなって、つい条件付きで、連れて行くことになった。  日をかさねて、泰州に入る。  四|山《ざん》六|岳《がく》のお社廟《やしろ》を彼方に、泰山街道はもうえんえんと蟻《あり》のような参拝者の流れだった。多くは相撲の噂でもちきりである。そして麓町まで来ると「太原之《たいげんの》力士、擎天柱《けいてんちゅう》任原《じんげん》、茲有《ここにあり》」と大幟《おおのぼり》が立ててあり、幟の下には「拳《コブシ》ハ南山ノ虎ヲ打チ。脚ニ北海ノ蒼龍《ソウリュウ》ヲ蹴ル」と二行に書いた立て札まで建っている。 「ちッ、目ざわりな……」  と、燕青は札を引ッこ抜いて、発矢《はっし》と、かたわらの岩へ打つけて、叩き割ってしまった。 「やあ、たいへんだ。えらいことをしやがったぞ」 「ことしは、札を叩き割った相手が出てきた」  この噂は、嵐のように、大岳じゅうの人から人へつたわった。  それも、どこ吹く風かの顔をして、燕青は一軒の講中宿《こうじゅうやど》に寝ころんでいた。  初めからの条件なので、李逵《りき》は病人をよそおって、頭から夜具をかぶったままで口かずも余りきかない。そして相撲の当日も、一切、見物の中でおとなしく見ているという約束なのだ。  そこへ、どやどやと近づいて来た大勢の足音と共に、案内して来た宿の番頭らしいのが、 「へい、へい。関取のお弟子さんがた。その、腰に柄太鼓《えだいこ》を挿《さ》した若い旅商人というのは、この部屋のお客でございますがね」 「うむ、ここか。おうっ、若いの」 「なんです。人の部屋へ」 「てめえだろう。町の入口で、親方さまの立て札を、叩き割った野郎というのは」 「知りませんね、そんなことは」 「嘘をつけ。見ていた者が大勢あるんだ。大それ[#「それ」に傍点]た真似《まね》をするからにゃ、たしかに、任原《じんげん》関取の向うに立って、勝負を挑むつもりだろうな」 「へへへへ」 「何を笑う。やいっ、そいつを確かめに来たんだよ。相撲名は何というんだ。その日になって、どろんをきめ込もうとしても、そうはさせねえ。俺たちの眼が光っているんだぞ」 「もし、お弟子衆――」と、番頭はそばから言った。 「なにか、お間違えじゃありませんか。どう見たって、こんな小柄なただの若造、そして旅商人|風情《ふぜい》の男が、あの任原《じんげん》親方の、小指にもさわれたもんじゃございますまい」 「ウム、そういえば、そうも見えるな。……おやもう一人、隅で蒲団《ふとん》をかぶっている奴がいるじゃあねえか」 「おうっ、引っ剥《ぱ》いでみろ」  と、ほかの一人が、飛びかかって、夜具をめくッた。 「……?」  李逵は、ぬうっと、顔を上げて、坐り直した。黒奴《くろんぼ》特有な油光りのしている皮膚に、ギョロと、眼が白く、唇は厚くて赤い。  燕青との約束で、彼は口をきかなかった。それがまた不気味に感じられ、任原の弟子たちはタジタジとした。「どうせ、相撲の当日には、分るこった」「まあ、今日は見のがしておけ」「覚えていろよ」などと口々に言いながら、ごそごそと、いちどに外へ出て行ってしまった。 「ふ、ふ、ふ」 「あははは」  そのあと、二人が手を打って、不敵に笑い合ったのを見て、宿の番頭は、胆《きも》をつぶしたように帳場の方へ素ッ飛んで行った。  翌朝燕青は、その番頭をつかまえて。 「任原《じんげん》は、どこに泊っているんですか」 「関取のお宿は、迎恩橋《げいおんきょう》のそばで、門前町でもいちばんの大旅館ですが」 「その迎恩橋というのは」 「もっとずっと、お山に近い中腹なんで。へい、なんでもお弟子衆の二、三百人を、毎日に半日は、えいや、えいや、揉《も》んでやっているということですよ」 「おもしろそうだな。ひとつ見物してくるかな」 「お連れの、黒いお方は?」 「あれは病人だからね、今日もふとんをかぶって留守番だ。