錢形平次捕物控 毒矢 野村胡堂 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)取《と》れた |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|休《きう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#9字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)暇で/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#9字下げ]一[#「一」は中見出し] 「へツへツ、へツへツ、隨分間拔けな話ぢやありませんか」  ガラツ八の八五郎が、たが[#「たが」に傍点]が外れたやうに笑ひながら、明神下の平次の家に笑ひ込むのです。  世間はまだ松が取《と》れたばかり、屠蘇《とそ》の香りがプンプンとして居やうといふ時ですから、笑ひながら來る分には、腹も立ちませんが、それにしても、かう不遠慮にやられては、御近所の衆が膽《きも》をつぶします。 「八の野郎がまた、ゲラゲラ笑ひながら舞ひ込んで來たやうだ。火鉢の中へ唐辛子《たうがらし》でも燻《いぶ》して置け」  平次は苦々しく舌打をしますが、實は久しく顏を見せなかつた八五郎を、心の中では待ち焦《こが》れてゐたのです。 「それには及びませんよ。――可笑しいの可笑しくねえの――つて、へツへツ」 「呆《あき》れた野郎だ。挨拶もせずに、笑つてやがる」 「相濟みません。尤も、元日早々御年始には來た筈で」 「挨拶は年に一度で濟む氣で居やがる。――何がそんなに可笑しいんだ。俺はもう、腹が立つて、腹が立つてたまらねえが」 「まだ正月だといふのに、何をそんなに腹を立てるんです。あつし[#「あつし」に傍点]はもう、面白くて可笑しくて」 「俺はまた癪《しやく》にさはることばかりだよ。暮に拂へなかつた店賃《たなちん》を、三つまとめて大家のところへ持つて行くと、苦しいのはわかつてゐるから、そんな無理をするには及ばない、改めて盆にでも貰ふからと、そつくり返して來たぢやないか」 「へエ、それで腹が立つんですか、親分は」 「人を見くびる[#「くびる」に傍点]にも程があるよ。一人で腹を立てて居るところへ、八丁堀の笹野樣から、今年の正月は役向きの方が忙しくて、呼んで呑ませる折もなかつたから――と、屆けて下すつたのは、三升」 「へエ」 「縮尻《しくじ》つてばかり居る俺が、この酒が呑めるか呑めねえか考へて見ろ」 「そんなに癪にさはる酒なら、あつし[#「あつし」に傍点]が身代りに頂きますよ。三升もあると、ちよいと良いおしめり[#「しめり」に傍点]になりますね」 「舌嘗《したな》めずりをして居やがる。――その上あれを聽かないか、九月十五日の神田祭を待ち兼ねて、金があつて、暇で/\仕樣のない旦那衆が、界隈《かいわい》の若いのをおだて[#「おだて」に傍点]て、妻戀稻荷《つまこひいなり》の後ろの大野屋を借り受け、初午《はつうま》の日に世直しの稻荷祭りの大騷ぎをやらかさうといふ企《たくら》みだ」 「惡くねえ話ぢやありませんか。その話なら、あつし[#「あつし」に傍点]も掛り合ひがあるが」 「半月も前からの稽古で、夜も寢つかれやしない。飛んだ世直しだよ」  平次が腹を立てるのも無理のないことでした。江戸の有閑人達は、景氣が良いにつけ惡いにつけ、お祭り騷ぎをして、呑む機會を作らなければ、この世の中は張合ひがないやうな氣がするのでせう。 「あつし[#「あつし」に傍点]が笑つたのは、そのお祭りに出る所作事《しよさごと》の話ですよ」 「そんな話なら、可笑しくも何んともないぢやないか」 「親分は――その日の所作に、坂屋のお妙《たへ》が、新作の『江口』を踊るといふ話を聽いたでせう」 「坂屋のお妙といふのは、あの女か」 「へエ、あの女で」  この邊では、たゞあの[#「あの」に傍点]女で通る坂屋のお妙は、妻戀稻荷の横に住む、何んとか流の踊りの師匠《ししやう》ですが、それは滿身にたぎ[#「たぎ」に傍点]る魅力を踊りにかこつけて撒《ま》き散らし、山の手一帶を桃色に興奮させるやうな大變な女でした。 「お妙が何を踊らうと、お前が可笑しがるわけはないだらう」 「それが大ありで、『江口の君』といふのは、昔々大昔の華魁《おいらん》だ。