錢形平次捕物控 正月の香り 野村胡堂 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)噂話《ニユース》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三年前|配偶《つれあひ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#9字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)なか/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#9字下げ]一[#「一」は中見出し]  八五郎は斯う言つた具合に、江戸の町々から、あらゆる噂話《ニユース》を掻き集めるのでした。その噂のうちには、極めて稀《まれ》に、面白い局面を展開するものがあり、中にはまた驚天動地的な大椿事の端緒《たんちよ》になるのもないではありませんが、十中八九は、――いや九十何パーセントまでは、愚《ぐ》にもつかぬ市井《しせい》の雜事で、不精者の錢形平次が、腰を上げるほどの事件は、滅多にはなかつたのです。  この話も、最初は隨分馬鹿々々しいものでした。子供の惡戲か、町内の若い衆のからかひ[#「からかひ」に傍点]か、どうせたいしたことではあるまいと多寡《たくわ》をくゝつてゐると、それが思ひも寄らぬ事件に發展して、正月半ばを過ぎたばかりの、屠蘇《とそ》の醉もさめやらぬ平次に、飛んだ一と汗をかゝせることになつたのです。 「馬鹿々々しいぢやありませんか、親分」  八五郎が揉手《もみで》をしながら入つて來たのは、この季節にしては生暖かい、曇り日のある朝でした。 「何が馬鹿々々しいんだ、朝つぱらから」  平次も朝飯が濟んだばかり、長火鉢の前に御輿《みこし》を据ゑて、心靜かに煙草にしてゐたのです。 「佐久間町の丹波屋忠左衞門――親分も御存じでせう」 「知つてるとも、評判の良い人ぢやないか、――尤も近頃は隱居をして、お詣りや施《ほどこ》しにばかり凝《こ》つてゐるといふことだが」 「結構な身分で、その佐久間町の丹波屋から急の使ひで行つて見ると、馬鹿々々しいぢやありませんか、隱居部屋の外――塀越しの松の大枝に、船具に使ふ太綱《ふとづな》で、人間の着物を着せた、でつかい澤庵《たくあん》石がブラ下がつてゐるとしたら、どんなものです」 「澤庵石の首縊《くびくゝ》りか、そいつは變つてゐるな」  平次はたいして驚く色もありません。 「あつし[#「あつし」に傍点]も睡いところを叩き起されて、それを見せられましたが、澤庵石の首吊りを檢屍したのは、ケイ闢《びやく》以來だから、そのまゝ歸らうとすると、丹波屋の隱居はひどく口惜《くや》しがつて、――私は人に怨みを受ける覺えはない、あんまり惡戲が過ぎるから、錢形の親分に是非見て頂き度い――と言ふんで」 「澤庵石の首縊りの檢屍は、俺もいや[#「いや」に傍点]だよ。氣の毒だが、そいつは宜いあんべえ[#「あんべえ」に傍点]に斷わつてくれ」  平次は以ての外の手を振るのです。人氣者のつら[#「つら」に傍点]さですが、一々斯んなのに附き合つてゐては、お終ひには、猫のお産にも呼出されないとも限りません。 「さうですか。でも、丹波屋には世話になつて居ますよ」 「誰が。お前が借りでもあるのか」 「飛んでもねえ、――、あつし[#「あつし」に傍点]は金持からは金を借りないことにして居ますよ。大きな面《つら》をされるのが癪《しやく》だから」 「良い心掛け見たいだが、それで毎々叔母さんを倒すんだらう。手内職で細々と溜めた金を借り倒しちや、殺生だぜ」 「相濟みません」 「あんな野郎だ、俺にあやま[#「あやま」に傍点]つたところで仕樣があるめえ」 「丹波屋の隱居に世話になつてゐるのは、町内の衆皆んなですよ」 「皆んな揃つて借金をしたのか」 「冗談ぢやありません。慈悲善根で出す金や、筋の通つた寄附や義理には敵に後ろを見せねえが、几帳面で理窟固いから、遊びの金や贅澤費ひの金は、どんなに口説《くど》いたつて貸してくれる親仁《おやぢ》ぢやありません。それどころではなく、借りた金を約束の期限までに返さないと、いやもう、ひどいことになるさうですよ」 「成る程ね」 「一方から評判の良い割に、因業《いんごふ》爺い扱ひをされるのはその爲で、塀外に澤庵石をブラ下げたのだつて、何んの禁呪《まじなひ》かわかつたものぢやありません」 「待つてくれよ、八。貸した金をやかましく言ふと、澤庵石が半纒《はんてん》を着るのは變ぢやないか」 「半纒なんかぢやありませんよ、隱居の羽織で」 「澤庵石だつて、格式があるんだね。裃《かみしも》でなくてまだ幸せだつたよ」 「だから、ちよいと覗いて下さいよ。あの隱居につむじ[#「つむじ」に傍点]を曲げられると、今年の祭の寄附に響く」 「あらたか[#「あらたか」に傍点]なんだね。ぢや、まあ行つて見ようか。