そっと寝かしておいてください」  なるほど、迎恩橋まで来てみると、旅館は任《じん》の一行で貸切《かしきり》とみえ、旗、幟《のぼり》、牌《かんばん》、造花で縁《ふち》どられた絵像の額《がく》など、たいへんな飾りたてである。  それに裏庭では今、さかんに稽古をつけているところとみえ、歓声、拍手、見物の笑い声など、人の出入りも自由と見えたので、燕青も大勢に紛《まぎ》れて中に立ちまじっていた。 「あれだな」  燕青の眸は、任原《じんげん》だけしか見ていない。  さすが、ちから山を抜く、という形容も不当でなく、大力士らしい貫禄は充分だ。弟子どもに大汗を拭わせながら、床几《しょうぎ》でひと息ついている様子は、そのまま巨大な金剛像といってよい。  するうちに、弟子のひとりが、彼に何か耳こすりしていた。燕青の顔を見おぼえていた者だろう、任原は聞くやいな、やにわに、砂場の真ン中まで歩き出して来て、猛虎の吠えるようにこう言った。 「片腹痛いが、ことしは俺の牌《かんばん》を割った奴がある。健気《けなげ》な奴だと賞《ほ》めておこう。あしたはきっと姿を消さずに出て来いよ」  そして、じろと、燕青の方をにらみ、大地も揺るげとばかりしこ[#「しこ」に傍点]を踏んでみせた。  燕青は、さっさと、自分の宿へ帰って来た。顔を見ると、さっそくに、李逵《りき》は愚痴と不平で、とめどがない。 「もういけねえよ、もう辛抱はできねえよ、いったい、俺は何しに来たんだ」 「いや、あしたは、いよいよ奉納|相撲《ずもう》。こんどは、柄《がら》になく、よく辛抱をしなすったね」 「じゃ、今夜一ト晩か。飲もうじゃないか」 「うん、飲むのもいいが、少しにしてくれ。はれのあしたを控えている身だ。俺は精進潔斎《しょうじんけっさい》をしなけりゃならねえ」  宵のうちに寝て、夜半をすぎると、燕青はもう起き出していた。裏へ出て、水をかぶり、湯をもらって、髪に櫛《くし》を入れ、持ってきた練絹《ねりぎぬ》の白いさるまた、新しい腹巻、襦袢《じゅばん》、縞脚絆《しまきゃはん》、すべて垢《あか》一つない物にすっぱり着代えて、朝飯をすますやいな、「黒旋風、さあ、行こうぜ」  と、立ちかけた。  李逵《りき》もまた、 「そうだ、俺もこいつを持って行こう」  と、例の二丁|斧《おの》を、取出して手に持った。しかしそれはいけないと、燕青が切に言って止めさせた。――梁山泊の黒旋風と人に感づかれたらすべてぶちこわしになってしまう。 「そうかなあ?」  不承不承、李逵は布にくるんで、それは旅籠の帳場に預けた。――すると番頭を初め、泊り客の三、四十人が、ふたりが鞋《くつ》の八《や》ツ乳《ち》を結んでいる間じゅう、口を揃えて言い出した。 「ねえ、お若いの、悪いことは言いませんぜ、相手は、なンたって、無敵の任原《じんげん》だ」 「あいつに、ぶつかるなんて、犬死にだよ」 「いっそ、物笑いになるだけのことだ。若気《わかげ》だろうが、考え直して、ここから姿をかくしたがいいぜ」  燕青はニコとして言った。 「大勢さま。ありがとうございます。ですがたぶん、山のような懸賞《かけもの》の褒美《ほうび》は、こちらの物になるでしょう。そしたら皆さんにも、晩には、おすそ分けをいたしましょうかね」 「あっ、あんな大口を叩いて行っちまった。……かわいそうに、ちょっと、愛嬌のあるいい若者なのに、またことしも一人、血ヘドを吐くのか」  唖然《あぜん》として、そのたくさんな顔も、やがて鞋《くつ》やわらじをわれがちに穿《は》き込んでいた。そして泰岳の上ではもう暁をやぶる一番の刻《とき》の太鼓につづいて、玲々《れいれい》と鳴る神楽《しんがく》が霞《かすみ》のうちにこだましていた。 [#ここから3字下げ] [#ここから中見出し] 飛燕《ひえん》の小躯《しょうく》に観衆はわき立ち、李逵《りき》 の知事服《ちじふく》には猫の子も尾を隠す事 [#ここで中見出し終わり] [#ここで字下げ終わり]  泰山《たいざん》はこの日、人間の雲だった。