一|休《きう》樣と掛け合ひの歌を詠んで、普賢菩薩《ふげんぼさつ》に化けた――」 「お前の話は少し頓珍漢《とんちんかん》だよ。普賢菩薩が、衆生濟度のために、江口の遊君《いうくん》に現じたといふ話だらう」 「そんなことはどうだつて構ひませんよ。兎も角も、坂屋のお妙はその江口の君とやらになつて、象に乘つて所作事をする」 「普賢菩薩なら、象に乘るのは當り前だが、今時江戸に象は居ないよ、――それを豚の子で間に合せるとでも言ふのか」 「ところが、象が居るんですよ。――親分も知つて居るでせう、金澤町の岡崎屋三十郎、昔は大した家柄だが、近頃は商賣の方がいけなくなつた上、五年越しお妙に入れあげて、近頃はその日にも困るといふ、大變な落ちぶれ[#「ちぶれ」に傍点]やうだ」 「その岡崎屋三十郎が象になるといふのか」 「貧乏はしてゐるが、二十三貫といふ、水ぶくれの三十郎だ。裸になればそつくりその儘|白象《びやくざう》ぢやありませんか。お妙がその上へ横乘りになつて、江口の遊女姿で、精一杯の色氣を撒《ま》き散らす趣向《しゆかう》と聽いて、あつし[#「あつし」に傍点]はもう、可笑しくて、可笑しくて、ウ、フ、フ、フ」  八五郎は三十郎が素つ裸になつて、象の振り宜しく、お妙に御せらるゝ馬鹿々々しさを考へて、たまらず腹を抱へるのです。 [#9字下げ]二[#「二」は中見出し]  岡崎屋三十郎と、踊りの師匠のお妙との關係は、平次も一應は聽いて居りますが、八五郎の説明で、その馬鹿々々しさが強調されて行くのでした。  お妙といふのは、五六年前何處からともなく流れて來た女で、素姓も人柄もわかりませんが、その藝は兎も角として、男好きのする非凡な魅力を持つて居たので、代る/″\パトロンがつき、二三年のうちに、大變な人氣を集めてしまひました。色白で背が高くて、バネの入つたやうな身體――それは、昆蟲《こんちう》の美しさと、毒々しさと、そして限りない魅力の表現でした。  年は、何年か前から、二十五と言つて居りますが、本當のことは誰にもわかりません。皮膚はくす[#「くす」に傍点]んだ眞珠色で、眼は赤ん坊のやうに、清純で碧々《あを/\》とさへして居りました。こんな眼は併《しか》し、測《はか》り知ることの出來ない、智慧と情慾とをかくして居ることでせう。  この女の最初の印象が、童女のやうに清らかなのは、その碧ずんで見える眼と、唇の素晴らしい曲線《カーブ》のせゐだつたでせう。肉色に褪《あ》せてゐるくせに、右左へ卷き上がるやうに食ひ込んだ曲線の美しさは、尊い佛の慈悲の相とも見られ、三千年の媚《こび》をたゝへた、ハガードの妖女の、邪惡な唇とも見られるでせう。  この女のために、身上《しんしやう》をいけなくしてしまつた男は、何人あるかわからず、この女のために、命を失つた男も何人かはある筈です。かうした女は、男の怨みが燃えさかれば燃えさかるほど、その美しさを鍛《きた》へ上げられ、男の血を流せば流すほど、その智慧が逞《たくま》しくなることでせう。 「何しろ、大變な評判ですよ。あの女の命を狙つて居るのが、ちよいと勘定しただけでも、五人や三人はある中で、尻《けつ》の毛まで拔かれたやうな、岡崎屋三十郎をこの寒空に裸にして、その背中の上で所作事《しよさごと》をやらかさうと言ふのだから、これが無事に行きましたら、お目にかゝりたいくらゐのもので、へツへツ」  八五郎は下司な笑ひを笑ふのです。 「岡崎屋三十郎は、そんな馬鹿なことを承知したのか」 「大喜びですよ。――さうでもしてやつたら、お妙が喜ぶだらうと」 「――」 「男が馬鹿になると、手の付けやうがありませんね。――神田で何番と言はれた岡崎屋を、一とたまりもなく身代限りをさせた上、女房のお美乃は乞食同樣になり、自分も落ちるところまで落ちてしまつて、その日にも困る仕儀になつても、まだあの女の後を追つかけて、野良犬のやうに尻尾を振つてゐるとは、何んといふことでせう」 「――」 「その上二十三貫の親豚のやうに肥つた身體を、裸になつた上、生身に白粉を塗つて、赤い腹掛に涎掛《よだれがけ》をし、立兵庫《たてひやうご》に髮を上げた、裲襠姿《うちかけすがた》のお妙を乘せて、振事をやるといふから、あつし[#「あつし」に傍点]は笑つて笑つて笑つてやりましたよ。