羽織を着た澤庵石なんてものは、話の種だ」 「有難いツ、錢形の親分が來る迄は、誰にも觸《さは》らしちやならねエ――と、隱居は路地一パイに蔓《はびこ》つて居ますよ」  平次は斯うして、羽織を着た澤庵石を見ることになつたわけです。 [#9字下げ]二[#「二」は中見出し]  佐久間町の丹波屋といふのは、大地主の雜穀屋で、今の主人は忠之助と言つて三十四五の働き盛り、内儀のお俊《しゆん》と眞ツ黒になつて働いて居りますが、世帶の大綱は、隱居の忠左衞門が握つたきり、その日の賣上にまで眼を通して、錢箱の鍵も伜に渡さないといふ、院中の專横振りでした。  尤も隱居の忠左衞門はまだ六十になつたばかり、三年前|配偶《つれあひ》に死なれて、若い妾のお國を入れるために、世間體を兼ねた上、嫁への義理で名ばかりの隱居をしたやうなもので、丹波屋の實權を握つて容易に離しさうもないのも理由《わけ》のあることだつたのです。  隱居の忠左衞門は、商賣の道に明るい上に、道話仕込みの理窟が強く、雜俳《ざつぱい》などを弄《もてあそ》んだこともあるので、なか/\の物識りでもあり、その上健康で色好みで、容易ならぬ人物でもありました。亡くなつた女房の遺《のこ》した、娘のお初はとつて十八、これは神田一圓に響いた好いきりやう[#「きりやう」に傍点]で、さすがの隱居忠左衞門も、娘のこととなると、こればかりは、まるつきり眼がありません。  伜忠之助は世帶持がよくて、働くこと以外に興味がなく、三十年配の嫁のお俊も、何んの積極性もない、唯の石女《うまづめ》でした。從つて隱居忠左衞門の寵愛が、遠慮會釋もなく、娘のお初に注ぎかけられることになるのでせう。  雜穀屋と言ふのは表向きの商賣、裏へ廻るとこの邊一帶の地主で、小豆《あづき》や小麥の一升賣をしなくとも宜いわけですが、隱居忠左衞門は昔|氣質《かたぎ》で、なか/\この商賣を止させなかつたわけです。  さて、平次が行つたのは、やがてもう晝近い頃でした。佐久間町の一角を占める店構への、その横の路地を入つて、五六間行くと裏口があつて、頑丈な板塀越しに延びた、この邊では名物の巨大な松の木の、塀の外にヌツと出た高い枝に、これは見事、羽織に包んだ澤庵石の十貫目もありさうなのが、澁引きの太綱で、頭上三四尺のところにブラ下がつて居るではありませんか。 「錢形の親分、飛んだものをお目にかけます。勘辨して下さい」 「丹波屋の御隱居、これは妙な惡戲ですね」  平次も丁寧に應《こた》へました。左まで遠くないところに住んで居て、この評判の良い隱居は、平次も知り過ぎるほどよく知つて居ります。  もう還暦《くわんれき》近い筈ですが、筋肉質でキリリとした大きい身體、手足も丈夫さうで、顏が少し蒼黒く、大した皺《しわ》もないのに、髷《まげ》には白いものが多く、眼はやゝ長く、それが冷たい鐵色に光つて居るのです。 「私も惡戲だらうと思ふから、誰にも知らせずに、そつと片付けようと思ひましたよ。そいつは一番無事なことだ。が、錢形の親分。それも出來ないワケがあつた」 「?」 「見て下さい。この綱は船で使ふ澁を引いた麻繩で、ザラにある品ではない。五十貫百貫の荷を引揚げても切れるやうなことはない。雜穀《ざつこく》屋の私には差當りの用はないやうなものだが、どんな大きな荷が入らないとも限らないので、手に入れて物置に置いた品だ」 「――」 「それから、この石を包んだ羽織は私の平常《ふだん》着で、石は澤庵石見たいだが、土臺石の殘つたのを、庭石の代りに据《す》ゑて居たもので、ひどく泥が付いて居る。そんなものを何が面白くて松の木などに吊《つ》つたものだらう。私はそれが知り度いから、わざ/\八五郎親分を呼びにやり、八五郎親分では手に了《を》へさうもないので、錢形の親分を呼んでもらひましたよ。いやはや」  などと、丹波屋の隱居は、言ひ終つて、照れ臭さうに髷節を押へるのです。  平次は人を呼んで、塀外の突つかひ棒に縛つた綱を解かせ、松の枝から石を降しました。そんなことを萬事やつてくれたのは、宗吉といふ二十四五の男、雜穀屋の手代ですが、力仕事も庭掃《にはは》きもするので、手代番頭といふよりは、下男と言つた範疇《はんちう》に編入されさうな、肩幅の廣い確りした若者です。  綱をほどかせて見ると、羽織は泥とほこり[#「ほこり」に傍点]で滅茶々々になつた上、ところ/″\摺り切れて、まことに淺ましくなつて居りますが、綱はこんな荒つぽい仕業に似氣なく、急所々々は女結びになつて居て、宗吉の手に從《したが》つてわけもなく解けます。 「ちよいと中の樣子を見せて下さい」 「さア/\どうぞ」  主人に案内されて、平次は裏木戸の中へ入りました。繁昌の丹波屋ですが、空地の乏《とぼ》しいこの邊のことで、隱居部屋と言つても裏木戸に近く、塀にすれ/\で、一階は殆んど使ひものにならず、隱居の忠左衞門は、二階の六疊、羽織に包んだ石を吊られた松の、ツイ側《そば》に住んでゐるといふことでした。  その二階は南陽《みなみび》が入つていかにも氣持が良ささうですが、町家のことで床の間も長押《なげし》もあるわけではなく、障子の外はすぐ低い手摺《てすり》で、ひどく淺間に出來て居るのも、奢《おごり》を嫌つた金持らしいたしなみ[#「たしなみ」に傍点]でせう。 [#9字下げ]三[#「三」は中見出し]  二階に登ると、昨夜《ゆうべ》からの冬模樣の空が晴れて、良い鹽梅に陽がさして來ました。平次は兎も角も其處に招じ込まれて、隱居の忠左衞門が豊かに手を拍つと、母屋《おもや》から渡り廊下傳ひに、バタバタと若い娘が驅けて來ました。 「なアに、お父さん」  と、階上を見上げたのは、忠左衞門の末つ娘《こ》でお初といふ十八の娘、――末つ娘にお初といふ名は變だと思つて居ると、忠左衞門はそれへ冠《かぶ》せるやうに、 「私は男の子ばかり三人も續いて、うんざりして居ると、四十二の厄《やく》年にこの娘が生れました。世間並だと縁起を擔《かつ》ぐところですが、ツイ嬉しさの餘り、お初とつけてしまひました。初めての女の子といふわけで」  と、暫く經つてから説明してくれました。そして、 「これ/\何んといふことだ。錢形の親分に御拶挨を[#「御拶挨を」はママ]しないか。それから、お國にさう言つて、直ぐお茶を入れさせるのだ。よいか――あの通り、この娘《こ》の嫁入支度で家中てんてこ舞ひをして居るといふのに、本人はあの通り嫁入道具の手箱に入れる、お手玉を拵へて居るといふ有樣で――」  忠左衞門はさう言つて眼を細くするのです。因業で几帳面な人間ほど、肉親愛が強い――と言つた例を、平次は屡々《しば/\》見せつけられますが、これもまた一つのよい例でした。  お初は全く可愛らしい娘でした。色白で背が高くて、心持顏が小さくて、でも下から仰いだ喉から首のあたりが霞《かす》んで、顎《あご》の圓い曲線《カーヴ》、少し仰向いた鼻の可愛らしさなど、まことに、下町娘らしいお轉婆者の典型的な魅力です。  父親にさう言はれると、梯子段の下から平次に挨拶して、お初はそろりと身を飜《かへ》しました。ドタバタと重量的なものを感じさせない、爽やかな身輕さは、踊りに堪能なたしなみ[#「たしなみ」に傍点]のせゐでせうか。八五郎がこれを見たら、さぞ嬉しがることだらうと思ひましたが、相變らずまめ[#「まめ」に傍点]でせつかち[#「せつかち」に傍点]な八五郎は、平次に言はれる迄もなく、丹波屋のもろ/\の噂を掻き集めに、何處かへ飛んで行つた樣子です。  別に殺しがあつたわけでもなく、引つ掻きほどの怪我をした者もないのですから、平次はそのまゝ引揚げようとしましたが、隱居の忠左衞門なか/\の話好きで、容易に平次を歸してはくれません。 「私のことは、錢形の親分も御存じでせうが、親の代から徳を積んで、不義理はしないばかりでなく、寄附寄進から施《ほど》こしごと、人樣におくれを取つたことはない筈で、自慢ではないが、新《あたら》し橋の修覆《しゆふく》も、ツイこの間私が一手に引受け、人樣には迷惑はかけなかつた筈でございます」 「――」 「金貸しを商賣にして居るわけではありませんが、金に困つて是非ともと望まれると、斷わり兼ねるのが私の性分で、世間の金貸しから見ると、隨分安い利息で用立てて居ります。その代り拂ふものは、キチンと拂つて頂かなければならず、それを倒されては私の身が立ちません。そんなことで、隨分人樣に怨まれもいたしましたが、それは怨む方の無理で、嚴《きび》しく取立てられるのが嫌だつたら、最初から借りない工夫をする方が宜いわけで――」  忠左衞門の長廣舌はなか/\に盡きさうもありません。  その間に二度お茶が代つて、二度目は妾《めかけ》とも後添へともつかぬ、お國といふ三十女が挨拶に來ました。水商賣の經驗のあるらしい、白粉の濃い女、何處かくね/\としたところがありますが、たいして美しくはなく、肉感的でもありません。 「そんなわけで、人に怨みを受ける筈はないと思ひますが、――あんな惡戲は、全く見當もつきません。昨日も正月の十五日だから、朝からドンド燒きの支度で、私の家は家例で、門松《かどまつ》だけは町内一番といふ大きいのを立てます。それを燃やして、餅《もち》のカビを取つて燒いたり、大層な賑やかな左義長《さぎちやう》でした。寢たのは少し遲く――と言つて隱居の私のことだから戌刻半《いつゝはん》(九時)そこ/\いつものお極りの三合の寢酒を少し過ごして、二本つけさせ、ぐつすり寢込んでしまひました。よく眠るのが私の自慢で、心に屈托がないからでございます。起きて見ると、あの騷ぎで、澤庵石の首縊《くびくゝ》りは、江戸始まつて以來で――尤も、昨夜はお國は居りませんでした。月の朔日《ついたち》と十五日は、本所の母親のところへ、泊りに行く筈で、これも親孝行の一つでございますが、私はまた、お國が居ないと、うるさく言ふ者がないから、寢酒を一本餘計つけさせます。この年になると、女房が側に居る方が宜いか、寢酒の三合を六合にする方が宜いか、ちよいとこれはわかりませんよ」  忠左衞門はよくまくし立てます。世の有徳《うとく》人と言はれ、義理堅いと言はれ、慈悲善根が好きだと言はれる人の中には、斯《か》う言つた自己紹介の好きな、ひどい宣傳癖のある人の多いことを、平次はよく知つて居りますが、それを附き合つてやるのも、あまり樂な仕事ではありません。 [#9字下げ]四[#「四」は中見出し] 「親分、隨分變な家ですね」  丹波屋からの歸り、平次は向柳原の八五郎の家へ立寄りました。八五郎の家と言つたところで、叔母さんの家の二階借りで、その叔母さんは、日頃八五郎が世話になつてゐる平次の顏を見ると、どうしても晝飯を差上げるんださうで、八五郎にその旨を言ひ含《ふく》めながら、何處かへ飛んで行つてしまひました。いづれは、この邊のお長屋には珍らしい、飛切上等の岡持が入ることでせう。 「變な家といふことは、俺には見當はついたが、お前は何を聽いたんだ」  平次は叔母さんが淹《い》れてくれた、去年貰つた新茶の、火が戻つてすつかり菜《な》つ葉《ぱ》臭くなつたのを、それでも有難さうに啜《すゝ》つて、八の報告を促します。 「あの隱居の忠左衞門といふのは大した人間で、先祖傳來の大金持のやうなことを言つて居ますが、實は一代に仕上げた身上《しんしやう》で、慈悲善根を施《ほど》こしながら、萬といふ金を溜めたんだから、大したものでせう」 「怨まれもするわけだな。押しが強くて、人附き合ひが理詰めで、義理を缺《か》かさないと來て居るから、こちとら[#「こちとら」に傍点]には扱ひ難《にく》いな」 「でも、近所では神樣ですよ。附け屆けは良いし、人の世話は行き屆くし、惡口を言ふものなどは一人もありやしません」 「それが怖いな」 「何が怖いんで?」 「こちとら[#「こちとら」に傍点]は、惡口の言はれ通し、からかはれ通しだから、誰も怨みやこだはりを腹に溜めて置くものはない。さば/\した附き合ひばかりだが、お互ひの顏を見い/\褒めちぎられる人は怖いよ」 「そんなものでせうか。――尤もあの丹波屋の裏に三軒長屋があつて、其處に住んでゐる北山習之進といふ浪人は、變なことを言つて居ましたがね」 「どんなことだ」 「丹波屋の隱居は、物事が理詰めで、滅多なことでは人に物を言はないが、あんまり几帳面で附き合ひ難《にく》い――とね。すると、お隣りの夜鷹蕎麥《よたかそば》の半兵衞は、あわててその口を塞《ふさ》ぎさうにしましたよ」 「フーム」 「伜の忠之助と嫁のお俊は評判の良い方ですが、隱居が威張つてゐて、大きな聲で物も言へません。番頭の徳三郎は通ひで、朴念仁《ぼくねんじん》で何んの役にも立たず、現に、もう一人の若い手代の宗吉といふのは、下男のやうに働かされてゐますが、あれは何んでも親の借金の代りに、子供の頃一生奉公の約束で引取られた男ですつてね」 「今頃、そんなことが出來るのか」  その頃はまだ、人間が物よりも安かつた時代で、若い娘が賣買されたばかりでなく、男の子も――どうかすると、大の男までが、賣買の目的物になることもあつたのです。小作米の代りに勞働を提供したり、借金の抵當《かた》に、一生奉公の約束で、子供を提供する例も、決して少なくはなかつたわけです。 「親が承知で――と言つたところで、丈夫で悧巧な伜を、一生奉公に出し度い親はないでせうが、兎も角、十三や十五になつたばかりの伜を、その氣にさせたのは虐《むご》いことで、――でも宗吉はよく勤めたと言ひますよ」 「眞面目な男らしかつたな」 「眞面目過ぎたくらゐで、十三の年から足かけ十二年、二十四の今年まで無事に勤めたのはたいしたことで、一生奉公などといふものは、自棄《やけ》になるのが多いさうですが、宗吉は全く見上げた心掛の男でしたよ。――尤もそれは子供のうちのことで、この三四年は、隱居の娘のお初、――宜い娘でせう」 「ウーム」  平次もそれは承認しました。お初の可愛らしさは、平次の眼にも申し分なく印象されたのです。 「あのお人形のやうなお初が、段々大きくなつて、娘らしく色つぽくなるのを眺めて、宗吉はどんなに彈《はず》みきつて居たことでせう。張合ひのある一生奉公だつたに違ひありません。それが」 「何にか變つたことがあつたのか」 「變り過ぎましたよ。お初がいよ/\本銀《ほんぎん》町の呉服屋、江戸長者番附の前頭の何枚目とかいふ、伊勢屋の伜に見染められて、來月早々祝言といふことに極つたんで、可愛さうに一生奉公に取つちや、こんな張合ひのないことはありませんね」 「二人の間に約束でもあつたのか」 「其處まではわかりませんが、どんなに宗吉が齒ぎしりしたつて、一生奉公の給金なしの身の上では、あの可愛らしいお孃さんをどうすることも出來ません。これがあつし[#「あつし」に傍点]なら――」 「――」 「背負《しよ》つ引いて、自分の巣へつれ込むといふ術《て》もありますがね」 「こんな汚《きたな》い巣へ、ピカピカする娘をつれ込んで來るといふのか」  平次は膽《きも》をつぶしました。萬年床をあわてておつつくね[#「つくね」に傍点]た、埃《ほこり》だらけの六疊、全く蛆《うじ》が湧き兼ねない獨り者風景です。 「へツ、たつた一人で置くから、掃除《さうぢ》する張合ひもないんで、これで、引つ張り込む女の子の當てでもありや、たつた半日で嘗《な》めるやうに綺麗にしてお目にかけますよ」  斯う言つた八五郎の途方もなさです。 [#9字下げ]五[#「五」は中見出し]  それから七八日ばかり、無事な日は過ぎました。