わけて東岳廟《とうがくびょう》を中心とするたてものの附近は社廟《やしろ》の屋根から木の上までがまるで鈴なりの人である。  奉納大相撲はそこの嘉寧殿《かねいでん》とよぶ高舞台でおこなわれ、例年のごとく、ことしも州の長官閣下とその妻女やら役人だのが桟敷《さじき》に見え、波のごとき群集はのべつ揺れ騒ぎながら一ト勝負ごとにさかんな喝采《かっさい》や罵声《ばせい》を舞台の力士へ送っていた。  土俵はない。  勾欄《こうらん》を繞《めぐ》らした高舞台そのものが土俵である。  やがてばんかずも進むうちに、勾欄の一角に錦繍《きんしゅう》の幟《のぼり》が立った。わアっと同時に四|山《ざん》六|岳《がく》もくずれんばかりな歓声が揚がる――。いよいよ天下無敵と称する擎天柱《けいてんちゅう》任原《じんげん》の出場なのだ。見れば嘉寧殿の宝前にも山とばかりこの一番へ贈られた賞品が積み上げられた。 「退《の》いた、退いたア」  露払いの声につづいて、弟子や介添えの大勢をうしろに、やおら任原《じんげん》は舞台の一端に登場した。すぐ腹巻や頭巾を解く。そのそばから弟子は蜀錦《しょっきん》の半被《はんぴ》を着せかけ、手桶の神水《おみず》を柄杓《ひしゃく》に汲んで任原の手に渡す。  がぼ、がぼ……と二タ口三口うがいして、あとの一ト口をがぶりと飲みほした任原は、社廟《やしろ》の奥の灯へむかって一礼するやいな、ばっと蜀錦の半どてらをかなぐり捨てて、 「いで、ござらっせい! 今年のお相手」  と、掌《て》につば[#「つば」に傍点]して二ツ三ツ打鳴らしながら舞台の真ん中へ歩み出してきた。  髪は紅元結《べにもとい》で短くしばり上げ、金の型模様《かたおき》をした薄革《うすかわ》の短袴《たんこ》に玉の胡蝶《こちょう》の帯留を見せ、りゅうりゅうたる肉塊で造り上げられたようなその巨体は生ける仁王《におう》とでもいうほかはない。  行司役の年寄りがそばからいう。 「東西東西、四百余州の国々からご参詣の皆さまがた。任原関《じんげんぜき》にはご当地でもすんでに二年間の勝ちッ放し。ことしで三年目。来年はもう泰山《たいざん》には見えられませぬ。腕に覚えのある新顔のお相手には、今日一番がさいごの機会《しお》だ。さあ、出たり! 出たり、幾人でも名のッて出なされい」  任原《じんげん》もつづいて言った。 「不戦勝ちの只貰いでは、あっしも張合いがねえし、あれへ山と積まれた賞品のお贈り主にも申しわけがごわせん。誰か、この任原《じんげん》へ当ッて来るご仁はないか」  行司がまたいう。 「ここには、南は南蛮、北は幽燕《ゆうえん》の境におよぶ所までの、相撲好きという相撲好きはお集まりのはず、従って、われと思う大力の衆も必ず中にはいようというもの」 「ええ、焦《じ》れッてえ!」と、任原はついに持ち前の豪語のありッたけを吐いた。 「こわいのか。たった一人の角力取りが。なるほど、天下無双の任原と聞いては、皆の衆のオジ毛立つのもむりはないが、なにも、相手と見たらみな腕を折ッぴしょッたり血へど[#「へど」に傍点]を吐かすとは限っていねえ。よい程にもあしらッて進ぜますだ。こんなに言っても出て来ねえのか。いやさ相手はいないのか」  すると、どこかで。 「ここにいる!」 「やっ、何か言ったな?」 「ここにいるといったのだ。やい任原、あまり世間に人もないような大言を吐《ほ》ざくなよ」  そのとき、舞台横の小高い所から、人のあたまから頭をまたいで、泳ぐように進んで来た者がある。はやくも床下柱《ゆかしたばしら》から勾欄《こうらん》をよじ登って来て、 「さあ来い、任原」  とばかり彼の応戦者として立った。  これを見ると、わあっと全山は笑いに揺れた。肉のひきしまった色白な若者だが、背は任原の三分ノ一ほどしかない。しかも一個の素町人《すちょうにん》らしい。