あんまり笑つたんで涙がこぼれ[#「こぼれ」に傍点]た程で」  八五郎はさう言つて、惚れた者の哀れさを輕蔑《けいべつ》するより、武士の情け見たいな悲痛な顏をして見せたりするのです。 「そこまで行くと氣の毒だな」 「他人の私でさへ可笑しくて、腹が立つて涙がこぼれますよ。乞食よりもひどい恰好で、取拂つたもとの店のあとに、犬小屋のやうな物置に住んでゐる、三十郎の女房。昔は岡崎屋の内儀のお美乃が、齒ぎしりして口惜しがるのも無理はありませんね」 「お妙《たへ》には配偶《つれあひ》はないのか」 「木之助といふ野幇間《のだいこ》のやうな野郎が、昔の亭主だつたと言ひますが、これも一と身上をつぶした上、上方から追つかけて來て、今では、時々お妙の家を覗いて、お小遣にあり付いて居るやうだから、大した睨みも利きやしません。尤も余つ程痛いところを握つて居ると見えて、この男が貰ひに行くと、お妙も嫌とは言へないやうで」 「それつきりか、お妙には身寄りも何んにもないのか」 「妹が一人ありますよ。お菊と言つて十八の、良い娘ですが、これは又姉のお妙の妹とは思へぬ不縹緻で、眞つ黒で、横太りで、朝から晩まで、下女代りに働いて居まさア――姉のお妙は二十五と言つても、二つや三つはサバを讀んでゐるだらうが、妹のお菊は十八と言つても、うけ合ひ二十二三には見えますよ。――尤も本當の姉妹でないといふ話もあるが、そこまではわかりません」 「――」 「外には、安五郎といふ男が一人居ます。下男だか庭掃きだか、居候だか知らないが、二十二三のこれはのつぺり[#「のつぺり」に傍点]した野郎だ。尤も生れは、松前とか奧州とか、餘つ程北の方で、訛《なまり》がひどいから、話は半分しかわかりません。鼻の曲つた鮭《さけ》みたいな野郎だが、色が白くて背が高くて、飛んだ好い男ですよ」 「それつきりか」  こんな馬鹿々々しい話を、平次は神妙に聽いて居りました。妖《あや》しく美しい踊り手お妙をめぐつて、何んとも説明の出來ない豫感があつたのです。 [#9字下げ]三[#「三」は中見出し]  二月四日の初午《はつうま》、妻戀坂の大野屋に、底拔けの遊びが始まりました。江戸の有閑人たちは、名目さへ立てば、時も處も構はずに、茶番狂言、お温習《さらひ》、手踊り、素人芝居――と、果てしもなく享樂を追ひ求めるのでした。  それは、權力と因習に押し付けられてゐる、日頃の屈托《くつたく》に對する、僅かな息拔きでもあり、若い娘達を集めての、戀の狩人達の冒險でもありました。  その日の番組の馬鹿々々しさと、賑やかさは、今更語るまでもないことでせう。番數も進んで、夜の亥刻《よつ》(十時)近くなつて、大切《おほぎり》に出したのは、坂屋のお妙の踊る『江口の君』新作の踊りで、一休襌師には、名ある歌舞伎役者が附合ひ、一流の出語り、贅澤過ぎるほどの舞臺裝置、大道具小道具にも贅《ぜい》を盡して、大野屋の大廣間の幕が開いた時は、集まる客の數は百人を超し、思はず歡聲をあげたのも無理のないことです。  金糸銀糸の刺繍《ぬひとり》をほどこした裲襠《うちかけ》、天地紅の玉章《たまづさ》を、サツと流して、象の背に横樣に乘つた立兵庫《たてひやうご》、お妙の美しさは、人間離れのしたものでした。  その普賢菩薩《ふげんぼさつ》を乘せた白象といふのは、二十三貫の大男、全身に白粉を塗つて、赤い褌《ふんどし》をした岡崎屋三十郎の、醜《みにく》くも淺ましい姿です。振事が眞面目であれば眞面目であるほど、人々の哄笑《こうせう》は、潮が去來するやうに、夜の空氣と、囃子方《はやしかた》の鳴物を壓して、どつ、どつと波打ちます。  その間にも普賢菩薩のお妙が、人間象の背の上で、兎もすれば安定を失つて、見物がドツと笑ふのが、囃子方の鳴物や、地方《ぢかた》の唄を壓して、氣が遠くなるほど、夜の空氣を搖すぶります。 「たまらねえな、こいつは」  見物に交つた八五郎は、兩手《りやうて》を揉み合せて、獨り悦《えつ》に入るのを、並んで見て居る平次が何遍|肱《ひぢ》で突いたかわかりません。  普賢菩薩のお妙が、象から滑り落ちさうになると、あわてて、その象の首に獅噛《しが》みつきます。普賢菩薩のお妙の神々しいばかりの美しさに比《くら》べて、三十郎の象の顏が、何んと醜《みにく》く淺ましいことか。 「八、もう歸らうよ。こいつは見ちや居られないよ」  平次もさすがに嫌になりました。