半纒《はんてん》を冠つた澤庵石も、それつきりで市が榮えるかと思つた頃、八五郎の『大變』が旋風《つむじ》に乘つて飛んで來たのです。 「待つてくれ、八。お前の顏を見ると、お靜は片付けを始めたぜ。――今日は何があつたんだ」  さう言ふ平次は煙草を輪に吹いて、たいして驚く色もありません。 「落着いて居ちやいけませんぜ。今度は丹波屋の隱居が、殺されかけ[#「かけ」に傍点]たとしたら、どんなもので」 「殺されかけた? それぢや、死ななかつたのだな」 「いやになるなア、そんなに多寡《たくわ》をくゝつて居ちや。丹波屋の隱居は、俺をこんな目に逢はせた奴に、明日の天道樣を、まともに拜ませちやならねえ。錢形の親分を呼んで來てくれ。嫌だと言つたら、首根つこに繩を掛けても」 「嘘をつきやがれ、――丹波屋の隱居に、それ程の義理はないよ。ぢや、歩きながら聽かう。命が無事なら、急ぐほどのことはあるめえ」  平次は悠々と支度をして、八五郎と一緒に佐久間町に向ひました。 「氣の長い話ですね、――親分はさう言つてるけれど、丹波屋の隱居にしては、氣が氣ぢやないわけですよ。昨夜《ゆうべ》夜中過ぎに、隱居の寢て居る部屋へ、十貫目以上もある石を抛《はふ》り込んだものがあるんですよ」 「石を抛り込んだ?」 「格子と雨戸を微塵《みぢん》に叩き碎いて、石は寢てゐる隱居の上へ落ちる筈でしたが、運の良いことに」 「狙《ねら》ひが外《そ》れたのか」 「狙ひは見事でしたよ。隱居が其處に寢て居たら、間違ひもなく腐つた玉子のやうに潰されたことでせうが、運の良いことに、二階の障子を貼り替へて、半分張つたまゝ、肝腎《かんじん》の宗吉が、晝から用事があつて外に出かけ、遲くなつても戻つて來なかつたので、隱居は大の寒がりだから、その晩だけ陰氣な階下《した》の部屋に寢て居たので、思はぬ命拾ひをしたといふわけですよ」 「待つてくれよ。その隱居の妾《めかけ》のお國といふ女はどうしたんだ。その晩も宜い具合に本所の親類か――母親かの家へ泊りに行つたことだらうな」 「その通りで、朔日《ついたち》十五日ではないけれど二十日正月の御馳走があるからと」 「よし/\わかつた。ところで、そんな石を何處から誰が抛り込んだのだ」 「庭から二階へ抛るわけはありません。天狗の仕業《しわざ》にしても、そんなことは出來ない相談で」 「すると」 「母屋《おもや》の隣りにある土藏の屋根から轉がせば、丁度離屋の窓に飛び込む見當です」 「土藏の屋根へ、――そんな石を持つて登られるのか」 「それも矢つ張り天狗の仕業ですね」 「丹波屋の隱居が天狗に貸しでもあつて、あんまり執《しつ》こく催促《さいそく》したんだらう」 「冗談ぢやない」 「兎も角行つて見よう。こいつはお前一人の了簡ぢやむづかしからう」  平次が乘り出したのは、これもその日の晝近い時分でした。  佐久間町の丹波屋の前まで行くと、店の中が何んとなくザワ付いて、通ひ番頭の徳三郎は、出たり入つたり落着かない樣子でウロウロして居ります。 「どうしたえ、番頭さん」  八五郎が聲を掛けると、 「あ、八五郎親分、錢形の親分も御一緒で――大變なことになりました。若主人の忠之助さんと御内儀のお俊《しゆん》さんが」 「どうしたといふのだ」  番頭の徳三郎は物も言へないほどあわて[#「あわて」に傍点]て居るのです。 「三輪の萬七親分が來て、お二人を縛つて行きました」 「何んだと?」 「御隱居樣を殺さうとしたのは、若主人の忠之助樣御夫婦に違ひない、――と言ふんで、お二人共早寢をしてしまつて、何んにも知らないと言ふと、夫婦口を合せたに違ひないと申します」  徳三郎がそんな話をして居るところへ、下男兼帶の手代の宗吉も、末娘のお初も出て來ました。 「錢形の親分さん、お願ひでございます。若主人のお力になつてあげて下さい。無愛想で、お世辭のない方ですが、若主人も御内儀も、惡いことをなさる方ぢやございません。――三輪の萬七親分は、何處から聽いたか、御隱居樣が何時までも頑張つて、世帶を渡さないから、若主人が待ち兼ねて、夫婦相談の上親殺しをやりかけたと申しますが、そんな馬鹿なことがあるわけはありません。お願ひでございます」  宗吉は必死の血相で、錢形平次に絡《から》むのです。若くて強さうで、情熱的な宗吉の態度はかなり平次を持て餘させた樣子です。  それにもまして、平次の心を打つたのは、宗吉の後ろから、そつと手を合せて拜むやうな恰好をして居る妹のお初の姿でした。細々としてゐるくせに、妙にふくよか[#「ふくよか」に傍点]なお初の風情は、平次もホロリとさせられましたが、それより八五郎の感激は大したもので、水つ洟《ぱな》を横なぐりに、 「ね、親分、何んとかしてやつて下さいよ。若主人の忠之助さんは、無口で無愛想だけれど、心の中は優《やさ》しい人だ。親殺しなどを企《たく》らむ人ぢやありません。それに、こんな商賣をしてゐる癖に、妙にひ[#「ひ」に傍点]弱い人で、十貫目以上もある石を、土藏の屋根の上に持ち上げる力なんかあるわけはありません」  八五郎は誰かに頼まれでもしたやうに、必死と忠之助お俊夫婦のために辯ずるのです。 [#9字下げ]六[#「六」は中見出し]  平次はこの人達を掻きわけて、母屋《おもや》から離屋へ行きました。離屋は土藏と母屋の蔭になつて、その土藏側の二階の西窓は、ひどく打ちこはされて、格子も雨戸も滅茶々々になつて居るのです。 「錢形の親分、この有樣だ。見て下さい」  隱居の忠左衞門は、平次の顏を見ると、救はれたやうな氣になる樣子です。 「大變なことでしたね。石の落ちた時刻《じこく》は?」 「夜半過ぎだつたと思ひます。幸ひ宗吉が障子を半分貼らなかつたので、階下《した》の部屋に休んでゐると、いきなり頭の上へどしん[#「どしん」に傍点]と來ましたよ。最初は地震かと思ひました。飛び起きると、母屋から宗吉が驅けつけてくれました。大分經つてから、伜の忠之助と嫁のお俊が出て來ましたが、三輪の萬七親分も、それを不思議がつて居りました」 「若旦那の忠之助さんは、身體が弱いさうで、その十貫以上もある石を、土藏の屋根へは持つて登れませんね――八五郎がさう言つて居ましたが」  平次はこの老人に、さう言つて見度かつたのです。自分の本當の伜に、親殺しの疑ひをかけるのは、容易ならぬ妄執《まうしふ》で、十手捕繩の手前を忘れて、その恐ろしい疑ひをほぐしてやる氣になつたのでせう。 「だがね、錢形の親分。伜は兎も角、嫁の氣持は、何年經つても私にはわかりませんよ。それに、いざとなれば、大きい石を二人で運び上げる術《て》もある」 「御隱居さん、そいつは考へ過ぎですぜ。十貫目以上の石を、二人がゝりで持ち上げて、梯子《はしご》を登れるものか、どうか、考へて見て下さい」 「さうでせうか――」  隱居の顏に、濃い疑ひの色の浮んだのを機《しを》に、八五郎を促して、平次は二階に登つて見ました。 「こいつは大變だ」  八五郎が頓狂《とんきやう》な聲を出したのも無理のないことでした。格子と雨戸を破つて、部屋の眞ん中に轉げ込んだ石は、いつぞやの羽織を着た石よりは更に大きく、これを土藏の屋根に持つて登るのは、大變なことで、ひ[#「ひ」に傍点]弱い男とその女房の二人では、勿論出來さうもないことです。恐らく剛力な男が、綱をかけて背負《せお》つた上、一人は上から綱をかけて引上げ、一人は下から棒で押して、三人くらゐの力を併せてやつたことでせう。  もう一度外へ出て土藏の軒下を見ると、この邊と見るあたりに、深々とメリ込んだ梯子の足跡が二つ、間違ひもなくそれは、土藏の軒の下に掛けてある、火事場用の竹梯子で、これならば、隨分役に立ちさうですが、石を運び上げる爲には、矢張り二人以上の男の力を要します。一應の調べが濟むと平次は外へ出ました。默々として跟《つ》いて來た八五郎は、潮時を見て平次に聲をかけます。 「親分、――もう曲者はわかつたでせう。三輪の萬七親分の縛つた、若主人の忠之助夫婦でないときまれば、私は引つ返して、その下手人を縛つて來ますが、一體どの野郎です」 「あわてるな、八。このからくり[#「からくり」に傍点]は容易ぢやねえよ、――お前は本所の――あのお妾《めかけ》のお國の母親に逢つてくれ」 「へエ?」 「昨日娘のお國を呼んで泊めたのは、ワケがあるに違げえねえ。朔日《ついたち》と十五日には母親のところへ行つて泊ることになつて居ると言つたが、二十一日に行つたのはどういふわけだ。――それが訊き度いのだよ」 「へエ、行つて見ませう」 「歸りには、もう一度丹波屋の近所の噂をあさつてくれ。あの隱居は餘つ程近所の衆に憎まれて居るやうだから。――とりわけ丹波屋の持ち家の、三人の店子達の樣子が知り度い」 「へエ、そんな事なら、わけもありませんよ」  八五郎は、話を半分聽いて飛び出してしまひました。 [#9字下げ]七[#「七」は中見出し]  八五郎が報告を持つて來たのは、その晩遲くなつてからでした。それによると、 「親分、變なことになりましたよ。あの妾のお國の母親、本所|相生《あひおひ》町の家へ、昨日晝のうちに行つて、――今夜は氣になることがあるから、お國さんを夕方までに此方へ呼んで何が何んでも一と晩泊めるやうに言つたのは、あの下男の宗吉ださうですよ」  といふのです。それを聽いた平次は、驚くかと思ひの外、 「さうか、矢つ張りさうだつたのか」  と思ひ當つた膝《ひざ》を叩くのです。 「それから、丹波屋の三軒長屋も内外《うちそと》から當つて見ましたが、三軒ともまことに神妙で、少しも變ることはありません」 「フーム?」 「一軒は經師屋《きやうじや》。下職の九郎七、三十過ぎのちよいとした男ですが、貧乏|業平《なりひら》で、大したことは出來ません。浪人の北山習之進は、これは、武藝よりは角力の方が得手と言つた男、二本差のくせに腰が低くて飛んだ愛嬌者ですよ。三軒目は夜鷹そば[#「そば」に傍点]的屋の半兵衞、小柄で無口な男ですが、重い荷を背負つて歩くから身體は丈夫で」 「人相を見ただけで歸つたのか」 「いえ、今晩三人揃つて、商賣を休んで夜釣《よつり》に行くことまで聽いて來ましたよ」 「この寒空にか」 「釣氣狂ひは、暑いも寒いもありやしません。少し時候《しゆん》は遲いが、寒鮒《かんぶな》が良いさうで」 「待つてくれよ、八。