しばらくは嘲声《ちょうせい》がやまなかった。しかしそれが止むのを待って、やっと行司は真顔《まがお》で訊いたものである。 「お若いの。お名まえは」 「山東の張ッていう旅商人だよ」 「どういうお覚悟で出なすッたのか」 「覚悟。べつにそんな物ア持ち合わせねえさ。ただあそこにある賞品が欲しいのでね」 「げっ。正気か、哥《にい》さん」 「行司さんよ。おめえは行司だけが役目だろうぜ」 「退《の》いた」と、時に任原も横手を振って行司の年寄りを遠くへやって。「――おお若いの。よく出て来た。角力とはどんなものか、望みとあるなら味をみせてやろう。ただしだぞ、首の骨が折れたの、血へどを吐いたのと後でいっても、角力道に泣き言は追ッつかねえのが約束だ。おふくろは合点なのか」 「ふざけるな。勝負はしてみなければわかるまい。てめえこそ、死顔にベソを掻くな」 「よし、いったな、支度をしろ」 「おお、いわれるまでのことはねえ」  燕青《えんせい》は、頭巾を払った。今朝、櫛目《くしめ》を入れておいたきれいな髪――。脚絆《きゃはん》、肌着、わらじまで、一瞬のまに解いて丸めて隅の方へ投げすてる。  とたんに海騒《うみざい》のような観衆の鳴《な》りはハタと唾《つば》を呑んでやんだ。燕青の真白な肌に藍《あい》と朱彫《しゅぼり》のいれずみ[#「いれずみ」に傍点]が花のごとく見えたからである。任原《じんげん》もまたそれを見て、「――おや、こいつ、ただ者ではないぞ」と、ちょっと、怯気《おくれ》に似た警戒を心に生じたかのようだった。  さて。どうしたのか。  土俵上の、いや舞台のうえの両力士は、いざと見えながら、なかなか取組となる様子もない。なぜかといえば、州長官閣下たちの見える桟敷《さじき》からとつぜん役人や近習の一ト群れが走り出して来て、 「待った」  と、上意の声がかかっていたからである。  要は、州長官夫人の胸から出たものらしい。健気《けなげ》ではあるが見るからにまだ少年といってもいい花の若者。虎の前へ投げられた一片の肉ほどな歯ごたえも任原《じんげん》には感じまい。不愍《ふびん》すぎる。むごたらしい。若者にはその意気に愛《め》でて賞品の一部だけを与え、退《ひ》き下がらせよ――というありがたい仰せつけであるという。 「どうじゃな任原、そちに異存はなかろうな」 「ごわせん。だが命冥加《いのちみょうが》な野郎でごわすな。おい若造、お桟敷《さじき》の方へ向って、三拝九拝して引ッ込め」 「たれが」 「知れたことを」 「気のどくだが、いちど上がった舞台、てめえを叩きつけて、ご見物に得心《とくしん》をつけるまでは、ここを退《さ》がるこっちゃあねえんだ。……ええ、お侍さまたち」と、一方へ向っては小腰をかがめ「まことにお情けはありがとうございますが、殿さまにはよろしくお伝え下さいまし。こんな薄汚ねえ獣を、天下無敵の何のと吐《ほ》ざかせて、この日下《ひのした》を人もなげに歩かせておくわけにはまいりません。へい、男はここに一匹いるのですから」  燕青はどうしても承知しない。のみならず、騒ぎだしたのは数万の見物である。「やらせろ!」「よけいな水はいれるな!」「役人どもは引っ込め」と、喧々囂々《けんけんごうごう》、木の実を投げる、石が飛ぶ。まちがえば暴動にもなりかねないような狂気めいた騒ぎだった。  桟敷《さじき》からはまた、追ッかけの使者が走ッていた。「ぜひもない、引きさがれ」という旨らしい。で一同は颯《さっ》と桟敷の方へひきあげる。見物はこの様子に、わが意を得たかのごと万雷の喝采《かっさい》を起して、よろこぶこと限りもない。すでに舞台では、任原《じんげん》があらためて屹立《きつりつ》していた。対するは、花の刺青《いれずみ》。山の如き相手にたいして、なんと小さく見えることか。  行司は、観衆へ向って、もいちど開催を告げ直し、両力士に対しては、相撲道の宣誓文を読み聞かせた。