惚れ拔いて、金も見識も、見榮も命も要らなくなつた男の、世にも淺ましい見本を見せられるやうな氣がして、吐氣《はきけ》を催すやうな胸の惡さを覺えたのです。  やがて振事が濟んで、最後の見得になりました。舞臺正面、描いた後光の前に立つて、江口の君なるお妙が、昇天の菩薩《ぼさつ》の形になるのですが、鳴物につれてその座に直ると、 「あつ」  お妙の普賢菩薩が、三十郎の白象の背から、ズルズルと滑り落ちたのです。舞臺の上に飛び散る血。 「どうした、師匠」  お妙の身體を抱き起したのは、白象の三十郎でした。續いて、ドツと立ち騷ぐ人垣、鳴物も踊り手も後見も、不意の出來事に驚きながらも、この美しい犧牲《いけにへ》を、八方から擔《かつ》きあげた[#「擔《かつ》きあげた」はママ]のです。 「どうしたどうした」 「目を廻したのか」 「いや、刺されたのだよ」  大勢の手で抱き起されたお妙《たへ》は、最早頼み少ない姿です。  やゝ遠く距れて、踊りを見て居た平次と八五郎は、立ち騷ぐ人々を掻きわけて、一瞬のうちに、お妙のところへ飛び付いて居りました。 「退け/\、皆んな退《ど》いてくれ」  平次がさう言ふのにつれて、 「まご/\しやがると掛り合ひだぞ。お妙を殺した下手人《げしゆにん》は、この中に居るに違ひない」  八五郎は、彌次馬を追つ拂ふ術《て》を心得て居ります。 [#9字下げ]四[#「四」は中見出し]  あとに殘つたのは、白象の三十郎と、お妙の後見をして居た、妹のお菊と、それから平次と八五郎の四人でした。 「醫者だ、醫者だ、早く、早く」  八五郎が怒鳴《どな》ると、大野屋の若い者が心得て飛んだ樣子です。  三十郎の腕の中に、ガツクリとうな[#「うな」に傍点]垂れたお妙は、もう最後の痙攣《けいれん》に、僅か生命の名殘りを止めるだけでした。不思議なことに、傷は二つ、白くて丸い右の喉笛に突つ立つたのは、ヒヨロヒヨロした楊弓《やうきゆう》の矢で、もう一つも同じやうな楊弓の矢、これは左の眼の下をかすめて、後ろ幕の裾に落ちて居るのでした。  矢は二本共|楊柳《やなぎ》の枝で造つた本格のもの、どんな急所を射たところで、人の命などを奪れさうな代物ではありませんが。  醫者が來る前に、お妙の命は絶えました。平次はそつと喉笛に突つ立つた、楊弓の矢を引拔いて見ると、これは何んと、唯の楊弓の矢と違つて、その根は一種の鏑《かぶら》になり、毒蛇の首のやうに、不氣味なフクラミを持つて居るのです。  醫者を待つてゐるうちにも、三十郎の悲嘆は目に餘りました。裸になつて、赤い褌《ふんどし》をしめて、赤い腹掛をかけ、全身に白粉を塗つた三十男が、見榮も外聞もなく、女の死骸を掻き抱いて、ワアワア泣き騷ぐのです。  それも、義理や誤魔化しで泣くのではなく、聲をあげて泣く姿は、譬《たと》へやうもなく醜怪《しうくわい》で、八五郎などは、 「確りしろ、大の男が何んといふザマだ」  などと、間違つたやうな顏をして、二つ三つどやし[#「どやし」に傍点]付けた程でした。  やがて驅けつけた醫者は、金澤町の奎庵《けいあん》といふ五十年輩の坊主頭でした。お妙が死んで居るのを見て、 「あ、たうとう」  醫者に似氣ない、含《ふく》みのあることを言ひます。 「奎庵先生、これはどうしたことでせう。楊弓の矢で、人間が頓死をする筈はなく、それに、眼の下も喉も急所は除けて居るし、この通り血がいくらも出ないところを見ると、命に拘《かゝ》はる傷ぢやないと思ふが――」  平次がさう聽くのも無理のないことでした。 「尤もだが、錢形の親分。よく見てくれ、この喉へ突つ立てた矢は、唯の矢ぢやないよ」 「?」 「矢尻が、煙管《きせる》の吸口のやうになつて居るだらう、――この鏑《かぶら》の中になにか入つて居るに違ひあるまい」 「?」 「嗅いで見るが宜い、少し脂《やに》臭いやうだ。ね、その通り。そこで、その鏑の中へ、松前のアイヌが熊狩りに使ふといふ、毒をつめたとしたら、どういふものだらう。これくらゐの傷で、人一人殺すのは、毒矢の外にないが」 「どうして、そんなものを?」  平次もあまりのことに、二の句が繼げません。 「毒は――南蠻物でなければ、アイヌが使ふといふ、鳥兜《とりかぶと》の根を煉つて、膏藥のやうにしたものだ。――それを誰がやつたか、其處まではわからない。では、あとのことは、錢形の親分に頼みましたよ」  醫者の奎庵は、一人呑込んで立去つてしまひました。 