そいつは容易ならぬことになるかも知れない。佐久間町まで行つて見よう。お前も家へ歸る道順だ」 「へエ、あつし[#「あつし」に傍点]は此處へ泊めて貰ふつもりで來ましたが」 「贅澤を言ふな。御用に待て暫しはねえ」  二人は凍《い》てつくやうな夜の町を、佐久間町まで飛んだ事は言ふまでもありません。丹波屋まで行き着いて見ると、夜更けにも拘《かゝ》はらず、店の中が恐ろしく、ザワ付いて居ります。 「どうした、何があつたんだ」  平次と八五郎が飛び込むと、夜中に呼出されたらしい番頭の徳三郎が、 「あ、親分方、丁度良いところで、今呼びにやるところでした」  さう言へば、町内の者が二三、何やら支度をして居ります。 「どうしたといふのだ」  兎も角も離屋《はなれ》へ通されると、隣り町の外科がやつて來て、下男の宗吉の怪我の手當てをし、隱居の忠左衞門と、妾のお國は、何んにも手につかない樣子でウロウロして居ります。 「親分、今夜のはまるで押し込みでした。幸ひ宗吉が前から氣がついて、私共を母屋《おもや》へ追ひやり、自分が私の身代りになつて、離屋に寢て居ると、亥刻半《よつはん》(十一時)近くなつて、いきなり二三人の者が、雨戸を押し倒して飛び込み、あつと言ふ間もなく、布團の上から突く叩くの亂暴を働いたさうで、幸ひ宗吉は氣が付いてかい潜《くゞ》るやうに逃げたから助かつたが、でも大變な傷ですよ」  さう言はれた宗吉は身體中に繃帶をして、人々の止めるのも構はず、床の上に起き直るのです。 「飛んだお騷がせして相濟みません、――みんな私のせゐで――」  と頭を垂れるのです。  その樣子を見て居た平次は、何を思ひ付いたか、手當てが濟んで歸り支度をして居る外科《げくわ》と何やら囁き交して、 「幸ひ傷は急所を外れて居るやうだから、大したことはあるまい。宗吉どんと内々で話し度いことがあるから、御隱居さんだけ殘して、あとの人は暫らく遠慮してくれ」  平次が聲を掛けると、離屋へ入つて來た多勢の者は、八五郎に追ひ立てられるやうに、ゾロゾロと母屋に引揚げて、殘つたのは隱居の忠左衞門と、下男の宗吉と、そして平次と行燈だけ、八五郎は縁側に頑張つて、外から覗く不心得者を見張つて居ります。 「さて、宗吉、皆んな話してくれないか――御隱居と私の外には、誰も聽く者はない。この間からの騷ぎのいきさつ、お前は皆んな知つて居る筈だ」 「――」 「お前が言ひ度くなければ、俺が代つて言つても宜い。――最初羽織を着せた石の綱を解いた時、お前は結び目の急所々々を心得て、わけもなくほど[#「ほど」に傍点]いた、――あれは自分で縛つた綱だからあれほど重い物を扱つて、結び目が皆んな女結びだつたのもをかし[#「をかし」に傍点]いぢやないか。それから次に土藏の屋根から石の落ちた晩、お前は晝のうちに部屋の二階の障子を貼《は》つて、わざと半分にして外へ出てしまつて、その晩御隱居さんが、二階へ寢られないやうにし、本所のお國さんのお母さんのところへ行つて、お國さんを本所に呼寄せて泊めるやうに細工《さいく》をした」 「――」 「それから今晩も、御隱居さんを母屋《おもや》に寢かして、お前は離屋に頑張つて夜討を待つた。その氣でやれば、相手を打ちのめ[#「のめ」に傍点]すか、取ひしぐ[#「ひしぐ」に傍点]か、怪我くらゐはさせられる筈だが、お前は打たれ放題になつて、何んの手向ひもしなかつたらしい。疑へば變なことが澤山ある。どうだ、この邊で皆んな打ちあけてしまつたら」  平次の調子はまことに行屆いたものですが、いかにも柔かで親切でした。宗吉はそれを聽いて、うな[#「うな」に傍点]垂れて暫らく默つて居りましたが、やがて繃帶《ほうたい》だらけの顏を擧げると、 「濟みません、皆んな申上げます。――私はもう、思ひおくことのない身體でございます。私の罪亡ぼしに、皆んな申上げた上、錢形の親分のお繩を頂戴いたします」  宗吉の物語は不思議なものでした。 「――」 「實は申上げると私は、御隱居樣をお怨み申して、危ふく命までも――」  さう言つて宗吉は、さすがに固唾《かたづ》を呑むのでした。  宗吉の話は長いものでしたが、――今から十二年前宗吉の父親と母親が、不運と病氣のために、十三になつたばかりの一人子の宗吉と親子三人心中を企て、貧乏長屋の雨戸を締めきり、梁《はり》に繩をかけて、首を縊《くゝ》らうとした時、隣りに住んでゐた、丹波屋の隱居――その頃はまだ四十臺の若さで働き盛りだつた忠左衞門に見付けられ、危ふい命を助けられたことがありました。  丁度それは正月の十五日の左義長の宵、忠左衞門は大袈裟《おほげさ》などんど[#「どんど」に傍点]燒の跡始末を心配して、水を張つた手桶を持つて、庭へ出たときの出來事だつたのです。どんど[#「どんど」に傍点]燒の竹や門松の燒けた温灰《ぬくばひ》に、水をかけた匂ひが、宗吉の鼻について十何年か經つても忘れられなかつたといふことです。  それから丹波屋から借りた金で借金の始末はしましたが、その爲に宗吉の一生奉公が始まり、兩親が死んだ後まで、長い奉公が、何の手當も給金もなく續いたのです。  