「遺恨を残すまじきこと」「卑怯《ひきょう》の手を用いまじきこと」等々、七ヵ条ほどな誓約である。終ると、再び観衆の方へ、 「片や、任原《じんげん》。片や山東の張」  と、名のり触《ぶ》れを触れ渡し、 「用意ッ。見合ッて!」  と、先がササラになっている青竹で舞台の床を大きく叩く。さっと、それが阿呍《あうん》のあいだに上がるのが合図だった。  いちめん、狂瀾《きょうらん》のような声がわき起った。見物はまったくもう酔ッているのだ。任原の巨体はいきなり飛込んできた燕青の体を脇の下に抱きこんだまま身ゆるぎもしていない。ジリと二、三寸は踵《かかと》がうごくかと見えただけである。刻々と、燕青の皮膚の色が変っていた。見物はそろそろ案じだした。このまま息のねを止めてしまわれるのか。相撲もこれだけのもので終るのかもしれない、と。  が一瞬に、二つの体は相搏《あいう》ッて反《そ》りあっていた。燕青の仕掛けが効《き》いて、さしもの任原も腰をちょっと浮かせたらしい。間髪《かんはつ》、さらに隙を突いて、燕青の肩か頭が、相手の鳩尾《みずおち》へ体当りを与えたかと思うと、任原は二ツ三ツしどろ[#「しどろ」に傍点]足を踏んでよろけた。観衆がわーッとよろこぶ。任原は吠えた。猛虎の勢いで、 「うぬっ」  と、つかみかかったものである。  しかし燕青はむしろ相手自体の動力を待っていたのだ。身を低めるやいな任原の体を肩ぐるまにかけて投げとばした。が、任原もさる者、片足でよろめき止まって、奮然とふたたび躍りかかる。するとまた一方は、飛鳥《ひちょう》と交《か》わす。そして戸惑う大きな臀《しり》を突き飛ばした。もう任原は逆上気味だ。何度目かには、燕青を腹の下につかまえた。燕青は盤石の下の亀の子にひとしい。ところが、岩盤は四|肢《し》を伸ばして宙へ持ち上げられていた。燕青が担ぎ上げたのだ。信じられぬような怪力である。ダ、ダ、ダッと燕青の足が床を鳴らして走った。そして高舞台の勾欄《こうらん》の端から下を臨んで、 「勝負あった! 勝負は見たろう! くたばれッ任原」  と、叩きつけた。  そこは最も高床《たかゆか》の懸崖《けんがい》だった。投げられた任原はクシャッと一塊の肉と血飛沫《ちしぶき》になったきりで動きもしない。仰天したのは万余の見物だけではない。任原の弟子数百人は、一瞬、呆《あ》ッけにとられていたが、 「野郎っ。逃がすな」  たちまち、燕青のまわりをおおいつつんだ。素早い奴は、早くも懸賞品の山へむかって掠奪に殺到する。また桟敷《さじき》そのほかも総立ちになる。  あとの格闘と混乱はもう形容のしようもない。――燕青危うしと見るや、さっきからすぐ舞台わきにいた黒旋風《こくせんぷう》の李逵《りき》が、 「さあ、こんどは、俺の出番だ」  とばかり躍り出して、以来、我慢に我慢をしぬいていた持ち前の暴勇を奮い出したからでもある。彼と燕青が駈け廻るところ、まるで人間の木の葉|旋風《つむじ》が飛ぶようだといっても決して過言でない。  すると、どこからともなく、 「梁山泊だ、梁山泊の人間だ。さっきの若いのも梁山泊だったに違いないぞ」  という声が嵐のように立ち初めた。それも当然で、この時、群集の中を割って、かねて燕青の身に万一があってはと案じて山寨《やま》から密かにこれへ来ていた――玉麒麟《ぎょくきりん》の盧俊儀《ろしゅんぎ》、九紋龍の史進、魯智深《ろちしん》、武松、解珍、解宝などの男どもと手下が、いちどに姿をあらわして、「もうよい、ここの目的は達した、一時もはやく山泊《さんぱく》へ引きあげろ」と、殺傷を避けるべく、ふたりを守り囲んで泰岳《たいがく》の麓《ふもと》へ走り出していたからだった。  けれど燕青と李逵《りき》とは、旅籠《はたご》に預け物をおいてあるので、 「それを取ってすぐ追いつきます」  と、途中で別れ、そして燕青だけは、すぐ仲間の一|行《こう》に加わったが、どうしたのか、李逵だけは後ろに見えない。  