「親分、お客樣をどうしたものでせう。これだけ多勢居るんだから、皆んな調べたひにや、夜が明けてしまひますよ」  舞臺の不氣味さを避《さ》けて、家中の隅々に、思ひ/\に集まつて、言葉少なに樣子を見てゐるのが、ざつと百二三十人もあつたでせう。八五郎がさう言ふのを聞いて、多勢の眼が平次の方に向ひました。 「皆んな歸してくれ、いつまでも引留めちや氣の毒だよ」 「大丈夫ですか、この中に下手人が交つて居るに違ひないんだが」 「大丈夫だとも、出來心でやつた人殺しぢやない。あとで手繰《たぐ》つたところで、差支はあるまい」 「さうでせうか」  八五郎は不安でしたが、それでも平次がさう言へば、一應歸す外はありません。 [#9字下げ]五[#「五」は中見出し]  多勢の客を歸したあとが、平次の舞臺でした。殺されたお妙と、深い關係のあるものだけ、五六人を殘して、平次の調べは其處から始められたのです。  大野屋の大廣間、晝から外神田一圓を見おろして、なか/\の景色ですが、火鉢を一カ所に集めて、殘された人達は、寒々とした顏を集めて居ります。  平次はその隣りのいつもは樂屋《がくや》に使ふ八疊を借りて、一人づつ呼出して見ました。  第一に呼出されたのは、當夜の勸進元《くわんじんもと》で、この催《もよほ》しの金主で、お妙のパトロンになつて居る、神田鍛冶町の金貸、佐渡屋金兵衞。これは五十五六のいかにも迷惑さうな、そのくせやゝ高慢な感じのする禿頭《はげあたま》でした。 「いやもう迷惑なことで、――あの女は浮氣で剛情で、手のつけられない女でしたが、御存じの通り、千人に一人といふきりやう[#「きりやう」に傍点]で、親分の前だが、大した女でしたよ」  非凡な素質に惠まれた、稀代の妖婦お妙を喪《うしな》つて、佐渡屋金兵衞は惜しさうに舌嘗《したな》めずりをするのです。  こんな野郎があるから、世の中が面白くないんだ。――さう言つた心持で、禿茶瓶《はげちやびん》を睨んで居る八五郎は、飛びかゝつて横つ面でも張り倒しさうな氣組でした。 「そのお妙を怨んでゐる者も少なくないやうだが」  平次が穩かに訊くと、 「そりやもう、お妙を殺したいほど怨んでるのは、私の知つてるだけでも五人や六人ぢやありません。先の亭主の木之助などは、いつか一度は殺して見せると言つて居たさうで、その癖時々お小遣をせびりに來るのだから、内々はお妙大明神だつたかも知れませんよ」  金兵衞の話は妙に行屆いて、氣になるほど機微を穿《うが》ちます。 「それから?」 「象になつた岡崎屋三十郎さんはあの通り、お妙のために、大きな身上《しんしやう》を潰した上、女房にも別れ、恥も外聞もない身になりながら、いまだにお妙にヘバリついて、泣いたり口説いたり、この寒空に裸になつたり、――惚れた男といふものは、淺ましいものですね。尤もあれはお妙を殺す氣なんかありやしません。燒いて粉にして酒で飮む方で、へツ、へツ」 「――」  金兵衞がヘラヘラ笑ふと、八五郎はでつかい拳骨《げんこつ》を拵へて、夜の空氣の中に、唸《うな》りを生ずるほど振り廻して居ります。 「お妙を一番怨んで居るのは、三十郎さんのお神さん、もとの岡崎屋の内儀のお美乃さんでせうよ。あれだけの店まで賣つて、その跡に小屋をかけ、乞食のやうな暮しをして居るのですから」 「下男の安五郎と、妹のお菊は?」 「安五郎も、お妙に氣があるんでせうな。給金なしで、あんなに働いて居るくらゐだから。お菊の方は、ありや、妹といふのは嘘で――顏を見たつてわかるでせう。妹分といふことにして、下女の仕事をさせて置くのは、人を使ふ秘傳ださうで、これはお妙が自慢をして居りましたよ。――時々貰い物の菓子か、お菜《かず》のお裾《すそ》わけでもやれば、給金がなくても、喜んで働いてくれるとね。――尤も、禿頭の私がその眞似をしたところで、私共の店では、奉公人は三日と居付いちやくれません、綺麗な女は得ですね。へツ、へツへツ」  ヘラヘラ笑ひを殘して、金兵衞が去ると、八五郎は楊弓の矢を二本持つて來て、眼の色を變へて平次にさゝやくのです。 「ね、親分。この矢を灯《ひ》の下でよく見ると、矢筈《やはず》の下の漆《うるし》の上に、金文字で『岡三』と書いてありますよ」 「何んだと」 「岡崎屋三十郎は、まだ暮しのよかつた頃楊弓に凝《こ》つて、かなりの腕前だつたさうですよ。