宗吉も最初のうちは忠左衞門の恩に感じて居りましたが、日が經ち年を重ねるうちに、一生奉公の馬鹿々々しさが身に沁み、年頃になつてからは、この奴隷《どれい》の境涯《きやうがい》がつく/″\呪《のろ》はしくなりました、そしてそれが身を焦《こが》すほどの憎惡にまで成長して行つたのです。  その間に忠左衞門の末の娘のお初が輝くばかりに美しく生ひ立ち、宗吉との間に淡い戀心が育つて、宗吉の怨恨《ゑんこん》も、暫らくは薄れて行きました。その淡い戀がやがて熱烈な思慕となり、お初の口から父親に言ひ出さうとして居る矢先、お初自身にこの上もない良縁が纒まり、本人の意志も無視して、來月は本銀《ほんぎん》町の伊勢屋に嫁入りするまでに話が進んでしまつたのです。  折惡しく、三軒長屋の住人達は丹波屋の隱居を怨み拔いて居りました。浪人北山習之進は丹波屋の妾《めかけ》お國が、勤めをして居た頃の馴染客《なじみきやく》で、そば[#「そば」に傍点]やの半兵衞は借金の抵當に屋臺を取上げられた怨み、經師屋の下職の九郎七は家賃をたつた三つ溜めて、世帶道具まで路地へ放り出された怨みがあり、その三人が宗吉と相談をして丹波屋にひと泡吹かせることになつたのです。  その約束は、惡戲の程度に止まり、もとより丹波樣の隱居の命までも取る意志はなかつたにしても、浪人北山習之進は腹からの、惡黨《あくたう》で、お國を奪られた怨みを忘れ難く、この計畫を命取り仕事にまで押しあげたのは詮方《せんかた》もないことでした。  今日はいよ/\忠左衞門を塀側の松の木に吊り上げ、外からは首縊《くびくゝ》りの自殺と見せかけることになり、宗吉は忠左衞門の寢息をうかゞつて、その首に繩をかけることを引受けさせられました。首に繩さへ掛けて貰へば、三人は松の枝にかけた綱を外から引上げ、手もなく忠左衞門を離屋の二階から引出して、松の枝にブラ下げる手筈になつたのです。  が、その日は丁度正月の十五日でした。門松を焚いたドンド燒の匂ひが、宗吉の鼻へ十何年か前の親子心中を企《くはだ》てた日のこと――父親と母親と三人並んで梁《はり》にブラ下がつたあの時の光景を思ひ出させます。  生竹《なまだけ》と生松葉の匂ひが、宗吉の良心を喚びさましたのです。それに引かへて、忠左衞門の娘のお初は、來月に迫る伊勢屋への嫁入りを嫌つて、一緒に逃げてくれと宗吉に迫るのです。  宗吉はお初の心持さへ聽けばそれで充分だつたのです。この娘を道づれに、これから當てのない苦難の道を踏み出すことまでは考へて居ず、どんど[#「どんど」に傍点]燒の匂ひに呼び覺された良心の火は、猛然として宗吉の罪を責め立てます。  さうして、綱は息左衞門の首ではなく、羽織を着た石に掛けられました。その上、隱居を階下《した》に寢かして、二度目の石も無事に濟みました。が、宗吉の良心はそれで濟んでも、三人の仲間は承知する筈もありません。散々宗吉を責め立てた上、宗吉が隱居の身代りになつて、大怪我をすることになつてしまつたのです。 「これが、皆んな私のやつたことでございます。御隱居樣の大恩も忘れ、飛んだことをいたしました。でも私はもう、お孃さんの本心を聽いて安心いたしました。この上の望みは、錢形の親分のお繩を頂いて、罪亡しがいたし度うございます」  繃帶だらけの手を後ろに廻して、宗吉は觀念《くわんねん》の眼をつぶるのです。  障子の外には、シクシクと啜《すゝ》り泣く聲、言ふまでもなく、話の樣子を心配したお初が、其處に立つて何も彼も聽いたのでせう。 「どうです、御隱居、私はもう歸りますよ。若主人御夫婦の繩を解かせなきやなりません」 「親分、待つて下さい、私も何んか斯《か》う夢のさめたやうな氣がします。『貸した金を取るのが何が惡い』と思つた生涯《しやうがい》が淺ましくなりました。――お初、其處に居るやうだが、此處へ入つて來い、――今夜のうちに、宗吉と盃事の眞似だけでもさせてやらう。幸ひ錢形の親分のお仲人で、本銀《ほんぎん》町の方は、夜が明けてから、私が行つて破談にして來るよ」  隱居の忠左衞門の聲は、始めて晴々としました。もう曉方も近いでせう。  そしてこの時、忠左衞門に惡戲を仕過ぎたお長屋の三人男は、コソコソと夜逃げの支度をして居たのです。  縁側に聽いて居た八五郎も、妙に洟《はな》ばかり啜《すゝ》り上げて居ります。 「畜生ツ、風邪でも引いたかな」  大きなくしやみ[#「くしやみ」に傍点]が一つ、でも、良い心持さうでした。 底本:「錢形平次捕物全集第三十三卷 花吹雪」同光社    1954(昭和29)年10月15日発行 初出:「オール讀物」文藝春秋新社    1954(昭和29)年1月号 ※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:門田裕志 2016年12月24日作成 2017年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: 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