すでにこの時、州長官の手勢と役人たちは、梁山泊の徒とあっては聞き捨てならず、全山の警邏《けいら》を招集して、四方に配備を布《し》いていた。ぐずぐずしていれば県道の城門を閉められる惧《おそ》れもある。盧俊儀《ろしゅんぎ》は李逵一人にかまってはいられないと思った。 「どうぞ、ご一同は先へ行ってください」――言い出したのは穆弘《ぼくこう》である。「どうせ、李逵のこと。何か道草を食ってるに違いない。てまえが探して連れ戻ります」 「たのむ」  と盧俊儀たちは、穆弘《ぼくこう》にあとをまかせて、一ト足先に梁山泊へ引き取った。  ところで一方の李逵は、例の、二本の斧《おの》を旅籠《はたご》から受け取って両手にぶらさげ、いつか道を間違えて、寿張県《じゅちょうけん》の役所の前へ来てしまった。まるで方角ちがいへ来たのだから後から慕って来る捕手もない。それにちょうど午飯時《ひるめしどき》か、役所の門を覗《のぞ》いてみると、ここはいたって、しんかんとしていた。 「ほ……。飯時か。道理でおれの腹も減《へ》っている」  のそりのそり、彼は中へ入って行った。 「ここは空家《あきや》か。人間はいねえのか」  李逵《りき》は、両の手の二丁斧を卍形《まんじがた》に持って、役所の玄関口に突っ立った。  出て来たのは受付の小吏らしい。一ト目見るや腰を抜かしかけた。寿張県は梁山泊の所在地から最も近い町なので、黒ン坊猿の李逵といったら誰知らぬ者はない。何もいわず、もんどり返しに小吏は奥へ逃げこんでしまった。 「ちぇっ……」と、李逵は舌打ちして「なんで俺を見て逃げやがるのだ。おういっ、役所中の小役人ども、黒旋風李逵さまのおいでだぞ。なぜ首を揃えてお出迎えに出てうせねえのか」  廊下をずかずか、右、左をねめ廻して通って行くが、李逵と聞いただけで、書記室も登録局も白洲《しらす》の控えも、急にそれまでの笑い声や雑談を消し、猫一匹いるような気配もしない。 「よしよし、どいつもこいつも、挨拶に出て来ねえな。……ふうむ、ここが知事室か。知事はいるだろう」  扉を排《はい》して、内へ入った様子である。  あっちこっちの隅に、ふるえ上がって隠れていた役人たちは、そっと首を外へさしのばして、 「おや、黒ン坊猿、何かごそごそやってるぞ」 「知事閣下はどうしたろう?」 「いやな奴が来たとばかりすぐ裏門から馬に乗って官舎の方へ消えちまったさ」 「そいつはよかった」 「よくはないよ。李逵《りき》のことだ、ただは帰るまい。こっちはどうする?」 「そうだな、放っておいたら暴れ出すかもしれないぞ。いや、呼んでる呼んでる。余り怒らさないうちに誰か三、四人行ってみろ」  恐々《こわごわ》と逃げッ尻を揃えて李逵《りき》のいる一室を窺《うかが》ってみると、なんと李逵はそこらにあった革梱《かわごり》のふたを引っくり返して、緑袍《りょくほう》の知事の官服を出してすっかり着込み、腰に革帯《かくたい》佩剣《はいけん》を着け、足にはこれも官人用の皀靴《くろぐつ》、そして手に、槐《えんじゅ》の木の笏《しゃく》をにぎって、 「はてな? まだ何か足らねえな。そうだ帽子帽子」  と、冠掛《かんむりか》けに見えた冠をつかんで、無理に頭へ冠《かぶ》っていた。そして、がたんと足で次室の扉を開け、 「ははあ、これがいつも知事がいる卓《たく》だな。なるほどこいつア悪くない」  と、椅子《いす》にかけて、頬杖ついた。  見ると、印鑑筥《いんかんばこ》がある、書類がある。李逵は官印の一つを取って、ぽんぽんと書類を問わず次から次へ捺《お》し初めた。しかしそれにもすぐ飽きて官印を抛《ほう》り捨てると、 「こらっ、誰かおらんか。書記、監察、どいつでも目通りへ罷《まか》り出ろ」 「うへっ。な、なにか御用で」 「なんだ逃げ腰を浮かせやがって。