あの野郎ぢやありませんか」  八五郎の鼻は蠢《うご》めきます。 「いや、背中にお妙を乘せて居て、楊弓を射られるわけはない」 「さう見えば[#「見えば」はママ]さうですが」 「お前は岡崎屋三十郎の家を知つてるだらうな」 「知つてますとも」 「あの内儀をそつと連れて來てくれ。嫌がるかも知れないが」 「やつて見ませう。お妙が殺されたんだから、せめて、その面《つら》でも見てやれとか、何んとか言つて」 「餘計な細工《さいく》をするな。――どうしても嫌だと言つたら、亭主の三十郎が、お妙殺しの疑ひで、縛られるかも知れないと言へ」  大呑込みで八五郎は飛んで行きます。  續いて、お妙の前の亭主であつたといふ、木之助が呼出されました。  これは七つ下がりの袷《あはせ》を引摺るやうに着て、小紋の羽織を引つかけた、三十二三の青黒い男で、昔は隨分好い男でもあつたでせうが、病身と貧乏に押負かされて、ヒヨロヒヨロになつて居る癖に、色氣と慾だけは、存分に身について居ると言つた感じの男です。 「お妙があんなことになつて、良い氣味でしたよ。――さう言ふと私が下手人見たいですが、――飛んでもない。あの時私はお帳場で、大野屋の番頭さんと話して居たんですから、どんな口を利いても、疑はれる心配はありません。――あの女は、あんな最期を遂げるのも約束事ですね。浮氣で慾張りで、男をゴミほどにも思つて居ませんでした。現に、お菊や安五郎はうまい事を言はれて、三年越し唯で奉公してゐるし、あの女の爲に身代をいけなくした男は何人あるか、勘定しきれません。――私はあの女の弱い尻を知つてゐるので、大きい聲で言ひ觸らされるのがいやさに、蚊の涙ほど貢《みつ》いで居ましたが、水の手がきれさへすれば、私だつて殺す氣になつたかもわかりません」  木之助の言ふことは、まことにヌケヌケして居りますが、その口幅つたい言ひ草から考へても、下手人らしくはありません。 [#9字下げ]六[#「六」は中見出し]  下男の安五郎は、見事な男でした。少し縮《ちゞ》れつ毛《け》で、背が高くて色白で、髯《ひげ》の跡が青々として、なか/\の男前です。  言葉はひどい訛《なま》りで、半分は聽き取り兼ねましたが、そのメラメラと燃えるやうな眼や、唇の赤さなど、男にしては珍らしい特徴です。 「お前は何處の生れだ」 「松前《まつまへ》で生れましただよ。――江戸へ來て二年になりますだ。給金は貰はねえが、時々お小遣は貰ひました。――師匠さんは、良い人だつたよ、誰にでも親切で――」  ボツリボツリと噛んで吐き出すやうな言葉です。 「奉公人なら身許引受人はある筈だが」 「そんなものはゐねえだ。給料を貰わねえから、身許なんか、何んだつて宜かんべえ」  なるほど、さう言つた理窟もあるでせう。  その次に呼んだのはお妙の妹と言ふお菊でした。十八九、――どうかすると二十歳以上にも見える頑丈な娘で、横肥りの赤ら顏の、申分なく醜《みにく》いくせに、何處かに娘らしさがあり、その素朴《そぼく》さが、妙に人の好感を誘ひます。 「房州の生れですが、親はありません。奉公してから三年になりますが、お師匠さんはよくして下さいました。『私は一人ぽつちで親も姉妹もないから、妹分になつて、お互ひに助け合つて行かうぢやないか』とお師匠樣が言つて下すつて、それから三度の食べ物も、一緒に頂きました。そして私も、給金を頂かずに、働くことにいたしたのでございます」  この話の中には、何やら腑《ふ》に落ちないものがありますが、平次はそれはそれとして、 「お前は下男の安五郎をどう思ふ」  突然こんなことを訊くのです。 「さア、別に」 「お前達の間に、何にか約束があつたのではないかな」 「いえ」  お菊は眞つ赤になつて、平次の引留めるのも構はず、隣りの部屋に逃げ込んでしまひました。  その隣りの部屋、皆んなが待機してゐる、曉近い大廣間には、此の時、一と騷ぎが始まつて居りました。 「嫌、嫌だといふのに、この人は何んといふ解らない人だらう。貧乏はして居ても、私はまだ三十前だよ。こんな身扮《みなり》をして、人の前へ出られるかどうか、考へて見ておくれ」  さう言つて、入口の戸に獅噛《しが》みついたまゝ、必死の抵抗を續けるのは、二十五六の見すぼらしい女でした。