石工 LE MACON ルイ・ベルトラン Louis Bertrand 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)稜堡《りようほう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)ヸ 〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ (例)〔LE MAC,ON〕 アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html ------------------------------------------------------- [#ここから10字下げ] 石工の長曰く、見よ、この稜堡《りようほう》を、この支柱を。 末代までの固《かため》と人はいふらむ。 [#ここで字下げ終わり] [#地から3字上げ]シルレル「ヸルヘルム・テル」  石工アブラハム・クップフェルは鏝《こて》を片手に足場の上で歌つてゐる。隨分高く登つたものだ。大鐘の銘の文句を讀んでると、飛迫控《とびやりびかへ》の三十もあるこの御堂《みだう》、御堂の三十もあるこの市《まち》と、同じ高さに足が來てゐる。  ここに見る石鬼《いしおに》の樋嘴《ひさき》は石葺屋根《いしぶきやね》の水を吐き出して、臺《うてな》に、窓に、隅折上《すみをりあげ》に、鐘樓に、櫓に、軒に、足場に、この入り雜つた深穴《ふかあな》へ落すのだ。そこに鼠色の一點と見えるのは、廣げた儘のぎざぎざした兄鷹《せう》の鷹《たか》の羽《は》。  眼《め》の下には、星形に切り開いた堡壘、菓子の身の雌鷄よろしくふん反り返つた城砦、噴水の涸れてゆく御殿の中庭、陰は常に柱を心《しん》に移動する僧院の𢌞廊。  皇帝の軍隊が郊外に宿營してゐる。あすこに一人の騎兵が太鼓を調べてゐる。アブラハム・クップフェルの處からも、あの三角帽、赤絲肩章、前立《まへだち》、色布《いろぎれ》で結《ゆわ》いた辮髮の見別がつく。  また其上に一群の兵隊が眼に入ひる。逞ましい枝振の羽根飾《はねかざり》をした遊苑に、深緑の廣々した芝生の上で、竿の端に置いた木製の鳥を覘《ねら》つて火繩銃の射的をしてゐる。  さてその夜ここの伽藍の釣合のよく取れた本陣が、十字架形に腕を廣げて眠るとき、梯子の上から、はるかに遠くを望めば、軍兵たちが燒打にした一村の焔が夜天に尾を曳く彗星のやうだ。 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「芸文 六ノ三」    1915(大正4)年3月 ※原題「〔LE MAC,ON〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「LE MACON」としました。 入力:川山隆 校正:岡村和彦 2012年11月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。