やいっ、弁当を持って来い、弁当を。わが輩は空腹なのだ」 「へいっ」  と役人たちはむしろほっとした。まずまずそんな程度ならとさっそく昼飯を卓に供える。すると李逵は、一目見て、 「気のきかんやつだ。酒を持て、酒を」  と、呶鳴る。その量がまた、ちょっとやそっとの酒量ではない。運んで来るそばから碗を傾けて、およそ一斗も飲んだろうか。気がすむと今度はたちまち飯をがつがつ平《たい》らげて、ゆらゆらと立ち上がり、 「こら一同の者、法廷へ出ろ。一匹でも逃げ隠れなどすると、引きずり出して首を捻《ね》じ切るぞ」  と、破《わ》れ鐘《がね》のような声でこうご託宣《たくせん》をくだしたのである。そして彼は広間の法廷に出て、壇の中央にある知事席に腰をすえ、大真面目で、槐《えんじゅ》の笏《しゃく》を胸のまえに構え込んだ。  炊事場の爺や婆やから小使、書記、諸役人らは仕方なしに、みなぞろぞろ来て壇下《だんか》の床に首を揃えて平伏した。李逵は突如、本ものの県知事閣下になったような気がして来たらしい。睨み渡して、 「一同っ」 「へへい」 「どうだ、似合うか。俺の官服姿は」 「ようお似合いでございます」 「ところで、これから裁判を開くぞ。みんな面《おもて》を上げろ。この中に泥棒がいるだろう」 「じょ、じょう談ではございません。てまえどもはみな役人で」 「わかっておる……だが泥棒がいなくては裁判にならん。うむ、前列の四番目におる奴、きさまは人相が悪い。召捕れッ。こら、なぜ縄をかけん。庇《かば》う奴は同罪だぞ」 「あっ、ど、どうぞおゆるしを」 「だまれっ。おかみのご威光もおそれず、なんじは到る所で強盗を働いたろう。そもそも法律を何と心得るか。この生《うま》れ損《そこな》いめが! 盗《ぬす》ッ人《と》野郎、きさまのような奴を人間の屑《くず》というのだ……」  と、威猛高《いたけだか》に卓を叩いて罵《ののし》ッたが、 「いけねえ、どうも少し俺に縁がありゃあがる。放してやれ。泥棒ばかりが悪党じゃねえや。裁判は止めたよ。さあ退《ど》け退け」  蹌踉《そうろう》と彼はその身なりのまま往来へ出て行った。空腹へ入った昼酒がまわって、すこぶるいいご機嫌のていである。――役人や捕手は物蔭から首を出して見送っていたが、ゆらい梁山泊の近県では泊中の手なみ[#「なみ」に傍点]を知っているしまた飢饉《ききん》などの時には逆に助けられてさえいるので、官民ともに積極的な敵意は持たず、いわば触《さわ》らぬ神にたたりなしとしていたのであった。 「おや、寺小屋だな。こいつはなつかしい」  童蒙村塾《どうもうそんじゅく》とある一家屋を見かけると、李逵《りき》はそこへも酔狂に入って行った。驚いたのは先生であり学童たちである。蜂の子みたいに騒ぎかけたが、 「しずまれ」  と、李逵は槐《えんじゅ》の笏《しゃく》で号令をかけながら教壇へ上った。 「おい、きみが教師か」 「はっ、さようで」 「俺がわかるか」 「へ?」 「わかるかよ、この俺が」 「どこかの、知事さまで」 「そうだ、そうだ。今日は一つ小学塾の視察に来たんだが、なにを今、教えていたのか」 「神農の話を聞かせておりました」 「神農とは何だ」 「天地の始めに人間たちへ病《やまい》を癒《なお》す薬草や喰べ物を教えてくれた仙人なので」 「古い古い。そんな講釈よりは、おお、みんなの机の上に筆硯《ふですずり》がおいてあるじゃないか。習字をさせろ」 「はっ、いま習字は終ったところですが」 「いいからさせろ。そうだ、そこの壁に大きく黒旋風《こくせんぷう》とお手本に三字書いて、子供らに書かせるがいい。おれも習うから」 「へえ。黒旋風とは」 「俺の名だよ。俺はまだつい自分の名が書けずにいるから、ちょうどいい。ここで一つ覚えて行く」  李逵は空《あ》いている一つの机に向って本気で手習いをし始めた。