みすぼらしいといふにも程度がありますが、二子《ふたこ》の柄も縞《しま》もわからぬ腰卷の上に、ヨレヨレの印半纒《しるしばんてん》を引つかけて、猫の百|尋《ひろ》のやうな三尺帶、髮は埃《ほこり》だらけで、蒼黒く痩せた顏は、この世の者とも思へぬ凄まじさです。 「何を言ふんだ。お前の亭主の三十郎は、お妙殺しの下手人で、縛られかけてゐるんだぜ」 「嫌だつたら、嫌さ。私はもうあの人の顏なんか、見たくもない。處刑臺に乘りや、宜い氣味ぢやないか、畜生ツ」  女だてらにこんな口をきいて、入口の敷居の前に坐り込んだまゝ、必死と八五郎に反抗するのです。 [#9字下げ]七[#「七」は中見出し]  その時平次は、岡崎屋三十郎の調べを始めるつもりで、大廣間に入つて來ました。白象になつた三十郎は、さすがに肌寒かつたものか、小女が持つて來てくれた、自分の着物を肩に引つ掛け、お妙の死骸の側に、首うな垂れて居ります。  大の男が痴呆《ちはう》と醜體の限りを盡して、たいして恥入る風もありませんが、それでも時が經つにつれて、曉方の風が身に沁みると、いくらかは本心を取戻した樣子です。 「錢形の親分、――聽いて下さい。皆んな申し上げますが」  三十郎は平次の顏を見ると、急に正氣づいたやうに膝行《ゐざ》り寄るのでした。 「どうしなすつた、岡崎屋さん」  平次は少しわざ[#「わざ」に傍点]とらしく丁寧に應へました。 「私を縛つて下さい、錢形の親分。お妙を殺したのは、この私でございます」  三十郎は立ち上がつて、平次の袖に縋《すが》り付かうとしましたが、興奮して見當が外れたものか、空を泳いで、ペタリと尻餅をつくのです。 「何を言ふのだ、三十郎さん」 「私は、お妙の阿魔《あま》に、勝手にされ過ぎました。この上あの女を生かして置いちや、生きながら地獄の底まで陷《お》ち込むに違ひないと思ひ、一と思ひに、手馴れた楊弓で射殺しました。お妙を殺したのは、この三十郎に間違ひもありません。その證據は楊弓の矢には金蒔繪《きんまきゑ》で一々私の名が『岡三』と描いてあります。さア、この私を、――私を縛つて下さい」  三十郎は一生懸命でした。藻掻《もが》くやうに平次に縋りついて、赤ん坊見たいにわめく[#「わめく」に傍点]のです。 「何を言ふのだ、楊弓の矢はお妙の眼の下をかすつただけだぜ」 「いえ、もう一本の矢が――」 「その矢は、鏑《かぶら》になつた矢尻《やじり》が重いから、楊弓ぢや飛ばない」 「それを私は、手に持つて、お妙の阿魔《あま》の喉へ突つ立てました。私が」 「その矢を、踊りを踊る間、何處に隱してゐたんだ」 「私の、象の腹掛の下へ」 「嘘を言つちやいけない。腹掛の下に隱せば、矢尻の毒が腹掛へ附く筈だ。矢の根は脂《やに》のやうにベトベト粘《ねば》つて居るぜ」 「でも」 「お妙を背中に乘つけて、楊弓を射られるわけはないし、毒矢を隱す場所がないとわかると、――」 「いえ、私が殺しました。あの阿魔は、踊りが濟めば掴み殺して、一緒に地獄へ落ち込む氣で居ました」  三十郎は今度は本當に、身を顫はせて泣くのです。  が、その時、もう一つの事件が發展しました。入口の敷居際で、八五郎と爭ひ續けて居た、三十郎の女房のお美乃は、遙かに三十郎の樣子を見ると、八五郎の手をかい潜つて、今度は、尻切半纒《しりきればんてん》のまゝ、自分から進んで大廣間に飛び上がるのです。 「お前さん、――私だよ、私だよ。家から楊弓を持出して、あの女を射たのは。私はあの女の眼を射潰《いつぶ》して、片輪にしてやりたかつたのだよ。皆んな踊りに夢中になつて居る隙に、私は雨戸の隙間から、あの女の眼を狙つたのだよ。――眼には當らなかつたけれど、あの女は、たうとう死んでしまつたぢやないか、天罰だよ、天道樣は無駄には光つちや居ない。サア、あの女を殺したのは、亭主なんかの意氣地無しぢやない、この私だよ。錢形の親分、縛つておくれ。磔刑柱《はりつけばしら》を背負はされたつて、私は怨《うらみ》には思はない」 「本當か、矢つ張りお前がやつたのか」 「さア、私はもう、――」  お美乃はこの時始めて、側に居る亭主の三十郎を意識したやうに、すがり付いて、大泣きに泣くのです。  暫くの間平次は、三十郎とその女房の、感情の激動を眺めて、何んにも言はずに居りました。五六人殘つた關係者は、大廣間の隅に引つ込んで、劇の一と齣《こま》を眺めるやうに、この不思議な夫婦の演出を見て居ります。 「もう宜い、――二人共歸つてくれ」 「?」 「お妙を殺したのは、二人のうちの、何方《どつち》でもないよ。二人は何處へも行かずに、あのもとの岡崎屋跡の小屋へ歸るのだ。一文|商《あきな》ひでも始めるなら、お妙へ入れ揚げた講中へ、奉加帳を廻して少しくらゐの資本《もとで》は集めてやるぜ。――今までのことは夢とあきらめて、今日から新規《しんき》蒔直《まきなほ》しに踏み出すんだ」 「――」  三十郎とお美乃は、平次にさう言はれると、始めて自分に立ち還《かへ》つた樣子です。 「それぢや」  二人はうなづき[#「うなづき」に傍点]合ひました。そして、手を合せて平次の方を拜んで居る三十郎を、女房のお美乃が引立てるやうに、縁側から霜の降りた曉天の往來へ、いそ/\と姿を隱すのです。 「八、もう歸らうか」 「へエ?」  それを見送つて平次も立ち上がりました。 「夜の明けきらねえうちに歸つて、熱い茶でも呑んで寢るとしようか」 「下手人はどうするんです? 親分」 「この裁きは、閻魔樣に任せるよ。どりや」  平次は八五郎を促《うなが》して、人々のけゞん[#「けゞん」に傍点]な顏に見送られるやうに、霜の道を踏み出すのでした。         ×      ×      ×  道々の八五郎の不服らしさ。 「大丈夫ですか、親分。お妙を誰が殺したんです。下手人は?」 「もう宜いよ八。下手人は手に手を取つて逃げ出してしまつたよ」  平次はけろり[#「けろり」に傍点]としてこんなことを言ふのでした。 「すると、あの、三十郎とお美乃の――」 「いや違ふ。三十郎は何んにも知らないし、お美乃はお妙の眼を射潰したかつただけさ。楊弓の矢は外れて、お妙は顏をやられただけだ。――素人《しろうと》の手ぎはぢや、少し遠過ぎたから、無理もないが」 「すると曲者は?」 「楊弓の矢尻を換《か》へて、毒を仕込んだ鏑矢《かぶらや》で、お妙の首筋を刺した人間が下手人さ」 「へエ?」 「あの鏑矢は重いから、楊弓では四五間もある庭先から飛ぶ筈はない。三十郎は裸に赤い腹掛一つで、あんな重くて長いものを隱し持つてる筈はないし、あとは、お妙の側に居たのは誰だと思ふ」 「さア?」 「氣がつくまい。――踊りの後見をして居た、お菊だよ」 「あの妹分の?」 「妹分といふことにして、三年も唯でコキ使はれた上、深く言ひ交《かは》した好い男の安五郎を横取りされると、十八や十九の娘でも、ツイ取逆上《とりのぼせ》せる[#「取逆上《とりのぼせ》せる」はママ]よ。松前から來た安五郎が、熊狩の毒を持つて居るのを知つて、それをそつと持ち出し、岡崎屋の三十郎が、いつかお妙のところへ持つて來て忘れて行つた、楊弓の矢の根を、鏑矢《かぶらや》の根と入れ換へて、その中に毒を仕込んだのだらう」 「それぢや、引つ返して、あの安五郎とお菊を縛りませう」 「止せ/\、二人はもう奧州街道へ踏み出したよ。松前へでも落ち延びて、熊の子と一緒に暮す氣だらう。――俺が三十郎夫婦を調べて居る頃、手に手を取つて逃げ出したやうだ」 「すると親分」 「お前は默つて居ろ。餘計なことを言ふと、俺がまた笹野の旦那に小言を言はれる」 「呆《あき》れたものですね」 「俺も呆れて居るよ」 「もう一つ、わから[#「わから」に傍点]ねえことがあるんだが、――毒を仕込んだ、鏑矢《かぶらや》の根は、何處から持ち出したんでせう」 「お宮へ行けば、鏑矢の一本や二本は何處にでも奉納してあるよ。深川の三十三間堂へ行つて見ねえ、半堂や四半堂に使ふ、子供づかひ[#「づかひ」に傍点]の鏑矢まで納《をさ》めてあるぜ。毒を射込むには、あんな良いものはありやしない」 「成る程ね」 「本矢は持つて歩けねえから、鏑矢の根だけ取つて、楊弓の矢にはめ[#「はめ」に傍点]たのさ」 「器用なことをやつたもので」 「側に居る者を殺すんだから、それくらゐの工夫は要ることだらうよ」  平次の家はすぐ其處、女房のお靜は寢もやらずに、二人の歸りを待つて居るのでせう。 底本:「錢形平次捕物全集第三十三卷 花吹雪」同光社    1954(昭和29)年10月15日発行 初出:「キング」    1954(昭和29)年1月号 ※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:門田裕志 2016年12月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。