それを見ると子供たちは忽ち組《くみ》しやすいおじさんだと見たか寄ッてたかってキャッキャッと笑い出した。字にも何にもなっていないからである。 「こいつら、なにを笑う」  李逵《りき》は墨をぶッかけた。すると学童たちは、俄然、このおじさんへ向って恐い物知らずに筆や墨汁を投げ返して来た。椅子《いす》、机はひっくり返る。  李逵は足を拯《すく》われて転ぶ。先生は右往左往する。  子供らは手を叩く。近所では何事かと往来へ飛び出す。――こんなところへ、ちょうど穆弘《ぼくこう》が通りかけて、ここにいたかと、李逵を塾から引っ張り出して、酔歩まんさん[#「まんさん」に傍点]たる彼の腕を小脇にかかえ、遮《しゃ》二無二、山寨《やま》へ連れて帰った。 「なんだい、李逵か、あれは?」 「まるで知事の化け物だ」  泊中では、彼を見る者、笑わぬはなかった。  すでに燕青《えんせい》もまた盧俊儀《ろしゅんぎ》以下の者も、みな山上の忠義堂に帰っており、そこへ穆弘《ぼくこう》に伴《ともな》われて来た李逵を見ると、腹が立つよりはまず腹を抱えて笑わずにいられなかった。 「李逵か。百日の禁足が解けるやいな、誰にも無断でどこへ行っていた?」  宋江《そうこう》から一|喝《かつ》の叱言《こごと》をあびると、もう酔いもさめはてていた李逵は、さすがに悄《しお》れ返って平あやまりに謝《あやま》りぬいた。また百日の禁足でも食ってはと、いつもの彼の元気もない。燕青は見て気の毒になり、しきりにとりなしをしてやると、盧俊儀もまたそばから言った。 「穆弘の話を聞くと、珍しく李逵は一人の人間も殺《あや》めず、いつもなら血を誇って帰るところを、今日は学童たちに墨汁を浴びせられ戻って来たそうです。彼としてこれは善行の方でしょう。賞《ほ》めるわけにはゆきませんが、まあ、今日のところはゆるしてやってください」  初めて、一同は目をみはった。なるほど、よく見ると、李逵の顔は墨だらけだ。しかし、ちょっと分らないほど彼の地膚《じはだ》も黒いのである。宋江はつい吹き出した。すると李逵も白い歯を出して笑った。  これでは罪を責めて折檻《せっかん》のしようもない。  珍しいのは李逵の神妙さばかりでなく、ここ梁山泊の浅春二タ月ほどもめずらしい。泊中はなんとも毎日なごやかで、水寨《すいさい》に矢たけびなく、烽火台《のろしだい》に狼煙《のろし》の音もしなかった。しかし、中央から地方へかけて官軍のうごきは、決して万里春風《ばんりしゅんぷう》の山野、そのままではなかった。 底本:「新・水滸伝(一)」吉川英治歴史時代文庫、講談社    1989(平成元)年6月11日第1刷発行    2013(平成25)年2月1日第41刷発行 「新・水滸伝(二)」吉川英治歴史時代文庫、講談社    1989(平成元)年6月11日第1刷発行    2012(平成24)年8月1日第39刷発行 「新・水滸伝(三)」吉川英治歴史時代文庫、講談社    1989(平成元)年7月11日第1刷発行    2011(平成23)年5月6日第38刷発行 「新・水滸伝(四)」吉川英治歴史時代文庫、講談社    1989(平成元)年7月11日第1刷発行    2011(平成23)年6月1日第37刷発行 初出:「日本」講談社    1958(昭和33)年1月号〜1961(昭和36)年12月号 ※「おしッこ」と「オシッコ」、「ちぇっ」と「ちぇッ」、「ひぇっ」と「ひぇッ」、「暮らし」と「暮し」、「二挺斧」と「二丁斧」、「灯火」と「燈火」の混在は、底本通りです。 ※「玉麒麟」に対するルビの「ぎょっきりん」と「ぎょくきりん」の混在は、底本通りです。 ※底本各巻末の註解は省略しました。 入力:門田裕志 校正:トレンドイースト 2018年12月24日作成 2019年2月16日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。